「暫定的」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 暫定的とは

2020-07-11

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/rita0222/status/1281386228118466560

初期はWebアプリケーションブラウザは不可分だったかHTMLの出力=ブラウザへのレンダリングと考えて差し支えなかったのだろう

その後ステップが分かれてHTMLの出力とブラウザレンダリング間には直接的な関係性が無くなった(というよりはクローラのような各種サービススクレイピングのような二次的なデータの利用方法が生まれた)が, 語が再定義されることはなかったため、Server Side Renderingと(In browserの)レンダリング暫定的区別をつけられて今に至る

のかな?

個人想像です

2020-06-29

エガオノダイカを見終わったので微弱に擁護する

増田で糞アニメとして名高いので一体どんなもんかなと思って視聴終了。

概要

このアニメを簡潔に述べると、まず政治・経済的な前提なしで帝国とソレイ王国の開戦状態からまります。片方の国ソレイユの姫様ユウキ最初戦争状態にあるとは知らされていません。しか彼女は幼馴染の死から真実を知らされ、なんとか両国人間が死なないように軍を指揮しようとします。その作戦手法とは主に両国兵士たちが最小限の犠牲で済むというものでした。いろいろ省略して最終的には両軍の兵器エネルギー源を止める方法が見つかり、両軍の兵器沈黙して終了、仕方ないか両国の国交が暫定的回復するという話です。

背景

で、そこそこ背景があります。まずソレイユ国。これは新型兵器クラルス(作中であまり触れられないが、動力源。動いてるロボの名称別にある)を擁していて、この動力源はもともとベル公国仲介して帝国とソレイユが共同開発していたものでした。そして12年前にテロ事件が起こるのですが、ソレイユの幹部が「帝国のせいにしちまって新兵器動力源はうちに牽引しようぜ」、と画策します。このやり口が帝国逆鱗に触れて戦争状態となります

感想

まあ政治的背景を真面目に考えりゃソレイユが資源独占して相手帝国主義だったのは、なんかかみ合わせ悪かったねとしか思えまえん。というよりソレイユが資源を独占しようとしたという背景が姫側近のレイから伏線で話されるのですけど、帝国からしたら王国資源独占した挙げ句攻め込んだら全部破棄にされた話でしかなく、そういう側面から考えるとちょっと身も蓋もない感じがしました。ソレイユって国家としては悪じゃんと。背景には明らかに利益綱引きがあったと思うんですけど、冷戦構造みたいなものは全く無い描かれ方をしている。だけど途中で第二次世界大戦モデルにしたような描写は出てくるので、多分作品としてやりたいことが違うんでしょう。あと、共同開発していた新動力へのテロリズム一方的に強大な敵国のせいだ、としてしまえる外交手腕って何なんでしょうか。素人目に日本アメリカモデルにして考えても、まずありえない行動です。

心理ドラマ

ただこれ、いわゆる戦略戦術政治の面から見るもんではなく、全体の逼迫した状況下で個人の思いが殺されてゆく話だと思うわけです。かつてのアニメでいえばヤマトガンダム銀英伝のような敵の事情もはっきりわかった上でどっちも死んでほしくない、という感情を想起させてゆく作りではあります(必ずそうなるとはいってませんけど)。ヤマト場合好敵手、ガンダム銀英伝場合主義思想の違いで殺し合うわけですが、エガオノダイカにはなぜ殺し合うかというテーマ希薄です。実際に武人生き様のために死ぬ、という描写は控えめですし、そういった時代錯誤的な意志の強さはあまり重視されません。それはテーマが "生きる" ことに集約されているからです。

テーマ

ステラは常に生き方を探します。ユウキ戦時でも生かすことを見出しゲイル孤児を引き取りながらメンバーを活かすことを考えて行動します。イザナの子戦争の途中で父の死と引き換えに生まれてきます。このように戦争状態という皆が嫌々参加している状態からキャラクターたちは生きることを見出します。このため前項における全体的な利益のために死ぬ武人、という自己犠牲的な生き方は重視されていません。そんな意味ユウキというキャラクターは最も自己犠牲であるにも関わらず、最後まで両軍を生かすために我を通した、という意味でコンセプトは一貫していました(戦争中にあん指揮官いたら嫌ですけど)。反面帝国は死を利用してプロパガンダを行い、分隊隊長の死など気にもとめません。このへんの対比はやりたいことが出来てるとは思います

ただ、視聴者的に言えばハロルドゲイルという二大キャラがなぜ衝突しなかったのか、と思うことしきりだったでしょう、参謀的なイザナがモブに撃ち殺される、というあっけなさもよくありません。

タイトルのエガオノダイカは自明で、沢山の笑顔犠牲になって平和が訪れた、あるいはたくさんの犠牲により笑顔がもたらされた、という意味です。

科学の扱い

戦争をやめる=科学否定する、という流れになりがちなのは、多分脚本家アレルギーなのではなく、おそらくそう見せたほうが演出として開放的からでしょう。実際にそうなってしまえば作中でステラ疑問視したように文明自体が後退してゆきますし。

最後

独断偏見で選ぶ2010年代クソアニメ10作』

というエントリにあったような読み方は流石にまずいかなと。一応コンセプトと設定とキャラクターの持つテーマはしっかりつくっていってるのでそこは読んだ上でケチつけたほうがいいかなと思いました。

あと、我ながら暇人かなと思います

2020-06-23

anond:20200623170603

個体数をキープできないのは適応じゃないよ。

仮に現状の個体数が多すぎるから減少させることが全体としての適切なありようだったとしても、結局、どこかで個体数が維持できるような規範に移行する必要がある。

レイプを悪しとする価値観暫定的もので、「元気があってよろしい」寄りの価値観シフトすると考えるのが妥当じゃないかな。

2020-06-22

anond:20200622100639

いろいろ むずかしいなーって

たぶん どっちがどっちか?と聞かれたとき

グリップ力が高いタイヤ速いよね・・・いや いらなくね?そのグリップ

 速いのはわかるけど シートも変えたし、メーターも変えたし やりゃできるけど

 いるか

普通そういうでしょ

乗用車に1万回転なんていらねーだろって

すると

乗用車はこのタイムで峠を下りません。

いや

下ってるだろって

このタイムで峠を下れるのであれば、それは乗用車ではない。

排気量だけで定義をしたいままでの方法が間違えていた可能性について、検討を開始

 

排気量だけで3ナンバー定義できると考えていたが、実証データを積み上げた結果、

ナンバー定義を変えたほうがいい可能性を否定しきれないため

 

より新定義暫定的にすると このタイムで峠を下れるものが3ナンバー

ドライバーによるブーストの誤差が 無視できない 領域に 現実問題として 存在し得たため

ただし ドライバーによるブースト性能を加味する

 

旧の方で 車検などがちゃんとしていたばあい

ランエボをぶち抜ける7000回転の86は3ナンバーか? > どうみても 3ナンバー

 

限定免許のようなものだが

あのドライバーが乗った場合 この車は 熟達したドライバーが乗るランエボをぶち抜く ゆえに 3ナンバーをつけろ

ゆえに 法制度を変更すべきか 検討せよ・・・アニメ

 

法制度を大きく変更すると面倒だから

1つはエンジンを1万回転に変えてくれというのもあるけど

そういうドライバー普通にそのへんで街乗りをしていた場合

とりあえず 逮捕して

とりあえず ナンバーを3ナンバーに変更する

なにかもんだいがあるかわからない。

 

あなたが、個人的に 個別対応ナンバープレート変えてくれるだけで

簡単問題かいけつするの!!

そうじゃないと道交法根本から変えないといけないの 数人のために

2020-06-21

総合的に見ても、IT業界の最大の障壁過労死しか頭脳労働なので、いわゆる過労死とは違う、テクノストレスと呼ばれる独特の症状になり、端的な症例としてはノイローゼうつ病と呼ばれている。

スポーツで言えば、衝撃による骨折よりも、累積疲労による骨折のほうが症状が重いというのにちかい。ようするにIT業界現在の最大の障壁というより、2000年以前から障壁の1つは、医学的な問題。これらは非常にパーソナルな問題を含むため会社も介入しづらい。だが、IT業界といえばうつ病というのは、よく聞く話。実際は、うつ病ではなくテクノストレスとでも呼ぶべきだが、業界外部には説明しづらいため、うつ病総称で呼ばれる。まぁノイローゼとでも言う方が近い。

ただ、いずれにしろ医学的な問題であり、理学系は理系であるがゆえに若干の共感はするが医学ではないため少佐はわからない。

だが、プログラムは人が作っている異常医学過労死と切っても切り離せないし、ここ数十年。

是非はあるが、すくなくとも管理職相当にとっては常識であり、1つの相談窓口としてはそのとおりである

本当に進路IT業界でいいの?

写真しろ絵画しろ パソコンを使うことも多くなったし

ホームページを作ろうというのも1つの流れ

美術系が、絵を書くしごととしては適切だろうし、IT業界への参入というのはあくまでも絵を書くといういみで参入ならそりゃそうだろう。

が、先ほどから述べているようにテクノストレスによる死亡事故というのは現実問題であり

参入でも、ITに深入りするのであれば、先生必要

たとえれば、富士山に軽装で登るというのは『プロの犯行』であり、初心者が軽装で富士登山ともなれば、場合によっては周囲の人間がよってたかって拘束することも起き得る。

ブラックジャックは無免許です

さまざまな個別事情戦場帰りということがあり、

ライセンスのものはあるんだが、どこの国が発行するか?というはなしがあり

事実上ライセンスはあるが

事実上本人が受け取れていないだけ

コロナ給付金と同じ。国はすべての国民相当に配布すると約束しているが、事務手続き上まだ、本人が受け取り手続きを完了できていないだけ

事実上 医師免許があることは 確認できるが

では どこの国が発行した医師免許なのか?というのを事実関係がわからないもの

おたくのくにですか?とといあわせたところで 回答不能というのがあり

手続き上 どこの国の医師免許か?というのが不明であるためアメリカ日本可能性が高いが、本人の意志無視してその国が回答できない場合が多いため非常に難しい。

結論

ブラックジャックはどう考えても 医師免許を所有していて 

どう考えても 日本とは少なくとも 互換性がある。

だが、事務手続き上 確認が取れたわけではないので

事務手続き上 緊急事態を覗いて 一旦は 特例措置確認できない場合は あくまでも 事務手続き上 確認がとれるまでのあいだは

暫定的に無免許相当とするしかない。

 

※むしろ国内に関しては少なくとも医師免許を発行したほうが簡単ではあるが、諸事情

アイルトン・セナ(もとF1ドライバー)が国内免許証を持っていないと言われた場合の 警視庁対応

免許証は発行しているが、国際的事情で本人が日本国内免許センターに受け取りに来ていないだけ

警視庁としての見解は、彼は免許不携帯だが、国際的な状況で日本まで取りに来ていないのは忙しいだろし仕方がない

2020-06-15

改造110円バーガー

マックの110円ハンバーガーを買ってきて、レタストマトマヨネーズを足して食う

うまい 350〜500円くらいのハンバーガーの味になる 野菜もたくさんとれる レタスの食感、トマトの酸味にピクルスの風味とパテのジャンクさ、添えられた刻み玉ねぎの辛さ それをマヨネーズがまとめあげる 最高

 

110円バーガー唯一の弱点はハンバーガー下さいって頼むときに蔑みの視線を向けられる(被害妄想)ことだったが、アプリからモバイルオーダーすることでそれは完全に解決されてしま

店につきかかってるところで注文すれば、入ったらもうできてる 受け取るだけだ 蔑みの視線を浴びる時間はかなり短い

 

ハンバーガーに関する完全なソリューションを見つけてしまったよ俺は

ーーー

価格計算

トマト:中サイズ4つで税抜199円のを使ってる ひと玉でバーガー2つ分にはなるので、4玉で8つ バーガーひとつにつき29円くらい

 

レタス:ひと玉いくらか忘れたけど200円はしなかった 8つでは効かない量のバーガーができるぞ 暫定的200円で16個分としよう ひとつにつき17円くらい

 

マヨネーズ:これもわかんねえな キューピーのやつは定価で450g350円 たしか値引きされてたけど、まあよくわからんから税抜き価格くらいってことにしよう ひとつあったら…まあ少なくともバーガー20個分くらいにはなるはずだ ひとつにつき18円としよう

 

110+29+17+18=174!

どうだ!!!まいった!!!!!!なんならもっと安いぞ、厳しめに計算たからな!!

ふははははははははは

2020-06-06

WHOゥ!

なぜ 君が機会を得られたにもかかわらずPHEICの宣言を一度見送ったのか!

なぜ 渡航制限を推奨しなかったのか!

なぜ 中国露骨に媚びるのか!

その答えは

なぜPHEICの宣言を一度見送ったのか?

IHR緊急委員会(15名 from 13ヶ国 [1])が国際的懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)宣言に足るだけのエビデンスを見出せなかったから。

1月21、22日時点では中国外の感染者数が4~6人だけであり[2]、ヒト‐ヒト感染の強さも不明で、暫定的にR0は1.4〜2.5(季節性インフルエンザ新型インフルエンザくらい)と推定されていた。(後の研究で、R0は4.7~6.6(天然痘風疹レベル)くらいだと推定されている[3]。)

また、ちょうどWHO専門家武漢入りして調査を開始したところであり、その結果を待つ意味もあった。

そういうわけで「今はデータが足りないから保留。10日以内にもっかい検討するからその時にまた呼んで」との結論に至ったわけだ。

この見送り中国への忖度と呼ぶ向きもあるが、過去のPHEIC宣言比較してもそこに特別な違いは見られない。

また、「PHEIC宣言は時期尚早」というのは当時の緊急委員会が至った結論であり、それに同意たからといってテドロス局長を責めるのもお門違いであろう。

また個人的感想だが、PHEIC見送りに関する非難には、人々のPHEICに対する認識もかかわっているのではないか

「PHEIC宣言がなされなければ各国は対策の取りようがない」等々、PHEICを疫病対策の“起点”としてとらえるような認識だ。

一方のWHO、PHEICは“最後の切り札”と考えている模様[4]

データ提供する、ガイドラインも制定する、ガイダンスだって発布するから、あとは各国で適切な対応をしてくれ。もし怠るようならPHEIC宣言でケツ蹴っ飛ばしたる」と、そんな感じ。

エビデンスは無いけど念のため」程度で宣言できるほどPHEICは軽くないのだ。

ただし、そういう時に使える“軽い警告”を制定するべきだとの議論は以前からあったため、それはそれでWHOの怠慢と言えなくもない。

なぜ渡航制限を推奨しなかったのか?

長年のWHO方針である2009年に初めてPHEICを宣言した際も渡航制限を推奨していない[5]

その理由は、渡航制限パンデミックの防止に寄与するというエビデンスが乏しく、むしろ条件によっては有害ですらあるからだ(※)。

複数研究[6][7][8][9][10]――2014年にはWHO自身23研究を用いたレビュー論文を出している[11]――によれば、厳しい渡航制限(全渡航の90~99%をシャットダウン)は感染拡大を数週間ほど遅らせる可能性があるが、最終的な感染者数と規模は据え置きである

※ PHEICが宣言されるような状況に限れば。感染発生の最初期であれば話は別。例えば昨年11月末に全世界渡航制限が行われていれば新型コロナ流行はなかっただろう。

研究をまとめると、

渡航制限メリット

患者の総数が変わらないとしても、時間当たりの患者数は減るため、対応能力の低い国においてキャパシティオバーを緩和できる。

予防接種治療薬が存在している場合、それらの準備を整えるまでの時間稼ぎになる。(今回のコロナ禍には当てはまらない)

渡航制限デメリット

流行期間が延びるため、社会的対応(ロックダウン等)の継続時間も延びる。

サプライチェーン(特に医療品)の深刻な寸断、専門家交流の途絶、国際支援の遅延または減少。

・↑2つと部分的に被るが、経済コストが非常に高くなる。

感染の発生を隠ぺいするインセンティブが働く。

WHO的に、渡航制限は高い経済コスト、低い効果、そしていくつかのデメリット存在から推奨されない。

全く無意味というわけではないが、より有効政策――手洗い等の徹底、適切なスクリーニング及び隔離ソーシャルディスタンシング(社会的距離をもたせるような政策ロックダウンも含む)――にその分のリソースを振り分けるのが好ましい。

これらはあくま過去エビデンスに基づいており、将来の研究にて今回の新型コロナについては渡航制限有効であったとのエビデンスが出るかもしれない。

しかし、“エビデンスに基づき結果的に間違った”対処を貶め、“エビデンスに基づかないが結果的に正しかった”対処を褒めることには同意できない。


なぜ中国露骨に媚びるのか?

諸君は↑の2項目について「中国への媚」と思っていたのだろうが(あとは台湾への対応か)、実際のところエビデンスベース判断であり、発生国中国以外でもWHO対応は同じだった可能性が高い。

しかし、中国への批判を控えたり、台湾冷遇、ちょくちょくあるリップサービス等、WHO医学とは別の領域において中国へ甘い対応をしているのは事実

なぜか?

テドロス局長場合簡単だ。政治的支持基盤が主にアフリカ系とアジア系であり中国存在が非常にでかい。なので中国批判はあまりしないし、リップサービスもする。 中国を称賛した回数はトランプのがテドロスより多いのだが[12]

WHO全体でみるとどうか。金に媚びてることはない。チャイナマネーとは比べ物にならないほどのアメリカマネーゲイツマジェスティWHOに注ぎ込まれている。

では何がWHO中国寄りにしているのか?

データである中国から提供される疫病情報である

WHOの宿痾として、情報提供加盟国善意に頼るしかないという問題がある。専門家/調査員を送り込むにも当該国の許可がいるため、独自情報収集もできない。

中国批判してデータが出てくる――「中国さん。あなた隠ぺいしてますね」「はい申し訳ありません。これが隠ぺい前のデータです」――なんてことはない。

ゆえに政治義理人情感情に惑わされず医学的なベストを尽くすなら、中国を刺激せずに気持ちよくデータを渡してもらうことが最適解になる。(本当のベスト中国が正直に全データ差し出してくれることだが、実現不可能な案に拘泥するのはワーストである)

これはWHOの根幹に関わる極めて深い問題だ。

「(WHOは)何のための組織なんだ」「政治より医学を優先しろ」という感じのブコメも見かけたが、医学を最優先とし、組織の使命を突き詰めて、そうして達する結論が“中国のご機嫌とり”にならざるを得ないこの地獄よ。

オーストラリアなんかはこの問題を正確に認識していて、「(拠出金削減よりも)WHO権限をより強化し、強制的査察権の付与等をすべきだ」という提言をしている[13]

ちなみに「中国抜きで新組織作れよ」的な冗談も目にしたが、それまた現実的ではない。

中国世界最大の人口、広大な国土に加え多数の国と国境を接している。国際的な人の出入りは膨大な数に上り貿易も盛んだ。民間レベル医療水準は高くなく、貧富の差が激しく、人々は頻繁に生きた動物接触する。そのうえ、国家は隠ぺい体質だ。

疫病、特に人獣共通感染症の発生源として絶対無視し得ない国、それが中国

今回のコロナ禍で中国から情報が一切なければどうなっていたかを考えれば答えは明らかだろう。まさに大地獄

故に切れない。切ってはいけない。

参考URL

[1] ttps://www.who.int/ihr/procedures/novel-coronavirus-2019/ec-22012020-members/en/

[2] ttps://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/situation-reports

[3] ttps://doi.org/10.1101/2020.02.07.20021154

[4] ttps://doi.org/10.4000%2Fpoldev.2178

[5] ttps://www.who.int/csr/disease/swineflu/guidance/public_health/travel_advice/en/

[6] ttps://doi.org/10.1038/nm0506-497

[7] ttps://dx.doi.org/10.1371%2Fjournal.pmed.0030212

[8] ttps://dx.doi.org/10.1371%2Fjournal.pone.0000401

[9] ttps://doi.org/10.1371/journal.pone.0016591

[10] ttps://doi.org/10.2807/1560-7917.ES2014.19.42.20936

[11] ttps://www.who.int/bulletin/volumes/92/12/14-135590/en/

[12] ttps://www.politico.com/news/2020/04/15/trump-china-coronavirus-188736

[13] ttps://www.smh.com.au/politics/federal/australia-wants-who-to-have-same-powers-of-weapons-inspectors-20200422-p54m7i.html

2020-06-04

こばるさん(@sha_k_br)のブログを読んでの感想

私は、ただの通りすがりである

====

今までは、ただ荒れている海を時たま平和なところから眺めていただけだった。

そして、たまたま見かけた漂流物に対して思ったことを気まぐれに書いて見ようと思った。

ここから書くことは、現段階書いている私には公開するかもわからない文章であり、該当のブログ記事に対して思ったことを気ままに書くだけなので何かを伝えるというつもりは一切ない。自分のなかのことを整理しようと思っただけのことで、こばるさんが何を思おうと私は興味はないし、これを読めというつもりもない。

発端はそのブログであっても、おそらくは私の思ったことまとめに終始すると思われるからである

以上のことを踏まえて読むかを決めてもらいたい。

これは自己保身という人もいるかもしれないが、私にそのつもりはない。

匿名で、なんの影響を被ることもない場所で、ただ書き散らかす文章から一切の重みはないということを読んだ人皆に伝えるという意図の、私の責任感の表れと取ってほしい。この文章はただの電子ごみだ。

さて、まず該当ブログurlを貼らせてもらう。

ヌメさんへのネットリンチに加担し続けている人たちへ

私は、このブログ題名名前があがっている方のCFにまつわる問題を時たま眺めていた。最近出来事などの一連も一通り見ていたつもりではある。

私には、一切法律的知識CF知識はないため、収支報告を求めるものに、「まあそりゃあ疑念が湧いたら事実確認をしたくなるよね」程度のことを思うことしかできない。これは、お使いに行かせた子供お金をちょろまかしていないか確認したい、というような感覚と似ているのでCF適用できるのかは私には判断はつかない。

私はここで、この方の問題について白黒をつけたことを書くつもりはない。あくまで、こばるさんのブログについて思ったことを書くというつもりだからだ。

このブログ記事は「CFした方がネットリンチをされている」という前提で書かれている。(題名からしてそう)

なので私がそのことについて書くということは、その前提に対して物申すということになってしまう。

そうなると、私の考えたいことと外れていくと思うのでとりあえずそこは保留にしておく。

以下、本文を引用しながら書いていく。

ヌメさんへのネットリンチに加担し続けている人たちへ。

あなたたちは愚かです。

優しさに賢さが追いついていない人、賢さに優しさが追いついていない人、その両方が見受けられます

優しさに賢さが追いついていない人は、大局を見る能力がありません。「優しい」という自己イメージに捉われて、その表面的な振る舞いからはみ出す勇気がないだけの愚か者です。

賢さに優しさが追いついていない人は、あなたが学んできた知識を、愛情を持って世界還元しないところを見ますと、やはり愚かだと思います

あなたのための寛容な世界づくりを、自ら放棄し続けているあなた方は、全く賢くありません。

声を上げる人の、精神高潔さを知りなさい。

そしてあなた自身の恥を知り、愛を知りなさい。


正直言うと、私はこの「優しさ」や「賢さ」という言葉が何を指しているのかがわからないため、ここは飛ばす。

ただ、「寛容な世界づくり」という言葉から弱者にやさしい世界をということなのだろうかということを何となく推察するに、この人々は強者に当たるのだろう。そのあとの、声を上げる、などは最近話題トーンポリシングもろといった感じである。これ以降のところで語気語調で判断するな、といった内容のことが書いてあることだし。

トーンポリシングに関しては、議論の場は対等な人同士が様々なものを用いて議論をするという理想があるが、そこにも権力関係があるのだということを自覚しよう、といったものであると私は認識している。(何かで読んだ、何だっただろう…)

恥を知り愛を知る、は、まあちょっとよくわからない。思いやりだろうか。悔い改めるとかだろうか。

あなたは愚かです。しかあなたの愚かさは許されます

5年後、10年後に、あなた自分自身の行いを恥じたとき過去あなたの行いを誰も責めてはいけません。

もちろん、今あなたがそれを行なっているならば、咎められるでしょう。法に基づき裁かれることもあるでしょう。

あなた積極的または消極的加害行為が、今、あなたからの加害を受けている人の心の安寧よりも、優先して認められることはありません。

しかし、あなたの今の幼稚さは許されます

あなたはかわいそうです。然るべき手段で裁かれた後、あなたあなた自身からも許されることを願っています


これはまあ、おおむね一般的な考え方であるように思われる。罪は裁かれ償いをしたら一種チャラである。あとは良心問題

まずあなたは、あなたが何に依らなくても、あなた自身が当たり前に存在してよいのだということを、深く理解してください。

これはまず一番最初に、あなたの心の底の底に置いておくべきあなた自己肯定感です。

あなたが今それを得られていないなら、とても悲しく、残念なことです。

自分自身の心を明かし、賛同でなくとも肯定されることが、あなた世界を信頼できる根拠になるということを、ぜひ知ってほしいと思います

自分自身の心を明かす勇気を、あなたの愛する、信頼できる人に向けてください。

その信頼が報われたときあなたあなたのための自己肯定感を得られるはずです。

その経験を得たとき、その自己肯定感や誇りが、他者にとっても同じ、誰にも脅かされてはならないものだということを、想像できる人になってください。


ここはいささか唐突に思われた。なぜここで自己肯定感の話なのだろうと率直に思った。

自己肯定感がないからこそ、曰く「愚か」な行為をしているという考えであるのかと推察するが、「自分自身の心を明かし、賛同でなくとも肯定されることが、あなた世界を信頼できる根拠になる」という点では、賛同/肯定をされた時点でその賛同/肯定されたものが、結論として善であろうと悪であろうとその内容はかまわないように受け取られる。

それとも、「愚か」なことであってもその自己肯定感が生まれたらばそれ以降回心できるはずといったようなことなのだろうか、私には少々やはり呑み込めない。

ある層に受けることを言ってしまったらその承認におぼれてしまい、そこから抜け出せないこともあるのではないか、等々考えてしまう。

まあやっぱりよくわからない。

また、「中立」の立場をとり、自分を冷静だと思っている方へ。

あなたが行動をしない限り、あなたは無敵です。

あなたが何かを決めない限り、あなたは誰にもジャッジされることはありません。

あなたは、いつでも世情に合わせて、怒られないための「正解」を選ぶことができます

あなた卑怯です。安全場所で、物事を見定めているつもりになっている自分自身のことを恥じてください。

あなた対立する勇気を持っていないのなら、あなたは有力な参謀にはなり得ません。

そのことを理解し、自身のことを省みてください。


私としてはここが一番の山場であった。ここで、こばるさんは他者に対して「対立する勇気」求めている。

私はここが一番引っかかった。

意見を表明する勇気」ではなく、「対立する勇気」であり、「中立」、決めかねるという一つの判断否定していると思うからだ。

以下は、浅い知識によるものから最初に書いたことを思い返して、あまり真に受けないで読んでもらいたい。

私は、この言葉を読んだとき、エポケーという言葉を思い出した。

エポケーは、判断停止や判断中止とも言われる。これは、懐疑的もの見方として生まれもので、常識などを棚上げし、事実を見るというようなことである。「これまではそうだった、だからこれからも違いない」ここに対して待ったをかけるようなものと私は習った記憶がある。思考停止とも違うということも。

判断を停止するということは、結論を下すことを中止するということで、こうだった場合にどうなるかといった想定をしてその場合結論としてはどうなるか、と考えることをやめるわけではない。

判断停止をし、意見表明をしないということは確かに叩かれるものがないという点で「無敵」かもしれない。

しかし、むやみに敵を作るような行為は慎んだほうがよいのではないだろうか。対話可能と思えないのならば、口をつぐむということも選択肢に入って来るのではないだろうか。そこで人は絶対意見を言わねばならないというのは酷であると私は思う。

立場を明らかに意見を表明できないのは、冷笑主義でもない限りそれ相応の判断停止の理由があるのではないか

または、明らかにするほどのことではないという一種の”判断”でもあるだろう。

ここをおして判断を迫るのならそれ相応の論拠を明確に提示していく必要があるだろう。

また、全貌を知らないままに下した判断には危険性があるのではないかと言いたい。

ヨクシラという言葉があるが、ヨクシラで首を突っ込み盲目的に突っ走るというのは恐ろしいことである。むやみやたらに判断を求めたらいいというものではないと考える。

ただ、これはヨクシラで判断を下し動いている人々に対して判断を下し行動することをやめろといいたいのではなく、その判断に基づいて物事を見ることに固執しかねない、という危険性を留意しておくべきではないかという意味であり、柔軟性があるのなら、意見を表明するという言語化を通して自身の考えをまとめることができ、それを叩き台にしていろいろの人との対話をすることで自身の知見を深めることができるため、それ自体をすべて悪いとは思わない。

これはヨクシラでない人であっても同様のことがいえると思っている。固執することは恐ろしいことである

そして、これらの話はどちらか、いずれか、なんらかの想定されるコミュニティに与するという話ではないと思う。

私は、「対立する勇気」という言い方にどうしても、二項対立ですべてを説明しようとする姿勢が見えてならない。

人々はそうそ一枚岩ではないだろう。学校クラスの分裂ですら、賛成反対と大きく分けてみた中をのぞけば、容易にその中の分裂が見える。

「有力な参謀」という言い方も、ある組織構造を持った何かを想定しているように思える。

ここ以降は、声を上げるリスクについての説明などで、黒人男性黒人若者に対し言っていた言葉彷彿とさせるものだった。

以降に関しては特に思うところはない。しいて言うなら、「数は力」という言葉と、黒人差別意識させること自体だろうか。(全体な気がしてきた)

「数は力」に関しては正当性があると思ってのこの書き方なのかもしれないが、それはマイノリティマジョリティの流動にしかならないのではと思ってしまう。

数は結果であることが望ましいのではと、素朴に思う。まあ、綺麗事なのはわかる。正当に数を得られるように頑張ってほしいものだ。

政治について学んでおらず、社会学に関しても知見が浅いので、これは当たらないかもしれない。(田中角栄しかでてこない程度の知識である。)

黒人差別意識させる書き方をしてることが引っかかるのは、これは黒人差別と同じものではないからだ。

ここからは本格的に蛇足であるが、考えたので残しておく。

ネットリンチは悪いものだ。

差別だって犯罪だってそう名のつくものは悪いものだ。だってリンチ差別犯罪からネットリンチ批判することに是非は問われないだろう。

ただ、ネットリンチというレッテルを誰か他者に貼ることはどうだろうか。

私は、この悪者としてのレッテル他者に貼ることが端的に言って怖い。

これを叩かれるのが怖いということだとは勘違いはして欲しくない。

ここでは、叩かれることは問題ではない、他者レッテルを貼ることが問題なのだ

それをするのは、覚悟必要だ。

その時周りなどは関係ない。私とその人との問題しかない。間違っていた場合のことを考え、極力それをしないように努めなければならないと私は考える。気分としては推定無罪、のような感じだ。自分責任を取れないと思うから責任を持って私はどちらに加担することもしない。

私は当事者でもその近くでもないからだ。

誰かが言ってるから、そんなことで自分の行動を決めてはならない。

大勢迎合することも好ましくない。責任に欠ける。

こばるさんのこのブログ記事は、前提がもう、ネットリンチというレッテルを誰かに貼っている。

想定されているだろう個別具体的な人々はいるのだろうが明確にはされていないから、私にはわからない。ネットリンチは無くさねばならない。

しかに当該の方にネットリンチと(法的、公的に)されることをしている人はいるのかもしれない。

それならば、その人は然るべき罰を受けるべきだ。

私もそのネットリンチをしている人々に対してのみに当てられたものだったら特に何も言おうとは思わなかった。

しかしこの記事では、ネットリンチとこばるさんが思うものについて、ネットリンチだと断定しない人間(中立)への批判がされていた。

私はそこにとても引っかかりこんな長文乱文を迷いながら書いている。

繰り返しになるが、ネットリンチだと判断するのは、ネットリンチ批判するその個人がしなければならないと私は思う。少なくとも、公的な場で決まりきっていないなら、そうなる。

それはしかし、「どう見ても正しさの欠片もないもの」と「正しいけど程度として問題があるように思えること」など、いろいろなものがあるのではないだろうか。私刑は正しいことではない。

少なくとも私は、ネットリンチというレッテルは、どこまでいったら貼って良いものなのかの知識はない。

こばるさんはそのような発言をして批判をするのなら、せめて、明確にネットリンチがなされていると自分が思う根拠を示す必要があったのではないかと思う。

このブログは、黒人差別問題彷彿とさせる。

しかし、黒人差別と同等なほどに、誰がみても、正当性を持って、ネットリンチと言えるものなのだろうか。こばるさんがネットリンチだと思っているものは。

ネットリンチというレッテルを使わずに、自分が目に余ると思う行為をしてる人たちについての問題提起をするということだって、一考の余地はなかっただろうか。ネットリンチとされなくても、人道的に嗜められるべき行為などはある。

私は少なくとも、一連を見てて何に義があるかというのは、簡単に言えるものではないと思っている。

いろいろなひとがいろいろなところでいろいろのスタンスで話してるのを見かけるからだ。

そこまで注視してない私ですら様々な意見を目にするのだからもっと様々な人がいるだろう。

私が見てる中にも、見てない中にも、ネットリンチに当たる行為があるのかもしれない。

ただ、私は誰かから困っていると言われたら、然るべき対応を、としか言えない。

手に余ることをするのは、無責任だ。

デマの流布をしないことが、一番私としては誠実な態度だと考える。

こばるさんの想定には私のような問題を外部から眺めている人間などが入ってないのかもしれない。ただ、この書き方はあまりにも広範な人を巻き込んでの批判ではないかと思う。

声を上げることそのもの正義、ではないと私は思う。

後半の論調的にはネットリンチ気づきつつ口をつぐんでいるサイレントマジョリティーを想定されているようにも感じられたし、基本的にこのブログ記事は、正義は我にあり、と信じて書かれているように思われる。

なので、正当な判断をしたらきっとこばるさんの側につくとこばるさんは信じているのだろう。

個人的には、正義は我にありと信じてやまない、揺らがない態度というのは、少々怖いものだと思う。

たとえ考えが変わらなく思えても、問い続けることは大事ではないだろうか。

乱文なので、また編集をすると思います。ここまで読んだ人がいたら、お疲れ様です。文意通らないとこあるかもだけど許してちょんまげです。

頓珍漢なこと書いている気もするけど、暫定的に。

2020-05-12

anond:20200512110910

それはない。

コロナ一時的に封鎖解除した場合、次の封鎖までの間にリモートを戸と寝ようとする企業が増える。

いまのリモートは、暫定的セキュリティー他をフルオープンしてつないでいるだけ。

IT企業はどこも予約まち。もうオレたちの業界特需が見えてる。むしろいま断るほうが難しい状況。

2020-04-22

「アベノマスク」は蔑称なのか?

