はてなキーワード: ポケモンGoとは
通じないかもしれない年齢を「起きたのが11歳以下である」とする、なぜならインターネットに触れてないだろうから
若者を、中学生(14歳)高校生(17歳)大学生(20歳)新卒(22歳)とする
裸になってなにがわるい
(いつやるの?今でしょ!)
(倍返しだ!)
(バカッター)
(ふなっしー)
STAP細胞は、ありまぁす!
ンァッ! ハッハッハッハー! この日本ンフンフンッハアアアアアアアアアアァン!アゥッアゥオゥウアアアアアアアアアアアアアアーゥアン! コノヒホンァゥァゥ……アー! 世の中を……ウッ……ガエダイ!
どうして解散するんですか?(小学4年生)
まな板にしようぜ
あぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~
(ポケモンGO)
このハゲーーー!
わーい! / たーのしー! / すごーい!
止まるんじゃねぇぞ…
さてはアンチだなオメー
NHKをぶっ壊す
シャミ子が悪いんだよ
密です
特に2011年は、地震自体は高校生でもうっすら覚えているらしいけど
また2014年は大学生◯ですが、ぶっちゃけ通じないほうが圧倒的に多いです
そう考えると怖いですね
2023年8月10日に5歳の息子に誘われて始めたポケモンGO
ようやくPL40に到達した。
最強トレーナーの皆様からすればまだまだとお叱りを受けるでしょうが
オートキャッチ無し、ほぼ無課金(ウソ)でここまで来たことをご報告致します。的な
本題はそれではない
孵化アクセスはギフトの枠が増える、そしてギフトはPL上げに効率が良いとの判断
現在フレンド数は大親友到達を除き100人前後で回している、大親友到達は12人
フレンドはレイド招待で増やしている、あっちから来ることもありほぼ承認
フレンドレベルを上げるには双方どちらかがギフトを開封しなきゃならないよね、
(レイド参加すると偶発的に既フレンドと重なり親密度進行することもあるが例外として無視する)
で、悩んでいるのはどっちが開けるの問題
フレンドリストではどちらかが開封済みなら水色の枠で判別できる
俺の基本運用は、毎日0時を過ぎたタイミングで届いているギフトを全部開ける
稀に、こちらで開封済みで親密度進行しているのにあちらでも開封する人がいるが
で、だ、結局フレンドの状況や運用は人によって千差万別なわけだ
つまりフレンドをほとんど登録していない、積極的に使って無い人も大勢いるだろう
そういう人は開封枠なんて気にせずにギフトが届いていたら機械的に開けているはずだ
で、機械的にお返し
ではでは、相手方をプロファイリングして、こいつは送る一方で良かろう、
みたいな判別を緻密にすればギフトの運用効率はさらに上がるんじゃないか
ポケモンGOからデータを抜いてExcelで管理できれば自動化と可視化できるのだけど、それに必要なAPIは公開はされてない
フレンドリストの画像からテキスト化してデータ化、これはさすがに手間もかかるし技術的制約も大きい。
どーすりゃいいの?
さすがにこの人数は覚えられない
なお、大親友到達のタイミングはしあわせタマゴを考慮して相手様に委ねている
俺はガチ勢ではないのでどうぞそちらでお楽しみくださいです
とはいえ、こいつ分かってねぇ奴判定してる人はもったいないのでこちらで使わせて貰っている。
この辺のノウハウや作法はググれば先人の知見にたどり着くのだろうが
俺はあえてググらない
だからここで聞く
みんなどうしてる?
「パパ大好き」
五歳の息子が一日30回くらい口にする
記憶曖昧だが3歳くらいから言い出した気がするが最近特に頻繁に言う
口癖のように言う
こーゆー事も言う
どこでそういうの覚えてくるの?
みたいなセリフで毎回答える、正直面倒臭くなってきた、いや嬉しいけどさ
妹が帰省し家族集合、妹は7歳の男子を育てているが、その場でも「パパ大好き」
妹驚く、「そんなセリフ我が子から聞いたことが無い」羨ましそうだった、へへへ
当人に聞いてみた
「どのような意図でそのような事を言うのか、パパとママの愛に疑いでもあるのか?」
「パパのこと大好きだから」
答えになってねぇ、もういいや、そのうち言わなくなるだろう
「泥棒を見つけたら腹をぶん殴って宇宙までぶっ飛ばして殺してやる」
みたいな事も言う
ゲームをやってて思い通りにならないと
「これ作ったやつをぶん殴って宇宙までふっとばして殺す」とか言うてる子が
「パパ大好き」て
息子と二人でファミレスで飯を食うた
なにを撮っているのだと尋ねたら
いや殺すな
家はガラクタで溢れている
「あのね、キミはこれが欲しいんじゃない、どうせ使わない、遊ばない、秒速飽きる、手に入れたという喜び過去の経験、報酬系快楽の反復欲求に脳が支配されているだけだ、愚かな事だよキミ、資本社会の奴隷だよ」
「ぼく子供だからそういう難しいことはわからない、とにかく欲しいんだよ」
「しかしねぇ、誕生日プレゼントは1024歳まで前借りしてるよ、いい加減ヤバいよ、もう誕生日もクリスマスも無いよ」
「自分でバイトして買いなさいよ、今どきはユーチューバーとかあるじゃん」
「そういうのは嫌だ、パパに買ってもらうのがいいの」
2割くらいの割合でこっちが根負けする
昔は9割だったから成長しているのだろうか
ママに見られたら叱られるのでオレの部屋に来て俺の椅子の肘掛けにあん馬のように乗り股間を押し当て足ピン汗だくでハァハァしている
チンチン壊れないかしら、まぁいいんだけど
それより心配は性的快楽はA10神経系、脳幹、大脳辺縁系、前頭葉に作用した刷り込み
つまりナニが性的快楽のトリガーになるか、精通初期の体験や五感情報が重要
側溝男というのが居る、「生まれ変わったら道になりたい」と名言を残した男
グレーチングの下にでハァハァする三度逮捕されても辞められない男
精通初期、社会的に許容される常識の範囲に快楽とトリガーの紐づけができなかった哀れな人たち
同じようになってもらっては困る
俺は息子のオナニーの横でパソコンで増田やらニュースやら株価を見ているのだが
俺のお宝コレクションを観せてやったほうがいいのだろうか
悩む
やめろ、マジで
ポケモンGOのリリース日は街中が浮ついていて、楽しかった。ポケモンやってる同士というそれだけのことで、その辺にいる見知らぬ人達と話をしてめっちゃ盛り上がった。独身の人はナンパとかも捗ったんじゃないかな。
当時何回も声掛けられて嫌気さして泣く泣くポケモンGOをアンインストールした身としてはこういう呑気なコメントには殺意さえ湧く
ナンパは性加害です
その会社の同僚とは可もなく不可もない感じだった
IT企業でゲーム好きが多かったので誰も私の事など気にもとめず
退勤するかのように最終出勤日を終えました。
ポケモンGOを始めたのはサービス開始して1年も経っていない時だったと思う。
サービス開始当初からすごい熱狂ぶりだったと記憶している。多分に漏れず自分もはじめてみて、見事にハマった。ポケストップ回すためだけに外に出歩いたし、自転車通勤時でもポケモンを捕まえられるようにスマホホルダーも買ったし(結局使わなかったけど)、電車通勤になってからもスマホを肌身離さずもってポケストップを回していた。何かのイベントで特定のポケモンが大量発生するときも、そのためだけに自転車を走らせてゲットしまくった(確かそのときはチルタリスだったっけ)。
あるとき息子が生まれた。ある日妻と息子と3人でお出かけをした。まだ1歳にも満たずもちろん一緒にポケモンGOなんてできない。その日がちょうどイベントの日で、ミニリュウが大量発生する日だった。強力なカイリューを育てるべく、出先で妻と息子そっちのけでミニリュウを捕まえまくった。最初から最後までポケモンGOをしていた。で、気が付いた。「あ、こんなことしてたらだめだ」と。妻には何も言われなかったが「ずっとスマホいじってんなー」くらいは思われていたはず。
思えば、ポケモンGOに執着する理由は、「もったいない」の精神だった。「ポケストップがあるのに回さないのはもったいない」「ポケモンが出現するのに捕まえないのはもったいない」「ジム(だっけ?)があるのに対戦しないのはもったいない」「特定のポケモンが大量発生するのにできるかぎり捕まえないのはもったいない」。そのため、空いている時間でできる限りのことをしなければもったいないと無意識に考えるようになり、気が付いたら四六時中ポケモンGOをやっていた。
