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はてなキーワード: レトリックとは

2018-02-13

anond:20180213121910

「あの土地の人々がテロ計画している」という嘘と「嘘を流せばそれに騙される人もいる」という批判とを本質的には同じと強弁する自称中立レトリック

2018-02-06

anond:20180206111521

増田においてたぶんあなたにはマウンティングをしたり選民意識を持ったりする自由があり、

私にはそれをマウンティングだ、選民意識だと指摘する自由があるというだけのこと。

これ卑怯レトリックだなぁ。

あなたにはマウンティングをしたり選民意識を持ったりする

前段のこの箇所が既にあんたの主観による決めつけだからね。

百歩譲って俺の意見が「マウンティング選民意識」だとしても

この論理に照らし合わせれば「俺の意見マウンティングでも選民意識でもない!」

あんたの指摘にバチっと反論する自由もあるはずやねんけどね。

まあ、良いやバイバイ。楽しくポプテピピックでも見てなさい。

2018-02-04

anond:20180204112005

たぶんそもそも国語目的人生訓じゃないと思う

名作のダイジェストを切り出してレトリック意味とかを説明してるわけだから

読解力というか、文章でよく使われる語彙を覚えとけくらいの意味合いかと。

それはそれとして理系国語は良いんじゃない? 

理科系の作文技術」って本があるけど読んだこと無い

2018-01-09

セクサロイド問題】 リベラルこそが自由の敵である

よく「セクサロイドが実現したら女性性的役割から解放されるのにフェミニストはなんで反対してるの」みたいなこと言う人がいますが、「産業機械誕生によって労働者に何が起こったか」と「性サービスポルノグラフィ女性性的抑圧から解放たか」の2つを考えれば簡単にわかる話です。

  

https://twitter.com/inumash/status/949642078836867072

結論から述べると、私はinumashさんの意見に賛成できない。仮にセクサロイドの普及と、女性人権状況の悪化あいだに因果関係があるとしても、それの何が問題なのだろうか?

inumashさんの意見が誤りであることは、次のような事例を考えれば明白だ。

  

  

このように、リスクがあることや損害があることをあげつらって、人の自由を奪うことを正当化するというのは、典型的詭弁である

リスクや損害が相当に具体的なもので、かつ直接的なものでなければ、人の自由を奪っていい理由にはならない。

  

  

  

自由のツケは誰が支払うか?

例えば現代では、女性たちの社会進出が進むにつれて、弱者男性(いわゆるキモくて金のないおっさん)が増加した。 しかし、だからといって過去時代に戻ることはできないし、女性社会進出を止めるわけにはいかない。弱者男性には福祉政策の充実で対応するべきだ。

セクサロイド場合も同様である。もしそのせいで女性人権状況が悪化するとしても、セクサロイド利用者自由を奪っていいことにはならない。たとえ両者のあいだに因果関係が認められるにせよ、それは別個の問題として対策すればすむ。

  

憎むべき悪があるとすれば、それはセクサロイドという機械ではない。女性人権を守ろうとしない政府である。つまり、もし女性人権状況に懸念が生じるならば、我々は政府に性暴力の取り締まりと、被害者へのケア体制の充実を求めればよい。これは至極単純な話である

ところが反対に、セクサロイド利用者自由を抑圧することで問題対処するとしたら、どうなるであろうか? 仮にそのような抑圧が正当性を持つならば、女性雇用機会を抑制することで、仕事にあぶれた弱者男性を助けるという政策にも正当性が生じてしまうだろう。

  

また、「セクサロイドを欲しがる人たちが知恵をしぼって解決策を出すべきだ」という意見もあるが、そのような課題の丸投げをして、無責任な態度を取ることはよくない。自由のツケは、社会全体で支払うべきものからである

現在女性社会進出に伴って、弱者男性が増えただけではなく、少子化にも歯止めがかからなくなっている。女性自由享受たかわりに、日本危機的状況に陥ってしまったのだ。しかし、この事実をもってして「女たちが責任を取れ」とは言えない。まして「解決策を出さなければ自由剥奪する」と脅すのは論外だ。

  

  

  

セクサロイド規制するならば、まず恋愛結婚のほうを規制せよ

  

inumashさんは、女性人権が傷つく可能性があるという根拠で、セクサロイド規制を求めている。

それならば、恋愛結婚は、現実女性相手にしている分だけ危険が大きいのだから、そちらの方を厳しく規制しなければならない。

すでに現在、男たちが恋愛結婚をやっているため、カップル間ではDVや性暴力が多数発生している。すべての男に童貞強制し、恋愛結婚自由規制したならば、たちまちこの問題解決することができるだろう。

  

これはもちろん、突拍子もない話ではある。しかし、「俺たちの自由きれいな自由、お前の自由は汚い自由」という不公平の一例だ。

冷静になって考えれば、人権侵害が起こりやすくて危険恋愛結婚がほぼ全面的に許容されている状態で、弱者男性が自宅にひきこもってセクサロイドを使ってオナニーすることを禁止するというのは、さすがにちょっと意味が分からない。

もっとも、「恋愛結婚はすばらしいものだ」という価値観の方が一般的だと思う。それに、恋愛結婚禁止していたら社会は立ち行かなくなるという現実もある。だが、なぜそのことがセクサロイド規制肯定するのか?

