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2019-08-31

anond:20190831132408

☓滑車がかかる→○拍車がかかる

拍車とはカウボーイが履いてるブーツのかかとについてるキザギザ歯車のことだ

あれでグリグリして馬に「もっと速く」という意志を伝えることを拍車をかけると言ったのだ

それが転じて勢いがつくことの表現となったのだ

記事のものはありがたく面白く読んだ

2019-07-13

働き方改革で若手社員構造的に無能に見えやすくなっていくと思う

会社で働いている全世代の中で、若手時代に最も仕事にかけている時間が短くなっているのは、働き方改革の名のもと残業時間が減っている現代の若手だろう。

たくさん働けばいいということではもちろんない。過剰労働精神を病むし、疲れすぎていては進捗も実務による成長も鈍化する。

しかし、残業時間の削減による副作用もあることは十分に認識されてないように感じる。

例えば、一つの仕事を覚えるのにかかる時間が同じなら、仕事をする時間が以前より減るのだから、覚えるまでの期間が長くなるのだ。これを理解していない周囲からすれば、覚えの遅い人に見えるだけに、能力が劣って見えるに違いない。

ついでに、覚えが遅くならないのは、先輩が仕事していない時間圧縮されたか、教える生産性が上がったか、その人が優秀だったかなどいろいろ原因が考えられる。

また、若手の間は残業で稼いでいた人も多いだろう。今の若手はそれが全てなくなってしまうのだ。人によってはぞっとするのではないだろうか?

しかし、若手はそれが現実のものとなっている。大企業は先んじて制度が変わってきているし、中小企業を今後その波に飲まれるだろう。

(もちろん、サビ残だったという人が絶対現れるだろうが、そういう人は、ブコメなどで反応する前にまず労基に相談したほうがいいでしょう)

上記2点が若手特有働き方改革副作用となっていると感じる。

単なる愚痴ではあるが、今の若手はこういう人が結構いるんじゃないか個人的に思っている。

まだまだ仕事の負荷がかかっても大丈夫な、手持ち無沙汰な状況なわけだ。

また、働き方改革の捉え方のミスリーディングも気になる。

うちの会社に限ったことかもしれないが、部下の残業時間一定時間に収めないと評価が下がることから、早く帰るように言われるようになっている。

これは、働き方改革残業時間の削減と定義から推定できるが、これは私のような持て余している人とは相反する考えに基づいている。と、同時に働き方の多様性を認めていないし、経営層が自身が若手のとき、どのように稼いでいたかを完全に忘れている配慮の無さを嫌でも感じるものだ。

更に、定年延長をして、退職までの給与総額を変えずに、昇給ペースを緩やかにすれば、定年に近い人ほど得をする。そして、若手ほど損をする。

しかも、残業時間の削減と定年延長によって昇給ペースが落ちる傾向は一時的ものではない。

労働時間は長期に渡る単調減少になっているし、年金支給時期の後退に伴う定年延長の懸念は2000万円問題のように不安が増大していることから、根強く残り続ける、というより悪化することは間違いないと言ってもいいだろう。社会保険料の値上げが拍車をかける懸念もある。

こうなれば、若手社員実質賃金は下がり続けるのが当然である

更に、子供を産めない理由収入不安であることも主因なのだから働き方改革出産世代の若手に最も負担を担わせて少子化を加速させているという論理が立ってくる。消費意欲の減退は言うまでもない。

で、どうすれば若手社員収入が減らないようになるかというのは、私の中では2つある。

1残業時間削減の穴埋めとなるボーナスの増額

2働き方の多様性を認める前提で、残業を認める

上げてみたものの、現実的ではないことは承知している。なぜなら、働き方改革名目コストカット目的にしていたのだから、これではコストが減らないのだから

そこで、もう一つ考えてみた。残業時間削減と定年延長をセットにして定年延長で損をするのを若手ではなく定年間際の社員収入を減らすことで全世代負担を均等にして逃げ切らせない形になるようにボーナスの増額で調整すればいいのではないか

もちろん、定年間際の経営層は反発するだろうが、定年間際でも経営層は少数だし、ホント会社のことを考えているかのリトマス紙になるので、提案としては悪くないと思う。

しかし、これにも問題があって、この提案の場がなかったりする。

御用組合のような実質、経営層の犬になってる労働組合はもみ消してしまうだろう。

組合なぞ古臭い先入観があるがこういうときこそ必要存在なのだと、理屈ではなるのである

それでも、組合が動かないなら、解決はしないだろう。若手社員は耐え忍ぶか転職などして会社を去るかしかなくなってしまう。

2019-06-22

れい新選組立憲民主党 どちらが正しいか (自民党とどちらが正しいか追記しました)

参議院議員選挙が近づき、れい新選組山本太郎議員がした減税のためなら安倍内閣とも組むとの発言が支持者の間で炎上する一方、立憲民主党経済政策を発表するなど、経済ニュースになった1週間でした。山本太郎議員は「2%を目指して物価を上げる」を公約にし、立憲民主党は「上げるべきは物価ではない、賃金だ」を公約にしています。どちらが正しいのでしょうか?

おまんじゅうが10,000個の経済があったします。1コ100円ならGDPは1,000,000円です。

これが翌年90円に値下がりしたとします。数量が同じであればGDPは900,000円です。物価全体が下がることを「デフレ」といいます

名目成長率」はマイナス10%ですが、これは物価10%下落したからで、それを差し引いて考えた「実質成長率」は0%で、名目成長率<実質成長率となりました。

ところでおまんじゅうの値段が下がれば、同じお金おまんじゅうが余分に買えるようになったのだから、とてもよいことのように思います。でも、来年物価が下がるとしたら、企業は人を雇うでしょうか。お金を金庫にしまっておけば同じお金でも来年価値があがって余分に物が買えるようになるのだから、人なんて雇いませんよね。借金して投資するなんてトンデモない。返済の負担が重くなるのですから投資が落ち込み、雇われる人が少なくなります。雇われる人が少なく、お給料の総額が減れば物を買う人が少なくなり、次の年はさらに消費も落ち込みますさらに物の値段が下がるのだからますますお金は使われなくなります。こうして物価の下落と経済の縮小がらせん階段を下っていくように進むありさまを「デフレスパイラル」といいます企業の「内部留保」が増えているのはデフレからです。

民主党政権時代物価はほぼ全期間下がり続け、名目成長率は常に実質成長率を下回っていました。だから民主党政権時代は、現金を持っている人、安定した職がある人は「物が安くなった」と幸せでも、不安定な職しかつけなかった人、これから職に就こうとする人にとっては最悪で-デフレになれば売上も下がります仕入れも下がります。ただ同じように下がらないものがあります。それは「賃金」です。正社員賃金には下方硬直性があるからで、それゆえデフレ化で企業にとって一番負担に感じられるのは賃金です。だからデフレになると新卒採用不安定就労層の雇用が一番打撃を受けるのです。-安月給で長時間労働を強いるブラック企業が全盛でした。

物価が上がればどうでしょうか?お金を持ったままだと来年価値が減ってしまますから、人を雇ってより儲けなければなりません。だから企業はより人を雇うようになります

デフレ放置した民主党政権下で雇用ヘロヘロだったのも、2014年に成長率の名実逆転を解消し(17年ぶり)、2017年需給ギャップを解消した(9年ぶり)安倍政権下で雇用が劇的に改善したのも、経済学的にはまったく理に適っています(なお、先日朝日新聞に"年収200万円未満が75% 非正規リアル政治は"という記事がありましたが、この記事アベノミクスによっても雇用に成果がでていないというのであれば明確に誤りです。また雇用環境改善したのは少子高齢化や団世代の大量退職のせいだという人がいますが、それも誤りです。この記事はその点を説明するためのものではないので、詳しくは論じませんが、失業率の分母は生産年齢人口ではなくて労働力人口で、労働力人口民主党政権化では増えておらず、安倍政権下では増え続けているとだけ指摘しておきます。)。

党首討論で、枝野議員は、「経済数字の最終成績はどこなのかと言ったら、やはり実質経済成長率2010年から12年の実質経済成長率は1.8%。2013年から18年は1.1%。これが客観的経済トータルの総合成績であることは、自信をもって申し上げたい。」と発言し、安倍首相に「実質成長の自慢をなされたが、名実逆転をしている実質成長の伸びは、デフレ自慢にしかならない。」と諭されていましたが、まさにそのとおりです。立憲民主党物価を上げずに賃金をあげて雇用も増やすとしていますが、それは卵を割らずにオムレツを作りますといってるのと同じです。

では、上がった方がいいとして、毎年10%も20%も上がるのがよろしくないのは当然として、なぜ2%なのでしょうか?

