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2024-06-19

anond:20240616124255

記事で、コロンブス問題サヨクめ!と散々書いて、当事者目線を強調しつつ最後野沢直子の回答で締めくくっていたら、

まさに現地の当事者目線で、ぐうの音も出ない解釈を目にすることになった。

先住民目線で語る、Mrs. Green AppleのMV「コロンブス」問題 | ユロックの母

ほらみろや、と今頃、新たに手にしたポリコレ棒で気持ちよく机をバンバン叩いているに違いないと思うと、うぐぐ、な思いはあるが、この記事はとても説得力があった。

ファクトチェック全部はできないし、3割程度は陰謀論ばりのこじつけかなぁ?という印象ではあるものの、確かにそう見える、というのは、正直、とても説得力がある。

それにしても、この当事者目線というのはとても大切だと思うし、亜希ダウニングさんの他のアメリカ先住民を取り扱った記事も大変興味深いものだった。

特に、おお、と蒙を開かれたのは、感謝祭に関するアメリカ先住民視点

【感謝祭の本当の起源】ネイティブアメリカンの悲しい真実の物語とは | ユロックの母

これは考えるヒントがたくさん詰まっている記事だと思った。

ただ、これもコロンブス記事同様、3割程度はエイヤと断定してしまっている部分が少なからず見受けられ、必ずしもファクト確認できない感じではあった。

(例えば、1637年のピクォート虐殺=John Winthropマサチューセッツ植民地知事による征服祝いが感謝祭起源である、と同氏は断定しているが、アメリカ先住民よりのメディア検索しても「このピクォート族の虐殺土地を奪ったことを讃える1637年の宴が最初感謝祭であると、後に公式に決定」とまで断定しているものは見つけることはできなかった。もっと保守派よりのファクトチェックサイトでは、1637年の征服を祝福、感謝したのが感謝祭の発端とする説に「事実無根だ!」と、それこそむきになって根拠なく反論しているのもみつけたので、右派にとって、痛いところを突かれれているのだろうとは思う)

そういう面はあるものの、テーマ自体が非常に興味深い。

というのは、感謝祭という、入植したアメリカ人の原点ともいえる巡礼始祖の心温まるエピソードで、かつ「アメリカ人」というネイションとしてのアイデンティティ形成にも寄与してきた感謝祭、そして現代では商業的にもブラックフライデーなど非常に重要感謝祭が、実はアメリカ先住民視点からみると、自分たち虐殺されてきた血塗られた歴史の一コマだったというのは、ポリコレ的にどう扱うんだろうと。アメリカ先住民立場としては、感謝祭の日は喪に服す日だとして、負の歴史直視するよう求める主張も行われている、という。

これは、ポッと出てきたアニメMVなどのコンテンツと違って、ポリコレ的にあかんから、といって引っ込めるわけにはいかない。

感謝祭はそれほどまでにアメリカ文化経済社会に深く浸透している。巡礼始祖の思いというのはある意味合衆国憲法起草にも関わってくるものなので、巡礼始祖の神話をその一部であれ、修正する、というのは容易なことではない。いかキャンセルカルチャー全盛の昨今といえども、感謝祭、裏側からみれば虐殺歴史、というところに目をつぶり続ける時代はしばらくは続くだろうと思う。

からアメリカ先住民としては、感謝祭やめろ、とまではいえないが、少なくとも私たちは喪に服すよ、ということをアピールする、というところなのだろう。

問題は、自分たちアイデンティティ形成に欠かせないものキャンセルできるのかというテーマだ。

そもそも植民地主義の反省というのがアメリカのみならず、ヨーロッパ社会でもなかなか直視されないのは、それが自分たちアイデンティティに組み込まれいるからだというのは、例えばフランス植民地主義を振り返るとわかる。

例のコロンブスMVでは、類人猿音楽を教えたり文字を教えたりする場面があるが、ダウニングさん的にはネイティブアメリカン歴史最初に思い浮かぶのだろうけれども、俺はどちらかというと、未開な社会文明化する、というテーマはむしろフランス植民地政策どんぴしゃりなイメージだったりする。前記事でそんなことを書くと、そういうお前も知識ひけらかし野郎だろが、といわれるので書かなかったが。

ひとつ前の記事永井陽右氏の言葉を引いて、「外付けされた人権」という安易さを戒めるようなことを書いたんだが、外付けの元祖は実はフランス革命だ。

人権の出発点のひとつともいえるフランス革命では、当時、海を隔てたイギリスからこの革命の様子をみていたエドモンド・バークは、革命で掲げられたフランス人の新しい概念について、外付けはおろか、「発明されたもの」とまでいっている。褒めているのではない。「発明された概念」のもと、フランス革命では、反革命派が次々と断罪されている様をみたエンモンドバークは、なんでも進歩的ものが素晴らしいわけではないし、なんでも理性的判断できる、偏見を解消できると考えちゃう傾向はヤべえと考えた。

偏見なんてなくならないんだから偏見をなくそうという発想をやめて、伝統文化と結びついた自分たち偏見を生かした社会を目指すべきだ、という考えを進めた。

まり、「伝統的な価値観のなかでは自己実現できないひとがいる」一方で、伝統的な文化価値観自己実現をしたいひとだっているってことだよ。

進歩的価値観に基づいて偏見を解消しようすると、社会のどこかで肩身の狭い思いをする人が出てくる。それをかつて中島みゆきは「世情」という歌のなかで、

学生運動シュプレヒコールの情景をみながら、「世の中はいつも変わっていくから頑固者だけが悲しい思いをする」とうたった(哀しい思いをするのは学生たちに打倒される守旧派側でもあり、衰退する運動にしがみつく左翼くずれの末路でもある。あ、俺の解釈ね)。20代の頃の中島みゆき、すごいぜ。

エドモンド・バークに戻ると、彼はいわゆる、保守主義元祖みたいに言われることが多いが、フランス革命による激しいポリコレビビったというのがそもそもの出発点なのだ

教養なんて外付けだろうってブコメに★がたくさんついているが、エドモンド・バーク見方は、そういうことを少し考えるヒントになったりしないかね。

もうひとつ興味深いのは、フランス人権歴史は、実は植民地主義と深く関わっている、ということだ。

フランス革命後、自ら編み出した自由博愛平等という「人権」という概念をより普遍的価値に高めるために、文明化の推進という旗印のもと、未開社会の啓もうにいそしんだのがフランス植民地主義の大きな側面だからだ。特にフランス語の普及は博愛精神の名のもとに、当時フランス支配下においていたアフリカ地域で推進された。確か、昔読んだ本で手元になく記憶あいまいだが、当時の知識ヴィクトル・ユゴー奴隷制に反対しつつも、フランス語の普及にはむしろ賛同していた、と聞いたことがある。ユゴーではなくジャン・ピエールだったかもしれないが。いずれにしても当時の一級の知識人が植民地におけるフランス語推進の旗手だった。

こうしてユニバーサリズムの名のもとに、フランス人の精神普遍化を推し進めた、というダイナミズムがあったこと、そして、隣国保守知識からフランス革命のその後の経過は「発明された概念」による野蛮なポリコレとして映じていたりしていたことは、「人権普遍的もの」として習ってきた学生が、次のステップとして教養として知っておいてもいいことだと思っている。

人権の普及と植民地支配が地続きであるというのは、フランス社会での植民地支配への反省の足かせになってきただろう。それは博愛友愛ポリコレ的に言い換えても同じことだと思える。

これはある意味で、感謝祭国民意識の醸成に関わってきたことと、その負の側面を直視しにくいアメリカの状況と、状況は異なるが、抱えている課題共通する。

昨今のコロンブスMV叩きについて、得体の知れない違和感を覚えるひとは、俺も含めてなんだが、恐らくどちらかというと、人権普遍化のプロセス進歩主義)と植民地主義が一心同体というところに気持ちの悪い類似性をうすうす見出せるのではないかと思う。エドモンド・バークほどはっきりと「人権よりむしろ偏見のほうが大事!」と180度振り切るまではいかなくとも、正しさのもつ禍々しさを何か表現できないかというモヤモヤがあるはずだ。

自らの存立基盤をポリコレ的に正す究極が革命というものだとすれば、それに対する警戒感というのは埋もれてはならないものだと思う。

そういうモヤモヤは大切にしてほしいし、アメリカ先住民立場からみたらやっぱり、という記事を見つけたとしても、そこまで確信をもって解釈できなかったし、寄り添えない、という部分は残しておきたいと思う。それに対して「貴様アメリカ先住民の心情をないがしろにする気か」という反応は、ある意味表現自由の乏しかった80年前の戦時中に、「兵隊さんご苦労さん」といって国民を一斉に同調させたダイナミズムとよく似てくる。大東亜共栄圏思想は、欧米帝国主義アジア諸国文化経済搾取し、独立を妨げているという考えから出発している。何が正しいかについて翌々考えず、適当ポリコレ棒を拾って叩いていると知らず知らずのうちに、みなが操られた正義に踊らされてしまうというのは危機感としてもっていい。

記事感謝祭トリビアは、そういう意味で、考えるヒントがけっこう詰まっていると思った。

2024-06-18

anond:20240618221543

途中で切れた。長いと切れるんだな。知らなかった。

・総括

概観してみると、今の私を状態説明する要点は、下記のようなものであると考えられる。

特性を持って生まれ子どもが、いわゆる体育会系世界に入れられ、なまじ才能があったがために、支援必要特性について見過ごされたまま、強いストレスを肉体と精神の両方に受けることになったこと。

また、発達特性が仇となり、ストレスを軽減するための人間関係を作れず孤立したこと

これらの要因により精神的な限界に達した時、受けた負荷が強いパニックの形で噴出してしまい、結局はそれが水泳挫折する原因になったということ。

その後も必要ケアが十分には受けられなかったこと。

また、子ども当人(つまり、私)が、その負荷をむやみに強いられたと感じ、母親への不信を深め、その感情に向き合って修復する機会がないまま、成人後に関係破綻させてしまたこと。

そして、これらの感情的な傷付きに至る経緯とは別に特性について適切なケアトレーニングを受ける機会を得られなかったこと。

これらのことが、社会に出てから仕事への意欲が薄いこと、将来への展望を描けないこと、社交場面における不安などに影響し、また自分特性を扱う上での経験不足がストレスによる不眠、日中の眠気などに繋がり、上記不安拍車をかける結果となった可能性はあるのではないか、と私は思う。

そして、冒頭の「あなた言葉感情説明しない」という指摘もまた、やはり『嫌だ』『つらい』という訴えを繰り返し退けられ練習強要された経験から自分のつらさを他人に訴えてケアしてもらうことを諦めてしまい、直視せずに蓋をすることが常態化している精神状態にある、そのために精神的な問題を抱え込みやすくなっている、と説明できるかもしれない。

また、休職前に孤立無援と感じられる状況にふたたび置かれたことで、水泳パニックを起こしたときのように、強いパニックをおそらくまた起こし(あいまいな書き方なのはあんまり覚えていないので)会社に行くことができなくなっている。

これが当時のトラウマのいわゆる『再演』にあたる可能性はあるかな、と少し思う。

とはいえである

両親は私を愛しすぎるほど愛してくれており(少し連絡が取れないだけで着信を100件超えて入れるのが常態化していた程度には)、特に金銭の面では一般的な親の倍以上に私に支援をしてくれたことは事実である