  

  

  

リベラルこそが自由の敵であるあいつらは表現規制の推進派だ

はてなブックマークに、いかにもリベラル的な、あまりにも愚かな意見があった。

quick_past  女を穴としか考えてないやつが言うそれは、女性解放のために言ってるんじゃなくて、むしろ女性をその程度の存在だと蔑むためのレトリックだしね。卑劣ミソジニストのいつもの詭弁

http://b.hatena.ne.jp/entry/353680683/comment/quick_past

いくらなんでも、ひどすぎる。

悪意があったら規制しろって、こいつは内心の自由侵害するつもりか。

  

例えば「女を性処理の道具として扱ってやりたい!」と考えている男がいるとして、彼が自宅でその妄想にふけりながらオナニーするというのは、悪意に満ちている行為ではあるが、完全に合法である。それを法律規制する道理もなければ、倫理的に悪いことだと非難するだけの道理もない。

そのオナニーをやるための道具としてセクサロイドが加わった途端、その行為には悪意があるから規制しろと言い出すつもりだろうか?

  

そして、実はこのことは、エロ漫画表現規制問題につながっている。

リベラルは「私たちゾーニングを求めているだけで、表現規制派ではない」と宣伝していたのだが、あれはやはり大嘘だったようである

inumashさんをはじめ、quick_pastさんのような連中が言っていることは、「ゾーニングしている物でも難癖をつけて潰してやるぞ」ということに他ならない。弱者男性が自宅でこっそりとセクサロイドを使ってオナニーする自由を奪おうというのだからオタクが自室にひきこもってエロ漫画を読む自由を奪ってやるという話も、当然起こってくるだろう。

世間の目にふれないように工夫して、ゾーニングを徹底したとしても、「お前には悪意がある」とか、「こんな漫画女性人権状況を悪化させている原因だ」と言われまくって、結局そこから表現規制を行うことになってしまうわけだ。

  

  

  

追記 2018/01/10

inumashさんのツイートについて、あれはセクサロイド規制派のフェミニスト見解を紹介しているだけだとの指摘がありました。

ブコメの皆さん、ありがとうございます

inumashさん自身は必ずしもセクサロイド規制派というわけではなさそうです。その点は私が迂闊な勘違いをして、勢いあまって批判をしてしまいました。申し訳ありません。

ただ、私が自由について論じた趣旨は、全く変更がありません。この記事の「inumashさん」という部分を「セクサロイド規制派のフェミニスト」に読み替えてください。

(追記、終わり)

2017-12-28

馬鹿税金国民の血と汗だし」

僕「ふーん税金だけ特別扱いするためのレトリックだよねえそれで騙される人が可哀想だよねえ」

2017-12-20

anond:20171220020119

ヨッピー中川から溢れ出るネット総会屋感。

それはそれとして中立を装いたいがために岸をこき下ろしておくというレトリックは好きじゃない。

2017-10-19

anond:20171019104058

いや、少しでも被害を減らそうとしたり、せめて身の回りでは解決を目指したりするでしょ、って話。

局所的にでもゴキブリ差別をなくそうとしているわけだ。

仮に「それは差別をなくそうとしてるんじゃなく被害を受けないように立ち回ってるだけ」というレトリック通用するにしても確実に「建前」とは言えないよね。本心もの

2017-10-17

「立憲民主」の旗の下の君に告ぐ

 この増田は、立憲民主党好意的で、強く支持している(17/10/17現在人間によって書かれたものである。そのへんの是非はすっとばして本題に入るので、そのことを念頭に置いてください。

 小林よしのり立憲民主党演説会に現れたということで、お前が言うなとかまずいままでにやったことについて反省しろとか、とても、もっともな罵声が投げつけられている。まったく同意である

 一方で、これを割と素直に受け入れてる立憲民主党支持者もいる。右へのウィングを広げて支持者を増やす良い機会じゃないかという反応もある。一理あるとはいえ、なんせ小林よしのりなのでそのため、そういう人に対する疑問の声も上がった。

 官能小説家の西田三郎氏は、こんなツイートをしている。

いまの若い世代自称リベラル小林よしのりを赦すなら、俺はおまえらを許さん。奴は安上がりなレイシストロジックを基礎から作った。覚えておけ。これがお前らが声援を送った男だ。

https://twitter.com/nishida33336/status/919556721546108928

 気持ちは、とてもよくわかる。

 ただ、ちょっと待って欲しいと思うこともある。

 俺の観測範囲問題もあるんだろうけど、わりに無批判小林よしのりを受け入れる立憲民主党支持者は、若い人が多い。アラサーを少し超えた程度の俺から見ても、若い。つまり20代だったり、もっと下も混じっているかもしれない。上の西田氏のツイートでの呼びかけも、若い人に対してである問題はここにある。

 小林よしのりは、はっきりいって過去の人である。いい年をした人にとっては、昔楽しませてもらったり黒歴史の源泉になったり、インフルエンサーとして、あるいはアジテーターとして思いが深いんだと思う。でも、いま2017年という時点では過去の人だ。

 考えても見てほしい。東大一直線から35年、おぼっちゃまくんから25年、薬害エイズから20年。歴史修正主義運動の前面から消えてから(おそらくこのとき最後の「第一線」にいた時期)ですら、もう15年くらいたつ。その後も小さい話題引き起こしてるとはいえ、すでに知ってた人にとっての話題くらいにしかなってなかったのではないか。「わしズム」で初めてはまった人とかいるのだろうか。

