「人格形成」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 人格形成とは

2022-01-16

文学部になんか行くなって言え、の筆者による反省

昨日か一昨日、『文学部になんか行くな、勉強しても報われないぞって初めから言え』のエントリを書いた人間です。

追加で記事を書くのは言い訳がましい。

でもめっちゃ風評被害をまき散らしてしまったので、ちょっとだけ冷えた頭で過去を捉えなおした記事を書きたいと思いました。

あれを読んで嫌な気持ちになった人に謝れるわけではないし限りなく自己満足ですが、ネットの海に放流しておきたかったので。

文学部は俺の未来に害を及ぼしたわけではない

就活で心が折れてしまった上に、俺の性格が極端で未熟だったことによるところが大きい。

かに客観的に見れば貴重なことを文学部で学んだのかもしれない。

文学部の人や人文学に触れたことがある人は知っていると思うが、文学部感想文を書き散らすところでは断じてない。

まずは対象となる作品に触れて、自分で疑問を発見したり、隠されたものがあるのでは?と気づく。

そしたら、その疑問や発見を足掛かりにさらに深くテクストを読み込み、適切な研究書・論文を探して読んで根拠を集める。

必要場合は、過去理論適用して新たな気づきがないか探したり、自分立場を明らかにする。

そうして根拠を十分集めて、最初の疑問や発見に対する結論を導きだす。これが俺の学んだ手法

思い出してみれば、自分一年生の時から成績がよかったわけではなかった。

なぜなら入学当初、課題発見力が限りなくゼロに近かったから。お得意の受験勉強では全く何もできなくて、最初に書いたレポートは散々でした。

で、レポートを書けるようになりてえと思った。正直言うとその動機はお子様なもので、アカデミック論文冷徹に真理を追究してるみたいでかっこよく見えたから。

まあ悔しかったのか文学が好きだったのか、今ではよく分からんがとにかく少しでも大学学問に触れたいと思って、そこから色々やった。

教授質問したり、レポート上手い友達にどうすればいいか助けを求めたり、『レポートの書き方』とかロジカルシンキングの本を読んだり。

それで成績が上がったんでした。

コメントでも指摘があるように俺は自分評価を限りなく外部に依存する悪癖があり、成績を自分判断基準にしすぎというのは真っ当な指摘です。

でも、その外部から評価を得るために自分でいろいろやったなあ、ということをガン無視していたので、それはちょっと認めてもいいのかもしれないと思った。

ということで、もらったコメントを受けて考えてみれば、文学部に行ったから俺の未来がどうこうなんじゃなかったということです。

それどころか、文学部勉強して知った「テクスト客観的に読んで課題発見し、資料を参考にしながら結論を出す」という手法はどこにでも通用する教訓なのかもしれない。

いや、そうじゃないかもしれない。俺は社会に出てもいないし、就活にしても本選考が始まったわけではないし、本当に社会通用するのかは今知りようがない。

とにかく考え直してみた結果、俺は価値ある学びを身につけられたのかもなあ、と思った。

文学部の人、文学部に行きたいと思ってた人、すみませんでした。グチャグチャメンタル軽率に貶したりして、本当に馬鹿でした。

この謝罪は読んだ人への媚び売りではなく、もらったコメントを読んで自分の学んだもの価値を思い出した結果だと思っている。多分。

これが万人に通用する真理かどうかも知らない。今のところの自分結論というだけ。まだ未熟な部分が腐るほどあるんだろう。

・ただ文学部関係ないけど、俺がやらかしたことに変わりはない

そうは言ったところで、俺が人付き合いから目をそらしてきた事実は変わらない。

なので、自分ゼロ地点にいることを自覚したんだから、今度こそ自分でなんかやろうと思った。

今の時点ではまず進路をどうにか決めるのが先だが、その先はバイトボランティアグループ立ち上げか、とにかく人と会わなきゃと思う。

がむしゃらにただ会うんじゃなくて、自分相手の対流みたいなもんを作ればいいのだろうか、よくわからないけども。

しかも、あれだけ叱責のコメントをもらってすら未だに周りの人間を恨んでいる節がある。

ただ、これもコメントにあったことだが、実際には「コミュニケーションをとれ」というアドバイスをもらいながら目を背けていただけの気がする。

自分には合わないから!机に向かってれば楽だから!そういう自分本位の理由アドバイス無駄にしてたんだろうな。

それで俺に愛想をつかした人、多分たくさんいるだろうと思います

あと根本的な問題点として何かに失敗するのがどうしても嫌というプライド不安があるのも分かった。

なので失敗したら引きこもるのではなく、どこがダメだったか考えて再試行するのを人付き合いで繰り返そうと思う。怖いですが。

・なぜ「勉強頑張った」とガクチカで書けないのか

勉強を頑張れるのは一つの長所」という励ましのコメントをくれた人が数人いました。今はまだ大事ものを取りこぼしたしくじり感が強いけど、将来「勉強したことが血肉になってるんだな」と思える日がくればいいと思う。

その一方、「ガクチカでそれを書けばいいじゃないか」というコメントにはあまり同意しない。

なぜなら、就活本に書いてあったガクチカについての説明がとても筋の通ったものだったからです。

就活始まってたくさん読んだマニュアルの大半には、「ガクチカ大学内でのことを書くと視野が狭いと思われる」という指南が書いてあった。

そして具体的なアドバイスとして、「社会人としての素養コミュ力社会性をアピールするため大学外部のことを書け」という対策が書いてある。

からみんなサークルゼミのことをアピールするのは極力避け、アルバイトボランティアのことを書こうとするんです。

これは筋が通っていると俺は思う。なら、上に書いた文学部での学業ガクチカとして不十分だ。特に俺はほとんど一人で動いてしまたから、社会性とコミュ力アピールにはならない。

で、その上でガクチカをどう書くかはまだ決められてません。とりあえずキャリセンと外部の講座に頼ります

自分語り(コミュニケーションが苦手、人格が幼いことについて)

これを治せないのかは分からない。

ただずっとコミュニケーションが嫌いだったかというとそういうわけではなくて、その方法を限りなく間違え続けたあげく人間関係で病んだのがきっかけだった。

小学生の時にいじめを受けていて、それで辛い人の気持ちが分かったつもりになった。

で、自分は優しい人でありたいと思ったので、それ以来誰彼かまわず相手に尽くしまくった。

ただ人格形成が遅かったのか、はたまたその時から他責性格自分の成長を怠ったのか、自他の区別がつけられず優しさと甘やかしの違いが分からなかった。

その結果メンヘラ製造機になり、それを抱えきれなくて自分メンヘラになった。

横になって壁見ることしかできねえ何もできねえ何も食えねえみたいな時期が続き、高校教室に行けなくなった。

精神科には行かずにスクールカウンセリング一年ぐらい受けたけど、結局克服には至らず。

で、大学に行ったらぼっち謳歌するぞ、友達なんかいらないぞと思って、それを実行した。

ここで周りの「他人と向き合え」というアドバイスが実際あったのに無視したとすれば、それがさら人格形成をサボる分岐点だったんでしょう。

上で「友人にレポートアドバイスを聞き…」と書いたように、確かに数人は大学の友人がいる。しか自分から全く外部に行かなかったので成長できてないんだと思う。

根本的な原因としては「甘やかすことと優しくすることの違いが分かってない」=「自分がない」なんでしょうか。

ただしばらく考えてもこれを解決する方法が分からない。でも今まで頭でっかちで失敗してきたのは確か。なので今までの沈考から趣向を変え、トライアンドエラーを繰り返す方式他人と関わろうと思う。

大学生になる人、俺みたいに「人間関係しんどいから一人でいるぞ!」って逃げずに自分から人を見つけに行け、めちゃくちゃ遠回りすることになるから

・で、将来どうするのか

明確には決められていない。決めたことは、

1.とにかく民間就活は続ける。

2.キャリセンなりガクチカ講座なり行って、相変わらず涙目になりながら自己PR文章を助けを得つつ書く。

(3.橋にも棒にもひっかからなくて全滅したら、大学に推薦があるか聞きにいったり、お金ためて来年公務員試験を狙ったりする。)

これで全部。

コメント読んでて確かにそうだなと思ったのは、そもそも文学部選んだのだって、恵まれ環境があって自分で決めたんだろうということ。

もうこれは客観的に見てそうなんだろうけど主観的にはまだ周りを恨む他責思考が抜けきってない。改心するのは時間がかかる。

本好きだなあ、もっと知りたいなあ、文学部行きたいなあ、って思った高校生を周りが尊重してくれた、というのが事実なんだろう。

今「尊重」と書いてて思ったけど、周囲の人たちは「文学部通用しないと知りながら黙ってた」ではなくて、「周りの忠告も聞こえないぐらいなら尊重してあげよう」と思ったのだろうか。

入学して学業の難しさ、つまり「本好き」だけでは文学研究は成り立たないことを知ったわけだが、学業入り口入り口ぐらいには立てたと思うので、本懐を遂げたと言っていいのだろう。

・まとめ

一言で言うと、「恵まれ環境にあぐらをかいている+おそらく価値あることを学んだのだろうが、価値自分で認めきれない+学んだことの活かし方が分からない+今まで逃げてきたこのしっぺ返しを食らってパニクっている」ですかね。

座学じゃない勉強が足りねえんだわ。

これからどうするかは決められてません。大学三年間ずっと他人との向き合い方を学びませんでしたから、未だに絶望感はあります

ここからは周りに甘えた上に責任転嫁するのはやめて(そもそも周りの責任じゃなかったような気がしてきたので)、自分人生ここから自分で何とかするって気持ちでいたい。

これを書いてもなんかうわべだけの解決になっているような気がして不安だが、もう内にひきこもるのだけはやめる。

ボランティア募集見つけたんで、これ投稿したらそれに応募する。相手クソ迷惑だろうな…ごめんな…

2022-01-04

祖父モンスター老人になっていた

タイトル10割なので読まなくてもいいけれど感情のやり場がないのでここに置いていく。

生きた時代(まだ生きてるけど)の価値観によるものも大きいのかもしれないけれど、だからと言って周囲の人間迷惑をかけていいわけでもない。

幼少の頃、私から見た祖父几帳面で割と優しい印象だったと思う。

ご飯前に手を拭かなかったり、脱いだ靴を揃えなかったり、開けた戸を閉めなかったりすると怒られた。買い物について行くとよく本や塗り絵を買ってくれた。このお陰で読書の習慣がついたのでそれには感謝している。

成績は悪く無かったし褒められる自信はあったけど、それでも「もう少しだな」と言われた。祖父結構努力して公務員になったらしいので、そう言われても仕方ないのかなと思っていた。

まだ年若く、同居もしていなかったので家族や親戚周りの内情をよく知らなかった。おそらくは両親や祖母が負の側面を見せないよう配慮してくれていたのだと思う。

私が30に差し掛かった数年前、祖母が亡くなった。祖母施設に入らずに祖父が面倒を見ていた。足も悪く認知症も患っていたが祖父施設に入れることを渋り、自分が面倒を見ると言ったらしい。その頃祖父は少し耳が遠くなっていたが、祖母のために筋トレグッズを自作したりしていたのを見て、仲が良いんだなと思っていた。母が祖父母宅へと通ったりヘルパーさんの助けを得たりしていたようだが祖母は目に見えて弱り、いつのにかほぼ寝たきりになり、そして亡くなった。

私達家族葬儀の手配などに奔走するなか、祖父は何もしなかった。霊安室での対面の際も特に言葉をかけることもなく、最低限のことだけ終えてその場を後にした。祖父補聴器をつける気すらないので決まった事項を説明してから難癖をつけ始める。葬儀はどこだ、いくらかかるのか、この人を呼ばなくてはならない…。この人は年長者として監督してるつもりなのだと思った。働いているつもりの無能という言葉がぴったり当てはまる。

