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はてなキーワード: 汚泥とは

2021-12-16

anond:20211216155931

こういう話を読んで仮想敵に煽られること想像ちゃうあたり、だいぶ荒んでるな

汚泥みたいなネットに浸かりすぎてるぞ

2021-12-10

anond:20211210020631

自衛官肉体労働からは女だけじゃなくて男も逃げてたんだから弾圧だろ

性別関係なくやりたくない仕事なんだよ。

で、自衛官はどうか知らんが、肉体労働の方は「そもそも男ですらつらい仕事っておかしいよね」ってことで業界自体改善の方向に進んでるわけよ。

素晴らしい事だろ?

というか、政治家だって無辜国民様の吐き散らかす不平不満という汚泥にまみれるつらい仕事だと俺は思うから政治家報酬を削ろうとしたり、クソな仕事環境改善しないまま「女もそこに放り込め」ってのは男女問わず弾圧だと思うけどね。

人間の汚い部分と仕事で向き合い続けなきゃならないってホントつらいと思うから、定期的に入れ替えて任期終わったら任期と同じ期間は遊んで暮らせるぐらいの報酬を出すべきだと思う。

そのかわり汚職に手を染めたら刑期終わっても二度と政治家になれないぐらいの罰は必要だと思うけど。

2021-11-10

甘利さんの醜態を見てなお辞めない木下議員

下らない言い逃れをして仕組みを盾に逃げ回っても負債雪だるま式に膨れ上がるだけってのを

甘利さんが身をもって示してくれたのに、それでも辞めない木下議員はおそらく崖っぷちなのだろう。

追い込まれて、正常な判断が出来ず、周りは自分利益優先で「辞めるな」という連中に囲まれてるのだろう。

今時議員になるようなモノ好きの周りにはそういう人たちが腐るほどいるんだろうな。

一般市民様の垂れ流す汚泥に塗れながらドブ掃除やって、下らない失敗して、逃げ回って自滅。

議員ってどこの椅子に座っても辛い仕事だな。

2021-10-06

秋の地下街でお買い物を増田酢魔をノモ以下汚泥が勝ちの記阿(回文

おはようございます

意識の高いパスタは高く盛り付けるのが鉄則だけど、

日本一いや世界一の高さのパスタ盛りを目玉のウリにしているお店ってありそうじゃない?

きっとネットで調べたら高さ1位のお店がすぐに出てくるはずよ。

ご飯は山盛りに盛りやすいかも知れないけど

パスタは案外盛りを極めるのは難しいかも知れないわ。

地下街のさあんまり冴えないランチパスタが食券制のお店があって、

ナポリタンが酸っぱいケチャップの味がパンチがあって

好きな人は好きだろうし、

嫌いな人は苦手だろうしってところかしらね

そのただただ酸っぱいナポリタンパスタくるくるフォークで回しながらそう思ったのよ。

味でダメなら高さで勝負よ!って

そうしたらまたこのお店にも勝算があるかもしれないわね。

うそう、

新しいスニーカー買ったんだけど、

慣れてないから靴擦れしそうな感じのヒリヒリしてくる感じがまたなんともなのよ。

こういう時に限って絆創膏が鞄の中に入ってなかったりして、

そういうのはたしなみの一つや二つとして持ち合わせておいた方がいいわよ。

買ったことのないメーカーの靴をネットでいきなり買うのはどうにかしてるぜ!って思われるかも知れないので、

とりあえず

店頭で手に取ってみてネットで探して次からネットで買えるっていう、

なんか古き良きインターネッツの買い物の仕方みたいなことしてるけど、

結局靴は試し履きしたいのよね。

やっぱりするべきなのよ試し履きは。

1足のお気に入りの靴を1年間履くのと

2足のお気に入りの靴を日替わりでかわりばんこに履くと10年靴がもつっていうイタリアことわざがあるように、

本当はお気に入りの靴をじゅんぐりじゅんぐりで回して大事に履きたいところよ。

結構歩くので

すぐに靴履きつぶしちゃうから

これはあながち間違ってはないのよね。

玄関の横に憧れのシュークローゼットを作るのが夢だわ。

そんなに靴たくさんはないけど、

いつかそうなったらいいわね。

にしても緊急事態宣言明けーの

久しぶりにここの地下街に来たけど

パスタ食べた理屈買ったりするだけじゃなくて

お酒飲めるようになったか

からカッ喰らってる人で賑わってて

ここの地下街もたまに来ると

人々の生きるエネルギーを感じちゃったりするわよね。

私も久しく焼き秋刀魚なんて、

今シーズンまだお目に掛けてないから、

目黒秋刀魚祭りの前に練習のつもりで

秋刀魚食べておかないとね。

秋の地下街の人々は食にたくましいわ。

うふふ。


今日朝ご飯

タマサンドよ。

いつものハムタマサンドとくらべると軽めな感じのボリュームだけど

そういったのもたまにはタマサンドを欲するって訳よ。

デトックスウォーター

マーマレードジャム買ってみたので、

これ使い切れるか自信ないけど

ホッツマーマーレードティーでもしてみたら

すぐに使い切っちゃうかもね。

最近ジャム系のホッツがお気に入りね。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2021-09-30

曝気装置選挙

地下フロアのあるオフィスビルには「汚水槽」という大きな水槽がある。

地下フロア下水道本管へ直接汚水を送り込めない為、汚水汚水槽に流れていき、汚水槽に溜まった汚水排水ポンプでまとめて本管へ送り出すという工程を経て処理されている。

汚水槽は溜まった汚泥一定の水位まで上がらないと排水ポンプが起動しない。汚泥が滞った場合どういう事が起きるかと言うと、汚泥が腐り、元々臭い汚泥が更に強烈な悪臭を漂わせる。その腐敗を防ぐために「曝気装置」という汚泥攪拌させるポンプがある。仕組みは単純で、汚水槽の底に空気を送り込み汚泥を対流させる物だ。これにより汚泥の腐敗を防いでいる。

この仕組みを見た時に「なんか選挙みてえだな」と思った。自民党政権を獲得し続けた結果、汚泥は腐った。モリカケ桜を見る会島国アドバンテージを1mmも活かせていない杜撰コロナ対策住民投票のない見栄と利権オリンピック。これは腐敗した汚泥なんだろう。

これで次も衆院選自民党政権を獲得したら、汚泥の腐敗はもっと進み強烈な悪臭を放つんだろう。

新しい下痢便や1本グソが流れ込み、古い汚泥が排泄されても、曝気装置の無い汚水槽は腐り続けたままなのだ。そして、その曝気装置であるはずの国民はその機能を果たせていない。

