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はてなキーワード: 同和教育とは

2019-10-03

anond:20191003140644

同和問題歴史を教える」と「名簿や地域を教える」はだいぶ違うからな。

前者は人権教育同和教育として残ってるけど後者はやりたいやつがやってるだけ。

2018-10-16

anond:20181016144037

そのへんはまさに相手論法次第じゃね? 「ヴィーガンの襲撃を抑えるためには同和教育のような教育必要だ」とかいい出したら、そら「そのふたつは文脈ちがうだろ」って言い返さなきゃならんわけで。

2018-04-25

にんげん

https://anond.hatelabo.jp/20080823131346

某所で少し話題になってたのでggったらこんなエントリが出てきたので自分の思い出をただ書いてみる。

大阪市内小学校80年代に通っていた。道徳教科書にんげんは勿論覚えてる。しか教科書を使った授業はほとんど行われず、大体NHK番組を15分か30分だか見た記憶しかない。あれ、やばいほんとに記憶がない。ただ、元増田にあるような激しい同和教育は一切なかった。同和という言葉すら小学校では聞いたことが無かった。記憶がないからかくこともなくなっちゃった。エタや非人という言葉は多分にんげんに乗っていたので知っていたはず。5年生くらいの時に読んだカムイ伝であーこういうことかと思ったのも覚えてる。

もともとそういう問題の少ない地域だったか寝た子を起こすな的な感じで余り熱心ではなかったのかな?

2017-10-17

「立憲民主」の旗の下の君に告ぐ

 この増田は、立憲民主党好意的で、強く支持している(17/10/17現在人間によって書かれたものである。そのへんの是非はすっとばして本題に入るので、そのことを念頭に置いてください。

 小林よしのり立憲民主党演説会に現れたということで、お前が言うなとかまずいままでにやったことについて反省しろとか、とても、もっともな罵声が投げつけられている。まったく同意である

 一方で、これを割と素直に受け入れてる立憲民主党支持者もいる。右へのウィングを広げて支持者を増やす良い機会じゃないかという反応もある。一理あるとはいえ、なんせ小林よしのりなのでそのため、そういう人に対する疑問の声も上がった。

 官能小説家の西田三郎氏は、こんなツイートをしている。

いまの若い世代自称リベラル小林よしのりを赦すなら、俺はおまえらを許さん。奴は安上がりなレイシストロジックを基礎から作った。覚えておけ。これがお前らが声援を送った男だ。

https://twitter.com/nishida33336/status/919556721546108928

 気持ちは、とてもよくわかる。

 ただ、ちょっと待って欲しいと思うこともある。

 俺の観測範囲問題もあるんだろうけど、わりに無批判小林よしのりを受け入れる立憲民主党支持者は、若い人が多い。アラサーを少し超えた程度の俺から見ても、若い。つまり20代だったり、もっと下も混じっているかもしれない。上の西田氏のツイートでの呼びかけも、若い人に対してである問題はここにある。

 小林よしのりは、はっきりいって過去の人である。いい年をした人にとっては、昔楽しませてもらったり黒歴史の源泉になったり、インフルエンサーとして、あるいはアジテーターとして思いが深いんだと思う。でも、いま2017年という時点では過去の人だ。

 考えても見てほしい。東大一直線から35年、おぼっちゃまくんから25年、薬害エイズから20年。歴史修正主義運動の前面から消えてから(おそらくこのとき最後の「第一線」にいた時期)ですら、もう15年くらいたつ。その後も小さい話題引き起こしてるとはいえ、すでに知ってた人にとっての話題くらいにしかなってなかったのではないか。「わしズム」で初めてはまった人とかいるのだろうか。

 個人的な話をすれば、高校時代ゴー宣クラスちょっと流行たことがあった。オタクっぽい、本好きの間だけだったけど。

 気になって最新刊立ち読みしたら、すでにつくる会がぐだぐだになってた時期だった。つくる会という運動はともかく、小林よしのりのマスへの影響力自体はもうほとんどなくなってたんじゃないか、当時。

 まあ、それでも無印時代~新の初めのころまではおもしろかったのでよく読んだ。部落差別についての一連の話も、興味深く読んだ(同和教育のない地域だったので)。無印に登場する時事的な話題は、高校生にとっては、そこで扱われてる話題ほとんどは「小学校のころ見聞きした事件」だった。薬害エイズも、オウム真理教も、おぼっちゃまくんPTA白眼視されたのも、小学校のころニュース番組から流れてきた話題である。今くらいの年齢なら数年前もなんとなくつい最近と思えるけど、高校生にとっての小学校時代は「大昔」だ。田舎町の高校だったからなのかは知らないが、たまたまクラスで数年遅れで流行たから、手に取ってそれなりに影響も受けたけど、そうじゃなければ小林よしのりなんて大して意識しないまま大人になった可能性が高い。

 例外もあるだろうが、自分体験を鑑みても、ゴー宣に「ピンと来れる」のは、ほぼほぼ俺くらいの世代最後なんではないか。扱われてる人物の盛衰もあるし。小林よしのりにちゃんと接した世代というのは、俺かもう少し上の世代までじゃないだろうかと思うのだ。つまり、30代以上である

 だから若い人は小林よしのりなんて知らないのだ。あるいは名前くらいは知ってて、「保守の大物文化人」くらいは認識してるかもしれない、でも近年のアイヌ否定のことだって知らないし、昔のことなんてもっと知らないだろう。認識の外のものはどうやったって外のものである若い人のせいじゃない。吉本隆明なんて読んだことはなくても名前だけはわかる。そんな感じ。

 さらにいうなら、おそらく小林よしのりが「やばい」というのも通じないのだ。小林よしのりに怒ってる人は、歴史修正主義運動カジュアル化した極右、くらいに思ってると思う。

 でも、そうじゃないのだ。多分、若い人には、歴史修正主義極右のやらかすような、行き着きすぎたところにある行動だと思っていない。それは、保守を認ずる人なら、当たり前に身につけることだ、と思われてるんではないだろうか。

 回り見回したらわかるではないかネット出版業界も、そういうふうにできているのだ。これも、若い人のせいではない。

 間接的な話をすれば、2001年つくる会教科書が検定を通っている。2002年からは、新しい指導要領の下での教育が始まりつくる会教科書はその指導要領の下で採用されている。いわゆる「ゆとり教育である2002年中学入学したのが89年度生まれ。それ以後は地域によっては小林よしのり的なもの教育現場浸食されはじめた後の世代である被害者なのである

 数年の差はあるけど、くっつけて言ってしまえば、ゆとり教育世代(以降)は、小林よしのりを知らない。小林よしのりのことをよく知らなければ、そして、歴史修正主義学校から世間までが侵食されきった状態普通世界人生を送ってきていれば、そりゃこんなに「普通保守」までウイングが広がった、と喜ぶほうが普通決まってるではないか普通保守、そのものがそういうしろものまで後退しているのである

 いや、なんだかヘン、というのはわかるのだ。でも、それを安易に難ずることは、つまり「よくわからなくても批判せよ。俺たちが駄目だと言っている」と言う話なわけで、こんなのは典型的パターナリズムであるリベラル思想をともにする人のやるべきことではない。こういうレトリックは、自称中立とか冷笑系といわれるような連中みたいで嫌なんだけど、もちろんあの手の連中みたいなことをいいたいわけではない。

 かといってほっときいいとも思わないので、ちゃんと小林よしのりがどういう人かを(むやみに相手を傷つけないよう)継承するしかないだろうけど。引用した西田氏などは乱暴な口調ながら説明はしているだけ良いかもしれない。

 もう一つ心配になることがある。上にも少し触れたけど、小林よしのりを知るか知らないかは、「ゆとり世代」前と後に、偶然ほぼ重なっている。ゆとり世代なるレッテルをふりかざして、インターネット内外でどういうバッシング世代叩きが起きたかゆとり世代以前の人間なら知らないはずはないだろう。若者叩きというと新聞TVや「リベラル文化人」の責任押し付けておいて素知らぬ顔の人も多いかもしれないが、これはインターネット2chまとめサイト利用者テキストサイト個人ニュースサイトなどの運営者に重なる集団大手を振って謳歌していた「バッシングであるゆとり叩きをしていたネット民、について彼らが何かを総括したという話は寡聞にして聞かない。匿名ほとんどなのでそんなこと期待するだけ無駄であろうが。

 話がそれたけれど、世代バッシング被害者世代がその上の世代をどう思っているかは、俺にもよくわからないところがある。ただ、目に見えないところに微妙な反感が潜んでいても、あまり非難はできない。

 なので、たまたま分断ラインがほぼそれとかぶっていると思われるこの小林よしのり評価をめぐる見解の相違は、乱暴に扱うととんでもないものに着火させるような気がする。

 むやみに相手を傷つけないよう、などと注釈したのも、そういう理由であって。

 若い人はともかく、小林よしのりのものには擁護余地はない、大いにバッシングすべきだ、という意見もあろう。すごくわかる。

 ただなあ。

 小林よしのりって、自分の見込みからズレるとすぐ相手罵倒しはじめるじゃん。事例はそれこそ星の数ほど。

 うかつに叩きまくると、蛇を出してきそうでめんどくさそうなのだ。一方、↓みたいな危惧もある。菅直人が手のひら返されたのなんてそれこそあっという間だったわけで(しかゴー宣見る限りでは、主なきっかけは「対談を断ったから」)。

 バッシングするなとはいわないが、いろいろと腫物扱いしておくべき人だな、という気はする。

 今回の選挙は、多分、立憲民主党議席を伸ばす。とはいえ、自民党も伸ばすのだろう。希望の党がポシャったので。安倍晋三の顔にタテ線を入れるという意味ではもう少し希望の党が持ちこたえて欲しかったが、それ以外の意味では希望の党がしぼんでくれて良かったわけで、まあしょうがない。

 なので、これから大事だろう。立憲民主党いつまでも追い風なわけもない。これからさまざまな合流もあるだろうし、いろいろな批判も出てくるだろう。すでに公明党が目の上のタンコブを検出してロックオンしている。

 立憲民主党Twitterはやけに上手い。きっとネットに造詣のある人がやってるんだろう。でもそういうさばけた感じでうまくやる人と、やらかす人が紙一重なのはネットウオッチャーには常識である。何とか炎上させるための火花がほしくて仕方ない人はきっと与党支持者を中心にいっぱいいるわけで、上げ潮だからこそ心配、な案件かもしれない。

 というわけで、あんまり立憲民主支持者がのんびり自分たち陣営が予想以上に多いことを喜んでる場合ではあんまりない(連日TLで見かける立会演説写真は、うぉーっとは思うけどそういう意味でつい一歩引いて見ている自分がいる)。そこに安易世代バッシング火種を投入するのは、いま立憲民主党に期待している人にとって、まったくいいことがないと思うのだ。もうちょこちょこと局所的なディスカッションが発生しているのは自分観測範囲でも見かけるし、わかるんだけど、これが躓きの石になったら、さすがに残念すぎるだろう。

2015-11-04

http://anond.hatelabo.jp/20151104093136

要するに自分発言一貫性はまったくありません、同じロジックでも文脈によって適用したりしなかったりします、文脈自分自由に決めますっていう議論放棄宣言ね

理解した

(しかも「部落」という単語差別文脈では特別意味のある用語であって、フクシマは該当しない。この低能は初歩的な同和教育すら受けて無いのかよ)

人種国籍によらない国内地域差別であっても十分差別文脈になるという例を出しただけで、福島部落だなんてどこにも書いてないんだが

韓国人を叩くのは差別」「同和地区民を叩くのも差別」「でも福島人を叩くのは差別じゃない」という矛盾した定義を通そうとするからには相当なこじつけを用意してるんだろうと思ったら、まさか文脈が違うからOK!」だけで乗り切るとはなあ…

2013-12-11

先生、その教え方では差別はなくなりません。」が消えてる

後で読もうと思ってタブを残しておいたらこれですよ。

http://kabux.hatenablog.com/entry/2013/12/03/090345

というかブログ自体が消えてる。

まったく簡単に消さないでほしいよなー。

「後記」(http://kabux.hatenablog.com/entry/2013/12/04/103731)のほうはgoogleさんのキャッシュに残ってた。

 昨日のエントリに多くの反響をいただいた。少しだけ追記をしておこうと思う。

 先生、その教え方では差別はなくなりません。 - 矛盾銀行株式会社

 「差別はよくない」という原則を語るのには2パターン方法がある。すこし理屈っぽいのだが、

 今回エントリに綴った講義は前者のパターンである。世の中にはこういう差別の事例がある、関わることはもちろん知らないことも罪深いのだ。差別の事例を知らずして差別の何たるかはわからない、と。そしてこれはぼくの憶測だが「差別に関する知識の欠如は、差別排斥しようという意識の欠如と一体だ」というのが講師の主張なのだろう。

 さて、ぼくの抱えた単純な疑問は「前者のパターンを取った場合に、事例の列挙に終わりはあるのか」ということだ。極端な考え方だということを認識しつつ書くが、あれは差別だ、これは差別だと並べるその終わりはどこなのだろうか。およそ差別偏見と呼ばれる行為によって、悲しい思いをしている人がいるのは事実だ。だた、そのすべての悲しみを掬い取るまで、ぼくたちは悲しみの一つ一つを学ぶのだろうか。

 自分以外の人の悲しみに触れることは、他人に対するいたわりを育むうえで欠かすことはできない。他人に対して耳を傾け手を差し伸べる優しさと勇気を育てるだろう。(机上の学習も含めて)他人の悲しみに触れる体験は、間違いなく必要だ。

 ただ、もっとシンプルに、「アナタとワタシは違っていて当たり前」ということを当たり前に受け入れよう、ということからスタートすることもできると思うのだ(先に挙げた、後者パターン)。出自病気、身体の欠損、性、宗教、あるいは慣習は多様なものだ、というプリンシパルを個々人の中に育てたらよい。その中の必要局面で事例を挙げたらよいのではなかろうか。

 そういうプリンシパルの上で、自分と違う個性を持つ目の前の誰かと相対すればよい。目の前のその人が困っていたり、悲しい思いをしているのであれば、手を差し伸べたらいいのだ。ぼくはそう思っている。

 

 追記の追記。

 元銀行員ブログという文脈で差別を話題にしたので、本筋とは違った趣旨でお読みになった方もいるかもしれないが、他意はない。

 ちなみに、この同和教育は業務の一環だった(時間外手当がついた)。また本件以外にも、銀行業務として相対することがあるということで、実務的な人権教育在日外国人のこと、反社会的勢力人権ことなど-を受けたこともあった。

どっかに残ってないかな、元の文章。

2013-07-04

自分の考えとか、思考とか、信念とかを育てる話。

http://bayaread.hatenablog.com/entry/2013/07/04/004426

自分の話なので徒然として結論もない。

自分は育った家庭が日本ではかなり右寄り(アメリカなら普通くらい)で、外の世界に触れる前から中国人韓国人は劣っていて悪いひとしかいないと教えられてきた。あと部落とか。とってる新聞はもちろん産経新聞。女は家庭に入るべきだし教育不要、みたいな。母親共産病院で働いたことがあって、その反動だったっぽい。

ほいで入った小学校極左校長が壇の下から壇上の卒業生卒業証書を渡すみたいな意味のわかんないことをする(なんか偉い人ほどへりくだらないといけないそうだ)ほど極左学校。もちろん同和教育とかもするし、原爆とか沖縄基地とかの授業もいっぱいあった。国歌は習わなかったし、国旗掲揚とかもない。

小学校1年生にして価値観がぐらぐらとする。あれはたぶん実際体験してみないとわからないと思うけども、無自覚で受け入れていた思想が悪で、悪いと思っていたことが正義だと言われ、しかもみんなが無邪気にそれを信じているという状況に直面し、六歳の自分ものすごく混乱した。ただ子供なのですぐに順応した。子供的には楽な環境だったし、拒否する理由も、それを考える頭も当時はなかった。

その後、家庭の事情で転校し、今度は保守王国にきた。これまたすごい。イベントのたびに国旗掲揚国歌歌うはともかく、集団行動を叩きこまれてそれを乱すとものすごい体罰。なんだここは地獄かと思った。それまですごいリベラル(といえばいいがまぁ野放図だった)だっただけに嫌悪感半端ない軍国主義じゃね、これ、みたいな。そん時が八歳。八歳なので軍国主義という語彙はなかったが、侵略戦争という言葉は知っていたのでこれはいけないことだ、と思った。ただ逆らうと体罰があるので大人しく従うほかない。

で、子供だったので順応するかとおもいきや、全然しなかった。学校大嫌いだったし、団体行動とかクソだと思ってたし、女子幸せ結婚して子どもうんで家庭に入って、だから勉強だってそんなに頑張らなくていいのよ、役職はいつも副で男を立てましょうみたいな思想はクソ食らえだと思ってた。年齢相応の知性はあったのでそれをおおっぴらにはしなかったけど、ひっそりと拒否してるつもりで高校まで出た。

んで、大学入ってまたびっくりした。大学っていろんな地方から人が来るので、生まれた時からそれまで一貫して同じ思想を注ぎ込まれている人というのは多くいる。それ自体は別にどうでもよくて、そういう人と話した時に六歳や八歳の時に感じた、なんかよくわからない怒りというか嫌悪感というのがほのかに蘇ってきて、すごくたじろいだ。たじろいだというしかない感じ。

折り合いをつける過程で、子供自分にできたのはどっちの思想も否定するということだった。受け入れない。受け入れないで適当にまわりにあわせてやり過ごす、というのが一番いいと思っていたし、誰かが強弁するならそれに合わせとけって思ってた。けど、ちょうど小泉さん政権とってる時代で、靖国問題とかが出てきた時期だったんだが、それで当時の彼氏と言い合いになったんだよね。彼氏関西の人でいわゆる「自虐史観」が正当だとおもってて、そもそも靖国神社には犯罪者が葬られているから参拝すべきでないという立場(らしい)。んで自分はまぁ、戦没慰霊はゴタゴタ言わなくていいんじゃないの、夜はどうせ墓場同窓会でしょみたいな主張。

激しく言い合ったわけではないんだが、二、三言葉を交わした時に、どうしても彼氏言葉が受け入れられないと思ってしまった。これに自分でびっくりした。びっくりしすぎてその後反論するのはやめてしまったくらいショックだった。日本で見ればやや保守、一部リベラルから中道だろうと思ってたけど、がっつり保守派じゃん、無意識にそうなってたわ、と気づいたときはショックだった。しかもあんなに嫌いだったのに。

その後も地味ーに韓国嫌いだったり(口には出さないけども)(そして中国不思議なことにそうでもない)、地味ーにおしゃれしているお母さんに冷たい視線を向けてしまったり、地味ーに結婚したり子どもうんだ友だちに嫉妬したり、そのたびに自分保守的なことに気付かされる。逆に男性に対してはどうせ女だし軽く見てるんだろっていう気持ちが拭えなくて、気をつけないとつっけんどんな感じの対応をしてしまう。ほんでそのたびにショックを受ける。

結局一番最初に入ってきた時の思想から抜け出せないんだなぁってことを今も時々思う。意外なことに無意識に無条件で受け入れてることってたくさんあって、意識的に気をつけていても、気をつけきれないことってたくさんあるんじゃないかな。結局自分の頭で考えるってなんだろうって、こういう話題が出るたびに思う。全部は考えきれないし、把握もできない。多分これからもショックを受け続けるんだろうなぁ。

2013-04-27

大阪矢田ってそんなに危なかったのか

最近行ってはいけないランキングに上位に入ってたから気になった。

確かに矢田中学校通ってた時異様な位同和教育に力入れてる印象だったけど新しい人間に対しては過剰なまでに気を使ってる?避けられてる印象だったな。

きわめつけは高校受験に失敗した時(すべりは受かった)、何だったかな巻き寿司学校の授業で作る事になって自分だけ落ちたからって担任に言われて授業から締め出されたな。

あそこハグレも多くてやんちゃな子が多かったからやっぱりそういう事だったのかな。落ちたからって締め出す事自体異常だと思ったとか、特に親が。

とにかく、学校内での先生による差別はひどかったけど、生徒間では結構仲良かったし特に危ないということはないと思う。

そういえば、親父があの周辺はオウムとか統一教会とか創価とか色んな宗教団体が入り混じってて闘争時代部落解放関係仕事矢田に講演しにいったけどそれは凄かったとか。

今は落ち着いてるけど昔は酷かったらしい。この辺は推測でしかないんだ。当時を知らないんでね。

まあ、近鉄矢田駅の周辺が他の閑散とした駅と違って何か異質な空気があったのは間違いないな。モールがない商店街雰囲気あったし。

朝とかは結構忙しそうなOLサラリーマンの姿がちらほら見えるけど夜はちょっと変だし。誰かに見られてる雰囲気があるのよね。

詰まる所、あれが部落なんだったらそうかもしれない。改めて考えたら、ね。

2012-11-13

http://anond.hatelabo.jp/20121113175410

あの辺は同和教育の凄まじさで有名だから

「同和地区差別されています」って教育を何十年とやってるから、「同和地区差別されていると思いますか?」と問われたら実態知らない人がYESと答えるのは当然っちゃ当然。

2011-07-12

815 名前: [名無し]さん(bin+cue).rar Mail: 投稿日: 2011/07/12(火) 03:28:17.52 ID: erHebM5f0

(o'ω')y-~在日教師が居た大阪 豊中市立寺○小学校でほんとうにあったこわいはなし

国語時間ハングル授業(当然大問題になりました)

自虐史観授業ばっかり

・授業数が足りず、夏休み返上で国語の授業

・式典にはチマチョゴリで出席

・その教師に遠慮して国旗の掲揚は自粛

同和教育指定校に指名される

自衛隊警察子供人殺し扱い。教師なのに生徒に様々な蔑称を使う

↑のようなことがあったので父兄ブチ切れ!

教育委員会にも訴えたが無視される(当時は社会党全盛期)

在日教師追放運動始まる。生徒を学校に出席させないようボイコット

今だ教育委員会は無視

父兄文部省に陳情!ここで初めて学校側が動きだす

在日教師が辞表をだす。校長辞表。これで事が収束にむかうと思われたが・・・

グリコ森永事件発生! 寺○小学校の校庭に毒入りチョコレートが撒かれる

ほかにも、近くの店も子供が買いそうなお菓子に毒入りお菓子発見

父兄:余りにも寺○小学校周辺が集中してるので、韓国人報復と噂される。

(尚、ウェブ上でも、寺○で起こった毒入りお菓子事件は何処も載ってない

2011-04-20

福島云々の差別は第二の部落差別利権を生む

今、福島はすさまじい差別を受けている。

福島から来たと言うだけで宿泊拒否とかはかわいい物で、結婚が破談になったとか深刻なケースも出てきている。

次に出るのは「本籍隠し」だろう。

福島が本籍と言うだけで差別される。福島人と結婚しようとすると親戚から猛反発を受けるような。

これは部落問題と同じでは無いだろうか。

同和教育福島県出身者も同じように差別してはいけませんという教育が当たり前になる。

そして同様の同和利権も発生する。

2011-02-07

○○だって私たちと同じ人間なんだからって言い方が嫌い

同和教育で役場の同和対策の人から聞き過ぎてうんざりした

1度でもうんざりすんのに何度も繰り返し。

同じ人間なんですから、同じ赤い血だって流れてるんですからって。

人間なのも血が赤いのも当然だろうが。

昔の人は血の色が違うと思っていたのかも知れんが、今の人間に何故そんな事をわざわざ力説する。

黄色差別のある国で「日本人だって私たちと同じ人間なんです、同じ赤い血が流れてるんです」とか言われる方の立場に立ってちょっと考えりゃ解らんかな。

無神経と傲慢と差別心の塊って感じでいやらしい

2010-11-29

和歌山県知事選

民主国民新推薦の藤本真利子候補のプロフィール

http://www.fujimoto-mariko.net/profile.html

高校時代部落差別といういわれなき差別に強い憤りを覚え、杭ノ瀬の解放子ども会に参加。それ以後現在まで活動を続ける。

広報マスコミ科に在学中は正義燃えジャーナリストになりたいと夢多き乙女であったが、バイトした先で新聞記者の裏側をのぞき幻滅する。

加太小学校名草小学校、西和佐小学校と勤務し最後の2年間は同推教員として和歌山市同和教育推進のため頑張る。

1990年に結成された日教組和歌山の執行委員、女性部長経験連合女性委員としても他の労働組合女性達と交流。

尊敬する人は部落解放運動松本治一郎氏。

日本最初人権宣言「水平社宣言」が世界で一番素晴らしい文章だと思っている。

典型的なアレじゃん。こんなのが当選すると与党は本気で思ってたんかねえ。

2010-03-06

http://anond.hatelabo.jp/20100306172310

国家権力法律上の手続を順守しているのであれば、特に不都合がない限り、問題にしようがない。

その理屈なら外国人参政権も実施する必要は無いだろ。外国人投票出来ない現状に特に不都合は無いんだから。

だから、改善の一環として、永住資格を有する外国人には、地方参政権付与しようということになるんだけど。

それが参政権と何の関係があるんだ?

中国日本は、一衣帯水ともいえるくらい、文化的差異は小さい。

漢字文化圏だしな。

文字が同じだから大丈夫とか楽観視にも程があるだろ。同じキリスト教文化を共有してる欧米圏ですら過去何百年と戦争してるだろ。中国過去に同じ仏教文化を持ってるインドと領土を巡って戦争してる。チベット弾圧してるのも知られた話。

あの国は軍事独裁国家表現の自由も思想信条の自由も無い。情報統制は当たり前のように敷かれていて、反権力活動の弾圧すら合法な国。そもそも自国民にまともな選挙権すら与えてない。つかあの国は、宗教自体を公には認めてないだろ。

そんな国と日本が「文化的差異は小さい」とか、都合の良い未来を夢見すぎ。

日本国民主制の国家なんだから、日本に永住するというなら、民主制の素晴らしさを教育するのは当然じゃないのか?

だーかーらー、その「教育する」ってのが傲慢なんだって。要するに、彼らに祖国への愛国心を捨てさせるよう仕向けることだよ。どうしてそれが理解出来ないかな?

その上で、彼らが母国へ帰って政治体制を変えるのか、変えないのか、それとも他国へ移住するか、日本国で永住し続けるかは、彼らの選択次第なんだし。

そう、彼らが選択する事。同様に日本の政治を決めるのも我々日本人

しかし外国人参政権は、その選択権を日本人以外にも渡そうという事。だから賛成できない。

もしかして、同和教育とか受けたことない人?

同和教育なんて受けなければ、部落差別なんて意識しなかったのに」ってロジックみたいだなぁ。

国家体制を同和問題を同列に扱うなよ。今あの国が余計な混乱を起こしたらこちらにも火の粉が降りかかってくる事を理解してる?

http://anond.hatelabo.jp/20100306164225

その前提はあくまでも法的な手続き上のものであり、その手続きに欠陥が無い事が前提になっている。

どんだけ政府を盲信してるんだ。

国家権力法律上の手続を順守しているのであれば、特に不都合がない限り、問題にしようがない。

そもそも現行の制度自体、海外から安価労働力(現代版の奴隷)を輸入したい財界の思惑を色濃く反映したものであり、仮に日本国益に合致していたとしても受け入れる外国人達の利益に合致しているとは限らない。彼らの大半は日本という外国格差の底辺に押し込められ続ける生涯を送る事になるわけだから。

だから、改善の一環として、永住資格を有する外国人には、地方参政権付与しようということになるんだけど。

もしくは、重国籍を容認するか。

祖国から遠く離れた国ですらそういう問題が発生しているのに、隣にある日本で起こらないと楽観視出来る?

それは、遠く離れた国であり、文化の差異が大きすぎるから生じてるんじゃないの?

中国日本は、一衣帯水ともいえるくらい、文化的差異は小さい。

漢字文化圏だしな。

賛成派こそが、まさに人種差別思考の持ち主である事が今はっきりしたな。もしくは「啓蒙」の意味を間違えているか。

以下略

まぁ、そう思いたいなら思えばいいよ。

中国国内で彼らがどうしようが、それは彼らの自由。

日本国民主制の国家なんだから、日本に永住するというなら、民主制の素晴らしさを教育するのは当然じゃないのか?

その上で、彼らが母国へ帰って政治体制を変えるのか、変えないのか、それとも他国へ移住するか、日本国で永住し続けるかは、彼らの選択次第なんだし。

もしかして、同和教育とか受けたことない人?

同和教育なんて受けなければ、部落差別なんて意識しなかったのに」ってロジックみたいだなぁ。

 
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