私はこのタイミングで初めて祖父モンスター性に気付いた。

聞けば過去に親戚の葬儀の準備に頼まれてもいないのに口を出し、やんわりと拒否された後激昂して葬儀を欠席したらしい。当時私も参列していた筈だが子供だったので記憶になかった。

気に入らないことがあれば激昂して怒鳴り散らし、物を投げようとする。祖母や母に対して行っていたらしい。身の回りのことも祖母が全てやっていたため、祖父生活能力は全く無かった。

昔の価値観で言えばよくいる親父なのかもしれない。だが、私はあんなに献身的祖母に愛は無かったのかと愕然とした。泣かなかったし、何も言わないし。

結局体面なのだ。外面は良く、お人好しだと周りから言われていた。自分より格下の相手(年下や女性)に怒鳴り散らせば意見が通ると思っている。自分公務員だったから、年長者だからといったゴミみたいなプライド根底にあるのだ。祖父本人の激情家な性格年功序列男尊女卑時代が合わさってこんなモンスターが生まれしまったのだと思っている。

墓参りなども、祖父の視界に入らない所でやった事は「していない事」として扱われる。手を合わせるのも、水をかけるのも、やっていないとみなされ激昂する。手を合わせにきてくれた親戚や周囲の方に申し訳ないと思う。

隣人トラブルもままあり、その度に両親が謝罪に回っている。あわや障害沙汰になりかけた時もあったらしい。それもこれも、自分が組長をしていたというプライドからくる上から目線元凶だろう。

祖父にとって祖母も母もただの召使いしかない。葬儀の際に1番奔走した母に感謝一言も無かった。恐らく自分ちゃんとした生活を送れているという自負があるため絶対施設には入らないだろう。しか家族にも手に負えず、両親の愚痴は絶えない。加齢による認知機能の低下も一因ではあるのだろうが、本人が生きてきた価値観や気性に依るところが大きいと感じる。

そんな祖父に怒りを覚えるが、この人は歳を取って疎まれて逝ってしまうのだと思うと何とも言えない気分になる。少なくとも私にとっては私の人格形成に関わった人であり、祖父が本を買い与えてくれなければ今の私はないと思っている。正直両親の愚痴を聞くのも心苦しい。

祖父モンスター化を止められなかった我々の責任なので甘んじてこの状況を受け入れるしかないのだろうけど、割り切れない感情に苛まれている。

夜中にウワーッとなって書いたものなので推敲もクソもないです、申し訳ない。

2021-12-31

anond:20211231202230

生身だとそうだけどネットにいっぱいいるじゃん

10年前に「まーん」と2chで言われてたことを根に持っている50代のたまにくる増田なんてネットでのふれあい人格形成されちゃった人でしょ

2021-12-21

某界隈で起こったこと-で思ったこ

※主張ではなくただただ思考認知の歪みであろうとか一々配慮してない保険もかけない一々くっそめんどくさいか

作者が前々からなんかやたら騒いでどうしたんだよって思ってたけど

こういう創作者が「やめてください!!!!!!!!」っていう度なんてセンシティブなんだって思ってたし、

やめろっていう行為に一ミリでも琴線触れたら、排他された仲間同士でヒソヒソ叩かれる、

コラなら一ミリでもコラっぽいの見かけたらキレる程ピリピリするんか……って窮屈な思いしてたけど。

結構アレなやつだったんですね……

個人的にたはは……ってなったけど。

なるほどなと思ったけど、でもこの作者が寛容なだけで

他の作者が「これやるな」って言うのは上記に上げたピリピリかもしれないけど。

そこで個人的に「それは悪いことですね!やめるべきです😠😠」みたいな正義感が湧かない。

逆にそういうのは持つべきなんかな持ってない私は責められるんかなってしんどく感じる

『それは酷いですね』って加勢する気持ちが湧かない。

からTwitter向いてないというかしんどいのかひら。

Twitterのリプ欄こういう奴多いいじゃん。

まともにTwitterで絡みまくってた時もこういうsageをしようと思ったことなかった気がするけど

(窮屈な気持ちになるから)でも多いよね、何故?めっちゃ家庭環境というかどういう育成環境知りたい。

人格形成過程的な意味で。話ちと逸れた

そして私これぐらい具体的に言われないと理解できない。

私に理解させるにはめっちゃ具体的に言ったほうがいいですよ、なんて。

やめろの理由を詳しく教えろって言ったら、

詳しく言わなくても分かれだの自分も根掘り葉掘り聞かれたら嫌だろって怒られる。

でも納得のいかない。詳しく教えろと言っても納得いかないと吐き出しても叩かれる。

から人が嫌いだし人間不信なんだろうな。

仮に自分が根掘り葉掘り聞かれて嫌な思いしてもこいつのこと申し訳ないなって思わないけどな、

自分従属してこようとしてきたやつに。

そこで結果的に「私が悪かったにゃん><靴ぺろぺろ」ってやって相手がそうだろwそうだろwっていう上下関係優越感を握られるのがやだ。から主張したらこのような関係が生まれると思って、主張ができない?みたいな