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%99%E3%83%8E%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%AF

現在、削除の方針に従って、この項目の一部の版または全体を削除することが審議されています

削除についての議論は、削除依頼の依頼サブページで行われています。削除の議論中はこのお知らせを除去しないでください。

この項目の執筆者の方々へ: まだ削除は行われていません。削除に対する議論に参加し、削除の方針に該当するかどうか検討してください。また、本項目を既に編集されていた方は、自身編集した記述内容を念のために控えておいてください。

このページ名「アベノマスク」は暫定的ものです。

議論ノートを参照してください。(2020年4月

このページの名前に関して「2020年日本国政府による布マスク配布」もしくは「新型コロナウイルス感染症流行に伴う布マスクの配布」への改名提案されています

議論はこのページのノートを参照してください。(2020年4月

このページは「布製マスク」、「日本における2019年コロナウイルス感染症流行状況#日本政府の対応」との統合提案されています

議論は「このページのノート」を参照してください。(2020年4月



「アベノマスク蔑称から記事削除しろ」という表現の自由侵害を受けているウィキペディア

仮に蔑称だったとしても表現の自由は守られるべきだと思うが、そもそも蔑称なのか?

アベノミクスは良くてアベノマスクダメって、一体なにがそんなに気に食わないんだ?

2020-04-03

国と企業個人が今やらなきゃいけないこと

東日本大震災とき毎日原発の動向にヒリヒリしてたのと同じ以上に毎日ヒリヒリしてる。

そんな状況で自分が何を考えていたかの記録を残しておきたくて自分なりに整理してみた。

行政(国、自治体

重症患者用病床・リソース確保

どれだけの数を揃えれば十分という予測も難しいとは思うけど、仮設でも数を揃えないといけないのは

イタリアスペインアメリカの状況を考慮すると察せられる。

リソースは人工呼吸器と医療スタッフスタッフ使用するマスク、防護服。

これは足りないのであれば、国内製造工場を持ってるメーカーに依頼してすぐに増産しなきゃいけない。

もし余ったなら、日本より遅れて感染が始まる国に提供すればいい。

医療スタッフに関しては通常医療との兼ね合いにしかならないのが怖い。

海外では引退したスタッフ現場復帰させるとかの手を打ってるけど、そうしてでも数を増やしてローテーションして疲労を抑えていかないと破綻する。

無症状orごく軽症で服薬で済むなら、診断と処方自動化できないかなーとは強く思う。

処置自動化はまだ当分先だろうけど、CT画像診断なんかはかなりの精度で診断できるはずだから今後のためにそういった技術開発も必要

軽症、無症状患者隔離施設確保

重症用の病床もだけどもっと不足してるのがおそらくこっち。

ここが間に合わないと結果的キャリアーを放置することになって感染が止まらなくなる。

この施設には医療スタッフは最低限で良いはずだから、無症状患者自身による施設管理を考えても良いと思う。

ポストコロナ世界では未感染者と既感染者(免疫保持者)で違う生活を送る、物語の中の階層世界が来るのかななんぼんやり思ったりもする。

ただ、免疫保持者がある程度動かないと国全体の完全な機能停止はできないから、相応のインセンティブをつけて活動してもらうべき。

食料の確保と配給手段検討・準備

封じ込めのためのロックダウンを行うのであれば、最も"不要ではない"外出は食料品の購入。

そこでの感染拡大を防ぐのであれば、食料配給の検討もしなきゃいけないと思う。

ただ、汚染されていないことの担保をしながらの全国的な配給って現実的ではない気もしてしまう。

ぶっちゃけ景気刺激のバラマキより、国主導で生活ができる準備のほうが優先順位圧倒的に高いと思ってる。

電気、ガス、水道事業者への資金投入

引き落としの人は良いけどコンビニとか銀行振込にしてる人は、支払にいけなくなると滞納でライフラインが止まる可能性がある。

幸い凍死しる時期では無いけど、夏まで伸びてエアコン使えないとかはかなりまずい。

その時は自宅待機で出社せず全家庭がエアコン使うとなると消費電力もかなり膨大になりそう。

企業店舗が稼働しない分でトントンになればいいんだけど・・・

あと、原油の輸入が減ったり止まったりするとそもそもの発電量がガクッと落ちることの対策必要。(そんな対策あるのか?)

企業への雇用維持資金の投入

これしないと企業経済活動止められないか、大量解雇して自殺者だらけになる。

あらゆる手段を使って資金調達して行うべき。

同様に個人事業主フリー労働者に対しての保障も。

WEBでの各種申請の仕組み構築

どんな保護政策を打ち出したって「窓口にお越しください」じゃ意味ない局面が実際に訪れた。

必要な届け出をWEBで完結するための仕組みは必須。ついでに選挙WEBでできるようにしてほしい。

これを言うと、WEBが分からない人はどうするんだって言う人もいるけど、

じゃあ窓口に書類出したり選挙投票者名前書くときに識字できない人はどうするのって話。

そういった意味では、ただでさえ遅れてるIT教育のより一層の強化は必要だと思う。

企業

経済活動の停止

インフラ系の事業者を除いた企業はできるだけ早く活動の停止or完全在宅勤務にするべき。

仮に従業員から感染者を出したとき従業員健康ももちろん大事だけど、

活動自粛をせずに病気を広めた企業として認知されたら、実質もう終わりでしょ。

従業員管理評価方法見直し

コロナ間中だけじゃなくて、終わったあとにこそBCP観点から最優先で取り組まなきゃいけなくなる。

東日本大震災のあとには拠点サプライチェーンへの対応としては対策がある程度なされただろうけど、

全国的な人の移動を止めなきゃいけないことへの対応はまだ全然できてなかった。

紙とハンコの決裁フローとかもマジで害悪

リモート環境の構築

従業員に任せるな。ちゃん企業で用意しないとだめ。暫定的ものでもいいから。

必要性が高く不足する物の増産

国で強制的やらせるわけにもいかないことがほとんどだからこそ、

企業自発的国民を助けるための活動をするべきだし、

その内容は大いに広報PRとして活用すべき。

国の、人の命と生活を助ける。これ以上のブランディングはない。

個人

適切な医療機関へのアプローチ

国が出している「疑いの条件」「その際の連絡先」をしっかり守って、可能な限り医療現場の圧迫を避ける。

また、ロックダウン前までは可能な限りの行動自粛と、きちんとした自分の行動の記録。

もし感染が判明したとき、経路をきちんと医療機関や行政に伝えられるようにしておく。

あとは隠さない、うそつかない。

買い占め禁止

言わずもがな。外出の必要性がほぼ無く、すでにマスク溜め込んでるのにまだ買おうとしてるやつとか○ねばいいのに。

状況が進めば食料の買い占めは心情的にどうしても発生してしまうと思うから

なるだけ早い段階で国が準備して援助がある旨を通達できるようにしてほしい。

インドアでの楽しみの発見

謹慎生活でのストレス緩和のために多分めちゃくちゃ大事

特に子供がいる家庭で、子供ストレスが高まっていくと親の負荷も一気に高まるからそこのケア方法

各家庭で考え実践してシェアできるようにすることを進めていかなきゃいけない。

情報リテラシーの強化

最終的な行動と判断はそれぞれ異なってくるのは当然だけど、

せめてその前に正しい情報の集め方、入ってくる情報の正誤の判断はある程度できるようにならないと。

また、リテラシーは発信することに関しても必須デマとかもってのほか

恐怖のコントロール他者への寛容さ

例えば相応の住人がいるマンションだったりすると、もし誰か感染者出たら十中八九白い目で見られる。

ほとんどの人がなりたくてなってるわけじゃないんだから、できるだけ寛容になるべき。

そのための一番のハードルが恐怖。怖いから警戒するし、危険タネとなる人に厳しくなる。

恐怖はできる限り慎重さとできうる準備に変換して、心の片隅に置いておけるように。

楽観さ

行動を楽観的に行うのではなく、できる限りの準備をしたうえでの先行きに対する楽観性は必要

ずっと悲観的にいても心がつらくなってしまうから、できることをした上で自分や周りの人や将来を信じる。

情報リソース提供

自分が知っている身の回り情報を発信したり、逆に行政からの発信を周りの人に教えてあげたり。

あとはビットコイン採掘で一時期流行ったけどPCリソース演算に貸すような仕組みが、

今回のウイルス解析やワクチン開発とかでも一部使われてるからよかったら参加してみる。

3Dプリンターで人工呼吸器のパーツ製作みたいな話もあるみたい、すごいね


もっといろんな情報知ってる人とか賢い人は、もっともっと有効なこととかも考えられるんだろうけど、今の所これくらいが精一杯かな。

1年後とかに見たら気付けてないこと、勘違いしてることだらけなんだろうけど、考えることってやっぱり大事から

今時分が何を考えて、どう思ってたのかはちゃんと振り替えれるようにしておきたい。

2020-03-29

anond:20200329165648

親北大学生団体が野党候補に選挙妨害作戦…選管は「違法」とするも警察は傍観

数日連続でついて回りデモ

 23日午前、ソウル地下鉄建大入り口駅。4・15総選挙ソウル広津区乙選挙区から出馬している最大野党・未来統合党の呉世勲(オ・セフン)候補通勤のため行き来する市民あいつの言葉を掛けたところ、10人余りの大学生が呉候補を取り囲んだ。彼らはソウル大学生進歩連合ソウル大進連)所属で「政治家は常に寄付行為はできません」と書かれたプラカードを掲げ「辞退が答えだ」「呉世勲候補説明してください」などと叫んだ。呉候補が昨年の旧正月と秋夕(中秋節)、そして今年の旧正月に自らが居住するマンション警備員や清掃員など5人に5万-10ウォン(約4400-8700円)など総額120万ウォン(約10万5000円)を提供し、最近になって選挙管理委員会によって告発されたことを問題視したのだ。呉候補は「これは選挙運動妨害です。選挙違反です」と抗議したが、大進連側は全く意に介さなかった。ソウル大進連は一連のプロセスフェイスブックを通じてリアルタイムで中継した。

 呉候補陣営は「大進連の会員たちが最近、2人1組で地下鉄の駅、選挙事務所などでピケットデモを行っているが、23日はのっけから候補を取り囲み、組織的選挙運動妨害した」と主張した。最終的に呉候補陣営選挙運動開始から30分で遊説を諦め、その場から立ち去った。

 選挙管理委員会は一連の遊説妨害プラカードデモ選挙違反という事実を大進連はもちろん、警察にも通知したという。広津区選管関係者は「18日と20日の2回、大進連側にプラカードデモ選挙違反であることを伝え、デモの中止を要請する文書を送った」「警察にも同じ立場を伝えた」と明らかにした。しかし、この日現場に広津警察所属警察官十数人が来ていたが、大進連の遊説妨害を制止しなかった。選挙違反現行犯に対し、警察は何もせず見ていたのだ。

 広津警察署は「選管意見などを参考に、最近大進連に対する内偵に着手した」と説明した。この日、大進連によるプラカードデモ現場で制しなかった理由については「現場での対応で不十分な部分は調査し、相応の措置を行う」とコメントした。

 呉候補23日、フェイスブックに「警察は大進連による持続的な選挙運動妨害行為はもちろん、今日現場での違法行為に何の措置も取らなかった」「警察として当然の職務を怠り、ほう助するよう指示した責任者を明らかにし、捜査を行うまで選挙運動暫定的に中断し、一人デモを通じて強く抗議する」との考えを示した。

 「大進連」は北朝鮮金正恩キム・ジョンウン国務委員長のソウル訪問歓迎対話や各種反米デモを主導してきた代表的親北性向大学生団体だ。

民主主義破壊速度では日本韓国に完全に負けてるね

恥ずべき日本韓国を見習うべき

2020-03-02

いつまで経っても直せない、人間関係リセット癖についての一考察

人間関係リセットする癖がある。

中学とき高校とき、仲が良かったはずの友達と、卒業後は、連絡がきても1度も返していない。というかLINEを全員ブロックした。同窓会にも欠席した。出席する選択肢がなかった。

高校3年間」というスパンで見ても、仲が良かったはずの友達クラス替えで別々になったら、連絡をとるのがものすごく面倒になった。流石にリセットはしないけど、面倒で連絡を全然さないでいたら、自然と疎遠になった。大学生である今も、割と似たようなことをしている。

このリセット癖が何に起因するものなのか、自分でも分からなかったんだけど、きょう、理由がわかった気がする。

今、めちゃくちゃユリーカ!!!って感じなのだが、唯一使っているSNSであるInstagram友達と繋がってるうえに文章を書くのは向いていないし、あまりに薄情な理由なので、日記を書いている個人ブログに書くのも人間性疑われそうで躊躇するので、ここに書く。はてなってありがたいねありがとうございます

結論から言うと、「友達はじめ、人間関係大事ものと思える価値感が欠落しているから」。ユリーカするまでもない、自明の理ですね。でも今まで気づかなかった。

私の話をさせてもらいたい。

大学に通ったことのある人ならわかると思うけど、大学に行けば、暇な時間は実にたくさん転がっている。

30分超えの暇な時間なら、読書なり、勉強なり、配信サービス映画を観るなりするけど、細々とした空き時間だと、することがない。ないけど、暇だ。ではどうする?

正解は、「人に話しかける」。

内容なんてなんでもいい。相手が誰でも別にいい。とりあえず近くにいる人(手っ取り早いから)や趣味の合う人(どうせなら楽しく暇を潰したいから)と話す。そうやっていると、大学入学して1ヶ月もすれば、「誰とでも話す明るいフランクな人」っていうパブリックイメージができあがる。なかでも頻繁に喋る相手とは、「よく一緒に行動する友人グループ」みたいになる。中学高校のころも、学年が上がる時も、バイト先でも、同じだった。

事実、喋ること自体は嫌いじゃない。バカ騒ぎは苦手だが、色々な人の色々な価値観やもの見方に触れるのはとても楽しい

私は最初に「休日にわざわざ」が嫌い、と書いたけど、学校終わりに一緒にどっか寄って帰る、程度なら大丈夫だったりする。「暇つぶし」の延長だから

「誰とでも話す明るいフランクな人」をやっていると、なにかの幹事になることを頼まれたりする。すげなく断ることでせっかく構築した「暇つぶしの話し相手」を失いたくないし、リーダーシップをとってイベントごとを仕切っていくのは得意なほうなので、よっぽど面倒な役回りじゃない限り、引き受ける。

だが、いったんバイバイを言って、家に帰ったり、1人で寄り道をはじめると、大学友達は、「暇つぶし相手」ではなくなる。少なくとも、「"手近な"暇つぶし相手」では。だって隣にいないのだから。だからLINEがきてもなかなか読まないし、返さない。ただLINEなどのレスポンスが遅い人は一定数いるので、ごめんごめんと言いつつ適当に返して適当無視していれば、「そういう人なのね」と向こうが勝手に納得してくれる。

土日に「遊ぼう」と言ってくれる友達がいるが、土日は大学がないので、彼ら彼女らは「手近な暇つぶし相手」ではない。

なので、その遊びの誘いは、ただただ「面倒くさい」ものとなる。

面倒くさいので、バイトがあるから、とか適当理由をつけて、半分は断る。半分は申し訳ないし暇な時の話し相手を失いたくないしで、遊びに行く。

これが「夏休み」「冬休み」になると、友達の「手近な暇つぶし相手度」は、さらに低くなる。四分の三は断る。それでも4回に1度は行く。

ちなみに「誘いに乗って遊びに行ったらどうなるか」というと、ヘトヘトに疲れ、MPを大幅消費して帰ってくることになる。あの、本当に分からないんだが、ディズニー旅行ならまだしも、ただの買い物やくだらないカラオケを誰かと一緒に行うことのなにが楽しいんだろうか。1人なら誰にも気兼ねしないし自分のペースで動けるし無駄時間がないし、カラオケにしても特に聴きたくもない友達の歌を聴くことに貴重?な規定時間を割くこともないのに。

話が逸れた。

さて、先程の「土日」が「夏休み」になり、さら「卒業」になったら、「友達」は、私にとってどうなるか。

もう答えを言う必要もないと思う。「まったくもって暇つぶしにならない」うえに、たまに連絡が来たりする、「面倒な存在」だ。LINEがきても邪魔なだけなので、ブロックする。

中学とき高校ときもそうだったし、多分大学卒業するときも、同じことをするだろう。

そもそもなんで友達暇つぶしの道具扱いしていると気付いたのかについてそろそろ書かなくてはならない。今日美容院に行ったのだが、美容師さんと趣味の話になり、映画鑑賞が好きだと伝えると、奇遇なことに美容師さんも映画が大好きだという。一通り最新映画の話をしたのち、美容師さんが

「そういえば、Twitterとかやってないんですか? Twitter映画好きの人、いっぱいいますよ。映画感想言い合ったり、映画友達作ったり。」

と言ったのだ。

「えー、いやー、やってないですね。SNS苦手なので。」

「やってみたいとか思わないんですか?私やってますけど、びっくりするぐらい趣味のあう友達できますよ。あ、シャンプーしますね」

いい香りシャンプーで髪を洗われながら、わたしの脳は急速に回転していた。「私、びっくりするぐらい趣味のあう友達別に欲しくない。」→「なんで友達欲しくないんだ? 大学友達と喋ったりは好きなのに。」→「いやでも私めちゃくちゃ友達関係リセットするな。」→「わかった、私あの子たちを友達と思っていないんだ。だから惜しげなくリセットできるんだ。」ユリーカ!!!!!

私は、友人がほしいと、あまり思っていないらしい。というか、人間関係にあまり頓着していないらしい。そう考えると、予備校通いをしていたとき弁当を1人で食べていたら、同じ学校の子に異様に心配されてむちゃくちゃ困惑したこととか、高校でよく「交友関係広いよねー」と言われていたにもかかわらず(実際クラスほとんどと日常的に話しをしていた)、いわゆるスクールカーストみたいなパワーバランス全然読み取れていなくて、友達に言われてはじめて「え、あの子とあの子仲悪いの?!?!」とびっくりしたこととか、二十年以上生きてきて今まで恋愛という意味で誰かを好きになったことが1度もないこととか、他にもその他もろもろ、腑に落ちる。

居るなら居るで適当に付き合うし、居ないなら居ないで、べつに不自由しない。あるならあるでいいし、ないならないでいい。

今日気付いたばかりなので、さら考察を深めていけばまた違う事実が顔を出すかもしれないけれど、今の時点では、自分をこう分析している。人間に興味が薄いのに、映画文学演劇など、「人間が創るもの」が大好きな理由は、まだ分析できていない。

自分の悪癖に暫定的理由けができたのでなんとなくほっとしているが、多分結婚もせず、暇な老後を慰め合う友もおらず、孤独な老人になって死んでいくんだろうなと思うと、ちょっと残念ではある。それはそれで愉快な老後だと思いこそすれ……

2020-02-07

昨年は韓日了解したとしていたが…韓国外交部長官「輸出規制、我々の望み通りに進まなかった」

https://s.japanese.joins.com/JArticle/262293?sectcode=A10&servcode=A00

韓国の康京和(カン・ギョンファ)外交部長官が6日、韓日軍事情報包括保護協定(GSOMIA)終了猶予決定の後続措置として、日本政府が輸出規制撤回を前提に話し合いをすることにしたことに関連し、「我々の望んでいた(昨年)7月1日以前の状況に戻ったわけでは断じてない」と明らかにした。

長官はこの日、内信記者会見で「昨年11月末、韓国側が日本側と了解事項として講じた(終了猶予措置暫定的措置」とし「我々はいつでも終了効果を再稼働でき、基本的韓国国益に基づいて行使する」と説明した。

韓国政府は昨年8月、GSOMIA終了を宣言し、11月これを翻意する「猶予宣言」をしながら「日本事前協議を通じて輸出規制措置解決寄与する方向で両国間の対話を再開することにした。日本ホワイトリスト安保友好国名簿)復元を含めた」と発表した。しかし、3カ月が経過した現在韓国側が望む方向に状況が向かっていないことを康長官が認めたのだ。

長官は「韓国側が(日本側と)了解事項を発表した時の基本目的(輸出規制撤回)をしっかりと再確認しながら、輸出当局は輸出当局方針に、外交当局外交当局方針に従って協議を続けていく」と付け加えた。

11月のGSOMIA終了猶予発表当時、青瓦台(チョンワデ、大統領府)高位級関係者は「韓日合意した『懸案の解決寄与できる方案で対話』の意味は、輸出規制復元を前提としている」と強調した。続いて「これについては韓日間が了解した」とも述べた。しかし、その後日本メディアから政府関係者伝言として「日本は何も譲歩しなかった」「輸出規制対話に応じない」という報道が出てくるなど、全く違う解釈が出てきて問題となった。

強制徴用企業国内資産現金化も「足下の火」

これに関連し、6日、外交部では金丁漢(キム・ジョンファンアジア太平洋局長日本外務省の滝崎成樹・アジア大洋州局長韓日局長協議を開催した。

韓日は昨年12月に文在寅ムン・ジェイン大統領安倍晋三首相が13カ月ぶりの首脳会談を開催してひとまず最悪の状況は切り抜けたが、依然として平行線を走っている。韓国は輸出規制解除を、日本強制徴用問題解決をそれぞれ要求している。

両国間の交渉内容に精通した外交消息筋によると、この日の局長協議の主な議題の一つには、被告企業韓国資産現金化関連の事項が含まれたという。現時点で韓日関係の「レッドライン」は裁判所押収された日本企業資産強制売却決定だ。

長官はこの日の記者会見で「現金化時点が結局はカギになるだろうが、政府としては司法手続きの一部門に介入する等の時点を予断することはできない状況」と答えた。あわせて「現金化されるというなら、それ以前の交渉戦略と以後の交渉戦略に違いがあるべきだと考える」と話した。

現在日本製鉄など日本企業3社の資産大邱(テグ)地方裁判所浦項(ポハン)支院、大田(テジョン)地方裁判所蔚山(ウルサン地方裁判所の3カ所に押収されて現金手続きが進んでいる。各裁判所日本にある本社現金手続きに対する意見を聞く尋問書を発送したが、日本政府がこの文書企業に伝達しないため、裁判は長期空転状態となっている。

日本は春までには韓国ホワイト国に復帰させる(キリッ

2020-01-24

anond:20200124203856

新型のコロナウイルスによる感染が拡大する中国湖北省では武漢市を含め、省内にある10都市公共交通機関運行を停止することを発表した。この措置により、同省は肺炎拡大の阻止を目指す。

コロナウイルス

© REUTERS / STRINGER/DARLEY SHEN

中国政府 新型コロナウイルスの影響から大規模な新年行事をすべて中止に

2310時の時点ですでに交通機関運行停止が発表されていた省都武漢市に加え、新たに赤壁市、鄂州市、黄岡市、仙桃市、潜江市、黄石市、恩施市、咸寧市といった都市でも同様の措置が取られることとなった。

行政によっては23日の夕方から公共交通機関運行を停止していた模様。

中国当局は12月末、武漢市で原因不明肺炎が発生したと発表した。最初患者たちは海鮮市場に出入りしていた。専門家らは、暫定的新型コロナウイルス2019-nCoVが疾患の原因と判断した。

1月24日の時点で830人以上が感染と25人の死亡が確認された。中国のほか、米国ロシア韓国日本タイでも感染者が確認されている。

2020-01-04

すくなくとも本地素敵な原因を解決する前に

現在暫定的問題解決するのは夕方以後になるとおもう

それまで、ひっしに自分を押さえつけている 

そんな状態他人に知られることが、あなたの国では安全ですか?

2019-11-11

anond:20191111162034

どんな二人でも、出会う前に愛はない。出会い、愛が生まれ、はぐくむ。結婚制度から、どのタイミング結婚するかと愛には恐らく関連がないし、見合い結婚が当たり前だった時代に愛がなかったというわけではないだろう。

増田は、結婚の前半の自分の接し方を悔いているようにもみえるが、まあ、あまり気にしないことだ。

癌の予後を考える場合に、重要なのがステージングだ。がんの進行度をステージに分類し、分類された患者がどのような経過をたどるか記録・統計することで、予後を想定することができる。

おもながんの予後はTNM分類といわれている。

Tはtumor。腫瘍(がん)の本体の大きさ。

Nはnode。リンパ節(Lymph node)への転移の程度。

Mはmetastasis。遠隔転移の有無になる。

多くの場合、術前に画像診断で大体のステージングをする。リンパ節について画像でわかるのは、リンパ節が腫れているという大きさの情報と、造影剤を使った場合にはがんに集積しやす造影剤リンパ節にも集まっているということだけであり、画像上所見のあるリンパ節に実際にがん細胞いるかどうかは、手術してみないとわからないということになる。なので、病期分類(ステージング)は正確には手術後じゃないとわからない。術前のステージングはあくま暫定的と考えたほうが良い。

遠隔転移が明らかな場合には手術しない場合もある。

原発腫瘍から離れたところにがん細胞があれば、手術しなかったりするけれど、この場合も、遠隔転移かどうか、細胞を少しとってきて、病理診断を依頼する。病理診断顕微鏡で実際に細胞を見て、がん細胞かどうか診断することな

原発腫瘍から離れたところだと、例えば、胃がん肝臓転移だったら、転移かどうか確定診断のために針で肝臓腫瘍を刺してちょっと細胞を取ってきたりする。腹水と言って腹腔内に水が溜まっているときには針で腹を刺して水を抜いて、そこにがん細胞が見つかれば、遠隔転移有ってことになったりする。

増田場合、手術してみないと病期がわからないというのは、むしろ明らかな遠隔転移はなく、リンパ節も、あまり原発から遠いところは腫れていないということなのではないかなー。

各臓器で、原発のガンがあった場合に、最初転移するリンパ節がある程度決まっていて、一番最初転移するリンパ節センチネルリンパ節といったりする。センチネル門番って意味な。

リンパ節転移が、原発から経路の遠いところまであれば、より予後が悪い。乳がんなどのガンでは、一番近いところのリンパ節転移があっても、ステージIになったりする。

から術前に想定されている病期はそれほど進んでいないのかもね。

ただ、手術して実際にリンパ節なりを取ってきて病理診断してもらわないと確定しないので、主治医ははっきりしたことは言えないってことだろう。ぬか喜びが一番きついから。

細胞の種類や、原発臓器によって、予後は変わるし、ステージが低いか安全ということもないです。一方、化学療法抗がん剤)や放射線療法の組み合わせで、リンパ節転移が消えたりすることもある。結局経過を見ないといけない。おおむね5年くらい再発がなければ、完治とされるかな。乳がんは、10年たっても再発したりするので、やっぱり種類によりますよ。

まだ心配な時期は続くかもしれないね増田、頑張れ。

例えば5年生存率95%とかいっても、こういう統計的なものって患者さんにとっては生きるか死ぬかだから医者から聞いても気休め程度かなと思う。

(5年して、一人の患者が”95%生きている”状態ってのはなくて、100人患者がいたら、生きている患者が95人と、死んだ患者が5人ってだけだから。たくさん患者を診る主治医からすれば有用だけどね。)

さて、参考になるかわからないけれど、うちの妻の場合だけれど。

5歳年上の美人奥さん結婚して10年で乳がんが見つかった。見つかった時点で、胸骨リンパ節転移があった。乳がんセンチネルは、腋下なので、胸骨リンパ節転移があると、一気にステージはIIIc。手術でも取れないし、放射線化学療法でも消えてなくなりはしなかった。予後統計している文献にもよるけれど、調べた範囲ではおおむね5年生存率60%。まあ怖くて直接には主治医予後を聞いていないから、あくま素人が調べた範囲だ。

泣けるね。

”再発”はしない。あるのは局所増大か遠隔転移のみ。再発っていうのは一度消えたがんにおこるものからね。

泣いたね。

もし5年でなくなるとすると、一番下の子はまだ小学生

泣いたよ。

で、今は5年たった。定期的に検査をするけれど(PETかな)、妻の胸骨の内側にまだ癌はいます。いまのところはまだおとなしく共存しているけれど。

いつも思うことは、いずれ別れが来るということ。

でもそれは、がんがあってもなくても、誰にでもいつでも起こりうることなんだ。

明日にも交通事故にあうかもしれない。

通り魔に刺されるかもしれない。

隕石がおちてくるかもしれない。

いつ別れが来るかわからいから、今日一緒に時を過ごせることを大事にしたいんだ。

そういうふうに、別れを想像するとつらくて寂しくて怒りさえわくような、そんな彼女出会たことが、とても幸運だとおもうんだ。

大きな病気を得たとしても、すぐに不幸になるわけじゃない。不運と不幸は違うと思う。

すまん。癌患者家族の話はつい自分投影して長くなった。

健闘を祈る。

2019-09-23

恋とはどんなものかしら

当方20代女性(身体的、性自認身体が女だから暫定的に女、と思っている)。

これまでの人生の中で、男性3名程と交際関係を持ったのだが、セックスに及びそうになる段階でいつも関係を絶ってしまう。

性欲(性的快楽を得たいという意味で)はあり、10代前半から自慰行為も行っていた為、そういった行為に対して全くの無知であるというわけではない。

しかし、交際相手セックスを求められることがとても嫌で、生理が来てしまったと嘘をついたり、相手だけを口や手で満足させて終わらせて、自分には触れさせないようにしてしまう。

相手自分に触れても、感じるというより不安嫌悪が強い。望まぬ妊娠性病に対する不安感が強いのもあるが、相手を性欲を満たす相手として見ることができない。

じゃあ自慰行為はどうしているのかといえば、男性容姿言動に興奮して致しているというよりは、好みのシチュエーションに興奮している傾向が強い。その為、好みのシチュエーション描写されているなら男性同士、女性同士のまぐわいが描かれていても構わないのである(女性性的欲求を満たす相手として見ている訳でもない)。

出来れば、信用できるようになるまで性交渉(主には性器に触れること)はしたくないのだが、相手に嫌われたくない、押さえ込まれて無理矢理されるくらいなら了承した方がマシなのでは、という気持ちが強く断り切れない。

恋人は欲しい。自分が抱く恋愛感情相手とは異なってしまうかもしれないけれど、お互いを想いあう時間の心地よさは理解しているつもりである。手を繋ぐのも、抱き合うのも、キスをするのも、嫌ではない。

ただ、私が恋人に掲げる条件に性的欲求を満たす相手、というのは含まれていない。

しかし、世の中の多くの人が付き合う=セックス出来ると認識しているとしたら、人とお付き合いをしていくのは中々難しいのでは、と考えてしまう。

性的同意を細かく取って、その元で交際すれば良いのかも知れないが、相手にしてみれば生殺しも良いところである

世の人たちはどういった思いを恋というのだろう。意見を聞かせて欲しい。

2019-08-25

私がフェミニストから離れた理由

私がフェミニズムから距離を置く理由

https://togetter.com/li/1369547

フェミニストであることに疲れた

http://toianna.hatenablog.com/entry/2019/06/25/205348

この辺読んでいて、そういえば自分はツイフェミだった時期があったなと思い反省文を。

フェミニズムに接近したきっか

自分フェミニズムに興味を持ったきっかけというか要因は、人権問題に関心のあるリベラル学生だったからだろう。私は当時ネット上で左派的な言説の多くを観測しており、その流れでフェミニストたちのアカウントフォローするようになっていった。

彼らは現代においてなお残っている実に多くの女性差別を暴き、実に多くの不正義を告発している、ように見えた。彼らの主張はおおむね正しいように見えたし、差別によって苦しみ、不利益を被っている女性がいるのなら、この状況は是正されなければならないと思った。また自身(男性である)が無意識女性差別的な行動を取ってしまっていないか、という点にも大いに過敏になった。

身近に思いっきセクハラ被害に遭っている女性がいたので尚更こういう話題に関心が出たのかもしれない。フェミニストたちの行動の裡に潜む暗い衝動存在に私が気付くのは、ずっと先のことである

といっても、私もフェミニズムに首までどっぷりとは行かなかった。あの界隈には単に男性嫌悪を拗らせただけと見える人も多くいたし、彼らのいくつかの主張(例えば「権力勾配」「まなざし」など)については本当に正しいのか確信が持てなかったので判断を保留していた。

とはいえ各論においてはともかく、総論においては同意していたのは事実だ。

疑問

で、私がフェミニズムという運動のものに疑問を持ったきっかけだが、それは例の「女だけの街」騒動だった。

あの騒ぎ自体はよくあるしょうもない炎上騒ぎなので、わざわざ論じる価値はない。ネット上でよくある異性叩きコンテンツのいち類型にすぎず、個別に論じる事自体時間無駄だと思っている。

ただあの炎上は私にとってひとつ大きな収穫があって、それはフェミニストたちのある姿勢が露わになったことだった。

事の経緯としては、最初とある女性が書いた「女だけの街があったら夜道で怖い思いをしなくて済むのに」といったようなツイートが発端だったと理解している。これ自体はまあ、政治的に正しいかどうかはともかく、単なる愚痴にすぎないだろう。なのでこれ自体を正しいとか正しくないとか言うつもりはない。人間はたまには正しくない愚痴を吐きたくなるものである

が、人権という原則に照らし合わせてこの発言が色々とまずいのも事実だ。ヒトラーだって同じことを言っていただろう。「アーリア民族だけの国があったら良いのに」と。「〇〇だけの街(国)」というアイデア古今東西多くの虐殺引き起こしてきたのだ。

それなのに、フェミニストたちはこれを「素朴な心情の吐露にすぎない」と擁護していた。

なるほど確かに「素朴な心情の吐露」ではあるかもしれない。だが「素朴な心情の吐露」なら何を言っても良いのだろうか?件の発言が「日本人だけの街」だとしても彼らは同じように擁護しただろうか?「女は男に比べて頭が悪い」と素朴に信じている人間自身の考えを披露するのもOKだということになるのだろうか?そもそも、そういう「素朴さ」の裏に張り付いた偏見認知の歪みを告発してきたのがフェミニストではなかっただろうか?

本当なら、フェミニストたちはこの発言擁護するべきではなかったのだ。

政治的に正しくないから袋叩きにするべきだとは思わない。

繰り返すが、人間は時に政治的に正しくない愚痴を吐くものだ。だが炎上してひとつ論点として浮上してしまった以上、擁護するべきではなかった。せめて「気持ちは分かるけどその言い方はまずいよ」と諌めるくらいのことはするべきだった。

なのに彼らはそれをやらなかった。

その時の様子を見て私は愕然としたのを覚えている。単に男性嫌悪をこじらせた似非フェミニストばかりではない。ある程度誠実に、論理的ものを言っている(ように見えた)フェミニストたちも、揃って件の発言擁護し、食ってかかる人間罵倒を浴びせていた。彼らはお定まりお題目ーー男性社会犠牲者ーーを大声で唱えた。私たち被害者だ、奴らが悪いのだ、と。

なんということはない。彼らの行動原理正義などではなく、結局のところつまらない党派性と暗い攻撃衝動にすぎなかったのだ。ニーチェの言うことろの奴隷道徳というやつだ。

彼らの言葉の底が見えた瞬間だった。

日本人だけの街」がアウトで「女だけの街」がセーフだと主張するには、おそらく根拠として例の「権力勾配」という概念を持ってくるしかないだろう。

権力勾配」の扱いは長らく自分のなかで答えが出せていない問題だった。例えば人種隔離政策実施されていた時代アメリカで、黒人白人を殴ることと白人黒人を殴ることを同列に扱うことはできない、なぜなら黒人被差別階級からだ、という主張は、必ずしも狂ったものだとは言えないだろう。

ただ、私としては最終的に、これは否である判断するに至った。理由は大きく分けてふたつある。

第一に、この主張は結局のところ、「人権の内実はその個人属性によって変化する」と主張しているに等しいことがある。

人権というのはつまるところ社会フィクションにすぎないのだが、ここを切り崩すことを許してしまうのはどう考えても悪手だ。女性差別問題にできるのも、つまるところ「万人が等しく人権を持つ(べきである)」という原則があるからだ。その原則がなければ、性別民族性的指向政治志向、その他あらゆる属性によって、恣意的個人権利制限することができるようになってしまう。これは到底受け入れいることができない。「権力勾配」という概念人権という原則に照らし合わせて筋が悪いばかりか、フェミニズムが拠って立つ基盤を自分で切り崩していることにもなる。

第二に、目的手段正当化するか?という問題がある。

女性差別撤廃という正しい目的を達するために、正しくない手段を用いることは正当化できるだろうか。

これは難しいところだ。政治的目的を達するため不正手段を用いることが、一時的戦略として必要であるという考えは理解できる。が、例えば共産主義革命という「正しい」目的を達するためにいかに多くの人が殺されてきたか、ということを考えると、やはり首を縦に振ることはできないだろう、という結論暫定的にだが出すことになった。

例えばアファーマティブアクション(これは自分否定的なのだが)なんかは、マクロな不均衡を是正するためにミクロ差別を導入する、という政策だろう。他にも、件の医大入試における女性差別問題なんかでも、一概に「差別から悪だ」とは言い切れない事情があるのは理解できる。

社会というもの原則どおりには動いてはくれず、難しいものだなと常々思う。

まとめ

ともかく、あれ以来、フェミニストたちの言説がどういうものだったのかが、なんとなく見えてきた。彼らのやり口はネット右翼よりは洗練されているかもしれないが、その本質においては何も変わるところがないことが分かってきた。

敵を作ることで味方を定義し、団結させる。それは人生に不満を抱えた人間たちを動員する効率の良い手段だ。日曜革命家効率的に票田を獲得し、鉄砲玉を生産するための手段。こういうメソッド社会に遍く見られるもので、今日もどこかで誰かが動員されているのだな、とネットで怒っている人を見るたびに思う。

今更気づいたのか、と言われれば返す言葉もないが、当時の私はちょっとばかり難しい本を読んだだけで社会については全く無知学生だったのだ。ちょっと首を突っ込んだだけの段階でフェミニズムおかしさに気づき、取り返しがつかなくなる前に抜け出せたのは僥倖だったのではないかとも思う。

昨今、TERF関連でまたフェミニズム面白いことになっており、トランスジェンダーに対するフェミニストたちの態度を見ていて、あの時フェミニズムから離れた自分判断が正しかたことを再確認している。そのことにはなんの喜びもないが、少なくとも自分がもう彼らの一員でないことは嬉しく思うし、あの集団的狂気から一人でも多くが目覚めてくれれば良いと思う。

教訓があるとしたら、人々の情動喚起して動員する手口を直に学べたことと、原理原則において一貫性を保つことの重要さだろうか。社会運動自体不要だとは思わないが、少なくとも自分は、正義を叫ぶ人間言葉を、以前よりずっと注意深く観察するようになった。それとリベラルが必ずしも味方だとは限らないということも学んだ。

以上。駆け足で書いたので日本語が若干こなれていない感じはするが、推敲も面倒なのでこれで。

2019-08-10

anond:20190529113954

そのうち死を決意したときのために、なるべく迷惑をかけない死に方はいつも考えてる

相続した古い持ち家で、下にビニールシートなどを敷いた上で首を吊る、というのが今の暫定的結論

それでも発見者へのダメージは大きいだろうと思うので

部屋の入口に「注意!首吊り中」みたいな張り紙でも貼っておこうかと

さら異臭などで迷惑を掛けないように、決行の日には冬場を選んだうえで、空気清浄機でもかけておくかなあ

2019-07-08

ウザさとは何か。こういう曖昧に用いられている言葉矛盾しない定義を考えはじめると脳みそが明らかにそちらにひっぱられてウザい。答えをさっさと出してストックしておかないといつまでも脳の一角が多めの余分な認識で埋まる。「許容し得ない価値観の相違」あたりか?卑屈だろうと自信過剰だろうと人によってはウザいんだ。このように理屈っぽいとかでもそうだろうな。でもそれだと人間範囲限定されているのか?しか人間に用いられる言葉がウザいという言葉であるようにも思える。特定話題をうざいと思っていると書くとどうにも違和感が残る。自分自身脳みそ特性曖昧事柄の相性が悪いと書くと違和感が残らない。話題個人の相性の悪さをウザさに含めることができる。すると人と人の間の価値観の相性の悪さだけではなく「合わない考え方」がウザさかの要因か。その要因によって生じる「すりあわせの面倒さ」をウザさというのだろう。暫定的ではあるが、答えは出せた気がする。

2019-06-03

anond:20190603184005

あなたにはとりあえず派遣がいいよ。派遣

とりあえず、暫くの間、暫定的に。

そしてその間にまず体制を立て直そう。

2019-05-14

アパシーシリーズを追うのをやめた話

(この日記は、アパシーシリーズ及び七転び八転がりの現在の状況をある程度知っている人向けの文章です。

全く知らない、という人のため解説を挟んではいますが、分かり辛い点もいくつかあるかと思います申し訳ございません。)

1:概要

タイトルアパシーシリーズ」とは、1995年に発売されたSFCゲーム学校であった怖い話(以下SFC版)」を軸に展開された作品群の事だ。

経緯が少々特殊なのだが、このシリーズは「七転び八転がり」というサークルから今もなおゲームが出続けている。

単純に考えて24もの間、この「学校であった怖い話」という作品応援され続けてきている。また来年迎える25周年に向けての動きも出始めているようだ。


尚実際には24年ずっと絶え間なく作品が出続けたかと言うとそうではなく、パンドラボックス(SFC版の制作会社)の経営不振等により2001年以降は休止状態であった。

その後メインシナリオライターである飯島多紀哉氏(旧飯島健男氏)がゲーム制作に復帰しアパシーシリーズ制作が開始される。

同人ゲーム小説・グッズ等を数年に渡り販売するも再び休止、数年後また復活……と大まかに言えばこのような流れだ。

また正確にはSFC版及びリメイク作品であるPSゲーム学校であった怖い話S(以下PS版)」はアパシーシリーズには該当しない。


2:自分について

ここまで「学校であった怖い話」「アパシーシリーズ」は長い間応援されてきたゲームシリーズである、という事を記してきたが、実は私自体の歴はそれほど長くはない。

学校であった怖い話を好きになったのはおよそ8年ほど前である上記の流れで言うと2度目の休止時期に当たる。

最初SFC版の存在を知り、恥ずかしながら実況動画から入った。その後SFC版をバーチャルコンソールで、PS版をゲームアーカイブスでプレイした。

後々になって「アパシーシリーズ」もプレイし始めた。人によってはアパシーシリーズを苦手とする事も多いが、私は夢中になった。二次創作も多少していた。

少なくとも1995年舞台とした、SFC版と同じキャラクターが出てくるゲームは一通りプレイした。そうでない作品の中には触れていない物もあるため、その程度かと言われればその通りなのだが。


この頃既に休止状態に入ってた事もあり、アパシーシリーズはもう更新されないだろうと思っていた。

それだけに、2014年小学館から小説学校であった怖い話 月曜日」及びその作品群が発売された時には本当に驚いた。

更に2018年、他でもない七転び八転がりから同人ゲーム学校であった怖い話 新生」が発売された時には非常に期待に満ちていた。

知ったときには遅かったと思っていたのに、「ゲームが次々と発売される」という流れをリアルタイムで実感することができるのだと。


上に「少なくとも1995年舞台とした、SFC版と同じキャラクターが出てくるゲームは一通りプレイした。」と書いたが、厳密に言うとこれは僅かに誤りがある。

現在最新作に当たる「アパシー 学校であった怖い話 極(以下極)」は購入していない。その一つ前の作品であるアパシー 学校であった怖い話1995 月下美人の章 第一巻」も、購入はしたがプレイをしていない。

