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2022-09-26

親父がオンナになって出てくって話とあたし。

 昔から家族仲は良くなかったと思う。

 反抗期思春期その他諸々が収まり何とか大人(大学卒業)になったあたしと他の関係がマシになっただけで、割と衝突は絶えない。

 特に母と父との仲は最悪だった。昔からよく離婚直前まで話が進んでおり、「我が家もついにか」と思わされたことは数知れない。

 最近は父の定年退職の後に離婚、あるいは別居という形で話が落ち着いていたのだけれど、ついに先日父が直接あたしに「話がある」と切り出してきた。

 口数の少ない父がわざわざあたしに畏まって話しかけてくるのなんて初めてだった。もう何度も思った「ついにか」を本気で思った。

 子どもを作ったら一生縛られるべきだとあたしは思わない。

 多感な思春期に片親にしないで、生活の水準を落とさないように頑張ってくれたのだと思う。

 弟も今年で大学卒業だし、自由になりたいのなら暖かく送り出してやろうと意気込んだ。

 要約するとオンナになるから別居するという話だった。ちいかわみたいに泣いちゃった。

 最初頑張ってなんか言った気がするけどなに言ったのか全然覚えていない。

 もう「わァ…ア…」みたいに本当に泣いた。人間って本気でびっくりすると泣いちゃうみたい。怖くて有名なお化け屋敷とか全然平気だったのに、新発見だった。

 泣いてたけど話は続けたかったので、続けてもらう。父親の言い分は正直だった。

「昔から自分の性に違和感があった。普通に家庭を持ったら普通になれるかと思ったけどダメだった。

 もうすぐ定年の中、いつまでも自分を抑え続けて生きていくのは自分にとってどうなのかを考えて自由になりたいと思った。

 近所で噂などが立ったら迷惑をかけるから、出ていく」

 そこまで言うかと思った。

 それってつまり、あたしたちは普通になるために利用されてきたということだ。

 けれどそばで話を聞いている母さんが黙っていたから、あたしは何も言わなかった。

 性同一性障害の診断は貰いに行って、ホルモン剤は既に飲んでいるらしい。

 脂肪筋肉だろうか?が落ちて顔が細くなったような気はしていた。

 白髪交じりの髪も真っ黒に染めて、少し長くなっていた。

 二重も前はこんなにハッキリしていたかなと思う。気付かないふりをしていたけれど、気付いていた。

 でもまさかそれがオンナになるための変化だとは誰も思うまい

 言われるまであたしは会社若いオンナでもできたのかと心配していたくらいだ。

 小四からシャーロック・ホームズが大好きなのに、なんの役にも立ってない。

 親父から聞けたのはそこまでだった。

 元々寡黙寄りなひとだし、あまり説明したくなかったのかもしれない。

 「普通に家庭を持ったら~」のくだりも多分、自分が何を言っているのか理解していないまま言っている。

 親父は追い詰められているのだと思う。抑圧されてきた被害者自分解放してあげることしか見えていなかった。

 今はLGBTも性自認ホット話題だ。

 漫画芸能人ニュース記事コメントで「(カミングアウトされた側が)なんで受け入れないんだろう。その人はその人だ」という旨の意見を見かけることは、あまりそういったことを調べないあたしでもある。

 けれど当事者になってみるとそうはいかない。いかないんだよ。

 性同一障害とは別だけれど、あたしは前にちょっとしたこと大学友達同性愛者だと知ってしまたことがある。

 結構仲が良かったかネットのひとには言えてもあたしには言えないのかとちょっとだけ寂しかった。

 わざわざ打ち明ける必要なんてないのだけれど、秘密にしていることを特別に共有されることは仲良しの証だと刷り込まれたままの、心の中の中学生のあたしが寂しがった。

 けれど同性愛者だと密かに知ったところで友達を見る目は全く変わらなかった。友達友達

 授業サボって部室でソラマメ茹でて食ってるあたしの隣で見せびらかすみたいにパスタ弁当食ってる最高の友達だった。

 正直何も変わらないと思えたことに安堵した。けれど親父は駄目だった。すぐに親父は親父だって言えなかった。ごめん。

 正直ショックを受けていることにもショックを受けている。あたしはこんなにも勝手理想他人押し付けられる人種だったのかと思った。

 あたしは親父が大好きなんだと思う。

 これ書きながらホテルで泣いてるくらい好きだ。楽観的な人間特有危険高い高いをされていた幼児の頃から、親父は自慢だった。

 授業参観の中一番背が高くてスマートで、胃腸風邪病み上がりのあたしを送り迎えしてくれた時には「(あたし)ちゃんのお父さんカッコイイ!」と同級生女子たちが盛り上がっていて鼻が高かった。

 

 目付きは悪いけれど迫力があって、年をとってもそれは変わらない。

 腕組みすると筋肉が張って強そうで、すね毛やばいけどスラリと長い足の間で『スーパーロボット大戦』のプレイ画面見ているガキの頃のあたしの写真は今でもお気に入りだ。上げていけばキリがない。

 これはあえて内容を削って外見だけに拘って書いているだけであり、エピソードも色々ある。

 色々あるから、小さい頃は結婚相手理想を親父だと答えていた。

 強要されないと子育てに参加しようとしない無関心と呼べる親父であっても、無邪気なガキには眩しかったのだ。なんでか今も変わらないのが不思議である

 あたしが恋人を作ってはドライブ中に喧嘩して山に捨てられたり口喧嘩激し過ぎて警察呼ばれかけたりしたのは親父を理想としてたからかもしれないと今だから思う。もうこの話やめよう。

 ともかく、あたしはこの理想を失う。親父は今の自分でいることを捨てたいのだ。もう見れない。

 けれどそのあたしの理想勝手ものだ。

 親父はこうあるべきという押し付けに過ぎないのだから、口に出すつもりはない。

 けれどあたしたちのために父親らしくいた日々が、あのひとにとって苦痛を伴っていたのかもしれないと考えた時はやっぱり苦しかった。

 ここのところ今まで思い出さなかったことまで思い出す。

 美容院で髪を切ったら珍しく部屋から顔を覗かせ「かわいいじゃん」とニヤッと笑ったこと。

 洗面所占領して顔面作ってるあたしの隣で歯磨いてたこと。

 安いワンピースばっか入ったショッパーの中身を床に広げていた時、一瞥していったこと。

 親父にとってあたしってなんだったのかなって思っちゃうんだよ。

 図太いことに定評のあるあたしでも流石に眠る気になれなくて、捗らないけれどジャンプ小説新人賞に応募しようと書いてた小説の続きをやってみたりして、朝になった。

 親父が仕事に出掛ける。

 「いってらっしゃい」を平気なフリして伝えて、あたしは寝るのを後回しにした。

 あたしのシフトは夜番だったから、まだ起きていてもなんとかなる。母さんが四時半か五時に起床して家族分の作り置きおかずを作ってくれることは知っていた。

 母さんはやっぱり起きていて、なんだかわかっていたみたいにあたしの部屋の前に座り込んだ。

 そして親父が教えてくれなかったことを教えてくれた。

 母さんは十九年前には知っていたらしい。

 あたしが小学一年生の頃だと思う。

 当時スーツクリーニングに出そうとクローゼットの整理をしようとした時、女物のウィッグワンピース冗談ではない数出てきたらしい。

 会社忘年会に使うようなものではないことは明らかで、もしかしたら男が好きなのかもしれないと泣いたのだと言う。

 十九年前は今のように女装癖だが性自認は男といった場合もある、などと言った情報簡単に調べることはできない。

 オカマオカマ、オナベはオナベ、母さんにはその程度の知識しかなかった。

 すぐに親父に連絡して問いただしたら「ただの趣味なのだと言われたらしい。

 母さんはやめろとは言わなかったが「子どもたちはこれから多感な時期に入る。隠してくれ」と頼んだそうだ。

 おそらくその時の女装道具は親父の手によって捨てられた。

 最初最初なので母さんは女装癖が高じただけではないかと少し思っているみたいだったけれど、そこは問題じゃない。

 問題なのは、親父が自分をどう思っているかだ。親父がなりたいならなりたいんだろう。

 それから近年に入って女装はしていないが、日本では認可されていない薬(女性ホルモンの働きを促す錠剤)をネットで買って飲んでいた。

 副作用で血管が詰まりやすくなると知って恐ろしくなった母さんが正式病院に通わせるようにした。

 間にも何やらあったようだけれど、まあそうした流れを踏んであたしたちに打ち明けたらしい。

 最近は好きな男がいるかもしれないと思っているけれどそれはセクシャル過ぎて聞けないし、夫婦仲も年々悪化していく一方だから、もう限界だろうと。

 母は泣いていなかった。平気な顔して「まさか(弟)の方が平気でアンタの方が泣くなんてね」と笑った。「あんたお父さん大好きだったもんね」とまで言った。

 デカくなってから口に出したことはないのに見抜かれていたのだと思った。また泣きそうになった。

 母さんは悪い意味で凄まじいひとだ。

 我が強く元々ヒステリックな質なので、甲高い声で怒鳴る。

 大学の頃友達の家で鍋パしようとした時には帰りが遅いと鬼電掛かってきたのをとったら怒鳴り声が漏れしまって、会を一瞬お通夜にしてしまたこともある。

 “殴られたら殴り返す”を座右の銘にしていたクソガキなあたしと母さんの教育制裁とで殴り合いになったこだってある。

 もうあたしは落ち着いたものだけれど、今でも大学四年生の弟や親父との怒鳴り合いはちょこちょこ行われている。

 頭に血が上ると手が付けられない、感情で生きているひと。

 口論になった時は義務教育の敗北を感じることもあるくらいハチャメチャだった。

 話を逸らして自分の強い土俵(家事全般を未だに引き受けてもらっているので頭が上がらない)に持っていき、怒りが収まるまで口撃し続けるのをやめてほしい。

 そういう生き方からガキの頃のあたしとは最悪の仲だったし、弟と父からは嫌われている。

 それでも今までやっていけていたのは、母が狂気のひとだからだと思う。

 母は片親だった。祖母祖父が非常に仲が悪く幼い頃に離婚したため、祖母と妹と三人で暮らしていたらしい。

 苦労したと言う。

 経済的にも、色々。

 専門学校は楽しかったそうだが、大学を出ていないことを負い目に感じていた。

 親父と結婚する時には、父方の祖父母に片親なことを猛烈に批判され、別れろと言われて破局寸前まで行っていたらしい。

 片親なことで苦労してきた人生から子どもたちは決して同じ目には合わせないと常日頃から豪語していた。そこから狂気が始まった。

 十九年前からの親父の件もそうだけれど、ウチは色々問題が多い。

 あたしの場合高校生の頃に自殺未遂をしている。

 父方の祖母が首を吊って死んだから、あたしもそうしようと思った。

 クローゼットの梁にベルトを掛けて踏み台を蹴った。

 思ったよりベルトが長くなってしまって短くしたかったけれど足はつかなくて、絞まってきた辺りで母さんに発見された。

 あたしのこと抱っこするみたいに持ち上げて叫ばれた時情けなかった。

(いい話風に言っているけれど母さんはあたしが高校に登校する直前、拒否反応で発作的に吐いてしまった時本気でぶん殴った。

 掴まれ廊下引きずられて放りだされたけどゲロは片付けてくれた)

 自殺の原因はクラス男子の誤解から始まったいじめだった。

 不眠症うつ病(今は双極性障害二型)を診断されて、今も治っていない。

 時々ひどくなって寝込んだりするし、色々ある。社員には到底なれないか大学を出て数年経った今もフリーターだ。

 自殺未遂の後は申し訳ないことに常に家族に緊張感があった。

 なんとかそれが落ち着いて、あたしが一年自宅療養の末に大学に進学し、弟も続く。

 そうしたら今度は弟がアムウェイにハマり、終わったと思ったら詐欺事件を起こしてくれた。当時流行った持続化給付金詐欺だった。

 親父が封書を見つけてあたしが間に入り、母さんに伝えた。

 両親揃って弟を詰め、翌朝警察自首させた。結果前科はつかず前歴だけついたのだが、当時は弟を放り出すか放り出さないかで少し揉めた。

 弟と仲が悪いわけではないけれど、その時のあたしは自棄になってこれ以上のことをされたら困ると放り出す派だった。

 親父に至っては既に絶縁の仕方についてスマホで調べていた。ただ母さんだけが弟の味方だった。

「帰る場所がなくなるのが可哀想。見張ってないとなにするかわからない。大学卒業までは家に置く」

 この期に及んで可哀想なんて言うとは大物過ぎる。

 言っている意味はわかるけれど、弟の性格を考えると当時は本当に前科者が身内から出るリスクが高すぎると思った。

 「殺人しても受け入れるのか」と聞けば「怖いし何考えてるのかわからなくなるけど、受け入れる」と言う。母さんは涙を流して言った。

だって家族じゃん。受け入れてあげないと」

 理解できない人種だ。

 あたしは呆れた顔で「あたしは親じゃないから好きにして」とその場を離れることにした。

 母さんはその後残った親父を何とか説得したらしく、お務めせずに戻ってこられた弟は無事我が家の敷居を跨ぐことができた。

 その後もたびたび事件にはならない程度の問題を起こしては母さんと喧嘩しているけれど、無事である

 そうした出来事を思い出しながら今回の親父の件を聞いて、あたしは母さんに対する理解を越えた何かにようやく名前を付けられた。狂気だ。

 とっくに崩壊している家庭を一つの家に何とか収めているのは、このひとが“両親の揃った家庭”に“家族”に拘り続けているからだった。

 あたしが「死にたい」とこぼしていた頃に我慢して聞いて、親父の秘密を抱え込んで、弟の刑がどうなるかわからないとソワソワした頃を乗り越え、

 毎日のようにあたしか弟か親父とやり合って「お母さんもそろそろヤバイよ病んじゃうよ」「最近更年期ひどくて……」なんて言いながら嫌われ疎まれながら毎日四人分の家事こなして

 元気に犬の散歩まで行って弟に大学出てないくせにって馬鹿にされたか通信放送大学卒業して土日はパートに行っているこのひとなんなんだろうなと笑ってしまった。本当狂気だよ。

 母さんが途中で挫けていればあたしはあの日かその後の再チャレンジで死んでいる。

 帰る場所のなくなった弟はまあ間違いなく自棄になるので今度こそ塀の中に入ったかもしれないし、大学は確実に中退になっていた。

 離婚していれば今の家にはもう住めていないし、時期によってはあたしたちを支えた犬猫とは出会えなかった。

 険悪すぎる、ほぼ崩壊している家庭だけれど、今の生活繋ぎとめているのは母さんだ。

 親父は抑圧されていたのかもしれないけれど、『トップガンマーヴェリック』が本気で面白いからって語ったら元祖の『トップガン』を何度も見たという話をしてくれたのは最近だ。

 ソーシャルゲームの『マギレコード』を好きになってストーリーについて二人で話したのも最近のことだ。

 なにより親父が「お母さんは嫌いだし弟とは縁を切りたいけど、お前のことまで見捨てるつもりはない」ってある日突然打ち明けてくることもなかったかもしれない。

 今の状況は良くも悪くも本当に母さんのおかげである

「なんか偉そうになっちゃうけど言葉見つからいからそのまま言う。ちょっと見直した」

 母さんはちょっとびっくりした顔をして、シャッター押される瞬間に目つむった人みたいに笑った。

「嬉しー! アンタ滅多にひとのこと褒めないからね」

 そうかもしれないとその時初めて気付いた。

 友達相手にはできるだけ口に出しているのに、家族にはあまり言ったことがなかった。

 良くも悪くも正直なあたしが作り置きのおかずをなんとなしに「美味い」って言ったら大袈裟に喜んでた理由がようやくわかった気がする。

 イカレてると思ったことは数えきれないし色々あったので毒親チェックリストスマホで調べて確認して伝えたこともあるし、

 このひとがいなくなったらあたしはこんなにキレたり泣いたりしないで済んだのにと考えたこともあったけれど、初めて親相手に後悔した。

 親父相手にじゃなかった。なんであたし母さんのこと認めてこなかったんだろうって本気で思った。あたしもあたしで必死だったけれど、もっと報われるべきひとだった。

 「親父が『普通になるために家庭を持った』って言った時、利用されてたって驚いたけど、母さんが何も言わなかったからあたしはなにも言わなかった」と伝えたら

 「いいこと言うー! それお父さんにも言って!」と喜んだ。やっぱり感情で生きている。後先のことを考えられていない。あたしが親父にそれを言ったら完全に断絶だと思う。

 ホルモン剤で多少情緒不安定になることがあるらしいしその傾向は正直あると思う。

 元々デリケート話題なのも相まって、なにで親父が傷つくかはほぼ手探りだった。母さんほどズケズケは行けない。

 そうやって母さんのことを思い出し笑いしながら、ちょっと落ち着いてまた親父のことを考えた。

 ていうか折角好きなゲームオーケストラ聞きに来ているのに親父の下半身のことを考えていた。ちょこちょこ涙があふれた。

 おかげで始まる前から死ぬほど感極まっているひとになっていたと思う。マジで近寄りたくない。

 ともかく、枕元に性転換手術についての資料があるらしいから今すぐではないにしろ親父は本当にオンナになりたいんだと思う。

 アレがなくなって、見た目が変わって、あたしは親父を愛せるかを考えた。愛せるなって思った。

 でもあたしは涙もろいから泣いてしまうと思う。

 『ロンドンゾンビ紀行』でおじいちゃんゾンビ吹き飛ばし生還したシーンだけで泣いてしまえるタイプだ。原因は何であれ、きっと泣く。

 けれど親父からしたら涙脆いからっていうのは理由にならない。折角あたしには会うって言ってくれているのに台無しになる。

 “本当の自分を受け入れなかったひと”のくくりにあたしは入ってしまう。もう入っているけれど、その日の断絶はたぶん決定的だ。

 ひとは決断に迷った時、自分のされてきたことを思い出すのかもしれない。

 思い出すのは母さんと揉めて珍しく正義があたしにある時「オマエは間違っていない」と味方でいてくれたこと。

 僻地への合宿で一時間に一本の電車を逃して泣きついたあたしを、キレながら車で送ってくれたこと。

 二日酔い酷くて電車乗れなくてずっとゲロ吐いてるあたしをキレながら迎えに来てくれたこと。あたし最低すぎる。

 そして何より、うつ病やって“普通”になれないあたしを肯定してくれた。

 受け入れてもらったら受け入れなければならないわけではないけれど、あたしは親父を否定したくなかった。

 どう考えても時間必要だった。考えて考えて考えて考えてどうでもよくなるまで考えてからじゃないとあたしはきっと親父を傷つける。

 ひとりよがりだけれどあたしはそれがすごく嫌だ。それにあたしも答えが出たつもりになっているだけで、あとから思うことが出てくるかもしれない。

 失うことになったせいで補正が掛かっているかもしれないこと、思い出が美化されているかもしれないこともわかっている。

 そして普段にも増して涙脆くなっていることは、あたしがまだ勝手にショックを受けている証拠だった。

 親父はうちのボケ老犬が寿命を全うするまで、もうしばらくは家にいてくれる。

 だから今は「おかえり」と「いってらっしゃい」を普通に言って、落ち着いたら好きな漫画とかの話をしてみようと思う。

 少年漫画特殊能力の強い弱いとか、来週の展開の予測とかそんなオチもなんもない話をしたい。創作物ってこういう時本当偉大だ。懸け橋にも味方にもなってくれる。

 あたしは馬鹿なので不謹慎でも笑い飛ばせる人間だ。

 例えば弟が自首する時に母さんに深刻そうに「なにもってけばいいと思う?」と聞かれて「知るわけないだろ」と笑ってしまった。残念ながらあたしに自首した経験はない。

 仕方なくスマホで調べたら留置所持ち込み不可リストみたいなのが出てきてまた笑った。気が早い。

 自首することは別に拘留されることとイコールではなかった。そうやってニヤッと笑って、まあなるようになるかと気を持ち直す。そうしたら(全部母さんのおかげだけれど)本当になんとかなった。

 今回も親父の一件であたしは「対腐女子相手禁止カードを手に入れてしまった」と想像してニヤッとした。

 あたしは元々BLが苦手なので、今度から一方的に語られた時などに「親父がオンナになって出て行ってるから、生生しい話はちょっと……」とつらそうに言えると思った。

 ひとの心があれば謝ってきてそれから疎遠になる。多分一生使わない。

 そうやってニヤッとできたのだから、今度もまあなるようになる。

 あたしは両親どちらかを支持することはしないで、二人とも尊重したいと思う。

 ガキの頃言ってこなかったせいか今になってこういうことになったからか、あたしは二人が大好きだと今気付いた。お恥ずかしい話。


 けれど真面目な話。ここでお金問題が浮上する。

 文字数入りきらん記事わかれた https://anond.hatelabo.jp/20220926234949

2022-07-22

疲れませんか

俺は疲れました。

多分恵まれ人生です。

中産階級の家庭に生まれて、食べ物や着る服に困ったことはありません。受験のための塾代や、その結果通うことになった私学の高い学費も親が全部出してくれました。

両親も祖父母もまともで、どちらかと言えば教養に富んだ人達です。暴力を振るわれたりなんて、1度もありません。ああ、それはちょっと嘘でした。一度だけ、ピアノ練習に飽きてしまピアノの前で寝そべりながらただをこねる俺の頬を父が引っぱたいたことがあります。でもそれだけです。暴力肯定するわけではありませんが、家庭内の躾の範疇に収まる話だと思っています

友人も、友人と言っていいのか分からないけど、俺が一方的に友人と思っている人物も好人物ばかりで、俺みたいなのに声をかけてオンラインゲームカラオケに誘ってくれます

多分、俺みたいな生活すら出来なくて苦しんでる人達は沢山いるのでしょう。アフリカの恵まれない子供たちでなくとも、この日本にはきっと俺より苦しんでる人がいます

ニュースでも見ました。親が宗教にハマっていたり、DVに晒されていたり、奨学金の返済に苦しんでいたり、日々暮らすだけの食い扶持にすら苦労している人がいるそうですね。

すごく可哀想だと思います。なにかしてあげたいけれど、何ができるかよく分かりません。

俺は大学生で、そこまで金を持っていません。ボランティア活動もどうやったらいいか分かりません。コミュニケーション能力が低いので、あまり人と関わるのを避けて生きてました。人を喜ばせたいと思っても、慰めたいと思っても、なんて言えばいいのか分かりません。人と話せはするのですが、自分でもよく分からないタイミング言葉に詰まってしまうことが多々あります言葉を紡ぐのは嫌いじゃないんです。日記を書くのは楽しいです。でも瞬発力がないので、テニスラリーと同じくらい会話が下手くそで、いつしか苦痛になっていました。そんな人間なので、ボランティア活動みたいな崇高なものには手を出さず、バイトで稼いだ金を思い出したように募金するのが精一杯です。

よく分からないけれど、俺がコンビニ募金箱に入れる釣り銭がなにかの役に立っていたらいいなと思います

俺は疲れました。

将来は何がしたいの?

そう聞かれる度に俺は真綿で首を絞められるような気持ちになります

俺は何がしたいんですかね。よく分かりません。

趣味読書映画鑑賞です。別に読書家でも映画マニアでもありませんが、平均と比べればそれらに多く触れている方だと思います。週に1冊は小説を読みますし、月に数冊漫画を買います。2ヶ月に1度くらいは映画を見るので、元が取れるからTOHOシネマズの会員です。よく笑い、よく泣く方です。最近ではスパイダーマンNWHで号泣しました。

でも別にそれらを職業にしたいと思いません。物語なんて書けないし、接客も上手く出来ません。

でも親族はこんな俺に期待しています

俺が進んだ大学が少し知名度のある大学からでしょう。運良く俺は中学受験成功し、そこからエスカレーター式に大学へ進学しました。大学入学を祝って身内からかかってきた電話の喜色に満ちた声を覚えています。彼らはなんの悪意もなく、ただ俺の未来に期待しています

幼い頃は弁護士になりたいと言っていました。本当は名探偵や怪盗になりたかったのです。夢水清志郎と怪盗クイーンシャーロック・ホームズに憧れていましたが、小生意気なガキだった俺は、それらが存在しないことを知っていたので、周囲に喜ばれる職業を触れてまわったのです。

弁護士になるんだろ、と言われていたのは中学生の時までです。それ以降はやりたいことをやりなさいと言われるようになりました。少しずつ将来に疑問を持ち始めた俺を気遣うように、それでも親族肯定して応援してくれました。

今俺は大学生です。本当に申し訳ないのですが、かなりのクズ野郎です。

虚言癖があります。嘘をつくのは嫌いな方だと、そう思っていました。しか自分でも無意識のうちに見栄を張るための嘘をついては、その日の夜に自室のベッドの中で後悔します。

先延ばし癖があります。提出の課題は完成度60%で締切二分前提出か、もしくは1週間近く遅れて提出します。テスト前の詰め込み作業すら先に延ばすので、とうとうまともな成績は取れなくなりました。昔は、小学生の頃は、平均点より上どころか満点に近い答案を持ち帰っては「別にこれくらい普通だけど」みたいな顔をする小生意気なガキでした。親も喜んでくれていました。今では成績表が送られてくるたびにずらりと並ぶCやFの文字を見て、遠慮したように「卒業目標にしようか」と言ってくれる母に本当に申し訳ないです。

約束を守れません。先延ばし癖の亜種だと思います友達と交わした集合時刻を守れた試しがありません。酷いときには存在を忘れます申し訳ないのでそういうときは後日飯を奢ったり何かの形で詫びをしますが、そんな人間と縁を切らずにいてくれる友人たちには頭が上がりません。

何かのために特別努力をすることができません。

わかってます自分を甘やかしているだけだって

でも俺はなにかに熱中したり、さんざん苦労して何かを掴み取るということが出来ません。ダイエット勉強のような、目に見える成果がすぐに現れない事柄に対して、まるで集中力を示せません。唯一小説映画のような物語の中に入り込んでいるときだけは無類の集中力を発揮できますが、他人が作り上げたコンテンツを消費するとき集中力なんてなんの取り柄にもならないと知っています

将来の自分想像できません。資格専門性のある知識もなく、愛嬌人徳もありません。

看護師である母のような、人の役に立つ仕事尊敬していますが、自分にはそんなことは出来ません。

変に理屈っぽく、でもどこか夢想家で、コミュニケーションが不得意な社会不適合のクズが、どうやって生きていけばいいのでしょう。

漠然と、「生きていたくない」と思います

色々なものに対して申し訳なく思います

俺を産んで愛して育ててくれた母に、土下座して詫びたいと思います。俺がこんなにカスなのは俺の責任であって、あなたは何も悪くないんだと言ってやりたいです。

なんのために生きているのかよく分かりません。ひとつなぎの大秘宝の謎や工藤新一毛利蘭が再び高校生になって幸せに暮らせるのかどうかは気になりますが、別にそのために明日を生きようとは思いません。

友人とやるマインクラフトやAPEXは楽しいですが、別にそのために明日を生きようとは思いません。

小説映画は好きですが、別にそのために勉強や、ゆくゆくは就くであろう仕事に精を出そうとは思えません。

なんとなく、惰性で、もしくは慣性で生きています

俺が死ねば誰かの命が助かるのなら、今すぐにでも死にたいです。俺の臓器は多分健康なので、太り気味で多少脂肪がつきすぎているかもしれませんが、俺よりも生きたい人の役に立てるのならあげたいです。他人の役に立ちたいという気持ちもあります。でもそのために自分が骨を折ったり努力するのは嫌です。最低ですね。知ってます

俺がまだ死んでいないのはひとえに母親のためです。世界で最も俺を愛してくれた母親に、お前の子供は自分人生無意味と断じたのだ、などと突きつけたくないのです。愛してくれました。大切にしてくれました。俺がクズすぎて、彼女の愛を生きる理由に変換できなかっただけです。もしも母がいなければ、俺は既に何らかの手段能動的に自死を試みていたかもしれません。

母親には幸せになってほしいです。でも彼女のたった一人の子供がこんなクズ可哀想です。だから早く死んで楽にしてあげたいけど、自殺するような子供を持たせるわけにもいかないのでまだ死ねません。長生きしてほしいけど、早く死んでほしいと思います。最低ですね。知ってます

精神衛生に良くないと知っていて、ヤフコメTwitter匿名掲示板などを眺めてしまうことがあります

政治ジェンダーの話は特によく眺めます建設的な討論をしている人たちに混じって、明らかに知性の劣る人間が(もしくはそれに擬態した悪意ある知性の持ち主が)議論を掻き乱しているのを見て苛立ちます。そんなことしか考えられない脳で、恥ずかしげもなく生きていられるなといっそ感心すら覚えます。そしてそんな考えを持った自分を恥じます。蔑まれるべきは俺の方なのですから

善く生きようとしました。俺の家は父の影響でややキリスト教が主流なのですが、それとは無関係だと思います。せいぜいが食前のお祈りをするくらいです。献金とかも無いですし、俺はもう日曜に教会にも行っていません。父が目を閉じて食前の祈りを捧げている間に、俺は目を開け足を組んで食後にやるゲームのことを考えます。俺に信仰はありません。俺には神様必要ないと思ったので、父の信仰尊重しますが、天国に行くために善く生きようとは思いません。それでもできる限り理性的に、誠実に生きようとしました。物語登場人物に憧れたからです。でも俺には出来ませんでした。こんなクズになってしまいました。

疲れました。俺より疲れている人がいるのに、俺がこんなことを言うのは間違っている気がしますが、それでも俺は疲れました。

明日も、また明日も俺は生きるのでしょう。この果てしなく続く鬱屈を抱えて、死ぬ死ねずに息をするだけの日々を送るのでしょう。

もしもこんなポエムじみたクソ文章をここまで読んだ人がいたら、あなたがなんのために生きているのか教えてほしいです。

参考になるかは分からないけれど、もしかしたら俺が見落としていたものがあるかもしれません。

よろしくお願いします。

2022-06-07

anond:20220607102208

アクションシーンが欲しいというより、

私立探偵ものだと「警察に頼らず犯人を捕まえる」くだりがあるから

必然的になにかしら暴力必要になる。

シャーロック・ホームズ明智小五郎武闘派だっただろう。

それで探偵役が体力のないタイプだと、暴力助手に委ねられることになると思われる。

それほど発想に飛躍はないと思うので、探せば何かしらありそうな気がする。

でも新本格ブーム以前だと、警察ものスパイもの、あるいは社会派が多くて、

あんまり名探偵助手」というタイプは少ないのかな。

そこらへんはマニアに聞かんとわからんね。

2022-03-25

anond:20220325121341

それは逆に「説明しないで巧みに匂わせていく作り」の作品を名作やと判定しとるだけやないか

スターウォーズとか初っ端から長文で背景設定を説明していくけど名作判定しとるか?

シャーロック・ホームズが長々と推理を垂れ流すのもちゃんと受け入れとるんか?

2021-10-06

常識人狂人とバディ組んで最終的に

常識人がいつのまにかちょっと狂ってた系の描写がある作品が好きで探していますです。

バディを一旦解消して日常に戻るも仲間から異端扱いされてるとよいです。

更に言うと常識もやっぱり兼ね備えててきちんと挨拶お礼謝罪が言えて共感を覚えるときが好きです。

ヘルシングとかシャーロック・ホームズとか

2021-09-20

ものすごくいい加減なディズニー映画史

ディズニー映画に埋もれた名作などというもの存在せず、有名なやつは出来がよく、無名なやつは出来が悪い。

以下、備忘録をかねてウォルト・ディズニーアニメーションスタジオ制作長編アニメ映画史を概観したい。

メイクマインミュージック』以外はディズニープラスで全部見れる。

1. ディズニー黎明期白雪姫』(1937年からバンビ』(1942年)まで

おすすめ作品:『白雪姫』『ファンタジア』(ミッキーのやつだけ)『ダンボ

ディズニー長編アニメ歴史アニメ史に残る傑作『白雪姫』とともに幕を開ける。この作品はとにかく作画が凄まじく、戦後日本人が衝撃を受けたという逸話も納得の出来である著作権が切れているのでYoutube等でも見れるが、できるだけきれいな画質で見たほうがいい。7人の小人たちの非モテ自助コミュニティ描写ピカイチで、増田を見ているような人々は目を通しておいて損はないと思う。

ディズニー映画はこの頃から一貫して「教育的で」「社会的にただしいとされる」物語を描こうというはっきりとした意思を見て取ることができる。そのため、作品の背景には常に制作された時代価値観垣間見える。

例えば『白雪姫』の3年後に公開された『ピノキオ』では、主人公ピノキオを導く良心象徴としてジミニークリケットという名前コオロギが登場する。この「ジミニークリケット」という名前ジーザスクライストの言い換え語らしく、つまりここでは創造主の似姿として作られた人形が様々な誘惑と戦いながらも最終的にはイエス・キリストに導かれ、ただしい人間性を獲得するという物語が展開されるわけだ。

ピノキオ自体は退屈な作品ではあるものの、歴史時代背景を含めて見ていくと別の発見があり、それはそれで豊かな体験である。ちなみに当時のディズニー自身はむしろできるだけ宗教色を薄めたいと思っていたらしく、この辺は社会要請されてやむなくという側面が強いのかもしれない。

ほか『ファンタジア』中の「魔法使いの弟子」と『ダンボ』は見ていて単純にたのしい良作。『ダンボ』のお母さんの健気さは泣ける。

2. 最初の低迷期 『ラテンアメリカの旅』(1942年からイカボードトード氏』(1947年)まで

おすすめ作品:なし

バンビ』のあと『シンデレラ』まで長編物語映画はなく、とくにおもしろ作品はない。とはいえ日本人としては、バリバリ総力戦をやりながらアニメを量産していたアメリカの国力にむしろ驚くべきかもしれない。

この頃の作品群には「丁寧な植民地主義」とでも呼ぶべき傾向があり、具体的にはアメリカ開拓時代の美化とラテンアメリカへの観光的関心、キリスト教的な価値観三位一体となった教育映画制作されている。この辺はおそらく当時のアメリカ外交安全保障戦略と密接に結びついており、いわばアメリカ流の国策映画だったのではないだろうか。

丁寧な植民地主義的な傾向はこの後も非常に根強く、形を変え品を変え、ディズニーらしさの1つの要素として受け継がれていくことになる。

3. ディズニー復活期 『シンデレラ』(1951年から眠れる森の美女』(1959年)まで

おすすめ作品:『ふしぎの国のアリス』『眠れる森の美女

シンデレラ』は物語の大半を出来の悪いトムとジェリードタバタ展開が占め、あまりおもしろくはないもの興行的には大成功を収め、低迷期の脱出成功する。

眠れる森の美女』は『白雪姫』以来の超絶作画であり、これ以降の作品と見比べてもダントツクオリティが高い。一方で興行的には制作費の回収すらできず、総じて失敗作と見なされたようだ。ディズニー作品作画技法は『眠れる森の美女』でひとつの頂点に達し、以降はべつの方法論を模索していくことになる。

ほか『ふしぎの国のアリス』のチェシャ猫や芋虫悪夢的な描写は見たものに強いインパクトを与える。一方で登場人物にだれ1人としてまともに会話の通じるキャラがおらず、集中力の維持が非常にむずかしい作品でもある。

ピーター・パン』では全能感と成熟の拒絶というYoutuberの原型のようなヒーロー像が描かれる。ピーター・パン症候群とはよく言ったもので、本家ピーター・パン未成年淫行炎上する未来を強く予感させるキャラクターだった。

わんわん物語』では都市自由謳歌していた野良犬ペットとして不自由幸福を手に入れて物語が終わる。ここで描かれるペットたちのむき出しの奴隷根性は、前述の植民地主義無関係ではない。『ピーター・パン』『わんわん物語』ともにおもしろくはないが、それぞれ見どころのある作品となっている。

4. えんぴつ作画期 『101匹わんちゃん』(1961年からくまのプーさん 完全保存版』(1977年)まで

おすすめ作品:『101匹わんちゃん』『くまのプーさん 完全保存版』

眠れる森の美女』のアーティスティックで洗練された描線から一転、『101匹わんちゃん』以降はえんぴつで描かれたかのようなラフ描線作品構成されていく。『眠れる森の美女』以上のものを作り出すことが現実的不可能であり、見劣りを避けるという意図があるのか、あるいは端的に制作資金が枯渇しただけかもしれない。

技法的にはやはり『くまのプーさん 完全保存版』でひとつの完結を迎え、以降ディズニー映画は再び模索と低迷の季節を迎えることになる。

『おしゃれキャット』は金持ちペット使用人をブチのめす話で、一方『ロビン・フッド』は貧乏人が金持ちをブチ殺す話だ。この時期のディズニー節操のなさがすごい。

5. 模索時代ビアンカの大冒険』(1977年からオリバー ニューヨーク子猫ものがたり』(1988年)まで

おすすめ作品:『オリビアちゃんの大冒険

この時期の作品群の特徴を一言で言い表すならば、「リアリティへの接近」ということばになるだろう。それは一方では作画技法への3DCGの導入というかたちで現れ、他方で物語上では善と悪の単純な二項対立の脱却が図られることになる。

前者は『コルドロン』の奥行きのある大胆なカメラワーク作画法、『オリビアちゃんの大冒険』『オリバー ニューヨーク子猫ものがたり』での部分的3DCGの導入に見られる。後者は『きつねと猟犬』での人種対立メタファーとして描かれた動物間の争いや、多人種共生する複雑な現実を猫の姿を借りて描いた『オリバー ニューヨーク子猫ものがたり』に象徴である

『きつねと猟犬』はこれまでのディズニー作品に見られた家畜たちの奴隷根性を初めて批判的に描いた作品であり、『オリバー ニューヨーク子猫ものがたり』と合わせて「社会的にただしいとされる」物語像の変容を見て取ることができるだろう。ただしこの時期の作品群は総じて地味で魅力がない。どうやら創業者ウォルト・ディズニーの死や主要スタッフの大量離脱の影響があったようだ。『コルドロン』は興行的にも大コケし、ディズニーの低迷を象徴する作品となった。

シャーロック・ホームズ翻案であるオリビアちゃんの大冒険』がかろうじて見ていられるという程度で、単品の映画作品としておもしろものは少ない。『オリビアちゃんの大冒険』では、冒頭からネズミ女児パンチラという一体どこに需要があるのかわからない謎サービスカットがあり、視聴者集中力が乱される。

6. ディズニールネサンスリトル・マーメイド』(1989年からターザン』(1999年)まで

おすすめ作品:『リトル・マーメイド』『美女と野獣』『アラジン

この時期ディズニー批評評価興行収入の両面で復活を遂げ、一般に「ディズニールネサンス」と呼ばれているらしい。本稿でもその表現に従う。

しか作品クオリティ過去10年とは比べものにならないほど高く、ルネサンスと呼ばれるのも納得の時期である。一方で技術革新価値観の変容は停滞気味で、歴史の流れとしてはさほどおもしろくないというのが正直なところ。ルネサンス言葉通り、ある種の保守回帰時代に当たる。

おそらくこの時期、真に革新的だったのは、作品の表層に現れる技術テーマ設定ではなく、安定して高品質作品を量産する社内の体制組織づくりの技術にあったのではないか

個別作品として語れる部分は非常に多く、『リトル・マーメイド』は作画がよく、『アラジン』は見ていてたのしい。

美女と野獣』でははっきりと他者理解テーマに打ち出し、また女性主人公男性から求婚を拒絶する主体性を獲得するなどプリンセスものとして出色の出来栄え他者尊重することを覚えた野獣が救われ、他者存在最後まで容認できなかった村のヤンキー破滅する。主人公読書好きでヤンキーと話が合わないインテリとして描かれる点も珍しい。ただしこの他者理解プリンセス側に一方的負担を強いるかたちとなっている側面が強くあり、なかなかむずかしい部分もある。

ポカホンタス』は白人によるアメリカ侵略植民地化を矮小化し美化するかなり最悪のお話で、案の定ネイティブアメリカン民族団体にかなり怒られたようだ。引き続き怒られてほしい。

ターザン』もインディアンゴリラに変えただけで『ポカホンタス』とほぼ同類型のお話ではあるが、最後白人研究者たちがゴリラ部落に居残ることでギリギリバランスを取っている。ここにはターザンポカホンタスの男女差が絡んでおり、単純にターザンのほうがいいとも言いがたい。

ノートルダムの鐘』は強引にハッピーエンド化されているという不満はあるものの、子供向けの大作映画障害者活躍を描いた点は積極的評価されてよいだろう。そもそもディズニー作品には『ノートルダムの鐘』以外にも障害者がやたらとよく出てくる。アメリカ社会には障害者積極的に受け入れる土壌があるからできるのだとは思うのだが、日本コンテンツおよび社会全体でも頑張ってほしいポイントである東京ディズニーランドでもべつに障害者見かけないし。

そのほか『ムーラン』『ターザン』ではそれぞれ3D技術進歩を見て取ることができる。

7. 3Dへの過渡期 『ファンタジア2000』(2000年)からホーム・オン・ザ・レンジ にぎやか農場を救え!』(2004年)まで

おすすめ作品:『リロ・アンド・スティッチ

みたび低迷期である。『ダイナソー』に代表されるように3D映画への本格的な移行が始まり2D映画最後の全盛期に当たる。

作品としては『リロ・アンド・スティッチ』がずば抜けてすばらしい仕上がりで、商業的にも大成功を収めた。『リロ・アンド・スティッチ』は王子様に救われるというプリンセスもの物語類型とは異なる、弱者同士が助け合う疑似家族モデルを明確に示した重要作品である

自分欲求をうまくコントロールできない少女リロと、破壊衝動を植え付けられ誕生した人工生命スティッチが、貧困家庭ネグレクト問題SFアクションを背景に成長していく姿が描かれる。キャラクターデザインはかわいらしく、作画からかい小ネタに至るまで非常に丁寧に作られており、娯楽作品としてもすばらしい。リロの姉・ナニの恋人もいいヤツで好感が持てる。

残念ながらディズニー映画ではこのあと疑似家族的な想像力は発展せず、プリンセスものという旧来の枠組みのなかで無理やり「価値観アップデート」を図ることになっていく。

アトランティス 失われた帝国』はディズニー映画には珍しく人がバンバン死ぬ作品で、ふしぎの海のナディア宮崎作品みたいなものアメリカ人が真似して作るとこうなるのかといった印象。ガバガバ設定とご都合主義が目につき、リアル路線なのかファンタジー路線なのかどっちつかずの失敗作だった。ただし主人公オタク青年採用されている点は注目が必要で、これ以降ディズニー主人公イケメンマッチョではなく非モテオタク主体となっていく。

白雪姫』で人間扱いされていなかった非モテ小人たちが「社会的にただしいとされる」物語主人公となる時代を迎え、しかもそれが日本アニメの強い影響化で発生しているわけで、価値観の大きな変化を感じ取ることができる。ただし、『白雪姫』の王子様はあれはあれで人間味のかけらもない平板キャラクターではあるので、モテ非モテという面ではそこまで単純明快な話ではない。

ブラザーベア』は殺した相手の子を育てるというなかなか攻めたお話ではあるのだが、最終的にファンタジーに着地するせいでどうも軸がブレる。

続く

https://anond.hatelabo.jp/20210920162554

2021-09-19

まあ実際コナンくんはあらゆるものを「妙だな…」と思っていて、別にそれら全てが直ちに事件に繋がるとは思ってないでしょ。ただ、たまたま事件に繋がった場合だけを漫画描写しているだけで。

シャーロック・ホームズなんかも、「階段の段数をいちいち覚えている」ことが彼の観察眼を象徴するエピソードとして描かれていたりする。でもそれ自体別に事件解決には繋がらない。

事件関係あろうがなかろうが、「名探偵」はとにかくいろんなことに気付いていて、そのうち関係あったものけが描写されているんでしょ。

2021-07-20

アニメ憂国モリアーティを見ている。

シャーロック・ホームズの方は映像化されまくりだけど、モリアーティの方って見ないよな。

自分シャーロキアンじゃないのでモリアーティのこともさっぱり分からないけども。

これは面白い作品だなと思う。犯罪コンサルタント…ね。

ちょっと黒執事臭がするなー。

アルバート兄さんが生き辛そう過ぎてかわいそう。家族根本的にソリが合わないのはキツイよね。

でもまあ望ましい世界に至る手段(義理兄弟たち)を得て幸せにはなったか

少なくとも胸糞生活とはおさらば出来たしな。

あと、OP畠中祐歌唱力がすごい。知らんかった。

なのにEDが変。合ってない。選曲失敗。

2021-06-26

anond:20210626174127

憂国モリアーティ

アニメ数話見て、先が気になって一気に電書でマンガ買った(アニメ1話アニメオリジナル)。

さらに気になってシャーロック・ホームズモリアーティが出てくる小説(「シャーロック・ホームズの回想」)も紙で買った。

アニメは後半駆け足になってしまったのが惜しい。

最初アニメ見たとき必殺仕事人みたいな話かと思ったが全然違った。

2021-04-28

シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム

アイアンマンシリーズのR・ダウニージュニアが主演した新生シャーロック・ホームズシリーズの第2弾。名探偵は、宿敵との対決へ……。

東京ビッグティマラソン会場で連続爆破事件が発生。ホームズはかつて自分のもとから去った元妻泥棒アイリーンが関わっていると推理して跡を追うが、直後、外見がアイリーンそっくり真鍋知子が自殺したと考えられる事態が発生し、その別れた夫である相原刑事と知り合った彼女オークション会場でシムという人物宛ての手紙を残して姿を消す。真鍋知子は警察外郭団体青少年防犯協会"で働いており、その理事長・設楽はセクハラ常習者だった。やがて、結婚を翌日に控えたワトソン医師ホームズの元を訪れるが、独身最後パーティー主催するはずのホームズは、探偵人生で最も重要事件に没頭中。彼は世界で起こっている数々の事件黒幕が、天才数学者作家モリアーティ教授だと考え……。

2021-04-03

anond:20210403025039

シャーロック・ホームズってこういう身近な相談から事件に発展していくパターンが多かったような気がする。

2021-03-22

赤い部屋

異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろの天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子に凭もたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。

 七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆おおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラと幽かすかに揺れながら燃えていた。

 部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かな襞ひだを作って懸けられていた。ロマンチック蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。

 いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以もって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。

 誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛け人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。

 やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。

 私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦またその様に取扱って呉くれていますけれど、真実まったく正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎とに角かく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。

 初めの間うちは、でも、人並みに色々の道楽に耽ふけった時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰なぐさめては呉れないで、却かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫おっくうになって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻めぐらした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。

 そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端かたはしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目には此上このうえもなく安易生活を送っていました。

 これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。仮令たとえ強いられた労働しろ兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢ぜいたくや、血腥ちなまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ふけることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのお伽噺とぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。

 こんな風に申上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、併し世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。それはもう、お前の退屈していることは、今更ら聞かなくてもよく分っているのだ」とおっしゃるに相違ありません。ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要はないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかをよく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。

 私はこの階下のレストランへはしょっちゅう出入でいりしていまして、自然ここにいらっしゃる御主人とも御心安く、大分以前からこの「赤い部屋」の会のことを聞知っていたばかりでなく、一再いっさいならず入会することを勧められてさえいました。それにも拘かかわらず、そんな話には一も二もなく飛びつき相そうな退屈屋の私が、今日まで入会しなかったのは、私が、失礼な申分かも知れませんけれど、皆さんなどとは比べものにならぬ程退屈し切っていたからです。退屈し過ぎていたからです。

 犯罪探偵遊戯ですか、降霊術こうれいじゅつ其他そのたの心霊上の様々の実験ですか、Obscene Picture の活動写真や実演やその他のセンジュアル遊戯ですか、刑務所や、瘋癲病院や、解剖学教室などの参観ですか、まだそういうものに幾らかでも興味を持ち得うるあなた方は幸福です。私は、皆さんが死刑執行のすき見を企てていられると聞いた時でさえ、少しも驚きはしませんでした。といいますのは、私は御主からそのお話のあった頃には、もうそういうありふれた刺戟しげきには飽き飽きしていたばかりでなく、ある世にもすばらしい遊戯、といっては少し空恐しい気がしますけれど、私にとっては遊戯といってもよい一つの事柄発見して、その楽しみに夢中になっていたからです。

 その遊戯というのは、突然申上げますと、皆さんはびっくりなさるかも知れませんが……、人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、私はその遊戯発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟かいごして、懺悔ざんげ話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了ったのです。そして、今度は他人ではなくて自分自身を殺す様な事柄に、あの阿片アヘン喫煙に耽り始めたのです。流石さすがにこれ丈けは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、我慢我慢をして来たのですけれど、人殺しさえあきはてては、もう自殺でも目論もくろむ外には、刺戟の求め様がないではありませんか。私はやがて程なく、阿片の毒の為に命をとられて了うでしょう。そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰れかに私のやって来た事を打開けて置き度いのです。それには、この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。

 そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがし度い為ではなくて、ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰い度いばかりに、会員の一人に加えて頂いたのです。そして、幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副そう様なお話をしなければならぬ定きめになっていましたのでこうして今晩その私の望みを果す機会をとらえることが出来た次第なのです。

 それは今からざっと三年計ばかり以前のことでした。その頃は今も申上げました様に、あらゆる刺戟に飽きはてて何の生甲斐もなく、丁度一匹の退屈という名前を持った動物ででもある様に、ノラリクラリと日を暮していたのですが、その年の春、といってもまだ寒い時分でしたから多分二月の終りか三月の始め頃だったのでしょう、ある夜、私は一つの妙な出来事にぶつかったのです。私が百人もの命をとる様になったのは、実にその晩の出来事動機を為なしたのでした。

 どこかで夜更しをした私は、もう一時頃でしたろうか。少し酔っぱらっていたと思います寒い夜なのにブラブラと俥くるまにも乗らないで家路を辿っていました。もう一つ横町を曲ると一町ばかりで私の家だという、その横町何気なくヒョイと曲りますと、出会であいがしらに一人の男が、何か狼狽している様子で慌ててこちらへやって来るのにバッタリぶつかりました。私も驚きましたが男は一層驚いたと見えて暫く黙って衝つっ立っていましたが、おぼろげな街燈の光で私の姿を認めるといきなり「この辺に医者はないか」と尋ねるではありませんか。よく訊きいて見ますと、その男自動車運転手で、今そこで一人の老人を(こんな夜中に一人でうろついていた所を見ると多分浮浪の徒だったのでしょう)轢倒ひきたおして大怪我をさせたというのです。なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その側そばに人らしいものが倒れてウーウーと幽かすかにうめいています交番といっても大分遠方ですし、それに負傷者の苦しみがひどいので、運転手は何はさて置き先ず医者を探そうとしたのに相違ありません。

 私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから医院所在などもよく弁わきまえていましたので早速こう教えてやりました。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点ついた家がある。M医院というのだ。そこへ行って叩き起したらいいだろう」

 すると運転手はすぐ様助手に手伝わせて、負傷者をそのM医院の方へ運んで行きました。私は彼等の後ろ姿が闇の中に消えるまで、それを見送っていましたが、こんなことに係合っていてもつまらないと思いましたので、やがて家に帰って、――私は独り者なんです。――婆ばあやの敷しいて呉れた床とこへ這入はいって、酔っていたからでしょう、いつになくすぐに眠入ねいって了いました。

 実際何でもない事です。若もし私がその儘ままその事件を忘れて了いさえしたら、それっ限きりの話だったのです。ところが、翌日眼を醒さました時、私は前夜の一寸ちょっとした出来事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。

「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」

 私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは云いえ、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM医院などへ担ぎ込ませたのでしょう。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点いた家がある……」

 というその時の言葉もすっかり覚えています。なぜその代りに、

「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の医者がある」

 と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の藪やぶ医者で、しか外科の方は出来るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた筈はずなのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議心理状態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘どうわすれとでも云うのでしょうか。

 私は少し気懸りになって来たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM医院の診察室で死んだ鹽梅あんばいなのです。どこの医者でもそんな怪我人なんか担ぎ込まれるのは厭いやがるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM医院はいくら戸を叩いても、何のかんのと云って却々なかなか開けて呉れなかったらしいのです。さんざん暇ひまどらせた挙句やっと怪我人を担ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM医院の主が「私は専門医でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、或あるいは怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不当に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。

 私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。

 この場合可哀相な老人を殺したものは果して何人なんぴとでしょうか。自動車運転手とM医師ともに、夫々それぞれ責任のあることは云うまでもありません。そしてそこに法律上処罰があるとすれば、それは恐らく運転手の過失に対して行われるのでしょうが事実上最も重大な責任者はこの私だったのではありますいか。若しその際私がM医院でなくてK病院を教えてやったとすれば、少しのへまもなく怪我人は助かったのかも知れないのです。運転手は単に怪我をさせたばかりです。殺した訳ではないのです。M医師は医術上の技倆が劣っていた為にしくじったのですから、これもあながちとがめる所はありません。よし又彼に責を負うべき点があったとしても、その元はと云えば私が不適当なM医院を教えたのが悪いのです。つまり、その時の私の指図次第によって、老人を生かすことも殺すことも出来た訳なのです。それは怪我をさせたのは如何にも運転手でしょう。けれど殺したのはこの私だったのではありますいか

 これは私の指図が全く偶然の過失だったと考えた場合ですが、若しそれが過失ではなくて、その老人を殺してやろうという私の故意から出たものだったとしたら、一体どういうことになるのでしょう。いうまでもありません。私は事実上殺人罪を犯したものではありませんか。併しか法律は仮令運転手を罰することはあっても、事実上殺人である私というものに対しては、恐らく疑いをかけさえしないでしょう。なぜといって、私と死んだ老人とはまるきり関係のない事がよく分っているのですから。そして仮令疑いをかけられたとしても、私はただ外科医院のあることなど忘れていたと答えさえすればよいではありませんか。それは全然心の中の問題なのです。

 皆さん。皆さんは嘗かつてこういう殺人法について考えられたことがおありでしょうか。私はこの自動車事件で始めてそこへ気がついたのですが、考えて見ますと、この世の中は何という険難至極けんのんしごくな場所なのでしょう。いつ私の様な男が、何の理由もなく故意に間違った医者を教えたりして、そうでなければ取止めることが出来た命を、不当に失って了う様な目に合うか分ったものではないのです。

 これはその後私が実際やって見て成功したことなのですが、田舎のお婆さんが電車線路を横切ろうと、まさに線路に片足をかけた時に、無論そこには電車ばかりでなく自動車自転車や馬車や人力車などが織る様に行違っているのですから、そのお婆さんの頭は十分混乱しているに相違ありません。その片足をかけた刹那に、急行電車か何かが疾風しっぷうの様にやって来てお婆さんから二三間の所まで迫ったと仮定します。その際、お婆さんがそれに気附かないでそのまま線路を横切って了えば何のことはないのですが、誰かが大きな声で「お婆さん危いッ」と怒鳴りでもしようものなら、忽たちまち慌てて了って、そのままつき切ろうか、一度後へ引返そうかと、暫しばらくまごつくに相違ありません。そして、若しその電車が、余り間近い為に急停車も出来なかったとしますと、「お婆さん危いッ」というたった一言が、そのお婆さんに大怪我をさせ、悪くすれば命までも取って了わないとは限りません。先きも申上げました通り、私はある時この方法で一人の田舎者をまんまと殺して了ったことがありますよ。

(T氏はここで一寸言葉を切って、気味悪く笑った)

 この場合危いッ」と声をかけた私は明かに殺人者です。併し誰が私の殺意を疑いましょう。何の恨うらみもない見ず知らずの人間を、ただ殺人の興味の為ばかりに、殺そうとしている男があろうなどと想像する人がありましょうか。それに「危いッ」という注意の言葉は、どんな風に解釈して見たって、好意から出たものしか考えられないのです。表面上では、死者から感謝されこそすれ決して恨まれ理由がないのです。皆さん、何と安全至極な殺人法ではありませんか。

 世の中の人は、悪事は必ず法律に触れ相当の処罰を受けるものだと信じて、愚にも安心し切っています。誰にしたって法律人殺しを見逃そうなどとは想像もしないのです。ところがどうでしょう。今申上げました二つの実例から類推出来る様な少しも法律に触れる気遣いのない殺人法が考えて見ればいくらもあるではありませんか。私はこの事に気附いた時、世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残して置いて呉れた造物主の余裕を此上もなく愉快に思いました。ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、大正の聖代せいだいにこの私丈けは、謂わば斬捨て御免ごめんも同様なのです。

 そこで私はこの種の人殺しによって、あの死に相な退屈をまぎらすことを思いつきました。絶対法律に触れない人殺し、どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、ああ何という申分のない眠け醒しでしょう。以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、私自身に誓ったのです。

 今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。そして、あと一人になった時先にも申上げました通り私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。一人殺したあとでは、今度はどんな新工夫でやっつけようかと、それを考えるのが又一つの楽しみだったのです。

 併し、この席で、私のやった九十九の異った殺人法を悉ことごとく御話する暇もありませんし、それに、今夜私がここへ参りましたのは、そんな個々の殺人方法告白する為ではなくて、そうした極悪非道の罪悪を犯してまで、退屈を免れ様とした、そして又、遂にはその罪悪にすら飽きはてて、今度はこの私自身を亡ぼそうとしている、世の常ならぬ私の心持をお話して皆さんの御判断を仰ぎたい為なのですから、その殺人方以については、ほんの二三の実例を申上げるに止めて置き度いと存じます

 この方法発見して間もなくのことでしたが、こんなこともありました。私の近所に一人の按摩あんまがいまして、それが不具などによくあるひどい強情者でした。他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で、必ず相手言葉にさからたことをやるのです。どうして並み並みの強情さではないのです。

 ある日のことでした。私がある大通りを歩いていますと、向うからその強情者の按摩がやって来るのに出逢いました。彼は生意気にも、杖つえを肩に担いで鼻唄を歌いながらヒョッコリヒョッコリと歩いています。丁度その町には昨日から下水工事が始まっていて、往来の片側には深い穴が掘ってありましたが、彼は盲人のことで片側往来止めの立札など見えませんから、何の気もつかず、その穴のすぐ側を呑気そうに歩いているのです。

 それを見ますと、私はふと一つの妙案を思いつきました。そこで、

「やあN君」と按摩の名を呼びかけ、(よく療治を頼んでお互に知り合っていたのです)

「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」

 と怒鳴りました。それを態わざと少し冗談らしい調子でやったのです。というのは、こういえば、彼は日頃の性質から、きっとからかわれたのだと邪推して、左へはよらないで態と右へ寄るに相違ないと考えたからです。案あんの定じょう彼は、

「エヘヘヘ……。御冗談ばっかり」

 などと声色こわいろめいた口返答をしながら、矢庭やにわに反対の右の方へ二足三足寄ったものですから、忽ち下水工事の穴の中へ片足を踏み込んで、アッという間に一丈もあるその底へと落ち込んで了いました。私はさも驚いた風を装うて穴の縁へ駈けより、

「うまく行ったかしら」と覗いて見ましたが彼はうち所でも悪かったのか、穴の底にぐったりと横よこたわって、穴のまわりに突出ている鋭い石でついたのでしょう。一分刈りの頭に、赤黒い血がタラタラと流れているのです。それから、舌でも噛切ったと見えて、口や鼻からも同じ様に出血しています。顔色はもう蒼白で、唸り声を出す元気さえありません。

 こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で生きていましたが、遂に絶命して了ったのです。私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。私はこの按摩を日頃贔屓ひいきにしてよく呼んでいた位で、決して殺人動機になる様な恨みがあった訳ではなく、それに、表面上は右に陥穽おとしあなのあるのを避けさせようとして、「左へよれ、左へよれ」と教えてやった訳なのですから、私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。

 ああ、何という恐しくも楽しい遊戯だったのでしょう。巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、そして、目的を果した時の云い知れぬ満足、それに又、私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず血みどろになって狂い廻る断末魔だんまつまの光景ありさま、最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にして呉れたことでしょう。

 ある時はこんな事もありました。それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、私はある郊外文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館がまばらに立並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。ふと妙なものが私の目に止りました。といいますのは、その時私の鼻先をかすめて勢よく飛んで行った一匹の雀が、その家の屋根から地面へ引張ってあった太い針金に一寸とまると、いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、そのまま死んで了ったのです。

 変なこともあるものだと思ってよく見ますと、その針金というのは、西洋館の尖った Permalink | 記事への反応(0) | 22:33

2021-03-19

おれはおかねのながれについてのほうそくをりかいした!

やっぱ、大手さんの中にはお金の流れについての「法則」を理解してるところあるなぁ…。

自分がこの「法則」を見つけてから、気づいた上で動いている人の存在を今まで確認できなかったけど、初めて「これ気づいてるな」って人を見た。

ちなみに、誰でも少し調べたら気づけそうな法則です

ぼくよりもデータを持ってる人ってくさるほどいるはずなんだけども、データが示す法則通り動いてる人って案外いないし、下手したら気づけてないです。

からビッグデータだなんだと言われても

データ集め方決めるのも、データ分析するのも人間やろ?」

と言ってます

データ多すぎ時代ですから

じゃあなんで大企業意識高い系の人らが

データ時代だ」

なんていうかといいますと…データとか知識って他人安心させる時に楽だからなんだと最近は思ってます

新しい法則を作るのではなく、裏付けるために使ってるうちは、データって根回しの道具で生まれてくるもの旧態依然だと思います

その辺、プロ野球見てたり、分析する時って面白くてですね…ラミレス監督データピックアップの仕方が独特だったり、去年のオリックス見てると捕手がしっかりしてる球団にだけはボコボコにやられてたり…新しい法則を作る面白さとデータリンクした事象があるから野球データ両方見るの好き

ぼくの中では全然違うジャンルの人だと思ってた人が、今研究中のピーキー性癖作品も描いてることに気づいて

「あー点と点が、線として繋がったー!!!

となった。

最近、人気の作家さんが意外なマイナー性癖を嗜んでることに気づくことが多くて

最先端はむしろそっちなのか?」

となってる

エロマンガ世界って科学技術世界みたいな構造担ってることに最近気づき始めた。

先端科学だけ見ると不可思議で軽視されがちだけども、それなくして実用的なものは生まれない。

エロマンガもかなり特殊なモノで研究された技法が、後に売れ筋作品進化させる糧となる。

代替品ではない独自進化

それまで、「変わった性癖実在するエロの一部を先鋭化させたモノ」というシャーロック・ホームズ実在する人物を誇張して作ったような考え方に基づいたものだと思ってた。

でも、上記の回答は受け手の発想で、作り手や分析する人の目線で言うと、もう1つ「進化過程」という意義もあるんやね

こいつ毎日のようにいろんな法則について理解しててすごいな。

そんなすごい「法則」を見出した人がなんでニートで極貧生活送ってるんだ……

2021-03-06

anond:20210306181117

めっちゃ言及したい。けど後でにする

ざっと見ていくつか言えることは、

 

  1. Twitter規約に従っている限りは問題無い

  2. 同性愛ダメはない

  3. ただし異性愛だろうが同性愛だろうが"性描写センシティブコンテンツ"

  4. キャラクターセクシャルが明らかなものねじ曲げると、作品ファンだけでなく権利者にも怒られる・嫌がられるのでモラルと敬意を持って 

      例:『シャーロック・ホームズ著作権者激怒!続編でホームズワトソンの“ゲイ疑惑”に触れたら映画化権利剥奪 l シネマトゥデイ
      https://www.cinematoday.jp/news/N0021615


  5. 実在人物モチーフにした性的創作異性愛でも同性愛でも超えてはいけない一線(名誉毀損肖像権侵害)。プラットフォームOKでも自重して(責任負うのは当人だが)

  6. 恋愛別にセックス無しでも描ける。そもそもセックス義務ではない

  7. フェミニストAV監督普通にいる
    例:エリカラストErika Lust

  8. フェイクでも搾取でもないセックスを取り扱ったサイト普通にある

クラフトポルノ自分たちのいつものセックスをしてみて!」
(日本語説明こちら https://heapsmag.com/women-porn-director-give-us-an-alternative-to-mainstream-porn-Erika-Lust)

https://erikalust.com/

 

▼「一切、演技なし」のセックス動画サイト
(日本語説明こちら https://neutmagazine.com/makelovenotporn)

https://makelovenotporn.tv

 

日本の歪んだ女性観とセックス観が腐女子に与えている影響は絶大だけど

フェミニスト関係ないと思う

2021-02-21

赤毛組合

この事件の発生年代については、1890年10月9日に「赤毛組合」が解散したと明記されているが、シャーロキアンの間では、発生を1887年1888年1889年1890年とする説がある[1]。「赤毛組合」は「ワトスン博士の日付の間違いの最も顕著な例」と評される作品でもある[3]。作中の記述によれば、ウィルスンが組合員の募集を知ったのは1890年4月27日付『ザ・モーニングクロニクル英語版)』紙の広告で、その広告を読んだワトスンはちょうど2ヶ月前だと発言している。ウィルスンは翌日から仕事を開始し、その8週間後に組合解散張り紙を見たと書かれているのである。 まず、1890年4月27日日曜日で、当時日曜日には新聞が発行されていないうえ、『ザ・モーニングクロニクル』紙は既に廃刊となっていた[4]。解散10月9日と書かれているので、2ヶ月前や8週間後では計算が合わない。また、この1890年10月9日木曜日だが、ホームズ今日土曜日で逃亡に2日の余裕ができるため、今夜犯行に及ぶはずだと推理しているのである

正典60編の事件を発生年代順に並べた『詳注版 シャーロック・ホームズ全集』を発表したベアリンググールドの説では、新聞広告1887年8月27日土曜日のもので、事件は「赤毛組合」が解散した1887年10月29日土曜日から30日の日曜日までとしている。短編の冒頭に「去年の秋」(発表は『ストランド・マガジン1891年8月号)とある点については、発表のかなり前に事件原稿にまとめていたのだと解釈した[4]。 リチャード・ランセリン・グリーンオックスフォード全集注釈で、4月27日新聞広告について、ドイル原稿では AG8月)となっていたのを、AP4月)と読み間違えて発表されてしまったのだろうとしたが、発生年については触れていない[5]。

2021-01-15

まだらの紐ってシャーロック・ホームズで最もクソだと思うんだがなぜ人気なんだ?

犯人レベルミステリー小説黎明期ばり

・「バンド⇨紐」という糞訳

そもそもダイイングメッセージ舞台装置過ぎて糞

ワトソンかい医者を出しておきながらトリックが暴けないご都合主義

ノックスのうち「未発見毒薬難解な科学説明を要する機械犯行に用いてはならない」「中国人不思議な力を使う存在)を登場させてはならない」「探偵は、偶然や第六感によって事件解決してはならない」が駄目

とあらゆる部分で欠点を抱えまくったゴミのような作品なのになぜか傑作扱いなんだよね。

好きな回ランキングで1位を取ることもある。

意味不明だろ。

イナイレの五條悟かよ

2020-11-22

anond:20201122184253

>今、日本創作を行っている個人クリエイターは、二次創作活動を認めることを強制されている。

ここが根本的な間違い

べつに「今」「日本」に限らず

から二次創作パロディはさんざん作られてきた。それが普通

というか著作権概念がなかった近代以前の方がひどかった

近代文学の祖とされるセルバンテスの『ドン・キホーテ』には贋作がぽんぽん作られたのは有名な話

歌舞伎浄瑠璃じゃ忠臣蔵だの義経記だのの、別作者によるバージョン違いが多数ある

コナン・ドイルの存命中からシャーロック・ホームズ二次創作は世に溢れてた

から「俺の作品の物まねを書くな!」と怒った作者はい

しかし放っといてもひとりでに二次創作パロディが書かれる方が普通だった

それを本気で止めたいなら

こんな所で愚痴ってる場合じゃない

本気で版元と協議のうえ法的措置の準備をするんだ!

2020-10-08

シャーロック・ホームズってどこがヒーローなの?

読む限りこいつの戦闘力じゃ

サイバイマンにも勝てないだろ

2020-09-08

競泳水着全裸水泳海女さんのふんどし

私事

他人迷惑をかけるつもりなどさらさらないが、全裸になるのが好きなので、オーシャンビューとか山の中の露天風呂とかが大好きだ。その好きが高じて、オーストリア混浴サウナにまで行ったことがある。そこには25メートルほどのプールがあり、遠慮なく裸で泳ぐことができて大変気持ちがよかった。サウナと往復しながらだとそれこそ整うわけだが、こういう場所日本にないのは残念だ。何も混浴しろとは言わないので、素っ裸で泳げる広いプールはないだろうか。

さて、昨日(anond:20200907075225)の続き、競泳水着についてである

本題、水泳水着歴史

以下の歴史は、wikipedia英語版の「History of Swimming」や「History of Swimwear」の拾い読みによる。

有史以前から人間は泳いできたが、大抵の場合全裸であった。ローマ時代にはビキニのようなものを身にまとった女性壁画が残されているが(https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/27/PiazzaArmerina-Mosaik-Bikini.jpg)、これが水泳に用いられたという証拠はない(この古代ローマビキニには漫画テルマエ・ロマエから言及があった)。つまり絵画の水浴図で誰もが全裸なのは西洋画家猥褻妄想ではない。

水着歴史は、海水浴と入浴着との歴史が密接に絡み合っている。17世紀の終わりから欧州では公衆浴場女性ガウンのものを身に着けるようになったが、男性が裸で泳ぐことはしばらくは当然のことであった(河出文庫シャーロック・ホームズライオンのたてがみ」の注釈には、このシーンで登場人物全裸で泳いだと思われる、とある。また、E. M. フォースターのどの作品だったか忘れたが、全裸で泳いでいる男性悲鳴を上げる女性が出てくるシーンがある。「眺めのいい部屋」だったっけ? また、時代をさかのぼれば「デカメロン」で女性陣が男性陣の目を盗んで裸で泳ぐ場面がある)。

ところが1860年代にイングランドでは男性でも裸で泳ぐことが禁じられた。しかし、身体を見せることを極端に禁じたヴィクトリア朝反動だろうか、それ以来、全身を覆う水着から現代ビキニへと、肌を見せる方向に回帰しているし、ビーチによってはトップレスが許容されている(親が持っていた海外観光案内に、トップレス女性写真があって、面食らった覚えがある)。いまでも、ヌーディズムが盛んなドイツオーストリアなどの中欧では、裸で泳げる場所は少なくない。結局のところ、素っ裸が気持ちいのではないだろうか。

また、一部のスポーツ施設では、男性全裸で泳ぐことを学ぶことは珍しいものではなかった。昔のYMCAがそうだったらしい。また、驚いたことに、wikipediaの「naked swimming」の項目には、1900年頃に男の子が裸、女の子が着衣で泳いでいる写真がある。こういう日本CFNMエロ同人みたいな状況が現実のものだったとは、驚きであるリンクを直接貼るのはなんかまずそうなので割愛)。

なお、女性水泳の普及が遅れたのは、恥じらいとは別に生理時の衛生管理問題もあったそうである

ところで、意外なのが川や湖ではなく、海で泳ぐ習慣は比較最近のもので、17世紀ごろからのものだそうだ。海洋国家イギリスの娯楽としての海水浴歴史は、意外に浅いのだ。また、人が速く泳ぐようになった時期というのも驚くほど遅い。たとえば、1870年代にアマチュアによる世界記録が打ち立てられたのだが、1878年自由形100ヤードは、なんと76.45秒であった。ちなみに、マシュー・ウェッブ大尉イギリス海峡を泳いで横断したのもおおよそこのころだ(1875年)。古式泳法もそうだろうが、おそらく速く泳ぐことよりも、長く泳ぐことや、戦場での実用性が重んじられていたのだろう。

この時期はVictorian Sports Maniaと呼ばれる時期で、水泳は数十年にわたって英国世界リードする国家運動となったそうである。このあたりはジョン・サザーランド英文学史の本にも載っている。

競泳水着歴史

海水浴で使う水着とはまた別の歴史をたどったのが競泳水着である

https://www.glamour.com/story/the-evolution-of-olympic-swimwear

上記記事によれば、女性オリンピックで泳ぐことを許されるようになったのは1912年ストックホルムでのこと。競泳水着歴史は、ここから語られるべきだろう。

初めの競泳水着は絹でできていたそうだ。また、太もも露出は少しずつ増えて行ったが、1928年頃まではあまり下着らしく見えないように、下半身が少し膨らんでスカート状になっていたそうである

ナイロン製になったのは1964年で、1976年頃に少しずつハイレグっぽくなりはじめる。

1984年になると、どういうわけか突如かなりのハイレグになる。男性水着の面積が極小となったのもおおよそこの頃だし、日本でも時期的にハイレグ水着流行したバブルと被る。クレヨンしんちゃんハイグレ、懐かしい。で、話題を戻すと、以前の記事に書いたような女性スポーツウエアのハイレグ化の時期(60年代)とは、若干ずれていることがわかる。しかし、肌を見せることによるスピードアップには限界が見られた。

そんななか、2000年代に一気に普及したのがスピードボディスーツだ。今はこれが主流だ。簡単に言えば、水の抵抗を減らすために、大きな渦を減らし、小さな渦を作るそうだが、層流とか乱流とかその辺のややこしい話になりそうなので、省く。

女性ふんどし……?

つげ義春の「コマツ岬の生活」にはふんどし姿の海女さんが出てくる。これは能登地方のサイジと呼ばれるふんどし一種らしく、この地域では1960年代前半までこの姿であった(これも写真があるが、今までのスポーツウエアと違って乳房露出があるのでリンクは控える)。エッチマンガの読みすぎか、日活ロマンポルノの影響か、なんとなく海女さんといえば、ふんどしというイメージがある。「海女(あま)のいる風景」という写真集の表紙もそうだ。しかし、浮世絵を見てみるとほとんどが腰巻である。私も、太田記念美術館で見たことがある。

https://www.ijikasou.com/monthly/2016/06/

https://www.pinterest.jp/pin/309481805630462018/

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/9d/Yoshitoshi-Ariwara_no_Yukihira.jpg

これは恐らく、磯ナカネと呼ばれる別種の木綿の布である江戸時代のこと、おそらく江戸湾近辺では海女さんはふんどしではなく、この格好だったのだろうと推察される。

昭和時代、中にはレオタードをまとって漁をする人々もいたという。というか、今でもいるそうだ。レオタードの中に海産物しまうことで、取りすぎることを防ぐそうである

http://www.chie-project.jp/001/no15.html

たぶん、女性ふんどし使用は、生理用品としてのみに限られたのではあるまいか団鬼六作品をはじめとしたイメージから来ているかもしれないが、SM不勉強もので詳しくない。そのうち調べるかもしれない。

結論

今後の展望

考えてみれば、自分ふんどしについてそこまで詳しいわけではなかった。女性用の下着としてふんどしがどれほど用いられてきたか、あるいはそもそもふんどしとはどのような下着であったのか、その歴史についていずれ調べてみたい。

今回はここまで。疲れたので、ビーチバレーなどの詳細はまた今度。

2020-07-01

ヴィランズグッズをツイステ概念って言わないでください、がわからん

私、お気持ち増田読むのだーいすき。

最近見るツイステディズニー関連のお気持ち煮凝りみたいで濃厚でとても大好き。

そんな私もツイステユーザーディズニーは有名なやつだけ観てます勢で、お気持ちの中にも「わかるわ〜」ってのもある。だけど私がひとつだけ、どんだけ考えてみてもわからないお気持ちがある。

それが、

「Dヴィランズのグッズをツイステ概念って言わないでください!」

ってやつ。

なんで?

いや、例えばね、Dヴィランズのグッズを見て「これはツイステのグッズ!」って言い張るオタクがいたら怒っていい。私だってライトだけどスカー好きからツイステ始めたから。それは腹立ちますよね。元のキャラクター存在無視してそんなこと言われたら怒る。わかる。

けど、「これはヴィランズグッズだからツイステ概念」っていうのは別に……よくない?

いや、だって仕方なくない?だって元になっててイメージインスピレーションがDヴィランから来てる以上概念を感じるのは仕方なくない?

だって、ツイステキャラってDヴィランズたちの概念を元にして作られたんじゃないんですか?

いやごめんなほんとに。

けどここだけどうしてもわからなくて。

例えば、私が知ってる「原作モデルのいるキャラクターを元にして別作品にしている」という例は、現代シャーロック・ホームズの『SHERLOCK』くらいなんだけど。(作中で元のキャラクターと同じ名前である、という点でツイステとは異なるんだが、あくま原作はあるけど作品は別物、出てくるキャラ原作キャラモデルにした別人であるという点では一緒なので)

ヴィランズグッズをツイステ概念って言うのやめてくださいぴえん」は、この例で言うと「シャーロック・ホームズのグッズをSHERLOCK概念っていうのやめてくださいぴえん」になると思うんだけど。

無茶じゃないですか?

いや、シャーロック・ホームズガチの方々の中にはそう思われてる人もね、いるかもしれませんよ。

スポーツカー爆走させるハドソン夫人も実は元殺し屋ワトソン夫人メアリー)も「お前は何人殺ったんだ?」みたいな怒った時の顔がちょっとハリネズミみたいなジョン・ワトソン(大好き😘)も、原作大好きオタにしてみたら気に入らないかもしれないけど。

かといって「グッズから概念を感じるな」は無理でしょ。

仕方ねーじゃん。モデルだもん……。

あと、それに伴って「概念だと思っていいけど言わないでほしい」「思っても言わないのがマナーヴィランズ好きに失礼」っていうのも見たんだけど、それについてもよくわからなくて。

というのも、オタク界隈で出てくるマナーって正直、公式アナウンスnmmnマナー以外は「自分不快からやらないでほしい」って気持ちを「マナー」っていう「従わないと悪になる」便利な言葉で綺麗に化粧してるだけだと思ってるんで。

ネットの海を漂うと、自分の見たくない意見は当然見ることになる。それを見ないためにSNS運営側ブロックミュー機能をつけてくれてるわけじゃないですか。

「言わないでください」

ってツイートしてるその指のタップブロックなりミュートなりすればいいんです。なぜ自分環境を変えようとせずに周りに変わってもらおうとするんだろう。

グッズについても一個ついでにお気持ちさせてもらうと、

「パークに痛バ持ってこないでください」

も、ちょっとお気持ち汲み取れない。

いや、ちょっとはわかるよ。痛バ使ってる人見た時のちょっとビックリする気持ちわかる。あるよね。

でもそれ個人趣味じゃん。

「パークに痛バ持ってこないでください、ここはイベント会場ではありません」という注意喚起を見たんだけど

「では日常的に痛バをご利用の方はいかがでしょうか」と言いたくなる。

ようは

「なぜ公式禁止してない個人趣味生活についてただのファンが口出しするんですか?」という疑問です。

いや、たまに街中で見かけるじゃないですか。痛バ。

私はグッズ買うならほのかに匂う程度(公式じゃないアクセサリーとか)のものしか買わないので、痛バを持つ方々の気持ちはわかりかねますけど、痛バってイベント会場以外でも使ってる人たまにいるよね。

大学とき、同じ講義に毎度ロリータ服着てオタクグッズつけてた女性いらっしゃったけど、彼女場合はその格好が普段着みたいだったんですね。たまたま駅で見かけたときもおんなじ格好してたので。

「パークに痛バ持ってこないでください。夢の国景観が損なわれます」ってのは差し詰め

神社仏閣にロリータ服とか痛バ持ってこないでください」

と同じかな、と思いますが、いかがでしょうか。

まぁ、確かに景観は損なわれるかと思いますけど、別に神社仏閣側が禁止してない以上は私からは何もいえんですよ。

服装なんて個人自由ですからね。

かに神社仏閣に痛バ持ってきたりぬいぐるみ持ってきたりロリータ服着てきたりする人見かけるときありますけど、けどそれって個人自由なんですよね。施設側がダメって言ってること(大声で騒ぐとか、写真とか)さえ守ってればこっちに文句言う権利はないわけです。

それはきっと夢の国パークでも同じことでしょう。夢の国が痛バだめだよって言ってないなら、もう一客人である人たちには何も言えないわけです。(ロリータ服がコスプレにあたるかについては、なかなか賛否がわかれるとは思いますけど、某フリフリのブランドから出た服着て文句言われても困るだろうなとは思います

ただ、「痛バは固い素材もあるからさな子に対して危険から避けましょう!」の注意喚起はとても好きです。理由が明確で誰に対しての配慮かがわかるので。

長くなったし脱線もしたけど、私からすると、概念グッズも痛バどっちのお気持ちも「私が不快なのでやめてください」以上の理由が見えないのでお気持ち汲み取れないんですよ。まぁだからお気持ちなんだよな。汲み取らなくていいんだよな。私はバキュームカーか何かかな?(急に冷静になった)

痛バ云々の注意喚起については、マナーかいう綺麗な言葉自己防衛せずにハッキリ言ったらいいと思いますよ。

「私がお金払ってせっかくパーク楽しみにしてたのに痛バ見て気分悪くなるの嫌だから持ってくるな」って。現実世界ミューブロックできないから、呼びかける行為はいいと思うよ。けどオブラートに包むとね、何言ってんだってなるから

「痛バは固い素材だから小さいお子様には危険なので」とか、そういった理由がない限り、お為ごかし言ってるようにしか思えないからね。

ここまで書いたけど私は前述の通り「ディズニー作品は有名なやつしか見てないツイステユーザー」「グッズは匂わせる程度のものしか買わない」なうえ、追記すると、「夢の国には10年以上前に一回しか行ったことない人」なので、完全にアウェーなところからこれ書いてます

お気持ち吐き出すのきもちーな。

2020-06-29

anond:20200629185444

まずBTTFよりもターミネーターよりも先に出版されていることが一つ。

さすがにジュール・ヴェルヌタイムマシンには勝てないが、そういう当時としての目新しさがある

いくらポップス流行ってもビートルズが古びないように、あるいはシャーロック・ホームズがモルグ街より少し遅くても魅力的なように

夏への扉古典と化しているからもうコレ以上古びようがないという意味で古びない

次に、他のSFでは退屈だから省略されてしま特許云々の話が読める

驚くことに令和でもほぼおなじ特許制度が稼働している

日本特許制度はたしか明治34年くらいにできて、(昭和63年くらいに手続きを抜本改正されたけど)基本骨子はそのまま来ている

とはいえアメリカはまた少し違う、

当時は先発明主義ベルエジソンのいがみ合いが記憶に新しかった

こんな変わった制度をつくっていたのはアメリカだけ(ほかはたいてい先願主義をとった)

そしてその制度フィクションにとりあげて生きいきと役所ネタバレ防止)との格闘を書いている

おまえらもも研究者になったら全員これやるんだからな、という意味でもおもしろ

それでわからんのなら「なろう小説」に「タイムマシンつくってみたんだが」ってこの内容が連載されてるとおもってみろ

だいぶハードルが下がるやろ

猫はかわいさのために必要だったんや

 

BTTFバック・トゥ・ザ・フューチャーだよ

2020-06-28

anond:20200618030832

イギリス文化には何かしらクセが感じられてしまうが

BLMとか銅像引き倒しでイギリス奴隷貿易文化を知って少し分かった気がするわ

臣民の男は女性を丁寧に扱うために奴隷を使え

と、王族たちは紳士植民者を洗脳しながら奴隷貿易で儲けてた

 

犯罪自国で起きる話は嬉しくないからか

アメリカではポーフランス舞台推理小説を書いてて

一方、イギリス格差差別の国なので自国犯罪シャーロック・ホームズが書かれた

しかし、ホームズリメイクドラマのエレメンタリー

アメリカ舞台で主役がイギリス

ああ気持ち悪い

2020-06-09

ネタバレ注意)松本清張「点と線」の衝撃

Wikipediaには「福岡市香椎海岸発見された男女の情死体に疑問を持った2人の刑事事件捜査活写し、F・W・クロフツらによって確立されたアリバイ崩しのスタイル継承したミステリー長編。著者の最初長編推理小説であり、松本清張ブームを巻き起こした作品である。」とある

 

から30年前、すでに、「点と線」松本清張の傑作と言われ、映画化などもされていたが俺はそもそもミステリーが好きではなく、まったく読む気はなかった。

 

食わず嫌いはよくないと思い、いよいよ読み始めた。するとこれがなかなか面白い

 

ただ、途中で、「これって飛行機使えば、アリバイ崩れるんじゃないかな?」とちょっと引っかかったが、「まあ、飛行機がない時代背景なんだろうな」と、ワクワクしながら読み進める。

 

ところが、「あ! 飛行機を使ったのか! それなら間に合うぞ!」というトンデモ展開。

 

まりに衝撃で、本を閉じてしまった。

 

それ以来、日本人の書いたミステリーをまったく読んでいない。

 

そんな俺におすすめミステリーを教えてほしい。新コロナのせいで、読みたい本がなくなってしまったんだ。

 

シャーロック・ホームズとか、アガサ・クリスティー作品は、なんとなく話の筋を知っているので、勘弁。

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