上記事実をもって、私をまだ幸運なほうと思う人もいるだろうし、就活のくだりなんか、特に甘ったれていると思う人間も多いだろう。

ただ、3歳〜16歳ごろの人格形成期+思春期に、チームメイト精神的にまったく連帯できない状態スパルタ式の暴力的な教練を日がな毎日受けるという負荷は、おそらく定型発達の人間でも耐えられる人は限られるのではないか、という気もする。

そういう負荷に発達特性のある子どもが挑む場合には、おそらく精神的なケア定型発達の子ども以上に必要重要なことだったのだろうと思われる。

私がそういう子どもであったことが親の不運で、特性由来のストレスに対する適切なケア社会トレーニングの機会が得られなかったことが私の不運である

正直なところ。

母は小学校高学年くらいの段階で、私を発達障害者だと疑ってはいた。ネットの普及し始めた当時、私の持つASD的な特性の一部分はアスペルガーと呼ばれていたが、そのことについて母が情報収集していたことを覚えている。

しかしそれは、障害を受容した上で、適切な支援に繋げるという結果にはならなかった。

ちょうどそのくらいの時期に平成不況がやってきたのだ。私の特性を考え、進学先に私立中学を視野に入れていた母の計画は、完全にそれどころではなくなってしまった。父の会社にもリストラの波がやってきたのだ。

タイミングの悪いことに、私が水泳の過度のストレスからチックに陥った時、ちょうど母は不況への恐れからパートを始めたばかりの頃だった。私の『病気』の原因について、母は周囲からの責めを一人で負うしかなかった。父の両親との二世帯同居の家で、専業主婦の母は孤立した養育者だった。

結論から言うと父はリストラを免れ、我が家経済危機回避されたのだが、その頃には私の私立進学計画はとっくに頓挫していた。母が「結果で黙らせなさい」と言うようなことを口にし始めたのも、この頃だったかもしれない。

父親はというと、やはり私の親で発達的な特性が強く、自分の興味のあることしかやりたがらないタイプだった。養育者として、社会的な範を示すとか、発達的な特性とどう付き合っていくかとか、そうした問題についてまったく頼りになる人ではなかった。

悪い人ではない。悪気のある人でもない。一流企業にまじめに勤め、高収入であり、私に関わる多額の費用を全部賄ってくれた人である。そしてそれが、おそらく自身でも困りごとをたくさん抱えていたであろう身で父にできた、私への精一杯の愛情だったろうと思う。

母もまた、母の出来ることを最大限にしてくれた。母は、思春期の私の苛烈で発達のアンバランス性格(受けていたストレスを考えると、おそらくそうなるしかなかった)に何度も振り回されて、傷付き、それでも最大限考慮した上で、「あなたは結果で黙らせなさい」と言うしかなかったのだと思う。

これは私がどう生き、どう傷つき、現在どう困っているかにまつわる記録ではあるが、同時に単に毒親から被虐待についての記録としてはなるべく書きたくはないと思っている。充分悪者に書いただろう、と思えるような筆致だったかもしれないので、ここに補足しておく。私は難しい子供で、両親は常に一方的加害者ではなく、私を支援してくれようとした。私たちはお互い感情的な対立を何度も経験し、お互いに何度も傷付き、それを乗り越えてきた。その過程でいくつか間違いがあり、一度関係破綻してしまったが、それでもまだ、この先に和解可能性がないわけではない。

それぞれの人間がそれぞれに苦しんだ結果、私の今日につながっているのである

・これから

これを書いているいま、これからどうなるのか私にはわからない。これらの生い立ちから私が受けた傷を癒せるかもしれないし、そうではないかもしれない。困りごとを軽減してなんとか社会で上手くやっていけるかもしれないし、どうにもならないかもしれない。

ただ、良くなってほしいという希望を持って先生たちは治療に当たってくれているし、希望は捨てるべきではない。そう思うので自分恥部を曝け出す覚悟でこれを書いた。一種の『底尽き』を気力で前に持ってきた、というやつかもしれない。

ただ、強いトラウマを抱えた発達障害当事者予後は正直あんまり良くなさそうだなぁ、とは、当事者たちの声をインターネットで拾ってみて思わなくもない。

・これからどうしたい?

社会復帰がどうなるにせよ、実家にだけは帰りたくない。

ただ、復帰できないとこれが現実に起こりうることが現状最大の懸念である

プリントアウトして病院池添謙一

当然、持っていく予定である

プラダリアの取捨だれかおせーて。

カウンセリング先生も「感情説明しない」と言っただけで、そこまでドバーッといきなり半生にまつわる自己開示が出てくると思ってないんじゃない?

それはそう。

カウンセリングにはこの記録を持っていこうとは思うが、どの程度まで自己開示すべきなのか、いまが適切なタイミングなのか、そのあたりをきちんと確認しながらやっていこうと思う。

少なくとも、これを書き下せたことで、私の中では問題解決へ向けて、整理と準備がついたと思っている。

・おまえが誰かわかった

べつにわかってもいっかと思って書いている。とくに失うものはない。

何かしらの連絡手段で私とつながっていて、内容でなんとなく察した人は、「もしかしてこれお前?読んだよ」とメッセージくれると嬉しいよ。困窮者だ!金ヅルにしよう!と思って寄ってこられるとちょっと悲しい。というか休職人間に金はない。

やあ。まだ生きていますよ、私。あなたはどう?

・本当のトラウマもっと混沌としたもので、こんなに整然と説明できるものではないのでは。ストーリーをがっつり作りこんで、無意識に本当に触れられたくないことから逃げている可能性はないか

自分言語理解比較的高い特性を持っているので、書くことによって自分をメスで捌くように腑分けして、人前に晒すという自傷行動に割と慣れているし、やはり言葉によって自分説明できるとなんとなく落ち着くタイプである。その助けもあってなんとか書き切れたが、それでも書き切るのにかなり涙を流したので、この記録には多大な精神的労力を必要とした。文字通り血を流しながら書いたと言っていい。

その上で、超フラットに、予断を挟まず言えば、その可能性はないとは言えない。私のような人間レトリックを使うのがうまい。そのレトリックの中にいつでも逃げ場を作り出せてしまうので、「可能性がない」と言い切るのはフェアではない。自分でも気づいていない可能性がある。

発達障害水泳平成不況リーマンショック、30代

・これは何か

私の半生を占める水泳と、それがその後の人生に及ぼした影響について整理するために書いた記録である

なお、当時は強いストレス下に置かれていたため、詳細を思い出せなくてぼんやりしている部分もある。

・なぜこれを書いているか

私は現在休職状態にあり、ADHDの診断を受けたところである

精神科に通いつつ、投薬とカウンセリング治療をおこなっている。

そしてカウンセリングを受けつつある今、自分がいまこうなっていることの底にはあまりに苦しかった水泳記憶があり、それを直視することは避けては通れない道ではないかと思ったからだ。

(先生に直接「直視しろ」と言われたわけではない。ただ、「あなた言葉あなた感情をひとことも説明しませんでしたね」、と言われ、その原因を自分で考えていたら、勝手にそこに行き着いたという話である)

正直に言えばそこに目を向けるのはめちゃくちゃ嫌で、前回のカウンセリングを受けてから2週間くらいメソメソメソメソメスティーソ泣いていたのだが、友達と遊んで少し息抜きをしたらちょっとした気づきと癒やしがあり、なんとか気力を振り絞れそうなので書いてみた。

水泳のこと

3歳から高校2年まで水泳をやっていた。

早いうちに才能を見出され、小学校1年か2年くらいでヘッドハンティングのような形で選手育成クラスに移った。

当時、肉体にすごく負荷を掛ける練習方法流行っていた時代だったから、シンプルに肉体的につらかった。スパルタが主流で、体罰は当たり前だった。

楽をしようものならコーチにも怒鳴られ叩かれ全員の前で吊し上げられた。そこまでは周りのみんなと条件は変わらないのだが、私の場合母親ほとんど毎日練習を見にきていて(それほどに熱心な親は他にはいなかった)、仮にコーチに怒られなくても、母親の目から見て私のパフォーマンスが悪ければ、そのことを帰りの車の中で詰められる日々だった。

行き帰りは車で母親に送迎してもらっていたが、車の助手席に乗り込むと母親の「今日練習について」の裁判が始まるので、毎日まるで犯罪を犯して法廷に立たされるみたいだった。キツい負荷の練習をこなしてやっと家に帰れるのに、すこしも安らいだ気分になれなかった。

でも、私は無理にでもやらせればやらせただけ、負荷をかければかけただけ、結果が出せてしまタイプ人間だった。

父親も叔母もスポーツ学生時代成功した経験があって、家系としても肉体的に優秀だったのだと思う。

それが母親成功体験になってしまい、尻を叩けば叩いただけ結果が出るという思い込みを強化したふしがおそらくあるんじゃないかと思う。

長期休みに入るたび、朝夕2回の練習では足りないと別のプールに連れて行かれ泳がされた。この習慣は我が家では「こそ練」と呼ばれていた。

ただでさえキツい練習をしてるので嫌だったが、嫌がれば母親から「速くなりたくないの?」と頷くまで詰められる。

こうやって追い込めば追い込むほど結果が出たので、母はどんどんエスカレートしていった。

極め付けはようやく出来始めた友人関係破壊されたことだった。

中学に上がると、小学生選手育成クラスから中学クラスに上がって、ここがジュニア女子選手としては一番上のクラスだった。その上に、高校生の男子さらにその上澄みだけが入る、一番練習ハードクラスがあった。

いま振り返ってみると、私はかなり発達障害的な特性のはっきり出た子どもであり、周りと関わるのがかなり下手だった。だから、キツい練習を何年も毎日一緒にこなしてきたというのにチームメイト連帯感を育めなくて、ずっと浮いていた。浮いているのに才能だけあったから、周りからすると目障りな子どもだっただろうと思う。選手育成クラスというだけあってそこそこ実力主義ではあるので、幸運にもいじめられこそしなかったが(あるいは特性上あまり他人に興味がなく嫌がらせに鈍感だっただけかもしれない)、やっぱり浮いていた。私は人生を通してずっと普通になりたい、と漠然と願ってきたが、その願いはこういう環境のなかで醸成されてきたように思う。

(ちなみに、当時どのくらい浮いていたかというと、なんか男子たちが私に話しかけるのを何かの罰ゲーム一種として扱っているな、と気づいたことがある程度には浮いていた)

けれど、ここで話の合う友達ができたことで、この一瞬だけ練習に行くのが楽しかった時期があった。

私はもともと才能があったので、中学生のクラスを受け持っていたコーチにも期待されていたし、たくさん話を聞いてもらえて、私自身もコーチのことを頼れる大人だと思っていたし、期待に応えたいと思っていた。信頼関係を築ける大人との出会いがここであった。だから、このクラスちゃんと私の記録は伸びていた。

だけど母はその伸びでは満足できなかった。

母にはいわゆる白雪姫の母コンプレックスみたいなものがあって、私が楽しそうにしていると不安になる性質だった。不安を感じやすく、その解消のために誰をどれだけ振り回しても良いと考える傾向があった。

私が楽しんで練習に行き始めた時、母は不満だった。私が苦しんでいないから、きっと負荷が足りないのだと考え、「娘の才能が無駄に消費されている!」と強く不安を感じたのだろうと思う。これでは速くなれない、と母は考えた。

