「檀家」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 檀家とは

2017-09-18

寺の融通の利かなさ

うちのお墓を置いているお寺に毎年管理料を払わなければならないのだが、これが面倒臭い

支払い可能期間が毎年一週間のみ。それも直接寺まで出向いて納付しなければならない。

しか微妙お盆お彼岸の時期を外している。

うちはちょっと離れたところにあるので、この時期にわざわざ出向くのがちょっとしんどい

うっかり払いに行くのを忘れてしまうと、来年の所定の期日にまとめて払えと督促が来る。

それをリマインダーに入れときゃ良かったんだけど、なんとなく忘れてまた今年も「来年まとめて払え」と手紙が来た。

「振込か、現金書留で送ることはできませんか」と問い合わせると、逆に仏のことをないがしろにするなと説教された。

確かに仏さんは大事だしリマインダーに入れなかったのも悪いけど、もう少し融通を利かせてくれてもいいのでは?

それでいて寺改築費を回収する時には「カードで分割も可」等と言い出す。

もやもやする。

そんなこと言っているか檀家減るのでは?

なんてことを言うのは罰当たりなんだろうか…

2017-07-10

祖父四十九日和尚が大泣きしてドン引いた

昨日、祖父享年93)の四十九日法要があって、久々に実家に帰った。

法要が終わり、宴会場で食事をしているとき和尚眼鏡をずらして大泣きしだしてギョッとした。

そのあと、腰を上げて本家のおじさんと机越しに握手して、「もううち寺の味方は増田本家さんだけや...」

みたいなことを言って、肩を抱き合ってて、とにかく普通雰囲気ではなかった。

聞けば、最近檀家さんが減っていて、心配らしい。

跡取りも婿で地域との縁が薄いのも心配らしい。

そんな中、増田家が父に代替わりし、お布施の額が激減。すごく心細くなったという。

20年前の祖母葬儀で、祖父坊主を5人呼んでいた。

今回の祖父葬儀では、父は2人しか坊主を呼ばなかったというのが「信じられない!」そう。

増田本家のおじさんは、常日頃から増田分家集落20軒くらいある)に対して

寺にお布施をするよう呼び掛けていて、

増田一統の戒名ランクを上げたいという考えの持ち主。

和尚は酒を飲んだ勢いで、増田家のお布施の額についてや、

「うちは跡取りが婿でこのへんの人とは交流が乏しいから将来が心配だ」

本家のおじさんに愚痴をこぼし、

本家のおじさんが和尚立場に寄り添うような話をしたら、感極まって

「ああ、私より先に増田本家さんが亡くなってまったら、うちの寺はどうなるんだ」

不安になって涙が出た、と。

涙の理由がすごく俗っぽくって、ドン引いた。

食事に出席した分家のひとたちも、和尚の話を聞いてなんか笑ってるし、

和尚さま、しかたがないなあww」みたいな感じで、その発言を許してる。誰も咎めることなく。

祖父は、私たち子どものころ、朝夕お寺にお参りしてお墓掃除をする人物として集落でも有名だった。

お寺は、わたしと兄の集団登校の集合場所だったので、朝のお参りは、子供見送りのついでだった。

寺までの道中、祖父から「あの和尚さまは偉い人なんだよ。礼儀正しくするんやよ」って言われていたので、

わたしも兄も、祖父の言いつけ通り、和尚を「和尚さま」と呼び、

よくわからないけど礼儀正しくして、尊敬するようにしていた。

そんなかんじで、祖父から尊敬するように教えられていた和尚から、この仕打ちかよ。

祖父生前、この和尚から、「あなたはもう徳が十分だから戒名ランクを上げなさい」と助言されていたらしい。

だがこの祖父は、なにかの機会ごとに2-3年に1回は、

戒名ランク絶対に上げてはいけない。一度戒名ランクを上げると、

そのランクに見合ったお布施を払い続けないといけない。

子ども・孫にその経済的負担を強いることになるから絶対に上げてはいけない。

生きている間だけ世話してくれればいい」と言っていた。

残されたわたしたちはそれを遺言だと思って、守っただけだ。

祖父四十九日法要の席で、

おまえらお布施の額が少ないか不安になって泣けてしまった」みたいなこといわれないかんのだ。

いや、言いたいなら言ってもいいけど、本家ともなにしゃべってtもいいけど

四十九日法要でいう話じゃないやろ。

二重に三重にどん引いた。

あー。あの集落から出られてよかった...。

2017-06-15

No.614 自動車ニッポン

5月10日から東京で蓋を開けた全日本自動車ショウ。国産品のお披露目です。

鳴り物入りではやし立てる新型車の数々。ぐんと性能もよくなりましたと宣伝しています

素晴らしい曲線美まで見せています

また、デパートでは自動車の月賦販売という新手(しんて)も表れました。

さて、今日は晴れて免許皆伝の日。

一か月にざっと1万名から運転手誕生して、押すな押すなの有様。

免許証指紋をとられても、ぬぐい切れないうれしさです。

お免状をもらっても実力が伴わないと、せっかくの新車台無しになります

一方、壊れれば待ってましたと再生してしま工場が大繁盛。

あっという間に見違えるような車となります

新車にはちょっと手が出ない方は中古(ちゅうぶる)市へ。

三万円から格安自動車ですが、さてどうしたものかというところ。

やっと自動車を手に入れてもその置き場所が悩みの種。

高価な生活アクセサリーには坊やもお手伝いです。

大阪のあるお坊さん、檀家回りに大変能率をあげているようです。

これは最近流行の豆自動車。ご婦人でも手軽にドライブができます

こうして、狭い町の中を種々雑多な自動車がひしめき合っている。

自動車ラッシュのこの頃です。

2017-04-27

http://anond.hatelabo.jp/20170427035217

寺生まれじゃない坊主が僻んでるだけ。

檀家から見てもその寺で生まれ育って小さい頃から知ってる息子さんが跡を継いだ方がいい。

2017-04-25

役僧侶だけど「空き寺」「後継者不足」などよりもっと深刻な問題

最近新聞でも目にするようになった「空き寺」「兼務寺院」「後継者不足」が問題として取り上げられているけど、こんなの実はそんなに問題なんじゃないんです。

最も問題なのは、「空き寺」には誰が住職の籍を置いていて、「兼務寺院」は誰が兼務しているのかということと、「後継者不足」なんて実はしていないってことなんです。

■3つの問題リンクしている

宗門大学や大きな寺にはアルバイト在家出身僧侶なんて多くいるのに、なんで「後継者がいない」なんて言えるんでしょうか。

この場合の「後継者がいない」という場合の多くは「自分たちの子がいない」という意味だと思っています

在家出身僧侶はたくさんいるけど、そういう人たちに後継者として寺を任せたくないのが本音なんです。

というのも前述のように「寺」は「家」で、僧侶財産になっているので血の繋がっていない知らない人に任せたくないんです。

何故こういうことが言えるかといえば、以下のようなケースが少なくないからです。

「寺なんてやりたくない」という子供が出ていった…バンドで食っていくとか、失敗したとき保険をかけて夢を追えるいい環境です。

から在家出身僧侶」を養子として迎えて後継者として書類を残します。

バンドで食っていけないし、もうまともな職も就けないと悟った30歳児が保険申請します、つまり「親父…俺が悪かった、俺…僧侶になるよ!」と寺に戻ってきます

住職は迎えた次期後継者に対して「養子縁組解消してください」…なんてはっきりと言わないで、寺に火を付けようとした、不真面目で浪費家だと言ったイジメによって追い出しにかかります

自分から出ていってくれないと書類を残している分、不利だからです。

しかし、折角掴んだチャンスを在家出身僧侶も安々と手放すこともなく、ほぼほぼ裁判沙汰になります

回りの寺は在家出身の者より昔からの付き合いで住職の味方に付くので、次期後継者環境的に出ていかざるを得なくなりますが。

こういう昼ドラ脚本家も恐れ慄くことが繰り広げられているケースは本当に少なくありません。

まり後継者不足」=「自分たちの血のつながりのある人がいない」という言葉に置き換えて問題がないと思います

繰り返しますが、在家出身僧侶は本当に多いですが、そういう人が幸せに寺に入るケースは極めて稀ですし、ましてや妻帯しないで寺に入るなんて、茅ヶ崎海岸ダイヤモンドを見るけるレベルの話です。

上述のような「子供がいる寺」は、なんとか後継者問題仏事ではなく民事的に解決します。

子供がいない寺の場合は、そもそも在家出身僧侶が呼ばれることはなく、親類の寺が兼務することになります

兼務なので常駐するわけではないので「空き寺」と呼ばれる状態になります

あくまで常駐していないだけで、書類上は住職がいます

さらに「空き寺」の寺宝(文化財という意識がない)を自分の寺に持ち帰って、本当に何もなくなる「廃寺」状態になります

室町時代仏画を自慢し始めたかと思えば「これ兼務してる寺のやつやけど、キレイでええやろ?」なんていうことが横行していまして、倫理が欠損しているのも大概なレベルです。

どんなに小さなお寺でもいいので、地方過疎地域のお寺でも、アイデアで乗り切ろうと考える若手僧侶存在します。

しかし「檀家」が10件でも、兼務寺院住職にとっては「固定資産檀家)」なので、そういう若手僧侶住職の話はほぼほぼありません。

おかしいですね。本山にとっては「空き寺」が問題のはずなんですけどね。

3ヵ寺を兼務していて「忙しい」という割には、絶対に1ヵ寺も若手や在家出身者に住職権を渡すことはありません。

これを執着と言わずしてなんと言ったらいいのか分かりません。

個人的日本仏教はもうダメな気がしています

それは何度も言われていることかもしれません。

言葉は悪いですが、団塊世代年功序列的にトップになってからカウントダウンが加速したように思います

権力偏重が激しく、「寺」が相続されるべき「財産」になっていて、正直悔しい思いが一杯です。

真面目じゃダメなんですよ。世の中も、お寺の世界も。資本がないとスタートラインにも建てないんですよ、世の中も、お寺の世界も。

僕のような丁稚の弱小者本山にとっては単なる搾取対象しかありません。

これが仏教なのかと、経典論書を読んでは枕を濡らす毎日です。

感傷に過ぎましたが、「空き寺」などの問題の根源は、世襲制に基づく寺の「私有財産化」にあると思っています

どうか社会的圧力が高まって、改革兆しが訪れんことを。

追記

極論に過ぎている部分があるので補足しておきます

もちろんイレギュラー本来的にはレギュラー)な場合も多くあります

そもそも「寺」は宗教法人法に則った「法人」なので、多くは代表役員(主に住職)と役員檀家総代等)で構成されます

イレギュラーケースとして、代表役員在家者を置き、従業員として僧を置く場合があります。これは伝統仏教では少ない形態です。

法人運営在家者が行い、仏事に関しては僧侶が行う、これで何か問題があるのか分かりません。

そもそも代表役員事務総理するのであって、僧侶聖職者である必要はなく、住職という名称代表役員イコールではありません。

思うに、会社法のように株主過半数取締役などを解任するなどの方法宗教法人法にはありません。

代表役員として不適格であれば、役員を寺から追い出すくらいの規則法律によって決まっていてもいいように思います

本来は宗団内でそれくらいの「律」があれば法律的に定める必要のない問題のない話なんですが、法律にそんなことが決まっていないという主張によって不祥事をしても代表役員に居座ることができるという算段です。

仮に法改正されれば、葬儀墓地の年間使用料などで私服を肥やしてばかりの代表役員を解任でき、少欲知足でやる気あふれる若手を迎えられる可能だって出てきます

在家の人も抑圧された僧侶なども多くの人が助かるwin-winになりそうな気がするんですけど、そもそもそれくらいの自浄作用を宗団が持っていないのが問題なんですよね。

仏法に明るく、自分をよく戒め、よく人に施し、人とともに悩み、人に慕われる僧侶住職門跡管長あるいは長老なんじゃないのか…。

知人の僧侶最近こんなことを言っていました。

現代僧侶間の不条理在家出家者との軋轢を解消できないのだから仏教は間違っているのかもしれない。

しか日本文化地下水脈のように育んできた仏教を疑うよりも、それにあぐらをかい運用している人こそを先ずは疑うべきではないのかと思い直したって。

2017-02-01

私も‪、親の葬儀は二親等くらいまで集めて直葬にして、それ以外はお寺を知らせて弔問お断りのお願いのハガキ出して済ませたい

墓は参るつもりもないか檀家になってるお寺に永代供養を頼む予定

なんか言う親族もあるかもしれないけど、それならそちらで全て負担して好きにやってくださいね相続放棄しまから、ってだけの話

別に、殴られて育ったとかネグレクトとかで親に恨みがあるとかじゃないよ

良親ではないけど毒親でもない、嫌なところも良い思い出もどっちもある普通の両親

時間的にも金銭的にもそんなことかまけてるだけの余裕がない。

一人暮らしの未婚アラフォーOLなんで自分生活で精一杯。

親が死んだら自分貯金全額持って行方不明になってどこかで行旅死亡人になるのが夢

早く死んでくれないかなぁとすら思うよ

2017-01-24

​ 生まれてはじめて葬式にいってきた

この間、生まれて初めて葬式に行ってきたのだけど色々初めての新鮮な経験をしたので、思ったところをなんのとりとめもなくつらつらと書き連ねてみたいと思う。

初めての葬式は母方の祖父葬式だった。まあ葬式といってもそんな盛大なものではなくて、近い者たちだけで行う火葬式だった。祖父半年前ほどに末期ガン寿命宣告を受けていて、その死自体には何の驚きもなく、正直「やっとか……」という感じだった。というのも、祖父は数年前からいわゆるボケが始まっていて、祖母やたまに家を訪ねた母ともケンカばかりしていた。そして更にガンを患って入退院を繰り返し、同居して介護していた祖母疲弊しきっていた。素直に死を嘆き悲しむ事ができるような祖父は、はるか記憶の彼方に埋もれていた。そんな状況だったから、なんだかとても薄情に聞こえるかもしれないが、自分にとってはその死の報せで特に悲しむということもなく、「これでやっとみんな楽になるんだな」という感想が一番だった。

そんなわけで、大した感慨とある種の現実味もないまま葬儀当日を迎えた。車で数十分の距離にある市営の小奇麗な火葬場は小高い丘の上にあった。火葬場に着くと早々に祖父の棺が運ばれてきた。自分達は炉の前で「最期のお別れ」をすることとなった。母が用意した白い薔薇と今朝書いたばかりの祖父への手紙を棺に入れた。狭い棺のなかで花に囲まれ祖父はまるでただ眠っているだけで、今にも起き出しそうに見えた。いよいよ炉の扉が開かれ祖父の棺がほの暗いその中へと消えていった。炉の扉が閉ざされて火が入ると付き添っていた僧侶木魚を叩きながら経を唱え始めた。その瞬間、いきなり涙が溢れそうになり必死でこらえた。自分でも何故こうなったかからなかった。ただその場の雰囲気に飲まれたのか、何か自分の奥底に眠っていた感情とやらが溢れたのかもしれない。その後、亡骸を焼ききるには一時間ほどかかるらしく、待合室で数少ない親戚との久々のささやかな会話をしながらその終わりを待っていた。

その間に先程の経を唱えた僧侶が来て祖父戒名説明をしていた。ちなみにこの僧侶へは、式全体のパック料金には含まれないお布施を直接渡すことになっていた。そのお布施の額も決まっていて、値段によって僧侶の人数だのが明確に決められていた。旧来の檀家制度に比べてみればある意味良心的なのかもしれないが、「ビジネスだなぁ……」としみじみ感じてしまった。しか僧侶というのは大したもので、丁寧に戒名の由来を説明する姿や祖母や母の質問相談真摯に答える姿は、金銭の授受によって成立し提供されている一種の「サービスであることを一切感じさせず、その清い心の底から自分達に同情と共感を向けてくれているように思えた。自分はここで初めて本当の意味での宗教存在意義見出したのかもしれない。ミッション系の大学に通っているので、講義宗教必要性重要さ(キリスト教に関わらず)は訥々と説かれていたはずなのだが、懐疑的なところもあった。しかし、渡された戒名を眺めながら言った「これでじいちゃんもきっと向こうで喜んでるね」という祖母のありきたりのようにも思える台詞は、その疑念を実感を伴って払拭するような体験としては十分だった。

そして放送祖父名前が呼ばれ時が来たことを知らせた。その時自分は緊張していた。それはある叔父言葉きっかけだった。「じゃあお前たち、骨を拾うのも初めてってことだな」。それは自分達姉弟が葬儀に出席するのが初めてという話題に端を発し知らせられた衝撃の事実自分にとっては)だった。その時は、骨は焼かれた後は影も形もないほど粉々になり、そのまま骨壷へ収められていくものだと勝手勘違いしていていたので、まさか形が残っている骨を自らの手で拾わなくてはいけないとは夢にも思っていなかった。「あんまり形が残ってたらやだなあ……」などと考えながらいよいよ先程の炉の前に着いた。炉が開き、台車ゆっくりとこちらに向かってくる。その台車の上には軽石のような、なにか鉱石のようにも見える白い物体が載っていた。半ば逸らしていた目を向けよく見てみると、たしかに人の骨格をうっすらと思い起こさせる形をしていた。初めて人骨を目にしたが思ったより衝撃はなかった。二人一組になっていよいよ骨を拾い骨壷に入れる。自分の番になり、姉と一緒に恐る恐る遺骨を長い鉄製の箸でつかみ骨壷に入れた。一斉に骨を離した瞬間、骨壷のなかから乾いた音がした。もちろん骨はいくつもあるので、残りは火葬場の職員が手慣れた手つきで骨壷に収めていく。その時に「こちらは大腿骨です」とか骨の部位をいちいち説明してくるのだが、「そんなん言われても『へえ、これが大腿骨なんだ! 』以外どう思えっちゅうねん」と心のなかでツッコミを入れていたところ、母が「こんなに丈夫そうで、骨格は立派だったんだね」などと言い出し祖母もそれに同調し、「まさかこんな形で故人を偲ぶイベント葬式にあるとは……」と少し興味深く感じてしまった。その後も骨は骨壷に収められ着々と骨壷の中身はかさを増していくのだが、途中で「どう考えても骨が骨壷に収まりきらないぞ……」とその場に居た皆が感づき始めた頃、不意に、「このままでは収まりきらないのでお骨を少し砕きますね」という声がかかった。その刹那、その職員は箸でバリバリと骨を砕き始めた。それはもう容赦なくだった。粉になった遺骨をさらさらと骨壷に収めていくぐらいだろうと考えていた自分にとっては、かなり印象的な光景になった。一緒に骨を入れた姉と終わった後に「あんなにバリバリ砕くとはねえ~」と少し笑いあった。式を終えた帰りの車内で骨壷を抱えながら「お父さんもこんな中に収まっちゃった」という祖母の気が抜けたような言葉には、何とも言えない寂寥の念を感じさせた。

なんだかんだ書いてきたけど、結局人が身近な人の死をどう認識して受け入れていくのか、そのプロセスのために何が必要なのか、とかそういったことが伝統的な儀式の中には組み込まれてるんだな、という当たり前のことを認識させられた。戒名とかそのために何万も金払うのとか無駄だろwとか思ってなくもなかったけど、単なる損得勘定では考えられないこともあるということも分かった。そして終わってみるといろんなことを学んだ気がした。どうでもいいけど遺骨はさらさらの粉になって出てくるって勘違い、小さい子供が魚は切り身で海を泳いでると思う勘違いと似てるなって思った。ほんとにどうでもいいな。おわり。

2016-11-24

新興宗教胡散臭い6つの理由

全然無宗教なんだけど、ここのところ「仏教入門」みたいなのをいくつか読んでいる。

昔話とか「昔の人も生きるの大変だったのね〜」的なノリでとても興味深いし、

たぶんお釈迦様って「あの人いっつも良いこと言うよね!」的な人だったのかなあーとか想像するのも楽しい

(ちなみに、お釈迦自体は静かに悟りを開いて手の届く範囲で教えを説いた人で、死後に弟子たちが教えを編纂することで、れっきとした「宗教」になった。らしい)

翻って、いわゆる新興宗教というものが無数にある。

新興宗教」の定義は、

日本では、幕末明治維新以後から近年にかけて創始された比較的新しい宗教のことをいう。』

らしい(Wikipediaより)。

で、そういうのって、得てしてものすごくうさんくさい(完全に主観だけど)。

いや、古い仏教うさんくさいこと言ってる部分はあるし、キリスト教イスラム教みたいな世界宗教もかなり怪しいところはある。

けど世界宗教の怪しいところって、時間を経るごとに権力者が良いように解釈した結果ついてきた怪しさだったり、

時代の流れ的にしょうがないよね的な不合理性だったりすることが大半なので(な気がするので)、

教えの本質だけみてみると、「はえー良いこと言う」くらいの気持ちでは理解・納得できる気がするんだ。

じゃあ、新興宗教の「うさんくささ」の正体ってなんだろうか。

暇なのでいくつかその理由を考えてみる。

もちろん信教の自由はあると思ってるので、別にその新興宗教を信じてる人をどうこう言うつもりはないけど

自分自身の中で何が「怪しさ」だと思ってるのか言語化してみたい。

1.教義がわかりにくい

Wikipediaなんかでそれぞれの新興宗教のページをみると、難しくて全然頭に入ってこない。

固有名詞が多いのと、概念的な話が多いのと、仏教系だと漢字が多いからかなあ。

から共感するとか云々の前に、そもそも理解できない。わからないものは「怪しい」と思う。という論理かな?

ただ、聖書とかも自分で読むとかなり意味不明というか回りくどい言い方多いし、「で?」みたいな逸話が多いし

経典なんかもすげーわかりにくいから、「誰でもわかる!xxx教のおしえ」みたいなのがあるといいのかしら。

あ、だから勧誘パンフレット漫画形式のものが多いのか。

2.変な(でかい・奇抜なデザインの)建物を建てている

デートとかしてて会話が途切れた時、「あ、あの建物変わってる!面白いね!」とか言った後調べて

なんとか教本部 とかだとなんとも言えない気分になりませんか。

あれなんで、でかいのはともなく変なデザインなんだろう?

考えられるのは、

・目立たせることで文字通り目を引いて、その宗教に興味を持ってもらいたいか

・でかかったり変わってたりすると、その宗教流行ってる・勢いがあると思わせられそうだから

信徒が多くて、でかくないと収容できないから(?)

お金があるから

お金持ちはアートが好きだから宗教団体がやってる美術館とかあるし)

...あたりでしょうか。

なんか他に理由思いつく人、ご存知の人いらしたら教えてください。

3.政治に介入してくる(場合がある)

結構これはでかいと思う。

仏教でもお坊さんが政治に介入してきた時代は途端にうさんくさくなったし。

ちなみにお釈迦様のもともとの教えでは、

お坊さんは働きもせず、他人からの施しで生計を立てているくらいなんだから政治に介入とかしちゃダメ!って考え方だから

その意味で、お坊さんの政治介入はもともとの仏教的には「間違ってる」。はず。

新興宗教にしたって、そういう過去の経緯を経て(お坊さんは働かずにお布施生活する等)税制かいろいろ優遇されてる存在なのに、

さら政治にまで介入してくると、なんか図々しいなと思ってしまうのかな?

あとその宗教が「この人に投票せよ」みたいな統制ができちゃうからトンデモ政治家当選する可能性もある。

あーでもこれは、候補者演説したり後援会がいたりすることとどう違うんだろう?

候補者理念公約共感たか応援するんじゃなくて、

xxx教の人だから批判応援しよう、ってなってるから違和感があるのかも。

4.やたら他人アプローチしてくる

その宗教に加入せよ も然り、私はxxx教です!も然り、それに興味のない相手空気読まずにバシバアピールしてくる感じが苦手なのかも。

ただ、宗教布教活動は大昔からセットだったし、何を信じるのも自由から別にいいはずなんだけどなあ...。

あれかな、アプローチしてくるのはいいとして、「やたら」ってとこがダメなのかも。

胡散臭いというか、興味のない相手に対して「しつこい」「鬱陶しい」って感じかな。

5.非科学的なことを言い出す

これは世界宗教にも一部言えることだけど、

「こういう考え方をすると、心に拠り所ができて、何もないときより精神的に安定するよ」はわかるけど

「これを信じないと不幸が起きるだろう」

「これを信じて実践する者のみが幸福になる」とかになると胡散臭さはぐっとアップするよね。

「霊波が」「オーラが」とか、「波動」「飛行」とか言い出すとまじでやばい

ちなみにお釈迦様の肩ばかり持つわけじゃないけど、お釈迦様の教え的には

絶対的な超越者などいない」「常に合理的であれ」って感じだから、かなり地に足がついててほーと思った。

6.献金を迫る(?)

政治介入についてもそうだけど、信仰すること=無欲であること、だと思うからなのか

宗教活動をするのに必要な以上の献金を迫るというのに違和感がある。

というかそもそも、「施し」ってそれに価値見出した人が自発的にするもののはずなので、

月謝とかノルマとかみたいにお金を出せってのはおかしな話だよね。

ただ、今これを書きながら「信仰すること=無欲であること」という前提に偏りがあるのでは?とも思った。

で、信徒個人であれば、その宗教信仰しつつバリバリお金稼ぐぞ!ってマインドの人がいても全然普通だけど、

宗教」それ自体分不相応お金権力を求めて身につけちゃうっていうのが危険だし間違ってるのかな

という考え方に帰着した。少なくとも自分の中では。

なお、檀家制度とか云々で分不相応お金を持ってるお寺がある現状についても、同様の違和感を抱いてます

*****

だいたいこんな感じかなあ。

自分の中でのモヤモヤはだいぶ整理できた気がするんですが、あまり頭が良い方ではないので

他にも大小の理由漏れてるかも。

というか、そもそも別に議論することでもないし、着地「勝手にすれば」って話なんですが

もしなんかあったら教えてもらえると嬉しいです。

2016-11-19

檀家によって坊主を追い出した寺はどうなるか

全国でも屈指の寺院の密集地が中部地方にあるわけですが、知ってるだけで今年は3件追い出しがありました。

大きな変化は寄付金の大幅な減額。寺に併設された住居は処分坊主例外なく新車セダン乗ったり、子弟私立に行かせたりすることをなんとも思ってない人種なのでそこを負担しなくてよくなるのも大きい。

檀家の総代が本山に連絡して住職を送り込んでくるなと伝える。墓地管理もしばらく総代が行う。

寺の管理地域自治会内に寺院保存会ができるはずなのでそこに委託管理する寄付金が集まらなければ廃寺になるだけ。

2016-11-14

http://anond.hatelabo.jp/20160521160642

いくつかツッコミ

江戸期も男性の約半数、女性の3割強が生涯未婚だったし、

 これはどこでの事例なのかソースがあったら教えて欲しい。(都市部っぽいが。地域差は当然あるだろうし)

考えようによっては、生涯未婚率は5割を優に越える。なぜならば、それくらいの人数は病気などに対する抵抗力の弱い子どものうちに死んでしまうからだ。

そのような防ぎようのない未婚率を抜きにして、生きて15歳を迎えた人の未婚率は、東海地方での調査では1割以下らしい。

特に江戸期の農村では長子以外の男子子どもを持つこと自体が望まれていなかったわけだから

 んなこたーない。理由は先述した通りに乳幼児死亡率が今と比べて比較にならないほど高い上に出産での事故による母親の死者も多いからだ。

上でも書いた東海地方での調査によると

小作層ほど子どもが少なく、地主層ほど子どもが多く早婚傾向にある。

小作の子どもは男女問わず、多くが名古屋京都大坂出稼ぎに行く。そして半数は帰ってこない。

・そうすると小作の家は断絶が増える。そうした世帯の減少を地主層や自作から分家による増加で補っている。

・以上のように下層ほど子どもが少ない傾向にはあるが、根本的に多産多死時代ではあるし労働力需要も多かったので子どもはどの階層でも多め。もちろん、多すぎたら間引きすることもあったのだろうが。

再婚は多い。なぜならば(離別も確かに多いのだがそれ以上に)結婚後数年も保たずにパートナー死別することも多いからだ。特に結婚後1~5年後の夫婦は妻の死による死別が多く、おそらく出産での事故死が相当数を占めていることが推測される。

という結果が出ているそうだ。ソース歴史人口学の大家である速水融先生の数々の著作

 史料として主に使われたのは江戸時代宗門改帳だ。高校日本史でやったかと思うが、江戸時代にはキリスト教徒(および一部の禁止宗派)で無いことを示すために民衆はどこかの寺の檀家であることを必要とした。

この「村ごとの寺の檀家であることを確認する」調査宗門改だ。これとは別に人別改という戸籍調査をしていたが、江戸の中期には事実上宗門改と人別改は一体化した。

この宗門改帳には、少なくとも「子どもが生まれ一定年齢を過ぎたら家ごとに掲載される」「結婚したらその旨掲載されるし、その際には『○○さんの所に嫁(婿も少数ある)に来たのは△△村の□□家の人だ』程度のことは書いてある」

「死亡したらその旨書かれる事が多い(抜けもあるが)」という特徴があるので、宗門改帳がまとまって残っていれば江戸時代家族実態はある程度把握できている。

 余談だが、キリスト教圏、特にカトリックが強い地域でも神父日記が残っていれば似たようなことができる。というかこちらが先にあって速水先生がそれを日本宗門改帳に応用した。

村ごとにあるキリスト教会神父には「赤ちゃんが生まれたら洗礼を施す」「結婚する時には誓いを受けるし、その際には村外からやってきた新婦簡単出自程度は書いている」「死亡したら葬儀を行う」という重要仕事があり、

それらを日記から追っていければ村単位家族状況はある程度把握できた。

2016-11-13

親類の葬儀に口を出し仕切りたがる親戚を見て、自分喪主になったら親戚呼ばずに直葬しようと思った話。

先々月に風邪をこじらせて肺炎入院した際に、医者からはもう長くないと言われていた。

11月に入り危篤状態になりそのまま息を引き取った。齢90歳。大往生だった。

 

亡くなった後の手続きはめまぐるしかった。といっても喪主私の叔父が忙しかったのだが。

 

たとえば、

入院した病院で死亡診断書を貰い、死亡診断書役所に提出して火葬許可証を貰ったり、

葬儀屋檀家になっている寺に連絡し葬儀を調整したり、

家系図を引っ張り出し祖母に近しい親類から順に参列する親戚の焼香順を決めたり、

 

叔父がはじめての喪主として慣れてない葬式手続きを頑張って進めていたのを見て、自分勉強になった。

普通に葬式が終わっていたなら、葬儀は高価で忙しかったって話で終わっていたと思う。

  

だが叔父の弟親子が、自分の方がもっと上手に出来ると言わんばかりに喪主に口出ししてきた。

こっちの方が正しいだの、ああしろだの。弟親子は喪主なんて一度も経験したことはない、

何度か近所の葬式を手伝った程度なのに喪主すらやったことのあるような口ぶりで喪主である叔父に指図する。

そのくせ、喪主が一緒に親戚へのあいさつ周りなど、喪主仕事をさせようとすると

私は知らないとばかりに喪主仕事を手伝わない。

 

叔父の弟は、日常でもたびたび自分が正しいと思っていて間違った他人を仕切ろうと、あれこれ指図するが、

葬式の時までそれをやられるとは、思わなかった。

正直、私も葬式運営の手伝いより、喪主の弟の仕切りたがりを右から左に流すことに疲れた

私が喪主だったら叔父のように笑顔で流すことができず、葬式邪魔をするなと喧嘩になっていたと思う。

 

 

もし自分の親が死んで、喪主になったとしたら、

あんわずらわしい親戚を呼ばず、自分の身内だけでひっそりと火葬だけする直葬にして、後で親類にはがきで知らせようと思った。

親の人生最期儀式喧嘩したくないから。

 

なお、葬儀一般的な斎場で行ったので場所代飲食費で100万。お坊さんへのお布施20万程度でした。

小さめの葬儀はい普通葬儀って高いんだと実感しましたとさ。

 

 

 

関連:お坊さんをお呼びした家族葬(D.I.Y.葬)が総額42,360円で完璧に出来たお話

http://anond.hatelabo.jp/20160331150720

2016-09-22

坊主は何の役にも立たないので檀家に追い出されまくってる

檀家 追い出し」等で検索

最近檀家に金がないので、金使いの荒くない坊主檀家から追い出されてる。

子どもの面倒みたり、会社との労使交渉を手伝ったりする実用的な坊主しか生き残らない。

http://anond.hatelabo.jp/20160921211424

2016-09-21

お坊さんになりたいけれど•••

生きづらいので、お坊さんになりたい。

厳しい修行をして鍛えられたい。仏教インストールして少しでも苦しみを和らげたい。

こんな願望があるのだが、仏教の教えは変わらず素晴らしくともそれで飯を食っていく

仕組みがオワコンになっている。しか在家なので、

僧侶資格がとれたとしても行く先が見つからない可能性がある。

なので、未だに檀家さんをいっぱい持っていて、

娘さんしかいないお坊さん。私を婿養子にしてくれませんか。

※出来れば真言宗。(空海が好きなので)

2016-09-15

実家檀家やってる寺の主催アイヌ文化を伝えるみたいなイベントがあって遊びに行ったなあ。

小学校高学年ぐらいの時だったと思う。

アイヌの血をひいてるおじいちゃんとかおばちゃんとかが色々説明してくれた。

ムックルは音が上手く出なかった。今も実家勉強机の中にあるんじゃないかな?

お腹空いてなかったか料理ほとんどスルーしてたけど、今なら料理文化もっと食いつけると思う。

大人たちが神妙な面持ちで講演を聞いてビデオを見てる間、暇になった初対面の子供達と遊びまわってたけど、

名前も知らない初対面の相手とよくもまああれだけ遊びまわれたものだなというほど遊んでいた。

即席戦隊を組んで、フォーメーションや対スズメバチ戦闘の訓練をしたり、大人を鬼に見立てかくれんぼをしたり。

アイヌと聞くと少し胸が苦しくなるのは、あれが自分にとって初対面の人間と打ち解けられた最後の思い出だからなのかもしれない。

2016-08-09

自治会活動無能自営業者商工会のためのもの

今の自治会営業できない自営業者のためのものじゃん。

勤め人には何のメリットもない、負担だけなんだよなあ。建具屋、ガラス屋、電器屋、ガス屋こういうの他の業者入れると後でうるさいので使ってやるんだが割高なだけで別にいい仕事でもないんだよね。昔は自治会の人たちで子供の面倒やら庭の草刈りやらやってくれたり、野菜のおすそ分けもあったらしいんだけど今そんなのないよね。

寺の檀家と同じで、時代対応できないクソな組織はさっさと滅びろ。

2016-06-24

檀家住職を追い出しまくってる

近所の寺が無人になるの何件目だろう。

特に悪い噂がない住職が金が払えない檀家によって追い出された。

日本は貧しくなった。

もうお坊さんはボランティアしか無理なのだろう。

2016-06-13

祖母が90歳を越えて、宗教不眠症になって老衰している話

タイトル通りなのだが、色々調べて不思議気持ちになったので書いておく

うちの祖父母は双方90歳こえて元気にやってる信心深い夫婦で、先祖代々名古屋昭和区興正寺檀家をやってきている。

ここ数年、興正寺が色々と問題を起こしている。

http://www.asahi.com/articles/ASHCN7T68HCNOIPE025.html

(興正寺プレハブ対立問題)

http://anago.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1360116318/

(僧侶不当解雇見習い通夜問題)

うちの祖父母は、割と熱心な檀家でもちろんこういった問題があることは知っているものの、

「おっさま(名古屋弁で坊さんの意)や若様が、考えもなしにそんなことするわけにゃーて。みんな信じとるもんでだいじょうぶ」

と何を心配しているのかも最早よくわからんが、何か達観した様子でこの手の騒動をみていた。

家族としては、信仰の魅力はわからないけど楽しそうだし、

信仰自由尊重し、まぁ好き勝手やってくれと思っていたが、この手の問題には眉を潜めていた。

興正寺(U住職) と プレハブ寺(高野山から派遣された稲沢市のA寺のM住職)が要は対立しているのだが

このM住職というのが、元々15年ほど前に興正寺で働いていた住職だと祖父から聞かされた。

ニュースでは不当解雇となっているものの、

解雇された M住職・N住職・U住職というのは うちの婆様界隈ではみんな知っていることらしいが

興正寺への寄付を懐にしまい、自分の寺の修復費用に充てるなどを何度も繰り返しており

それを現職のU住職は見て見ぬふりをしていた。

・・が、余りにも目につくようになりU住職代替わりが近いタイミング解雇と相成ったらしい。

(興正寺名古屋一二を争う大きな寺で、名古屋市近郊の坊さんがたくさん働きに来るのだとか。雇用形態などの仕組みはよくわからない。)

祖父母は檀家総代などをやっていた為、プレハブ寺側のM住職とも面識があり、最近偶然出くわした際に以下のような会話をしたらしい。

90超えの老人のいうことなので、どこまで正確かはわからないが。

M住職「◯◯さん、今のままあちらさん(興正寺)を支援なさるんかね。高野山を敵に回したってことになりますよ」

祖母「私は、あんたさんがやってきたことをよく知っとるからあんたの支援はできん。興正寺興正寺高野山高野山。私は興正寺檀家。」

M住職「私が興正寺代表になった時には、◯◯さんには色々やめてもらわなきゃいかんね・・」

この会話をうけ、祖母は泣き崩れてしまった。

母と興正寺相談にいったらしい。M住職が、興正寺代表になることはあるのか?と尋ねたところ

興正寺「M氏が、規則にない住職代行を名乗ってまで興正寺に取り入ろうとしている目的は、数年前の不始末を消すことでしょうから。そんなことは私達は本山が何を言おうと許しません」

肝心の質問ストレートに答えないあたり、坊主というのは流石な生き物である

Q:Mは代表になりますか? A:許しません

祖父母は、興正寺戦後の再建などに大きく力を貸したようで、寺を守るという意識ものすごく強い。

もう3人しか生きていないが、茶飲み友達などは、M住職興正寺を入ることを本気で拒んでいる。

(私はその感覚が全く理解できないので、口も出せないが)

この相談にいった日から祖母調子おかしくなった。

「墓に入るなら興正寺と決めていたのに、Mが代表になったらと思うと恐ろしくて眠れない」と言うのだ。毎晩眠れないらしい。

祖母に色々聞いてみたところ、何十年も前に、祖父に隠して興正寺寄付をしていたらしく それをM氏に渡していたのだと言う。

寄付をすることにより、なんかに寄付人として名前掲載されるはずだったが、本来載るべきだった名前が載っていなかったそうだ。

祖母の周りでもM氏経由で寄付をした人たちだけが寄付人として 名前が載らなかったようで

M氏が横領したのでは?と言う噂もたったが、目を瞑っていたようだ。そして、10年ほど前、解雇されてホッとしていたそうだ。

それが現在興正寺の目の前にプレハブ小屋をたて、住職代行を名乗っている。数年前なら檀家がそんなことは許さなかったが

力を持った檀家高齢化には勝てず、M氏のことを知る人が減ってきたところで今回のこの騒動のようだ。

ちなみに、祖母祖母友人の寄付総額は、私の年収の倍以上だ。バカらしくてめまいがした。

私としては、もういい歳なんだし好きなことやってていいよ、と思うものの、

祖父母にとっては興正寺が宝のようなもので、檀家であることに誇りを持っている。その趣味やめろとも言いづらい。 

・・が、余りにもタチの悪い趣味である金も時間もかかるし、何より登場人物銭ゲバ坊主だらけである

そもそも高野山興正寺関係もわかっておらず、祖母の話を話半分で聞きながら興正寺周りの噂を探していたところ、不気味なブログをみつけた。

http://blogs.yahoo.co.jp/crusiafr/archive/2016/04/27


実名まくり

どこまでが事実かわからないが、ここにある坪単価や値上げ額などは事実

8 :名刺は切らしておりまして:2013/02/06(水) 11:11:52.08 ID:sdFlk7sq

お寺が朝鮮人に乗っ取られたら、だいたいこうなる

お前らも気を付けろよ

http://anago.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1360116318/8


この書き込みを思い出して、いやな寒気がした。

祖母にとって興正寺とは、仏教とは 

それらが何なのかがよくわからないが、家族のように大切なモノだと私と母は解釈した。

祖母はここ数日で急激にやつれた。

毎日困るくらい元気そうだったが、ここ数日全く元気がない。

調べてみたり近所の人らに話を聞いてみたが、正直よくわからない。

興正寺はU住職じゃなきゃ困る。」と近所の人は言うが、ネット上で記事になっているのは「U住職は悪」という内容ばかり。

何が真実なのかよくわからない。

私としてはプレハブだろうと興正寺だろうと構わないのだが、坊主が老人が眠れなくなるような事言うなよ!と怒りが湧いてくる。

なんか誰かに聞いて欲しかったのでとりあえず書いてみた。

2016-04-02

DIY葬儀は無理、と言うあなたに、お寺に相談や、行政の規格葬儀の勧め

http://anond.hatelabo.jp/20160331150720

お坊さんをお呼びした家族葬(D.I.Y.葬)が総額42,360円で完璧に出来たお話

人によっては非常に役立つ、と言う話の一方で、批判もあるこの記事

人の生き死にについては宗教観が付いてくるのでそれをどうこう言うつもりはないけれど、ブコメには「すごいけど、できそうにない」という声が多いみたい。

そこで、おじさんを2人看取ることになった田舎貧乏農家長男の俺がどうやって費用を抑えたか書こうと思う。

こちらの方が、比較的やりやすいのではないかなと思う。

具体的に書かないと意味が無いので具体的に書く。表ブログの読者の方は誰だかわかるかもしれないけど、できたら黙っていてくれるとうれしい。

前提条件

親父は8人兄弟で、そのうち3人は田舎にいるが、残りは都会に出て行った。

そのうち1人は早々になくなり、もう一人は癌で死亡、その時点で存命は6人、1人のおじさんは生涯独身を貫き、もう1人のおじさんは子どももいないままに早いうちに奥さんを亡くして、独り身だった。

俺の親父は次男だったが長男が都会に出てしまったので跡継ぎである。ただ長男が継ぐつもりだったので結婚が遅く、自分の歳の割には高齢だ。さらに俺はその長男なので、跡継ぎである。と言うことで、小さい頃から「親戚が困ったら、本家のうちが助けてやるんだぞ」と言われて育った。

育ったが、本家と言っても、昔なら山を守ってそこから得られる富で支える事ができたのだろうが、今となってはただのワーキングプア貧乏農家であって、お金がない。

それでも、宗教観にあった葬儀をしたかった。

それで、あまり会葬者がいない葬儀を出費としては38万円ちょっとで上げた話をする。これには振る舞いや精進落としを含み、真夏エアコンのない我が家特に必要になったドライアイス代等も含まれるので、そこを省くとたぶん20万円ぐらいでできる。香典を入れると、収支はプラマイゼロでできた。

ポイントはは、お寺との関係だと思う。

上の叔父の時の話。

死亡するまで

上の叔父の時は、叔父から突然「病院からどうしても親類の人に一緒に来てくれと言われた。申し訳ないが、来てくれないか」というのが始まりだった。が、すでに70を超えた親だけをいかせるわけにはいかず、同行、距離にして400キロほど運転して駆けつけると、記憶にあるよりずいぶんとやせた叔父がおり、医師の話を聞くと、やはり癌だった。ステージIII。

叔父はだいたい想像が付いていたようで気丈に振る舞っていたが、こちらは正直、当時22歳だった俺は何のことだかわからない状態だった。

叔父の「今まで1人で暮らしてきたんだから大丈夫」という言葉があったが、ほっとけるわけもなく、とりあえず手術をすることに。手術は後、病理検査が出たのだが、家族だけ医師に呼ばれ話を聞きに行くと、医師曰く、非常に悪性が高く、見えるところは取り切ったはずだが、砂のような癌ですぐに戻ってくる可能性が高いという。本人は癌と闘う気があるので、抗がん剤をやるが聞きづらい可能性もあると言うこと。

みてやりたいという意思はあったが、抗がん剤は周りの支えがカギ、と言うことは一番上の叔母が癌になったことがあったので知っていた。

支える事は、400キロも離れていると難しい。叔父現在の在所に住み込むような金ははっきり言ってない。畜産はやってないにしても仕事はあまりほっとけるわけではない。

持病を持っていた叔父保険にも加入できてなかった。蓄えはあったが、まとまった金と言うほとではなかった。

幸いにして発覚したのが農閑期ではあったのだが…そこで親父と医師相談し、ありのままを告知して、その上で、最後田舎に帰ってこないか、と言う話をした。

それで、最後叔父地元病院で息を引き取った。

葬儀 お寺に相談

このような形で、叔父人生ほとんどを過ごしてきた街ではなく、子ども時代を過ごしたとはいえ、あまり縁のある人のいない田舎でなくなった。そのため、会葬者などはおそらく家関係義理しかかないだろうと想定された。

人生最後引っ越しをしてもらうなど蓄えもほとんど使ってしまっており、実は叔父からは通帳一式預かったのだが、ほとんどお金はなかった。

そこで、親と相談して、お世話になっている菩提寺相談をした。

菩提寺僧侶曰く

  • ここ(お寺)を使って葬儀をすればいい。祭壇は本堂の祭壇をそのまま使いなさい。高い葬儀のものを使う必要は無い。
  • そのようなご事情では、ここへの御布施は最小限で、書き物(卒塔婆や位牌など)等の実費程度でかまいません。他のお寺に頼む伴奏僧侶には出していただきたい。ですが、ここは近隣の若い修行中の僧に依頼しましょう。
  • 地元に済んでいたわけではないので、組合迷惑をかけるのは心苦しいというのはわかるが、彼が幼い頃を知っている年齢の人たちには個別にお願いしても良いのではないか。お手伝いを頼めば葬儀からは最小限で済む

葬儀社は地元農協系を、和尚から依頼をしていただいた。

結果

お寺の場所代
5000円(これは御布施ではなく、総代会の規定で支払う。お寺は和尚さんの持ち物ではなくて、檀家の持ち物)これで祭壇も含まれた。
布施
お寺には10万円。伴奏には3万円2人。若い僧侶で。地元相場だと、本来は寺に30万、伴奏に5万×4人で50万だそう。
お棺など
9万円。本来はかかるが、事情を話して最小限にとどめてもらった。結構かかったのは、真夏ドライアイス代金が3万円近くかかったことが大きい。
遺体搬送
2万円。病院から自宅、自宅から霊柩車も含む。
精進落とし料理その他
10万円
火葬
5万円だが、補助がでて実質無償。(本来は補助がでても1.5万だが、所得が少ないと補助率が上がる)

合計37.5万円。

実際には告知することもなく小さくやったので、あまり人が来ないと思っていたら、叔父と幼い頃一緒だった同窓生などが、どこから知ったのか来てくれたりもした。また、葬儀場が当たり前になっていて、お寺で葬儀を行うことがなくなっていた(お寺はそもそもそんなに大きくないので)のだが、やはり雰囲気が非常に良く、お金がないなりにそれなりにできたと思う。

組合の方々は香典を持ってきてくれたし、また叔父叔母もお金を出してくれたので、当家の出費はほとんど無かった…と言うか、実は少しだがプラスになってしまった。

それはこの後の法事に回す事にした

ポイント 最初にお寺に相談して金がないと率直に言う

実は病院で死亡宣告を受けた後、最初相談したのは葬儀社ではなくお寺だった。地元では葬儀社を手配しても、葬儀からまずお寺のスケジュールを抑えてくれと依頼されるので、先に葬儀社ではなくお寺に連絡をすることが常識だと言われていた。

今まで全部親がやっていたので、自分がかけるのは初めてだった。このとき借金をする覚悟を決めていて値切るつもりはなかったのだが、そのときに率直に「今からお金を借りに行ってくるが、今日日曜日なんで」と言う話をしたら、お寺の方からアドバイスをいただいて、こういう形になった。

これは特別対応なのかと思いきや

最近はお困りの方が非常に多い。実は珍しい話ではない。家族葬という形で小規模にやると後で悔いが残ることや大変なことも多い。なにより、現世との区切りが上手くできない。

これは、仏様にとっても大変だが、後になって自宅にお線香を上げに来る方が絶えず来て困るという事になってしまうので、現世に残された者のためにもこういう形を勧めている」という事だった。

これは、ほぼ同じやり方を下の叔父の時にもやったし、そう言うつもりで注意をしていると、あちこちのお寺でこういう小規模な葬儀をやっている事に気づいた。

余所土地でもできるかどうかはわからないが、宗教家というのは基本的には(あるいは、建前的には、と言ってもいいかもしれないが)困っている人をほっといたりしないので、相談するべきだと思う。

下の叔父の時の話。

死んでから、迎えに行くまで

下の叔父は突然死だった。突然病院のコーディネータという人から電話があって、外出先で倒れて運ばれたが死んだと言う。

叔父も300キロぐらい離れた別の所にいる。が、なさけないこと最初に頭をよぎったのは、300キロ搬送したらどれだけ金がかかるのか、と言うことだった。調べたら下手をすると数十万単位お金がかかるという。当然だがそんな金はない。

とりあえず親を公共交通機関で送り出しつつ、考えた。

実は元増田と同じようにレンタカーを考えたのだが、レンタカー屋になんとなく効いたところ「そのような用途は断っている」とのこと。他にもあるかと聞いたら「まず遺体搬送を許しているレンタカーは無いでしょう」と言うことだった。曰く、遺体を直接禁止しているものではなくても、輸送特別規制があり許可必要ものは断るという規定になっている場合ほとんどではないかと。

きっと元増田のように選択肢が多い都会ならばもう少しなんとかなったかもしれないけれど、やむを得ない。ただ、レンタカー屋の担当の方は「ただし、知らない場合にはお断りしません」と暗に黙認してくれるようなフォローをしてくれてはいたのだが。

そこで、どうしたかというと、自前のトラックで迎えに行った。普段作業に使っているものだ。まず、お寺に連絡をした後、先にお棺を出してもらって、それを荷台に載せ、動かないように詰め物で色々と詰め込んで、緑色カバーを掛けて、トラックで迎えに行った。おじさん、すいません。

から相談したところ、最後の手段として、赤帽的な小規模運送業者を手配するという方法もあると言うことだった。組織としてはリスクがあるので断ることがあるが、個人事業主が多いので、受けてくれる業者もあるらしい。ただその場合でも、荷主が診断書をもって同乗するというイレギュラー対応になる。

故に頼み込むと専門業者場合は数十万円かかるのが常識距離でも、数万円で受けてくれることもあるらしい。ただこの場合は必ず心付けを渡すことを忘れないほうがいいと思う。人間として。

葬儀について

このときも、お寺で上の叔父と同じように葬儀を行った。

ただ、御布施については、前回余ったという事、それからこちらの叔父病気療養でお金を使っていたわけでもなく多少はあると思われたので(確かめ時間はなかったが)、多めに出すことにした。

ただし、このとき叔父が長年暮らしていた家の周辺の人々に何も通知していなかったことが失敗だった。

最終的に叔父の家に片付けに行ったとき、近所の方に声をかけていただき、話をしたら、叔父はきちんと近所づきあいなどもしていたようだった。また、引退して気楽な一人暮らしだ、と言っていたのだが、実は在籍していた会社からちょくちょくアルバイト仕事を受けていたらしく、そちらの方もあった。

その後、暮らしていた街で親しくしていた方や、近所の方、元の会社の部下の方などが遠い距離墓参りに来てくれたりもした。葬式というのは、故人や親戚のためだけにやるものではなく、むしろ周りの人間と現世と区切りをつけるためにやるものだ、と言うことを実感した。

それ以外の方法について「規格葬」という考え方

今回は利用しなかったが、自治体には大抵簡易な葬式のやり方を規格化して、「規格葬儀」あるいは「自治体葬儀」という形で定型化し、安価パッケージにしてあることがある。それを利用すると言う手がある。

この場合自治体相談すれば基本的に利用できる。それが利用できる葬儀社の一覧があるので、そこで申し込みをする。どういった場合でも広く利用でき、規格化されているので交渉も必要が無い。檀家になっている寺院が無い場合ネットでいきなり検索して怪しげな所を選ぶよりは、これの方がいいのではないかと思う。地域性も加味されているし。

ただし多くの場合

地元では遺体搬送が別で28万円。実際には10万円ぐらいでできるさらに簡易なプランもある場合があるらしかった。地元だと、28万のプランは表に出ていたが、10万円のプランについては一般には示していなくて、基本的生活困窮者のためで葬儀社はほとんどボランティアになる、と言うことだった。

エンゼルケア、について

元増田にはエンゼルケア、と言うのが出てくるが、最後病院で亡くなったため、病院側のターミナルケアに含まれていたので、追加でお金がかかることはなかった。

増田自分でやったという事なんだけど、介護保険にはターミナルケア加算制度というのがある。これはいわゆる緩和ケアのことではなくて、患者が亡くなった後の遺体ケア家族フォロー一式の作業のこと。

おそらく施設の人に任せても施設ターミナルケア加算を受けられることもあって、追加で高額なお金を払うことなくやってくれたのではないだろうか。

これが死亡後に施す特別な化粧のことだったら話は違うけれど。

以上、何かの参考になれば幸いです。

【追記】2016年4月3日

反響いただいてどうもありがとう

地域性家族宗教観を大切に そのまま適用しようとしないで!

葬式はすごく地域性が強いはずなので、そのまま適用しようとしないでください。普遍的に言えることは、何事もそうだけど立場的に中立的発言が可能な人に相談すること。

例えば葬儀社に依頼したら、葬儀社の方は立場上、よほどのことが無い限り「うちは高所得者向けの商売から辞めた方がいい」とか言えないので…。

僧侶宗教家の人、自治体担当者や、病院にはコーディネータとか、コミュニケータという患者患者家族フォローを専門にしている人がいるので、そう言う人にお願いするという方法があります

お寺様とのかんけいについて

お寺との関係が肝かな。
http://b.hatena.ne.jp/entry/283953281/comment/aoi-sora

ポイントは、お寺との関係だと思う。」ここで討ち死にのはてなー多そうだな。
http://b.hatena.ne.jp/entry/283953281/comment/atoh

想像の通り、うちではお金がないのはお金がないなりに、お寺様との関係はつないでいるというのはあるとおもいます。総代会には入っていて、負担金は払っているし、施餓鬼など季節によってある行事には必ず参加しているし、何回忌といったものも、和尚様の言われるようにやっています

これは大変じゃないかと思われるかもしれないけど、まずそれが一つの宗教観からというのもあります

ただそれを置いといて言えることは、実はあんまり費用はかかっていません。これは地域ごとの相場があるけれど、施餓鬼料は5000円で、総代会は年間5000円程度。一年で1万点程度。実は毎年必要になるお金はこの程度です。ただし、これは我が家が腐っても本家なので、実際には施餓鬼、総代会の年間負担金は3000円が普通だそうです。これ以外に法事を行う年や、寺院の大規模改装なんかが必要になると色々とありますが…。

ではそれがずいぶん疎遠になっている場合はどうなのか、と言う場合ですが、お寺には過去帳という者があって全部記録があるので疎遠になっていても相談する価値はあるのではないか、と思います。あるいは、うちには菩提寺がない、わからない、と言うケースですが、こういうときはそもそも葬儀などから遠くなっていると思うので、まずは自分だけでやろうとせず誰かに相談した方がいいのではないかな…。ネットでは情報が出てきにくいけど、人は必ず死にますし、逆縁になっていなければ多くの子どもは親を2人見送るから絶対経験談を話してくれる人がいるはずです。

結局寺に負担かけるのな
http://b.hatena.ne.jp/entry/283953281/comment/kvx

もうめんどくさいから適当に書くけど、ちゃんと金払わない屑増やすようなことを次々に書くな。寺に負担かけるのは結局他の檀家負担かけてることに他ならない。http://b.hatena.ne.jp/entry/283953281/comment/dadabreton

これには言い訳のしようがありません。お寺様には大変感謝しています。でも、無い袖は振れないと言うのが正直な所で…。親とかの分はきちんと積み立ててはいるのですが、突発的な事態には借金するぐらいしか手がありませんでした。

そこで手をさしのべてくれたおっさまには本当に感謝しています。ただ、2回目の時は御布施は始めよりはたくさん払っています相場よりは安いですが…。

葬儀社の方について

葬儀屋諸悪の根源なんだろうかな。そっちの言い分も聞きた
http://b.hatena.ne.jp/entry/283953281/comment/hiruhikoando

葬儀社の方がどう動いてくれたかが書いてなかったので追記をします。

葬儀社の方はこんな最小限の動きでも、きちんと葬祭ディレクターの方が付いてくれました。また葬儀当日は、お手伝いとしてお一人女性の方が付いてくれました。また、料理なども葬儀から依頼しています

からない仕事申し訳ない、と葬祭屋さんには言いましたが、少なくとも問題は無いと言ってくださいました。まぁ和尚様に紹介してもらったので、断れないというのも、あるとは思うのですが。でも、費用は全部葬儀社に払っているので、赤字ではないのではないかと…。

個人的感覚では、非常に公共性が高い仕事ですし、最短2日で葬祭道具から返礼品、料理まで全部そろえる態勢にはお金がかかると思うので、それほど暴利とも思ってはいません。

もっと安くするには、宗教無し、散骨なしバージョン

http://anond.hatelabo.jp/20160403011302

まず、宗教を軽視して「ステマ」とか言うのはやめましょうよ。

主語自分にだけおいてください。「私はいらない」だけにして「他人も捨てろ」とか言うのはやめましょう。自分がそうだからといって他人自分と同じだと決めつけるのはやめていただきたいです。多様な価値観があります

その上で、

死亡→診断書死体処理→搬送→保管→火葬散骨

最短距離として、今回私が取れば一番シンプルに済んだのは、病院から連絡があったとき「引き取れません」と断るという方法があります。すると後は行政無縁仏の処理のラインにそって公金で処理がされるはず。

正直、自分もそう言う選択肢が頭をよぎらなかった、といえば嘘になります

宗教を壊そうとしているのでは?

最初記事では行動しない奴らが多くて、日本の寺、仏教日本人精神的な拠り所の1つ)を潰せないな。しょうがねー、もっと簡単なのも紹介しておくか」 「日本人精神を潰すのは楽しいな、生きがいだぜ!」
http://b.hatena.ne.jp/entry/283953281/comment/hayato1999a

煽りマジレスするのもなんなのですが、和尚様がこういう安いやり方で葬儀提案してくださったのは、宗教を壊すとかではなく、全く逆ではないかなと思いますよ…。

私も、葬儀きっかけに、その後のお寺の集まりのなかで、掃除とか このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2016-03-31

お坊さんをお呼びした家族葬(D.I.Y.葬)が総額42,360円で完璧に出来たお話

平成283月14日特別養護老人ホームに入所していた認知症の叔母さん(父方)が亡くなりました。齢90歳。

叔母さんからみて、兄の子である私がひとりでこの叔母に関する全てを執り行ない、総額42,360円の支出のみで完璧に満足のできる葬儀が出来ました。

本日様々な手続きを含めて全てが終わったので記録として書いておきます

しかすると家族葬費用をかけずに行いたい方には参考となるかも(?)しれません。

家族構成

私の実家富山県

隣接した岐阜県に私は現在居住しています(実家には車で高速道を使って約2時間30分の距離)。

富山県実家には現在私の母親がひとり暮らし

父は数年前に他界しています祖父母も他界

老人ホームに居たのは私の父の妹で、結婚はしていましたが旦那は既に他界子供は居ませんでした。

旦那の両親も兄弟他界して、その旦那兄弟には子供が居る模様(不明)。

叔母の兄弟は3人。上から順に姉(他界)、私の父(他界)、叔母。他界した姉さんには女1人と男4人の子供がいます。叔母さんから見て、その5人は私と同じく姪とか甥にあたるわけですが、今も健在。 姪とか甥は全部で6人居てそのうち1人が私というわけです(私が最年少)。

叔母は旦那他界後に体調を崩して富山県内の老人ホームに入所しましたが、その時に保証人となっていたのが私の父でした。

父の他界後は母が時々面会に行っていましたが、母は高齢運転免許もないので、私が父の後を引き継ぐ形で叔母の保証人になっていました。

入所後は月に1回くらい母と私で施設に面会に行く程度。従兄弟や友人が面会に来たという話は施設職員の方に聞いてもほぼ皆無。

そんな叔母さんが「食事を充分に摂れなくなった」と施設から連絡を受けたのが今月の初め。

施設に行くと、「食事自分で摂れなくなったので"胃ろう"にしますか?それとも"点滴処置"を希望されますか?またはこのまま看取り介護に移行しますか?」と選択を迫られることに。

"胃ろう"なんて造っちゃったらまた数年生存してしまうかもしれません。それで元気になるのであればいいのですけど、既に認知症悪化していて先はありません。点滴したとしても数週間生存が延びるだけです。施設の順番待ちの方も沢山いますし、これ以上税金が叔母さんに使われるのはかなり躊躇われます

「看取り介護にしてください」と、迷わず伝えました。この時点で全て自分責任判断で進めることにします。

さて、ここで叔母さんの余命はあと2週間程度であろうと推測。そうなると近いうちに葬儀の準備が必要となります

以前私の父が亡くなったときには普通に葬儀を行いましたので150万円ほどかかりましたが、叔母さんは長く施設に入っていましたし、面会者も私と母以外に全くいませんでしたか家族葬で充分です。なお、叔母さんは認知症でありながらも面会毎に「私が死んでも葬式は要らないからね」といつも言っていたのですけども。

まずはネット検索してみます業者を使うと直葬(火葬のみ)で10.8万円とかのプランもありましたが、叔母さんが以前から檀家であるお寺が存在していることを聞いていましたし、せめてそちらのお坊さんにお経だけは読んでもらおうと考えました。

(激安のプランって結局「霊安室レンタル時間料金」とか、「搬送10km以内でそれ以上は激割り増し料金」だとか、「エンゼルケアは完全別料金」とかどんどん高額にならざるを得ないシステムなので要注意です)

次にネット検索で棺を購入します。直葬セット6点セット(棺(折りたたみ式)、白布団、仏衣、骨壷6寸、骨箱、顔あて布)というものが送料込み27,600円。早速注文して実家に送ってもらいました。amazonでも18,000円とかで棺が売っていましたが(笑)実家に大きな棺をそのまま何日も置いておくのも嫌でしたのでそちらの折りたたみ式のものを選択。

その後は私も普通に職場仕事をしていましたが、「叔母さんが亡くなったら自分喪主となる予定ですのでその時はすぐに休暇ください!」と職場ではアピールをしておきました。

そして、3月14日17時すぎ、施設から「亡くなられました」と電話がかかってきました。私のスイッチが入ります

すぐに実家近くのレンタカー屋さんに電話し、ハイエースバンを予約。死亡から24時間火葬することが出来ないため、その翌日17時ではすでに火葬場は時間外となります。ですので、火葬さらに次の日になるはずだと判断して48時間借りることにしました。

車で帰宅途中にレンタカー屋さんに直行実家に帰ったときはすでに21時を廻っていました。

借りたハイエースバンに届いていた棺一式を載せ、母と一緒に老人ホームに向かいます

ところで、以前父が亡くなったとき家族の前で葬儀屋さんが身体を拭いたり仏衣を着せたりするのを私は見ていたのですが、当時その行為ものすごく違和感を感じていましたので、次に自分が執り行う葬儀場合は全部自分ひとりでエンゼルケア(死後の処置・湯灌)や納棺を行おうと心に決めていました。

22時頃に施設に到着。職員の方に「私がエンゼルケアしますので部屋は私一人にしてください!」と宣言し、「葬儀屋さんは呼ばれないのですかっ?!」と職員さんに驚かれつつ、エンゼルケア中は母にも外で待機してもらいます

叔母さんはずっと食べていなかったので排泄物ほとんどないはず。身体を拭き、準備しておいた紙おむつを履かせました。あとは購入した白装束を着せて手を組み、数珠を持たせます

お化粧もしてあげました。アイラインを引き、チークを入れてリップも塗ります

叔母さん、とても可愛くなりました。お化粧なんて施設入所してからしていないもんね。

亡くなってはいますが、ちゃんとお話をしながらお世話出来たことが私にはとても満足でした。

痩せて小さな方なのでなんとかお姫様抱っこで棺に収めます。「終わりました!」施設職員の方々に手伝ってもらい、棺をハイエースバンに載せます。法的には死亡診断書があれば車に載せたままどこに移動してもOK。

荷物は後日取りに行くことを伝えて実家帰宅ホントは棺を一時家に入れてあげたいところですが、私一人の力で棺を移動させることは到底無理なので、そのまま毛布を棺に被せてハイエースバンを霊安室の代わりとさせてもらいます(汗)。

寒い時期だからよかったのですが、夏だったらドライアイスの購入が必要ですね。

翌日、朝一で市役所に行って死亡届を提出し、火葬許可証を発行してもらいます。次の日の午前10時に火葬予約が取れました。

早速、叔母さん本人が檀家だというお寺に行って、お坊さんにお経を読んで頂くためのお願いをします。

「叔母さんが昨日亡くなられました。明日10から火葬します。お骨になったら都合のいい日にこちらのお寺に持ってきますので、その時にお経を読んでいただくことは出来ますか?大変失礼かもしれませんが、お布施予算は3万円です!」

あらかじめお布施予算をお坊さんに宣言してしまう私も私だと思いますけども、どこまでやってもらえるのかが全く解りませんし、あとで揉めないためにも仕方がありません。

住職のお坊さん、その唐突なお願いと内容に大変驚き、しばらく唸って考えていましたが、「わかりました。それでは、明日直接火葬場に出向きますので、お葬式としてのお経をそこで読ませて頂きます。お骨になったら、骨壺を持ってもう一度お寺に来てください。」と提案していただきました。

これでお坊さんの手配ができました。本来、枕お経(?)と言って火葬前にお経を読むこともあるようですが、お葬式としてそこで読むのは初めてとのこと。

ここまでで、この日に行う調整は全て終了です。老人ホーム挨拶に行くと、施設長さん(高齢女性です)が応接室に通してくれました。

昨日からお話をしたところこれまた大変驚かれ、「私もそうやって家族にやってもらいたいわ!」と感動されました。何でも、今の人達は全部業者(要は他人ってことです)にお金を払ってやってもらうのが普通で、「昔はそういうことは全部家族でやったのよ・・」と全てお金で解決して他人事のように進めてしまう現状を嘆いていらっしゃったのが凄く印象的でした。

帰宅して翌日の葬儀のための喪服を母と準備。ここで叔母さんは亡くなってから2日目ですけども、ハイエースバン霊安室にはあと1晩活躍してもらうことにします(汗)。

翌日、母と一緒に棺を載せたハイエースバンで火葬場に行きます寒い時期なので、ドライアイスがなくとも車内に全く臭いしませんでした。

火葬場の玄関に車を横付けし、火葬場の職員さんを見つけて「棺を降ろすのを手伝って頂けますか?」とお願いします。職員さん、承諾はしていただいたものの、何か怪訝な表情。

葬儀業者の方?」と聞かれて「いいえ。家族です。自分で持ち込みました」と言ったところまた大層驚かれて「経験があるのですか?」「いえ、全くありません。何事も初めてですから教えてください」と答えるとさらに周囲の職員皆驚いている様子(←なぜそこまで毎回毎回皆さん驚くのか未だに全く解っていない私)。

そういうやりとりをしているうちに、お坊さんが15分前に到着。棺の前でお葬式(告別式)としてのお経を読んで頂きました。お経がめちゃ早口です(笑)。内容はわかりませんけど、それなりのお経だったのだと思います10時ピッタリに読経終了。さすがプロですね。

火葬が終了するのは11時50分とのことだったので、それまでの時間を利用して、棺を降ろして空になったハイエースバンで老人ホームに向かい、残っていた荷物を引き取りに行きました。

お礼やら挨拶をして11時30分に火葬場に戻ると、職員さんが既に玄関先で待っていて「もう終わりましたので収骨に来てください」とのこと。

収骨は別室で行なわれます通販で購入した6寸の骨壺は全骨収骨にはピッタリの大きさでした。骨箱に壺を収めてお寺に向かいます

お寺に着くと、そのまま壇上に上げてお経を読んで頂きました。15分くらいでしょうか。檀家ってことで、壺に戒名?を書いて頂き、そのままお骨は預かってもらうことになりました。もしも拒否されたら散骨でもしようかと考えていましたけども。

「これで全部終わりました」とお茶を出されて母と一緒に一安心。(お坊さんが関わったのは車での移動を含めて約1時間程度)

住職に「今までこのような葬式をされたことはありますか?」と聞いてみると、「以前1回だけ、身よりの無い人に対してお経だけというのはしたことがありますが、こういうのは初めてです」とのこと。うん、そうなのですね。よほど珍しいのですね・・、まあいっか。

お約束どおり3万円の入ったお布施の袋を渡し、お礼を言って今度は近くのリサイクルショップに先ほど施設から回収した大量の衣服キャビネット家具等の荷物を持ち込みます。「全部置いて行きますが、お金要りませんので処分もいいでしょうか?」との条件で交渉成立。

そのまま帰りにレンタカー屋さんに寄ってハイエースバンを返却。母と歩いて実家に帰ります。途中でお昼ご飯。

さて、火葬手続きで前日に市役所に行ったとき年金手帳国民健康保険証等の返却等は除籍謄本が出来る1週間後でないと事務処理は無理だと聞いていましたので、私はここで一旦仕事のために岐阜の自宅に戻ります

葬儀を執り行った連絡を先の5人の従兄弟に通知します。以下の内容でハガキを送付しました。

……………………………………………………………………………………………

叔母 ○○ ○○儀 かねてから特別養護老人ホームにて療養中でございましたが

去る平成二十八年三月十四日に永眠いたしました

ここに謹んでご通知申し上げます

葬儀におきましては 故人の生前意志により 誠に勝手ながら家族のみにて執り行いました

本来ならば早速申し上げるべき処でございましたが ご通知が遅れましたことを お赦しください

生前中賜りましたご厚誼に心より御礼申し上げ 失礼ながら 書中をもってお知らせ申しあげます

平成二十八年三月十八日

〒○○ ○○-○○

○○ ○○

喪主 ○○ ○○

……………………………………………………………………………………………

一週間後、休暇をとって実家に戻り、市役所年金事務所に行きます。この年金手続きを行うため、あらかじめ私の居住地自分住民票(家族全員)、戸籍抄本を取得しておきます(これがないと叔母との関係証明できない)。

また、生計一関係に関する申立書(遺族年金・未支給・一時金)※配偶者・子以外が請求するとき っていう書式が必要となります。直系家族ではないので、関係があったということを第3者が証明するためです。理由は「毎月面会して日用品などを援助していました」とかでいいみたい。証明には老人ホーム施設長さんの名前と印が必要だったので、FAXしてあらかじめ返送をお願いしておきました。

市役所で取得するのが叔母の住民票の除票、叔母の除籍謄本、私の父の除籍謄本返還するのが叔母の後期高齢者医療被保険者証(国民健康保険証)。これを返すと葬儀費用として3万円が支給されますので、棺とレンタカー領収証を提出します。あとは介護保険保険証障害者手帳印鑑登録証なども返却。自分預金口座を通知します。

次いで年金事務所に行き、叔母の住民票の除票、叔母の除籍謄本、父の除籍謄本、私の住民票(全員)、私の戸籍抄本と準備しておいた生計一関係に関する申立書を提出。これだけ揃わないと、叔母との関係証明できないとのこと(謄本等に祖父母の名前が書いてあることで関係確認)。ここでも自分預金口座を通知します。

叔母が亡くなるまでの1ヶ月程度の年金支給されるのですが、凍結されてしまった叔母の口座では入金できないため、私の預金口座にしないといけないのです。

ちなみに、こんなこともあるだろうと以前叔母の口座はネットから操作できるようにしておいたので、残っていたわずかな預金は凍結前に私の口座に振り替え済みなのでした(笑)

これで叔母さんの葬儀と様々な手続き全てが終了しました。実際に私が動いたのは亡くなった日の夕方から葬儀終了までの2.5日間の間と、1週間後に市役所等の手続きに使った1日間の計3.5日間のみ。

葬儀費用

直葬セット6点セット 27,600円

お坊さん葬式お布施 30.000円

レンタカー(ハイエースバン)48時間 14,500円

葬儀を行った旨の親戚への通知はがき代 52×5=260円

合計 72,360円、市から葬儀費用30.000円が支給されるので、

葬儀支出費用は 42,360円 ←後日支払われる日割りの年金支給分で完全に相殺される予定

お疲れ様、お母さん、そして自分

そして最後に 叔母さんのご冥福を心からお祈りして終了させていただきます

合掌

2016-01-26

anond:20160125135604

鎌倉仏教仏教日本ローカライズとして成功し今も生き続け影響力があるが、本家インド中国仏教はもちろん他の国には通用しないものだ。それはいいとしてさらに裏から縛りつけてくる感覚の元凶が神道だと思う。実体不明

外国ではチップを払わなければいけない」こういう強迫観念日本人独特の追い込まれ感覚であり神道由来の日本人信仰心の正体だと思う。外人日本に来て強烈に拒否反応起こすのもこの感覚押し付けに対してだ。

創価学会キリスト教に率先して入ってない人は自分無宗教だという事が多いがそういう人ほど先祖から続く檀家を守り法事は欠かさず、近くに寺があれば氏子もやるし寺の修復代なども寄付したりする。これは宗教的というより常識を守るという意識が強いのだろう。日本宗教社会常識と密接に絡んでるんだよね。まあそれが中間共同体形成して犯罪とかを抑止してたとは言えるけどそういうのがなさそうな都会ではそれを創価学会とか天理教とかパーフェクトリバティとかが担っていたんだと思う。そしてネットへ。レイシスト運動とか国会デモとかあんまよくないのばかり目立つが。

はてな宗教みたいなもんだろ

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん