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はてなキーワード: タランティーノとは

2021-07-20

タランティーノ」と言っちゃう人ってセンス無いと思う正直

「青いいよね……」って会話してる時に「MS-07Bの話ししてる?」とか言っちゃう痛いニワカっぽい。

ハッキリ言わせてもらうが、お前みたいなセンス無いくせにセンスあると勘違いしてる奴と話すのめっちゃしんどいんだ

2021-07-02

anond:20210702045628 anond:20210702050056

発達障がいが セクハラ性的表現理解出来ていないから負の連鎖が続く

親はちゃん子どもセックスついて教えよう

 

他の例 ↓

普通の会話
(マリシンジは軽口が叩きあえる関係にあるという前提が共有出来てる。その軽口が演出として有りか無しかの話をしている)

胸の大きい良い女って、アンチの脚とかじゃなくてマジで言うのかよwwww

ポリコレ厳しい国だったら大炎上だろ

エヴァって最終的に新世紀どころか昭和に着地したんだね

anond:20210310151247

 ↓

公的な場では完全アウト大炎上セリフを言い合える仲になっているという意味だと、読み取ることは難しいだろうか

anond:20210310151544

 ↓

というよりシンジが恥ずかしがらずそれを言えるようになった姿を強調したかったんだろうね

anond:20210310152129

 ↓

さすがにジョークとしても時代遅れすぎて今時タランティーノですら使わんセリフだと思う
anond:20210310151807
ただの庵野じゃん
anond:20210310152222

 

話の前提を共有することが出来ない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021-06-16

[] カムバック・トゥ・ハリウッド!!

ヒットした作品にはエピゴーネンが現れる。

「アレみたいだけどアレじゃない新作を{見たい|見せろ|作れ}」という声は観客からスポンサーからも上がるものです。

ある程度以上たくさん作られると”西部劇”「ジャンル」になり、数が少なくて類似度が高いと「パクリ」と言われたり。

ジョーズ然り、スターウォーズ然り。ゴジラ然り。PUBG然り。ドラクエ然り。 

吸血鬼を狩るアニメも鬼滅のヒットを受けてきっと企画が走っているでしょう。

で、本作は「ワンスアポアタイムインハリウッドものと言えます。実際はそれよりずっと前から企画だったようですが。

(「ヘイル・シーザー!」「プロデューサーズ」という作品もありました)

1974年ハリウッド舞台にした、人間の屑映画プロデューサー主人公の、映画作りを舞台にしたコメディ

特徴的なのが、今どきの映画だってことで。

主たる劇中劇マッチョ映画代表ともいえる西部劇作品なんですけど、女性監督立候補する。え?西部劇だよ?無理無理、って反対する主人公プロデューサー)らがちょっと間抜けに描かれます。逆にマッチョ体現者(ジョンウェインを思わせる)老俳優がその女性監督を抜擢させます

映画の内容も、ざっくり言うとインディアンアメリカンネイティブ)を敵として生きてきた主人公が老人となって最後インディアンアメリカンネイティブ)の味方になるというもの。これもステレオタイプではない、「新しい」西部劇っぽいですよね。

BLM時代を反映する黒人差別ギャグもありますメインキャラクターの一人、モーガン・フリーマン映画オタクで部下のチンピラを引き連れて主人公映画製作邪魔をしたりする悪役なんですけど美味しい役どころ。

部下も当然黒人

親分が「ここで○○(作品名)がShotされたんだ」って言うと

子分は「〇〇?そいつ誰?なんで撃たれたんですか?」と。

撮影のことをShootっていうのが掛け言葉になってるんですね。(ツーショット写真のShotと散弾銃ショットガンのShot)

という感じで映画のことは親分ほどは全然詳しくない。

でも最後には「これから黒人主演の黒人のための映画を作るぜ」ってなっちゃう。(タランティーノも好きな「ブラックエクスプロイテーション」ってやつを反映してるんだと思う)

これは字幕で訳出されていないんですけど、新進気鋭の女性監督リアルを追及して地味な色調のまま画を撮ろうとする。インディアンの服も、橋も、建物もみんな茶色

頭が古そうなベテランスタッフは「カラーが足りない…」とボヤく。

で、撮影中に上記黒人ヤクザの子分が派手な服装で現れたのを見てそのスタッフ一言

「ああ、やっとカラーが来た」とつぶやく

これ、服の色だけじゃなく、Colored People =有色人種 というネタですね。

英辞郎でいうと”1.色のついた、色付きの、着色[彩色]された、有色の、色づいた

2.有色人種の ◆特に黒人の」という意味で用いられた時期もあったが、今日ではblackを用いるのが一般的。”

って二つの意味をかけています

また、若き日の俳優黒人女性と愛し合っており、結婚たかったのですが、キャリアのためにそれを断念したー断念させられたという過去が明かされます。ここも現代風ですね。

現代社会視点の盛沢山の中に、最後にLGBネタまでもぶち込んでくるのはサービスしすぎかな?


多幸感に満ちた、「これぞ大団円」って感じで終わるので、多少のツッコミどころはありますが、おおらかな気持ちで楽しめる、良い作品でした。

エンドロールが始まってから、冒頭の屑プロデューサーの作ったクソ映画の嘘予告編が流れて、これもタランティーノ連想する要素でした。

2021-04-24

ゴジラS.P.

