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2017-06-15

五輪チケットの押しつけにNOと言おう!

私は、東京オリンピックチケット絶対に買いません。

何があっても買いません。

勤務先、取引先、町内会学校、親戚、その他、あらゆる方面からチケットを押しつけようとする圧力があっても、絶対に買いません。

空席を埋めるための動員があっても、絶対に会場に足を運びません。

誘致に反対だった人は、意に沿わないチケットの引き受けはせずNOと言いましょう。

オリンピック責任は、誘致した人で取って下さい。

一億総玉砕はゴメンです。

※このテンプレートは、コピペして意思表示に利用できます

                  五輪チケットの押売りに反対する会

2017-06-06

ちゃんと選挙多数派握れる戦略を立てて欲しい

今、スキャンダルで焚きつけて首相を引き摺り下ろしても、その戦略が無いなら意味が無いのに。

無意味にいっぱい候補者を立てて玉砕するんじゃなくて、ちゃんと勝てる方向でね。

バカにされてるけど、マドンナブームだって選挙で選ばれたんだから、(その後はともかく)選挙に勝てる方向ではあったんだし。まず選挙に勝てないんじゃ何も出来ないだろうと。

2017-05-29

安倍自民ソープランドブーメラン炸裂

安倍自民ソープランドブーメラン炸裂

安倍自民党前川事務次官について風俗店に行っていたことを問題にしているが、安倍自民党新藤義孝ソープランドへ行っていた。 以下引用

硫黄島玉砕した栗林忠道陸軍大将祖父に持ち、2年4カ月前まで総務相を務めた新藤義孝代議士(59)。安倍首相の側近として知られ、プライベートでは1男1女に恵まれ選良吉原を訪れたのは、1月10日のことだった。

この日に地元埼玉県川口市で行われた後援者の葬儀後、新藤代議士は自ら車を運転し、いわゆる吉原メインストリート「角町通り」沿いの超高級店へ。店員からヤマザキ様」と呼ばれると、入店わずか5分で部屋へと消えていった。週刊新潮 1月26日

2017-05-26

そもそもの話、ちゃんと1億総玉砕してればたかられることもなかったし禍根を残すこともなかったんだよ

最後までちゃんと竹やりでB29落とす訓練の成果見せろよ

中途半端なことすんなっつーの

2017-05-25

恋愛向いてないんじゃないか

 女です。現在大学生です。10歳以上年上の男性交際しています

 しかし彼のことがいまいち信用できず、恋愛的にもなかなか好きになれず、どう接したらいいのか悩んでいます

 彼とは趣味関連のオフ会で偶然一度居合わせただけだったのですが、その後ツイッターを通じて親しげに話しかけてくるようになり、しばらくしてLINEIDを聞かれました。

 正直私は美人というわけでもありませんし、当のオフ会に参加していた女性の中では一番若かった、ということくらいしかアドバンテージが思いつきません。

 そういうことなので、いわゆるオフパコいであ可能性も考慮しつつ相当警戒しながら接していたのですが、こんな機会もなかなかないと考え、しばらく観察してみたくなりました。そのうち予想通り交際を申し込まれたので、正直に「恋愛的な感情はまだないがそれでもいいか」と申し出た上でOKしてみました。

 彼はお仕事で忙しいようですが、それでも合間を縫って頻繁にデートに誘ってくれます。ご飯代などは全て奢ってくれます。私の方は今まで同年代しか付き合ったことがなく、信条としても割り勘を常としていたので「払わせてほしい」と申し出るのですが、それでも「いいよいいよ」と言って全部支払ってくれます食事をしながらよく「今度はここに行こう」「旅行に行こう」などとも誘ってくれます。私の趣味を覚えてくれていて、度々その話題を振ってくれたりもします。

 このように、正直それなりに尽くしてもらっている自覚があります。それでも、彼のことを恋愛的に好きかと聞かれてもなかなか首を縦に振れません。

 まず自慢話が多いです。自慢されている内容は確かに本当にすごいと思えることばかりなのですが、彼がそんなにすごい人だと私が何を意見してもしょうもなく聞こえるんだろうな、と考えてしまい、無難な相槌を打つことしかできません。私が話し下手で、なかなか会話が盛り上がらないが故に自慢ばかりになってしまうのか考えると申し訳ない気持ちになります

 それにそもそも私は単独行動を好みます。行きたい場所には一人で行き、じっくり楽しもうと考えています。なのでそう頻繁に予定を押さえられると自由時間が減って正直困ります旅行も行きたければ一人で行くし、何日も他人と同室で寝泊まりするのは例え相手彼氏であっても嫌です。

 あと、連絡事項や相談など何か目的あるものならいいのですが、いちいち内容のないLINEをされてもどう返したらいいのかわからず困ってしまます

 そして先日一緒に食事したとき、帰り道でたまたまラブホの前を通ったのですが、「こういうところって最近DVDプレーヤーが完備だったりするから、今度一緒に鑑賞会とかしたいね」などと言われて、正直「あっ無理」と思ってしまいました。徹夜の鑑賞会だったらカラオケでもできます。ただでさえ元々あまりそういった性的事柄に興味が無い上、私はまだ彼と友達になれた気もしないのに、とてもそんな気分にはなれません。



 ここまでどこかに相談するつもりで丁寧な文章で下書きして、これ単純に私が恋愛向いてないんじゃないかと思い当たった。

 前付き合った人のこと、私は本当に好きだった。友達として。本当に好きだったし信頼してたからこの人となら結婚してもいいと思ってたし、あんま興味ないけど求められたらセックスだってなるべく応じようと頑張った。でも内容のないLINEに困るのもセックスきじゃないのも一緒で、結局「中途半端なのはやめよう」と言われて振られた。何が中途半端だったのか未だによくわかんないまま今でもたまに一緒にご飯食べたりする。

 今まで付き合ってきた人に浮気されたことはないけど、浮気されても多分気にしない。男の人はどうもセックスがしたいらしいので、私が応えられないときなんかは積極的プロの方を活用したり、あるいはそれ専用のお友達を作るなどしてほしいと思う。私のために我慢させるのは申し訳ない。ただたまには私のところに帰ってきて「この女の子が可愛かった」って話題で一緒に盛り上がれたら嬉しい。とにかく好きな人には幸せになってほしいのが一番で、私じゃない人とでも幸せになってくれるならそれでいい。結婚式に呼んでほしい。

 生来恋愛感情がないとかではないと思う。高校生の頃はいっちょまえに片思いして告白して玉砕とかしたほろ苦いメモリー()もある。あんまり聞いてくれるな。他のことに手がつかないほど真剣に恋をした記憶はそれが最後だけど、「この人なら抱かれてもいいな」と思うような、ドキッとする人はたまにいる。顔は正直どうでもよくて、話が面白い人がよく当てはまる。例の片思い相手も見た目はいわゆる「デブキモオタ」って感じの人だったけど本当に好きだった(正直に書くけどキモオタだったのは本当で「マジで二次元しか興味がないからごめん」って言って振られた)。まあ好みの顔ってのもあるにはあるしそういう場合もある。いずれにせよ私からは何もしないし多くの場合何も起こらない。

 今付き合ってる彼には「抱かれてもいい」とすらまだ思えない。付き合いたてなのもあるけど彼も手を繋ぐ以上のことは求めてこないし無理強いもしないでいてくれる。誠実さは感じる。このままじゃ私が不誠実だなと思うし付き合ってて楽しくないし、でも彼はまだまだご飯奢ってくれていろんなところに誘ってくれるからどうしようと思う。

 彼に「私の何が気に入ったのか」って聞いたけど、オフ会はっちゃけテンション面白い子だと思ったんだって。正直オフ会テンションは一度限りだと思ってめちゃくちゃ武装した結果の状態だったんだけどな。今彼と一緒にいる時の私は彼の自慢話に「へー」「すごーい」しか言わないような程度の低いキャバ嬢しかない。本職のプロの嬢の方に失礼だ。本当に申し訳ない。

 一人の方が好きだし、用事がないならほっといてほしいし、人と目を合わせるのも嫌だし、っていうのは、単純に相手が好みじゃないって話なんかな。だってまず対等な立場で話ができないんだもん。

2017-05-19

葉隠』(はがくれ)は、江戸時代中期(1716年ごろ)に書かれた書物肥前国佐賀鍋島藩士・山本常朝が武士としての心得を口述し、それを同藩士田代陣基(つらもと)が筆録しまとめた。全11巻。葉可久礼とも。『葉隠聞書』ともいう。

目次 [非表示]

1 概要

1.1 「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」

1.2 書名の由来

2 脚注

3 刊本

4 参考文献

5 関連項目

6 外部リンク

概要[編集]

「朝毎に懈怠なく死して置くべし(聞書11)」とするなど、常に己の生死にかかわらず、正しい決断をせよと説いた。後述の「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の文言は有名である。同時代に著された大道寺友山『武道初心集』とも共通するところが多い。

文中、鍋島藩である鍋島直茂武士理想像として提示しているとされている。また、「隆信様、日峯(直茂[1])様」など、随所に龍造寺氏と鍋島氏併記しており、鍋島氏龍造寺氏の正統な後継者であることを強調している。

当時、主流であった山鹿素行などが提唱していた儒学武士道を「上方風のつけあがりたる武士道」と批判しており、忠義山鹿の説くように「これは忠である」と分析できるようなものではなく、行動の中に忠義が含まれているべきで、行動しているときには「死ぐるい(無我夢中)」であるべきだと説いている。赤穂事件についても、主君浅野長矩切腹後、すぐに仇討ちしなかったこと[2]と、浪士達が吉良義央を討ったあと、すぐに切腹しなかったことを落ち度と批判している。何故なら、すぐに行動を起こさなければ、吉良義央病死してしまい、仇を討つ機会が無くなる恐れがあるからである。その上で、「上方衆は知恵はあるため、人から褒められるやり方は上手だけれど、長崎喧嘩のように無分別相手に突っかかることはできないのである」と評している。

この考え方は主流の武士道とは大きく離れたものであったので、藩内でも禁書の扱いをうけたが、徐々に藩士に対する教育の柱として重要視されるようになり、「鍋島論語」とも呼ばれた。それ故に、佐賀藩朱子学者・古賀穀堂は、佐賀藩士の学問の不熱心ぶりを「葉隠一巻にて今日のこと随分事たるよう」と批判し、同じく佐賀藩出身大隈重信も古い世を代表する考え方だと批判している。

明治中期以降アメリカ合衆国出版された英語の書『武士道』が逆輸入紹介され、評価されたが、新渡戸の説く武士道とも大幅に異なっているという菅野覚明の指摘がある。

また「葉隠」は巻頭に、この全11巻は火中にすべしと述べていることもあり、江戸期にあっては長く密伝の扱いで、覚えれば火に投じて燃やしてしま気概覚悟が慣用とされていたといわれる。そのため原本はすでになく、現在はその写本(孝白本、小山本、中野本、五常本など)により読むことが可能になったものである。これは、山本常朝が6、7年の年月を経て座談したものを、田代陣基が綴って完成したものといわれ、あくまでも口伝による秘伝であったため、覚えたら火中にくべて燃やすよう記されていたことによる。2人の初対面は宝永7(1710年)、常朝52歳、陣基33歳のことという。

浮世から何里あらうか山桜    常朝

白雲やただ今花に尋ね合ひ    陣基

武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」[編集]

葉隠記述の中で特に有名な一節であるが、葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と単純に解釈されてしまっている事が多い。実際、太平洋戦争中の特攻玉砕自決時にこの言葉が使われた事実もあり、現在もこのような解釈をされるケースが多い。

しか山本常朝自身「我人、生くる事が好きなり(私も人である。生きる事が好きである)」と後述している様に、葉隠は死を美化したり自決を推奨する書物と一括りにすることは出来ない。葉隠記述は、嫌な上司からの酒の誘いを丁寧に断る方法や、部下の失敗を上手くフォローする方法、人前であくびをしないようにする方法等、現代でいうビジネスマナー指南書や礼法マニュアルに近い記述ほとんどである。また衆道男色)の行い方を説明した記述等、一般近代人の想像するところの『武士道』とはかけ離れた内容もある。

戦後軍国主義書物という誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では地方武士生活に根ざした書物として再評価されている。先述したように『葉隠』には処世術マニュアル本としての一面もあり、『葉隠』に取材したビジネス書出版されている。

戦後も、葉隠を愛好した戦中派文学者で、純文学三島由紀夫は『葉隠入門』を、大衆文学隆慶一郎は『死ぬことと見つけたり』を出している。両作品は、いずれも葉隠入門書として知られ、各新潮文庫で再刊された。

書名の由来[編集]

本来葉隠」とは葉蔭、あるいは葉蔭となって見えなくなることを意味する言葉であるために、蔭の奉公大義とするという説。さらに、西行山家集葉隠和歌に由来するとするもの、また一説には常長の庵前に「はがくし」と言う柿の木があったからとする説などがある。

2017-05-07

動力が欲しい

http://anond.hatelabo.jp/20170504175315

これを読んで、自分も動かなきゃなって感じた。

大学の時、構内で見かけた男の子一目惚れして友達伝いに知り合って4年経った今も片思いし続けてる。

電車増田と違って相手彼女はいないんだけど、だからこそ「まだ告白しなくても、今のままの関係でいいかな」なんて考えちゃう

向こうからしたら私はただの友達(もしかしたら友達の友達くらいかもしれない)だし、複数人遊んだことしかないし、LINEも私からしか送らないしそれも話す内容が無いから続かないし。

この先進展も後退も無いだろうからそろそろけじめをつける意味でも告白して玉砕したほうがいいんだろうけど、行動力が無い。

動力があれば2人で遊ぶ誘いだってできたしもっと連絡もとれたし、もっと早く告白してたんだよな。

どうすれば動けるんだろう。

2017-04-06

みんな家に大本営発表受信機あるか

すごい時代になった。

政府に認められた情報のみを受信するあの大本営発表受信機があれば、

日本という国は一丸になれること間違いなしだ。

一億総玉砕一億総中流一億総懺悔一億総活躍社会一億総白痴

みんなあれで可能だ。

昔は良かった。

一家に一台は大本営発表機があった。

あれを持ってない輩は国賊であり非国民だと言っても過言ではなかった。

いやあれを持ってないか国賊思想に染まってしまうと言うべきか。

持ってない奴等には抵抗がない。

国賊になることに。

大本営発表を受信していないから。

放送を観てないから。

から染まる。

悪に走る。

それで思い出した。最近の若者大本営発表受信機を持ってないそうだ。

貧乏からと嘯く金のかけ所を知らない愚か者から

Googleヤフーニュースを見れば良いと思っている。

あれを退廃などという軽率言葉で呼ぶなど私は断固拒否

あれはまさしく国賊行為だ。

政府検閲が働いていない情報媒体を受信している。

そんな彼らは大本営発表無視し、やまもと某や堀江某、西村某といった奸賊の主張を耳にし、染まってしまう。

愚かである

それと同時に哀れである

そんな愚者でもスマホさえあれば無料大本営発表を閲覧できるNHKニュース防災アプリ

https://www3.nhk.or.jp/news/news_bousai_app/

このアプリで正しく健全知識を得るのだ。

2017-04-03

っていうか、日本人って付和雷同癖があるというか長いものに巻かれやすいというか同調圧力ハンパないから

ちょっとぐらい左巻きが鼻につくぐらいの方が社会の安定には良いと思うけどな

先の太平洋戦争前夜のことがかかれた文献を読むたびに、そんなアホなと思ってたけど、

良識派な人たちやごく普通庶民であるはずの人たちが大正デモクラシー空気から10ちょっと

簡単に一億玉砕まで行っちゃうんだから

ブコメ自称バランス感覚あふれる中立派みたいなこと言ってる奴がどうなるか考えたらゾッとするよ。

2017-03-22

無抵抗真相

世の人にとってはどうでもいいことだけど、どこにも吐き出すところがないので書くだけ書いて吐き出そう。

デートドタキャン、実に苦しいものだとは思いませんか。

楽しみにしていた企画が前日の晩にぶっ潰れたその日、意気揚々と散髪して友達と会ってどこでご飯を食べればいいだろうかどこのスポットオススメ?等と宣い、実に嬉しそうに前日を満喫していたのである

体調不良が原因だなんて、何も言えるわけないよ。それは大変だ、気にせずゆっくり休んで!以外何が言えようか。

ごめん…機会があったらまた誘ってだなんて、デスコンボですよお兄さん。勿論!以外何が言えるんですか。

家族には予定を聞かれた時にニヤけてたせいでバレていた上でこのザマだ、ホラと追い打ちをかけられる。

社交辞令だと分かっていても信じたい、そんなことをする子じゃないと信じたい、きっともう一度誘ったら前のように良いですね!と言ってくれるのだ。

三月も末、区切りの次節である

先月初めて仕掛けた時は当たって砕けろ砕けりゃ4月から新生活に没頭よとポジティブに猛進したのだ。

4月から新生活に大いに影響を及ぼしてくれました。

今日祖母の御見舞の道すがら街路樹の桜が咲いているのを見た。

お花見に行こうという口実で一緒に手を繋いであーでもないこーでもないと喋りながらただ歩けるだけで良かったのにもうお終いなのか。

いつもそうだ、追われてる気がして追おうと心を奮い立たせたものの見事に玉砕、そして自信喪失人間不信の再来。

次行け次等と皆は宣うが、良くも無責任にそのような発言ができるものである

まるで我々に車を買わない若者共と言う烙印勝手に押す唾棄すべきご老人方のようだ。皆本当は欲しいのである

ふう、人を批判することでしか思考が成立しないのだ、可愛いおんなのこが寄るはずもない。

ここまで読んでくださった人たちありがとう、僕はタバコ吸ってふて寝をこくこととします。

2017-03-20

森友問題が、懸念しているとおりの展開になってしまった

私はこの問題、とにかく土地問題の正面突破のみをやるべきと考えていた。

かなりでかいヤマであり、しっかりと証拠を積み上げていけば、安倍政権の首を取ることも可能だと考えていた。

唯一にして最大の懸念は、野党側の追及の下手さ加減。

証拠がためもせずに拙速に走ったり、テレビ映りや世論煽動目的とした批判のための批判などの展開をされたら、

却って安倍政権に有利になるような敵失状況が生まれるのではないか、ということを懸念していたが。

果たして完全にそのような流れが出来かけている。

菅野完が出てきた時点で相当やばかったのだが、

政権批判的なはてブユーザーも、民進党と同じく、

本人の資質に対するリスク過小評価して、ただひたすら蛮勇で突撃することを目的としていしまっていた。

「おいおい、菅野完なんか出てきて大丈夫かよ」という慎重さが、無かった。

しろ彼をいっぱしのジャーナリスト扱いする向きが多勢だった。

そして今度は赤旗誤報を出した。

これに対してつくブクマがことごとく保守右派系のユーザーばかりで、

安倍政権打倒を旨とする人々の釈明や懸念といったものが皆無だった。

これこそ、戦局悪化に対する反省ができず、

ただひたすら一億総玉砕ブレーキも効かずに特攻していった大本営愚策のものではないか

安倍政権野党のこのグダグダを見逃すはずはないだろう。

せっかく千載一遇の追い詰めるチャンスを、

戦略のなさでもったいないほど毀損している。

安倍政権側が劣勢なのは変わらないし、世論調査でも軒並み支持率が下落している。

まだまだ攻め入る隙は十二分にある。

ただここで追求する側も変わらないとするなら、

自民党の劣勢もいつまでも続くことはないだろう。


残念ながら、追求する側が変わるとは私にはどうしても思えない。

からこそ、たくさんの綻びがあるような安倍政権の長期在任を許してしまっているのだろう。

これほどまでに穴だらけの自民政権を打倒できないようなら、

この日本野党はその自民政権以下との無能烙印を押されるのもやむを得ないことだろう。

2017-03-19

貴方の股間の対象になりたかった

私には、高校生の間ずっと片想いしていた男の人がおりました。

彼は背が高くてちょっと弱気な優しい人で、高校の仲良しグループとして何人かで集まりスマブラ(DX)などでよく遊んでいました。

私はその人に、2年生のはじめ頃告白しました。結果は玉砕でした。

「君は友達しか思えない」とあっけなく振られ、でもこのまま離れたくなかった私は、彼の友達になることを決意しました。振られた次の日も普通に挨拶をして(彼は優しかったので、普段通りに接してくれました)、その日から卒業まで、私はずっと仲良しの友人としてその人のそばにいました。

大学に入ってからもしばしばそのグループで遊んでいたのですが、その度に彼は恋人ができたことや別れたこと、ついでにセフレができたことなんかの話をしてきました。

私は彼の友達から、そっか〜と適当な相槌をうったし、今更どうこうなるわけもないよなぁ、と諦めていましたので、別に傷つくなどといったことはありませんでした。

そんなある日、彼のプライベートで酷い出来事がありました。彼はそれを私に語り、私は話を聞いていました。

彼は不意に言いました。「君はいいやつだなぁ。こんなに親身な言葉をくれるなんて。こういうの少し恥ずかしいけど、僕にとって君は1番の友達だよ」と。

その瞬間、私は素直に「嬉しい」と思うことができませんでした。

なぜなら、自分はこの人の友達ではなく、股間の対象になりたかったんだということに気が付いてしまたからです。この人に信頼してもらえている嬉しさよりも、この人に性対象として見られないことの虚しさの方がほんの少しだけ大きかったのです。

その話をした頃、私の就職活動や彼の院への進学で段々とばたばたし始め、グルーブで集まる機会がぐっと減りました。集まってもどちらかが忙しく、結局4年ほど会う機会がないまま時が過ぎました。

そして昨日。

私は久しぶりに彼に会いました。

彼は相変わらず背が高くて優しくて、それに加えて、酷い出来事を乗り切った人特有のたくましさを持っていました。

彼はスマブラ(初代)をやりながら、前と同じように恋人ができた話をして、セフレの話をして、まぁなんとかやってるよ、と笑っていました。

私も対戦しながらそっか〜と相槌をうって、笑って話をしました。

それから昔の話をたくさんして、ご飯を食べて別れました。

ここだけの話ですが、私は心のどこかで期待をしていました。ようやく私も彼の股間の対象になれるんじゃないかって。ここ数年で髪も伸ばしたし、化粧も覚えました。女性らしい所作もそれなりに学びました。これなら彼の股間も少しは対象としてみてくれるんじゃないかって。

でも駄目でした。

どうやら私は、永遠に彼の股間の対象になれないということがわかっただけでした。

私は彼と別れた後少し泣きました。でもちょっとだけホッとしました。次に会うとき私は、ようやく彼と友達になれるのでしょう。

勿論、遅すぎたのはわかっています。4年前にこの思いを持てていれば、私は彼の親友になれていたかもしれません。だけどそれはどうしようもないことです。

から私は次に会うときは、もう彼の股間に怯えないで素直に「そっか〜」以外の感想を言うつもりです。ヨッシーの復帰も阻止するし、また「1番の友達だ」と言われるくらい仲良くなれればいいな、と思っています

2017-03-14

ガルパン戦車アニメ けいおん美少女アニメ

ガルパン

ガルパン戦闘シーンを見てほしい。大洗女子学園は窮地に陥った際に精神論的な玉砕戦法に走ることなく、

きちんと作戦を立て、それを実行して勝利する。その頭脳戦のカタルシスこそが作品本質になっている。

ガルパンの最も際立った特徴は戦車を用いた頭脳戦であり、たとえ大勢美少女が出ていようが、ガルパン戦車アニメなのである

 

けいおん

けいおん実在する楽器を出したり、実在するミュージシャンをもじった名前キャラを出したりしているが、

その楽器特性を掘り下げたりしないし、モデルになったミュージシャンの特徴がキャラに反映されているわけでもない。

具体的な音楽論を語るキャラもいなくて、女の子らの雑談が一番の見どころになっている。

けいおんの最も際立った特徴は女の子たちがかわいいことであり、けいおん音楽アニメではなく美少女アニメである

 

美少女アニメとは、要するにポルノのことである。それは性欲という安易欲求を叶えるための次元の低い創作である

京アニポルノにまみれている印象がある。FREEにせよユーフォにせよ、水泳吹奏楽男の子のかっこよさや女の子の可愛さを

明らかに上回っていないかぎり、それはポルノなのである

2017-01-22

相手気持ちがまだこちらにあるかどうか分からないところで、相手自分気持ちを伝えるのはとても勇気が要る。

その気持ち相手が受け止めてくれないかもしれないからだ。

そしてそれは、受け止めてくれなければそれはそれで済ませられる、ような気持ちではないからだ。

でも、そういう気持ちを私の方から持ったのだから、それは私から伝え、

かつ、それを受け止めるか否かの全ては、相手に委ねなければいけない。

自身の半身が削られるような思いだけれど、

それでも、相手に伝えたい、届けたい、という気持ちもまた、持たなければならないんだな。

でもこういう気持ちが持てるようになるのも、

また別に私の気持ち応援してくれる人がいてこそなのだ、ということも分かった。

玉砕も良くないし、保身も良くない。

漸く、それとなく按配というものが、分かってきたような気がする。

漸く、答えが返ってくるまでの間を、苦しみばかりというような時間で過ごすことから解放された気がする。

待ってみよう。

答えが返ってくるそれまでの間を。

2017-01-21

進路が決まら大学卒業した女な訳だが[1]

2年前の3月自分就職が決まらないまま卒業式に臨み、そのままフリータールート突入した。

就職課をはじめとする大学関係者には「某生命保険会社営業内定が出た」と嘘をつくことで、表向きは「社会人生活へ向けて巣立ちを迎えるフレッシュ若者」になりきった。

就職が決まらないということが何より恥ずかしかったし、周りには心配をかけたくなかった。

今思えばそんなクソみたいなプライドで嘘をついた自分の方が恥ずかしいのだけれども。

学生の頃、正直自分はすぐ就職が決まると思っていた。

早くこんなつまらない地方都市から抜け出して、レインボーブリッジシーマ転がす業界人になってやる。

なんて時代錯誤でクソダサい動機を孕みつつ、鼻息荒く就活スタートした。おったまげ。

エントリーシートは通る。筆記試験も通る。しか面接でことごとく玉砕

気づけば残り弾数はゼロ。そして静かにマスコミ就活シーズン収束

就活の良い思い出?履歴書文字が綺麗って褒められたことくらいかな。ファック。

「まあそれでも?どこかには決まるし?ドンウォーリービーハッピー的な?」と楽観的に考えていたのと、内定承諾までの返答期限という事情から、他企業内定を辞退してしまっていた。

その後は流石に「転がすのはライトエースでも小型セダンでも、なんでもいいから、もうシーマなんて言いませんから…助けて…」と、ブットビまくってた理想をかなぐり捨てた。

どこでもいいから拾ってくれと地元中小企業などを血眼で受け続けたが、軒並みお祈り。

自分シーマどころか社用車にも乗れない人間。この事実を認めざるを得なかった。

冬ごろには就活をする気力も、今までの根拠のないプライドも、全て灰燼と化した。ぼくの心を就活は奪い去った。俺は空洞。でかい空洞。

全て残らず就活は奪い去った。

俺は空洞。面白い

全然面白くないです。

さすがにYami Yami Day(※病み病みの日のこと)を送って震えるのは嫌だったので、バイトを詰め込みまくり卒論を夢中で執筆することで現実逃避をしていたら、春なんてすぐだった。瞼閉じればそこに。

こうしてひとり、職無しのまま社会へ放流された死んだ目の若者が完成した。

卒業式後の飲み会で友人とフジファブリックの「若者のすべて」のサビを肩組んで歌った辛すぎる思い出。何年経っても思い出してしまうなあ。

毎晩内定のない人が見るまとめ速報を見て「自分マヂクズだゎ…ッラィ…」とか思いつつ、マンマのご飯はススムくんな、ナンダカンダ健やかなニート生活を続けていたある日。

「金を入れられない人間はこの家を出て行け。とりあえず働け。」

と母に某アルバイト情報誌でアタマシバかれ、ぱみゅぱみゅしてしまった私。渋々実家から激近の某企業アルバイトを始めた。

そこにいた先輩アルバイトのK氏は、大学中退後、様々なバイト転々として、今に至るらしい。「条件がかなり難しいか正社員にはなれないだろうけど、ずっと別にこのままでいい」と言っていた。

確かに仕事は楽だし、地元にしては時給もいいし、定時でしっかり帰れるし、人は優しいし、社食はおいしいし、福利厚生や社割もあるしで、バイト先にしてはマチャアキ文句なしの星3つだった。

しかし、そんなK氏を見ていると「自分はずっとアルバイトという立場でいいのだろうか?」という疑問が首をもたげてきた。

パン酵母か?というくらいに、その疑問は日に日に膨らみ、(マンマのご飯と社食体重も膨らみ)ついにバイトを始めてそう日が経っていない初夏のある日、母にこう言った。

「私、今から金貯めて東京行くわ。」

「は?東京?行ってどうすんの。」

東京行って就活やり直すだ。」

「どうしましょ、どうしましょ、どうしましょったらどうしましょ」

[2]に続かせてください。

2017-01-15

生きる目的とは

この時期おなじみの研究室ネタです。

研究室に配属されてから、ずっとこのことを考えている。

もはや何のために生きているのか全くわからない。

もう疲れた。ゴールしたい。

死んだらウンタラカンタラという人はよくいるかも知れないけど、正常じゃない精神をもっているひとは死ぬのが一番ラクな方法であることをしっている。

せっかく死ぬんだから死ぬつもりで頑張れといっている人もいるけど、やっぱり死ぬのが一番ラクなんだ。

ただ、まわりに迷惑をかけたくないからコトを起こさないだけ。

どこでこんなふうになったのか、ちょっと振り返ってみるとする。

これを読んでいる人の反面教師になれれば幸いである。

小学生の頃

そこまで人生に悲観するような人ではなかった。あたりまえだ。このころから壊れていたらそれこそ怖い。

自発的物事に取り組めていろんなことを楽しんで経験できたと思う。

だけど、今思うと凶兆はでていたのかもしれない。

この頃から負けず嫌いだった。負けたくなかった。

ただ要領はよかったので、少ない努力他人を打ち負かすことができた。

この時からか、勝ち負けにこだわり続けるようになったのか。

中学生の頃

この時も持ち前の要領の良さを活かして勝負ごとではそこそこの成績は残してきた。

だけど、嫌な逃げ癖を覚えてしまった。

部活剣道をやっていたが、練習がとても厳しくよくサボっていた。

しか練習をただサボるのではなく、練習中にわざと倒れたり、持病があるといって病院に行くと嘘をついたりしていた。

まり外面を守りながらサボる、クソみたいなサボり方だったのだ。

わざと過呼吸を起こして家に帰ってゲームをしていたということもあった。

救いようが無いな。

高校生の頃

要領が良かったので、地元トップ高校に入ることができた。

しかも無勉強で入ったといろいろな人に誇張していた。

実際は毎日2時間勉強していたのにな。

まり見栄っ張りだったのか、この時からも。

そのせいであとで自分の首を締めることになるとは思ってもいなかっただろうに。

地元トップという理由高校に入った自分は何の目標もなくのうのうと生きていた。

部活中学校の時みたいに苦労したくなかったので、ほとんど遊んでいる登山部に入部した。

この3年間は本当に無駄時間を過ごしていたと思う。

高校3年の夏、担任先生志望校を伝えたら鼻で笑われたから、頭にきて大学受験勉強をした。

それだけだったな。振り返ってみると

大学生の頃

そこそこの大学(旧帝)の理系に入ることができたが、入った目的担任先生を見返してやりたいということだけだった。

入ったあと無気力になり、サークルにも入らず家に引きこもるようになる。

厳密には大学には行っていたので引きこもりでは無いが、授業を受けて帰宅してネットサーフィンをするという日々を繰り返していた。

無論友達ほとんどいない。どこの大学はいるのが重要ではなくて、大学に入って何をやるのかというのが重要であると気付き始める。

このときから、生きる目的を探すように、探すことにすがるようになる。

研究室配属

生きる目的人生目標も無い私は、学年トップの成績がなければ配属競争に負けるという噂があった研究室名前を配属希望書に書いて提出した。

単なる見栄だ。自分他人より優れているということを証明たかった。

いま思うとこれが人生最大の過ちだったと思う。

もちろんその研究室の専攻分野に興味を持っていたのは確かだった。しかし、大まかな動機は上にあったソレだ。

ここの研究室の人たちは皆優秀だった。噂通りだった。

しかもみんな背骨のあった人であった。(http://next49.hatenadiary.jp/entry/20090222/p2

自分にはなかった。もっと言えばこの時に育てることができなかった。

見栄で研究室内でだれもやってない難しいテーマを選び、玉砕した。

そのテーマ研究企業との共同研究だったため、強い責任を感じていた。

また誰もやっていないテーマだったため、質問しにいっても迷惑がかかると思い、質問にあまり行けなかった。

行ったとしてもすごく辛かった。迷惑を掛けている気がして。

次第には研究室に行かなくなった。教授に、先輩に、同期に、クソ野郎レッテルを貼られるのがいやで。

順調に悪循環を築き上げていった。

卒論は糞みたいなのを書き上げて卒業した。自他共に認める糞だった。

大学成績が良かったため、大学から賞を戴いたが、自分は糞製造機にしか過ぎず、もらうには不適切だと思って更に気分が落ち込んだ。

大学院生

旧帝の理系学生は院に行く、というよくわからないしきたりに流されて、大学院に行った。

これも間違いだった。糞製造機と成り果てた自分はもはや研究に熱意もなく、ただただやらなければならないことをこなすだけだった。

面白くもなく、楽しくもない。

昔は楽しかったのかもしれない、もうよくわからない。

M1だが、生きる目的目標もなく、割り振られた仕事すら放棄し、研究室にも行かず、ここ増田愚痴を書いている。

精神科にも行った。カウンセリングにも行った。だけどやっぱり何のために生きているかからなかった。

もうなにもしたくない。生きる目的もない。

こんな苦しいことが続くなら、とっとと楽になりたい。

振り返ってみると、糞野郎になった原因は、逃げて逃げて楽して見栄をはったからだとわかる。

至極当たり前だ。しかも中身がない。

そんな人が、中身のある集団研究室)に放り込まれた結果、病んだだけ。

なるほど。

22年間生きてきて学んだことがこれだけかと思うと涙がでてくる。

あとはどうやって皆に不便を掛けずに退場する方法を考えるだけである

本垢ではネガティブなこと書かないからこっちで書く

一応、はてなブログ書いていますが、ネガティブな内容は負のエネルギーを読者に与えてしまうため、匿名で書こうと思う。別に大したことない、自分ひとりの問題なのでこんな文章読むより次クソするときのケツ拭く紙の長さをどうしようか悩むほうがまだ有意義だと思う。こんなクソつまらん前置きはいいのでさっさと内容をと思うがどうせ中身はない。最近自分人生を映しているようだ。

仕事プライベートも気分の浮き沈みが激しすぎる。これは鬱病予兆キツイわ 笑 ほんと万人が感じるような普通の、なんてことない悩みだけど当事者としたら明日生きるのもキツい、今後何十年も自分ダメなのかもしれないと思わせてくるんだよ悩みってやつは。

仕事では楽しい仕事しんどい仕事の落差が激しすぎる。しんどい仕事自分の力でどうこうできる内容でもないし、時間解決してくれるものでもないし、むしろ時間経って悪化し続けてるし、一言でいったらゴミ。やめちまえこんな事業。と、いつか上司役員に言ってしまいそうな自分がいる。楽しい仕事もないことはないが、しんどい仕事がいつも頭にチラついて、なにかこう、打ち込めない。楽しい仕事を本気でやってもやらなくても、しんどい仕事は発生するので、楽しい仕事しているあいだはせめて最大限楽しむことが正解だよなぁ。とはいえ頭の隅から離れない。虫歯を治さずにいたらどんなに楽しいことしてても痛みは常に襲ってくるでしょ。そんな感じ。やめちまえこんなクソ事業

プライベートしんどい最近。てか前から別に楽しくもなかった。趣味特にないし。あっても趣味と呼べるほど打ち込んでもないし。趣味って言葉に囚われまくってるの悲しいわ。趣味って定義あるのかな。自分よりその趣味に対して知識経験もある人が大量すぎて趣味ですって胸張って言えないんだが。まぁいいや趣味については。

問題人間関係ですよやっぱり。高校時代の友人がクソウザい。人の気遣いを全く分かっていない。いや、気遣いなんてわかってもらうことではないと思うんだけどね。気遣いした相手から見返りを求めるなんてエゴでしょ。期待するんならハナから気遣いとは呼べません。「大きなお世話」です。とはいえ、ですよ。こちら側が譲歩しているのを全く意に介さない態度はどうかしてると思うね。わかったうえでその行動、言動をしているのであれば頭いいわ。人をイラつかせる天才だ。天才オブザイヤーだ。せいぜいほかの人にも同じ態度とって嫌われるがいいさ。こんな駄文書いている自分のほうが嫌われるだろうけどね。深層心理はいつか表にでるよ。顔にもでるよ。ネガティブなこと考えていたら、目は落ちくぼみ生気を失い、肌はくすんで、猫背になって体全体から悲壮感を漂わせるだろうから。人をイラつかせようが自分は病んでいないという状況が生き残るうえではベストかもね。自分はそんな強い人にはなれない。

あとは恋だね。何年恋人がいないかわからん。5年くらいかな。久々に気になる人ができたよ。ウケる趣味は全く合わないし、なにに惹かれているかわかんないんだけどついつい考えてしまう。学生かよ。まぁ心は中学生から変わってないのである意味正解ではある。LINE翻弄される。いや別に頻繁に連絡を取りたいわけじゃないんだけどさ。そんな素っ気ない態度取られるとへこむわ。ほかの人にはもっと元気で明るいLINEを送ってるんでしょ。めんどくさい、つまらない、クソみたいな人に対してはクソを投げつけていいと思っているんでしょ。正しい。ほんと正しい。自分も嫌いな人に対しては、自分でもドン引きするくらい素っ気ない返事するし。あなたは間違っていない。自分がやられて嫌なことは他人にしてはいけないっていうけどそんなの無理だな。てか誰に対しても同じように振舞ってたら逆に気持ち悪いし八方美人とか思われるだけだし。全員に同じように明るくとか感情共産主義かよ。だからあなたも正しいし、自分も正しい。反応したいように反応すべきで、そこにお情けは不要。一度形作られてしまった印象はおそらくもとには戻らない。戻るとしても時間、工夫を要する。もしかしたらお金もね。こんな不満ばっかでも、少しでも振り向いてほしいと思ってしま自分気持ち悪さよ。別にその人じゃなくていいのに。上にも書いたけど趣味合わないし、性格もよくわかんないし、距離感もいまだに測りかねてるし。今まで生きていた世界も、今見ている風景もすべて違うわけで、いきなり分かり合えるわけない。分かり合えないことが分かっているのに、いまだに考えてしまう。あの人と趣味性格の合う自分ではない他の人が楽しく過ごしているのは確実で、その事実今日も苦しい、明日も苦しい。そうこうしている内に時間は経ち、後戻りはできなくなる。今が人生で一番若い、とはよく言ったもので、今日有意義に過ごそうが、堕落して過ごそうが、人間はただただ老いる。明日今日より希望があるかもしれないが、確実に老いている。老人に明日はない。未来があると思っていた明日は老人になるための日々でしかない。ただ老いるくらいであれば、行動しよう。しかしその行動が原因で気が滅入ることもしばしば。100回行動したら90回くらいはしんどいんじゃないかな。見込みのない時はそれがプライベートだろうが仕事だろうが行動する気さえ起きない。もういっそのこと結果だけ知りに行こう。過程なんて無視時間無駄玉砕したほうがラクかもね。

というわけでツラツラとクソつまらんことを書いてみたわけだが。匿名って最高だね。ブログツイッター匿名ってか現実でバレないから好きなこと垂れ流せると思ってたけど、そういったSNSでも妙な人間関係ができてしまって、この人はこういったことを書かなきゃいけないみたいな空気になってるから、好きなことなんか書けたもんじゃない。なので匿名ダイアリー機能は本当に助かる。ありがとう最後まで読む人いるのかな。いたらお疲れ様です。ありがとうございます。誰でもこういう時ってあるよね。普通社会人普通の悩みを書いただけ。悩み悩まされ、これ人生。あしたからも頑張ろう。

2016-12-26

社会人合コン

さて、合コンの話である

訳あってここ数か月、幾多の合コンに参加してきた。

未だ戦果はゼロに等しく、財布の中身もそれはそれはさみしい事になっている。

しかし、今回言いたいことは戦果云々ではない。

端的に言って、「社会人合コンには、マルチ女が紛れ込んでいることが驚くほど多い」ということである

なぜだろうか?

合コン後、数日経ってから友達に進捗を聴くとかならず、「誰々ちゃんからゲーム大会しかもそれは経営者尊敬できる友達主催したもの)に誘われた!」

と報告を上げてくる男が一人はいるのである摩訶不思議

お持ち帰りに失敗しているという重大な瑕疵はさておき、なぜだろうか?

なぜ必ずといっていいほどの確率マルチ女が紛れ込んでいるのであろうか。

1つ思い浮かぶこととして、単純にマルチの見込み客を見つけやすい(しかも、男女関係を匂わせているか数字に結びつきやすい)ということがあるだろうか。

では仮にそうだとすると、マルチ女たちは、「マルチターゲットになり得る人間合コンに来る確率が高い」と読んで合コンに参加していることになる。

ではここでいう「マルチターゲットになり得る人間」とは、いったいどのような人のことを指すのだろうかという疑問が浮かぶ。

それに対して、私は一つの仮説を挙げたい。

多少語弊があるだろうが、「微妙貧困に片足突っ込んでいる層」こそが、彼女らのターゲットなのではないだろうか。

具体的な年収などの諸条件もそうだが、微妙貧困からこそマルチのような副業だとか、成功している経営者セミナーへのい食いつきが良いのだと考える。

低層から脱出を図りたいというそ気持ちが、マルチを引き寄せるのかなあ、と。

逆に貧困ではない層は、「合コンなどに頼る必要などないかマルチも寄ってこない」、もしくは「マルチの側から見切りを付けられる」などの理由マルチターゲットにならないのかな、とか考えたりする。

そもそもお金への執着が貧困層ほど強くないから、マルチ商法には合わないのかなあとか。。

というのも、私自身、決して金持ちではないが貧しくもない層に居る。ローンやカード審査は何の問題もなく通過できる程度には身分の堅い仕事をしている。

その状態で冒頭のように「訳あってここ数か月、幾多の合コンに参加してきた」ところ、上に書いたように何人ものマルチ女と遭遇したわけである

ぶっちゃけ私自身、モテたいとか彼女が欲しいとか強く思って合コンに参加するので、ある程度お金に余裕があることを無意識アピールしてしまう。

車を買っただとか、大手に勤めているとか。。。

運よく仲良くなった女の子からは度々、「ああいうのはモテたい感が強く出てて、こっちとしては引いてしまう」と指摘される。反省である

で、上記のようにお金に余裕のある感じを演出してしまうので、まともな子からダメ出しをされる。

そして、マルチな方々には相手にされなくなる。

いずれのマルチからも「勉強会」とか「フットサルサークル」、「ゲーム大会」には誘われることなく、自宅で一人悲しくエロ動画を観て果てていたりする。玉砕もいいとこである

マルチターゲットにされていないというのは、嬉しい反面ちょっとしかったりもする。

理由はふたつ。ひとつは、純粋マルチ世界も覗いてみたいという好奇心が満たされないから。

もうひとつは、もしかしたら友達になれるかもしれない人に相手にされていないと思ってしまうから

たぶん、マルチに嵌まるような人と仲良くしていても良い事はないのだろうが、それでも少しは他人を信じたいという、寂しい20代の心の叫びなのだろう。

早いとこ、このような不毛合コン戦線には終止符を打ちたいものである

2016-12-19

クリスマスに相応しくない映画を教えてほしい

去年のクリスマス好きな人映画に誘ったが玉砕した。

落ち込んだがいっそのこと、とことん落ち込んでやろうと思いクリスマスに相応しくない映画を探し「マーターズ」を観た。

我ながら良いチョイスだった。とてもクリスマスに相応しくない一本だった。

繰り返しになってしまうが去年は玉砕した。だが玉砕と言っても映画に断れれただけだ。

…と思っていたが最近、その彼女結婚トドメを刺された。

今思えば去年のクリスマス、既に今の旦那と付き合っていたんだろう

(本題とは関係ないがその結婚純粋に祝福できない自分が嫌で嫌で仕方ない)。

そんなこんなで今年は去年以上に落ち込んでいる。

そして去年以上に落ち込んでやろうと思っている。

が、いい作品が思い浮かばないので候補を教えてほしい

以下の作品は鑑賞済みなので他の映画でお願いしたい。

マーターズ

ミスト

ダンサー・イン・ザ・ダーク

ファニーゲーム

セブン

2016-11-24

性的対象として見れなくて、女性を振った。

ある女性告白されたことがある。

彼女は22歳、僕は20歳だった。

その人は良き友人であり、話も趣味不思議なくらいぴったりと合う。

共通趣味イベントで知り合って、LINEを交換し、最初グループで遊んでいた。

僕はそのグループにいた女の子のことが気になっていたが、その後玉砕した。

その経験を22歳の彼女に話したところ、存外話が弾んで面白い時間を過ごすことになった。

それから2人で映画に行ったり、食事をするように。

そんな日々が1年ほど続いた。

彼女教養に長けており、色々なことを知っていた。

世間知らずな学生である自分にはそれだけでも刺激的で、彼女と会うことは楽しみだった。

彼女アトピーらしく、いつもすっぴんだった。

それは少しだけ気になっていた。

食の好みも、趣味も、性格も合う相手

僕は彼女に惹かれていった、友達として。

友達だよね」を逃げ言葉のように使っている自分に嫌気がさすこともしばしば。

友達であること、を彼女に対して強調したのは、恋人関係には進めたくなかったかである

彼女ルックス森永卓●さん似でなければ、僕は多分この告白を嬉々として受け入れていたんだろうな。

女性を外見で判断する、ということが最低な行為であることは重々承知の上だが、それでも僕には無理だ。

森永さんにそっくりな彼女を抱けない、と思う。

外見が違っていれば彼女恋愛対象として見て、性欲を抱いていた、と自分でも手にとるように分かってしまうのが悲しい性である


彼女告白純粋に嬉しかった。

僕は特別モテるタイプではないし、やっぱり女性から告白は嬉しい。

楽しい時間を共有して、美味しい食事を食べて…。

僕は友人のままで彼女とそんな楽しい時間を過ごしたいと思った。

そこに性欲が介在しない関係のままでいたいのだ。

これが我儘であることは分かりきっていた。

僕は、外見で判断するような人間は嫌いだったはずだ。

それなのに、今自分が同じことをしている。

僕のことを好いてくれた彼女申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

きっと外見ごと彼女を好きになってくれる人がいるはずなのに。

告白された後、色々と考えた。

震える声で告白してきた彼女、いつも笑顔彼女

面白い話をしてくれて、軽口も叩きあえる彼女

理想的じゃないか、外見なんていいじゃないか

そう思いこもうとした。


でもやっぱり無理だった。

恋愛というのは双方が幸せでいて、成り立つものだと考えた。

僕は彼女と付き合っても、幸せにすることができないと思った。

から断った。

「いい友達でいてください」と。

彼女はそのことを予感していたかのように、口角をきゅっとあげて言った。

「うん、また遊びにいこうね」と。

今でも彼女とはよく遊んでいる。

お互いに相手はいないけれど、まだ友人関係のままだ。

彼女を傷つけてしまった上に成り立つ、関係だ。

僕は多分、最低な男だった。

2016-11-21

この世界の片隅に」を観て、眠れる狸が目を覚ました



この世界の片隅に

何となく評判が良さそうなのと、こうの史代原作だというのとで、

北海道じゃ知る限り今のとこ札幌の1つの映画館しかやってないけど、観に行ってきた。

もう言葉も出なかった。

帰り道の途中、あーでもないこーでもないと、頭の中で感想をひねり出そうと頑張ったんだけど、とにかく上手く表現できない。

ただただ、素晴らしい。この「素晴らしい」という言葉も何か陳腐ものに聞こえて、却って作品を貶めてしまってる気がする。そんな感じ。

もちろん、個々に素晴らしい要素を取り出すことはできる。

背景がとにかく綺麗で、建物や草花、人々の描写が緻密で、登場人物たちも何か温かな感じで、

物語も、すずさんという主人公を中心に、戦時中市井の人々の暮らしが丹念に描かれていて、

それでいて、あの時代、あの戦争というものに、いわゆる普通の人々がどう向き合っていたのかを考えさせられる。

さら自分が言わなくても、もういろんなところで考察感想があがっているから、これ以上言及する必要はないだろう。

それでもどうしてこの映画がこんなにも心を打ち抜いたのか、説明できない。

自分表現力が乏し過ぎるから上手いこと言えないだけなんだろうけども、何とか自分言葉感想を言いたいなぁ~と考えて考えて、

そこで思いついた!

そういえば自分の中で同じくらい心を打ち抜いた映画があったなぁ~と。

それと「この世界の片隅に」で、なにか共通するものがあるんじゃないかなぁ~と。

それは…「平成狸合戦ぽんぽこである

はぁ?「この世界の~」と「ぽんぽこ」を一緒にするんじゃねぇぞカス

とどちらのファンにも言われるかもしれないけど、言われても仕方ないんだけど、

少なくとも自分はこの映画を語るのに、「ぽんぽこ」という“触媒”が必要だった。

平成狸合戦ぽんぽこ」は高畑勲監督が手がけたご存知スタジオジブリ作品だ。

内容をごくごく簡単に言えば、ニュータウンの開発で自分達の住処を失う危機に面した狸たちが、必死の抵抗を試みて敗れる物語である

でもここに出てくる狸たちは、そんな深刻な事態なのにどこか暢気でズレていて、人間との「戦争中」だけど恋も遊びも楽しんでいる。

そしていよいよ追い詰められていく中で、ある者は徹底抗戦を唱え玉砕し、ある者は自分たちを受け入れてくれるこの世の楽園(そんなものはないのだが)を目指して旅立ち、

主人公を含むその他の者は、人間社会への同化を試みることを決意するのである

この作品、たくさんの風刺メッセージが込められていて、解釈も様々ある。

そして自分が感じたのは、「(それでも)生きていく」というものだった。

ニュータウンの開発。それはそこに暮らす狸たちにとって、自分たちを取り巻く環境価値観を一変させる脅威だったに違いない。

からこそ必死に抵抗するのだが、しかし圧倒的な力の差に敗れ去ってしまう。ただ、それでも―

主人公を含む一部狸たちは、人間社会の中で、人間価値観の中で、「(それでも)生きていく」ことを選んだ。

映画最後の方で、主人公はかつて豊かな森であったろうゴルフ場の片隅で、小さな宴会を楽しむ昔の仲間を発見し、再会を祝う。

その小さな幸せを楽しむ向こう側には、絶望的なほどに圧倒的支配者となった人間の暮らす街が広がっていた―。

なんだか救いがないように見えるけど、でも、不思議希望も持てるラストだと思った。

きっと狸たちは、もう今までの自分たち世界は取り戻せないけども、それでも新しい世界のどこか片隅に自分たちの居場所を見つけて、

しなやかにしたたかに生きていくだろうから

さて、「この世界の片隅に」はもちろん「ぽんぽこ」とは全然違うんだけど、

でも根っ子の部分で重なるんじゃないかなぁ~と、少なくとも個人的には感じた。

自分たちを取り巻く社会価値観環境が変化する中で、それに戸惑ったり抵抗したり適応したりしながら、それでも生きていくということは、人間普遍的テーマだと思うから

この映画はその普遍的テーマを直接言及するわけでなく、戦時中市井の人々の日常という形で描いてるものから

何か上手く捉えられず表現できないんだけど、心を深く揺さぶるんだと思う。

余談だけど、今まさにこの現代にこの映画が出たことは、タイミング的に奇跡なんじゃないかな。

というとオーバーだけど…でも、世の中が激変し過ぎて、正直自分不安を感じてるよ。

テロの多発、英国EU離脱トランプ大統領誕生等々…。あん政治的な話を持っていくとこじれるからこれ以上はやめとくけど、

いったいこれからどんな世界が訪れるんだろうか、全然からない。

からないんだけど、考えるのを止めて狸寝入りしちゃ駄目なんだろうな。

からないなりに現実と向き合って、「(それでも)生きて」いかなくちゃならない。

何だかやっぱり上手く言えないけど、そんなことをあらためて感じさせられた。

2016-09-12

http://anond.hatelabo.jp/20160912120633

前に書いてた時、「恋愛関係になれなくてもいい」って言ってたはずなのにすっかり恋愛モード一直線だね、増田ぁ~~。

傍目から見て、残念ながら脈なしっぽい気がするよ。

ただお話やすバイト先のお兄さんって感じ。

彼女コミュ力が高い(ように見える)のなら、脈ありであればイマドキすぐにLINEなり連絡先聞いてくるでしょ。聞いてこないのはなんで?別に連絡先聞くほどでもないからじゃないの?

恋する人に厳しいこと言っちゃってとってもゴメンだけど、最後に連絡先聞くってーのはマジでやめたほうがいい。

年代ならまだしも、圧倒的年齢差と社会的地位があるのをどうか忘れないで。

相手から告白させりゃいい」ってトラバしたことあったけど、相手から来てくれなかったら諦めるって気持ちでいないと増田職場にいられなくなるよ。それでもいいってんなら止めやしないけど…。

「お互いに残る遺恨ガ~」とか言ってるけど、

増田が本当にやるべきことは「相手の連絡先を聞いて玉砕」じゃなくて、

バイト先に話しやすいお兄さんがいたな」って彼女にいい思い出に残ることじゃないのかなぁ。

学生時代だったら恋に突っ走るのもいいと思うけど、増田社員なんだよね?

最終日に彼女から連絡先を聞かれたら頑張ればいいし、聞かれなかったらいい思い出になったと思えるように心の準備をしといたほうがいいと思うんだけどなぁ。

素敵な恋を応援してあげたい気持ちもあるけど、同じ社会人としてはなんだか複雑な気持ちだよ。

2016-08-26

発達障害からレイプしたんだろうって話が出回ってるようで

世間様とやらは相変わらずだなと思う。凄いよ。

こちとら忘れ物しちゃったり約束時間ちょっと遅れちゃうぞ☆ってくらいのつもりでやってんのに

はあレイプ魔ですか。人よりちょっとメモを取らないと不自由する人間レイプ魔ですって

もちろん露骨には書いてない、でも匂わす程度、匂わす程度に書いている。

もともと俺はバイでそれをカミングアウトしてないから、友人に隠さなきゃいけないことがもう一つ増えた。


犯罪者顔だとよく言われる。人を殺してそうだと。勿論、考え無しな人の冗談だと今まで思っていた。

でも彼らは本気なのかもしれない。次にADHDだとか、バイセクシャルだとか、ばれたらなんとなるだろうか。


俺は確かに真面目な生き方はできなかったよ。今だって正社員じゃないし、アルバイトだ。

でも技術職だしクリエイティブ系の仕事についている。俺は夢を叶えた人間だ。

仕事がつまらないと思ってる奴よりまともな生存戦略を図ってきたと思う。


まあ、恋人は難しい、女性殆ど玉砕男性だって結局セフレみたいなもんで、もうここ6年は誰とも関係を持ってない。

そういった面で良い目を見れたのは2年くらいで、あとは糞みたいなもんだ。

しょうがない。これは俺がセクシズムに対して拗らせたせいだから


そのかわりこの6年でいい友達も得れたし、世界は良くなった。風に見えた。

勿論バイであることは無かったことにしてる。

正直、セックス出来るならしたいってくらい好きな奴もいるけど相手尊重してる。

その代りムッチャ甘えてる。勿論、友人として、だけど。

俺は相手ヘテロで、男同士はダメなことくらいわかっている。

他人の嫌がることをしちゃいけないことくらい知っている。

メモに書かなくてもわかるんだよそれくらい。


こんな社会に生きるのはもう無理だし、

年末ジャンボが当たって隠居できるようになるか、

空飛ぶ鉄塊が家に墜ちてくるのを待つしかない。


追記:改行ちゃん入れ忘れてやんの、あほだね

2016-08-18

大学卒業して何年も経つけど

大学時代に思いを寄せていた子が結婚したらしい。

の子は同じ部活で、部活の先輩と付き合っていた。

複雑なのは僕もその先輩とは仲が良く、大変お世話になっていた。恩人といっても差し支えがない。

ふたりの付き合いを知ってからも先輩とはふたりで酒を飲んだりし、僕の思いには気づかれてなかった、と思う。

結婚は考えていないんですか、と尋ねたら否定していたけど、なんとなくそんなことはないだろううなと思っていた。

案の定、結婚を別の先輩から知らされて聞いた。

自分はというと、卒業以来何人かお付き合いした女性はいるけれど、後輩の子は忘れられていなかった。

玉砕覚悟で思いを伝えるだけはしようと思ったことはあるけれど、心理的距離物理的な距離がそれを阻んだ。

離婚云々は置いといて、可能性は潰えた。

大学時代区切りをつけて、前に進みたいと思った。

僕の大学生活は終わりを告げたのだ。

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