2017年12月25日の日記

2017-12-25

食べるラー油をご飯にかけてチキンスープを飲む

美味すぎた。

食べるラー油にんにくがご飯に合いすぎる。

醤油ちょっとかける。

チキンスープも絶品。

スープに浮く鶏の脂が美味すぎる。

食べるラー油をかけたほかほかご飯→チキンスープ食べるラー油をかけたほかほかご飯→チキンスープ

ループ

まらん。

anond:20171225235443

男という生き物は共感求めないんだとさwww

から「男の方がつらい」←「わかるー」

は、男はしてくれないんじゃね?

anond:20171225235349

お前の中のアイドル像をその子におしけてるだけじゃん

迷惑ファン様だなあ

狭めの片側1車線の商店街

反対車線に駐禁なのに買い物のため路駐してる車あり

信号待ちでついうっかりその反対側に停めてしま

その結果、反対車線はその路駐車両の後ろに数珠つなぎ

俺悪くないよな

メリークリスマス!元気にオタクやってる!?わたしもひとりクリスマスから安心してください!(?)

メリークリスマスクリスマスですね12月25日ですね

この日ってクリスマス以上に大切な思い出、というか、大切な節目でして。

完結に言えば大好きなアニメ最終話放送日でした。そういうオタクだよーー!!!!!

今年で4年経つみたいです。

は?4年ごときで何いってんの?と思われる方達もいらっしゃるかとは思うんですけど、長く思い続けていらっしゃる皆々様につきましては、尊敬の念を抱かざるを得ません。

ただ、単純にアニメおわっただけで原作まだつづいてまーすとか、グッズ出てまーすみたいなのはちょっと話が違うので黙っててください。

毎年クリスマスだなあ、ってなるとあれから何年か…って思い出すから正直クリスマス=思い返しの日になってます

以下気持ち悪いこじらせてしまったオタクの文なので気分が悪いと思ったらすぐブラウザバック(最近使わない?)お願いします!😆

今日は、その作品の中で生きる大好きな大っ好きな推しくんとわたしの話をします。推しくんの名前はAくんとしま

シリーズもの最新作の1キャラクターとして生まれたAくんは、メインビジュアルには入らないけど主人公ライバルグループのひとり、ってそんなポジションの子です。

陰と陽でいえば陰。過去の話を描いて頂いてるんですが、友達もいなくて、陰からきな子を見つめてる。みたいなスト… ではなくとても純粋で優しすぎて、とっても不器用な(手先は超器用!)子です。〜な子って表現想像つくかもしれないんですが、年下です。知った時点で年下でした。Aくんの話はいくらしても終わりがないのでまあ辞めにして。

最終話のあと、円盤が発売されたりしてそこのサイドストリーみたいなので描かれることはありましたがそれも3月くらいまででした。それ以降は、正直なにもない。時間とともにああ、終わったんだ、その事実けが自分にかかるわけです。追っかけたいオタクから動かない作品いつまでも一途に好きでいるなんてできなくて、もちろん今も、その3月過ぎたくらいからも、別ジャンルに移動しました。でも、そのAくんを推しとして、Twitterのbioから外すことはできなくて。なんでだったのか、思い出せないけど、まだすきなんだよね。その時も、今も。今だってちゃんと活動として追いかけてるのあるけど、はそのジャンルとは全く関係ないところです。

話は戻って、4年前の12月25日。この日、Aくんの物語ストッしました。このあとも彼らは生き抜いていろんな道を進んでるの。なんて想像から語ることは簡単です。でも、私が求めているものはそれじゃなくて。その25日にエンディングを迎えたあとの話を紡げるのは公式サイドだけなんです。これだけは譲れない。

から、Aくんの時間は4年前のクリスマスの日で止まっているんです。だって続きが描かれてないから。

この事実、受け入れられますか?

作品上でキャラクターは歳を取らなくて年齢差開く(笑)とかはまあよくある話ですよね。それとは違うんです。分かってもらえなくてもいい、けどとにかく正直すごい辛いですわたしは4年も歳をとったのに、Aくんはなにもかわらない、あの日のまま。記録としてただのこっている。彼に沢山支えられた。Aくんの生き方が大好きなんだ。不器用でも精一杯なにかに挑戦できるAくんがかっこよくて大好きなんだ。時間が経てば経つほど一番くるしいときに思い出すのはその瞬間追いかけてる推しではなくAくんなんだ。尊敬、憧れ。Aくんは目立つキャラクターではなかったから、作品が終了した今、二次創作ですらいきてはいけない。でも、私の中ではずっと生きてる。だからこそ、辛い。ふとした時に自分とAくんのズレを感じる。そしてなにも変わらない自分にも腹が立つ。Aくんが毎日を生きてる日々は本当に花畑を歩いているような毎日だった。そんな幸せを思い出しただけで泣けて来る。そして、きっとAくんに頼りすぎたわたしはだめな人間になっている自覚がある。正直ありえない話なのだけれど、Aくんの片思いが実ったら、その想像をした時の嬉しい、嫌だ、嬉しい、嫌だこの気持ちの渦はすごい。ああ、これが恋か、会いたくて会いたくて震えるとはこれか、と。クリスマスがそうさせるのか、Aくんが私をそうさせるのかはわからない。でもわたしはAくんが大好き。世界で一番Aくんのことが大好き!!!

もう日にち変わりそうだからやめるね、これは今日じゃなきゃだめだから。

ありがとう これからも、たまにでいいから、たすけてくれたらうれしいな。

anond:20171225235405

先に被害者アピールしてるの割とどう見てもお前のほうだし

「私の持つ属性である女は無条件に被害者アピールが許される」というのは不思議感性

平等、公平という意識が欠落しているのか

anond:20171225234257

「女って人間関係つくるの大変だよね」「男だって大変だ。いやもっと大変だ」←「わかるー。男も大変だよね」

「女って体調の変化あって苦労するよね」「男だって苦労してる。いやもっと苦労してる」←「わかるー。男も大変だよね」

「女って家事押し付けられて嫌だね」「男だって仕事押し付けられてる。もっと嫌なことがたくさんある」←「わかるー。男も大変だよね」

こうなってほしいだけだろ

自分相手をわかろうとしないのに相手には自分を無条件にわかって欲しがるあたり似た者同士、仲良くしてろよw

anond:20171225234830

なんで人の話に対していちいち自分の方がかわいそうアピールするようなバカ相手

「男とは共感求めない生き物(キリッ)だから理解してやるのが当然」とかい甘ったれたこと言ってるのを受け入れてやらないといけないんだか。

あとね、どうしても被害者になりたいみたいだから教えてあげるけど、

この話で言いたいのはどうして何らかの被害や辛さを訴えてる人に対して自分の方がっていうのをわざわざ「属性」として偉そうに語るバカいるかってこと。

そりゃあんたはダメだろうよ、としか思えないし同情もされないのに。

今日仕事で嫌なことあったんだけど

家に帰ってきて好きな曲を聴いていたら少し元気が出た。

明日仕事で揉めてる相手に連絡しなきゃいけないんだけど、好きな曲を聴きながらでも連絡してみるかな。そうすればいくらか気が楽になるだろう。

楽しい曲を聴きながら連絡するか。

陽気に行こーや。

縄文土器

やっぱり魅力がある

岡本太郎が魅了されただけはある

カタール

anond:20171225234257

議論は求めても必ずしも共感求めないという一般的な男の性質を一切理解していないあたりお前の「わかる~」なんて所詮その程度のペラだってことじゃないか

何が「わかる」んだ?

むかし、嫁よりひと回りも若い子と不倫してた時に、勤め先の社長

不倫なんかさっさと辞めちまえ。恋愛なんかで仕事も家庭も失って人生棒に振るなんてバカ所業だぞ」

説教された。

後日その話を後輩の同僚にしたら

人生を棒に振ってもいいと思えるくらい、人を好きになれるなんて素敵じゃないですか」

と言われた。

いまだにどっちが正しいのかわからない。

不倫はそのあと1年続いた。

ジャルジャルの本当の敗因

なぜジャルジャルが勝てなかったのか、ずっと考えていてようやく答えがわかりました。今さらでしつこいですけど。シュールだったとか、感心させてしまったとか、じゃないんですよ。

 それを説明する前に、この動画

https://gyao.yahoo.co.jp/player/11153/v00019/v0000000000000001448/?auto=1&rep=2

見てビックリした、というか逆に腑に落ちたんですけど、「面白いかはともかくとにかく練習量はすごい」みたいな評価ありましたよね。あれ完全に的外れで、実はあの漫才は半分アドリブらしいですね。(9:30あたり〜)

要するに本当にあのゲームをあの場で半分ガチでやってるそうです。もちろんオチとか大事なところは仕込んであるんでしょうけど。

本当に凄すぎる。でもそうなんやろな、とすごく納得します。そういう奴らなんですよね、彼らは。で、これが敗因とも関係しているわけです。

ジャルジャル漫才に何が足りないか、というと、ツッコミです。もっというとツッコミの深さ、というべきかもしれません。

どういうことかというと、この漫才面白さのキモは二人のアホさなんですよ。こいつらどんだけしょうもないことやってんねん、ほんまにアホやな、と見ている側が心の中でツッコんで、初めて本当の面白さが湧き上がる仕組みの漫才なんです。

から、初めにそれを共有できない人は大して面白さを感じられないわけです。

で、そこで必要なのがツッコミなんです。確かに形の上では、後藤ツッコミをしていますしかし、このツッコミ福徳のしょうもない遊びに乗っかった上でのツッコミになっています。こういう遊びを面白いと思う、というところはすでに二人で共有されてしまっている。そこに対するツッコミは省かれています。多少は最初にあるんですが足りない。まあ、足りないのは「わからない人にとっては」ということで私を含めて、多くの人はそこに共感できているわけで、だからその後のやり取りが全部めちゃくちゃ面白い、と感じられるわけです。しかし、わからない人には誘導してあげる必要がある。それが漫才におけるツッコミ役割です。

他の漫才で一番近い面白さの種類の漫才はおそらく笑い飯でしょう。笑い飯漫才も一つ一つのボケがどうこう以前に、この二人がアホすぎて面白いわけです。ボケを競い合う、ということも含めて、ボケの種類も全てくだらなくてしょうもなくてアホすぎる。うまい、とかではない。そこが面白いしかし、笑い飯漫才にはほとんど必ず一個一個しっかりとしたツッコミが入りますボケた後、きちんとツッコンでから、変われ、とボケが交代する。この間のツッコミで一旦、普通感覚に戻してくれる。だから次のボケでまたしっかり笑えるんですね。

一方、ジャルジャル場合は、ほとんどツッコミがない。あるとしても、アホな二人のやり取り上でのツッコミで、普通感覚にまで届いていない。もちろん、ついていけない人にとって、という意味です。ついていける人はツッコミ不要だし無い方が面白い。そう考えると、この場合漫才というよりはコントに近いとも言えるかもしれません。アホな二人の漫才のようなやり取り、というコント。そう考えると「面白いと思えない」ということは「コントの設定についていけなかった」と言い換えることもできるでしょう。そういう人にはシュールに見えたのかもしれません。

しかし、じゃあ、これは漫才ではないのか、シュールコントなのか、というとそれも全く違うわけです。上に書いたように、これは練りに練られたネタではなく半分アドリブなんです。つまり、これはコントというより、素の二人が単に人前で喋っている、という形に近い。言ってしまえば、本来漫才面白い二人が人前でただ面白いことを話す、という漫才のものとも言えます。では、何が距離感を感じさせるか、というと、この二人の元々のアホさ、なんですね。この二人はおそらく、学生の頃からこんなことばっかりやってたんでしょう。面白いことを思いついた。で、二人でやって二人で面白がっている。ほとんど他のお笑いの影響を受けることなく、ただただ自分たち面白いことだけをやっていた。いくつかのインタビューを見てもおそらくそうなんだと思います。そういう非常に独特な出自を持つ芸人なんですね。そのような芸人が、自分たち面白いと思うことを、あまり説明無しで人に見せる。そうすると、普通の人はついていけない。アホすぎるから。なんでそんなことをやりたいと思うのかわからない。これって、多分実際に学校とかでもそういう状況ありますよね。要するにそういうことがMー1の舞台で起こってしまったのだろう、というのが結論です。それは審査員も含めて。特に関西人以外には、文化的理解しがたいものがあるんじゃないか、というのは大吉先生ラジオでの解説なんかを聞くと思ってしまます

しかし、松本には大いに受けた。インタビューを見ていると、ジャルジャルは近年の芸人の中ではダウンタウンの影響をほとんど受けていない稀有芸人です。それが、逆にダウンタウン評価される、というのは不思議でもあり、むしろ当然とも言えますそもそもダウンタウンの笑いって身内の面白さを強引に世間に広めた、というものでもあり、根っこの感覚ほとんど同じものがあるのではないか、と想像します。

からと言って、ジャルジャルはどうしたらよかったのか、というと難しいですが、もう少し受け入れられる層を広げるとしたら、後藤が初めは福徳の発想についていけない、なんでそんなことせないかん、という部分をもう少し多くして、徐々に面白さを感じ取っていって最終的に一緒になってハマっていく、という構造をとってあげれば、かなり多くの人を巻き込めた可能性はあると思います。あるいは、もう一人、傍観者としての軽めのツッコミがあっても良いのかもしれません。お前ら一体何してんねん、という程度の。そうなると、構成として近いのはネプチューンかもしれません。ホリケンと泰造が好き勝手やっているのを離れてツッコム名倉。最終的には名倉も一緒に巻き込まれしまう、というようなネタが多かった気がします。そうなるとわかりやすいと言えばわかりやすいですけど、ジャルジャルの良さは半減してしまう気もします。

THE MANZAIネタもそんな感じでしたよね。お互い自己紹介で張り合うというアホさの上に、どんどんアホさが積み上がる形式の。

2年前のネタ笑い飯形式でわかりやすかった。ので、一位通過でしたね。2本目も同じパターンだったのでインパクトが少なくて負けてしまいましたけど。正直、あれがジャルジャル漫才の完成形だったと思います。程よいシュールさを漫才形式に作り上げる、という。それを一度捨てて、新たにより本来漫才に近い形で自分たちセンスをぶちまけるネタを作り上げた。本当に凄すぎる。しかし、残念ながら受け入れられなかった。一体どうしたら良いんでしょうかね。

まあ、もう勝たなくても自分たちの好きなことを思う存分やってくれるだけで良い気もします。どうせ世間には受け入れられないんですよ、こういう人たちは、と変な共感をしてしまます

はあちゅうの本の宣伝は奏功している

ネットいくら叩かれても、NHK朝日新聞に出たんだから、そりゃ普通の人は買うよな。

書店POSデータで日別に見てみると、これまで出した中で一番売れたと思われる講談社の「半径5メートルの野望」と同じ初速を叩き出している。

その後で出した本は部数を落としていたから、新しい本は出版を渋られる可能性があったが、これで実績を出して評価回復するんだろうな。「作家稼業継続できそうだ。

anond:20171224121439

あわわ💦謝ってもっらってたのですね、そこまで思ってなかったです。

結婚問題から似ている要素のある話ではあり、こちらこそ済みませんでした。

ジャニーズ岡田君結婚も堂々報告)と、元ジャニーズ香取君。並べて書くのは時期的にまだ、ちょっとしんどいなーって思ったんです。

女っていろいろ大変だよねー←男だって~ とかいバカ

から思ってたことだけど。

「女って人間関係つくるの大変だよね」「わかるー」←「男だって大変だ。いやもっと大変だ」

「女って体調の変化あって苦労するよね」「わかるー」←「男だって苦労してる。いやもっと苦労してる」

「女って家事押し付けられて嫌だね」「わかるー」←「男だって仕事押し付けられてる。もっと嫌なことがたくさんある」

みたいな、女って~の話にいちいち「いや、男の方が」とかいい出すバカって何なんだろうね。

逆のパターンほとんど見ないのに。

どうしても女が被害者になるのが嫌なのか。

男こそ守られて当然という意識があるからの行動なんだろうけど。

おっさんパイロットってなんでコックピットに美女ヌード写真貼ってんの?

操縦中に女の裸が目に入ったらいろんな意味でかなり危なっかしいことになりそうだけど。

anond:20171225230551

自分も一緒

このクリスマスに、彼氏がいなくて寂しいとか、大好きな人に振られた、とかい書き込みをここで見ると、なんでそんなことに一生懸命になるのか全然からない

否定するわけじゃない

自分に興味がないことを一生懸命やっている人たちが多すぎて、不思議に思う

人生半分折り返し、一度も他人性交たこともない。誘われたり告白されたりはあったけど、全然興味がなくてすべて断ってきた

したいとも思わない。

あなたのように、友達と遊んで、後は一人で旅行したりゲームしたり、勉強したりすることで満足してしまっている

はいいけど老後は寂しい、と皆に言われるが、だが、老後のためにやりたくもない、興味もない恋愛をして、人と一緒に住み、結婚するのってどうなんだろう

ついつい広告の偏りが気になる

まれも育ちも関西で春から東京にきている。東京電車広告がすごいね転職転職脱毛転職。なんなの、東京人はみんなグレゴールザムザなのかい

コンドームの箱派手すぎ問題

ご家庭で廃棄するときに困るだろうが!

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