ヒロインがどうこうじゃなくてこれの特撮観みたいなのが基本的にSSSS.GRIDMANの制作チームと近い感じなのじゃないかなあ。

から古いゴジラとか特撮ファンから違和感を表明されてたりとか。

30代とか40代スタッフからしても「特撮」の中心はゴジラじゃないんだよな。今は。

アニメ制作スタッフ円城塔ふくめ)「シュミレーション」を指摘しない入力フロントエンド使ってんだな・・・ちょっと不思議な気分になった。

あと4話のMD5ハッシュのくだり、テレビで見てて言いたいこと伝わった人どのくらい居るんだろ・・・とも思った。

今のアニメ、確かにタランティーノ以降の映画みたいに一時停止、巻き戻し、SNS・・・みたいなの前提ではあるんだろうけど。

2021-04-08

雑誌映画秘宝』の記憶(45)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.18)

 出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

引用ここから

[p166-167]

【※】『キル・ビル』に関する話題から時代証言に移ります

 町山:はっきり言えるのは、『片腕カンフー対空飛ぶギロチン』とか『直撃地獄拳』(74年)が好きなだけで、もう、絶対にダチだってことだよ。

 柳下:どうして?

 町山:モテいからさ!ダサいからさ!この手の映画は今でこそ『映画秘宝』でしられるようになったけど、それまでは誰も見向きもしないクズだったんだ。特に80年代は完全に忘れられていたんだ!

 柳下:急に力入ったね。

 町山:いいか、オレがそういう映画を観ていたのは十六歳から二十六歳にかけて、つまり、人がいちばん恋愛してセックスする期間だよ。しか80年代バブルで、男はダブルイタリアンスーツ、女はボディコン恋愛セックスに狂っていたトレンディドラマ時代だったんだ。でも、オレは六本木西麻布に行く代わりに浅草池袋酔っ払いジジイに交じって、タバコの煙越しに千葉ちゃんを観てたんだよ!中野監督杉作J太郎さんや、きっとタランティーノもそうなんだよ!

 柳下タランティーノ浅草に行かないでしょ。

 町山:でも誕生日には自分へのプレゼントとしてソニー千葉三本立てオールナイトを観てたんだよ!『トゥルー・ロマンス』(93年)は本当の話なんだよ!でも、現実にはそんな映画を一緒に観てくれるアラバマみたいな女の子はいないんだ!その悲しさがエリック・ロメールだのR・W・ファスビンダーだの観てた貴様にわかるか?え?

【※】「モテない/モテなかった」こと自体別に罪ではありませんが、しかし、何故コレで「オレは恋愛論を語れる!」と勘違いできたのでしょうか。

(初出『映画秘宝』03年vol.49)

感想

 世の中には「モテない/モテなかった人間」は多数います。そのことは当人にとって、当人しか理解し得ない、理不尽現実だろうと思いますしかし、それでも真っ当に生きている人たちの方が大多数であろうと、私は信じています

 そういう中で「モテなかった!」と過去怨念叫びながら、権力勾配を利用してセクハラ的な言動をする町山智浩らのような人間存在は、偏見助長しかねない甚だ迷惑千万なことだと思います

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

雑誌映画秘宝』の記憶(44)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.17)

 出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

引用ここから

[p166]

【※】『キル・ビル』に対する評価に関して。

 柳下あんたはどうなの?『キル・ビル』のこといろいろ書いてるけど、いい映画なのか悪い映画なのか、そこんとこ曖昧だよ。はっきり聞くけど、この映画どう評価するよ?

 町山:評価?…うーん。

 柳下:いいの?悪いの?

 町山:いい奴だよ、タランティーノは。

 柳下:人柄じゃなくて、映画としてどうよ?

 町山:いい奴だよ。そうだろ?ところで腹減らない?

 柳下話題をそらすなよ!あんた、いちおう評論家だろ?

 町山:だからさー、友達の作った映画観せられて、どう?って聞かれて困っちゃって、「お前ってイイやつだよな!」としか言えない感じ。

 柳下:ああ、あんたの作った映画観せられたときはいつも困るね(笑)。イイ人だな、とは思わないけど(笑)

(初出『映画秘宝』03年vol.49)

感想

 冗談めかして誤魔化していますが、こういう「オトモダチの作った映画から」と正面切って批判することを避ける「逃げの姿勢」を示したことは、この時すでに評論家として町山智浩の「終わりの始まり」が見えていたように思えます

 そして、この「逃げの姿勢」と「身内への甘さ」は、後年の『実写版進撃の巨人』が失敗作に終わった際に、町山智浩に対する『映画秘宝』関係者から批判の声が「信じられないぐらい小さかった」と云う形で模倣されました。

 辛口サブカルライターは「兄貴分に対して忖度する」と云う点では、自民党政治家とその支持者に瓜二つだということです。

 あるいは、町山智浩自身言葉をもじれば「辛口サブカルライターが急に甘いことを言い出したら、十中八九センパイの影響」というところですかね。

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-04-04

雑誌映画秘宝』の記憶(41)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.16)

 出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

引用ここから

[p149-150]

【※】『キル・ビル』の話題からワインスタインタランティーノ蜜月関係の話に。

 町山:ワインスタインファイナルカット権を監督から奪ったり、シナリオに何度も書き直しを命じるので悪名高いんだけど、タランティーノだけはノーチェックなんだって

(中略)

