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2020-12-27

わたしが2人いたら

「君が2人いたら、甘える時間も増えるし家事も終わるんだよなぁ」

子供を寝かしつけ、終わっていない家事をあらかた片付けた頃、そんなことを言われた。

わたし家事をしている間、携帯弄りながらテレビ見ていた。だからまぁそれは別にいいや。

言わなければ通じないことがあるのはわかっているし、苦手な家事があるのはよくわかっている。仕事が忙しくて疲れているのも知っている。寝かしつけている間に、できることをやってくれた事も知っている。

けれど冒頭の台詞だ。

聞いたあとからなにか良くわからないもやもやした気持ちがある。怒りではないんだと思う。何を論点にして返答をしたいのか、何が嫌なのか、腑分けが出来ていない。

わたし気持ち言語化するのが苦手だ。

いつもは寝れば解消するのだけれど、今日はまだ消化できなていない。

私が2人いたらきっと、子供と遊びながら好きな料理をして、お菓子まで作ってしまうかもしれない。積ん読を崩したりゲームをしたりもいいかも。もちろん、あなたふたりでお出かけをして、もうひとりは子どもと遊ぶというのもいい。

それはとても素敵だ。

初めて増田を使ったけれど書き出してみたら少しだけ、楽になった。アウトプット大事だね。

2020-02-09

電子書籍自炊のための断裁が辛すぎた

こんなに精神的にキツいとは思わなかった。

きっかけは思いつきだった。

引越しを予定していて、物を減らしたいなと思ったんだ。

DMMいろいろレンタル」というサービスで、断裁機とスキャナーのレンタル予約をした。

レンタルした断裁機は費用対効果に優れた製品だが、能力限界はあって

まりに硬いモノは切れないし、厚いものも切れない。

から

ハードカバーをとる

②厚い本はカッター等で分割する

ことくらいはやらなけりゃあいけなかった。

これがキツかった。

厚い本を分割するために本を逆方向に折るんだ。

そんときさ、バキバキバキ」って言うの。

殆ど小動物背骨を折っている気分だった。

で、そのあとカッターで分割するの。

でも結構硬くて何度も何度もカッターで切りつけるの。

最後 バツン!」 つって断ち切れるんだけど。

何かの首を切ったような錯覚に陥ったよね。

いや、思わなかったんだ。

こんなに、本の殺害行為っぽいものだって思わなかった。

「(誤解しないでほしい。)」

頭の中で、誰かに言い訳している自分がいる。

「(良いことをするつもりだった。)」

「(こうすれば、君(本)のことをもっと読んでもっとよく知れると思った。)」

「(ただ殺したんじゃない、生まれ変わるんだ。)」

「(こうすれば、君とずっと一緒にいられる。)」

「(それになんていったってコンパクトだろう?)」

犯罪者がするような言い訳を重ねても本の無残な姿は変わらない。

まらカバーで分割された本を覆った。

これで見た目元どおり。読もうと思えば読める。

ああでも、実は死んでいるのだ。壊れているのだ。

まともなように見えていても。

僕は気分が落ち込んだ。何が自炊だ。

凄く非倫理的な行いだ。本を殺して腑分けする行為だ。猟奇的だ。

こんなに気分の悪くなるもの自炊なんて言葉で誤魔化すな。

そこまで考えがいたって、気付くことがあった。

なんだって動物を殺して腑分けしている本当の自炊がよくて、本を殺すのがダメなんだ?

殆ど笑いたいような、泣きたいような、変な気分だった。

この倫理観は壊れてる。

それでも腹は減るしメシは食う。

本は破るし、断裁はする。

2020-01-27

テン年代俺的最強ゲームベスト10

いちゲーオタ中年男性ハートのど真ん中の最奥部に抜けないほど深く突き刺さった「テン年代ゲーム10本をランキング形式で挙げていきます。お付き合いください。

特別賞『Doki Doki Literature Club!(ドキド文芸部!)』(2017/PC

のっけから特別賞」から始めることをお許しあれ。ランキング発表後だと、1位よりもスペッシャルな空気を醸し出してしまいそうで。それを避けたかった。

でも、本作がとくべつな1本であるには違いない。だから悩んだ挙句の……「特別賞」。まんまでごめん。

個人的には『ノベルゲー」って昔からあんまやらないんです。ノベルゲーやる時間あったら小説を読むほうが(たいてい)有益だろう、という長年の思いこみ集積のせい。でも、『Doki Doki Liteature Club』は例外ゲームらしいインタラクティブな要素があるわけじゃないのだけど、小説でもマンガでもアニメでもこの表現絶対不可能

本作の凄さについてはもはや語り尽くされている感があるし、強く深い思い入れを持っている方が世界中にいらっしゃることも存じておりますし、まだプレイしていない方のためにも、内容については何も言いたくない。

でも、これだけは言わせてほしい。

本作は「神は存在を愛している」ってことをギャルゲー/ノベルゲーのガワで見事に顕してみせた一大叙事詩である。ここには生があって、性があって、詩があって、死があって……愛がある。さらには現象学的「彼方」をも開示してみせる。

その(一見破天荒、かつ強烈な内容に憤怒するかもしれない。ショックのあまりマウスを壁に叩きつけるかもしれない。号泣するかもしれない。戦慄するかもしれない。でも最後にはきっと宇宙大の愛に包まれる……絶対

ああ、すっきり。

では、こっから心置きなく2010年代・心のベスト10を発表させて頂きます

10位  『ASTRO BOT Rescue Mission』(2018/PSVR)

「……なんか妙に懐かしいな。子供の頃、お前と行った鵠沼海岸をまざまざと思い出したわ」

ゲームと本の山でとっ散らかった僕の部屋にやってきて、このゲームをしばらく遊んだ君は、いかにも重たいPSVRヘッドギアをつけたまま、そう呟いた。

僕はかなり潔癖症から、君が顔じゅうに汗をたっぷりかいてることがひどく気になって、除菌ティッシュ片手にそれどころじゃなかった。

けどさ、あの頃君と一緒に見つめた空と海の青さに、まさかVR新規アクションゲームの中で出会えるとは夢にも思わなかったよ。

ハタチん時、『スーパーマリオ64』を初めてプレイした時の驚きと、海辺自分の子と君の子が一緒に遊んでいるのをぼんやり眺めてるような、そのうちに自分たちも同じくらい小さな子供に戻って、一緒に無邪気に冒険してるような……切なくて温くて微笑ましい気持ちじわじわこみあげてきた。そのことに、僕は本当に心底驚いたんだよ。またいつでもやりに来てくれ。

9位  『ショベルナイト』(2014/PCほか)

「あー、なんかシャベル持ったナイトのやつでしょ。古き良きアクションゲームへのオマージュに溢れる良質なインディーゲーって感じだよね、え、あれってまだアップデートとかやってんの? なんかsteamセールん時に買って積んでんだけど、ま、そんな面白いならそのうちやるわー」

あなたが『ショベルナイト』をその程度のゲームだと思っているのなら、それは大きな大きな間違いだ。

プレイ済みの方はとっくにご承知と思うが、本作はレトロゲーもオマージュゲーもとっくに越えた、誰も登れない山頂に到達した類い稀な作品であるアイロニーと切り張りだけで作られた、この10年で数えきれないほど溢れ返った凡百のレトロゲームとは、かけ離れた聖域に屹立してゐる。

そして3つの追加アプデ(大胆なアイデアに溢れた全く新規追加シナリオ。今月でようやく完結)によって、本作は10年代下半期にリリースされた『Celeste』や『ホロウナイト』の先駆けとなる、傑作2Dアクションとしてここに完成したのだった。さあ、ショベルを手に彼の地へ赴け。

8位  『Undertale』(2015/PCほか)

このゲームの印象を喩えて言うなら、

久し振りに会って酒でも飲もうものなら、いちいち熱くてしつっこい口論になってしまう、共感嫉妬軽蔑と相いれなさのような感情腑分けするのが難しいくらい綯い交ぜになっている面倒きわまりない幼なじみ、みたいな。

正直、ランキングにはあまり入れたくなかった。が、初プレイ時の衝撃をまざまざと思い出してみると、やっぱり入れないわけにはいかぬと悟った。

もし未プレイだったら、このゲームはできればPCsteam)でやってみてほしいとせつに願う。当方バリバリコンシューマー勢なので、ゲームPC版を薦めることは滅多にない。だが、コンシューマー機ではこのゲームの持つ「鋭利ナイフ」のような「最後の一撃」が半減してしまうだろう。

作者トビー・フォックス氏は、かつての堀井雄二糸井重里系譜に連なる倭人王道シナリオコピーライターと感じる。

確認のために本作の或るルートを進めていた時、初期ドラクエと『MOTHER』と『moon』が携えていた「あの空気」が30年ぶりに匂い立ってくるのを感じて眩暈がした。会えば会うほど凄みを増す狂人のような作品だ。

2020年内に出る(であろう)2作め『DELTARUNE』において、トビー氏は堀井/糸井が書け(書か)なかった領域確信犯的に踏み込んでくるにちがいない。それが半分楽しみで、半分怖くて仕方がない。

7位  『デラシネ』(2018/PSVR)

その山の森の奥には古い洋館があった。

庭は川と繋がっていて、澄んだ水が静かに流れていた。

君は川沿いにしゃがみこんで1輪の花を流していた。

俺は黙って君を見つめていた。

君は俺に気づかない。

俺は木に上ったり、柱の影から君を見守ったり、触れられない手で君の髪を撫でたりしているうちに……君の可愛がってたシェパード犬がこちらにひょこひょこやってきて、ワン、と小さく吠えた。

ああ、なんだかこのゲームやってると批評目線がどんどんぼやけていくのを感じる。まるで透明な死者になってしまったような、奇妙で懐かしい感覚に否応なしに包みこまれるような……。

本作は「VRで描かれた古典的AVGアドベンチャーゲーム)」であると言われている。個人的には、そんな持って回ったような言い回しはしたくない。

VRしか描けない世界情緒に対して、あまり意識的な本作。その手腕はあざといくらいなんだけど、実際に本作をやってみるとあざといどころじゃない。泣くわ。胸の内に熱いものがこみあげてくるわ。

『Deracine』はプレイヤーの原風景をまざまざと蘇らせる。かつて失ってしまった友人を、失ってしまった動物を、失ってしまった思い出を、「ほら」とばかりに目の前に差し出してくる。そのやり口はほとんど暴力的でさえある。

6位  『バウンド 王国の欠片』(2016/PS4/PSVR

もしVR対応しなかったら、知る人ぞ知る良作(怪作)止まりだったであろう本作。

かくいう俺もPS Storeで見つけて何となく買った時は、まさか2010年代ベストに入れることになるとは思わなかった。怪しい仮面被ったバレリナ少女サイケ空間を飛び回ってんなあ……製作者はドラッグでもやってんのか?くらいの。

しかPSVR対応した本作を再度プレイして驚愕した。怪作がまごうことなき傑作に生まれ変わっていたのだ。あるいはコンテンポラリーアート作品としての本質を露にしたとも言える。ああ、VRというハードではこんな事態が起こり得るのか……。

画を作っているサンタモニカスタジオゴッド・オブ・ウォー風ノ旅ビト他)の仕事はいだって凄まじいクオリティでため息が漏れるのだが、VRとの相性は抜群だ。とりわけ今作での仕事白眉と言える。

とにかく、思わず自分少女の頬をつねりたくなるほど美しい。少女が、景色が、色彩が、確実に「もうひとつ世界」(夢、とは言いたくない)を現出させている。

そして本作は本質的な意味で——究極の恋愛ゲーでもある。誰も認めなくても、俺はそう強く感じる。あの少女と過ごした時間を、あの少女が内に秘めていた闇の部屋を、あの少女が戦っていた怪物を、そしてこの狂気と色彩にみちみちた世界日常生活の中で思い出す時、この胸に去来するのは——それは「恋」しか言い様のない儚い感情だ。

5位  『INSIDE』(2016/PCほか)

書き始めるまで、本作がここまで自分内上位に食い込むとは思わなかった。

が、確認のために軽くプレイしてみたら、やっぱりとんでもなかった。

実験施設内部に、そして自分の内側(Inside)に展開するめくるめく不穏な景色ディストピアの先にある、吐き気をもよおさせると同時に、穏やかな安寧に包まれるような、唯一無二のビジョン——を完璧に描ききった本作。

終盤の怒濤の展開と比類なき生命描写インパクトに心奪われるが、本作の真骨頂木々や空や雲や雨、海などの自然情景(それが何者かによって造型されたものであれ)の美しさだと思う。荒んだ世界の中、思わず立ち止まって、天に祈りを捧げたくなるような敬虔心持ちを強く喚起させる。

俺にとって『INSIDE』とは、自己内面に深く潜るための潜水艦、あるいは哲学書のページを繰っても繰っても掴めない、自分世界との乖離自覚するための尖った注射針であり、神なき世界宗教である

灰色にけぶった空の下、雨降るトウモロコシ畑で無心で佇んでいた時のあの安寧と絶望感に、これから先もずっとつきまとわれるだろう。

4位 『スプラトゥーン』(2015/WiiU

人の生には「もっと幸福な時期」というものがたしか存在するようだ。そして、それは必ずしも幼少期だったり青年期だったりする必要はない。

俺にとっては、傍らに愛猫がいてくれて、WiiUと3DSが現役ハードで、仕事から帰ってくると毎日のように今作にあけくれていたこの頃が——生涯でもっと幸福な時期だったと言いきってしまいたい。なぜなら、幼少期や青年期と違って、その記憶ははっきりと想起できるから

そして後から振り返ってみて、その時期がどれほどありがたいものだったか確認し、やるせない気持ちに包まれるのだ。「ああ、やっぱり」と。

プレイ時間は生涯最長となったし、この作品を通じて(自分にしては珍しく)老若男女多くの「オンラインフレンズ」ができた。

が、続編『スプラトゥーン2』は発売日に購入したものの、ろくすっぽプレイしなかった(できなかった)。

その理由は(おおざっぱに書くと)3つ。

ひとつは『2』発売時、先に述べた、俺にとってもっと幸福だった時代が過ぎ去っていたこと(ごく個人的理由だ)。

ふたつめは、初代スプラトゥーンが持っていた、俺を夢中にさせるサムシングが『2』には欠けているように感じられたこと(批評記事ではないので、それについてここでは掘り下げない)。

3つめは、次に挙げる同じく任天堂開発の対戦ゲームの登場である

3位  『ARMS』(2017/Switch

それは35年前に夢見た未来の『パンチアウト!!』だった。そして20年前に夢みた『バーチャロン』と『カスタムロボ』の奇跡的融合であり、同時にそれらとは全く別次元昇華された「理想的格ゲー」であった。

スプラトゥーン』で「共闘」の愉しさを味わった俺に、本作は「見知らぬ相手とサシで戦う」ことの妙味と厳しさをばっちり思い出させてくれた。

そして画面内のキャラをこの手で操る——そんなあまりにも原初的「ゲーム」の喜びが本作には隅々までみちていた。こればかりは「Just do it」(やるっきゃない)。

やがて俺は日々のオンライン対戦では飽き足らず、リアル大会にまで足を運んだ(あっさり敗退してしまったが……)。そんなゲームは、おそらく生涯最初最後だろう。

余談だが、Joy-con特性を生かした「いいね!持ち」による操作こそが本作の革新であると信じているのだが、革新性よりも「合理性」と「勝率」を求める猛者たちには殆ど浸透しなかった。

いいね!持ち」メリットをうまく調整できてさえいれば、本作は『e-sportsゲーム初の従来型コントローラーから離れた(両腕全体を用いた)操作形態を実現していたはずで、それについては至極残念だが、現在開発中であろう『ARMS2』に期待したい。

2位 『Rez infinite』(2016/PSVR

2010年代下半期は、俺にとっては「VRに初めて触れた年代」としていつまでも記憶されることになるだろう。

2017年冬、とにかく『Rez infinite』をプレイしなければならない——そんな義務感でPSVRを勇んで購入した。配線がややこしい機器PS4に繋げ、想像していたよりもさらに重たいヘッドセットを被り、本作をプレイすると——すぐに「ここには未来がある」と思った。いや、正確じゃないな。「未来に至る——今の時間自分」をばっちり感じたと言うべきか。現在可視化され、360度方位に顕在し、俺をユニバーサルに包みこんだ。

AreaXを初めてプレイした時の、重たい身体感覚から自由になり、魂だけが宇宙に放りこまれたような未曾有の感覚は、ゲームなるものと関わってから過去30数年を振り返ってみても、5歳の時に生まれて初めて電子ゲームに触れた時の体験と並ぶ、あるいはそれを越えかねない、空前絶後体験だった。

それは精神開放であり、身体解放だった。言葉遊びに非ず。

これだけ長いこと「ゲーム」なるものを続けてきて、ゲームからそのような感覚を初めて得られたことに深く感動し、ラストではほとんど泣いていたことがつい昨日のように思い出せる。

そして『Rez infinite』の「次の体験」を今か今かと待っている。

1位 『とびだせ どうぶつの森』(2012/3DS

Rez infiniteからまさかの……自分に驚き、何度も自身に問うた。

あれだけ昔からどうぶつの森』嫌いだったお前が。とび森を。テン年代1位に。据えるつもりか? 

お前はそんなにぶつ森好きだったのか? ありがちな中年男性みたいに「しずえ萌え」になったのか? それとも親子くらい歳の離れたフレンドと時々会えるからか? おいおい、かあいこぶってんじゃねーぞ、と。

だが本作を1位にした決定的な理由——それは、テン年代初頭に放たれた今作から仮想世界」における、人間存在理想的な在り方の萌芽をひしと感じたからだ。

一発で脳内に凄まじいヴィジョンを注入した『Rez infinite』と比べると、まるでアリが餌塚に砂糖を運ぶようなゆったりとした足取りだが、本作は確実に世界中ゲームファンに「もうひとつ世界」をキュートな顔つきと口調(しずえ嬢のような……)でじわじわと浸透させ、人々の無意識をしれっと変容させ、もうひとつ生活を愉しませ、ネット接続により文字通り「飛び出させた」。

どうぶつの森』は今年3月に発売する次作『あつまれ どうぶつの森』においてさらなる大きな広がりと変化を見せてくれるだろう。

が、俺は本作をとくべつに、個人的に、偏執的に、限定的に愛しているのだ。

それは故岩田社長が生み出した『3DS』というハードへの偏愛と、ゲーム機では3DSだけが備えた「裸眼立体視」——ARVRを折り合いし、先取りした——唯一無二の機能によって『どうぶつの森』というクローズド世界をまるで飛び出す絵本のごとく彩り、「夢の中で他者の森を訪ねる」という奇妙かつ魅惑的な通信世界を生み出し——

要は、全シリーズを振り返っても今作『とびだせ どうぶつの森』だけが持ち得た、この奇妙で牧歌的神秘的なアトモスフィアに由るものだ。

カフカ『城』や村上春樹世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』主人公のように、俺はある時、この森の中に、夢の中に、村の中に、これからも留まり続けることを選んでいた。

そういうわけで、本作を迷わずテン年代1位に据えたいと思う。

※※※※※※※※※※

長々とお付き合いくださって本当にありがとうございました

余談ですが、最初は「順不同」にしようと考えていたのです。これほど自分にとって大切なゲームたちに順位なんてつけるのは相当失礼な気がして。

でも、敢えてつけてみた。並べてみたら、なんとなく自分重要度みたいなものぼんやり浮かび上がってきたので。

異論提言はもちろん、よかったらあなたテン年代ベスト(5本でも20本でも1本でも)教えて頂けると、いちゲームファンとしてめっぽう嬉しいです。

ああ、10年はDECADE(でっかいど)。

2019-02-15

動物好きな人悪人はいない」はウソ

動物が好きという同僚が結構サイコパスで何人も会社辞めた。

あり得ないなんてことは

あり得ない。

「xxな人はいい人」という法則なんてないからな。そんなものがあれば、面接採用に困ったりはしないんだよ。本物のクソ野郎はそれを欺いてくる。お前らの体が猟奇的腑分けされる前に、違和感を感じたら逃げろ。

2019-01-28

大坂なおみ言語表現

俺は田舎に住んでるから頻度は少ないのかもしれないけれど、

もう、日本語英語か、あるいは他の言語か、みたいな解りやす腑分けじゃなくてもいいのかもい知らないと思った。

ちゃんぽんで話すし、ちゃんぽんちゃんぽんと思わない人も出てくることだろう。

スキー場リフトとかでたまたま一緒になった外国人と「適当」なちゃんぽん言語で会話するような、そんな社会が来るんだろう。

もちろん日本語の変化や固有性の経過は記録されていくべきだけど、もっとマージナルな世の中になっていく。

もう都会とか日本人観光客の多いところではなっているのかもしれないけれども。

2019-01-10

anond:20190110221959

そこはまあ・・・

おれはもうなるべくヒキコモリに馴れる方向で訓練してるから何とも言えない

外に出て人とコミュニティ作る/参加するストレスと一人で居ることのストレス

耐え難いのはどっちかって考えたら人と合うストレスのほうが数倍重いって気付いたんでアドバイスできない

感じてる辛さも腑分けして、けっきょくより耐えやすストレスは受け入れるしかないんじゃないかなと思うのですよ

これは健常も発達もたぶんあんまり変わらないと思う、たぶん

健常のほうがより救われやす境遇は遥かに整備されてるにしてもね

twitterでのトランス排除論争についての簡潔なまとめ

Q. いまtwitterで盛り上がってるトランス排除とかって何?

A. フェミニストの一部が女性施設女子トイレなど)からトランスジェンダー女性排除を主張してトランスジェンダー当事者や残りのフェミニストから猛反発受けてます

Q. いつ頃から燃えてるの?

A. トランスジェンダー排除の発想自体欧米フェミニズムに元々ある流れっぽいですし、日本語圏のウェブでも細々と論じられてはきたのですが、急に日本語圏のtwitter流行したのは2018年下半期くらいからでしょうか。

Q. きっかけは何?

お茶の水女子大学トランスジェンダー女性入学を認めたことが引き金になったっぽいですが、最初から議論の流れを追ってるわけではないので正確にはわかりません(調査不足ともいう)。

Q. 排除派はどんな主張をしているの?

A. 女性は「女性身体を持っている」ことで差別され性暴力被害を受けてきたのだから身体が男であるトランス女性女性のための空間に入ってくるべきではない、という主張なようです(一人一派なので色んな主張が入り乱れていますが丁寧に腑分けする気力はない)。トランス女性の方が性暴力に遭う割合が高いという統計があって何度も提示されてるんですが聞く耳なさげ

Q. どっちが優勢なの?

A. 外野が見ている分には論理的にも倫理的にも反排除派の圧勝なんですが、排除派がとっくに論破された論点ゾンビのごとく引っ張り出してきて延々とエコーチェンバーの中で会話してるので一見なかなか決着がつかないように見えています。これ在日差別とか歴史修正主義とかで見たことあるやつだ。

Q. TERFって何?

A. トランス排斥派ラディカル・フェミニスト(Trans-Exclusionary Radical Feminist)の略ですが、要するに男性特権とか色々な理屈をつけてトランス女性排除しようとする一部のフェミニストのことです。

Q. 野次馬的な見どころを教えて!

A. はてな的にはビッグネームが揃っていることですかね。

シノドスから記事を削除されてた在米フェミニストの方だけでなく、配偶者を亡くして語学留学中の方、ソラノート炎上ダダ漏れ配信事件被害者の方、ダサピンクの方、森友学園問題で名を馳せたジャーナリスト氏の性暴力疑惑ステマに巻き込まれた方など、はてなフェミニストと名乗っていたりフェミニズム親和的な主張をされている方々の中でも声が大きい人たちが次々と議論に参入していてはてなー的にはオールスター感謝祭です。

さらにははてな出身ではないですが、かつてまなざしライオンとして勇名を馳せた方が熱心な排除派として活動されている辺りも見どころですね。別の大物排除派は猫アイコンだし、ネコ科への熱い風評被害では。

あと、ふだんあれだけ「男性には特権がある」と主張している人たちの一部が「シスジェンダーには特権がある」と言われた途端に発狂してそんな特権ないとか言い出してる光景は見ていて呆れ返ります面白いですね。

Q. 印象的な発言とかってある?

A. トランス排除派のやべー発言打線組んだ(「」内は全て原文ママ)。

1中 「私は女性とはセックスで決まると思っているので、最初から前提が違いますね」

2右 「特にシスヘテ女という表現は、それ自体が、女性他者化する女性憎悪である。」

3左 「差別認定してりゃ黙ると思ったら大間違いだよ」

4一 「トイレで怖い目にあわされたことない人は全員黙っててよって思う。一大事やねん。人権とかで譲れる話ちゃうよ」

5三 (トランス女性について)「さすがYだなって感じする」

6二 「フェミニズムは生身の人間の血の叫びではじまってんの。暖炉の前でやるナンプレみたいな机上の空論に付き合ってられるか。」

7遊 「T者だけ批判しても、生得女性同性愛者はどこまでも女性専用スペースに入ってこれるんだものな。」

8捕 「ヘテロ女性にどのような脅威をもたらすかという一例。」

9投 (性被害経験を語ったトランス女性について)「草むらに引き釣りまれるだけに終わるのが男の特権だよネ~結局ゴリラ並みの腕力で対抗できるんじゃ~ん」

Q. はてなに延焼とかしそう?

A. 以下の匿名ダイアリー記事はこの論争と関係したものですね。増田だけでなくはてなブログにも関連エントリが上げられています

特に最初のやつは、やっぱアライとか自称する奴にロクなのはいないな、という偏見が強化されるエントリでしたね。

2018-01-20

anond:20180120113943

カルチャーって、「言葉」とか「絵」とか「民俗」とか、人間が生み出すもの

上記のような、地域民俗などによっても異なるそれぞれの「言葉」「絵」「民俗」などをベースに、新しく生まれてきているものサブカルチャー

からsub下位概念という接頭語が付いていると学生時代に教わったよ。

具体的には、吟遊詩人クラシック音楽ぐらいまではカルチャー流行歌サブカルチャー、とか

神話古典文学ぐらいまでがカルチャー、それ以降はサブカルチャー、とか、

単純に、学問として腑分けできるぐらい固定化されているものなどがカルチャー、流動的なものサブカルチャーみたいに考えると分かりやすい。

2017-07-04

https://anond.hatelabo.jp/20170704195505

解りにくい文章書く人だな。感情が募ってしまいそういう文になるのはわかるんだけど、折角増田に心情を吐露するのに文が解りにくかったら伝えられるものも充分に伝えられない。

相手に求めることのハードルが高すぎて二人目が欲しいならこうしろ等条件にして相手に伝えていいのか知りたい


この文は、かなり読み進めないと良人か自分のどちらがそう考えているのか解らない。

初めに主語を書く。

まれる前は家事自分がするが育児子供のことは二人でしようと散々言っていたがもうそれを求めるのは酷というか、給料稼いでくるのが育児だよねと自分ハードルが下がった。

この文も、良人か自分か、主語がわからない。「家事自分がするが……二人でしよう」がどちらが言っているのか。

自分ハードルが下がった」これもどちらなのか。もちろん、熟読すればわかる。ただし熟読せねば解らず、もっとましな書き方がある。

要求をした場合切れる事が目に見えているというか結局達成できず私が不幸になることが目に見えているし(子供配偶者の相性が悪いし育児が端的に言えば下手(口に出しては絶対言えないけどさ))

切れるのは「良人」。達成できないのは「要求」。不幸になるのが眼に見えているのは「私」。相性が悪いのは「子供配偶者」。育児が下手なのは配偶者」。口に出して言えないのは「私」。

一文の中に主語を入り交えすぎ。

一文一主語に分ける。それで接続詞でそれぞれを結ぶ。


まとめると、①主語をはっきり ②一文に一主語 ③文章文章との関係接続詞で結ぶ。

これで文章はすっきりする。

ただ、私はなにも文章の書き方だけを言いたいだけではない。

なんだかいっぱいいっぱいになっているのは良く解る。

そこから思考するために

①誰が考えているのか?

②誰が、何をどう考えているのか、あるいはどうしたいのか、誰の考えがどう問題なのか、をひとつひとつ分ける。

③ ②で分けたものは、それぞれどういう関連性を持ち、波及性をもたらすのか。どうしたらベターなのか。分けたものを繋ぐ。


要するに、問題腑分けして、クリアできるところから埋めてくことでお互いに納得できる道を模索できるはずだ。

もちろんこれで万事が上手くいくわけじゃねーだろーが、

文がごっちゃになってるのをみて、思考もごちゃごちゃになってしまってると感じてしまい、ついそれをほぐして個別に考えてみて欲しいと生意気投稿をしてしまったわけだ。

大変なの伝わってくる。落ち着いて、ひとつひとつ取り組んで下さい。

2016-10-18

出勤と仕事商売は全部違う

出勤と仕事の違いがわかりますか?ってきくと、たいていの人はバカにすんなみたいな感じで説明する。でも実態としては、なぜか出勤を仕事と捉えてるような人が多い。出勤している=仕事している、というような認識の人だ。会社に居さえすれば仕事したことになると考えている人は周りにいくらでも見つかるだろう。

そういう人でも冒頭の質問にはきちんと答えられる。出勤は職場に到着すること、タイムカードを押すこと、仕事事務なら事務営業なら営業として業務をまっとうすることだと。

例えばコンビニ店員のように、出勤しなければ仕事のしようがない職業もあるけれど、仕事は必ずしも出勤とイコールではない。直行直帰が明確に許可されている営業のような職種でなくとも、出勤せずにできる仕事は世の中には多い。出勤したからといってそれが仕事の一部になっているようなことはあまり多くないとも言える。

その仕事は何のためにやっているかというと、商売を回すためだ。電化製品を開発して売る、という商売を考えたとき、開発する、製品を売り込む、伝票管理や法的書類作成などの事務作業を行う、といったことをやらなければいけなくなる。そのために開発部、営業部経理部といった部署を設けて、その中で働いてもらう人を雇用し、開発部所属なら開発という仕事をしてもらうわけだ。

その人にやってもらいたいことは開発という仕事であり、備品使用のために出勤してもらう必要はあるかもしれないが、出勤それ自体価値はない。会社としても、法的にはともかく心情としては、対価を払いたいのは仕事に対してであり、出勤に対してではないだろう。

会社においては商売至上命題としてまずあり、その実現のために必要作業仕事として腑分けされ、それを実施してもらう人を雇用する。職場でなければできない作業であれば出勤してもらう。これが大原則だ。

ところが、その肝心の商売を忘れて仕事しか見えてない人が居る。悪くすると出勤しか見えてない人すらいる。それが別に経営者ではなく雇用されたいち労働者であるのなら非難されるいわれはない。労働者は開発や営業事務仕事をするために居るのであって、経営をするために雇われてはいない。会社商売について考えるのは経営者の役目であり、それが経営者仕事である

さて、では仕事ができる人は高給取りになれるだろうか。また、そうであるべきだろうか。

給料会社の儲けから支払われる。儲かっていない会社が高給を出し続けるのは難しいだろう。いくら仕事のできる人がいても儲かっていなければ意味がない。完璧書類仕事を迅速に行える経理や、高性能で安価安全電化製品を実現できる開発者がいたところで、営業がいなければ売上は上がらず、つまりからない。営業がいても、その製品を欲しがる顧客が圧倒的に少なければやはり儲からない。潜在顧客は見た目がダサいとか巨大すぎて部屋に置けないとか消費電力が多すぎるとかいった様々な要因で減っていくので、もっと費用対効果の高い施策となるのは何かを見極め、例えば見た目が最重要で他の欠点は当面無視できると裁定するようなマーケティング部の働きによってようやく商売軌道に乗る。その儲けをどの部の誰にどのように分配するかを考えるために人事評価を行う必要がある。

10年ほど経ってすっかり大所帯となると、各部署の人間自分仕事にだけ邁進しても回るようなシステムになっている。開発者は突然の電話対応邪魔されずに開発に専念できるし、経理必要に応じて外注クラウドサービスを使っていて引き継ぎも簡単になっている。このころには人事評価考慮すべき事柄の膨大さが人智の及ぶレベルではなくなっており、公正さは失われ、社内には不満が溜まっている。会社はより明確で納得感のある評価を行うため、誰にでもわかるようなことを重点的に採点するようになる。いわく、遅刻はたとえ1秒であっても減点評価となる、などだ。

仕事の内容が評価されず(評価されていないと感じて)、バカでも指摘できるところだけが給料に直結し始めると、仕事のできる人はとっとと辞めていくだろう。1秒も遅れずに出勤することを自分の強みにしたいなどと、仕事ができる人なら思わないからだ。

商売の良し悪しとはあまり関係ない勤怠のようなものを重視していれば、勤怠は優秀だが業績には貢献しない人が出世ないし昇給していくことになる。業務の出来不出来は二の次だ。その波が経営者すら飲み込んだとき自身仕事、すなわち商売について考えることを放棄して、社員全員が皆勤賞を取るにはどうすればいいのかといったことばかり考えるようになるだろう。

あなた仕事はなんですか。あなた仕事商売にどのように貢献していますか。あなた給料は何の対価ですか。

2015-03-02

腑分け」の意味ってなんだろう

腑分け」って元々は人体解剖を意味する言葉で、

そこから転じて「ある物事構成要素を、一定基準に基づいて最少単位まで分けて調べる(一語いうと「分析」)」

というような意味だと解釈していた。

例えば、「正義という概念腑分けすると、①個人の取り扱われ方が通時的一貫性をもち、②諸個人の間での取り扱われ方が非恣意的で、③不平等な取扱いは、正当な基準に応じた比例性が必要となる」という風に。

しかし、どうやら単なる「物事識別する、分ける」程度の意味でも使われている様子。

例えば、「雄と雌とを腑分けする」、「本物と偽物とを腑分けする」、「政治文学とを腑分けする」といった使われ方。

そこで「腑分け」の意味を調べるべく、手持ちの辞典にあたっても「解体、解剖」を指す言葉しか書いてない。

ウェブ検索で「腑分け 意味」を調べるとこういうページがでてきて

最も小さな詳細まで分析する [英訳]

腑分け:例文

この作家は、人間行動の深さを分析した

とあるのだけど、単なる「物事識別する、分ける」という用法には触れられていない。

じゃあ単に「物事識別する、分ける」の方は誤用かと思い、

ウェブ検索で「腑分け 誤用」と探してもそれらしいページには出会えない。

腑分け」の意味ってなんなんだろう。

2014-03-06

http://anond.hatelabo.jp/20140305223451

ちょっと横道にそれる部分なんだけど』と書いてるけど、脇道じゃなく、そこが本題。

ヨーロッパとは何か」は地理の話でも歴史の話でもない。

ロシアヨーロッパとは違う、と思っている人の方が常に多い。

もちろん、地理的にはウラルより西が「ヨーロッパ」だ。

でもそれは単なる地図区分けの話でしかない。

人々の頭の中にある考え方は、これとはまるで違う。

ヨーロッパの一部としてのロシア」という概念は、ロシア人欧州人の内では常に圧倒的な少数派でしかない。

まり

『でもこれは既存の、少なくとも最近腑分けの仕方ではない、と感じた。』

というのは元増田勘違い

なお、イギリス人(正確に言うとイングランド人。スコティッシュやウェルシュは知らん)は

ヨーロッパってのは大陸諸国のことだ」

と思ってて、自分たちをヨーロッパに含めるのはそれが都合がいいときだけだ、とかなんとかそういうインチキ意識を持ってたりする、場合もある。

まあ欧州情勢は複雑怪奇から、迂闊に近寄らない方がいいよ

2014-03-05

ウクライナ問題を見て感じたこと

ちょっと横道にそれる部分なんだけど

ロシア」の対立軸に「欧米」という風に報道される場合が多い。

ロシア」って(難しいところではあるが)ヨーロッパじゃねえのかと思った。

もちろんこの対立軸は、現状を把握する上で非常にわかやすものだ。

でもこれは既存の、少なくとも最近腑分けの仕方ではない、と感じた。

西側、旧東側という分けかたではなく「ロシア」と「欧米」。

何か新しい事態が間違いなく起こっているのだろう。

そうした際のマスコミ表現は、普段マスコミをバカにしがちな我々だが、バカにできない。

2013-10-03

http://anond.hatelabo.jp/20131003182500

まぁ、外に表出させなければ、ね。

ただ、ブコメあたりの叩きが過剰で、批判ブコメ自体が差別的な様相を呈してきてるのがちょっと興味深い

女はみんな思ってたことだぞ!とか

オタクはどうすんだ、とか

主語が大くくりになってるからなおさら差別的になるという矛盾

だいたい、好悪の感情差別って、きれいに腑分けできるようなものでもないしなぁ

どこまで行っても単なる個別案件しかないような気もするので

あそこまでファナティックに「この差別者がぁぁぁ!!」っていうのが、どうもよく分からん

 
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