「どこに投票しても変わらん」「どこも糞」その気持ちはわかる。きっと劇的に変わる訳では無い。でも、「いいウンコ」と「悪いウンコ」の区別がつくんだろうか。俺はつかない。糞は糞であって糞以外の何物でもない。糞に対して不満を漏らすのは滑稽だ。オムツの中で漏らして欲しい。しかし、夥しい糞を撹拌させて、少しでも腐敗を防ぐことはできる。俺は臭い汚泥より、少しでも臭いが抑えられた汚泥の方がましだとおもう。

今まで選挙に興味が無かったが汚水槽の存在と曝気装置存在を知って、今度の選挙自民党以外に投票しようと思った。

2021-09-27

anond:20210927102701

みんなゴシップが好きだからだよ

他人結婚にとやかく言うのが憚られる時代にとやかく言ってもいい結婚っていう、砂漠の中の汚泥気持ち悪い虫がたくさん湧いてる

2021-08-13

anond:20210813135243

客観的に見ると泥水レベルの男を啜ってるのは汚泥レベルの女なんだよな

頑張ってやっと汚泥を食わされる男の辛さよ

2021-08-10

ジョーカー見た

なんかとんでもなく鬱になるような気が滅入るような酷い映画だと風の噂に聞いていたので、超身構えてみたら普通だった。

こちとら一週間くらい何も手につかなくなったらどうしよう、くらいの心構えはしていたので、肩透かしだよ。

実際過去に読んだ小説では、あまりにもストーリーがショックすぎて一日中仕事が手につかなくなったことがあったので、あれを超えるものを想定しちゃったんだよなぁ

よくある悲しい男が、ムカつく奴をぶっ殺す話。そんだけ

あんまり殺人正当化されないように、カタルシスを抑え目に作ったのだろうか、エンディングもああ、そんくらいだよねぇーっていう。想像範疇を超えない、かといって見ていてスカッとするような感じでもなく、かといって心に傷がついたり汚泥を飲み込んだような不快感が湧き上がるでもなく、そう…って感じの終わり方

しかしたらバットマン見るような気分で身構えずに見るとショック受けるかもしれんけど、いうて数人殺し暴動起きただけの話だし

特に見てショック受けるようなこともないし、ことさらにアーサーくんにも感情移入しすぎもせず、全くアーサーくんの心情をわからないってわけでもなく、いまいち物語に入り込めなかった感じはする。

身構えて見てしまったせいか、うまく感情を揺さぶられなかった感じする

誇張して描いているけど、世の中って実際これくらい糞だし。アーサー君みたいに目覚めていないだけで、誰だって感情が昂って皆殺しにしたくなる事はあるしな

うーん。いい映画だとは思うけど、パンチが弱いような気がする。

スーツ姿のシーンはカッコいいので、カッコよかったんだけど。

なんだろうな、イマイチ。鬼気迫るような迫真感というか、臨場感というかが足りないというか、なぜか物語に没入できなくて、ちょっとおいていかれている感じする

ちょっと絶望暴力も薄味気味なんだよなぁ

一番感動したシーンは元同僚を見逃したところだな。こいつちゃんと殺す相手を選んでるんだっていう人間性垣間見えて感動しつつゾクゾクきたね。あそこはいいシーンだった。ストーリー進行上別に殺すこともできただろうけど、あそこに人間性を出したのは、ただの悪人じゃねーぞっていうメッセージなんだろうけど。まああのシーンはお気に入りだね

他はまぁ普通でした。悪い映画ではない

多分両親殺された子供バットマンとかの世界観が繋がってたりするんだろうけど、俺は映画マニアじゃないからよくわからん

2021-06-12

政治家という職は就いているだけで心を蝕む病のようなモノなんだな

からジャンプの大ヒット漫画の作者みたいに、ある程度働いたらその職務から解放してあげないといけない。

でなければ数年前の自分言葉を平然と裏切るほど厚顔無恥病人になってしまう。

一般市民の吐き出す汚泥にまみれてそれを選別する仕事が楽なわけがない。

から、そんな面倒な仕事を引き受けてくれる希有な人材は、その心を守るためにも、定期的にその重い責務から解放する必要がある。

2021-03-30

anond:20210330203347

まぁ、自民党がどれだけ日本をグチャグチャに壊しても俺は寿命で逃げ切れるし、独身から俺が死んだ後どうなろうが知ったこっちゃ無いってのはあるな

けど、俺みたいなクズって少数派で、大体はこれから自民党がグチャグチャにしていく日本で長く生きていかなきゃいけなかったり、子や孫が生きていかなきゃならない人の方が多いはずなんだよ。

それなのに「有権者全員俺と同じようなクズしか居ないんじゃないか?」ってレベルでクソな政治家とそれに口をつぐんで従うヘタレと、盤石な土台の上で遠目から野次るだけの政治家しかいない。

恐ろしいことだよ。

まぁ、そんだけ政治家って仕事が現状の法定上の報酬じゃ到底見合わないレベルのクソ仕事って事なんだろうな。

無辜市民様の垂れ流す汚泥にまみれて長年過ごすと性根が腐っちゃうんだろう。

いね

2021-01-22

anond:20210122185018

その溝みたいな層で処理された汚泥肥料としてリサイクルされるんだぜ

2020-10-07

anond:20201006215439

「穴モテ」すらしない「女」がおること、想像できんか~?????

これまで会ってきた家族以外の男全てに「存在自体気持ち悪い」「視界から消えてほしい」「汚物」「あれにマンコついてること自体が受け入れがたく不快」「あれの穴に入れたらちんこ腐って死にそう」とか罵倒されとる女の存在想像できんやつおるな~?????

「穴」自体汚泥とか肥溜めとか放射性廃棄物相当の「挿入行為自分にとんでもない害が生じる」と忌避される「女」、ここにおるで!!!!!

まあそういういじめを小学校から社会人まで受け続けてメンタルがメコメコになって職場トイレリスカしてズタズタの腕を同僚と上司に見せつけてどや顔したらなんかクビになって、今では無事に無職引きこもりですは。

なんかね、家に帰って「マンマァ~~!!!しか言わんようになったら母ちゃんが私を哀れに思って世話してくれるようになったんだわ。人生最高!

なので元増田も一回実家に帰って幼児退行してみるとええ。

世話してくれんかもしれんけど病院には入れるかもしれん。そこから「マンマァ」ムーヴを周囲に展開していくといいよ。

なんか…なんか知らんけど…医療とか福祉の人(男女問わず)の中には介護がそんなに苦じゃない鉄人みたいな人がごくまれに居るから、そういう人かな?と思ったらすかさず「マンマァ」すればその人が(こいつ…要介護!!!)と認定してくれて面倒見てくれるかもわからんで。

とにかく「マンマァ」や。弱さをさらけ出すんや。私は女だからかに「マンマァ」ハードルは低かった。男が「マンマァ」しても需要あるわけないだろと思うかもしれん。

でも実際「マンマァ」レベルまでいくともう性差とかそこまで関係なく狂人なんで、誰かが世話してくれる確率が確実に発生する!これは大きなチャンスなんや

あとはまあ死なない程度に自殺してつらたんアピールも確実に「効く」けど、失敗して死んだら私もあなたも困っちゃうからあんまりおすすめしません。首吊りに失敗して脱糞とか、あんまり清潔じゃないしな。


とにかく!自分の「弱さ」を活かせ!と言いたいんや。がんばれ。世話好き通り越して介護好きの人類は確実に居るんやで!捕まえたら離さずに一生をかけて依存しろよな!!!

2020-09-16

anond:20200915214255

彼の発言を以って「これだから社会学者は」といったリアクションが見られたが、今回の彼の謝罪文を見れば、むしろ社会学者を見直す者も出てくるのではないだろうか。

いやほんとこれ。自分は好き放題叩いておいて、自分批判されると被害者しぐさを始める社会学者しか見てこなかったから、冷静に分析をしたうえで謝罪をしている津田氏は尊敬した。

しろ一連の騒動社会学イメージがアップしたよ。もともとが低すぎるって点もあるけど。

彼は謝罪文で「ネット言論がある種のプレッシャーとして機能してしまう部分はある。「ネット炎上してるけど、気にしなきゃ平気」というのはなかなか難しいのではないか体験済み)」と今回の自身体験を含めてネット言論無視できなさ、プレッシャーを振り返っている。

うそう、ここも重要で、「そんなもん1人の一意見以上に読み取れないから~」って無茶な津田擁護してる人に本人がこう言ってるんだけどって言ったら、

「えっいや本人の発言よんでそれてあれか文字が読めるけど日本語読めない人か」って人格否定が返ってきたわw

今回津田氏の書き込み軽率だった部分もあるけど、ネット汚泥はるかその下にあるんだなって思ったわ。

2020-09-05

クソなのは大体確認不足の自分

画面切り替わるとログインが解除されて、毎回パスワード打ち込まないといけないクソアプリに成り下がったんですけど!

そう思って、類似事象を探る

ぼく「Googleさん、"○○ アプリ ログイン 不具合" で何か知りませんか。」

Google検索結果の上位には該当の事項は無いようです」

ぼく「では、1ヶ月以内に結果を絞って、なにか検索できないですか?」

Google「それも特に無いようです」

じゃあ公式サイトのよくある質問とかニュースとか探してみるか。

公式サイト最近メンテナンスしましたが、公式サイトには該当する情報はありません」

仕方ない、Twitterとか掲示板クレーム入れてる人いないか探すか

汚泥ゴミが多過ぎて、該当する事象なのか特定できません」

あー、もうこんなアプリ消すかなあ

アプリバグフィックスなんか出てたら今までの流れでなんか見つかるだろうしなあ

アプリアップデート通知

  1. 画面遷移時のログイン状態が解除される事象についての修正

ぴえん

2020-08-17

近所の老害

さすがに

野焼きは止めたが

今度は、

さらいをしたらしく、その汚泥を撒いたのか近所中に異臭を放っている。

洗濯物も野焼きの時は煙、今度は溝臭くなった。

窓も開けられない

ろくなことしねぇ

2020-06-11

死んだ猫の重みを知る人へ

 この世界人間は二つに分けられる。死んだ猫の重みを知っている人とそうでない人である

 数年来の友人に向けてこの文章を書いている。あるいは、見せずにしまっておくかもしれないけれど。


 この話を始める前にまず記憶というものについて書いておきたい。人間にも二種類いるように、記憶もまた二つに分けられる。つまり、忘れても思い出せる記憶と、忘れてしまったきり思い出せなくなる記憶である

 どんな記憶忘却可能性を含んでいて、それがいか尊い記憶であれ、厳然と忘れられうるのである

 とは言え、尊い記憶は大体忘れた後でも思い出せるものだ。例えばそれは親愛なる友人に関する記憶だったり、あるいは情愛を抱いた誰かに対する記憶だったり――そういう類だ。

 これから話す記憶は――意外だと思われる人もいるかも知れないが――恐らく後者に分類されるものである。死んだ猫の重みに関する記憶は(少なくとも僕にとっては)、一度忘れしまえば二度と思い出せない記憶である。つまり、その記憶は僕の人生においてそこまで重要記憶ではないということになる。

 あるいは、死んだ猫の重みを人生最後まで引きずっていく人もいるのかもしれないけれど、僕がこの世界からいなくなる時に、多分、死んだ猫の記憶は僕の傍にはいない。


 人生というのはタフなもので、多くの場合予断を許さない。例えば、猫は前触れなく死んでしまう。そこに救済は存在しない。

 猫は突然死ぬ

 重要命題である

 だからこそ、我々はタフにならなければならない。タフな(きつい)人生に耐える為には、我々自身精神的にタフにならなければならないのである

 して、タフな人生を生き延びるために重要資質とは何だろうか?

 僕が思うに、恐らくそれは一種判断能力である。つまり重要もの重要でないもの区別する為の判断能力である

 この世界において、重要もの重要でないもの比較すれば、前者は圧倒的に少なく、後者は圧倒的に多い。これは考えるまでもなく当然のことである重要ものが我々の前に際限なく溢れ返っているのであれば、我々の人生もっと救済に満ちたものになる筈だからだ。でも、現にそうなってはいない。人生における重要事物は泥の中の砂金と同じである。それは、恐らくは多くの人が感じていることだろうと思う。

 そう、我々が人生を全うする為にもっと重要能力は、数少ない重要物事出会った際に、その重要出来事を迷わず掴み取る能力なのである

 タフな人生を本当に生き切る人間に備わっている素質は、恐らくはそれだ。彼らは汚泥の中の砂金を迷わず掴み取り、幸運の女神の前髪を毟り取らんばかりに握る。僕も、そういう人間になろうと日々心掛けてきた。この世界に溢れ返る物事の中に、ほんの僅かに存在している、かけがえのない事柄。あるいは、溢れ返る人々の中に存在している、かけがえのない人々。そういう人(もの)に出逢えば、できるだけそれを失わまいとしてきた。

 人物だけではない。記憶に関しても同様の態度を取ってきた。

 我々の心の中には無数の記憶存在している。その多くは、断言するに無意味記憶に過ぎない。病院記憶体育館記憶商店街記憶――はっきり言って、その殆ど無駄記憶だ。重要記憶というものは一握りしか存在していない。

 我々の人生には限りがある、その限られた人生の中で、無意味記憶無意味な情愛を注ぐことだけは避けなければならない。情愛を注ぐべき人を選び、情愛を注ぐべき記憶を選別すること――自分にとって重要ものを、重要でないものの中から選び抜くこと――それが本当に大切なことなのだ。だから、我々は、警戒しなければならない。一見重要であるように装っておきながら、実際には全く我々の人生無意味事物……そういうものへの執着を捨てなければならないのである

 書いていて思うが、幾分このような視点には屈折の気配がある。勿論、それは自分でも分かっている。でも、やはり我々の人生は貴重なものであり、貴重でないものと触れ合うことで、その輝きを鈍らせる必要はない――そういう視点が一抹の正しさを備えていることも、また事実なのだ

 はっきり言おう。

 これから語る記憶は、決して僕の人生重要ものではない。むしろ、どうでもいいものなのだと。

 

 大した記憶ではない。

 道の真ん中で白い猫が轢かれていた。静かな初夏の日和だった。

 その肉体の損傷は一見して分からなかったが、恐らく内臓が酷く傷ついたのであろう、鮮血が周囲には広がり、血溜まりを作っていた。既に絶命していた。絶命してからどれくらい時間が経ったのだろう? 正確なところは分からないのだけれど、多分一時間と経ってはいるまい。白い猫はまだ綺麗だった。制限速度の高くない、幹線道路から外れた細い道路だったことが幸いしたと見え、多くの運転手ゆっくりと車を走らせていた。つまり道路の真ん中で横たわる猫を、更に醜く変形させる前に、彼らはハンドルを切ることができたのだ。

 猫は口と目を半開きにしていた。その筋肉運動はとっくに停止している。

 僕は当時学生で、自宅への帰路にあった。青々と晴れた日だった。白い猫の横を自転車に乗って通り過ぎる時、僕は猫のことを横目で見ていた。

 通り過ぎる。

 川沿いの道を走り、こじんまりとしたアパートに辿り着く。駐輪場自転車を停め、アパートの裏手へと回り込むと、階段を上った。

 階段を上る度に、カンカンと乾いた金属音がこだまし、やがて僕は二階の自室の前へと辿り着いていた。

 鍵を開け、扉を開け、自室へと体を滑り込ませる。

 薄暗いアパートの自室はひんやりとしている。

 猫のことしか頭になかった。アパートからその猫のいる場所までは数百メートル距離があって、僕はあらゆる意味当事者ではなかったにも関わらず保健所に連絡をした。住所をある程度正確に伝えて、電話を切った後にキッチン棚を漁り、そこから掃除用のポリエチレン手袋を取り出した。

 再び自転車に乗って猫のところに向かった。数百メートル距離時間はそれほど掛からず、辿り着いた時にも猫は最初のままの姿勢を保っていた。相変わらず見える範囲には傷一つなかった。

 僕は歩道自転車を停めて、車列(鮮血を目の当たりにし、おっかなびっくりハンドルを切って迂回する車列)が十分に途切れたタイミングを見計らって、猫のところに駆け寄った。それで、僕は猫の脚を掴んで、車に轢かれる心配のない路端へと引きずった。

 そう、引きずったのである

 抱きかかえた訳ではない。単に引きずったのだ。鮮血が道路に擦れて跡を作った。猫の頭部がごろりと動いた。

 猫は筋肉が弛緩した所為か失禁――脱糞していて、その茶色の飛沫がポリエチレン手袋に付着した。

 そこには愛情は無い。僕の人生残留するべき温かい思念というもの存在していない。

 だから、この記憶は決して僕の中に残留し続けることはないだろう。人生のいずれかのタイミング忘却され、その後決して思い出されることはないだろう。

 僕は猫にそれ以上傷ついてほしくなかっただけである

 猫が道路の上でぐしゃぐしゃになっている姿を見たくなかっただけである

 ある種の同情みたいなものはあった。でも、それは決して愛情ではない。僕は見ず知らずの猫に、しかも既に生命の無い猫に、愛情を抱ける類の人間ではない。

 僕は猫を引きずって、車に傷つけられる心配の無いように、路側帯の辺りまで移動させると、手を離した。そして、そのまま保健所の車がやって来るのを待ち続けた。

 初夏の晴れた静かな日和である。時折、眼前を通り過ぎる車の運転手がギョッとした顔で、猫と道路中間辺りから続く夥しい血痕を見遣るだけである。僕は猫から少しだけ距離を空けて、たまに、盗み見るように視線を向けた。本来当事者である近所の主婦達が歩道で、遠巻きに何かを話している。さっきの僕の行動を彼女らは全て見ていた。

 やがて、彼女らの内の一人の若い主婦が僕のところにやって来て、保健所には一応連絡したんです、と言った。僕は短く返事をした。

 彼女は元の場所に戻っていって、相変わらず主婦達と何かを喋っていた。僕は、その場で保健所の到着を待ち続けた。


 やがてやって来たのは、ゴミ処理車であった。内部に回転する鉄塊こそなかったものの、それは紛れもなくゴミ収集車だった。

 この後の描写についてはあっさりしたもので、その車中からスタッフ二名降りてきて、主婦らに挨拶をした後に黒いビニール袋を広げ、手早く猫をその中に入れた。そして、車両収集スペースにその袋を入れると、瞬く間にその場から去っていった。

 僕はそれを見届けた時にやけに安心したのを覚えている。これで、道路の上にもんじゃ焼きのような物体が出現する可能性はなくなったのだと、そう考えていた。僕はそのまま自宅に戻り、猫の糞の付着したポリエチレン手袋を処理した後で、日常ルーチンへと戻っていった。


 多分、この記憶は僕の人生残留することはないと思う。単純に、この話の主旨は、僕が死んだ猫の重みを知っているという、そのことを主張する他にない。教訓と呼ぶべきものはそこにはない。

 しかし、それはあくま一般的な教訓に限っての話だ。僕個人の、個人的な教訓に関しては、少しばかりはあるかもしれない。


 多くの場合、我々の性向とか心の働きのバイタルな――欠くことのできないほど重要な――部分に作用するのは、僕がここまで延々と語った記憶の類ではなく、誰かへの愛情記憶であり、誰かから愛情記憶である

 そういうものを欠くと、我々のバイタルな部分は鈍化する。必要以上に鈍化し、何らかの問題を引き起こさずにはいられなくなる。記憶というものを二種類に大別した時に、我々の性向に最も強く、最も好影響を与えるのは、明らかに「思い出しうる」方の記憶だ。そのことに疑いはない。

 とは言え、最近の僕は少しだけその考え方を改めることになった。

 これまで僕が延々と語ったこ記憶は、凡そ間違いなく僕によって忘れ去られるだろう。そして、二度と思い出されることはないだろう。このテの予想が外れることは僕に限ってまずあり得ない。この記憶は僕のバイタルとは無関係なのだ。この記憶によって僕が行動を規定されたり、何らかの関連行動に走るということは――この文章を書いていることを除けば――まずあり得ない。僕にはそのことが手に取るように分かる。

 でも、と思うのだ。

 この記憶は、翻って言えば、忘れられるまでは僕の記憶に残り続ける(トートロジー的な文章だ)。僕は、そのことに少しだけ意義を感じてしまいそうになるのだ。

 記憶には二種類ある。忘れられた後に思い出しうる記憶と、そうでない記憶である。前者に比べれば、この世の中においては後者記憶の方が圧倒的に多い。この世界殆ど記憶後者、つまり他愛のない記憶によって構成されていると言っていい。それらは例外なく忘れ去られる運命の途上にある。

 それでも、と僕は思う

 その記憶は、忘れ去られるそのタイミングまで、じっと待っている。

 僕の記憶の中で息をしている。

 猫の視線の色を、僕は今のところ忘れていない。奇妙に硬直した、黄色い瞳。

 多分、僕の記憶の中に、未だ留まっているところの猫は、待っているのだろうと思う。

 僕が猫のことを忘れ去るその時を。

 じっと、誠実に、待っているのではないかとそう思うのだ。

2020-03-08

セクハラ肯定アニメヒーリングっど・プリキュア

ドラえもんも1/2の魔法も公開延期の中

プリキュア映画は予定通り公開するというから

「よしその心意気に応じて見に行くぞ」と予習のためにTVを付けた。

元は病弱だった女の子とその仲間がプリキュアとなり、地球をお手当するという設定で

お手当と言いつつ肉弾戦だなまぁ伝統美だしなと感じつつ見ていたのだが

目を疑うシーンが出てきた。


悪の幹部イケメン系)がプリキュアの足を奪って移動不可の状態にして

汚泥物質をすくった手でプリキュアの持つステッキなすりつけたのだ。

いやプリキュアさん? あなたが移動不可になってるのは足だけでは?

腰も胴も体も肩も腕も動くんだから一度くらい振り払えば?

そのステッキ、お供の動物っぽいものインストールされてるよね?

お供の動物はまさに自分じゃ身動き取れないわけでしょ?

だったらあなたかばってあげなきゃいけないのでは? アホか?

頭の悪いご通豪主義な展開だなーと思っていたら

案の定、悪の幹部が図に乗って、今度はプリキュアをおさわりしてきた。

阿呆か、この令和2年に。

勝手女性の体を触るのは痴漢だ、犯罪だ。

悪の幹部が悪いことをするのは当たり前とかい理屈通用するか。

この世界存在してはならない行為じゃんじゃど阿呆

んでもってプリキュアさんまた動かない。

頭を動かしてよけるとか顔を振るとか一切せず、イケメンさまのなすがまま。

いやあなたプリキュアですよね?さっきまで自分の何倍もあるでっけーのと戦ってませんでした?

イケメン相手には手も足も出ないんですか?

普通女の子なら痴漢相手に足がすくむこともありましょう。てかそれが現実です。

でもあなたプリキュアでしょ?

普通女の子がどれほど望んでもできないことを、

変身したり、キックパンチかましたり、強力なビームかまして敵をやっつけたり

そういうことを、たとえ絵空事でも、見せてくれるのがプリキュアでしょ?

プリキュアですら、セクハラに黙って耐えなきゃならないの?

令和にもなって、それがこの国の現実なの?


絶望しつつツイッターを見たらさら絶望が深まった。

「××〇〇(悪の幹部プリキュアカップリングの略)サイコー

公式が最大手

「好きな子嫌がらせする描写が大好きなんです」

はぁぁぁ?なに言ってんの?このBUKKAKE描写を誉めそやすの?

なぁお前ら、今日の悪の幹部イケメンじゃなくてジャアクキング系のルックスだったら同じこと言える?

悪の幹部であることも、そしてイケメンであることも、免罪符にはならねーんだよ!!!!!

痴漢犯罪なんだよ!!!!!!

あとなぁ、好きだろうが好きじゃなかろうが、嫌がらせ嫌がらせなんだよ!


そもそもプリキュアというブランド

「自立した女の子を描いてる」とかいう触れ込みで

国際会議かなんかで取り上げてもらったんじゃありませんでしたっけ?

その実態が、コレ???


とりあえず、評判がよろしくない「チャーリーズ・エンジェル」見てきますわ。

あっちは少なくともセクハラにはハッキリNOと言っているだろう。

追記悠木碧正義

追記その2:東京ミュウミュウもしかして水面下で動いているのなら、同じ轍は踏まないでほしい

2020-01-07

政治家はドブ掃除

人間の出す汚泥にまみれてやる仕事

そりゃ誰もやりたがらないし、やるヤツは私利私欲のためにいろいろやるよな

2019-11-26

キメラって…

(程度の差はあり、中には最適な温度で地表に湧いている温泉もたくさんあります)。これは地面から湧いてくる灼熱の水を人間に適した温度まで水で薄めて利用していると言えます。ここで注目すべきはやはりマグマ関係していることと、熱い流体が地下から湧いてくる現象であるということ。そして温泉火山の近くに形成されるということ。温泉はそれこそ風呂なんて概念人類運用する前から自然には存在していて、人類以外の動物も利用してきました。猿が風呂に入っているイメージなんかし易いですが、鹿や熊なんかも温泉に浸かるらしいですよ。それで火山噴火による被害も昔からあったと思います、そりゃ地震火山が原因で起こるので、「地震人類地球上に留まる限りその被害に遭い続ける」と言われるように火山噴火も似たようなもんです。地震ほどもたびたび起こりませんけど(そうだったら人が土地に住めません)。何が言いたいかというと星の中にはマグマが流れていて、これは時に地上に激しく噴出しては火災などの致命的災禍となって人類を脅かしてきたという事実があり、そして鉱石宝石温泉といった、人類利益になるもの火山活動によってもたらされてきたので、人類がいままで継続してきた人類らしい生活を続ける限り、火山の脅威から完全に逃れることはできないってことです。マグマに焼かれる可能性を完全にゼロにしたいならば、既存資源が採れる地上を捨てて空の上に逃げるしか道がありません。キリスト教では人間人間である為に原罪というものを抱えていたので、神の子イエスさまは磔刑にかかるという形で人間原罪を御許しくださったそうですが、罪を抱いたら落ちる先の地獄が灼熱の世界であることと、人類文明依存する金属資源が地下世界流れる灼熱のマグマに由来することはなんだか面白い話に思えています。あとは、火山活動間欠泉の他にはしばしば人間に有毒な気体を地面から吐き出させることがあり、この毒ガスにまかれて人が死ぬ事件なんかも昔からありますドラゴンは火を吐く他には毒の息を吐くなんて話もあるので、地獄火山に由来するものであるならば、ドラゴン活動とはすなわち火山に由来を見出すことができます。これで宗教的で、地理的で、人類学的なドラゴンの話は終わりです。

結びに、あまり触れられなかった気象的なドラゴンの話に急ぎ足で触れたいと思います(こっちは語れるほど詳しくないので一番最後になりました)。

ドラゴンもしばしば気象を操り、毒の息や火を吐く他には雷を吐くなんて言われます怪獣映画ゴジラに出てくる怪獣キングギドラは雷のようなジグザグに飛ぶ光線や、ずばり雷そのものを吐き出しますがあんな感じです。

これは山の天気が変わりやすいという話と関連づけられて話されます。高い山の上は気象学的に雷雨が発生しやすいそうで、ここで発生した嵐がそのまま人里まで降りてきておそろしい災害をもたらしたことヨーロッパでは珍しくなかったそうです。西洋の山々は高く険しい秘境で、ドラゴンの他には魔法使いが住んでるとか言われ、その険しさゆえにとても道路として利用できるような場所ではないので、いまよりも適切な登山道具や技術普遍化されていない昔の時代に住んでいた人が山越えをするとなると、それは決死覚悟で臨むものでした。つまり山の上には滅多に人が行き交うことがなかったので、空想ドラゴンやお伽話の魔法使いが住んでいてもおかしくないと言われたのでしょう(そう言われても嘘か本当か確かめるのが現実的ではない)。

また「雨を降らせる」とか「気候を操る」とか言われるとピンと来る方もいると思いますが、東洋の龍はもっぱらそういうことをする存在で、火よりも水と関連づけられていることの方が多いようです。川の化身なんて言われることもあって、こういう姿はジブリ作品千と千尋の神隠しに登場したハクという人物テーマにもなっています。水は高きから低きに流れるとか言う通り、山から人里に向かって川が形成されている様子をじかに確認することが日本では現実的であったので(日本の山でも人死はたくさん出ていますが、山越えに臨めばほぼ間違いなく死ぬと言われるほどではなかったようです)、川の神である龍は山の神もまた兼任することがあり、日本人の昔話的世界観において山と川とは切り離せない親しい関係にあります。というか、ずばり川の中に竜宮城がある(浦島太郎の話に出てくる、海の中にあったというあの竜宮城ほとんど似たようなものです)場合もあります。山の中にあるという鬼の居城もこの竜宮城が零落して悪評に貶められたと考える向きもあり、有名な鬼の祖に龍神が数えられていることもあります(酒呑童子という鬼の祖は伊吹山の神であると言われ、これは素戔嗚尊という英雄に退治された龍神のことだと言われています)。それで「山の気候は変わりやすい」なんて言い回し日本人がよく口にする言い回しなので、山の神である龍が雨を降らせて川を流すという話はそういう思想が背景にあると思われます奈良大神神社に坐す大物主なる神はたいへん好色の蛇神として知られ、イケメン男性に化けてから人間女性と夜な夜な逢引をしていたというロマンチックエピソードがある一方で、機嫌を損ねた時には疫病を流行らせて人を大勢殺したので時の天皇を困らせたとも言われています。この大物主が住むというのも三輪山という名山で、奈良のその周辺は川と山とに囲まれた肥沃な土地であったと言われています。今でも風景が綺麗なので、近くに住んでいるなら見に行くのも悪くないと思います。話が脱線しましたが、疫病が流行るというのはいろいろ理由がありますけど、川の氾濫といった水害が原因でも発生します。川から水が溢れて街が水に浸かると下水道という設備がなかった昔はトイレ汚物が街中にぶちまけられるというのも珍しくなく、川の底のかき混ぜられた汚泥と一緒に環境汚染するのでたいへん不衛生でした。なので的確に対策をこうじなければそこからあっという間に病気流行り始めるのです。川が溢れると畑がダメになって作物…つまり食べ物もとれなくなるので、飢えて体が弱り病気になりやすくなるというのもあります。川がなければ水を畑や田んぼに引くことが難しく農業が瀕するので全く無いというのは困りますが、川が溢れ出しても人間は困るのですね。なので川と龍が縁深い日本では、川の工事(水害対策)に従事していたと言われる仏教僧侶が悪さをする龍神をこらしめて改心させるなんて話も結構あります西洋における聖ジョージジークフリートなんかが、日本においては偉いお坊さんになってしまう訳です。すこしがっかりするような話ですね。そういったように、悪者イメージが根強い西洋ドラゴンに対して、日本の龍というのは非常に気まぐれな存在善悪両方の属性を持ちます人間を助けることがあれば人間を脅かすこともあるし、人間に助けられることもあれば人間に倒されることもある。ところで東洋の龍という括りでいうとそもそも「龍」という漢字と考え方自体は大昔の中国にあったというたいへん豊かで大きな国からやってきたとも言われますが、中国文明は三大文明が一つ黄河文明と数えられている通り黄河という大きな川が育てた土地を耕して発展していったので、そりゃあもう川の整備には手を焼かされたそうです。大洪水で国中が水浸しになってみんなが困ったので、見かねた仙人が龍に乗って山から降りてきて洪水を治めたのでたいへん感謝され、皇帝の座についたという伝説もあるくらいです。というか、日本の坊さんがどこで川の整備技術を学んだかと言われれば当時の中国で学んできました。もっと正確に言えば、治水技術に秀でた仏教僧侶日本布教するのにやってきて広まったのです。ユーラシア大陸から、「龍」という漢字東洋龍のイメージと一緒に、「龍」と形容されるほどの荒れた川を治める技術もやってきたのです。お互い川を見ながら川の周辺で農業やって生活してきた民族なので、当時から生活風景がそこそこ似通っていたのでしょう。なので龍神今日に至るまで日本思想世界に受け入れられ親しまれ、日本独自派生も見られるほどになりました。

誰かの空想からはじまった存在が、国を渡って話されどんどん遠くまで伝わって、その国でしか見られない風景や生き物の姿を継ぎ足して、そこに住む人々の固有の文化におさまっていく様子を前から後ろへと辿ってみるのは大変面白い娯楽でありました。今回は特にドラゴンについて言及しましたが、とてもキメラテックな話だったでしょう? キメラテックなのもたまには悪くないという気持ちに僕はなってきました。

更なる余談ですが、東洋の龍の「胴体が長く、翼を持たず、身体くねくねさせて空を飛ぶ」イメージ(アニメ日本昔話のオープニングのようなやつです)なんですが、胴体のところは蛇をモチーフにしてあるのは一目瞭然ですよね。完全なる受け売りなんですが、この龍の顔の部分は馬をモチーフにしているという説があるそうです(髭があるところとか)。確か神武天皇だったと思うんですが、彼の皇が長旅をされた時に愛馬に水を飲ませようと泉に立ち寄って、その時誤って剣でその馬の首を切り落としてしまったそうです。自分が殺された側なのに、自分が死んで大泣きして悲しむ皇の姿をあまりにも気の毒に思った馬は、首だけで泉の中を泳ぎ始めてやがて馬のような顔を持つ魚になった、なんて伝説があります。空を泳ぐ龍が馬の首を持つ一方で、馬の首が泳ぎ出して魚になったという伝説もあるのは面白く、たまに関連づけて語りたくなります。ただ学問的な裏付けのないこじつけなので、こういう笑い話の場でしか言及しないことにしています

ここまで読んでいただいた方がいらっしゃるなら、たいへん貴重なお時間いただきました。あなたに御礼さしあげますありがとうございました。

(追伸、語り口調で一行が長かったり、誤字脱字が多くて申し訳ありませんでした。ちゃん推敲する習慣をつけようと思います。重ねて、ここまで読んでいただきありがとうございました。)

2019-11-24

キメラって…

新しいポケモン化石ポケモン話題になっていて、ずばりギリシャ神話キマイラのことではなくて、普段からよく話題になる想像上の生き物で「複数動物の特徴を掛け合わせているやつがいたなぁ」って思ったりしてたんですよ。

そいつドラゴン」とか「龍」とかい呼び名でよばれているんですけど。

個人的な分類なのでそれが常識ということは全然ないので構えずに聞いていただければ幸いなんですが、ドラゴンって呼ぶ時は西洋伝承の竜、「龍」って呼ぶ時は東洋伝承リュウ意識しています西洋伝承との比較話題ときにはわざわざ東洋龍をドラゴンとかよんだりして自分からルールを破るので、本当にそこは私事ですよね。

ちょっと前にNHK特集ドラゴン伝説に関する番組があったりしたんです。

テロップに「人類学者」「歴史学者」「宗教学者」って表示される人の他には、古生物学者さんとか比較生物学者さん、気象学者さんなんかもコメントしていたのが印象に残ってます。あと世間話ドラゴンって話題に出すときには、地理学勉強している知人と話していることが個人的に多かったりもしますね。結構、色んな分野からドラゴン伝承というもの話題にすることができるってのは面白いなと思います

生物学的な知見から語るドラゴンとはずばり恐竜化石の話でした。僕たちの世代ともなると人間何人ぶんくらいの恐竜化石が見つかったとして、それは人類が成立する前の時代の、大昔の生き物の痕跡であって「こんな生き物がいまも生きて闊歩している」とは咄嗟にも思わない訳ですが、それは今日に至るまでの研究成果とそれを知識として普及できる教育の賜物であって、それがなかった時代の人たちはそうは思えなかったって話です。

番組ではルーマニアで有名な翼竜化石が見つかっていると言及されていましたが、ルーマニアドラキュラ伝承の元になったヴラド・ドラクル公の故郷ですよね。「ドラクル」という別名は彼の自称で「悪魔の子」って意味だとよく言われますが、本当は「竜の子」とかそういう自称だそうです。言語には明るくないのでもっと正確な意訳ができず恐縮でありますが、無知身上なので「音が似てますもんね」とか言います。どうしてそれが「悪魔の子」だなんて受け取られ方をしたかと言えば後述したいと思いますが「ドラゴンは当時の人々にとっておそろしい敵役で、悪魔に連なるキャラクター」だったからです。竜の子なんて自称するのはその宗教的事情考慮するならば自ら悪魔敵役を名乗る型破りなことだった訳ですね。かなり話が脱線しましたが、竜の子ヴラドの伝説的な話が根付ルーマニアで、空を飛ぶ恐竜化石が見つかっているという話がなんだか面白いなと僕は思う訳です。「無関係とは言えないだろう」とか僕なら思っちゃうし言いたいですし、当時の文献記録に化石の発掘らしき出来事記述とかあるならそれは想像捗るので素敵な話だと思います

比較生物学的な見地からはいまも生きている生き物、特に蛇が槍玉に挙がっていました。ずばりって感じがします。番組では「何故ドラゴンは火を吐く?」という疑問に対して、蛇がちろちろと舌を出す様子に触れつつ、この蛇の習性が「誤った情報伝達の仕方をして」ドラゴンに火を吐かせるようにしたのではないかという話をしていたのでこれが面白かったですね。

まずドラゴンという想像上の生き物が成立する。次に「ドラゴン想像上の生き物で、実物を人前に持ってきて伝えることができないから」人間想像を絵に描いて伝えようとします。この間に、ドラゴンというのは実在しない生物なので、かわりに実在する他の生き物の特徴を取り込んでイラストとして出力されてしまう訳です。無いものを描くことはできないので、かわりに実際に有るものの特徴を代用して想像を膨らませていく。会話で比喩表現を使うようなもんですよね、「奴は蛇のようにずる賢い性格なんだ」とか「鳩が鉄砲で撃たれたような顔してるぜ」とか。

それで番組に出てきた絵なんですけど、たぶん火を吐いてなかったんですよ。イラストの横に難しいラテン語でびっしり説明文書かれていましたが、「これは火を吐いている絵ではなく、蛇のように舌をちろちろさせているドラゴンイラストです」って言われたら僕はそれで納得してしまます。そんな絵でした。

ところで遠い土地に住んでいる人に自分の描いた絵はこういうものだと事細かく説明できますか? 僕はそういうのが得意ではないので、しばしば伝言ゲームみたいになっちゃうんですよ。これが誰もが当たり前にまだラテン語を読めなかった時代で、聖書記述すら読み書きの技術を持つ教会神父様に読み聞かせていただかなればならなかった時代となると、もっと大変だったと思います。もちろん、そういう誤解が広がらない為にバチカンの偉い司祭様たちは色んな対策を立てたと思いますが、果たして悪魔の姿形まで全員の意見を一致させようと手を回す余裕があったのか」はわかりません。イラストというのは文字言葉より強烈です、写真の無かった時代ならそれは写真の代わりすらつとまったほどに。それでもやはり限界はありますよね。実際にあるものを観察して正確に描いたものなら兎も角、空想風景自分が見たことのある風景に喩えながら暗中模索で描きあげたらしいドラゴンイラストですから尚更。もちろんそれを見せる相手が目の前にいたなら言葉にして説明できたでしょうが、その絵が本に載って遠い土地にいる人たちの手に渡った時、そして彼らが字を読み書きできないとかそもそも違う言葉を喋っている人たちだったりしたら、蛇の舌の絵が火を吐いているように受け取られたりしても即座に訂正したりできないのでそのまま広がってしまますよね。

ここでちょっと本旨に触れていますが、空想上の生き物は実際にはいないのでそれが絵や銅像といった形にされる際、実在する動物の特徴をつぎはぎにして成立する時がある、というのが比較生物学的な知見で言いたかたこであるように思います