 柳下:鬼のワインスタインタラちゃんにだけは甘いんだ。

 町山:ヤクザ親分のドラ息子みたいなもんだ。

【※】『キル・ビル撮影当時、クエンティン・タランティーノが「演技指導」の名目で、ダリル・ハンナハードコアポルノを観せたは有名な話です。

【※】その話をタランティーノから聞かされて、一緒に面白がっていたのが町山智浩です。

【※】タランティーノワインスタインが甘かった理由も、二人に「性的強要セクハラ体質」という共通項が有ったからではないか?と私は推測しています

【※】「特定人間にだけは甘い」という体質は、町山智浩旧体制映画秘宝』と共通していますね。町山智浩らは、自分たちのことは棚に上げていますが。

(初出『映画秘宝』03年vol.47)

感想

 セクハラ面白おかしく話すような人間は「似た者同士」で集団形成するものなのでしょう。

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-04-01

雑誌映画秘宝』の記憶(34)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.10)

元『映画秘宝編集部員の秋山直斗(ナオト)さんにも不正義や不公正と一緒に闘ってもらうために、引き続き頑張ります。出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判2』(2004年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

引用ここから

[p108]

【※】シャーリーズ・セロン主演『モンスター』の話題から

 町山:林真須美特殊メイク藤原紀香やらせるようなムダ。ていうか、美人がブスまで演じるのって独占禁止法違反じゃん!

 柳下美人はブスになれるけど、その逆は無理だもんね。

[p111]

【※】アカデミー賞獲得工作話題

 町山:これでわかるように、アカデミー賞なんて根回しと調整の副産物であって、公正で厳密なコンテストでもなんでもないんだ。くだらねえ。

 柳下ミラマックス社長ハーヴェイ・ワインスタイン必死から。98年に『恋に落ちたシェイクスピア』で大金投じて接待やら何やら大々的な票稼ぎして強引に作品賞奪取してさ、あれから恥も外聞もないオスカー戦略が始まった。

 町山:『恋に落ちた〜』こそブッシュ大統領当選匹敵するインチキ作品賞だった。その後の映画史に何の影響も与えていない。

【※】その「くだらない」イベント解説で小銭を稼いでいるのが町山智浩です。

【※】そのハーヴェイ・ワインスタインと昵懇の仲だったのがクェンティン・タランティーノで、そのタランティーノを「オレらの仲間」扱いしていたのが『映画秘宝』です。

【※】そして、タランティーノが「演技指導」の名目ダリル・ハンナハードコアポルノを見せると云うセクハラ行為をした話を、タランティーノから聞かされて一緒に笑っていたのが町山智浩です。

【※】「ワインスタイン-タランティーノ-町山智浩映画秘宝関係者」と云うセクハラ人脈の系譜

(初出『映画秘宝』03年vol.41)

感想】ここで『恋に落ちた〜』の評価に関して町山・柳下が話していることは、高橋ヨシキてらさわホークの共著で模倣されていて、本当に「センパイの真似」が好きなんだなと改めて思いましたね。

この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-03-13

anond:20210313194633

普通は共有出来るんだよ

 

エヴァ多様性

 

普通の会話
(マリシンジは軽口が叩きあえる関係にあるという前提が共有出来てる。その軽口が演出として有りか無しかの話をしている)

胸の大きい良い女って、アンチの脚とかじゃなくてマジで言うのかよwwww

ポリコレ厳しい国だったら大炎上だろ

エヴァって最終的に新世紀どころか昭和に着地したんだね

 ↓

公的な場では完全アウト大炎上セリフを言い合える仲になっているという意味だと、読み取ることは難しいだろうか

 ↓

というよりシンジが恥ずかしがらずそれを言えるようになった姿を強調したかったんだろうね

 ↓

さすがにジョークとしても時代遅れすぎて今時タランティーノですら使わんセリフだと思う
ただの庵野じゃん

 

 

Newタイプ
(話の前提を共有することが出来ない)

 

 

 

  • 男女が同じ部屋にいて女の方が裸でも特に問題はない

 

 

 

2021-03-11

anond:20210311020910

最初増田の「キモい」とか「炎上」とか「常識的な嘘」という言葉を見て、

問題視する理由が知りたかっただけなんだけど、

 

アスカは素子』 で 『理解ある彼氏貞淑な妻』な増田理解できるように書くのは難しい

そもそもなんでNewタイプに括られているか理解できないでしょ?

 

エヴァと完全に別の話になる

 

エヴァ多様性 

胸の大きい良い女って、アンチの脚とかじゃなくてマジで言うのかよwwww

ポリコレ厳しい国だったら大炎上だろ

エヴァって最終的に新世紀どころか昭和に着地したんだね

 ↓

公的な場では完全アウト大炎上セリフを言い合える仲になっているという意味だと、読み取ることは難しいだろうか

 ↓

というよりシンジが恥ずかしがらずそれを言えるようになった姿を強調したかったんだろうね

 ↓

さすがにジョークとしても時代遅れすぎて今時タランティーノですら使わんセリフだと思う ただの庵野じゃん

 

Newタイプ

2021-03-10

エヴァ多様性

普通の会話
(マリシンジは軽口が叩きあえる関係にあるという前提が共有出来てる。その軽口が演出として有りか無しかの話をしている)