そして、「上のクラスに上がりたいと言いなさい」と母は私に強要した。

私はかなり嫌がった。もともとジュニア女子が入れる中で一番上のクラスではあったし、せっかく話の合う友達ができたのに、その子たちと話せなくなってしまうことも嫌だった。先生の期待を裏切ってしまうことにもなる。すごく抵抗があったことは覚えている。

母は私に、「あん肥溜めみたいなクラスにいたら、あなたダメになってしまう」と言った。

嫌だった。泣いて抵抗した気がする。あまり覚えていない。でも、最終的には「上がりたい」と言わされた。コーチはショックを受けていたと思う。でも最終的には上のクラスコーチに頼んでくれて、私の(母の)要求は通った。

中学1年の女子高校生の男子クラスに入れられて泳ぐことになった。毎日階段をまともに降りられないくらいの筋肉痛になった。まわりはひと回り年の違う高校生の男子しかいないので、友達と話せる機会は減った。肉体の負荷は上がるのに、心の支えは何もなくなり、ただ苦しかったしつらかった。

私が苦しんだので、母の不安は解消された。

そして、精神とはうらはらに、私の肉体はそれに応えた。

実際に大幅に記録が伸びた。一緒に泳いでいた高校生の男子より私は上のタイムを叩き出し、彼らにもよく頑張ったと認められた。中2のころにはジュニアオリンピックで決勝に残り、関東中学で優勝し、全国でも10本の指には入った。国体にも県代表で選出された。県で私より速い選手はいなくて、私がベストを出せばその度に大会新記録、県の新記録だった。母はこのことについて、自分が尻を叩かなければ結果が出せなかったはずなので、自分の手柄だと考えた。

注意して欲しいのは、これらの成果を私自身もまた喜んでいたこである。才能や能力があると見做されることは、特性持ちの人間にとっては他人から受けるマイナス感情を弾く盾にもなる。母の手柄は、私を絞り上げ、苦しめて作り上げられたものであるが、同時に私を守るものでもあった。

あなたは結果で他人を黙らせなさい」というのが、母の持論だった。母は私のために、心を鬼にして私を苦しめていたはずである。叩けば結果が出ることがわかっていたのだから

この頃から試合合宿遠征先に行くと、夜中にこっそり抜け出して、当て所もなく歩き回るようになった。特に裏道や暗い道を選んで歩いた。いま考えると、間接的な自傷だったと思う。酷い目に遭いたかった。私という価値が一気になくなってしまうくらい、誰かに酷い目に遭わされたかった。母が守る『私』という価値と、それに伴う苦しみが分かちがたく結びついていたために、母の目の届かないところで地味な自傷行為に走っていたのだと思う。

体に傷を残すようなことはできなかった。そんなことをした日に母を襲う衝撃と、その衝撃の余波を受ける自分のことを考えたら、とてもではないが無理だった。

しかし、こういう無理は続かないものである。ほどなくして精神的に破綻して、泳げなくなった。中3の秋ごろだったように思う。喘息悪化させ、負荷のキツい練習から逃げ、最後は何か喚き散らして家に帰り、そこからしばらく練習に行けなくなったように思う。詳細は覚えていない。

だけど、そこで辞めるには水泳は私の人生で大き過ぎた。人生の大半を占める一大事業に等しかった。だからそこから高校2年の夏まで、通うスクールを変えて足掻きブランクを取り戻し、記録は少し伸びたし、インターハイにも出た。

ただ、大学受験に切り替えるならこの辺りがタイムリミットだった。結局、わたしはここで引退して受験に切り替えた。水泳のために自分学力よりかなり下の高校に行ったので、辞めてから予備校漬けになった。

受験勉強は圧倒的に楽だった。体の負荷も消えたし、学業自分特性から見ても結果の出しやすい分野だった。あまりにも結果が出やすくて、母も不安にはならなかった。躓きや苦しみも多少はあったが、水泳で受けたそれとは比べ物にならなかった。この時期、私と家族はかなり明るく過ごした。

大学には簡単合格した。願書を出した大学ほぼ全てに受かった。

とにかく家を出たかったので、その名目が立つ大学を選び進学した。

ここから水泳を辞めた後の話に入る。

友達が作れない、学業に身が入らない問題が出る大学1年目

ひとり暮らしをはじめて、やっと手に入れた自由を楽しんだ。でも1年目、ぜんぜん他人との関わり方がわからず、友達が作れなかった。小中高と水泳にかまけていて、相変わらず発達特性的な部分で学校でも浮いていたし、そもそも自分偏差値より随分下の学校に行った(水泳にはリレーメンバーの都合がある)ため、頭の程度が均されている環境でほかの人間と接して友達になる機会がまったくなかったのだ。県大会で何度も優勝し、実家に腐るほどトロフィーがあっても、友達の作り方がわからなかった。この時点で、私の能力は社交性に比して随分歪だったと言えると思う。

ひたすら学校と家を行き来して、家ではゲームばかりやっていた。

1年の後半の方になってようやく所謂オタクサークルに入って、対人能力に似たような問題を抱えた人たちに出会い、それでやっと少し友達ができた。ここから就職活動が始まるまでは、楽しく過ごせていたと思う。彼氏もできた。

とはいえ、あまり成績は良くなかった。勉強したいと思って進学したはずなのに勉強に向かう気力が湧かなかった。どころか、水泳を辞めたことが傷になっていて、「どうせ最後には全部台無しにする、水泳だってあれほどつらい思いをして人生を捧げてきたのにそうやってダメにした」と囁く声が頭から離れなくて、あまり集中できなかった。

漠然と、卒業したら死のうかな、と思っていた。

就活ができない問題が出る大学3年生

学業もそんな感じだったので、いざ3年になってもぜんぜん就職活動を進められなかった。というか授業もギリギリラインだった。

振り返ると、つらい思いをして思春期を生き延びた先に、ようやく手に入れたご褒美としての『自由』がたった4年で終わることに全然納得が行っていなかったんだという気がする。他の人たちは将来を考える精神の準備ができていたのに、私には何もできていなかった。こんな人生の先に、また何十年も続く苦痛が待っていると思って、絶望感があった。

就職留年

このあたりのことはぼんやりしているが、就職活動が出来なさすぎて就職留年した。ちょうどリーマンショック東日本大震災の影響があった時期で、特に女子就活は周りを見渡しても厳しかった。なので就職留年という言い訳は通った。

でも、留年したのに就活全然ちゃんとできていなくて、とうとう親が乗り込んできた。希望する企業の傾向は決まっていたので、母親マイナビリクナビエントリーする企業を選んでくれて、エントリーシートや履歴書に書く志望動機などの文章としてこちらで考えたら、それを母が手書きで代筆してくれたりして、こんな大学生はおそらく他にいないなと思うほど過剰にサポートしてもらった結果、なんとか書類選考が通るようになり、面接を受けたりと就職活動らしいものを進めることができた。

面接が苦手すぎて苦戦はしたが、なんとか内定をもらった。たた、周りがちゃんとこなせていることも自分にはろくすっぽできないとわかって情けなかった。

卒論が出せなくて2度目の留年

このあたりもぼんやりしている。夏くらいに内定が決まって、そこからしか全然ゼミに行かなかった。いや、たぶん特性的に並行してふたつのことができないので、就活中はゼミにも授業にも行けていなかった気がする。内定が決まった後、バイトしろと言われてしていて、必要な授業の出席とバイトくらいはしていたが、ゼミに出てないので卒論が当たり前に書けなかった。英米文学専攻なので卒論英語で書く必要があった。ぼんやり決めたテーマがあるくらいしかなくて、そのまま冬になった。ちょっと書こうとしたけれど当たり前に書けなくて、でもそれを就活を熱心にサポートしてくれた親には言えなくて、卒論提出の日に失踪した。1〜2週間家に戻らず、銀行口座の金が尽きたら死のうかなくらいの気持ちでいた。漠然と死のうと思っていたし、その時が来たのかと思っていた。

結局親に口座の金を引き上げられて、無様にも死ねずに戻った。怒られ、殴られ、彼氏にも心配をかけまくり、色々あったとは思うのだが、この辺りの記憶ぼんやりしている。

ひとり暮らしの家を引き払い、実家カンヅメになって母親監視のもと卒論を書いた。足りない単位のための授業とバイト以外の外出はさせないくらいの感じだったと思う。

ひとり暮らしの家を引き払った時、この時も家がゴミ屋敷になっていたので、ゲーム依存病気だと親に疑われたが、ゲームは単なる逃避行動で、やれない環境であればあっさり辞められた。振り返ってみれば、何らかの支援の網に引っ掛かっておくタイミングがここだったような気がする。ただ、スポーツで結果を出し、世間的には良い大学に行ったような人間が、ゲーム依存なんかで病院に罹るのは外聞が悪い、という意識がなんとなく家族全員にあったのか、結局ここでは必要だったであろう支援とつながることはできなかった。

この環境でなんとか卒論を書いて卒業した。就職は結局バイト先に拾ってもらうかたちになった。

新社会人として

もう一度実家を出てひとり暮らしをはじめた。

働き始めるととにかく眠かった。ひたすら眠かったことを覚えている。仕事でも会議でも寝てしまい、怒られて、怒られたあとは体が一時的闘争反応というか覚醒状態になるので、それで過集中を起こし仕事を進めてなんとか巻き返す、みたいな感じだったと思う。昼に寝てしまうので夜は眠れなかった。その悪循環で昼にまた意識を失った。

本当は病院に行くべきだったと思うが、家に帰るとその気力もなかった。家の電球が切れて、ほとんど暗闇だったのにも関わらずその家を引っ越すまで電球を変えられなかった。1年以上真っ暗闇で生活した。歯が折れて激痛でも病院に行けなかった。ぎっくり腰でも行かなかった。ゴミ屋敷はここでも生産された。

この時期私は相当な困難を抱えていた気がするけれど、同時にどこか安心しているような部分があった。自分価値がこうやって毀損されていくことに対する「ざまーみろ」という気持ちがあった。ちょうどこの頃、母親と完全に連絡を遮断して、実家と絶縁状態になった。直接のきっかけはなんだったか覚えていない。ただ、自分価値ボロボロと溢れ落ち、人生ダメになっていくことについて、母親への不健全復讐欲求が満たされるように感じていたのは覚えている。

この状態を5年くらい続けて、3つくらいの現場経験した。就職先は人売りのSESだった。

コロナ禍でリモートワークが開始する

これは自分にとって大きな転換点だった。寝ているところを他人に見られないのでストレスが大幅に減り、なんとか自分が起きていられる時間帯に仕事を進め、眠りたい時は寝ていることができた。とても褒められた就業態度とは言えないが、それほど能力的なハードルが高い客先でなかった幸運もあって、なんとか巻き返しが効いた。この時期が一番平穏だったように思う。この現場自分にとって一番長く続いたし、終わり方も案件ごと終了ということで円満だった。

この現場が4年くらいで終わり、本社に戻ることになる。

本社に戻る。眠気の問題ふたたび

リモートワークが終わり片道40分くらいの通勤生活が数年ぶりにスタートする。10年近く戻っていなかった本社に知った顔はほとんどなく、コミュニケーションが得意そうな子たちの若い顔が並ぶ。すでにこの時点でうまくやっていけるか不安ではあった。

自社開発の案件アサインされるも、やはり眠気の問題が復活し、怒られる。仕事客先常駐とは違い、粒度の粗い仕事を上手いことやっておいてというような感じで振られるため、勝手全然からず、先の見通しが立たない。作業をうまくこなせず、進捗が出せない。学歴スポーツの成績だけ見れば能力はあるはずだと思われているので、サボっていると見做される。寝てるよね?なんでコミット全然出ないの?

年次だけは無駄に高いので直属の上司もおらず、まともな相談先もなく、周りの子たちは若くてこんなことを相談できる相手ではなく、結果誰にもうまく頼れずにひたすら信頼を失い続け、頼みの綱だった週1回のリモートワークも許可を取り消される。

社長から新卒みたいなことを注意させないでくれる?」と言われる。怒られて、闘争反応になった勢いで、なんとかメンタルクリニックの予約を取った。

そうやって通院治療を開始したのが、2023年10月ごろ。

日中の眠気、夜の不眠、集中困難、ゴミ屋敷などの問題が主訴。

これらの問題は通院治療を開始したところでたちどころに解消するようなものでもないので、年末年始休みを挟んだ後、ボツボツ休みが増え、雪崩れ込むように職場に行けなくなって休職開始。

心理検査(WAIS-Ⅳ)の結果、言語理解ワーキングメモリ・処理速度の間で有意差50を超えた。言語理解・知覚推理凸、ワーキングメモリ・処理速度凹のタイプだった。

この結果と、現在社会生活が送れていない実態をもって、5月ごろにADHDと診断された。

現在は、投薬治療カウンセリングを受けている。

・総括

概観してみると、今の私を状態説明する要点は、下記のようなものであると考えられる。

特性を持って生まれ子どもが、いわゆる体育会系世界に入れられ、なまじ才能があったがために、支援 Permalink | 記事への反応(21) | 22:15

夫婦別姓あんま進まないのって

もしかして自民党支持基盤って

わりかし公益財団法人全日本仏教会とか日本仏教はまるっと全部自民党支持って感じするので

夫婦別姓になったらみんな墓とか檀家かめんどくさくてやめちゃいそうだし収入なくなっちゃうから

そういうののロビー活動で後回しになってるんじゃないかって思ってる。

まあ仏教関係者日本国民の何%かはしらんけど

彼らも生活があるので突然そうなったら困るし

今、準備期間なのかなとか。

そうやって徐々に業界をしぼめてくのペット業界とかもそうだし、

行政は急に法律でガッてやる前に、それで食いはぐれそうな人たちが他の職とか活路を探す猶予期間を作ったりすんのかなって。

かにそれで法律ができたばっかりに失業者が大量に出るの困るし。

から問題にはなってるしやってますよっていうテイではいるけどアナウンスだけでゆっくりなのかなとか。

別に夫婦別姓にならなくても人は死なないし、そしたらそれで煽りを食らう当事者生活のほうが優先だよなとか。しらんけど。

2024-06-17

結婚も子を作る気も無い連中への少子化対策する合理性は皆無

https://www.nhk.or.jp/minplus/0121/topic101.html

こう言う記事あるけどさ。。最初に「地方女子プロジェクト」なる偏った思想の連中から話を聴いて煽るのやめない?

そんなのより、地元暮らしたいけど就職先がないとか、働く場所が無い人たちに力を入れようよ。

ノイジーマイノリティに踊ったプロパガンダ記事やめろ

取材を受けた人々がノイジーマイノリティであること、これは本人も認めていて、記事にはこうある。(強調は増田による)

地方から女性が出ていってそれが人口減につながっている、みたいな課題を見たときに、投げかけられているのは『地元に戻って子どもを産め』ということなかなみたいな。
そういう圧みたいな、あおりみたいなものに感じ、地方女性にとって生きづらい場所になっているのではないかという疑問があって。

でも報道とかレポートとかを見ていても、そこに当事者である女性の声が全くない。私たちの思いは統計数字になっていない感じがするので、それを示したいです」

正直NHKよくこんなもんで記事にしたなと思う。

個人の感想を言うのはいいよ。そりゃ大事意見だ。だけどそれがまるで主流か何かの様に報道するのって何がしたいわけ?

悪質なプロパガンダじゃん。

私たちの思いが統計数字になってない」のは、あなた方が「当事者である女性」を代表できるような存在ではないからであって、主語を「女性」ではなくて「私」に置いて活動しろと。

典型的ノイジーマイノリティではないか

自分たちが主流だと主張するならちゃん統計とってこい。話はそれからだろ?


彼女らはは田舎を捨てて外にでること、外に出たら結婚もせず子どもも作らないことを決めてるわけだよ。

それは別に悪い事じゃないよ?好きにすりゃいいのよ。好きに生きたらいいのよ。そんな人たちが作ってきた文化世界は間違い無くあるから悪くはない。

繰り返すが好きにしろ。好きにしろ


でも、こいつら主流派じゃないでしょ。典型的ノイジーマイノリティ

たぶん彼女たちに少子化問題予算はもちろん、人口減少対策の金をつぎ込んだって何にも起こりゃしないよ。コスパ悪すぎ。

記事中でこんな意見がある

地元を離れた女性たちからは、国や自治体が行う支援結婚子育てを前提にしたもので、独身女性へのサポートが少ないのではないかという声も

逆に言おう。「独身女性」という属性だけでなぜサポートしろという話になっているのか?

例えば貧困であるとか、病気をしているとか、そういう話があるならがそちらの属性は当然社会的支援がいるだろが、そのような話が一切なく、なぜ突然字独身女性サポートするのが本来であるというような謎の概念が出てくるのか。

男女逆にして「独身男性へのサポートが少ないと言う声」なんぞNHK絶対記事にしないだろ。

取材したやつはこの記事を書いていて何の疑問も感じなかったのか?

地元志向は変わらないかより強まっている

記事への突っ込みはこれぐらいにして、ではどうしたらいいかを考える。

実は、若者地元志向というのは、ほとんど変わらないというか、徐々に増えているという事実がある。

https://www3.nhk.or.jp/news/special/news_seminar/syukatsu/syukatsu927/

取材の基になった調査の最新版はこれ

https://career-research.mynavi.jp/reserch/20230509_50051/

これを見るとわかるのだが、定量的に見ると、都会に出て就職希望する人は増えている訳ではないのだ。

では何故駄目か

それは一言仕事が無いかである

これは記事中でも一応出てくる。統計では主因なのになぜか扱いが小さいが。

東北から東京圏に移動した理由複数回答で尋ねたうえで、インタビュー調査で最も重要視する項目を順位付けしてもらったところ「やりたい仕事やりがいのある仕事地方では見つからない」ことが地方から転出した主要因だということが分かりました。

そこを改善していくことが第一

実は有効求人倍率地方就職率は緩やかな相関があって、有効求人倍率が上がると地元で暮らす人が増えるという関係にある。事実、数ではなく率という点では地元就職する人は、わずかではあるが増えているのだ。


示されている、本当は地元暮らしたい、地元家族を作っていきたい人を支援することが最優先であって、地元を捨てて出ていったノイジーマイノリティに金を流し込むことではない。どうせ連中はひとり暮らしになる高齢期にじゃぶじゃぶ社会福祉費を使うのだ。今銭を食わせる理由はない。

産む機械扱い? 誰が言ってるのかそれは。妄想じゃないのか。統計に載ってこない声とやらを発するノイジーマイノリティではない。彼女たちが極端に偏ったおかしな話をばらまいて分断を煽る事ではない。好きに生きて好きに死ね。ただ少子化人口減少対策予算はお前らには出ない。それだけ。


NHKよ。なぜこのような記事を作ってしまうのか。

いい加減にしてほしい。

追記

https://anond.hatelabo.jp/20240618093503

石丸伸二と暇空茜の対談がなぜああなったか

石丸氏が東京都知事選立候補してからの動きにひっかかった暇空茜氏が石丸氏のことについて調べ始めたよう。

5/26の あきたかたMeet-up オンラインにて、暇空茜氏がcolabo問題について、1万円赤スパチャで質問する。

 →石丸氏:当事者じゃないので詳しくはわからないが、費用対効果問題ですよね?税金を使っているので精査しないといけないですね。

あきたかたMeet-up オンライン視聴者が暇空茜氏との対談を希望(この時点の、Meet-up オンラインでは政治問題の話しかしていない)

 →石丸氏:ReHackの高橋氏が場をセッティングすればいいですよ。

スパチャへの返答が気に入らなかった暇空氏は、漫画アニメ引用する石丸氏の嘘を暴いてやろうとすることに。

漫画引用しているが、実は読んでないんじゃね?と疑い、石丸氏の #甲殻立ち のハッシュタグにかみつき

都知事選立候補までは暇なんでしょ?オタクしましょうよ。とXで返信。→マンガ好きの嘘を暴くつもり。

ReHackの高橋氏が間を取り持って場をセッティング

 →石丸氏、高橋氏は政治の話をするものだと思っていた。(Meet-upオンラインの延長の話)

 →暇空氏はオタク談義をするものと思っていた。(Xでオタクしましょうよといったことに対しての会談だと認識

当日、高橋氏は良かれと思って(法律解釈のため)弁護士を連れてくる。

 →石丸氏は選挙前のため、公職選挙法にひっかからないように、言葉を選んで慎重に話す。

 →暇空氏は一通り言いたいことを言って、漫画クイズに切り替え。

その結果、選挙政治問題の話もそこそこに、漫画クイズに大半の時間が使われるという謎の会談が行われたのでした。

以下私見

都知事選挙前の準備で忙しい時期に、わざわざ高橋氏に頼んで会談をセッティングしてもらって、単に漫画アニメの話をしましょう!って石丸氏が乗り気なわけないやん。ましてや、揚げ足取りしようとするのが見える漫画クイズに、よく付き合ったなぁという印象。

香山リカ先生、それが違うんだよな

https://x.com/rkayama/status/1802219575372599462

性別違和」の医学的診断は、日本精神神経学会性同一性障害に関する診断と治療ガイドラインに従って専門の精神科医が行います

トランスは脱病理化、つまり医学的診断なしの「自認」で決定できることを求めてるんよ

診断が必要という主張だとTERFになっちゃうんやで、リカちゃん先生

https://note.com/gid_tokurei/n/n71c584c8bd19

性同一性障害医療について、著者らが主張する「脱病理化」が具体的にどういう意味になるのでしょうか?その「医療行為」が、当事者が求めれば、誰にでも与えられる、ということになります。言いかえると、診断不要であり、診断の意味がなくなる、ということです。誰でも「トランスジェンダー」と名乗れば「トランスジェンダー」です。医学的根拠はなく、求めればいくらでも性ホルモンも与えられ、手術を止める人もいません。これが「脱医療化されたトランスジェンダー」なのです。

2024-06-16

anond:20240616133159

お前は匿名個人攻撃してる時点でレディージョーカー未満だよ。依頼されたら削除される存在なのに。

俺は違う。増田しか叩かない。増田匿名なので問題なし。特定個人問題なのだ


匿名ダイアリーでは、「言及された当事者から削除の申し立てがあった場合、発信者への意見照会を経ずに削除を行う」という特殊ルールを設けています。また、サービス匿名性は、特定対象攻撃する目的に使われるべきでないと考えています

インターネット老人会会員だらけだと思ってたら、Mrs.GREEN APPLE擁護必死になる若者も居るんだな。

でも、当事者が取下げて消火活動してるし、もうそっと幕引きさせてあげたらいいのに。

次で挽回すりゃいいんだから

2024-06-15

anond:20240615161653

弱者男性が見がちなオタク向け作品には結構な役どころで出てくる事があるのが弱者男性

だってその手の作品当事者いるじゃんね?ヤンキーとか陽キャより扱い良いに決まってる

増田の記名記事の削除はガイドライン違反ではありません

https://anond.hatelabo.jp/20240614123600 https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20240614123600

https://anond.hatelabo.jp/20240615082356 https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20240615082356

増田に置ける記名記事の同一人物依頼による削除は「ガイドライン違反」ではありません。

飽くまで、増田限定した「言及された当事者から削除の申し立てがあった場合、発信者への意見照会を経ずに削除を行う」というルールです。

似てるようですが、増田投稿画面でも、明確に分離して記載されています

    anond:20240615112445

    若者がアホなのは当たり前

    若いとわからないことが当事者になるうちに理解できるようになるというやつよ

    10代のうちは妊婦うぜえ痴漢とかどうでもいいと思ってフェミガーしてても

    20代になって妻が妊娠したり娘ができたりするとフェミ化していくってのは定番ルート

    女も同じ

    若いうちは、現代ではもう女性差別なんかないしフェミおばって自分が失敗しただけじゃんと嘲笑していた女が

    妊娠出産育児を経てあれなんか世の中おかしくねと気づく

    anond:20240615014803

    はてなコミュニティで大切にしている価値観

    はてなは下記のような価値観を基盤にサービス運営します。また、これらは、サービスを利用する方にも大切にしていただきたい事柄です。

    自由表現健全コミュニケーション尊重すること

    2001年人力検索はてな提供を開始して以来、はてなでは一貫してユーザー自由表現コミュニケーション尊重し、サービスを通じてユーザーがより良い情報に触れ、他者共感し合う、多様な表現の場であることを目指してきました。また、ユーザー間の議論を通じて、よりよい知恵が生まれ共有されるということを大切にしています

    他者への尊重、敬意、理解する姿勢を持つこと

    健全コミュニケーションを行うためには、意見の異なる他者尊重し、敬意を持ち、理解しようとする姿勢必要です。反論批判重要コミュニケーションの一つだと考えていますが、このような姿勢がなければ、単に他者攻撃し傷つけるものになり、当事者だけでなく第三者にとっても単に不快なだけで、有益とはなりません。

    異なる価値観への適切な距離感を持つこと

    上記のように適切な態度を心がけたとしても、どうしても議論ができない場合や、受け入れられない価値観を持っている場合、下記の「不適切コンテンツに対する対応指針」に従って対応していただくか、サービスごとに提供している非表示機能などを活用ください。排除ではなく距離を置くような行動をお願いいたします。

    https://policies.hatena.ne.jp/community-guideline

    2024-06-14

    anond:20240614215613

    当事者に意欲がなかったらどうしようもないだろ

    追記キャンセルカルチャーwikipediaジャニオタ史観編集されてる

    最後に追加あり

    キャンセル・カルチャー - Wikipedia

    事例

    2023年に表面化したジャニー喜多川による性加害問題も、2019年に死去したジャニー喜多川過去の行いに対するキャンセルカルチャーの一例として取り上げられる[59][60][61][48]。例えば、ジャーナリストシェリーめぐみは、「1人の犯罪者のために皆が犠牲になるのはフェアではない」として「関ジャニ∞」や「ジャニーズWEST」「ジャニーズJr.」などのグループ名や屋号を変更することの必要性に疑問を呈している[48]。特に漫画家評論家小林よしのりは、本問題を「史上最大のキャンセルカルチャー」と評している[59]。

    他ならぬジャニーズ事務所問題を長年誤魔化し、表面化してからも散々ずさんな対応をした結果引き起こし契約解除や屋号変更が「キャンセルカルチャー???

    事例として不適切すぎる。

    問題

    キャンセルカルチャー問題点として以下が挙げられている[62][63]。

    法治主義からの逸脱

    ジャニーズ性加害問題当事者の会は、ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)に対して「具体的な補償額についても法を越えた救済を図るよう求めます」と要望しており[64]、事務所側も消滅時効に関わらず法を超えた補償を行うと宣言した[65]。

    被害者の求めに事務所が応じた補償対応が「法治主義からの逸脱」で「キャンセルカルチャー問題点」???

    は?

    ていうかこの謎の論理、Xのジャニオタがしてる主張まんまなんだが……。

     

     

    よく見たらその下もおかしかったので追加

    対抗言論の困難さ

    告発された者に対抗言論の機会が十分に与えられず、一方的かつ不可逆的に排除手続きが進められることがある[62]。過去行為に対する謝罪効果がなく、長きに渡って多数の出演がキャンセルされたり、謝罪さらなる反発にさらされたりするケースもある[66][67][68]。

     

    例えば、前述の小山田圭吾・たぬかなは当該の行為謝罪・弁明したもの批判の声が収まらず、解任・解雇された事例とされる[69][70][注釈 3]。ただし、小山田場合は、法的処罰対象となる犯罪行為である[72][73]。小林賢太郎石川界人加藤純一の事例は違法行為をした訳ではないが、対抗言論の機会もなく即座に解任された[74][75][76][注釈 4]。ジャニー喜多川も、問題視されるようになった2023年時点ですでに死去しており、全く抗弁の余地はなかった。

    ここも完全に「ジャニーさんは無実!」と主張してるジャニオタ史観じゃん……。

    多数の被害者およびジャニーズ事務所内の関係者への調査でも確認された事実を他の例と同一視するのは滅茶苦茶すぎ。

    蒼井めいこ、恥知らずかつ無責任言動

    ヨーグルッペ

    @Jogrruppe

    私は忠告しましたよね。

    破滅に向かって進む人間背中無責任に推すことは残酷だ」と。

    貴方無責任にも、スペースで繰り返し、無条件に肯定し続けた相手は今、どうなりましたか

    自分が何をやったのか。逃げずに真正からきちんと向き合って、反省して下さい。

    https://x.com/Jogrruppe/status/1801288294975832296

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    @_KamaNeko_

    私はもう1ヶ月以上は暇空さんのことに、言及していないかと思います

    なぜなら、日本国内でも国外でも、暇空さんのこと以上に今は言及すべきことがあるからです。

    堀口さんやColaboに関わることで、大きな動きがあればその時は言及するでしょう。しかし、ここ最近はそれらのこととは無関係の方と

    午後11:48 · 2024年6月13日

    2.4万 件の表示

    https://x.com/_KamaNeko_/status/1801265409485861333

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    @_KamaNeko_

    20時間

    揉めている様なので、興味もありません。

    彼の妄想に付き合ってる暇は私にはないからです。

    暇空氏や暇アノンの方に対して正当な批判なら、それはなされるべきでしょう。しかし、暇空氏の空想で作られた煩わしい妄想に対してわざわざ言及するのは、批判ではありません。暇空さんや暇アノンの方を対象

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    @_KamaNeko_

    20時間

    したレジャーです。

    アノンの人たちがつまらない事で他人誹謗中傷するのと同じように、彼らからかって遊んでいるのだと考えました。

    その過去については、私は恥じ入ります批判からかいは、別のものからです。誹謗中傷には正当に対処必要ですが、それ以上の介入は不要です。拠って、

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    @_KamaNeko_

    20時間

    私は今はどちらのサイドにも距離をおいています

    そのタイミング赤木レイア氏にまとめ動画作成されたことには驚きましたが、私の現在の心境を語るのには良い機会だと思いました。

    暇空氏に関しては、その言動が正当であるか否か判断し、ある活動に対して不利益である、または個人に対して不利益

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    @_KamaNeko_

    20時間

    あるかについては、その当事者と、その支持者が行うことです。

    いたずらに両者を煽り誹謗中傷を重ねることは当事者への不利益を加速させるだけです。

    誹謗中傷に対してのみ、批判が行われれば良いと今の私は考えます。なので、私は現在のところ誹謗中傷に対して批判するほどの知識は持ち得ていない

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    @_KamaNeko_

    20時間

    ため、ほとんど関わりません。

    暇空氏及び暇アノンの方への批判は他のもっと論理的な方にお任せし、自分自分の出来る別のことをします。

    最初に述べたとおり、今の私には暇空氏のこと以上にやるべき事があり、彼等についての時間はないからです。

    現状はこの通りです。

    理解いただけますように。

    時間がないというのは責任から逃げる言い訳にはならない。

    このようなことができるのは女性から。ということしか言えない。

    anond:20240614153401 anond:20240705123309 anond:20240705123901

    これは明確にはてなが消したって言ってるやつだけど『not found』やで

    https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20190220192222

     

    以下、「はてな」の 運営 回答そのまま

    anond:20190220183022

    anond:20190129181517

    については記事確認できませんでした。


    通常、ご指摘いただきましたような第三者摘示しての記述について、その言及理由が、その業務活動

    公的投稿発言などに関する問題摘示するものであり、さらに、法人などの公開情報掲載している場合

    必ずしもプライバシー侵害には相当しませんので、はてな匿名ダイアリー以外のサービスにおいては、

    即時削除対象はいたしておりません。


    また、はてな匿名ダイアリーでは、当事者から削除依頼がありました場合削除対象としています


    ただ、今回ご指摘いただきました記事のうち

    anond:20190220192222

    については、当事者から公開をしないよう要請を受けた旨記載されており、明確に、当事者掲載

    望まない内容であることが第三者から確認可能でした。

    そのため、上記ルールに準ずる対応として、記事を非公開としています

    anond:20240613203515

    これのわかりやすい例は「Ninja」だと思う

    これを日本人ではない集団文化の盗用案件だと言い出して「Ninja」的な表現禁止するというのが当事者不在のキャンセルカルチャー

    2024-06-13

    お礼が言いたい

    少し前、身内がネットで取沙汰されるような立場になってしまったとき、様々なプラットフォームで「当事者同士にしかからないことがある、あまり勝手なことを言うんじゃない」と言ってくれた人たちに本当に感謝している。そのお礼を言いたかったんだ。

    また、できるだけ客観的証拠を集めて拡散してくれている人たちもいた。本当にありがとう

    今回の件を通して、私もそうありたいと思った。

    「どっちが悪いとか言ってる人は毒されすぎ」、そのとおりだと思う。私も心に刻んでおくことにしたよ。

    ちょっと追い詰められていたから助かった。その身内は私にとって大切な人で、真面目で素晴らしい人だから、好き勝手に言われているのがとても苦しかったんだ。

    本当に本当にありがとう

    []anond:20240613200534

    https://utf.u-tokyo.ac.jp/project/pjt83

    h抜きする意味が解らないのでリンクしておくね

    地方母子家庭出身の女さんが東大博士号を取るまで

    生活保護博士号ニキとか授業料値上げの報道かに触発された。

    残念ながら、いわゆる理解のある彼くん要素がある。

    長いと思ったら一番最後だけ読んでくれるとうれしい。

    東大に入れたのは単純にペーパーテストがめちゃくちゃできたからだが、目指すようになったのは模試の結果を見た高校教師が勧めてくれたことがきっかけ。たぶん高2の春。

    それから東大意識するようになって、現国問題で毎回おもしろ文章読めて最高〜、図書館で出典探して著者経歴を見ると東大出身者多いな〜、東大に行けばこういうおもしろい考えにもっと出会えるのかな??ぐらいの浅い動機東大第一志望にし始めた。

    金のことはあんまり考えてなかった。

    高校私立だったが奨学生として学費は全額免除してもらっていた上に(その条件で入学した)、民間団体が県住民対象でやっていた給付型奨学金支給されていた。

    学力も授業だけで問題なかったので予備校に通う必要もなく、教育費はほぼゼロ

    大学も同じように学力さえあれば行けるし、貧乏人にはそれ相応の奨学制度があってそれで何とかなると思っていた。だってそうあるべきじゃないか?

    父親ギャンブルによる借金が原因で離婚し、母親非正規雇用で働き始めていたというのが数年前から我が家の状況だった。養育費もなく、突然働かざるを得なくなった母親は当然ストレスを抱えていた。その捌け口になったのが私。

    自分の娘が東大に行けるはずがない、父親似の目つき・言葉存在その全てがとにかくムカつく、おまえもどうせ父親と同じだ、あんたは地頭が悪いからだめ、性根が良くなければ勉強なんてできたってなんにもならない。色んな言葉をぶつけられて、まあ限界でしたわ。

    A判定しかない模試の結果を見せ続けてもだめ(ふーん、だから?)、日本学生支援機構の貸与奨学金の話をしてもだめ(あんたも父親と同じで借金踏み倒すんだろ!)、年収400万円以下が対象になる授業料免除の話をしてもだめ(ちゃん免除される保証がどこにあるの!?)、格安学生寮の話をしてもだめ(入れなかったらどうする、女なんだから余計な下宿費がかかる!)。

    給付型奨学金地方のしょうもねえ高校全然情報はなく、先生たちも諦めるなぐらいしか言ってくれない。

    自分で調べろって? 調べた上で給付型奨学金勘定から外していた。

    募集人数がめちゃくちゃ少ないのに、「学業優秀」で「経済的に困難を抱えている」学生自分が「絶対に」該当するなんてどうして言い切れるんだ?

    そんな不確かなものを頼みにできるわけがない。

    地方、女、貧困が混ざるとこうなる事例としてぜひ参考にしてくれ。

    制度存在することと、使えると認識することは違うんだ。うちの場合だけかもしれないけど。

    結局「何とかなる」でゴリ押して、受験すること自体同意を得たのは高3の12月浪人なんてできるはずもないので、東大に落ちたらすでに受かっていた防衛大に行くつもりだった。とりあえず家から逃げることが第一目的に変わっていた。その上で大学おもしろそうなことを勉強たかった。そうじゃなきゃ生きている意味がないと思った。

    無事に受験できて、合格した。合格たからってごちそうが出たわけでも金一封が出たわけでもなかった。

    翌日に大震災。見事に被災して、なーーーーんも調べることもできないまま、ほぼ丸裸で上京した。

    大学のこともなんもわからんし、クラスなんそれ、語学ごとに性格あるんだへー、五月祭なんてものがあるのかー、演習ってなんだ?

    こんな感じ。臆病な自尊心合格発表前に色々調べておかなかった私も悪い。

    ていうかみんな発言ちゃんとしすぎ、英語喋れすぎ、そしておしゃれすぎ。それに対して私は何もかもが終わりすぎ。

    慣れない電車通学、週20コマの授業、母親言葉フラッシュバックで病んだ。健康診断の段階で精神科を勧められて受診はしたけど、医師震災サバイバーズ・ギルトですねで終わらせたのもあってその後の通院には結びつかなかった。

    毎日何とか自殺先延ばしにして、大学に通い続けた。おもしろ講義を聞いている時だけは生きている感じがした。

    そんな感じで大学と寮の往復で友人もできないまま夏学期が終わり、冬学期が終わった。試験対策が高度に制度化されているおかげもあって、単位には困らなかった。ぼっちこそ東大に行け。

    2年生になって少しメンタル回復してようやく友人ができた。ようやくふつう大学生に近づけたと思った。3年生のときには友人の繋がりでのちの彼くんとの付き合いも始まった。

    優秀かどうかは分からないけれど、友人になったのはみんな良い人たちだったし、私が母子家庭であることを公言していないせいか、友人たちが気を遣ってくれていたおかげか、対等な付き合いができたと思う。劣等感のようなものもそれほど感じなかった。仲良くなったのが都市部出身ゴリゴリ強者ではなく、地方中流〜上流家庭出身者ばかりだったというのも大いにあると思う。父親教授とか銀行員とか(母親は当然専業主婦)、そんなのばっかりだったけど。


    仕送りは当然なかった。しかし、授業料全額免除家賃が月1万円程度の学生寮、さらには運良く引っかかった給付型奨学金のおかげで、経済的に困窮することもなかった。自分でも意外なぐらいに何とかなってしまった。

    毎年授業料免除のために母親源泉徴収票を手に入れていたのだが、当時の母親年収200万に満たない程度である。たまに母親仕事が嫌になって無職になったり、転職を繰り返したりしていたので、提出書類をそろえるだけでも一苦労だった。

    ちなみに震災の影響で提出できなかった書類を改めて提出するために訪れた奨学係で、たまたまリストを渡してもらえたか給付型奨学金に応募できた。


    3年生になるとあっという間に就活ですよ。院進も国家公務員試験留学も考えてなかった。そういうのはタフでグローバルなふつう東大生がやるものなので。

    自己分析しているとまた病んで眠れなくなった。家と大学図書館の往復の日々を過ごしてきた私に書けることなんてなかった。どうして自分ふつう東大生になれなかったのか。私と彼ら彼女らで何が違ったのか。

    考えるのが嫌になって、手持ちのタマが切れた段階で就活をやめた。留年ぼんやり意識し始めて、さてどうしようとなったのが生活費授業料

    特に遊びに行くわけでもなく、自炊を続け、節約しまくっていたのと、貸与型・給付型奨学金と細々としたアルバイトのおかげ何とかなりそうな貯金はすでにあった。

    しか留年すると、奨学金は止まる上に、いくら世帯年収が低くても授業料免除対象から原則として外される。授業料分までの貯金はなかったし、家に頼ることはできなかった。

    結局めちゃくちゃアルバイトをして授業料相当額を稼いで、留年に備えた。


    「とりあえず留年」の先に何か目指している進路があるわけではなく、毎日自殺を考えていた。しかし、たまたま履修したゼミに救われて、大学院進学を考え始めた。もっと救われたかった。

    成績だけは相変わらず良かったので、無事に合格できた。また、ようやくメンタル問題と向き合う決心がつき、学内カウンセリングに通った。留年した年の学費はこのために支払っていた気がする。

    院進後は授業料免除奨学金も復活し、博士課程では生活費研究費付きのプログラム採用してもらえたから何とかなった。


    博論書けない無理とふつう院生のように悩んでいたところ、身体を壊してしばらく入院することになった。標準年限の3年で上がれないのが確定したこと生活費のあてがないこと、研究アルバイトを両立させるような体力はないこと、その状況でまた授業料を支払わなくてはならないこと。何度も自殺は考えてきたけど、ついにその時が来たなと思った。

    彼くんに頼ることは全く考えていなかった。しかし、結婚し、しか授業料も出すことをあっちから提案してきた。実は親戚に博士号持ちが多く、本人もかなり稼いでいたこと。これが「博士号取得にやたら理解のある彼くん」の背景にあった。

    それまでは割り勘だったしお互いの家の話もロクにしていなかったので、そこそこお坊ちゃんであったことに驚くとともに、これが東大生の家庭なのかと惨めな気持ちになった。

    しかし、自分人生にここまで賭けてくれる人がいるという事実は単純に嬉しかった。自分の救いのためだけではなく、応援してくれる彼のためにもさっさと博論を仕上げようと奮起し、かなり短期間で博論を仕上げて博士号を取った。

    これがいかにして地方母子家庭出身の女が東大博士号を取ったかだ。要するに学力幸運に恵まれていたから。

    高校民間公益財団法人東大の奨学制度博士課程学生向けプログラム、そのすべてに感謝している。うまくやれてる限りにおいて、選ばれる限りにおいて、多くを望まない限りにおいて、意外なほどに制度は充実しているというのが一当事者感想


    まれながらに貧困だったわけではなく、しばらくはそれなりの生活を送り、両親もそろっていたので、ガチ不利層というわけではない。だから代表者ヅラする気はない。あくまで一つのケースとして見てもらうのがよい。また、学力自体最初から備わっていた。だから学力格差と関連する機会の平等の話ではない。

    学力があっても受験自体が危うかったこと、経済的に一度でも詰んでいればそこで諦めていたであろうことが私がお伝えしたかった点である。詰まなかったのは単なる偶然。


    博士課程の最後一年ふつう東大生が過ごしてきた環境なんだろうなとも思う。教育のために金を惜しまず、授業料を払い、衣食住が保障されて、何よりも心から応援してもらえる。率直にずるい。それなりにプレッシャーはあるし、生活保障されていても勉強研究が大変なのは分かったけど、でもずるい。

    もちろん、そうじゃない人たちもたくさんいた。授業料免除申請の大行列、寮の住人たち、親との折り合いが悪く仕送りもないのに授業料免除から奨学金から対象外にされて私なんぞよりよっぽど厳しい経済状態にあった知人たち。彼ら彼女らと連帯することはなかったけれど、どうにかそれなりの人生を歩んでいることを願ってやまない。



    授業料の値上げの必要性は理解している。国立大学法人改革はクソ。競争資金はクソ。

    しかし、値上げの代わりに経済的に困難を抱えた層への支援を充実させる案には、次の5点の問題があることから反対の立場だ。むしろ授業料免除制度なんていらないくらいに、学生アルバイトで賄える範囲授業料を下げるべきだとさえ思う。

    第1に、書類準備の手間。住民票、源泉徴収票アルバイト先・RA先生に書いてもらう収入関係書類、とにかく書類が多い。家族に提出をお願いする書類も多い。私の母親書類に関しては協力的であり、私自身の事務処理能力もそこまで低くないので何とかなったが、自分家族書類準備能力が不足している場合、あるいは家族が非協力的な場合、容易に詰む。しちめんどくさい書類を準備させる手間を経済的困難層に課すことは正しいことなのか? その手間を背負わされる学生たちを増やすことは正しいことなのか?

    第2に、スティグマ。本当に困っている人の授業料免除されるならいいけどという言説はキャンパス内にも普通に存在した。生活保護と同じようなもので、授業料免除されているということは「恥ずかしい」。払えるものなら、こっちだってすばらしい授業と指導の対価として気前よく授業料を払いたかった。

    第3に、高い授業料を払う層と授業料免除される層の発生による、「合格さえすれば平等であり対等なコミュニティの仲間である」という虚構崩壊

    第4に、親との折り合いの悪い人々が制度狭間に陥る。学部生の場合独立生計を認められるハードルはめちゃめちゃ高かった。つまりたとえ親から仕送りが全く存在せず、世帯から恩恵を全く受けずに自分アルバイト等のみで生計を立てていたとしても、授業料免除対象に入れてもらえない。個人的にはこれが一番の問題。「親との折り合い」を判定条件に入れて、不正を見逃さずに、本当に支援必要学生を正しく判別できるのか? できるなら教えてくれ。そしてすぐ実行しろ。もしかしたらすでに改善されているのかもしれないけど。

    第5に、留年すると原則対象外になるので、失敗・留年覚悟の挑戦ができなくなる。


    他方で、なぜ高卒の人々には支援が行われずに、同じ年齢の大学生に対してのみ支援が行われるべきなのか、私には分からない。日本社会の発展に繋がるから? 勝手に期待して我々の未来を決めないでくれ。

    高卒の人が一足先に社会で働いて収めてくれた税金が巡り巡って私の就学を支えていてくれていたこと、しか学歴理由に彼ら彼女らが下に見られること、さら生涯年収に大きな差が生まれることを考えると、勉強ができて大学入学できたというだけで大学生が優遇されていて非常に不公平だと思う。若者支援というくくりで全員に対して支援をやらないとおかしい。

    最後、一番言いたかたこと。

    結局東大に金がないのが悪いんだから、「貧しい家庭出身でも能力があるなら東大に行ける」、そういう理想を守りたいんなら自分で金を出してくれ。つまりみんな直接東大に寄附すればいいよ。「修学支援事業基金」っていうまさにその目的のための基金もある。

    ttps://utf.u-tokyo.ac.jp/project/pjt83

    ちなみに税額控除対象政府に回る金を減らして直接自分の思う公益のために金を投下できるすばらしい制度税額控除だ!

    理想を実現するためには金がいる。金もさないくせにごちゃごちゃ抜かすな。口だけの偽善者になるな。

    6月13日現在の今年度の寄付総額は約130万円、寄付件数は80件だ。

    この数字が増えることを楽しみにしている。

    半年経ったので発達障害当事者デスマフィンについて語る

    私は発達障害当事者だ。

    大学院卒業後、クローズ就労正社員として働いている。

    医師以上に当事者としてリアル知識があるため、同じ発達障害者はかなりの精度で見抜くことができる。

    マフィンの件で問題になっている人は、私と同類、つまり発達障害だと推測する。

    発達障害者は客観的視点が弱いため、あのような身なりをしないし、チラシの書き方も明らかにソレだ。

    本人のためにも一刻も早く医療機関に繋がることを促したい。

    しかし、「障害の話はタブー」「障害者扱いするのは良くない」などの的外れお気持ちリプライツイッターで飛んでくることがある。

    そういったリプライには丁寧に障害のことを説明しているが、私はIQが平均より非常に高いため、伝える言葉がつい難しくなってしまい、相手に伝わらないことが多い。

    私自身が一番障害特性理解し、知識も持っているのに、何も知らない定型発達の健常者は理解できないようだ。

    障害タブー視することは障害者に失礼だし、早く障害に気づくことは今後の人生に良い影響を与える。

    障害については本人が不自由に感じていなくとも、周りに害を与えてしまうことがあり、その結果刑務所に行くことが多くある。

    とにかくツイッターには日本語が読めないやつが多すぎる。

    特にクソリプ送ってくるやつ、私は自傷衝動自殺願望があるので、自分が送った文章で人が死なないか自分が訴えられないか、よく考えてから発言してほしい。

    2024-06-12

    旦那趣味のために限界集落引っ越したけど毎日しにたい

    旦那趣味のために限界集落引っ越した。私は仕事を続けたかたか都内に残ったが、旦那と一緒に住みたかたこともあり後追いで旦那の住むクソクソクソ田舎引っ越した。(旦那にも私にも縁もゆかりもない土地

    ゆうて働かなくて住むし、何かあればネットショッピングできるしwifiは繋がるし、何より旦那と住めるしなんとかなるかと持ったけど、本当に後悔している。なぜこんな田舎に来てしまったのだろうか。

    この衝撃的な出来事によって私は旦那のへの恨みが心の奥底に常にある状態になってしまった。そしてそれは、突発的に溢れ出て止まらなくなる。

    元々私の両親も旦那の両親も仲が悪かったので、私は絶対相思相愛の愛に溢れる家庭を持ちたいと思っていた。夫もそれに賛同していた。妻が夫の悪口子供に言うような、そんな家庭には絶対にしたくない。そう思っていたけど、無理かもしれない。まだ子はいないけど、いずれそれになりそうで怖い。実際夫への恨みつらみを某Xで言いまくってる。付き合ってる期間も含め6年くらい一緒にいるけど、私は配偶者愚痴SNS暴露する人たちを正直軽蔑していた。でも私がそれになってしまった。基本的に不満があればお互いに話し合うようにしてたけど、この感情はどうにもできない。何をされても裏切られたと言う恨みは無くならない。田舎に住む苦しさもあるが、旦那には裏切られたと言う恨みが死ぬほど湧いてくる。

    では、この田舎移住けが恨みの原因かというとそうではない。旦那がこのある趣味に目覚めてからの様々な愚行を書いていく。

    1.趣味に集中したいという理由で、離婚を切り出された

    これが本当に本当に最悪で気持ち悪いし、最も私と旦那の間に溝を生んだ出来事だと思う。これを言われたのは、すでに旦那のみ移住して数ヶ月たった頃だったと思う。私は元々精神不安定旦那にほぼ依存してたから、離れて暮らすことが本当に辛かった。いつも私に可愛いとか愛してるとか言ってたくせに、自分がやりたいこと見つけた瞬間私のお世話は嫌ってか。だから鬼電しまくったり、暴食したり、泣いて旦那に帰ってこいと言った。そして、痺れをきらした旦那に、これ以上俺の邪魔するなら離婚すると言われた。なんと、私は彼の人生邪魔者になっていたのだ。びっくりした。付き合っていた時、私が泣いて電話するととんできてくれていたのに。のちに、あの時の俺はおかしかったごめんねとか言われたけど、一度そう言われたからもう辛い。普通に思い出すだけで悲しくなる。お前の中で、私<<<趣味なんだね。

    2.私の仕事がうまくいってない時だった

    当時、私の大好きだった職場の先輩の退職部署移動&パワハラで有名なモンスター社員(私は会ったことない)が産休からの復帰という最悪な状況に陥っていた。本当に最悪だった。でもまだ1年くらいしか勤めていなかったので、流石にやめるわけにはいかないということで会社残留を決意。だが、旦那は構わず引っ越して行った。ま、自分はいいとこに就職できて順風満帆だったもんね〜。

    3.自分のみ成功し、とっとと引越し

    私たちは、結婚と同時に上京した。旦那転職しようとしたが仕事が見つからずに日雇い仕事をしていたが、バックれたり追い出されたりしてた。私は旦那と付き合っている時から家庭環境からくるパーソナリティ障害とかでメンタル不安定だったこともあり普通に鬱になったし、働けなかった。この時まではっきりと知らなかったけど、2人とも社不すぎた。金がなかった。このままじゃやばいとなり、旦那も私もそれぞれ別の社会人スクールに通い、旦那もクソみたいな仕事を頑張ってくれて、私もバイトできるようになってそのおかげで経済的に少し持ち直しつつあった。(経済的に余裕ないと本当精神病むね)旦那スクール卒業後、なんやかんやあって運よく高収入企業就職した。私も少し遅れて就職できた。今までお金なくてほんと惨めだったよね、こんなくそ狭い1Kは捨ててこれからもっと広い部屋に引っ越して、可愛い家具とかかって旅行とかもしたいなとか思ってたけど、旦那は1人で引っ越した。クソど田舎にね。一緒に頑張ってきたと思ってたのはどうやら私だけだったということがわかった。

    4.「なんで30歳までに子どもを産むことにこだわるの?俺の周りは30歳以上で産んでる人結構いるよ」というクソ雑魚弱モラ発言

    私がくそ田舎引っ越してすぐに、ここでは子供を産めないと言った時の発言。これは本当に腹が立つ。じゃ、お前が産めば?女に生まれ出産リアルにあるからこそ、女は自然にそれ関連の知識がついていくと思う。SNSサジェストとか、子供がいる人の言葉とかなんかそういうのが自分ごとになっていると思う。(最近ミキティと横澤なっちゃん番組の切り抜き死ぬほど見てる)若い時に産めるなら、若い時に産みたいだろうが。もちろん、世の中の30歳以降に出産している人に対しての非難はしていない。ただ、旦那より子育ての知識も少しはある、当事者である妻がこの時期までに産みたいと言っているのを、なぜお前が否定する?それくらい私の好きにさせてくれよ。あと普段から俺は普通じゃないからとか、周りと違うとか言ってるくせに、こういう時だけ自分の周りは言い出すのきついて。ついでに、家族も親戚も友達もいないこの辺境の地で子育てしたいとかほざいてたから本当に草。無理だろ、普通に

    5.「俺はどこにもいかいから俺にだけ依存すればいいよ」という大嘘つき発言

    ただの嘘つき。私が依存体質なのを知っていてのこの発言シンプルに私を置いてとっとと引っ越しやがった。あー、これよくあるフリだった?笑気づかなくてごめんね。

    6.「俺がいつこっちにきて欲しいって言った?」発言

    そうだね、言ってないね。私が勝手に一緒に暮らしたくて、勝手についてきたよね。はいはいすみませんね。勝手に越してきて病んで文句言ってすみませんでしたね。ま、お前と私、結婚しているんだけど、忘れてないか???

    7.田舎メリットを感じさせる気がない

    田舎生活コストがかからないとはよく言ったものである。正直私は金の管理をしていないからよくわからない。ただ、豪雪地帯だったので、冬の灯油代、電気代は流石に高すぎて引いた。どこにいくにも車で往復2時間はかかるからガソリン代もバカにならないしね。移住補助金申請もいまだにしてないやつあるし、お前、やる気ある?笑

    旦那は私のために働いてくれるし、私がこのど田舎でなるべく生活やすいように色々なことをしてくれている。今までも色々なたくさんのことをしてくれたし、愛してくれている。

    でもやっぱり許せない。私としては、このクソど田舎が早く山火事か何かで消滅することを祈る。全員嫌いだし、旦那が変わらないなら、旦那

    をこんなふうにした原因を潰すしかない。

    旦那への恨みを書いたけど、普通に田舎も嫌いだからね。

    少女小説、もしくは「女性向けラノベ」とラノベ関係

    言いたいこと:少女小説ラノベに含めても無視してもボコボコに叩かれる」という難しい状況がある。

    女性けが省かれるラノベ150選

    いま、ライトノベルオールタイムベストを選出する作業が進められている。

    ラノベ社会に認められるためには、売り上げだけが唯一の評価である現状では差し障りがある。文化としての成熟には体系化と批評存在必須であり、その一歩としてたいへん意義のある活動と言えるだろう。

    その暫定的な成果であるラノベ150選が先日公開された。

    あくまで叩き台であり、作品数的にもより拡張した形を目指していくようだが、現時点でも各年代に目の行き届いた、ラノベ歴史の流れを俯瞰できる内容となっている。

    ただ、この手の企画はどのような基準で選んだとしても、あれがないこれがないという不満はどこかから出てしまものだ。ラノベ150選も例外ではない。

    その中で今回特に目についたのが、「女性向け作品がない」という声だ。

    これに対する企画者の返答は、女性向け作品については単独ガイドブック等が先行して存在しているから、というものだった。

    合理的判断だと思うのだが、これでも納得していない人は多い。少女向けをないがにしろにするのか?と憤慨し、容赦なくボッコボコである

    増田は、ライトノベル少女小説(もしくは「女性向けライトノベル」)の歴史のものについてはともかく、ライトノベル少女小説との関係性についてはちょっとした知識がある。

    今のままでは企画者氏があまり不憫なので、これについて簡単解説しておこうと思う。

    「ソノラマ・コバルト系」から始まったライトノベル

    用語としての「ライトノベル」が誕生したのは、1990年

    ニフティサーブSFファンタジーフォーラム内で増えてきたある種の若者向け小説話題を別会議室独立させるにあたって、管理人神北恵太氏が命名したものである……

    といった事実は、ラノベ史ではすでに常識と言っていい情報だ。

    もちろん名前はそうでも、ジャンルとしてのラノベ自体が90年に突然生まれたわけではない。起源をいつとするかは諸説あるものの、ラノベ作品はそれ以前から存在していた(存在命名の順であってその逆ではない)

    そのようなラノベ小説群は「ライトノベル」が定着する以前には、個人コミュニティごとにさまざまな呼ばれ方をしていた。そのうちの一つに、ジャンル代表的レーベルから取った「ソノラマ・コバルト系」というものもあった。

    言うまでもなく、コバルト文庫少女小説代名詞というべきレーベルである。つまり命名の時点では「ライトノベル」は少女小説(の少なくとも一部)を当然に含むような形で規定されていたということだ。

    (ここでの「少女小説」とは当時のコバルト文庫ティーンズハート文庫などのことであり、たとえば吉屋信子や創刊直後のコバルトシリーズなどは当然ながら想定していない)

    以後、他メディア化の機会などの関係男性向け作品の方が存在感はあったものの、ライトノベル(的なもの)は女性向けを含めたひと塊のカテゴリとして扱われていく。

    2000年代に入り、語としての「ライトノベル」が一般に定着して以降も、この認識はそれほど変わっていなかったはずだ。

    少女小説ライトノベルではない

    この状況に大きな変化をもたらす出来事が、2010年代前半に起こった。

    まずは2013年とある文学研究者ツイッターでこのような発言をしている。

    少女小説ラノベそれぞれのジャンルについての価値判断を含んでいるとまでは言わないが、これが少女小説の側に立った発言であることはまず間違いないだろう。

    少女小説ライトノベルではない。

    それまでの一般的なラノベ定義史観を覆す、非常に大胆な主張である

    ただ、一部のラノベ読者が過敏に反応はしたものの、この時点ではアカデミシャンとはいえあくまでいち個人の主張に過ぎなかった。

    それが正式な形で世に出たのは、2014年のことになる。著書としての刊行である

    この本で研究者氏は丹念に事実を積み重ねた論証により、まさに「少女小説歴史的にライトノベルではない」ことを証明してしまったのだ。

    詳細は省くが、

    少女小説戦前から少女文化独自伝統を直接的に受け継ぐ文学ジャンルライトノベル戦後マンガ文化等の影響から新たに生まれた新興の娯楽であり、その出自からして全く異なる別物である

    ということだ。

    この、市井オタクではとうてい太刀打ちできない完璧な形の少女小説ラノベ論の出現により、少女小説ラノベ派の多くは白旗を上げて沈黙することとなる。逆に、少女小説ラノベの枠内で扱われることに不満を感じていた少女小説業界関係者・読者は、我が意を得たりと快哉を叫んだ。

    日本文学研究者による恐らく初めての本格的なラノベ論ということもあり、この本はもともとラノベ少女小説に興味のあった人間にとどまらず、幅広い層の人々に読まれていった。今やラノベ関連の研究ではほぼ必ず参照される一冊となっており、アマチュアでもラノベ定義歴史を語るなら必読と言っていいだろう。

    これによりパラダイムが決定的に転換し、少女小説ラノベに含めるような人間は、もはやそれだけで時代遅れな「分かってないやつ」の烙印を押されるまでになったのだ。

    フェミニズム的な意識の高まりにより、女性文化少女小説)の功績を男性側(ラノベ)が都合よく収奪してきた、という構図に気まずさを強く覚えるようになったのも、この傾向を後押しした)

    この空気の変化は以前/以後と呼んでいいほどに劇的なものであり、刊行から10年経った2024年現在にいたっても、更新される気配は特にない。

    少女小説ラノベでなくても

    お分かりだろうか。

    まり少女小説は「ライトノベル」ではない、というのは、もともと少女小説サイドが言い出した主張なのだ

    現在では、ラノベ定義歴史との関連で(特に男性の論者が)少女小説に触れる際には細心の注意が要求されるし、実質的にはほぼタブーに近い。

    企画者氏がラノベ150選から女性向けを除外したのも、世間のその暗黙の風潮におとなしく従ったという側面がやはりあるのではないだろうか。

    加えて企画者氏の場合は、かつて不用意にレジェンド少女小説作家を「ライトノベル作家」と呼んで、少女小説から激しい批判に晒された当事者でもある。そのため今度は、なおさら慎重に配慮したつもりだったのだろう。本人としては。

    結論として今回の件は、気遣いがすれ違ってしまった悲しい事例ということになる。

    少女小説読者といっても一枚岩ではないし、自分はそんな配慮ぜんぜん嬉しくない。多数派がどれだけ否定していても自分少女小説ラノベに含めるべきだと言い続けるぞ。という人もいるだろう。その気持ちもよく分かる。

    分かるが、少女小説ラノベに含めても無視しても必ずどちらかからボコボコに叩かれることになる、板挟みの苦しい立場のことも少し考えてみてはもらえないだろうか。

    オールタイムベスト企画者氏は現在文化としてのラノベ保全のため「ライトノベル図書館」の設立計画を進めており、クールジャパン予算を獲得すべく自民党国会議員に働きかけている。ラノベオールタイムベストはその陳情材料にもなる予定らしい。

    こうした活動文化的な意義を踏まえた上で、できれば多少の意見の相違は呑み込み、振り上げた拳をどうかそっと下ろしてはくれまいか……

    という、無関係第三者増田からのお願いでした。

    レスゾーン

    長え! 一番言いたいことを最初に置いとけよ。

    追加しときました。

    核心部分が何で匿名やねん

    はてな規約関係っすね

    ラノベルーツの1つは少女小説である」と「少女小説ラノベである」は意味全然違うと思うが(後者を主張してる人いる?)

    ラノベオールタイムベスト”に、ある少女小説を推すとした場合、(少女小説全体やレーベル全体ではなく)少なくともその作品は「ラノベ」で(も)あることが自動的に前提となるのでは。

    逆に言うと、ラノベではないがラノベオールタイムベストに入れろ、は通らない。

    逆になんでそんなに熱心に漫画しろラノベしろ女性向けのもの排除したがるのがわからんモチベが怖い。

    排除ではなく、少女小説の側がラノベに括られることを拒否した運動があった、という話です。

    クール・ジャパンから公金を引っ張るために少女レーベル未分化期を無視するのは仕方ないキリッ されて、納得は出来ないですけど………

    リストから少女向けを除外した理由(と思われるもの)と、批判トーンをなるべく抑えてほしい理由は、別々に書いたつもりです。

    wikipediaより「1990年初めにパソコン通信ニフティサーブの「SFファンタジーフォーラム」において〜「ソノラマ・コバルト」などのレーベルから出版物に「ライトノベル」と名付けたことが始まりコバルト入ってるやん

    はい

    その話を本文に書いています

    その、とある文学研究者って誰だよ。名前を出してくれないと分からないよ。2013年の事なら記憶にありそうなものだが思い当たる人がいない。

    ツイートの件はともかく、著書の話を見ても心当たりがないなら、たぶんそもそも知らないんじゃないかな……

    そんな知らん研究者お気持ちなんか知らんがな その研究者とやらが何言おうが150選選んだのはその企画者だろう

    その「知らん研究者お気持ち」が定説化して力を持ってしまっているという現実があるのです。

     「女の扱いがわからいから透明にしておきました!」

    たとえとして適切か分かりませんが。

    ナンパ不快に感じるA子さんと、女をナンパしない男は無礼だと信じるB子さんがいるとします。二人のナンパに対する意識は、事前に外から判断できないものします。

    この場合男性が取るべき行動は、ナンパをするではなく、ナンパをしないになるのではないでしょうか。

    後者消極的不作為に過ぎませんが、ナンパ行為はA子さんにとって積極的な「加害」となるからです。

    anond:20240612170435

    そんなに怒らなくてもいいじゃん

    まさか当事者じゃあるまいし

    いじめ被害当事者だったのに知らないところで全てが進んでいた

    という過去の話。

    朧げなのを理由に改変あり。

    当時は中1女子

    顛末

    私が知る顛末簡単説明する。

    考えられるいじめられた原因は主に4つ。

    加害者は全員男子で、2〜3人はいた。

    本人がいない間にバッグにベルトを入れあっては「やめろよ〜」って言い合う遊びをしていたらしい。

    それを女子数人が発見して、教師相談

    本人抜きで学年主任の授業1時間が学活になった。内容は知らない。

    本人が教室に戻ると男子数人に謝られ、これにて解決

    こんな感じのいじめ内容と原因(実際には被害者に言えないようなもっと酷い内容のものもあったのかも)なので、我ながら被害者側がそれなりに悪いと思うし、加害グループも本当に遊んでいただけだと思う。

    その後

    一部の加害者とは同じ高校に進学し、同じクラスにもなったがあの後全く関わりはない。

    それに今は同居人以外の人とはほとんど関わりがない。

    その同居人ともうまくいっていない。

    ここ数年、また風呂毎日入れなくなった。

    親に「風呂に入れ」と怒鳴られたし、今は同居人に「臭い」と言われる。

    風呂毎日入る理由がわからず、外見に変化が見えたり頭が痒くなったり他の人と会う直前になったりしたときに入る。

    ここ数ヶ月は1日のほとんどを自宅で過ごすのでまだいいが、毎日出かけていたとき毎日風呂に入れなかった。

    また最近、外に出ないので急速にあの頃の体重に戻ってきている。

    食生活に気をつけたり、7000歩程度の散歩をしたりしていたが、どんどん太っていったので半分諦めている。

    あの頃はその後、自転車でよく出かけるようになって痩せた。

    今後も痩せるような機会があれば自然にそれにハマって痩せるだろうし。

    思うこと

    私としては、いじめられて傷ついたりは一切していない。

    教科書が破られたり、上履きの中に画鋲が置いてあったわけでもないし。

    しろ、誤解を恐れずに言えば、被害者気持ちを重視せずに解決されたので、感謝はする一方で気持ち悪さを感じる。

    被害者気持ちはどうでもいい、いじめかもしれないことを見過ごせない!

    私のクラス、私が主任の学年、この学校いじめなんてあってはならない!

    加害者被害者に謝らせた!これで終わり!みたいな。

    加害グループ本人たちから謝られはしたけど、「〇〇さんごめんね」と一人一人言われ、戸惑いながら「うん」としか返せず、それだけ。

    配慮してくれた結果だと思うんだけど、蚊帳の外にされている気がした。

    こんなことが頭によぎるからいじめられるし、人間関係がうまくいかないのだと思う。

    家庭では、風呂に入っていない、適切な下着を着ていないことで親に相談され、風呂に入ったと嘘をつくと怒鳴られる。

    風呂に入ることも、入らずに怒鳴られるのも嫌だったのでボディタオルを濡らしてやり過ごしていた。

    それで判断していると親が言っていた。

    歯磨きも、まだ磨いていないだけなのに歯ブラシの毛先が濡れていないと怒鳴られる。

    親のこういうところが気持ち悪い。

    現在、あの頃の状態になっており、なんとなくだがこの状況をなんとかしたい。

    健康、不衛生。

    他者とうまくいっていないのはずっと。

    違うのは、一般的には自立している成人であること。

    見えないところで自分のために動いてくれる同級生教師もいない。

    自立したいけれどその術を知らない。

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