 個人的な話をすれば、高校時代ゴー宣クラスちょっと流行たことがあった。オタクっぽい、本好きの間だけだったけど。

 気になって最新刊立ち読みしたら、すでにつくる会がぐだぐだになってた時期だった。つくる会という運動はともかく、小林よしのりのマスへの影響力自体はもうほとんどなくなってたんじゃないか、当時。

 まあ、それでも無印時代~新の初めのころまではおもしろかったのでよく読んだ。部落差別についての一連の話も、興味深く読んだ(同和教育のない地域だったので)。無印に登場する時事的な話題は、高校生にとっては、そこで扱われてる話題ほとんどは「小学校のころ見聞きした事件」だった。薬害エイズも、オウム真理教も、おぼっちゃまくんPTA白眼視されたのも、小学校のころニュース番組から流れてきた話題である。今くらいの年齢なら数年前もなんとなくつい最近と思えるけど、高校生にとっての小学校時代は「大昔」だ。田舎町の高校だったからなのかは知らないが、たまたまクラスで数年遅れで流行たから、手に取ってそれなりに影響も受けたけど、そうじゃなければ小林よしのりなんて大して意識しないまま大人になった可能性が高い。

 例外もあるだろうが、自分体験を鑑みても、ゴー宣に「ピンと来れる」のは、ほぼほぼ俺くらいの世代最後なんではないか。扱われてる人物の盛衰もあるし。小林よしのりにちゃんと接した世代というのは、俺かもう少し上の世代までじゃないだろうかと思うのだ。つまり、30代以上である

 だから若い人は小林よしのりなんて知らないのだ。あるいは名前くらいは知ってて、「保守の大物文化人」くらいは認識してるかもしれない、でも近年のアイヌ否定のことだって知らないし、昔のことなんてもっと知らないだろう。認識の外のものはどうやったって外のものである若い人のせいじゃない。吉本隆明なんて読んだことはなくても名前だけはわかる。そんな感じ。

 さらにいうなら、おそらく小林よしのりが「やばい」というのも通じないのだ。小林よしのりに怒ってる人は、歴史修正主義運動カジュアル化した極右、くらいに思ってると思う。

 でも、そうじゃないのだ。多分、若い人には、歴史修正主義極右のやらかすような、行き着きすぎたところにある行動だと思っていない。それは、保守を認ずる人なら、当たり前に身につけることだ、と思われてるんではないだろうか。

 回り見回したらわかるではないかネット出版業界も、そういうふうにできているのだ。これも、若い人のせいではない。

 間接的な話をすれば、2001年つくる会教科書が検定を通っている。2002年からは、新しい指導要領の下での教育が始まりつくる会教科書はその指導要領の下で採用されている。いわゆる「ゆとり教育である2002年中学入学したのが89年度生まれ。それ以後は地域によっては小林よしのり的なもの教育現場浸食されはじめた後の世代である被害者なのである

 数年の差はあるけど、くっつけて言ってしまえば、ゆとり教育世代(以降)は、小林よしのりを知らない。小林よしのりのことをよく知らなければ、そして、歴史修正主義学校から世間までが侵食されきった状態普通世界人生を送ってきていれば、そりゃこんなに「普通保守」までウイングが広がった、と喜ぶほうが普通決まってるではないか普通保守、そのものがそういうしろものまで後退しているのである

 いや、なんだかヘン、というのはわかるのだ。でも、それを安易に難ずることは、つまり「よくわからなくても批判せよ。俺たちが駄目だと言っている」と言う話なわけで、こんなのは典型的パターナリズムであるリベラル思想をともにする人のやるべきことではない。こういうレトリックは、自称中立とか冷笑系といわれるような連中みたいで嫌なんだけど、もちろんあの手の連中みたいなことをいいたいわけではない。

 かといってほっときいいとも思わないので、ちゃんと小林よしのりがどういう人かを(むやみに相手を傷つけないよう)継承するしかないだろうけど。引用した西田氏などは乱暴な口調ながら説明はしているだけ良いかもしれない。

 もう一つ心配になることがある。上にも少し触れたけど、小林よしのりを知るか知らないかは、「ゆとり世代」前と後に、偶然ほぼ重なっている。ゆとり世代なるレッテルをふりかざして、インターネット内外でどういうバッシング世代叩きが起きたかゆとり世代以前の人間なら知らないはずはないだろう。若者叩きというと新聞TVや「リベラル文化人」の責任押し付けておいて素知らぬ顔の人も多いかもしれないが、これはインターネット2chまとめサイト利用者テキストサイト個人ニュースサイトなどの運営者に重なる集団大手を振って謳歌していた「バッシングであるゆとり叩きをしていたネット民、について彼らが何かを総括したという話は寡聞にして聞かない。匿名ほとんどなのでそんなこと期待するだけ無駄であろうが。

 話がそれたけれど、世代バッシング被害者世代がその上の世代をどう思っているかは、俺にもよくわからないところがある。ただ、目に見えないところに微妙な反感が潜んでいても、あまり非難はできない。

 なので、たまたま分断ラインがほぼそれとかぶっていると思われるこの小林よしのり評価をめぐる見解の相違は、乱暴に扱うととんでもないものに着火させるような気がする。

 むやみに相手を傷つけないよう、などと注釈したのも、そういう理由であって。

 若い人はともかく、小林よしのりのものには擁護余地はない、大いにバッシングすべきだ、という意見もあろう。すごくわかる。

 ただなあ。

 小林よしのりって、自分の見込みからズレるとすぐ相手罵倒しはじめるじゃん。事例はそれこそ星の数ほど。

 うかつに叩きまくると、蛇を出してきそうでめんどくさそうなのだ。一方、↓みたいな危惧もある。菅直人が手のひら返されたのなんてそれこそあっという間だったわけで(しかゴー宣見る限りでは、主なきっかけは「対談を断ったから」)。

 バッシングするなとはいわないが、いろいろと腫物扱いしておくべき人だな、という気はする。

 今回の選挙は、多分、立憲民主党議席を伸ばす。とはいえ、自民党も伸ばすのだろう。希望の党がポシャったので。安倍晋三の顔にタテ線を入れるという意味ではもう少し希望の党が持ちこたえて欲しかったが、それ以外の意味では希望の党がしぼんでくれて良かったわけで、まあしょうがない。

 なので、これから大事だろう。立憲民主党いつまでも追い風なわけもない。これからさまざまな合流もあるだろうし、いろいろな批判も出てくるだろう。すでに公明党が目の上のタンコブを検出してロックオンしている。

 立憲民主党Twitterはやけに上手い。きっとネットに造詣のある人がやってるんだろう。でもそういうさばけた感じでうまくやる人と、やらかす人が紙一重なのはネットウオッチャーには常識である。何とか炎上させるための火花がほしくて仕方ない人はきっと与党支持者を中心にいっぱいいるわけで、上げ潮だからこそ心配、な案件かもしれない。

 というわけで、あんまり立憲民主支持者がのんびり自分たち陣営が予想以上に多いことを喜んでる場合ではあんまりない(連日TLで見かける立会演説写真は、うぉーっとは思うけどそういう意味でつい一歩引いて見ている自分がいる)。そこに安易世代バッシング火種を投入するのは、いま立憲民主党に期待している人にとって、まったくいいことがないと思うのだ。もうちょこちょこと局所的なディスカッションが発生しているのは自分観測範囲でも見かけるし、わかるんだけど、これが躓きの石になったら、さすがに残念すぎるだろう。

2017-10-04

[] #38-2「危ないアニメ

そうして、とある描写が物議を醸す。

主人公たちの使う武器凶器子供が真似すると危険だと苦情が来たのだ。

父たちはその対応におわれていた。

「『私はヴァリオリが好きです。だが、ああ、なんてことだ。登場人物たちが凶器を持っている。青少年健全な成長を妨げる。これはよくないことだ』とのことです」

同僚のフォンさんが苦情内容の一部を読み上げる。

監督シューゴさんは鼻で笑った。

一見すると尤もらしいことを並べてはいるが、その実は抽象的なテーマに対して恣意的判断を下しているに過ぎないことは見え見えだったからだ。

「いつも通りの、杓子定規意見だ」

「とはいえ、これも“一つの立派な批判”です」

それでも厄介なのが、このテーマについて知らない人間反論しにくい程度のレトリックは使われていることだ。

「的確ではないが間違ってはいない」要素を抽出し、それを根拠自分の主張と織り交ぜてロジカルに語れば、いちゃもんは“一つの立派な批判”になる。

無視したいのに、無視するわけにもいかない非常に目障りな存在となわるわけだ。

「そうだな。言論のもの自由だ。そして、その内容をオレがどう解釈するかも、な」

「その結果は?」

「その意見自身の好悪の問題善悪混同している。それを正論に摩り替えて、意見押し付けてくるばかりの頭でっかちな輩だ」

シューゴさんの吐く毒がいつにも増して強い。

とあるごとにこういった“ご意見”がきていたためウンザリしていたためだ。

彼のストレス悪態は日々増すばかりだった。

「まあ、いつもどおり“前向きに検討”しておけばいいんじゃねえの?」

社会における“検討”というものは、得てして結論とはさして関係がないことは周知の事実だ。

シューゴさんの立場から見れば、その意見いくら論理的に見えても、そもそもの“目的”が同意しかねるものなのだ

その意見を「一つの批判」として了承し、真面目に取り合うこと自体が思う壺だと判断したのだろう。

そうして、今回もシューゴさんたちはスルーを決め込むつもりだった。

だが、やや神経症気味なフォンさんは疲弊していた。

「それが……今回は随分と大事になりかけていて、非常に面倒な状態に。“上”の数名からも『ウゼェから何とかしろ』とお達しが」

「は~ん……」

フォンさんの濁しつつも含みのある言い方に、シューゴさんは何となく察したらしい。

この時期、裏では『ヴァリオリ』の表現問題だと思っている人間たちが徒党を組んで、親会社に直訴していたのだ。

それに耐えかねた会社代表は、とうとう父たちのスタジオ通達を出したのである

「不服ではありますが、こうなるとガン無視というわけにもいきませんね……」

「そうですよ。それに一番困るのは、そんな理由で親が子供たちにアニメのものを見せないようにすることです」

「“子供のことも考えて”か。そのセリフを言うのはいだって一部の大人だよな」

しか子供を盾にされると、さすがのシューゴさんもバツが悪い。

シューゴさんの両親は厳格な人物で、そのため彼は少年時代を娯楽に飢えて過ごさざるを得なかった。

その経験から、親の理想子供犠牲になることほど悲しいものはないと思っていたのだ。

「……ちっ、分かったよ。もめ事が起こると疲れるだけだから、とりあえず従っておくか」

それは納得したわけではない、消極的判断だった。

シューゴさんは作り手として、多少の批判を恐れていてはモノ作りなんてできないと考えていた。

それを汲み取りたい気持ちは父やフォンさんにもあったが、上の声が大きくなったとき無視はいかないのが企業の常だ。

大人しく従ってくれるシューゴさんにホッとしたと同時に、彼の鬱屈とした想いが手に取るように分かることもあって父は複雑な気持ちだったらしい。

「では早速対応……と行きたい所ですが、スケジュール的に数話分の大幅な修正はもう無理ですね」

「そうですね。なのでオープニングの前に、ひとまず“あのカット”を挟みましょう」

「うげえ……“アレ”かよ」

(#38-3へ続く)

2017-09-26

anond:20170926043658

からといって必ずしもデタラメを言うとは限らないわけで、絵を描く人を人格破綻者と貶さないでいいと思いますよ。あなたにとって、ね。もちろん、この人格破綻者という言葉本来意味を指さない、いわばネットレトリックというのは承知ですけど。

2017-09-22

日本学術会議声明新潟県への宣戦布告である

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1153261

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/mainichi.jp/articles/20170921/ddm/016/070/003000c

あとシノドスフリーライターレポートもあったが、どれも「医術と呪術混同する両論併記をやめよ」という趣旨確認できる。

林智裕についてもそうだが、「これ以上福島県の健康被害について口をはさんではならない。それは差別だ」という論旨であり、

林氏は心無い中傷県民が傷ついているという批判の中で「呪い」という言葉を使っていた。

本来は全文を読むべきだろうがまず書いておく。

壊滅的な被災のなか、復興への向けて頑張っている人が悲観的な話を聴くのがつらく、実際に精神を病むこともあるだろう。

そうした福島県民を始めとする東日本大震災被災者の皆様の気持ち自然であることは認める。

しかし、隣県の新潟県では原発事故についての検証委員会始動しだしたところである

本職が医師である米山隆一牽制する文章と言ってよい。

私自身、なぜ「子供たちの未来」云々が危険視しようが安全視しようが登場してきており、政治的支配欲が出ているようで非常に不快だし、

泥流による放射線健康被害から本来定住すべきではない場所だと言われてむっとしたこともあるが、

新潟県知事選当時、県内在住の反原発から「お前は本当に福島県民か?」というような差別発言は聞かれなかった。

インターネット上で選挙運動訴訟活動を行っていることを明記した人物限定した話ではある)

現在在日コリアン念頭外国ルーツある人物へのヘイトスピーチ違法化された。

この前例に則り、学術会議への異論福島県へのヘイトスピーチとして違法化され、

最終的には検証委員が全員逮捕されることになるだろう。

事実在日朝鮮人沖縄人への民族差別アナロジーとして、福島県民への差別説明するレトリック存在している。

このような議論被差別民族への想像力の欠如と思われるかも知れないが、対策法で最も懸念されていた問題点である

いじめ偏見等の被災者への差別は続くだろう。

しかポストコロニアル当事者性を強調することで国や東電構造責任が看過されてしまうことはないのか。

実際に被災した地域を二度と同じことを繰り返さないよう防災観点から引用検討することすら差別呪術であり、

野蛮な攻撃とすることは学問権威化であり、自由を害することである

こうした声明が突き付けられた以上、このような論理は粗雑過ぎると一県民として明白に考えざるを得ない。

過激発言を繰り返したとされる泉田裕彦知事も、

2007年中越沖地震での放射能漏れ原体験として上げられている。岩手県震災瓦礫の件はここを改めて意識してほしい。

チェルノブイリ福島第一よりも安全という発言海外への県の農産物輸出戦略の一環である

国際的観点から見て廃炉出来ていない原発チェルノブイリに比して安全だと言えるのか。

ショッキング発言だったかとは思うが、公人として県政運営のなかで必要見解だったのであり、

過激さをもって差別発言と断じることは不公平であり、思いとどまってほしかった。

(不幸にも彼は権力基盤上、排外主義扇動している自民党からしか国政候補立候補できなかった。これは彼を被災者レイシストと断ずる根拠になりうる)

私の知る限り、泉田知事被爆が疑われる人物意識的差別的な県政を行ったという情報はない。

四期目を断念した後自ら原発屋根を作った云々という恩着せがましい発言をしているが、

撤退理由であるフェリー問題は船を売りつけた韓国企業東京電力からの度重なる広告出稿を受けた新潟日報と結託しており、

県は二度と船が取引できないと脅迫していた点もある。

そのような形で追い込まれ撤退した人物が、悪いことばかりしたわけではないという弁明はある程度必要なはずだ。

このような極めて強引なかたちで引きずり降ろされた人物に、撤退後まで完全に無難言動を求めるのは酷すぎる。

県民代表が、極めて不自然に引きずり降ろされたなか、このような声明を出すこと意味想像していただきたい。

民主政治自由言論に対する脅迫であり、圧力のものである

学会権威を持って検証委は怖気づいてはならない。

6年間の学術会議議論を覆すなら、検証委員会も相応の規模の時間人員を掛けて検証を延長すれば良い。

2017-09-07

猫組長(菅原潮氏)のレトリック

元経済ヤクザだからわかる、北朝鮮「過剰な挑発」の真意(猫組長) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

さすがプロだけあって説得が上手いっすっわーという感想ですね。

そこで以下では内容の正しさ以前に、菅原氏がどのようなレトリックを使って読者をどのように説得しようとしているかを考えてみたい。

エピソードで一石四鳥

スピーチエピソードトークで始めよ。カーネギーも書いているしTEDも言っているし古事記にも書いてある。それは観客(読者)を話に引き込み自分権威アピールし、そして好意や親近感を与えるために行われる。菅原氏も「海外石油取引という非日常世界で(引き込み)、250億円の取引利益とは言っていない)を行い色んなコネもできたが(権威アピール)、合法的取引だったのにアメリカ収奪されてひどい目にあった(好意、同情)」というようにエピソードトーク活用している。

ここまでの記述からして既に十分胡散臭いのだが(暴力団員あなたに「完全に合法的で儲かる石油取引」の話を持ちかけてきたと考えてみよ)内容の正しさについてこれ以上は議論しない。

しかしこのエピソード菅原氏が読者に刷り込もうとしているのはそうした当たり前の感情だけではない。それは本人も書いている〈アメリカが「巨大暴力団である〉という命題である。これは「北朝鮮暴力団的な国家である」というある程度妥当命題(ある程度、であるそもそも核ミサイルを持つ暴力団存在しないのであるから暴力団員経験妥当する範囲も限られるはずである)と合わせて以下のことを意味する。「(元)暴力団員アメリカ北朝鮮のことを理解できる」「暴力団北朝鮮)と暴力団アメリカ)の戦いなのであるから暴力団に詳しい人間こそが誰よりも語る資格を持つ」

以上の論理の組み立ては、副題でもある「アメリカ沈黙するのが怖いから」という結論の前提となっている。いわく〈暴力団相手暴力団)を強迫する際に「いわす(殺す)ぞ」「沈めるぞ」と言葉にしているうちは実は安全なのだ。〉と。

アメリカ暴力団ではない

しかし、北朝鮮暴力団と似ているという主張はある程度正しいとしても(ある程度、以下略)、〈アメリカが「巨大暴力団である〉という主張はかなり無理がある、と論駁する以前にそもそも菅原氏はここで論理証明しようとすらしていないように見える。

菅原氏がそのアメリカ=巨大暴力団という考えを持ったのは〈根拠は強烈な自己体験があるから〉だそうだが、それは単に暴力団員アルカイダ関係銀行で巨額(250億円(利益とは言っていない))の取引をしていたら取り上げられた、というだけのことである。このエピソードからアメリカ暴力団的だという結論を導き出すのはだいぶ無理があると思うが、菅原氏いわく〈黙って監視をして、ある程度膨らんだら根こそぎ収奪する〉という手口は暴力団のものからアメリカ暴力団なのだそうである不法組織不法取引に最大限ダメージを与えるのはむしろ正しい態度なのでは? とか、ここで菅原氏は自分アメリカから狙われたと勘違いさせようとしている(その後で「私に対する監視が~」とか言ってるし)(権威アピール乙)けど、何百という銀行の封鎖に巻き込まれただけだよね? つーかそもそも国家暴力装置を独占する存在で~とか論理的ツッコミは入れようと思えばいくらでも入れられる。しかしここまで雑なのは最初から論理ではなくエピソード説得力で前提を刷り込もうとしているからであり、その前提には菅原氏にとってそれだけの価値があるからだ、と考えるべきだ。

なんでそんな無理な主張をするのか

このように暴力団vs暴力団という前提でアメリカvs北朝鮮の図式を説明することで菅原氏が得るものは何か? それは解説者としての正統性であるそもそも北朝鮮がある程度暴力団的な国家である(略)というのは衆目の一致するところであるから、それだけでも現代ビジネス程度の媒体ものを書くだけの正当性菅原氏はすでに手にしているはずである。にもかかわらず「アメリカもまた暴力団である」という無理な主張をわざわざ行わなければならなかったのは、それによって「暴力団専門家」として独占的にアメリカvs北朝鮮関係について語ることのできる正統性を築こうとしているからではないか

これまで散々書いてきたようにアメリカ暴力団ではない。暴力団的ですらない。アメリカ暴力団であると考えるのであれば、国家暴力団との区別存在しなくなってしまうだろう(まさにここが元暴力団員一流のポジショントークなのであるが)。むしろアメリカは正真正銘の国家であるだけでなく「世界の警察」であり、したがって普通に考えればアメリカvs北朝鮮は、国家警察)vs暴力団という図式で理解するのが自然に思える。