胸の大きい良い女って、アンチの脚とかじゃなくてマジで言うのかよwwww

ポリコレ厳しい国だったら大炎上だろ

エヴァって最終的に新世紀どころか昭和に着地したんだね

anond:20210310151247

 ↓

公的な場では完全アウト大炎上セリフを言い合える仲になっているという意味だと、読み取ることは難しいだろうか

anond:20210310151544

 ↓

というよりシンジが恥ずかしがらずそれを言えるようになった姿を強調したかったんだろうね

anond:20210310152129

 ↓

さすがにジョークとしても時代遅れすぎて今時タランティーノですら使わんセリフだと思う
anond:20210310151807
ただの庵野じゃん
anond:20210310152222

 

Newタイプ
(話の前提を共有することが出来ない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021-03-07

同属嫌悪」という指摘

雑誌映画秘宝』の記憶について書いている増田ですが、振り返れば振り返るほど「『映画秘宝』とその狂信者言動ネトウヨ類似している」と思うようになりました。

女子供から映画を取り戻せ!」は「日本を取り戻す」のスローガンに似ている。

タランティーノ作品など外国映画日本切り株映画に影響を受けている!」は「日本スゴい論」の典型例。

五輪日本人選手やチームが活躍しようが、日本研究者ノーベル賞を受賞しようが、無関係日本人の格が上がる訳ではない。それと同じく、日本映画外国評価されようが『映画秘宝』のライターや読者の格が上がる訳ではない。

それなのに「女子供には分からないマニアック映画価値を、俺たち(=『映画秘宝』のホモソーシャル集団)だけは理解する能力が有る!」「外国映画関係者が高く評価する日本映画を好きな自分たちはスゴい!」と自己陶酔

不祥事を起こせば「外部の人間が口を挟むな」「いつまで謝罪すればいいのか?」「自分にはセクハラ恫喝とは思えない」「被害申告がないのだから外野人間セクハラと言うな」「セクハラと言うが必ずしも嫌がっていたとは限らない」などと、ネトウヨの真似のような発言

そして、被害者バッシング。

2021-02-11

anond:20210211223631

どういう風にピタゴラ死するか未見なので比較ができないのですが、バタバタ倒れていく映画だとジャンゴ(タランティーノ)、地獄でなぜ悪いあたり…

追記】(ネタバレ)人がピタゴラスイッチみたいに順々に死んでく映画といったら

ロックストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』がダントツの傑作。

他にあるなら言ってみろ、教えてください。

連続殺人犯が出てくるとかじゃなくて、それぞれが別の登場人物に、別の思惑で殺される奴がいいです。

以下追記

皆様ありがとうございました。

ピタゴラスイッチみたいに」の文言が糞すぎたにもかかわらず適切な意見出してくれた方に感謝

そうでない方にも感謝

NOV1975氏の「その条件でなぜ「ピタゴラスイッチみたいに」なんだろう 」という疑問は全う。

ピタゴラスイッチ、と書いた理由

「順々に死んでいく」「意外な形で人の死が次の死に繋がっていく」ことを表現たかったのです。

softstone氏の「事件の縦糸とわりと離れたところで、すれ違ったり愚かだったり勘違いだったり欲張りすぎたりでうっかり死んじゃう奴らの群像劇的な。」の要約力はすごい。モテそう。

バーン・アフター・リーディング」「フリー・ファイヤー」は求めてるものっぽい!

あとタランティーノは確かにそうかも。「ヘイトフル・エイト」をちょうど見たけどまさにそんな感じだったので、他も見てみます

その他の映画も気になったのは見てみます

2021-01-16

anond:20210116071800

これはもう普段思考解釈の違いのようなものだとも思うのですが、結局「フィクションのどうしようもない無力さ」とは紙一重なのだと思います

フィクション所詮虚構、でもそれを見たり作ることで救われることはできる」といいますか。

イングロリアス・バスターズラストでは、ユダヤ系の観客はそろって歓声を上げたそうです。

ユダヤ系の人に起きた悲劇や失われた命は何も変わらないけど、でもそれによって救われる気持ちというのはあります

そこに何か意味を見出すか、所詮は作り物だと冷めてしまうかの違いだと思います

ただ、作り手というのはそこに意味を感じない限り、作品を作らないと思います

日常でも、「この人と話しても何も意味ないな」と感じたら、会話をやめるのではないでしょうか。(一応断っておくと、このやり取りの事ではないです)

最後のifの意味が読み解けないとおっしゃいますが、例えばあなたの好きな、悲しい経緯で亡くなってしまった俳優アーティストがその不幸な運命を避ける、という物語に置き換えて考えても、やはり感覚はわからないでしょうか。

シャロン・テートという女優は、タランティーノや一部の映画ファンにとって、そういう象徴になりうる存在なのです。

なぜそこに感動するのか、ということの説明は難しいですね。

亡くなった人へ贈る追悼文では、その人の生きていたころの思い出を語り、まだ生きていたらどれほど良かったかということを綴ります

ワンス~は映画物語という方法で追悼の思いを伝えている、という説明が近いかもしれません。

からこそ、ラストでは主人公シャロン・テートが同じ画面に映らないことが美しいのだと感じます

※ちなみに、タランティーノテクニック過激描写がよく話題になりますが、意外と根は真面目、話自体も実は倫理的という指摘があります

ストーリーの複雑な時制も解きほぐすと因果ストレートだったりします。

「強い女性」が描かれるのも、タランティーノを一人で育て上げた母親の影響という、すごくストレート理由です。

自身映画自分が出演する際もクズだったり雑魚だったりといった役を好んで演じる性格の持ち主です。

2021-01-15

anond:20210115161258

どうもすみません

この映画の語る夢の部分にいたく感動したので、ついキツイ書き方をしてしまいました。

現代ものだと特に知識がなくてもタランティーノ映画は楽しめますが、根がオタクで細かい部分を詰めたがるので、時代物の場合はある程度事前知識必要ですね。

今回は「シャロンテート事件」を既に知っていることが前提(それがドンデン返しに繋がる)というかなりハードルが高い映画なので、長文を書いてしまいましたがあまり気にする事はないと思います

