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はてなキーワード: 同和教育とは

2021-05-26

anond:20210526112507

同和教育」をどういう意図で使ってるのかがよくわからないんだが

なんで同和教育必要だと思ったの?

2021-03-12

あなた達の政治運動には迫力が足りない


https://www.chugoku-np.co.jp/local/news/article.php?comment_id=730608&comment_sub_id=0&category_id=256

小森龍邦氏死去、88歳 元衆院議員部落解放同盟広島県顧問

 解放運動の巨星がまたひとつ墜ちた。私もあと十年生きるか怪しい身である自分政治運動に対する考えを少しばかり綴ってみてもいいだろう。

 上のニュースの人は、かつて解放同盟事務方トップだった方だ。昭和7年に広島県東部被差別部落に生まれ中高生の時分から老年に至るまで部落解放運動に携わってこられた。

 私が活動していた地域とは遠く離れているが、それでも半年に一度は彼の実家の傍にある、ちんまりとした選挙事務所へ行き、地元産のワインを飲みながら語り合ったものだ。

 私などが知己と呼ぶのがおこがましいほど尊敬できる人格の持ち主だった。家族地域や仲間のためであれば、危険を顧みずに行動する力を持っている。それでいて、思慮深いうえに頭の回転が速く、無謀な策を講じたりはしない。講じるとしたら、背後に確かな計算を持っている。そういう方だった。

 それが、こんなに早くにお亡くなりになってしまった。悔しい限りだ。

 私の番はいつ来るのだろう。運が良ければ二十年は生きられるかもしれない。運が悪ければ数年後か。その前に、自分の想いを吐き出す機会が欲しい。



 さて、表題意味について。あなた達の政治運動には『迫力』が足りないとは、どういう意味か。

 言葉どおりの意味だ。特に伝統的な分野、例えば労働組合などが挙げられる。昔に比べて弱体化が著しい。

 企業ごとの組織率は低下し、労働者組合加入率も低下し、賃金は下げられ放題、追い出し部屋希望(半強制退職蔓延も放っておかざるを得ない。数十年後には、労働組合というもの事実上消滅していてもおかしくはない。

 また、高校大学など、学校内の自治を求める活動もそうだ。私は元高校教師だが、昔に比べれば、学生たちが自ら声を上げて学校ルールを変革するために動くことは減っている。感覚としてはそうであり、数字においてもそうなっている。悪い意味で、子ども大人のいいなりになっている。

 反対に、成功しつつある政治運動もある。

 近年話題になったものだと、#MeToo運動だ。女性がこれまでに男性から受けた、性を主とする嫌がらせ公共の場告発することをいうようだ。

 日本ではそこまで定着しなかったが、本場のアメリカでは著名な人物の一部が職や名誉を失っている。最悪の場合は、裁判により実刑判決を受けることになる。

 LGBT社会運動も、社会価値観を変革しつつある分野のひとつだ。

 大衆消費社会が訪れてそうまで時間も経たない頃から同性愛者としてのカミングアウト文学活動デモ行進芸能界での活躍自分たちを侮辱する者に対する訴訟提起(府中青年の家裁判)、ゲイであることを周囲に言いふらした者及びその所属校への糾弾一橋大学アウティング事件)など、仲間の権利を守るための諸活動を行ってきた。

 以前は、映像作品において、同性愛者が精神異常者として描かれるのは当たり前のことだった。子ども向けのアニメなどでもそういった描写があったが、昔に比べればなりを潜めているように思える。批判を恐れて、ゲイレズビアン人達を描けなくなっているだけかもしれないが。

 これらの成功している政治社会運動には、共通する点がある。

 相手の痛いところを突いていることだ。

 この方針なくして勝利はない。しかし、近年の伝統的な政治運動の類を見る限り、相手の痛いところを見抜くことができる知性、または攻撃する度胸を欠いているように思う。

 特に組合関係団体がそうである。昔の労働組合は、使用者と刺し違える覚悟があった。

 意図的給与の支払いを遅らされても、当局側が雇った暴力団に夜道で襲われても、工場社員寮ごとロックアウトされても、それでも不屈の覚悟で戦い抜いてきた。

 それが今では、使用者の言いなりとなり、組織から仲間を追い出すための行為に協力している。情けない限りだ。



 話が逸れた。

 相手の痛いところを突くことの具体例として、昭和40年頃の話をする。私の高校時代の級友の話である。K君とする。

 高校二年の時だった。夏の午後の授業中に、ある教師教室の窓の向こうにある山を指さして言った。「お前らみてみい、あの山にはよっつが住んどる」(※手の指が四本であるという意味

 その教師は、部落に住んでいる人間馬鹿にしたのだ。当時はまだ、被差別部落生活する人々と、それ以外との間に貧富の差があった。馬鹿にされやすかった。

 どれだけ悲惨生活だったか、今の生活と対比しながら述べると、家にトイレはなく(集落で共同のトイレだった)、上水道は通っておらず、生活汚水は外に垂れ流しであり、雨樋や排水溝がないので大雨が降ったら屋内は水びたしになっていた。

 家族食卓を囲んだ光景にいい思い出はない。口に出して述べたくないし、思い出したくもない。

 さて、その男言葉に頭にきたK君は、翌日に地域の仲間(私を含む)を連れて職員室に入っていった。K君が連れてきた解放委員会の男が怒鳴ったのを覚えている。「教頭、どういう教育をしとる!」という大声に、周囲に緊張が張り詰めた。校長までやってきた。

 その教師に向けて、「そんなことは言ったらいけんど」と説得しようとしたものの、それ以前の問題だった。その教師は、私達の質疑に対して、最後までしらを切り通したのだ。「そんなことはしていない」と言い張った。

 このままではK君の立場が危ういわけだが、私にはどうすればいいかからない。しかし、協力をしたかった。

また翌日、K君は教室の中で証言者を探すために、級友の前で声を上げた。「このままでは俺は嘘つきになってしまう。証言をしてくれ」と皆に伝えた。が、私ともう一人か二人以外に協力者は出なかった。

 次の日だった。今度は、級友一人一人と話をする作戦に切り替えた。校庭に級友を呼び出し、どうして協力してくれないのか、と訴えたのだ。それでも駄目だった。みな、「それは勘弁してくれ」と言うばかりだったという。

 さらに次の日、K君は50枚ほどのA6程度の大きさの小紙を持ってきた。それを級友の一人一人に渡して、「これに証言を書いてくれ。後で預かる」とお願いして回ったのだ。

 翌週、K君は再び、地域の仲間と、同じ地区解放委員会役員を連れて校長室に入っていった。私は外で待っていたが、勝利確信していた。K君は、20枚以上はあろうかという紙の束を持っていたかである

 その年度の末をもって、その教師は異動になった。県内の一番端にあるエリアに転勤していった。彼はまだ赴任して2年目だったこから、今回の作戦が功を奏したとみていいだろう。

 この、K君の動きを間近で見たことが、私が政治運動を志したきっかけだった。



 今度は、少し規模の大きい話をしよう。

 それから三十年以上が経って、平成の初期だったと記憶している。被差別部落生活文化的環境改善するという一連の政策国会での議決を受けてから、長い時が経っていた。

 K君の事件きっかけにして、私は解放委員会正式に加入し、高校社会科を教えながら政治運動に身を投じていた。40になる頃に教師を辞めて、今度は別の公職に就いた。

 ある年の冬だった。私が活動していた県の幹部職員が、「同和関係補助金はすべて凍結する」と、あろうことか県議会で答弁した。

 寝耳に水だった。まさか、そんなことはあるまいと考えたが、確かな事実だった。議会答弁はテレビ中継もされていた。

 当時、私が所属していた団体幹部が全員呼び出され、偉い方々から対策を指示された。それぞれの支部からも、来年度の予算について雨後の筍のように質問が寄せられていた。

 発砲ふさがりかと思われたが、ふと、K君のことを思い出した。彼はもう立派な社会人であり、解放委員会からも抜けていた。それでも藁にすがる思いで相談に行こうとしたものの、気が乗らない。

 彼に迷惑をかけるのでないかという想いもあったが、何よりも私個人の意地だった。同和教育人権思想を啓もうする活動を担う一員である以上は、自分達の力で解決せねばならないという気概があった。

 とはいえ、K君と話をしたかった。結局、正式相談ではなく、共に食事をしながら今回の件について話し合うという形式を取った。K君は、「ここで折れたら前例になろうが」という話からまり、諸々の助言をいただいた。今でも感謝している。

 後日、県の横暴に対する対抗策がまとまった。開始時期は、一週間後とした。

 数万人規模の組織で、ここまでの速度で動くのは無理がある。組織全体の足並みが揃わなくなる恐れがあったが、予算全凍結は目の前だった。

 まずは、各自治体の教育委員会オルグ実施した。

 あの時のK君のように、各市町の教育委員会庁舎に数人で飛び込んだなら、「どうしてこんな卑劣なことをするのか。子どもらが人権意識もつための活動ができなくなっていいのか」というメッセージを何時間にも渡って、毎日伝え続ける。

 庁舎の外には最大100人程度を待機させていた。みなそれぞれ、横断幕拡声器を使って、スローガンを堂々たる態度で表し、相手方にこちらが本気であることを知らせた。朝方から始まって、日中は休憩を挟みながら、日が沈む頃まで毎日続けた。

 場所関係なかった。公共機関であれば、どこででも実施した。教育委員会だろうと、市役所入り口だろうと、学校門前だろうと、警察署の前だろうと、県会議員の自宅の玄関だろうと、場所関係なかった。

 かつて、私たち基本的人権の享有を受けられなかった。その歴史を繰り返してはならない。私たちは本気だった。

 議会での答弁から半年後、私達の本気は伝わった。予算の凍結が撤回されたのだ。

 これまでと同じように、これまでと同じだけの金額子ども達への教育活動個別学習会や勉強会に使うことができるようになった。

 私たちは、相手の痛いところを突いた。突き上げを受けた教育委員会は、通常の業務を行うにあたって支障が出る。日中は、私たちが絶えず抗議をするので、それに対応せざるを得ないからだ。

 それが数日であれば持ちこたえるだろうが、何か月にも及ぶとさすがに根を上げる。

 「予算の凍結はやめてくれ。現場がもたない」と各市町とその教育委員会は、県の決定に抗議する流れができる。

 さらに長い期間に渡って続けば、県としても、予算の凍結の続行と、各市町の疲弊とを天秤にかけざるを得なくなる。

 私たち勝負に勝った。

 相手の痛いところを突けばいいというものではない。こちらも痛い目を見る覚悟必要だ。というのも、現実的には、まずはこちらが痛い目を見る可能性が高いからだ。

 上記場合、県による予算凍結の撤回を求めて戦うにあたり、相手方に攻勢をかける必要があったわけだが――初期の段階が一番苦労した。まず、動員をかけても会員は集まりにくかった(当事者意識の欠如)。これがただの動員ではなく、緊急事態を打破するための闘いであることをわかってもらうために熱弁を振るう必要があった。この説得のための活動、すなわち県内支部巡りに最も時間を要した。

 人が集まり相手方に攻勢をかけることができるようになったとして、最大のリスクがある。警察通報されることだ。特に要職にある者が動けなくなるのはまずい。敵にとっての追い風になる。

 今回は、そうした事態が起こることはなかった。絶対暴力行為脅迫行為をしてはならないと、組織内で固く申し合わせをしていたからだ。

 私が若い頃の解放運動だと、警察など介入する余地はなかった。デモ活動オルグ最中通報があって警察官が駆け付けたとしても、我々を見て尻込みをするのは当たり前で、あちらの方が逃げ出すこともあった。

それほどまでに、当時の私たちは気迫に満ちた政治社会運動をしていた。物事に対する「本気」というものが、警察すら怯えさせるほどに昇華されていた。

 時が経ち、平成時代になると、部落に住む人々も豊かになったこともあり、ハングリー精神が見えなくなっていた。集団の気迫はすっかりと消えてしまい、周りから見ると――デモ活動の全てが滑稽なものに映るようになっていた。満たされた人間政治運動はできない。それだけのことだった。

 ところで、予算凍結に対する対抗策の実施にあたり、最大の懸念事項があった。

 県と市町との連携だ。もし、予算凍結の議会答弁を打つよりも前に、県議会が各市町に根回しを行い、さらに我々を抑えるための手を考えていたとしたら、負けていた可能性が高い。

 逆に言えば、同和対策事業に関する予算の凍結という重大事項について、事前に各市町と連絡調整をしないというミスを県が犯したからこそ、我々は勝利することができたと言っていい。



 最後になる。

 相手の痛いところを突くこと、その直近の事例としてミャンマーデモを挙げたい。

 アウンサンスー・チーを頭に据える民主派が勝つにはどうすればいいだろうか?

 武力では国軍に勝てない。ならば、「国軍は間違っている」というメッセージを、自国内と国際社会に訴えかけるしかない。

 経済面ではゼネラル・ストライキを行い、社会面では民主的思想制度について啓もう活動を行い、政治面では大規模デモによって世界に窮状をアピールする。

 アメリカがすでにミャンマーへの経済制裁を行っているし、世界的な空気として、国軍より民主派を推す声が大きいのは間違いない。

 民主派のやり方というのは、それでいい。とことん大きなデモを打って、自分達の正義アピールする。

が、その代償として、民主派は多くの命を失っている。つい先ほど、未成年デモ参加者が銃で撃たれて亡くなったというニュースが飛び込んできた。先日のデモでは50人以上が亡くなったという。

 民主派グループの中でも、指導者に近ければ近い者ほど、身体危険が迫る。国軍にしてみれば、今が正念である世界各国から評価が低下することを気にかけず、民主派指導者層を徹底的に弾圧し、デモ活動を先導する者を少なくし、事態を膠着状態に陥らせ、軍事政権を持続させるとともに――軟禁しているアウンサン自然死を狙うメリットの方が大きい。

 もし日本が、ミャンマーのように危険状態だったとして、あなたが立ち上がって戦わねばならなくなった時、どういう心構えで、どういう行動を取るべきだろうか? 相手の痛いところを突くために、どこまでのリスクを背負えるだろうか?

 その問題に直面していたのが、私が生まれ時代よりもさらに昔、明治以降被差別部落に暮らす人々だった。あまりに苦しい生活環境であるがゆえ、生存権を得るために戦わねばならなかった。しかし、どうやって戦えばいいのか?

 多くの者が基本的人権を得るために戦い、痛い目に遭いながらも戦いを続け、そして今の、(経済的意味に限っては)被差別部落問題解決した現在に至る。

 あなた人生にとって、重大な戦いをせねばならない時がくるはずだ。その時に、どういった行動を取ればいいのか、当日記がその際の助けになれば幸いだ。

 40代以下の若い人に向けて、このトピックを書いたつもりだ。あちらへ、こちらへとぶれた文章になって申し訳ない。読み返してみると、まとまりのなさに驚いている。ご容赦いただきたい。

 あなた幸せのあらんことを。

2020-12-18

マイノリティ利権

差別現実がある」というスタートラインが見えていないから、マイノリティが置かれている不利をマジョリティと対等な状況へ引き上げようとする動きが「利権」「特権」「優遇」と受け止められてしまう。

今の社会は、かつて中流層にいた人たちの中から経済的ストレスさらされる人たちが出てきたことで、マジョリティから「新たなマイノリティ」が作られている。

しかしこの新たなマイノリティの多くは、生まれ持って「マジョリティ」(日本人異性愛者など)なので、様々な支援を講じてもらえる対象になれない。

月刊同和教育あい2020年5月号より

マジョリティが生きやすくならないといつまでも「ずるい」って言われるだけなんじゃないの

2020-08-14

doroyamada 中学単位でわかるわけないやん。小学校でもわからん

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20200813210801

統一応募用紙」とか知らんのやろな

同和教育やらん地方出身かな

2020-07-18

anond:20200718214943

よく知らないことを悪いイメージに使ってレッテル貼に使用しているから。普通に差別だよ?もう一回同和教育受けてくれば?

2020-07-07

関東にはない話」とか言ってるのは、知らないだけだよ。小規模な部落が点在している形態なので、近所に住んでない限り話を聞かないし、関東では同和教育積極的に行われてこなかったというだけ。

2019-10-03

anond:20191003140644

同和問題歴史を教える」と「名簿や地域を教える」はだいぶ違うからな。

前者は人権教育同和教育として残ってるけど後者はやりたいやつがやってるだけ。

2018-10-16

anond:20181016144037

そのへんはまさに相手論法次第じゃね? 「ヴィーガンの襲撃を抑えるためには同和教育のような教育必要だ」とかいい出したら、そら「そのふたつは文脈ちがうだろ」って言い返さなきゃならんわけで。

2018-04-25

にんげん

https://anond.hatelabo.jp/20080823131346

某所で少し話題になってたのでggったらこんなエントリが出てきたので自分の思い出をただ書いてみる。

大阪市内小学校80年代に通っていた。道徳教科書にんげんは勿論覚えてる。しか教科書を使った授業はほとんど行われず、大体NHK番組を15分か30分だか見た記憶しかない。あれ、やばいほんとに記憶がない。ただ、元増田にあるような激しい同和教育は一切なかった。同和という言葉すら小学校では聞いたことが無かった。記憶がないからかくこともなくなっちゃった。エタや非人という言葉は多分にんげんに乗っていたので知っていたはず。5年生くらいの時に読んだカムイ伝であーこういうことかと思ったのも覚えてる。

もともとそういう問題の少ない地域だったか寝た子を起こすな的な感じで余り熱心ではなかったのかな?

2017-10-17

「立憲民主」の旗の下の君に告ぐ

 この増田は、立憲民主党好意的で、強く支持している(17/10/17現在人間によって書かれたものである。そのへんの是非はすっとばして本題に入るので、そのことを念頭に置いてください。

 小林よしのり立憲民主党演説会に現れたということで、お前が言うなとかまずいままでにやったことについて反省しろとか、とても、もっともな罵声が投げつけられている。まったく同意である

 一方で、これを割と素直に受け入れてる立憲民主党支持者もいる。右へのウィングを広げて支持者を増やす良い機会じゃないかという反応もある。一理あるとはいえ、なんせ小林よしのりなのでそのため、そういう人に対する疑問の声も上がった。

 官能小説家の西田三郎氏は、こんなツイートをしている。

いまの若い世代自称リベラル小林よしのりを赦すなら、俺はおまえらを許さん。奴は安上がりなレイシストロジックを基礎から作った。覚えておけ。これがお前らが声援を送った男だ。

https://twitter.com/nishida33336/status/919556721546108928

 気持ちは、とてもよくわかる。

 ただ、ちょっと待って欲しいと思うこともある。

 俺の観測範囲問題もあるんだろうけど、わりに無批判小林よしのりを受け入れる立憲民主党支持者は、若い人が多い。アラサーを少し超えた程度の俺から見ても、若い。つまり20代だったり、もっと下も混じっているかもしれない。上の西田氏のツイートでの呼びかけも、若い人に対してである問題はここにある。

 小林よしのりは、はっきりいって過去の人である。いい年をした人にとっては、昔楽しませてもらったり黒歴史の源泉になったり、インフルエンサーとして、あるいはアジテーターとして思いが深いんだと思う。でも、いま2017年という時点では過去の人だ。

 考えても見てほしい。東大一直線から35年、おぼっちゃまくんから25年、薬害エイズから20年。歴史修正主義運動の前面から消えてから(おそらくこのとき最後の「第一線」にいた時期)ですら、もう15年くらいたつ。その後も小さい話題引き起こしてるとはいえ、すでに知ってた人にとっての話題くらいにしかなってなかったのではないか。「わしズム」で初めてはまった人とかいるのだろうか。

 個人的な話をすれば、高校時代ゴー宣クラスちょっと流行たことがあった。オタクっぽい、本好きの間だけだったけど。

 気になって最新刊立ち読みしたら、すでにつくる会がぐだぐだになってた時期だった。つくる会という運動はともかく、小林よしのりのマスへの影響力自体はもうほとんどなくなってたんじゃないか、当時。

 まあ、それでも無印時代~新の初めのころまではおもしろかったのでよく読んだ。部落差別についての一連の話も、興味深く読んだ(同和教育のない地域だったので)。無印に登場する時事的な話題は、高校生にとっては、そこで扱われてる話題ほとんどは「小学校のころ見聞きした事件」だった。薬害エイズも、オウム真理教も、おぼっちゃまくんPTA白眼視されたのも、小学校のころニュース番組から流れてきた話題である。今くらいの年齢なら数年前もなんとなくつい最近と思えるけど、高校生にとっての小学校時代は「大昔」だ。田舎町の高校だったからなのかは知らないが、たまたまクラスで数年遅れで流行たから、手に取ってそれなりに影響も受けたけど、そうじゃなければ小林よしのりなんて大して意識しないまま大人になった可能性が高い。

 例外もあるだろうが、自分体験を鑑みても、ゴー宣に「ピンと来れる」のは、ほぼほぼ俺くらいの世代最後なんではないか。扱われてる人物の盛衰もあるし。小林よしのりにちゃんと接した世代というのは、俺かもう少し上の世代までじゃないだろうかと思うのだ。つまり、30代以上である

 だから若い人は小林よしのりなんて知らないのだ。あるいは名前くらいは知ってて、「保守の大物文化人」くらいは認識してるかもしれない、でも近年のアイヌ否定のことだって知らないし、昔のことなんてもっと知らないだろう。認識の外のものはどうやったって外のものである若い人のせいじゃない。吉本隆明なんて読んだことはなくても名前だけはわかる。そんな感じ。

 さらにいうなら、おそらく小林よしのりが「やばい」というのも通じないのだ。小林よしのりに怒ってる人は、歴史修正主義運動カジュアル化した極右、くらいに思ってると思う。

 でも、そうじゃないのだ。多分、若い人には、歴史修正主義極右のやらかすような、行き着きすぎたところにある行動だと思っていない。それは、保守を認ずる人なら、当たり前に身につけることだ、と思われてるんではないだろうか。

 回り見回したらわかるではないかネット出版業界も、そういうふうにできているのだ。これも、若い人のせいではない。

 間接的な話をすれば、2001年つくる会教科書が検定を通っている。2002年からは、新しい指導要領の下での教育が始まりつくる会教科書はその指導要領の下で採用されている。いわゆる「ゆとり教育である2002年中学入学したのが89年度生まれ。それ以後は地域によっては小林よしのり的なもの教育現場浸食されはじめた後の世代である被害者なのである

 数年の差はあるけど、くっつけて言ってしまえば、ゆとり教育世代(以降)は、小林よしのりを知らない。小林よしのりのことをよく知らなければ、そして、歴史修正主義学校から世間までが侵食されきった状態普通世界人生を送ってきていれば、そりゃこんなに「普通保守」までウイングが広がった、と喜ぶほうが普通決まってるではないか普通保守、そのものがそういうしろものまで後退しているのである

 いや、なんだかヘン、というのはわかるのだ。でも、それを安易に難ずることは、つまり「よくわからなくても批判せよ。俺たちが駄目だと言っている」と言う話なわけで、こんなのは典型的パターナリズムであるリベラル思想をともにする人のやるべきことではない。こういうレトリックは、自称中立とか冷笑系といわれるような連中みたいで嫌なんだけど、もちろんあの手の連中みたいなことをいいたいわけではない。

 かといってほっときいいとも思わないので、ちゃんと小林よしのりがどういう人かを(むやみに相手を傷つけないよう)継承するしかないだろうけど。引用した西田氏などは乱暴な口調ながら説明はしているだけ良いかもしれない。

 もう一つ心配になることがある。上にも少し触れたけど、小林よしのりを知るか知らないかは、「ゆとり世代」前と後に、偶然ほぼ重なっている。ゆとり世代なるレッテルをふりかざして、インターネット内外でどういうバッシング世代叩きが起きたかゆとり世代以前の人間なら知らないはずはないだろう。若者叩きというと新聞TVや「リベラル文化人」の責任押し付けておいて素知らぬ顔の人も多いかもしれないが、これはインターネット2chまとめサイト利用者テキストサイト個人ニュースサイトなどの運営者に重なる集団大手を振って謳歌していた「バッシングであるゆとり叩きをしていたネット民、について彼らが何かを総括したという話は寡聞にして聞かない。匿名ほとんどなのでそんなこと期待するだけ無駄であろうが。

 話がそれたけれど、世代バッシング被害者世代がその上の世代をどう思っているかは、俺にもよくわからないところがある。ただ、目に見えないところに微妙な反感が潜んでいても、あまり非難はできない。

 なので、たまたま分断ラインがほぼそれとかぶっていると思われるこの小林よしのり評価をめぐる見解の相違は、乱暴に扱うととんでもないものに着火させるような気がする。

 むやみに相手を傷つけないよう、などと注釈したのも、そういう理由であって。

 若い人はともかく、小林よしのりのものには擁護余地はない、大いにバッシングすべきだ、という意見もあろう。すごくわかる。

 ただなあ。

 小林よしのりって、自分の見込みからズレるとすぐ相手罵倒しはじめるじゃん。事例はそれこそ星の数ほど。

 うかつに叩きまくると、蛇を出してきそうでめんどくさそうなのだ。一方、↓みたいな危惧もある。菅直人が手のひら返されたのなんてそれこそあっという間だったわけで(しかゴー宣見る限りでは、主なきっかけは「対談を断ったから」)。

 バッシングするなとはいわないが、いろいろと腫物扱いしておくべき人だな、という気はする。

 今回の選挙は、多分、立憲民主党議席を伸ばす。とはいえ、自民党も伸ばすのだろう。希望の党がポシャったので。安倍晋三の顔にタテ線を入れるという意味ではもう少し希望の党が持ちこたえて欲しかったが、それ以外の意味では希望の党がしぼんでくれて良かったわけで、まあしょうがない。

 なので、これから大事だろう。立憲民主党いつまでも追い風なわけもない。これからさまざまな合流もあるだろうし、いろいろな批判も出てくるだろう。すでに公明党が目の上のタンコブを検出してロックオンしている。

 立憲民主党Twitterはやけに上手い。きっとネットに造詣のある人がやってるんだろう。でもそういうさばけた感じでうまくやる人と、やらかす人が紙一重なのはネットウオッチャーには常識である。何とか炎上させるための火花がほしくて仕方ない人はきっと与党支持者を中心にいっぱいいるわけで、上げ潮だからこそ心配、な案件かもしれない。

 というわけで、あんまり立憲民主支持者がのんびり自分たち陣営が予想以上に多いことを喜んでる場合ではあんまりない(連日TLで見かける立会演説写真は、うぉーっとは思うけどそういう意味でつい一歩引いて見ている自分がいる)。そこに安易世代バッシング火種を投入するのは、いま立憲民主党に期待している人にとって、まったくいいことがないと思うのだ。もうちょこちょこと局所的なディスカッションが発生しているのは自分観測範囲でも見かけるし、わかるんだけど、これが躓きの石になったら、さすがに残念すぎるだろう。

2015-11-04

http://anond.hatelabo.jp/20151104093136

要するに自分発言一貫性はまったくありません、同じロジックでも文脈によって適用したりしなかったりします、文脈自分自由に決めますっていう議論放棄宣言ね

理解した

(しかも「部落」という単語差別文脈では特別意味のある用語であって、フクシマは該当しない。この低能は初歩的な同和教育すら受けて無いのかよ)

人種国籍によらない国内地域差別であっても十分差別文脈になるという例を出しただけで、福島部落だなんてどこにも書いてないんだが

韓国人を叩くのは差別」「同和地区民を叩くのも差別」「でも福島人を叩くのは差別じゃない」という矛盾した定義を通そうとするからには相当なこじつけを用意してるんだろうと思ったら、まさか文脈が違うからOK!」だけで乗り切るとはなあ…

2013-12-11

先生、その教え方では差別はなくなりません。」が消えてる

後で読もうと思ってタブを残しておいたらこれですよ。

http://kabux.hatenablog.com/entry/2013/12/03/090345

というかブログ自体が消えてる。

まったく簡単に消さないでほしいよなー。

「後記」(http://kabux.hatenablog.com/entry/2013/12/04/103731)のほうはgoogleさんのキャッシュに残ってた。

 昨日のエントリに多くの反響をいただいた。少しだけ追記をしておこうと思う。

 先生、その教え方では差別はなくなりません。 - 矛盾銀行株式会社

 「差別はよくない」という原則を語るのには2パターン方法がある。すこし理屈っぽいのだが、

 今回エントリに綴った講義は前者のパターンである。世の中にはこういう差別の事例がある、関わることはもちろん知らないことも罪深いのだ。差別の事例を知らずして差別の何たるかはわからない、と。そしてこれはぼくの憶測だが「差別に関する知識の欠如は、差別排斥しようという意識の欠如と一体だ」というのが講師の主張なのだろう。

 さて、ぼくの抱えた単純な疑問は「前者のパターンを取った場合に、事例の列挙に終わりはあるのか」ということだ。極端な考え方だということを認識しつつ書くが、あれは差別だ、これは差別だと並べるその終わりはどこなのだろうか。およそ差別偏見と呼ばれる行為によって、悲しい思いをしている人がいるのは事実だ。だた、そのすべての悲しみを掬い取るまで、ぼくたちは悲しみの一つ一つを学ぶのだろうか。

 自分以外の人の悲しみに触れることは、他人に対するいたわりを育むうえで欠かすことはできない。他人に対して耳を傾け手を差し伸べる優しさと勇気を育てるだろう。(机上の学習も含めて)他人の悲しみに触れる体験は、間違いなく必要だ。

 ただ、もっとシンプルに、「アナタとワタシは違っていて当たり前」ということを当たり前に受け入れよう、ということからスタートすることもできると思うのだ(先に挙げた、後者パターン)。出自病気、身体の欠損、性、宗教、あるいは慣習は多様なものだ、というプリンシパルを個々人の中に育てたらよい。その中の必要局面で事例を挙げたらよいのではなかろうか。

 そういうプリンシパルの上で、自分と違う個性を持つ目の前の誰かと相対すればよい。目の前のその人が困っていたり、悲しい思いをしているのであれば、手を差し伸べたらいいのだ。ぼくはそう思っている。

 

 追記の追記。

 元銀行員ブログという文脈で差別を話題にしたので、本筋とは違った趣旨でお読みになった方もいるかもしれないが、他意はない。

 ちなみに、この同和教育は業務の一環だった(時間外手当がついた)。また本件以外にも、銀行業務として相対することがあるということで、実務的な人権教育在日外国人のこと、反社会的勢力人権ことなど-を受けたこともあった。

どっかに残ってないかな、元の文章。

2013-07-04

自分の考えとか、思考とか、信念とかを育てる話。

http://bayaread.hatenablog.com/entry/2013/07/04/004426

自分の話なので徒然として結論もない。

自分は育った家庭が日本ではかなり右寄り(アメリカなら普通くらい)で、外の世界に触れる前から中国人韓国人は劣っていて悪いひとしかいないと教えられてきた。あと部落とか。とってる新聞はもちろん産経新聞。女は家庭に入るべきだし教育不要、みたいな。母親共産病院で働いたことがあって、その反動だったっぽい。

ほいで入った小学校極左校長が壇の下から壇上の卒業生卒業証書を渡すみたいな意味のわかんないことをする(なんか偉い人ほどへりくだらないといけないそうだ)ほど極左学校。もちろん同和教育とかもするし、原爆とか沖縄基地とかの授業もいっぱいあった。国歌は習わなかったし、国旗掲揚とかもない。

小学校1年生にして価値観がぐらぐらとする。あれはたぶん実際体験してみないとわからないと思うけども、無自覚で受け入れていた思想が悪で、悪いと思っていたことが正義だと言われ、しかもみんなが無邪気にそれを信じているという状況に直面し、六歳の自分ものすごく混乱した。ただ子供なのですぐに順応した。子供的には楽な環境だったし、拒否する理由も、それを考える頭も当時はなかった。

その後、家庭の事情で転校し、今度は保守王国にきた。これまたすごい。イベントのたびに国旗掲揚国歌歌うはともかく、集団行動を叩きこまれてそれを乱すとものすごい体罰。なんだここは地獄かと思った。それまですごいリベラル(といえばいいがまぁ野放図だった)だっただけに嫌悪感半端ない軍国主義じゃね、これ、みたいな。そん時が八歳。八歳なので軍国主義という語彙はなかったが、侵略戦争という言葉は知っていたのでこれはいけないことだ、と思った。ただ逆らうと体罰があるので大人しく従うほかない。

で、子供だったので順応するかとおもいきや、全然しなかった。学校大嫌いだったし、団体行動とかクソだと思ってたし、女子幸せ結婚して子どもうんで家庭に入って、だから勉強だってそんなに頑張らなくていいのよ、役職はいつも副で男を立てましょうみたいな思想はクソ食らえだと思ってた。年齢相応の知性はあったのでそれをおおっぴらにはしなかったけど、ひっそりと拒否してるつもりで高校まで出た。

んで、大学入ってまたびっくりした。大学っていろんな地方から人が来るので、生まれた時からそれまで一貫して同じ思想を注ぎ込まれている人というのは多くいる。それ自体は別にどうでもよくて、そういう人と話した時に六歳や八歳の時に感じた、なんかよくわからない怒りというか嫌悪感というのがほのかに蘇ってきて、すごくたじろいだ。たじろいだというしかない感じ。

折り合いをつける過程で、子供自分にできたのはどっちの思想も否定するということだった。受け入れない。受け入れないで適当にまわりにあわせてやり過ごす、というのが一番いいと思っていたし、誰かが強弁するならそれに合わせとけって思ってた。けど、ちょうど小泉さん政権とってる時代で、靖国問題とかが出てきた時期だったんだが、それで当時の彼氏と言い合いになったんだよね。彼氏関西の人でいわゆる「自虐史観」が正当だとおもってて、そもそも靖国神社には犯罪者が葬られているから参拝すべきでないという立場(らしい)。んで自分はまぁ、戦没慰霊はゴタゴタ言わなくていいんじゃないの、夜はどうせ墓場同窓会でしょみたいな主張。

激しく言い合ったわけではないんだが、二、三言葉を交わした時に、どうしても彼氏言葉が受け入れられないと思ってしまった。これに自分でびっくりした。びっくりしすぎてその後反論するのはやめてしまったくらいショックだった。日本で見ればやや保守、一部リベラルから中道だろうと思ってたけど、がっつり保守派じゃん、無意識にそうなってたわ、と気づいたときはショックだった。しかもあんなに嫌いだったのに。

その後も地味ーに韓国嫌いだったり(口には出さないけども)(そして中国不思議なことにそうでもない)、地味ーにおしゃれしているお母さんに冷たい視線を向けてしまったり、地味ーに結婚したり子どもうんだ友だちに嫉妬したり、そのたびに自分保守的なことに気付かされる。逆に男性に対してはどうせ女だし軽く見てるんだろっていう気持ちが拭えなくて、気をつけないとつっけんどんな感じの対応をしてしまう。ほんでそのたびにショックを受ける。

結局一番最初に入ってきた時の思想から抜け出せないんだなぁってことを今も時々思う。意外なことに無意識に無条件で受け入れてることってたくさんあって、意識的に気をつけていても、気をつけきれないことってたくさんあるんじゃないかな。結局自分の頭で考えるってなんだろうって、こういう話題が出るたびに思う。全部は考えきれないし、把握もできない。多分これからもショックを受け続けるんだろうなぁ。

2013-04-27

大阪矢田ってそんなに危なかったのか

最近行ってはいけないランキングに上位に入ってたから気になった。

確かに矢田中学校通ってた時異様な位同和教育に力入れてる印象だったけど新しい人間に対しては過剰なまでに気を使ってる?避けられてる印象だったな。

きわめつけは高校受験に失敗した時(すべりは受かった)、何だったかな巻き寿司学校の授業で作る事になって自分だけ落ちたからって担任に言われて授業から締め出されたな。

あそこハグレも多くてやんちゃな子が多かったからやっぱりそういう事だったのかな。落ちたからって締め出す事自体異常だと思ったとか、特に親が。

とにかく、学校内での先生による差別はひどかったけど、生徒間では結構仲良かったし特に危ないということはないと思う。

そういえば、親父があの周辺はオウムとか統一教会とか創価とか色んな宗教団体が入り混じってて闘争時代部落解放関係仕事矢田に講演しにいったけどそれは凄かったとか。

今は落ち着いてるけど昔は酷かったらしい。この辺は推測でしかないんだ。当時を知らないんでね。

まあ、近鉄矢田駅の周辺が他の閑散とした駅と違って何か異質な空気があったのは間違いないな。モールがない商店街雰囲気あったし。

朝とかは結構忙しそうなOLサラリーマンの姿がちらほら見えるけど夜はちょっと変だし。誰かに見られてる雰囲気があるのよね。

詰まる所、あれが部落なんだったらそうかもしれない。改めて考えたら、ね。

2012-11-13

http://anond.hatelabo.jp/20121113175410

あの辺は同和教育の凄まじさで有名だから

「同和地区差別されています」って教育を何十年とやってるから、「同和地区差別されていると思いますか?」と問われたら実態知らない人がYESと答えるのは当然っちゃ当然。

2011-07-12

815 名前: [名無し]さん(bin+cue).rar Mail: 投稿日: 2011/07/12(火) 03:28:17.52 ID: erHebM5f0

(o'ω')y-~在日教師が居た大阪 豊中市立寺○小学校でほんとうにあったこわいはなし

国語時間ハングル授業(当然大問題になりました)

自虐史観授業ばっかり

・授業数が足りず、夏休み返上で国語の授業

・式典にはチマチョゴリで出席

・その教師に遠慮して国旗の掲揚は自粛

同和教育指定校に指名される

自衛隊警察子供人殺し扱い。教師なのに生徒に様々な蔑称を使う

↑のようなことがあったので父兄ブチ切れ!

教育委員会にも訴えたが無視される(当時は社会党全盛期)

在日教師追放運動始まる。生徒を学校に出席させないようボイコット

今だ教育委員会は無視

父兄文部省に陳情!ここで初めて学校側が動きだす

在日教師が辞表をだす。校長辞表。これで事が収束にむかうと思われたが・・・

グリコ森永事件発生! 寺○小学校の校庭に毒入りチョコレートが撒かれる

ほかにも、近くの店も子供が買いそうなお菓子に毒入りお菓子発見

父兄:余りにも寺○小学校周辺が集中してるので、韓国人報復と噂される。

(尚、ウェブ上でも、寺○で起こった毒入りお菓子事件は何処も載ってない

2011-04-20

福島云々の差別は第二の部落差別利権を生む

今、福島はすさまじい差別を受けている。

福島から来たと言うだけで宿泊拒否とかはかわいい物で、結婚が破談になったとか深刻なケースも出てきている。

次に出るのは「本籍隠し」だろう。

福島が本籍と言うだけで差別される。福島人と結婚しようとすると親戚から猛反発を受けるような。

これは部落問題と同じでは無いだろうか。

同和教育福島県出身者も同じように差別してはいけませんという教育が当たり前になる。

そして同様の同和利権も発生する。

2011-02-07

○○だって私たちと同じ人間なんだからって言い方が嫌い

同和教育で役場の同和対策の人から聞き過ぎてうんざりした

1度でもうんざりすんのに何度も繰り返し。

同じ人間なんですから、同じ赤い血だって流れてるんですからって。

人間なのも血が赤いのも当然だろうが。

昔の人は血の色が違うと思っていたのかも知れんが、今の人間に何故そんな事をわざわざ力説する。

黄色差別のある国で「日本人だって私たちと同じ人間なんです、同じ赤い血が流れてるんです」とか言われる方の立場に立ってちょっと考えりゃ解らんかな。

無神経と傲慢と差別心の塊って感じでいやらしい

2010-11-29

和歌山県知事選

民主国民新推薦の藤本真利子候補のプロフィール

http://www.fujimoto-mariko.net/profile.html

高校時代部落差別といういわれなき差別に強い憤りを覚え、杭ノ瀬の解放子ども会に参加。それ以後現在まで活動を続ける。

広報マスコミ科に在学中は正義燃えジャーナリストになりたいと夢多き乙女であったが、バイトした先で新聞記者の裏側をのぞき幻滅する。

加太小学校名草小学校、西和佐小学校と勤務し最後の2年間は同推教員として和歌山市同和教育推進のため頑張る。

1990年に結成された日教組和歌山の執行委員、女性部長経験連合女性委員としても他の労働組合女性達と交流。

尊敬する人は部落解放運動松本治一郎氏。

日本最初人権宣言「水平社宣言」が世界で一番素晴らしい文章だと思っている。

典型的なアレじゃん。こんなのが当選すると与党は本気で思ってたんかねえ。

2010-03-06

http://anond.hatelabo.jp/20100306172310

国家権力法律上の手続を順守しているのであれば、特に不都合がない限り、問題にしようがない。

その理屈なら外国人参政権も実施する必要は無いだろ。外国人投票出来ない現状に特に不都合は無いんだから。

だから、改善の一環として、永住資格を有する外国人には、地方参政権付与しようということになるんだけど。

それが参政権と何の関係があるんだ?

中国日本は、一衣帯水ともいえるくらい、文化的差異は小さい。

漢字文化圏だしな。

文字が同じだから大丈夫とか楽観視にも程があるだろ。同じキリスト教文化を共有してる欧米圏ですら過去何百年と戦争してるだろ。中国過去に同じ仏教文化を持ってるインドと領土を巡って戦争してる。チベット弾圧してるのも知られた話。

あの国は軍事独裁国家表現の自由も思想信条の自由も無い。情報統制は当たり前のように敷かれていて、反権力活動の弾圧すら合法な国。そもそも自国民にまともな選挙権すら与えてない。つかあの国は、宗教自体を公には認めてないだろ。

そんな国と日本が「文化的差異は小さい」とか、都合の良い未来を夢見すぎ。

日本国民主制の国家なんだから、日本に永住するというなら、民主制の素晴らしさを教育するのは当然じゃないのか?

だーかーらー、その「教育する」ってのが傲慢なんだって。要するに、彼らに祖国への愛国心を捨てさせるよう仕向けることだよ。どうしてそれが理解出来ないかな?

その上で、彼らが母国へ帰って政治体制を変えるのか、変えないのか、それとも他国へ移住するか、日本国で永住し続けるかは、彼らの選択次第なんだし。

そう、彼らが選択する事。同様に日本の政治を決めるのも我々日本人

しかし外国人参政権は、その選択権を日本人以外にも渡そうという事。だから賛成できない。

もしかして、同和教育とか受けたことない人?

同和教育なんて受けなければ、部落差別なんて意識しなかったのに」ってロジックみたいだなぁ。

国家体制を同和問題を同列に扱うなよ。今あの国が余計な混乱を起こしたらこちらにも火の粉が降りかかってくる事を理解してる?

http://anond.hatelabo.jp/20100306164225

その前提はあくまでも法的な手続き上のものであり、その手続きに欠陥が無い事が前提になっている。

どんだけ政府を盲信してるんだ。

国家権力法律上の手続を順守しているのであれば、特に不都合がない限り、問題にしようがない。

そもそも現行の制度自体、海外から安価労働力(現代版の奴隷)を輸入したい財界の思惑を色濃く反映したものであり、仮に日本国益に合致していたとしても受け入れる外国人達の利益に合致しているとは限らない。彼らの大半は日本という外国格差の底辺に押し込められ続ける生涯を送る事になるわけだから。

だから、改善の一環として、永住資格を有する外国人には、地方参政権付与しようということになるんだけど。

もしくは、重国籍を容認するか。

祖国から遠く離れた国ですらそういう問題が発生しているのに、隣にある日本で起こらないと楽観視出来る?

それは、遠く離れた国であり、文化の差異が大きすぎるから生じてるんじゃないの?

中国日本は、一衣帯水ともいえるくらい、文化的差異は小さい。

漢字文化圏だしな。

賛成派こそが、まさに人種差別思考の持ち主である事が今はっきりしたな。もしくは「啓蒙」の意味を間違えているか。

以下略

まぁ、そう思いたいなら思えばいいよ。

中国国内で彼らがどうしようが、それは彼らの自由。

日本国民主制の国家なんだから、日本に永住するというなら、民主制の素晴らしさを教育するのは当然じゃないのか?

その上で、彼らが母国へ帰って政治体制を変えるのか、変えないのか、それとも他国へ移住するか、日本国で永住し続けるかは、彼らの選択次第なんだし。

もしかして、同和教育とか受けたことない人?

同和教育なんて受けなければ、部落差別なんて意識しなかったのに」ってロジックみたいだなぁ。

 
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