はてなキーワード: 特異点とは
最後に観たのは探偵たちの鎮魂歌だから、実に12年ぶりである。
地上波はそれ以上に観ていない。
まず、キャラの演技だいぶ変わってる気がする。
特にアガサ博士と少年探偵団、灰原に違和感。まぁ10年以上も経てば変わるか。
それと、声に老けを感じてしまい、少し寂しく。そのうちドラえもんみたいに世代交代もあるのだろうか。
おっちゃんは声優も変わって演技も違うのだけど、そんなに抵抗はなかった。
ストーリーについては、「いやいやそうはならんやろw」とか「なんでやねんw」って突っ込みどころが多くて、内心突っ込みながら楽しんでいたんだけど、世間一般的には重厚なストーリーという評判らしい。マジか。
安室さんは初見だけど、29歳で(恐らく年功序列が色濃く残っているであろう)公安の秘密組織で指示を出せるくらいの地位があるという日本中の才能とコネの特異点のような存在が、IoTテロの可能性に思い至らないものだろうか。あまつさえ、スマホにこっそり盗聴アプリを仕込む知識もあるというのに。
やたらコナン上げしていたのが気になった。(まぁ原作やら他のエピソードで理由が描かれてるんだろうけど)
ついでにNW経由で操作されるだけで電子機器が爆発炎上までしちゃうあの世界の安全基準はどうなってんだ。
探査機のパスワードを打ち込む瞬間、「よろしくおねがいしまあああす!」と聞こえた気がした。そういえばあれも人工衛星をGPS誘導によって落とす話だったか。
ていうか探査機との通信に使う暗号方式って、パスワードによる共通鍵暗号方式なん?公開鍵暗号方式とか使うんでないの?そこらへん詳しくないから誰か教えて。
RX-7の頑強さとかキック力増強シューズで蹴り出されたボールの威力とかはまぁ空想科学読本あたりで検証されるだろう。今も空想科学読本が残ってるかはわからないけど。
https://anond.hatelabo.jp/20180124190357
「演劇に○○を持ち込むな!!!」っていう概念を壊すためにわざと尖らせた刀ミュやらブタキンやらに行ってて(ブタキンは見てないのかな?)な〜に言ってんだ????特異点しか見ないで「2.5はダメになった…」ってドヤ顔して砂かけるなよ。
うちわやペンラ持ち込み可の舞台もあるけどそんな増えてないし、一般舞台でも客席側からモノを持ち込んで賑やかしになる作品はある。
それはそのジャンル丸ごと駄目、堕落、終わり、じゃなくて「自分はそういう作品が苦手」って話なのに、なんでジャンル丸ごと下に見るの?って思っちゃうわ
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匿名ダイアリーでの続きを読むの効き目が不明なので空行入れておきます
未だに明かされていないのは「ホームズは誰が召喚したのか」である。カルデアではありえない。
それではなぜホームズは霊基を削ってまでゲーティア打倒に協力するのか。それでいてなぜロマニを警戒するのか。
ところで、ソロモンは自らを犠牲にゲーティアを倒し、座からも消滅してしまった。
しかし彼の千里眼は過去と未来を見通す。ゲーティアが暴走する可能性を考えていなかったとは考えにくい。
そこで考えられるのが、「ホームズはソロモン(ロマニになる前)がゲーティアに仕込んだ安全装置によって召喚された」という可能性だ。
彼はゲーティアが暴走し始めた際に召喚されて、それを止める役割を与えられていたのだろう。
そしてバベッジもおそらく安全装置の1つで、「ロンドンでホームズに役割を伝える」のが役割だったのだろう。
これで「なぜバベッジは魔霧計画の主導役として召喚されたのにホームズに人理焼却の捜査を依頼していたのか」という謎も同時に説明できる。
また、ホームズが召喚される場所としてロンドン以上にふさわしいものはなく、元々ホームズが召喚されたのは4章なのではないか、とも考えられる。 (( なお、ソロモン(ゲーティア)の初登場は4章である ))
また、おそらくホームズがロマニに抱いていた疑いは「ロマニはソロモン(ゲーティア)なのではないか?」なのだろう。
ゲーティアの一部から産まれながらその計画を挫こうとするホームズ。万が一ゲーティアに漏れたら即座に消されてしまうはずだ。
事実、ゲーティアがホームズに言及している描写は一切ない(はず……)。ホームズの慎重さは功を成していた。
また、バベッジはロボなのにキャスターで、ホームズは元々キャスターだが、この仮定ならば「作ったソロモンがグランドキャスターだったから」と簡単に理由を説明することができる。
あと、英霊の身代わりになって消滅した魔神柱は覗覚星、その能力は「結果推論」。奇妙な一致。
ソロモン王の逸話との関連は他の方の考察 https://fusetter.com/tw/7Jgej に詳しい。この考察がなければここまで考えられなかったはずだ。
しかし数多いソロモンの物語・偉業のなかで、「なぜこれら4つが選ばれたのか」についての根拠が弱い。
ところがここにホームズのキャラ設定を当てはめると途端にピタリと合わさる。
ホームズ本人が6章で希望していた通りのロンドンに並び立つ大都市。探偵が活躍する場として最適。彼の「舞台」
語り部によって作られたおとぎ話の世界。ホームズは実在の人物ではなく本来は物語の中の存在。彼の「出自」
剣豪が鍔迫り合いする世界。ホームズが使う「バリツ」は「武術」もしくは「バーティツ」(柔術とステッキと殴り蹴りを組み合わせた護身術)の誤字だというのが定説で、どちらも日本との関連が深い。彼の「戦法」
クトゥルフ神話の都市「アーカム」のモデルで、ストーリー中でもクトゥルフ存在が登場する。ヨグ=ソトースは「門にして鍵」、時空を超越しておりあらゆる時代・世界に存在できる。これとホームズの関係は……?
ところでなぜホームズは複数の特異点を移動できるのか。そしてなぜ移動の際霊基数値が消耗してしまうのか。さらに、なぜその見た目がフォーリナーに似ているのか。
おそらくホームズはクトゥルフ神話の要素が付加されており、移動能力はヨグ=ソトースに由来する。英霊の存在は「逸話と信仰」によるもので、ホームズは「明かす者」である。
そのためホームズが移動のためにヨグ=ソトースの権能を借りる際、 SAN 値チェックの影響を受けて霊基数値が下がってしまうのだろう。
その失われた霊基数値は EoR で彼にまつわる物語をなぞったことで、2章開始時にはほぼ回復しているのではないか。なぜなら、ホームズは第2章で仲間として活躍しそうだからだ。
そもそも FGO でクトゥルフ要素が出てきたのはセイレムが初めてではなく、プリズマコーズでナーサリーが降ろそうとしている。
そして代わりに出てきたのは魔神柱グラシャ=ラボラス。彼は「人を透明にする」能力があり、決戦後自ら結合を拒否している。
……ホームズに関わりがあるのでは?
ただの状況証拠にすぎないが、「ホームズとダヴィンチちゃんがマシュを交えて仲良くカルタで遊び、それを主人公が見守る」という礼装を出しておいて、2章でホームズが敵に回ったり、味方でもすぐ死んだりするとは少し考えにくい。
序章においてダヴィンチちゃんが唯一残した切り札がホームズであることから、味方であることはほぼ確定したと言っていい(ほんとか?)
また、ダヴィンチちゃんいわく「探偵なのに魔術にも詳しい」ということも、ホームズがソロモン由来の存在と仮定すれば不自然ではない。
彼がソロモン(ロマニ)由来の存在だとしたら、カルデアに味方するのは当然の流れと言えるだろう。
そして、ダヴィンチちゃんいわく「探偵の特技は鍵を開けること」、「門にして鍵」であるヨグ=ソトース、またアビーの額の鍵穴、これらの要素の一致も気になるポイント。
ソロモンがゲーティアの暴走を見越していたとすれば、最終的にゲーティアを止めるためには自身の存在を犠牲にしなければならないことも予測していたはずだ。
そしてソロモンが安全装置としてホームズを用意したのなら、ソロモンがいなくても大丈夫なように代わりを作る手段か、ソロモン自身を復活させる手段をホームズに組み込んでいてもおかしくない。
またセイレム以前にもクトゥルフ存在を降臨させようとした ((しかも代わりに魔神柱が出た)) 例があった以上、FGO 世界とクトゥルフ神話には何らかの繋がりがあり、ソロモン(ロマニになる前)がクトゥルフ存在と契約・協力・利用などをした可能性は否定できない。
このことまで含めて考えると、以上の仮定の内容は、シャーロック・ホームズ体験クエストで語られた内容と奇妙な一致を見せる。
ヨグ=ソトースの一面にウムル・アト=タウィルというものがいる。彼は「門の守護者」で「ふさわしき旅人を案内する」存在であり、「夢を現実にする」ことができる。またヨグ=ソトース本体と違い、彼がふさわしいと認めた人間に対しては友好的である。
英霊ホームズの成立と能力の付与は、ソロモンとヨグ=ソトース(の一側面)の能力があれば十分実現できる。
英霊の召喚システム自体が実在の英雄だけでなく、人々の創作した物語の具現化を許している可能性がある。英霊ホームズの召喚のハードルはそこまで高くないかもしれない。
では EoR でソロモンとホームズと多かれ少なかれ関係している4つの「物語」を辿っていった理由とは……?
また、アラフィフの「魔術の領域では証拠などいくらでもある」といった言葉に対して、「現実は薄皮一枚にすぎない」「人が知る必要はなく、知ってはいけない」と返しており、「クトゥルフ神話の真実」の性質 ((人間の知る世界など宇宙的恐怖の前ではちっぽけなもの。それは狂って理性を失うことで初めて理解できる)) を彷彿とさせる。
つまり、元々のホームズは抑止力のあり方とは全く違う存在だったことがわかる。
これと抑止力が特異点に介入できないことより、本来のホームズ(キャスター)を召喚したのは抑止力ではないことはほぼ確実のように見える。
では誰が?それはこれまで一度も語られていない……
クソアニメも多かったが良作もそれなりに。まあまあ楽しめました。
今日12月25日はTYPE-MOONにとって特別な日であろう。
原初の聖杯を生み出すセイヴァーの生誕の日、かの魔術の王が英霊の座から永久に消え去った日、愛を知らぬ獣が『人の王』となった日。そして、
オルガマリー・アニムスフィアの命日であり、私がFGOというゲームから限りをつけるターニングポイントとなった日である。
私と型月との出会いはZeroアニメだった。そこから転がるように世界観に傾倒していき、レアルタ・ホロウ・らっきょ・月姫(漫画版チェンゲだが。リメイクはよ)等々沈みこんでいった。
私はキャラクターよりもそれを取り巻く「世界」に好意を抱く人間だ。そこで積み上げられた世界観を不特定多数で共有したい、そんな思いからネット上の聖杯戦争を下敷きにしたTRPGセッションによく参加していた。
所謂月厨がよい印象を持たれないことはよく分かっていたので、そのセッションと型月板以外では大人しくしていたと思う。それが周りから見て「いいファン」たりえてたかは、今となっては分からないが。
そしてFate/Grand Orderがサービスを開始した。あのメンテ地獄をどう乗り切ったか、既に忘却してしまったのだが、きっと同じ境遇の掲示板上の同好の士が支えてくれたのだろう。
長いメンテが終わった先にあったのは、初めて抱いたキャラクターへの好意だった。
いつか「所長目当てにFGOを始めたら誰も彼女が死ぬことを教えてくれなかった。愉悦部だ」といったツイートが流れてきた記憶があるが、それはどうだろうか。所長の魅力は彼女の死に対して最も輝いていたと思うのだが。
閑話休題。
ともかく序章が終わった時点で私のFGOへの一番のモチベーションは所長になった。
その後も所長のみを求めて本編・イベントを進めていった。自身の形質もあってか、幸い「推しを引かねばならない」という焦燥感に駆られることなく、『「好きなキャラを引く」ではなく「引いたキャラを好きになる」(当然そこにあるのは「愛情」ではなく「愛着」だが)』というスタンスで進めるという割と健全なプレイをしていたのではないかと思う。(結局課金は16年の福袋のみに徹した。余談になるが、私は意識高い系として散々弄られた庄司Pの「ゲームの価値は顧客一人一人が決めるもの」という発言だけはマーケティングのいち真理だと考えている。今となっては喧嘩別れのようなかたちで引退した身であるが、払った金額ぶんだけの価値はあったと思うし、そこに後悔はない)
恋の続く期間のひとつの区切りは3ヶ月だ、などという話をよく聞く。私の所長への一方的な恋は、その区切りを何とか乗り越えることができた。
しかしその恋心に対してFGOは残酷であった。マスターの皆様方ならお分かりであろうが、月見イベント以降シナリオ上で所長に関する言及がぱったりと途絶えるのである。
型月の世界観は愛していた。しかしその時の私はそれ以上に所長に対しての思いが勝っていた。
そんな私に与えられたのが所長の情報の断然だった。そんな状態で、所長への思いは潰えない代わりに型月世界観へのそれが立ち消えていくのは時間の問題だった。
きっかけが何だったのかはもう不明瞭であるが(戦闘が面倒だとか案外そんな今更な理由だったのかもしれない)、メインシナリオへのモチベーションが第六章の途中ですっかり折れてしまい、数ヶ月間に渡ってログインと必要最低限のイベント周回を行うのみになってしまった。パーソナル・レッスンは当然限凸したが。
時は流れ、2016年冬。そんなモチベーションの転機となったのが終章前のキャンペーンであった。適当な自己分析ではあるが、その時の思いは「所長・石30個への乞食感情・『リアルタイムならでは』という言葉に対しての勝手な勘違い(恥ずかしながら、『終章そのものが期間限定である』と思いこんでしまっていた。この齟齬がどう影響するかは後に話す)」であったと思う。その時の私は、単純計算でも半分以上義務感でシナリオを進めていたに過ぎなかった。(6,7章のシナリオこそ読み飛ばしはしなかったが。それでもなお最近のエレシュキガルフィーバーに「遠坂凛である、以上の湧き上がる理由がわからない」と言ったらモグリ扱いされるのだろうか、といった程度の読み方しかしていないが)七章まで終わらせたのは終章開始ほんの数日前、だったように思う。
そして終章。そこで待っていたのは「素材激ウマクエストを周回する権利」という自業自得な裏切りであった。これに関しては100%私が悪いのでFGOに対してどうこう言うつもりはない。モチベーションの柱がひとつ折れた。
マーリンは引けず、柱がもう一つ折れたなか、魔神柱は必要最低限の各一回のみ倒し、追悼動画なんてものをどこか冷めた目で見ていた。
もはや私に残されていたのは「最後に所長に関する言及があるかもしれない」という曖昧な希望だけであった。
そして来たる2016年12月25日。最後の魔神柱陥落の知らせを受けた私を待ちうけていたのは、純粋なストレスであった。
勝てない。
勝てない。
勝てない。
休止期間中に溜まりに溜まった林檎を齧り、手を替え品を替え鯖を替え礼装を替えても勝てない。羅刹王の効果がなかったのは未だに許していない。
その時の私は確実にスレていた。「聖晶石は『未来を確約するモノ』なのだからコンティニューは恥ずかしくない」なんて文章を見てしまったため、意地でも石を割るものか、と思ったほどだ。結局その意思すら割れてしまったが。
人理は修復された。そこまでのストレスと差し引いたらどうかとは思うが、悪い終わり方ではなかった。所長に対する言及さえなければ。
人理修復を達成したマスターならばここで疑問に思うだろう、終章にはオルガマリーのオの字も出てこなかっただろう、と。しかし言及はあった。あってしまったのだ。
そう、「語られない者」、二百名の「その他大勢」として語られてしまったのだ。
ただただ放心した。奈須きのこの中には、既にオルガマリー・アニムスフィアという存在はいないものなのだと、そう感じた。
言及されない、ということも覚悟はしていた。しかし現実に突き付けられたのは、「きのこは所長を覚えていない」という実質的な死刑宣告であった。私の中で、もしかしたら復活するかもしれない、という希望が立ち消え、最後の柱が折れた。
一回忌。
SNS上で多くの人間がFGOに対して感謝を述べるなか、漫然たる義務感と所長への思いだけで一年半継続してきた私は取り残されてしまった。
そこで私と他マスターとの間に大きな亀裂が生じてしまった。妬ましいのだ。
何で俺が救われていないのにお前らは救われたんだ、感謝の言葉を言えるんだ。そんな身勝手な、醜い嫉妬。
そんな思いから一気にFGOへの思いが覚めてしまい、止まってしまった私は先達を気持ち悪い内輪ネタとしか思えなくなってきた。
その後も惰性でログインとイベントだけ続けていたが、その惰性すらチョコ礼装のテキスト「いつかこれに乗って、""四人で""颯爽と聖地の荒野を渡る事を天才は夢見たのかもしれない。」に心折られ、近しいうちに引退した。
引退後は徹底的に自衛を行った。私の心理状態はアンチのそれに近しいものだっただろう。ただ、それを行動に出すのはみっともない、そうも考えていた。
「嫌なら見るな」とはよく言うが、本当にその通りだと思う。見えなければ怒りは湧いてこないのだ。そして、作品に対するアンチ行動は作品そのものではなく「その作品を楽しんでいる人間」そのものに向けられていることも理解した(私が特殊なだけかもしれないが)。
一年が経ち、作品そのものに対する不満は引いてきた。それを取り巻く人間に対しての嫉妬への対処は、まだもう少しだけ時間がかかりそうだが。
そして、この文章は一年という澱みに対する気持ちの整理である。一年前では良くも悪くもここまで冷静に物事を見れなかったであろう。
ただ、身勝手な望みでしかないのだが、願わくば所長には復活してもらいたくない。創造主から一度忘れさられたものをサルベージされたならば、それはもう菌糸類からのキャラクターへの愛情ではなく只のビジネスだ。
好きでもないキャラクターをビジネスとしてピックアップさせ、好きでもなかった人々から「ずっと待ってた」などと空虚な言葉をかけられ性的非性的に搾取される。
そんな未来は、きっと耐えられないだろう。
反応ありがとうございます。
ソラウリベンジ
悲惨な末路をたどるのは十分予想できたことであり(ぐだおでもネタにされてましたし)その「悲惨な末路」があったからこそオルガマリーというキャラクターに惹かれたのは先に記した通りなのでそこに文句はありません。
ただ、その「悲惨な末路」が作中だけでなくメタ的な扱いにおいてもそうであったというのが只々残念であるのです。
2部
今になって言及されても「2年近く言及をしてこなかった」という疑念は拭えませんし、プレイヤーに対する心証の悪さ(悪目立ちしてるのはほんの一握りだというのは理解しているのですが)はまだ癒えていないので再開してもストレスにしかならないでしょう。加えて引退において後腐れないように引き続きコードを電子の海に放出したため所長がどうこう関係なく面倒なので復帰の予定はありません。(スマホのスペック的にも去年はプレイに支障がなかった程度だったがそこから一年経って諸々追加されたらもうダメそう)
スーパーコンピューターの圧倒的な計算能力によって熱核融合や人工光合成が実現し、
世界は新しいエネルギーに満ち溢れます」と、齊藤は“エクサスケールの衝撃”を説明する。
「そして、より高度な遺伝子組み換え技術と人類すべての食料を補って余りある生産技術が確立し、
食料問題が解決します。労働は超高効率のロボットで代替され、最終的には衣食住のすべてがフリーになります。
それによって現在のような消費のシステムもなくなり、人は生きるために働く必要のない『不労』の社会を手に入れます。
やがて人体のメカニズムが革新的に解明されることで、人類は『不老』をも手にすることになるでしょう。
これが未来学者、レイ・カーツワイルの提唱した『特異点(シンギュラリティ)』の前に起こる、
サザエさんのエンディングで家の中に行列で入っていく絵が思い浮かべる、
きっとあの家は空間のゆがみが生じているはず。
完全な平面の時だけ。
歪んだ空間のなかでは
180度以上になったりそれ以下になったりすると言う
一度吸い込まれると、
光すら再び出てくることが出来ないほどの
意外とメンテナンスフリーでいいと思うの。
だって取り替えるだけで済むでしょ?
例コップ的な掃除機で
こまめに布団もケアして吸い込んでいた方がいいわよ。
干せば一番早いんだけど!
まあやっと台風は行ったみたいで
洗濯物が捗りそうよ!
おかげで街はそのせいで
木々の枝や葉っぱで散らかっていたわ。
上昇しちゃうのかしら?
今度血液検査行ってみようかしら?
そう思うほど食べ過ぎちゃうのよね。
すっかり寒くなってきて厚い布団よろしく、
ホッツ梅ウォーラーで埋め合わせ。
これでカロリーを梅パワーで消費するわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
割とドラえもんと関係なしに起こる事件もあったな、と思ったので、
とりあえずどうなるか考察してみた。
ぴーすけの卵(化石)くらいなら、のび太が自力で掘り出すかも。
しかし恐竜の卵と証明する事ができないので、鼻でスパゲッティを食べる羽目に。
ドルマンスタンと恐竜ハンターは、特に関わる事無く悪事を続ける。(もっとも、彼らが悪事を始めるのは22世紀であり、まだ始めてないとも言える)
ロップルの宇宙船とのび太の部屋の畳の裏が繋がるのは、ドラえもんの存在とは無関係と思われるので、そこは原作どおり。
チャミーが食べ物を盗みに来た時は、のび太一人では捕まえられないと思われるので振り切られる。
ロップルは餓死を免れるためにチャミーと共に地球に逃れ、のび太の家はファーストコンタクトの舞台として世界的なニュースとなる。
コーヤコーヤ星は地上げに遭うが、特に困ってない主任はギラーミンを招聘しないと思われるので、
そうこうしているうちに警察がガルタイト工業にガサ入れして平和が戻るだろう。
■のび太の大魔境
のび太たちは冒険に行く方法がないので、普通に日常生活を送る。
ペコ(のび太に飼われないので、ペコという名前はつかないが)は、数年かければ何とか自力でアフリカに帰り着けるだろう。
ダブランダーは恐るべき野望を実行に移すが、世界征服は普通に無理なので、ナイジェリア辺りの軍にボコられ、生物学史上最大の大発見として科学界を賑わすに終わる。
海底火山が爆発し、鬼角弾がばらまかれる。
海底も含めて世界をくまなく覆うレベルのミサイル攻撃となると、迎撃に成功する可能性はほぼ皆無なので、世界は滅ぶ。
何も起こらない。
パピは地球に来るが、ロボッターや映画撮影がないので、のび太達との接点が発生する可能性はごく低い。
追ってきたドラコルルに発見されるかは微妙だが、ドラコルルの直感は反則級なので、見つかる可能性がそれなりにある。
捕まったら処刑されるが、ピリカの住民はきっかけがあれば立ち上がれる程度には勇敢なようなので、遅かれ早かれ独裁政権は倒されると思われる。
バンホーら地底人はそもそも存在しない。(ドラえもんが聖域を作っていないため)
時空乱流でのび太の家に来たククルは、そのうち捕まる。
身元・国籍不明なので、おそらく悪名高い東京入国管理局に長期拘留され、そのうちに病死する。
光の階段がのび太の家につながるのは、ドラえもんの存在とは関係ないと思われるので、そこは原作通り。
のび太が2回目に行った時(嵐の時)にどうなるかが不透明だが、のび太は恐らく迷子になり、チッポは死ぬ。
ジャイアン達が光の階段を月につなげないため、ニムゲ同盟はまだ動物星を侵略しない。そのうち警察につかまる。
何も起こらない。
結論:
あとは、明示的な締め切りがない仕事に就くというのもあるかもしれない。
自分のできる限りを毎日やり続け、その中間結果がリリースされていくという。
締め切りがあるというのは、締め切りがある仕事があるということで、
昔から宿題や課題、ゼミの準備といった締め切りのある物がつらくて嫌だった。
課題が出されているという事実が何をしていても常に頭の片隅にあり、その事実に押しつぶされそうになる。
何をしていても課題のことで頭がいっぱいになり他のことに何一つ集中できなくなる。楽しいはずのことをしていても心から楽しめなくなる。
中でもゼミの発表の準備は一番嫌であった。他の課題は何かしら形のある物を完成形に持っていけば終了であるが、発表の準備はこれといった完成形がないからだ。
そうしてつらい締め切りを乗り切ったとしても、それは新しい締め切りの始まりに過ぎない。
終わりは始まりなんてことをポジティブなことのように抜かしてる輩が居るが、そいつらはこう言うつらい締め切りをどう思っているんだろう?
しかし、人生に毎日毎日くる課題・問題から逃れられる特異なことがいくつかある。これまでの人生に置いては進学であった。
中学校のころ締め切りが嫌であったのと同様に部活動も嫌であった。半強制的に入らされた部活動、一日の部活動が終わってもまた来る部活動。地獄のような日々であった。
高校時代は来る日も来る日も大学受験の課題が出る生活を送っていた。
今、私は大学の4年である。来る日も来る日もゼミの準備に襲われている日々を過ごしている。
つらさを感じているのは将来のことである。労働に置いて締め切りが重要なものであることは理解している。
しかも社会人になって以降は先に述べた特異点のような物は存在しない。つまりこれからは永遠にやらなければならない物に頭の中を支配される生活が続くことになる。
・星5の特定の鯖狙ってリセマラするのはやめておけ。12時間リセマラだけをやり続けても出ない可能性が高い。
・最強といわれてるマーリンや孔明はサポート型。単騎で活躍するタイプじゃないから他にも強鯖が必要。
・故に初心者は持て余す可能性が高い。黙ってフレンドの借りておけ。
・フレに借りたマーリン孔明を生かしてくれる、入手難易度低い優秀な鯖がいる。マシュだ。黙ってマシュを育てとけ。コストゼロは大きい。それにストーリー後半で性能強化されてやばいことになる。
マシュマーリンやマシュ孔明は高難易度クエストの安定攻略の定石と言ってもいい。
・俺のオススメ
※攻撃できる宝具ならなんでもいい。リセマラするなら見た目が好きなやつにしとけばOK。特殊効果系宝具は序盤では扱いづらいからお勧めしない。
↓
上の鯖が
剣弓槍なら→騎か殺の星3で攻撃宝具の鯖
騎殺術なら→剣弓槍の星3で攻撃宝具の鯖
を選んで、高レアと星3を1人ずつ(と余裕あればマシュ)をまずは重点的に育てる
↓
もし高レアで引いたのが狂ならマシュ
狂は死にやすいからレベルをとにかくあげて攻撃食らう前に敵をさっさと殺そう。
マシュのスキルと初期装備の魔術礼装のスキルで2回は回避できるからそれで狂を守れ
あとはフレ申出しまくってフレンドさんに助けてもらおう。みんな優しいから初心者でも割と承認してくれるぞ
ちなみに上のオススメ星3に術を入れてないのは第1特異点に苦手な騎が多すぎるからだ。
初心者はとりあえず「苦手を突かれないクラスを選ぶ」というのだけ意識しておけばいいと思う。
折角引いた高レアなのに、苦手なクラス相性の敵ばっかりで割とすぐ死ぬってことが起きるから、高レアが不利を突かれても星3がカバーできるようにあんな組み合わせにしてみた。
そこで育てた星3は、序盤だけといわず終局特異点やイベントでも沢山活躍の機会があるから無駄にはならないから安心して育てよう。
あと序盤は礼装はコストかかってつけらんないと思うからとりあえず無視。
溜まってきたら、星1は他の礼装に食わせておけ。
星2も豊穣以外は食わせておけ。
星2豊穣と星3龍脈は両方五凸させるといいぞ。
NPチャージ礼装で使いやすい。最強礼装「カレイドスコープ」の低コスト版だからな。
「FGO 初心者」でググってくる記事が、分かりづらすぎたり、入手難易度激高なレア礼装を平気でおすすめしてたりしてムカついたので書いてみた。
誰かの参考になったら嬉しい。
フェス限ヒロインガチャ(通常の2倍の石10個で回せる期間限定ガチャ)について、公式生放送で山本大介プロデューサーが全キャラ
究極進化するとおよそ3ヶ月にわたって繰り返し宣言してガチャを煽ったにもかかわらず、実際に究極進化したのは一部キャラのみで
更に山本大介プロデューサーが「あれは言い間違いでした許して」とユーザーの怒りに火を付け優良誤認の返金騒動へと発展。
https://twitter.com/DaikeYamamoto/status/835385151957827584
3月になり一転して全キャラを通常進化から究極進化に変更(ただし性能据え置き)、進化に使った分のアイテム等の返還で幕引きを
図った案件だったが、ようやくお役所の方で仕事が終わって時間差コラボが発動した。
通常進化はレベルキャップまで経験値を重ねなければ進化できないが究極進化はレベル1からでも可能なので消費者庁では優良誤認と
判断したのかもしれない。しかし、通常進化の場合は更に将来に究極進化でのパワーアップを残しているとも考えられ、性能据え置き
のままで通常→究極となったのはユーザーにとっても重ねて不幸な結果となった。
また、この程度で(一部)ユーザーが大きくアクションを起こすのはパズドラ運営・山本大介Pが長期間の運営の間にユーザーからの
不満を溜め込んでおり何かあれば簡単に着火炎上してしまうためである。ゲーム運営の長期化にあたっては社員個人のスタンドプレー
が業績に影響しないような仕組みにじよ目のつけどころがおシャまんべ。((時事ネタ解説追記:ユーザーとツイッター担当との距離感の例として、にじよめちゃん、シャープ公式の片方、まんべくんを挙げた。))
実施回数 | 日程 |
第1弾 | 2016.11/7(月)メンテ後~11/20(日)23:59 |
第2弾 | 2017.2/13(月)0:00〜2/26(日)23:59 |
第3弾 | 2017.5/22(月)0:00~6/4(日)23:59 |
生放送「ヒロインガチャキャラ全部究極進化」発言(消費者庁PDFより)該当の生放送過去分は再生禁止済
2016.11/30 | 山本大介プロデューサー生放送発言 |
2016.12/25 | 山本大介プロデューサー生放送発言 |
2017.2/20 | 山本大介プロデューサー生放送発言 |
同日 | 生放送スライド(※注記あり) |
(小さい※で通常進化含むとの表記があるが、スライドにはヒロインガチャキャラ以外も表示されており、この※一つでこれまで
全部究極進化と明言されてきたヒロインガチャキャラが通常進化になるのも許されるというのはガンホーに都合が良すぎる)
テレビ報道でも問題のアレとして映し出されるフリップが出た2/20の生放送。パズドラ5周年記念の生放送は2/19(日)開始だったが
55体究極進化の発表はその翌日。遅くなったのは、AppStoreでの返金申請期限が90日以内であり第1弾ガチャから90日経過させる
消費者庁案件ということで、すわガチャ確率か、と思ってワクワクしたみんな、ヒロインガチャとか訳わからん話ですまねえな。
ガンホーはオンゲ業界団体JOGAの主要企業ながら、ガイドラインの隙をついて全部当たりだから確率表示はしませんという屁理屈で
いまだに確率は不明のまま。また進出先の中国では確率表示義務の法律ができるとわかるとすぐさま撤退した。ガチャイベントでの
超絶↑3UPなども具体的にどういう確率かはユーザーが確認できない。JOGAのガイドラインも「オンラインゲーム安心宣言」も有名
無実化している。
おりしも、パチンコの方では釘調整の禁止や出玉の下方修正など規制が強まっている。業界内での自浄作用・自助努力が働かなけ
れば埼玉県警がお願いに行くかもしれないし、巻頭カラーに使う出版社への抗議の声が高まるかもしれない。((時事ネタ解説追記:性犯罪事件を受けてクジラックスに埼玉県警がお願いという法的根拠のない圧力をかけた件、ジャンプゆらぎ荘のお色気巻頭カラーにクレームがあがった件。時事ネタを入れると書いた本人も思い出せなくなるので脚注追記している。脚注記法がうまく使えない。))
覚醒セレスの初回発表時に、進化に同じガチャキャラを消費するとしたことがユーザーの反発を招き、撤回された。同じキャラを
重ねる事の何が問題なのか宝具5たくさん揃えているマスターには理解しがたいだろう。このときまでは進化にはダンジョンドロップ
の進化合成用モンスターを使用しており、無料で最後まであそべちまうんだ、を地でいっていた。そこへ同キャラ複数引くだけでなく
消費してしまう進化形態の登場は、同じパーティーに同じ英霊を複数入れられるパズドラではユーザーの拒否感が大きく、コンプ
ガチャに抵触するのではないかなど痛くもないビール腹((プレモルうまし))を探られることになった。同一重ねはコンプガチャには当たらない。
同じガチャキャラを複数引いたユーザーへのサービス、という言い訳が後に覚醒というシステムや売却モンポとなり潜在覚醒や
またコンプガチャはキャラ単体の進化素材という形ではなく、特定キャラの組み合わせでパーティーが効率的に回るようにして
ヘビーユーザーがテンプレパーティーを揃えるためにガチャを回すという形に洗練された。
期間限定クリスマスガチャにおいて新登場キャラのサンタジーニャが、通常ジーニャと同名スキルでありながら通常版15ターンの
ところ11ターンで発動可能として公式ページに掲載されていた。排出されたサンタジーニャのスキルは通常ジーニャと同じ性能で
あり気がついた一部ユーザーが優良誤認だから返金しろと騒いだ。
(※サンタジーニャ・通常ジーニャとも性能目当てで使ったりガチャ回したりするような環境ではなかった)
ガンホーは誤りを認め補償を発表したが、その内容が不公平感あふれるもので火に油を注いだ。
「クリスマスガチャでサンタジーニャが的中したユーザーに対して期間中に消費した石を全部返還」
当たらなかった奴は客じゃねえと全ユーザーに喧嘩を売ってしまい、その後補償内容を変更。
「期間中にクリスマスガチャを引いた全ユーザーにガチャ1回分の石返還」
全部返還の発言はガチャ期間中のことであり返還されるからとガチャに全ツッパしたユーザーのヘイトを買った。
Googleに対して返金請求をし返ってきたユーザーもいたようである。Appleは渋いらしい。
「数グループによる2重チェックを徹底するなど、製作物に対する社内の管理・ 検証体制…」
しかしその後もケアレスミスが繰り返され、運営とユーザーで二重のチェックの意味などと揶揄される。
スクエニのスマホゲー、FFクリスタルディフェンダーズ(FFCD)とのコラボで新キャラ曲芸士が登場するも、簡単なパズル要件で
49倍という当時としては破格の攻撃力でユーザーを驚かせ、さらにFFCDには曲芸士が居ないことで二重にビックリだよ。
バランスブレイカーいわゆる壊れキャラを期間限定のコラボキャラで実装したことに対するユーザーの反発が大きく、ガンホー公式
がバランスとか問題ないしちゃんと計算してる角度とかと表明することになった。
当時のユーザーはパズドラのゆるやかなインフレ状態を好ましく感じており、曲芸士以降の加速度的なインフレ傾向を考えると
確かにここがターニングポイントだった。
山本大介PもFFCD側の担当者スクエニのハタケイスケ氏((時事ネタ解説追記:又吉と同時受賞した芥川賞作家とは別人。))も、ユーザーは強いキャラを望むけれどもゲームバランスこそが重要だから
軽率に強キャラ出すわけにはいかない旨の発言をしていたのだが。
オワドラが言われ始めたのはこの頃、長い長い黄金の黄昏の始まりである。
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1603/01/news139.html
<コラ>ボキャラでした。後に修正。リーダースキルの名称で良かったよ。まどか衣装のチアリーダー((時事ネタ解説追記:アイマスのパリーグコラボで西武ライオンズではなくアメフトの三菱ライオンズのチア衣装になっていた件。コラボ相手に資料請求せず適当にググって仕上げるとアカンことになる事例。))じゃなくて助かったな石田。
ぶっ壊れとして騒動になった曲芸士は7倍×7倍で49倍リーダーだった。その直後から曲芸士の闇属性対策がされたダンジョンが
続々登場。曲芸士のバランスは問題ないとの公式発言を実証するために実装された同系統リーダースキルのティフォン・ガディウス
は曲芸士に及ばない性能のため今に至るまで陽の目を見ていない。パズドラにストーリーという名のポエムが導入され、その主人公
の2人だったが低性能不人気キャラのためにストーリー自体もぐだぐだのうやむやになってしまった。
究極進化の上を行く覚醒進化、転生進化の実装。ガチャキャラの売却で得られるモンスターポイントで買える強キャラ。Appleに
よるゲーム外コード禁止令による雑誌付録コードAndroid専用化。メダル商法。期間限定コラボキャラの当たりが環境トップ級。
ガチャ石2倍ガチャの広まり。ポケモンGoの影でひっそりと実装されたレーダーといつまで経っても消えないW。進化素材の進化素材
の進化素材集め。2人3人マルチ実装でネトゲでフレンドを引き止める辞めにくい構造。
現在の環境トップはヨグ=ソトースの18倍×18倍=324倍。神話もあらかた消費してクトゥルフに手を出す羽目になった。
なお最新実装の神は日本の造化三神。あんなん逸話も何もないのによくやるね。
曲芸士と現在のインフレは、パズドラ?昔やってたよ的な人へのランドマーク的な状況把握として載せた。また、ゲームの長期運営
においてインフレ傾向の管理と、ユーザー心理の掌握が重要であることの例として挙げた。かつては詫び石いっぱいくれるポカポカ
運営として名を馳せた王者パズドラが悪い文明に染まる特異点。廃ゲーマーを基準としたゲームの複雑化はSTG・格ゲー的ユーザー人口
の減少を招くが、だからと言ってハタ式コンボで540万出ましたとお手軽にしてもヘイトを稼ぐアンビバレンツ。
○朝食:なし
○夕食:そば、ツナ缶
○間食:スライスチーズ(三枚)、タコス味のチップス、ランドグシャ
○調子
はややー。
暑いならカレー! とカレーを食べにいこうと考えるも、いつもいくチェーン店は最近飽きてきたので、
近所にある昔バーだったお店を改修してカレー屋さんをやっているところに行ってきた。
雑誌で紹介されてたらしいのと、近所の公共施設でイベントがあるのが合間って、すごい人で並びはしなかったものの、三十分以上注文の注文待ちだった。
こう、バカみたいな感想になってしまうけど「味がすごいたくさんする!」
辛いとか甘いとか旨みとかそういう一口で表せられない、たくさん味がするカレーで、とにかく美味しかった。
すごい近所なので、これからもちょくちょく通おう。
●3DS
○ポケとる
デイリー要素のみ。
○FGO
目標はお話を読むことにして、ガチャはしないよう気をつけよう。
(一番好きなアーチャーはもういるから、そんなにガチャるつもりはないけど、エミヤ(オルタ)とかエミヤ(アサシン)とかは、かなり心惹かれるなあ)
○はねろコイキング
コイキングは、79代目。
私の攻略法や採用した戦略、戦術、感想やその他ゲームについての雑感などを交えてだらだらと語っていこうと思う。
ちなみに6月2日にインストールして、20日に終局特異点をクリアしたので、正確には19日間ということになる。
長くなりそうなのでふわっとした結論だけ先に言うと、FGOはいいゲームであり、無課金でも十分やっていけるので
まだやっていない人はストーリーを楽しむためにやってみのもいいんじゃないかな。その際私の攻略法も、少しは参考になるかもしれないよ、だ。
以上が結論で、以下が長文となる。
まず私について少し語ると、ゲーマーというものに該当すると思う。いわゆるゲームはファミリーコンピュータから、
ネトゲ歴は97年のDIABLOからだから、もう20年か。これまで色々なゲームを楽しんできた。
Fateについては、オリジナルのstay nightは遊んだが、それ以外のアニメや続編などは一切ノータッチ。
ソシャゲはあまりやらず、PCや据え置き機がメインだ。ソシャゲなどの課金すると有利になるルールのゲームでは、
これまでは常に無課金で遊んでいる。理由はゲームにお金を使いたくないということではなく(例えば最近はPS4PROSSD換装済で
ダクソ3のDLCを、ラグの少ない光回線とPSPLUSを準備し闘技場で金になるまでは遊んだ)、課金すると有利になるゲームを
完全無課金でどこまでできるのか試してみる、というのが私にとって非常に楽しいゲームだからだ。もし今後、課金した方が
トータルで楽しめると感じるソシャゲが出たら、課金することだろう。
課金をしたほうがゲームを楽しめるという人も多くいるだろうし、楽しみ方は人それぞれなので、
各人自分の楽しさを最大化させる遊び方をすればよいだろう。
というわけで、FGOも課金した方が有利になるゲームなので、当然私は無課金で遊んだ。
また、課金しない以外にも自分がゲームをより楽しむために、以下の縛りを付けて遊んだ。
・ネットなどの攻略情報を見ることの禁止(※公式サイト及び素材のドロップ場所だけは調べてよい)
これらの理由について説明すると、まず攻略情報については、自分で攻略法を調べたり考えたりするのが楽しみ
なので、公式以外の情報は一切遮断するのが基本姿勢だ。しかし途中でキャラを強化するのに必要なアイテムを
集める必要が出てきて、その入手場所を自分でしらみつぶしに探すというのは不毛すぎる作業なので、その情報だけは検索して調べた。
フレンドの登録禁止については、本来なら私は一人でそのゲームの世界観に浸るプレイを好むので、他プレイヤーの存在を感じる
要素は極力排除したい。(MMOでもチャット禁止、他人とパーティーを組むの禁止というルールでのソロプレイを基本としている。
ゲームによっては普通にギルドに入る場合もあるが、ケースによる)
そのためFGOにおいても、序盤の間はストーリーで加入するイベントキャラ以外の他プレイヤーのサポートキャラは極力
出てこないように隊列の最後に入れて、ストーリー上のキャラのみで進めていた。しかしFGOというゲームでは、
他プレイヤーのキャラを一人パーティーに組み込む必要があるゲームデザインになっており、
その1キャラを戦闘に登場させないということは不可能だということが分かってきたので、
ただし継続的な繋がりは避けて一期一会に徹するために、フレンドの登録はしないというルールにした。
そのため4章からは他プレイヤーのサポートキャラも活用している。
尚、フレンド以外のキャラの利用では宝具が利用できないが、フレンド登録した人のキャラを利用すると宝具が利用できるようだ。
そのため、これから始める方はこの縛りをつけないでおくと、私より非常に楽にゲームを進められるだろう。
宝具を利用できるなら、利用価値が高まるキャラが多く居るし、選択肢の広がりは大きなアドバンテージだ。
リセマラは、配られたカードで出来ることをする、というスタイルでいつも遊んでいるので私はやったことはないが、
やったほうが楽しめる人はやったほうが有利になるのは間違いないだろう。
実際には他にも細かな戦闘上の縛りルールも設けていたが、その辺は割愛する。
ではこれらの条件下で、どのように19日間プレイしてきたかを概観してみる。
6月2日 一日目 インストール
このゲームに対して持っていた事前情報は、Fateの続編であることと、人気があるということのみ。
名前は知っていたし、気が向いたのでとりあえずやってみようかとインストールした。
しばらくやっていくと、大体のゲームシステムは分かってきた。そしてやはりストーリーやテキストが面白い。
ソシャゲだと、ゲームシステムだけがあり、テキストはとってつけたおまけのようなクオリティのものもあるが、
これはしっかりと作ってあるし、キャラの育成も楽しめそうだし、気合を入れてやっていくことにする。
ガチャのシステムとAP(行動値)回復のシステムを踏まえて、このゲームを無課金でがんがん進めていくための戦略を考える。
特に聖晶石というのが、このゲームでは核となる資源だ。ガチャ、AP回復,戦闘で全滅時の復活、という使い道があり、
これらにどう配分していくかが鍵になるだろう。のんびり遊ぶなら全てをガチャに回すのが正解だろうが、
無課金でがんがん進めるにはガチャ以外にも割り振っていく必要がある。
そのために考えて出した戦略は以下の通り。
2.その中からお気に入りのキャラを選び、集中的に成長させる。
最初の無料10連のほかに、ログボとフリクエなどで60個集めて後2回10連を引き、
呼符をあわせるとトータル40回くらいは序盤に引けるのではないだろうか。
これだけあると確率的には星4のキャラを一人は引けると思う。引けなければ星3でも
お気に入りであれば限定資源を投入して成長させていけるのでストーリー進行は可能だ。
私は一人のお気に入りを選び、その1キャラだけを集中して成長させることにした。
(キャラの成長にもAPが必要なので、無課金短期間プレイでは複数人を成長させる余裕はない。
もちろん、可能であれば成長させたほうが望ましい。)
上記のような経緯で戦略を定めて、結局私は以下の攻略スタイルとなった。
前衛は、マシュ、エース、サポート、の3人で固定する。エースは自分のお気に入りのキャラで、
このキャラを全資源を投入して成長させる。マシュはストーリーを進めると勝手にlv上限があがり、
後衛にはコマンドカード調整用のキャラを配置するが、積極的には成長させずにあまった資源で成長させる。
クエストを進めるとマスターのlvがあがってAPも回復し上限も増えるので、とにかくストーリーを進めることを優先する。
結果、5日目には、マシュとエースはlv40以上だが、その他は20台になった。
7日目に4章クリア、9日目に5章クリア、12日目に6章クリア。
週に一度の曜日クエストや、特定のフリークエスト周回で素材を集めないとlv上限解放ができないことがわかり、がんばって集めた。
そのためのAPは聖晶石を使って工面していく。12日目と13日目にはゲイザーを50体ほど
狩って素材を集めたが、これが一番眠くなった。APも1000くらい使ったので、7日目のログインボーナスの
14日目にはエースが念願のlv100に到達。
効率重視なら、90止めでもいいのかもしれない。数千万QPを稼ぐために石を消費した。
15日目から季節イベントもやってみた。どんどん稼げるので、これがもっと早くあれば楽だったかもしれないが、仕方ない。
結局、ひとつの特異点につき2,3回は令呪や石でコンテニューしたと思う。
終局クリア時点で手持ちの聖晶石は70個ほど残っていた。
6日目からクエストAP半減が始まったのでこれがなければあと20個ほど余分に使っていただだろう。
クリア時点でのキャラレベルは、マシュ74、エース100、控え壱40、控え弐70、控え参54だった。
(ちなみに控え四は18。1章以来使っていない。強化はエースが季節イベの恩恵もありHP、ATK共に+1080))
メンバーが固定なので、戦術は一貫して、マシュが守ってエースとサポートが殴る、というものだ。
サポートも(イベントキャラがいなければ)宝具が使えないので、選択肢は限られる。
私同様フレンド機能を制限している人のために書くと、クーフーリン・オルタは宝具が無くても大活躍だった。
後は相手の攻撃タイミングに合わせてマシュがスキルや宝具を展開していくと、そこそこ3人で戦っていける。
例えば相手の宝具が単体攻撃だった場合、そのターンに無敵スキルと攻撃集中スキルを使うことで封殺しつつ
ゲージを溜めて、次のターンに展開することが可能だし、相手の宝具が全体攻撃だった場合は、そのターンに
宝具を展開できるようにゲージをため、次回の相手の宝具のターンは無敵スキルとマスタースキルで凌ぎ、
その次はまた宝具で凌ぐ、などができる。マスターの装備は私はずっと初期のものだったが、自キャラとの
組み合わせで最適なものは変わってくるだろう。(育てる時間があるかも含めて)
さて、私はこんな感じで遊んだということを長々と書いてきたわけだが、私は私の条件で効率を考えて遊んだだけであり、
無課金での最高効率プレイとはまったく異なる。(そもそもフレンド不可縛りなどを無くせば非常に楽になるし、学生などで
ゲームに使える時間が私より長い人ならもっと短期間でクリアできるだろう)
しかしこれからFGOを始めようかと考えている人にとって、このような条件でもこのような感じてプレイしていくと
ストーリーはこのくらいで進められるという参考になればと思って書いてみた。私はやっている間ずっと楽しかったし、
いいゲームというものはやっていない人には紹介してみたくなるものだ。私のプレイ時間は一日4,5時間ほどだったろうか。
思ったことをつらつら書いてきたのでまとまっていない文章だが、よくここまで読んでくれたと思う。
ゲーム内容については(おそらく)紹介しているサイトが沢山あるだろうから、私は私の体験だけを書いた。
今後の私は、ストーリーの区切りがいいのでここからは攻略に集中するのは控え、プレイ時間を最短にしつつ効率よくキャラを育成していく
スタイルに切り替えてのんびり続けていこうと思う。鬼ヶ島イベントも素材以外の商品は全部揃いそうなので、急ぐ理由もない。
問題は今月末が締め切りの業務をこの三週間で極力後回しにしてきてしまったことだが、まあなんとかなるだろう。
http://gaiatu.hatenablog.com/entry/2017/05/29/011546
これについて。
FGOのCCCコラボイベントについてのひとつの意見だけれども、「それはないだろ」と思ったので反論を載せておく。
まずはっきりさせておきたいこととして、自分はCCCをプレイしたことはない。だからプレイしたことのある人とは違う感想になって当然だし、キャラの性格やらが変わったという主張については口の挟みようがない。
そしてその点については別に否定するつもりもない。キャラぶれなんて古今東西どこにでもある話だし。
ツッコミを入れたいのは「CCCコラボとして出す意味がないものだった」という点について。
今回のシナリオはむしろコラボイベントでないと書けないシナリオだったのでそこは違うと言いたい。コラボした結果よくなかったという話なら別にそれはそれでいい。
作者のやりたいことは以下の発言に集約されていると思う。
『一度終わった物語のサブヒロインの「その後のイフ」を書けるチャンス』はFGOのような媒体でしかない。
「両儀式」や今回のゲストヒロインのように、本来の物語の中では決して訪れる筈のないヒロインルートを書けるのが、お祭りゲームである『FGO』の最大の強みだと思っています。
(http://www.typemoon.org/bbb/diary/)
『一度終わった物語のサブヒロインの「その後のイフ」を書く』ためにFGOを始めたと言っても過言ではないので、ある意味では今回のCCCイベントもその後のイフが書けるという正にそのためのイベントである。だからこのために始めたと言っても過言ではない。
しかし「CCCという作品のために」FGOを始めたというわけではないので奈須きのこはCCCコラボがしたくてFGOをやった(他の作品やヒロインは二の次)と思われてしまうのはちょっと発言の意図とは違う、というだけの話では。過去の発言を蔑ろにしたんじゃなくて過去の発言が意図しない方向に取られてしまったから訂正したというだけだと思う。
ここからはネタバレにしかならないので見たくない人は自衛してほしい。
まず、今回のシナリオで多くのユーザーにインパクトを与えた「魔神柱快楽堕ち事件」。魔神柱という人間を圧倒しているはずのものが人間に支配されるという立場の逆転を起こした一連の流れは魔神柱をも手玉にとるキアラの凄まじさがよくわかる話だった。
そしてキアラのビーストへの変化はそれまでのビースト達のように強大な力を持っているわけではなかったがその精神性をもってして獣に上り詰めた(もちろん後付けで力を与えられてはいるのだが)といったあたりがますますキアラマジヤバイ。
だが、その壮絶な内容に対して多くのユーザーは違和感はなかったと思う。それはCCC未プレイの自分からすれば周囲の既プレイ勢が「だってキアラだし」と納得していたからであり、既プレイ勢からしたらつまりそういうことなのだろう。あいつならおかしくないという前例があったわけだ。
ではこれが仮に今までに出てきたことのない新キャラだったとしたらどうしよう。なんか見たこともない人間キャラが出てきた。人のよさそうな顔で出てきたけど実は黒幕だった。なんと魔神柱を乗っ取ってビーストになったらしい。人の手では倒しようのない強敵だ。
「はぁ?」と思う。なんかいきなりぽっと出のキャラがチートかましてイベントのラスボスとして出てくるわけだ。
そんなチートキャラをいきなりもってこられたところでなんでそんなに強い奴がそこらへんにいてラスボスやってるんだとなる。伏線がなさすぎてそういうことはありうることだよねとは思っても感覚として納得し辛いのだ。
ところがそれがキアラというキャラであれば、別の作品での積み重ねが既にされているのでぽっと出ではなくなる。なんだかむちゃくちゃな強さも性格もそういうキャラなんだと説明してしまえるし納得できる。
該当のブログでは話の大まかな流れとして「終局特異点から流れ着いた魔神柱ゼパルが海底油田基地セラフィックスの職員を乗っ取った。しかしゼパルは逆に乗っ取った筈の人間に取り込まれてしまい、その人間のせいでこのままではまたしても世界の危機。」と書かれており、ブログ管理者がこの点を今回のシナリオの重要な点として考えているのがわかるが、むしろその重要な点はキアラというキャラクター以外だと説得力が出ず、それでも新しいキャラクターで説得力を持たせようとすると説得力のある描写のためにイベントの本筋とは関係のないところで時間が取られてしまうし、そもそも番外編としては枠が収まらなくなってしまう。
きちんと説得力のある描写をすべきだ、と言うのならコラボイベントという説得力が既に他の作品にある状況を利用しないと、少なくともこの分量ではそんな描写はできないだろう。
同じ機能を持った舞台装置を使えば別にCCCのキャラという舞台装置を使う必要はないだろう、と言われたところでそれならその同じ機能を持った舞台装置とやらをどこから持ってくるのか、という話だ。
正直ここはそれこそ無理に関連づける必要性がないだろう。世の中のコラボイベントを見回せば関連性などを気にしている作品がどれだけあるのか。
別にコラボイベントなんて言ってしまえばそれこそ別にそのイベントがある必要性がそもそもない。でも必要かどうかじゃなくてその物語が書きたいからと書かれたのがFGOのコラボイベントであるように思う。
その物語を書きたいから、ヒロインのイフを書きたいから用意された舞台に必然性がないという話をしたところでどうにもならない。
そしてメルトリリスのイフを、パッションリップのイフを、キアラのイフを書くためにはCCCという作品とのコラボでないとできない。CCCにしかいないキャラクターなんだから。
そして他の登場キャラクターはどこに行ったのか、CCCとのコラボじゃなかったのかという話について。
まあサブヒロインのイフを取り扱いたいのにサブヒロインではないキャラクターを取り上げる意味がない。というかコラボだからとなんでもかんでも制限なくキャラを持ってきたら逆に今度はFGOという作品を使わずCCC続編を作れという話になる。ただでさえ舞台が閉鎖空間でありFGO側としては主人公しかいない状態なのにここでさらにCCCのマスター勢の話まで出してきたらコラボである意味がなくなる。
そしてマスター勢を出してもつりあうようにFGO側のキャラを増やしたなら、全体としてキャラクターが増えすぎてこれもまたコラボイベントという枠に収まらなくなってくるだろう。
コラボでないと成り立たないシナリオなのにキャラクターの設定がおかしい、というならできのよくないシナリオだった、という話で終わるだろう。
だが今回のイベントがコラボでなくても成り立つかと言われたらコラボだからこそ成り立ったイベントであり、コラボでなくても成り立つように修正しようとすればもはや別の話になってしまう程度には再現性が保てないだろう。
シナリオに強引な点があった、キャラクターの性格が変わっていた、という話を安易にコラボでなくてもできるシナリオだったと批判してしまうと、はたから見れば「俺の嫁が他の奴になびいたからクソ」という主張を無理矢理理屈づけているようにしか見えない。
本当にコラボじゃなくてよかったと思っているならコラボじゃなくても成り立つ理由をきちんと説明してほしい。
そしてヒロインのイフを書くならもっと丁寧にやるべきだ、という話ならそれこそコラボである理由云々とは別の話になるので、そこは分けて主張するべきだと思う。
昔のmacのゲームでMarathonって言うFPS(ショボいけど)は好きだった。
地球人は兵士として優れているので、主人公の地球人は仮死状態で保存され、
とか
「新しい体制の中で彼らが生き延びる場所はないと私は判断しました」
とか。
無料で公開されたライブラリとかあるみたいだけど、やり方はよくわからないです…
余談だがオカルト界では、AIが人間を超えるってのは、特異点 シンギュラリティって言って
それがいつなのかが割と話題らしいが、囲碁で総当たりみたいなことをやったAIが、
人間に勝ってる時点で、もう人間の"セオリー"みたいなものは時期に用済みになるのでは?
と言ってる友人もいる。
更に余談だけど、楽園追放をあげてる人がいるなら、シリーズ物のアニメだけど、
serial experiments lainもアリかと思う。人によってあれが何の話なのかは
#9観た。一期からの伏線である、田中あすかの瞳に世界はどう映ってるのか、彼女の本音は何なのかというところに一応の決着がつく回だった。手放しで絶賛するほどではないものの、けっこう興味深いところもあったので書く。
一言でいうと嘘つき。もうちょっと言うと過干渉を嫌い、それを笑顔とジョークによって躱す処世術は身につけたものの本音が外に漏れるぐらいまで一杯一杯になってる普通の女の子だった。
「あの人のこと嫌いってわけじゃないの」
(中略)
「嫌いじゃないって言いましたけど、嫌いなんですよね、お母さんのこと」
あすかと久美子のやり取り。嘘を即座に看破され、その後もっともらしい言い訳を述べるが、内心は母親をそうとう嫌悪しており、それを体のいい言葉で取り繕っている――ということは直前の香織とのやり取りを見ても明らかだ。
https://i.gyazo.com/cce45435ce91ef4c1afafb65ed403306.png
https://i.gyazo.com/c73ef75ed14157800b37d979b5fa2c4a.png
この過干渉に対する露骨な嫌悪は、パターナリスティックな母親を想起してのものだろう。しかし香織が顔を上げるや笑顔になり、別れを見送りつつ「カワイイでしょ、香織って」と久美子に語りかける。直前の表情からすれば「ウザいでしょ、香織って」とでも言いそうなものなのにそう口にすることはない(みぞのぞの結末を目撃した我々は、一見すると仲の良い友人であってもそこに温度差があることはすでに承知しているはずだ)。
父親から贈られた曲を否定してほしいのかもと言いつつ、実際に思ってるのはその逆だ。ということは吹く前に「……本当に聴きたいと思ってる?」と不安げに確かめるところから察することができる。
そもそも久美子を家に呼んだのは、私利私欲に走った自分の苦しい胸の裡を誰かに話したかったからだ。そこからもあすかは特別なんかじゃなく、弱いところも持った普通の少女だということが判る。
むしろ特別なのはそんなあすかがハッとすることを折に触れて言う久美子のほうだ。
特別なあすかや麗奈に比べれば普通といっていい久美子は、しかし実際のところ作中における特異点だ。それは1期から麗奈によってしばしば語られてきており、今話でも強く指摘された。
「久美子ってなんか引っかかるの。普通のフリしてどっか見透かされてるような、気づいてなさそうで気づいてるような……」
「なにそれ……」
「そして、いちばん痛いときにポロッと言葉になって出てくる。……『本気で、全国行けると思ってたの?』」
「あれは……、あの時は……」
「だからなんか引っかかる。ギュッと捕まえてその皮はがしてやるって」
「あすか先輩も……?」
「判らないけど」
あすかにも府大会の直前に「今日が最後じゃないですよ。わたしたちは全国に行くんですから」と言って意味深な笑顔を浮かべさせたり、「嫌いじゃないって言いましたけど、嫌いなんですよね、お母さんのこと」とか「あすか先輩がいつもと違うんですよ」などと言ってハッとさせる。
これは久美子の失言王(http://dic.nicovideo.jp/a/%E5%A4%B1%E8%A8%80%E7%8E%8B)というキャラと密接に結びついている。1期の開幕では「本気で、全国行けると思ってたの?」と言って麗奈に睨まれ、吹部の新歓を聴いては「ダメだこりゃ……」と零し葉月に聞き咎められる。いずれも“失言キャラ”というキャラ立ての一環であると同時に、本人の意図によらないところであっても本質を思わず突いてしまうという側面にもなっている。そしてそれは1期#8で結実し、今話においてより大きな伏線の回収という形を描いた。思わず「おおう」と唸るところだ。
「……本当に聴きたいと思ってる?」
「はい!」
「?」
「私、自分のことユーフォっぽくないってずっと思ってたんだ。だから黄前ちゃん見たときびっくりしたの。こんな……こんなにユーフォっぽい子がいるんだって」
「……褒めてます?」
ここであすかが吹いたのは父親から贈られたユーフォのソロ曲だ。ユーフォだけで構成された、独りで吹ける、あすかのためだけの曲。ただ本質的にユーフォはソロ向きの楽器ではないし、吹奏楽においてもペットのような花形にはなりえない。オーケストラにおけるチェロになぞらえられるように、オブリガードや伴奏などで曲に深みを与えるところで活躍する。ユーフォは集団の中でこそ輝ける楽器なのだ。
久美子は楽器を習い始めた当初からユーフォを吹奏楽の一部分として捉え、楽しんできた。集団の中にあることを疑わず、まっすぐ素直に受け容れてきた。
あすかにとってユーフォは父親と自分をつなぐ唯一の存在だ。みぞれにとってのオーボエのように大切な誰かとつながる唯一無二の手段。だから「私は遊びでやってるわけじゃない。独りで吹ければそれでいい」とさえ言う。そんなあすかにとって父親から贈られた曲は心の支えだったろう。だけどそれは同時に、父親に囚われているということでもある。あすかは母親だけじゃなく父親からも囚われている。そんなずっと独りで吹いてきたあすかが久美子に聴いてもらうために吹くということは、大げさな言い方をすれば初めて誰かに聴いてもらうために吹いたと言えるのかもしれない。
https://i.gyazo.com/d7feee576db6903d3c5c9e15d8b3f22f.png
卒業するとき、あすかは久美子に父親のノートを託す(2期#1冒頭)。それは父親が審査員を務める全国大会を経て完全にその呪縛から解き放たれたことを意味するのだろう。残る4話のうちにそこに至るまでのあれやこれやが画面いっぱいに描かれるはず。そう思うと終局に向けて動き出した『ユーフォ2』からますます目が離せない。
もう完全に脱・人間の流れが出来ちゃったよね。そのうち一部の人間はロボットになるよ。本当に凄い時代に生まれたもんだ。
どこから話せば良いのか皆目解らないが、まずは生命の進化を考えるのが良いかもしれない。海で産まれた生命体が、陸に上がり、空を舞い、今や宇宙に飛び出している。生命は、時間と共に複雑化して、機能が向上して、時空間的に拡散していくシステムの一部なのだ。拡散して環境が変わる過程で、生命体は、その構造を大きく変えてきた。例えば、海から陸に上がった爬虫類は、魚から見れば驚異のシステムだろう。いま、人間は生命を産んだ地球から飛び出そうとしている。果たして、人間とロボット、どちらが宇宙で暮らすのに適切な形態だろうか。
現状の世界の構造は、原子・分子→《DNA》→細胞→《神経》→脳→《言語》→テクノロジー→《プログラミング》→AI、という多層になっている。基本的には、どんどん繋がって複雑になり階層性と知性が上がっていくシステムだ。知性が高いほど、認識出来る時空間スケールが幅広くなる。最近は重力波とか認識できるようになったので、昔より知性が上がってます。また、知性が高いものは低いものを認識できるが、その逆は難しい。人間は蟻を認識出来るけれどその逆は…。だから知性の高い宇宙人がいても、人間にはわからない。
次のAI・ロボットという階層の出現に備えて、その下にいる人間を含むテクノロジーの階層の調整が始まっている。おそらく昔は周期表以上の原子がいただろうし、もっと複雑な生体分子やDNAもあったはずだ。でも、次の階層の出現と共に淘汰されて消えていったに違いない。新しい階層が出現するときは爆発的・指数的で、一気に多種多様な形式が現れて淘汰されて落ち着く。ビッグバン、カンブリア大爆発などがそうだったし、いまの100億に迫る人間も爆発の1つ。AIに関して言えば、データ量が爆発している。問題は、次の爆発が起こる間隔も指数関数的に縮まっていて、もはや人間の認識出来る時空間スケールを超えてしまうであろうことだ。カーツワイルのいう特異点はすぐそこにある。
人間について言えば、生命体としての進化を諦めている、というか退化している。体を強化せずに、服を着て温調の効いた家で暮らしている。頭を強化せずに、計算機に頼っている。消化の過程も、料理をすることで一部外注している。最近は、体外受精なんて始めちゃってる。体毛は薄くなり、頭はバカになり、親不知が生えなくなり、SEXができなくなった。全部、生命体としての退化に相当する。次の階層が出現するのに備えているのかもしれない。
進化の過程で環境を変えた生命体は、望んでそうした訳ではない。最初に行くのはは冒険者だが、後に行くのは追い出された者達だ。海での生存競争に敗れた者が、陸に登った。陸での生存競争に敗れた者が、空を舞った。そのうち、追い出された者達が宇宙に進出するだろう。新しい環境は地獄だ。だからほとんど生き残れない。ただ、幸運にも生き残った者達は大幅な進化を遂げて、見返すだろう。人間だって、アフリカの森から追い出されたし、アメリカ人だって、ヨーロッパから追い出された人々だ。日本でも、漫画家やオタクがいまの文化を創っている。おそらく今後の社会は、いまは受け入れられない障碍者やLGBTの人達が変えていく可能性がある。AIやロボットと相性が良いので。
ライトノベルの主人公は努力しちゃダメなんです。読む側が自分を投影できなくなるからです。ヒロインは都合よく向こうからやってくる。超能力などの能力は、いつのまにか勝手に身についている。今のライトノベルの多くが、そういう設定で書かれていますよ。
――恋人や能力を努力して勝ち取るのではなく、何もしなくても、いつの間にか恋人と能力を手に入れているという設定でないと売れないということですか。その努力の過程こそが、今までは物語の根幹だったはずなのに。
そうです。今は努力できる立派な人物が主人公だと、読む側が気後れして感情移入できないんですよ。主人公は読者と同じ等身大の人間。そして、主人公に都合のいい物語を求める傾向が進んできた。文学の世界でもそうなってきていると思います。
http://www.yomiuri.co.jp/yolon/ichiran/20160923-OYT8T50010.html
カドカワのトップのくせして、この理解はまじで浅すぎやしませんか?
本当にいい作品を送り出す気があるのかと、100回は問いたくなる適当な物言いにイラッと来た。
そもそも、最初からチートを持って最強になることを「俺tueee」と揶揄されていたりするのはここ数年だけで、ジャンプなら北斗の拳やるろうに剣心、バスタードにBOY、過去の作品をあげればきりがない。みんな大好きガンダムのアムロ君だって、最初からワンランク上の人種だったわけですよ(あぁ、若い子的にはコーディネイターのキラ・ヤマト君の方が)。最強主人公が昔から愛され続けているのは明らかだ。
「努力に対して気後れする」というのは、どう考えても浅すぎる考えなので、ただのサラリーマンのオタクである俺が、超主観的にけれどkawangoよりはまともに、「最近のラノベ」っていうのを推論してやろうと思う。
ちなみに、全て根拠のない仮説だから、定量データ大好きなコンサルマンは読まなくていいぞ。己の中のロジックで書き殴っているだけだ。
正直こんなことすること自体、市場に対しての傲慢であることは理解したうえでだが、「カドカワのトップの発言」に怒りしか沸かないため、久しぶりに筆を取る。
努力云々が拒否されているかは正直わからん。少なくとも言えるのは、将棋の天才が努力する「りゅうおうのおしごと!」は最近のラノベではピカイチで面白いってことだ。そして、幼少期からガチで人生を変えようと努力を重ねて、家族を守るために死にものぐるいになる「無職転生」もまた名作であることを俺は支持する。
俺が言いたいのは、自己投影は「努力できる立派な人物」にしづらいのではなく、「異世界転生」にしやすい、ということである。しやすいなんて言葉も生ぬるいくらいに「ファンタジーに自己投影出来る現代最強の装置」と言っても過言ではない。
ファンタジーという題材自体、本来は自己投影には不向きなものだ。なぜなら、今の自分と照らし合わせて「そこにいる」ことを想像することが難しいから、ということは理解できるだろう。
我々が住んでいる現代、つまり「高層ビルが屹立し、夜も煌々と電気の光が輝き、インターネットで交流を重ねる世界」と「石畳を馬車が走り、騎士団が剣を振りかざし、魔法が世界の理である世界」では、あまりにも違いが大きすぎる。そこで生まれ育った主人公に感情移入するのは、本来はしづらいもののはずだ。
ただし「異世界転生」は違う。
自分が今いる現代、と、異世界であるファンタジー世界が、まずつながるところからスタートする。たったこれだけ、これだけで高水準の自己投影を得ることが出来る。
それは突然足元に現れる魔法陣か、はたまた気づいたら目の前に迫りくるトラックなのか。きっかけはどちらでも良い。今の自分が、異世界に行けるという想像力をカジュアルに補間してくれるのが「異世界転生」である。
何故か。
第一に、主人公がまんま現代に存在してそうな、ふつ~~うな人物であることが重要だ。もちろん最初から古武術をマスターして、スキルを盗む能力を授かるような人外主人公もいたりするが、基本は自分を重ね合わせられる主人公である。高校生、帰宅部で友人は少ないが仲の良い親友もいる。進学はどうしようと悩む2年生。趣味はラノベ。ほら、想像しやすいだろう。
第二に、異世界転生ってほんとにあるかもしれないだろ?という、諧謔が含まれるちょっとした夢である。死後の世界なんて誰もわからんし、宇宙にある元素だってまだわからん。もしかしたらマナを利用した魔法陣は発生するかもしれないし、事故で死亡したあとには神様がスキルを選ばせてくれるかもしれない。
「異世界転生」なんてねーよ、と鼻で笑うことは可能だが、誰もそれを証明することは出来ないのである。だからこそ、現代と異世界のつながりを、「ないな」と思いつつも受け入れることが出来ているのだと、俺は考えている。
重要なことだからもう一度言うけど、「現代」と「異世界」をカジュアルにつなげる「異世界転生」は紛うことなき物語の発明である。最初にトラック走らせた人には3,000ガバスあげたい。
「異世界転生」がすごいものであることは説明した通りだ。かくいう俺も、毎日仕事帰りにはブックマーク登録しているなろう作品を消化しつつ、健気にスコップしたりもしている。本屋の棚にならぶラノベも、以前よりも増えたなと感じることはある。実数はしらん。マーケティング大好きくん調べてください。けれども、これは現代の若者云々のような下らない推論なんかによるものではなく、あくまでブームの1つだと俺は考えている。
ところで、俺は30代前半のおっさんだったりするわけだが、中学生にはじめてブギーポップを読んでこの世界に足を踏み入れた。かどちんの作品は今でも全部読んでいるけど、ハートレスレッドが俺は大好きなんだ。あの頃は「セカイ系」なるものが流行っていて、なんだか薄暗いイメージの作品が人気を集めていた。細かいこたぁいいんだよ!と言わんばかりに、世界観設定などをあえて曖昧にして、読者に考えを委ねるような作品だ。正直俺はTVアニメ版エヴァンゲリオンが嫌いである。新劇場版は好きだぞ。
まぁつまり、今とは確実に違った主流だったと考えてよいだろう。
オタクの狭い世界でいうとその後に泣きゲーがメインストリームを走り、鍵と葉をプレイしないオタクはオタクに非ず、と総括しはじめるオタクもいたハードな時代だった。その後はいわゆる「新伝奇(この言葉あんまり好きじゃないんだけどな)」と呼ばれる作品がにわかに注目を集め、PCゲーでは月姫・Fate、ラノベでは戯言シリーズ、禁書、シャナが生まれていった。まだ少し薄暗さやきな臭さみたいなものが世界に漂いつつも「物語を曖昧にしない設定」が練られた作品が多かったイメージだ。そんな中、生まれでたゼロの使い魔は最先端だったんだろう、異世界転生の走りだった。お悔やみ申し上げます。
物語のムーブメントはここでもまた変わっていたわけだ。時代時代においてムーブメントはあり、「異世界転生」もその系譜の1つであると考えても不自然ではないだろう。美味しいものがあれば、それを食べ続けたいと思うのは至極当然の話しだ。最高の自己投影が出来る「異世界転生」をひたすらむさぼるのも、ただの欲求の発露だろう。
人間は成功体験にもとづき、欲望を繰り返し続ける生き物らしい。ソーシャルゲームの初期ガチャでURが引けるのは、その辺の心理をゲームに応用している可能性があるから気をつけるといいぞ。俺はFGOに毎月1万円課金している微課金兵だから、安心していい。
1つ面白いものを引き当ててしまったら、次に何かが来るまで、同じ成功体験を求めて同じものを摂取する。それは俺が辿ってきたオタク人生を照らし合わせてみても、超主観的に正しいと主張させていただく。
正直「異世界転生」は飽きてきたんだけどな。
最後にこれも超主観的な仮説だ。
エロゲisコンテンツの頂点。SF小説isオタクの原書。ラノベis心のフレンド。最高の1冊は「天冥の標」と豪語する俺だが、最近はコンテンツの摂取にカロリーが高すぎて億劫になってきてしまった。
昔のエロゲと言えば、長いプレイ時間を経て没入感が高まり、最高のカタルシスを最後の最後にぶちかまされる、そんな作品に90点が付いたものである。ゲームもそうだ。長時間プレイするRPGは食指が伸びない、仮に触れたとしても10時間でギブアップ。本気でコンテンツと向き合うのに気力が必要なのだ。
なぜかと考えてみると、コンテンツとの向き合い方が昔と大きく変わってきてしまったことに気づく。
例えば、インターネット。不覚にも、kawangoのdwagnoが作り上げた「ニコニコ動画」は短尺でコンテンツを楽しめる世界観を作り上げた。1本5分~15分程度のユーザークリエイティブな動画が数多く投稿され、それをつまみ食いする時代が2007年くらいから始まった。当時はアイマスのXBOX版プレイ動画をただただ見ていた記憶がある。その後に初音ミクや東方、まぁニコ動周りは色々とブームが起こっただろう。id3万番台の古参だからたくさん見てきたけど、今はたまにはてブに上がる動画を見るだけである。
アニメでいえば10分尺が増えてきた。ややもすれば5分。手軽に見れる極致と言って良いだろう。あいまいみーの作品構成は完璧だった。神アニメと言って良い。
デバイスはスマホ利用がメインユースである。スキマ時間にいじって、Twitterを見たり、ソシャゲのスタミナ消費したり(最近スタミナ系減ったね)、もちろんニコ動やYoutubeで商品宣伝見たりするのも楽しいだろう。若い子ならsnowとかsnapchatとかもあるな。comicoのリライフが地味に好きだから、毎週土曜日の更新が楽しみだったりするよ。
それが気づくとスキマ時間だけじゃなく、家に帰っても弄っていたりする。これを読んでいる皆もそういうことが何度もあったはずだ。
そうやって俺たちは、気づけば「カジュアルに消費できるコンテンツ」ばかりを楽しみ、それに慣れてしまった。「うわ、これ疲れそう」なんて言いながら積んでいるコンテンツ、皆はないだろうか?俺はある。たくさんある。以前は何を差し置いても、翌日の仕事に差し支えたとしても、徹夜してでも、読む。プレイする。そんなコンテンツが、いまや時間のある時に消費するかと積み積み。
もちろん時間があればいい。気力を振り絞って得られるカタルシスが最高であれば、なお良しだ。ラノベ読んでてよかった、エロゲやっててよかった、この年になっても年1くらいで感じる瞬間だ。
でも、その時間はいつの間にか、生活を縛るカジュアルコンテンツに侵食されてしまっているのが現実である。カロリー計算をした瞬間に、さすがにラーメン二郎は無理、と避けてしまうのは年を取ったからではなく、現代の生活をカジュアルコンテンツに束縛されているからだと俺は考えている。
そんな中、最近のライトノベルやなろう小説には、カロリーに優しいコンテンツが多い。それが「安定して人気の出る作品」であるというのが持論である。(爆発的ヒットではなく、一定数さばけるという意味である)
ポイントは2点である。「期待値を裏切らない」「スキマ時間に読める」
小説はそもそもコンテンツとして消費にかかる時間が長い。ハズレを引いてしまった時の時間的損失は読み手にとってつきまとう課題である。それを解決しているのが、昨今のラノベのパッケージであると理解している。
表紙、タイトル、帯、あらすじで、中身を想像出来る。そしてそれが期待値とずれないことが重要である。大ドンデン返しみたいな疲れるものはいらない。想像した快楽を得られ、時間というコストに対して最大限のパフォーマンスを出したいのだから。なろうの作品を読む前にタグをチェックして「ハーレム」を探しているそこの君。君だよ君。
そして、ここまで何度も述べているように、カジュアルに読み進められるパッケージとして、なろうの形式は最適化されている。1話あたり5,000~10,000文字の文量は便所でうんこしながらでも読めるだろう。通勤中であれば、2,3話読むことも出来る。区切りもつけやすい。はてブで糞みたいなエントリーを読むのと同じユーザー体験で、自分が好む小説を摂取できるのだ。そりゃあ楽な方楽な方に行きたくなるのが人というものだ。
kawangoの話はラノベのくだりだけはまじで許せなかったが、大筋同意できる意見も書かれている。
つまり、ユーザーが自分の好むメディア、自分に都合のよい物語を選び始めているということです。もちろん昔から、人々は基本的に自分にとって心地よいメディアを選んできたわけですが、まだ選択肢が少なかった。ところが今は、どんどんパーソナライズ化が進んできて、自分が信じたい情報、接したい情報だけが集まってくるようにするということが、ネットを通じてできるようになったということです。
心地よい作品を得たい、これは今に始まった話ではなく昔からそうだ。それを加速したのはネットであり、生活リズムによるものだと俺は考えている。
ジョブスのせいでエロゲをまともに出来なくなったから、あいつは地獄に行けばいいと思う。まぁiPhone7は買ったけどな。
そうは言っても、先にも述べた通り、コンテンツのムーブメントはいつか終わりがくると俺は思っている。あれだけ若いオタクの間で跳梁跋扈した東方ですら空気になりかけ、俺が大好きだったKeyだっていたるんが退社するんだ。時代は流れていく。それはもう人の手では止められるものではない。
ブギーポップではじめて感じたライトノベルという時代の到来。雫、痕、ToHeartからはじまったビジュアルノベルの胎動。なろうで形作られた異世界への特異点。
生まれ、壊され、生まれ、壊され。その繰り返しの中で、コンテンツは洗練されて進化を続けてきたのだから、今を変えていくのは強烈な快感を与える新しいコンテンツでしかない。
オタクコンテンツのトップランナーであるカドカワもといKADOKAWAが、それを担わずして誰が全うするというのか。「努力できる立派な人物が主人公だと、読む側が気後れする」だって?まじで言ってんのかあんたは?
そんな下らない仮説を振りかざして、閉じたコンテンツの世界を作り上げるのがあんたらのやりたかったことなのか?違うだろう?
今のライトノベルには面白い作品がたくさんあるぞ。エイルン・ラストコード読んだか?ライトノベルで熱血ロボットとか新しすぎだろ。最高にアガる作品だぞ。正直アニメは微妙だったけど、天鏡のアルデラミンも読んでて震えるわ。風呂敷たたみ始めるの早すぎてちょっとおっちゃん心配だけどな。
あんたの会社の社員はめっちゃチャレンジしてるんだぞ。わかってんのか?
にも関わらず、トップのあんたがその斜に構えた態度でいるとか、作り手とユーザー舐めすぎだろう。看板背負っていることを、どうか自覚してほしい。一度御社のラインナップを洗ってみて、いかに自分の認識がおぽんちなのかを理解してくれ。ラノベは多様性があって素晴らしいものだぞ。
俺はあんたが作ったニコニコ動画という世界にはじめて触れた時、新しい時代の到来を感じたんだ。実際に、2000年台後半はニコ動の時代だった。コンテンツのあり方を変えた1つの要因だったことは確かだろう。
サービスでもいい、コンテンツでもいい、もう一度それを作り出すくらいの気概を俺たちユーザーに見せ続けて欲しい。閉じこもった推論だけ振りかざしていたら、そこに未来はなくなってしまうんだから。
どうか。期待しています。