偉そうにすみませんでした。

anond:20210115075520

事件当時ロマン・ポランスキー監督は不在で(映画でもその通り)、犯人たちに襲われていない。

現在も存命で去年も作品を出している。(少し昔の作品だが、戦場のピアニストはかなり話題になった作品

殺されたのは妻で女優シャロン・テートと、友人。

しか殺人犯とは何ら関わりがなく、以前に引っ越した住人と勘違いされて彼女らは殺された。監督らの素性は事件関係がない。

この映画が救ってみせたのは監督ではなくその妻、シャロン・テートだ。

今でも語り継がれる悲劇女優だ。

劇中でも説明される通り、当時売り出し中の女優で、監督の子供を妊娠中だった。

この映画ではシャロン・テートの魅力的な姿が何度も描かれ、しかし最終的にディカプリオが彼女の家に招かれる場面ではインターホン越しでのみ会話し、ディカプリオと同じフレームには映らない。

とても誠実な描写だと思う。

この映画が憎んでいるのはマンソンファミリーだ。

実行犯殺害を指示したチャールズ・マンソンは額に鉤十字タトゥーを入れているが、タランティーノ過去イングロリアス・バスターズで憎きナチの額に鉤十字を刻んだ。(ちなみにこのナチ将校役の俳優ポランスキー監督映画おとなのけんかで主演してる)

そしてイングロリアスバスターズでは「映画を使って」ナチどもを焼き殺したように、この映画でもマンソンの手下を「映画小道具を使って」焼き殺す。

イングロリアスバスターズの隊長は、ブラッド・ピットだった。

1969年は「ロックが死んだ年」ともいわれ、アメリカにとって大きな節目だったことには違いがない。

しか監督タランティーノは「ハリウッド監督」ではないし(アメリカ映画ハリウッド映画ではないのがややこしい)、彼はハリウッドアメリカなどメインストリーム以外の映画も浴びるほど見ていて、それこそ中国香港日本などアジア映画に多大な影響を受けた人間である

デビュー作も香港映画オマージュなくらいだ。

キルビルが急遽テイストの違う二本立てになったのも、チャイニーズオデッセイという香港映画の影響である。(チャイニーズ~は一作目がコメディで、二作目が恋愛もの

(タラオールタイムベスト一位に挙げている続・夕陽のガンマンイタリア産マカロニウェスタンアメリカ映画ではない。ちなみに監督セルジオ・レオーネが撮ったワンスアポアタイムインアメリカも長いけど大変な名作。セルジオ・レオーネ監督の大ファンでもあるし、タイトルからもわかる通りタランティーノはかなり影響を受けている。~インアメリカについては、ラストデニーロの微笑みの解説を見ると、また味わいが増す)

ブルース・リーの話が出てきたが、タラキル・ビルでは死亡遊戯衣装を真似し(何の説明もなく出てくる「カトーマスク」も、グリーンホーネットブルース・リー演じるカトーがつけていたマスクのこと)、主人公ブライドの使う技はブルース・リーワンインチパンチで、必殺技は(ブルース・リーに影響を受けた)北斗の拳の技のようだ。オーレン石井へ敬意を示す闘いは、ドラゴンへの道のチャック・ノリス戦を思い起こさせる。

キルビルで描かれる復讐暴力の虚しさは、燃えよドラゴンブルース・リーが奇妙な泣き顔で表現したのと同じものだ。

そして敵役ビルには、ブルース・リードラマ企画を奪った俳優デヴィッド・キャラダインを配している。

キルビルはある種、ブルース・リーを主演に見立てているのだ。

タランティーノは、そういう監督なのである。ちなみにブルース・リーの主演が叶わなかったドラマ企画が、ちょうどワンス~の時代の頃の出来事でもある。

ちなみに、キルビル前後編になった元ネタチャイニーズオデッセイの主演はチャウ・シンチー少林サッカーが有名)であるが、彼もまたブルース・リーマニアだったりする。(ドラゴン怒りの鉄拳パロディや、少林サッカーカンフーハッスル等、ブルース・リーネタ多し)

少し脱線するが死亡遊戯という映画もまた、「ブルース・リーという俳優の死後に、彼が生きているかのように撮られた」特別作品で、その点がワンスアポン・ア・タイム・イン・ハリウッド共通している。

(すでに香港ではスターだったが)ブルース・リーハリウッドでの売り出し中にこの世を去った人なのだ。(ワンス~劇中でシャロン・テート自分映画を見るシーンがあるが、ブルース・リー燃えよドラゴンの公開やそのヒットを目にすることがなかった)

ちなみに作中で喧嘩していたブラピ本人もブルース・リーおたくである。楽しかっただろうなあ。(ファイトクラブでの物真似が彼のアイデアというのは有名)

あとワンス~作中のブルース・リー調子こいてるのは、実際の彼がああいキャラだったためでむしろファンとしては大喜びするポイント。(ブルース・リーの物真似をするときは、顎をしゃくって半目で相手文字通り見下したように眺める。服のセンスも、実際にああいチンピラのようなダサいファッション

何より、タランティーノは「超」がつく映画狂で、大げさではなく映画から人生のすべてを学んだような人間だ。

あらゆる映画を吸収し、現実にはモテないスーパーボンクラだったくせに、(映画から知識だけで)玄人好みの渋い「中年恋愛映画」すら物にしてしま監督である

落ち目だった俳優を「自分が好きだから」という理由で起用し、劇的にカムバックさせたりと、フィクションの力で現実を変えたこともある。

(※ネタバレ注意:この俳優とはジョン・トラボルタのことだが、タランティーノの好きな某映画ではヒロインを救えず、せめて「映画の中だけで生かす」ことを選ぶ。言うまでもなく、ワンス~を思い起こす)

(というよりもともと映画のものが、亡くなった俳優の生きている姿を見られるタイムマシンのような装置なのだろう。そういう評論はよく見る)

そして、前述のイングロリアスバスターズではユダヤ系の、ジャンゴではアフリカ系の観客の心を、荒唐無稽フィクションで熱く揺さぶった。

ヘイトフル・エイトでは差別主義者と黒人和解をそれこそ「フィクション」という小道具を介し、素晴らしい形で描いてみせた。

日本ではネタにされがちなキルビルも実に真面目な女性映画である。「五点掌爆心拳」などという冗談のような技で、男女の歪な恋愛関係を誠実に描いたのだ。この映画では男はみな弱くて使えず、女性は強く逞しい。

タランティーノは「強い女性」を描く監督としても有名だ。殺人鬼変態スタントマンが、女性スタントマンたちにボコボコにされる映画デス・プルーフも撮っている)

タランティーノフィクションの虚しさも当然知っているだろうが、同時にフィクションの力を強く信じている人間でもあるのだ。

虚構の無力さをただ嘆く監督ではないと思う。

(ちなみにデス・プルーフの主演であるゾーイ・ベルキルビルユマ・サーマンの「スタント」をしていた女性で、ワンス~にも出演。例の「ブルース・リーとの喧嘩」で車を壊されたひと。死亡遊戯キルビルワンス~と考えてみても面白い)

(ディカプリオについては、ある種かなり本人に近い役。若手時代から演技力が高かったのに、レヴェナントで受賞するまでアカデミー賞からは長年ずっと無視され、色んな人に揶揄されてきた。アカデミー無視されてきたのはタランティーノも同じ)

もちろんワンスアポン・ア・タイム・イン・ハリウッドは、ハリウッドやその他の「アメリカ黄金時代」への郷愁が詰まったお伽噺ではある。

しか元増田は表面的な考えで映画を語っていると思う。

歴史を描いた作品理解するには、ある程度の知識必要だ。

2020-12-12

anond:20201212135331

作品には現在の作り手が介在できるけど、歴史はすでにあるものとして介在できないから?

歴史を改変した作品っていうと、最近タランティーノ映画何本かがそうかなと思うけど、「改変」が作品テーマにとって重要という明確な理由がある。

→とくに理由もなく歴史を変えるのは、作品鑑賞にとってノイズになるから良くない、のかも。

なんか理由があるのか?って本筋と関係ないところで勝手推理ちゃう

 

過去作を再アニメ化するなどの際に、現在価値観刷新すべきなのはなぜか」については、個人的には「刷新しても、しなくてもいい」と思う。

2020-12-05

anond:20201205123949

はぁ~。だめだこりゃ。同じ人?

大人向け=幅があると思いこんでるのが悲しい。

トムジェリとか別に大人向けじゃないけど表情くるくる変わりますよ。

そして元増田もおそらく評価するカートゥーンなんて、自分の表情を鏡で見まくって描いてます

これは描くものとして当然の行為だし、Gigazineソースかなんかで明示されてた記憶があります

自明なのでソース提示はいらないレベルだけど。

元増田を言えばAKIRA、俺も大好きですよ。フリクリも好き。

でもトップをねらえ!と言うと急にオタクカルチャーだと言って否定するわけでしょ。SFですらないと。

オタクの一部にオタク向けしか理解せずにサブカル否定する狭量な人が居るのもたしか事実だ。

しかしそれがオタクカルチャー否定要素になるという言説自体片腹痛い

そしてオタクカルチャーが他のカルチャー言及したとき、それが本格的ではなく稚拙だ、とするのはより滑稽。

まして増田のように感情表現依拠させて否定するなど愚の骨頂。

俺はそれぞれの文化が花開けば良いと考えてるだけです。

余談、萌え絵表現の幅が狭い

俺もハンコ絵が一時期嫌いだったので実は深く意図を汲み取ると言いたいことはわかる。

でも萌え絵というものはそのバリエーションにこそ骨頂があるんだよ。

分部分のディテールを損ねてでも「属性」という付加物で勝負する。

そしてその多様化で生き残ってきた。決してリアル系作画映画など他のサブカルチャーに引けをとっているという比較対象で使うものでもない。

藤本タツキマンガ表現の中でなんとなくタランティーノっぽい空気を漂わせてるとどっかで書いたけど、藤本のそれにしたって心の片隅では「漫画でそれやらなくてもなあ」という部分と、こいつすげえなという部分の二種が混在する思いだ。

萌え絵はそれの中で優れた歴史表現を含めていて、それ自体文化だ。

本来なら比較対象にするほうがおかしい。

俺は萌え絵の中心を走ってないけど、君はそんな俺の半分も理解してないよ。

から君もにわかだと思う。

2020-12-04

アニメオタクアニメに何も貢献していない。むしろ害悪だ。

自分の中でのアニメオタク特に萌えオタ)に対する嫌悪感が一体何なのかきちんと考えてみた。

すると恐るべき結論に達してしまった。これから書くことは正直私も断言して良いものかどうか躊躇している。しかし、アニメ文化の発展のためにも、心を鬼にして書かなければいけないことだ。

アニメオタクは何もアニメに貢献していない!

今までも、そしておそらくこれからもずっとそうだ。これは岡田斗司夫のような豚野郎の言う「オタクは死んだ」でも、東浩紀のような豚野郎の言う「読者の質が悪い」でも、宇野常寛のような豚野郎が言う「萌えオタはクズ」でもない。もっと根幹に関わる重大なことだ。そして恐ろしい事実だ。

まず、オタクオタク向けに作ったオタクアニメが大きな評価を得てきたことは今まで一度たりともない。

名作を作ったクリエイター側は言うまでもなく、『ガンダム』の富野由悠季は仕方なくアニメ現場に降りてきた人だし、『攻殻機動隊』の押井守は元々映画監督志望でジャン=リュック・ゴダール敬愛していてたまたまタツノコプロ求人が目に入ってアニメ業界入りした人だ。

「でも、今は世界的にアニメブームが起きているじゃないか」と萌えオタがブヒブヒ言ってきそうだが、それは幻想である。まず90年代後半に盛んに言われた「ジャパニメーションブーム」を取り上げると、これは岡田斗司夫オタク地位向上のためにでっち上げものだ。本人も後にそれを認めており、外から圧力に弱い日本オタク市民権を得るにはそれしかなかったと言っている。この岡田斗司夫苦肉の策電通村上隆が乗っかり、ジャパニメーションブームという虚構ができあがったのだ(元々別称だったジャパニメーションという言葉を良い意味として輸入したのが村上隆である)。

それは今まで世界的な評価を得てきた作品を見ていけばわかる。

まずは、宮崎駿アカデミー賞も受賞し、名実ともに日本代表するアニメーション監督といった地位を得ているが、その作風アニメ界ではむしろ異端であるスタジオジブリ的なもの宮崎駿的なアニメは本人にしか作れず、その作風を引き継ぐような後継者は未だ誰一人いない(宮崎駿の後進育成が下手という話ではない。宮崎駿に影響を受けた人間が外で宮崎駿的なアニメを作ったっておかしくないのに、そんな人は日本はいないのだ。海外ではどうか? そう、モンスターズインク制作したピクサーが後継にふさわしいだろう。言うまでもなく彼らはアニメオタクではない)。

宮崎駿にはオタク的なるものを避けて避けてやっと今日地位を築いたという歴史がある。オタク的なものを避けて世界評価を得た、これは非常に重要ポイントだ。

押井守もその一人だ。『うる星やつら』を制作し、オタク向け監督の一人で終わるかもしれなかった彼は『機動警察パトレイバー2 the movie』や『攻殻機動隊』においてオタク向けアニメ想像力を捨て去ることで作品の強度を確立した。『ビューティフル・ドリーマー』はどうなんだ、という声があるかもしれない。これには後に押井守がこう語っている。「劇場版第一作『オンリーユー』を作ったとき原作者ファンが喜ぶことを全部詰め込んだ。上映されると当然原作者ファンは満足したようだが、作品的には酷い代物だった」。この諦観によって『ビューティフルドリーマー』は作られた。オタクから距離を取ることで傑作に仕上がったのだ。

他にも大友克洋の『AKIRA』だって一見すればわかるようにオタク的な想像力から離れたものであり、渡辺信一郎の『カウボーイビバップだってそうだ。

オタク監督だと言われるウォシャウスキータランティーノだってウォシャウスキーSFの人で決してオタク想像力に耽溺しているわけではないし、タランティーノ高校中退して一日中映画を見まくっていた怪物だ。

エヴァンゲリオン無視しているじゃないか、と言われるかもしれない。確かにエヴァオタクオタク向けに作ったオタクアニメであり、社会的現象を起こすほど大ヒットしている。だが、これ一本でもってオタク想像力勝利にはなりえない。何故ならオタク外にも評価されたオタク監督庵野ただ一人、例外中の例外なのだ。その庵野ですら、オタク偏狭さに嫌気がなして反オタク改宗した。その事実オタクは裏切った、とこれまた偏狭さを見せて批判している。

このようにオタクオタク向けに作ったオタクアニメで傑作が生まれたことは、一件の例外を除いて存在しない。オタクが喜ぶ想像力や「萌え」なんてもの全然強度を持ち合わせていない(十年前にオタク想像力オタクに受けていたクリエイターの今の地位を思い浮かべて欲しい、それが十年後の山本寛新房昭之の姿だ)。

しろオタクの好みに少しでも外れると烈火のごとく怒り、作画監督が少しでも個性を出すと作画崩壊と騒ぐその類まれなる偏狭さは害悪だと言ってもいい。

オタクオタク的な想像力から外れるような、例えば『スーパーミルクチャン』や『TAMALA2010』のようなアートアプローチからまれた傑作を評価できない。どちらも発売時にはタワーレコード平積みされ、オタク想像力は一瞬で敗れ去った。