主張する前から相手優越感を握られてる。

この感覚他の人にあるかどうかわからん

ォワリ

2021-12-09

anond:20211209165121

当たってるかも。

片親で親も離婚してたし、父親には虐待スレスレの躾を受けたとかぼやいてたわ。

家庭環境で人を色眼鏡で見ちゃいけないと思ったけど育ってきた環境って人格形成に影響しまくるもんな…

2021-11-25

anond:20211125004622

もう手遅れ。おおよその人格形成がされた時点で修正不可能

もう死しか待っていないのに。

2021-11-23

何もかもが滑稽に映る

劣った個体の私が何をのうのうと生きているのか。

優秀な人間さえ生きていれば問題なし。

社会不適合者は死ぬしかない。そう思えてくる。

周りの人は素晴らしい。困難なことを乗り越えようと奮闘している。私と彼らでは何が違うのか。気質か。環境か。人格形成成功したのか。

生きるのに適さな人間は少なから存在する。私がその一人。

綺麗事ばかりでうんざり。実際、他人が死のうが生きようがどうでもいいでしょうに。そんな綺麗事に絆されて生きてきたのが情けない。そんな陳腐ものに騙されていたとは。

もう何もかもが滑稽。人生お先真っ暗。

2021-11-08

弱者女性子供を作るべきではない。

https://www.yoshiteru.net/entry/20061110/p1

1983年8月14日の夜、私はナショナル・デー大会演説爆弾発言を行った。国内最大の視聴率を誇る二つのテレビ局が実況中継する中で、大卒男性自分と同じ優秀な子供が欲しいなら教育レベルの低い女性を妻に選ぶのは愚かなことだと言ったのである

「大結婚論争」スピーチを私に決心させたのは机の上に置かれた80年の国勢調査分析レポートである。内容は深刻だった。それは我が国の優秀な女性たちが結婚せず、次世代自分の子孫を残さないことを示していた。男性自分と同程度の教育を受けた女性結婚したがらないのが原因だった。我が国大卒者の半数は女性で、そのおよそ3分の2が未婚だった。中国人インド人マレー人の別なくアジア人男性自分より教育レベルの低い妻を好み、83年当時、大卒女性結婚した大卒男性わずか38パーセントだった。

一卵性双生児が多くの点で共通性があることを示した80年代の米ミネソタでの研究引用した。双子は別々に異なった国で育てられても、彼らの語彙、知能指数IQ)、習慣、食べ物や友人の嗜好、人格個性の特色の8割が同じだった。言い換えれば、人格形成のおよそ80パーセントは天性のもので、20パーセントは養育の結果ということである

その後国主催の社交クラブを作り、大卒同士が結婚する率を本当に上げてしまった(82年:38% → 97年:63%)。これはすごい信念・行動力だと思います

強者男性弱者女性結婚して、強者女性があぶれるのは良くない。

強者同士が結婚して優秀な子供が生まれるべきであり、

強者男性精子をクソ女の卵子で穢してはならない。

私の人生は一体何なのか

惨めな気持ちに押しつぶされそうになる。

絶望的な未来しか待っていないのに。こんな人生とっとと終わらせたくなる。

何が楽しくて生きてきたのかが全く分からない。どこで人生を間違えたのか。

真っ当な人生を歩みたかった。余計な障害を持たず、正しい人格形成をもって生きたかった。しかし、もう手遅れ。何もかもが滑稽に映る。

自殺リセマラ」というワードをここで見かけたが、的を射ていると思った。もし来世があるのなら、その時は素晴らしい人生を歩みたい。

2021-11-07

なぜ人を殺してはいけないのか

まとめサイト

なぜ人を殺してはいけないのか?」に対するニーチェの答えが「すごい」と騒がれているが、実はもっとぶっ飛んですごい

https://note.com/fromdusktildawn/n/n0781ea1ca467

なる記事を読んで少し思うところがあったので、メモしておこうと思う。

大学時代、もう10年以上前になるが、幼児教育修士号を取得し、保育園で働くという異彩を放つ友人と二人で酒を飲んだことがある。

なんの話をしていたか忘れたが、その際、その友人が「なぜ人を殺してはいけないのか子供たちに説明ができないじゃないか。」と言ったことを覚えている。

とかく人は「なぜ人を殺してはいけないのか?」という問いに対して、道徳だとか、哲学だとかに答えを求めがちだが、少し現実をみて、「人を殺しても良い世界」を想像してみたらどうだろうか。


罪なくそのようなことが許される世界であったなら、私は家の扉の外には出ないし、家族も作らないだろう。

自分に少しでも不都合であったり、不愉快である人間は、殺してしまえば全て問題解決してしまう。

そんな世界に一歩でも足を踏み出すと、いつもふとしたことで殺されるリスクがあるからだ。

そう、「人を殺してはいけない」は社会、いや、主観的判断では”SOCIETY”が最も意味としては近いと感じる、を成立させるのに”必要条件なのだ

ユヴァル・ノアハラリの著書によると、人類発展の大きな理由の一つがこの”SOCIETY”の形成だったと書いている。

とかく利口と言われるチンパンジーにおいても、そのグループ構成は多くて100頭程度。他の動物も同程度だろう。グループ間のコミュニケーションネットワークも限られている。

一方、人類国家でいうと10億人規模のコミュティ形成会社においても数万規模のコミュティ形成でき、そのネットワークチンパンジーのようなアフリカの一地域限定ではなく、世界中、いや、宇宙にまで広がっている。

言わずもがなコミュティコミュニケーションによって成立し、相互の信頼も必要となってくる。「嘘をつかない」、「話や言語が通じる」、「互いの利益を考える」等、信頼を獲得するのに必要な条件は多くあるが、最低条件が「私を殺さない」ではないだろうか。

から、もし「なぜ人を殺してはいけないのか。」と人に聞かれることがあれば、私は即座に、「社会が成立しなくなるからだよ。」と答えるだろう。

ついで聞かれる質問はおそらく「社会必要ない人は殺してもいいのでは?」であったり、「死刑はいいの?」とかだろう。

結論から言うと、私は「社会必要ない人と判断された人」=「死刑となった人」と考えている。

社会必要ない人は殺してもいいのでは?」と言う問いに対しては、「そうだろう。だが、殺していい人は厳密に決める必要がある。」と考える。

誰もが主観で「社会必要ない人だから殺そう」と実行していては、客観的にみて誤った判断による殺人が発生し、やはりコミュティ形成問題が発生する。

ルール必要だ。人間コミュティはその規模が大きくなるにつれ、約束から掟、そして法律ルール形成していった。

社会必要ない人は殺してもいいのでは?」という判断をするのが、日本で言うところの刑法なのだろう。

もっとグループが小さい、例えば国家形成前のTRIBEであったり、VILLAGE規模であれば、殺人については知見者(長老とか?)の判断により、その殺人の是非が決められただろう。だがそれは各々がお互いをよく知っているような小規模集団から成立していたものであって、国家規模の、知らない人間が大多数のグループでは成立しない。

このため、現状、国家規模での判断を決めるのが法律となる。

そう考えると自然と「人を殺してはいけない」ことがわかってくる。

一部、「特権階級は人を殺しても良い」という社会。例えば現状のタリバン政権等が挙げられるが、いずれも後進国であり、そのルールによって、社会の発展を妨げ、結果、国の発展が滞っている。

「人を殺してはいけない」はSOCIETY家族、親戚、集団会社社会政府、国等)の発展には基本的必要不可欠な、最低限の決まりごとなのだ

友人に対しては、酒を飲みながら、上記のようなことを滔々と語った記憶がある(無論、その頃ユヴァル・ノアハラリは本を書いていなかっただろうが)。その時の友人の反応をあまり覚えていないが、この答えに対する反論はなかったと記憶している。

あの友人は今、子供人格形成に大きな影響をもたらすであろう、幼稚園教育に力を注いでいると思う。

どんな教育をしているのか、今度聞いてみよう。

いろいろコメント等あったので、思ったことを追記

足りない頭でつらつらと書いた本投稿に、いろいろとコメントを書いてくれた人たちにまずはお礼と感謝を。

まず、最初に。小生、正直哲学全然履修していないし、もうちょっと言うとニーチェなんててんで興味がない。

最初ニーチェ記事引用したのは「なぜ人を殺してはいけないのか」というテーマを聞いて本稿に書いた友人との問答を思い出したためである(友人はニーチェとか好きそうだけど)。

哲学は…なんというか主観的なんだよね。「まあ、そう言う解釈もあるよね」で終わってしまいそうな問答がいつも並べられている印象。

からまり興味が持てないのかもしれない。

コメントとかで気になった内容については以下に私見を書いていく。

まず、”社会”より”SOCIETY”が感覚的に近く感じた理由

一方で

社会”はもっと大多数の人間構成されるイメージがあるから。とっても主観的から、以下は”社会”でまとめる。

望む望まないに関わらず、人は社会に組み込まれると思う。

君が住んでいる家、来ている服、食べている食べ物は全て”社会”の産物である

人が2人いれば、そこに”社会”は存在するんじゃないかな?

社会必要としない人」なんてもの存在するのであれば、どこか孤島で、自給自足孤独に生きる人になるだろうから自然殺人は発生しないかも。



哲学を語っていたわけではなく、社会必然性を語っていたつもり。

当為」という単語も初めて聞いた。不勉強申し訳ない(汗)

社会というものは皆で構成するものだと考えてる。

そこに権力が集中している場所権限が大きい?)はあるかもしれないけれど、それも社会構成要素の一つ。

から、「社会を維持するために社会権力に逆らってはいけない」とか、強制されて行うものではなく自発的に「社会を維持するために人を殺してはいけない」と考えるべきではないかと思う。

また、社会を維持したり、大きくすることは、その社会を存続させることに必要不可欠なことで、いわゆる生物が子孫を残すことと同様なのではないだろうか。

「なぜ人が殺し合わないように進化・発展してきたか」と「なぜ人を殺してはいけないか」は別の話ではないような。

「人が殺しあわないように進化・発展してきた」(すくなくとも自然淘汰されない程度に)からこそ、現在社会があり、その社会の維持のために「人を殺してはいけない」というルールが維持されていると考えている。

「なぜ社会を成立させなくてはいけないのか」は別に当為の話ではないと思う。

社会を成立させ続ける」という社会目的があって、初めて社会は存続してる。それがなくては社会は成立し続けない。だから社会を成立させ続ける」は我々人間が営みを続ける上で、必要条件なのかと。

そう考えると、「人を殺してはいけない」は社会存続のための必須ミームなのかもしれない。

ニーチェ記事にはやたらと”道徳”について書かれているが、

「人を殺してはいけない」という基本概念は「社会の維持」にとっては必須であり、いうなれば、生きる上で必須の事項なんじゃないかな?

ここまで書いて、ふと、確かに死にたい人間や、破滅を望む人間には「人を殺してはいけない」なんて概念通用しないと感じちゃった。

そういう人は社会性の欠如から考えると、普通の人より、もっと野蛮で野生的…?、粗野な人種なのかな。

いずれにしろ望む望まないに限らず、「社会」に組み込まれるだろうから、人を殺さないことをお勧めするかな。

でないと不自由暮らしが待ってて、いいことないし。

2021-11-06

anond:20211106221359

人格形成のみに重きを置いた俺は幾ら落ちぶれてもへこたれないよ

人格形成に失敗

コミュニケーション能力なし。何もなし。

これ以上生きていたところでどうにもならない。

人格形成に失敗した時点で人生終了。

自分を殺して社会からドロップアウトするしかない。

他人を殺した後に自分を殺して社会からドロップアウトするよりもよっぽど賢明

2021-11-03

姉にいじめられている女の子

昔、2つ上の大嫌いな姉にいじめられ苦しんでいた私の話をさせてください。

もちろん、助けを求められる環境にいる子は今すぐに声をあげるべきだし、状況を改善できる見込みがあるおうちの子絶対にご両親への相談を優先してくださいね

でも、親が私の父みたいに「子供同士の喧嘩」「やりあって精神が強くなるから兄弟姉妹喧嘩はつきもの」で片付けて真剣に取り合ってくれず、一方的にやられて苦しんでいるのに手を差し伸べてもらえない状況の中、それでもどうにか努力して姉を見返したいと考えている子もきっといると思います。そういう昔の私みたいな子に、大切な事を伝えさせてください。

まず、貴女努力によって見返す方法は沢山あります勉強で負けない事、美容やおしゃれを頑張ってキレイになる事、将来仕事成功する事…色々思いつくと思います。当然、どれもとても大切です。

でも、一番有効だったのは「いかに姉を嫌われ者に育てられるか」なんです。

私は幼稚園の頃から姉に手をあげられてきました。理由自分意見を通すための手段か、そうでなければ単なる八つ当たりでした。小さい頃は毎日怖くて、殴ったり蹴ったりされないために言う事を聞くしかなくて、恐怖で姉に従っていました。怒鳴ったり暴力を振るえば私が従うから、姉は気に入らない事があればそうして自分の思い通りにしてきました。

けど、小学校4年生の頃、6年生の男の子が姉の悪口を言っているのを偶然聞きました。

の子たちは姉を「ヒス豚」と呼び、意見が通らなかったらすぐ不機嫌になり喚くからうざい、きもい愚痴っていました。

姉が私に日常的にしてきた事は、いつしか他の人にも同じように攻撃的な態度で接する癖として家の外でも出ていたんだと、私は子供の頭でそう判断しました。

だったら、もし日常的に自分が正しいと思い込み、人から嫌われるような、わがまま自分勝手な振る舞いを当然と思い込んでいたら?さらに、もしそんな自分を魅力的だと思い込んでしまったら?

それでみんなに嫌われて、いつも独りぼっちで、だけど何故自分が嫌われているのかも気付けなくて、悲しくても誰も助けてくれなくなったら、どんなに苦しいでしょう。

私が大嫌いな姉をそんな人間にしてしまおうと決めたのは、その時です。

そう決めてしまえば以降は気が楽でした。どんなわがままを言われても従い、理不尽仕打ち自分勝手な言いつけをされてもそれが当然のようにしていればその振る舞いが癖になります。いつか今の私より苦しい思いをする姉の姿を見るための投資と思い、何をされても決して泣かず逆らわずただ従いました。

さらに、私は姉の欠点短所特にから普通は褒められない物や人の嫌がる言動を徹底して肯定しました。そうしたら、傍若無人な行動を人前でとることに躊躇いがなくなると思ったからです。高慢威圧的な態度は「自分に自信があって羨ましい」と褒めました。人を言い負かさないと気が済まない癖は「頭の回転が速い」、ガサツで攻撃的な性格は「強い女性って素敵」、嫉妬深い性格は「向上心がある」、人の悪口を言ったり人の気持ちを顧みない点は「サバサバしてる」「自分に正直」…「他人がなんて言おうが、それはお姉ちゃんの魅力だよ、私はそれが出来ないから羨ましいんだよ」と頻繁に言えば、外でどれだけ批判されようが自信満々に振る舞うようになるのですから不思議です。

姉の思い込みが強くなって来たのがわかった頃から容姿も褒めるようにしました。この頃には、褒めることで手をあげられずに済む場合が時々あったのと、学校では徐々に嫌われて孤立し始め、姉にとっては私の褒め言葉けが自分肯定してくれる物になりつつあったので、少しずついじめの頻度も減り、コントロールやすくなっていました。

姉は昔から太っていたので、「ぽっちゃり位の方が可愛いよね」「お姉ちゃんは顔整ってるからダイエットしなくても綺麗」と刷り込みました。ポイントは、ただ褒めるのではなく「羨ましい。私なんて」「アイドルの誰々なんかより〜」という風に、必ず自分または誰かと比較して姉を上げること。これによって姉には自分を良く言う時に他者を下げたり、貶したり、人と比較して自分を良く見せる、要はマウント癖を付けさせることに成功しました。これ、本当に嫌われるし、大人になってもなかなか抜けないか自分で言うのも何ですが一番の大手柄だったんじゃないかな。この段階で「優れている私は周りを振り回してもわがままを言っても許される」という認識まで持たせられれば満点です。

さて、高校大学進学は今まで嫌われている土壌があっても環境リセットされてしまうので、どれだけ短期間で嫌われる人間に育てられたかが問われます品評会みたいですよね。この時期最も意識しなければいけないポイントは「生理的気持ち悪い」と思われる事です。これ位になると周囲の方々は所謂"大人対応"をなさるので、ただ性格が悪いだけでは距離を置いた表面上の付き合いをされるだけで、苦痛を感じるほどの孤立しません。明確に孤立するほど嫌わせる気持ち悪さをつけるには、傍目で見ていて痛すぎるほどの勘違いブスにさせるのが有効でした。

周囲の男子話題を聞き出し、隙さえあれば「それってお姉ちゃんに気があるんじゃない?」と言ってみたり、もし避けられたり拒まれたと聞けば「お姉ちゃんが魅力的だから近寄り難いんだよ、意識されてるんだよ、照れてるんだよ」など刷り込みます。そんな事で騙されるわけないと思われそうですが、長い間、学校で嫌われ孤立していく中私の褒め言葉気持ちを安定させてきた姉は面白い程いとも簡単に私の言葉を信じ、どんどん勘違いを加速させてくれました。

自分美人と思い込んでいる、高校生の時点で80kg超えの巨漢が女性には当然のようにマウントをとり、男性に対しては事あるごとに自分に気があると勘違いを起こし、自分可愛いと思い込んで他人を全く慮らない言動を繰り返す姿はどんなに痛々しく、失笑ものだったでしょう。私は姉の高校時代の交友関係は知りませんが、卒業アルバムの後ろのページがまっさらだった事や、体育祭文化祭などの楽しい行事や催しをいつも「頭が悪い子達の馴れ合い」などと揶揄愚痴っていた事などから成果は十分だったと判断しています