で、やめた。やめたらとてもすっきりした。もう駅前のポケストップを回すためにスマホを取り出さなくていいし、通勤中にポケストップやジムのタイミングを気にかけなくてもいいし、子どもと出かけるときにイベントに乗れず歯がゆい気持ちになることもないし、その分子どもや家族に集中できると。それ以来ポケモンGOには手を出していない。
そんな息子もそろそろ6歳になるし、娘も4歳だ。たぶん二人ともハマるよね?最初は嬉しいだろうけどすぐに親が困り果てるくらいハマりそう。うーん、お願いされたらそのときまた考えようかな。
いいね。
うちの子もどハマりして出歩かずにバトルばっかりやってハマりすぎて禁止になってしまったわ。ちょっとポケモンGO中心な生活になりすぎたのよね。ないならないで普通にやってる。
そんで今はスリープやってる。
感情が動いたままこれを書いているので、読みにくかったら申し訳ない。
このエントリを読んで、三日坊主になるかもしれないけど、ポケモンGOをやろうと思った。大事な人のために。
ポケモンGOの話を読みながら涙を流し、しっかりお花を摘んでから甥に「ポケモンGOやってる?ってか高校合格おめでとう」と、はじめてLINEで電話を直接かけた。本人とはときどきトークのやりとりはしていたが、一言以上の話になる場合は基本的に姉(甥からしたらママ、以下ママと呼ぶ)を通して本人に話をしていた。わたしは甥とは県を越えて遠方に住んでいるので、直接話をする機会が滅多にないことも理由だ。
嬉しいことに、甥はポケモンGOをやっていた。
というか、ざっくり思い出しても甥は生まれてまもなく口を開けば「ってかポケモンやってる?」だったし、わたしが帰省してお土産もらうより先に「ってかさーてかさー、ポケモンやってる?新しいポケモン買った???はぁそいつもう持ってるし」だった。それにママが運転しているときに横でパパがポケモンGOをやっているそうだし、元はと言えばわたしから甥にポケモンを熱く語った思い出がある。愚問。
なお、甥はポケモンは捕まえるが道順や細かいストーリーは「意味がわからんからパパがやってる」だったので、いままでは本当にポケモンを捕まえるだけだったんだと思う。
余談だが、わたしは元ingressの民である。なのでちょっとした前知識があり、「どっか行ってなんかもらうとさ、その場所の写真とか〇〇タワーみたいな地名ついてるの?それってフレンドに送れるの?」と聞いた。
そして本題を問うた。「東京でいったら東京タワーとかスカイツリーとか六本木ヒルズとかさ、そういうの欲しい?」と聞いた。
答えは、「え、欲しい!!友達とディズニーランドに行ったときのとかとってあるんだよね!!!マジ欲しい!!!!ありがとう!!!!!」だった。え、わたしまだやるって言ってないんだけど。
しかし、こんなに嬉しいことはない。いままで年頃の甥の欲しいもの、好きなものがわからず、トークで「誕生日おめでとう。新しいポケモン買った?」と言うくらいしかできなかったのに、やっと、本人が欲しいものをあげられる。ママ経由で知ったざっくりとした彼の好みではなく、本人が「マジ欲しい」と言ったものを、だ。
思い立ったが吉日だが、これからまわるランドマークを計画的に練って訪れる必要がある。勝負は明日から。
わたしは休職中でメンタル治療中の身、ほとんど部屋にひきこもっていて何もできない日々が続いていたが、とてつもなく輝く光を見つけた。
明日から頑張ろうと思う。たとえ諸事情で心と体が途中で折れてしまっても、彼が「マジ欲しい」と言ったものを、たったひとつでも贈りたいと思う。
ウチにはテレビが無いのにいつ頃からか息子がピカチューと言い出した
どこで覚えてくるのだ
幼稚園だろうか?好きなだけ触らせているタブレットか?知らんが、
ドハマる
(本人曰くは鉄道趣味も並行してしるらしい、夢は大宮の鉄道博物館にEF55を見に行くこと)
数週間はTVアニメで満足していたが俺のスマホをチラ見したときポケモンGOの広告が見えた
だーかーらー、そういう知識はどこで仕入れてくるのだ、すげぇな最近の5歳
秒速ドハマる
スマホを返してくれない
ポケモンGOを簡単に説明すると、スマホのGPS位置情報と連動し画面上に抽象化された実際の町と同じ地形が現れ、スマホが移動すれば画面上の位置も移動する、ポケモンがランダムに現れる、ボールを投げて取る、沢山取れば進化や強化ができる、たまに珍しいポケモンも現れ、様々なタスクをクリアすることでも獲得できる
恐らくサーバー側ではSQLでユーザーデータ管理しているだろう
管理者であればSQLコマンド一発でレベルアップだろうがポケモンコレクションだろうがどうにでも操作できる
データベースのどこかのレコードのなにがしらのテーブルの数値を変更するためにちまちまちまとアホらしい作業をやってる
と子供にもわかるように意訳し諭したが「ぼく子供だからそういう難しいことはわからない、それよりパパ見て超珍しいポケモンゲットした、飴が集まったから進化できるよ」
仕方がないので余っていたスマホを息子用に再整備し、バカだからどうせすぐに壊すだろうからハードケースに入れてセットアップしてアカウントも作り直した
それから早半年が過ぎた、まだブームは続いている、俺と息子のPL(ポケモンレベル)は39まで成長した。スマホは傷だらけだがまだ壊していない。
レイドパス(一日1枚付与される特別な戦闘チケット、勝利するとレアなポケモンを取得できる)をスルーして流したことは一度も無いのではなかろうか。毎日やってる
俺の自転車の後ろに乗り、あっち行け、こっち行けと指示され俺は自転車を漕ぐ
俺は画面も見れないので俺が取りたいポケモンが出たら後ろから息子が教えてくれる仕組み
だが、ある日教えてくれてない事に気づいた、
問い詰めたらパパだけレベルアップ進むのズルいから、らしい、かわいいなぁ
ポケモンGOにはゲーム内コインがあり、集めると有利なアイテムが手に入る
クレジットカードで購入することもできるが自力で貯めることもできる
そのためにはジムにポケモンを配置しなきゃならない、一日最大で50コイン取得できる
長い時間ジムに滞在させたほうが多くコインが貰える、他のユーザー(トレーナー)に攻撃されてジムを乗っ取られるとそこでリセット(ポケモン返却+それまでの時間のコインをゲット)となる
一箇所のジムに最大6匹(同一ユーザーは1匹)まで配置することができる
俺は子供が寝た後に近隣のジムに赴き(町中に点在している)、既配置されている他人様のポケモン達をぶっ殺しジムを乗っ取り俺と息子のポケモンを配置する
俺なにやってんだ?
俺の時間単価から考えたらクレカでサクッと購入したほうが合理的だが
そういうものではない、それをやっちゃお終いだ、ゲームをやる意味が無い
Bluetoothでスマホと接続しちまちま手作業でポケモンを取らなくても全自動で周囲のポケモンを根こそぎ取ってくれる
こーゆーの使ったら意味ねぇのよ
というか、ポケGO初めてから数日後にアホらしくなりどうせアカウントマーケットがあるだろうと検索したら案の定ある
引退した人などの育成とポケモンコレクション済みのアカウントが売られている
でも、そーゆー事したら意味ねぇのよ
息子と自転車で走り回り一喜一憂するのがプライスレスなの、楽しいの
ともかくそういう思いで集めたコインだが、コインはある程度貯めてからアイテム交換(購入)したほうが割引率が高い
どう考えても後者がお得で、それ以外にもコインはある程度貯めたほうが良い
戦闘用のレイドパスよりもゲームを快適有利に進めるため先に入手したほうが良いアイテムもあるのだが、5歳のバカは100コイン貯めるとそっこーでレイドパスに交換し戦闘をする。
アホだ
何度説諭しても聞きやしない、まぁ好きにすりゃいい
戦闘(バトル)するとポケモンが弱ったり死ぬ(正確には気絶、ポケモンの世界ではポケモンは死なない、平和だね)
回復には回復アイテムが必要、これもゲーム内で一定作業をしなければ手に入らない
俺は勝手に溜まっていくので回復アイテムは常に捨てるほどあるが
息子は、バトルする、負ける、残ってる弱いポケモンで再戦、当然負ける
これを繰り返し、ポケモンは最大300匹持てるのだが全滅するまで諦めない、アホだ
回復アイテムを入手するにはフォトディスクをちまちま回すかフレンド(ゲーム内のユーザーリレーション)とギフト交換しなきゃなんないが、そーゆー作業は面倒くさいとやりたがない
これも俺が夜にこっそりやってた
すると数週間で全滅状態が無くなった、タコなりに学習したようだ
そんなこんなしていると気づいたら足し算と引き算と掛け算を習得しやがった
我が家は非認知能力全振りの方針なので認知能力的学習はほぼほぼやらせてない、が
コイン管理などゲーム進行には四則演算が必須で、数字概念の学習導入、誘導はしてやったが、なんか知らんうちに3桁の足し算と引き算は暗算している、掛け算の概念もどうやら分かっている模様
ポケモンすげぇな
レイドで俺だけ取れて息子が取り逃がしたら発狂して面倒なので息子が取れたことを確認してから俺も取っていたんだけど、いつからかこれも無くなった、パパ良かったね、ボクは取れなかった残念、なんて言うようになり、前頭葉、精神的成長の証か
と喜んでいたらパパからポケモン交換でぶんどるからいい、だってさ
町中で同じようにポケGOをやってる少年たちと遭遇することがあるが
息子は臆することなく話しかけて「ポケモンやってるの?フレンドにならない?」って、そこからポケモン談義してる、すげぇな5歳のコミュ力
幼稚園にもポケモングループがあるらしく日がな一日ポケモンの話をしているらしい
スマホみせっこ自慢大会に連れて行かされる、飽きると走り回って謎のポケモンゴッコ
パパ友ネットワークができた
ど素人の目線から、別に徹底的に調べたとかでもなく、妄想とか主観込み込みだけど、考えを書いて衆目に晒してみたくなったため投稿をします。
ざっくりだけど昔からポケモンのコンセプトは「ポケモンを仲間にして、育ててバトルする」だったはず。
「ポケモンとの日常生活」はゲームの世界観補強・フレーバーテキストの扱いに留まっていた、と感じている。
そう感じている理由は、ポケモンはあくまで90年代に主流だったRPGというゲーム体系の「レベルを上げてラスボスを倒す」の流れを汲んだ上で、その変化球として生まれたと見ているため。
なんなら「モンスターを仲間にして戦う」というアイデアは、完全な初出がどこかはわからないけど確実に1992年に発売されたDQ5時点では存在したわけで、1996年発売のポケモンはその部分の面白さに着目してより膨らませたものという気もしている。
しかしゲームの技術が発展して、表現力と自由度が格段に上がって、ついにはオープンワールド系が出てきたことで、消費者の需要が拡大し、夢想も大きく変質した。
オープンワールドやMMORPGによってゲームの中に暮らせるようになった時、「ポケモンもこうあればいいのに」という潜在的需要が生まれてしまい、おそらく一部では知覚されていてそれ以外でも無自覚に存在したその需要が、今回ブラックジョークじみたインディーゲームによって掘り起こされてしまったんだと思う。
一方でポケモンのコンセプトは当初から変わらず「収集とバトル」で、オープンワールドにおいても広がった世界を巡る目的もおおむね各地にいるポケモンを収集することといろんな場所にいるトレーナーとバトルすることに終始している。
もしかしたらeスポーツの隆盛も関係して大会や対人戦、バトル方面を重視した施策を一層進めていったのかな…その辺は本当によく調べていないのでわからない。
とにかく、多分ポケモンは「収集とバトル」という昔からのコンセプトにすごく忠実に進んできていて、「ポケモンとのMMORPG的な日常生活」についてはNPCとの会話を飛び出して、ぬいぐるみやフィギュア、ポケモンスナップやポケモンGOやポケモンスリープなんかで実現してきたつもりだったんだと思う。
てか「世界のあちこちで自然な生態を感じさせて動き回るポケモンを仲間にしてバトルできて写真撮れて、あとトレーナーが自分の家を持って好きな家具とか置いてポケモンとそこで暮らして1000種いるポケモンにそれぞれの個性を活かしてリアルな暮らしの手伝いをしてもらい、他のトレーナーとも交換できたり一緒に暮らせたり交流できるゲーム」って開発何年かかるんだろ?
例のインディーゲームは0から考えずにあちこちからアイデアや手法を借用して、それでも3年かかっているんでしょう?しかも3年かけて100匹くらいしかいないんでしょう?
ポケモンがそれをやるのはなかなか大変だよ。
ましてポケモンは小中学生の大会とかも開いてて、大人に向けたそれと同じくらいに子供へのブランディングを大事にしている会社だし、
そんな24時間パソコンにへばりついてやりたくなるような夢のポケモンMMOゲームが子供向けかといったら決してそうとは言い切れないわけで、
あるいは時間をかけて頑張ってみんなに喜んでもらおうと思って何年もかけて作っている途中だったと思うな。
今どき社会経験のないニートでも「企業のものづくりには年単位の時間が要る」って知ってるだろ…
もしこの妄想が本当だった場合、企画をぐちゃぐちゃにされたポケモンの開発側はどんな気持ちだろうな
追記!
という意見を見かけて
「確かになんでポケモンと暮らす自由なオープンワールド的なものって今ないんだろう」
と思ってツラツラ書いたものです!
結論から言えば、任天堂の偉い人たちにオンラインゲームの素養がない、もしくは、伝統的価値観への固執。
任天堂に限らず多くの日本のゲームメーカーは家庭用ゲーム機のソフトで成功してきた。
今でこそ大手も焦ってオンラインゲームを作り始めているが、13年くらい前まではオンラインゲームを作りたい人が就職する会社は外資を除けばソシャゲメーカーくらいしかなかった。
プレイヤー目線でみても、13年前の当時、PCでは既にオンラインゲームが成熟しつつあった一方で、コンシューマゲームは相当出遅れていた。
当時、ゲーム制作サークルの作知り合いの何人かゲームメーカーに就職していったが、彼らは皆コンシューマゲームに憧れ、それらを再生産したい願望を持っていた。
そうしたある種のエコーチェンバー化しやすい環境が、CC2松山さんのプチ炎上発言
https://note.com/wwise/n/ndf5b3d0b161d
を可能にさせるわけだ。
未だに「ゲーム=コンシューマゲーム」という業界なんだなと再認識させてくれる。
当然、そんな人達が集まっているわけだから、オンラインゲーム的なものを作ろうって機運にもなりにくい。
なので、第一の理由としては、作る人達のゲームに対する趣味嗜好が伝統的な家庭用ゲーム機的なものに偏りがあるだろうという説。
パルワールドというゲームが極めて奇抜なアイデアの組み合わせによってようやく成立するなら、まあ簡単には生み出せなかったよね、と言えるのだが、ポケモンの魅力が何かを理解していればパルワールドに近いものを生み出せる時間はいくらでもあった。
ポケモンの最大の魅力はそのペット的性質を持ったキャラクターにあり、この魅力を最大限に引き出すには、「ポケモンと一緒に空間を過ごす」というゲーム体験に必然的に帰着する。
このことはみんな分かっていて、だからNINTENDO64の時代ですら、『ポケモンスナップ』『ピカチュウげんきでちゅう』など、「ポケモンと一緒に空間を過ごす」体験を模索する試みがあった。
でも、2010年代に入っても何も動きがなかった。
3D技術やオンラインゲームの技術はすでに十分成熟しており、PCゲームでは家庭用ゲーム機に先駆けてオンライン対戦ゲームやよりリッチなゲーム体験ができるようになっていた。
ポケモンGOが出てきて、ようやく次の動きが来たかと思えば、これは任天堂が作ったものではなくIPだけ貸しているのだそうだ。
やり方や発想が、没落してゆくスクエニの姿と被っており、嫌な予感を感じさせた。
「今、バトロワが流行ってます。だから弊社の人気IPドラクエと組み合わせれば売れます」
「今、MOBAが流行ってます。だから弊社の人気IPポケモンと組み合わせれば売れます」
IPの切り売りが始まってしまったか、というか、それしかやることがないんだ、という残念感。
ポケモン本シリーズの方も、最新作でも未だに最大4人の協力プレイしかできないらしい。
なぜたった4人? 発想が通信ケーブルの時代から進んでおらず、基本的にゲームがオフラインに閉じている。
なぜ普通に、素直に、MMORPG的なオンラインゲームとして作らないのか。
なぜ未だにコマンドバトル形式を踏襲するのかも謎。それって全然ポケモンの本質じゃない。
ゲームボーイ時代はスペックの制約上あれしかできなかったが、3Dでグリグリアクションができる時代に何をやっているんだろう感。
こんな保守的なポケモンの最新作の出来を見て、誰がこの会社でポケモンをアップデートしたいと思うだろうか。
パルワールドの作者も任天堂にいたらしいが、きっとそんな思いで任天堂を去っていったのだろうと勝手に想像する。
もしこれが、子どもたちを野蛮なオンラインゲーム世界に染めさせない健全なブランドイメージのために、あえてそうしているんだとしたら任天堂は長期的に終わりだと思う。
ゲームの面白さの追求よりもブランドイメージの守ることを優先する会社が、ゲームの面白さを本気で追求する会社に勝てるわけがない。
知り合いの友達同士だけで遊ばせたいみたいな価値観の押し付けをとても感じるのだけれど、ゲームを本気で遊びたい人からするとマジで興ざめする。
仮にも、各家庭の教育方針は様々であるにもかかわらず、任天堂がその上限を勝手に決めてしまっているというこの不愉快さ。
ゲームはもはや子供をあやす玩具ではない。玩具という域を超えて、コミュニケーションのライフラインになっている人も多い。
20年とか40年スパンで想像力を働かせてほしいのだけれど、ゲーム上の世界についてどのようにリアリティを感じるか、何を楽しいと思うか、という価値観の長期的トレンド変化について真剣に考えてほしい。
それはある人の言葉を借りれば「コミュニケーションそれ自体が目的化する」価値観への変化。
ゲームに限らず、アニメなんかを見ても例えば「けいおん」では、友達がワイワイだらだらと過ごすだけの日常が憧憬として消費されている。
これは、コミュニケーションの基盤がリアルからオンラインへ移行し、その分リアルでの人間関係が希薄になることの埋め合わせと考えられる。
つまり、ある時期から、コンテンツ(とその周辺)にはコミュニケーション的な欲求が求められ始めた。
ゲームを楽しみたいという以前に、人々はコミュニケーション的欲求をゲームを通じて満たしたいと思うようになってきている。
パルワールドとは、そのような新しい欲望や価値観の中で生まれたオンラインゲーム体験がベースにある。
ゲームをあくまでも玩具と割り切って楽しむのか、それとも、ゲームをリアル世界の延長のライフラインの1つとして暮らすのか。
このような価値観の変化を任天堂の幹部らのおっさん達が、理屈でなく、体感として、自らの経験に基づいて理解できているのだろうか。
これ本当に疑問に思ってる人がいるんですよ!
答えは明らかです!
「ゲームというのはグラフィックが本体であり、グラフィックがオリジナルのIP「っぽいか」が最重要だから」
ゲームのアイディアで本当に発明と呼べるものなんて一つもありません。
マインクラフトが大発明に見える人は単にパネキットを遊んだことがないだけでしょうし、パネキットが大発明に見えるならレゴブロックも積み木も買ってもらえない家庭で育ったのでしょうね。おー哀れ哀れだ。
何故ならゲームとはごっこ遊びであり、ごっこ遊びで一番大事なのは見てくれだからです。
「あなたは弓の名手エルフです。森に入ってきた化け物を弓でぶっ殺しましょう」からスタートするゲームと「弓で敵を撃ってください。スコアが増えて嬉しい」ではゲームとしての没入感が全く変わります。
ゲームで売っているのは体験なわけですから、体験に影響が強い要素こそが正義なのです。
たとえばゲームの評価では「UIがクソすぎて入り込めない!」「バグが多くて萎える!」といった要素が重要視されますよね?
体験を阻害する要因は大きなマイナス要素として評価されるのです!
たとえばゲームの外見が他のゲームに似ていたら「俺はパクリゲーをやっている?パクリなのか?この体験は?」という感覚になってイマイチ入り込めないでしょ?
たとえばこれがモンスターを探してモンスターボールを投げるだったら、ポケモンのパチモンです。
でもモンスターを狩って武器を作るからモンハンになるわけです。
ガワに合わせてゲーム性をマイナーチェンジすることにより、プレイヤーの体験は「全くの別物」にさえなるんですよ。
ポケモンGOにおいては出会うモンスターは将来の仲間ですが、モンハンGOではどこまでも討伐対象、これは全然別物ですよね?
パルワールドの問題点は、外見がポケモンっぽいということ以上に、ゲーム性がポケモンと全く違うのにビジュアルがポケモンであるということにあるのですよ。
ポケモンにミサイルを載せるということ、ポケモンに銃を向けて攻撃すること、これらに対してユーザーは「え?それは違うよね?」となることが駄目なんです。
なぜ違和感が生まれるかといえば、それはゲームのデザインが先にあってそこから生えてきたのではなく、他所から借りてきて混ぜているから。
接合部の雑な処理が見え隠れしちゃってイマイチ~~~ってことです。
作る側が「この世界に似合うデザインのキャラクターは……」と一から考えてないからこんなことになるんですね。
パルワールドのキャラでも、「パルワールドらしさがある」キャラは結構いい感じでしょ?
なんかおかしいって感じるのはどれもパチモン臭のする奴らですよ。
別にね、プレイヤーはポケモンの著作権なんて守りたいんじゃないんですね結局。
もっと面白く出来たはずのゲームが、変な違和感によって体験の質を残っていることを問題としているわけです。
そうじゃなくて本気で「著作権侵害!犯罪!許さん!」とか言ってる人がいたら、ソイツは適当な理由でポリコレ棒を振り回したいだけの蛮族でしょ。
しらんけどポケモンGoとか?
挑戦的な作品を作っていたのはせいぜいポケモンスナップ(1999年)とポケモンGO(2016)ぐらいですよね。
カービィボウルの焼き直しをしたり、不思議のダンジョンをやったり、ポケモンレンジャーなるアクションRPGを作ったりと色々やってはいましたが、どれも「1+1=2」にすら出来ずに終わっていたような印象があります。
数少ない成功例であるポケモンGOはIngressの無味淡白なゲーム性(ハマる人にすれば「三体」の如くシンプルながら奥が深いクソゲーだったらしいですが)を一新することに成功し「1+1=100」とも言える驚きの進歩を実現しました。
ポケモンという圧倒的なパワーのあるIPを保有していれば、こういった実験を毎年3回ぐらいする余力はあったはずなんですよ。
でもやらなかった。
それどころか、ポケモンアルセウスのような形のゲームデザインに到達するのにさえ20年以上の歳月を費やし、ポケモンスリープは発表からリリースするだけでとんでもなく待たせた上で「これただダルいだけじゃね?」で終わっております。
おっかなびっくり安全運転な割にはいまいち打率が高くないなんとも頼りないコンテンツ管理者と言わざるを得ません。
間違いなくあったのです!
でもそれを使いこなせないままダラダラと権利だけを握り続けてきた!
これは大きな問題ですよ。
独占しているくせに有効活用できていないというのは、文化の発展に対して責任を果たしていないも同然だ。
だらだらとリメイクばかり繰り返すから保守的になって成長が止まり、そのリメイクさえ失敗のそしりを受けるような開発力へと成り下がるのです!
初代ポケモンは間違いなくFoolishでした。
そこが素晴らしかった。
なぜその心を忘れたのですか?
普段、私のXアカはポケモンGoアカウントなのに能登地震が起きてからは、政府批判vs政府擁護のレスバトル化してしまっていて、ほんとしんどい。自分が見る範囲内では旗色は政府擁護の側が強いと思う。でも、延々と続く批判に対する批判ツイート(お互いにやり合うから際限がない)に辟易としているってのが、いまの心情に一番近いかな。
まず、両陣営とも良識のある方々のツイートは「被災者が少しでも救われるように」という視点で行われているように感じる。たとえば、政府批判側からの「ヘリを出せ」「はやく道を修復しろ」といった類のツイートも、被災者に支援をという気持ちが含まれているのは間違いない。
ただ、こういう大震災のときってロジスティクスの制約・情報収集の制約を受けるから、完璧にカバーするなんてことはやっぱり難しいだろうなと思う。どうしても初期対応時点ではこぼれ落ちる人や集落は出てきてしまう。該当地域の当事者はたまったものではないだろうけれど、やっぱり限界はある。そこを針小棒大に取り上げたら、そりゃ、政府擁護側からの「出せるヘリは出している」「直せる道は直している」といった類のレスになるよな。
個人的には、政府・自衛隊・自治体・地域住民すべて最善を尽くしていると思う。もちろん、地域住民が渋滞を作ってしまい、救助が遅れたという側面はあるにしても、情報が制限されているし、通行規制も行われていなかったのだから、そのように行動するのは理解できる。
政府批判側が行うべきは、まずはちゃんと情報を押さえること。「ヘリを出せ」とか「道の修復が遅い」などの指摘をする前に、なぜこのようになっているのか必ず理由があるはず。「計画を練っている方々も検討した上で、その選択肢を選ばなかった・選べなかったのだろう」という前提に立つべき。
もちろん、判断ミスは絶対に含まれていると思う。それは見通せない中での意思決定なのだから仕方ない部分もある。でも、だからといって、今後もそうしていいというわけにはいかない。だから、政府批判をしたいのであれば、後世の災害対策に活かせるように、落ち着いてから、それぞれの時点での意思決定の良し悪しを判断していくべきだと思う。少なくとも、地震発生から今に至るまでの間の政府批判ツイートは、正直見ていて見苦しいものが多すぎる。政府を批判したいがための批判ツイートになってしまっている以上は、支持が広がらないだろう。
一方で、政府擁護側というか、政府・自衛隊・自治体はよくやっているとは思うけれど、もっと情報発信力を磨く必要がある。テレビで「まだ道の補修ができていないなんておかしい」なんて言われる前に、道路の補修状況・進捗状況・何が問題なのかを広報するべき。意思決定の前提となる情報をちゃんと発信していないから、無用の批判ツイートを招いているという側面はあると思うんだよな。(ヘリも同様)
あと、被災地域以外の人が何をするべきかといえば、ちゃんと経済を回すこと。石川県の物産を買って支援するとか、義援金を送るといった直接的なことをやらなくても、目の前のやるべきことをちゃんとやっているだけで、税収という形で貢献できる。やるべきことに集中しような。
で、テレビ局はもっと前向きな話題を取り上げるようにしてほしい。救えなかった命なんかはセンセーショナルだけど、みんなやれることはやったと思うんだよ。だから、もっとみんな(特に、被災地域以外に住んでいる人)が復興支援に前向きになれるような話題を取り上げるようにしてもらえたらと思うんだ。
というわけで、最近の X 上でのやり取りについて思うところをつらつらと。
※なお、悪意をもって今回の震災を利用している方々も見受けられるけど、そんなのは論外であることは言うまでもないです。あと「政府・自衛隊はわざと支援を遅らせている」類の言説もあまりにも幼稚すぎる前提なので、こちらも論外です。
ポケモンGOリリース開始当初にポケモンGOにハマりすぎて恥ずかしい思いをしたことがある。
今は知らんが当時はなぜか国会議事堂にジムがあって、そのジムに近づくためには正門付近に近寄らないといけなくて、正門付近でジムを攻略してたら警官に「何をされてるんですか〜?」ってめっちゃ聞かれたのだ。
(※ご存知かもしれないが永田町付近には警官が物凄くたくさんいる)
「ポケモンGOやってるんです」と説明はしたしプレイ画面も見せたけど、ずっと警官が近くに待機してる状態になってしまい、自分が「完全なる不審者」だと自覚したので数分くらいでそそくさと撤退した。