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はてなキーワード: 鈴木謙介とは

2017-11-01

anond:20171101111939

古市の出した本で「日本代表する社会学者」とされている12人。

小熊英二佐藤俊樹上野千鶴子、仁平典宏、

宮台真司大澤真幸山田昌弘鈴木謙介

橋爪大三郎吉川徹、本田由紀開沼博

「『社会学』という学問分野ごと葬り去っても誰も困らないのではないか」と思える。

2017-03-02

鈴木謙介ってすごい薄っぺらい事言うんだな

http://www.tbsradio.jp/123643

「偶然の変化に着目し、そこに意味を求めず便乗するビジネス界の昨今の潮流が、ポストトゥルースの現状を作り出した」

みたいことを言いたいんだろうけど、「偶然の変化にイノベーションの萌芽がある」ってことは、80年代からドラッカーが言ってることだぜ。

ずーっとやってんだよお前が知らないだけで。くだらねー。

2015-12-30

年末年始をどう過ごすか

私は今年、関東実家帰省しない。

普段の住まいでどのような年末年始を過ごそうか、悩んでいる。

私の年末年始休みは、12/30-1/5の7日間だ。

今日休みの1日目。

昨日、会社忘年会があり、終電まで飲んだ。

私はお酒が強くないのに少し無理して飲んだため、

今日二日酔いで、ほとんど家で寝ていた。

残り6日間。

関西住まい年末年始を過ごすのは初めて。

どうやって過ごすか、良いアイディアが浮かばない。

最近とても忙しく過ごしていたので、

家でゆっくり過ごすつもりでいた。

ただ、家でゆっくり何をすればよいのか分からない。

やることがない。

今日TSUTAYADVDを借りてきて、まずはこれを見ようと思う。

ただ、6日間は費やさないだろう。

アパートに居ると会社のことを考えてしまうので、

外に出たほうが良いと思う。

しかしあまりお金がなく、どこも宿を予約していない。

どこにも行くような気持ちになれないし、あまり元気じゃないのだ。

今、テレビを見ているが、そんなに面白くない。

とりあえずDVDを見てから考えようと思う。


鈴木謙介ブログに感化されて、この日記を書いてみた。

私は考えて日記を書いたのだが、うまく書けたかな。

「考えていない」ということ « SOUL for SALE 鈴木謙介ブログ

http://blog.szk.cc/2015/06/05/no-time-thinking-and-action/

2015-07-12

地方からみたコスプレ界隈

あくまで個人の観測範囲からでの雑感

コスプレ写真ネット関係

コスプレネットの相性はよく、アクセス数を稼ぐためには、ビジュアル的に栄える写真必要なのはよく知られていることで、

コスプレ写真はパッと見で目を引くものが多く相性は良さそうに見える。

原作キャラクター作成段階で、ビジュアル的に、このパーツがあればこのキャラクターという認識広まっているので、

原作を知っている人にとっては全くの無知というわけではないことも、受け入れやすいというのもあると思う。

ただ普段コスプレ界隈にアクセスしていないオタク界隈にまで広がるかというと、そういうわけでもないように見える。

話題になる写真は以下のようなもの

  1. コミケ、もしくはそれに準ずる大きなイベント話題になった写真
  2. 外国人によるコスプレ写真過去話題になったもの
  3. 美人露出の多い衣装を着ている写真
  4. ネタ写真

ネットで話題にする人にとって、コスプレ写真コミュニケーションを取るための道具。

コミケでの写真役割としては、コミケが年に2回しか開催されないため、

期間が開きすぎて忘れられないように定期的に思い出す必要があり、それを行うための外部記録装置

外国人コス写真は、過去話題になったものであり、あったあったと、昔を懐かしむための記録媒体

露出が多い写真流通するのは、ネットエロによって出来てる。

ここで何を言いたいかというと、レイヤーカメラマン重要視している

  1. 原作を再現している(衣装であったり、ポージングであったり、シーンであったり)
  2. 写真もしくはカメラ技術的に凄い

というのは優先順位が低いということ。

なのでアートとしての地位日本国内じゃ上がらないように思う。

お金になるのであれば、もっと早くWeb屋さんが、写真集を販売するサイトなどを立ち上げていると思う。

コスプレ界隈に外から求められているのは週刊誌的なもの

最近だとレイヤーは夜の仕事をしている人が多いとか、アフターに参加するかとか、そういうのが話題になっており、

から求められているのは、コスプレ界隈の闇だとか、ここがおかしいとかそういうこと。

コスプレ界隈ってなんかおかしいこと沢山あるんでしょ?と思っている人達一定数いて、

おかしいと何処かに書いてくれるのを待っている。(自分取材しておかしいというのを暴露するわけではない。)

そしてそれをコスプレをしている本人達認識しており、情報に対して過敏になっている構図がある。

この辺りの構図がコスプレ界隈でポリティクス形成されている原因であるのだが、窮屈さの原因ともなっている。

Twitterでのコスプレ関係RTが伸びるのは、こんな人が居たのでダメだとか、これがおかしいとか、そういうことの方がRTが伸びる。

CureコスプレアーカイブといったSNSで閉じられた世界であれば、気にせずにいられたことにまで気を回さねばならず、

コスプレを辞めていく人の原因の一つになっているように思う。

これからコスプレ界隈の予想

社会学者鈴木謙介が消費行動モデルとして「IPPS消費」というのを言ってる。詳しくはココ(http://adv.yomiuri.co.jp/ojo/tokusyu/201506/201506toku3.html)を

見て欲しい。

乱暴に言えば、イベントに参加する前に誰かを招待して、準備するために買い物をするところが楽しいので、そこがお金になるという話。

コスプレは既にこのIPPS消費をしている。

  1. 誰かと一緒にコスプレをいつするかを相談(Invite)
  2. 布などを購入。服の色を合わせるために一緒の布を使ったりする(Plan)
  3. 当日コスプレをし写真を取る(Participate)
  4. LINETwitterなどで写真を共有(Share・Spread)

問題になっているのはInviteとPlanのところで、同じコスプレ趣味としていても、こだわる箇所が違うので、あまり上手くいっていないように思える。

5人などで一緒にコスプレをする併せと呼ばれるものがあるのだが、スタンスなどが違うのであまり上手くいっていない。

衣装クオリティにこだわる人もいれば、写真クオリティをこだわる人、衣装をきて作品について話せればいい人など、

スタンスが違うため、なかなか続かない。

予定を合わせるのも大変なので、本当に仲の良い二人組でするか、一人でするかというのが気楽で続くように思う。

Spreadによって承認欲求が満たされるのが、次の原動力となるのだろうが、

気を使うことが多すぎて面倒くさいという方が勝つので、ドンドン辞めていく人が増えていくのではないだろうか。

経済的には、弱虫ペダルロードバイクを買う、刀剣乱舞で模様の入った高い布を買うなど、

コスプレをするのにかかるお金が高くなっているので、地方収入の少ないところから

徐々にコスプレ人口は減っていくように思う。

衣装お金のかからない人気作品が出てくれば、コスプレが盛り上がるのはこれからも何度かあるように思うが、

グッズ以外にコスプレまでするというのはキツくなるのではないだろうか。

2015-05-08

@hazuma 福島観光地化計画よりサブカル批評やってくれ

サブカル批評、体力が要るらしいんですよ。

アニメクールも見たり、ゲーム徹夜プレイしたり、ラノベ読んだり。

で、「35歳になって体力が持たなくなってきた」から福島~』に転向したらしいんです。

昔のあずまんに戻ってください。

体力ならつければ良いじゃないですか。

昔の清原みたいに肉体改造して、ムキムキの締まったボディになってください。

福島コミットしたがる人間なんてたくさんいるんですから、放っておけば良いのです。

でも、キレッキレのサブカル批評あずまんしかできません。

宇野常寛鈴木謙介のクソっぷりを見てください。

東-宮台世代の後継が育っていないんです。

頼みますよ、社長

2014-08-30

ネットや人々という「概念」に、一貫した振る舞いや理路整然さを求めるのは悪手

自分について色々と言われている人に対しては「エゴサするな気持ち悪い」と儀礼的無関心を求め、他人について色々と言っている人に対しては「発言は自由だから」と儀礼的無関心を求めない、場合が多いネット人間の「関心」という機能に逆行する部分があるのは、誤配問題かなー。そのうち解が出そう。

これ誤解してる間はネットで公の存在として生きていくのは無理だと思う。

ネット場合、使っている人が同じであっても、感情や気分で発言内容がぶれるというのに

ましてそういううつろいやすい個人が集合となっている人々やネットのものに、

一貫した振る舞いを求めるなんて、まずありませんよ。

しろ、集合が、一つの意思を持つ集団となるのは、「祭」の時だけだって鈴木謙介とか荻上ちきりんが言ってた。

そのあたりを勘違いしていて、ネットに一貫した振る舞いを求めてる人は、ネットに向いてないと思うよ。

だいいち、そういうじぶんは、ネットでそんなに一貫したにんげんなのかい

カーニバルダヨーカーニバルダヨーカーニバルダヨーカーニバルダヨーカーニバルダヨーカーニバルダヨー

2014-08-08

知識人読書量・知識量ランキング

SSクラス 江藤淳柄谷行人、廣松歩、栗本慎一郎谷沢永一村上泰亮中村元

クラス 小室直樹浅田彰福田和也渡部昇一、呉英智蓮實重彦永井陽之助中村雄二郎すが秀実佐伯啓思高澤秀次筒井康隆小谷野敦菅野覚明養老孟司 見田宗介佐藤誠三郎大森荘蔵西部邁

クラス 丸山眞男吉本隆明長谷川三千子丸山圭三郎橋本治村上陽一郎佐藤優松岡正剛伊藤貫、猪木武徳坂部恵坂本多加雄大澤真幸中川八洋永井均野矢茂樹小浜逸郎飯田隆河合隼雄片岡鉄哉鎌田東二梅棹忠夫竹内洋山本夏彦山口昌哉、入江隆則

