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はてなキーワード: レトリックとは

2021-05-06

アンチ体育会系正義になる時代がついに来た!!!

嬉しくてたまらない。

私は匿名ダイアリーで人の悪口を書いたり読んだりするのが大好きな暗い暗い人間だ。

こういう性格になった原因の一端は、私が「体育」が苦手だったことに間違いなく起因している。

そもそも体育=いわゆる「体錬」なんていう、本来近代日本の強兵政策に基づく「国民を使い勝手

いい兵隊にするため」の科目を戦後にきちんと潰しておかなかったGHQが悪い。

日本の多くの子供たち(おそらくはどこの国もそう大差あるまいが)が「体育の授業」と「体育会系部活」で

植えつけられるのは、「集団利益第一義であり、〈和を乱す者〉〈足を引っ張る者〉は散々叩かれパージ

されねばならないし、保身のためにはそういう者になってはいけない」という同調圧力自己責任論、

そして、「絶対的上下関係のもと、〈下は上に逆らってはならない〉というシステム」だ。

すなわち、汚職癒着不正隠蔽内部告発への圧力ブラック労働やりがい搾取パワハラセクハラ……

この社会の「生きづらさ」の原因となる諸問題の根には「体育」がある。

(「諸問題」と私が呼ぶのは私が一市民であるからで、為政者にとっては素晴らしい「美徳なのだろう)

オリンピックなどというのは、「体育」的価値観諸国民が疑問を抱かないようにするためのプロパガンダ装置だ。

アスリートへの礼賛と神聖視。彼らの人生感動ポルノとして消費する報道。「オールジャパン」なんて

空虚言葉で飾り立てた同調圧力奨励。「コーチ監督団体から言われたことを唯々諾々と受け入れ、

疑問を抱かない思考停止」は「ストイックプロ意識」となり、「体を壊してでも試合に参加する無計画

自傷行為」を「尊い自己犠牲」と呼ぶ『1984』ばりの欺瞞に満ちたレトリックが何をもたらしたか

無数のアスリート死体と、自浄作用に欠いたクソみたいな社会だ。

私は体育が嫌いだ。体育会系が嫌いだ。体育会系価値観に染まった、自分脳みそものを考えられない

馬鹿が嫌いだ。私を見下し、自分が何か特別な「許された」人間のようにふるまってきたあいつらが嫌いだ。

そしてそれを許してきた社会が嫌いだ。

私は嬉しくて仕方ない。ツイッターを開けば。ヤフーコメントを開けば。オリンピックへの罵詈雑言が読み放題だ。

テレビではオリンピック内定選手が、もはや自分たちがパブリックエネミーとなったことにも気づかずに、

自分たちが頑張る姿を見て感動と希望を与えられれば」なんて上から目線のどうしようもないコメントをしている。

燃えろ燃えろアスリートたちよ自身特権意識と、偉い人がやる気なら逆らえない風通しの悪さを晒し炎上しろ

ピンチをチャンスに」なんてクソくだらない不謹慎言葉を使うつもりはない。

だが、夢見てしまう。

「なんで、たかだか『体を動かすのが他人より上手い』ってだけの連中があんな偉そうな顔できてるんだ?」

「上の顔色と周りの視線を慮って誰も何も言えないような、体育会系価値観蔓延した社会って危険なんじゃないか?」

そうした価値観が、コロナを、東京オリンピック批判を機にこの国のマジョリティになることを。

現代貴族であった体育会系クソ虫共が、断頭台に引き立てられる日を。

2021-05-05

anond:20210505183624

ぜってぇ嘘だわ

アホらしい

弱者男性論のアホらしさはここにある

みなレトリックで遊んでるだけで本気でやる気が無いのがミエミエやねん

キモオタプロレス

2021-05-04

anond:20210503191109

今まで言っていたことと矛盾している人間がいたからといって、今回の反応が間違いだ、というのはレトリックにしてもあまりにも短絡的だ。

しろ、今までが間違っており、今回正しい結論に至ったと見るべきであろう。

???

主旨替えしたいんならちゃん認識したうえでやれよ

単なるお気持ちで言う事変えてるだろこれ

言ってるやつ矛盾にも気づいてないだろうよ

2021-05-03

anond:20210503231710

思想とは団結を促し敵を確定して攻撃するためのレトリックではないか

そうではないということもできるが、それが主な使われ方にしか見えない

弱者はまず黙って丁寧な暮らしをしよう」がはてな民の総意

弱者男性はまずクロワッサンを読め。丁寧な暮らしをして、自分の機嫌を取れ。」

絶賛してる多くのはてな民と、ブチギレてる弱者男性擁護派に見事に別れたこ提言

でもこれ冷静に考えると正論なんだよな。珍しくはてな民がマトモなことを言っている。

反発してしまうのもわかるが、全くの正論しか言いようがないのだ。

現代弱者というのは結局の所、自分自分の世話ができないことがストレスとなり

他人リソースを注入せざるを得ないのに加害性が高く、コミュニケーションも高コストになる、というところに本質がある。

おとなしく機嫌の良い弱者ならなんとでもなるが、暴力的で不機嫌な弱者支援しづらく、相互扶助のリターンは小さく、支援者にも避けられ、ますます弱者になっていく。

社会関係資本という最も重要資本を自ら失ってしまう。たとえば公的支援も後回しになり、金銭サービスを受ける際にも追加でコストを取られる。

私的関係なんて当然言うまでもなく壊滅していく。それが弱者たる所以

から、「まず自助努力で丁寧な暮らし自分の機嫌を取れるようになり、そこから支援を受ける」というのは理想的な流れと言える。

ここまではほとんど自明な話だ。

とはいえ、これを弱者に向かって直接いうと当事者や、同情している人々に激怒されるのも確かだ。むしろそれこそが真の問題である

答えはわかっているのに、納得したくないというケースが非常に多い。

最近の別の典型例は車椅子クレーマーで、あれは弱者敵対的コミュニケーションによって周囲に加害していた例だろう。

一般人の反感を買ってますます支援理解を得られなくなるのだが、「あれが戦略的に正しい」という意味不明擁護左派の中で多かった。

もちろんそんなわけないのだが、当事者に寄り添うと、認知が歪んでしまい、客観的物事を見られなくなるのだ。これ自体は仕方がない。一般的な話で、左右の問題ではない。

今回の件で言えば弱者男性擁護派もブチギレていた。全く同様の心の動きだろう。

そこにさらなる正論反論しても、ますますヒートアップするばかりで、納得が得られる可能性は低い。

忠言耳に逆らう、というのは普遍的な話だ。最も重要提言ほど、正面から言うと理解が得られない。


からこそ、様々な弱者に対して「弱者はまず黙って丁寧な暮らしをしようよ」という正論を投げかけるのは有効だと思う。

障害者マイノリティ弱者男性、いろいろな弱者がいるわけだが、その全てに同情している人間はそれほど多くないだろう。

自分がまったく同情していない、あるいは嫌悪している対象ならば、「弱者はまず黙って丁寧な暮らしをしよう」という正論合理性簡単理解できると思う。

もちろん同情しているとか、実際に当事者なら怒るだろうが、その場合にはまた別の対象を持ってくればいい。

弱者男性擁護派も他の弱者に対しては同様の論理を持ち出していることは多い。

そこからはじめて繰り返していけば、弱者一般に対しても全く同様の論理が成立することも、最終的にはみな理解できるだろう。

実際に今回、はてな民の大多数は理解できた。地道にやっていくことが大事だ。

そうすればだんだんと加害性の高い弱者が減っていき、協調性の高い社会にたどり着くことができるだろう。

今回の提言は図らずも多くの学びを得られた。


余談だが、以下のような論理は全く空転しているといいたい。

今まで言っていたことと矛盾している人間がいたからといって、今回の反応が間違いだ、というのはレトリックにしてもあまりにも短絡的だ。

しろ、今までが間違っており、今回正しい結論に至ったと見るべきであろう。

https://anond.hatelabo.jp/20210503143456


追記

ブコメに明らかに文意が読み取れていないはてな民が見受けられる。

私は福祉否定しているわけではない。弱者に助けが必要なのはそのとおりだ。読めばわかるだろうが、共助や公助を受ける「ために」自助努力必要だという話をしている。

それが、助けてくれる相手に加害をしないように最低限のセルフケアをする、丁寧な暮らしをする、という今回の提言だろう。

まりこういうことを言いたくはないが、自分が何に賛同して何に反対しているのかぐらい考えてからコメントを書いてほしい。

2021-05-02

クリーンアーキテクチャって実際どうなの

クリーンアーキテクチャとはソフトウェアアーキテクチャの1つだ。

Robert C. Martin氏により考案され、ここ最近また日本プログラマ界隈で人気が出ているように思う。

ただ、英語圏において、Martin氏に対して実はかなりアンチが多い。

Redditでは彼についての記事は(批判以外は)軒並み低評価が付く。

理由として以下のものが挙げられる。(本業についての批判政治信条批判が混ざっている事に注意。)

 

 

実際、クリーンアーキテクチャアイデア自体は、盲目的に信仰してはいけないがガイドラインとしてはまぁ有用とされているように見える。

ただ、上記経緯により、例えば先日Martin氏の著書であるClean Codeをゴミ箱に入れた写真ツイートしている人を見かけ、彼への風当たりは今も強い事をうかがい知れた。

自身Clean Codeには昔お世話になった覚えがあり、そのパフォーマンスは流石にキャンセルカルチャーではと思う。

しかし一方で、Null許容型批判の件や、開発した代表的ソフトウェアがない事から、この人からプログラミングの何たるを学んだと公言するのを躊躇する気持ちも分かり、複雑な気分でもある。

 

 

とりあえず俺が自信を持って言えるのは、ボブに近い名前でもないのにボブおじさんを名乗って良いのはT-800だけだということ。

2021-05-01

anond:20210501230837

高卒で働く人間が増えて困ることはない

今のアカデミズム問題として予算無駄に広くばら撒かれ過ぎてる

ってのはお役所レトリックでもないただの事実だし

それと高卒ちゃんとした給料貰えてないのはまた別の問題でそこの切り分けが出来てないでしょ貴方

anond:20210501070748

感染拡大防止には我々全員の行動制限もしくはワクチンしかない」という事実を認められない者が、その辺のレトリックにこだわるのではないかなあ。

ー徹底検査すれば、行動制限しなくて済む

医療体制を強化すれば、行動制限しなくて済む

みたいな週刊誌レベルの愚論に惑わされすぎだよね。

2021-04-22

anond:20210421172633

この一文だけでも相当高度。

C言語などの関数型言語状態を持つことができません。

C言語関数型言語」という間違った前提から一転して、急に本当の関数型言語の特徴の説明に変わる。

しかも「状態を持たない」のは一般的にいって良い性質なのにも関わらず、悪い性質として紹介する。

……こんなレトリックが凝縮されている。全文を味わう価値のある文章

2021-04-07

anond:20210407113710

まあそれはその通りだし、あのやべー集団イレギュラーからお互い完全無視することにして、今はもっとそれっぽい主張について議論しましょう

ってことならわかるんだけど、定期的に「は?あのやべー集団無視すんなよ」って話を蒸し返されるんだよね

結果として弱者男性=「レトリックを使うし暴力も使うし女を求めてるのに女を憎むし積極的迷惑かけるけど消極的で何も行動しない童貞レイプ犯」みたいなキメラができあがる

「女をあてがえ」論者は藁人形じゃなくて実際にいるよ

「女をあてがえ」論者は藁人形じゃなくて実際にいるよ。以下に具体例を出してやる。

赤木智弘

弱者男性論の元祖ともいえる赤木智弘は、2006年に「私は男女平等実践として「私を養ってくれるお嫁さん」を募集します」「応募がなければないで、「男女平等なんて言ったって、本当に平等にしようなんて誰も考えていないじゃないか」ということを実証したことになります」と言っていた。

http://journalism.jp/t-akagi/2006/07/post_136.html

島本

饅頭が「「女をあてがえ」論者マジでいるのだろうか」「フェミニズム女性自由にしたせいでオレらが結婚できなくなった」と主張している人って本当にいるの?」と問いかけたときに、「僕です」と名乗り出た 島本 @pannacottaso_v2 というTwitterアカウントがいる。「『アンチフェミは女をあてがえと言ってる』というの、全くそのとおりだしそれの何が悪いのかさっぱり僕にはわからない」「『女を充てがう方法』として税制を使えと言うてるわけです、我々は。それを『直接じゃないから充てがえと言うてるわけではない(徴税というペナルティを被れば拒否する権利はある)』みたいなのはただのレトリックだと自分は思う」と主張している。ちなみに彼は2回「僕です」と白饅頭リプライしたが、返事をもらえなかった。

https://togetter.com/li/1121535

■黒屋ぶるー

非モテに女をあてがえ」と主張している 黒屋ぶるー @kuroya_blue ​というTwitterアカウントがいる。彼は「「非モテに女を宛がう」で僕自身が想定してるのは男の年収改善(それが女の年収低下を意味することは否定しない)と独身者への社会的圧力の強化、マッチングの強化で結婚やすくしようというもの」「人口維持を目的とするなら「非モテに宛がわれる女性にあるメリット」はズバリ人口維持でしょ」と主張している。

https://togetter.com/li/1408490

弱者男性差別をなくそ

弱者男性差別をなくそう」というTwitterアカウント @tufozi2 がある。「共学が諸悪の根源」「自由恋愛が諸悪の根源」「やはり自由恋愛は廃止してお見合い制度を見直すべきであろう」「それが女性幸せもつながる」と主張している。

https://twitter.com/tufozi2

黒猫使いの鈴木

すもも @sumomodane が「そもそも「男に女をあてがえ」って言っている人、いるんですか?」と問いかけたときに「私とかがそうですね。」と答えた黒猫使いの鈴木

@kuronekomasters というTwitterアカウントがいる。「基本的には、戦争絶滅を望まないなら、あてがえ論をベストと考えます」「妥協点として30くらいまでに自由恋愛で結婚できないなら国や自治体選択肢提示離婚可能だが繰り返す」と提案している。

https://twitter.com/kuronekomasters

すもも

上で出てきたすもも本人は自分弱者男性だと思っていないし、自分が「男に女をあてがえ」論者ではないと自認しているが、一方で氏は「女性上昇婚志向の高さは男性モテ関係している。男性にとって女性上昇婚志向高まることは結婚しにくさにつながる」「女性高望みをやめることは社会的メリットにもなる。①日本少子化対策になる、②男性幸福度を高められる、③日本男女平等度を高められる」「現在未婚者において経済的理由結婚できない人が多いため女性高望みをやめればマッチング機会が増えるだろう」「日本男性幸福度が低い。それは未婚男性幸福度が低いことが寄与している。日本では家族以外の共同体希薄なので未婚男性孤立やすい。女性高望みをやめマッチングが増えれば男性幸福度高まるだろう」とも言っている。つまり女性高望みをやめて強者男性以外も選ぶようになれば、今は結婚できない日本男性結婚できるようになり、家族共同体を持ち、孤立が解消され、幸福になる、と主張している。自分には、これは弱者男性外部から見た「あてがえ」論の変形に見える。

https://note.com/sumomodane/n/nda55d2cf494e

少なからアカウントが、マッチングシステムを変えたり(自由恋愛→お見合い女性側の価値観のものを変える(上方婚志向下方婚の許容)ことで、弱者男性非モテ男性(上に挙げた人達ほとんどはこの2つをはっきり区別していない)が女性マッチングされる機会が増える、増やせ、と言っている。また彼らの一部は、自分の主張が「あてがえ論」だと明言している。

ここで挙げたのは一部の例で、はてな他で非モテについての議論が盛り上がっていた時代には、こういう論調は(かなり極端な側には属していたが)そう珍しいものでもなかった。増田過去検索してみれば同じような意見が出てくるだろう。今回炎上をめぐって「『女をあてがえ』論者は存在しない」とか「藁人形だ」という意見を目にするが、事実はそうではないし、白饅頭やすももがそう言いだした時にも実際に「女をあてがえ」論者が名乗り出てきている。

おれは性的承認問題を抜きにして弱者男性の話をしたい人達がいるのは理解できるけど、彼らが「性的承認問題重要視し、その問題の解消のために制度的な解決を求めている弱者男性達」をいないことにするのはよくないと思う。弱者男性界隈が弱者男性内部の多様な声を抑圧してたらマジで救いがなくなる。まずは「女をあてがえ」論者が存在すること自体は認めて、彼らを弱者男性論の中でどう位置づけるのか、真面目に考える必要がある。少なくともこのエントリを読んでまだ「『女をあてがえ』論者は藁人形だ」という人間がいたら、そいつ事実より先入観や願望を優先して、弱者男性内部の多様な意見封殺するやつだ。言うならせめて「弱者男性みんなが『女をあてがえ』論者ではない」とか「チェリーピッキングだ」ぐらいにしとけ。わかったな。

おまけ:米国インセル界隈では「女をあてがえ」という主張は割と普通にある。保守派論客のRoss Douthatは、インセル問題提起を受けてニューヨークタイムズコラムで堂々と「セックスへのアクセスが困難な人々にセックスを再分配しろ」と言っていた。これも弱者男性の外部から見た「あてがえ」論だろう。

https://www.nytimes.com/2018/05/02/opinion/incels-sex-robots-redistribution.html

2021-03-28

増田ってVIPよりはマシだと思ったけど

繊細チンピラとか、意見の違う人に対して異様に喧嘩腰な人とか、本気で「自分論理的ですよ」みたいな思い込みしてる感情論者が割と居たり、珍しくまともな議論してるやりとりあるなと思ったらレトリック使って議論した気になってる馬鹿議論に介入してたきたり、

頭のいいつもりでいる馬鹿が多い当たりVIPと同レベルだよなここ。

俺はバカのフリしてる頭のいいつもりでいるバカからお前らとは一緒にしないで欲しい。

anond:20210323233106

日本語難しいね

”呉座氏の件と草津の件との非対称はやはり納得できない。/呉座氏の発言が許されないとする態度と、人と地域誹謗中傷し、根拠が出てこなくても意見撤回すらしない事を免罪する態度は両立不可能だと思う。”



何なら両立可能なのでしょうか。(その二つに両方そのように言及している人がそもそも実在するかどうかは措きます

理論上二つに分かれます

(A)呉座氏の発言が許されないとする態度と、人と地域誹謗中傷し、根拠が出てこなくても意見撤回すらしない事を免罪「しない」態度なら両立可能

(B)呉座氏の発言が許され「る」とする態度と、人と地域誹謗中傷し、根拠が出てこなくても意見撤回すらしない事を免罪する態度なら両立可能

免罪しない=糾弾すると置き換えましょう とする態度 も冗長か。

(A)呉座氏の発言を「許さない」 と 地域誹謗中傷し、根拠が出てこなくても意見撤回すらしない事を「糾弾する」    なら一人の人間の態度として 可能

(B)呉座氏の発言を「許す」  と  地域誹謗中傷し、根拠が出てこなくても意見撤回すらしない事を「免罪する」    なら一人の人間の態度として 可能

さて、もとのブックマークコメント意図するは(A)(B)どちらでしょう?それとも(A)(B)両方でしょうか?

元増田ブックマークにあった「一貫性を追求しているだけでしょ」「ダブスタを指摘しているだけ」というコメントを残したIDのはてな村人なら両方、一択ですね。)

だんだん見えてきました。

言語的読解ですが ”両立不可能だと思う”  は ”了解しがたい”。”いやそりゃおかしいでしょ”という異議申し立てでしょう。

  両立不可能だと思う≒私は許したくない 以外をこの文脈では読み取れない。 両立不可能だと思うけどどんどんやって世の中に広めてほしい という筈はない。  

  両立不可能だと思う。できることなら世の中から消えてくれ。という願い・叫びでしょう。

(A)呉座氏の発言を「許さない」 と 地域誹謗中傷し、根拠が出てこなくても意見撤回すらしない事を「糾弾する」    なら一人の人間の態度として おかしくない

(B)呉座氏の発言を「許す」  と  地域誹謗中傷し、根拠が出てこなくても意見撤回すらしない事を「免罪する」    なら一人の人間の態度として おかしくない

では (A)ならばいいのか? 

 ここにトリックレトリック)が込められています。 ”地域を*誹謗中傷*し、根拠が出てこなくても意見撤回*すら*しない事を「免罪する」

 「だに」「すら」「さえ」  はい。 これ付きで描写される行為、「免罪するなんておかしい」「免罪するな」以外の文意読めますかね?

 すら というのは 根拠がねーんだからせめて意見撤回ぐらいはしろよ。(誤りを土下座しろとまではいわねーけどよ) ですよ。

 根拠 や 誹謗中傷を 呉座氏の方に添付して

女性研究者であることに対し誹謗中傷したことを示す本人も認めた明白な根拠がある呉座氏の発言が許されないとする態度と、草津発言を免罪する態度は両立不可能だと思う。”

 と書いてもよかったわけですよ。

 なんで 呉座氏の方は 根拠 誹謗中傷 という 語で飾らなかったんですかね?

懸命に隠しても、言いたかったのは 「根拠のない草津発言を免罪するなんておかしいだろ?な?な?」 「だから」 「呉座氏も許すべき。許さない(架空の)お前らを罰してやる」 なんですよ。

女性研究者であることに対し誹謗中傷したことを示す、本人も認めた明白な根拠がある呉座氏 とは 書かなかったのはそういうわけ。

 したがって (A)(B)両方、と答えた人は不正解でしょうね。

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追記

 呉座氏が謝罪した後、呉座氏を執拗攻撃するのをやめるよう、そして職場電話で抗議するのはやめるよう発言したのは北村氏ですが、執拗北村氏を攻撃し続けたのは誰だったんでしょう。

2021-03-26

anond:20210326132925

よくある「論点ずらし」と主張して、実際の問題から目を背けるレトリック

2021-03-18

anond:20210318202236

一応馬鹿馬鹿だと言うことも必要だと思ったので。

元増田学者が/を「鍵アカウント批判する」という文脈重要性が全く理解できないので馬鹿です。

研究者資質が少しでもあるならば、これこれこういう根拠で主張しました、と応答するだけのことです。

元増田はこの点だけは比較的まともなことを言っています

馬鹿元増田ですら知っているとおり、学術的な議論批判反論を繰り返すことで進展します。

ところが、鍵アカウント批判してしまえば、批判への反論不可能であり、言いっぱなしが可能になります

更にこの鍵アカウント結構な数のフォロワーがいます。いわば、(ほぼ)不特定多数批判を目にするが、批判された側は反論できない、という構図です。

これは明らかにアンフェアですよね。呉座勇一の行為のこの点が批判されています。まずはそれを理解しましょう。理解できなければこの話で宇崎ちゃんの恨みを晴らそうとするのは諦めましょう。

なんの文脈もなく、都留文科大学英文学科の学報を参照し、この陰湿行為を「通常の意見批判」としかみなせない元増田の分解能の低さは心配です。そんなんで社会生活を遅れるんでしょうか。

特に唐突都留文科大学英文学科の引用は本当に意味不明でした。現実大学生レベル資質を欠いているのは、言うまでもなく元増田でしょう。学生レポートももっとマシだよ。

悪口」が北村紗衣先生だけに限定されるのではなく、根拠の確かな主張をする研究者でも、若手の女性研究者にだけ「悪口」を言っていることを示さない限り、そのカテゴリ付けは不適切です。不適切カテゴリ化、議論一般化をするというのは、研究者としての資質に疑問が残ります

ツイートの「鍵をかけて他分野の比較的若手の女性研究者研究上全く接点がないし会ったこともない)に対して見えないようにいっぱい陰口をたたいている男性研究者アカウントですか?」がレトリックだと読み取れないのは哀れです。

一般には見ることのできない場所での助教発言を、准教授世間に公開して批判する」

そりゃ反論できない場所で何を言われているかわかりませんから、まずは自分名誉回復のために発信することくらいは認められるでしょう。アンフェア議論批判することの何がパワハラなんでしょう。

専門家に関する非対称性

ここに至っては本筋と全く関係のない話でした。悪口が言いたいだけなならそう書いたらいいのに。

なんか一生懸命にそれっぽい言葉遣いで、馬鹿文章書いたんだなぁと思いました。

北村先生がどういうレベル研究者かは存じ上げないですが、少なくとも元増田研究者にはなれないでしょうね。

2021-03-16

米国「北の人権問題から顔を背ける韓国失望しているし恥ずかしい」

http://www.chosunonline.com/m/svc/article.html?contid=2021031680068

文在寅政権への批判が徐々に高まる

 米国の有力シンクタンクの一つ「戦略国際問題研究所CSIS)」は15日、米国長官国防長官来韓を前に取りまとめた「韓米同盟のための勧告事項」と題された報告書の中で「北朝鮮人権問題は、米朝間のいかなる政治的関係改善過程においても必ず問題として取り上げねばならない」と指摘した。

 トランプ政権でギクシャクした韓米同盟活性化策を提案しているこの報告書は、CSISジョン・ハムレ所長とハーバード大学ジョセフ・ナイ教授が共同で作成した。ワシントンのある外交筋は「韓米同盟復元言及した有力シンクタンク報告書に、北朝鮮人権問題が取り上げられること自体韓国政府にとっては痛い点だ」との見方を示した。韓国政府2019年20年に続き、今年も40カ国以上が参加した国連人権理事会北朝鮮人権決議案の草案提出に参加しなかった。そのため「韓国北朝鮮人権問題から顔を背けている」との批判を受けている。

 米国の元官僚らは韓国による一連の対応過去に例のない強い言葉非難している。エバンスリビア国務省東アジア太平洋担当首席次官補は14日(現地時間)、米政府放送ボイス・オブ・アメリカVOA)に出演し「北朝鮮人権問題に対する韓国政府立場は、率直に行って失望しているし恥ずかしい」と述べた。

先日まで韓国大統領特別佐官を務めていた世宗研究所の文正仁(ムン・ジョンイン)理事長が「人権問題が持ち上がれば北朝鮮との交渉破綻するリスクが高い」と発言したことについては「北朝鮮住民にとって最悪のメッセージだ」と指摘した。

 マイケル・グリーンホワイトハウスアジア担当先任補佐官は「北朝鮮人権問題に対する今の青瓦台韓国大統領府)の対応について、歴史はこれを良くは評価しないだろう」と指摘した。ロバートコーエン米国務省人権担当次官補は「韓国が共同提案から抜けたことは、決議案の影響力と北朝鮮人権じゅうりんの慣行に反対する国の結束を崩壊させる」と主張した。

 VOAは「今年も韓国が共同提案国に加わらなかったことについては、失望懸念を通り越して怒りに近い反応が出ている」「北朝鮮人権政策に関する限り、米国の元政府関係者たちから同盟国に配慮する外交的なレトリック』を聞くのは難しかった」と報じた。

 これに先立ち国連トマスオヘア・キンタナ北朝鮮人権特別報告官は10日、国連人権理事会韓国政府に対し「北朝鮮交渉する際には人権問題を同時に取り扱うこと」「5年にわたり漂流している北朝鮮人権財団設立をはじめとする北朝鮮人権法を施行すること」などを盛り込んだ8項目からなる勧告を発表した。北朝鮮人権問題から顔を背けてきた韓国政府職務怠慢に対し、国連として直接指摘した形だ。

 このような中で韓国保守系野党国民の力に所属する金碩基(キム・ソッキ)議員、キム・ギヒョン議員、太永浩(テ・ヨンホ)議員、池成浩(チ・ソンホ)議員らはこの日、韓国統一部(省に相当)の李仁栄(イ・インヨン)長官と面会し、北朝鮮人権問題から顔を背ける韓国政府対応を問いただした。議員らは「文在寅政権金正恩キム・ジョンウン)兄妹の顔色をうかがい、北朝鮮住民人権弾圧に目をつむっている」とした上で「北朝鮮人権決議案の共同提案国に参加し、北朝鮮人権法を正しく施行せよ」と要求した。

 国連米国など国際社会懸念批判は、「北朝鮮人権問題に対する韓国政府職務怠慢は深刻な状況に至っている」と判断したことがその根底にあるとみられる。

康京和(カン・ギョンファ)元外交長官は「北朝鮮との交渉テーブル人権問題を取り上げることは優先順位が低い」と発言したが、韓国政府は今もこのような立場を維持している。

 外交関係者の間からは、「17日に来韓する米国トニー・ブリンケン国務長官北朝鮮人権問題を取り上げる可能性」に注目する声が相次いでいる。国策研究所のある関係者は「北朝鮮人権問題で韓米の足並みがそろわなければ、対北朝鮮政策の調整も難しくなるかもしれない」と懸念を示した。

さすが人権先進国のやることは一味違うね。

2021-03-15

anond:20210314183940

ていうか、被害者実在しないフィクションものに「性的消費」てレトリック使うのやめにしない?

なんとなく嫌だなっていう感覚尊重されるべきだよ。

でもそれは性的消費じゃない。不快感だ。

そんなんで「女性全員が被害者」とか言われても、笑ってしまうんだわ。

2021-03-13

レトリックが通じないインターネットのくだらなさ

文章の修辞ってのは沢山あるわけじゃん。

あえて常識道徳に反する表現をぶつけて読者を驚かせてからなんでそういう言い方になったか述べるとかさ。

結論を組み立てるのに十分な材料は並べた上で、最後のまとめは一歩踏み込まないままにしといて読者が自分で考えて辿り着くようにするとかさ。

比喩とか反語とか造語とか転用とか誇張とか省略とか。

面白い文章技法ってのは沢山あるのに、インターネットに載せられるとそれを読み取らずに否定する人がしこたま発生するようになってそういう技法を使うこと自体が悪みたいになって「そんな言い方をした奴が悪い」みたいになってるの、くだらなすぎるよ~。

はい、ここまでの文章否定されそうなもの予想を2つ。

1:比喩とか反語とか云々という列挙の個々に注目し例をつっつく。誇張とかは否定されて当然の悪い表現、みたいな空気を持たせやすいかオススメですよ。山ほどご飯を食べたって表現に「山よりずっと少ないのに誇張するな」とでも言っとけ。無限キャベツにも怒っとけ。

2:レトリックを読み取れない人は昔からいると指摘する。読み取れない人間でも文章を読むようになり、そしてズレた文句を言うようになり、それが周囲に大真面目に同意されるようになる事例が増えた、とまで言わなきゃ伝わらないか? 読み取れないって言い方は誇張かな、読み取るのが苦手な、の方がいいかな?

予防線張りまくって、イチからジュウまで説明して、ネットで発表される文章表現からどんどん豊かなレトリックが失われ、無駄冗長さばかりが増している。

そりゃあねえ、まずい発言を怒られて「いや、言葉の綾だから」の一点張りで逃げようとする悪人ってのが実際沢山いるのは確かですけどね。(そして実際に悪人なのか、言葉の綾・レトリックとして使っただけなのに私や世間が読み取れてないのかを確定させることはできないが)

そいつらを咎めるために、わかりやすさが至上で、誤解や人によって解釈の違いが生まれレトリックは悪で、レト即斬ってになってるのは、悲しみくって涙がチョチョ切れるぜ。

2021-03-11

10年前のこと

震災に関し、信じてもらえなさそうな体験談を書く。私自身を含む実際の情報への配慮のため、事物のいくつかを、適宜別のものに置き換えている。

10年前のあの日、発災の瞬間は丁度、ある所用のため、走る列車に揺られながら、某県の長大鉄道トンネルの中にいた頃だった。私は携帯電話スマートフォンを持っておらず、その瞬間、地震速報を知る機会がなかった。地震の揺れは感じなかった。列車は走り続けた。

夕方目的地の駅に着いた。ダイヤは一切乱れず、駅界隈は平穏のものだった。直後、「○○市が震度7……」と、どこかの店先のテレビラジオの音声が伝えるのを少し聞いたような気がしたが、過去に起きた地震のことを伝える防災特集か何かか、あるいは聞き間違えだと思って、そのまま忘れてしまった。

私の目的は2泊3日の、ある医薬品治験ボランティア参加だった。規則のため、参加者は、ベッドと窓と電源ソケットの他には何もない個室に収容され、情報端末は昼間の数時間を除いて回収され、あらゆる情報から遮断された(このルールはいずれにせよ私には無用のことだった。後述する)。これは私が参加を始めた当初からすでにあった規則で、おそらく情報遮断を厳守させているのは、興奮とかの感情の動きが薬効に影響するのを防ぐためだったのだろう。普段の私はむしろ、この規則を「情報断ち」するいい機会、ととらえていた。この期間私は、報道メディア上の娯楽を自ら禁じ、数冊の文庫本音楽プレーヤーだけで過ごすのをいつも楽しみにしていた。携帯電話を持ち込まなかったのもその理由によった。食事は、普段食堂に集まって食う場合もあったが、そのときは個室で食う取り決めだった。食堂には漫画本がたっぷり並んだ本棚と、将棋盤があったから、そこに入り浸り、雑談のうちに仲よくなる参加者もよくいたが、自分で本を持ってきており、かつ友達作りが下手な私には用がなかった。

今思うと、センタースタッフたちが普段の落ち着きを欠いていたような気もしないでもないが、私としては察しようがなかった。なぜなら、あとで思うに、1時間おきに投薬の指示や採血に来るスタッフが、この災害のことに一切触れず、まるで何もなかったかのように振る舞っていたからだ。もちろん、他の参加者PCスマートフォンポケットラジオといった情報端末を持ち込んでいただろうから、このことについては、センター内の私以外の人間にとってはおそらく自明のことだったわけだが、あれだけの大惨事に直面して、誰も私の前で話題にしなかったことは今になっても不思議だ。口にしたくないほどショッキングなことだった、ということなのかもしれない。また、他の参加者言葉を交わす機会も、このときはなかった。私が、だけでなく、誰もがだった。私だけでなく、全員がずっと個室に引きこもっていた。誰も何かを話す気にならなかったのかもしれない(12未明、このときはじめて小さな揺れを感じて目覚め、何か恐ろしいものを感じたが、手がかりにはならなかった)。

まり私は、あの日日本にいながら、発災の瞬間の衝撃、というものを知らなかったばかりか、それから2日後まで、報道特別番組など、この災害に関する情報に、一切触れることができなかったのだ。あらゆることを知り、強いショックを受けたのは帰宅後、日曜日夕方になってからだった。

国家国民の団結と再生のためにおそらく不可欠な、感情の共有、という場から、私だけが取り残されている、あるいは、放り出されている、私だけが他の人々より「2日遅れ」の距離時代を送っている、という疎外感が、この10年ずっと続いている。また、不謹慎レトリックかもしれないが、もしあの日治験に参加せず、そのまま逆方向の列車に乗って、ふたたび暗いトンネルを通れば、私は「あのさまざまな災害が起きなかった日本」に戻れたのではないか、という非現実的な考えが、この10年ずっとよぎり続けている。

2021-03-07

anond:20210307055157

日本語文法に則りシンプルで誤解の生まれにくい文章を書くことは高校国語レベル知識可能で、その点村上春樹文章プロとしてできて当たり前のことをやっているに過ぎない」

あのね、この時点で完全に間違いなの。

平易な短文を積み重ねて、子供の作文じみたものにせずに、大人の鑑賞に耐えうる文章にするっていうのが、どれだけ難易度いかわかってない。

一度自分でやってみ。ほぼ間違いなく読むに耐えない文章になるから

こういう「一見子供の作文みたいだけど実は」っていう文体最初発明したのはヘミングウェイなので、増田は一回ヘミングウェイの初期短編を味読するとよい。できれば原文で。

ヘミングウェイ文体チャンドラー経由で村上春樹にも入ってる。

文章における技術とは、小説における技術とは何か、両者の関係はいかなるものか、については以下の本でも読んで自分で考えてください。

佐藤信夫レトリック感覚

同『レトリック認識

デイヴィッド・ロッジ小説の技巧』

ちなみに佐藤亜紀が『ロリータ』の冒頭について言ってることはロッジの本で言われてることほぼそのままだったりする。

2021-03-02

anond:20210302080557

それは違うんじゃない?

例を出すと、100面ダイス100が出るのは奇跡じゃないけど

10ダイス10個振って合計が100になるのは奇跡なんだと思う。

(レトリックとして100面ダイスでどの目が出てもそれを奇跡と呼ぶことがあるのは確かだが)

2021-02-25

anond:20210222091153

 実際に女の方が先にこういうことを言い出したんだよね。

 ネット文化なんか殆どなかった時代から、「男性社会」とか「女ってだけで生きづらい。男は得、女は損」みたいな言葉マスコミを中心に腐るほど拡散されてた。

 実際はそんなの一部の勝ち組男だけで、自殺率を見ても平均年齢を見ても、弱者男性けがかに損させられてるわけだが。

 それがネット文化が出来てから「女はイージーモード」「虐げられてる男の方が比べ者もなく辛い」みたいな言葉反論された。

 でもここまで堂々と開き直って、弱者男性が悪いかのように断言する大規模な工作が行われてると、若い子は絶対勘違いするよね。

 弱者男性の方が先にやったから、フェミの方がカウンターに過ぎないので何言っても悪くない、みたいに。

 んで、個人反論はこうやって無視され、お前みたいな中身のない空っぽレトリックで「どっちもどっち」みたいに誘導される。

 完全に間違って認識なのに、こうやって辛い目に遭ってる人が更に辛くなっていく。

2021-02-23

「魂の殺人」ってレトリックを見るたびに

本当に申し訳ないんだけど、クロスボーンガンダムザビーネを思い出してしま

「おまえは死んだんだぞ? だめじゃないか! 死んだ奴が出てきちゃ!」

「死んでなきゃあああ」

2021-02-22

必読書コピペマジレスしてみる・日本文学

方針

森鴎外舞姫

留学先で女性妊娠させて見捨ててしまう話なので、近頃は評判が非常によろしくない。そのくせ、この文体のせいで美しいと感じてしま自分がいて、実はこれ、レトリック文体によって騙されることに注意しろっていう警告なんじゃないかって気もする。「自分おすすめ編」にも書くつもりなんだけど、ナボコフロリータ」もそういう自己正当化がとにかくうまい

余談だが、鴎外自身東洋人だったこともあり、留学先では写真を撮らせてくれと頼まれたことがあったという。それに対して、構わないけどもあなた写真も逆に撮らせてくれ、と言って、相手も満足させつつ日本人としての尊厳も守ったことがあって、これは割と好きなエピソードの一つ。まあ、漱石よりは世渡りうまいよな。

樋口一葉にごりえ

古風な文体挫折しかかるも何とか読破。これよりは幼馴染系の「たけくらべ」のほうが好きだったなあ。増田では古文いるかどうかで議論になったことがあったらしいが、古文がすらすら読めるほうがこういう趣味というか楽しみが増える気もするし、純粋実用面だけでいえば法律用語や古い公文書を読む必要がまだあるんじゃないのかな。

舞姫」の話の続きだけど、古典文学にもやっぱりクズエピソード結構あり、じゃあどれを教えてどれを教えないかは割と難しい。

泉鏡花高野聖

僧侶山間で美しい妖怪出会う話。文庫ちくま日本文学全集で読んだ。全集と銘打っているけど、このシリーズ日本の近現代文学作家ベスト盤みたいな感じで、チョイスはいいのだけれどときどき抄、つまりダイジェスト版みたいなのが紛れていて、コンプリートしようとは思わなかった。

話としては幻想的ですごく好き。幻想譚が好きな自分がどうして泉鏡花にどっぷりはまるまでいかなかったのかが不思議なほどだ。当時は、著名な作品をどんどん消化しようと思って乱読していたからかもしれない。そういう意味でも、課題図書読破することが自己目的化した読書には幾分害がある。

国木田独歩武蔵野

とても好き。小説が読めなくなったときには、文豪の書いたこうした随筆というか、風景描写の豊かな文章を読むことで、自分リズムを整えたくなる。外出の難しい昨今、こうして空想世界でだけでも豊かな自然のなかで過ごしたいものだ。五感が刺激される文章というのはなかなかない。

夏目漱石吾輩は猫である

我輩を吾輩に修正

ここ最近漱石の評判はあまりよろしくないと聞く。所詮は当時の欧米文学の輸入に過ぎないとか、結局は男社会文学だとか。言われてみれば確かにその通りなのだけれども、日本近代文学開拓者にそこまで求めちゃうのも酷でしょうと思わないでもないし、この作品からたったの十年で「明暗」にまでたどり着いたのだから、やっぱりすごい人ではないかと思う。五十になる前に亡くなったのが惜しまれる。

で、肝心の内容だが。基本的おっさんおっさんの家をたまり場にしてわいわいやる日常ものなので、当時の人にしか面白くないギャグを除けば、普通に笑える。最終回は突然後ろ向きになるが、もしかしたら漱石の本分はユーモアにあるのかもしれない。

余談だが漱石留学時代日記に付き合いのお茶会について「行カネバナラヌ。厭ダナー」とのコメントを残している。

島崎藤村破戒

素直に面白かった。若干のプロパガンダっぽさがなくはないが、読んだ当時は差別する側のねちっこさや意地の悪さが良く書けているように思われた。とはいえ、昨今は善意から来る差別についても考える時代であり、問題はより複雑になった。

被差別部落問題については気になっているのだがなかなか追えていない。日本史について読んでさまざまな地域実例について断片的にかじった程度だ。それでも、地域によって温度差やあったり、差別対象が全く異なっていたりすることがわかり、どこかで日本全体の実情について知りたく思っている。

田山花袋蒲団

女中の布団の残り香を嗅いで悶々とする話だってことは覚えているんだけれども、読んだときにはあまり印象に残らなかった。なぜだろう。自分が読んできた近代文学は、基本的ダメな奴がダメなままうだうだする話ばかりだったからかもしれない。その多くの一つとして処理してしまたか

で、自分が好きなのは飢え死にするほど悲惨じゃないくらいのダメさであり、親戚のちょっと困ったおじさんくらいのダメさなんだろうと思う。

有島武郎或る女

読んだことがない。ただ、ドナルド・キーンの「百代の過客〈続〉 日記に見る日本人」によればこんなことを書き残しているそうだ。「僕ハ是レカラ日記ハ僕ノ身ニ大事件ガ起ツタ時ノミ記ケルコトニ仕様ト思ツタガ、矢張夫レハ駄目な様デアル。日記ヲ記ケ慣レタ身ニハ日記ヲ一日惰ルコトハ一日ヲ全生涯カラ控除シタ様子ナ気ガスル。夫レ故是レカラ再ビ毎日日記ヲ始メ様ト思フ」(意訳。日記書かないとその日が無かったみたいで落ち着かない)。ここでツイッターに常駐している自分としては大いに共感したのである。そのうち読もう。

志賀直哉小僧の神様

読んだはずだが記憶にない。「暗夜行路」で娼婦の胸をもみながら「豊年だ! 豊年だ!」と叫ぶよくわからないシーンがあったが、そこばかり記憶に残っている。これを読んだ当時は、この小説のように自分がどれほど理想を抱いていたとしても、モテいからいつかソープランドに行くのだろうな、とぼんやり思ったことを覚えている。

ちなみに、自分が初めて関係を持った女性貧乳だった。だがそれがいい

お父さんとうまくいっていない人は子供の才能をつぶす話である清兵衛と瓢箪」が刺さるんじゃないかな。あとは少女誘拐視点の「児を盗む話」もよかった。

内田百閒『冥途・旅順入城式』

大学時代知り合った文学少女から薦められて読んだはずなのだが、覚えているのは「阿房列車」の何編かだけだ。それと、いつも金に困っていて給料を前借りしていて、そのことのまつわるドタバタを描いた作品日記もあって、そうした印象ばかり残っている。

関係ないけど就職活動中に、この文学少女から二次関数を教えてくれと言われ、片想いしていた自分はそのためだけに都内にまで足を延ばしたことがある。いいように使われていたなあ、自分あいつには二度と会いたくないが、元気にしているかどうかだけは気になる。

宮澤賢治銀河鉄道の夜

めんどくさいファンがいることで有名な作家全集には第三稿や第四原稿が収録されており、比較するのも楽しい。俺は〇〇は好きだが〇〇が好きだと言ってるやつは嫌いだ、の○○に入れたくなる作家の一人。○○には「ライ麦畑で捕まえて」「村上春樹」「新世紀エヴァンゲリオン」「東京事変」などが入る(註:この四つのものとその愛好家に対する歪んだ愛情から来る発言です。僕も全部好きです。すみません)。サブカル系にはこれがモチーフになっているものが数多くあり、その点では「不思議の国のアリス」と並ぶ。

思想に偏りはあるが、独特の言語感覚や観察眼は今でもすごく好きだ。余談だが新書の「童貞としての宮沢賢治」は面白い。

江戸川乱歩押絵と旅する男

知り合いにいつもぬいぐるみキーホルダーを持ち歩いてかわいがっていた男がいたが、それで本人が落ち着くのならいいと思う。不安の多い世の中で、人が何か具体的に触れるものにすがるってどういうことなんだろう、って、ってことをこの作品を思い出すといつも考える。どこで読んだか思い出せなかったが、これもちくま文庫全集でだった。

横光利一機械

狭いコミュニティの中でこじれていく人間関係の話ではあるけれども、新潮文庫場合表題作よりも他の話のほうが気に入った。印象に残っているのは十二人の旅芸人夜逃げする「時間」と、ナポレオンヨーロッパ征服に乗り出したのはタムシのせいだったという「ナポレオンと田虫」。

谷崎潤一郎春琴抄

実はこの作品は読めていない。谷崎作品は割と好きで、「痴人の愛」「刺青秘密」「猫と庄造と二人のおんな」「細雪」は読んだ。「痴人の愛」という美少女を育てようと思ったら逆に飼育される話は自分人生観に多大な影響を与えたし(例の文学少女気持ちをもてあそばれても怒らなくなってしまったのもこれが遠因だろう)、「細雪」はただ文章リズムにぷかぷかと浮くだけで心底気持ちがいい。ついでに、戦時中生活爆弾が実際に降ってくるまでは震災コロナでただよう自粛雰囲気そっくりだったこととよくわかる。

ところで、最近久しぶりに谷崎作品を読もうと思ったら、ヒロイン名前が母と同じだったのですっかり萎えしまった。というか、ここ最近趣味が「健全」になり始めていて、谷崎作品に魅力を感じられなくなっている。感覚がどんどん保守的になっていく。これはいかん。

夢野久作ドグラ・マグラ

ミステリ編参照。anond:20210215101500

川端康成雪国

高校生の頃に読んだのは確かに記憶に残っているのだけれど、高校生川端康成エロティシズムが理解できたかどうかはよくわからない。たぶんわかっていない。せいぜい伊豆の踊子の裸の少女を読んで、ロリコン発症させたことくらいだろう。

太宰治斜陽

太宰はいいぞ。自分は愛される値打ちがあるんだろうか、というテーマを本人の育った境遇パーソナリティの偏りや性的虐待疑惑に求める説は多いが、そういう心理普遍的ものでもあり、だから多感な時期に読むとわかったつもりになる。芸術に何歳までに読むべきという賞味期限原則としてないが、これもできるだけ若いうちに読んでおくといい。太宰の理解者ぶるつもりはないが。

もっとも、本ばかり読んで他の活動をないがしろにしていいものだとは全く思わない。あまりにもドマイナーな本を読んでマウンティングするくらいならバンジージャンプでもやったほうが話の種にもなるし人間的な厚みも出るというものだ。たぶん。

三島由紀夫仮面の告白

天才的。男性のあらゆる種類のコンプレックスとその拗らせ方を書かせたら彼の右に出るものは少なかろう。ただ、大学卒業してから突然読めなくなってしまった作家でもある。息苦しくなるまで端正に磨きこまれ文章のせいかもしれない。

武田泰淳ひかりごけ

極限状況下でのカニバリズムテーマにした小説なんだけれども、途中から戯曲になって、「食べちまう葬式ってえのは、あっかなあ」などとやけにのんびりした台詞が出てくるなんともユニーク小説。ただし、これは単なるブラックジョークではない。物語は序章、戯曲第一部、第二部と別れているのだけれども、その構成にきちんとした意味がある。

人類全体の原罪を問うようなラストは必見。あなたは、本当に人を食べたことがないと言えますか?

安部公房砂の女

祖父母の家から貰ってきた作品で、愛蔵版らしくカバーに入っていた。カフカにはまっていた時期だから楽しんだ。カフカ父親の影から逃れられない主人公とは別の種類の渦巻にとらわれてしまった主人公がだらだら、ぐだぐだしてしまうのだが、カフカ男性によって抑圧されているとしたら、こちらは女性に飲み込まれている文章だ。

大西巨人神聖喜劇

未読。不条理陸軍の中で、最強の記憶力を頼りにサバイブする話だと聞いて面白そうだと思い購入したのだが、ずっと積んだままだ。これに限らず、自分戦争もの小説漫画をあまり読んでない。戦争に関しては文学よりも歴史書からアプローチすることが多い。

これは自分の悪癖だが、戦争ものになると庶民よりも知識人にばかり感情移入してしまう。

大江健三郎万延元年のフットボール

大江健三郎は初期の作品をいくつかと、「燃え上がる緑の木」三部作を読んだきりで、どういう態度を取ればいいのかよくわかっていない作家の一人だ。狭い人間関係の中のいじめだとかそうした描写に病的に関心のあった時期に読んだせいで適切な評価ができていない。

燃え上がる緑の木」は新興宗教原子力発電といった(結果的には)非常に予言的であった作品であったが、癖が強くカトリック宗教教育を受けた自分であっても世界観に入り込むのに時間がかかった。「1Q84」よりもきつい。面白いが。

萩原朔太郎『月に吠える』

大学時代の友人に薦められて読んだ。「この家の主人は病気です」と、飢えて自分を食ってしまったタコの詩ばかりを覚えている。覚えているのはこれだけだが、この二つが読めたからいいか、と考えている。大体、詩集ってのはピンとくる表現ひとつでもあれば当たりなのだ。そして、それはあらゆる書物にも当てはまることである

福沢諭吉福翁自伝

祖父学生時代に送ってくれたのだけれども、ぱらぱらとしか読んでいない。

子供向けのものだった気もするし、近々原文にチャレンジするべきか。自助論西国立志編)なんかと合わせて、自己啓発書の歴史を知る意味でも興味深いかもしれない。

正岡子規歌よみに与ふる書

読もうと思って読めていないけれども、これまたドナルド・キーンの本で面白記述を見つけた。「墨汁一滴」の中に、つまらない俳句乱造しているやつの作品にはどうせ碌なもんなんてありゃしないんだから、そういう連中は糸瓜でも作ってるほうがマシだ、という趣旨のくだりがあるそうだ。創作する上でのこういう厳しさは、いい。

石川啄木時代閉塞の現状』

ローマ字日記しか読んだことがない。たぶん日本最初フィストファックが描写された文学かもしれない。春画はどうか知らないけど。

小林秀雄『様々なる意匠

詩集翻訳しか読んだことがない……。

坂口安吾堕落論

堕落と言いつつもある種の誠実さについて語った本だった気がするが、それよりも新潮文庫で同時に収録されていた、天智天皇天武天皇家系にまつわる謎についてのほうが印象に残っている。

哲学編に続く→anond:20210222080300

関係ないけど芥川が載ってないのは納得できないぞ。

2021-02-14

anond:20210214230343

システムを動かしてるのは人間なんだから

外とか無いよ

壁と卵というのは単なるレトリック

卵は壁であり壁は卵であり

お互い利用し搾取しあってるのに

世界から一方的弾圧を受ける被害者だと「常に」感じつづけているのが人間歴史

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