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はてなキーワード: 合言葉とは

2021-06-06

陰謀論者は増加中?フラットアーサーは日本にも。

いつもは反ホロコースト否定論活動報告みたいな投稿してるけど、ちょっとだけ視点を変えてみようと思った。

Netflixビハインド・ザ・カーブ』の衝撃 

地球平面説の広まりを知ったのは、Netflixにある「ビハインド・ザ・カーブ」を何年か前に見た時くらいからだと思う。いわゆる、トンデモ説を信じる人が昔から絶えないのは知っていたけど、まさか地球平面説を現代で信じる人がいると言うのは私にとっては衝撃的だった。科学万能の時代に生きていて、スマホには当たり前にGPSを使った地図アプリがあり、毎日天気予報には観測衛星データが使われ、そんな人工衛星宇宙ゴミになるほど衛星軌道上に存在してて、海外旅行では時差を合わせなきゃならないし、ネットを使って海外の人とリアルタイムでやりとりすればこちらは昼でもあちらさんは夜なんてよくある話――と地球が球体でないと考え始める理由が見つからないほど文明人全員が地球が球体だと知っていると思っていた。

 

そんなフラットアーサーたちが拒否する考え方である地球が球体である事実」を何故、現代文明人のほとんどが受け入れているのかをアーサーたちに言わせれば、それは「NASA陰謀」らしかった。アーサーたちは例外なく、たくさんの他の陰謀論を信じている。9.11は当然アメリカ政府陰謀だし、人類は月へなど行ってないし、イルミナティだのロスチャイルドだのシオンの議定書だのと言ったよくある陰謀説をいくつも信じている。もちろん、ホロコーストだって連合国ユダヤ人による陰謀だ。アメリカン・アーサーのオキニ映画は『トゥールーマン・ショー』である理屈的に言えば似たような発想であるマトリックス』にならないのは、正直、知性の問題だとしか思えないわけだが、アメリカン・アーサーの直感にピッタリなようである。(ほんの少しだがレベルが上がるとマトリックスの「白ウサギを追え」が合言葉になるQアノンになるけれど)。

 

アーサーたちは改心することがあるのか?

どうも、それはないようである。アーサーにも色々な人がいて、積極的に「地球は平面か球体か?」を科学的に調べようとする人たちもいる。200万もする高精度ジャイロを使ったり、あるいは遠距離レーザービーム飛ばしカーブを調べようとしたりするのだけど、自分達で調べておいてその「球体である」と証明されたはずの実験結果を都合よく平面説の方に合わせてしまうのだからけがからない。私は、ネットを通じて何人かの人に聞いてみたのだけど、一様にその回答者全員が「信仰を変えさせるのは無理」との返事だった。都合の悪い様々なエビデンス無視するか、何かが間違っているからだとか、都合よく解釈して平面説に無理やりに合わせてしまうので、どうしようもないらしい。

 

何故そうまでして平面説にこだわるのかを聞いてみると、直感に反するから、だけのようである。例えば、科学的に説明される「地球赤道上で時速1700kmで回転しており、太陽の周りを時速10万8000km太陽自体銀河系を時速85万kmで移動している――だなんてアンビリーバボー!」なんだそうだ。確かに、そんな速度で動いていたら人間はひとたまりもなく吹っ飛ぶ説を覆そうとすると、それらが相対速度であったりすることを「科学的に」説明しなければならなくなるので、アーサーの知性の方が早々に吹っ飛んでしまうだろう。

 

フラットーアーサーは日本でも増殖中?

そんなアーサーは海外からこそ見られる現象なのかなと思っていた。特にアメリカは、進化論否定する人たちが大勢いることもよく知られているし、アメリカ人はアメリカこそ世界の中心だと思っている人も大勢いて、地球平面説が受け入れられやすい土壌があるから広まっているんだと普通に考えていた。しかし流石に日本は海に囲まれ島国だし、「日出る国」と呼ばれるからこその「日本」でもあるし、なんとなくイメージ的にフラットアーサーは皆無に近いと思っていたのだけど、そんなことはなかった。こんな本がとうとう日本にも。

地球平面説【フラットアース】の世界 単行本(ソフトカバー) – 2021/2/2

私が知らないだけで、昔にもあったのかもしれないが、レビュー欄を見て二度目にびっくり。一つだけ引用してみよう。

Eden Mediaというチャンネルで、CGI宇宙偽装している動画を見てからフラットアースってありかもと思っていました。地球がとんでもないスピードで移動していることを、本を読むまで全く考えたことがなかったのですが、数字を見たらありえないスピードです。私はめまいがするメニエール病で苦しんだ経験があるので、考えただけでも気分が悪くなるような異常な速さの高速移動。こんなのあり得るの?と思いますが、実際に現実の地面は全然動いている気配がしません。あと重力とか引力とかが、単に仮説だったとは。とにかく自分常識だと思っていることが、実は真実ではなかったという驚きの連続で、とても面白いです。

南極条約の不自然さがとてもよくわかりました。きっと南極条約世界中がウソをつくことに契約したんだろうなと思います。騙されていたことに腹が立ちますが、新しい世界が見えてきたようで、なんだかすがすがしい気分。フラットアースオカルトでもスピ系でもなくて、自然ちゃんと観察して出した結論だと思います自分でも太陽や月を観察してみたいです。とにかく本当の世界が知りたいと思いました。

南極条約世界中がウソをつくことに契約した」だそうであるわたしゃ、南極条約というと、ファーストガンダムで「捕虜の扱いは南極条約に則ってくれるんだろうな?」のコズンのセリフしか思い浮かばなかったけど、そっか、南極の向こうは地球平面の縁だったもんな、アムンゼンの偉業は嘘だったんだね、――ともかく、結局そういう陰謀論で解決するんだと呆れた。

 

フラットーアーサーは単に知性のレベルが低いだけだから生ずるのか?

知性レベルが低いのは必要条件ではあっても、十分条件ではないとは思う。個人的に思ってるだけの話だけど、知性レベル教育レベルであるとか元々の頭の回転の良さであるとか、特に定義があるわけではないが)が低くても、ほとんど大抵の人は自分が知らないことに対しては思考シャットダウンする。例えば、私は歴史に非常に弱いのだけど、そうした知らない歴史の話が出てくると、普通に私は知らないだけなので話に加わることはほぼ出来ない。実際、誰もが知らないことがたくさんあるのが当たり前だし、そうした無知世界に対しては、ほとんど大抵の人は考えること自体は無いはずである。極端な話をすれば、私の飼ってる猫のプリンが、地球が球体であるか平面であるかなど考えることがあるとは信じられない。

 

私たちは、そうした考える必要がなかったり、考えても知らないだけの事に対しては、普通思考シャットダウンするのではないのか。この話については、AI領域の話で、「フレーム問題」ってのがあって、簡単に言うと「ありとあらゆることについて考えないと行動に移せないのであれば、そのロボット永久に止まってしまう」というパラドクスである私たち人間はどこかで思考シャットダウンするからこそ行動が出来ているのである。例えば、道路交通法では自動車運転手は今から運転する自動車を最低限の点検しないことには運転してはならないはずだが、ほとんどの人が運転開始前の点検などしないはずだ。これを極端に考えて、自動車のありとあらゆる部分について点検しないと安全を保てない、などと考え出したら、一生かかってもその自動車運転することは出来なくなるはずである。「ガソリンに異物が混入していないか」「バラして点検した後に組み付けた時に何かミスはしていないか」「何か部品時間的劣化はないか」等々。

 

一言で言えば「余計なことを考えるな!」だけの話ではあると思うのだけれど、その余計なことを考えるように仕向ける「自分の頭で考えてみろ」というアドバイスをする人がいるから困る。著名な哲学者ルードウィヒ・ヴィトゲンシュタインは「語りえざることについては沈黙すべし」と言ったが、私に言わせれば「考えても無駄なことは考えるな」と翻訳したいところである

 

なんか話が変な方向に行ってしまったが、ともかく、地球平面説な人たちは日本ももしかすると増殖中なのかもしれないよ。

2021-05-31

チャットパッドで知り合ったJDオフパコしてきた話

コロナ下に何をやってるんだという向きもあるかもしれないが、これは本能なので仕方がない。

代休で暇だったのでChatpadで遊んでいたら、いつものごとく「男です」とか「人妻さんですか?」とかいクズばっかりで萎えていたのだが、12人目くらいで茨城JDと当たった。

20歳で黒いレースパンツはいているというので嗅がせてもらう約束で会うことに。

相手桃乃木かなというAV女優を清楚にした感じ(自称)ということだったが、下手なAV女優よりもかわいかった。

前々からこのAV女優で抜いていたこともあり、それはそれは興奮した。

駅で待ち合わせしてラブホに即イン。体型がわかる黒のスキニーでたまらん。

まずはシャワーを浴びるということで脱ぐところを見せてもらう。上下黒のレース下着が白い肌に映えて最高。

もちろんシャワーを浴びている間にくんくんしました。シャワーから出てきたJDに「きもい。」と言われたけど、それもご愛嬌

こちらもシャワーを浴びてベッドイン。いきなりあちこち触ってくる積極さがまたいい。

興奮してきたのでバスローブを脱がせて全身舐めまわす。向こうも舐めてくる。20歳のわりには経験豊富ちょっと引いた。

ひととおり前戯を楽しんでからゴムを装着して挿入。最初騎乗位で動いてもらったがこれがまたうまい。結合部に整った陰毛が見えてまたエロい

次はベッドの上でバック。さっきまでとは打って変わって大きな声。こちらも興奮して出そうになるが我慢

正常位に切り替えてもう少し頑張ろうと思ったが2分持たずに発射。

しばらくホテルテレビでくだらない映画AVを見ながらいちゃいちゃする。

いちゃいちゃも飽きてきたのでまたパンツをくんくんしてみる。さすがにこれ以上はちょっと怒られそうなので適当なところで切り上げて、お茶を一杯飲んで2回戦へ。

今度は鏡の前で立ちバックからのベッドで寝バック。気持ちよすぎて2回目なのにあっという間に発射。

事後にインスタで知り合ったイキり慶応ボーイとオフパコするか悩んでいるという話を聞く。やりとりの一部を見せてもらったが、どことなく漂う童貞臭がキツかった。

というか慶応って時点で無理だわ、という点で一致。

もう1発くらい出しとくか、という話にもなったがこちらはもう出し切っており、向こうも飽きてきたっぽいのでホテルを出て解散

ベッドで「はてな匿名ダイアリーあたりにネタとして書き込んだらおもしろいんじゃね?」ということになったので、帰宅してこれを書いている。

約束を守ってくれる人ならベッドで打ち合わせた合言葉をどこかに書いてくれるはずなのだが。

というか今何文字くらいですか。5000字はさすがに届かないか。と思ってカウントして見たら1100ちょっとしか書いてなくて草。

あとでもう少し詳しいこと補足して文字数水増ししますかね。

とりあえずいきなりステーキで飯を食ってくる。

2021-05-17

anond:20210516065603

いやー…逆だと思うな。

五輪中止で悲劇選手達が政治利用されるのを懸念してるっぽいが、五輪中止しなければ、どんな政府プロジェクトも、一旦決めたら中止できない国になると思う、日本は。

コロナ禍の五輪だって中止しなかったんだから、が合言葉になり、五輪関係ないあらゆるプロジェクトが、その一言で強行されるようになる。

最近五輪では鮮明な映像が残る。

東京五輪を思い出そう」が新しい「欲しがりません勝つまでは」になり、どんな失敗プロジェクトも中止できない世の中になるぞ。

2021-05-04

君もアイドルプロデューサーになって、最強の11人を選べ ~PRODUCE 101~

増田(30代半ば)は現在、PRODUCE 101 JAPAN SEASON2に激ハマリしている。

PRODUCE 101とは?

101人の男の子で競い合うオーディション番組

最終的に11人のアイドルグループを結成することを目的に進行する。

元々は韓国で始まり日本版2019年シーズン1が放送開始。

GYAOで全編無料で視聴できる。ありがてえ。

https://gyao.yahoo.co.jp/episode/606eb318-ef6d-439b-88df-7a56d40e7809

シーズン1で選ばれたメンバーは、現在「JO1」として活動している。

世代諸氏にはASAYANみたいなもの、と言えば分かりやすいだろうか。

この番組も、候補者(番組内では「練習生」と呼ばれる)たちが合宿ボイストレーニングダンストレーニングを受ける様子にカメラが密着して、

彼らの悲喜こもごもが映し出される。

ASAYANとの最大の違いは「投票システム」だ。

視聴者は、WEB上の投票ページから、好きな男の子を毎週11人選んで投票することができる。

翌週順位が発表され、下位の男の子番組を去ることになる。

人数は101人→60人→40人→20人→11人と、どんどん絞られてゆく。

投票できる人数も減ってゆき、最終的には自分イチオシしか投票できなくなる。

順位は累計ではなく、毎週リセットされるので、

意外なダークホース順位を上げてきたりするのが面白い

男の子たちには様々な課題が与えられ、

ソログループで歌ったり踊ったり、

たたいてかぶってジャンケンポンなどのゲームで奇声を上げたりして自分の魅力をアピールする。

デビューできるメンバーは、最終週で上位11位に輝いた男の子たち。

芸能事務所音楽プロデューサー意向関係なく、

視聴者投票のみでメンバーが決められる。

そのことから視聴者番組内で「国民プロデューサー(通称・国プ)」と呼ばれる。

現在4週目まで放送されていて、残っているのは60人だ。

増田おすすめポイント

友情努力勝利

番組内では個々の戦いだけではなく、グループで競う場面が多々ある。

そのグループ内で生まれ友情がアツい。

ダンスができない子にダンスを教えてあげたり、自信がない子を励ましてあげたりして絆が深まってゆく。

以前は敬語を使って話していた子が、タメ語になったり、お互いを呼び捨てしていたりする変化に気づいてニヤニヤできる。

講師先生たちにボロクソに言われて悔し涙を流し、寝る間を惜しんで練習した結果、

前評判が良くなかった子が本番で大化けしたりするのを見るのも楽しい

戦いはあれど、あくまスポーツマンシップに則った振る舞いが推奨されており、

あんまりバチバチしていなくて爽やか。男の子たちは、常にお互いを讃え合っている。

ホモソ感なし

男の子大人数集まれば、悪しき男子校感が出そうなものだが、

ほとんどそんな場面はない。(あっても編集で切っているのだろう)

お互いに何の臆面もなく「かわいい!」と褒め合ったり、

みんなでメイクの本を読んでキャッキャしたりしている。

講師陣も、ダンサー仲宗根梨乃さんの一人称が、ごく自然に「俺」だったり、(字幕でも「私」等に修正されない)

菅井ちゃんこ菅井秀憲さんが「アタシ~なのよ!」って喋ってたり、

全体的にジェンダーどこいった?感があっていい。

余談だが、練習生の1人、飯沼アントニーくん(17)の一人称は何故か「ワイ」だ。

単なる人気投票ではない

イケメンでキャーキャー言われる子が上位で固まるかと思いきや、意外とそうでもない。

国民プロデューサーたちは、結構メンバーバランスを考えて投票している。

練習生たちがグループを組んで対決するライブイベントが時たまあり、会場で投票が行われるのだが、

あんまり人気がなくても、歌が素晴らしかったり、ダンスで魅せたりすると大量票が入ったりする。

もともとアイドルの完成度を重視する韓国企画からか、

スキルの高さがかなり命運を左右する。

シーズン1では、2週目の投票で85位だった金城碧海くんが最終週では10位でデビューしていて、

今は下位のメンバーでもどうなるか分からないドキドキ感がある。

増田ハイライト

現時点での見所は、何と言っても「I NEED U」対決だ。

先日、練習生60人を10グループに分け、課題曲を披露してバトルするイベントが行われた。

課題曲は5曲。

同じ課題曲を選んだグループを1班と2班に分けて対決させ、

どちらのグループが優れているか投票によって決めてもらうというもの

このグループ決めの方法がかなり残酷だった。

くじ引きメンバーを決められる権利を得た子が、好きな5人を指名する、という方法

当然、人気があったりスキルが高いメンバーから売れてゆく。

課題曲にBTSの「I NEED U」を選んだ1班は、一番最後メンバーが決まったグループ

まり、他メンバーから全然指名されなかった「余りもの」だらけ。

しかも対戦相手の2班は、投票上位メンバーが多く、

さらダンス世界大会で優勝した子までいる。

1班は未経験の子ほとんどの中、

ダンス経験1年の子メンバー指導して戦いに挑まなければならなかった。

ところが、この1班、

歌がめちゃくちゃ上手だったのだ。

ボーカルトレーナー青山テルマさんに歌を絶賛され、

それまで完全に心が死んでいた1班は「もしかして勝てるかも……?」という希望を抱き始めた。

そして迎えた本番。

どんなに誤魔化しても心が君を求めてしまう……という切ない歌詞世界観を、

1班は透明感のある歌声としなやかなダンスで見事に表現した。

その対決の行方は――。

ゼヒこの動画を見て確かめてほしい。

https://gyao.yahoo.co.jp/episode/PRODUCE%20101%20JAPAN%20SEASON2%E3%80%80%EF%BC%833%20%20Part.4/60811993-36b8-4bbc-85bb-353d25dcf3e4

増田が気になる子たち

今のところ一推し(1picと呼ばれる)は

藤牧京介くん(21)。

歌が!上手すぎる!

まあ、まずはこの動画を見てくださいよ。

https://www.youtube.com/watch?v=MearCGzV5e4

練習生の中には元アイドルだったり、歌やダンスの訓練を受けていた子もいるのだが、

藤牧君は未経験者とのこと。

それでこれだけ歌えちゃうの凄くない??

以前からtiktokで顔を隠して歌を投稿し、フォロワーが19万人いたらしい。

練習生SNS禁止というルールなので、そのアカウントを削除して

オーディションに挑んでいる。その心意気も買いたい。

あと気になるのは……

尾崎匠海くん(21)。

の子も歌上手いし、オーラがある。

藤牧くんと同じチームで歌ったときに声の相性が抜群だった。

https://www.youtube.com/watch?v=CO8P_vwaGLA

福田翔也くん(23)

ダンスが美しすぎる。

グループを一段上のレベルに連れて行ってくれる子だと思う。

面倒見よさそうなのでリーダー枠。

https://www.youtube.com/watch?v=UPw4LP8IxnY

小林大悟くん(19)

ふだんボーッとしてるのに、

ステージの上でいきなり色気がぶわーって出て別人になる。

https://www.youtube.com/watch?v=nZXSXoEi8t0

寺尾香信くん(17)

実家がお寺の寺尾くん。覚えやすっ。

現在ファンの子たちが「寺尾香信を寺に帰すな」を合言葉に奮闘中。

まだ高校生なのに妙に落ち着いて達観してる雰囲気

https://www.youtube.com/watch?v=9QmjS1aoHNw



以上。どこにも出かけられない連休で暇に任せて書いてみた。

これで少しでも見たい!と思ってもらえたら増田は嬉しいよ。

ちなみに増田普段ハロヲタです。

2021-04-15

スポーツ界にはドーピングがつきもの

社会人になってから数年、仕事スポーツ関係取材をしてる。

もともとスポーツを見るのは好きなので、楽しく働いている。

取材対象の中にはオリンピアン東京2020を目指してる選手もいて、ここ1年はそういう人たちに会うたびに延期についての思いを聞いてきた。

絶対開催してほしい」とか楽観的なことを口にする人はひとりもいなくて、みんな揃って「五輪があると思ってやるしかない」と言う。

率直な、本心から言葉だと思う。

我々もオリンピックの有無で仕事スケジュールが大幅に変わるので、気持ちは同じ。

いつしか、同僚や上司とも合言葉のように交わしていた。

「あると思ってやるしかない」。

中止になるかもしれない。でも、きっと開催されると祈りながら、できることをやっていくしかない。

何百回も呪文のように聞いて、言って、自分の中に刷り込んできた。覚悟はしているつもりだった。

でもこの言葉ドーピングだ。思考停止というドーピングだ。

「あると思ってやるしかない」。だからあるかないか、ということは考えない。「あると思って」やるのだから

覚悟を決めているようでいて、その実、”中止”という想定されるべき未来直視できていなかったのだと思う。

からと言って、不確実な1年後へのモチベーションを維持するには、そう考えるしかなかったのも事実だ。

それに、どこかで期待もしていた。

夏が近づけば状況は好転するんじゃないか

新型コロナウイルスは、感染力が高いだけで、致死率は低い。

そのうち指定感染症の等級も下げられて、楽観的なムードができて、オリンピックはぬるっと開催されるはずだと。

観客数は絞られるかもしれない。無観客もあり得る。

だけど、大きな反対はされずに、選手たちの勇姿はむしろかに歓迎されるんじゃないかと。

思い描いてしまっていた未来は遠い。大阪感染者数は、過去最高を更新してもなお増える一方だ。

指定感染症の等級を下げよと言う声もあまり聞こえなくなってきた。

慣れきった群衆と巨大な恐怖とが、水と油のように混ざり合うことなく取り残されている。

裏腹に、オリンピックは日に日に近づいている。聖火リレーは全国を回り、代表選手が続々と決まっている。

”最悪”を覚悟したつもりで、大量のドーピングを使ってなんとか乗り切ってきたスポーツ界は、間違いなく、着実に期待を高めてしまっている。

から中止に、本当になりうるんだろうか。もし、本当に中止になってしまったら。

私の心は間違いなく折れる。これまでずっと頑張ってきたあの仕事たちの意味はなんだったのか。

仕方ないね、じゃあ次、と切り替えるには、あまり選手たちに感情移入しすぎてしまった。

部署でそのまま働き続けられる気もしない。

まあ、私個人は異動してしまえばいいだけの話だし、異動できなくて仕事に身が入らないままでも、たぶんクビにはならない。

でも外野の私ですらこれなのに、アスリートたちはどうなるんだろう。

東京を目指すことで成長できたという選手がいた。東京があったから続けられたという選手がいた。

ほとんどのアスリート不安を抱えているセカンドキャリアも、メダルを獲れば一気に幅が広がる。

他国開催とは懸ける思いも、人生に与える影響も、桁違いの一世一代大会

それが一夜にして手からこぼれ落ちたら。

”中止”というどうしようもない事実を前に、ドーピング効果が切れてしまったら。

コロナ禍後の日本に、活気あふれるスポーツ界は残っているんだろうか。

2021-04-14

anond:20210412141123

 私はここ二十年ぐらいに共●党に投票している。ただし党員でもないし、積極的に支持しているわけでもない。一人の市民として「反・新自由主義」の立場ものから、それを意思表示しようとすれば他に選択肢が無いので、仕方なくそうしているというだけのことであるしかし、これは私個人選択と行動であって、何も他人押し付けるつもりは全くない。

 リベラルまたは左派政党/政治家に対する「弱者からの支持が伸びないことについて考えた、n=1の私の個人的な意見を述べる。

 結論から先に言えば、政党政治家のものよりも、その応援団を務めるマスメディア知識人が悪い意味で目立ち、ネガティブイメージ有権者に植え付けたことが大きな要因だと思う。簡単に言えば「あん人間たちが支持しているということは、その支持対象である政党/政治家も信用できないな」という素朴な不信感である

 不信感の全てを列挙することは私の能力では不可能だが、いくつか例を挙げる。

= = =

(1) 自民党から民主党政権交代が起きる直前の頃には、テレビ新聞で盛んに「年越し派遣村」の話題を取り上げていたように記憶している。

 しかし、民主党政権樹立を果たした年の年末には報道も下火となり、「年越し派遣村」の場所は非公開となり、利用者の姿や肉声もほとんど報道されなかった。

 今でも当時と変わらない境遇で苦しんでいる人たちがいるはずなのに、あれから年末テレビ新聞も「年越し派遣村」あるいはそれに類する活動を、自→民政権交代前ほどには報道しなくなった。

 マスメディア知識人にとって、庶民貧困問題は、自→民政権交代の起爆剤としての利用価値しか無かったのだろう。そのような不信感を抱かせてしまった。

(2) 鳩山政権は「最低でも県外」を合言葉にして、沖縄県米軍基地負担を減らすことを明言した。当時、東京拠点にする大手マスメディア知識人もそれを支持した。

 しかし蓋を開けてみれば、それは「九州離島基地負担を打診する」という「沖縄県以外の地方負担押し付ける」内容だった。「鳩山由紀夫公約を守れるように、東京(あるいはメディア関係者知識人居住地)に米軍基地を誘致して応援します」と言ったマスメディア関係者知識人はいなかったと記憶している。

 沖縄県以外で米軍基地負担している県の負担は「存在しないもの」として扱い、沖縄県以外の県には負担押し付けても構わないとする、大手マスメディア知識人欺瞞が明らかになった。

 念のために言っておくが、私の居住地米軍基地負担している。

(3) リベラル左派が、庶民からの支持を集められたかもしれない機会が、過去に一度だけあったと思う。

 それは、某俳優が「テレビ韓流コンテンツばかりだから自分は見ない」と発言して、世間マスメディアから猛烈にバッシングされた時である

 あの時、某俳優に対する反論の主流は「テレビ局が韓流コンテンツを流す理由は、制作費/人件費コストを安く抑えられるから」というものであった。これは、おそらく事実であろう。

 しかし、それは国内労働者雇用喪失国内産業の空洞化を招く道筋である労働者雇用考える人や団体ならば「民族差別には与しないが『国内労働者雇用を守る』という意味でならば、私(たち)は某俳優問題提起に賛同する」と意見表明をするべきであった。反・権力左派支持の態度を普段はとっている芸能界関係者も、某俳優発言当時は「国内労働者雇用を守れ」とは言わなかった。

 あの時は排外主義者たちが某テレビ局前でデモをしたようだが、もしも同じ頃にあれに負けないぐらい「国内労働者雇用を守れ」というデモを展開できていれば、左派存在感をアピールできたのではないだろうか。しかし、そうはならなかった。

 「普段は、マスメディア知識人は『反・権力』や『左派思想の支持』を訴えているが、いざとなれば労働者の味方になってくれないのではないか?」と、根深い不信感を植え付けてしまった。

 実際、その不信感を裏付けるように、コロナ流行演劇業界ブラック労働環境搾取実態が白日の下に晒された。

= = =

 はてなブックマークでは、リベラル左派批判する声に対して「どうせ野党には投票しないくせに」と言われることが多いように思う。だから野党投票している人間の一人として書いた。

 自民党の独り勝ちでは健全ではない。そういう意味では、まともな政権運営能力のある野党が育つことが望ましいことには同意する。しかし、だからといって野党やその支持者への疑問や不信を飲み込んで黙り込むのも、同じくらい不健全であろう。

 私自身はリベラルとも左派とも自認してはいないのだが、それでもリベラル左派の考えや意見を読み聞きして、学ぶことも少なくない。(もちろん、リベラル左派からでなくとも、学ぶことは多々ある。)学んだことのうちで、重要なのは対話可能性を諦めない」「他者に対するミニマムな信頼感を捨てない」といったこである

 これを目にした野党支持者が何を考えて、どう行動するかまで私がコントロールする訳にはいかないが、何処かの誰かに届いて何らかの良い影響を齎してくれればと願う。

anond:20210414001604

合言葉が欲しいね

当たり障りのない単語を組み合わせた当たり障りのない言葉責任を問われない言葉だけど信者でない人たちの無知信仰心の欠落を攻撃する文面がいい

2021-04-13

雑誌映画秘宝』の記憶(48)

ロックの魂とは?】

 コメディ映画スクール・オブ・ロック』(03年)が公開された当時、この映画肯定的評価するか否か、「有りか無しか」を巡って賛否両論となったこから映画秘宝』誌面では、少しばかりの論争が起きました。

 ご存知ない方のために粗筋を説明すると「ロックバンドをクビにされた主人公が、ひょんなことから坊ちゃんお嬢ちゃんたちばかりの通う小学校にニセ教師として潜り込み、生徒たちに『ロック音楽スピリッツ』の教育を施した末に、筋が良い生徒たちをバンドメンバーに従えた主人公が再びステージに立つ」という、ファミリー層向けコメディ映画です。

= = =

 当時の否定派の論調は「『反逆精神』が拠り所であるロックが(たとえニセ教師によるものとはいえ)、学校教育で身につくわけがねえだろ」とか「コメディとはいえ大人が『ロックは素晴らしい』と、特定価値観子供押し付けるのは正直いかがなものか」とか「ガキごときロックができてたまるか」とか、まあ大体そんな感じだったと記憶しています

 しかし「ひょんなことから『未知のカルチャー』に触れた子供若者が、その魅力に思いがけず目覚めて『カルチャー担い手』として育っていく物語」あるいは「大人側の視点で、色々な思いを抱えたり紆余曲折がありつつも『カルチャーの教え手』として年下の人間たちを育成していく物語」は、良くも悪くもありふれたものに過ぎず、そこまで腹を立てることだったのかと今でも疑問です。例えば、労働者階級の家庭に生まれ子供バレエの魅力とか宇宙ロケット打ち上げの夢に目覚めるといった物語が「有り」なのに、この映画がそんなに否定される必要はあったのでしょうか。それとも学校以外の場所舞台だったら許されたのでしょうか。こうして考えると、論争と呼ぶにも非常に掘り下げ不足であったように思えます

= = =

 そもそも否定派の気持ちの根っこには、特定カルチャーの愛好家が陥り易い「選民思想」が有ったのではないでしょうか?何しろ「女『子供から映画を取り戻せ!」が旧体制の『映画秘宝』の合言葉だった訳ですから否定派には「『ガキ風情』しかも『裕福な部類のお坊ちゃんお嬢ちゃん』が『オレたちの』ロックに手を出すこと自体我慢ならない!」「ファミリー向け映画ロックをイジるな!」という気持ちも有ったことと思います

 もう既にお分かりのように、ここに見られるのは要するに、いい歳したオッサンたちが、いつまでも上の方に居座って「このカルチャーはオレたちだけのモノだ!」「コレは『本物』ではない!」「それが理解できん若い者たちは、まだまだオレたち(=オッサンたち)に及ばんな!」という態度をとることによって、若い世代から敬遠されてジャンル全体の衰退を招くという、非常にありふれた「『本物の✕✕』とは何か論争問題」「サブカルチャーにおける老害問題」の1バリエーションです。

 しかし、この映画が公開されて長い年月が経過しました。今や音楽活動を始める若者たちの中で「バンド形式から/ロックから始める人」が占めるパーセンテージは、昔のように多くはないだろうと思われます外国でも事情は似たようなものです。今ではおじいちゃんになってしまった外国の大物ミュージシャンたちと、日本アイドルBABYMETALが共演した際には、馬鹿にされたり嫌がられたりするのかと思いきや「孫みたいに若い子供たちが、ワシらの音楽に興味を持ってくれた!」と、むしろ喜ばれたと聞き及んでいます若者子供にとって、この映画に出てくるようなロックが既に「何だか知らないけど、お年寄りたちが聴いている懐メロ」となってしまった今日では「映画スクール・オブ・ロック』は有りか無しか論争」をしていた『映画秘宝』編集者ライターたちは、実に贅沢な悩みに基づいて議論していたと言えます

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 無論、あの頃に「ロックカルチャー担い手ファンの『高齢化』が問題になる」などと未来予測ができた人間は少なかったでしょうから現代人の立場で彼らの論争を「贅沢な悩みだった」と批判するのは酷と言われるかもしれません。

 しかし、未来予測とは違い、当時の人間でも『映画秘宝』の関係者や読者であれば、容易に気づくのが可能だったはずのことが有ります

 それは「当時の旧体制映画秘宝』と映画スクール・オブ・ロック』の主人公は、していることが『悪い意味で』五十歩百歩だった」ということです。

 旧体制の『映画秘宝』が「切り株映画は、世界真実を描いている!ヌル作品なんか観るのを止めて、切り株映画を観ろ!」とアジテーションする姿と、この映画主人公が「ロックが最高の音楽だ!ヌル音楽なんか聴くのを止めて、ロック名盤を聴け!」と生徒たちを『洗脳』する姿との間に、果たして本質的な違いが有ると言えるでしょうか?

 そうです。この映画主人公がしていることは「洗脳」です。もちろん「何らかのカルチャーの愛好家が、非・愛好家に対して自分の好きなものを紹介する」という行為は、大なり小なり「洗脳」の側面を持つものです。だから、単に「ロックは良いぞ」と他人に薦めるだけならば、何も批判される謂れは有りません。しかし、もしも「ロックを知らないのは不幸だ」とか「ロック以外のツマラナイ音楽聴くやつは馬鹿だ」とか説教をかまされたらどうでしょうか?そんなことをされたら「うるせえ」「布教するために他人価値観を踏み躙るな」と言いたくなりませんか?そもそも「『反逆精神』を拠り所にしてるくせに、上からモノを押し付けるんじゃねえよ」という話です。

 実際、この映画には、生徒たちが普段どんな音楽を聴いているのかを質問した主人公が、その回答を聞いて嘆息するという場面も出てきます。これを単に作品を彩るギャグとして軽く受け流すのか、見過ごせすに腹立たしく感じるのか、それは観る人によって受け取り方が異なるでしょう。しかし、仮に主人公批判する感性の持ち主ならば、同じことをしている旧体制の『映画秘宝』にも批判的な感情を抱くのが当然と言うか、それが「知的な誠実さ」というものではないでしょうか。仮にも批評活動生業にしている人間たちが雁首を揃えて「この描写は、自分たちみたいな(=若者世代に『本物のカルチャー』とは何かを教えたがる)オッサンのことを風刺しているのではないか?」という可能性に思い至る「内省視点」を少しも持たなかったのでしょうか。そうだとすれば『映画秘宝』関係者は「知的怠惰」と言わざるを得ません。

 まあ、可能性としては「映画主人公の行動と『映画秘宝』の行動は五十歩百歩」という事実に気づいていたけれども、センパイの機嫌を損ねるのを畏れて忖度して言わなかったというのも考えられますね。

 馬鹿なのか、忖度体質なのか、どっちにしても「批評活動を行う人間」としては「致命的な欠陥」だと思うのですが、そういう人たちでも業界デカイ顔をしていられる現状は、いかに本邦の映画ライター業界人材不足なのかを如実に物語ると言えるでしょう。

= = =

 ちなみに映画スクール・オブ・ロック』には、主人公が「ロックの反逆精神とは何か」を生徒たちに実地に教えるために「『権威』に逆らえ!教室では教師、つまりオレが『権威』だ!オレを罵ってみろ!」と命令する場面が出てきます。すると、生徒たちは素直で良い子ばかりだから、色々と頑張った末に「デブ野郎!」という火の玉ストレートを投げてしまい、自分で反逆を命じたのに「オイお前、後でちょっと職員室に来い!」と主人公がマジ切れするというギャグ場面が出てきます。(なお、主人公を演じるのは、ぽっちゃりコメディアンのジャック・ブラックです。)これは「『反逆精神』を『教育』する」という根本的な矛盾表現した、秀逸な場面と言えます

 町山智浩高橋ヨシキてらさわホークも、一度「権威に逆らえ!オレたちを罵ってみろ!」と若手ライターたちに呼びかけて「反・権力/反・権威精神とは何か」を教えて上げたら良いのではないでしょうか。パワハラ説教マンスプレイニングかますよりも、よほど後進の育成に寄与できると思いますよ。

 まあ、センパイの機嫌を取るためにパートナーの肉体を献上する人間、それを享受して面白おかしく語る人間嘘八百解説を書いて間違いを指摘されたらそそくさと逃げる人間には、到底「権力に逆らうとは何か」を若手ライターに教えることなんて無理な話でしょうけど。

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-04-04

個人的なことは政治的なこと

というのがフェミニズム合言葉だったのに、弱者男性論だと個人問題だと言い出すのが根本欺瞞な気がする。

2021-03-28

あつ森で島民が合言葉を決めたいっていうから

チャウチャウちゃうちゃう?を合言葉にしようと入力したら

その言葉は使えないと言われた

クエスチョンマークがまずいのかな、と思いクエスチョンを削ったけどまだダメ

2021-03-26

anond:20210326184935

女側も炎上すること言いまくってるんだけどフェミと違って男は大騒ぎしないか女子出身問題になってないだけな気もする。慶應女子なんて「男は踏み台使い捨て」が合言葉だし。

2021-03-07

雑誌映画秘宝』の記憶(4)

高橋ヨシキが前面に出るようになった頃から映画秘宝』は「切り株映画」を猛烈にプッシュするようになった事を先に記しました。(「切り株映画」とは「人体が盛大に破壊されて血飛沫が飛び散るようなグロテスク描写が売りのジャンル」を指す為の『映画秘宝』による造語です。しかし、こんな単語を知っていたところで何の役にも立たないので、これを読み終えられた方は忘れてもらって結構です。)

それと共に「切り株映画は『世界真実』を描いている!」と云う、何だかよく分からないアジテーションも盛んに行い始めました。切り株映画に含まれスプラッターホラー作品の事は私自身も嫌いではありませんでした(若い頃の高橋ヨシキが参加していたとされるスプラッターホラー映画情報雑誌『V-ZONE』は私も読んでいました)が、流石に「世界真実云々」と云う主張に関しては理解共感もできませんでした。また、このアジテーションと連動して「女子供から映画を取り戻せ!」というスローガンも誌面に踊るようになりました。しかし、それも変な話です。元来スプラッターも含めたホラー女性ファンが大変に多いジャンルなのに、まるでそれらが男性専用であるかのような言い草ではありませんか。

ここで私自身の若い頃の話になりますが、読書映画観賞でミステリサスペンスが人並みには好きだったこから大学入学してそこの図書館を利用できる機会を得たのを良いことに、これらのジャンルをより深く楽しめるような知識を得ると云う目的のために、書庫法医学関連の専門文献を漁って実際の事件事故記述遺体写真等に目を通しました。医学部生でもないのにそれらを漁る私は、さぞかし周囲の目には不審に感じられただろうと思います。それは兎も角、これらの情報摂取によって、一般的に「グロテスク」とされる映像描写についての耐性は、それらが苦手な他の一般人よりは私の身に付いたと思います。でもまあ、単にそれだけなのであって、別に私は「世界真実」らしきものにはアクセスできませんでした。ただ、事件事故で亡くなった方が亡くなる時に感じたであろう痛みや苦しみに思いを馳せて、何だかとても辛く悲しくなったように記憶しています。なお、そのような感情とは別の話として「生物学的・医学的な現象としての人体の破壊はこのようなプロセスを辿るものなのか。興味深い」と云う知的好奇心の充足が得られた事もまた事実です。

このような文献資料などを通じた私の経験など所詮は「借り物」ですから高橋ヨシキのような「世界真実」を見る事が可能人間の境地には、足下にも及ばないのかも知れません。

では、切り株映画ではなく現実世界仕事で「本物」と接しているような方々、例えば警察消防自衛隊医療関係者の方々の場合はどうなのでしょうか?

実は過去に『映画秘宝』的な作品が好きだという医療関係者の人に接する機会があったので、この時に『映画秘宝』の「切り株映画世界真実を描いている!」と云うノリについて、どう思うかと訊ねた事があります。さぞかし酔狂質問だと思われたことでしょうが、それでもその人は真面目に答えてくれたので、n=1のケースに過ぎない話ではありますが、ここで記憶を呼び起こしてそれを記します。

一般の人たちは、人間遺体や人体が破壊や侵襲を受ける現象に接する機会そのものが少ないから、遺体を何か『特別なモノ』として捉えてしまうような人がいても無理はない。ちょうど、映画スタンド・バイ・ミー死体探しの旅に出かけた少年たちのように。たまたま自分現在仕事選択したので、遺体にしても未だ生きている人体にしても一般の人の目から見て『グロテスク状態』とされる対象に接する機会と経験は多い。しかし結局のところ、自分仕事職業暮らし・日々の営みの一部なので、何も特別な事は無い。もしも貴方医療なり警察なりの職業に進んでいたとしたら、その時はおそらく貴方も私と同じように慣れて、貴方の『生活の一部』になっていたと思う。私個人が、その『世界真実』とやらに目覚めたという経験は私には無い」

ねこのような言葉だったと思います。要するに、最初は「非日常的」と思えた物事でも「日常化するプロセス」を経て受容する事で徐々に「普通物事」になっていくということなのでしょう。

上の対話を今を思い返して、ふと私は次のような譬え話を私なりに思いつきました。

異性の裸と性器セックス存在ぼんやりと知った子供は『この世界には何だかスゴイ事が有るらしいぞ!』と、未知の存在であるそれらへの期待が膨らみ、必要以上に興奮してしまものです。しかし、大人になって恋人が出来るなり夫婦になるなりすれば、異性の裸や性器セックスだって単なる日常生活の一コマになります。謂わば「切り株映画を見ることで世界真実を見た!」と吹き上がっている高橋ヨシキの姿は、異性の裸や性器を見た事もセックス経験も無い子供が、雑木林で拾ったエロ本を見てしまって『スゴイ!ボクは同級生が知らない世界真実を見た!』と興奮しているのに似ているのかもしれません。

また、私が思うに「日常化のプロセス」が機能するのは単純に「慣れ」だけが理由なのではなく、受容する対象を「人間扱い」することも理由の一つとして有るのはないでしょうか。上記の譬え話に則して私自身を省みると、若くて未熟で性体験が無くて性的欲求悶々としていた頃の私は、アダルトコンテンツ女性の裸体や性的行為が出ているのを見ると、只それだけで、たとえそれがレイプ描写などであっても性的に興奮していました。今となってはお恥ずかしい限りです。しかし、現実女性との交遊や結婚を経て「人間としての女性」に接するようになると、そのような描写では「人間としての女性が感じる苦痛」を思い浮かべて悲しく辛くなってしまうので、私は性的に興奮はできなくなりました。愛の営みには、やはり愛が必要なのです。

スプラッターホラー映画を含む切り株ジャンルも、決して全面的に嫌いになったという訳ではない(それが証拠に今は『チェンソーマン』にハマっています)のですが、現実悲惨殺人事件事故知識人生経験を得た為なのか、これもまた若い頃のような熱狂でのめり込んで楽しむ事は減ったような気がします。

雑誌映画秘宝』が「女子供から映画を取り戻す!」を合言葉に「男のための映画雑誌」を標榜して、雑誌内部における「ホモソーシャルな結束」が最優先されて「女性蔑視な言動」が内部で野放しにされていたことと、高橋ヨシキが前面に出て「切り株映画は『世界真実』を描いている!」というアピールをし続けてきた(することができた)こととの間には、何らかの関連性が有るように私には思えます

町山智浩の機嫌を取るために、己の身近にいる女性尊厳簡単蔑ろにした高橋ヨシキ(※その詳細を知りたい人は、吉田豪による町山智浩インタビューを読んでみて下さい)にとって、彼の主張する「切り株映画が描く『世界真実』」とやらの『世界』の中には「女性を含めた『他者』」が存在する余地は無かったのではないでしょうか。また、彼の言う『真実』も所詮自分本位、男性本位のものに過ぎなかったのではないでしょうか。

かつてのモンド映画が「深刻な問題について啓蒙の契機となるために」という口実の下に残酷映像を垂れ流し、日本を含めた「先進国」とされる地域で暮らす観客たちがそれを「外国で起きた他人事」として消費して楽しんでいた事はよく知られています。近年の町山智浩高橋ヨシキらが垂れ流していたポリコレ的な言動も、モンド映画のオープニングとエンディング申し訳程度に付け足されていた「社会を憂うポーズ」の粗悪なパロディに過ぎません。萌えコンテンツを叩いたりポリコレ的な言動に勤しんだりすることで「女性の味方」であるかのように盛んにアピールしていましたが、彼らの心の中で「女性の苦しみ」は、モンド映画の観客が残酷映像を楽しむのと同じく「他人事」に過ぎなかったのです。その「他人事感覚の露見したのが、先日発覚した真夜中のパワハラ事件です。

しかし、仮にパロディとはいえ正義喧伝する行為」によって己と意見が異なる人間を盛んに責めて追い詰めてきたのは、外ならぬ町山智浩高橋ヨシキ自身なのですから、今こそ彼らは報いを受けるべきでしょう。『映画秘宝』の信者である功夫やBazilらも言っているではありませんか。「他人を盛んに責める人間たちは、自分たちはそんなに上等な人間なのか?だったら手本を見せろ」と。彼らに手本を見せてやって下さい。

町山智浩高橋ヨシキらのような人間たちが追放された『映画秘宝』が、今後は幼稚な性欲を野放しにするようなホモソーシャル的な雰囲気偽善から脱却して、良い方向に変われば良いですね。少なくとも「切り株映画男性のもの」と言わんばかりの愚かな主張が無くなると幸いです。

気が向いたら、また何か書きますね。アーメン

2021-02-23

開き直り

「生きる理由はないが、また、死ぬ理由もない。人生への軽蔑を示すべく、我々に残された唯一の方法は、それを受け入れることである人生は、苦労して捨てるほどの価値もない。」

ジャック・リゴーという人の名言らしい。

死にたくなる度に「人生は、苦労して捨てるほどの価値もない。」の一言で踏みとどまれる、なんとも救われる言葉だ。

この人の言葉をお守り代わりに持っておきたくて、詩集を近場にあった書店で注文したところ、既に絶版になっていた。

辛いことがあったなら、力をつけて何度もチャレンジして突破するのが正攻法なんでしょう。

でもそんな辛いことにわざわざ何度も当たっていけるなんて、そもそも芯の強いお方じゃないか

社会の日陰者、クソ雑魚ナメクジにとっちゃ、そんなことめんどくさいじゃない。どうせ無理じゃない。

それならいっそ、墜落は避けつつ、ただ無理に上昇しようとせずに、低空飛行で淡々と生きる。そんなのもいいじゃないか

向上心あるフリだけはして内心どうでもいい。人間結局は99%の才能でしょ?合言葉は「どうせ無理」。

こう思うだけで心が軽くなる。「どうせ無理」の精神で開き直って、幸福度を上げていこう。

2021-02-19

anond:20210219161027

世の中の悪はすべて男が発端だ

わかるよ

合言葉はクソオスは死ね

2021-02-14

anond:20210214185341

Hey...

どこへ行っちまったんだ、オレたちの時代

あいつの悪口を肴に 空が明るくなるまで飲み歩いた

内緒だぜ?が合言葉さ 宵越しの金は持たねぇ

You...

どうして失っちまったんだ、オレたちの時代

女たちはみな 後ろ指をさしてはヒソヒソ笑う

凄んで見ても結果は同じさ 失われた時は戻らねぇ

ギターソロ

2021-02-04

はい

交差点侵入時は後ろの車にどんなに迷惑がかかっても減速減速減速

はい

ブラックアイスバーンに気をつけて路面を噛むイメージを忘れずに

はい

自動車に乗車する時はあのクソ野郎と言う合言葉を忘れずに

はい

2021-01-29

anond:20210129011602

だっていつも何かを攻撃して怒ってるじゃん

ムカつく男や萌え系に対する攻撃はもちろん、

腐女子同士でお気持ち明学級会なんて日常茶飯事だし

強産魔は死ね、オスは間引け」が合言葉な反出生フェミと子持ちフェミ手斧を投げ合ってるし

ネット上には女性による同性の先輩社員や同性友達への愚痴に溢れてるし(男の投稿より断然多い)

既婚女性による旦那義実家への愚痴を超えた罵倒なんて呆れる程ある。

あと、理由はどうあれ自分の子供を殺戮するのは女の方が多い。家庭内という逃げられない状況でこれは悪質。

女の攻撃性について軽視しすぎ。

2021-01-28

anond:20210128181106

合言葉地獄へ落ちろクソ社長。とりあえず3月を乗り越えろ。

2021-01-26

anond:20210125174359

解釈違いです!」って合言葉みたいなフレーズがなかっただけで個人サイト時代でも原作の展開でファン発狂大荒れとか普通にあったと思うけど

2021-01-09

風俗の割引合言葉が蜜ですだった

これって世の中なめきってない?

2020-12-19

日本半導体産業年代記

以前にこんな日記を投下した半導体業界人増田です。

https://anond.hatelabo.jp/20200813115920

https://anond.hatelabo.jp/20200813164528

久々に日記を書きたくなったので、今回は方向性を変えて年代記風の記事を投下してみます

私自身は業界の全盛期である80年代~90年代前半を経験しておらず、当時の状況を記述するのに十分な知識がないため、その時代については省いています

ということで、私がこの業界に入ることになる少し前の90年代半ばから物語を開始します。

工場呼び名企業の再編によって変わる事が多々あるので、原則立地で表記している。

1990年代半ばごろ 時代の転換点

80年代後半に栄華を極めた日本半導体産業であったが、日米貿易摩擦の影響で一時に比べて勢いを失っていた。

また、韓国企業の台頭により得意分野のDRAMの雲行きが怪しくなり始めたのもこの時期である

(余談だが、日本半導体衰退の原因としてよく話題に上がる韓国での週末技術者バイトさらに昔の話である。このころにはすでに強力な競合に育っていた。)

とはいえ世界的にみると日本の電機メーカー資金力・技術力ともに上位であり、一時的不況を乗り越えさえすれば再び繁栄が訪れると誰もが信じていた。

そんな時代背景の元、日本企業貿易摩擦に対抗しつつ、さらなる勢力拡大を図るため、自動車産業成功例に倣い世界各地で現地生産を進めることで変化に対応しようとしていた。

北米進出歴史
企業進出設立
NECカリフォルニア州ローズビル1981
富士通オレゴン州グラシャム1988
三菱ノースカロライナ州ダーラム1989
日立テキサス州アービング1990
松下ワシントン州ピュアラップ(National Semiconductorより買収)1991
東芝ヴァージニア州マナサス(IBMとの合弁でドミニオンセミコンダクタ設立) 1996
欧州進出歴史
企業進出設立
NECリビングストン1982
日立独 ランツフルト1990
三菱アーヘン1990
富士通ダーラム1991
アジア進出歴史
企業進出設立
NEC中国首鋼集団と合弁工場設立1991
三菱台湾力晶半導体(Power Chip)と提携DRAM技術供与1994
東芝台湾華邦電子(Winbond)と提携DRAM技術供与1995
沖電気台湾南亜科技(NANYA)と提携DRAM技術供与1995
日立新日本製鉄及びシンガポール開発庁と共同出資シンガポール工場建設1996

1998 ~ 2002 終わりの始まり

Windows95ブーム終焉による半導体のだふつき、アジア通貨危機後の韓国メーカーのなりふり構わぬ安値攻勢、ITバブル崩壊による半導体需要の激減と、短期間で何度も悪化する半導体市況。

次第に半導体産業は将来性を危ぶまれるようになり、成長分野から社内の『お荷物』とみなされるようになっていった。

かつて半導体事業の中核だったDRAMは、優位性を失い韓国企業覇権を譲り渡してしまった。

資金面でも徐々に脱落するメーカーが現れ始める。はじめについていけなくなったのは、バブル期事業多角化を進めて半導体新規参入した鉄鋼メーカーだった。

続いて総合電機各社も規模縮小に向かう。世界中に作った半導体工場投資の回収ができないまま次々と閉鎖されていった...

工場の現地化の試みは失敗に終わり、10年程度という短い期間での工場立ち上げ・閉鎖はマンパワー資金の浪費に終わった。

こうして各社は体力を削られ、余力を失っていくのだった。

1998

新日本製鉄館山半導体工場台湾UMCに売却

三菱北米拠点ダーラム工場を閉鎖

日立北米拠点アービング工場を閉鎖

松下北米拠点ピュアラップ工場を閉鎖

富士通欧州拠点ダーラム工場を閉鎖

1999

新日本製鉄シンガポール半導体工場株式日立に全額譲渡

NKK綾瀬半導体工場キヤノンに売却

富士通DRAM撤退

NEC日立DRAM事業統合を決定。エルピーダメモリ設立

2000

神戸製鋼、米TIと合弁の西脇半導体工場を米Micronに売却

日立台湾UMCと合同で初の300mmェハ(従来の主力の直径200mmのウェハから2.25倍の面積になり、ざっくりいえば同じ工程数で2倍程度のChipが取れてコストを削減可能現在に至るまで主流のウェハサイズ。)を使用する工場トレセンティテクノロジを常陸那珂設立

2001

東芝DRAM撤退北米拠点ドミニオンセミコンダクタを米Micronに売却。

ソニー熊本に300mmのイメージセンサー工場建設

2002

NEC欧州拠点リビングストン工場を閉鎖

富士通北米拠点グレシャム工場を閉鎖

NEC、非メモリー半導体事業分社化NECエレクトロニクスを設立

2003 ~ 2007 反転攻勢

繰り返す半導体市況の激しい変動も落ち着きを取り戻し、待ち望んだ好景気がやってきた。

90年代後半から不況で体力を消耗した日本企業だが、いまだ技術力は健在。

からブームとなっていた『選択と集中』を合言葉に、各社の得意分野に集中投資だ!

パソコンではアメリカ企業に後れを取ってシェアを失ったが、液晶プラズマをはじめとするテレビDVDレコーダーデジカメ等、日本お家芸である家電デジタル化が進展する今こそ最大のチャンス!

さらに、世界中で規格が共通化された第三世携帯電話が普及すれば、圧倒的な先進性を誇る日本携帯電話が天下を取れるのだ!半導体復活の時はついに来た!!!

製造業国内回帰の波に乗り、生産性に優れる300mmウェハの工場をどんどん建てて再起をねらうのだ!

2003

日立三菱ロジック半導体事業統合世界三位半導体メーカールネサステクノロジ誕生

富士通、米AMDNORFlashメモリ事業統合Spansion設立

エルピーダ三菱電機からDRAM事業譲渡日本の残存DRAM事業が集約。新社長を外部招聘し、反転攻勢開始

東芝四日市に300mm対応NANDFlash工場四日市第3工場建設開始

東芝大分に300mm対応の先端ロジック工場建設開始

NECエレ、鶴岡に300mm対応の先端ロジック工場建設開始

ソニー長崎に300mm対応の先端ロジック工場建設開始

2004

ルネサス三菱時代から欧州拠点アーヘン工場を閉鎖

エルピーダ東広島に300mm対応DRAM工場建設開始

東芝大分の300mm工場が稼働

NECエレ、鶴岡の300mm工場が稼働

富士通桑名に300mmの先端ロジック工場建設開始

Spansion会津若松に300mm対応NORFlash工場建設を発表

松下魚津に300mmの先端ロジック工場建設開始

ローム浜松に300mm工場建設

2005

エルピーダ東広島の300mm場が稼働

東芝四日市第3工場稼働

ルネサスUMCからトレセンティテクノロジの持ち株を買収。完全子会社

ソニー長崎の300mm工場が稼働

富士通桑名の300mm工場が稼働

松下魚津の300mm工場が稼働

2006

東芝四日市に300mm対応NANDFlash第4工場建設開始

富士通桑名に300mm新棟を建設開始

エルピーダ台湾力晶半導体と共同で台中DRAM工場建設

2007

Spansion会津若松の300mm工場が稼働

東芝四日市の300mm第4工場が稼働

富士通桑名の300m工場新棟が稼働

2008 ~ 2015 暗黒時代

2000年代日本企業の反転攻勢は、リーマンショックで終わってしまった。

日本の電機業界が成功を夢見たデジタル家電韓国勢との競争に敗れ、携帯電話でも海外展開に失敗した。

90年代から繰り返し計上してきた赤字と、2000年代の大規模投資を経た今、半導体工場への投資継続する資金的余力はもはや残っていなかった。

不採算部門とみなされるようになった半導体事業設備投資が止まり建設されてからわずか数年で時代遅れとなってしまった。

これ以降は、東芝NANDFlashメモリや、ソニーイメージセンサーといった競争力を維持している分野、また旧エルピーダDRAM工場といった外資資金を得た分野のみが投資継続されることになる。

2008

ルネサス日立時代から欧州拠点、ランツフルト工場をLファウンドリーに売却

日立シンガポール工場シンガポールチャーターセミコンダクタに売却

ソニー長崎の300mm工場東芝に売却

ローム沖電気半導体事業を買収

2009

Spansion倒産

2010

ルネサスNECエレが合併世界第三位半導体メーカールネサスエレクトロニクス発足。フィンランドノキアからモデム部門を買収。

東芝四日市に300mmのNAND製造第5工場建設開始

米TI、Spansion会津若松の300mm工場買収

2011

ルネサスエレ、NEC時代から北米拠点ローズビル工場を独テレフンケンに売却

ルネサスエレ、1400人リストラ

東芝四日市の300mmの第5工場が稼働

ソニー長崎の300mm工場東芝から買戻し

オン・セミコンダクター三洋電機半導体事業を買収

2012

エルピーダメモリ倒産。米Micronが買収

ルネサスエレ、7500人リストラ

富士通岩手の200mm工場デンソーに売却

2013

東芝四日市の300mm第5工場2期工事開始

ルネサスエレ、ノキアから買収したモデム事業から撤退さらに2300人リストラ。またNEC時代中国の合弁を解消し撤退

富士通マイコンアナログ事業を再建したSpansionに売却

2014

東芝四日市の300mm第5工場2期分稼働。200mmの第2工場を300mmに建て替え

ルネサスエレ、年2回のリストラで約1000人削減

Panasonic半導体工場をまとめてイスラエルTower Jazzに売却

ソニールネサスエレから鶴岡の300mm工場を買収

富士通桑名の300mm工場台湾UMC出資受け入れ

2015

ソニー東芝から大分の300mm工場を買収

ルネサスエレ、1800人リストラ

富士通PanasonicSoC設計部門統合、ソシオネクスト設立

2016 ~ 再編ひと段落?そして現在へと続く道

この時期に至ってようやく主要半導体メーカー工場再編が一通り完了し、現在につながる枠組みがほぼ出来上がった。

リーマンショック後の大規模再編で日本企業世界地位はかつてないまでに低下し、国内工場においても外資系の傘下に入るところが増えた。

現在半導体の先端工場継続投資できる日本企業は、イメージセンサーに強いソニー東芝メモリ事業を引き継いだキオクシアだけである

はたして日本半導体産業は今後どうなるのだろうか?再び世界に飛躍する日はやってくるのだろうか?

2016

東芝四日市の第2工場建て替え完了大分岩手の200mm工場分社化ジャパンセミコンダクターを設立

2017

東芝本体粉飾決算あおりを受けてメモリ事業分社化東芝メモリ設立四日市に300mmの第6工場建設開始。さら北上市に300mm新工場建設

ルネサスエレ、米intersilを買収

2018

東芝メモリ四日市の第6工場が稼働。多国籍連合ファンドパンゲアから出資を受ける。

富士通桑名の300mm工場台湾UMCに売却。また、会津若松の200mm工場も米オン・セミコンダクターに売却。

2019

東芝メモリ、キオクシアに社名変更北上工場稼働

Panasonic、残ったマイコン等の事業台湾Nuvotonに売却して半導体から撤退

ソニー長崎に300mm新工場建設開始

Micronエルピーダから買収した広島工場拡張

ルネサスエレ、米IDTを買収

2020

キオクシア、北上に300mm第2工場建設開始

東芝本体SoC部門撤退で770人リストラ

2021

キオクシア、四日市に300mm第7工場建設開始予定

2020-12-10

公立中に「動物園」という比喩は適切ではなくとも、偏差値20違えば同じ人間であろうが別の動物である

大学の進学率が66%まで上昇することがほぼ決定している日本では、将来的に氷河期世代大卒2割馬鹿という蔑称でくくられることはもう間違いのないところだろう。大体2039年ごろにはそうなっているはずである

どうして、中学高校動物園になってしまうのかというと、第二次性徴を迎えたときに親がどんな顔をしているか問題なのではないだろうか。昭和時代日本人の娯楽は酒、たばこ風俗パチンコ競馬競輪くらいで、そもそも語学を手にする人間が少なかった。親が語学を手にしていないと、親の顔はサルゴリラである死語になってしまった教育ママゴンも難読漢字くらいは読めた、という程度だろう。語学習得率は低かったように感じている。

そんなことを示す証拠を出せ、という人がいるみたいなので出してみよう。今私の手元には、2004年ラジオのためのフランス語講座テキストがある。番組表を見てびっくりだ。語学番組が少ないのである。今の半分ではないだろうか。このころ、NHK-AMラジオ第2はお荷物といわれていた。それから16年たって、講座を増やして小学生にも対象を広げたことで何とか語学番組は生き残った。NHK-AMは片方が一個つぶれるらしいが、トーク番組がつぶれても、語学の枠はつぶさないらしいので大丈夫だ。

逆算すると、大学の進学率が低かった時代語学学習というものは全国には広まっていなかったものと推察される。大昔のフランス語講座文法半年で一周できたが、1990年にこれをやらかし石井晴一は大不評であった。私にはその世代間のギャップ面白く、毎週楽しみにしていた覚えしかないのだが、大衆には受けなかった。この時代が、田舎地方限界東京漏洩することのなかった最後時代だったような気がしている。

ところが、インターネットのおかげで、地方田舎にはサルゴリラしかいないことがどこのWebでもばらされるようになった。一回でもミスすると、すぐインターネット告発される。神戸いじめ事件に至っては遡及法がどうのという会話が出ていたのを覚えているが、遡及法がなければいじめ解決しないだろう。そんなことも東京の人は知らないのである。いや、政府東京人に知らせてくれなかったのである。知ってて教えなかったのではないだろうか?

そんなに人生を左右するほどひどい環境だったかな、という人はおそらく昭和時代のことは知らないだろう。昭和末期、氷河期を産んだ親の四年制大学卒業率はなんと全国平均で14%なのだが、これは承諾しがたい。これは粉飾決算で、もっと低かったのではないか?まだ氷河期の親の世代、単科医科大は天文学的な倍率ではなく、天文学的学費のほうが話題だった。私学は馬鹿でも入れた、というのが田舎地方合言葉だが、半分は当たっている。当時は共通一次すらないので、ダメそうな社長の子が私学に入るといわれていた。

ヨーロッパは今はこうではないのだが、100年前は古典ラテン語古典ギリシャ語が必修で、落とせば大学からんという時代であった。どうしてこんな死語学習させたのかというと、これができないとヴルガータ聖書ネストレ・アーラントが読めないかである聖書を読んで一人前という時代がそこにあった。しかし、日本人に聖書不要である必要不可欠というほどではない。それなら、古典言語必要性など知らないまま国家形成される。古典言語四苦八苦するヨーロッパ人と、それを必要としない日本人では知的密度が違うのは当然ではないか古文漢文は、古典ラテン語古典ギリシャ語の代わりにはなりえないだろう。

その知的密度の差を認識しないまま、田舎地方にはサルゴリラしかいない時代昭和期にやってきたのである

2020年代に入って、その田舎地方サルゴリラは、ニュースさらし者になって本当によかったと思っている。おそらく電子メディア進化で、具体的な言動一挙一動までサーバーに記録される社会になるだろう。そうなると、馬鹿を見るのは氷河期世代とその親である。鬼滅世代は、生まれた時から警戒して過ごすので、愚行が暴かれることも少ないだろう。

いま、アニメ以外の邦画はつまらないといわれる。それはつまらないのではなく、日本人がそれだけ賢くなったのである。賢くなると、馬鹿向けの文化は滅びる。最近ぶれる風俗に加えて、AVスカウトマン逮捕されるのはそういうことである。「公立中学校ごときスラム出身気取ってマウント取るのやめろ」という意見表明は、2020年代には可能でも、2030年代には不可能になると私は確信している。「社会階層固定の犠牲者たる貧乏家庭のガキや勉強苦手なガキや発達おかしいガキを動物扱いし、彼等が通う公立中学動物園呼ばわりして蔑み、そんな動物園に関わらないで済むことは大きなメリットなのだ放言」する人間がいるのであれば、その人間出身校に子供を通わせる親の大半がサルゴリラだったということ。はてなリベラルやばすぎ、とは全く思わない。

かつては高卒でも国際コンクールグランプリだが、今は第3課程(日本では博士後期課程)に行かないと取れないのだ。取れなくなるのはなぜか?サルゴリラ駆除する法律がないかであるサルゴリラは第3課程に行かないと、消えない社会になったのである。あと30年たつと「日本博士課程は動物園だが、ヨーロッパの第3課程は違うからね」などと教授放言されるのではないだろうか。

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