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はてなキーワード: 人工知能学会とは

2020-09-20

anond:20200920150521

圧力があったものだけ見ると

人工知能学会

ブレンディCM

志摩市キャラ

のうりんキャラ

うな子

資生堂CM

駅乃みちか

東急電鉄

環境省君野ミライ

ちふれCM

ユニ・チャーム

VOCE記事

宮城県壇蜜

サントリーCM

ゆらぎ荘

岩波書店広辞苑

池袋マルイ写真

キリン午後ティー

ワコール

ヤフー

花王

ワーナー

などなど、「価値観が変わった」ではなく、「圧力をかけた」ケースなので。

枚挙にいとまがない。

この手の圧力をかけて撤回させたケースを認めるのならば、間違いなく右派系も同じことをやりだすし実際やりだしてる。

2020-09-14

anond:20200914145856

人工知能学会の表紙は炎上バトルが開幕したばっかりの時期だったね

当時はまだどこから責めていいか責め側もノウハウが貯まってなかったんだろう

混乱の中で代理出産の怪しげな意見を持った人を将軍にしてしまったり色々あった

anond:20200914145507

アピール方針が変わったのかどうかは知らないけど、使う絵そのものは騒ぎになる前から決まっており変化していない

なので「むしろ何も変わってないのにお前らはどこに満足したんだ」と言われている

 

ちなみに着衣であり胸も大きくなく性的含みが何もないのに燃やされた例としては、人工知能学会誌の表紙がある

2020-09-13

anond:20200913035706

俺は長年の田中芳樹ファンだけど、残念ながらその頃と今回とでは「当たり前の批判」の社会的意味が違うんだよ。認識アップデートしてよ。

タイトルの通り増田20年来の銀英伝ファンですが、私が銀英伝を知りネット掲示板個人サイトなどを見始めた当時からファンによる「銀英伝女性キャラステレオタイプ過ぎる」とか「田中芳樹女性を描くのが下手」みたいな批判は当たり前のものとしてありました。今回炎上した冒頭のツイートもそれと同系統のものであり、作品内の女性の扱いに対する感想としては見慣れた内容で特に違和感はありませんし、個人としての違和感を述べたうえでリメイクにあたってのアップデート希望するものであって、それ自体問題があるものとは思えません(なお、「Die Neue These」はリメイクではなく「原作の再アニメ化」なので、その点は事実誤認なされているものと思います

うん、銀英伝ファンあいだでは「あいつ女を描けてねーよな」みたいな評は普通のものだったよね。そういう意味で、例の社会学者氏のツイート認識はごくありふれた銀英伝認識を示したものだといえる。それだけを切り取ってみれば特に叩かれる要素はない。

でもさ、

ことと、

こととでは、社会的意味が違うんだよね、残念ながら。

twitterという、簡単に支持者を社会運動に動員できるプラットフォームで、これまでさんざんコンテンツを燃やしてきた社会学者っていう属性の人が、表現の内容を変えるべきだと口を出したら、単なる批評の域を超えて作品へのバッシング煽動してるようにしか見えないんだわ。

ジェンダーがどうこうというのも、そういうバッシングの際によく使われる常套句からね。

「あっ、この状況、キズナアイバッシングで見たことある!」って思っちゃうんだよね。

実際にそれらの描写を変更すべきか否かはそれぞれで判断が異なるのは当然としても、こうした意見に対して「現代にそぐわないから変えろって言いだす社会学者やべえ」などと嘲笑するのは原作者のスタンスを含めて明らかに論点を見誤っていますし、「銀英伝を燃やしに来た」などと反応するのは過剰です。挙げ句社会学者というツイート主の職業フォーカスしてその職業全体を否定するような言説まで行うのははっきり言って異常だと思います

もちろん、昨今のネット社会学バッシングはどう考えてもおかしい。一部のおかし社会学者存在で以て学問としての存在意義まで否定されるべきではない。

ところで、「すべての男がそうじゃない」みたいな言い訳をする男に対してノットオールメンって言ってきたのってどういう人たちでしたっけ?

文系のはしくれとしてはノットオールソシオローグスと言いたいところなんだけど、フェミニズム同調して社会問題に口を出してきた社会学者がそれを言うことは、まあ論理的一貫性問題惹起するよなあ。

本件もそうですが、ポリティカル・コレクトネスを巡る議論においては「過剰なポリコレ押し付けるな!」などと主張する批判側にも個人意見に対して過剰かつ攻撃的な言動を繰り返す「反ポリコレを旗印に個人を抑圧するネット憂国騎士団」みたいな存在も目立ってきており、まともな議論が成立しづらい状況になっているように思います

マトモな議論が成り立ちにくい環境を作ってきた責任を反ポリコレの側「だけ」に求められても困るんですが。

ポリコレが高邁な理想としての側面しか持ち合わせていなかったのであればともかく、実際には他の表現を抑圧する棒として使われてきていたという前史があった上での反ポリコレ側の過剰反応でしょう。

つい最近起きた騒動にだけ目を向けても、ジェンダーを専門とする社会学者によってキズナアイバッシングされ、フェミニズムを掲げる弁護士研究者によって献血ルーム攻撃され、「ミカンはお母さんが買うもの」などと宣うフェミ学者たちがラブライブ農協コラボを焼きに来た、といった話があって、その上で今回の社会学者氏の感想への過剰反応があるわけ。

ポリコレ棒でヒステリックに殴られてきた側がちょっとでもポリコレっぽく見えるものヒステリックに反応するのは自明の理では?

悪いけど、ポリコレ棒を振り回して暴れ回ってきたポリコレ憂国騎士団の皆様にはもうウンザリしてるんだよ。

からといってこちらも憂国騎士団ムーブをしていいことにはならないけど、ポリコレ側の憂国騎士団ムーブのことを棚に上げて反ポリコレ側だけを憂国騎士団と言われても困惑するほかないんだよね。トリューニヒトみたいな詭弁やめろ(憤怒)

ブコメに応答

実際問題2013年の人工知能学会表紙事件以降、表現特にオタクコンテンツ)をネットで叩いて社会問題化し、金と名声を得るというのは、社会学者定番になってる。最も顕著だったのが宇崎ちゃん献血ポスター騒動

社会学者の人、名誉はともかく金は得られてないと思うよ。

いや、ネット表現を燃やしたところで影響力とか声望とか自尊感情とかはともかく金は得られんよ(少なくとも学者世界では)。金目当てで彼らが動いているというのは被害妄想がすぎる。そりゃ有名どころのレーベル新書とか書けばまとまった金は入ってくるかもしれんが、彼らは現段階ではtwitterで吠えてるだけで別に一般向けに売れそうな本を書いているというわけでもないし。

この界隈Twitterさえ見なきゃ起きてない論争多くない?ほぼネットそれもTwitterしか社会学者」を知らなそうな人多くない?