それどころか『フリクリ』をオサレだとかラベリングして嘲笑するほど、子供のような舌でもってクレームをつけて回っているのだ(『フリクリ』はガイナックスが作ったオタクアニメじゃないかという屁理屈が聞こえてきそうだ。ガイナックスは今や庵野の反オタクキャンペーンによってオタク的な人間駆逐されており、鶴巻は反オタク急先鋒である)。

そして、それは明らかにアニメ進化を阻害している。その理由を書こう。

まず、オタクが大好きな絵柄、要するに萌え絵はアニメーションに不向きなのである。あの頭と目が大きく、等身が低くて身体か華奢という構造は、見た目通り人間的に動かすというのは困難だ。だから、どのアニメにおいてもよく動くと言われるもの萌えから距離を取っている。萌え絵を選択すると自動的紙芝居的な動きが縛られたものしか作れなくなる。ディズニー萌え絵を選択せず、あのような絵柄なのは動かすことを念頭に考えているからだ。

しかし、アニメオタク萌え絵以外の絵柄のアニメを「絵が変」と言って嘲笑し、批判する。ここがアニメオタクの一番の問題点であり、私が害悪と言い切る理由だ。

例えば近年稀に見る傑作である鉄コン筋クリート』を例に出そう。この作品も「オサレ」「絵が変」といって批判されているが、この作品こそアニメーションの快感、動くことの快感を思い出させてくれるものはない。画面の中を縦横無尽に動き回るキャラクター達が見るものの心を掴んで離さない。そして、それはアニメオタクが「変」といって批判するその絵柄が貢献している。もし、この作品萌え絵だったらここまで動くものになってはいない。現にそんな作品はない。

そして、アニメーションの快感を蘇らせたのがオタク外のマイケル・アリアスだったことは非常に重要だ。アニメオタクアニメーションのことがわかっていない。だからスタジオジブリ的なものピクサーに取られ、アニメーションの快感マイケル・アリアスに取られてしまうのだ。

もう一度言おう。オタク想像力は強度を持っていないし、オタクが好むアニメ絵はアニメーションに向いていない。アニメーションに向いているオタク的じゃない絵を排除するその思考アニメ進化を阻害している。

アニメオタクが本当に現実逃避ではなくアニメのことを愛しているのなら、今すぐアニメを見るのをやめて即刻退場することだ。それが一番の貢献だ。

2020-10-28

呪術廻戦がオタク向け

anond:20201027103914

よくわからんなー。

メジャータイトルじゃないのは理解できるけど、オタク/サブカル/ジャンプ向けというよりマガジン系の少年誌読者向けというか。

荻野真孔雀王)や荒俣宏帝都大戦:これ、タイトル意識してる?)とか知ってるおっさん受けもある程度はあるかもしれない。

昔はゴッドサイダーとかオカルト志向のもの結構あったんだけど、今はすべてが暴かれた時代なので、そもそもジャンルとして出てこないんだよね。少なくともメジャーどころでオカルトものは少ない。

ただ、リーマンショックからの延々と続くデフレ経済津波コロナと続いてオカルトが注目される下地はできているので、そこでキュレーションされた結果出てきたものなんだろう。

構造としては特殊体質の天才主人公プロフェッショナル師匠型の人物、バトルの仕組みという少年漫画的な要素は網羅していて、学園物が入って連載が続けやすいようにする工夫(という名のバッドノウハウ)が見られる。

ジャンプにはジャンプ漫画家に課せられたそれこそ呪いってものがあって、ジャンプ漫画家王道となったものを履修させられる。だからDB流行ったらトーナメント常態化し、ワンピ流行ったら友情を組み入れることを意識させられる。ヒロアカで学園が出てきたら学園を入れたほうが良いとなる。葛藤して真っ向から打ち勝つという古びた概念も入れなければならない。

がんじがらめの伝統芸能の中でジャンプらしくない、と言われるのはさぞ作家にとてはプレッシャーだろう。それこそ藤本タツキのようなナチュラル天才レベルでなければ(※)ジャンプ評価軸に入ってしまう。

というわけでオタク層というにはちょっと遠い。

せいぜいTwitterで消費される層をそんなふうに呼んだのだろうか?

各々が思い浮かぶオタクというイメージが違うんだろう。

作品のもののことを言えばこの手のものにあるグロさが足りんかなとは思う。味方の人間が半分取り込まれ意識があるのに真っ二つにする胸糞系のエピソードとか(原作にはあんのか?)。

藤本タツキは厳密に言えば天才というより映画を見すぎたオタク作家だと思っている。つまり天才というより天才に近い秀才という印象がある。このタイプ理論に凝り固まって小島秀夫みたいなガチガチに固められた世界観を構築するか、ウィットに富んだ世界観を構築するかに分かれる。見たものも影響してて、藤本は明らかにタランティーノファン(というかそんなこと言ってた気がする)。

2020-07-30

パロディを突き詰めたら本物になった例って何かある?

小島秀夫ゲームタランティーノ映画がそうだと思うんだけど、ほかに何かある?

2020-07-29

パロディを突き詰めたら本物になった例って何かある?

小島秀夫ゲームタランティーノ映画がそうだと思うんだけど、ほかに何かある?

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