そして姉が大学生の頃、事件は起きました。きっかけは姉にとって初めての飲み会。そこで初対面だった男性視線が多く合った事や机の下で偶然足が数回ぶつかった事、グラスを渡してくれた時に手が触れた事で相手自分好意を持ったと盛大に勘違いしたそう。おまけに、相手の方は女性に失礼がないように丁寧に接してくれていたのでしょうが、それを「私に気があるから優しくしてくれた」と思い込み、好きになってしまったばかりか「相手も脈ありだし当然嬉しいはず」と疑わず積極的に迫ったそうです。連絡先交換をはぐらかされても、色々なアピールを躱されても「私が魅力的だから意識して照れてるから」と決めつけ、飲み会の中で出たどの学部だとか何曜日のどの講義をとっているなんて情報だけを頼りに毎日探し回ったり。やってる事が完全にストーカーですよね。他にも彼に差し入れをすると言って朝からお菓子を焼いているのも見たし、後に姉本人から聞いた話では、ボディタッチなんかも積極的にしていたそう。一度飲み会で同席しただけの巨漢に迫られる恐怖…心中お察しします。

そんな事をしばらく続けた結果、その男から「本当にこういう事は辞めてほしい、会いにも来ないで欲しい」「以前から何度もやめて欲しいとは伝えていたが、全く伝わっておらずしつこくつきまとわれる事に困惑している」「これ以上続くようなら通報する」…などとはっきりと拒絶された事でメンヘラ化。その男性にどのように自分アピールしていたのか知りませんが、いつものように他人を貶めてマウントを取りその分自分を良く見せるやり方を半年披露していたのならさぞ反感を買ったのでしょう。あの飲み会で一緒だった友人たちは、度々止められたり嗜められる度に妬まれていると思い込み聞き入れなかったり邪魔をしないでと食ってかかった事すらあったようで皆離れて行き、この頃にはもう姉の周囲には誰もいなかったそうです。

姉は居づらくなったのか次第に大学に行かなくなり、部屋からも出て来なくなり、最終的に中退しました。

それから9年経ち、姉は何度かアルバイトしましたがその度に人間関係揉め事を起こして辞め現在社会復帰は叶っておらず、コロナの影響による就職難のためか姉の性格のせいかは分かりかねます面接に落ち続けているようです。

周囲に相談できる友人もおらず、何かあれば時々私に連絡をくれます。この間はSNSで知り合った友人とも深く関わっていくうちに縁を切られる事、結婚に憧れはあるのに未だに彼氏ができない事なんかを嘆いていました。

「巡り合わせが良くなかったのかも」

お姉ちゃん地頭が良いから、きっと良い仕事が見つかるよ」

お姉ちゃんは素敵な女性だよ。いつか分かってくれる男性が現れるし、結婚だってすぐ出来るよ」

電話口でそう言っても、暗い声でぼそぼそとした反応しかしてくれなくなったので、あれだけ高かったプライドや自信はとっくに崩れているでしょう。現実を見た後も独りぼっちになった理由がまだ分からないまま悲しさ寂しさを抱えて孤独に過ごしているのかも知れません。幼い頃私を何年も殴って蹴って罵って苦しませてきた人間はこんなに情けなくて惨めで弱くて、私はこんなもの毎日怯えていたのかと馬鹿馬鹿しく思えてくる程です。

私の方では同棲中の彼氏結婚の話が出ているので、結婚式に姉を招待する事であと一度ぐらい姉をぐちゃぐちゃにさせられると思います。もちろん、姉を苦しめる為に彼と交際したり結婚しようとしている訳ではありませんが、私が好きな人と真っ当にお付き合いして結婚して、これからも至って平穏普段通りの私達の姿を見せる事が今の姉にとっては何よりも効果がある事は理解しています

「大好きなお姉ちゃんから絶対ドレス姿を見せたい」とでも言えばきっと来てくれるでしょう。ブーケは姉の方に飛ぶように投げて「次はお姉ちゃん幸せになる番だね」なんて言えば泣いて喜んでくれるでしょうか。一生忘れられない思い出にしたいですよね。

今、自分攻撃してくる姉をどうにか見返したい子は、どうかその姉を将来絶対幸せになれないぐらい良識人間性に欠陥がある女性に育ててあげてください。

人格形成人間関係からダメにしてください。

幼い頃からいじめ日常的に、自分より目下のきょうだいに対して繰り返すような人間性の持ち主を調子に乗らせて性格クズにさせたり都合のいい勘違い思い込みを刷り込む事なんて然程難しくありませんし、可哀想と思う必要性もありません。

孤立させましょう。そうすれば、あなたたちがこれから恋愛仕事勉強趣味自分磨き…色んなことを好きに頑張って、毎日普通に楽しく過ごしているだけで勝手相手が傷ついてくれます。それが、一番の報復です。

2021-10-30

私の人生って何?

馬鹿にされて、嗤われて、何が楽しくて生きているのかがさっぱり分からない。

人格形成に失敗したのかな。実力のある人間しか生きてはいけないのかな。弱肉強食なのに、弱い側の私が生きているから惨めになるのかな。

こんな人生を終わらせて、もうこの世に産まれ出てきたくない。

ここでも、自殺リセマラとか書き込んでいる人がいたし、無能死ぬべきだと書き込んでいる人もいるし、私の自死肯定されるよね。許されるよね。

2021-10-28

弱肉強食世界

無能の私に生きる価値などありません。

人格形成に失敗した時点で私の負け。弱者死ぬしかない。

生産性のない人間死ぬしかないのです。

こんな人生から解放されたい。

来世ではきちんとした人生を歩みたい。

生きる価値のない人間存在する

私がその内の一人。

「生きていればいいことがある」

あなたを受け入れてくれる人がいる」

そんな綺麗事に絆されて20年。

上記言葉がどれほど無意味ことなかに気が付いた。余りにも遅い。

生産性のない人間死ぬしかない。こんな世界を生きていたところで、虚しくなるだけ。

みんな心の中では無能必要ないと思っている。ただ、それを表に出さないだけ。

本当に、今まで生きてきたことが馬鹿らしくなってくる。

この世界弱肉強食。弱い者は滅びる運命私自身、滅びるまでの時が待てない。だから自分で消えようとしているだけ。

私が消えたところで何も変わりやしない。

誰にも受け入れられない人生は虚無でしかない。

人格形成に失敗し、社会不適合者として生きる私には、死しか待っていない

もう明るい未来はない。そうなる前にこの世を去ることが得策だろう。

2021-10-25

anond:20211025130433

大企業障害枠、人格形成後の身体障害大学生の時のバイク事故みたいなやつ)ばっかだなと思う。

先天性の障害者は介護者に欲求をみたしてもらえるのが当たり前というメンタリティで固まってるから民間企業では害になる。

要は、人格形成後の身体障害者は精神が健常だってことなんだよな。エレベーター車いす用の広いトイレさえあれば健常者と同じように過ごせるんだよ。

そういう人材がお得だから大企業は採りたがる。

2021-10-14

どこで人生を間違えたのか

こんなにも惨めな人生を送っているのはなぜ。人格形成に失敗したから?あの時あん選択をしたから?リセットしたい。

弱い人間未来なんてものはないから、自死するのは有りですよね?リセマラしたいんですけど。

2021-10-13

友達死ぬ夢見た

子供の頃、私の発言趣味嗜好・一挙一投足全てを「〇〇ちゃん(私)のそういうとこ嫌い」と否定し、彼女と離れた今も私を否定する彼女の声が耳元で響いてるくらい私の人格形成に影響した同じマンションに住んでいた友達葬儀に参列する夢を見た。もしかしてと思ったが、ずっと昔に引っ越しから絶縁したか確認する手段もない。ていうか死ぬ時に私の夢に化けて出ないで一人で勝手に消えてほしい。

いつも不満を言ってた、4人兄弟で兄が3人いる末っ子で、いつも口がへの時に曲がってた、笑うことのなかった彼女。過度に女の子しかを追求していた彼女が大嫌いだった。本っっっ当に死ぬ時までこっちくんな、勝手に一人で死ね

2021-10-06

SNSを使いこなすのがむずい

テレビ警察24時みたいなのがやってて、犯罪は許せる事ではないが、犯人の幼少期に長期間迫害受けていてそんな人格形成されてしまって、自分境遇を少し重ねてかわいそうだったので書こうと思ったけど、ネット意見があまりにも自分勝手過ぎるとかそれでも犯罪やらんやつはやらねーとか批判意見が多過ぎて書けなかった。わざわざ炎上させるつもりも無いけれど、わざわざ炎上させて食べていこうみたいな人もいる世の中で自分意見を書くのはめんどくさい。やってないけどインスタとか絵師さんの作品発表みたいな用途しか使って被害が起こらなそうな使い方しか思いつかない。それができない人は見てるだけの方が波風たたないのだとおもう。

使いこなしている人ってどんな人がいるのだろう。

2021-10-05

社会不適合者の私

人格形成に失敗し、嫌な思いをしながら生きている。仮に社会に出たところで長くは続かず、ニートになるのは目に見えている。あと1年もすれば成人式を迎える。嫌だ。もう嫌だ。何もかも投げ出したい。自由になりたい。呪縛から解き放たれたい。

2021-09-30

人格形成に失敗した

人格形成に失敗した私には、惨めで虚しい未来しかやってこない。コミュニケーションに難がある時点で、社会不適合者確定。

優秀な人間に待つのは明るい未来

何を必死に生きているのだろう?

これ以上苦しむ前にこの世から消えたい。

私が消えたところで何も変わらない。もう惨めな気持ちになりたくない。

2021-09-09

anond:20210909190647

民度の低い人種とかかわれたのも人格形成に役立った…ってことはないか

ないわな

2021-08-31

anond:20210831152535

先天性軽度知的や発達(脳系の未診断)が累犯障害者になりやすくて

健常者として人格形成されてきて交通事故などで中学高校以降くらいの年齢で後天的身体障害者になった人がスポーツでも障害者雇用でも活躍やすいんじゃないの

2021-08-26

はてなが“お笑い規制”に大賛成でゾッとした

BPO出演者が痛がる様子を笑いの対象にするようなバラエティー番組演出について審議するとかいニュースブコメ

なんだよ。バラエティー番組いじめ助長する?

ここ手の理屈は、その昔、連続幼女誘拐殺人事件が起きたとき、“ヤツの部屋にはアニメビデオが沢山あった!アニメ人格形成に悪影響与える!オタク族は社会の敵!”と言われた頃と基本的に変わらんと思う。

“そういうバラエティー”がイジメ助長するとか、そういうバラエティーを見ない子供イジメをしないって、なにか実証されてんのか?

サイコホラー好きはみんなサイコ犯罪の予備軍か?

ミリタリーおたくサバゲー好きは明日にでも戦争始めるのか?

ボクシング格闘技の中継は相手の顔が変形して血が出るまで殴り合ったりして、それをみんなで娯楽として愉しんでるけど、あれは問題ないのか?

あれはルールにのっとってやってる?

バラエティだってルールにのっとってやってるよ。


自分の周りにはお笑い好きで“笑ってはいけない”も出川リアクション芸ダチョウ倶楽部好きな人何人もいるけど、中学時代とか、どちらかというと“そこまでひどくないけど陰キャでうっすらイジメられる側”だったヤツがほとんどだぞ。


いや、ああいうのが笑えないって人がいてもいいし、最近はそういう人があんまりウケなくなったってのも分かる。

ウケなくなったから、だんだん衰退していくというのならば、それは文句をつけても仕方ない。

が、しかし、なにやらもっともらしい理屈をつけて“正義”に酔って抹殺しようとしてるのは、端的にいっておぞましい。

水曜のダウンタウンダチョウ倶楽部も笑ってはいけないもアメトーーク芸人体当たりマン決定戦も、そんなことでなくなってほしくない。

あと、前々からうっすら思ってるのだけど、はてなって“いじめにつながるもの”が嫌いな人が多い一方で、割に無知とか勘違いとか、ちょっと知識アップデートが遅れた人とかを見つけてきて晒し上げてみんなで叩いて笑ってじゃんけんポン!みたいなの好きな人多いよね。

あれが“いじめにつながるもの”なのかどうかはよく分からんけど。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん