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はてなキーワード: 丸山眞男とは

2023-01-16

anond:20230116163941

自営業者ネトウヨ

間違いない

古谷ネトウヨ貧乏憂さ晴らしにやっているというのは、全然違うんですよね。もともとは丸山眞男が“中間階級第一類”と言った、戦前日本型ファシズム軍国主義を支えた層。それは圧倒的に貧しい人じゃなくて、日本戦争を支えてきた中間階級社会下士官。つまり小作人とかじゃなくて独立の自営農業者工場だったら工場で働いている人じゃなくて、工場主任者など中間管理職です。これに対して日本型ファシズムに対して批判的だったのは、丸山眞男が“中間階級第二類”と呼ぶ、いわゆる“知識人”。大学先生などです、そういう人は昔から政府に反対したりしていました。なんと現在ネトウヨも、この“中間階級第一類”と全く同じで、自営業が多いです。それから医者行政書士とか税理士などの士業。旦那さんが結構いい企業に勤めている主婦などもいます。こういうある程度社会の中で成功してきた人が、病気仕事トラブルでつまずくと、今まで知らなかった新たな思想に目覚めたりするんです。

自営業の人は時間ができてきた頃に、保守言論に目覚める

たかまつ:心に穴が開いて、それを埋めるためという感じなんですか?

古谷:穴は開いてないですね。むしろネトウヨになってから穴が開きます自営業最初は1人でやっているので忙しいのですが、40、50代になって、社員10人ぐらいに成長すると昼間は暇じゃないですか。そのときに元々歴史人文科学素養がないので、保守言論人の言うことを信じてしまうんです。なのでいわゆる保守言論人の熱心なファンって、僕の観測する限りでは、超有名な会社社長さんもいますが、自営業がとても多いですよ。


古谷先生もそう言っている

2023-01-08

高校の現文読んでも羅生門山月記でキャイキャイするばっかりで、丸山眞男の一端をちゃん理解できた人間はどれくらいいるのかと、投票率を見て思います

2022-12-31

今でも戦争希望だったり、丸山眞男をひっぱたきたいに共感されるのだろうか

どうなんでしょ

2022-10-08

新聞の読み方』のハウツー本を探してる

具体的には「新聞記事上で当然のように多用される独特のターム」の解説が充実しているものを探している。

例えば『枠組み合意』という単語

国同士がする約束事だというのは記事を読んでなんとなくわかるのだが、「法的拘束力があるのかどうか(あるとしたら根拠となる法律制度が何なのか)」とか「合意無視した国はどうなるのか」とか、そういったことまでは記事上で言及されていないので全く腹落ちしない。

他に、『議員連盟』という単語

参加資格を現職議員制限した結社?で政策推進や業界連帯目的とする、とかはググれば出てくるが、志があるといえどこの任意参加のサークルのようなものが、具体的にどのようにして利権に食い込むことができるのかまでは調べてもわからないし、やはり新聞記事上で解説されていない。

他にも、『清和会』というものはなぜ自民党という政治結社のなかでわざわざ存在しているのか(サークルなかにサークルがあるような違和感がある)、どのような制度根拠に、どのような手続きで発足・存続することができ、何の後ろ盾のもと自民党の外でも動けているのか、とか。

二階派』、『高村派』とかもよくわからない。

二階が「俺は『二階派』という集まりを〇月〇日に結成する!メンバー来たれ」みたいにあるとき募集を開始してできたものなのか、『永田町ストロングファイターズ』みたいに自由派閥名をつけてはいけないのか、議員一年生のとき杉村太蔵が早々に『杉村派』を結成してもよかったのかどうか、そもそも派閥団体規約とか細かい手続事項みたいなものがあるのかどうかとか。

とにかく、新聞記事1つ読んでみるだけで、謎のタームが続出しており、しかも別の記事・別の日にも幾度となく登場するので、全くニュース理解できた気がしない。

自分自身大学受験とき政治経済勉強し、社会学部に進み一応丸山眞男ウェーバーなどの洗礼を一通り受けてきたつもりなのだが、そうした経験をしても上述の疑問を解消する手助けには遂にならなかった。

私にとっての痒い所に手が届く、新聞の読み方のハウツー本にもし心当たりがあればどなたか教えてください。

2022-09-28

anond:20220926214742

戦争反対の主旨には同意するけど、読んでから言及しような。「希望戦争」ってそんな無責任お気楽文章ではないよ。

丸山眞男」をひっぱたきたい 31フリーター希望は、戦争

http://www7.vis.ne.jp/~t-job/base/maruyama.html

 苅部直氏の『丸山眞男――リベラリスト肖像』に興味深い記述がある。1944年3月、当時30歳の丸山眞男召集令状が届く。かつて思想犯としての逮捕歴があった丸山は、陸軍二等兵として平壌へと送られた。そこで丸山中学にも進んでいないであろう一等兵執拗イジメ抜かれたのだという。

 戦争による徴兵丸山にとってみれば、確かに不幸なことではあっただろう。しかし、それとは逆にその中学にも進んでいない一等兵にとっては、東大エリートイジメることができる機会など、戦争が起こらない限りはありえなかった。

 丸山は「陸軍海軍に比べ『擬似デモラティック』だった」として、兵士階級のみが序列を決めていたと述べているが、それは我々が暮らしている現状も同様ではないか

 社会に出た時期が人間序列を決める擬似デモラティックな社会の中で、一方的イジメ抜かれる私たちにとっての戦争とは、現状をひっくり返して、「丸山眞男」の横っ面をひっぱたける立場にたてるかもしれないという、まさに希望の光なのだ

 しかし、それでも、と思う。

 それでもやはり見ず知らずの他人であっても、我々を見下す連中であっても、彼らが戦争に苦しむさまを見たくはない。だからこうして訴えている。私を戦争に向かわせないでほしいと。

 しかし、それでも社会平和の名の下に、私に対して弱者であることを強制しつづけ、私のささやか幸せへの願望を嘲笑いつづけるのだとしたら、そのとき私は、「国民全員が苦しみつづける平等」を望み、それを選択することに躊躇しないだろう。

2022-08-17

戦争希望見出し丸山眞男をひっぱたきたかったフリーターは今どうしてるんだろうな

と思って検索したら、その投稿をしたのって赤木智弘氏だったのか。

息災なようで何より。

しかしそうなると次の疑問が出てくる。

赤木氏の投稿共感していた2007年当時に30代だったフリーター達はどうしてるんだろう?

彼らにとって今も戦争希望なのだろうか?

彼らは今アラフィフ(45~54歳)である

年齢的にも肉体的な全盛期は過ぎ、長年のブラック労働と不規則で不摂生生活によって体は若いころのように動かないだろう。

仮に徴兵されたとしても若い人間から使えない奴扱いをされるのは明らかだ。

となると、戦争は彼らにとって現状をひっくり返す一手ではない。

では彼らにとっての希望とは?

個人個人によって異なるだろう。

一つはなろう小説現実はどうしようもないので空想世界一時的に逃げ込む。

一つはギャンブル統計上の外れ値になれば大きなプラスとなる。

一つは自〇。これには無敵の人と化し、拡大自〇となることも含む。

他にもあるだろうけどまあ、このくらいで。

後書いていて飽きてきた。

まあようするに、まともな希望はないってことだな。

anond:20220816164542

2022-07-02

表現の自由」についてのメモ的なもの

 下記のエントリーanond:20220701074807)で色々と書いてある点について。目下話題になっている「表現の自由」について。自分用の整理として。

1. 表現の自由とはなにか?

 目下話題の「表現の自由」は、いかなる意味表現の自由なのだろうか。それは憲法21条1項に見られるような法的なそれだろうか。それとも、憲法21条1項のようなものとは異なった何かなのだろうか。たとえば、JAなんすんが制作した『ラブライブ! サンシャイン!!』のキャラクターを利用したポスターについて、絵の内容がが性的である※1という批判があった(なお、これや宇崎ちゃん欠缺ポスター事件の余波で、赤木氏らツイッター凍結騒動があったりした。覚えているだろうか?)。

 ここで、抗議をJAなんすんが考慮して、ポスター撤回したとする。すると、「誰の」自由が「誰によって」侵害されているのだろうか。侵害者をざっくりと抗議する者として捉え(本来ツイッター批判的な言葉を言っている者、電話をかけて意見を伝える者、付和雷同していたずら電話をする者、大量の手紙を送りつける等のいやがらせをする者等を十把一絡げに全部抗議者として捉えるのは適切ではあるまいが)、被侵害者をさしあたってJAなんすんとして、JAなんすんが抗議者に対して抗議をやめる(たとえば、ツイッターで「ポスター撤回すべし」等の意見つぶやくのをやめさせる)ように請求する法的資格を有する、というのが表現の自由主張の趣旨か。

 はっきりいえば、そのような主張は法的には認められない。私人間効力の論点を見直すべきであるしか言い様がない。ここで、抗議をやめるように要求する資格があると裁判所肯定すれば、抗議者の表現裁判所(=国家機関!)が介入することになり、それこそが表現の自由侵害である。この構図において、憲法21条1項が保障する表現の自由恩恵に浴するのは抗議者の側となるだろう。目下話題の「表現の自由」は、憲法21条1項とは異なる問題であると解するのが相当である・・・のだろう。

2. 規制概念

 元々のエントリーでは次のような言明がある。

言いたかったのは、フェミニストあくまで「女性実質的表現言論の自由を高めるための環境づくり」を目指しているのであって、「表現規制派」というレッテル貼りは間違いだということ。フェミニストリベラル派が目指すのは、あらゆる階級属性の人が等しく表現の自由行使できる社会だ。

 これに対するブコメはこう言っている。

preciar おまえ等がぶっ叩いてきた作品ほとんどが女性の手になる物である時点で、ただの妄想というか開き直りしかない/そもそも平等のために表現規制しろと言う主張が「規制派」でなくてなんだ?恥に加えて知恵も無い

 後段の「そもそも平等のために表現規制しろと言う主張が「規制派」でなくてなんだ」という部分に注目したい。再びポスターを題材とする。「規制」という言葉を使うのは公権力ではないか不適切のように思うけれども、例のポスターに対する抗議は、ポスター掲示することを抑制しようとする意図を有し、ある一つの表現を抑圧する行動である、という部分を問題として切り出すことにしよう。ここで想起するべきなのは表現すべてがまったく自由(というより、放縦のまま)とされることなどあり得ないということである。たとえば名誉毀損的な言動は認められない。名誉毀損言動をしている者を叱りつければ、それは一つの表現の抑圧には違いない。しかし、名誉毀損をされないというのも重要利益であり、自己表現利益と考量される対象となる(そうならないという人はいないだろう)。プライバシーも同様であるノンフィクション『逆転』事件を想起すれば良い。前科実名暴露されない利益を重視する見地から、『逆転』における表現抑制されている(この事件では、慰謝料請求裁判所が認めているから、公権力による「規制」ですらある!)。プライバシー保護のために表現抑制するべきであるという主張は「規制派」であろうか。

 名誉毀損プライバシーは具体的な個人利益問題となっているが、女性蔑視の問題はそうではないと思うかもしれない。しかし、番組準則のように、社会に薄く広く広がる利益保護(たとえば、放送番組政治的公平性)を保護するために、表現抑制する(番組編集準則であれば、放送局の自由)ということは、そうおかしな話ではない(なお、憲法学では、番組準則は、それへの違反総務大臣による放送免許の取消原因になり得る等の効果もつ限りで違憲であるとしている。)。たとえば、大阪府知事大阪市長橋下徹トーク番組に対して、政治的に公平ではないという批判は、無論番組作りを抑制する可能性がある。実際、激しい批判を浴びて、大阪毎日放送社内調査を行って検証したのである。これも「平等のために表現規制しろと言う主張」だから規制派」となるのだろうか?それはそれで一貫した立場ではある。それこそ「知恵も無い」と思うが。

 なお、念のためにいえば、プライバシー名誉権も日本国憲法は明文で保障していない。そのような利益であっても、憲法21条保障する表現の自由にとっての対抗利益となることができる。憲法の明文で保障されていない権利表現の自由の対抗利益になり得ないという考え方は、畢竟独自見解に過ぎない。

3. 「表現の自由」は個別的特殊的な権益なのか?

 ここからは元のエントリーとの関連性は薄くなる。

 選挙において「表現の自由」を掲げる政治家がいる。彼らの問題意識は極めて偏頗ではないか日本表現の自由をめぐる問題状況は深刻なものがある。ところが、こと選挙で「表現の自由」を旗印にする者の言動を見ていると、選挙運動の規制公務員政治的意見表明やストの広範な禁止放送資源の分配問題政府情報保全・公開等々、様々な形で存在しているはずの問題状況が捨象されて、取り上げられているのは「マンガアニメ」の自由ということになっている。また、「アニメマンガ」だけを対象にしても、取り組む分野が偏っているのではないか。たとえば、これ(https://twitter.com/KenAkamatsu/status/1542366137979400193)には『国が燃える事件が入っていないが、右翼の抗議は免罪されているのか。あるいは、最近の『「神様」のいる家で育ちました』も入っていないが、宗教団体からの抗議は免罪されているのか。上記は、批判としてはマージナルかもしれない(忘れていただけかもしれない)が、刑法175条の廃止等(ポルノ合法化;「有害図書販売規制廃止ないし合理化)を公約に入れていないのはどうしたことか。

 「表現の自由」を掲げる政治家言動を観察していると、一つ気づくことがある。彼らは、表現の自由抑制している制定法を改廃するのではなく、規制対象外となるように関係機関に働きかけを行って「免除」(制定法の外部で活動しているのだからお目こぼしに近い)するという活動に主眼を置いているようである。念のためにいえば、そういった活動政治家が行うこと自体は奇妙なことではない。問題は、「表現の自由」といった一般的普遍的権利を掲げながら、規制廃止を唱えるよりも、特定表現に限って規制免除するように(制定法の改廃ではなく)法執行機関に働きかけをしていることである※4。取締当局に働きかけをして有利な方針を引き出すという方向性は、自由にとって脅威であることに変わりはない。結局、働きかけをする人物意向によって「自由」の内実が左右されることになるからである。「免除」の仕組みを動かす人物特定出版社特定作品群を代表している場合、その他の出版社表現には「免除」を拒否するという形で脅威となる可能性が存在し続ける。政治家言動ナイーブに受け止めてはいけない。

 なお、私は実は「アニメマンガ」の中の特定作品群のみを対象とした偏頗な政治運動自体けしからんというつもりはない※5。しかし、「表現の自由」という看板は下ろしてもらいたい。

4. 「エロ」の規制をめぐって

 「表現の自由」を掲げる政治家ないしツイッターアカウントを見ていると、「エロ(・グロナンセンス)」の自由を重視しているような印象がある。こういった表現一般について、公権力の介入を排除する防御権があるのは当然だ、という前提があるような気がする。しかし、「わいせつ(obscenity)」にあたる言論憲法上の権利として保護されないはずである憲法上の権利として保護されないということは、内容規制をしても合憲であるということになる。日本最高裁の考え方もそうであろう:

なお性一般に関する社会通念が時と所とによつて同一でなく、同一の社会においても変遷があることである現代社会においては例えば以前には展覧が許されなかつたような絵画彫刻のごときものも陳列され、また出版が認められなかつたような小説も公刊されて一般に異とされないのである。また現在男女の交際男女共学について広く自由が認められるようになり、その結果両性に関する伝統観念修正要求されるにいたつた。つまり往昔存在していたタブー漸次姿を消しつつあることは事実であるしかし性に関するかような社会通念の変化が存在しま現在かような変化が行われつつあるにかかわらず、超ゆべからざる限界としていずれの社会においても認められまた一般的に守られている規範存在することも否定できない。それは前に述べた性行為非公然性の原則である。この点に関する限り、以前に猥褻とされていたもの今日ではもはや一般猥褻と認められなくなつたといえるほど著るしい社会通念の変化は認められないのである。かりに一歩譲つて相当多数の国民層の倫理的感覚麻痺しており、真に猥褻もの猥褻と認めないとしても、裁判所良識をそなえた健全人間観念である社会通念の規範に従つて、社会道徳的頽廃から守らなければならない。けだし法と裁判とは社会現実を必ずしも常に肯定するものではなく、病弊堕落に対して批判的態度を以て臨み、臨床医役割を演じなければならぬのである

最大判1957(昭和32)年3月13日 刑集11巻3号997頁:チャタレイ夫人の恋人事件

エロ」の自由擁護していくとなると、「保護されない言論」の判例法理桎梏いかに除去していくかを考えるべきであろう。スウェーデンではポルノ出版自由対象とされていることに注意する必要がある。スウェーデン憲法典の一部を構成する出版自由に関する法律は、出版自由制限できる場合限定列挙する。児童ポルノ出版自由制限できる場合に挙げられている※6が、ポルノ一般は挙げられていない。他方で日本の状況を考えてみよう。もはや何の修正もなく『チャタレイ夫人の恋人』は出版されているが、刑法175条自体は生きている。最高裁判例を変更していない。捜査機関取締り方針を変更すれば、刑法175条でもって再び刑事罰が科されるであろう。他の成人向けのアダルトビデオにしても、マンガにしてもアニメにしても同様である一般に「エロ」の表現の自由を目指していきたいのであれば、少なくとも刑法175条を廃止しなければならないはずであるしかし、この最大の桎梏存在認識していない者も少なくないように思う。もしかすると、このような規制状況はもはや動かしがたいので、所与としなければならないと考え、より低い脅威度のものを優先しているのかもしれない。あるいは、彼らが取り組んでいる「マンガアニメ」は実は「わいせつ」にあたらない物件のみで、ハード・コア・ポルノ的な「マンガアニメ」は眼中にないのかもしれない。しかし、それでは『チャタレイ夫人の恋人』や『悪徳の栄え』、あるいは『蜜室』に取り組んだ人々と比べてあまりにチャチな取り組みだと思う。

 丸山眞男を引き合いに出すまでもなく、日本人は既成事実に弱いと指摘される。いったん規制されると大変だから規制される前に対処する政治家必要であるという言い分を聞くが、既成事実に屈服して「一端規制されると大変」な状況を強化しているのは誰なのだろうか。

※1 ここで「性的」として批判されているのは、単に裸体だとか性器描写されているという意味ではなく、ほぼ女性蔑視的という意味に等しいことに注意するべきである

※2 書いているうちに思ったが、リュート判決の構図に似ている。

※3 スウェーデンなどの欧州諸国ではポルノ合法化されている。スウェーデン等で購入したヌード写真集日本に輸入して税関検閲に引っかかる、というのが税関検閲事件の流れだ。

※4 なお、児童ポルノ禁止から創作物を除去せよとの主張は、一般的規制問題として評価できよう。

※5 むしろ出版社利益を守るためと考えれば、個別出版について規制お目こぼししてもらう活動大事だろう。だが、あくま出版社権益であり、表現の自由という共通財の問題ではない。

※6 日本出版されている成人向けマンガイラスト児童ポルノにあたるかと言った事件があったのだが、スウェーデン最高裁マンガ表現形態に十分配慮した判断を行っている(NJA 2012 s. 400. 翻訳もある。外国立法255号[2013年]223頁)。このような判断日本最高裁がするかというと、全然しないだろう。

2022-02-16

萌え絵が悪く言われるのは、オタクが戦わないか

萌え絵性犯罪と地続き」だったら現在法律上、誰かの権利侵害しているという扱いにはならない。

同様に、「日本画戦争と地続き」だろうが「彫刻殺人と地続き」だろうが「洋画差別と地続き」だろうが”萌え絵日本画彫刻洋画”といった抽象的なジャンルならば誰かの権利侵害しているという扱いにはならない。

一方で、業務(※なお、刑法における”業務”とは「社会生活上、何度も繰り返して行われる事項」のことをいう。だから自動車で人を轢き殺してしまった場合プライベート運転していた場合でも業務上過失致死罪になる)

で描いている特定の絵について「この絵は性犯罪と地続き」や「このvtuber性犯罪を誘発する」のような発言ならば、その明確な根拠が示されない限りは偽計業務妨害罪が成立し得る。

もちろん、実際に訴えて勝てるかは分からない。あるいは訴えても金銭的に赤字になるようなこともあるだろう。

だが、それでも訴訟を起こし、権利のために闘うことが重要なのだ。なぜならば、それこそがまさに権利のための闘争なのであり、

『(日本国憲法)第十二条 この憲法国民保障する自由及び権利は、国民不断努力によつて、これを保持しなければならない。』という『国民不断努力であるからだ。

そしてその闘争を怠る者は、丸山眞男が言うように権利の上に眠る者は保護されないからでもある。

2022-02-02

anond:20220202172513

ネトウヨソムリエ古谷経衡先生のお言葉を見なさい

古谷経衡は、小林よしのりが「ネトウヨ貧困層じゃなくて、案外、高給取りだという見解があるが、それは自分ネトウヨ側にいる連中が発明した嘘だと思う。まともな高給取りがあんなに馬鹿なはずがない。」と主張したことに対し、世間的にネット右翼社会的弱者というイメージが消えないのは、小林が陥っているような「まともな高給取りがあんなに馬鹿なはずがない」という誤った固定観念が拭いされていないからであり、明白な嘘だとし、「まともな高給取りや高学歴者は、常識的判断を下すはずである」という思い込み社会的に何の根拠もないことであり、資産家が未公開株の詐欺にあったり、高額所得者詐欺師の甘言に嵌まり人生を棒に振るなどの出来事は、決して珍しいことではないとした。2013年古谷が行った調査では、ネット右翼の平均年収日本人の平均年収と同程度である約450万円、四大卒中退者を含む)は60%、平均年齢は38歳強、男女比は約3:1、主に東京神奈川を中心とする首都圏在住者が全体の2/3。最も多い職業自営業者であり、会社員でも管理職指導立場にある者が多かったとし、いわゆる「大都市部に住むアラフォー中産階級」だとした。さらに、現在ネット右翼は、丸山眞男定義した戦前日本型ファシズムを支えた主力で、政府大本営の発表を鵜呑みにし、翼賛体制の一翼を担い「鬼畜米英」を唱え、そうではないものを「非国民」と呼んだ社会の主力だった「中間階級第一類」(中小自営業者工場管理者土地を持つ独立営農民や学校教員、下級公務員企業でいえば中間管理職現場監督など)に酷似しているとした。

古谷は、2014年11月衆議院総選挙の結果から、「自民党よりも右」を標榜し、ネット右翼に圧倒的な人気を誇った田母神俊雄擁立した「次世代の党」の比例代表総獲得票数や同年1月猪瀬直樹東京都知事辞任を受けての出直し都知事選挙での田母神の約60万票の獲得票数などからネット右翼全国的実数はせいぜい200-250万人であり、この200万人余の人々の書き込みヘイトスピーチネット上に溢れることでインターネット世界がすべて右傾化しているように見せ、それが日本全体の世論であるかのように錯覚させているだけで、ネット右翼日本世論を代弁しているわけでは決してなく、ノイジー・マイノリティに過ぎないと主張している。

2021-06-24

ネトウヨの年齢層

ネトウヨの年齢層って9割50歳以上なのかな。

と思って調べて出てきたのが2019年のこの記事

https://premium.toyokeizai.net/articles/-/20250

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/230486

平均年齢42.3歳。低所得層ではなく経営者自営業者管理職が多い。

これまで通説では、ネトウヨの多くは「若いヒマ人で、無知低学歴、低収入貧困層」とされてきた。

ネトウヨ層は男性が79%と圧倒的に多く、ネットヘビーユーザーで、ツイッターを活発に利用する。右派系のオンラインニュースサイトへの接触も多かった。

具体的には「ニコニコニュース」「MSN産経ニュース」(現・産経ニュース)、「時事ドットコム」で、いわゆる大手メディアとされる「読売」「朝日」「毎日」系のサイトへのアクセスは少なかった。

学歴別では、「大卒・院卒」の割合が65%と高かったものの、世帯年収のコア層は36%の「200万~400万円」(別表)。

調査対象は50代までだが、辻准教授は「経済状況の不遇が保守的排外性の発露につながっていることを思わせる」と分析している。

低所得者には少ないと主張する記事もあれば、低所得者がコア層だとするものもある。

分かったことはネトウヨ=おじさんということ。

でもなんでネトウヨ化するんだろうか???

“脱ネトウヨ”した古谷経衡さんに聞く ネトウヨの生態と、付き合い方

https://www.shoukasonjuku.com/post/post-furuyatsunehira

たかまつ:それは怖いですね。2つ目に確認したことですが「ネトウヨお金がないから、自分たちの貧しさを企業外国のせいにしている」というイメージがあります。これは本当ですか?

古谷ネトウヨ貧乏憂さ晴らしにやっているというのは、全然違うんですよね。もともとは丸山眞男が“中間階級第一類”と言った、戦前日本型ファシズム軍国主義を支えた層。

それは圧倒的に貧しい人じゃなくて、日本戦争を支えてきた中間階級社会下士官。つまり小作人とかじゃなくて独立の自営農業者工場だったら工場で働いている人じゃなくて、工場主任者など中間管理職です。

これに対して日本型ファシズムに対して批判的だったのは、丸山眞男が“中間階級第二類”と呼ぶ、いわゆる“知識人”。大学先生などです、そういう人は昔から政府に反対したりしていました。

なんと現在ネトウヨも、この“中間階級第一類”と全く同じで、自営業が多いです。それから医者行政書士とか税理士などの士業。旦那さんが結構いい企業に勤めている主婦などもいます

こういうある程度社会の中で成功してきた人が、病気仕事トラブルでつまずくと、今まで知らなかった新たな思想に目覚めたりするんです。

というのを見るとやっぱり経営者とか、中間管理職が多いのだろうか?

身近にネトウヨがいないから分からない。

が、実は祖父や父がネットではネトウヨだったりするのかもしれない。

2021-06-23

ネトウヨは明確な社会問題だと思う

ぶっちゃけ公害だと思っている。

ネトウヨ発言内容ではなく、ネトウヨというフォーマットが。

何か論争があるとネトウヨ文法に絡み取られて正常な議論が進まず、イデオロギー問題すり替えられてしまう。

ネトウヨというフォーマットは非常に危険公害だ。

「左のネトウヨ」という言葉もあるように、「ウヨであるか「サヨ」であるかはもはや関係ない。

ネット上のネトウヨフォーマット初期化すべき時に来ている。

マジでやばいぞ。

そもそもネトウヨとは何なのかという話になるけど、これの定義は難しい。

古谷経衡は「中韓朝日新聞が嫌いな人」と定義したことがあったが、これはもう当てはまらない。

彼らの嫌いなもの日進月歩で増え続けており、もはや何が嫌いかで語ることは不可能だ。

宗教で考えるとユダヤ人のようなものかもしれない。ユダヤ人定義は一応あるが実態あいまいで、「何となくユダヤっぽい」文化集団の一員であることをもって他者からユダヤ人認識される。

ネトウヨ自身何か定義してるわけでも、入信の儀式をするわけでもないが、「なんとなくネトウヨっぽい」思想集団のことをネトウヨ他者呼称する。

丸山眞男右翼的な傾向を下記の10項目でまとめていて、これがよくできているように思うので、これを狭義のネトウヨ定義としてもいいのかもしれない。

(1)他のあらゆる忠誠に対する国家的忠誠の優先

(2)平等国際的連帯を強調する思想宗教への憎悪

(3)反戦平和運動に対する反感情、「武徳」の賛美

(4)国家的「使命」の謳歌

(5)国民伝統文化を外部から邪悪な影響から守れというアピール

(6)一般権利よりも義務自由よりも秩序の強調

(7)社会的結合の基本的紐帯(ちゅうたい)としての家族郷土の重視

(8)あらゆる人間関係権威主義的に編成しようという傾向

(9)「正統的」な国民宗教または道徳確立

(10)知識人あるいは自由職業人に対して、彼らが破壊的な思想傾向の普及者になりやすいという理由から、警戒と猜疑の念をいだく傾向。

単にネトウヨを「政治関連で特定思想をもって話す人物」に固定すると話はこれで終わるのだが、

興味深いのはネトウヨのように発生した別のムーブメント複数見られる点だ。

冒頭に書いたネトウヨフォーマットである

覚えている人は少ないかもしれないが、かつて野球で「イボゴキ論争」という物があった。

野球選手松井秀喜選手イチロー選手のどちらが優れているかという論争で、この論争での書き込みネトウヨそのまんまだったのである

もう一つはゲハ戦争がある。

これも任天堂ソニーのどちらが優れたゲームハードを擁するかという論争で現在も続いているが、これまたネトウヨのもののやり取りが続いている。

似たような論争は他のジャンルにもあるだろう。

今後も似たような論争は生まれてくるはずだ。

ネトウヨというのは単なるネット上での政治的論争に収まるものではなく、より広範な、ネット社会でのフォーマットになっている。

日本人ネットを使い始めると同時にこのネトウヨフォーマット汚染されるので、「これはおかしいことだ」と思わなくなっている。

しかしその害毒は明確に社会を毒し、家族を侵し、個人を害している。

ネトウヨフォーマットはある種の依存症を生み出し、そのフォーマットの中でしかものを考えなくなる。

例えば、ある意見を見て「これは右か左か」「敵か味方か」「どの陣営発言か」を先に気にするようになる。それに沿った思考しかできなくなるという恐ろしい病である

21世紀最大の公害はこの思考汚染だろう。

AI時代必要とされる人間判断力を根こそぎ奪う、恐ろしい公害だ。そしてこれは人の死に直結することでもある。

とりあえず、普遍的公害としての名前を新たに作ってほしいところではある。

ネトウヨという名前矮小化されてしまうことで、この公害の恐ろしさが過小評価されてしまっている。

ネトウヨになるのは知性がないから」みたいな「鬱病は甘え」と同レベルの話に堕してしまう。

マジでやばいぞ。

2021-04-14

田原総一朗について

今の若い人は田原総一朗といってもピンとこないかもしれない。しか1990年代から2000年代半にかけて、彼の司会する番組政治的な影響力は半端なかった。彼がいなければ、1993年政界再編小泉政権も、その後の橋下維新なども間違いなく存在しなかった。90−00年代政治田原総一朗抜きで語ることはできない。


田原番組で持ち上げた政治家は、例外くその後に政界に大きな影響を与えている。小沢一郎辻元清美鳩山由紀夫小泉純一郎竹中平蔵橋下徹などなど。お気に入り人物に対して、いかにもな保守派左派を「噛ませ犬」として(亀井静香金子勝など見た目が悪く言葉乱暴人物をわざわざ選んで)登場させて、竹中平蔵たちの説得力正当性を高める手法も非常に老獪で巧みだった。


田原番組で推進した、小選挙区制度の官邸主導政治官僚バッシングとさまざまな新自由主義政策は、日本社会経済を深刻に衰退させたと言ってよく、民主主義も深刻に後退していることは明らかであるしかし彼は反省や後悔は一切しない。小沢一郎他人事のように批判しているかと思えば、パソナ会長として露骨税金を食い物していることがもはや子どもにでも明白な竹中平蔵については、相変わらず番組に読んで熱心に擁護している。90−00年台の政治当事者であったにも関わらず、当事者意識は皆無である。『朝生』も、かつては一流の学者も出演することが多かったが、今は質の悪いネット炎上芸人だらけになっている。


距離のあった安倍政権に対しては批判的だったが、菅政権になって助言役として呼ばれると、一転して好意的評価転向している。丸山眞男の言う「無責任の体系」は、まさに田原竹中にこそ当てはまると言えるだろう。

2021-03-30

anond:20210328235005

元増田です。

かつて「丸山眞男をひっぱたきたい」に衝撃を受けた人間だけど、今の赤木氏は正直つまらない。かつての赤木氏がよかったのは、「昼間に無職30男が住宅街を歩いている時の強烈な孤独感や疎外感」をリアル表現していたからなんだけど、こういうリアル描写は今の赤木氏には残念ながらほとんど見られない。

いまはネトウヨアンチフェミ界隈やリフレ派を熱心に批判しているけど、Twitter論壇に興味のない人以外にはどうでもいい(興味など持たないほうがいいし)。他方で、労働社会保障についての勉強も相変わらずまともにしていないので、「つまらないけど勉強になる」というわけでも全くない。間違ったことも言ってないというか、むしろ「正しい」発言が増えていると思うけど、そんなことは学者の人たちの方がもっと洗練された議論ができるわけで、彼の書いたものから何かを感じたり吸収したりするということはもうないだろう。「氷河期世代の今」について、インタビュー調査などをするのが彼に求められている役割のはずだけど、そういうことをする能力も意欲もあまりなさそうだ。


かにも、小田嶋隆とか弁護士の堀新とかも、以前は鋭い発言が多かったけど、いまは政権批判ばかり目立つようになり、「冷笑的にひねたことをいうのはもう古い、まっすぐに正義を語る方が今の時代は賢い」というモードなっちゃって、すごくつまらなくなってしまった。

2019-11-19

anond:20191119225241

田中正造についての記事といい、ようやく政治的な正しさを分かってくれるようになったんだね。

今なら丸山眞男握手したい!と言ってくれそうだよ。

彼の他にも、映画評論家ウェブ評論家の間でもこの10年間に正しいことを勉強して改心してくれた方々が増えてきた。

2019-10-22

丸山眞男」をひっぱたきたい 31フリーター希望は、戦争

http://t-job.vis.ne.jp/base/maruyama.html

これ、希望する人当時より増えてるんじゃないかな?

2019-08-22

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2019-02-19

anond:20190217132250

1930年代の注目される前の丸山眞男って感じの人、いまどこかにいるのかな?

2018-09-30

anond:20180930185240

そういう神話的な解釈はありだと思う。

ちょっと古いけど、丸山眞男もそういうことをやっていた記憶がある。

2018-03-06

自称 歴史に詳しいおじさんへ

週末、居酒屋歴史に詳しいと自称する中年男性に会った。 色々話すもんだから大学一般教養で読まされた下記の論文リストの中でどれが好きかと聞いたらどれも読んだ事がないという。 これ読まずに戦争云々、文化云々 成長云々とか万死に値する。基礎的な教養を身につけないで社会に出た大人が多すぎないか

中央公論』64年10月号

戦後日本を創った代表論文特集より

1. 堕落論 坂口安吾

2. 超国家主義論理心理 丸山眞男

3. 日本社会家族構成 川島武宜

4. 第二芸術 桑原武夫

5. 原子宣言 渡辺慧

6. 中国近代日本近代 竹内好

7. 近代日本人の発想の諸形式 伊藤整

8. 真実は訴へる 広津和郎

9. 平和論の進め方についての疑問 福田恒存

10. 前世代の詩人たち 吉本隆明

11. 文明の生態史観序説 梅棹忠夫

12. 自由主義者試金石 鶴見俊輔

13. 資本主義は変わったか 都留重人

14. 共産主義のすすめ 大宅壮一

15. 革新勢力の構想力 佐藤

16. 「独占資本」と所得再分配政策 小宮隆太郎

17. 現実主義者平和論 高坂正堯

18. 核時代日中関係 坂本義和

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