理由は3つです。まず、それが経済成長にとって最適というのが現時点のコンセンサスからであり、為替レートの安定のためであり、デフレに陥らないためです。

世界各国の中央銀行インフレ目標は2%です。

FRBは「年2%」が物価の安定と雇用の最大化という2つのマンデートを達成するには最適としています

"The FOMC noted in its statement that the Committee judges that inflation at the rate of 2 percent (as measured by the annual change in the price index for personal consumption expenditures, or PCE) is most consistent over the longer run with the Federal Reserve's statutory mandate."

https://www.federalreserve.gov/faqs/money_12848.htm

ECB欧州中央銀行)は中期的に「2%を超えない、但しそこに近いところ」を目指しています

"The primary objective of the ECB’s monetary policy is to maintain price stability. The ECB aims at inflation rates of below, but close to, 2% over the medium term."

https://www.ecb.europa.eu/mopo/html/index.en.html

イングランド銀行イギリス中央銀行)もすべての人の将来の計画を立てるのに資するとして「2%」をターゲットにしています

"To keep inflation low and stable, the Government sets us an inflation target of 2%. This helps everyone plan for the future."

https://www.bankofengland.co.uk/monetary-policy/inflation

オーストラリア準備銀行オーストラリア中央銀行)も「2~3%」のインフレ率を目指しています

"The Governor and the Treasurer have agreed that the appropriate target for monetary policy in Australia is to achieve an inflation rate of 2–3 per cent, on average, over time. This is a rate of inflation sufficiently low that it does not materially distort economic decisions in the community. "

https://www.rba.gov.au/inflation/inflation-target.html

世界の中銀が2%にしているのはそれが経済成長と物価の安定のためには最適というのがコンセンサスからですが(1つめ)、そのなかで日本けがそれより低い目標を掲げるということは、ちょっと物価が上がると他国に先駆けて引き締めますと事前にアナウンスしているのと同じことになりますから、事あるごとに円高が進んでしまます(2つめ)。

3つめの理由は、いったんデフレに落ち込むとなかなか抜け出せないからです。日本経営者アベノミクスデフレが解消しても内部留保を取り崩すことには慎重なままです。経営者マクロ経済学理解しているわけではないので、この20年間合理的だった経営=金をできるだけ使わない=が行動原理として染みついてしまっています。そして高齢化が進行し、低成長が常態になって、常にデフレ圧力がかかっている環境で、インフレ目標をたとえば1%などに設定して、低い物価上昇率をもって金融緩和を止めてしまうと、すぐにデフレに陥ってしまうのです。その失敗を日本2000年と2006年に経験済みで、最近だと昨年末ECBが同じミスを犯しました。

麻生財務大臣から財界幹部朝日新聞まで、ことあるごとに「2%なんて無理なんだからさっさとその目標放棄せよ」と提言していますが、彼らより山本議員の方が正確に経済理解しています

物価が上がった方がいいというのは、私たち生活で感じる直感とは異なります。私も物の値段は下がった方がうれしいです。但し、直感にしたがった行動が、悪い結果をもたらすことはしばしばあります法学経済学、社会学、それを知ることに学問価値があるのだと思います

追記

dc42jk 現在経済状況から金融緩和財政拡張政策の両方が必要だと思う。その両方を掲げているのはれいしかない。自民金融政策に触れてないし立民は金融引締めを示唆している。

まさに。賃金の上昇はどうしても物価の上昇に遅れますし、デフレ脳に染まった経営者を変えるのは簡単ではないので、デフレ脱却の過程ではどうしても、特に安定した雇用を得ていた層の実質賃金が低下します(新たに職を得た人が増えたので、総雇用所得は増えてはいますが)。それを補うために積極的財政支出が求められるのですが、1年目を除き高齢化に伴う社会保障費増以外の財政支出の拡大を渋ったのが安部政権の最大の問題点です。現在国債新規発行のたびに0.1%程度しかクーポンがつかないのにその4倍も5倍も札が入り(落札利回りはマイナス)、政府債務調達はただ同然、これはデフレ現象のものである民間部門の過剰貯蓄、特に企業ISバランスのI<S化と表裏一体です。ご指摘のとおり金融緩和とあわせて財政拡張をしない手はないのに、その両方を掲げているのは国債を財源に、奨学金をチャラにして、最低賃金1500円を政府補償し、公務員を増やし、公共事業積極的に行いますとしているれい新撰組だけです。

(ご参考)

日本財政政策選択肢オリヴィエブランシャール・田代毅(2019年5月

https://piie.com/system/files/documents/pb19-7japanese.pdf

「景気の回復が感じられないのはなぜかー長期停滞論争」ローレンス・サマーズ、ベン・バーナンキポール・クルーグマン、アルヴィン・ハンセン山形浩生翻訳)(2019年4月

https://www.amazon.co.jp/%E6%99%AF%E6%B0%97%E3%81%AE%E5%9B%9E%E5%BE%A9%E3%81%8C%E6%84%9F%E3%81%98%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%81%8B%E3%83%BC%E9%95%B7%E6%9C%9F%E5%81%9C%E6%BB%9E%E8%AB%96%E4%BA%89-%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BA/dp/4790717313

"Macroeconomics"(12th Edition) " Robert J Gordon2013年

https://www.amazon.com/Macroeconomics-12th-Pearson-Economics-Hardcover/dp/0138014914

(未翻訳ですがアメリカ代表的マクロ経済学教科書です。IS-LM分析の箇所で日本に対する処方箋が取り上げられています。"combined monetary-fiscal policy expansion""The IS and LM curves shift rightward together"れいわの政策はそれに合致しています。)

追記2)

左派リベラルはほんとうに山本太郎に乗ってほしい。今まで何か提言する度に、財源はどうするんだ、そんなことして景気はだいじょうぶなのかと突っ込まれ、やれ法人税増税だ、富裕層増税だ、行政改革埋蔵金だと、見当外れなことを言うだけで(法人税は支払うのは企業ですが負担するのは庶民です。富裕層増税格差縮小の意味はあっても財源にはなりません。埋蔵金なんて結局みつからなかったし、公務員減らせば貧しくなるだけです)、結局有効提案を何ひとつできませんでした。何を言っても信用されないのはそのせいです。

そこに、自民党と異なる価値観を唱えながら、景気はむしろ良くします、財源はありますという政治家が現れました。しかブランシャールやサマーズ、ゴードンのような権威ある学者提案と軌を一にしている。これに乗らない手はないでしょ?

追記3)

立憲民主党は「アベノミクスによって事実上財政ファイナンス化した弛緩した金融政策について、市場と丁寧に対話しつつ、正常化を図っていく。」要するに、日銀による長期国債の買い入れ=量的緩和財政ファイナンスであり、やめますとしています。そのうえで消費税増税凍結を訴えています国債発行も減らして消費税増税分の2兆円もあきらめる、足りない分は金融所得法人税課税するというのだから、その二つの税金は大幅にアップするということになります金融所得に対する課税強化はリスクプレミアムを高めるので、日銀による買入れ縮小と同じく金融引き締め効果があります。すべての経済学の教科書に書いてあるとおり、法人税を支払うのは企業ですが、負担するのは庶民です。

彼らの政策を実現したらどうなるか。FRBが利下げを示唆し、ECB量的緩和への復帰を口にしているなか、日本だけ量的緩和をやめますリスクプレミアムを高めます金融は大幅に引き締めますというのだから円高が急速に進みます物価上昇率は下落し、またデフレに戻るでしょう。企業業績は悪化し、円高特に製造業が打撃を受け、そこに増税が追い打ちをかける。雇用シュリンクし、製造業海外移転拍車をかける特に地方高学歴でない層の雇用やこれから就職する人たちの雇用環境が大幅に悪くなります民主党政権のころの方が実質成長率が高かったから良かったと今でも主張する人たちなので当然なのかも知れませんが、彼らは要するに民主党政権当時に戻します、と言っています。同じく消費税増税に反対していても、デフレが最大の問題だとするれい新選組(「新撰組」じゃなくて「新選組」でした。ややこしいのは良くないと思いますが…)とは方向性がまったく違います

2019-05-24

東京医大が今年は男女の合格率を是正しなかったわけだけど

女医結婚出産を機にキツすぎる現場を離れていくから調整してたんでしょ?

こんなことして、あと1020年後、今既に不足してる働き盛りの医者がガクンと減って、ますます医者不足に拍車をかけることが決定したわけだけど、その責任は誰が取ってくれるの?

2019-04-09

里帰り出産が終わった

泣くほどさみしい。

死すら願うほどに。

命すら生み出したいほどに。

出産のため、3ヶ月ほど実家に世話になった。

臨月を過ごし、無事出産。そして床上げ、実家から自宅へ帰った。新幹線でも数時間距離

実家の父母とは仲も良く、みんなで旅行に行くような関係性で、今回の里帰りもとても楽しく過ごし存分に甘えさせてもらった。

可愛い我が子と、喧嘩もするが大好きな両親と、日々の暮らし幸せだった。

30代にもなったのに大人になりきれないのだろうか。両親と離れるのが死ぬほど辛い。

旦那と暮らせないことよりも実家を離れるほうが断然寂しい。誰にも言えないが、旦那が迎えに来る日は本当に嫌で嫌でしかたなくて、事故にでも合ってくれたらまたこのまま実家で暮らせるのにと本気で考えたし、今でもその思いは、脳の引き出しの割りとよく使う棚にきちんとしまわれている。

さらに寂しさに拍車をかける事実として

今回の出産子供は2人目。

3人目は考えていないし、万が一出来たとしても、長く里帰りすることなどは到底無理だろう。上の子には学校もあるし、ヤンチャな時期の子供を2人も抱えて里帰りすることの気苦労を想像するだけで胃が痛くなる。

数年前の話だが、1人目の里帰り終了時も例に漏れず、帰宅後は1ヶ月ほど毎朝泣いていた。

朝起きたら母がいて父がいて、おはようと声をかけて、ニュース番組ツッコミを入れながら朝ごはんを食べる。そんな和やかな時間は失われた。

旦那は早朝に仕事に出かけてしまうため、言葉の通じない赤子と二人きり、誰の声もしない朝を迎えるたびに涙が溢れた。

でもその時はまだ未来に夢があった。

「2人目を産む時はまた帰れる」

愛しい葬儀屋に会うために、身内を殺す女の話を思いだす。

しかし今回は、もうその夢はない。

産後ホルモンバランスがこれでもかと崩れる。毛は抜け、肌は荒れ、情緒ゼリーで出来たジェンガのように脆い。

この辛く寂しい気持ちも、そのホルモンバランス悪戯だとわかっている。現に1人目を産んだ時は寂しさを少しずつ忘れることができたし、旦那子供の3人暮らしを楽しく過ごせていた。

でも今、今、

この瞬間に死ぬほど寂しいのだ。

殺したいくらい辛いのだ。

怖い夢を見て、母のベッドに潜り込む我が子のように、寂しさから逃げて実家屋根の下で安心したい。母のぬくもりに包まれて再び眠りにつける我が子が羨ましい。

今、結婚する前にタイムスリップすることが出来たなら、全力で止めるだろう。

さみしいつらい。

さみしい、つらい。

現実にこんな話をする子持ちのおばさんがいたら皆引くだろう。しかも涙まで流し、世間的にも私から見ても「出来た旦那」の命すら惜しまないと語るのは異常だ。匿名しか吐露できないこの気持ちを、文字に起こすことで少しでも捨てたかった。(が、実家への慕情確認し募らせる行為しかならなかった。)

人間は忘れていく生き物だし、あと1ヶ月も経ってホルモンバランス落ち着けばこの気持ちも緩和されるだろう。

でも私はきっと思い出す。

旦那運転する車の後部座席

流れる晴れた空を見つめながら

かにいたことを。

あの暮らしが、両親と過ごした時間

幸せだったことを。

孫のおむつを替える母の手を

眠る孫を見つめる父の横顔を。

孫と大人気ない喧嘩をする母の声を

孫と手を繋いでコンビニへ行く父の背を。

今後、子供が成長する節目のたびに

夜に布団の中でそっと泣くだろう。

入学式を終えたその足で、ランドセルを背負った孫を見せに行きたかった、などと思うのだろう。

さみしいつらい。

さみしい、つらい。

遠距離でも、両親が揃って元気に生きているだけ幸せなんだと自分に言い聞かせている。

次に会える日を指折り数えて待っている。

私が思う最良の人生を夢見ている。

2019-04-05

けものフレンズ2批判に対する雑感

 けものフレンズ2への批判に対して少々思うところがあったのでちょっと書き連ねたい。

 筆者はこれのためにわざわざはてなID取得をしたユーザーでまた平時は長文を書くようなことはしないため読みづらい文章になると思う。またこれに限らず多量の予防線を張っているのでその点も踏まえて許容できるのであればお付き合いいただきたい。

 まず、筆者のスタンスけものフレンズ2放送前の思考等について記しておきたい。

 実はこんな長文を書いておいてなんなのだが私はけものフレンズ2は未見である(厳密には1話のみ視聴)。これは私がアニメを見る体力が落ちているためであり、正直見アニメの本数がかなり減ってきていてけものフレンズ2も1話の時点ではそれほど惹かれなかったというのが大きい。似たような理由で未視聴に終わっているアニメは他にもある(五等分の花嫁とか)。したがって見ていない理由として今巻き起こっている大批判攻勢とはほぼ関係がないことを留め置いて欲しい(ただ、もしけものフレンズ2の評判が良いというのが伝聞として伝わっていたなら見ていた可能性はある)。

 けものフレンズ1期については楽しく視聴させていただいた。自分としては大絶賛とまでは行かないが間違いなく良い作品だと思った。ただ、2期の制作が発表された時は正直あまりいい顔をしなかった。というのも私は「1期の内容が良かったからと言って安易に2期を求めるべきではない」という思想を持っており、特に物語がきれいに完結している場合はこのあとに何付け加えるんだ、蛇足になりはしないか?と思ってしまタイプである

 次いで、たつき監督が2期の監督でないことが発表された時、「これは2期で何をやるか本当にわからなくなったな」と思った。というのも元々けものフレンズ2が1期の継承をやるものだという風には絶対視していなかったし、仮に1期の内容を継承したとしても確実に面白くなるとも思っていなかったからで、たつき監督降板はこの考えに拍車をかけるものであったからだ。この時点での私は継承しろ変革にしろ面白作品ができることを純粋に祈っていた。

 ちなみに、よく聞く「他の人々がたつき監督の功績を奪って自分たちのものにした」という批判?に対しては、我々は当事者ではないし話し合いのテーブルにいたわけでもないので実際にどういう事情があったか推し量れない。従ってこれは仮にそういう可能性があるにしても邪推である基本的に信じるべきではないと考えている。同様に「たつき監督搾取されていた」という言説もたつき監督がどういう契約形態を取っていたのか不明であるという理由否定的である

 要するに何が言いたいかというと、けものフレンズ2を批判する人々と私とは思想的前提条件等に大きな隔たりがあると思う。仮に今からけものフレンズ2を見ても批判者の人々ほど不愉快な気分にはならないだろう。精々不可解な場面に首を傾げたりしかめっ面をする程度ではないかと推測している。

 さて、いよいよ放送が始まったわけだが1話のみを見た感想は「まだよくわからないな」だった。まあ当然だ。強いて言うならキュルルはかばちゃんよりも頼りなさそうだな、と思ったくらいである。それからしばらくは先に述べた理由けものフレンズ2の視聴はしていなかったのだが話数が進むにつれ否定的な言説もちょいちょい見かけてはいた。が、ツイッターで同時に考察をする人もRTによる又聞きではあるが見かけていた。

 やはり、一番大きなパンデミックが起きたのは9話であろう。爆発的に批判が増えた。私は暇つぶしテリトリーとしてソシャゲを別とするとツイッターニコニコ動画を主に利用しているのだが、特にニコニコ動画で見かけた作中のキャラあるいは製作者を吊し上げ、叩きのめさんとするタイトルサムネイル動画は大きなストレスを与えた。これらの動画を開くことはしなかったことは言うまでもない。しか無視しても目に入るというのはとても精神衛生に悪かった。ツイッターでも口汚く罵るツイートが目につくようになる。漏れてくる情報からキュルルが不可解で”不愉快”な行動を取ったことはわかったが、かと言ってこれらを許容できることはなかった。所謂盤外戦の話も流れてきたが私はひどく粘着されて否定的言葉を浴びせられ続けられたらそれは人間壊れるだろうな。と思った。作品の出来や公人であることを以て発言を許すべきでないという意見も見たが許されない部分はあるにせよ人間として不自然な反応ではないと思っている。自分が同じ立場なら酷く陰鬱な気分になることは相違ない。

 ニコニコにはオリジナルキャラを作った動画も出てきて人気を集めていたが、非常に嫌な気分になった。うまく説明できないが制作陣がどういう意図けもフレ2を作っているかからないにせよ、それを冒涜する行為だと感じた。アレは呪いだ。間違っても高潔ものなんかじゃない。少なくとも私にとっては。

 しばらくしてケムリグサ11話が放映されその出来に最終話が出る前に今すぐそれまでの話を見るべきだ、という趣旨ツイートが相当数流れてきたが(ケムリグサも未視聴だった)私は見る気になれなかった。そのツイートの中にはけもフレ2を散々にこき下ろした人間も混じっていたから。私はどの口でそんな事を言うのかと思った。感情に任せて作品を殴りつけるような行為をする人間が勧めるような作品を見たくなかった。ケムリグサが良い作品だとしてもそれを礼賛する人間の一部の行為によってケムリグサにも泥がかかったように見えた。

 そしてけものフレンズ2最終話が放映され、ニコニコ放送アンケートが酷い結果を叩き出し、また様々なレッテルを貼られた。曰く「榊遊矢に勝った」だの「けもフレ1を抹殺した」だの。見るに堪えなかった。物見遊山のつもりで批判ツイート連続してRTしたユーザーがいてフォローを外したりした。その一方でけもフレ2に対する別視点から批評も見た。タイムラインに流れてきたのを読んだだけなのでURLは覚えていはいないし、仮に貼って批評を書いた方に迷惑をかけてはいけないと思うので参照元差し控えるが、それによると「元々アプリからアニメ1期の時点で断絶は発生していた」という論評もあったし、「はじめからけもフレ2は1期を踏襲するつもりはなく、ヒトとケモノ関係について1期と明確に差別化し新たな形を提示しようという意図があった。うまくいっていないにせよ私はこのタイプ作品が好きなので評価したい」という批評もあった。あまりの叩かれ様に婉曲的に苦言を呈する人もいた。直接的に苦言を呈した人もいた。炎上した。炎上した人を見てどうして火の中に飛び込むような真似をするのかと言った人がいた。ねとらぼ記事中立的で良い記事だと思ったがそれにすら文句をつけている人がいて救えないと思った。

…もううんざりだ。私は一連の騒動辟易している。情報収集のためのツイッターストレスが流れてくる。暇つぶしのための動画サイト巡回に気を使う。私は嵐が過ぎるのをじっと待つより他ない。


ここまで言っても「制作陣を援護するような利敵記事だ。聞くに値しない」などと言われるであろうことが容易に想像できて嫌になる。

2019-04-04

35歳定年説

まあ、あれは能力問題じゃなくて、環境の変化の問題だ。

35歳まではなにかとチャンスがもらえるが、35歳以降は自分で作らないといけなくなっていく。

自分が役に立つ人間だとちゃん相手にわからせないといけない。

受け身姿勢でいるとだんだんと周りから無視されるようになる。

だってとっつきにくいもん。おじさんたちは。

チャンスも若手に与えられるようになるから、おじさんはその若者言葉も聞かなきゃいけない。

まだ、俺だって主役をやりたいんだ。といってももう手遅れだ。

チャンスをものにしたら、すでにそこにはいない。

疎外感、迫害さらモチベーション低下に拍車をかける

モチベーションが落ちれば、能力が落ち込んでいるように見える。

そう、35歳を過ぎたら、人は劣化するように見えるのはこういうことだ。

35歳定年説は、能力よりもモチベーションを打ち砕く環境に移っていくほうが大きい。

それを乗り越えられるか次第は本人次第だ。

(所要時間4分)

2019-02-09

anond:20190208154907

プレミアムへの差別化が「機能の追加」ではなく、一般会員への「機能制限である点。

無料体制YouTubeは「どうぞご覧ください(ただし広告は見てもらいます)」なのに対して、ニコ動は「月額料金支払わない? あなたは下級民です」であり、ときには「お帰りください」である

動画作成者の囲い込みが下手

ニコ動はいろいろな有名投稿主や生主運営に囲われ、「公式化」させられる。ニコ動の「主」という存在、その存在への感覚は「Tuber」とは異なり、そもそもニコ動の成立過程からアマチュアっぽさ」が求められる。「公式化」はそれを無価値にさせるものであり、奴隷化陳腐化に映ってしまいがち。

公式生放送TV

公式生放送テーブルに組まれて定期的に配信されるため、TVと同等の配信形式となっている。これが「生放送をオンタイムで見られる」というメリットより、「気が向いたときに見られるというネット性をわざわざ損なわされている」というデメリットに感じられる。人気の生放送では一般会員が蹴り出される「下級民扱い」とのコンボ効果的にはたらいている。

ガラパゴス化

日本独自サービスであることがメリットであると感じられるより、「日本のものしかない」というデメリットに感じられてしまう。また「動画投稿サービスとしての合理性」より、「独自性」や「サイト運営会社の存続」が主点に置かれた「ガラパゴス化」された仕様により、動画制作者が疲弊する。

バラマキ

一般会員でもニコ広告の配布など、「ニコ動の反映に貢献しろ」という本営からのお達しが定期的にあり、公式化への加担を強調される。

・金払いが悪い

ニコ動動画制作者へのサポートがなっていないため、仕事として収入を考えるとYouTubeに流れてしまう。

もともと俺はゲーム実況系の動画をメインで見てるんだけど、いわゆるeSports系のゲームタイトルに手を出すと生放送Twitchに流れがち。Twitchの「お前日本人?ふーん」感と日本コミュニティ英語ネイティブコミュニティより活発でないというデメリットより、ニコ動の「さびれ」感のデメリットのほうがずっと大きく感じられて、昔馴染みの配信者がきまぐれにニコ生するときに行くくらいになってしまった。まあ俺はおっさんなので「新しい配信者」を探す気力には乏しくなってきたが、それでもニコ生の配信者を新しく開拓しようという気概はもはやゼロと言って等しい。

ニコ生では「枠」として30分制限をずっとしてて、それを解消するのも遅かったね。

かいところでは、アプリ連携や有料アニメなどの「付加価値」に重きを置く形態が「昔は違法アニメアップロードサイトだったくせに」という意識拍車をかけるのもある。おっさんからね。

もはや「ニコ生」「ニコ動」というブランド名田舎臭さ、泥臭さが漂うようになってしまった。もちろんTuberはTuberで地獄でもあるんだろうけどさ。Googleシンプルなんだよ。そこをつらまえると「ニコニコ日本企業として判断の遅さ、付加価値への信仰を捨てられない時代遅れサービス」としてのシャッター街のような侘しさすら感じさせる。

俺はゆっくり実況も好きで、SCP解説系とかは未だに見てるけどね。専ブラで見るのが好きなので、今はMnMnってヤツ使ったり。

動画見る上で俺は「川上量生がどうこう」みたいに運営者を追ったりしないのでよくわからんが、体制変えない限り「二流感」はそうそ払拭できないだろうな、って思う。

2019-02-05

中韓陰謀安倍のような無能日本首相をやっている

もう無能すぎて無能すぎて、コンビニ店員すら落ちるようなレベルの爺さんが日本首相だ。

知恵遅れの人に申し訳ないが、安倍は間違いなくその類だ。

なぜここまでの大馬鹿日本首相に??町内会会長ですら厳しいだろ??

これは中韓陰謀である

そりゃ敵国のTOP無能であれば無能であるほど勝手に自滅するだけだから戦う手間すら省ける。

案の定日本はいつまでも利権優先、年寄り優先、若い世代無視して徹底的に少子高齢化拍車をかけるような政策をしてきた。

その挙げ句移民大国にしようともしている。こんな閉鎖的な社会でそんなことをやったら、社会問題が山のように増えるに決まってるだろ。

安倍馬鹿すぎて、アメリカロシア安倍は大好きだ。馬鹿すぎるし操るのは朝飯前だ。

中韓だって、ここまで安倍馬鹿だと日本なんて完全に格下扱いだ。

こんな馬鹿首相にしてしま日本の仕組みはもう崩壊している。愛国心がある人間なら許せるようなことではない。

これは確実に中韓日本政界コントロールされ、馬鹿リーダーにするように仕向けた他ないのだ。

ネトウヨと言われる犬以下のIQと言われるゴミカス共も実は在日日本を内部から破壊しようとする工作員なのだ

あん馬鹿を支持するってありえないだろ?

今日捏造に大忙し。日本首相安倍であるということも捏造されたに違いない。

2019-01-29

総務省無差別侵入調査がマズい点

いつ、どこへ、どんな調査をするのかという透明性がない
セキュリティベンダに依頼する場合であれば「どんな調査を」「いつ」「どこに対して」行ったのかを明確にさせることができてログとの対照もできるが、総務省のこれは調査段階では相手に通知なく行うのであるからこれができない。情報公開請求へのハードルの高さを考慮すると「公開させることができない」と見るべきである。この種の公開を積極的にさせるには政治介入有効であるわけだが、とりわけ今の内閣特有事情として情報公開政権が極めて消極的であることはこの問題性に拍車をかける
損害を回復するのが難しい
上記の点にもよるのだが、問題が発生したとき損害賠償請求については、セキュリティベンダ民間企業への損害賠償請求に比して国賠訴訟を戦わねばならないのでハードルがずっと上がる。

まあ要は不透明なのが一番不味くて誰が総理大臣でもこれやられたらたまらんのだけど、とりわけ今の内閣政府運営の透明性向上にまるきり興味がないので余計にたまらんという話

2019-01-22

けものフレンズ2 第2話

全体的にテンポが悪い

すっごーい!なにこれなにこれー?とお決まりセリフロボットみたいに話すサーバル

キャラクター的に要らないカラカル

知らないのに他人を連れ回すサイコパスレッサーパンダ

ジャイアントパンダキャラテンポの悪さに拍車をかける

いきなり生えてくる公園遊具

セルリアンがポンポン触れただけでメキメキ崩れる遊具

ぺったりしたしょぼい背景

やる気のないセルリアンのデザイン

おまけCパートで1期のアライさんコンビと全く同じことをやらせ

 

端的に言ってガチでクソアニメ

次で盛り上がらなかったら切る

美少女ゲーム業界全盛期に活躍していた人達が食い詰めている問題

ラノベ作家の没落を時折目にする機会が多くなっているが、その現象は元美少女ゲーム業界でも顕著になっている。

00年代、いわゆるソフ倫系の美少女ゲーム活躍したクリエイター達が仕事がなくて貧困まっしぐらになっているようだ。

いろんなSNSや噂話で仕事がない、いわゆる、なろうやカクヨム、Pixivに投稿したが反応なし、

どうしようもないので転職するという事を多く耳にしている。時には、当時は本当に有名な人だった人の名も聞くくらいだ。

 彼らの大半はソシャゲのような洗練され、ルーチン化した制作スタイルになじめず、

かといって、今日ではワールドワイドマーケットに対して勝負しなければならないコンシューマー業界通用するわけでもない。

当時は全盛を極めた美少女ゲームだが、業界内の人間の多くは閉鎖的で狭量で、多くはコミュニケーション能力も欠けていれば自己管理能力にも乏しい。

 

 そして何より問題なのが、そんな彼らの受け皿がゲーム業界内のどこを見渡してもないのだ。

彼らの大半が40代以上、端から見ればベテランだ。だが、そのベテランの冠に見合う力も何もない。

中途採用を狙うにもチームを束ねる力、コミュニケーション能力も何もかも。

ならば激安でブラック企業雇用される道も考えられるが、

ならば同じ人件費で擦れてなく、体力もある若者の方を採用するのだ。

そしてこれから本格化する北京上海資本の攻勢にもあぶれてしまうのだろう。

 

 おそらくあともう少ししたら『年を食ったフリーランス貧困』のゲーム業界版として話題になる。

没落した特定ジャンル業界人が応用が効かずに貧困化に拍車をかけるんだ、と。

2018-12-13

anond:20181213174354

だか若い女の肉体ほどじゃない

男女の価値の最大値が違いすぎて比較にならない

女→最大値が極めて高、経年低下大

男→最大値が低い、経年低下はやや緩やか

また、前提として恋愛市場での話なのがまた拍車をかける

ある分野の労働市場なら違う結果にもなる

2018-12-08

破れた恋と屋上

中学生の頃、僕は好きだった子に告白をした。恥ずかしさが勝って直接言うことはできなかった。授業中や放課後にやり取りしていたメモ書きの延長線上で、思いの丈を書きつづった手紙をこっそり渡した。

その翌日、下校しようとしていた僕はその子から手紙を受け取った。

「じゃあね」

そう言うと彼女は足早に帰ってしまった。

間違いない。告白の返事だろう。結果は何も分からないのに、勢い余った嬉しい気持ちが胸にこみ上げてきた。

下校するのを止めた僕は、滅多に人が来ない最上階の踊り場に駆け上がると、すぐに手紙を読み始めた。




「好きになってくれてありがとう。」

手紙はそんな言葉で始まっていた。天にも昇るような気持ちになったものの、読み進めていくうちに徐々に冷静さを取り戻していく。

雲行きが怪しい。手紙最後は「ごめんね。」という言葉で括られていた。

じわじわと別の波が押し寄せてくる。悟った。ふられた。

優しい彼女は、言葉を選びに選びつくして、僕ができるだけ傷つかないように手紙をしたためてくれたのだろう。彼女真意にすぐに気づくことができず、それだけ失恋反動は大きかった。



しばらく独りになりたかった。日の当たらない最上階の踊り場は、陰鬱気持ち拍車をかける。ここではないどこかへ行きたくなった。



階段を駆け上がると、目の前に渡り廊下が伸びていた。

僕の通っていた学校は、最上階の渡り廊下から校舎の屋上を眺めることができた。そして廊下の付け根から手すりを乗り越えると、屋上まで歩いて渡ることができた。もちろん、そんなことをしてはいけないのは明白だった。

それでも、好きな子から手紙を受け取った高揚感とふられてしまった喪失感が妙に入り混じったその日の僕には、冷静な判断ができなかった。

渡り廊下の手すりを乗り越えた。




人生で初めて屋上に立ち入った僕は、屋上の床が見た目と違って意外とふかふかしていることに感動した。いつもは教室渡り廊下からしか見下ろせなかったグラウンドを見渡してみる。部活中の生徒が小さく見えた。周囲には学校以上に高い建物はなかった。空が広かった。

ふかふかの屋上に寝転がって、ポケットに突っ込んだ手紙を広げてみる。何度読んでも結末は同じだった。




つの間にか日も暮れかかって、少し肌寒くなってきた。下校時刻だ。屋上侵入したときと同じ手すりを乗り越えて、渡り廊下に戻ってきた。

その時、死角にいた初老先生と目があった。普段高等科担当で、週に一回は中等科でも授業を受け持っている数学先生。お互い顔は見知っていた。

血の気が引いていく。どう言い繕ってもごまかすことはできない。叱られる。終わった。

そんな絶望感に苛まれた僕に、先生がかけた言葉は意外なものだった。

「ピピーイエローカード。次にやったら怒るからね」

そう言うと先生は、何事もなかったかのように渡り廊下を抜けて職員室の方へと歩いていった。



何が起こったのか、しばらく頭の中で整理がつかなかった。

何となく落ち込んでいる雰囲気を察して、今回は見逃してくれたのかもしれない。先生ちょっとした優しさが、今の僕には嬉しかった。

この恋は諦めよう。彼女にお礼の手紙をしたためよう。踏ん切りのついた僕は、夕闇迫る校舎を後にした。

2018-11-19

ガルパン呪い

今年もあんこう祭に行きました。

楽しみだった訳でもなく、行って楽しんで来た訳でもなく。

しろなんで俺はここにいるんだろうと思った始末。

俺が脅迫観念めいた動機あんこう祭に行くようになってからどれくらい経ったのだろう。

とにかく最近は、「行かないと後悔する」という動機あんこう祭に参加している。

時を遡って2012年2013年。俺は当時大洗から車で20~30分の場所に住み仕事をしていた。

なりたかった職業に近いかもしれないけど、厳密にいうと全然違う、というか下っ端というか、そんな仕事をつまんねーと思いながら安い給料でこなしていた。

俺はこのままでいいのかと思っていた矢先、ガルパンのことを風の便りで知った。

そして後輩に居酒屋で「金の匂いを感じさせないからいいんだよ」とか「街の人も一体になってやってるから盛り上がんてるんだよ」とか「現実を作中に持って行って、作中のもの現実に引っ張り上げてる融和感がいいんだよ」とか、自分の目で見た訳でもないのにドヤ顔大洗の人たちがやってることがオタに受けてる理由を雄弁に語ったもんだ。うんこ

で、ある週末、ガルパンを一気見した。土曜日のことだったと思う。

次の日には大洗へ車を走らせていた。

なんのイベントの日でもないなんでもない日の日曜日

俺は殺されたね。ドヤ顔で語っていたことを見事に撃ち抜かれたリアル

まり大洗ガルパンがどんな展開をしているのかを自分の目で見て体験して、ネット情報だけで後輩にドヤ顔であれこれ語ってた俺の無様さをまざまざと見せつけられた。そんな衝撃。

そもそもガルパン面白かったんじゃ。だからこそ次の日には車を走らせていたわけで、お話ものもの面白かったんやな。そんで大洗行ったら劇中の街並みそのままだし、グッズもなんか本当に大洗女子学園や学園艦がこの世にあって西住みほや他のキャラクターがこの世に存在しているようで……そんな印象を覚える硬派な(?)アイテムがズラリよ。

そんで俺は思ったんだよ

こんな近くの町の人々がこんなに面白いことをしているのに一方俺はネットで得た知識でもって何かを知った気になって一歩引いた目線傍観者になった気でドヤ顔で何かを語ってさ

俺は何も分かってなかったし、一歩踏み出せてないだけなのに傍観者気取りでドヤ顔でいたってのがもう無様で無様で

こんなすぐ行ける町でこんなことをやっているのに一方俺は何をしているんだ?

俺はこのままでいいのか?

と思い悩み脳みそがいい感じになった俺は転職のために仕事をやめ地元に戻った。

年齢20代前半のことである

その後地元での転職活動に失敗し、なんだかんだで家を飛び出し(失踪)、見知らぬ土地コンビニバイト1年くらいした後、都内引っ越し名前だけは夢だった職業に就くことができた。

その間もどれだけ金がなくても欠かさなかったのはあんこう祭への参加である

ガルパン」っていうのはそれだけ俺にとってエポックメイキングコンテンツだったのである

しかし、最初のうちは夢への指標であり、希望であり、自分を変えるきっかけとなったガルパンだったが、今はというと実のところ「呪い」に変質しているのではないかと感じるようになったのが冒頭に繋がる。

まり今ではあんこう祭に対して義務感や強迫観念めいたものしか感じなくなってしまっているのである

別に大洗あんこう祭さんサイドは俺に義務を課してるわけでも脅迫してるわけでもないのは改めて明らかにしておくとして、

俺の中でガルパン神格化されてしまったが故に、自身環境イベントの規模の変化によって気持ちが離れてしまっても参加せずにはいられないのである

また、近年のファン層の変質(顕在化?)もそれに拍車をかける事態となっている

どういうことかというと、

やれ聞こえてくるんだよ

町営駐車場酒盛りして大騒ぎしてるとか、公式に認可されてないグッズはダメよとアナウンスされているのにそういうのを作っている連中とか、駐車場痛車展示場にしてるとか、そういうキナ臭いあれこれが。

かに、参加人数は年々増加の一途を辿ってるし、劇場版を皮切りにかなり人も増えて層も様変わりしたように感じる。(めんどくせえツッコミを恐れず表現するなら「ゴロ」っぽーい感じ)

特に感じるのがコスプレイヤー存在で、ガルパン放映直後かその次のあんこう祭は確かにコスプレイヤー、いるっちゃいるなって印象だったんだけど、その翌年にはレフ板持ったカメコ引き連れてたりするコスプレイヤーがいたりして、いやいや、ここはあくまで町のお祭りであってアニメイベントではないんだよってスゲー思ってっつうか正直ドン引きして、なんかその頃から毎年毎年「なんか違う」感が蓄積されて来たというか住み分け感が崩壊してしっちゃかめっちゃかになってるっていうか

そんな感じで毎年毎年覚える違和感キナ臭い話なんかも耳に入ったりでどうなんだろうなーと思いながらもやっぱり参加しないことでの後悔が恐ろしくて結局今年も朝早起きして大洗に向かってしまった俺の話。

呪いだよな

呪いだよこれ

でもガルパン大洗も好きなままなんだぜ。

取り巻くアレコレに疲れちゃったのかも。

今度時間があるときイベントでもなんでもない日にふらっと行って自分のペースであれこれ買い物したいなって思った。海とかボケっと見てさ

以上愚痴とかよくわからない何かの吐き出し。

おわり

追記:

まとまってなかったのでいくつか

1.自分の中でガルパン絶対的ものになってしまっているので離れたくなっても離れられないという話

一部のファンガルパン大洗のもの呪いを掛けてきてるとかそういう話ではないです

2.後半の部分に関して杉山Pが言いたいことを分かりやすく言ってくれました。

ガルパンファンは町やそのお祭りに受け入れてもらっている立場だというのを忘れてはいけないと思いましたまる

修正:

神格化〜のくだりを分かりやすいよう修正しました(遅い)

2018-11-04

手塚治虫作品無料公開されてるから色々読んで感想を書く 1日目

https://www.ebookjapan.jp/ebj/free/campaign/tezuka/

おいおい2日目の今日11/3)きづいたよ。誰か早く言ってくれたら良かったのに!

ってわけで色々読んだ。

 

きりひと讃歌

人が獣人になってしまう奇病「モンモウ病」。青年医師小山内桐人はそれを風土病と考え、同僚の占部とともに研究を進めていた。一方、日本医師会会長への選出を目指す竜ヶ浦教授伝染病と考え、対立する小山内の排除を目論んでいた。竜ヶ浦の指示によりモンモウ病患者出身地に赴任することになった小山内はその奇病の餌食となってしまい……。

獣人という差別から逃れられない存在になった主人公を通し、中身ではなく外見ですべて判断される虚しさ、あるいは判断する愚かさを力強く訴える。医者として確かな腕を振るっても、ただ犬の顔というだけで結果が信頼されないのはまー辛い。

ヒロインは3人いるが、行動にいちいち生々しさがある麗花ちゃんお気に入り。拾った赤ちゃんに対するスタンスには彼女生き様を感じた。

悪役に対してはわりと因果応報モンモウ病を受け入れる層に囲まれるシーンもあって小気味よさは感じるが、その分、ヌルい結末だなーという感じ。

見た目だけでなく、生肉ガツガツわずにいられないことによって人間尊厳を奪われてしまうのがモンモウ病の特徴であり作品の中でも重きをなしていたと思うのだが、中盤以降そういうのがなくなってしまったのもヌルさに拍車をかける

 

アドルフに告ぐ

第二次世界大戦におけるナチスドイツの興亡を背景に、「ヒットラーユダヤ人の血が流れているという(ナチスにとっての)大スキャンダル」を巡って世界が、そしてふたりのアドル少年稀有友情翻弄される様を描く。

めっちゃ面白かったー。物語の展開のさせかたがチビるほど上手い。もうひとりの主人公である峠草平の弟がドイツで殺された理由はなんなのか、何を草平にたくそうとしていたのか、なぜ草平はなぞの組織特高から襲われ続けるのかーといった感じで話がグイグイ進む。ヒットラー秘密を軸に、いろんな人物が入り乱れ、運命が捻じ曲げられていく。

特に、アドルフ・カミルユダヤ人と見下すことなくむしろ尊敬を持って接していたアドルフ・カウフマンが、ドイツ本国学校に入ったあとナチズムに染まっていく描写が圧巻。無垢な魂も環境が容易に堕落させえることを、手塚先生は容赦のない筆致でえぐり出していく。

そして訪れるふたりのアドルフの友情の結末とタイトル回収。どこを切り取っても隙なし。文句なしの傑作。

ちなエリザちゃん初登場時の顔面偏差値の高さすごい。あれは一目惚れするわ。手塚先生が描く美少女2018年でも十分通用すると思う(そしてその子が老婆になった姿もしっかり描くところが手塚先生エゲツない)。

 

奇子

復員後、GHQ秘密工作員として働く天外仁朗。久しぶりに戻った実家では、父親が兄嫁と不義の娘・奇子(あやこ)をもうけるなど、人間関係が汚れきっていた。仁朗はGHQから命令で、殺しの後始末を手伝うが、返り血を浴びたシャツの始末を奇子に目撃される。一族から犯罪者が出ることを恐れた天外家は奇子を地下牢に幽閉するが……。

タイトルの割に、戦後直後の地主一家の腐りっぷりが話の中心。肉欲に金欲、そして一族の体面最優先な感じがキツい。一見まともに見える人物も後々おかしくなったりするのでそういった家の宿痾を巧みに描いているとは言える。

タイトルになっている奇子も、幼少時は純粋で可愛らしいと言えるが、幽閉され常識モラルがないまま長じてしまった後は性的に成長した外見と非常識内面ギャップがかなりキツいキャラになってる。外見も童顔なのに高身長グラマラスグロテスク、という感じがこう……(たぶんわざと)。

というわけでヒロインにゐば(仁朗の母)で決定。夫が息子の嫁に手を出すのを止められなかったとはいえ作品良心ともいえる存在(息子の嫁は純粋被害者)で、話が進むにつれだいたいおかしくなっていく面々に対し最後までまともかつたまに元気な姿を見せてくれる一服の清涼剤であった。かーちゃんかわいいよかーちゃん

 

アポロの歌』

幾人もの男と関係を持つふしだらな母に虐待されて育った近石昭吾。彼は愛し合う生き物を見ると衝動的に殺してしま性格に成長した。ある時、警察現場を見られ、彼は精神病院送致される。催眠治療過程女神像に「女性を愛するが、結ばれる前に女性自分死ぬ」という悲劇体験し続けろと宣告されるが……。

重たいテーマを扱った手塚作品は緻密かつ重厚世界観になりがちで、話を把握するのが大変。だけど、これは主人公トラウマも設定も最初にぜんぶ開示されるため非常にわかやすい。かつ、それらの体験を重ねていくと大きな物語が浮かび上がる仕組みにもなっていて、かんたんなわりに厚みもあって楽しめた。

ある女性を愛するけど毎回悲劇的な結末を迎えるという構造に関しては『ゼノギアス』を思い出した。フェイとエリィに幸せな結末が訪れたように、いつかこふたりにも……と期待してやまない。

 

海のトリトン

漁師の息子・矢崎和也トリトン族の赤ん坊トリトン」を拾う。直後に津波漁村を襲い、和也の父は死亡。トリトンを忌み子と見た祖母に捨てるよう言われるが、和也は母を説得し、トリトンを含めた3人で東京へ。長じたトリトンは、己が人間でなくトリトン族であり、一族の大半はポセイドン族に殺されたことを知る。トリトンポセイドン大王を倒すために海へと出るが……。

今まで読んだことはなかったけど、いわゆる衝撃のラストについては知っていた。けどそういう展開にならずアレーと思ってwikipedia見るとそれは富野監督をしたアニメ版オリジナル展開だったという……。

衝撃のラストに比べれば、漫画版はひどく平凡な出来って感じかなー(それでも冒険活劇としては読めるけど)。テーマとして憎い敵であっても許すの大事ってのがあると思うんだけど、けっきょくそうならないしね。

あと今の感覚で言うのはアレだけど、今まで子ども扱いしていたピピ子が美少女に成長したとたん「洋子ちゃんよりずーっときれいだよ」とか平気で言ってしまトリトン普通にない。

 

リボンの騎士

おしゃま天使チンクのいたずらで男の子女の子の心を持って生まれ王女サファイア。出生のとき王子と誤って発表されたことにより、一日の半分を王子、もう半分を王女として育てられることに。サファイア排除して息子に王位を継がせたいジェラルミン大公や、サファイア女の子の心を奪おうとする魔女の魔の手が迫る。

戦闘美少女男装令嬢、女装少年(「亜麻色の髪の乙女」に変装するため)など今現在おおきな勢力を誇る萌え要素の先駆けであり、実際それらの要素に期待して読んだけどとても楽しめた。

お話的にはピンチピンチ連続で、けっこうハラハラキドキ。ただ、ヒーローであるフランツ王子に中身がないせいで、こいつと結ばれるためにサファイアは頑張ってるのかと思うとかなりしらけるものが……。

キャラとしては魔女の娘であるヘケートが魅力的。奔放な性格ながら自分というものを持ち、それに反することなら母ですら出し抜いてみせるところが小気味いい。フランツ好意を抱きながらもそれを黙ったまま迎えるラストは心が動いた。ヘケート→フランツの逆でサファイア好意を抱く海賊ブラッドというキャラがいるけどこいつも同様の魅力がある。

キャラはいいのに主役ふたりの中身がしょぼいのは本当になんなのか……。

あと魔女はいい悪役だったけど、後釜のビーナス微妙すぎる。魔女ポジションがまったくいっしょだった上にキャラの厚みがゼロ

いいところと悪いところが極端という印象。

ちななかよし版のあと少女クラブ版をちらっと読んでみたけど、コマ割りのレベルが低すぎてさすがに読めなかった。漫画神様も昔はこうだったのかと思うと妙に安心する。

 

※続き

https://anond.hatelabo.jp/20181104153709

2018-10-14

汚くて気持ち悪い女の子の絵

所謂ふつーの萌え絵というより、絵柄が極端に古臭く、ラノベエロゲ基準からしても過剰な巨乳描写(そんな人間いねーよ!というレベル巨乳)、そもそも描かれているキャラクターのチョイスが異常に昔だったり、子供っぽかったり、かつ異常に下手くそイラストを見たとき

率直に言って 気持ち悪いなー と思ってしまうというか、絵として単純に不愉快度が高かったりする

描いている人の年齢とか、その人の抱える欲望や好みに一切アップデートがかかっていなさそうな感じとかが、一切の体裁を顧みすただただ欲望の発露として打ち出されているような画面に不愉快さを覚えるのだ

絵の下手くそさも不快感拍車をかける、なんかすごく汚く見えるぞと。美的感覚とか衛生観念というものはないのか?と言いたくなってしま

まるで満員電車加齢臭きいたおっさんの間近に詰め込まれたような感覚に陥る

それで思ったのは、この感覚、多分今のメインストリーム萌え絵オタク向け女の子の絵に対する嫌悪感を覚える人の感じているものと何ら変わらないのでは?という気づきがあった

自分も昨今のアニメ漫画にどっぷり浸かってるせいであまり気にしてなかったけど、いざ「不愉快な絵」というものに直面すると、無視もしくは排斥したいと言い出す人がいても何ら不思議ではない

勿論「不愉快な絵」は描いた本人からすれば快楽追求の結果なのだから、作者のおっさん(仮におっさんとする)としては文句を言われるのは極めて不服だろうし、勝手にやってくれというのが落としどころだろうけど

ラノベとかキズナアイとかがそういう欲望の発露としての汚くて気持ち悪い女の子の絵として見える人の言い分も、まあわかるなあーという気持ちになった

2018-10-01

遅れたところで大した問題が起きない職種なのに

無理やり出勤しようして、電車の混乱に拍車をかける奴って社会の敵だよな。

それを止めない会社上司もな。

2018-09-24

いま思えば2013〜2014年、あの頃は良かった

何がって、黒ストッキングの話だ。

2013年から2014年ピークだっただろうか。ティーンから40代に至るまで、幅広い層で秋冬ファッションにおける黒ストッキング/黒タイツの着用が広がったのだ。

合わせる靴も、その少し前まで流行っていたニーハイブーツロングブーツが消え、ショートブーツパンプススニーカーなど、足首が見えるスタイル多数派に。また、ボトムスショートパンツミニ丈のスカートなど、膝上からももまで見せるもの普通となっていた。

足首からももまであらわになった脚線。その広々としたうねりを包んでいたのが黒ストッキングである。黒ストッキングがあるから安心して脚線を露出できる。脚線を露出する服装からストッキング必要となる。その相乗効果により、世はまさに大・黒スト時代であった。

 

では、その後の黒ストッキングの後退の理由はなんだろうか。現在、街を見渡すとルーズシルエットやワイドパンツ闊歩しており、その流行理由として挙げる声は多いだろう。

しかし、本増田は、決定的な理由別にあると考える。それは「黒ストッキング=透け感が重要」言説の登場である

増田読者諸兄は、「デニール数が少ないほどイイ女!」……そんな記事を見たことはないだろうか。曰く、デニール数(ストッキングの厚さ)が少ない、すなわち、薄くて素肌の色が透けて見えるストッキングセクシーでいいのだそうだ。同時に、厚手のストッキングタイツセクシーではない(男ウケが悪い等)、と。

調査を行なったところ、2015年初頭からそのような言説の記事が登場。単発ではなく、後追い粗製乱造ウェブ記事の増加(2016年DeNA WELQ事件を思い返してくれればよい)が拍車をかける

ここで疑問に思われる方もいるかもしれない。

「薄い黒ストッキングセクシーとなれば、今度は薄手のもの流行するのではないか?」

だが考えてみてほしい。例えば、ある冬の寒い朝高校1年のあなたの娘さんはいものように110デニールの黒タイツを履いて学校へ出ていった。その翌日。突然、30デニールの透け感たっぷりの黒ストッキングを履いて学校へ行こうとしている。頑固親父ならずとも「どうした?」と言わざるを得ないだろう。かように、セクシーであるというのはハードルが高いものだ。単に年齢・性別問題ではなく、セクシーであっていい場面というのは非常に限られているという意味でも。

 

この「黒ストッキング=透け感が重要」言説、国内老舗ストッキングメーカーマーケティングも絡んではいるのだろう。2014年時点に立ち帰れば、黒ストッキング/黒タイツ市場はもう飽和してしまたから、「秋冬の防寒用」から「年中の基本着用」へと(ベージュを中心とした)パンスト復権パンストレコンキスタパンスト維新企図していたことがうかがえる。しかし、「セクシー」を強調したことが仇となったかファッションの変化のあおりも受けてパンストタイツの消費自体が低迷する結果となってしまった。

(※国内供給量の推移:2013年 3400万デカ2017年:2800万デカ

デカ」とは靴下単位で、10着(セット)のことを指すらしい。閑話休題

 

かくして、我々がその攻守のバランスを愛していた80デニールの黒ストッキングは「やぼったいもの」の烙印がおされることになった。ファッション都落ちである。我々はセクシーではないことの方が多い日常を過ごし、でもほんの少しのセクシーさを求めていただけなのに。

まもなく、寒さとともに本格的な秋冬ファッションシーズンが来る。黒ストッキング/黒タイツはどのような2018-2019シーズンを迎えるのか。あなたワードローブに眠っている黒ストッキングはお元気ですか。

2018-09-20

残業0の世界

すべての企業がNO残業世界になったら

一日8時間いかパフォーマンスを上げられるかが重要視されるようになる

無能社員サビ残で優秀な社員との差を縮めることもできなくなり

いずれ無能烙印を押され会社から放逐され転職余儀なくされるだろう

会社に残った者たちも同僚や競合他社との競争において残業で無茶できなくなったことで

個人会社の実力があからさまに示されることになる

まり残業のできない世界は実力至上主義の超競争社会になるのだ

優秀な人材福利厚生の充実したイケてる会社一極集中するようになり格差さらに広がっていく

そして世の傾向として会社側も少しでも競争に不利になる可能性のある適齢期の女や

共働き子供のいる男なども採用消極的になるだろう

会社社会での偏差値を上げるために可処分時間勉強にあて、時間をとられる恋愛

結婚にもネガティブになり少子化拍車をかけることになる

実力のあるヤツが儲けることができるというのは正しい世界なのかもしれないが

少し足らないやつも根性論精神論ごまかしつつサビ残で食らい付いていけるような

少しアソビのある世界でないと遅からパンクするぞ

2018-09-19

anond:20180919023638

20年引きこもってるやつ知ってるから長期懲役刑特別厳罰だとは思わない

長寿化が進んでさら家族持たない人生普通化して個人主義跋扈する今は余計に長期の懲役世間の求める「厳罰」とはかけ離れていく

それがさら厳罰化に拍車をかける構造

犯人だけでなく親兄弟実家やご近所、地域全体も連帯責任だ!ってな感じにネット世論は沸騰する

 

世間の求める厳罰とは多分懲役数字を加算するだけのものではなくて犯罪者見える化、罪を犯した人の二級市民化であり、そのための法制化を必要としているのだろう

2018-08-02

スマホが壊れ、バックアップを取らなかった俺の電話帳はすべてが電海の藻屑と消えた

中学校あいつら。ギリギリ高校入学のお祝いに買ってもらえたガラケー(という呼び方もない時代)持って赤外線通信してメルアド交換しあったあいつら。もう何年も連絡をとってないあいつら。

高校あいつら。ケータイ持ってるのは当たり前。赤外線通信しあった友情入り口。まだLINETwitterもないときのお前ら。異性とのメルアド交換は部活の先輩が最初だった。ウブだった俺は先輩に童貞を奪われた。ような気がした。先輩は俺の恥部とも呼ぶべき「名字名前+生年月日」という佐藤太郎なアドレスを先輩同士で俺の断りなく共有した。恥部拡散であった。拡散先のアドレスには「彼氏Love彼女初キス(結合?)記念日」と思しきアドレスもあった。別れたらアドレス変えるのだろうかという俺の期待は虚しく卒業するまでその先輩のアドレスは変わらなかった。怒張した、あるいは豊満なそれを想起させかねない文字列を、その先輩が俺にメールを送るたびに見せびらかしてくるのであった。屈辱である。このような屈辱が、性の早期化に拍車をかけるである

大学あいつら。・・・は、Twitterやら始まりつつあったのであまりメルアド交換せず、TwitterIDの共有がご挨拶となったが、さすがにサークルの連絡共有では未だにメールが現役だった。とはいえ、そのメールPCからメールへと移行した。学生一人ひとりにメールアドレス交付されることで、学生講師陣との円滑なコミュニケーションが期待されていたわけだ。この頃にはGmailも本格的に使い出す。ゼミ飲み会などはこちらを利用する。つまり個人ガラケーメルアドなどは、この時点で大して知る理由に乏しいというか、極めてプライベートものになったのである。思い返せば私も自分から相手メルアドを聞くことはしなかったはずだ。聞かれることもなかった。ちなみにこの年リーマン・ショックである。私は内定先を得られずに卒業することとなる。ゼミの仲間も半数は内定できずに卒業留年、院進と歩を進める。

私がスマホを買ったのはこれから2年後の話である。長い付き合いだったが、昨日、突然再起動を繰り返すようになった。

・・・とまあ、このようにして蓄積されてきた私の青春の一部であったものが、昨夜、すべて失われた。厳密に言うとクラウドに移行しつつあった大学以降のメンバーアドレスは直ぐにわかるのだが、それ以前、ネットが普及しつつあった時期のあいつらのアドレスなどはすべて取り戻せない。本日キャリアショップに足を運び、考えた結果、データ復旧は無理という結論に達した。

基本的には、私が悪い。スマホを買った時点でバックアップを取るべきだったのだ。それを数年も疎かにした私のツケだ。

高校までに知り合ったあいつらもいい年だから、まあ半分以上は結婚し、出産もし、良い家庭を築いているのだろうし、当然俺の顔を覚えている奴は殆いないだろう。俺自身も、今町中であいつらを見かけても記憶と一致できる自信がない。近いようでいて、俺とあいつらはいつの間にかこんなにも遠いところまで来ていたのだ。あいつらも、俺に今更メール電話を送ることも掛けることも全員がしないだろう。できないやつもいるはずだ。例えば私と同じコトになってバカを見たとか、例えば津波に飲まれて死んだとか。

だいたい、小学校の頃に知り合った友達はどいつもこいつもケータイのケも知らなかった。電話帳だ電話帳。学校で遊ぶ約束したら準備して直行。その場には必ずあいつらが来る。そしてあいつらとゲームボーイで遊ぶんだ。いや、もちろんサッカーもする。サッカーもするが、ポケモンをするんだ。ゲーム男女平等小学生サッカーとなると既に体力差が見えるが、ゲームでモノを言うのはサッカーとは別なところ。女子ゲームもするけど男子サッカーしたがったから一緒に遊んだ。そこから女子の家にお邪魔したことも何度かある。

まったく、いい年していつまでこんなものに執着してるんだろう。新しい出会いの少なさもそうだが、社会人になってから会う者どこかみんな余所余所しいというか、皮を何枚も被ったかのような付き合いだ。いつしか私もそれを当然のこととして他人に仕掛けている節もある。こんな大人のなり方なんて、誰が望んだんだ?

正確には、そういう付き合いができる人がいないわけではないが、圧倒的に少なくなった。

また、あの頃のような付き合いがしたい。何もかもが瑞々しくて、眩しい。出会いばかりで別れのない幸運な日々。この生なら、飽きの来ない無限謳歌できる。

どうして俺たちは、かつてのような付き合いができなくなったんだ?

2018-07-10

俺の青春人生

悲しいことに俺の青春人生は、オウム真理教の影響を大きく受けている。

杉並区高校に通っていたことも、俺の精神オウムで埋めることに拍車をかける要因になっていただろう。

高円寺駅には毎日のように彼らが居た。

オウムシスターズという呼称で4姉妹が踊る。

オウムショップもあったし、何度も面白がって足を運んだ。

高校のある久我山駅も然り。

彼らの一部は愉快な教祖のはりぼてを被り、ある者は象の着ぐるみに身を包み、あるいは象の帽子を頭に乗せている。

特殊コスチュームを持たない信者らは、サマナ服と呼ばれる修行用の衣服をまとい、風船やら麻原彰晃マンガを配ったりしていた。

もちろんBGMは例のマーチやらアストラル音楽という、キャッチーでありまた環境音楽のような不思議ものである

当時彼らは政界進出を目論み、選挙活動をしていた。

俺は国語を筆頭に社会科政治、そう言ったいわゆる「文系」科目は苦手ではあったものの、そんな俺でも「選挙権を持たない子どもをメインターゲットとしている活動」が、少々不自然であると感じていた。

さな子どもは風船を欲しがり親を困らせる。

そりゃそうだ。

風船はただの風船ではなく、教祖似顔絵プリントされているのだ。

高校生に配られる小冊子には、確か空中浮遊できるまでの修行の様子が描かれたマンガなどが掲載されていたが、しょせん高校生などアホの集団であり面白がってそれを貰うのだ。そして教室の後ろのロッカーの上には放置されたそのチラシが散乱していた。

男の子は好きなんだよ。

秘密基地のようなものや、仲間をコードネームホーリーネーム)で呼び会う秘密結社感が、想像力をかきたてるのだ。

ではその秘密結社に入りたくなったのか?と言えば、残念ながらそれは無い。

「なぜこんな怪しげな組織に入りたくなるのか?」と、信者心理精神構造が気になって仕方なかった。

ずっとだよ、ずっと。

彼らが大きな事件を起こし、事態収束していくまで、いや、それ以降もか。。

「そこに何かの救いがあったのだろう。」と漠然と思っていたが、なぜソレなのか?ソレでなければいけなかったのか?

その構造が知りたかったのだ。

彼らは事件を起こした。

自宅最寄り駅の野方駅近くには、呉服屋の上にオウム真理教病院があったが、そこもまた事件舞台となってしまった。

震撼した。

にも拘らず、日々テレビ報道されるオウム真理教情報は、心を揺さぶったのだ。

サティアンと呼ばれる施設には秘密化学工場があり、ヴァジラヤーナ号とかいクルーザーを所有していたり、次々と明かされる関係者ホーリーネーム挙げ句の果てに報道陣が居る目の前での暗殺まで……

笑えない、笑ってはいけない。

バイト仲間の友だちは丸ノ内線で死んだ。

比較的身近に被害者が居た。

笑えるわけがないのだ。

……にも拘らず、興味が絶えないのだ。

事態収束報道される情報の減少に、軽い寂しさすら覚えたのだ。

終わりが近づくことは良いことであるはずなのに、だ。

心を返して欲しい。

俺の心も脳細胞も、そんなことを考えるためにあるわけじゃあない。

そんなことを覚えるためにあるわけじゃあない。

心と脳細胞を返して欲しいのだ。

教祖は死んだ。

これで本当に、人々の興味も、記憶も、薄れていくのだろうか?

それとも、まだあの教団から派生したいくつかの組織が存続している以上、しぶとく人々の記憶に巣食い続けるのだろうか?

人々の……というより、俺の、だ。

こんなに、こんなに興味を注ぎ続けてきたのに、一度たりとも「入りたい」と思ったことは無いのだ。

だったら考える必要なんてまったく無いじゃあないか

その時間、心、脳細胞、そう言ったものを全部返して欲しいのだ。

2018-06-13

素人相手仕事は消耗する

世の中が便利になればなるほど素人が増える。

消費者だけでなく、昭和臭い日本会社が大好きな総合職とか営業素人ばかり。素人素人相手をして、末端にいる人間が消耗する。
金を払えば何でもできる、みたいな風潮が、そうした傾向にさら拍車をかける
資本主義技術革新さらには素人の組み合わせは消耗と格差社会しか生まない。

今日疲れた

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