はてなキーワード: 流言飛語とは
はてなで久々にアレな躍動が見られている。
かつての日本にはこういう
みたいな人々が相当のボリュームで棲息していた。
彼等はもう一番若くてアラフィフで上は棺桶や後期高齢者で絶滅する種族だから
若い人のために「こういう生物がかつて日本に居ました」と言うことを書き残しておきたい。
元増田読んでも「何を言いたいのかよくわかんないな、なんだこれ」と思ったはず。
翻訳するとこれが伝えたいのはジャップがこんなに海外で嫌われてるぞザマーミロってことなのね。
昔はこういうのでボルテージ上がる「左翼」とか「良識派」とかいう日本人が大量に居た。
彼等はとにかく日本と日本人に敵意を持っていて、日本や日本人を馬鹿にしたり貶めたりする情報があると嬉しくてたまらなくなる人達だった。
その成り立ちとしては
戦後の「進歩思想」とか「良識」というかいうものの薄っぺらさと貧しさなんだけど、
彼等はあらゆる悪いことの根を日本に求めたわけ。
左翼が「反戦」て言いながら戦争からかなり遠い仕組みの日本ばかり叩いて
日本よりはるかに戦争が出来る中国とか北朝鮮とかロシアとかを批判しないのは何故か?
中国が日本の領海を侵犯すれば日本を「軍国主義!」と非難するような行動パターンが出来上がっていった。
元増田もそういう日本人叩きの具に供するべくニチャアって顔で書いたんだけど
「は…?普通に差別では?」「そのホスト大丈夫?」「てか斡旋してる奴等も大丈夫?」 と言う意見が多数派になってしまい
ブックマークでも「今度こそジャップ叩きが出来る!」って感じで盛り上がってるんだけど
a_dogs 何が答え合わせって、反発してる人含めて日本人男子留学生がこんなひどい態度とるわけないって意見がほぼほぼないとこ
もしも「朝晩騒音出しながら礼拝をした」「隣家の犬を煮て食った」ぐらいまで言われれば「それは日本人はやらない気がする」と言えるけど、
「家事を手伝わなかった」とか「ホストを叩き起こして早朝に牛乳を買いに行かせた」とか言われたって
「ん…?それは日本人からしても相当非常識な行動なんだけど『そんなことする奴いるわけない』とまでは言えないな」って話でしょ?
友達でもなんでもない同じ日本人ってだけの留学生が何するかなんかわからないから
「そういう奴がいた」って主張に反論する手立てはない。
つうかそもそも「そういう奴がいた」自体が何の根拠も示されないTwitter発掘の転載伝聞だぜ?
その当時締め上げられた可哀想な朝鮮人でも「俺はそんなことやってない」っていうのが精いっぱいで「朝鮮人はそんなことやらない」とは言えないだろ。
同じ朝鮮人ってだけの他の奴のことなんか知らんし。冷静に誠実に答えるほどそうなる。
そしたら噴き上がって
「あー!こいつ「朝鮮人はそんなことやらない」とは言わないみたいだ!やっぱり朝鮮人ってそういう奴等なんだな!」って言ってる感じなわけよ。
反論する方法も反論する意味もないただの卑劣な言い掛かりなんだよね。
(ていうかTwitterでもそうだが「答え合わせ」とか言ってる奴だいたい非論理的なバカじゃね?
これもね。
いやいやいや、
「本当にそういうデータがあるなら」
ちょっと落ち着いて考えるだけで言ってることが1から10までおかしいでしょ?この人。
オッサマオバサマ世代はてなブックマークで「ホームステイ先では気を付けよう」ってやる意味は何?
(このブクマを書いた人や☆つけてる人達の本当の動機・内在的な欲望はなんだろう?って考えながらこの先を読んで欲しい)
そもそもだけど
よその国の人間に比べて日本人のマナーが良いとか悪いとかはデータが無ければ何も言えない。
そして元の話が、身元も動機も怪しい奴がTwitterで採取した(笑)という何のソースも提示されない話なので
こんなもんそもそも事実確認すらしようもないんだけど「いいから反省しろ!」「素直に!」ってくるわけ。
これが手ね。
要するにここでの狙いはこの未確認日本人ヘイト情報を事実と確定させることなわけ。
反省させてしまえば「ソースはTwitter」でも「ソースは吉田清治」でもどうでもよくなるわけ。
「いいからとりあえず反省しろ」&「反省したってことは認めたはずだろう」のセット戦法。
こういうことをある種の「良識的日本人」は本当に数十年連綿延々とやってきたわけ。
だから先ほどの設問の答えも
日本人は不道徳な恥ずかしい民族だと認めさせたいこそが真の動機・内在的欲望であった」
ということ。
(ていうかリアルでもそうだが他者に向かって「素直になれ」とか言ってる奴だいたいヤベー奴じゃね?
自分の好む通りの行動を「素直」「常識」、自分の気に食わない反応を「反発」「言い訳」と呼んでそう)
で、ある世代から上の良識的な方々が何故日本人ヘイトが好きなのかと言うと
これはものすごく楽なんだよね。
「全ての悪は日本から発する」「日本人は世界で一番軽蔑されている劣等」が基本ドグマだから、
それなりに豊かで快適な日本に住みながら日本人ヘイトしてるだけで良識に関する仕事をすべてクリアして、
世界やこの世が直面するあらゆる困難にも対処出来ていることになるわけ。
要するに太い実家で部屋住みやってる坊ちゃん嬢ちゃんみたいなものだから。
常に自分の家や親に不平を鳴らして、それだけ言ってれば現実対処の仕事が終わり。
家の外の悪や悪意は徹底的に見ないことにして全部自分の家と親に文句を言う。
近所のたち悪い大人とトラブルがあれば、むしろ心情はそちらに加担して一緒に自分の親を非難する。その方が怖いことが無い。
世界とかこの世とかのあらゆることを憂うにあたって日本を叩いて蔑んでいれば仕事が完結する。
これは人生が楽。
戦後知識人というのの大半はこの信じられないほど単純なパラダイムをベースにしてて
人生の全ての思索を太い実家の子供部屋で過ごしたとっちゃん坊や老人なわけ。
そしてその影響下にある良識的市民も同じ認知・思考パターン持ってる。
(蔑んでる一方で誇大妄想愛国者並みに日本という存在やその知名度・影響力を大きく見ていたりする。
その精神世界の全てを日本(家・親)が占めてるってとこも不自由ない家の中学生と共通してるよね)
ここでやってる一連のことを、
特定国籍の人の個別の悪行を拾い集めてパッチワークして「韓国人は~」「ベトナム人は~」ってやるの、
建設性のないヘイトやレイシズムとしてしか機能しないことはわかるでしょ。
どういう方向性のどういう素性の人物が言ってるのかの確認も無し、
どういう方向性のどういう素性の人物がまとめたのかの確認も無し。
これで「韓国人ってホームステイで避けられてるみたい(ニヤニヤ)」「ベトナム人は素直に反省しなよ(ハァ~ア)」って言ってたら
〇〇人が何人でも同じことじゃない?
これを日本人相手ならバレない咎められないって思ってずっとやってきたのが戦後良識派で、
段々と反日常識を共有しない世代から普通に咎められるようになって、吠え面かきながら大分アップデートしてきたり死んで減ったりしてきたけど、
まだ「突如怪しげな根拠で日本人を蔑み反省を求める」という発作は残ってるわけ。生態的にも世代的にも。
(はてブでもかつては「ジャップは~」みたいな差別ワード丸出しで居直る直球レイシストが沢山いたんだけど
同じ利用者から窘められたり議論挑まれたりして顔真っ赤になって消えたり言葉遣いを改めたりしてきた。)
見てきたようにこれは建設的な批判とか論理的なクリティークとは別物の、ただの感情的な発作でありヘイトだからね。
有害無益だから気軽に同調してはいけないし看過もしてはいけない。
海外在住時に知り合いの日本人女が売春してたなんて人は「いる」だろうし、
海外旅行中に近くの町で日本人女が売春してるって話を聞いたなんて人はもっと「いる」だろうし、
更にTwitterでそういうワードで検索すればそういうtweetしてる人は一定数「いる」さ。
でもそういう話ばっかり集めて「日本人女はフシダラ」「海外では日本人女=売春婦」って言ってる奴いたらどう?しかもなんか嬉しそうなの。
単に日本女を蔑みたいヤベー奴なんだなって直感的にわかるでしょ?
それで更に
「誰も否定しない!答え合わせ!」とか「日本人女はどうして素直に反省出来ないの?」って言ってたらどう?
おっキチガイやんけと思うでしょ?
そもそも大多数の売春したこともない女や海外行ったこともない女が
結局こんなレベルのどうしようもないヘイト言説を延々やってるだけなのよこのタイプの良識派は。
こういう実態的にただの言い掛かりやヘイトでしかないことを延々やりながら「自分は良識派である」と任じる人が現実に居て、
日本では特に戦後のあれこれと絡めてアラフィフオーバー世代にいっぱいいます
と言う話でした。
もうすぐ勝手に片付く奴等だから若い人たちのこれからにはあんま関係ないけどね。
生き残りがヘイト娯楽やろうとしてたら遠慮なくぶちのめしていこうね、意義のあることなんか何も言ってないから。
おしまい。
「怨み屋本舗Diablo」はColaboをネタにしているか実際に読んで確認してみた感想 →さすがにこれでColaboをネタにしてませんは通らないと思う
んで、あれに「これでネタにしてないは通らない」と怒った層と
怨み屋に「これで怒るとかwフィクションでしょww」と嗤う層は重なってそうだなぁと思った
それ以上に
追記部
ちっとだけ素に戻って書くんだが
これ、問題を何もわかってないな
怨み屋で描かれているのは、ほぼほぼ世間に流布された Colabo 関連の風説をなぞってる
リンクの説明にも出てくるが、漫画内に出てくる慈善団体がコンドーム配ったのも大分揶揄された
それら風説が迷惑系にまで届いて、現地に出張ってくる事態となり
風説に対する Colabo のスタンスはデマだというもので、訴訟も起こしている
この状況に「黙れボケ」と言ってのけるのは
どんな流言飛語が溢れようが、それに抗議反論するなっていってるようなもんだ
漫画に描いたり、MMDにやらせたMAD動画なら、虚偽のネガティブな印象操作がされていると感じても、フィクションだと笑って我慢しろ?
私はアホかと思うんだが、思わんのかね?
お前ら本当に法治国家に住んでるのか?
>>女性の権利の向上ってのは、風俗をしていても女性が尊重されることを言います。本来フェミニズムってのはそう。
>誰が考えた基準ですか?どのようなフェミニズムなんですか?詳しく教えていただきたいです。
https://www.vogue.co.jp/change/article/feminism-lesson-vol14 ぐぐって一番上がこれ。
>>とりま強姦行為に限れば明確に否。風俗の存在はレイプを減らす。
ランディ・ソーンヒル「人はなぜレイプするのか~進化心理学(略)」https://amzn.asia/d/emjKvNX
名著だから読みたまえ
>>現に自尊心低下してるガキが居ないかごく少ない、という現実の前にその論理は無力。
>医師が確かそういう報告してたよね?詳しい人誰か教えて
あなたの見たやつには詳しくない。
ただ、一般的に自尊心というのは、肯定されると高まるね。性欲を持ってることを否定されたガキの自尊心は悲惨よ? フロイトの時代からそれはわかってる。
>>「不正確な医療漫画を見て現実の医師の指示に従わない」「トイレットペーパーの買い占め」のような現実の深刻な影響を引き起こす懸念が高いよね
>まあ誠実な表現が好ましいので懸念と言いましたが、過去の事例に因果関係を自白してるものは沢山あるよね。
流言飛語の話してるのにSNSで見た自白の話をベースにするな。これは単にお前が、フェミニズム以上に無知である。トイレットペーパー買占めで有名な流言飛語は、権利だとかとは全く別の専門分野があるので、知らないなら触れるな。
>冷静なつもりです
流言飛語の見本みたいな話だね。
そんなこと言い出したらハムレットは「王が急死する。王の弟クローディアスは王妃と結婚し、後継者としてデンマーク王の座に就く。父王の死と母の早い再婚とで憂いに沈む王子ハムレットは、従臣から父の亡霊が夜な夜なエルシノアの城壁に現れるという話を聞き、自らも確かめる。父の亡霊に会ったハムレットは、実は父の死はクローディアスによる毒殺だったと告げられる。
復讐を誓ったハムレットは狂気を装う。王と王妃はその変貌ぶりに憂慮するが、宰相ポローニアスは、その原因を娘オフィーリアへの実らぬ恋ゆえだと察する。父の命令で探りを入れるオフィーリアを、ハムレットは無下に扱う。やがて、王が父を暗殺したという確かな証拠を掴んだハムレットだが、母である王妃と会話しているところを隠れて盗み聞きしていたポローニアスを、王と誤って刺殺してしまう(「ねずみかな」という台詞があるが、本当にねずみと思っていたわけではない)。オフィーリアは度重なる悲しみのあまり狂い、やがて溺死する。ポローニアスの息子レアティーズは、父と妹の仇をとろうと怒りを募らす。ハムレットの存在に危険を感じた王はレアティーズと結託し、毒剣と毒入りの酒を用意して、ハムレットを剣術試合に招き、秘かに殺そうとする。しかし試合のさなか、王妃が毒入りとは知らずに酒を飲んで死に、ハムレットとレアティーズ両者とも試合中に毒剣で傷を負う。死にゆくレアティーズから真相を聞かされたハムレットは、王を殺して復讐を果たした後、事の顛末を語り伝えてくれるよう親友ホレイショーに言い残し、この世を去ってゆく。」
だしグレートギャツビーは
「舞台は1922年、狂騒の20年代のアメリカ。語り手のニック・キャラウェイは、イェール大学を卒業後ほどなくして戦争に従軍し、休戦の後に故郷の中西部へと帰ってきたものの、そこで孤独感を覚えた。証券会社で働くことを口実に、彼はニューヨーク郊外のロングアイランドにあるウェスト・エッグ(英語版)へと引っ越してくる。
隣の大邸宅に住むジェイ・ギャツビーなる人物は、毎夜豪華なパーティーを開いており、ある日ニックはそのパーティーに招かれる。しかし、パーティーの参加者たちはギャツビーについて正確なことを何一つ知らず、彼の過去に関してさまざまな流言飛語が飛び交っている。
やがて、ニックはギャツビーと親交を深めていく中で、彼が5年もの間胸に秘めていたある想いを知ることになる。」
じゃん?
確かに非リベラルやアンチリベラルの意見だって、インターネットで吐き出するぐらいは自由にできるさ。
書店に本を並べることもできるだろう。
流石にそれらを直接口封じされるほどヤバい状況にはなっちゃいない。
だけどそういうのって、学問だの批評だの言論だの民放テレビだのアカデミー賞だの直木賞だのNetflixだのの場からは、価値観のアップデートができていない野蛮で遅れたアホの野次だとか、衆愚の自尊心をくすぐる思想的ポルノでしかないと見られてるじゃん。
非リベラル側がストーリーを語る権利がないがしろにされているってのは、その辺を指してるんだと思うぞ。
リベラルの元増田からすれば「世間一般には非リベで保守の奴らのほうが多くて、俺らは数で負けてるんだから、優位にあるわけがない」って感覚なんだろう。
でもな、数の問題じゃねえんだわ。
なんだかんだいっても言論の中心ってのは、やっぱ格調高そうな大学の先生とか、文化人とか、テレビとか、賞レースに参加する作品とか、大企業のプレスリリースとかなんだわ。
たとえその担い手が人数としては少なくても、その辺を通じて出されるメッセージは、真面目なメディアを通して、真面目に扱われ、真面目に広められる。
(アメリカのFOXは、あの極端な保守があのメジャー度なの意味わからんしこえーな。扱われ方の実態をよくしらんので置いておくが)
虎ノ門ニュースだのまとめサイトだの平積みの愛国本だのは、影響力と売上はあっても、結局ゴシップやカスとり雑誌、流言飛語のたぐいでしかない。
俺はあの辺に触れてないけど、たぶん愛好者層のほとんどは自分たちが好んでる情報がうさん臭くてバカにされるもんだってのは自覚してると思うぞ。
たとえばいくらソシャゲが売れてようと、そのプレイヤー達ですらゲームのトレンドを作るのはコンシューマや大作PCゲーだと思ってる。
ユニクロヘビーユーザーでも、世界のファッションを動かすのはルイビトンだかエルメスだかだと思ってる。
今、言論における重鎮たちは圧倒的にリベラルが多いと思わないか?
たまに芸能人だの思想家だのが非リベラルなことを言う場合、みんな「敢えて言う」とか「歯に衣着せぬ本音を」みたいな前置きをするか、「過激発言」みたいな後先考えぬ炎上芸ぽい奴ばっかりだ。
カズオは、リベラルがストーリーを語る権利を自分たちの専売特許であるように感じてる、と言った。
僭越ながら俺が表現しなおすならば、「語ったストーリーを聞いてもらえる権利が、リベラルに偏っている」という問題だ。
もちろん厳密な権利論では、語られてる主張を聞くかどうかってのは聴衆に任せられる部分であり、語り手が「俺の声を絶対聞け!」と要求する権利はない(あったら世の中がやばいことになる)。
だが、非リベラルの意見には、世間的な大義名分が与えられづらいのは確かだ。
非リベラルの意見は、真面目な高尚な場で、真面目で高尚に扱ってもらいづらい、ともいえる。
リベラルの人間は、それは非リベラルというレッテルで聞くのを拒否しているわけではなく、実際に聞いた中身が余りに暴力的だったりくだらないから反対しているだけだ、と言うかもしれない。
でも、それはリベラル価値観で暴力的でくだらないとされてるにすぎないのかもしれない。
ならますます不味いぞ、世間全体がリベラル価値観に寄ってるということだから。
あと後編の方、何十も前の死んだ作家が非ポリコレだからどうの、なんてのはどうでもいいとこだろう。
露骨に古典が燃やされだす、もしくはドラマや映画や批評本で古典を題材に撮ったものが連発されだしたなら取り上げる意味が出てくるけどそうじゃないからな。
自由の国の多様性の都市ニューヨークに住むアジア系の素晴らしい現状がこれ。
領事館からのメールで「アジア人ヘイトクライムが増えているので、肌を出来るだけ覆って人種が分からないよう心掛けて」って来てたけど、何も後ろめたいことがあるわけじゃないのに自分のルーツを隠さないと安心して生きてけないって凄いストレスよね。これが自由と多様性の象徴と謳われたNYの現状と。— KSTN@NY (@kstn9) March 4, 2021
アジア人ヘイトクライム増加を受けて、領事館から「必要な場合は(人種が分からないよう)外見の露出を減らすように」連絡が来たけど、今なんて帽子とマスクで目と髪の一部しか出てない状態なのに、それでも俄然アジア人だって判別つくからどうしようもないよね。。アイメイクを超濃くするしかないのか🙄— Eri@「コアの強み」発掘家🇺🇸 (@cassiopeia_1987) March 4, 2021
ところで、我が差別大国ジャップランドにおける外国人へのコロナ関連ヘイトクライムは何件認知されてるの? 1,000,000件ぐらいかな?
今日にでも「三国人がコロナをバラ撒いたらしい」とかいう流言飛語に乗せられたネトウヨ暴徒が東京の路上で98年ぶり2回目の大虐殺事件を起こしそうな治安状況なんだよね? 歴史から何も学ばない日本人は最低だな!
「日本鬼子の右翼分子が逆恨みして同胞を殴ってるので東京では外で中国語を話さないように」
「バカ記者が日本に変異型ウィルスをバラ撒いたせいで、極右日本人が『神州を汚した毛唐どもを攘夷してやる!』と噴き上がっているので、外出する時は白人と分からない格好をするように。女性はブルカで全身を隠すことを推奨。肌を出して性犯罪に遭っても自己責任」
と自国民へ注意喚起ぐらい出してるんでしょ? ニューヨークの日本領事館みたいに。
に対する反応の中には、「「「朝鮮人が井戸に毒」はデマ」はデマ」と思っている人がいるから「バイデンが井戸に毒」は差別煽動である、という主張がいくつか見られる。
password1234 この増田の言い分は理解するけど、“「井戸に毒」から朝鮮人を連想できる人は、必ず、それがデマであることをセットで連想する”という仮定は微妙で、あれをデマではなく史実と誤解している層が存在していると思う
「「「朝鮮人が井戸に毒」はデマ」はデマ」と思っている人の朝鮮人に対する差別感情が湧き上がることが、差別煽動と断ずる根拠になると言うのなら、「「朝鮮人が井戸に毒」はデマ」という表現もまた差別煽動であるということになる。
我々は、関東大震災の時に「朝鮮人が井戸に毒」という流言飛語によって民族ジェノサイドを起こしてしまったことに触れてはならない。
「バイデンが井戸に毒を入れた」という冗談が、一部の人には「朝鮮人に対する」差別煽動投稿に見えるらしい。驚いた。
これが「朝鮮人に対する」差別だと主張する模範的文書を、藤崎剛人がコラムとして公開している。(差別煽動投稿だと最初に断じた津田大介が、これが「朝鮮人に対する」差別煽動と述べているかどうかは確認していない。)
https://www.newsweekjapan.jp/fujisaki/2021/02/post-3_1.php]
「井戸に毒」というのは藤崎も指摘するとおり「1923年関東大震災での流言飛語を連想させる」フレーズとして選択されている。つまり、ここで連想されるのは、井戸に毒を入れる行為ではなく、「流言飛語」つまりデマという評価である。
「井戸に毒」から朝鮮人を連想できる人は、必ず、それがデマであることをセットで連想する。藤崎がそうであるように。
もし関東大震災時のデマを知らずに「井戸に毒を入れた」を真に受ける人間がいたならば、彼は毒を入れたのはバイデンだと考える他なく、「井戸に毒」が朝鮮人と結びつくことはない。(そして、バイデンは日本に居らずテロリストでも無いのだから、殆どは「井戸に毒」が嘘であることに気付くだろう。加えて、バイデン大統領なら、「バイデンが井戸に毒を入れた」と信じる狂人が居たとしても危険は及ばない。)
朝鮮人の連想は、デマによる虐殺というエピソードを前提にして初めてもたらされる。
もし朝鮮人を差別する意図があるならば、デマに踊らされたという愚かな過去を引き合いに出すことはあり得ない。
したがって、「バイデンが井戸に毒を入れた」という文字列は、流言飛語が朝鮮人虐殺を招いた歴史を想起させ悪質なデマに惑わされないための注意喚起を諧謔とともに表現したものと読むほか無い。朝鮮人に対する差別煽動と読む余地は無い。
ところが藤崎はなぜか、「バイデンが井戸に毒を入れた」という文字列から、流言飛語が朝鮮人虐殺を招いた歴史を想起し、悪質なデマに惑わされないための注意喚起をしようと考えたようだ。
藤崎は、「バイデンが井戸に毒を入れた」が「井戸に毒」をネタ化したものであるとした上で、次のように述べる。
我々は、我々の社会がかつて行ってしまった民族ジェノサイドに対してどのように向き合うのかについて改めて問われている。こうした状況のもとで、「井戸に毒」をネタとして消費してしまうことは、ジェノサイドという事象の軽視であり、それは論理必然的に差別扇動となるのだ。
しかし、ここでネタ化されているのは「井戸に毒」ではなく「「井戸に毒」というデマ」である。
ここで揶揄されているのは、荒唐無稽なデマに惑わされて愚かな行動に出たかつての日本人に他ならない。
純粋に疑問なのですが、
https://anond.hatelabo.jp/20210112165321
に対するブックマークコメントでいくつか気になるものがありました。
b:id:zyzyさん:
https://b.hatena.ne.jp/entry/4696958303153836930/comment/zyzy
zyzy 残念ながらこれ多分増田にいつも湧いている「具体的ないじめの内容がないままとにかく男が女からの被害者なんだとミソジニーを延々と正当化し続けるだけのいつもの人」なのよなぁ。この人いつも具体的な話がない。
と書かれているのだけど、ざっと読んだところ、
いつの間にか「人格が劣るから相応の扱いをしてやっている」ということにされていたのも傷ついた。
曰く、「キモいって言われてるのにキモいまま改善しないのは向上心がない、周りへの配慮がない」とか。
なんでお前らの好みに合わせないだけで嫌がらせされなきゃならなかったの、
イジメの原因だったろう脂漏性皮膚炎の薬を塗るのを見られたらキモいと笑われ盗まれた。
美容院に行ったり服を買い揃えてみたりしても、似合ってないとバカにされて。
などと、かなり具体的ないじめの内容が書かれていると思いました。zyzyさんにとっての「具体的」とは何なのでしょうか?
追記:「(特に皮膚炎の薬を塗るのを見られたら笑われ盗まれたというあたり)」と付け加えようとしたら、トラックバック
https://anond.hatelabo.jp/20210113102553
でほぼ同じこと+αが指摘されていました。
Cunliffe 増田がどうやって「真実に目覚めた」ミソジニネトウヨにクラスチェンジしたのかちょっと知りたい気がする。まあどうせ白饅頭あたりのろくでもないテキスト摂取したせいだとは思うんだけど。
と書かれているのだけど、私は元増田にいわゆる「ネトウヨ」的な排外・排他的愛国主義やその攻撃性を感じませんでした。Cunliffeさんはどこにネトウヨ的な要素を感じ取ったのでしょうか?
純粋に疑問です。
分かるなー。
流言飛語をまるっと盲信するネトウヨやオルトライトが、低脳なんてことは百も承知なんだよな。
もちろん自分自身がそうなろうとは思わないし、実名顔出しでそれらへの支持を表明するなんてとんでもない話だ。
でも、あいつらの何から何まで間違ってるのに、自信に満ち溢れた一挙手一投足を見ると、ついつい心が躍ってしまう。
リベラルが歯の浮くような偽善と欺瞞で塗り固めて築き上げた砂上の楼閣が、粗野で稚拙な連中が繰り出してくる
身も蓋もない差別的な本音や、穴だらけの破綻したロジックの力技でガシガシ突き崩されていくのがたまらんのよ。
俺個人としては、リベラルなエスタブリッシュメント特有の偽善・欺瞞に対する非常に強い嫌悪感が根底にあるなぁ。
綺麗に並べられた美辞麗句がちゃぶ台ごとひっくり返されるのは見ててマジで気持ちいい。ジャレッド・テイラーとか最高。
そんな俺でも、表ではリベラル猫被ってますけどね。外国人や女性には凄く優しいし、LGBT差別やセクハラ見かけたら止めるよ。
「女子をキモがらせる奴を懲らしめる」名目で男子は暴力を振るってきた。
正直こちらが反撃しても名分が立つ男子のストレートな暴力よりも
反撃することが許されない女子からの嫌がらせの方が辛かったし、
何より苦痛だったのは「女子から男子に」だったことでいじめが正当化されることだった。
実際先生に被害を訴えても、せいぜい男子の暴力行為や暴言が処罰された程度で
こちらがより深く傷つけられたのはむしろ女子からの流言飛語や言葉の暴力だったのに。
ひどく傷ついたけど、そのころは「女子を不快にさせるなら良くないよな」と無理やり自分を納得させるしかなかった。
元々女子と話すことなんてなかったけど、極力女子から距離を置くようになった。
女子を不快にさせず、また攻撃を受けないようにするにはそうするしかないと思った。
でも、それでもキモイ、キモいと悪口は絶えなかった。身に覚えのない悪評も流された。
そんな忌むべき性犯罪とも同列に並べられる。
何も悪いことなんてしていない、ただそこにいると言うだけでも。
どれだけ自己肯定感を傷つけられ、生きていくのに必要な自信を失ったか。
いつの間にか「人格が劣るから相応の扱いをしてやっている」ということにされていたのも傷ついた。
曰く、「キモいって言われてるのにキモいまま改善しないのは向上心がない、周りへの配慮がない」とか。
なんでお前らの好みに合わせないだけで嫌がらせされなきゃならなかったの、
って今だったら思えるけど、当時の俺は真に受けてしまって、
俺は性格が駄目なんだ、嫌われる人格なんだ、とすごく落ち込んだものだった。
イジメの原因だったろう脂漏性皮膚炎の薬を塗るのを見られたらキモいと笑われ盗まれた。
美容院に行ったり服を買い揃えてみたりしても、似合ってないとバカにされて。
街でクラスメートの男女グループに遭遇したら大声でバカにされたのは
自分が街に繰り出しちゃいけない存在みたいに思えて、ある意味学校でのいじめ以上に辛かったな。
目的のはずの買い物もしないまま、逃げるように家に帰ったあの気分は今でも思い出してしまう。
学校をやめて引きこもった。
電車内でやむなく隣り合ったとき、エレベーターで同乗したとき、
それでも精神科に通ううち、どうやら俺は何も悪くなくて、
自分は被害者だったのだとようやく、本当にようやく思えるようになった。
ただ、どうしても腑に落ちなかったのはなぜあの頃イジメが、
とりわけ女子の言動が咎められずあまつさえ正当化されていたのか。
(俺は当初信じられなかったが)性格の良い娘だと評判される女子もいた。
そんな人たちを平然と加害へと導くなにかがこの社会にあると考えて、
その正体が知りたくて色々調べるようになった。
そうしたら、なんとなくわかってしまった。
そんな「正しい」リベラルな概念は、もはや俺のような男の傍には存在してくれないのだと。
総じてリベラルを標榜する人たちには俺のような男はまったく視界に入っていない。
そんな彼女らに攻撃される男は悪に違いない、という決めつけが蔓延っていてそれを糾す様子もない。
要するに女性の持つ加害性について何も批判できないし省みることもない。
そして今の世の中はそんな人達によって価値観や規範を先導されている。
とりわけフェミニストと呼ばれる人たちは明確に俺の敵なのだろう。
彼女らはキモいという言葉で異性を傷つけることになんの躊躇もない。
(一部の悪質な男に対して使っているだけだなんて、俺の体験を通してみれば欺瞞でしかない)
そして女性の加害性というものに対する自省もまったくしない。あっても同性への加害に対するものばかり。
女性の社会的自立を謳うなら、女性の加害を批判し自己を律するように要求することは不可欠なはずで
実際に男性に対しては「有害な男らしさ」とやらを自省するよう求めているのに。
男性が女性から受けた被害体験を吐露すれば「男社会」という言葉を使って、
さも世の中の女性の持つ価値観には悪い部分はないかのように吹聴し、
「男社会」で起きたことだから女は何も省みなくて良いということだろうか。
現実の世の中は、男社会どころか女性が不在の場面のほうが珍しいんじゃないのか。
そして、残念なことに「自分より下」と見なした男性に加害的に振る舞う女性は相当多い。
そいうときは決まって、有無を言わさず「人格面がクズ」ということにされるのだ。
俺がなんとか鬱から抜け出して働くようになってから目の当たりにした社内イジメもそうだったし、
ネットで交流した、女性からイジメを受けた男性もほとんどがそうだった。
少なくとも、リベラルな人たちが考えている以上にこの手のケースはずっと多い。
そして周囲は彼女たちの味方をする。対象の男性がそのコミュニティを追放されるまで。
女性の加害が加害とみなされず放置され、女性は自らの加害性に無頓着であり続ける。
自分の加害を加害とも思えないなら、セクハラを繰り返す醜悪なジジイと同じ。
・・・と、そう思っていたが、最近になって納得するようになった。
女性の加害性も男性の被害も無視するのが「正しい」、そんな世の中なのだ。
なぜそんな順番が設けられているのか全くわからないが、
価値観のアップデートとやらの内容に「女性の男性に対する加害は許されない」が含まれることはないだろう。
男性が生きづらさを吐露すれば「男も辛いんだ論」などと揶揄される。
「男の辛さなんて大したことない」と断定しては世の中の言説を先導していく。
気に入らない男性に対して粗暴に振る舞い、傷つけるような言動を取り嘲笑し
それをネット上で誇示するような女性が「強い」と持て囃され共感を集める。
女性の価値観は絶対で、女性が不快と感じればその存在そのものが罪悪。
女性に承認されるか否かでその男性の人格面までジャッジできる。
俺をいじめていた女子も男子も、彼らは「正しかった」からロクに罰されなかった。
女子は不快な俺を存在自体が罪悪と見なし排斥対象のマークを付け、
生まれつき正しくないのだろう。
もう疲れてしまった。
俺はもう、女性が怖くて嫌で、人間らしく家族を営んだりはできない。
親も死に、何を生きがいにすれば良いのかわからない。
趣味もあったけど、それも女性からクレームを付けられるようなコンテンツを楽しむ「正しくない」趣味だった。
ずっと社会から排除されないよう女性を不快にさせないように近づかないようにと気をつけていたけど、
女性と世間話の一つもできないような男は社会に溶け込めるどころかどんどん社会から疎外されていった。
ただ、同じ人間として扱ってほしいというだけのことがどうしてこんなにも辛くなってしまうのだろう。
この世の中で生きていく自信がなくなってしまった。
(追記)
やはりというか、「性別関係ない」とか「女も男からいじめられる」とかそういう話になってしまうのか。
俺はあくまで「女性による男性への加害」の話をしているつもりだったのだが、
正直言って、この話を性別関係ないなんて言われても女性の加害性についての追求を
仮に男性からいじめを受けた女性が、男性の加害性の話をしているのに対して
「男性も女性からいじめられているがそれについてはどうなんだ?男女関係ないよ」なんて言われてたらどう思うか。
そういうのはどっちもどっち論だとかWhatAboutismなどと呼ばれて批判されてたはずなのだけど。
もうこういうダブルスタンダードにも、それが当然のようにリベラルな人達の間でまかり通っている状況に疲れ果ててしまった。
「お前は正義の対象外だ」とネットを覗くたび、テレビを見るたび日々突きつけられる気持ちは
リベラルとして正義を謳歌してる人たちにはわからないんだろう。
もう疲れた。楽になりたいよ。
(https://anond.hatelabo.jp/20201206212309 の続き)
父さんもいつも苦言を呈している件ですね。
そこは私も共感できる点があります。私も外で人との距離が2m以上とれるような状況ではマスクは外してます。かなりの人が、外の開かれた空間でもマスクをして歩いているのを見ると「なんでこれが常識になっちゃったんだろう…」とげんなりします。意味のない対策なら油断につながるぶん、やらないほうがマシだと思います。
そういうときにマスコミには「何が効果があって、何が意味がないのか」をちゃんと発信してくれる役割が求められるのに、テレビ見ててもフェイスシールドや次亜塩素酸水噴霧のような効果の薄い対策で予防してる感を出してるのが目に入ることがあり、嫌な気分になります。
過激化して、実効性を考えずに自粛を押しつけてくるような自粛警察は嫌ですね。もし店の営業を自粛してて資金が底をついたら、100%首が回らなくて死ぬよりは、クラスターにならない可能性も高い営業のほうを選ぶのは当然です。そこで責めるべきは店ではなくて、7兆円の予備費があるのに補償しようとしないし財政出動もしようとしない政府です。
感染発生を責めるような輩も百害あって一利なしだと思います。経路の隠蔽に繋がるのでコロナの解決を遠ざけるだけです。
ただ、そういう自粛警察のような過激な輩に取り合っててもあまり実のある話はできないと思います。
コロナに対して慎重/大胆の派閥グラデーションがあったとして、ざっくりとわけて私は慎重派、父さんは大胆派にいると思います。慎重側の過激派に自粛警察がいるのと同じように、大胆派の過激派にはコロナパーティーをやるような連中がいますが、そういう人のことを話題にしたり怒ったりしたところでなんにもならないですよね。それと同じです。
極端な人たちのことは無視して、もうちょっと実のあるところで意見を交わしたいです。
父さんは、「自粛警察が目に余る」から「コロナは煽りすぎだ」という立場を取っているんでしょうか? もしそういう心の動きがあるとしたら、それは逆張りに足を踏み入れてしまっていると思います。
恐怖を煽って注目を集める偽予言者がいる一方、逆張りも注目を集める手法のひとつです。先日のメールで貼ってくれた小浜逸郎はまさに逆張り論客の典型でした。もしあのようなデマまみれの意見にうっかり共感してしまったとしたら、それは「逆張りに心を引っ張られてしまっている」というサインだと思います。だから私は先日のメールで、「自分の歓迎したい情報かという観点で受け入れるか決めているのではないかと心配しています」と書きました。
受け入れにくい意見だとは思うけど、本当に、これは真剣に考えてほしいです。
新型コロナは未曾有のパンデミックだから、今までの人生の知識の延長や直感では見誤ることもたくさんあります。情報から耳を塞いで自分の知ってることだけで判断してたら、鰯の頭を掴んでしまいます。かといって、慎重派も大胆派も怪しい情報をもっともらしく叫んでいて、油断するとそういう情報で間違った判断をしてしまう。身を守るには、信頼できる情報源を選り分けて、検証できないような流言飛語や思い込みを排除して、慎重に自分自身の知見をアップデートしていくしかないと思います。そういうプロセスが、科学と呼ばれています。今のコロナ禍というのは、我々ひとりひとりの科学的な態度を試されている状況ではないでしょうか。
もちろん、私も自分が物事を正しく見れるとは限らないし、うっかりあやふやな知識で間違ったことを言っちゃうこともあるとは思います。でも、その不安を持っているから尚更、今述べたような「思い込みを排して、信頼できる情報源で知識をアップデートする」科学的な態度を意識しようと思ってます。
たとえばなにか知らない情報があったら、厚労省の公式情報や、出自のはっきりした感染症の専門家の言及を確かめています。西浦先生・忽那先生あたりは経歴・実績が確認できているので、彼らが言っていることならそうそう間違いはないはず。あるいはよく知らない人だとしたら、科学者として弁えた伝え方をしている人か? Twitterで他の専門家も受け入れられる反応をしているか? といったことを見ています。今回たくさん紹介したリンクも、なるべく「これなら信じてもいいだろう」と考えられるものを慎重に選びました。
父さんにも、是非そういう注意深い検証をしてほしいと思います。
もしそういう検証作業の気力が起きなかったら、言ってください。「こうなんじゃないか」と聞いてくれたら、判断に足る材料探しを手伝います。
わからないことが多い現状、リスクをどう判断するかは人によるし、私が口を挟むことではないので、そうしたいならそうすればいいと思います。ただ先程書いたとおり、今の父さんは逆張り側に振れすぎているように見えるので、判断基準は本当にそれでいいの?というのは心配です。
率直に私の考えを述べると、「知り合いの知り合いに感染者が出たら深刻に考える」というのは、「真夜中のいろは坂で、並走している車がガードレールにぶつかる音がしたらブレーキを踏み始める」と言ってるのと似たように聞こえます。第3波がどれだけ大きくなるかは世界中の誰もわからない。発症までは2週間を見ておくので、「感染者が出たら」というのは2週間後にならないと判明しない。ブレーキを踏んでから崖に飛び出すまでの制動距離に、そこまでの余裕はないんじゃないかな…というのが私の意見です。
以上です。
長いメールだけど読んでくれてありがとう。いろいろ飲み込みづらい話もしたけれど、適切な情報源をもとに考えて持った信条なら文句は言いません。思い込みではなく事実と科学的知見に基づいた判断というのは全ての基本だと思うので、そこだけはわかってもらえると嬉しいです。
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送ったメールは以上。
父からの返事までは期待しないけど、心を閉ざさず読んでくれるといいのだけれど。