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はてなキーワード: 奴隷制とは

2024-07-12

Thomas Lockley Author

2020年3月23日

荒廃した世界で苦しんでいるすべての人へ

アフリカサムライ人生から学んだ教訓。

これは私たち時代には前例のない状況です。私たち私たち愛する人たちの多くにとって、フラストレーション、痛み、苦しみ、そして最終的には死の時代です。先進国特にその富裕層は、最近世代を通じて比較スムーズ生活様式とより良い生活水準に慣れてきました。

これは歴史的な標準ではありません。

人類歴史を通して、私たち時代はほんの一瞬です。99%の人間は、自然災害医療の欠如、食糧不足、または紛争とそれに伴う病気飢餓奴隷制などの悲惨から、混乱した、短く、しばしば残酷人生を送ってきました。

ヤスケの人生はそのような人生でしたが、彼はそれをうまく生きました。

彼は少年時代家族から引き離され、両親が虐殺されるのを見たかもしれません。

彼は十代の頃、残酷な扱いを受け、少年兵プロ殺し屋として訓練された。

彼の人間性がこれを乗り越えたことは、彼の生涯に関する歴史的記録に明らかであり、私たちが彼を人間として尊敬する理由さらに与えてくれる。

彼は雇い主によって16世紀日本戦場に連れて行かれ、現代ほとんどの人が考えられないような危険を冒すことを求められていた。

1581年、日本中央地方を巡業していたとき、彼は暴徒に襲われ、暴力で死にそうになった。他の人々はそれほど幸運ではなく、黒い肌の神だと信じていた男を一目見ようと騒ぎ立てる群衆に押しつぶされて死んだ。

その後15か月間、彼は2回、あるいは3回も戦争に行き、戦闘忍者対峙した可能性があり、何千人もの虐殺された民間人や焼け落ちた集落、致命的な病気死体をむさぼり食うカラスに遭遇したことは間違いない。

知られている最後の戦いは、13,000対30の戦いで、彼は主君切腹に立ち会い、切り落とされた首を主君の息子に与えた。主君の息子は、父の首が差し出された1時間後に非業の死を遂げた。弥助は屈辱を受け、敗北し、歴史から消えた。彼の日本一族はほぼ消滅した。彼の財産地位永遠に失われた。

それは混乱と危険苦痛人生だった。おそらく、ここ数週間、数か月の間に私たちの多くが突きつけられた人生と似ているだろう。

しかし、私たちは、弥助がユーモアがあり、礼儀正しく、行儀の良い人物として同輩から見なされていたことを知っている。他の人から尊敬される人物であり、450年経った今でも尊敬されている。彼は悲劇的な若さにもかかわらず、自分運命自分で切り開いた人物だった。彼は、地球の反対側で自分の居場所を見つけ、運命が与えてくれたわずかな可能性を掴み、誰も想像できなかった輝かしい人生を切り開いた男だった。少なくとも、彼自身は。

彼の苦しみの果てには、輝く不滅の光があった。彼は日本で愛する家族と安らかに余生を過ごしたとさえ考えられている。

今日、彼の人生記憶に残り、世界中の多くの人々にとっての道しるべ、いや英雄と見なされている。私たちの中に、このような偉業を夢見ることができる人がどれだけいるだろうか。

これから数週間、数ヶ月、私たちはみんなヤスケだ。私たち危険で死に至る世界を切り抜け、全力を尽くしてそこから抜け出さなければならない。

ヤスケがしたことをやろう。

家族愛する人安全のために、必要リスク以外は、愚かなリスクを冒さないように。

医療専門家や熱心な公務員アドバイスに従ってください。

自分の再選だけを気にする利己的な政治家アドバイス無視してください。

ヤスケになりましょう。生き残りましょう。 向こう側までたどり着いた人になりましょう。

アフリカサムライ

https://www.facebook.com/AfricanSamuraiYasuke/posts/pfbid02VjiXjiowvtvPLBxTbLhD6rmp3E8uzgUMDnjyfbrW7K76xy3PsaoX589hUuEPdvmrl

2024-07-04

Q.

日本国憲法では、勤労の義務規定されています。
一方、
「又、犯罪に因る処罰場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。」
とも規定されています。
これは矛盾ではないですか?


A.

この質問は、日本国憲法における勤労の義務強制労働禁止に関する興味深い点を指摘しています一見矛盾しているように見えますが、実際にはそうではありません。
以下にその理由説明します:

勤労の義務(第27条):
日本国憲法第27条は「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。」と規定しています。これは、国民労働の機会を与える国の責任と、社会の一員として貢献する国民道徳的責任を示しています強制労働禁止(第18条):
あなた引用された文は、憲法第18条の一部です。この条文は奴隷制度や強制労働禁止しています。

これらの規定は以下の理由矛盾しません:

性質の違い:
勤労の義務道徳的倫理的義務であり、法的強制力を持ちません。一方、強制労働禁止は法的強制力を持つ規定です。

目的の違い:
勤労の義務社会の発展と個人自己実現目的としています強制労働禁止個人自由尊厳を守ることを目的としています適用範囲の違い:
勤労の義務一般的社会規範を示すものです。強制労働禁止は具体的な行為禁止を定めています自由意思の尊重勤労の義務個人自由意思による職業選択を前提としています強制労働禁止はまさにその自由意思を保護するものです。

つまり、この二つの規定矛盾するのではなく、むしろ補完し合う関係にあると言えます勤労の義務社会への貢献を促す一方で、強制労働禁止はその貢献が強制されないことを保証しているのです。
この解釈は、日本憲法学者や裁判所でも広く受け入れられています

2024-06-27

anond:20240627143624

現実奴隷制度とPTSDあたりに詳しい感じの人が書いたラノベってある?

2024-06-25

anond:20240625224041

ちんぽデカけりゃなるで!

ただお前の仕事能率だけは諦めてな!それ以外はハイスペックJDに性の悦びを教えるだけで解決するんや!

まんこなんてバカから一発中出しキメれば簡単奴隷になるんやで!もちろんそのまま奴隷制導入するのも、クーリングオフするのも自由や!資本主義って最高やな!!

2024-06-24

anond:20240624193814

そこまで遡らなくても、貴族制奴隷制とかって実質的にそういう制度だったんじゃないの

2024-06-19

男の性欲を薬で強制的に抑えることを思考停止せずに考えて欲しい

こういう人は出てくると思いました。しかし考えてみてください。元増田さんの主張には誤りがあります

Ⅰ:そもそも物欲と性欲は違う

"物欲も性欲も抱くこと自体コントロールできないが、そこから犯罪という手段解決しようとすることをコントロールしている"という元増田さんの主張には同意します。

しかしながら、そもそも物欲と性欲は違います

現在社会通念上、物欲のもの気持ち悪いとは見做されてはいません。

一方で、"気のない相手から恋愛感情を抱かれたり欲情されたりすること自体気持ち悪い"と考えている人は多数います

まり物欲を持つ内心の自由他者人権侵害していませんが、性欲を持つ内心の自由のもの相手幸福追求権を侵害することはあります

こういうことを言うと"いや、内心の自由絶対保護される"と言うかもしれません。しかし、憲法にそのように明記されているわけではありません。あくまでそのように解釈されているだけです。

まり、"内心の自由絶対保護される"というのは"自衛隊憲法9条に違反していない"や"死刑憲法36条の定める残虐な刑罰に該当しない"と同様に解釈にすぎないのです。

将来、"性欲を持つ内心の自由のもの相手幸福追求権を侵害しているから性欲を持つ内心の自由公共の福祉に基づき規制される"という解釈になる可能性も十分にあります

Ⅱ.そもそも全ての人の内心の自由保護することが人類幸福や発展に繋がるかを思考停止せずに考えるべき

また、元増田さんは以下のように書いています

性欲そのものが理性でコントロールできないならば強制的に薬で抑えろという主張は、「『性的なことを考える』という内心の自由のものを奪え」と主張しているのと同じであり断じて認められない。

しかし、私がⅠで書いたことが成立しないとしても、元増田さんは"内心の自由から守らなければならない"というところで思考停止しています

そもそも内心の自由を含めた基本的人権は決して自明のことではありません。トマス・ジェファーソン自明のことであると主張するかもしれませんが、そのように主張したジェファーソン自身奴隷を所有していたこからも決して自明ではないことが明らかです。

当初は"白人男性自由財産生命などの権利を持つべである。そのように設定することが人類幸福につながる"と考えられ、それが”女性を含む白人は”となり、やがて”全ての人は”へと発展していったのが20世紀までの人権歴史です。

しかし、全ての人に基本的人権を設定することで人類は本当に幸福になり発展してきたのでしょうか。私にはそれは自明のことであるとは考えません。

むろん、"フルスペック人権を持つ人と持たない人がいる"という考えが差別奴隷制や植民地支配を生んできたことは確かです。しかしながら、それは人類が"フルスペック人権を持つ人と持たない人の区別"を自分に都合よく設定してきたかである可能性もあります

たとえばAI評価させることなどにより、"フルスペック人権を持つ人と持たない人"を中立的かつ人類幸福と発展のために区別できるようになるかもしれません。そのようなことも元増田さんには考えてみて欲しいです。

https://anond.hatelabo.jp/20240619221049

anond:20240619090941

せやろか?

例えば倫理的問題であれば現代奴隷制が受け入れられるか?と聞いたら大半の人は”いいえ”って答えると思うけど、海外過酷労働はおろか技能実習生問題すら大半の人はスルーしてるわけで、つまり自分が直接手を下すわけじゃないなら大半の人は甘受すると思うよ。

自動運転事故時の問題責任所在を法的にどう処理するかの問題であって社会的に受け入れられるかどうか、という問題ではないと思うよ。

少なくとも責任所在不明になるから自動運転に反対する、なんていう一般人はいないんじゃないか

anond:20240616124255

記事で、コロンブス問題サヨクめ!と散々書いて、当事者目線を強調しつつ最後野沢直子の回答で締めくくっていたら、

まさに現地の当事者目線で、ぐうの音も出ない解釈を目にすることになった。

先住民目線で語る、Mrs. Green AppleのMV「コロンブス」問題 | ユロックの母

ほらみろや、と今頃、新たに手にしたポリコレ棒で気持ちよく机をバンバン叩いているに違いないと思うと、うぐぐ、な思いはあるが、この記事はとても説得力があった。

ファクトチェック全部はできないし、3割程度は陰謀論ばりのこじつけかなぁ?という印象ではあるものの、確かにそう見える、というのは、正直、とても説得力がある。

それにしても、この当事者目線というのはとても大切だと思うし、亜希ダウニングさんの他のアメリカ先住民を取り扱った記事も大変興味深いものだった。

特に、おお、と蒙を開かれたのは、感謝祭に関するアメリカ先住民視点

【感謝祭の本当の起源】ネイティブアメリカンの悲しい真実の物語とは | ユロックの母

これは考えるヒントがたくさん詰まっている記事だと思った。

ただ、これもコロンブス記事同様、3割程度はエイヤと断定してしまっている部分が少なからず見受けられ、必ずしもファクト確認できない感じではあった。

(例えば、1637年のピクォート虐殺=John Winthropマサチューセッツ植民地知事による征服祝いが感謝祭起源である、と同氏は断定しているが、アメリカ先住民よりのメディア検索しても「このピクォート族の虐殺土地を奪ったことを讃える1637年の宴が最初感謝祭であると、後に公式に決定」とまで断定しているものは見つけることはできなかった。もっと保守派よりのファクトチェックサイトでは、1637年の征服を祝福、感謝したのが感謝祭の発端とする説に「事実無根だ!」と、それこそむきになって根拠なく反論しているのもみつけたので、右派にとって、痛いところを突かれれているのだろうとは思う)

そういう面はあるものの、テーマ自体が非常に興味深い。

というのは、感謝祭という、入植したアメリカ人の原点ともいえる巡礼始祖の心温まるエピソードで、かつ「アメリカ人」というネイションとしてのアイデンティティ形成にも寄与してきた感謝祭、そして現代では商業的にもブラックフライデーなど非常に重要感謝祭が、実はアメリカ先住民視点からみると、自分たち虐殺されてきた血塗られた歴史の一コマだったというのは、ポリコレ的にどう扱うんだろうと。アメリカ先住民立場としては、感謝祭の日は喪に服す日だとして、負の歴史直視するよう求める主張も行われている、という。

これは、ポッと出てきたアニメMVなどのコンテンツと違って、ポリコレ的にあかんから、といって引っ込めるわけにはいかない。

感謝祭はそれほどまでにアメリカ文化経済社会に深く浸透している。巡礼始祖の思いというのはある意味合衆国憲法起草にも関わってくるものなので、巡礼始祖の神話をその一部であれ、修正する、というのは容易なことではない。いかキャンセルカルチャー全盛の昨今といえども、感謝祭、裏側からみれば虐殺歴史、というところに目をつぶり続ける時代はしばらくは続くだろうと思う。

からアメリカ先住民としては、感謝祭やめろ、とまではいえないが、少なくとも私たちは喪に服すよ、ということをアピールする、というところなのだろう。

問題は、自分たちアイデンティティ形成に欠かせないものキャンセルできるのかというテーマだ。

そもそも植民地主義の反省というのがアメリカのみならず、ヨーロッパ社会でもなかなか直視されないのは、それが自分たちアイデンティティに組み込まれいるからだというのは、例えばフランス植民地主義を振り返るとわかる。

例のコロンブスMVでは、類人猿音楽を教えたり文字を教えたりする場面があるが、ダウニングさん的にはネイティブアメリカン歴史最初に思い浮かぶのだろうけれども、俺はどちらかというと、未開な社会文明化する、というテーマはむしろフランス植民地政策どんぴしゃりなイメージだったりする。前記事でそんなことを書くと、そういうお前も知識ひけらかし野郎だろが、といわれるので書かなかったが。

ひとつ前の記事永井陽右氏の言葉を引いて、「外付けされた人権」という安易さを戒めるようなことを書いたんだが、外付けの元祖は実はフランス革命だ。

人権の出発点のひとつともいえるフランス革命では、当時、海を隔てたイギリスからこの革命の様子をみていたエドモンド・バークは、革命で掲げられたフランス人の新しい概念について、外付けはおろか、「発明されたもの」とまでいっている。褒めているのではない。「発明された概念」のもと、フランス革命では、反革命派が次々と断罪されている様をみたエンモンドバークは、なんでも進歩的ものが素晴らしいわけではないし、なんでも理性的判断できる、偏見を解消できると考えちゃう傾向はヤべえと考えた。

偏見なんてなくならないんだから偏見をなくそうという発想をやめて、伝統文化と結びついた自分たち偏見を生かした社会を目指すべきだ、という考えを進めた。

まり、「伝統的な価値観のなかでは自己実現できないひとがいる」一方で、伝統的な文化価値観自己実現をしたいひとだっているってことだよ。

進歩的価値観に基づいて偏見を解消しようすると、社会のどこかで肩身の狭い思いをする人が出てくる。それをかつて中島みゆきは「世情」という歌のなかで、

学生運動シュプレヒコールの情景をみながら、「世の中はいつも変わっていくから頑固者だけが悲しい思いをする」とうたった(哀しい思いをするのは学生たちに打倒される守旧派側でもあり、衰退する運動にしがみつく左翼くずれの末路でもある。あ、俺の解釈ね)。20代の頃の中島みゆき、すごいぜ。

エドモンド・バークに戻ると、彼はいわゆる、保守主義元祖みたいに言われることが多いが、フランス革命による激しいポリコレビビったというのがそもそもの出発点なのだ

教養なんて外付けだろうってブコメに★がたくさんついているが、エドモンド・バーク見方は、そういうことを少し考えるヒントになったりしないかね。

もうひとつ興味深いのは、フランス人権歴史は、実は植民地主義と深く関わっている、ということだ。

フランス革命後、自ら編み出した自由博愛平等という「人権」という概念をより普遍的価値に高めるために、文明化の推進という旗印のもと、未開社会の啓もうにいそしんだのがフランス植民地主義の大きな側面だからだ。特にフランス語の普及は博愛精神の名のもとに、当時フランス支配下においていたアフリカ地域で推進された。確か、昔読んだ本で手元になく記憶あいまいだが、当時の知識ヴィクトル・ユゴー奴隷制に反対しつつも、フランス語の普及にはむしろ賛同していた、と聞いたことがある。ユゴーではなくジャン・ピエールだったかもしれないが。いずれにしても当時の一級の知識人が植民地におけるフランス語推進の旗手だった。

こうしてユニバーサリズムの名のもとに、フランス人の精神普遍化を推し進めた、というダイナミズムがあったこと、そして、隣国保守知識からフランス革命のその後の経過は「発明された概念」による野蛮なポリコレとして映じていたりしていたことは、「人権普遍的もの」として習ってきた学生が、次のステップとして教養として知っておいてもいいことだと思っている。

人権の普及と植民地支配が地続きであるというのは、フランス社会での植民地支配への反省の足かせになってきただろう。それは博愛友愛ポリコレ的に言い換えても同じことだと思える。

これはある意味で、感謝祭国民意識の醸成に関わってきたことと、その負の側面を直視しにくいアメリカの状況と、状況は異なるが、抱えている課題共通する。

昨今のコロンブスMV叩きについて、得体の知れない違和感を覚えるひとは、俺も含めてなんだが、恐らくどちらかというと、人権普遍化のプロセス進歩主義)と植民地主義が一心同体というところに気持ちの悪い類似性をうすうす見出せるのではないかと思う。エドモンド・バークほどはっきりと「人権よりむしろ偏見のほうが大事!」と180度振り切るまではいかなくとも、正しさのもつ禍々しさを何か表現できないかというモヤモヤがあるはずだ。

自らの存立基盤をポリコレ的に正す究極が革命というものだとすれば、それに対する警戒感というのは埋もれてはならないものだと思う。

そういうモヤモヤは大切にしてほしいし、アメリカ先住民立場からみたらやっぱり、という記事を見つけたとしても、そこまで確信をもって解釈できなかったし、寄り添えない、という部分は残しておきたいと思う。それに対して「貴様アメリカ先住民の心情をないがしろにする気か」という反応は、ある意味表現自由の乏しかった80年前の戦時中に、「兵隊さんご苦労さん」といって国民を一斉に同調させたダイナミズムとよく似てくる。何が正しいかについて翌々考えず、適当ポリコレ棒を拾って叩いていると知らず知らずのうちに、みなが操られた正義に踊らされてしまうというのは危機感としてもっていい。

記事感謝祭トリビアは、そういう意味で、考えるヒントがけっこう詰まっていると思った。

2024-06-18

現在価値観過去を裁くな」は正しい

現在価値観過去を裁くな」という毎日のように見る言説。

昔の人は環境的に善悪認識することが難しかったのだからその点を酌量しろという趣旨ならまあわかるが、そうではなく、普通に現在道徳的に許されないことも過去には許された」という意味で言う人が多くてびびる。

こういうのって、じゃあ例えば米国奴隷制廃止前は正しくて廃止されたことにより誤りになったんすかねみたいに、簡単反駁される破綻した主張なのだが。

最近話題になったコロンブスの件もそうで、コロンブスのやった虐殺等の行為は悪かったということ自体根本的に理解できない人が多く、当時は未開の地に乗り込んで原住民虐殺しても構わなかったと思ってる人が少なからずいるようだ。

その当時・その場所で・みんなが正しいと思っていたならば正しいという、極端な価値相対主義というか価値主観主義多数派が染まっているのが本邦の社会

https://x.com/lawkus/status/1802937902160359836


三浦先生もこういうつまらない「正論」が多くなった。「現在価値観過去を裁くな」は、もちろん質の悪いものもあるのだろうけど、基本的には正しい主張だと思う。

自分がその時代の生きた人間であっても「間違っている」と言い切れたのかを、歴史を学んで潜って想像して悩むという知的プロセスは、差別意識を乗り越える当たって絶対必要もので、それを「差別を相対化している」みたいに、雑に批判してはいけない。

三浦先生の言い方には、自分も今だって何かを差別したり排除したりしているかもしれない、という反省や恐れが全くない。というか、そういう恐れを表明した時点で、「差別を相対化している」みたいに切って捨てている。それは一見差別と戦っているようで、実際には差別から目を背けている行為に他ならない。

anond:20240618110432

でもみんな少子化解決するより少子化の中で奴隷制維持する方がいいと思ってるから

子育て手当の所得制限撤廃とか要求してるわけで

2024-06-17

結局コロンブスMV意図がわからない

anond:20240613203515

なぜこの「コロンブス」というタイトルの曲とMVを作ろうと思ったのかが、いまだにわからない。

想定されるのは以下3パターンだが

  1. 植民地主義奴隷制肯定で作った
  2. 歴史的文脈無知で作っちゃった(コロンブスが悪い人というイメージなし)
  3. 歴史背景は知識はある程度あったものの、それを踏まえた上で行けると思った

色々な解釈が出回ったし、少なくとも 1 はないというのは、合意が取れていると思う。ま、一般的な人気勝負メディアアンチポリコレを攻めに行く意味がない。

一般的マスコミ批判などは 2が多そうだが、はてな界隈ではロマン優光https://bunkaonline.jp/archives/5214/ や他の増田考察など猿人文明他への指摘もあり、さすがに単純に 2 もなさそうという話になっているように思う。

そうすると 3 ということになるが、それがわからない。ある程度知識があるなら、センシティブトピックだという理解はあっただろう。可燃性が高いのは理解した上であえてその題材を選ぶのだから、何らかの意図があることになる。

しかしだ、MVがなくとも、コロンブスというタイトルで曲を作るだけでハードルは高い。歌詞や各種考察を読んだが、リスク承知表現たかった何かがあるとは思えなかった。

そこにMVでの、コロンブスを含めた西欧人3人の選出と、猿人ビジュアルが加わる。元々可燃性の高いコンテンツの発火点を上げるビジュアルを突っ込んで、延焼を防ぐ仕組みとして猿人は十分な文明があるとしたのだとして、万人がストレートにそれを受け取って発火しないと現場が思っていたのだろうか。

しかも、大変勉強になったがユロックの母 https://www.yuroksmomlife.com/mrs-green-apple/ によると、私の浅いレベル知識では気が付かない火薬さらに色々埋まっていたらしい。猿人の色だとか、バッファローだとか、乗馬に関する指摘とか、これは日本国内においてはWikipediaちょっとコロンブス(やナポレオン等)をかじっただけでは気がつけない人が大多数ではないか

そうした埋設された火薬に気が付かなかったことまでは責められないかもしれないが、だとしても、である

可燃性の高いコンテンツに踏み込んだ意図がまったくわからない。

少なくとも社会的に何を訴えようという意図があったと解釈するのは難しい。

例えばこれがアメリカ黒人問題であれば、普通の神経であればよっぽどの意図がなければ避けるだろう。本邦でも黒人の苦難の歴史は多かれ少なかれ認識されているが、私はBLM運動が盛んになるまで、例えば黒人という言葉アフリカの人に使っていけないという認識すらなかった。黒人という言葉は、歴史的文脈の中であえて使われているのだと。可燃性が高く、自分フィールドでもない話題に突っ込むには、相応の意思覚悟必要と思われる。

結論最初の3つのうち、3ではないか、という話もあったが、相応の意思覚悟がないということであれば限りなく 2に近いとしか思えないのだ。

小説家映画監督意図を持って議論が巻き起こるであろう主題を投げかけるような、深い主題があったのだろうか。仮にあったとしても(私はないと思うが)こんな秒単位分析されたとて https://rna.hatenadiary.jp/entry/2024/06/15/110134 明確に出てこない時点で完全に失敗していると思う。


この話を持ち出すか悩んだのだが、最近だと是枝監督の「怪物」を対比として出してみる。あの映画プロモーションの仕方を含めて、色々な議論があった。そしてその価値意味があったと思う。


コロンブス」にそれはあったか炎上してすぐ引っ込めたことも含め、私はあったというのは苦しいと思う。


であれば、コロンブス大航海時代英雄程度の認識で作った作品との違いはどこにあるのか、というのが私の問いなのだ好意的解釈をして、コロンブス現代人への風刺だったして、可燃性の高いコンテンツでそれができると思ったのはおこがましいであろうし、大した可燃性はないのだと想定したのであれば、コロンブスに対する近年の歴史的認識がなかった場合と何が違うのかがわからない。


結局アーティストMV作った人たちはリスクを冒してまで何を表現たかったの?

追記

植民地主義への批判だろって増田散見されるが、そんな社会派アーティストなんだったんだっけ、というのもあるし(社会派じゃなければ作っていけないということではないが)、繰り返しになるが、可燃性の高い素材でそれをやるなら、土俵際で踏ん張る覚悟はほしい。ナチスの軽いパロディで失敗してテヘペロ、とはいかないでしょう。

anond:20240617005241

日本中観光地日本人人力車ひいているのに

なぜ奴隷制だと決めつけて疑わなかったのか不思議

人力車の車夫は誰も奴隷じゃないし

2024-06-16

コロンブスの件

西欧による植民地侵略ガーとかポリコレバカが噴き上がってるけどそれを言うなら奴隷制度がダメとか言い出したのも連中でおしつけでしかないんじゃないんかね

なんかいきなり奴隷ダメ搾取ダメーとか意味わからんこと言ってるけど

まあ日本沖縄分離したいシナ系の工作員と見たけどね

2024-06-15

じゃあコロンブスみたいに評価が変わった偉人英雄って誰よ?

ぶっちゃけコロンブスがそんな批判されるような奴だなんて知らんかったわ。気になったからChatGPTに聞いた。

評価が変わった偉人英雄の例を以下に挙げ、それぞれの以前の評価現在評価、そして評価が変わった原因を説明します。

クリストファー・コロンブス (Christopher Columbus)

トーマス・ジェファーソン (Thomas Jefferson)

ウィンストン・チャーチル (Winston Churchill)

ハトマ・ガンディー (Mahatma Gandhi)

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア (Martin Luther King Jr.)

ナポレオン・ボナパルト (Napoleon Bonaparte)

これらの例からも分かるように、歴史人物評価時代背景や社会価値観の変化によって大きく変わることがあります

コロンブスだけじゃなくナポレオンダメだったのかよ。

日本人だとどんな例があるんや?

もちろん、日本人の例もあります。以下に、評価が変わった日本人偉人英雄の例を挙げます

豊臣秀吉 (Toyotomi Hideyoshi)

織田信長 (Oda Nobunaga)

昭和天皇 (Emperor Hirohito)

徳川家康 (Tokugawa Ieyasu)

福沢諭吉 (Fukuzawa Yukichi)

山本五十六 (Isoroku Yamamoto)

これらの例からもわかるように、日本歴史人物評価も、時代の変化や新たな歴史研究の成果によって変わってきています

うーん。元からそんな良い評判の良い人らでは無いような気がするが…。うっすらとセンシティブ配慮必要とされる人らやん。

もしかしてコロンブスも、昔からそういう枠内だったってコト?

anond:20240615134048

四則演算小学校で学ぶけど、奴隷制とかは学ばなくない?

義務教育以降の勉強選択であり専門性であり常識じゃない

何なら厳密には義務教育の内容だって通えなかった人や理解できなかった人にとっては常識じゃないよ

anond:20240615015742

理系さんだって+-×÷くらい常識って言うでしょう

コロンブス個人の行いとかポリコレとか以前に帝国主義植民地支配もっと簡単に言えば侵略奴隷制(を肯定的に描くこと)がダメだなんて四則演算レベル常識だと思うけど

われわれ日本人四則演算を習うのと同じ場で侵略戦争の反省を習っているはずなのだ

2024-06-14

anond:20240614113748

リンクありがとうございます

渡部宏樹さんと、唐木元さん両方の読みました!

2人がツイートで書かれていたようにMV用いられた要素、例えば「植民地主義奴隷制」は今では負の歴史で「批判されるもの」として当然です。

唐木元さんが「制作者の意図と異なりこう見えてしまう」と書かれていましたが、「MVは負の歴史肯定している!」というのがどうもまだ結びつかないです.......

猿人人力車もですけど、敬礼とかも普通引くじゃないですか!これらを肯定と感じるのが分からないのです。

また、渡部宏樹さんが話されていたのはMV意図して描かれた負の歴史小ネタ解説結論「全体的にはグロテスクな話」と書かれていて、それもまた当然と思います

大企業が関わる制作で負の歴史肯定するはずが無いです。

MV制作者の意図は「植民地主義奴隷制肯定していた負の歴史」を用いて「精神に負荷(批判)」をかけて今により意識を向けてもらうもの、と考える方が自然ユニセフ海外産のCMにもこの手の見たくないもの直視させる系がたくさんあります

MV意図して書いた負の歴史を通して今に目を向ける、特に日本過去も今も加害者被害者同時にやっているのだから!みたいな言説がなく、批判一色(今回の二人はそもそもMVについて解説してるだけだった)なのが気になったけど、ここまで書いてSNSってそういうところだったな.....?って思い出しました!

思ってたより大森ファンだったのかもしれない!駄文失礼!!!(ミセスファンの年齢層が若いからSNSで闘う人がいなかっただけ説?)

anond:20240613173119

先進国から中身は無視して外形だけかっぱらう。

これは万葉仮名から連綿と続いてきた日本文化なんだ。

ポリコレだろうが例外じゃない。

俺は進んでるっぽいものなら片っ端から外形を取り入れて楽しく使う。

そして中身は完全に100%無視する。

今回の件も同じ。

俺は「コロンブスは悪」という最新の外形をいつものように得意になって使っただけ。

もちろん中身なんかどうだっていい。

俺は断じてコロンブスについて学んだりしないし、断じて植民地主義だの奴隷制だのに関心を持ったりしない。

まずコロンブスが何人かも知らんし、そもそも名前のつづりすらわからん

今後も知る予定は全くない。

俺は今後もこの歴史伝統ある日本価値観を貫く。

西欧中心の価値観なんかに絶対に屈しない。

anond:20240614073931

当時のスペインイギリスでは悪いどころか、英雄的だったりもするし。けど、今のアメリカが変なことになってるのは奴隷制のツケだよな。

2024-06-13

ミスチルミスターチルドレン、ミセスは?

3人組のバンドMrs. GREEN APPLE6月12日に公開した新曲コロンブス」のミュージックビデオMV)に対し、批判が起きている。

https://news.yahoo.co.jp/articles/310eed4d5007ee28e4d207efe815ac5f2d547b2b



長年「ヒーロー」扱いされてきたコロンブスだが、近年は侵略者奴隷商人としての側面が知られ、問題視されるようになっている。

コロンブスの一団は、カリブ海の島々の先住民武力制圧し、植民地化して奴隷制を導入。

先住民族を虐殺し、女性たちをレイプして性的搾取の人身取引を始めたほか一団が持ち込んだ病気によって多くの人が亡くなったことがわかっている。

2024-06-10

anond:20240610183002

コイツ

女ごときが俺に何か要求するのは許さないと言い出したよ

昭和どころか奴隷制があたりまえだった時代価値観だな

男=奴隷主で女=奴隷なのに

なぜか対等みたいな口をききやがると思ってそう

 

あんたにとって「俺にセックスさせない女はみんな傲慢で横柄で尊大」なわけだ

2024-05-30

anond:20240530152631

差別は解消されるべきです。

### 1. 人権平等観点から

すべての人間平等であり、人権不可侵であるとする基本的価値観からすれば、差別は不当であり、解消されるべきです。人種性別性的指向宗教障害などを理由差別を受けることは、基本的人権侵害です。

### 2. 社会的な影響

差別は、個人だけでなく社会全体にも悪影響を及ぼします。差別存在する社会では、被差別者生産性幸福度が低下し、社会全体の経済的社会的な発展が阻害されます差別を解消することで、より公平で繁栄する社会が実現します。

### 3. 歴史的な教訓

歴史を通じて、多くの差別的な制度慣行廃止されてきました。奴隷制廃止女性選挙権獲得など、これらの変革は差別の解消が正当であることを証明しています過去差別的な制度是正されたことで、社会はより公正になりました。

### 4. 倫理的観点

倫理的には、他者を公平に扱うことが求められます他者差別することは不公正であり、道徳的に許容されるものではありません。倫理的立場からも、差別は解消されるべきです。

### 5. 法的な観点

多くの国では、差別禁止する法律存在します。これらの法律は、差別が不当であり解消されるべきであるという社会的合意を反映しています法律に基づく社会秩序を維持するためにも差別は解消されるべきです。

これらの点を踏まえると、差別は解消されるべきであるという立場が強く支持されるでしょう。」

2024-05-10

組織共同体に対する負担コストを嫌うのはむしろ女性だよね

男に痴漢撲滅するインセンティブなんかなくね?

anond:20240510000324

(ブコメ)

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20240510000324

(二階)

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20240510000324

電車止めたらいいと思うよ。なんで止めないの?触られたり触られたのを見るたびに車内車外問わず緊急ボタンを押すように鉄道会社が勧めるべき。ストライキと同じだよ

片っ端から通報して電車止めるのは良いアイデアだと思います被害者我慢してコスト負担する必要なんか一つも無いです。乗り合わせていれば協力します。

コストで動く人たちを動かすために電車止めまくった方がいいと思ってる。他人犠牲にした幸せって突き詰めるとただの奴隷制度なのよ

世の女性たちが「よし分かったうちらで何とかするわ」ってなって片っ端から通報したら、電車まりまくるけどそれはいいの? 女性我慢することで既にかかってるはずのコストを見えなくしてるのが現状では。

なんか「電車止めたらいい」とか言いだす奴が出てきたが、自分に関わりのない出来事でホイホイ電車止められるなんて女でも女でなくてもイヤだろう。順法闘争やスト権ストの行き着く先は暴動だった。通勤電車に乗るのは主に同じ労働者だったはずだが、それで労働者同士の理解を得られたかといえばむしろ逆効果だった。

というか共同体のために自分が何かを負担したりするのを嫌うのはむしろ女の方だろう。少し前だが資生堂ショックというのがあった。あれは既婚子持ちの女性社員への独身女性によるフォローに対して反発が起きた構図だが、出産育児という企業あるいは社会にとって「良い(正しい)こと」を実現するための負担独身女性が嫌った結果、うまくいかなかったという実例だ。同じ女同士であっても「なんで私がそんなことまで負担しなければいけないのか」という形での対立は生じうるということだ。最近だと「子持ち様」という言葉にそういう反発がよく表れている。

2024-05-05

anond:20240505030127

ちょっと馬鹿

 

  1. ユダヤ区域は初めはカトリック前のローマイスラム前のペルシャ寄生ユダヤ属州
  2. 紀元1世紀ユダヤ教徒は十分の一税を支払っており(ハコモノ神殿不要になり)、独立戦争をして負けたのでディアスポラ(各地に潜伏)
  3. 6世紀ユダヤ教徒がヒムヤル王国乗っ取りカトリック虐殺
  4. 7世紀イスラム教が発明され、ヒムヤル王国イスラム改宗
  5. 10世紀ハプスブルク(親ユダヤ)が現れ土地を求め、カトリック11世紀イスラムを敵視して十字軍を開始
  6. 15世紀新大陸発見され、ハプスブルグカール5世司教領地動説は用済みとし、プロテスタント入植者支援
  7. 18世紀産業革命のあと、消費者必要になり、奴隷制廃止
  8. 原爆発明に至って植民地は足手まといになり、2度の大戦を経て植民地制度廃止、軍を縮小(米国以外)
  9. 21世紀組織的テロが増え、小国たちは、ユダヤ先進国任せではヤバいと気付いてはい

 

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