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はてなキーワード: 文通とは

2021-04-29

青葉容疑者までポルノ的に消費すんなよ

京アニ放火殺人事件容疑者主治医上田敬博が伝えたこと「俺はおまえに向き合う。絶対に逃げるな」(週プレNEWS) - Yahoo!ニュース

https://news.yahoo.co.jp/articles/c23df430ad639ed9d2b7a9b7d220f3a9f4652226

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/articles/c23df430ad639ed9d2b7a9b7d220f3a9f4652226

こんなのタイトル見た時点で「クッサ!」って眉毛びっしょりさせて鼻栓詰めてほしいんだけどな。

しかも(週プレNEWS)だぜ?

 

ついにはてな民週プレNEWSマジレスするとこまで民度が落ちたんだな。

爆サイに来たかと思ったわ。

 

 

1.まず何なのこのインタビューとこの医師 

そもそも殺人犯治療に当たっただけの医師がなんでメディアに追い掛け回されたり

こんな克明なインタビューに応じたりしなきゃいけないの?

まずそこがおかしくね?

 

ましてほんとにこんなクッサい感じに犯人であり患者である青葉と自分情緒交流プレイボーイなんかに滔々と語ったのか怪しいもんだし

百歩譲って本当にこんな感じの話を自分の生い立ち語りまで込みでペランペランコ喋ってるなら結構変な医者じゃねーか?これ。

個人的には、ヤンキー先生とか夜回り先生とかと同じ型のスメルを濃厚に感じるんだけどな。

 

 

2.プレイボーイとか言う「そういうレベル」の雑誌

まあ記事いかにもプレイボーイテンプレのいつも通りのウェッティな仕上がりなので

元になるインタビューがあったとしても相当脚色されてると思うし、この医師については何も断定はしないけど、

けどこの記事全体から胡乱なものを感じないのってヤバいと思うよ。

 

ちなみにプレイボーイってこういうふた昔前みたいなウェッティ熱血ストーリー仕立てが好きな編集者がいて

なんでもかんでもこの味付けにするからちょっと読み慣れてると「またこいつか」みたいになる。

昔はヤングジャンプにもいたのも渡っていったと思う。何人かわからないけどかなりいい歳。

 

この記事ならたとえば一段落ついて警戒が緩んだ頃に寄って行って

治療の苦労は」とか「先生の生い立ちは」とか青葉と直接関係ない話で油断させて喋らせて

最後に青葉と交わした言葉ちょっと聞きだして再構成したら

こういう滅茶苦茶クサくて自分語り大好きなナルシス医師ポルノインタビューいっちょ上がりだし

プレイボーイはそういうことを日常的にやると思ってるから上田医師をどうこう言う気は一切ない。高い確率被害者だと思う。

 

 

3.青葉についても作ってない?

こっから本題だけど。

だいたい青葉容疑者ってそんな

「世を拗ねた不良と熱血先生」みたいな構図で理解できる犯人なのか?

そこすらまだ全然わかってないし大いに怪しいと思うんだけどな。 

 

大量のガソリン持ち出したのが斬新な結果を生んだだけで

あのタイプハチャメチャな主張やそこから発展した行動自体典型的なよく見るタイプ統合失調じゃん。

もし統合失調なら「向き合ってくれる人がいたかちょっと治った!」とかそういう問題じゃなくね?

それらの可能性も含めて何一つわかってない筈なのになんなのこの記事ストーリーは。

 

そりゃどっちにしろ死刑ではあろうけど、

公判も始まってないうちにこういうよくある安い味付けで食べやす調理して世間にまいて

単純なアホ読者に「おれ青葉のことちょっとわかった!」みたいにさせるのはいいことか?

 

 

4.アホの群れ(人気順ブコメ

damonon 犯人に人としての尊厳わずかでも取り戻させることができたおかげで、犯人自分行為真正から受け止めざるを得なくなっただろう。人間扱いされたと別記事犯人が述べていたがこの人のおかげだったのか

2021/04/29

ほらこういうのだよ。

個人的別に青葉を貶めるつもりも庇うつもりもないんだけどさあ

たとえば青葉は本当に「人としての尊厳が全くない人生の人」だったの?

どんなこと言ってるかもまだよくわかんねえし、自供だって嘘や事実でないことぐらい混ざるんだけどな。

こうやって当人が言ったとされる報道断片とプレイボーイポルノ記事で、

ちょっとウェッティかつ感動的に「わかっちゃう人達さあ。

  

nyankosenpai  犯人のことは絶対に許せない。それとは別に犯人に正面から向き合ったこ医師には尊敬するしかない

2021/04/29

別にこんな変な記事に出てくる医師じゃなくても

一生懸命人救う仕事してたらみんな患者の命に向き合ってるしみんな同じく尊いと思うんですけどねー。

いちいちこういうわかりやす仕立てのポルノ仕立てじゃないとそういうこともわからないなのかなって思うし

からないということならばマジでここもう爆サイじゃね?

 

hal9009 つくづく志がなきゃできん商売だなと思うわ

2021/04/29

医療従事者は偉いと思うんだけど

こういうポルノインタビュー感想としてそのコメントされると素直に頷けないこの感じ 

 

neniki ここのブコメで反発的なコメントを残す人ほど、上田さんのような存在必要そう。

2021/04/29

ほらほらこういうのね

きっとブコメでこいつにとって面白くないブコメがあったんでしょーね

 

この自分の感動したポルノやそのポルノでしこってる自分、そこに批判的なこと言われてカチンと来て

さっそく「上田さん」とかいってこの神格化した医師を盾にするムーブさあ。

これだけでこいつ明らかにろくでもないショボい人間でしょ?

 

この人はこの記事読んで何一つ賢くなってないし人格が向上してもいない。

しろますますバカになっててますます人格が低下してるわけよ。

ポルノでシコリながら「いいもん読んだ」と思うような低質な精神活動副作用ってそれよ。

 

 

5.上田医師は何によって不眠症になったか  

国語問題もやろうな。

はてな民の弱いとこだからな。

 

yoiIT医師とき患者の"毒"を飲み込まねばならない。”

2021/04/29

そうやってかっこよいふうに引用するまえに本文全体をよく読んで疑問を持てって話だよ。

青葉の治療は一段落したが、上田睡眠障害はいまだに完治していない。医師とき患者の"毒"を飲み込まねばならない。上田もまたその後遺症を抱えているのだ。

短期記憶力の死滅した脳味噌でここだけ読んだらまるで、

上田医師は青葉との対決で精神やられて不眠後遺症抱えてる」みたいな印象になるわけだが、実際は全く違う。

 

青葉の治療を開始してから上田不眠症になった。2時間おきに目が覚めてしまう。そのたびに枕元のスマートフォンニュース確認した。

自分が眠っている間に容疑者死亡のニュースが流れているのではないかという強迫観念に取り憑(つ)かれていたのだ。

病院の宿直室に寝泊まりしているときは、病室で生存確認してから寝床に戻った。

「彼の夢や治療の夢は見ない。でも起きたとき、『悪い夢を見た』という感覚けが残っているんです」

この通り、不眠の原因は救命に失敗してメディアに晒される恐怖だろ。

情報漏れていたみたいで、ドクターヘリの後をNHKヘリコプターが追いかけてきた。そしてニュースで『大阪狭山市』と出してしまったんです」

この地域の大病院といえば近大しかない。担当医が上田であることもすぐに知れ渡った。取材陣が殺到し、重苦しい日々が始まることになった。

という取材陣がかけた重圧のせいでな。

 

 

だって青葉は医師看護師に対し毒とか言うほどの何かをしてないし(喋るのすら満足でなくレクター博士でもねえんだからそりゃそうだ)な。

プレイボーイの脚色臭い筆致を信じるとしても、上田医師は青葉とは「向き合えよ」(了解)と言う程度のやりとりしかない。

上田医師後遺症を刻んだ「患者の毒」っていったいなんだよ?

後遺症については明らかにメディアの毒」の間違いだろうが。

 

お前みたいにちゃんと全文通しで記憶しながら読めねえ、

論理の流れを整理も出来ねえ、

そういうアホ相手なら「患者の毒を飲みこむ」なんていう文学的表現でどうでも誤魔化せるわけよ。

サイコ青葉と向き合い人間性を取り戻させた代償に精神後遺症抱えた熱血医師みたいな印象のポルノに出来るわけ。

嘘は書いてない範囲内で。

まさにおめーみたいなレベルに向けて書かれてんだよプレイボーイレベル記事っつーのは。

 

そしてこんなブコメに星が集まって人気上位なんだから

はてな全体がプレイボーイレベルまで落ちてるのであって、ほんとに落ちるとこまで落ちてんな。 

爆サイみたいな野蛮な活気はないのに知能のレベルだけ爆サイ

人の身体ゴリラ頭脳

哀しいキメラかお前等は。 

 

 

6.気持ち悪いブコメ

take1117 死刑の時は「先生につけてもらった皮膚は傷つけないでほしい」とか言ってほしいな

2021/04/29

言葉もないぐらい気持ち悪い

な?ポルノだろ?

死刑濃厚大量殺人犯までシコりのオカズにするなら振り切って上田×青葉本ぐらい描けよ。

  

saihateaxis 漢の戦いを見させてもらった。初めて病院人間扱いされたと語っていたがなるほど。プロだわ

2021/04/29

これに限らず「漢」を使うやつって頭悪くてノリの気持ち悪いやつしかいない気がする

  

travel_jarna 超良記事。今年でいちばんメディアはこういう記事を書いてほしいし、Googleにはこういう記事だけを上げてほしい。なんなんだよ、ねとらぼとかしらべぇって。。悔しいです。

2021/04/29

こんなブタのエサで感動して「今年一番!」とか言ってくれるブタ多数派なんだから

真面目なジャーナリストは報われないしエサ製造業者は張り切っちゃうよな

 

rxh この先生がいたから罪と向き合うことができたのか。凄い。医は仁術を体現する先生事件news

2021/04/29

ほらね、まだ公判も始まってないのに青葉像にまで予断が生じてるでしょ

これはいいことだと思う?

 

zumiya1948 id:monbobori 神戸連続児童殺傷事件容疑者対応した神戸少年鑑別所カウンセラーも体調を崩したそうだし、猟奇的犯罪者に寄り添ったりするのは心身を削る。 医療

2021/04/29

な?

プレイボーイなりにまるっきりの嘘は書けず

上田医師が何故不眠になったか自体はおそらく医師の言った通り正直に書いてる。

でも全体的な構成文学表現で「サイコ犯罪者青葉との交流で心をやられた」に誘導して、現にアホはその通りに受け取ってる。

してやったりってニヤついてるよプレイボーイの安ライターは。

   

nakab タックルは正面からしないと成功しないという話が特に好き。

こういう精神的に歪みを持った人と真正からぶつかることができるのは、スポーツマンかも知れない。

2021/04/29

逆にそういうの一番嫌いなんだけどさ。

ラグビーという競技シチュエーションの中で有効なコツが、対人ソリューションとどう関係あんの?

そういうのって無意味言葉遊びって言わない?

たとえばアメフトのサックは真後ろから不意打ちで噛ますのが一番有効なんだけど

そのことはお前みたいなアホの中ではどう処理されんの?

 

hokkorikun 素晴らしい先生。それはともかく、最近よく見かけるこういう腕組みしてる写真って、なんかバカっぽく見えない?私だけ?

2021/04/29

よく途中から我に返った。

その精神状態こそ智慧や理性の始まりだと感じない?

  

senbuu 敬意しかない。ただただ頭が下がる。

2021/04/29

君はせっかく普段アベだの日本人だのについてねじりまくった理屈を捻りだすことに脳を回転させてるのに

こういうポルノに対してその脳を転用出来ずあっさり転がされてるのを見るのは凄く残念な気持ち

普段活動が1ミリも役に立ってないね

 

pitti2210 凄い記事だった。

2021/04/29

ジャーナリストライターに知り合いはいないけど、ほんと可哀想なやつらだと思う。

こんなもんが凄い記事ならば、要はアホ向けの「感動」を惹起させればいいだけの競技なっちゃうじゃん?

アホの「泣き」のツボをくすぐる味付けの焼肉が「いい記事」「すごい記事」なの?

こんな肉1:焼き肉のたれ9みたいな記事が?

 

 

7.癒し系原始人

ant0720 きれいごと並べても、殺人犯を生かしたこと事実よな

2021/04/29

はてな的な「本人はちょっと賢いつもりで小賢しいけどまるでアホ」タイプのアホを大量に見た後だと

こういう原始的バイオレンスタイプのアホがなんか好ましく見えてきちゃうんだよな

はてなの毒を飲み込んだせいで後遺症抱えたわー

2021-04-28

官公庁の案内が書面によって言っていることが違っていて手続きに迷う

→先輩に聞くもすごいめんどくさそうにあしらわれる

官公庁電話して確認

→「は?当たり前だろ?」みたいな態度だったので思わず書面によって言っていることが違っていてどっちが正しいかからなかったと伝えるも「そんなはずないです」と一蹴される

先輩との間でもはっきりとした結論が出ていなかったので一応先輩に報告する

→「ああそうやっぱり」と適当にあしらわれる

むり~~~~~~~~~~~~~~~~~~~しねとくにsenpai

バキバキに条文通りやんなきゃいけない世界なのにそういうの認識してないんだよな

当たり前の事何回も聞いてくんなよとか思ってるだろうけどそこを詰めるのが我々の仕事なの理解してないんだろうなと思ってあーーーーーーもうばかみたい

2021-04-17

漢字を忘れている

パソコン携帯も普及してない昔なら漢字が書けないと生活に支障が出ていたんだろう

そして、子供ときなら漢字を書けないと勉強に支障がでていた。

そして、大人として令和の時代を生きる今、誰かに文章を送りたいならスマホで何でも漢字変換できるため、なにも困らない

普通ならね

私は趣味手紙を書くことで、ファンレターも書くし、文通もやっている。

大量の文字を書く

でも、たくさん文章手書きしていても漢字が覚えられない。

俯瞰」という文字を調べて、手紙に書いて、その「俯瞰」という漢字明日には忘れてしま

俯瞰という漢字を忘れないために、100回書き取り練習をしたとして、じゃあ来年俯瞰という漢字を書けるのかと考えたら書ける自信がない

漢検一級とるために一年間みっちり勉強したとしても、それから五年も経てば漢検一級の知識も抜け落ちているだろう

漢字は定期的に反復練習しないと覚えられない

2021-04-16

anond:20210416193722

松のやのクーポン制度考えたやつは脳が欠けてると思う

食券制で買った瞬間厨房に注文通るのに

クーポンは配膳口に渡さないといけない

先日キャベツコロッケを選んで一つもらえるクーポンを使ったが

店員は客に膳を渡す窓口としてしか意識してないか

渡す膳がないときスタンバイしてないし

膳があるときは受け取り客が優先される

通常ルートにない動きになるからクーポン渡して頼んでも高確率で忘れよる

催促したけど食い終わってからコロッケ出てきたわ

2021-03-30

メイプルストーリーの思い出(追記)

小学生の頃、狂ったようにMMORPGで遊んでいた。

自分には所謂お金持ちの友人がいて、彼は自分専用のデスクトップを3台所有していた。

彼は自分を自宅に招き、そのPCであらゆるゲームを紹介してくれた。

ぱどタウンからまり(これはゲームではなかったが)、ハンゲームメイプルストーリー天上碑(だったと思う)、REDSTONEDJMAXなどなど。

その中でも彼はメイプルストーリーにハマっており、ジャブジャブ課金をしていた。

彼はどのゲームにおいてもゲーム内フレンドを作るのが怖いらしく、そこで「現実の友人をゲーム内に連れてきてフレンド登録しよう」と考えたそうで、それで選ばれたのが自分しかった。

自分は家にPCどころかインターネット回線もなく、フレンドというにはかなり心許ない気もしたのだが、彼は自分毎日自宅に招くことで解決を図った。

実際ゲームはどれも面白く、かなり不健康光景ではあったが、「友人宅で毎日PCに張り付き隣に座る友人とゲームチャットで会話をする」ということをかなり楽しく感じていた。

しかし、彼の一番熱の入っていたメイプルストーリーを進めるうちに、課金しまくっている彼とのレベル差や装備差がかなりある事が気になってしまった。

そこで自分祖父にねだってノートPCインターネット回線を用意してもらい、彼とは違うサーバーで新しくメイプルストーリーを始めた。

彼に言われるがままにスキルを上げ、モンスターを狩る生活から、なにもかも手探りで文字通り冒険する生活へとシフトチェンジしたのだ。

正直言って、彼と一緒にゲームをするよりもはるかに楽しかった。

自分ゲーム内で知らない誰かに声をかけてフレンドになることを特段苦痛に思わなかったので、積極的に声をかけてはフレンドを増やし、さまざまな狩場でさまざまなメンバーと一緒に遊んだ

その中のどこかのタイミングで、自分は柊シミヒロ(仮名)というプレイヤー出会った。

その隣には柊シミコ(仮名)というプレイヤーがいつもいて、2人はどうも姉弟しかった。

そしていつしかその柊姉弟と、あとアスタリック(仮名)というプレイヤー自分の4人だけで、メイプルストーリーは完結するようになっていた。

かいことはもう忘れたが、毎日他愛無い話をしながら狩場を巡り、ジョブチェンジする時もみんなでバランス良くなるよう話し合いをしながら慎重に決定した気がする。

そうして遊ぶうちに、自分は柊姉と文通をするようになった。

柊姉は受験が終わり無事志望した大学合格したことや、一人暮らしが始まることを、とても丁寧な細い字で記していた。

一方自分が何を書いたかは覚えていない。ただ、大学入学を目前にした彼女にとっては、小学生の書く手紙などとてもつまらなく稚拙な内容だったに違いない。

そのうち自分は別のゲームに移ってしまい、メイプルストーリーにはログインしなくなってしまった。それでも柊姉との文通は続いた。

しかしある日、彼女からの返事は来なくなってしまった。

きっと大学が忙しいんだろう、と思いそれ以上もう踏み込むことはなかった。

それから数年が過ぎ、自分MMORPGを完全に引退し、いつかの柊姉と同じように、志望する大学合格した。

その時ふと彼女や弟のことを思い出し、自分はそのハンドルネーム検索をしてみた。

当時のハンドルネームいつまでも使うとは思ってもいなかったので、なんの情報も出てこないことに特別落胆はしなかった。

けれどあれほどにまで熱中した日々がどこにも残っていない事にはすこし寂しさを感じて、検索結果をどこまでも潜っていった。

すると、柊弟と似た名前ユーザブログが見つかった。

記事は数年前に更新が止まっていたが、そこには家族が亡くなったことと、姉が精神的に参ってしまたことが書かれていた。

そして多分その記事投稿されたタイミングと、柊姉との文通の止まったタイミングも合っていた。

柊弟のブログだと確信した。

それ以上のアクションは何も起こしていない。

彼の捨てたブログコメントをするつもりは一切なかったし、彼女自分に伝えた住所に再び手紙を送るつもりもなかった。

名前を変え、インターネットから消えていった姉弟に縋り付くつもりもない。

けれど心のどこかでは、「20年近く前に遊んだ小学生が今もあなたたちのことを覚えていて、再び何かのきっかけで出会えて話ができたら嬉しいと思っている」ということを伝えたいと思っている。

そして姉弟過去にあったさまざまなことを乗り越えて、今元気でいてくれたら、もっと嬉しいと思っていることも伝えたいと思っている。

(追記)

コメントありがとうございます

お金持ちの友人は中学受験合格し、丁度柊姉と文通を始めたくらいのタイミング地元を離れていった。

何度か年賀状の交換はしたがあまり楽しそうな雰囲気は伺えなかったうえ、大学合格した頃、風の噂で彼がもうお金持ちの友人ではなくなってしまたことを耳にした。

アスタリックについては、彼も大切な思い出を構成するメンバーではあるものの、姉弟と比べあまり個人間でのエピソード存在しない。

というのも自分は当時柊弟に恋をしており、柊姉もそれとなく察して色々と配慮をしていてくれたため、彼と個で会話することは少なかった。

いただいたコメントを読み、再び柊弟のブログを探してみたものの、もうどこにもなかった。

また自分も度重なる引越しで当時やりとりしていた手紙を紛失していたようで、柊姉弟との繋がりは完全に途絶えていることがわかった。

それでもふと何かの拍子に彼女らのことを思い出して、連絡ができたらなと思うことがあるかもしれない。

そう考えると少し寂しくはあるが、でもそれで良かったのだと思う。

自分人生ドラマチックを求める材料彼女らを利用したくはないし、彼女らもきっとそれを求めていない。

2021-03-28

anond:20210328182353

ガンダムネタはともかく、ゴッホの耳を切断した経緯ってよく分からんのよね

ゴッホが切断した耳を持参して娼婦の前に現れたのは事実みたいだけど、

ゴーギャンの、ゴッホに斬りかかられた、という証言信憑性はよく分からない

昨日か一昨日あった鎌倉事件じゃないけど、無傷だった知人の方が怪しいというか、

寧ろ、ゴーギャンの方がゴッホの耳を切断したかゴッホが自ら自分の耳を切断したか、どちらかだと思ってる

そのどちらかというと、ゴッホ自分で切断した可能性の方が高い気がするんだけど

しかし、ゴッホゴーギャンはなぜに作風が大きく異なり言い争いが耐えない間柄だったのに同棲したのかツンデレなのか

同棲を解消した後も仲良く文通し合う仲だったようだし、だったらずっと遠距離恋愛してろよみたいな感じで

2021-03-22

赤い部屋

異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろの天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子に凭もたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。

 七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆おおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラと幽かすかに揺れながら燃えていた。

 部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かな襞ひだを作って懸けられていた。ロマンチック蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。

 いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以もって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。

 誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛け人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。

 やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。

 私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦またその様に取扱って呉くれていますけれど、真実まったく正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎とに角かく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。

 初めの間うちは、でも、人並みに色々の道楽に耽ふけった時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰なぐさめては呉れないで、却かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫おっくうになって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻めぐらした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。

 そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端かたはしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目には此上このうえもなく安易生活を送っていました。

 これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。仮令たとえ強いられた労働しろ兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢ぜいたくや、血腥ちなまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ふけることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのお伽噺とぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。

 こんな風に申上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、併し世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。それはもう、お前の退屈していることは、今更ら聞かなくてもよく分っているのだ」とおっしゃるに相違ありません。ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要はないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかをよく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。

 私はこの階下のレストランへはしょっちゅう出入でいりしていまして、自然ここにいらっしゃる御主人とも御心安く、大分以前からこの「赤い部屋」の会のことを聞知っていたばかりでなく、一再いっさいならず入会することを勧められてさえいました。それにも拘かかわらず、そんな話には一も二もなく飛びつき相そうな退屈屋の私が、今日まで入会しなかったのは、私が、失礼な申分かも知れませんけれど、皆さんなどとは比べものにならぬ程退屈し切っていたからです。退屈し過ぎていたからです。

 犯罪探偵遊戯ですか、降霊術こうれいじゅつ其他そのたの心霊上の様々の実験ですか、Obscene Picture の活動写真や実演やその他のセンジュアル遊戯ですか、刑務所や、瘋癲病院や、解剖学教室などの参観ですか、まだそういうものに幾らかでも興味を持ち得うるあなた方は幸福です。私は、皆さんが死刑執行のすき見を企てていられると聞いた時でさえ、少しも驚きはしませんでした。といいますのは、私は御主からそのお話のあった頃には、もうそういうありふれた刺戟しげきには飽き飽きしていたばかりでなく、ある世にもすばらしい遊戯、といっては少し空恐しい気がしますけれど、私にとっては遊戯といってもよい一つの事柄発見して、その楽しみに夢中になっていたからです。

 その遊戯というのは、突然申上げますと、皆さんはびっくりなさるかも知れませんが……、人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、私はその遊戯発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟かいごして、懺悔ざんげ話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了ったのです。そして、今度は他人ではなくて自分自身を殺す様な事柄に、あの阿片アヘン喫煙に耽り始めたのです。流石さすがにこれ丈けは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、我慢我慢をして来たのですけれど、人殺しさえあきはてては、もう自殺でも目論もくろむ外には、刺戟の求め様がないではありませんか。私はやがて程なく、阿片の毒の為に命をとられて了うでしょう。そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰れかに私のやって来た事を打開けて置き度いのです。それには、この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。

 そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがし度い為ではなくて、ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰い度いばかりに、会員の一人に加えて頂いたのです。そして、幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副そう様なお話をしなければならぬ定きめになっていましたのでこうして今晩その私の望みを果す機会をとらえることが出来た次第なのです。

 それは今からざっと三年計ばかり以前のことでした。その頃は今も申上げました様に、あらゆる刺戟に飽きはてて何の生甲斐もなく、丁度一匹の退屈という名前を持った動物ででもある様に、ノラリクラリと日を暮していたのですが、その年の春、といってもまだ寒い時分でしたから多分二月の終りか三月の始め頃だったのでしょう、ある夜、私は一つの妙な出来事にぶつかったのです。私が百人もの命をとる様になったのは、実にその晩の出来事動機を為なしたのでした。

 どこかで夜更しをした私は、もう一時頃でしたろうか。少し酔っぱらっていたと思います寒い夜なのにブラブラと俥くるまにも乗らないで家路を辿っていました。もう一つ横町を曲ると一町ばかりで私の家だという、その横町何気なくヒョイと曲りますと、出会であいがしらに一人の男が、何か狼狽している様子で慌ててこちらへやって来るのにバッタリぶつかりました。私も驚きましたが男は一層驚いたと見えて暫く黙って衝つっ立っていましたが、おぼろげな街燈の光で私の姿を認めるといきなり「この辺に医者はないか」と尋ねるではありませんか。よく訊きいて見ますと、その男自動車運転手で、今そこで一人の老人を(こんな夜中に一人でうろついていた所を見ると多分浮浪の徒だったのでしょう)轢倒ひきたおして大怪我をさせたというのです。なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その側そばに人らしいものが倒れてウーウーと幽かすかにうめいています交番といっても大分遠方ですし、それに負傷者の苦しみがひどいので、運転手は何はさて置き先ず医者を探そうとしたのに相違ありません。

 私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから医院所在などもよく弁わきまえていましたので早速こう教えてやりました。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点ついた家がある。M医院というのだ。そこへ行って叩き起したらいいだろう」

 すると運転手はすぐ様助手に手伝わせて、負傷者をそのM医院の方へ運んで行きました。私は彼等の後ろ姿が闇の中に消えるまで、それを見送っていましたが、こんなことに係合っていてもつまらないと思いましたので、やがて家に帰って、――私は独り者なんです。――婆ばあやの敷しいて呉れた床とこへ這入はいって、酔っていたからでしょう、いつになくすぐに眠入ねいって了いました。

 実際何でもない事です。若もし私がその儘ままその事件を忘れて了いさえしたら、それっ限きりの話だったのです。ところが、翌日眼を醒さました時、私は前夜の一寸ちょっとした出来事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。

「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」

 私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは云いえ、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM医院などへ担ぎ込ませたのでしょう。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点いた家がある……」

 というその時の言葉もすっかり覚えています。なぜその代りに、

「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の医者がある」

 と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の藪やぶ医者で、しか外科の方は出来るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた筈はずなのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議心理状態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘どうわすれとでも云うのでしょうか。

 私は少し気懸りになって来たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM医院の診察室で死んだ鹽梅あんばいなのです。どこの医者でもそんな怪我人なんか担ぎ込まれるのは厭いやがるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM医院はいくら戸を叩いても、何のかんのと云って却々なかなか開けて呉れなかったらしいのです。さんざん暇ひまどらせた挙句やっと怪我人を担ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM医院の主が「私は専門医でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、或あるいは怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不当に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。

 私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。

 この場合可哀相な老人を殺したものは果して何人なんぴとでしょうか。自動車運転手とM医師ともに、夫々それぞれ責任のあることは云うまでもありません。そしてそこに法律上処罰があるとすれば、それは恐らく運転手の過失に対して行われるのでしょうが事実上最も重大な責任者はこの私だったのではありますいか。若しその際私がM医院でなくてK病院を教えてやったとすれば、少しのへまもなく怪我人は助かったのかも知れないのです。運転手は単に怪我をさせたばかりです。殺した訳ではないのです。M医師は医術上の技倆が劣っていた為にしくじったのですから、これもあながちとがめる所はありません。よし又彼に責を負うべき点があったとしても、その元はと云えば私が不適当なM医院を教えたのが悪いのです。つまり、その時の私の指図次第によって、老人を生かすことも殺すことも出来た訳なのです。それは怪我をさせたのは如何にも運転手でしょう。けれど殺したのはこの私だったのではありますいか

 これは私の指図が全く偶然の過失だったと考えた場合ですが、若しそれが過失ではなくて、その老人を殺してやろうという私の故意から出たものだったとしたら、一体どういうことになるのでしょう。いうまでもありません。私は事実上殺人罪を犯したものではありませんか。併しか法律は仮令運転手を罰することはあっても、事実上殺人である私というものに対しては、恐らく疑いをかけさえしないでしょう。なぜといって、私と死んだ老人とはまるきり関係のない事がよく分っているのですから。そして仮令疑いをかけられたとしても、私はただ外科医院のあることなど忘れていたと答えさえすればよいではありませんか。それは全然心の中の問題なのです。

 皆さん。皆さんは嘗かつてこういう殺人法について考えられたことがおありでしょうか。私はこの自動車事件で始めてそこへ気がついたのですが、考えて見ますと、この世の中は何という険難至極けんのんしごくな場所なのでしょう。いつ私の様な男が、何の理由もなく故意に間違った医者を教えたりして、そうでなければ取止めることが出来た命を、不当に失って了う様な目に合うか分ったものではないのです。

 これはその後私が実際やって見て成功したことなのですが、田舎のお婆さんが電車線路を横切ろうと、まさに線路に片足をかけた時に、無論そこには電車ばかりでなく自動車自転車や馬車や人力車などが織る様に行違っているのですから、そのお婆さんの頭は十分混乱しているに相違ありません。その片足をかけた刹那に、急行電車か何かが疾風しっぷうの様にやって来てお婆さんから二三間の所まで迫ったと仮定します。その際、お婆さんがそれに気附かないでそのまま線路を横切って了えば何のことはないのですが、誰かが大きな声で「お婆さん危いッ」と怒鳴りでもしようものなら、忽たちまち慌てて了って、そのままつき切ろうか、一度後へ引返そうかと、暫しばらくまごつくに相違ありません。そして、若しその電車が、余り間近い為に急停車も出来なかったとしますと、「お婆さん危いッ」というたった一言が、そのお婆さんに大怪我をさせ、悪くすれば命までも取って了わないとは限りません。先きも申上げました通り、私はある時この方法で一人の田舎者をまんまと殺して了ったことがありますよ。

(T氏はここで一寸言葉を切って、気味悪く笑った)

 この場合危いッ」と声をかけた私は明かに殺人者です。併し誰が私の殺意を疑いましょう。何の恨うらみもない見ず知らずの人間を、ただ殺人の興味の為ばかりに、殺そうとしている男があろうなどと想像する人がありましょうか。それに「危いッ」という注意の言葉は、どんな風に解釈して見たって、好意から出たものしか考えられないのです。表面上では、死者から感謝されこそすれ決して恨まれ理由がないのです。皆さん、何と安全至極な殺人法ではありませんか。

 世の中の人は、悪事は必ず法律に触れ相当の処罰を受けるものだと信じて、愚にも安心し切っています。誰にしたって法律人殺しを見逃そうなどとは想像もしないのです。ところがどうでしょう。今申上げました二つの実例から類推出来る様な少しも法律に触れる気遣いのない殺人法が考えて見ればいくらもあるではありませんか。私はこの事に気附いた時、世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残して置いて呉れた造物主の余裕を此上もなく愉快に思いました。ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、大正の聖代せいだいにこの私丈けは、謂わば斬捨て御免ごめんも同様なのです。

 そこで私はこの種の人殺しによって、あの死に相な退屈をまぎらすことを思いつきました。絶対法律に触れない人殺し、どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、ああ何という申分のない眠け醒しでしょう。以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、私自身に誓ったのです。

 今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。そして、あと一人になった時先にも申上げました通り私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。一人殺したあとでは、今度はどんな新工夫でやっつけようかと、それを考えるのが又一つの楽しみだったのです。

 併し、この席で、私のやった九十九の異った殺人法を悉ことごとく御話する暇もありませんし、それに、今夜私がここへ参りましたのは、そんな個々の殺人方法告白する為ではなくて、そうした極悪非道の罪悪を犯してまで、退屈を免れ様とした、そして又、遂にはその罪悪にすら飽きはてて、今度はこの私自身を亡ぼそうとしている、世の常ならぬ私の心持をお話して皆さんの御判断を仰ぎたい為なのですから、その殺人方以については、ほんの二三の実例を申上げるに止めて置き度いと存じます

 この方法発見して間もなくのことでしたが、こんなこともありました。私の近所に一人の按摩あんまがいまして、それが不具などによくあるひどい強情者でした。他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で、必ず相手言葉にさからたことをやるのです。どうして並み並みの強情さではないのです。

 ある日のことでした。私がある大通りを歩いていますと、向うからその強情者の按摩がやって来るのに出逢いました。彼は生意気にも、杖つえを肩に担いで鼻唄を歌いながらヒョッコリヒョッコリと歩いています。丁度その町には昨日から下水工事が始まっていて、往来の片側には深い穴が掘ってありましたが、彼は盲人のことで片側往来止めの立札など見えませんから、何の気もつかず、その穴のすぐ側を呑気そうに歩いているのです。

 それを見ますと、私はふと一つの妙案を思いつきました。そこで、

「やあN君」と按摩の名を呼びかけ、(よく療治を頼んでお互に知り合っていたのです)

「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」

 と怒鳴りました。それを態わざと少し冗談らしい調子でやったのです。というのは、こういえば、彼は日頃の性質から、きっとからかわれたのだと邪推して、左へはよらないで態と右へ寄るに相違ないと考えたからです。案あんの定じょう彼は、

「エヘヘヘ……。御冗談ばっかり」

 などと声色こわいろめいた口返答をしながら、矢庭やにわに反対の右の方へ二足三足寄ったものですから、忽ち下水工事の穴の中へ片足を踏み込んで、アッという間に一丈もあるその底へと落ち込んで了いました。私はさも驚いた風を装うて穴の縁へ駈けより、

「うまく行ったかしら」と覗いて見ましたが彼はうち所でも悪かったのか、穴の底にぐったりと横よこたわって、穴のまわりに突出ている鋭い石でついたのでしょう。一分刈りの頭に、赤黒い血がタラタラと流れているのです。それから、舌でも噛切ったと見えて、口や鼻からも同じ様に出血しています。顔色はもう蒼白で、唸り声を出す元気さえありません。

 こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で生きていましたが、遂に絶命して了ったのです。私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。私はこの按摩を日頃贔屓ひいきにしてよく呼んでいた位で、決して殺人動機になる様な恨みがあった訳ではなく、それに、表面上は右に陥穽おとしあなのあるのを避けさせようとして、「左へよれ、左へよれ」と教えてやった訳なのですから、私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。

 ああ、何という恐しくも楽しい遊戯だったのでしょう。巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、そして、目的を果した時の云い知れぬ満足、それに又、私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず血みどろになって狂い廻る断末魔だんまつまの光景ありさま、最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にして呉れたことでしょう。

 ある時はこんな事もありました。それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、私はある郊外文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館がまばらに立並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。ふと妙なものが私の目に止りました。といいますのは、その時私の鼻先をかすめて勢よく飛んで行った一匹の雀が、その家の屋根から地面へ引張ってあった太い針金に一寸とまると、いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、そのまま死んで了ったのです。

 変なこともあるものだと思ってよく見ますと、その針金というのは、西洋館の尖った Permalink | 記事への反応(0) | 22:33

てけつん、つきてん、すいせいてん

八、鳥を捕とる人

「ここへかけてもようございますか。」

 がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。

 それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつん荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。

「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物ゆっくり網棚あみだにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井うつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。

 赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。

あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」

「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。

「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」

あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子かぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。

「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」

「何鳥ですか。」

「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」

「鶴はたくさんいますか。」

「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」

「いいえ。」

「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」

 二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。

「鶴、どうしてとるんですか。」

「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」

「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。

そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」

「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」

「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」

おかしいねえ。」カムパネルラ首をかしげました。

おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。

「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」

「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。

「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。

「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。

「鷺はおいしいんですか。」

「ええ、毎日注文がありますしかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。

「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。

「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。

「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、

「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。

「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。

「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」

「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」

 すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。

「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。

「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。

天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」

「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、

「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。

「どこへ行ったんだろう。」

 二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。

「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。

 鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、

「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。

「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。

「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」

 ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。

「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。

2021-03-16

1998年のやりとり

とりとめもなくGoogle検索をしていたら、Googleグループというサービス経由(なのか?)で、1998年パソコン通信?と思われるやりとりの履歴がザーっと出てきた。

所属大学とか本名を出して、文通みたいに趣味話題で盛り上がっている。

2021-02-27

anond:20210227163741

文通?している

女性Aと

文通相手男性Bがいて

Bの友人Cが、おれだよおれおれって、Bのフリをした所

CがAの家族接待されて、けっかろんAとセックスをして、帰ってて

CがBに、風俗で一発やったけど、これどうやって支払うの?できればもう1回やりたいみたいなことを言った

おそらくCは風俗だと思っているのだろう

という話を伝え聞いた

おもしろいなぁとおもったという話

Bはもう年齢的に生涯独身だろうが、また1から人生をやりなおすのだろう。

ハメ撮りビデオも、オプションでとったとかとらないとか、聞くに堪えないからきいてない。など

 ↓

すみません相手に謝りに行くくらいなら、黙って消えろとおもうが

そういうのに限って会いに行って、ごめん人違いでやっちゃったとか、いい接待だったなどと言うという話

 

もうしません

 ↓

じゃぁ1回はやったんだな?という

 

な、おまえは自粛すら自粛しろっておもうだろ?

たぶん男性はこのあと生涯独身コース

おまえの文通相手と、お前を偽ったら、接待されて、セックスしてきたけど

これなんて風俗いくら払えばいいの?

だそうだ

 

冗談にはならないだろうし、人を騙すってとくでいいよな

賠償できないものは、賠償責任もないだろうから

 

風俗勘違いしたと言い張るにしろ

責任をとって結婚するにしろ

男性側がその助成と合うことはないだろうからうまいことやったなぁとおもう

 

いやおやにだれとやったかはいうな

といわれていたけど

気をつけようと思う

2021-02-24

anond:20210223182635

風太学習机の前に貼ってあるベリカードだんだん増えていくんだよね。その一つが実は終盤のあれにつながるとはなあ。

語りたいけど、ネタバレになるから、ざっくり「テーマ公害喘息に絡むある人物」とだけ…。

今みたいに遠くの知らない人と交流するのなんて、雑誌文通欄くらいしかなかったから、直接会話するなんて憧れた。

ハム試験中学生でも取れると聞いて調べたけど自分には難しそうでそのままになった思い出。

2021-02-18

花束みたいな恋をした」を観てきた カルチャーお金セックス

映画花束みたいな恋をした」を観てきた。

私(40代後半自営業、既婚、子有)的にはすごく「刺さる」映画だった。

偶然を含む特別出会いがあり、好きな音楽映画が一緒で、同じスニーカーを履いてたりする

ってことで「私はあなたで、あなたは私じゃん、私達特別じゃん」ってなり、お互いのことを

知っていく過程において、自らの映し鏡としての存在相手に求める恋愛初期の楽しい日々が

続いていきます

一緒に暮らすようになり、社会人になり、彼と彼女が一番大切にしていたカルチャー達は

彼らになんの力も与えてくれない(お金を稼ぐ力とならない)中で、彼らにとっての

アイデンティティでもあった、自分達は他の人達とはちょっと違うんだという自負がゆらいでいく。

日々の生活の中で、燃えるような恋愛感情は変質していき、日常存在としてのパートナーと  

なっていき、そして・・という映画でした。

素晴らしい映画だと思いますので、ぜひいろんな方に観て欲しいです。

私は、ラグビーだのアメフトだの基本運動部の人でしたが、サブカルが大好きで

宝島(昔あったサブカル雑誌)を読んで、そんなサブカルに詳しい(好きではなく詳しい)

ことが自分にとってのアイデンティティであり、そんな気持ちを共有できる相手を求めていました。

たくさん本を読んで,映画舞台を観て、その中から得られるものを、人生にとって大切なもの

として生きていきたいなって思っていました。(〜27歳)

 

27歳に、大学在学中からやっていた商売がうまくいかなくなり、お金がなくなってきて

アルバイトをするようになったのですが、その時に、当たり前ですが、趣味程度のサブカル

何も私を助けてはくれないし、少し環境が変わると、それを摂取する時間お金もなくなり

結婚を考えていた女の子とも別れました。(と、純愛的に書いてますが、10年間くらい同時並行

で3人くらいの子と年単位で付き合っていてカップル喫茶ハプニングバー遊びが好きなただれた

生活だったのでお金が続いていたとしても振られていた可能性は高いですが。)

50歳近くになり、仕事生活に直接結びつかない小説映画に触れる機会は極端に減りました。

映画館で映画観たのは、ストレートアウタコンプトン(米のヒップホップスターの伝記的映画

シンゴジラマッドマックス怒りのデスロード、桐島部活やめるってよ くらいです、

映画秘宝寄りですね。

昨年秋に出会い系サイトを通じて彼女40代前半)ができましたが、メールのやりとりが

はじまってから実際に会うまでの1ヶ月ずっと、若いときと同じことをやってました。

お互いの本棚写真にとって送りあって「その本、前に読んだ。」「その本読みたいと思ってた」

「私達、趣味が合うよね」どんな映画好き?どんな音楽聴くの?とやりとりし続けることで

その人のことを知ろうとしていましたし、短歌を語り合ったりしている時には、お互い

「私達って他の人達とはちょっと違うよね。」って部分もあったと思います

 

1ヶ月の文通の後、会ったのですが、カフェでもずっとそんなカルチャー話をしていました。

でも3度目のデートホテルに行ってからは、肌が合ったこともあって、会ってる時間ほとんど

ずっとホテルのベッドです。10月後半くらいから今にいたるまで会っている間の会話はあえぎ声くらいです。

映画劇中と私の過去において、カルチャー生活するお金に無力であったのと同様に、非日常の愉しさを

求める関係性においては、カルチャーセックスには遠く及ばないってことを何度目かのホテルの後に

考えたりしました。

会ってないときは、Slackでいまだに読んだ本を紹介しあってます。下手な短歌を送り合ったり

花束みたいな恋をして」観てきた方がいいよって伝えたりしています。そして次あったとき

多分ただただセックスだけをします。

2021-02-11

anond:20210209115643

Aさんの片手間の自カプ愛に敵わないのが嫌だった。

ここ、文通りにAさんの自カプ愛に敵わないのが嫌だったのか、(数字で)敵わないのが嫌だったのかで大分話が違う。

前者だとすると愛と数字無関係からあなたの方が愛が深いと思うよ、って答えになるし、後者なら頑張って数字取りなって答えになるし。

2021-02-10

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。その8

https://anond.hatelabo.jp/20210124182909

https://anond.hatelabo.jp/20210125165404

https://anond.hatelabo.jp/20210127120151

https://anond.hatelabo.jp/20210128145233

https://anond.hatelabo.jp/20210201193917

https://anond.hatelabo.jp/20210205170510

https://anond.hatelabo.jp/20210208231113

よく、お金持ちは得だ、実家が太いと得だ、といわれる。

私はお金持ちではなく、幼少期は貧困家庭に限りなく近い境遇だったが、音楽を何とかやれた。

やれた一因に、こんなエピソードがある。

地方都市からバスで数十分のアパートだってちゃん郵便受けらしきものはしっかり作ってあった。

ぼろぼろだった。

しかし、そのぼろぼろの郵便受けの私の階のひとつ下に、アエログラム航空書簡)が突き刺さっていたのである

なんでも、海外斡旋文通相手を知り、それからずっと文通を続けていたのだという。

当時私は小学生で、こんな住所にまで郵便局員がアエログラム配達しに来ることが信じられなかった。

そのアエログラムには、青色ボールペンで、英語の流暢な筆記体が記されていたのがわかった。

海外に行ってみたいという欲望は、もう小学校2-3年のころにはあった計算になる。

こういう遭遇は、金銭では買えない。偶然で買えるというといいすぎだろうか。

このアエログラムを頻繁に見ていた当時、まだショパンエチュードは私のパレットの中にはなかった。

年齢を逆算すると、バッハインヴェンションとシンフォニアをやらされて、すさまじいまでの青ペンと赤ペンが入っていた時代に該当するのではないだろうか。

特にインヴェンションは嫌いだった。まともに左手が動かない。一週で難なくセーフだった曲は一曲もなかったような気がしている。

しかし、これも問題が多かった。

当時古楽演奏というものは未熟で、古楽器による豊かな演奏聴くことは全くできなかった。

おまけに弾きこなせているピアニストも少なかったような気がしている。ギーゼキンググールドも、冷静に聴けばかなり雑だ。

今、最も正確にインヴェンションとシンフォニアがとらえられているのは、Ivo Janssenだ。子供がもしも迷っているのなら、この人の演奏を聴かせればよいと思っている。Youtubeでも聴ける。

このインヴェンションを全部何とか終了したのちに、ゲームソフト・ラリパッパ野球団が発売されたはずである

2021-01-20

匿名掲示板からTwitterへと高速で流れるコミュニケーションしか取ってこなかったせいで一日一通みたいなコミュニケーションで仲良くなるの無理すぎる、マッチングアプリやってるやつは文通でもしてたのか?

それともブログコミュニケーション取ってたはてな村みたいなやつしかいないのか

2021-01-19

父親メンヘラすぎる

追記

やっぱり離婚しかないんですね。父は昔から娘が両親揃ってないと嫁に行けるわけがないと言う理由一点張り離婚拒否し続けてるのですが、今の恋人はそんなこと言わないし、完全に奴隷サンドバッグを手放したくない建前だとしか思えないんです。ICレコーダー購入しました。しばらくリビングの隅に置くつもりです。本文通り母も私も殴られたことは一度もなくて、お金尋常じゃないくらいに怒り狂うだけで結局は出してくれる(というより家計管理しているのは母なので、ほとぼりが覚めた頃に黙って口座から引き出すのがほとんどでした)ので経済DVの方向で攻めるのも難しいかな〜と思います。頑張って録音してモラハラメインで弁護士先生相談したいと思います。完全に愚痴のつもりで書いたのにアドバイス頂けてなんだかほっとしてしまいました。ありがとうございました。父親にも育ててくれた感謝はありますが、もうずいぶん前から尊敬はできそうにないです。悲しいですが。母にはとにかく幸せになってほしいので、絶対にがんばります

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父親メンヘラすぎる。

大学生なんだけど父親メンヘラすぎる。今日のは完全にヤバかった。全部自分語り愚痴だしあんまり気持ちのいいものじゃない。

帰ってきた瞬間「家いるのかよ!」とブチギレ。母と私が混乱していると「家いないと思ってコンビニで飯買ってきちゃったんだよ!」とキレ続ける。彼は自炊経験がないため家で作るご飯には一円もかからないと思っている。一食分浮かせたはずなのに!!とキレ続ける父親スマホを逐一見てろとでもいうのか。連絡したというメッセージを見てみると無言で自分会社で行ったプレゼン動画URLが貼られていた。「俺がこれを送ったらなにかコメントを言うのが当然だ。そうしたら帰ると言う旨を言うつもりだった」怒鳴りすぎててよく聞こえなかったけどそんな風なことを言っていた。私は、母はどんな言葉を返せばよかったのだろうか。

父親は夜型の職業で(飲食とか水商売とかではない)、私が起きている時には寝ている、逆も然りで5歳くらいまでは週に一度会うくらいだった。記憶の中の父親はずっと不機嫌だった。店員さんに対してものすごく横柄だし、母が少しでも疲れた様子を見せると「俺だって疲れている」と怒鳴る。一家大黒柱亭主関白ってやつなのかもしれないけど母はフルタイムで働きながら全部の家事育児をこなしてくれていたのになあ。そんなに疲れてるなら黙っててくれよってずっと思ってた。一番古い父親に関する記憶が、母に「今日はパパとご飯食べるよ〜」と言われてものすごく嫌だなあと思いながら顔でニコニコしていたものから相当だと思う。

中学受験の時も一切ノータッチだったくせに第一希望受かった瞬間だけ俺が逐一見ていたみたいな顔して抱き締めてきたのが本当に反吐が出るほど気持ち悪かった。ついでに言うと彼は歯を磨かないからめちゃくちゃ口が臭い虫歯は無さそうだけど歯周病で全部抜け落ちるだろうなと思う。大学受験前後の時に輪をかけておかしくなり出してすごく節約を気にするようになった。テレビの主電源を切れとか朝は電気つけるなとかものすごい口うるさく言うようになった。前述の通り外食をすごく忌み嫌う、というか私と母がお金を使うのをとても嫌がる。髪切ったとか靴買ったとかそういう話をしているだけで横から睨んでくる。まるで俺の金を勝手に使いやがってって言ってるみたいに睨むようになった。母の稼いだお金だったり私のバイト代範囲の話してるとか考えられないのかな。とにかく想像力がない。母が仕事ご飯を作れない時は外食してくるけどその時も「お前は俺にこんな無駄遣いをさせた、反省しろ」と言わんばかりにブチギレる。絶食してくれ。センター試験入学金も払ってはくれたけど全部文句を言われて怒られて泣きながらお金を受け取った。それなのに父は自分の娘が○○大に行ったのは自分のおかげとばかりに吹聴している。ばかやろうが。子供ぽいんだよ。我慢もできなくて、人前ではいい顔して家族(サンドバッグくらいに思ってるかもね)とか店員さんとか自分より力の弱いやつに当たり散らして楽しいか?楽しいんだろうな。あんたがその態度で50まで生きれるこんな世の中じゃクソにもなるよ。嫌いだ。

大学東京だし就職東京にするつもりだから多分このまま実家で暮らすんだろうけど嫌だなあ。母が何度離婚したい慰謝料財産分与もいらないって言っても奴隷がいない生活が考えられないか絶対に怒鳴ってうやむやにするんだよな。裁判かにしてもいいけど私がもっと小さい頃だったら児相とか、精神病診断書とかあったんだろうけど全然手立てがわからないや。一切手は出さないから打撲跡の診断とかも無理。母も私も精神的にちょっと参ってるところがあるから暴言の録音とかの合わせ技でなんとかなるんだろうか。私がちゃん就職したら母を連れてどこか小さいアパートでも借りて静かに暮らしたい。もしかしたら贅沢はできなくなるかもだけど絶対に今よりは幸せなはずだ。父親はもともとの性格に加えて、こんなふうになった経緯も大体知っているけれどそれにしたって異常な人間だ。

何が怖いってこの人の血が私に流れてるって言うことだ。私も配偶者にこんなふうに些細なことで怒鳴り散らかしたり、子供お金を出し渋って文句を言ったりするような人間になってしま可能性があるのだ。それが怖い。何よりも怖い。恋人にも言えない。そんな人間の娘だって知られたら死にたくなってしまう。怖い。どうしたらいいんだ。

2021-01-14

食券買って自動的にオーダーが通ってるサービスエリアとかの食堂で、

初見その仕組みか分からなかくて

カウンターに食券持って行ったら

「もう注文通ってますよ~」って言ってくれるんだけど、

なんかこっちがめちゃお腹空いてる食いしん坊さんみたいに思われてそうで

言われたらちょっと恥ずかしい。

2021-01-05

anond:20210105115640

最初は「絵師仕事として注文通りに納品しただけだろうから叩くのは可哀想、叩くのは企画した企業だけにしろ」って言われてたんだよ

でもその男絵師企画もやってたって事が後で判明した

2020-12-29

もはや文通文化だけでよい、年賀状文化は滅びよ

年賀状ストレスになっている人達を見ると、年賀状文化は滅びていいんじゃないのか。いや、滅びてと思う

自分文通趣味なのだが、手紙はがきのやり取りはやりたい奴だけがやればいいと思う

やりたいやつは一方的に送って、返したくない人は返信しなくていい。

年賀状送りたいやつは返事を期待せず自己満足で送ればいい。企業DMと同じ扱いでいい。

年賀状ストレスになっているのに年賀状をやる意味ねーだろ

手紙文化が好きだから、めんどくさがりながら苦しみながらはがきを書いて送る人がいたら、「おい…はがきのやり取りはそんな虚しいもんなのかよ。そんな書きたくないものを無理やり書くならやめちまえ!」と言いたくなる

年賀状文化は滅んでいい

手紙はがきのやり取りをしたい人は、文通趣味である自分のように自主的に書いて送ってるんだよ。切手ガンガン買ってるよ

年賀状文化が滅んだら郵便局は大打撃なんだろうなぁ。

はがき切手の売上が落ちて大打撃ならパイロットとかコクヨとかトンボみたいに郵便局文房具を開発して、売るとか、郵便局文房具メーカーになってみてはどうかなあ

とにかく年賀状文化は滅んでほしい

文通のようにやりたい人だけがやる世の中になってほしい

2020-12-06

2020年人生で一番手紙を書いた

文通を今年から始めて、文通相手手紙を送りまくり

ファンレターも何通もいろんな人に送り

親戚にも手紙を送りまくり

前職で出会った人達にも何通かお手紙を書き

2020年人生で一番手紙を書いた年だった

来年もたくさん手紙を書こう

2020-11-30

anond:20201126175208

恋柱は確かに入隊の動機は「????」だけれども、鬼殺隊に居場所見出し心理はそこまで異常でもないと思う。

 

見合い人格否定を受け続け、自分自身を殺してまで結婚しようとしていたときに鬼殺隊を知り、お館様に全肯定してもらったことで

彼女自分特殊体質ごと「自分」を受け入れられ、認められる世界を知った。そこで自分が頑張って役に立てるようにまでなった。

 

柱になるには「血を吐くぐらい厳しい鍛錬に耐える必要がある」わけで、おまけに彼女師事した炎柱は後継者である継子に課す試練が厳しすぎることで有名…という設定がある。

それを乗り越えたのだから彼女はそれだけ深く自分に加えられた人格攻撃に傷ついていたのだし、乗り越えられるぐらい居場所見出していたということ。

だいたい鬼殺隊のメンバー自己犠牲精神がやたらと高いうえに自己評価が低すぎるキャラが多い。

 

さら妄想を飛躍させるならば、キャラ設定からすると心の許容量が広い炎柱・煉獄さんからもお館様と同じように肯定される反応を得たのじゃないかなとも思う。

おまけに伊黒さんもいるしね。いつの時点で知り合ったのかは定かではないけれども(逆算すると恋柱は柱になるまでの期間が極めて短い)、

蛇柱の言動現代基準でもかなりレベルが高い。

・こまめに文通距離を縮める

女性コンプレックスを気にせず、逆に励まし、応援するように何度も食事に誘う(おそらく柱の財力にものいわせて奢っていたと思われる)

・そのたびに特別優しい目で見つめる

相手が困っていることを察知し、適切な贈り物を贈る(その贈り物は仲が良くなければ拒絶されかねない肌に身に着けるものである

 

12歳まで幽閉されていた割にはやりてである

 

諸々から、「現代基準でもおかしい」は逆かもしれない。

女性結婚以外に道がない大正時代からこそ、婚活彼女にとって生死を左右する問題だったはずで、

からこそあれほどまで打ち込んだのかもしれない。

2020-11-26

沈黙で失敗する者はない。」

このいささか風変りな言葉は、さまざまな社会的地位にあって、成功をおさめ人に抜きんでた私の親友の一人が、いつも口にしていた文句であった。

実際、きわめて多くの面倒で不愉快人生のいざこざも、しばしばこのやり方で、たやすく切り抜けることができる。

これに反して、多くの人が愛好する、いわゆる「自分意見発表」は、たいてい、ただ双方の意見のくいちがいを一層きわだたせるだけで、時には事態を収拾のつかないものにしてしまうことがある。

「よく考えておきましょう」という言葉も、ひどく激しやすい人や、気心や決心が変わりやすい人に対しては、しばしば奇跡的な効果がある。

文通場合にも、返事したくないことには答えず、また催促されてもこの決心を変えないことが、多くの不快議論をうち切る確かな方法である

ところが、大部分の人が、三度目にはその決心をひるがえしてしまう。

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