そりゃ、多くの人には表現を燃やしに来る「社会学者」の姿しか見えてませんし……

アカデミアあるいはそれと近いところにいれば、社会学といっても色々あって、ハマータウンの野郎どもを研究する人もいれば聖なる天蓋を論じる人もいて、ジェンダーオタク文化に関心を持っているのは一部であり、表現を燃やしに来るのはさらにその限られた少数に過ぎず、もっと言えば社会学者といっても博士課程の院生から誰もが参照すべき大御所まで「権威」に勾配があることくらい理解しているだろうし「社会学者」を十把一絡げに論じるべきじゃないっていうのは自明の理なわけだけど、燃やされた被害者からはそのごくごく一部の姿しか見えないので。

アカデミアと縁のないそのへんのオタクにとって、哲学者数学者工学者や物理学者言語学者文化人類学者なんてろくずっぽ知らないのが「普通」でしょう。普通の人は良かれ悪しかれそんな学問について詳しい知識は持ってないんだよね(漠然としたイメージは持ってるかもだけど)。だからtwitterオタクがロクに社会学者について知らないってのもある意味当然なのよ。

そんな学問についてよく知らない一般大衆は、まあ、自分たち表現を燃やしに来た一部の社会学者の姿を見て「社会学者」のイメージ形成ちゃうよね。

もちろん「そんな社会学者ばかりじゃない」という異議申し立てはどんどんやればいいと思うよ。「そんな男ばかりじゃない」と同程度には正当性のある反論だろうし。

昨今の風潮でいちばん納得がいかないこと

ムーラン』と『銀河英雄伝説』が同時並行で話題になってホッテントリに出まくってるのに誰も『風よ、万里を翔けよ』の話してないのおかしくない!?

2020-08-22

anond:20200821235857

人工知能学会の表紙では、女性掃除安易に結びつけた点が批判されたのだと思います

男女2体のロボット掃除している絵であれば批判されなかったと思いますが、イラストとしては1体の方がおさまりが良さそうだと自分は思います

この辺の折り合いは難しいところで、社会的にいろいろ模索している段階なのだと思います

批判する側も、懸念を冷静に伝えるだけでよいとは思いますよ。

2020-08-21

anond:20200821224939

なんで露出も短いスカートもなかった人工知能学会の表紙絵が燃やされたんですか?

2020-06-05

anond:20200605205558

人工知能学会の表紙に女性アンドロイドの絵が使われたのが堤防決壊の合図だったね。

怒りの季節が訪れた。

2020-03-21

お気持ちヤクザ人工知能がお嫌い

「青識亜論」氏と「架純」氏の対話から見える『AIさくら問題

https://togetter.com/li/1483780

フェミ萌え絵叩きの発端”人工知能学会表紙事件”を振り返る

https://togetter.com/li/1434382

しかし当時と言い今回の人工知能と言うか人工無能と言う代物を嫌っている時点であの人達純潔教育キリストカルトとの関係が強いのも多いと言う話もある意味納得できるのも不思議

この人達赤十字JAの件から間を置かずにすぐにコロナ騒動世間も険悪の中で寄りにもよってJR東日本にまで喧嘩を売っているのだから正気じゃないよね。

こうしてみると大口ばかりだよ。

普通に考えれば後が怖すぎだよ。

それとコロナとかでも一部のまだ予定や作業日程上、どうしても止められないから仕方なく仕事をしている所に対して、わざわざ止めさせる様なクレーム電話もあると言う話も聞いて、言う事だけ言えば、胸がスッとしたとかストレス解消目的の話も聞いたから、大方この様な行為ストレス発散目的クレームをつけているのもあるのかも知れないね

この手の人達って他人妨害が好きなのだろうね。

今は大部分は自粛ムードだけど全ての所が止められるわけではないのは判るだろうにね。

金銭的、予定や日程的な意味でも動かざる得ない所も多いよ。

ただでさえ今は景気も底が突き抜けて、経営が苦しい所も多いからね。

たこの言う事だけ言って胸がスッとしたような類似の話は当時の赤十字の一件でも見られた事だしなー。

何にしろこの様な非生産的行為クレームばかりつけていればますますこれ等フェミニストこそ世間から毛嫌いされ、反社勢力認知されつつある状況を招いているのは必然だよ。

こんな事を続けていれば、今にこれ等の連中や団体の話も議員もまともに取り合わなくなっていく事だろう。

何せ多方面喧嘩を売って無事で済むわけがない。

ようはフェミニズムやら子供権利やら女性の権利やら弱者権利を盾にして、体裁整えているけど、実際やっている事は弱者権利を盾にしてお気持ち思想押し付ける道具に使うと言う生半可なクレーマーよりも余程悪質な行為をしているクレーマーだとしか言いようがないのだから

それは本当の意味での外道と言えるよ。

フェミニストを消し去りたいなら女性蔑視女性差別をやめれば必然的にフェミニストも減っていく。フェミニストを批判しているうちはどんどん増える」→ 「お前らが男性蔑視をやめないか批判されるんだろう」「あれもこれも女性差別と言い出すからキリがない」

https://togetter.com/li/1483947

世間フェミニストの要求無視してまともに取り合わなければ良いだけ。

幾ら弱者権利を盾にしていたとはいえ、取り合っていたからここまで増長して、社会的モンスターに育て上げたのは事実

そして世間もこれ等フェミニストにいい加減うんざりしだして、敵視し出した。

2020-02-27

anond:20200227055242

おっちゃんも、人工知能学会の一件あたりから見てたけど、

本来あるべき解決策:男性アンドロイドにも掃除をさせる絵を載せる

なのに、女性アンドロイド掃除をさせたのは配慮が足りませんでした。サーセン

で終わってしまった時点で、ダメだと思った。

フェミニストは、男女平等主義者でも差別撤廃主義者でもなく、徹底した女権主義者なのだと。

女が優遇され、女が快適に暮らせれば十分なのだ

トランス女性なんて、下賤な男が女に転身するようなもので、その存在自体、到底受け入れられるわけがない。

フェミニストとの対話は無理だろ

変な話だけど今から書くことには同意しないで欲しいただ吐き出したいから吐き出す。俺は人工知能学会の一件あたりからフェミニストクレームつけてる様子を観察してきたけど、難しいとは言えなんだなんだ対話して妥協点を探ることは出来ると思ってたし攻撃に対して対話を重んじる勢力姿勢には尊敬賛同してきた。でも最近暴走を見てるとフェミニストとの対話不可能でアホを鉄砲玉にして大量に突撃させて潰すしか道がないように思えてきた。そもそもブロックで話しようがなかったり話してもそれをすぐに反故にしたり対話してどうにかなると思えない。現状を鑑みて対話しようとしてるのはWW2前の英仏がやった宥和政策みたいなものでただいたずらに敵の力を増大させるだけじゃないのか?当然こんなことをすればフェミニストと同じレベルになるんだろうけど一方的ボコボコにされてる現状は同じレベルどころか下のレベルに甘んじてるだけだろとしか思えない。頭では今書いたことがおかしことなのは分かってるしだからこそ最初同意するなって書いたわけだけど好きなもの攻撃され続けて感情をおさえるのもさすがに限度がある。多分俺はフェミニズム論争から離れて休むべきなんだろうけどラブライブとか宇崎ちゃんとか身近なもの攻撃されるとフェミニズム論争から逃れるのは好きなもの放棄するのと同義になってそうなったらいよいよ好きなものを捨てさせられたことに対してフェミニストに怒りを抑えきれなくなる。もしかしたら第二の余命三年時事日記事件を起こしてしまうかもしれない。なんとか穏便にこの流れが収まって平和になって欲しいそうしないと本当に気が狂いそうだ

2020-02-19

junglejungle

人工知能学会の表紙絵は不特定多数の目に触れないのに炎上していた。公共云々はオタク嫌悪ありきの詭弁だとわかる。

バカなのかな?

お前が研究者だとして、

JSAIの絵はジェンダー的に不快から学会員登録やーめよっと

ってできると思うか?目にしたくない人の目に触れること、要はゾーニングできていないこと、そしてそれが性差別平等歴史を踏まえたとき不適切であることが指摘されてんだよ。「不特定多数」だけ切り取って、都合の悪いことは無視してんじゃねーよ。

野蛮なのはそのidだけにしろ。せいぜい無い知恵絞ってでも考えろ。

2020-02-18

萌え絵有害から公共の場所に出す前に対策するべき

私もオタク表現規制反対だけど、それとは別に萌え絵有害であり、公共の場所に出す前に対策必要だ』というのはいい加減にオタクオタクでない人も事実として共有した方が良い。

今回のラブライブJAコラボポスターや、それに先行する形となった宇崎ちゃん献血ポスターキズナアイラノベ表紙、のうりんポスター碧志摩メグ駅乃みちか人工知能学会表紙などの騒動を見ても明らかだ。

萌え絵を見るだけで一部のフェミニスト社会学者弁護士画家や彼ら・彼女らを支持する人は理性を失い、やたらと攻撃的になり、

自分キャラクター区別がつかなくなり、わけのわからない主張を始めるようになるという害がある。そのことはみんな良く分かっただろう。

から萌え絵社会に出すにあたっては対策をする必要があるのではないかと思う。

まり、そのように萌え絵を見ただけで理性を失うような人たちには強制的治療を受けさせるなども考えたほうが良いのではないか

2020-01-17

男の作った作品より、女の作った作品の方が叩かれるのは何故か?

「男の作った作品」という全般概念が叩かれる事は多いが、やり玉に挙げられるのはハレンチ学園とかくらいで

実際はそんなに叩かれる事は少ない。

逆に人工知能学会の絵、女の世界は~系、ハーフの女を生みたい、女の友情は~等々、

対象者がはっきり特定されるものの大体は、女性企画したり、表現したりしてるという事が多い。

ひょっとすると、女性より男性の方が、そこら辺の「セクハラ」の概念に対してはセンシティブなのかもしれない。

アイズ」なんかも、水着姿を撮って雑誌に載ったのをからかわれたヒロイン主人公が守ろうとしたり、

盗撮から救おうとしたり、「女性性的に消費する輩から守る」というヒーローを演じたいという少年たちの欲求を描いている。

男は女性を「女性扱い」するから、そういった男の生理的欲求兎に角悪として描こうとする。

ハーフの女を生みたいとか、女の友情は何々とか、男が描くと逆にブレーキがかかったのではないだろうか。

逆に女性作家は、女性を「人間扱い」する。ハーフの子を産みたいだとか、目の死んだ女ロボットとかを、当然の生理現象として捉えて描こうとする。

男の反応にしても、大半の男は欲求に素直なので、ヒーローを描いたりせず、エロに沸き立つ男を率直に当たり前の生理的欲求として描く。

フェミニストが「男が女を守ることが前提の社会」を目指しているのはよく指摘されている。

スラングで言われるような「チンポ騎士」に囲まれ生活を良しとして、それを当たり前で当然だと思っている。

からこそ、「チンポ騎士」を目指しているような漫画を描く男の作品はそこまで表面に上がらず、

ありのままを描いている女の作品が叩かれがちになるのではないかと考えてる。

2019-11-26

フェミ社会学者エビデンスを出したらどうなの?

差別表現規制話題を,人工知能学会誌表紙,キズナアイ,宇崎ちゃんポスターと追っているが,フェミニスト側の立論の雑さが目立つようになってきた.フェミニストによると,これらの表現

  1. 現実性差別性犯罪助長する,あるいは直接女性を加害する有害性を持ち
  2. しかもその有害性は公共の場掲示できる限度を超えている

という.

この2点について,多くの規制反対論者が「エビデンスはあるのか」と問うてきたが,フェミニスト側は真面目に答えようとしてこなかった.ここでは,市民エビデンス提供することが期待されているであろう,社会学者たちがいか知的不誠実な態度に終始してきたかを見ていきたい.

エビデンスとは

ここでいう「エビデンス」とは evidence based medicine (EBM; 根拠に基づいた医療) や evidence based policy making (EBPM; 根拠に基づいた制作決定) におけるエビデンスで, 単なる「根拠」「証拠」より強い意味を持つ.例えば,EBMにおいては下記のようなエビデンスレベルというものがあり,一口エビデンスといっても質の強弱がある:

I システマティックレビュー/RCTのメタアナリシス
II 1つ以上のランダム比較試験による
III ランダム比較試験による
IVa 分析疫学研究コホート研究
IVb 分析疫学研究症例対照研究、横断研究
V 記述研究症例報告やケース・シリーズ
VI患者データに基づかない、専門委員会専門家個人意見

もちろん,社会科学分野では完全なランダム比較試験は難しいという事情はあるだろう.それでも,行動心理学研究や,具体的な事例の紹介はできるはずだ.以下で指摘するのは,表現規制議論において,社会学者たちが,質の高いエビデンス提示せず,最も低い「VI 患者データに基づかない、専門委員会専門家個人意見」相当の論考しか提示してこなかったという怠慢である

宇崎ちゃん事件場合

宇崎ちゃん事件の発端となったのは弁護士発言であったが,しばらくして,牟田氏による下記の論考が出た:

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68185

結論から言えばこの件は、議論する以前に答えは出ている。

女性差別撤廃条約1979年国連採択、85年日本批准)はジェンダーに基づくステレオタイプへの対処を求めており、日本政府への勧告でもメディアでの根強いステレオタイプ是正を重ねて求めている。

たとえば第4回日本レポート審議総括所見(2009年)では、勧告の項目「ステレオタイプ」に、「女性の過度な性的描写は、女性性的対象としてみるステレオタイプ認識を強化し、少女自尊心の低下をもたらす」と警告している。

上のエビデンスレベルに照らすと,条約や所見は最も低いVIに該当するであろう.もちろん,所見を作成する上で何らかの質の高いエビデンスが参照されている可能性はある.残念ながら,そのようなエビデンスフェミニストから提示されることは現在までない.

また,牟田港区埼玉県ガイドラインを紹介した上で

今回のポスターはこうしたガイドライン等に抵触することは明らかだろう。

と,有害性は明らかであるとする.自治体ガイドライン炎上しないためのHow toであり,これに抵触たからといって即時に性差別にあたるわけではない.例えば,日弁連ポスターですら,形式的にはガイドライン抵触することが指摘されている:

https://togetter.com/li/1425795

こういう立論の雑さが「お気持ち」と揶揄される一因になっているのではないか

キズナアイ事件場合

キズナアイ事件の発端となったのは千田氏による下記の論考である:

https://news.yahoo.co.jp/byline/sendayuki/20181003-00099158/

「相槌」がなぜダメなのかと思うかもしれないが、社会学では「権力」は相互作用の場面からもつくられていくと考えられている。コミュニケーションの場において、どのような言葉が交わされ、どのように会話が達成されるのか。コミュニケーションは当然、社会システムのなかで行われ、そしてまたその社会システム再生産するのだ。

このNHKサイトで「キズナアイ」に割り振られた役割は、基本的に相槌である。それは、従来「女性」に与えられてきた役割であるある意味で、性別役割分業を再生産していると言えるのだ。

性別役割分業を再生産」というのが上の「1. 現実性差別性犯罪助長する,あるいは直接女性を加害する有害性を持ち」にあたるだろうが,この点に対してエビデンスは示されることはなかった.問題になっているキズナアイイラストのように,ポルノとは言い難い軽度の性表現がどの程度人の行動に影響を与えるのか,質の高いエビデンスを示してほしい.

さらに,千田氏は加害性についてもツイート言及している:

https://twitter.com/chitaponta/status/1047386005139906560

ズナアイは可愛いし、別に愛でてくれていいし、ノーベル賞サイトから引き上げてくれとか要求もしてなくて、今後、同様の企画を作るときは、少し考えてくれと言っているに過ぎないんだけれど、「誰も傷つけていない」「考えすぎ」というのは少し違うと思う。思春期自分は、やっぱり傷ついたから。

自分が年をとると快適で、性的対象として見られることがとき女性いかに傷つけるか、想像もつかないことは理解できる。自分趣味ケチつけられたら、腹も立つだろう。

でもやはり、女子学生なかには傷つく子もいる。そしてそれは、想像もつかないくらいの絶望であることもまた認めるべきでは?

ここでも,氏の言う加害がどの程度普遍的に通常人に成立しうるのか,なおかつ公共空間から排除すべき加害性なのか,提示されることはなかった.もちろんこれが社会運動なら,こういった「共感」に訴えるだけで事足りるだろうが,当該分野の専門家としての発言が「共感」に終わるだけでは,なんというか残念.

千田自身は,法規制を求めているわけではなく「市民公共性」から自主規制を求める立場であるとする.なるほど,権力の介入を避け,市民議論によって線引がなされるべきというのは同意できる.その上で,学者として,市民議論の補助となるエビデンス提示してもらいたい.

終わりに

今年の4月フェミニストから称賛された上野氏の祝辞があった.

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

上野氏は祝辞という限られた環境ながら,種々の研究を紹介し,数字引用し,現在社会にある男女差別提示してみせた.統計の扱い方には色々と難があるし,私とて上野氏の思想同意できるものの方が少ない.しかし,ここで注目したいのは,エビデンス提示しようとする上野氏の姿勢と,表現規制エビデンスから逃げ回る社会学者たちの姿勢とのコントラストである

統計大事です、それをもとに考察が成り立つのですから

先輩の言葉をもう少し噛み締めてはいかがだろうか.

2019-11-25

東大自称AI研究者自称特任准教授特定時間勤務有期雇用教職員バイトである大澤昇平氏

AI差別するんだもん!ヘイトするんだもん」

鼻息を荒くしながら大炎上していたまさにその日に

人工知能学会が、長年人工知能公平性について研究を続けていた功績を称えて産総研の神嶌先生表彰しているの

めっちゃエモくない?

http://ai-elsi.org/archives/839

2019-11-23

SFファン女性蔑視を許すな!!

先ほど書店森瀬繚シナリオのためのSF事典』を見たら驚いた!

パワードスーツ」の項目に作業用パワーローダーと介護用パワーアシストイラストが載っているのだが、

髭面のガテン系兄貴がパワーローダーを装着している一方で、パワーアシストを装着していたのが、

なんとアニメ絵美少女だったのである!!

SFファン認識では、介護って美少女がやるものなの!?SFファン人工知能学会同類なの!?

 

本書は2011年出版された本の修正版らしく、当時のイラストをそのまま使っているのかもしれないが、

なんにせよ、2020年代が目前に迫っている今時こんな本を出してしま出版社の見識を疑わざるを得ない。

2019-11-20

【要約】これからフェミニズムについて考える白熱討論会-②

その①

https://anond.hatelabo.jp/20191120183622

その②

https://anond.hatelabo.jp/20191120185300

その③

https://anond.hatelabo.jp/20191120185607


表現行為セクシャルハラスメント ~表現差別ハラスメント

【青識亜論・弁論】

●成人誌のコンビニから撤去について

 ・フェミニストが「これは活動の成果だ」と喜んでいる

 ・続いて、「グラビアが表紙の雑誌撤去すべきだ」と言っている

  →これはまさに表現規制であり、終わりがない。一歩も譲るべきではない

●これまでフェミニスト炎上させてきたもの

 ・太田弁護士フェミニスト)のツイートを紹介

 ・メイドロボット

  #人工知能学会誌の表紙に女性メイドロボット

  #家事をするのは女性、というジェンダーロールの押し付けであるとされ炎上

 ・碧志摩メグ

  #体形を強調し乳首が浮き出ている、上気し男性に媚びた表情であり不適切とされ炎上

 ・のうりん

  #企画内容と無関係な胸の露出煽情的な顔つきが不適切とされ炎上

 ・響け!ユーフォニアム

  #女子高生が持つ管楽器男性器のメタファーであるとされ炎上

 ・キズナアイ ノーベル賞解説サイト

  #男性教授役に対して生徒役の女性、という配役設定がマンスプレイニングであるとされ炎上

 ・宇崎ちゃん 献血ポスター

  #女性身体を明らかに強調した絵を、無関係献血ポスター使用公共の場に掲出することは環境セクハラであるとされ炎上

サーファー男性動画について

 ・太田弁護士女性ジェンダーロールについて批判をする一方、「容貌に劣る男性マッチョにあこがれてサーフィンを始める」動画については絶賛している。これはまさにルッキズムであり筋が通らない

青少年に悪影響がある表現物は規制せよ、という言説について

 ・「強力効果論(暴力的メディアや、性的メディアが、受け手暴力的にしたり性的にしたりするという説)」は研究により否定されている

フェミニストが「女性のモノ化」を否定していることについて

 ・モノ化とは→単なる道具として扱うこと

 ・容姿評価されることは悪か?異性のパーツを好きになることは悪か?

 ・自分欲望自分で選べる社会であるべき

石川優実・弁論】

・青識の例出は萌え絵エロに寄っていたと思う

・また、自分石川)ではない人のツイート炎上を紹介していたが、自身発言でないものを指摘されても答えようがなく、別の事例について話したい

表現について

 ・エロがいけない、萌えがいけないと言っているのではなく、「女性らしさ」「男性らしさ」ジェンダーロールを固定化した表現問題と考える

 ・必ずしも規制必要なのではなく、配慮をするべきと考える

ブラックフェイスについて

 ・黒人表現として黒塗りをすることは、事実アフリカ系の人種が色黒だとしても、社会的に認められていない

 ・障害の「害」をひらがなに置き換える処置も、規制ではない

  →規制ではなく、当事者気持ちを慮った自主的配慮として行われている

 ・TSUNAMI自主規制も同様。あくま被害者への配慮として行われており、表現規制するものではない

グラビア萌え絵に関して

 ・女としての魅力を社会強制されている表現問題としている

 ・乳袋と言われる、胸を異様に強調した服

  →実際には存在しない服であり、女性性的魅力を強調しすぎている

 ・「女性身体を持っている」ことを理由被害を受けた人への配慮が不足している

 ・エロからダメ、ではなく、女性性の強要存在する以上、配慮必要

 ・「ちょうどいいブス」

  →表現者本人は女性だが、他者にこうすべきと役割押し付けるのでダメ

女性のモノ化とは?

 →人の気持ちを考えず、機能だけの存在として扱うこと

●「お気持ち」について

  お気持ち、というだけで揶揄されることはおかし

  お気持ちがあることは人間である以上当然であり、ないがしろにされてはならないもの

【青識亜論・反論

・宇崎ちゃんのどこがモノ化?

石川さんがやっていたグラビアも女体のモノ化と言えないか

石川優実反論

女性被害があるなら配慮することが当然

・胸があることに対して受けた被害があるのに、それを他人表現することがおかし

グラビアについては本人の意思だったりそうでなかったりするので難しいが、意思主体性があればOKと考える

【青識亜論】

キズナアイイラストレーター女性声優女性。では誰に許可を取れば使ってよいのか

石川優美

女性性の主体があるところ、すなわち全ての女性配慮するべき

質問者石川氏へ)】

イラストに関しては女性主体がいないので認められる余地がないと言っているように聞こえる

 では女性が1人でも嫌だと声を上げたらもうダメになってしま

 つまり萌え絵、女体を表現に使うことが理論不可能ということではないか

石川優実・回答】

表現はしてもいいが、誰でも見えるところに出すのは問題

被害者に見えないところで表現する分には構わない

【青識亜論】

・宇崎ちゃんには主体性があるのでは?

石川優実

・描いている人に…(回答失念しました)

質問者(→石川氏)】

石川氏の規制理論で言うなら、

 事故に遭った人が傷つくから気持ち配慮すべきであり、車のCM規制するべきとなるが、

 そのようにお考えか?

石川優実・回答】

クルマ広告クルマのものを売るためのものであり、献血無関係女性性を強調している本件とは異なる

ポスターを貼らないぐらいの事がそれほど難しいか

質問者(→石川氏)】

・胸が大きいことがセクハラとしている人もいるが、逆に誇りに思っている人もいる、その女性をひとくくりに代表して「これは差別である」とすることは、個人の「お気持ち」の押し付けではないか

性的価値女性の裸は価値があり、男性の裸は価値が低い)は商品になるが、それをすべて否定するか?

・よしもとの「不細工芸人コンテスト」は批判を受けていったん中止になったが、男性限定して復活した。これをどう思うか?

石川優実・回答】

全女性を代表するつもりはない

被害を受けたことに言及活動することと、お気持ち押し付けることは別の話である

黒人差別と同様、被害にあっていない人がいるか規制すべきではない、とはいえない

 黒人も、黒人であることを喜び、誇りを持っている人もいる。だからといって別の人に存在する黒人差別を許容するべきではない

質問者(→石川氏)】

女性性によってプラスマイナスもあるはず、性差があることは明らか。事実石川さんも女性からグラビア仕事ができた。

 その利益享受しておきながら、不利益は許容できない、というのでは筋が通らないのではないか

石川優実・回答】

プラスがあるからマイナスには目をつぶれという理論には賛同できない

 被害・加害があるなら是正されるべきであり、声を上げるべきである

続く

2019-10-30

anond:20191030062353

人工知能学会表紙騒動から碧志摩メグのうりんポスター駅乃みちか宮崎サーファーCM境ホラ表紙と今まで連綿と積み上げられてきた相互不信のコンテキスト無視して、この問題だけ見て「お互い尊重しよう」なんて言われても困っちゃうよ。

[]2019年10月29日火曜日増田

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2019-10-29

https://anond.hatelabo.jp/20191029132449 の続き

アファーマティブ・アクションとその後の世界

ところで、議論を混乱させるもう一つの問題として、アファーマティブ・アクションの話と、男女同権が達成されたその後の世界の話を混ぜて話している人がいるように見受けられる。たとえば、「必然性なく女性のみをアイキャッチ的に使うべからず」というのは、過渡期における一種アファーマティブ・アクションとしては、一定妥当性を持つと考える。一方で、真に差別解決した世界では、そのような配慮は逆に不要になるかもしれない。たとえば、「必然性なくA型の人のみをアイキャッチ的に使うべからず」というガイドラインは、馬鹿げている。そもそも血液型など誰も気にしていないからだ。性別問題も、真に男女差別がなくなった世界では、最終的にはそこに行き着くのかもしれない。類似の例として、アメリカなどでは、商品パッケージ人物複数掲載する場合人種の割り振りに対して神経質になるところがある。これは、特定人種のみをアイキャッチに使う場合人種差別助長しているとみなされる可能性があるからだ。現在ガイドラインとして策定されているこのようなルールが、既存の不平等是正するための措置であるという事実無視して議論を展開することは、好ましい姿勢とは言えない。また、このようなガイドラインを「女性アイキャッチに使うべからず」と極端な方向に誤読したり、「男性アイキャッチ的に使用するのはいいのか」と、誤読を元にしたミラーリングを行うことは避けなければならない。

このようなアファーマティブ・アクションそれ自体不公平あるいは不正義であり、そもそも認めない、という姿勢はあり得るかもしれない。また、単純に過度な配慮不要であるという意見もあり得る。例えば、過去に発生したNHKにおけるキズナアイ騒動人工知能学会誌の議論では、性的役割の固定に対する議論が行われたが、性的役割是正を求める批判派(アファーマティブ・アクション派といえるだろう)、とそこまでの配慮必要ない、あるいは(その後の世界では)むしろそのような配慮こそが差別である、とする擁護派の間で、意見対立が見られた。個人的には、この2つの個別の事例に対しては、過度の配慮であると考えている。一方で、批判派の言いたいことも理解できるので、批判自体には問題がないと考えているし、耳を傾けるべき指摘であろう。なお、特にキズナアイ騒動については異なる論点もあったようだが、その点についてはここでは議論しない。

件のポスター性的、あるいは過度に性的なのかどうか

議論の多くは、おそらく件のポスター性的、あるいは過度に性的かどうかに帰着するように思われる。そして、この点について、両陣営合意は、ほぼ得られていない。

擁護派の多くは、件のポスター性的ではない、あるいは性的な要素はあるとしても、問題になるほどには過度に性的ではないと考えている。一方で、批判派の多くは、乳袋や表情を理由として、ポスターは過度に性的であると見なしている。ポスターが過度に性的であると認められた場合女性差別につながる表現であり、セクハラにもなるかもしれない。一方で、そもそも性的でないのであれば、セクハラにも女性差別にもならないだろう。

巨乳はいけないのか。ポスター批判派は巨乳自体攻撃しているのではないか

巨乳それ自体がいけないわけがない。また、ごく一部の過激派を除いて、大多数のポスター批判派も巨乳自体への攻撃はしていないように見受けられる。この点を議論するのはあまり意味がないし、ごく一部の過激派意見のみを根拠に、相手陣営全体に対して「差別主義者」といったラベル付けを行うのは、誠実な姿勢とは言えないだろう。

擁護派はオタク表現に親しみすぎて、性的表現無自覚になっているのではないか

これは全員にとって非常にクリティカルな指摘である。正直なところ、私自身も自分認識社会の平均と合致しているかどうかの自信がない。ポスター擁護派のうち、オタクを自認する人たちの意見が気になるところである

例えば、「ビキニアーマー」は恐らく今となっては性的表現のように思われる。肌に密着した黒タイツはどうだろうか。乳袋も本当にセーフなのだろうか。境界線自分の中でもあやふやである。セーフな気もするし、性的な気もする。あるいら性的な要素はあると認めたとしても、過度に性的かどうかと言われると、過度ではなさそうか。みなさんはどうだろうか。

今後社会は(緩くなっていく|厳しくなっていく)

何を性的と見なすか、あるいは、何を過度に性的と見なすか、は個人どころか社会においてもあやふやであり、時代の変化にしたがって変化してく。

ポスター批判派は、(仮に今現在は認められていたとしても)今後このような表現社会的に許されなくなり、状況は是正されていくべきだと考えている。これは、過去には普通に存在していた、水着女性が(無意味に)アイキャッチとして使われていたビールポスターが、近年ではほぼ絶滅した経緯と相似形である

一方で、私は別の未来想像している。それは、このような表現が、むしろ緩く認められる社会になるのではないかということだ。近年すでに指摘されている通り、「オタク自体一般化しているらしい。それに伴って、乳袋のような表現に過度の性的な要素を見出す層が減っていく可能性がある。言うなれば乳袋ネイティブ世代誕生である。こうなった場合乳袋は広く認められた表現になる可能性がある。

ナミとセーラームーンが許されるのはおかしいのではないか

宇崎ちゃん性的であるが、ワンピースのナミやセーラームーン性的でない、という意見が見受けられる。これはポスター批判からも出ている意見で、ナミは性的ではないという意見が見受けられた。

ポスター擁護派は、ナミも宇崎ちゃんもどちらもが乳袋表現として用いていることから、仮に宇崎ちゃん性的なのであれば、ナミも同じく性的であり、ナミを公共の場で用いることは認めら得るべきではないと考えている。同じくして、ナミを認めるのであれば、宇崎ちゃんも認められないと一貫性が失われると指摘する。

ここで興味深いのが、ポスター批判派の中でも、この点については意見が別れているということだ。これは、ポスター批判派が用いている「性的表現無自覚になっている」人々というのが、ポスター批判派の中にも存在するという事を意味しているように思われる。ワンピースは非常に歴史がある作品であり、オタクだけでなく、社会的にある程度の知名度を持って受け入れられている。好きな漫画といえばワンピースという人も多い。そのため、本来は過度に性的表現を持ち合わせているはずのナミも、ワンピースという作品と共に社会に受け入れられてしまっている。ポスターに対して批判であるが、ナミについては認められるという人は、乳袋ネイティブ世代に染まりつつあるといえる。私自身は、もし宇崎ちゃんポスターが「乳袋女性性的に消費する表現である」として認められないのであれば、たとえナミであろうと、乳袋は許されないという姿勢を維持するべきであると考えている。ここで一貫性が崩れてしまうと、「(過度に)性的表現」の定義が非常に困難になってしまうため、合意が得られにくい。「ナミは(見慣れているから|みんな好きだから|明るいから|強い女性から)セーフ」という話になってしまった場合個人の「お気持ち」と揶揄されるのは避けられないだろう。

セーラームーンについてはどうだろうか。すでに指摘されている通り、セーラームーンも公開当初はブルセラを想起させるであるとか、露出が多いであるとか、性的表現についての批判女性からもあったようだ。現在では市民権を獲得しているため、このような批判が行われることはまず見かけないが、たしかに絵面だけ見た場合、肌の露出は大きい。セーラームーン使用した表現が公の場で許されるとしたら、なにが理由だろうか。

ポスター批判からは、男性からの人気を得るために胸が強調された(宇崎ちゃん|ナミ)に対して、女性が良いと思う服装女性に着せただけのセーラームーンは、性的消費には当たらないという説が挙げられている。これは、一理あるように思われる。セーラームーンは単に綺麗だったりかわいい格好をしているだけで、それを性的と見なすのは、見る方に問題がある、という考え方になる。韋駄天の例では、靴下を脱いだだけなのに、勝手にそれを性的と見なす男性陣によって問題が発生していたが、セーラームーンも同型だと言えるだろう。人には好きな格好をする権利があるのだから女性がどのような格好をしても、他人にどうこう言われるのは好ましくない、というのは理解できる。

本人の気持ちと背景情報

ここで、本人が望む格好は、どこまでなら許容されるべきであろうか、という議論がある。仮に、ある女性自分にとっては裸がもっと自然であると考えた場合、その女性を公の場に掲示されるポスター使用することは妥当であろうか。そして、その裸のポスターを過度に性的であると誰かが見なす場合、それは見る側の問題であろうか。これは、冗談ではなくて、例えばヌーディストビーチ議論においては、既に似たような議論が起こっている。現在日本において、恐らく多くの人は、裸の女性写真を公の場に掲示することは、本人の意志はどうであれ、過度に性的であると見なすであろう。裸は極端としても、例えば胸の谷間が強調された服装はどうだろうか。このような服装自発的に好む女性存在するが、公共の場ポスター使用することは適当であろうか。もし、そのような服装適当でないと考える場合、あるポスター評価する上で、本人の意思は、具体的な表現に劣後すると言えるのではないだろうか。つまり、本人が望んでいようとも、性的もの性的であると見なされるということである

ところで、海外の識者に宇崎ちゃんポスターを見せたところ、ネガティブな反応があった、という情報がある。ここで、気になるのが、同じ人物にナミやセーラームーンポスターを見せた場合、どのような反応があるか、である。宇崎ちゃんに対して否定的な反応がある場合、ナミやセーラームーンに対しても、これらの作品を知らない人からは同様の反応が帰ってくる可能性が、それなりに高いのではないだろうか。セーラームーンも、背景情報がなければ、過度に肌の露出が多い若い女性をアイキャッチに使っているだけのポスターに見える可能性がある。漫画アニメに馴染みのない人たちにとっては、ナミも宇崎ちゃんセーラームーンどんぐりの背比べに映るのではないだろうか。そのような人にとって、セーラームーンを許容するあなたは「性的表現無自覚であると見なされるかもしれない。

こういった観点を踏まえた場合、本人の気持ちや、背景情報といったものは、表現性的であるかどうかを判断する上では、必ずしも重要な要素ではない、と考えることは可能である。「勝手性的に見ている」という見方もできるが、多かれ少なかれ、だれもが自分の中の基準をもとに、ある表現性的かどうかを判断している。そのため、「勝手性的に見ている」こと自体を悪とする言説は、筋が悪いであろう。これは何も男女間にだけ発生するわけではなくて、世代間や宗教間にも発生する。そうであるならば、性的表現基準を考える上では、本人の意志や背景の文脈考慮するよりも、物理的な要素(肌の露出度など)を用いるのが妥当である、という見方もできる。

長すぎて自分もびっくりしたわ。まだ続くよ。

https://anond.hatelabo.jp/20191029132908

ポスターのやつ、いろいろな記事を読みつつ、自分の考えを整理するために書き出していたら、結構な量になってしまった。論点が多くてあまりまとまっていないが、せっかくなのでここに置いておく。少しずつメモ帳に書いてたら気がついたらめちゃくちゃ長文になっていてビビったというか、途中で切らられちゃうので分割するはめになった・・・・。

ポジショニングを先に述べておくと、私は男で、オタク、宇崎ちゃんポスターはギリセーフかな?ぐらいの認識だ。

ポスター擁護派の反発の強さ

いきなりだが、ポスター擁護側の反応が過剰である、という意見がある。これは、ポスター擁護側の危機感の強さに由来するものと考えている。「彼らが最初共産主義者攻撃したとき」という有名な言葉があるが、ポスター擁護派にとって、オタク表現に対する段階的な譲歩は、最終的にはすべてのオタク表現が認めらない未来につながる、という危機意識があるのではないだろうか。この危機意識を補強する要素として、これまでの事例(NHKにおけるキズナアイ人工知能学会の表紙など)も存在する。一方で、ポスター批判派にとっては、あくまでも自分の信じる妥当な指摘をしているし、これまでの個別の事例は必ずしも自らによるものでないので、ここまで反発を受ける理由が分かりづらいのかもしれない。

ここで問題となるのが、ポスター批判派と擁護派の間に信頼関係が無いことであるポスター擁護派にとって、ポスター批判派とは、個々人の「常識」に基づいて、それぞれ微妙に異なる理由ポスター問題点を指摘する存在に見えている。特に共有されたガイドラインがない状況でこうなってしまうと、ポスター擁護派は最終的にどこまで譲歩すればいいのかわからない以上、一歩たりとも引くことができなくなってしまう。ポスター擁護派が「お気持ち案件」と言うのはこういう理由からであろう。両陣営の間に紳士協定存在しない以上、お互いに譲歩は難しい。

個々人の嗜好や常識が異なる以上、必要となるのは各陣営同意が得られたガイドラインになるであろう。現時点で即効性があるガイドラインは恐らく法律のみであり、法律に基づくのであれば、法的な「わいせつ物」でなければ問題ない、ということになる。もちろん、「TPOマナーをわきまえろ」という意見もあるだろうが、TPOマナーへの遵守はベストエフォートであり、必ずしも守る必要がない。法律のみを基準として考えた場合、件のポスターが「わいせつ物」とは言えない以上、それ以上の規制を求めることは「過剰な要求」と映ることもあるだろう。ポスター擁護派には、恐らく規制派の意見法律を超えた「過剰な要求」に映っている。

では、みんなが納得するようなガイドラインを、批判派と擁護派が一緒になって作ることは可能だろうか。残念だが、私の印象としては、そのようなことは難しいように感じられる。各人それぞれ譲れない線があるらしく、すり合わせは容易ではない。しかし、後述するが、私はそのようなガイドラインは「表現する側」が作れば良いと考えている。

ポスター取り下げの圧力はやりすぎなのではないか

安易ポスターの取り下げ要求は、表現への萎縮につながるという説もある。これは一理あると同時に、必要行為でもある。私自身は、自由はなるべく保証されているべきだと考えているので、ポスターへの批判Twitter上で放言することは、それがどのような理由に基づくとしても、認められるべきだと考えている。たとえそれが、個人的な心情に基づいたものだとしてもだ。また、赤十字に対して直接的に取り下げを求める行為についても、特に問題はないと考えている。なぜなら、圧力、あるいはロビイングは、自分の信じる世界を作るための戦術の一つであると考えているからだ。批判派も擁護派も、お互いにやればいい。

さて、赤十字にも、表現自由がある。赤十字公的団体私的団体かに関わらず、赤十字にはどのような表現を行うかを自発的に決める権利がある。もし、赤十字が、批判に対して「なるほどそういう考え方もあるのか」と考えてポスターを取り下げるのであれば、それは赤十字自由だ。一方で、批判を受けた上でポスターを取り下げないのも、赤十字自由だ。赤十字インターネット上でどちらの意見が多いかを見定めで、それに基づいて判断を下したとしても(統計的な正確性の問題を別として)、問題ないだろう。決めるのは赤十字である

前述のとおり、私は、批判派と擁護派が意見をすり合わせて統一ガイドラインに至ることは難しいと考えている。となれば、最終的には、どのような表現が認められるかどうかは、その表現の発信者が決めるしかない(この場合赤十字だ)。この前提に立つ場合、両陣営は、発信者を説得するために最善を尽くすのがミッションとなる。つまりロビイング合戦だ。実際のところ、自治体はもちろん出版業界放送業界などを始めとして、様々な企業業界には、表現者として独自ガイドラインがある。これらは過去ロビイングによって少しずつ構築されてきたものであり、それぞれの価値観をすり合わせた結果とも言える。そして、このような自主規制ルールを作る上では、表現自由関係が無い。

強引なロビイングの是非

ところで、何人たりともリソース限界というものがある。特に赤十字にとっては両陣営から意見を受け付けて適切に判断を下す、という非常にリソースを消費する作業が求められる。結果的に、赤十字は、問題が起こりにくい表現のみを使うようになる、つまり表現の萎縮が起こるという懸念が残る。しかし、究極的に言えば、私はこれは問題が無いと考えている。ポスターなどの表現は結局はコストパフォーマンス問題であり、クレーム対応へのコストと得られる利益(この場合血液量だろうか)のバランスを鑑みて、最終的には収束するであろう。コスト削減のために無難表現を選ぶ、というのも戦略の一つであるし、多少苦情が来るのを受け入れつつ、血液を大量に集められる方向に舵を切るのも赤十字判断だ。赤十字には自由がある。

しかし、ここで注意しなければいけないのは、必要リソース量には非対称性があるということだ。たとえば、赤十字に対して長時間苦情の電話をかけ続けるといった手法は、ロビイング方法としては好ましくないと、私は考えている。表現者のリソースを飽和させることによって、半ば強引に要求を飲ませる手法は、私の目には品が良く映らない。人によっては、この手法自体を、不当な手段による「表現抑制」と見なすこともあるであろう。意見の伝達は、なるべく相手リソースを消費しないように心がけたい。もちろん、あなたがどうしても相手に飲ませたい要求であれば、多少強引な手法を取ることは(法律禁止されていない範囲で)可能でもある。しかしその場合、まさにその行為自体非難対象となり、結果的に周囲から理解も得られない結果になることもあるだろう。私自身は、Twitter上で意見つぶやくぐらいが、相手にとって負担の少ない範囲だと考えている。

ロビイングが下手な方が負けるのはいいのか

ロビイング合戦となると、「声が大きいほうが勝つのかよ」という非難もあるかもしれない。そうなのだ、声が大きいほうが勝つのだ。こればっかりは民主主義必要コストなのか、いわゆる自由のための「不断努力」というものなのか、各人が自分の信じる事を唱え続け、みんなを説得するしか無い。しんどいが、そういうものみたいだ。もちろん、弊害もある。「米国NRAロビイングを続けているせいで、いつまで経っても銃乱射事件が無くならない」という人もいるだろう。しかし、ではNRA発言権強制的に奪うことができるかというと、そうはならない。あなたにできるのは、あなた意見で周りを説得して、支持者を増やすことだけだ。でも、しんどい。できれば相手に静かにしておいて欲しい。きっとお互いに「またかよ」と思うこともあるだろう。不毛に見えることもあるかもしれないが、自由とはそういうものなのだろう。

表現の萎縮と緩和の難しさ

さて、表現の萎縮を懸念する材料として、一度決まったルール安易に緩和されないという指摘も考慮する必要がある。

たとえば、知っている人にとっては「定番の話」であり、それ以外の人には「なんでそんなことに」と思われがちな自主規制として、「4本指のイラスト禁止」という決まりがある。これは、自主規制ルールとしてそれなりに広く運用されているはずのルールだ。このルール部落開放同盟から意見が由来らしいのだが、私自身(関東出身)は最初に聞いたときは「なんじゃそりゃ」と感じた。今現在も、「そろそろ無くしてもいいんじゃないの」と思っている。

一般に、規制というものは強くなる方向に圧力がかかる。形骸化したルールが、それを理由に削除されることは、傾向としては少ない。そのため、理由はどうであれ、細かいルールを積み重ねていくと、最終的には非常に厳しい規制が完成する。この傾向は、表現自由度を求める陣営にとっては脅威である。一度決まりができてしまうと、それを覆すのは難しい。もちろん、ロビイング社会の変化によって緩和が行われることもあるだろうが、できるならば規制が生まれる事自体を避けたい。この非対称性考慮した場合ポスター擁護派が過敏に反応することは、ある程度理解できる。譲歩の積み重ねが厳しい規制につながることを懸念するのであれば、今がまさに踏ん張りどころだと言える。

定義エリア問題公的機関責任

日本赤十字は半ば公的機関であるので、より安全ルール運用するべきではないのか、という指摘は、私自身は一理あると考えている。赤十字公的機関と見なすかどうかについてはここでは議論しないが、公的機関がなるべく安全表現を使う、というのは、すべての人へサービス提供する以上必要なことである。たとえば、政府セクハラを是とした表現を行うことは望ましくない。なぜならば、セクハラは良くない行為であるという、社会通念上の合意が得られているし、法律という形で明文化もされている。あるいは、政府が過度に性的表現を行うのもまた、望ましくないであろう。これは、公の場では性的ものを隠すという社会通念上の認識が共有されているからだ。

では、どのような表現が「望ましくない」ものとして社会で共有されているか、となると、全くもって難しい問題である。法的に認められていない行為は当然「望ましくない」し、差別助長するような表現も、おそらくは「望ましくない」。しかし、社会の大部分は実際のところ未定義エリアとなっており、個別案件ごとに勘案することになる。すでに広く指摘されている通り、たとえどのような表現でも人を傷つけることは往々にしてある。その前提に立つ場合、単純に「私(や私の周りの人々が)が傷ついたから」という理由だけで「望ましい」かどうかを定義することはできない。たとえば、単に子供掲載されているポスターがあるとして、どうしても子供を授かることができない夫婦が傷つくからといって、そのポスターを取り下げるべきだろうか。この例に対する答えはない。もし、そのような人が日本で大多数を占める状況であれば、きっと日本政府はそのポスターを取り下げるべきであろうし、あるいは、その傷つき方が非常に強いものであれば、少数のために取り下げることもありえるだろう。(なお、この例示自体が、そのような人を傷つけているだろうという指摘も当然ある)

今回のポスターは、擁護派にとっては、このような未定義エリア問題であり、どちらかといえば問題がないものとして想定されている。一方で、批判派は「望ましくない」ことが確定したもの、具体的には性差別問題として認識している。この前提が異なる以上、公的機関が今回のポスター掲示することの是非について議論するのは、あまり意味がないように考えられる。極端な話、件のポスターポルノであれば、赤十字掲示するのは不適切であろう。しかし、そもそもポルノかどうかという点が両陣営の間で確定していない状態では、それ以上の話はしようがないのである

ところで、公的機関にとっての表現コストパフォーマンスとは何だろうか。恐らくは、どれだけ全体を幸福を最大化できるか、という観点になるだろう。そして、なるべく多くの人が傷つかない、ある意味では無難表現を用いるという戦略は、単純にコストパフォーマンスに優れるであろう。そういう意味では、公的機関特別視するというよりも、彼らは単にコスパがいいか無難表現を好む、と考えるのが妥当なのかもしれない。

崇高な目的のためであれば、小さな犠牲は許されるべきか

献血を推進するためであれば、ポスターが引き起こす問題無視されても構わない、という考え方が観測される。これは是でもあり非でもあるだろう。

ここで重要となるのが、ポスターが引き起こす問題とは何なのか、である。仮に、その問題差別問題である判断される場合、たとえ献血目的であろうとも、その表現は認められないと考えられる。例えば、「白人は慈愛に満ちているので、どんどん献血に行こう」と書かれたポスターは、現在社会通念上認められないだろう。一方で、「差別とまではいかないけれど、傷つく人もいる」表現場合献血重要性を理由に、多少の問題無視されることもあるだろう。先程の例を再び使うのであれば、献血ポスター子供掲載することは、おそらく現在日本では問題となることはない。

さて、ここまで来るとまた同じ話になるのであるが、今回の文脈において、ポスター擁護派は今回の問題差別問題である認識していない。一方で、批判派は、これは性差別問題である認識している。そのため、両者の話は噛み合わなくなる。結局の所、この論点もあまり意味がない。件のポスターポルノであれば、それを公の場に掲示するのは、女性差別になるであろうから献血のためとはいえ認められないであろう。一方で、ポスターポルノでない場合献血のためであれば、多少のことは無視される可能性はある。

続くよ

https://anond.hatelabo.jp/20191029132732

またまた宇崎ちゃん

みんなこの話をどういう背景で話していたのかな、かな

差別

この表現性差別である、よって存在してはならない

類似例:保毛尾田保毛男ラッツ&スター


これを適用する場合原作存在が許されない


お気持ち

気持ちいか撤去しろというもの


類似例:蘇民祭ポスター


公共性

一定公共性を持つ組織は、公序良俗閾値が上がる

別段表現としての問題はない(原作問題はない)が、公的機関シンボルとするにはお下品


類似例:碧志摩メグのうりんポスター駅乃みちか人工知能学会


環境問題

割れ窓理論的な、社会影響を考慮して露出否定されるもの


類似例:たばこ

ざっと見てると、殆ど批判理由は③に集中しているが

③と言いながら①差別言及し、④環境問題を語る

そして、だからこそ③が許されないのだという

でも、最終的な意見が③に集中するってことは、①にしても④にしても弱いと思ってるんだよね、論者自身

から、いだてんを例にしたり、かえる某のようにサキュバス描いてみたりして、イメージを拡大してる


ぶっちゃけ、この話は蘇民祭ポスターと同じところに押し込んだほうが、賛同者増えそうな気がするんだけどな

エロくて何が悪い」vs「エッチなのはいけないと思います

一回認定されたら原作すら消し飛ばす「差別」枠なんか仄めかすから、全力否定されるわけでさ・・・

2019-10-21

anond:20191021020100

表現のものより裏に透けて見えるキモオタ問題論、一瞬納得しがちなんだけど、

しょっぱなが人工知能学会の時点でやっぱり判定ガバガバすぎるよな……

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