理由としては、極が発売される前のタイミングジャンルを離れたからだ。



3:CFについて、及びそれに関係して起きた問題

2019/5/13現在、七転び八転がりは「アプリ開発」を目的としたクラウドファウンディングを行っている。

このアプリ開発こそが、上記「25周年に向けた動き」の中で現在確認できるものである


https://camp-fire.jp/projects/view/140712


支援額1000万円到達でアプリ開発に着手する他、そこに至るまでの区切りとしてもいくつもの企画が立てられている。


このクラウドファウンディング、またその前後Twitter製作者のブログに対し、既存ファン(ここでは暫定的に「学校であった怖い話及びアパシーシリーズが好きである人」のことを指す)から疑念の声が次々と上がっていったのだ。

具体的にどういった事がありどういった声が上がったのか、明確に記す事はここでは控えさせていただきたい。その理由となる事態については以下に記載させていただく。


ファンの間で不信な声が上がり始めた頃、「問題まとめ」と題し不信だと感じられる事柄をまとめたプライベッターの記事作成された。

現在は削除されており引用はできない。私も一読はしたものの、詳細には覚えておらず申し訳ない。

またTwitter等ではサークル代表である飯島氏及びクラウドファウンディングの苦言や暴言がちらほら見かけられた。支援しない事を勧める声や、高額なプラン支援した人への暴言も見られるようになった(ただしあくまでこれらは極一部のユーザー発言であり、多くの人は疑念や不信の声に留まっていた)。

そういった動きに対し、飯島氏は最終的に以下のブログ記事を発表した。


二次創作ライン個人的見解

http://plaza.rakuten.co.jp/iijimatakiya/diary/201904120000/?scid=we_blg_tw01


読めば分かるのだが、二次創作に関する記述については全く正しい事が書いてある。二次創作違法であり、作者がそれを黙認していることが多い。

学校であった怖い話」を全く知らない人がTwitterでこの記事について言及し、そのツイートには多くの反応があった(所謂「バズった」)。

多くは「当たり前だ」「筆者の言うとおりだ」「このジャンルファンは何を考えているんだ」といった内容である

そしてこのブログの内容通り、何人かが「弁護士を介して話をした」という発言をした。その中には上記プライベッターの記事作成者も含まれている。

補足しておくが、この作成者はれっきとした学校であった怖い話ファンである。この事態の後、極を購入したという旨のツイートもしている。

どころか、苦言や暴言を吐いた人の殆ど学校であった怖い話を好きなファン達だ。

……ただし、これはあくまで上で脚注を加えた通りの意味での「ファン」、つまり作品自体ファンを指す。


この文章で具体例を明記しないのは、こういった事情があったからだ。

プライベッターの記事は、明確なネガティブキャンペーンが行われていた「極端な例」だったかもしれない。

しかし実際起こった事を列挙する際、当然ながらユーザー側の事態は把握できても、サークル側にどういった事情があったのか、どういった対策を取ったのかを全て把握することができない。

そのため「今回起こった問題」を私が書き連ねると、どうしてもユーザー側贔屓のバイアスがかかってしまい、サークル代表批判と取られかねない文章となる。

今回はあくまで私が「アパシーシリーズを追うのをやめた話」という個人的な内容の記事であるため、上記理由により詳細は省かせていただく。

またそういった経緯があるため、現在はなかなか事態が分かりやすくまとめられている文章は見当たらない。


なお、私自身はTwitter等で暴言を吐いたり、クラウドファウンディングに対してネガティブキャンペーンを行ったりはしていない。

匿名ブログでこう言っても信憑性は無いだろうが、つまり弁護士が怖くて離れた」という理由ではないことを主張しておきたい。

二次創作がやりたくてゲームプレイしていたから、その趣味が脅かされるため離れた」という理由でもない。

何故追うのをやめたかというと、「ブログ最後に『黙って去ればいい』と書いてあったから」である


4:追うのをやめた理由

今回飯島氏がブログでこのような発言に至った理由は何故だろうか。

飯島氏の言う「自称ファンだがこちらはファンだと認められない人物」が増えすぎて、個々人に対処しきれなくなった、

もしくはそういった暴言に耐えきれなくなり強い語調のブログ拡散せずにはいられなくなった、等色々考えられるが、これらはあくま憶測に過ぎない。


ただ結果として、この記事は「自称ファン」のみならず普通ファンの一部にも圧力を与えてしまったのではないだろうか。少なくとも自分はそうだ。

自分は正直、「学校であった怖い話」及び「アパシーシリーズ」のことは好きだが、飯島氏に対してはそれほど良い印象を持っていない。

そもそもの考え方として「作者と作品は分けて考えられるべきであり、作品が素晴らしいからといって作者まで好きになる必要は無い」と思っていた。

勿論良い印象を持っていないからといって暴言は吐いていないし、素晴らしい作品の作者であるという点に置いては尊敬の念があった。

しかし、どうにも飯島氏の諸々の発言及び行動においては懐疑的な目を持ってしまっていたのだ。

上記ブログ記事を読んで、区切りがついた。「ならば自分は黙って去ろう」と思った。発表していた二次創作作品は全て取り下げた。

純粋に怖いと感じた。こういった思いを持っている以上、私も少なからず敵意を持たれているかもしれないと思った。

……そう思うと、私みたいな人間も「自称ファン」の一部であっただけなのかもしれない。

あの記事は、二次創作はしておらず、尚且飯島氏の事も悪く思っていない人にとっては、特に疑問を持たない当然の内容なのだから


重ねて言うが、飯島氏の二次創作に関する主張は正しいだろう。私だって自分のことを嫌いな人に自分創作物を弄られたくはない。

そのため、私は深く反省した。作者に懐疑的な目を向けながら8年間、その作者の制作物で二次創作をしていたことを恥じた。

そうして私は学校であった怖い話アパシーシリーズから離れることにした。

しばらくはこの事を思い出してしまうため、SFC版含め過去ゲームプレイする気も起きないだろう。


未練が無いとは言わない。未練が無かったらこんなお気持ち表明文は書かない。

気持ちを整理するため、このような文を書かせてもらった。


最後に、この日記は決して「作者に少しでもマイナスイメージがあるなら二次創作をやめろ」という主張をする物ではない。

私の場合は今回語った事態が一番のきっかけであったが、「飽きを感じ始めていた」等他の理由も少なから存在する。

あくまで「そういう人間もいた」という自分本意の語りであって、他人強要するものではない。

たとえ同じ状況であっても、二次創作を続けるか、ファンで居続けるかを決めるのは各個人で考えるべきことであり、

またそういった人に対して対処をするかしないかも作者が決める事であると考えている。

2019-04-14

世界だんだんよくなっている

日本脱出しようとか盛り上がってるし、どうしようもない閉塞感があるって、普通ブロガーからいわゆる知識人までそう言う。

そういうのを目にしたり耳にすると、そうなんだなぁって落ち込んだりする。未来がないように思える。

でもさ、今の世の中って最高だよ。この時代に生きていてよかった。

テクノロジーってゆっくりと、でも着実に進化するから、それに僕らは気づかない。

資本主義社会じわじわとその網の目を発達させてるからそれに気づかない。

ふと見渡せば、あらゆる自由可能になっている。

かなり世の中はいい方向に進んでて、それを今の時代に生きている僕らは享受できる。

何十年か前まで個人勝手海外旅行するなんて無理だった。

それが今ではネットでそこの情報簡単に調べられて、ひょいっと行けちゃう

ガンジス川に行こうと思い立った次の週にはインドに行くことができる。

しかも航空費も安くなってるし、どこなら安く泊まれるかも今なら簡単に知ることができる。現地に行っても日本と連絡が簡単にとれる。

英語の教材はそこら中に転がっていて、楽しみながら勉強できる。

英語が持つ影響力が増していることで英語圏じゃなくても英語をしゃべる人も増えていて、現地の人と会話が増えた。

中国でもタイでも英語でかなり楽しいコミュニケーションがとれた。自宅の夕食に招かれたなんてこともあった。

そこでの写真感想ネットにアップしたりして、その情報はどんどん集まっていく。

実際に行かなくても、美しい映像、美しい写真簡単に手に入る。

今の時代のこの世界から可能だ。

音楽映画の機材は圧倒的に安くなってきて、プロ並みの機材をある程度の値段で揃えられる。

それをニコ動YouTubeに流して、世界中に届けることができる。

金がないから、企業に属してないからなんて言い訳はもうしなくていい。

別にプロなんかにならなくたって、かなり楽しみの幅は広がってる。

マニアック趣味ネットで探せば同好の人はいくらでもいる。マニアックCD情報いくらでもある。

聞きたいと思った数秒後にはYouTubeである程度聞くことが出来る。戦艦ポチョムキン階段のシーンもすぐに見れる。

聞き逃したラジオも、見逃したテレビも見られる。丸一日全部の番組も録画できる。1TBHDDが1万円以下で買える。

海賊版を含めれば圧倒的なコンテンツが転がってる。

スピーカーも安い値段でいいものが手に入るようになってる。数十万円かけるのが当たり前だった時代馬鹿みたいだ。

今の時代のこの世界から可能だ。

料理レシピいくらでも手に入る。旨い飯はどこで食えるかもすぐにわかる。

ご当地ものを安く取り寄せられる。欲しい本をポチッとすれば当日に届く。コンビニ24時間やってる。

図書館で読みきれないほどの本を無料で楽しめるし、ネットで予約もできる。

数万人に一人の病気体験談ネット上には見つかる。普段生活で知り合いにならないであろう人とSNSでつながれる。

ネットを使った女の子との出会いも格段に増えた。うまくやってる奴はうまくやってる。

ネット上のオナニーのおかずは際限がない。無修正も手に入る。どこの風俗が評判がいいかもある程度わかる。

クラブに行くのも、バンドグルーピーになるのも、腐女子になるのも、コミケに行くのも、ホスト通いでも何でもあり。

ぐだぐだネット上で戯れられる。猥雑な欲望もこの時代から可能ものは数え切れない。

自己啓発したいのならいくらでもその情報は転がっている。資格学歴を獲得する手段情報オープンになっている。

かつてであれば閉鎖的で限られた人しか知らない情報、隠したい情報も知ることができる。大本営発表通用しない。

それこそ、海外だって勉強できるし、働いて生活できる。物価の安い国で外こもりすることもできる。

仕事や遊びのバリエーションはかつてないほど溢れている。欲望を満たす手段もかつてないほど溢れている。

今の時代のこの世界から可能だ。

だって犯罪はなくならないし、政治の腐敗もある。戦争もある。既得権益を手放さない奴もいる。

くだらないことを自慢げに喋る奴もいる。人を簡単に傷つける奴もいるし、差別格差もなくならない。

でも、それはいつの時代だってそうだ。逆に言えば解決するに値する問題はいくらでもある。悲観的になっている場合じゃない。

そして、そうすることのできる条件の整った時代に僕らは生きている。日本に限っていえばなおさらだ

「一回戦争でもして全部ぶっ壊してしましかない」そう思ってる人もいるかもしれない。でも、それが一番だめだ。

徐々に諸所の問題解決していくしかない。大きな全てを解決するような答えなんてない。

複雑で猥雑で非合理な人間多様性を認めたからこそ、あらゆることがかつてより自由世界享受できる。

からこそ個人的な人生意味付けはグラグラしていて、それを暫定的に定めて徐々に改善していく必要がある。

悲観的で虚無的な社会観はそれを妨げてしまう。

から、この猥雑な世界を楽しもう。もっと楽観的でいよう。個々に抱える問題を徐々に改善していこう。

そして、今僕らが生きているこの時代からこそ存在しうる自由もっと享受しよう。喜びを他の誰かと分かり合おう。

世界だんだんよくなってるから

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん