はてなキーワード: 靖国問題とは
目次
1.はじめに
(1)歴史認識について
(2)対北朝鮮外交について
3.佐藤優による主張の使い分け
(1)ナショナリズム論
(2)ポピュリズム論
(3) 格差社会論
6.「人民戦線」という罠
(1)「ファシズム政権の樹立」に抗するために、人民戦線的な観点から佐藤を擁護する
10.おわりに
註
1.はじめに
このところ、佐藤優という人物が「論壇」を席巻しており、リベラル・左派系の雑誌から右派メディアにまで登場している。
だが、「論壇の寵児」たる佐藤は、右派メディアで排外主義そのものの主張を撒き散らしている。奇妙なのは、リベラル・左派メディアが、こうした佐藤の振舞いを不問に付し、佐藤を重用し続けていることにある。
佐藤による、右派メディアでの排外主義の主張の展開が、リベラル・左派によって黙認されることによって成り立つ佐藤の「論壇」の席巻ぶりを、以下、便宜上、〈佐藤優現象〉と呼ぶ。この現象の意味を考える手がかりとして、まずは、佐藤による「論壇」の席巻を手放しに礼賛する立場の記述の検討からはじめよう。例えば、『世界』の編集者として佐藤を「論壇」に引き入れ、佐藤の著書『獄中記』(岩波書店、二〇〇六年一二月)を企画・編集した馬場公彦(岩波書店)は、次のように述べる。
「今や論壇を席巻する勢いの佐藤さんは、アシスタントをおかず月産五百枚という。左右両翼の雑誌に寄稿しながら、雑誌の傾向や読者層に応じて主題や文体を書き分け、しかも立論は一貫していてぶれていない。」「彼の言動に共鳴する特定の編集者と密接な関係を構築し、硬直した左右の二項対立図式を打破し、各誌ごとに異なったアプローチで共通の解につなげていく。」「現状が佐藤さんの見立て通りに進み、他社の編集者と意見交換するなかで、佐藤さんへの信頼感が育まれる。こうして出版社のカラーや論壇の左右を超えて小さなリスクの共同体が生まれ、編集業を通しての現状打破への心意気が育まれる。その種火はジャーナリズムにひろがり、新聞の社会面を中心に、従来型の検察や官邸主導ではない記者独自の調査報道が始まる。」「この四者(注・権力―民衆―メディア―学術)を巻き込んだ佐藤劇場が論壇に新風を吹き込み、化学反応を起こしつつ対抗的世論の公共圏を形成していく。」
馬場の見解の中で興味深いのは、〈佐藤優現象〉の下で、「硬直した左右の二項対立図式」が打破され、「論壇」が「化学反応」を起こすとしている点である。ある意味で、私もこの認識を共有する。だが、「化学反応」の結果への評価は、馬場と全く異なる。私は、これを、「対抗的世論の公共圏」とやらが形成されるプロセスではなく、改憲後の国家体制に適合的な形に(すなわち、改憲後も生き長らえるように)、リベラル・左派が再編成されていくプロセスであると考える。比喩的に言えば、「戦後民主主義」体制下の護憲派が、イスラエルのリベラルのようなものに変質していくプロセスと言い替えてもよい。
以下の叙述でも指摘するが、佐藤は対朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)武力行使、在日朝鮮人団体への弾圧の必要性を精力的に主張している。安倍政権下の拉致外交キャンペーンや、一連の朝鮮総連弾圧に対して、リベラル・左派から批判や抗議の声はほとんど聞かれなかったのは、「化学反応」の典型的なものである。「戦後民主主義」が、侵略と植民地支配の過去とまともに向き合わず、在日朝鮮人に対してもせいぜい「恩恵」を施す対象としか見てこなかったことの問題性が、極めて露骨に出てきていると言える。〈嫌韓流〉に対して、リベラル・左派からの反撃が非常に弱いことも、こうした流れの中で考えるべきであろう。
私は、佐藤優個人は取るにたらない「思想家」だと思うが、佐藤が右派メディアで主張する排外主義を、リベラル・左派が容認・黙認することで成り立つ〈佐藤優現象〉は、現在のジャーナリズム内の護憲派の問題点を端的に示す、極めて重要な、徴候的な現象だと考える。
馬場は、佐藤が「左右両翼の雑誌に寄稿しながら、雑誌の傾向や読者層に応じて主題や文体を書き分け、しかも立論は一貫していてぶれていない」などと言うが、後に見るように、佐藤は、「右」の雑誌では本音を明け透けに語り、「左」の雑誌では強調点をずらすなどして掲載されるよう小細工しているに過ぎない。いかにも官僚らしい芸当である。佐藤自身は自ら国家主義者であることを誇っており、小谷野敦の言葉を借りれば、「あれ(注・佐藤)で右翼でないなら、日本に右翼なんか一人もいない」。
佐藤が読者層に応じて使い分けをしているだけであることは誰にでも分かることであるし、事実、ウェブ上でもブログ等でよく指摘されている。そして、小谷野の、この現象が「日本の知識人層の底の浅さが浮き彫りになった」ものという嘲笑も正しい。だが、改憲派の小谷野と違い、改憲を阻止したいと考える者としては、この現象について、佐藤優に熱を上げている護憲派を単に馬鹿にするだけではなく、〈佐藤優現象〉をめぐって、誰にでも浮かぶであろう疑問にまともに答える必要がある。なぜ、『世界』『金曜日』等の護憲派ジャーナリズムや、斎藤貴男や魚住昭のような一般的には「左」とされるジャーナリストが、佐藤に入れ込んでいるのか? なぜ、排外主義を煽る当の佐藤が、『世界』『金曜日』や岩波書店や朝日新聞の出版物では、排外主義的ナショナリズムの台頭を防がなければならない、などと主張することが許されているのか?
この〈佐藤優現象〉はなぜ起こっているのか? この現象はどのようなことを意味しているのか? どういう帰結をもたらすのか? 問われるべき問題は何か? こうした問いに答えることが、改憲を阻止したいと考える立場の者にとって、緊急の課題であると思われる。
まず、佐藤の排外主義的主張のうち、私の目に触れた主なものを挙げ、佐藤の排外主義者としての活躍振りを確認しておこう。
(1)歴史認識について
佐藤は言う。「「北朝鮮が条件を飲まないならば、歴史をよく思いだすことだ。帝国主義化した日本とロシアによる朝鮮半島への影響力を巡る対立が日清戦争、日露戦争を引き起こした。もし、日本とロシアが本気になって、悪い目つきで北朝鮮をにらむようになったら、どういう結果になるかわかっているんだろうな」という内容のメッセージを金正日に送るのだ」。朝鮮の植民地化に対する一片の反省もない帝国主義者そのものの発言である。また、アメリカ議会における慰安婦決議の件に関しても、「事実誤認に基づく反日キャンペーンについて、日本政府がき然たる姿勢で反論することは当然のことだ。」と述べている。
特に、大川周明のテクストと佐藤の解説から成る『日米開戦の真実―大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く』(小学館、二〇〇六年四月)では、極めて露骨に、日本の近現代史に関する自己の歴史認識を開陳する。以下、引用する。佐藤が自説として展開している部分である。
「日本人は(注・太平洋戦争)開戦時、少なくとも主観的には、中国をアメリカ、イギリスによる植民地化支配から解放したいと考えていた。しかし、後発資本主義国である日本には、帝国主義時代の条件下で、欧米列強の植民地になるか、植民地を獲得し、帝国主義国となって生き残るかの選択肢しかなかった。」(三頁)、「「大東亜共栄圏」は一種の棲み分けの理論である。日本人はアジアの諸民族との共存共栄を真摯に追求した。強いて言えば、現在のEUを先取りするような構想だった。」(四頁)、「あの戦争を避けるためにアメリカと日本が妥協を繰り返せば、結局、日本はアメリカの保護国、準植民地となる運命を免れなかったというのが実態ではないかと筆者は考える。」(六頁)、「日本の武力によって、列強による中国の分裂が阻止されたというのは、日本人の眼からすれば確かに真実である。(中略)中国人の反植民地活動家の眼には、日本も列強とともに中国を分割する帝国主義国の一つと映ったのである。このボタンの掛け違いにイギリス、アメリカはつけ込んだ。日本こそが中国の植民地化と奴隷的支配を目論む悪の帝国であるとの宣伝工作を行い、それが一部の中国の政治家と知的エリートの心を捉えたのである。」(二八一頁)。また、蒋介石政権については、「米英の手先となった傀儡政権」(二五七頁)としている。他方、佐藤は、汪兆銘の南京国民政府は「決して対日協力の傀儡政権ではなかった」(二四九頁)とする。
右翼たる佐藤の面目躍如たる文章である。ちなみに、こんな大東亜戦争肯定論の焼き直しの本を斎藤貴男は絶賛し、「大川こそあの時代の知の巨人・であったとする形容にも、大川の主張そのものにも、違和感を抱くことができなかった」としている。
(2)対北朝鮮外交について
佐藤は、「拉致問題の解決」を日朝交渉の大前提とし、イスラエルによるレバノン侵略戦争も「拉致問題の解決」として支持している。「イスラエル領内で勤務しているイスラエル人が拉致されたことは、人権侵害であるとともにイスラエルの国権侵害でもある。人権と国権が侵害された事案については、軍事行使も辞せずに対処するというイスラエル政府の方針を筆者は基本的に正しいと考える」。さらに、現在の北朝鮮をミュンヘン会談時のナチス・ドイツに準えた上で、「新帝国主義時代においても日本国家と日本人が生き残っていける状況を作ることだ。帝国主義の選択肢には戦争で問題を解決することも含まれる」としている。当然佐藤にとっては、北朝鮮の「拉致問題の解決」においても、戦争が視野に入っているということだ。『金曜日』での連載においても、オブラートに包んだ形ではあるが、「北朝鮮に対するカードとして、最後には戦争もありうべしということは明らかにしておいた方がいい」と述べている(10)。
さらに、アメリカが主張してきた北朝鮮の米ドル札偽造問題が、アメリカの自作自演だった可能性が高いという欧米メディアの報道に対して、佐藤は「アメリカ政府として、『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』の記事に正面から反論することはできない。なぜなら、証拠を突きつける形で反論するとアメリカの情報源と情報収集能力が明らかになり、北朝鮮を利してしまうからだ」(11)と、いかなる反証の根拠も示さずに(反証の必要性を封じた上で)、「北朝鮮の情報操作」と主張しているが、この主張は、保守派の原田武夫にすら否定されている(12)。佐藤は現在、右派メディアの中でも最も「右」に位置する論客の一人であると言えよう。
佐藤は、「在日団体への法適用で拉致問題動く」として、「日本政府が朝鮮総連の経済活動に対し「現行法の厳格な適用」で圧力を加えたことに北朝鮮が逆ギレして悲鳴をあげたのだ。「敵の嫌がることを進んでやる」のはインテリジェンス工作の定石だ。/政府が「現行法の厳格な適用」により北朝鮮ビジネスで利益を得ている勢力を牽制することが拉致問題解決のための環境を整える」と述べている(13)。同趣旨の主張は、別のところでも述べている(14)。「国益」の論理の下、在日朝鮮人の「人権」は考慮すらされてない。
漆間巌警察庁長官(当時)は、今年の一月一八日の会見で、「北朝鮮が困る事件の摘発が拉致問題を解決に近づける。そのような捜査に全力を挙げる」「北朝鮮に日本と交渉する気にさせるのが警察庁の仕事。そのためには北朝鮮の資金源について事件化し、実態を明らかにするのが有効だ」と発言しているが、佐藤の発言はこの論理と全く同じであり、昨年末から激化を強めている総連系の機関・民族学校などへの強制捜索に理論的根拠を提供したように思われる。佐藤自身も、「法の適正執行なんていうのはね、この概念ができるうえで私が貢献したという説があるんです。『別冊正論』や『SAPIO』あたりで、国策捜査はそういうことのために使うんだと書きましたからね。」と、その可能性を認めている(15)。
3.佐藤優による主張の使い分け
排外主義者としての佐藤の主張は、挙げ出せばきりがない。前節で挙げたのも一例に過ぎない。では、佐藤は、こうした主張を『世界』『金曜日』でも行っているのだろうか。
佐藤が仮に、「左」派の雑誌では「右」ととられる主張を、「右」派の雑誌では「左」ととられる主張をすることで、「硬直した左右の二項対立図式を打破」しているならば、私も佐藤をひとかどの人物と認めよう。だが、実際に行われていることは、「左」派メディアでは読者層の価値観に直接抵触しそうな部分をぼかした形で語り、「右」派メディアでは本音を語るという下らない処世術にすぎない。「左右の二項対立図式」の「打破」は、「左」の自壊によって成り立っているのだ。佐藤が『金曜日』と右派メディアで同一のテーマを扱った文章を読み比べれば、簡単にそのことはわかる。
一例として、米国下院での「慰安婦」決議に関する佐藤の主張を読み比べてみよう。産経新聞グループのサイト上での連載である〈地球を斬る〉では、「慰安婦」問題をめぐるアメリカの報道を「滅茶苦茶」と非難し、「慰安婦」問題に関する二〇〇七年三月一日の安倍発言についても「狭義の強制性はなかった」という認識なのだから正当だとして、あたかも「慰安婦」決議案自体が不正確な事実に基づいたものであるかのような印象を与えようとしている(16)。ところが、『金曜日』では、こうした自分の主張は述べず、国権論者としての原則的な立場から日本政府の謝罪には反対だとしている(17)。なお、『金曜日』の同文章では「歴史認識を巡る外交問題は Permalink | 記事への反応(1) | 18:32
↑に色々お返事的な物書いておいたよ。はてな記法よくわからないので読みにくかったらごめんなさい🙇
一連の事件で、創価あたりと一緒に佼成会の名前もでてきてるのでさすがに一緒にされるのは厳しいなーと思ったので軽く。
俺本人は無神論者だが、祖母が一世母が二世。子供の頃や親と一緒に住んでた時は行事にたまに顔を出したくらい。
会員綱領の「立正佼成会会員は本物釈尊に帰依し、在家仏教の精神にのっとり云々」とかはうろ覚えかな。
基本熱心ではない会員として時々参加してただけなので、その範囲で。
大正生まれの祖母はまさに佼成会が拡大した昭和20年代からの信者で支部長とかもしてたらしい。会員ではない祖父の葬儀には100人以上の会員の人がきて、3間ふすま取り払ったぶち抜きにも収まらなかったくらいだったかな。
で、金と政治に関して。
まず会費は月100円。あと親は教会に行くたびにお布施袋という、なんか祝儀袋の簡素化したやつに100円入れてたな。団参といって本部へ行くときは1000円だったかな?まあ、身施ていってお金ではなく働くこともあるけど教会やらの当番やお役、あと本部に団参行ったときに婦人部で本部にある食堂の手伝いとかなので、フルタイムで働かせてとかはないよ。
お経やらのグッズも普通に売店で買う感じ。値段はむしろ安い感じで、実質販売なのに寄付扱いにするとかない。家の仏壇にご本尊をお迎えするとかも、まあ1万とか2万くらいとかかな?基本、金額はお気持ちということでいくら以上とか、教会関係者が献金を強く求めることはないよ。ましてや、家や土地、あるいは金を借りさせて寄付なんてありえない。まあ、会員数はそれなりいるから関係者すべてがそうだとはいわないが、会の方針としてはそうだよ。50年代とかは色々やらかしてたみたいだが、その後改善したみたい。
資産家の老人が高額な寄付をすることはあるだろうし、家族にとっては相続するはずの財産が目減りして悲しいとかはあるだろうけど、本人の意思に反して寄付を求めるような事はしてないよ。
政治に関しては自公政権成立前は自民べったりで選挙期間に教会へ行くと、これでもかと議員のポスターがはってあったよ。で、自公政権以降は野党に肩入れが強くなったよ。
自民支持だった親が、普通に立憲支持してて、今回の選挙では俺の所に白しんくんの選挙のはがき送ってきてもいいかきいてきたよ。
普通に検索すればでてきたけど会員専用のページだからほかの人には秘密ねってページなんでリンクははらないけど今回は比例は白真勲と藤末健三、選挙区は立憲候補を応援しますとかあるよ。
ただ、今回は本部レベルではなく、一部の地域だけだったみたいで、得票数はかなり減ってるね。そこあたりの判断はどうなされたかまでは知らないよ。
あと、佼成会=立憲と思っている人もいるみたいだけど、自民の議員も政治思想によって応援してるよ。
ボランティアや、応援演説の動員はするけどいやなら別に参加しなくてOKで、その結果退会させられたり、村八分にされたり、非難されるようなことはないよ。献金もそうだけど基本ゆるい。
投票所へ車で送るとかはやってるかもしれないけど、日常的に教会へ行くときに会員が自分の車に他の会員を載せてとかやってる延長で、つよく投票先を指示まではしないんじゃないかな?
そういえば一緒に住んでる時も特に選挙でどこに投票してと親にはいわれなかったな。
あと、教会の新年の行事に、管内の市長や隣の市長が挨拶に来てたりはしたな。
https://www.kosei-kai.or.jp/%e6%9c%ac%e4%bc%9a%e3%81%ae%e8%80%83%e3%81%88/
を見れば分かるけど、政治的立場は中道左派くらいかな?基本平和主義、人権尊重で、靖国問題も信徒個人が行くことは問題ないが、総理大臣の参拝は問題だという立場。
他の宗派やキリスト教やイスラームなどの他宗教とも、仲いい感じ。ただし、創価は敵。いや敵と言っても今はそこまで敵意を持つ人は多くないかもだが、「だが、てめーはダメだ」くらいかな?
共産党はソ連の手先だから絶対駄目だと言っていた祖母は、同じくらい公明党もダメだと言ってたな。まあ祖母の世代だとライバルとしてバチバチやりあってたからね。
1970/10/22 朝刊 1段 6頁 777組が国際集団結婚式 ソウルで原理運動の青年_韓国
1975/1/23 朝刊 1段 22頁 親も知らぬうちに指名で集団結婚式 信者二千人 近く韓国で やめさせて…父母訴え
1975/1/23 朝刊 3段 22頁 信じねば親も悪魔…が教義 宗教評論家荒井氏の分析_統一教会(原理運動)
1975/1/23 朝刊 6段 22頁 統一教会_統一教会(原理運動)
1975/1/23 朝刊 8段 22頁 時間かけ納得へ努力_統一教会(原理運動)
1975/1/27 朝刊 1段 22頁 「統一協会」の集団結婚騒ぎ 反対派の子弟が帰宅 説得で20人_統一教会(原理運動)
1975/1/28 朝刊 4段 22頁 抗議はあっても 結婚式予定通り 統一教会スポークスマン
1975/1/29 朝刊 8段 22頁 さらに十数人帰る_統一教会(原理運動)
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1975/2/8 夕刊 1段 6頁 父母の反対押し切って 799組の日本人も 合同結婚式 ソウル
1975/2/8 夕刊 7段 6頁 父母の会が抗議声明_統一協会(原理運動)
1975/2/19 夕刊 1段 8頁 統一教会に 仏でも“嘆きの親”「盗まれた子返せ」300人が抗議の集会
1975/12/7 朝刊 7段 22頁 統一教会燃える 墨田_火事
1976/6/4 朝刊 7段 7頁 米国税庁が調査に乗り出した統一教会の 文鮮明牧師_ニュースの顔
1976/6/21 朝刊 9段 7頁 文牧師、米の銀行を支配? 議会、政府に調査要請へ_韓国
1976/11/1 朝刊 9段 3頁 統一教会関係機関も捜査中 米議会へのわいろ事件_韓国実業家の米議員買収事件
1976/12/18 朝刊 9段 18頁 統一協会支持派が客を招き晩さん会_宗教
1977/1/31 朝刊 1段 4頁 大学生「右向け右」 勢力急成長の原理研グループ 続々、独自の学内新聞 賛同教授も七百人握る
1977/2/6 朝刊 4段 3頁 統一教会系会社を手入れ 脱税で韓国治安本部_統一教会
1977/2/6 朝刊 9段 19頁 「原理被害者更生会」顧問 若い男女に襲われる 練馬_暴力・おどし
1977/2/8 朝刊 1段 3頁 与野党の大物ねらい撃ち 解明進む、韓国の対米工作 贈り物や宴会攻勢 政財界ぐるみ 宗教もからむ?
1977/2/12 夕刊 3段 8頁 ジ・エンド「ティファニーで朝食」 ニューヨーク 統一教会がビル買収
1977/2/15 朝刊 1段 18頁 統一教会 KCIAとの接触認める 見解発表「弾圧され理解得るため」
1977/2/16 朝刊 9段 22頁 贈賄も摘発 韓国の統一教会系会社_統一教会
1977/2/22 朝刊 9段 7頁 韓国系財団に流用の疑い_犯罪
1977/2/23 朝刊 4段 4頁 統一教会の素顔 120カ国に200万人の勢力 反共が理念、会員が献金
1977/2/23 朝刊 9段 22頁 「KCIAが弾圧は誤り」統一教会訂正_統一教会
1977/3/4 朝刊 9段 20頁 「統一教会系の集会に、北区教育長が激励文」 区議会で共産党が追及
1977/3/7 朝刊 7段 22頁 原理に泣く親心デモ_宗教
1977/3/16 朝刊 1段 4頁 米の人権基準 韓国では疑問(李東元韓国元外相)_世界の声
1977/3/18 朝刊 7段 3頁 (4)反共複合体 話題まく統一教会 豊富な資金で多角経営_日韓不透明の構図
1977/4/5 夕刊 1段 2頁 “共働関係”を追求 米議会が調査 KCIAと統一教会
1977/4/12 夕刊 9段 7頁 世界基督教統一神霊協会本部員を傷害で逮捕_宗教
1977/4/19 朝刊 9段 22頁 原理運動被害で直訴_宗教
1977/4/25 朝刊 9段 22頁 統一教会の178人に国外退去の手続き 米移民局_統一教会
1977/5/7 夕刊 5段 6頁 文鮮明氏を一時逮捕_統一教会
1978/2/26 朝刊 10段 3頁 統一教会が白人女性使い日本でも議会工作? 日韓疑惑で橋本議員語る
1978/3/16 朝刊 1段 3頁 KCIA、統一教会を設立 「米韓関係の報告書」を公表 米下院委
1978/3/17 朝刊 1段 3頁 日本でも食い込む 統一教会 27万人幅広い活動_下院国際関係委
1978/3/17 朝刊 5段 3頁 統一教会に関するCIAの秘密報告_下院国際関係委
1978/3/18 朝刊 10段 3頁 CIAは事実誤認 日本の統一教会が反論_下院国際関係委
1978/3/23 夕刊 1段 2頁 KCIAとの関係否定 米下院委 韓国文化自由財団の理事長
1978/4/16 朝刊 10段 3頁 国際文化財団援助の団体が平和会議 七月に日本で_国際
1978/5/19 朝刊 1段 22頁 統一教会がらみの映画「仁川」 東宝が製作に協力 労組などは強く反発
1978/6/23 夕刊 1段 2頁 フレーザー委員長らを 統一教会が提訴「結社・信仰の自由侵害」 米議会、全面対決へ_下院国際関係小委(フレーザー委)
1978/8/5 朝刊 5段 3頁 統一教会の疑惑否定 文鮮明師の特別補佐役 朴氏が記者会見
1978/9/28 朝刊 1段 22頁 千六百組の合同婚約式 統一教会また実施
1978/11/11 朝刊 2段 22頁 文鮮明師の入国拒否 成田入管_出入国査証
1978/11/14 朝刊 6段 22頁 原理運動に厳しい目 「憂慮する会」スタート_宗教
1979/5/19 朝刊 6段 22頁 統一教会で集団婚約_米国
1979/8/13 朝刊 10段 3頁 統一教会がアフリカ進出 30数カ国に拠点_アフリカ
1980/8/27 夕刊 1段 3頁 ある入信女性の軌跡 何が娘を変えたのか 独自の価値観との出会い 宗教は受けざら役_検証
1981/8/24 夕刊 3段 12頁 原理運動 ブラジルでも問題化 未成年の参加禁止州も_ブラジル
1982/5/19 夕刊 8段 10頁 文鮮明師ら脱税で有罪 ニューヨーク連邦地裁_裁判・訴訟
1982/7/12 朝刊 1段 4頁 変わる米社会の反応 統一教会の大合同結婚式_ルポ82
1982/7/17 夕刊 9段 9頁 脱税で懲役18月の判決 統一教会の文鮮明_裁判・訴訟
1982/8/12 朝刊 10段 7頁 文鮮明師、国外退去は免れる_裁判・訴訟
1982/10/9 夕刊 1段 12頁 統一教会 ソウルで“集団結婚”1万人 14日、日本から最多の3千組
1982/10/12 朝刊 9段 4頁 (解説)目的は組織の強化 団結誇示し飛躍も_統一教会合同結婚式
1982/10/15 夕刊 5段 18頁 六千組が集団挙式_統一教会合同結婚式
1982/10/25 朝刊 7段 4頁 合同結婚の若者たち_風車
1983/10/17 夕刊 6段 2頁 正体不明の中東紙「統一教会」が全面的に支援 元記者が告発_キプロス
1983/10/22 朝刊 1段 3頁 夢か可能か「日韓トンネル」 九州-釜山230キロ 進む調査 統一教会が音頭取り_深層 しんそう 真相
1983/12/12 夕刊 8段 15頁 「原理研」に入会した娘 引き戻した親は正当 徳島地裁判決_訴訟
1983/12/30 朝刊 1段 18頁 統一教会を前幹部が批判_NEWS三面鏡
1984/5/15 夕刊 1段 2頁 最高裁 文鮮明の上告却下_裁判・訴訟
1984/7/19 夕刊 8段 14頁 文鮮明師収監 米地裁が命令 停止申し立て却下_文鮮明師を収監
1984/7/21 夕刊 8段 13頁 文鮮明師を収監へ_文鮮明師を収監
1984/7/22 朝刊 1段 3頁 岐路に立つ統一教会 教祖収監_文鮮明師を収監
1984/7/22 朝刊 1段 3頁 一層閉鎖的になるのか 世間の常識に沿うのか_文鮮明師を収監
1984/9/1 朝刊 3総 003ページ 02442文字 写真図表有 筑波大の国際関係学類 どこか偏った感じの教授陣(真相・深層)
1984/11/27 夕刊 1総 001ページ 00330文字 韓国、銃撃事件で中断の板門店ツアーを再開
1984/11/28 夕刊 2社 018ページ 00772文字 FBI、文鮮明師の側近誘拐で韓国人6人を逮捕
1984/12/10 夕刊 月曜ルポ 005ページ 03262文字 写真図表有 中止された筑波大学祭 企画表の提出、学生が拒否し紛糾(ルポ´84)
1985/4/9 朝刊 2社 022ページ 01850文字 アフリカ救援募金めぐり苦情 無届け・使途不明も 難民救援連絡会など指摘
1985/5/20 夕刊 月曜ルポ 005ページ 01517文字 筑波大の学生処分(深海流)
1985/7/10 朝刊 3総 003ページ 02555文字 論議呼ぶ臨教審委員の統一教会系会議出席(深層・真相)
1985/10/23 朝刊 3総 003ページ 02228文字 写真図表有 法案成立狙い持久戦(国家秘密・スパイ・知る権利:1)
1986/2/21 朝刊 解説 004ページ 02220文字 写真図表有 筑波大構想に転換の機運 次期学長に福田体制批判派
1986/7/14 夕刊 月曜ルポ 007ページ 03196文字 写真図表有 若者に新オカルトブーム(ルポ86)
1986/7/23 朝刊 2社 022ページ 00390文字 「週刊ポスト」訴訟、統一教会側が敗訴 記事は名誉棄損せず
1986/9/3 朝刊 1社 023ページ 01477文字 国家秘密法制定運動に勝共連合がスポンサー 政治資金報告書
1986/10/7 朝刊 解説 004ページ 01064文字 写真図表有 国家秘密法案・靖国問題(焦点再録 参院予算委・6日)
1986/10/30 朝刊 解説 004ページ 00369文字 国際勝共連合(ことば)
1986/11/25 朝刊 1総 001ページ 02153文字 国家機密法、増える反対議会 促進議決に目立つ議論不足
1986/11/25 朝刊 特設ニュース面 011ページ 02709文字 写真図表有 勝共連合が活動を支えている 国家秘密法・地方の動き実態調査
1987/1/13 朝刊 解説 004ページ 02672文字 写真図表有 国際勝共連合の足取り 「国家秘密法」制定に照準
1987/2/14 朝刊 1社 023ページ 00659文字 霊感商法で被害連絡会
1987/2/25 朝刊 1社 023ページ 01165文字 写真図表有 霊感商法、根は1つ? 10日間の被害訴え500件、20億円
1987/3/6 朝刊 3総 003ページ 02186文字 写真図表有 被害深刻な霊感商法 救済の動き、全国に(時時刻刻)
1987/3/7 朝刊 2社 022ページ 00500文字 文芸春秋の千葉会長、秘密法促進懇を退会
1987/3/17 朝刊 3総 003ページ 02310文字 写真図表有 「霊感商法」はこんな手口 典型的な被害例から(時時刻刻)
1987/3/20 朝刊 2社 022ページ 00589文字 霊感商法、慰謝料を 札幌の女性が提訴 「洗脳され職失う」
1987/4/2 朝刊 4社 025ページ 01472文字 秘密法論議かすむ地方選 売上税花ざかりで
1987/5/6 夕刊 1総 001ページ 00580文字 写真図表有 本社に薬きょう・脅迫状が届く 朝日新聞記者殺傷事件
1987/5/7 朝刊 1総 001ページ 00393文字 本社への脅迫状、阪神支局襲撃事件と無関係 警視庁が断定
1987/5/12 朝刊 1社 027ページ 01029文字 霊感商法をまた提訴、組織的行為と主張 被害救済弁護士連
1987/5/15 朝刊 特設ニュース面 027ページ 07818文字 写真図表有 衝撃…無言の銃弾 阪神支局襲撃事件、24時間ドキュメント
1987/5/20 朝刊 2社 026ページ 00666文字 「合同結婚式中止を」と統一教会信者の親が法務省に要望
1987/5/29 朝刊 1社 031ページ 00442文字 「原理」被害者の会に嫌がらせ電話殺到 代表は職場に辞表
1987/6/5 朝刊 2社 030ページ 00535文字 霊感商法根絶も検討 被害防止で遠藤法相答弁 衆院委
1987/6/6 夕刊 1社 011ページ 01140文字 霊感商法批判したミニコミの発行人、撃たれけが 長崎
1987/6/15 夕刊 2社 014ページ 00631文字 統一教会の女性会員、フォーカス側に勝訴 間違い写真掲載で
1987/6/18 朝刊 2社 026ページ 00253文字 「統一教会員の子供を返して」 広島・山口の親も訴え
1987/6/24 夕刊 1社 015ページ 00941文字 霊感商法、千葉と東京で提訴 合わせて3400万円払え
1987/6/27 朝刊 2社 030ページ 00328文字 原理研めぐり学生同士衝突 神奈川大
1987/7/10 夕刊 1総 001ページ 00642文字 「行革の精神貫く」 参院で首相答弁
1987/7/11 朝刊 解説 004ページ 01632文字 写真図表有 参院代表質問と政府答弁要旨(10日) 佐藤昭夫氏 共産
1987/7/26 朝刊 1社 031ページ 02589文字 写真図表有 霊感商法、各地で守る集会 国会議員が祝電、福田元首相の名も
1987/7/27 夕刊 らうんじ 003ページ 03523文字 写真図表有 「霊感商法」私はこう売った 元販売員・霊能者16人の証言
1987/7/29 朝刊 1社 027ページ 00582文字 霊感商法集会への議員の祝電、国会でも論議
1987/8/20 夕刊 1社 015ページ 01344文字 「霊感商法」で統一教会など相手に賠償請求・調停申し立てへ
1987/8/21 朝刊 2社 026ページ 00250文字 「霊感商法で訴えられ心外」 統一教会コメント
1987/8/28 夕刊 1社 019ページ 00936文字 霊感商法卸元の警察訪問、自民県議が仲介 静岡
1987/10/13 夕刊 2社 010ページ 00173文字 日本基督教団が原理問題相談会
1987/12/21 夕刊 2社 012ページ 00351文字 霊感商法被害、1年で157億円 対策弁連が集会で報告
1988/1/20 夕刊 らうんじ 003ページ 02866文字 写真図表有 世界反共連盟“ワクル”の実態に迫る 米書ルポの日本語版発売
1988/2/10 夕刊 2社 014ページ 00490文字 長崎県弁護士会、いやがらせ電話は「人権侵害」と判断
1988/2/29 朝刊 1社 027ページ 01458文字 写真図表有 霊石愛好会、宗教法人に変身 「天地正教」名乗る
1988/3/1 朝刊 3総 003ページ 02652文字 写真図表有 巧妙化する霊感商法 霊能者、研修で特訓(時時刻刻)
1988/3/19 朝刊 1総 001ページ 00144文字 統一教会<用語>
1988/3/19 朝刊 1総 001ページ 01835文字 写真図表有 霊感商法背後に統一教会の存在推認 日弁連、販売網調べ意見書
1988/3/19 朝刊 1社 031ページ 01415文字 「販売会社に多数の Permalink | 記事への反応(1) | 18:07
高市氏“サナエノミクス”で立候補・・・総裁選動き加速(2021年9月8日)
https://www.youtube.com/watch?v=8uB3fzmS1YI
日本人として当然ではありません。憲法20条に「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。」とあります。
参拝する方が問題です。
中国・韓国はもちろん、ネトウヨが大好きな台湾、シンガポールやロシアからも過去に強い非難があり、
また、アメリカやEU、フランスからも「余計なことすんな」と批判がありました。
このようにたくさんの国々を巻き込んだ国際問題となり、他国からの日本への風当たりが強くなります。
靖国神社にはA級戦犯が祀られており、参拝は戦争責任がある者を肯定することと捉えられてもおかしくありません。
それを日本の内閣を代表する総理大臣が行うことは、宗教行事の範疇とは言えないと考えるのが普通でしょう。
また、過去に国際問題となっている事実からも、挙げられた行事と同等のものであると考えるのはおかしいでしょう。
あくまで総理大臣としての参拝ではないというスタンスを(参拝後ではありますが)取りました。
批判はあれど憲法20条によって保証されているため、一定の線引きをしたと言えます。
これを公人として正式に参拝すればどうなるか、ぜひ想像してもらいたいです。
ドイツと違って戦争の反省がないと国際社会から嘆かれることがあることも一緒に考えていただきたい。
未だに靖国参拝で騒いでるのが残念
私も非常に残念です。恐らく違う意味でしょうけど。
A級戦犯が祀られたのは1978年からであり、合祀されていることを理由に諸外国は遺憾を表明しているわけです。
戦没者と戦犯を区別して供養できる仕組みが必要であると強く思っています。
人間であり、政治家です。そして総理大臣になったら、参拝すると表明しているわけです。
事実上、日本国民を代表する(本来は内閣の代表)人間である以上は、
他国を意識した立ち回りをしなければ日本国民の利益になりません。
総理大臣を直接投票できない法制度である以上、こういった事には声を上げていきたいです。
靖国神社の参拝反対者って何なんだろうね?
少なくとも日本の将来を考えている人でしょう。
大日本帝国バンザイ!という思想や、中韓にマイナスイメージを持つのも勝手です。
ただ、今の日本の地位を貶め、ひいては今この国に住んでいるたくさんの人々に
不利益が生じる可能性が高い本問題に対してはしっかりとした認識を持ってほしい。
恐らく(ネトウヨによると反日メディアの朝日系列である)テレビ朝日アナウンサーが質問したことによるコメントですね。
参拝して悪い理由の例を挙げると、他国の国民感情を害するからです。
例えば、日本が進めているインバウンド政策はどうなるでしょうか?
2019年の訪日外国人のほとんどは中国・韓国・台湾で、東アジアからが70%以上を占めます。
軍や国の暴走、つまりは戦犯により多くの方が望まずして戦地に赴きました。
これらを同列に扱うからよくないんじゃないですかね。
https://twitter.com/Simon_Sin/status/1409885464446832642
『人気声優が靖国参拝の余波 中国で配信のゲームから続々削除』
靖国に参拝するってのは「大日本帝国による侵略を肯定します」って意思表示だからね。その大日本帝国が侵略した中国で受け入れられるって考えるほうがおかしいのでは。
一見正しく見えてもうただのクソでしょこの化石みたいな認識。何年引っ張るんだ。
どんなに侵略を肯定してるなんて言ったところで日本人に戦争の意思はないし、靖国が奮起したら戦争できるのかって、出来ないだろ。この1億2千万人中何人が付いていくんだよ、封殺するしされるわ。
どんなにその思想が問題だなんて言ったところで、それってただただ多様性、思想信条の自由の範疇でさ、問題と言うならじゃあ撲滅できるのかって、それは中共様倣って思想を問題とした人間を強制収容所にでもぶち込んで教育し直すしかないと思うんだけど、それどこまで肯定して中国様の言う通りとか言い続けてるの?
要は靖国問題なんてあってもただの国内問題であって、靖国の思想から実際戦争起こして国際問題に発展するなんてあり得ないんだから、もう中国が靖国ガーとか言うのは外交カードでしかないじゃん。
しかもその意識を植え付けたのも皇国教育宜しくの中共の洗脳教育。中共万歳!
そうやって日本の左派を良心の呵責で煽り立てて利用して日本牽制して矛先逸らさせて、裏で自分達は着々とホロコーストやってますって、洒落にならないのはどっちだよ。
過去の戦争に学ぶんだったら現在進行形の独裁を先ず否定しようや。
日本に延々有効な靖国作戦、中国の作戦は大成功してるし日本人チョロすぎるわ。
遠い過去の良心の呵責を突きながら悪事を行い続ける相手に怯む必要なんてないぞ。
『そんな事言われても日本は70年戦争してないし、中国は他国の事責めてないで現在進行形の独裁止めろや』くらいで返してやろうや。
https://www.amazon.co.jp/ナチス・ヒトラーは何をしたのか?-ヒトラーは反共産党だった-真実ゆう子-ebook/dp/B00KYUNN3M
真実もクソも、ヒトラーは反共産党だったのなんか誰でも知ってるでしょ……と心の中でツッコミながらページ開いたら地獄のような内容紹介が。
内容紹介
この書は、先人の日本人が残してくださった書物から、歴史を紐解いた日本人必見の電子書籍です。
近頃、安倍晋三首相に対して、ヒトラーの合成写真を用いたりし、ファシストだのナチスだの言って批難している輩がいます。
また、報道などでは、ことあるごとにヒトラーの名前が出てくるようになりました。
ヒトラーと重ねて安倍氏を非難している奴らは、大抵、日本国に日本人に生まれられなかった、あの残念な在日韓国朝鮮人達でしょう。
密航で居座った犯罪者の子孫、日本名を使い日本人になりすまして悪さをしている韓国朝鮮人達です。
戦後生まれの日本人は、誰が本物の日本人かわからない状態の中、暮らしています。
大和系の日本人か、朝鮮系の帰化日本人か、日本名を使っている在日コリアンかわからないのは、とても危険なことなのですが、日本人は実に呑気です。
また、我々日本人が密航犯罪者の子孫である在日コリアンと、差別も区別もないのはおかしいのです。
国籍のある地で、半チョッパリと忌み嫌われ馬鹿にされ、棄民扱いされている奴らと、同等になってやる必要などなく「まず、同胞に差別するなと言いやがれ、同胞に認めてもらいやがれ、気持ち悪い」でいいのです。
戦後生まれの日本人は、誰が本物の日本人かわからない状態の中、暮らしています。
また、戦後、日本人は、政治に興味を持たないように教育されてきました。
ファシストとは何なのか?
これらを正確に語れる日本人は、少ないでしょう。
そこで今回は、「ファシストは、本当に悪いことなのか?」、「極悪非道と言われているヒトラーは、本当に酷い人だったのか?」「ヒトラーは、いったいどんな人物だったのか?」などを調べました。
そして、ヒトラーを知れば知るほど、私は、ヒトラーに惚れました。
ヒトラーが殺したのは、敵だけです。
彼は、ドイツ国の救世主で、ドイツ国民にとても愛されていたのです。
ドイツ国は、共産党、アカ、赤化(せっか)工作員達に退廃させられていたのです。
結局、日本の東條英機氏同様、終戦後、赤化工作員達によって、ヒトラーも極悪非道な人物に仕立てあげられてしまったようです。
共産主義は、アカ、マルクス・レーニン主義やマルキストと言われる思想です。
日本共産党は、国際共産党(コミンテルン)日本支部として誕生した政党で、日本人のための政党ではありません。
また、社会民主党(社会党・社民党・民主党)も共産主義者の集まりで、残念ながら日本人のための政党ではありません。
共産党の目的は、「残念な出自の貧乏な家庭に生まれた奴らが、ブルジョア層を憎み、その地位を奪うこと」なのです。
コミンテルンの組織団体は、フリーメイソンであり、奴らの目的は“世界各国の帝国破壊”である事は、「赤い工作員にご用心」と「左翼の正体」(共にキンドル電子書籍)で明らかにしました。
実は、世界中で、大正時代から脈々と赤化工作が行われているのです。
コミンテルンは表向き解散したようですが、赤化工作はしぶとく続いています。
アジアでは、「ユダヤとシナーとニダヤの大革命」が行われています。
日本人の敵は日本人だという人がいますが、「日本人の敵は、アカとチョン」という言い方にすれば、もっと多くの日本人が目覚め、選挙の投票率があがり政治に感心を持つでしょう。
日本には、日本国籍でも心はあの気持ち悪い朝鮮半島にあるというチョンがわんさかいるのです。
我々日本人は、反日と戦ったりユダヤの陰謀と戦うなんて疲れることをする必要はありません。
ただひたすら、ユダヤとシナーの手先である、ニダヤを見下し罵り笑い者にしながら、徹底排除するだけでいいのです。
先人の書を紐解けば、ファシスト、ナチス、ヒトラーの真実がわかります。
敵に対しては、情け容赦なく、「生まれの不幸を呪うがよい」とでも思いながら、手加減する事なく極限まで心を追い詰めるなりして対処しましょうよ。
先人の日本人は、アカとチョンらに「南京大虐殺問題」「慰安婦問題」「靖国問題」など捏造の歴史を作られ、我々日本人は日本鬼子と罵られ嫌われているのです。
せっかくですので、奴らのお望み通り、敵に対しては、日本鬼子になって陰湿に罵り馬鹿にして気持ち悪がり、あからさまに排斥、排除してやればいいのです。
日本人は、ファシストになって、害人に対しては、容赦なく軽く駆除した方がよいと思います。
スパイ、侵略者の命と心は、ぞんざいに扱って駆除すればいいのです。
土人の暮らしを楽しみ残飯と糞尿で命を繋いでいた奴らに文明を与え、日韓併合をしてやった先人の日本人は間違いだったのです。
一瞬の同情が、命取りです。
とはいえ、今現在、我々日本人に出来るのは、日本国憲法二十一条、表現の自由を最大限に活用する事くらいです。
日本国において、奴らが気にする蔑称を言っても書いても法律上、なんら問題ありません。
チョン達のように人を恨むのではなく、敵に対しては、見下し、罵り、徹底的に笑い者にしていけばいいのです。
敵を近づけないようにするのは簡単。罵るだけの簡単な作業なのです。
日本人同士が結束を固め、敵のあら探しをするなどして悪口を思う存分楽しみ、楽しく意地悪に排除していけばいいのです。
とにかく、我々日本人は、本当のナチス・ヒトラーを知りましょう。
是非、読んでください。
いやいやいやいやいやいやいやいややいyいあやいやいやいやいyいあyいあいやyいあいやいあやいやいややいあいあいあいあいあいあ
なんじゃこいつwww
超党派の「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」(会長・尾辻秀久元厚生労働相)のメンバー146人が22日午前、東京・九段北の靖国神社を春季例大祭に合わせて参拝した。(産経ニュース)
寧ろこういうニュースを見ると日本が戦争について反省せず靖国問題ばかりが注目されている事に危機感をおおえる。
戦争に負けた国はどうなるのか?
戦争を避けるにはどうすればよかったのか?
戦争に負けないにはどうすれば良かったのか?
そういった意味ではシンガポール等は歴史について反省している。
シンガポールが必ずしも良いとは言えないが見習う所はある。
私はシンガポールのように日本語を第二言語化(もしくは廃止)して英語を国語にすべきだと思う。
日本語の取得は時間がかかりすぎる上、他の言語に対しても親和性が低い。
維持するには色々コストがかかりすぎる。
その選択肢を迫られている気がする。
そういう状況下で侵略戦争否定だの河野談話否定だの、「戦後レジームからの脱却」を仕掛けようとした首相および日本政府。
一国の寄って立つ基本方針(少なくともその一端)をひっくり返すだけの大転換をしようというのだから、内外から大きな反発が出るのは必然だし、それなりの勝算というか手立てを持って臨むものではないのだろうか。
中国にしろ韓国にしろ過去から現在まであらゆる隙を突いて日本に外交戦を仕掛けている。
アメリカやオーストラリアにまで戦線を広げる様子が日々報道されているが、では日本はそれに対抗し得ているのか。
「真意を説明する」と偉い方々はたびたび口にするが、真意を説明した上で日本の立場を示し、諸外国の理解を得る努力というのを一体どれほど行っているのか。
銅像立てるのと同じくらいインパクトのあるカウンターを次々打っていかないと差を広げられるばかり。日本政府もいろいろやってるのかもしれないがよく見えてこない。
この1、2ヶ月の外務省や官邸のサイトを見ても、せいぜいこのくらいしか見あたらない。他にあったら教えて欲しい。(官房長官会見は全然書き起こしがないので検索できない)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/p_pd/ip/page22_000950.html
新聞報道はあるが。
http://www.nikkei.com/article/DGXNZO65065940Z00C14A1PP8000/
「全くもってふがいない。日本もあらゆる外交手段を使って我が国の正当性を全世界にアピールしなくてはならない。このまま中韓に押し切られることは許されない」
なんて右のふりをしようかと思ったが面倒なのでやめておく。
実際本気で味方増やそうという気合いがさっぱり見られないので、放っておけば押し切られて本当に外交的敗北(どういう形かはともかく、少なからぬ日本国民にとって不愉快な結果)を喫することもありえるだろう。
ボクシングでファイティングポーズは取ったが、ラウンド中盤まで無気力プレーで判定負け濃厚、という状況に見える。
最終ラウンドでKO勝ちでもするつもりなのか。
長々書いたけど、これで「負け」となったとき、責を負うのは不利な戦いを挑んだにも関わらず無気力プレーしかしなかった誰それだろう、ということだ。
◆◆◆
とはいえ、やる気出されても困るし。後釜にもっとやる気ある人が来られても困るし。微妙な論だった。
◆◆◆
美術館は東京都歴史文化財団が都の指定管理者として運営。小室副館長は取材に「こういう考えを美術館として認めるのか、とクレームがつくことが心配だった」と話す。定期展は今回で七回目だが、来年以降、内容によっては使用許可を出さないことも検討するという。
表現の自由の根幹部分を抑圧している。従軍慰安婦を題材とした写真展が会場使用を拒否されたように、異論が出そうだから展示させないという対応
確かに、従軍慰安婦を題材とした写真展については 賛否両論どころか、否しかないのかもしれないが。
否定論しか無いから、展示させない。というのは、違憲状態も甚だしい事態だな。
正に言論の自由を否定している。政治的に不利益な考え方だから、国家が否定するというのは。国家としてはありえない対応だ。
ただの手紙が芸術品かどうか?というところには議論の余地はあるけど。クレームがつくから展示できないというのは理由としては存在していてはいけない理由だろ。
個人的には従軍慰安婦や靖国問題が芸術品として展示されることは不愉快極まりないが、国家としては展示を拒否する理由にはならんだろ。
「なんで他国の反応を気にして靖国神社に参拝するかしないかを決めなくてはならないのだ!」という意見を目にすることが多い。信仰を自由を侵害しているのではないんじゃないのか、と。
信仰に関して他国に云々言われる筋合いはない、という意見はもっともである。靖国に参拝する多くの人だって、国体護持を唱える右翼じゃなく単に戦没者哀悼のためであろう。動機が、政治的な、つまり不純なものである人はむしろ少ないと思う。だって一個人が靖国に参拝したって政治的意味は何もないもん。
だけど、やっぱり政治家──とくに首相クラス──になると、やっぱり話は別でしょう。
サヨクの人びとは、「A級戦犯が祀られているから」とか「あの戦争は侵略戦争だったから」首相を非難するだろう。私としてはその意見を支持したいと思っている。
しかし、「A級戦犯」という言葉は東京裁判によって押し付けられたものであり、その言葉自体が非常に政治的なものであることをサヨクは自覚すべきだ。
さらに、「侵略戦争」であったかどうかは、もう一つ厄介な歴史認識の問題に移行してしまう。
そうすると、靖国参拝の問題は「東京裁判を支持するかどうか」とか「歴史をいかに認識しているか」という別問題にシフトすることになってしまう。
認識の相違によって、議論はつねに並行線を辿ってしまうことになるだろう。
私は靖国参拝問題については、もっとスマートに言えばいいのだと思う。
靖国が「問題」になるのは、つねに「政治」という場においてである。
政治においては、人は「行動の動機」によって評価されるものではなく「行動の結果」によって評価されるべきものであろう。善意から悪政を行ってしまったり、自らの野心から徳政となることは歴史上珍しいことではない。
たとえば「生類憐みの令」なんかは前者だよね。
靖国問題はしたがって、それが私たち国民にとって有益であるかどうかという点から見ていったほうがよい。私は首相の靖国参拝は、有益ではないと判断する。
──しかし、そうではないと言う人もいる。産経新聞は、2013.12.28の「産経抄」で、首相の靖国参拝は「国益」につながると言っている。
▼第一は、首相が公約を守ったという事実だ。アベノミクスがうまくいっているのに中韓と波風を立てる必要はない、としたり顔でいう識者は、約束を守らない政治家を見過ぎたのだろう。政治家が自らの発言に責任を持ち、実行に移すのは当たり前の姿であり、「政治力」アップは間違いなく国益に資する。▼米国務省が「失望した」と、表明してくれたのも国益に大いに役立った。日米同盟が永久不変なものではなく、歴史認識ひとつとっても日本が逐一、主張しなければ、中韓のプロパガンダ(宣伝)工作にしてやられかねないことを教えてくれた。▼米国はかけがえのない同盟国ではあるが、国のために命をささげた先人への感謝は譲れぬ一線である。心ある日本人が「嫌米」にならぬようケネディ駐日大使はぜひ、靖国神社にお参りいただきたい。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131228/plc13122803080003-n2.htm
あらゆる行動の結果に収穫と損害があるのは当然だが、首相の靖国参拝を支持する産経新聞が「収穫」を上の二点しか挙げられなかったというのはイタい。
「政治力」についてだが、安倍首相の靖国参拝については次のようなデータがある。
NHKが11~13日、全国の成人男女1千66人を対象に実施した電話世論調査で、安倍首相の靖国神社参拝について「非常に評価する(17%)」という回答と「ある程度評価する(27%)」という回答が合わせて44%で、「あまり評価しない(29%)」という回答と「全く評価しない(23%)」という回答は、合わせて過半数の52%であった。「安倍首相が今後も靖国参拝を続けるべきだと思うか」という質問には「継続するべきでない」という回答が38%で、「続けなければならない(27%)」という回答よりも多かった。
「賛否両論」という表現が正しいだろう。これが政治力の向上につながるとは思わない。産経抄の指摘する第二点についてはあまりに意味不明なので取り上げることができない。ケネディ駐日大使に靖国参拝を薦める部分なんかは、筆者は頭がパーンとなってるのでしょう。
──もうね、ひと言で言っていいと思うのだけれど、靖国参拝は、産経をはじめとする保守論壇が喜んだっていう収穫しかなかったんではないの?
そう考えると、やはりますます首相の靖国参拝は、いかに崇高な動機から行ったにせよ、私たちの役には何も立たず、海外からのイタい視線を浴びただけで終わっただけの行為だと言わざるを得ないのではないかと思うのだ。
炎上した例のNHK会長会見ですがインターネットの一部では別の燃え方をしていまして、質問をした記者のほうがえらい叩かれてる模様です。なんでも記者が執拗に誘導質問を繰り返して失言を誘った、会長を罠にかけた、だとか。それで更には慰安婦についての質問をした記者が朝日新聞のナントカいう24歳の記者だと特定!なんていう話題も。ツイッターで「NHK 質問」なり「NHK 記者」なりのキーワードで検索してみるとそんな感じの投稿がうじゃうじゃと出てきます。
しかしこれ、僕からすると「???」な話なんですよ。だって、僕、会見の動画見ましたから。でも全然執拗に誘導して失言を引き出したなんて印象はなかった。それでもう一度動画を見直してみました。その結果はタイトルの通りです。少なくとも慰安婦についての質問をした記者については執拗に誘導したなどという非難は的外れであると断言していいでしょう。
そのことについてこのエントリでは会見の詳細なやり取りをもとに見ていくんですが、いちいち動画を見てもらうわけにもいかないんでtarareba722さんによる文字起こしを貼っておきます。tarareba722さんは会見を見て「これは記者のほうがひどいんじゃないか」という感想を持って文字起こしをしたらしいんで、僕にとって都合のいい方向のバイアスがかかったものではないはずです。ちなみに動画を見たい方は文字起こしのページの一番下のあたりにリンクがあるんでそこから見に行ってください。
(この書き起こしの冒頭挨拶の箇所で「リスタブリッシュされた(?)」という記述がありますが、これはおそらく「エスタブリッシュ(確立)された」ですね)
さて、慰安婦についての質問の箇所について話す前にひとつ。実は僕、この件の報道を最初に見たとき、「そもそもなんでわざわざNHK会長に靖国だの慰安婦だのの政治問題について聞かなきゃならないんだろ?」と思ったんですよ。同じように思った方は多いんじゃないかと思います。中にはその疑問があるがゆえに「記者が失言を誘った」という見方を支持している人もいるんじゃないでしょうか。
しかし実際に動画を見てみるとそれらの質問は当然あるべき質問だったんです。会見の内容を見てみましょう。
まず冒頭挨拶があり、そこで会長がしきりに放送法の遵守ということを言うのでそのあたりについて記者と軽いやり取りがある。その後出てくるのが国際放送についての話題です。
記者「あの、国際放送を強化したいとおっしゃっておりますけれども、えっと、我が国の立場を伝えること、というふうに国際放送の番組基準に書いてありますので、この立場というのが政府見解、政府の主張をそのまま伝えることなのか、それだけではなくて、広くその、民主主義の発展に寄与するために、いろんな、その……、考え方があると伝えていくことが大事なのか、そのへんどうお考えでしょうか」
おそらくこのページ(http://www.nhk.or.jp/pr/keiei/kijun/kijun02.htm)を読んだ上での質問ですね。当然出てくる疑問であり、この質問が会長を罠にはめるための誘導だという人はいないでしょう。これに対する会長の答えが以下。
籾井会長「国際放送につきましてはですね、これはやっぱり多少国内とは違うのではないか、というふうに思います。例えば尖閣、竹島、こういう領土問題については、明確にやはり日本の立場を、主張する。と、いうことは、当然のことだと思います」
つまり、領土問題について最初に言及したのは会長自身なわけです。わざわざ記者が現在問題になっている具体的なことがらを挙げずに抽象的な形で質問してきたにも関わらず。
そして会長が領土問題について言及した絡みで靖国問題についても質問が出てくる。
記者「靖国問題についても、領土問題と同様な、あの、考え方、なんでしょうか?」
「なんでわざわざNHK会長に政治問題について聞くわけ?」という疑問はこれで解消されるでしょう。会長が「領土問題では云々」ということを言い出したのだから「じゃあ領土問題以外の他の問題では?」という質問が出てくるのはあまりに当然のことです。
ただ、この靖国問題についての質問をした記者については「執拗に失言を引き出そうとした」という見方も不可能ではないかな、という感じはします。「コメントは差し控えたい」と言われた後に同じ話題についての質問をまたぶつけてますから、最大限記者に悪意を持って見てみるとそのように見えるかもしれない。まあ、僕は全然問題のある態度だったとは思わないですし、靖国についての箇所は他の慰安婦の箇所なんかと比べると全然問題にされてないんですが。
さて、では今回メインの慰安婦の箇所です。まず記者の質問がこちら。
記者「先ほどからあの、政府とNHKの距離の問題についてご発言されていると思うのですけど、思い出すのは今から10年、10年少し前にあったETV2001の問題のことなのですが、籾井会長も最近もあの、慰安婦を巡る問題については日韓間や日米間のあいだでいろいろ取りざたされております。ところがETV2001以来番組はNHKにおいてはキチッとしたものが製作されておりませんけれども、慰安婦問題については、会長ご自身はどのようにお考えでしょうか?」
これも決して突飛な質問ではない、ということがわかると思います。実際これまでのやり取りでまさに問題とされているのは政府とNHKの距離についてどう考えるかということで、領土問題や靖国問題というのはその一例なわけです。そしてこれまでに政府とNHKとの距離ということが特に問題化した事件といえばETV2001の番組改変問題(http://ja.wikipedia.org/wiki/NHK%E7%95%AA%E7%B5%84%E6%94%B9%E5%A4%89%E5%95%8F%E9%A1%8C)が想起される。ETV2001は慰安婦問題を扱った番組だったわけですから、慰安婦問題について尋ねる質問に結びつくのは当然でしょう。
それと少し話が逸れますが、この質問において記者が名乗っていないということには留意が必要です。なぜなら冒頭で少し触れたようにこの記者はネットで本名が晒されてるわけですから。では、どこから所属年齢本名が明らかになったのか。ツイッターの投稿でソースとされているページを見てみましたがその答えは見つかりませんでした。現在流れている情報はデマの可能性が極めて高いと判断していいと思います。
以下慰安婦問題についての質問に対する会長の回答とその後の記者の反応。
籾井会長「(しばらく考えて)これはちょっと……、コメントを控えてはダメですか? あの……いわゆるね、そういうふうな、戦時慰安婦ですよね? えー戦時だからいいとか悪いとか、言うつもりは毛頭ないんですが、まあこのへんの問題は皆さんよくご存じでしょう、どこの国にもあったことですよね。違います?(しばらく会場沈黙)」
記者「あ……、私に質問しているんですか。えっと、ではそしたらじゃあ、籾井会長が改めてその、お考えすることがあれば、お尋ねしたいと思います」
どう見ても会長は「コメントを控えてはダメですか?」と言いつつもその後促されたわけでもないのにベラベラとコメントしてます。しかもよりによって橋下市長が炎上したときと同じことを……。ここまでで記者がマイクに向かって話したのは最初の質問だけなんで、これが記者のしつこい質問のせいで出てきた言葉と受け取ることは不可能です。
そして最後の「違いますか?」を言いながら会長は記者の方をじっと見つめるわけですが、記者はこの「違いますか?」を反語表現だとでも思ったのか、沈黙が続いてようやく自分に質問が向けられているのだと気付き、慌てて「あ……、私に質問しているんですか」と返答する。通常このような会見では記者の質問ひとつに対し回答者がなにか答え、それでひとつの質問はおしまい、もう質問者は別の記者にマイクを譲り渡す、というのが一般的ですから、この記者は会長が答えたのでこれで自分のターンは終わりだと思ったのだろうな、ということは容易に想像がつきます。だから自分が話すべき場面なのだと悟って慌てている。これはしつこく質問攻めにしてやろうなどと考えている人物の行動とは考えづらいでしょう。
実際、そこに続く記者の言葉は「会長が改めて考えることがあればお尋ねしたい」という今なされている話題を続ける気がさらさら感じられない、それどころか「はい! その話は今日はおしまい! また今度ね!」というふうに受け取るのが自然なものです。これまた記者がしつこく質問したという見方を否定する。
とはいえ、会長とこの記者とのやり取りはかなり長く続いたというのも事実です。おそらくそのことから記者がしつこく質問をしたという見方が生まれている。しかし、やり取りが長引いた原因はなんなのでしょう。それは続くやり取りを見てみるとわかります。
(再びしばらく沈黙)
籾井会長「(会場を見回して)まあ、こっちから質問ですけど、韓国だけにあったことだとお思いですか?」
記者「いやいや、すべ……どこの国でも、というと、すべての国で、というふうにとられると思うんですけども……」
はい。どう見ても会長が記者に逆質問をぶつけたせいです。本当にありがとうございました。
この場面、記者が「改めてお考えすることがあればお尋ねしたいと思います」と話を切ってから結構な時間の沈黙があるんですよね。ちょっと間が持たなくなるなーと思うくらいの。だから何か話して間を持たせたくなる気持ちはよーくわかる。それで普通は「なにか質問はありませんか。ないならこれで終わりにしますが」とかなんとか言って次の話題に行くなりするものだと思うんですが、あろうことか会長の選んだ道はさっきまでの話題を自ら蒸し返すという……。
しかもただ蒸し返すだけでなく記者に逆に質問をぶつけるものだから記者も当然それに返答するわけで、そこからずるずると慰安婦の話が長引くことに……。そこから先の記者の発言とか、もはや質問じゃなくてただのツッコミになってるし……。
というわけで、少なくとも慰安婦の箇所については記者がしつこく誘導質問して失言を誘ったなどというのは明白な間違いで、実際のところはただの会長の自爆なのでした。ちゃんちゃん♪
会長は「ここまでいうのは会長としては言いすぎですから、会長の職はさておき、さておきですよ、これ忘れないでください。」とか言い出し、いやここ会長会見じゃんとツッコまれたら「失礼しました。全部取り消します」と。そしてもう言っちゃったから取り消せないとまたツッコまれると「いやいや、さておいたんですよ私は。あれだけしつこくね、しつこく質問されたから、私は答えなきゃいかんと思って答えましたが、会長としては答えられませんので、会長としてはさておいて、と、こう言ったんですよ。で、それが、ここは会長会見だと、じゃあ取り消しますと言ったら取り消せないとおっしゃったら、じゃあ私の、さておいては、どこにいく、どうなるんですか。そんなことを言ったら、マトモな会話ができないですよ。ああそれはノーコメントです、ノーコメントですと言ってたら、それで済んじゃうじゃないですか。それでよろしいんでしょうか。いいんなら、それでいいですよ、今後」と言ってます。
「しつこく質問されたから答えなきゃいかんと思って~」とか言ってるけど「会長の職はさておき」と言い出す直前の記者の発言は「……わかりました」だからしつこくなければ質問ですらないというツッコミはさておき、「エクスキューズをつけて発言してるのにそれを無視するマスコミはひどい!」とか言ってる人がいるんでそういう人に言いたいことがあります。
そういう人は是非、上司や社長の前で「これは社員や部下としての立場はさておき、さておきですよ、これ忘れないでください。あくまで一個人としてですからね」と断りを入れた上で言いたいことを言いたい放題言ってみてください。そして言いたいだけ言ったら最後に「今のは取り消します」と言いましょう。さておけない、取り消せないじゃまともな社内コミュニケーションなんてできないですよね。それでもしも問題になってクビにされるようなことがあったらそれはエクスキューズをつけて言ってるのにそれを無視する上司が悪いんです。きっと訴えたら勝てますよ。さあ、チャレンジしてみましょう!!
>2. 他の大臣や国会議員が参拝することに対してはどう思っているの?
少なくとも、政府が第2次世界大戦で日本が行った戦争を反省している立場を守るのであれば、総理大臣を含む閣僚は行くべきではないと考える。
>3. 非宗教の慰霊施設を建ててそこで祈るとして、そこでA級戦犯は祀っちゃいけないの?
>4. A級戦犯は未来永劫許されないし全人類が唾を吐き続けなければいけない存在なの? A級戦犯を許さないのは平和に対する行いなの?
まず、A級戦犯は「戦争責任者」のように扱われがちであり、国際社会からもそのように理解されていると思われる(多分)。しかし、ご存知のようにA級戦犯は名誉回復をされた方もおり、A級戦犯=戦争責任者というのは、政府の公式見解ではない。今の政府の公式見解では、戦争責任について、「政府として、具体的に断定することは適当でないと考える。」としており、はっきりしない。http://tamutamu2011.kuronowish.com/sekisininshikifukusimamizuho.htm
靖国問題ではA級戦犯がクローズアップされがちだが、問題はA級戦犯が合祀されている事ではなく、戦争責任者とおぼしき人が合祀されている事だ(ただし、責任者がA級戦犯とかぶる部分があるのは事実だろう。例えば東条英機は、戦争についての責任を免れ得ないと思われる)。
責任者については日本人の手で決めるべき事だ。そしてその議論については国際社会にその内容をしっかりと訴えるべきだろう。この際、当時生きていた(少なくとも参政権を有した)日本人全体に責任があるといった結論は不適切だ。一面の事実ではあるが、責任者を特定しなければ、責任が曖昧になるからだ。なお、責任の中には、ほとんど勝ち目の無い馬鹿馬鹿しい戦争を始め、めちゃくちゃな作戦で多くの日本人を無意味に殺した責任も含まれる(兵士の死因の大半は餓死と病死だそうだ。実に馬鹿馬鹿しい)。
>5. 平和に対する罪は人道に対する罪より許されないの? 他の戦犯は慰霊施設で祀ってもいいの?
慰霊については構わないと考える。どんな悪事を働いた極悪人でも慰霊はなされる。ただ、政府が慰霊施設を作るのであれば、第二次大戦の死者を弔う事を目的となるため、馬鹿げた戦争の責任者をともに弔うのは他の英霊に対して失礼だと考える。(もちろん戦争責任者の遺族が個人的にお墓を作る等は構わない)
>6. ぶっちゃけ「靖国神社を国が潰すべきだ」とか思ってない?
>7. 「靖国神社を参拝する一般人も死ねば良いのに」とか思ってない?
>8. 靖国どころか神道自体嫌いで「神道滅びればいいのに」とか思ってない?
靖国神社には参拝した事もある(心の中で慰霊だけ行いました)。一宗教団体として存在する事は構わないし、どんな歴史観を主張しても構わないだろう。
一方で、内閣総理大臣の立場にあるものが参拝するからには、そこには確実に政治的意味が生じてしまう。(いくら私人として、と主張しても)
靖国神社は慰霊とともに顕彰を行う施設だ。顕彰とは「善行や功績などを広く知らせて表彰すること」だ。例えば、上で述べたように東条英機の戦争責任が免れ得ないものとすると、政府が公式に謝罪している戦争の責任者の行為を靖国神社は顕彰している。にもかかわらず、内閣総理大臣が参拝を行うのは矛盾している。よく言われる「日本は本当は戦争を反省していないんじゃないのか?」という奴だ。
>9. 実際は靖国参拝とは関係なく政府はPKO活動とか平和のための活動もしているし、総理自身平和に向けた発言もいくつもあるわけだけど「総理は戦争がやりたいと考えているから靖国に参拝するんだ」とか思っているの?
>10. 総理が実は韓国の特定の団体とは仲が良いことはどう思う? 総理は本当に中国や韓国、あるいはその政府が嫌いだと思う?
>11. 総理に限らず石破とか周囲にはあの戦争は誤りだったとする発言は結構あるけど、本当に自民党は戦争や決定的な対立を望んでいると思っているの?
>12. 総理が靖国を参拝した本当の目的はなんだったと思う? その目的のために本当は何をすべきだと思う?
おそらくだが、「日本の誇りを取り戻す!」といった意図だろう。今回の参拝は明らかに外交上は失策だが、それを分かっていても「取り戻す!」ことを優先したと思われる。
ここでの「日本の誇り」とは、戦争で国のために命を落とした日本兵へ慰霊と顕彰ができること、だと思われる。しかしそもそも、国際社会はそうした日本兵への慰霊を問題視しているのではない。(戦争の責任者として認識されている)A級戦犯に対する政府の顕彰行為が問題視されているのだ。(日本兵への顕彰をどう思っているかは不勉強なので分からん)
目的のためにするべき事としては、
①日本人の手で戦争の責任者を決める。責任の所在を明らかにする。それが国際社会の常識と異なるのであれば、資料等を用いながら理解を求める。
②不戦の誓いを新たにし、戦争で国のために命を落とした日本兵のための慰霊施設を設立する。顕彰については難しい問題だと思う。一兵士は一有権者でもあり、完全に戦争の責任が無かったとは言いがたいからだ。
オレは綺麗な絵だと思います。
あの絵単体を作品として見るなら、
ただ、あれっていわゆる学会誌なんですよね?
同人誌じゃないですよね?
たとえばこんな絵があったとしますよ。
お願い。面倒くさいとかいわないで。
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季節は晩夏にしよう。
まだ昼間は暑いけど、最近ちょっと日が短くなったわねっていうような。
時刻は午後~夕方早いうちかな。
場所は一軒家の門の前。
板塀に植木が見えるね。
平屋だよ。
豪邸じゃないけど、家屋も庭も綺麗に手入れされてるね。
祝日なんだね、きっと。
家の前に四人家族が出てきてるよ。
左後方にお父さん。
がっしりしてて短髪。
浴衣姿だね、ここは。
お父さんの右隣には、小柄でおとなしそうなお母さん。
もちろん優しく微笑んでるよね。
スポーツでもしてるのかな、お父さん似なのかな、やっぱり体格いいね。
お兄ちゃんの横には妹ね。
可愛いけど芯は強いんだよ。
赤いワンピースあたり着せようか。
結構お転婆さんだから、ワンピースもちょっと汚れちゃってていいかも。
ここまできたんだからダメ押しで、芝系雑種の愛犬も登場させちゃおう。
さて、これをセピアっぽい色合いで、郷愁を誘うようなトーンでまとめよう。
できた!
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ふぅ。
で、どうですか?
説明が拙くて恐縮だけど、イメージできました?
好みはあるだろうけど、ふーん、て感じですよね。
絵単体では別に何も問題ないですよね。
でも、これが政府広報物の表紙だったらどうですかね。
靖国問題がアツアツな今、
どうですか?
何か胸がザワつきませんか?
この絵を表紙にしちゃうのか…て思いませんか?
不穏な空気を感じませんか?
やべえ、日本マジやべえよとか思いませんか?
やべえっていう思いを口に出していかないと
もっとやばくなるよって思いませんか?
オレは綺麗な絵だと思いますけどね。
けどね。
走馬灯のように脳裏によぎったんでね。
考えると辛いから、今はやめとくよ。
http://www.zaeega.com/archives/53574263.html
http://www.huffingtonpost.jp/2013/12/15/akb48-asean_n_4450956.html
http://president.jp/articles/-/11181
http://wol.nikkeibp.co.jp/article/trend/20111118/116096/
じゃあ、みんなよいお年を!
どの国でもあるいはどの宗教でも、死んだあとどうなるのか? は一大テーマだ。キリスト教は神の国に行くし、仏教は輪廻転生するし、神道は死んだら神様になる(そしてまた人間に戻ったりする)。
http://www.hachimangu.com/cgi/kouwa/kouwa.cgi?mode=one&namber=199&t...
神道では、人間が死ぬと、すべて神になると考えています。これは、私たちの魂は神から頂いた、神の分け霊、分霊と考えるからです。神の分霊なんだから死んで霊界に帰れば神に戻ると考える訳です。
私たちが死ぬと肉体と魂は別々になります。死んでまもない魂は、霊界での初心者、若葉マークの霊であると思います。肉体と魂が離れても実感として分からない時期、まだ死を認められない霊なのです。病気やケガで足を切断した人が、ないはずの足がかゆくなったり、痛くなったりすると聞きますが、そのような、まだ肉体のあった頃の感覚が離れられないでいる時期が若葉マークの霊であろうと思います。肉体の感覚が残っている内は、この世での執着心も残っているのです。
「自分は死んでしまったのか。それではもうこの世にはいられない。神の世界、仏の世界、御先祖様の世界へ還ろう。そして、魂の修行をして、神となって子孫を守っていこう」と決心したならば、執着心も切れて、迷うことなく霊界へ行くことができるのです。
この引用は一例だが、洒落怖あたりをみてもなんとなくこういう意識を持っている日本人は多いように思われる。仏教が入ってくる前の神道だと魂の修行とか言うのはなかったと思うが、その代わり祈祷などで鎮めていたのではないかな。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A8%E9%9C%8A#cite_note-Yahoopedia-2
憎しみや怨みをもった人の生霊や、非業の死を遂げた人の霊。これが生きている人に災いを与えるとして恐れられている[2]。
霊魂信仰の考え方では、霊魂が肉体の中に安定しているときその人は生きていられる、と考える[2]。怨みや憎しみなどの感情があまりに激しいと、霊魂が肉体から遊離して生霊となり災いを与える、と考える[2]。
ちなみにこの死者が安楽に辿りつけない場合もあるという考えは日本固有ではないが、一神教系だと地獄にいくことがおおいようだ。アミニズムは現世に災いをもたらすらしい。
有名なのは平将門ですよね。生霊といえば源氏物語の御息所。医療や科学が発達していなかった時代に、アミニズムはそれを神様がやったってことで納得していた。一神教の場合も神の試練だと、仏教は功徳が足りないと思っていたのか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E9%9C%8A%E4%BF%A1%E4%BB%B0
政争や戦乱の頻発した古代期を通して、怨霊の存在はよりいっそう強力なものに考えられた。怨霊とは、政争での失脚者や戦乱での敗北者の霊、つまり恨みを残して非業の死をとげた者の霊である。怨霊は、その相手や敵などに災いをもたらす他、社会全体に対する災い(主に疫病の流行)をもたらす。古い例から見ていくと、藤原広嗣、井上内親王、他戸親王、早良親王などは亡霊になったとされる。こうした亡霊を復位させたり、諡号・官位を贈り、その霊を鎮め、神として祀れば、かえって「御霊」として霊は鎮護の神として平穏を与えるという考え方が平安期を通しておこった。これが御霊信仰である。また、その鎮魂のための儀式として御霊会(ごりょうえ)が宮中行事として行われた。記録上、最初に確認できる御霊会は、863年(貞観5年)5月20日に行われた神泉苑で行われたもの(日本三代実録)である。
仏教的にはどちらかと言うと荒神の信仰に近いものかな。阿修羅とか。
靖国神社もそもそもはこの御霊信仰のもと建てられた神社である。
http://www.yasukuni.or.jp/history/index.html
靖国神社は、明治7年(1874)1月27日、明治天皇が初めて招魂社に参拝された折にお詠みになられた「我國の為をつくせる人々の名もむさし野にとむる玉かき」の御製からも知ることができるように、国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です。「靖国」という社号も明治天皇の命名によるもので、「祖国を平安にする」「平和な国家を建設する」という願いが込められています。
前進は明治2年にできているので、戊辰戦争の御霊供養のために建てられた神社であり、その後の日本内の内戦および諸外国との戦争でなくなった人々の供養をしている、ということになっている。
政府のたてまえとしても、靖国神社参拝は御霊供養のため、ということになっており、単純に墓地に行くのとはまた違う意味合いを持っているようだ。そもそもが怨霊を鎮めるためのものなので、死に方(戦死・処刑)に関しては問わない。ところでここって空襲で亡くなった人は入ってるんですかね?それはまた各自か。そもそも神社って系列があるし、霊魂はどこでもいけるしな。
こうしてみると、靖国にA級戦犯が眠っているから参拝してはいけないというのは的外れで、むしろそういう人がいるからこそ供養はせにゃならんということになる。祈る内容は「もうしません」でも「つぎはぜったいかちます」でもなんでもいいわけだが、とりあえずこの観点から反対するのは無理筋だろう。
んで次に気になるのは、別に首相がいかなくてもいいんじゃね?という点である。
多分これは崇徳天皇のせい。
瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思ふ
いろいろとロマンチックなひとだが、気性が激しいともいう。
[要出典]http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B4%87%E5%BE%B3%E5%A4%A9%E7%9A%87
一方『今鏡』「すべらぎの中第二 八重の潮路」では、「憂き世のあまりにや、御病ひも年に添へて重らせ給ひければ」と寂しい生活の中で悲しさの余り、病気も年々重くなっていったとは記されているものの、自らを配流した者への怒りや恨みといった話はない。また配流先で崇徳院が実際に詠んだ「思ひやれ 都はるかに おきつ波 立ちへだてたる こころぼそさを」(『風雅和歌集』)という歌を見ても、悲嘆の感情はうかがえても怨念を抱いていた様子はない。承久の乱で隠岐国に配流された後鳥羽上皇が、「われこそは にゐじま守よ 隠岐の海の あらきなみかぜ 心してふけ」(『遠島百首』)と怒りに満ちた歌を残しているのとは対照的である。
しっかり子供作ってエンジョイしてんじゃんとは思うが、日によっては荒ぶっていたのかもしれない。どちらかというと彼に対する罪の意識で、後々伝説が作られたような気がするが、なんせ千年前である。確かめるすべはないな。まぁいいや。とりあえず天上人の天皇が荒ぶって怨霊になってしまったので、天皇が御霊鎮魂をするようになったもよう。これが国のトップが御霊慰霊を行うようになった理由だろう。
1. 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
ちらっと調べた限り3がある以上それをひっくり返すのは無理筋だが、いまのところ行くこと自体は1で押し通している。奉納するとなると3に引っかかるのでそれが争点になるようだ。もし私費で奉納とかしてりゃ1があるので反対するほうが悪いが、そうではないのなら違憲判決が出されるのは妥当な所。
しかしそこまできっちりとやってしまうと、天皇制がそもそも違憲、内閣総理大臣を天皇から任命されるのも違憲になってしまうので極めてグレーである。
ただ天皇は戸籍がないので、日本国籍を持ってない。例外として日本国民ということになってはいるが、主権もないしこのへんもグレー。突っ込んではいけない領域である。
このうち1は明確に信教の自由があるので以降といくまいと自由。
2は前述のとおりグレー。
3は参拝が軍国主義につながるというのが主な反対の理由のようだが、参拝は御霊供養のためであり、反省するのも軍国主義を目指すのも当人次第(しかも信教の自由があるのでそれを規定することはできない)ので的外れ。一般的にキリスト教では参拝は神への信仰、仏教は魂は輪廻転生してしまっているので特に意味のない行為(参拝自体は功徳を積むため)で、御霊供養の概念はきちんと説明しないと伝わらないと思われる。4,5も同様。
したがって、問題の争点は政教分離の観点でOKなの?という部分だけだな。ちなみに諸外国がこれに反対するのは内政不干渉の原則に反するが、言うの自体は自由である。
前回、『麻生太郎の某ナチス発言を解読してみた』(http://anond.hatelabo.jp/20130801210220)を書いた者です。
前の日記で、「動画が公開されていないので解釈が割れている」と言いました。
正直、麻生太郎については好きでも嫌いでもないので、前回の解読は国語テスト感覚で楽しくやってました。
(一応、10年以上前ですが高校の模試で現国は偏差値80以上取ったことあります。理系でしたが(笑)。)
前後関係とナチスの歴史から推測して、それなりに自分なりに納得した形で解読したつもりです。
発言全体から見れば「手口に学ぶ」=「(反面教師として)教訓に学ぶ」として捉えないと全体的な整合性が取れません。
しかし音声を聞いて、「あれっ?」となりました。
問題とされたあの「手口に学ぶ」の発言の時に会場から笑いが起きているのです。
私の解釈だと割と真面目な話なので、笑いが起きるのはあまり考えにくいです。
つまり、いわゆる『あの発言はブラックジョークだった』説です。
わざと本音とは逆のことを言って、(会場の聴衆もそれを分かっているので)笑いが起きているという可能性です。
そのあたりの解釈も加えて、これまでの一般的に多い解釈を検証してみましょう。
=====
①『手口に学ぶ』=『ナチスを見習ってこっそり静かに憲法改正するべき』説
ニュース等でクローズアップされてる「あの手口学んだらどうかね。」の前後の発言だけを聞くとそう読み取れるのも無理はありません。
【矛盾点】
麻生氏は「憲法改正は狂騒の中で決めてほしくない」と前置きした上で、ヒトラーの台頭を例に出し、「憲法はよくても、そういうことはありうる」と指摘してます。
「そういうこと」とは「ヒトラーの台頭」のことですし、「憲法はよくても」に続く発言ですから、ヒトラーは悪い例であることは明らかです。
「例」とは視聴者に分かりやすく説明する時に用いるのが普通ですから、良い例としてヒトラーを出しては意味不明です。
そうすると『ナチスを見習ってこっそり静かに~』という解釈は非常に違和感があります。
また、ワイマール憲法がナチス憲法に変わった経緯で、「だれも気づかないで変わった」と言ってるのに、その直後で「みんないい憲法と、みんな納得して変わった」と言っており、「どっちやねん!」っていう話です。
さらに当時のドイツは不景気や議会への不満で混乱期でしたから、狂騒とは反対の『冷静に慎重に』の例に出すのはおかしいです。
この①の説を主張している人の中には「麻生氏の歴史認識が間違っている」と批判する方も多いですが、その前のヒトラーの台頭の歴史認識は合ってます。
民主主義でヒトラーが選ばれたことを知っていて、全権委任法が可決された当時のドイツの混乱を知らないのは少し違和感があります。
しかもわざわざヒトラーを例に出すということは、それなりに知識に自信が無いとできませんし。
③ブラックジョーク説
今回音声が発表されて有力になった説です。
ただし、「静かに冷静に」の例えがヒトラーなのがおかしいのは①で述べたとおり。
狂騒の例としてヒトラーが使われなくては辻褄が合いません。
麻生氏の発言は憲法改正の話から靖国神社参拝の話へと移ります。
つまりこれは日本の憲法改正の話ではなく、「靖国神社の参拝の仕方として、狂騒にまぎれて憲法改正を行ったヒトラーの手口を学んだらどうか」というブラックジョークです。
(常識的に実際そんなことできるわけありません。)
靖国問題の例えだとすると、その前の「だれも気づかないで変わった」というのは「ドイツ国民が~」ではなく「諸外国が~」という意味に取れます。
したがって、「みんないい憲法と、みんな納得して」の主語は逆に「ドイツ国民」で、「狂騒の中で、あの危険なナチス憲法が良い憲法だと国民みんな勘違いしてしまった」という解釈であれば意味は通ります。
矛盾点というか問題点は、これだとせっかくヒトラーを狂騒の例えとして出したのに、その意味が薄れてしまいます。
非常にややこしいジョークです。
といった感じです。
④『麻生太郎本人は②のつもりで言ったけど聴衆が③だと思って笑ってしまった』説
そのまんまです。
可能性は少ないですが(笑)。
あくまで個人的な感覚ですが、①の説だったら確かに大問題でしょう。
②や④だったら全く問題なく、ただのマスコミの暴走なので騒ぎを大きくしたマスコミはきちんと釈明しないといけないと思います。
今回の騒ぎが誤解であることに間違いはないので大問題ではないと思いますが、政治家がジョークでナチスを使ったことはまずいと思います。
色々書いてみましたが真相はまだ分かりません。
ただ①を信じて疑わない人や冗談に聞こえない人は「麻生太郎はナチスを肯定するような危険思想を持っている」と確信しているということですから、ご自分が危険思想のテロリスト素質を持っていることを疑った方がいいと思います。
http://bayaread.hatenablog.com/entry/2013/07/04/004426
自分の話なので徒然として結論もない。
自分は育った家庭が日本ではかなり右寄り(アメリカなら普通くらい)で、外の世界に触れる前から中国人・韓国人は劣っていて悪いひとしかいないと教えられてきた。あと部落とか。とってる新聞はもちろん産経新聞。女は家庭に入るべきだし教育は不要、みたいな。母親が共産病院で働いたことがあって、その反動だったっぽい。
ほいで入った小学校が極左。校長が壇の下から壇上の卒業生に卒業証書を渡すみたいな意味のわかんないことをする(なんか偉い人ほどへりくだらないといけないそうだ)ほど極左な学校。もちろん同和教育とかもするし、原爆とか沖縄の基地とかの授業もいっぱいあった。国歌は習わなかったし、国旗掲揚とかもない。
小学校1年生にして価値観がぐらぐらとする。あれはたぶん実際体験してみないとわからないと思うけども、無自覚で受け入れていた思想が悪で、悪いと思っていたことが正義だと言われ、しかもみんなが無邪気にそれを信じているという状況に直面し、六歳の自分はものすごく混乱した。ただ子供なのですぐに順応した。子供的には楽な環境だったし、拒否する理由も、それを考える頭も当時はなかった。
その後、家庭の事情で転校し、今度は保守王国にきた。これまたすごい。イベントのたびに国旗掲揚、国歌歌うはともかく、集団行動を叩きこまれてそれを乱すとものすごい体罰。なんだここは地獄かと思った。それまですごいリベラル(といえばいいがまぁ野放図だった)だっただけに嫌悪感が半端ない。軍国主義じゃね、これ、みたいな。そん時が八歳。八歳なので軍国主義という語彙はなかったが、侵略戦争という言葉は知っていたのでこれはいけないことだ、と思った。ただ逆らうと体罰があるので大人しく従うほかない。
で、子供だったので順応するかとおもいきや、全然しなかった。学校大嫌いだったし、団体行動とかクソだと思ってたし、女子の幸せは結婚して子どもうんで家庭に入って、だから勉強だってそんなに頑張らなくていいのよ、役職はいつも副で男を立てましょうみたいな思想はクソ食らえだと思ってた。年齢相応の知性はあったのでそれをおおっぴらにはしなかったけど、ひっそりと拒否してるつもりで高校まで出た。
んで、大学入ってまたびっくりした。大学っていろんな地方から人が来るので、生まれた時からそれまで一貫して同じ思想を注ぎ込まれている人というのは多くいる。それ自体は別にどうでもよくて、そういう人と話した時に六歳や八歳の時に感じた、なんかよくわからない怒りというか嫌悪感というのがほのかに蘇ってきて、すごくたじろいだ。たじろいだというしかない感じ。
折り合いをつける過程で、子供の自分にできたのはどっちの思想も否定するということだった。受け入れない。受け入れないで適当にまわりにあわせてやり過ごす、というのが一番いいと思っていたし、誰かが強弁するならそれに合わせとけって思ってた。けど、ちょうど小泉さんが政権とってる時代で、靖国問題とかが出てきた時期だったんだが、それで当時の彼氏と言い合いになったんだよね。彼氏は関西の人でいわゆる「自虐史観」が正当だとおもってて、そもそも靖国神社には犯罪者が葬られているから参拝すべきでないという立場(らしい)。んで自分はまぁ、戦没慰霊はゴタゴタ言わなくていいんじゃないの、夜はどうせ墓場で同窓会でしょみたいな主張。
激しく言い合ったわけではないんだが、二、三言葉を交わした時に、どうしても彼氏の言葉が受け入れられないと思ってしまった。これに自分でびっくりした。びっくりしすぎてその後反論するのはやめてしまったくらいショックだった。日本で見ればやや保守、一部リベラルだから中道だろうと思ってたけど、がっつり保守派じゃん、無意識にそうなってたわ、と気づいたときはショックだった。しかもあんなに嫌いだったのに。
その後も地味ーに韓国嫌いだったり(口には出さないけども)(そして中国は不思議なことにそうでもない)、地味ーにおしゃれしているお母さんに冷たい視線を向けてしまったり、地味ーに結婚したり子どもうんだ友だちに嫉妬したり、そのたびに自分が保守的なことに気付かされる。逆に男性に対してはどうせ女だし軽く見てるんだろっていう気持ちが拭えなくて、気をつけないとつっけんどんな感じの対応をしてしまう。ほんでそのたびにショックを受ける。
結局一番最初に入ってきた時の思想から抜け出せないんだなぁってことを今も時々思う。意外なことに無意識に無条件で受け入れてることってたくさんあって、意識的に気をつけていても、気をつけきれないことってたくさんあるんじゃないかな。結局自分の頭で考えるってなんだろうって、こういう話題が出るたびに思う。全部は考えきれないし、把握もできない。多分これからもショックを受け続けるんだろうなぁ。
靖国神社が実際にどんなところなのか、って知らないですよね
(靖国の意味や意義といったことではなく、靖国神社ってこんな雰囲気で、こんなものがあるんですよー、的な意味で)
私は以前、九段下に勤めていたこともあり、また義父が靖国神社を頻繁に参拝していることもあり、
おそらく一般的な30代日本人男性としてはかなり頻繁に(といっても年に2〜3回ですが)靖国神社を訪れています。
そんな私も靖国神社を訪れるたびに実は大きな違和感を覚えているのです。
正直なところ、靖国神社をとりまく歴史的な背景や現在の議論の多くを私は詳しくは理解しておりません。
そんな無知な自分ではありますが、やはり靖国神社って何か特別なところ、というか現在の日本の空気とは隔絶された、
異質な空間に思えるのです。
※遊就館については下記よりwikipediaの記述を参照ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8A%E5%B0%B1%E9%A4%A8
靖国神社が護国の英霊 246万6千余柱 を祭っていることはもちろん知っていますし、
わたしも参拝する際は日本のためにその身を捧げた人々を尊敬し、鎮魂の思いをもって祈りをささげています。
それにしても、「遊就館」に象徴される前時代的な空気、いわゆる国粋主義、軍国主義的な空気を
これも皆、わたしの不勉強による誤解なのかもしれませんが、
やはり靖国神社という空間は、わたしたちの世代には違和感に溢れる空間であり、
私たちが思う日本という国の空気、こうありたいと思う国の価値観とは大きく乖離していると感じるのです。
靖国神社の存在自体をわたしは問題だとは思いませんし、そこに国民皆が参拝するのは良いことだと思っています。
国会議員や大臣、総理がそこに参拝するのもごく自然な行いだとも思います。
この国の歴史を思い、そこに生きた人々の霊を思うことは日本に生きるわたしたちとって、むしろ必要なことだとも
思うのです。
ですが、現実の問題として、いまの靖国神社は少なくともわたしにとっては素直に参拝できる場であるとは
思えず、少なからずそこに参拝することの抵抗感を感じる場なのです。
中国韓国がどうとか、戦争の責任がどうとか、そうした話ではなく、
わたしたち日本人にとって、靖国神社はどういう場であり、どういう場であるべきなのか、
わたしたち若い世代も含めて、しっかりと議論し、その在り方を見つめ直すべきなのではないでしょうか。
いつか、何の抵抗もなく、ごく自然で、素直な気持ちで靖国神社を訪れることができる日が来ることを
願います。
http://anond.hatelabo.jp/20100228174646
竹島問題を解決するために、鳩山総理は「竹島-任那交換条約」を韓国政府に提示した。
その後、鳩山政権は倒れ、自民党と新民主党(民主党から分裂)および公明党の三党連立による、
谷垣総理は、任那経営を、経団連が実質的な運営主体である財団法人「任那日本府」に任せた。
日本国内での支持を得るために、任那に「朝鮮神宮」を建立した。
日本のインターネット空間では、かつて「ネットウヨク」と呼ばれた層が息を吹き返し、
日本に対し激しく反発した。
また、韓国民は、国際法上何ら問題のない「竹島-任那交換条約」を非難し、
任那奪回を訴え始めた。
金海市の任那日本府前や朝鮮神宮前を占拠して、シュプレヒコールをあげた。
インターネットでは、連日、日本に対し、サイバー攻撃が行なわれた。
日本の主要な官庁、企業のサイトは、韓国からの攻撃によって軒並み接続不能となった。
「2ちゃんねる」や「したらば掲示板」、「ふたばちゃんねる」、「はてな匿名ダイアリー」なども、
次々にサーバが落とされていった。
この状況に対し、為すすべを知らなかった。
与党三党は連立の維持を確認し、
舛添総理は、政権運営の第一に、この困難な特亜状況の解決を迫られたが、
折りしも任那日本府の小泉総督は、自らの再選はない、と公言した。
任那日本府総督は、任期1年の互選制であり、小泉総督は一期での退任を宣言したのである。
こうして舛添政権にとって、当面の問題は去ったように見えたが、
任那日本府の実質的な運営主体である経団連は、今回も総督候補を出さなかった。
結局、今回も政治判断にゆだねられた。
舛添総理の判断に任されたのである。
日本のインターネット空間では、このとき、ネットウヨク層を中心に、
かつて、マスコミによって政権を引きずり降ろされたという挫折経験がある麻生太郎には、
任那という新天地で復権を図ってもらいたい、という、麻生ファンの願いでもあった。
麻生太郎本人はこのとき、関心すら示さなかったが、こののち麻生太郎は、
こうした世間の下馬評をよそに、舛添総理が出した結論は、
当時の誰をも予想を超えた人事であった。
舛添総理が示した名前、それは、ソフトバンク社長の孫正義であった。
事実、韓国内ではそれまでと一転して、新総督への歓迎ムードに包まれた。
しかし、孫総督はしたたかであった。
もし自分が戦争にいったら、怖くて何も出来ないだろう。みっともない自分をさらけ出してしまう。自分の弱さをさらけ出してしまう。それだけは絶対さけなければいけない。ディベートではこの pro & con システムがよく使われる。
そうだ、戦争に行くということ自体をなくせばいいんだ。その可能性をなくするのがが一番だ。
自衛隊海外派遣はけしから! ゆくゆく自分が徴兵されるようになったらどうなるんだ! 惨めな自分をさらけだしてしまう。
靖国問題、そんなには自衛隊海外派遣につながる可能性がある。自分が徴兵されたらどうするだ! 惨めな自分をさらけだしてしまう。
さあ、反対する理由をさがそう、宗教から引用しようか、それもと国連憲章か、いやいや小学校の時の◯◯先生の言葉あった、
いや、それよりもさらに弱者をさがそう。戦争になって被害をつけるのはつねに弱者である。かれらを守るために戦争はすべきではない。
おお、なんだか調子がでてきたぞ。そうか、たしかにこれは良い考えだ、自分より弱いものを見つけてそれを守る言い訳にすれば、
自分の弱ささえも認識しないですむ。自分のほうが役立つ強者でいられる。自分の臆病さを忘れられる。
おお、なんとすばらしい、一石二鳥とはこのことだ。
でも、反対理由だけ言ってたら、臆病者の自分がばれてしまう、ここはひとつ賛成する理由も出しておいて公平性をアピールしておこう。
そうだ、pro & con 議論だ。それで自分のプライドをなんとか整えて、それから反対すればいい!!
もし自分が戦争にいったら、怖くて何も出来ないだろう。みっともない自分をさらけ出してしまう。自分の弱さをさらけ出してしまう。それだけは絶対さけなければいけない。<注意>私はなんでもかんでも派兵賛成といっているのではない。取り返しの出来る範囲で何度も何度も失敗を繰り返しながら、失敗しない自分をすこ少しずつ築き上げていくため、にどれくらいがライン適切なのかを判断することが大切‥‥と思っている 。
そうか、簡単だ。自分が弱いのだから、強くなればいいんだ。
強くなるにはどうすればいいのだろう? 簡単だ! トレーニングだ。
取り返しの出来る範囲で何度も何度も失敗を繰り返しながら、失敗しない自分をすこ少しずつ築き上げていけばいい。
そのためのトレーニングの舞台はどこにしよう‥‥。
敵との対比(実際の敵であることもあれば空想上の敵であることもある)において自己を定義しようとする様々なイデオロギーである。>
このようなイデオロギーでは敵(すなわち自分が無力である原因)が悪の元凶扱いされ、反対に、道徳的に優れているのは自分だとされる。
彼らは悪人だ、従ってわれわれは善人だ、というわけである。
あるいはまた、世界はどうしようもなく悪によって支配されている。したがってわれわれのほうが世界より優れている、ともなる。