しか菅原氏にとってはそれでは不足なのである国家警察専門家は世の中に多数存在する。普通であれば菅原氏はそうした外務省出身教授国際政治専門家と同じ土俵で戦わなければならない。しかしそれではあまりに分が悪すぎる。そこで菅原氏は「アメリカもまた暴力団なのであり、これは暴力団vs暴力団の話なのである」という前提を持ち込むことで「これは暴力団同士の争いですから私が一番詳しいんですよ」と自分の独占的な正統性を打ち立てようとしているのではないか

はじめのうち個人の無理矢理な感想しかなかったアメリカ暴力団はいつのまにか自明の前提となり、ついに理想的解説者を発見したわけである。キレイナナガレダナー

菅原氏のこれから

今後も菅原氏はこのように「この話は(元)暴力団員で、これだけスゴイ私が語るのが最適なのですよ」という芸風でやっていくのだろう。はてな民が大好きなクリティカルシンキングの題材として扱うのがいいんじゃないですかね。隠された前提や意図を見つけていきましょう。

2017-09-01

https://anond.hatelabo.jp/20170901122126

結論から言うと決して入ってはいけない。

物書きの人って無頓着過ぎると思うんだけど。「私はおいしくないと思いました」なら書くのは自由だし「私はもう行きません」も単なる自分意思表明だから構わないと思うけど、レトリックのつもりか知らないが、気軽にこういう事書きすぎだと思うんだけど。

単純に業務妨害だし、この人個人の憤りがどうして他人の行動の禁止にまで話を広げられるのかが、あまり解らない。

こんな事で訴えられないと思ってなめてるんだとは思うが。

2017-08-27

http://www.blossoms-japan.com/entry/2017/08/26/192202

id:blossoms_japan さんに IDコールされました。

>非常に申し訳ないのですが、わかりやすいまとめとは誰が述べているのでしょうか。そして余計な形容詞とはなんでしょうか。ご教授いただければ幸いです。

とあったので書きます反論になっていないかもしれませんが。

ブログを読み返してみて、確かに わかりやすいまとめ という記述はありませんでしたが、

blossoms_japan氏自身が同様の趣旨のことを述べていたと解釈したためそのように書きました。

タイトルに「(略)わかりやす解説」 とあり、赤字で「最近騒がれているワインセラー図面云々の話をまとめながら、

その周囲の野党議員をはじめとした人々の衝撃的発言をまとめておこうかと思います。」とあります

明らかに間違った記述ではないと思うのですがいかがでしょうか。

余計な形容詞とは、事実を述べるにあたって不要と思われる形容詞すべてです。

事実事実、それに対する筆者の評価評価として分けて記載するのがよいと私は考えます

例;

悲しいぐらい←筆者の嫌味を込めたレトリックであり事実記述としては不要

さな方向に向かって←終息しつつあるような印象を与える

総理意向どこ吹く風←追及側が総理意向に関して無視を決め込んでいるような誤解を与える

引っかかったのは序文だけであり、形容詞が「多い」は言い過ぎました。すみません

言いたかったこととしては、形容詞は必ずしも状態客観的表現とは限らず、

筆者の評価意見を強く反映していることに留意すべきということです。

ちなみに、もしもこんなに客観的記述しているのに何をいっているんだこいつはと

思わるのであれば無視して頂いて結構です。

2017-08-05

マスメディアのことをなぜマスコミと呼ぶのか理解できない

メディア媒介であり、情報発信者と受信者媒介して伝える手段で、

ひそひそ話からマスメディア新聞テレビラジオ雑誌など)にまでその範囲は及ぶ。


伝言ゲームの喩え通り、その間媒介者たちによって情報の取捨選択が起こり、あるいは補足が行われ(尾ひれをつけるなど)

情報は当初のものから乖離、変容していくものである。これが大前提である


その間の取捨選択、要するにふるいにかける作業言葉をかみ砕く作業なども当然のように想定しなければならないし、現実もそうである


これらの行為マスコミュニケーション行為と呼ぶのであって、

この略語であるマスコミ当事者には、情報発信から信者まで全員含まれる。


このふるいにかけたり、かみ砕いた表現をとったり、外国語翻訳したり、あるいは不要修飾語を多用したり、

悪意ある場合には尾ひれをつけたり、推測や願望をこっそり忍ばせたりする行為を、どのように呼ぶかは自由である


ある人は偏向というし、またある人は報道しない自由というし、さらに別の人は編集などと呼ぶかもしれない。




では、下ごしらえしていない食材調味料を置かれ、お好きに料理してくださいと言われたらどうだろうか。

いやここでも、食材調味料選択恣意性排除できないという人もいるだろう。



では、森に連れて行って、お好きなものを収穫して、ご自由料理してくださいと言われたどうだろうか。

いや、わたし魚介類が食べたい、森へ連れてくるなど偏向していると主張する方もあらわれるかもしれない。


閑話休題、たとえば海外ニュース恣意性排除するにはどうすべきか。

翻訳に頼らないことである自分で読むしかない。

また人間誰しも文章を書くときには修飾語や過度の強調表現をとりがちであることも論を俟たない。

修飾や強調によって表現が豊かになり、多くの文学作品が生まれたはずである

では、文学から様々なレトリック技術を取り去ったら、どうなるだろう。

無味乾燥ものばかりで辟易するであろう。

一方論説や演説ではどうだろうか。できる限り避けるべきであるが、やはり頼りたくなる、人間だもの

2017-08-01

https://anond.hatelabo.jp/20170801120514

シンゴもコウヘイも成長してるんだから今のおまえには勝てないよ

いやマジで

なんで子供時代シンゴコウヘイと大人のおまえが共存してるって前提で話してるんだろう

変にレトリック使おうとしててウザい

2017-07-08

https://anond.hatelabo.jp/20170708030900

まず貴女があたかも客が「童貞か非童貞彼女たかいなかったか分かる」と言っているのが意味不明

相手の性経験判別できるスカウターもついてんの?

相手自己申告してるわけでもないのに「うわあこいつ童貞だあ」って思ってるだけじゃないの?

どんなキモかろうがコミュニケーションが取れなかろうが非童貞(非・素人童貞)の男という存在考慮に入れていない。

「いや相手童貞自己申告してたんだよ」とか言うのかもしれんけど、そんなの根拠にならない。

風俗では「童貞自己申告しておけば優しくしてもらえる」というのがお得感が(根拠あるかは不明だが)客の中であるからだ。

から風俗の客は実際に非童貞だろうと童貞自己申告したりする。そんなもんだ。

よって相手言動とか振る舞いとか自己申告とかそれら全て合わせもって「童貞か非童貞判断する」ことは不当と言わざるを得ない。

一応言っとくけど「精神的に童貞かどうかを問うているのであって実際に童貞かどうかは関係ない」等というクソレトリック無効から

結局「コミュニケーションできない童貞に多くでくわした」→「童貞コミュニケーションできないのが多い」という帰納法自分ではしてると思ってるのかもしれないが、

貴女の中に存在する「童貞コミュニケーションできないのが多い」という偏見が先に来てて「出くわしたコミュニケーションができない男」へ強引に「童貞」というレッテルを貼っているようにしか見えない。

とか言うと「童貞が図星つかれて発狂してるwww」とか煽られるんだよなあ

から童貞は生きづらい…

2017-06-23

言葉が生まれるところ

ここのところ面白い言葉が生まれていないなと感じる。

昔は業界用語(ジャズ人達が作った)や、2ch用語とかがあった。

べつに過去を懐かしんでるわけじゃない。良い感じに人がバラけて共通言語を使う必要があるからかもしれない。

アメリカ英語ではあまり見かけないが、イギリス英語には、驚くほどレトリックが多い。私の知らないマイナー映画イギリスコメディから引用である。これは悪い意味教養を感じる。

同時にそんな世界がないのが、ちょっと怖い気がする。若い人達スマホを片手に何を話しているんだろう。

自分達にしかからない言葉が、仲間には必要なんじゃないか。誰かにはわからなくても、意味はなくても必要言葉約束という共通言語の代わりになる事があるんじゃないのか。

Hip-hopはもしかしたら、そんな欲求に答えてるのかもしれない。だから人気があるのかもね。

知りもしない誰かに、自分達は仲間なんだってからなきゃいけないのかな。仲間にだけ、分かれば良いんじゃないのか。

2017-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20170606111734

ウォッチャー」を名乗ることで中立を装うのはこすっからしいレトリックだよな。

内容は長くて要点も不明なので読んでないが、与党批判ネタなら何にでもパクパク食いつくあたり、アンチ与党なのはわかる。

2017-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20170518102317

ある状態に対して大袈裟表現を当てはめるのって普通レトリックだろ。

「恥ずかしくて死んじゃいたい」に「死ぬという意味勘違いしてるんだろうな…」とか言うのか。

2017-05-12

増田インターネット最後の砦

小学生から掲示板チャットにハマって、中学生テキストサイト運営してそこそこ有名になった(雑誌に載るていど)ころから10年が経った。今では2ch個人ニュースサイト個人テキストサイト(noteとかミディアムとかに当たるのか?)も興味なし。つまらないとは言わないけど私には合わない。twitterもいっときはハマったけど、私がインターネットに欲してるのは「読みもの」だから、そもそもソーシャルネットワークとは関係がなかった。タイムリーで、専門性もあって、レトリックにもキモい味わいがあって、2chみたいな匿名性も残されている増田は、私にとってインターネット最後の砦。っていう日記を同じベッドで馬鹿ヅラして寝てる彼氏の隣で書けば増田文学みたいになれるかな?って思ったんだけど、いまいちだったわ。でも「最近インターネットはつまらない」とは言ってないだけ偉くない?意識してないけどそもそも若者や新しいカルチャー理解があるほうだったんだなって自分で思うと安心する。あとカレーちょい足しするのにオススメ具材教えて、今流行ってるし明後日くらいに作るから

2017-05-11

結局誰を殴りたいかが先にあって差別だなんだってのはレトリックしかないですよ

本当に海外でもこれは同じ

2017-04-06

http://anond.hatelabo.jp/20170406165314

石原里紗は、その著作において「専業主婦家畜だ」といったレトリックを使った主張を行った。

その為、賛否両論に分かれて女性生き方のものを含めた論争が発生した。

当初はその主張の奇抜さ、物珍しさからワイドショーバラエティなどのテレビ番組にも出演したが、

その度に他の出演者から論破され続け、視聴者の飽き、それに伴う石原露出の減少とともに忘れられていった。

へぇへぇへぇ

2017-03-16

演説ってのは聴衆の心を震わせるためのレトリック集大成なんだからそりゃ映画アニメでやれば盛り上がるに決まってる。

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