クラス 猪瀬直樹坪内祐三中沢新一御厨貴橋爪大三郎鷲田清一北岡伸一池田清彦中西輝政立花隆山本七平宮台真司桶谷秀昭宮崎哲弥司馬遼太郎古田博司市川浩東谷暁苅谷剛彦秋山駿関岡英之加藤尚武浅羽通明松原隆一郎東浩紀

クラス 中島岳志鎌田哲哉兵頭二十八内田樹森本敏村上龍西尾幹二仲正昌樹大江健三郎齋藤孝森岡正博富岡幸一郎小泉義之井沢元彦、桝添要一、中西寛中島義道鄭大均山内昌之村田晃嗣山形浩生林道義松本健一

クラス 斎藤環福岡伸一副島隆彦榊原英資梅原猛寺島実郎佐藤健志大塚英志五木寛之笠井潔潮匡人高橋源一郎岸田秀山田昌弘竹中平蔵池田信夫萱野稔人大川隆寛、大森望櫻田淳上田紀行手嶋龍一和田秀樹藤原正彦、中野剛志

クラス 佐々木中村上春樹三橋貴明田原総一郎木村太郎池上彰竹田恒泰切通理作島田雅彦酒井信、夏野剛苫米地英人上野千鶴子姜尚中、鷲田小爾太、竹田青嗣小阪修平佐藤亜紀

クラス 糸井重里加藤典洋中上健次勢古浩爾北田暁大藤原和博小熊英二佐々木俊尚西條剛央玄田有史城繁幸茂木健一郎岩田温千葉雅也、岡田斗司夫

クラス 小林よしのり宇野常寛勝谷誠彦荻上チキ鈴木謙介勝間和代伊坂幸太郎濱野智史赤木智弘坂本龍一いとうせいこう上杉隆酒井順子

クラス みのもんた久米宏古舘伊知郎ハマコー太田光水道橋博士テリー伊藤、リリー・フランキー、コシミズ、香山リカ森永卓郎、ホリエモン、津田大介ひろゆき中村うさぎ雨宮処凛桜井誠

異論がある人は修正版をトラバでどうぞ

2013-05-27

リベラルな知人がミソジニーをこじらせているのを見たら、非モテ界隈を思い出した

俺も30代前半であり、ミソジニーをこじらせた経験がある。ミソジニーっていったって、単なる女性恐怖症なのだが、これはミソジニーなのだが、それはおいておくとして、同年代の男も、またミソジニーをこじらせた。その話を効きながら、俺は本田透の『電波男から7年くらい経つんだな、ということを考えていた。本田透も、ギャグとして「非モテ」といっていたのが、段々と30代が近くなってから、病的な印象を与えるようになって、あの本を書いた、みたいな話をきいた。

女性か、あるいはこじらせていない男子は覚えておくといいのは、30代になってから、急に「非モテをこじらせて暴れる」ということが往々にしてある、ということだ(ちなみに、これを書いた当初は「翁媼」と誤記してしまっていた)。

今となっては殆ど信じられないが、『電波男』に影響されたのかどうかわからないが、はてな非モテの議論が熱心にかわされていたことがある。非モテ一言で語ることは難しいが、単純に「モテないという"自意識"を抱えている男」くらいのまとめ方でいいと思う。彼らが定形化した「※ただしイケメンに限る」という言葉は、彼らの"実体"とは余りにもかけ離れているように思われた。自分もちょくちょくとオフ会などで顔を出していたが、半分くらいは、少なくともフェミニズムもどきの話を出来るくらいには、インテリだった。実際に、男性学がどうのこうの、という話をしていた。

その後彼らの人生を見てたら、技術者として大成し、一人の「デベロッパー」として注目を浴びるようになった。また、海外で働くのを選ぶものや、あるいは大企業に勤めたり、あるいは定期的に同人雑誌を出したり、単著を出していた。そういえば革非同ってどうなったっけ?まあいいや。とにかく、そいつらは、殆ど非モテの話をしなくなった。なぜなら、それはもはや「センセーショナル」ではなくなったからだし、彼らは非モテを語ることよりもやるべきことが見つかっただけだ。

それは宇野(当時の仮想敵)か宮台か知らないが、当時に言っていた「小さな成熟」なのかもしれない。ある程度、彼らは自分の「自意識」に折り合いを付けて、卒業した。他人がどうあの空間を気持ち悪いと思っていたとはいえ(あとから、そう話をちらほら聞いた)し、実害を出していた。乱暴にまとめるが、結婚に付いて語るだけでフルボッコにされた。しかしあの頃を考えるに、それはイニシエーションだったのかもしれないな、と思う。要するに、自分自意識とどう折り合いをつけるのか、あるいは、そういう話を通じて、自分が「モテない」という、主観的な意識を相対化していったように思う。

最近になって、比較的「リベラル」だと思われる男子が、30代を超えて「恋愛について全てを諦める」といい始めた。これが魔法使い意識なのかとは思ったが、それはいい。彼は社会学教育を受け、そしううて大学院に入り、ポスドクになったわけだが、急にそういう風にいい始めた。非モテネタだし、リア充爆発しろ、というのは若人にとってはネタではあるが、だんだんと周囲が結婚し、子供を生むにつれて、「それをやっていない自分と言うのは、世間から見て劣っているのではないか」と思い始めた。社会学を専門にしている人でもそういうことを思うのか、へぇ、とは思ったが、学問的な含蓄と実践というのが結びつかないのは往々にしてあるのは知っている。それは、鈴木謙介クズさだし、東浩紀が単なる「哲学に詳しい中小企業おっさん」になってしまったのと一緒だ。それも「小さな成熟」かもしれないが、それはよくわからない。

それはともかくとして、既に若者には「非モテ」より、ただ「2ちゃんねるまとめ」の気の利いた話を聞いたりしているが、彼らからは「自分モテないという自意識をこじらせることについて」みたいな話をしているのか、というのは気になるところだと思う。だんだん論客が減って、そこにこだわっているのはシロクマ先生みたいなものだが、宇野の「サークルクラッシュ研究」と似たようなもので、もう「脱非モテ」みたいなもので、それを語ることはない。まあ、東にしろ宇野しろ、単純に言ってしまえば「非モテなんて自意識をこじらせたやつは気持ち悪い」と心の底では思っているだろうから、そんな彼らの悩みなんて触れたくもないだろう。

はてな村が大好きな有村悠は未だに「童貞」をダシにしているが、あれも単純に童貞を捨てたら自分価値が無くなるからアイデンティティを必至に守っているだけでしかない。彼もまた「女性エロ漫画なんて書くわけがない!」というのを定期的につぶやいて、ミソジニーをこじらせているっぽいが、もはやあれも芸であって、「自分欠点を認めたくないが故に、自分欠点を認めたフリをする」といったものなんだと思う。とはいえ、男性ホモソーシャル(ようするに男性中心で回っている共同体)なんつーのは、ただそいつが「童貞」だからという理由だけで同情して仕事を与えたりする。

ただ思うのは、そういう話題が出来なくなって、結果として「俺がモテない」という自意識について、半年くらい考える機会というのは、自分恋愛経験を相対化して、消化して、自分がどうするべきか、について方向性を与える機会というのはあったと思う。チャーチル名言(これも怪しいものだが)としてよく挙げられている「20歳までに左翼に傾倒しない者は情熱が足りない。20歳を過ぎて左翼に傾倒している者は知能が足りない」という言葉があるが、結局のところ、非モテを続けている人間は、芸風だけになってしまった印象だ。あれだ、童貞.comの人(勝手検索してくれ)が、なんかロフトプラスワンイベントをやるたびに女性を食いまくるために、童貞をダシにしていたのと似ている。あとえがちゃんか。えがちゃんという名前を聞くたびに吐き気がする人間は数人知ってるが、彼は上手く企業して、ぼちぼちと受託をこなしているそうで、彼は彼でまた「あがり」になった。

食堂で飯を食っていたところ、慶應大学生らしき学生二人組が隣に座って「俺たち非リアだもんなwwwwあーゼミの発表とか忙しいなー、○○ちゃんノートうつさせてくれねーかな」みたいな感じだ。もしかしたら、そっちのほうが健全なのかもしれない。だって「俺はモテる」というよりは、「俺がモテない」というほうが話題が進むからだ。(前者はただの嫌な奴だが、後者は「なんでーそんなことないのにー」みたいなキャバクラトークになる)

しかしたら、今の「中途半端に真面目な人間」というか、「真面目系クズ」と呼ばれるような男子は、Facebookか、あるいはTwitterで、5年前と同じことを繰り返しているのかもしれない。これは観測範囲という問題なのだが、あんまりそういう話題をてんで見かけなくなったように思う。最近流行りはどうやら「意識の高い学生を叩くこと」だが、そこには怨みたいなことはなく、おっさん説教みたいなことが繰り返されている。俺がよくわからんのは、今のそういう「自意識をこじらせた男子」というのは、何処で話題を深めているのだろうか。それとも、結局これはインテリの遊び事であって、インテリの遊びが、そういう哲学ごっこではなくて、むしろ「売れている作品のマーケティング戦略分析してわっしょいする」(これをインテリ界隈では「批評」と呼ぶと聞いた。濱野智史新書はそういう本だって聞いた)ということのほうが楽しいのかも知れない。そりゃそうだ。誰にも頼まれないのに悩むなんてバカがやることだ。

しかし、この手の「リベラル男子」が自分ミソジニーみたいなものをこじらせたとき、今は何処に行くんだろう?ゲンロンカフェか?まあいいや。こういうことを書きたくなったというだけで、おっさんであり、老害だ。「俺と結婚しろ」と書いて「まってました!」みたいな承認を貰ったほうが、インターネットは楽しくなったというだけだ。むしろそっちのほうが健全なのかもしれない。そういうのを気にするのは、「みうらじゅんは嘘つきだ」という今更の話をただずるずると引きずっているだけなんだろう。

蛇足だが、上の文章を読んで「モテなさそう……」と思ったら、貴方が正しい。

2012-12-18

ネット上の政治情報提供は「引き算」ではなく「足し算」の発想で~社会学者鈴木謙介さんの話

総選挙投開票日(12月16日)の夜にTBSラジオで放送された選挙特番津田大介さん司会)を録音しておいて、1日後に聞いてみたら、社会学者鈴木謙介さんが「ネット選挙解禁」論に関して興味深い話を、とてもわかりやすく語っていたので、それをテキストにしてみた。以下の文章は、「この国を動かすには?」というテーマに対して、鈴木さんが答えた収録メッセージを書き起こしたもの

今回の選挙でも「ネット選挙解禁」の話題が取り沙汰されましたよね。「ネット選挙活動をすることは公示後にできない」というのを解禁しようということで、いろんな動きがあったんですけど、今回も解禁はされなかったということですよね。

これについて思うことなんですけど、そもそも必要なのは、「公示後」にかぎらず日常的に政治の話をする環境作りじゃないか、と僕は思っているんですよね。要するに、もっと政治の話をしたり、もっと政治のことを考えたりする「足し算」の発想で政治を考えていくということが、重要だと思っているんです。

ところが、現状の選挙規制というのは「引き算」の発想、つまり、「これはしてはいけない」とか、「ここまでやっていい」というような形で「引き算」で考えていくんですよね。

「これ、なんでなんだろう?」と考えると、背景にあるのは、情報が増えすぎてしまうと有権者選挙政治のことを判断できなくなるから適当に間引いて情報提供していかないといけない、という考え方があるんじゃないかと思うんですね。

でも、たとえば、TPPにせよ、財政にせよ、社会保障にせよ、もはや間引いた情報では判断できないくらい、複雑なものになってしまっている。だから、難しいからできるかぎり情報シンプルにしてわかりやすくしよう、ということではなくて、逆に、ふだんから政治のことを考える、その情報を「足し算、足し算」していって考えるということが、大事なんだろうと思うんです。

具体的には、たとえば、オンラインで演説したり、政策討論をおこなったり、あるいは、政策解説をする人がふだんからたくさんネットの中にいる、というような状況を作っていくことのほうが、実は「公示後」にネット選挙活動を解禁するだとか、それを見て有権者が判断するだとか、ということよりも重要なんじゃないかな、ということを感じました。

2009-06-16

http://anond.hatelabo.jp/20090615005732

鈴木謙介が出てるNHK番組にそんな奴でてた

他人の日記に "死ね" と書き込んで 相手の反応を見て

その反応を見て自分の生の実感を得られると言っていた

(もしくはテレビ編集者はそう解釈した)

あまりにもその行為は悲しすぎたよ

予算が付いたらどんな対策を取れるんだろう

彼らの住所や名前を特定して、誰かを送り込んで(民生委員を増員?)

継続的に対話すればいいのだろうか

2009-02-28

思考力がない

大学卒業して就職できたのはいいのだけど、思考力がなさすぎて困る。先輩を見ているとなんでそんなに考えられるんだろうと思う。

演繹法や帰納法が大事なのは理解しているんだけど、色んな本を読んでもそれができるようにはならないんだよね。

演繹法が一般原理を個別事象を推論するのに使って、帰納法は個別の事象から共通の原理を見つけ出す。

これができない。自分にその判断基準がないというのかな。だからグループ分けすると、他の人が見たときに違うじゃんと言われてしまう。

色んな本を読めば思考できるようになると言われて、少しは読んだよ。東浩紀鈴木謙介宮台真司は好きだし、半分以上わからなくても読んだよ。論理的に書かれている本を眺めているだけじゃ何も論理的になれるわけじゃないんだよね。乱雑なものから自分の手で整理していかなければ磨けないんだ。

じゃあ改善方法があるのかと思うと、なぜそうなったのかを考えることが必要なんだろう。何を読むのかではなくて、自分と本との接し方なんだろうね。

なぜ自分がその考えを導きだしたのか、自分意見はなんでそう思ったのか、自分意見は客観的な論拠で裏付けられているか、論理に飛躍はないかというのを考えていかなければならないだろうと思う。

なんか会社の中を見ているとみんな普通にできてることができてないんだよ。一年会社にいてもそれほど成長できてないや。

2008-12-12

オピニオン誌?とmixi

# 2008/12/12(金)

[mixi] 週刊金曜日(782)

開設日 2005年02月02日

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[mixi] SAPIO サピオ(675)

開設日 2005年04月13日

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[mixi] @『諸君!』(140)

開設日 2005年04月13日

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[mixi] 正論(369)

開設日 2005年04月13日

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[mixi] 『世界』(89)

開設日 2005年12月21日

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[mixi] 論座(78)

開設日 2006年02月09日

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[mixi] @『月刊WiLL』(102)

開設日 2006年05月02日

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2007-12-05

http://anond.hatelabo.jp/20071205154441

ところが現実は、学問弱者のものではない。

だからさ、戦時中や今みたいなさ、上の人の都合の左右されない

理屈があるわけさ、それを学問というの。

それを追求すればいいのさ。

それは理想だけど、世の中を変える役にはなんにもたたないよ。

世の中の人間なんて、ゲーム脳とか下流社会とかが学問だと思ってるんだもん。あるある大事典細木数子なんかに平気で騙されるんだもん。

それに反発したちょっとインテリぶった子は、理系ならパソコンオタクで終わり、プログラミング言語勉強してれば学問やった気になってる。文系の子は宮台眞司やら鈴木謙介やらの評論を「学問」だと思ってる。彼らを学者だと思うのなら、一般向けの評論は彼らにとって副業でしかないってことをわかってる人なんてほとんどいない。

そして、その辺の知識をちょっとかじったぐらいのやつが非モテになんて言うと思う?

はてなを見てればわかるでしょ。ミソジニーミソジニー。なんでもミソジニー。お前、ミソジニーって言いたいだけちゃうんかと。

女は全て肉便器とか言ってる奴も、キモいって言われて屈折してしまっただけのやつも、全部一緒くたにミソジニー。そして「オナニーして死ね」とか言って喜んでる。

それに反対するやつがいたら全部「バックラッシュ」で終了。

こんなレベルだよ?世の中って。学問なんて通用するわけがない。

2007-03-04

文科系トークラジオ

http://www.tbsradio.jp/life/20061118_itoi/

文科系トークラジオ 11月18日放送「糸井重里さんを迎えて」

鈴木謙介が「ほぼ日」に対して、「web2.0だ」みたいなことを言ったり、いわゆる「80年代糸井重里論」みたいなことを引き合いに出したりするたびに、糸井氏が「名前を決められる(カテゴライズ)されるのはごめんだ」的な物言いをする。

確かに「ほぼ日」がweb2.0だなんて勝手に決め付けるのもどうかと思う(鈴木謙介は敢えて言ってるのだろうけど)が、それに対して過剰反応するのも大人気ないなあと思った。糸井氏ってもうすこし柔軟なひとなのかと思ってたわ。

人が自分の作品をどうカテゴライズするかなんてどうでもいいんじゃないの?

おかげでつまんない話になってたね。

2006-12-17

AKIBA FUTURE -オタサイト秋葉原

はじめに

秋葉原現在もっとも注目される街の一つである。IT・ハイテク技術聖地として、あるいは現在国が推進するソフトウェアコンテンツの見本市として、またはサブカルチャー文化が生まれる一観光地として、政府である『官』やソフトウェアハードウェアを生産する『企業』、そして秋葉原を目指す『個人』の視線がそこに集中し、ひとつのムーブメントを作り出している。

この記事は、秋葉原歴史については軽く触れる程度にとどめ、主に90年代後半??今後の秋葉原について参照し、今後秋葉原がどういった発展を遂げるかについて将来像を探るものとする。

1 電脳都市秋葉原誕生

電気屋街としての秋葉原歴史は、終戦直後に作られた露天市までさかのぼれる。戦前秋葉原にも山際電気現在ヤマギワ電気の前身)なども存在はしたが、当時電気屋の主流であった「電気材料卸商」(電化した工場設備に必要な部品を販売する商店)の中心的な場所ではなかった。戦後焼け野原になった秋葉原で近隣の電機工業専門学校(現東京電機大学)の学生ラジオを組み立て販売するというアルバイトをしたところ、これが大繁盛。その結果、他の露天商も品物を真空管などラジオ部品の販売に転向、その上電気に詳しい露天商の参入もあり、120軒あった露店のうち約50軒が電器商という、まさに電気屋街の前身ともいえる様相を見せた。

この初期の秋葉原の発展について、近くに工学専門の学校があったという地理的要因のほかに、交通の便のよさというのが上げられるだろう。終戦直後にできた闇市で活況を見せたのは、上野新橋渋谷など国鉄の乗降客の多い駅の周辺にできたものだった。秋葉原国鉄都電が通るアクセスのよさは、そういった「人の流れの結節点」となって、秋葉原に人を留める要因になったと思われる。

その後、GHQにより道路拡張工事を行うため、露天撤廃令が施行され、露天商は国鉄秋葉原駅ガード下で営業をはじめることになる。これを秋葉原電気屋街の原型とし、以後日本高度経済成長とともに、電気屋街は拡大していくことになる。この成長を支えたのは家電だった。人々は豊かな生活を追い求めるため、「三種の神器テレビ冷蔵庫洗濯機)」に代表される電化製品を求め、家電が安い秋葉原に足を運んだ。しかしその人の流れは昭和50年代後半で終わることになる。家庭に普及した自動車郊外型の家電チェーン店に向かうといったライフスタイルが定着し、それまで主要客層だった家族層が秋葉原に足を向けなくなる。また、昭和60年代のAVブームと高級家電のブームの反動による家電不況などもあり、秋葉原は新規顧客層の開拓と、それに伴う主力商品のシフトを図ることになる――「情報家電」。昭和にはマイコンとよばれ、現在パソコンと呼ばれるマルチメディア機材である。平成6年、電気街の売上においてPC関連商品が家電商品を上回って、名実ともに秋葉原電脳街となるのである。

2 オタク層の流入??趣都の誕生

秋葉原の主力製品となった情報家電は、アニメゲームを愛好するオタクたちと親和性が高い。アニメを見るためのTV、エアチェックする為のレコーダー、ゲームだけでなく、ファンとの交流を図るコミュニケーション・ツールとしてのPC――しかしそれだけが、秋葉原を「オタク聖地」としたのではないと、建築学者である森川嘉一郎は言う。

秋葉原に点在する「まんだらけ」や「海洋堂」、「ゲーマーズ」などの同人誌アニメグッズ、ガレージキットフィギュア)専門店はそれまで秋葉原になかったものであり、それらは秋葉原移転するまで吉祥寺渋谷新宿などに点在して存在していた。しかしそんな専門店が97年以降秋葉原に集中するようになった原因を、森川は『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』において、(株)海洋堂宮脇修一専務のインタビューをヒントにこう記している――アニメ新世紀エヴァンゲリオン』のヒットと、それに付随したサブカルチャー・ブームにより未曾有のバブルに沸いたサブカルチャーショップが、その勢いに乗り秋葉原への出店を促したのだと。確かにこの時期、東京ビッグサイトで行われたコミックマーケットの入場者数が25万人(95夏 90年からこの人数が横ばい)から35万人(96夏)、40万人(97夏)へと急激に膨張するなど(ちなみにこの後入場者数は横ばいになる)、この時期サブカルチャー文化への大幅な人口流入があったという見方もできるだろう。しかし、アニメマンガ界隈において、エヴァ以降現在に至るまで、エヴァと比肩し得るヒット作は生まれていないのが現状である。しかしサブカルチャー産業は萎むことなく、拡大し続けているのが現実である。エヴァ現象によってサブカルチャー文化に入ってきた人びとは何を飽きずに摂取し、そこにとどまり続けているのか。まずこのことを明らかにしてから、秋葉原の現状について考えてみたい。

3 社会最適化されたオタク??個のオタクから公のオタク

批評家東浩紀によれば90年代以降、アニメ物語よりもそこに登場するキャラクターや設定などの断片を愛好するオタクが増えたと、著書『動物化するポストモダン』で述べている。東浩紀によれば「オタクたちは、物語メッセージなどほとんど関係なしに、作品の背後にある情報だけを淡々と消費している」と指摘し、そのことを「キャラ萌え」している(この言葉はやや古くなった感があるが、そのことについては触れないでおく)と表現した。1960年生まれのライターである竹熊健太郎氏も、「オタクとは何か? What is OTAKU? | Web草思」において、まず自身の立場を「(アニメ作品などにおいて)トータルで作品は見るべきだという思いがどうしても強い。」と表明し、「もちろん心の深いところでは、キャラ萌えのような感情はあるんですけどね」としながらも、かれらについて「でもそれを外部に表明するのは、自分はバカですと言ってるのと同じで、とてもできないわけですよ。」と違和感を語っている。しかし、その中で竹熊はこうも語っている。曰く、キャラ萌えという衝動は「アニメブームの頃、中高生ミーハー女子が「シャア素敵??」って黄色い声をあげていたのと同じ」であると。

東はオタクの嗜好が変わった原因を大きな物語の凋落に求め、結果大きな物語に付随する「小さな物語アニメにおけるキャラクターロボットなどの一要素)」を単独で摂取するようなオタクが現れた、と前述した著書で述べている。このことについて東はインターネットの世界を例に挙げてうまく説明しており、少々長くなるがここに引用したい。「すべてのウェブページを規定するような隠れた大きな物語存在しない。(中略)インターネットにはむしろ、一方には符号化された情報の集積があり、他方にはユーザーの読み込みに応じて作られた個々のウェブページがある、という別種の二層構造がある。この二層構造が近代のツリー・モデルと大きく異なるのは、そこで、表層に現れた見せかけ(個々のユーザーが目にするページ)を決定する審級が、深層にではなく表層に、つまり、隠れた情報そのものではなく読み込むユーザーの側にあるという点である。」「ポストモダンデータベース型世界では、表層は深層だけでは決定されず、その読み込み次第でいくらでも異なった表情を現す。」

この件について森川も同じくインターネットを紐解き、インターネットにおける「地縁血縁に因らない趣味や関心の共通性に基づいたコミュニティコミュニティ・オブ・インタレスト」が、秋葉原の構造の変化を促した、と記している。つまり、「パソコンを好む人は、アニメの絵柄のようなキャラクター好み、そうしたキャラクターが登場するアニメゲームガレージキットも愛好する傾向がある」というオタク趣味の構造が、現在秋葉原を形成したのだと。しかし私は、この変化を趣味の変化や世代の変化ととらえるのではなく、技術進化趣味の構造の変化をもたらしたのだ、と主張したい。

オタクについて、まずかれらについて、サブカルチャー文化を愛好するものたちだと捉えよう。サブカルチャー文化はメインカルチャーにたいするカウンターである為、自ずとその文化を愛好するものはマイノリティとなる。そしてマイノリティである為、常に外部から奇異の視線に晒され(宮崎勤事件を参照されたい)、それに対抗するためオタクたちは様々な我流の理論武装を施し、それによって更にオタクオタクとして、孤立、タコツボ化を極めた(こういった空気は、ガイナックスの元社長である岡田斗司夫が記した『オタク学入門』(太田出版)を参照されたい)。そしてオタクはまた、サブカルチャーの知識を深めるための仲間を必要とし、オタク仲間に出会える場所を強固に求めた。漫画家篠房六郎氏は、かれ自身にとっての同志が集う場所であった武蔵野美術大学漫画研究会について、「かつてはクラスの隅っこにいた痛々しい孤独連中が、自分と同じものの見方を持っている人がいると知って、救われる場所がここだった。」と表現している。

しかし技術の発展が、限られていた場所を無数に生み出すことになる――具体的に言うと、ネットに生まれた「コミュニティ・オブ・インタレスト」である。

秋葉原が「趣都」となった97年以降、PCインターネット整備網、そして文化は急激に発展し、一般家庭に普及していった。オタク情報家電親和性は「2 オタク層の流入??趣都の誕生」の冒頭で述べた通りであり、また、Windows95以前もニフティサーブパソ通などで、一部のオタクBBSを通じて他のオタクとのコミュニケーションを図っていた。その後インターネット人口が拡大するにつれ、オタクたちはかつて無い数の「同志」と出会うことになる。現実世界では「距離」によって出会えなかった人々と、モニター越しに交流することができ、どんなにニッチ趣味でも「仲間」を見つけることができるようになったのだ。

「仲間」と「コミュニティ・オブ・インタレスト」を形成できるというのは、前述したような「我流の理論武装」をする必要がなくなったことを現す。なぜなら形成したコミュニティを安定維持するため、構成員の視線は外部より内部に向かうからだ。よって仲間同士、理解しやすく、されやすくするため、お互いにとって理解しやすいものを求めるようになり、その為表層と呼ばれているデータベースを、お互いのコミュニケーションにおいて重要視して使用するようになった。「巫女」や「ツンデレ」など、キャラクターの要素をあたかも服装の組み合わせによる着こなしように消費し、コミュニケーションのための文法とするオタク。作品から好みの要素切り離して楽しむことができるからこそ、エヴァンゲリオン以降ヒット作に恵まれなくとも、オタクたちはサブカルチャー文化を愛好し続けることができたのだ。

4 個の聖地秋葉原??インタラクティブ都市としての発展

秋葉原の今を見つめるブログとして、アキバbloghttp://www.akibablog.net/)というサイトがある。このサイトは毎日秋葉原の店先をチェックして、物品の販売価格のほかに、店員が作る個性的なPOPを“ネタ”として紹介することをメインコンテンツにしている。このサイトを眺めていて目に付くのは、店が掲げるPOPに書きこまれた“ネタ”はマスメディアが流布したイメージよりも、インターネットから生まれたジャーゴンである場合が圧倒的に多いということだ。普通の店なら「○○という番組で紹介された??」という文句を掲げるはずのものが、ここではネットジャーゴンを絡めて、連帯感を出して売られている。また、匿名掲示板群である2ちゃんねるから生まれたキャラクターグッズを売るショップもあり(因みに同じ2ちゃんねるで話題になったのまネコFlashとそのキャラクターがAVEX資本で商品化されたときには非難が集まり、秋葉原発のグッズショップにはなんら実害を及ぼさなかったこの対比は興味深い)、現在秋葉原オタク文化というマスではなく、ネットというマスに向けて情報を発信していると言えよう。話題になったドラマ「電車男」も、触れ込みは「オタク発」ではなく「ネット発」とうたわれていたのも思い出させるし、そもそも秋葉原名物となったメイドも、(始まりこそあるアニメコスプレ喫茶として生まれたものの)オタクたちが共有イメージとして持っていた「メイド」を現実化したものであり、特定のアニメ作品というマスメディアから生まれたものではないことも記しておこう。

高度成長時代、メーカーにとって秋葉原とは、特例的な値引きを許し、かつ消費者の反応をフィードバックさせるための実験場であり、社員の技術者が新製品とともに、専門知識を備えた販売員として小売店へと配備された場所だった。今秋葉原では同じように、ネットから生まれた文化を貪欲に取り込みそれを街の貌とする実験場になっている。インターネットの発展により、個の集合体があたかもマスコミュニケーションのように総体として機能し始めた現在。「趣味の構造が場所を変えた」都市に加え、「既存のマスメディアだけでなく、個々が生んだネットメディアと交流をとる」最先端の都市として、現在秋葉原は評価されるべきだろう。

参考文献

「週間大衆:昭和54年8月9日号」焼跡のバラック問屋街を『世界のアキハバラ』に高めたガンコ一徹

http://www.shimura-musen.co.jp/home_2/kiji_02.htm

秋葉原歴史

http://www.akiba.or.jp/history/index.html

オタクとは何か? What is OTAKU? | Web草思

http://web.soshisha.com/archives/otaku/index.php

伊藤計劃:第弐位相 - 学園祭の話

http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20061029#p1

秋葉原におけるメイド喫茶コスプレ喫茶歴史

http://sotokanda.net/his_cafe.html

註:ちなみにメイド喫茶が爆発的に増えたのは、私の記憶によればドラマ「電車男」以降のはずである。

コミックマーケット30’s ファイル 発行:(有)コミケット 発行人:米沢嘉博

カーニヴァル化する社会 講談社 著者:鈴木謙介

動物化するポストモダン 講談社 著者:東浩紀

趣都の誕生 萌える都市アキハバラ 幻冬舎 著者:森川嘉一郎

 
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