恐竜化石にしたって、伝説に語られるファブニールヒドラのものしか見えない代物が発掘されている訳じゃありませんからそもそも恐竜化石から想定した想像図が最近すこしずつ変わっているらしくて、僕が映画で見たティラノサウルスコモドドラゴンじみた堅そうなウロコに覆われた姿でしたが、いまは鳥のように羽毛が生えていたのではないかと言われているそうです。ここはもう少し言及すると、恐竜末裔はいまも空を飛んでいる鳥、特に渡り鳥である、なんて話にも波及していきそうですが、僕はそのへん浅学なので触るだけで容赦していただきたく思います

最後歴史学人類学宗教学、あとすごく恐縮なんですが地理学から見たドラゴンの話をしたいな、と思います。ここがすごく自分が興味ある分野になるので話が長くなりそうなんですが、そのほとんどが他の人から受け売り知識・聞きかじりの知識であることを先に明言してから話したいと思います。この話を僕にしてくださった皆様に限りない御礼と尊敬を。

まず、先程までドラゴンが火を吐くのは、蛇の舌の特徴を取り込んで描いた想像図を見た別の人が、その絵の様子を「火を吐いている」と誤解して広がったからではないのか、と話題にしていました。さらにここを掘り下げて「何故火を吐いている姿に見えた(誤解した)んだろう?」という話をしようかと思います

ラクル公の話にも戻りますが、西洋ドラゴン悪魔に連なる存在であり、人々にとっておそろしい敵役だったと言います。これは特に難しい理由がある訳ではなくて、人間より大きく、翼を持っていたり、人間の頭を咥え込める大きな口にずらりと牙が並んでいたり、ずばり「人間に噛みついて攻撃してくる蛇という生き物が人間よりでかかったら食べられそうで怖い」という恐怖心が、当時の宗教的道徳観で形成されている独特の恐怖心とつよく結びついた結果だと思います恐竜人間を食べそうだから怖い、ドラゴン人間を食べるから怖い、悪魔地獄にいて人間に悪いことをするから怖い、というのが全部同じ話になってしまった時、「ドラゴン悪魔の手先である」という話になるんですね。そこにバチカン神父様まで話を合わせはじめるともう誰も待ったをかける人間がいなくなる。恐怖とは使い方があるのです。「食べ物を粗末にすると目が潰れるからしてはいけない」なんて言い回し日本にはありますが、本当にそうなのか?といえば絶対にそんなことないですよね。それが本当の話になってしまうと、目が見えない障がいと向き合って生きている人たちはみんな「食べ物を粗末にした」罰でそうなったという理屈が通じてしまうので大変失礼な話になりますぶっちゃけこの言い回し、嘘か本当かで言えば嘘の話ですよね。でもいま食卓に並んでいる食べ物を、少なくないお金を支払い、少なくない労力を駆使して調理し、なんとか苦労して食卓提供し続けている親からすれば、それを子供台無しにされるのはひどくつらいことであるしその悪癖を矯正しないまま大人になっても子供のためにはならないからなんとかやめさせたいと思うのは当然なわけです。しかし、突然の家不景気に陥れば金銭交換ままならず明日にでもご飯が食べられなくなるという話を、お金単位すら知らない無知の子供に納得してもらうまで言い聞かせるのは大変な交渉スキル言語センス必要とされます。これが「何故人が人を殺してはいけないのか?」「何故人が人から物を強奪してはいけないのか?」というレベルから説明しなければならないとなれば途方もない気分になってきますよね。なのでそれを説明する側は、悪いことをしてはならないという理由として「悪いことをすれば怖い目に遭う」と方便…つまり一種の嘘を用いるという苦肉の策を導入することにしました。これが日本で言えば「目が潰れる」とか「人攫いにあう」とかで、キリスト教国教である場所では「悪いことをすれば悪魔のいる地獄に落ちるぞ」とか言われるようになる訳です。ドラゴンに食べられるのは誰だって嫌ですよね、僕はジュラシックパークティラノサウルスに食べられるレベルから嫌ですしサメだって怖いですから、悪行に対する応報としての悪魔地獄で罪人を責め苛む悪魔ドラゴンを操るなら当時の人たちにとって2倍の怖さになる訳で、時の宗教家たちはおそろしいドラゴン悪魔に与えることでみんなが神の御言葉もっと信じて慎ましく穏やかに生活する世界(=悪人悪魔ドラゴンをおそれて悪行を思いとどまったり、間違えてからでもそれを悪いことだったと反省して償いをする世界)が形成されることを期待したわけです。なので実は違う種類の複数の恐怖が、宗教道徳という枠組みの中で融合するのは全然難しい話ではないってことですね。ドラゴン英雄に退治される話が多いのも似たような理由です。人間勇者が悪いドラゴンを退治して財宝と美しい伴侶を獲得して幸せに暮らす…というのは敵が強いぶん本当にそれを乗り越えられるならば素晴らしい成功であるように思える訳ですね。実際に、ドラゴン退治の伝説宗教に組み込まれた結果、聖ジョージドラゴン退治など、有名な宗教説話としてたくさんの人々に親しまれています。強いドラゴンが悪であったほうが都合がよかった時代場所があったということです。

この長い前提があって、ドラゴンが火を吐く話が続きます。まず多くの宗教において死者の国・地獄とは地下世界に想定されます。そして程度の差はあれど、地獄とは炎の世界で、罪をおかして死んだ者はその炎に焼かれてずっと苦しむと説かれます。これはキリスト教例外ではないというか、悪魔が住む地獄とはその典型であるように思いますね。何故地獄燃えいるかと言えば、人間が火に焼かれる痛みを強烈に忌避する話の他に、古い時代の街並みが火災に弱いというのが挙げられます日本でも江戸時代の平屋づくりなんか想像してくだされば分かりますが、木材を含む家屋が道の両脇にずらりと並んでいるのは火災脆弱なんですよ。火災の真の恐ろしさとは「燃え移る」「燃え広がる」ことです。デマゴーグが人々の間であっという間に拡散して個人名誉毀損の度合いがもう取り返しがつかなくなってしまう様子を「燎原の火」などと喩えますが、あれは草原に火を放つと一瞬で更地になるほどの規模の火災になることのようだと言っています。この草が家に置き換わったようなことが頻発しやす都市計画というのが密集した家屋群にあたります。隣の家同士の距離が近ければ近いほど深刻だという認識で間違いないと言えます対岸の火事なんて言い回しもあるんですが、実は一つの川を挟んだ対岸で火事が起こっているとしても、風向きと風速次第では火の粉が飛び火してきて火事になることも珍しくないらしいです。キリスト教地獄の話をしているのでその圏内にある国の歴史話題にするなら、ロンドンテムズ川を挟んだ両岸の街々が飛び火が原因の大火事被害に見舞われたことがあるそうです(これはNHKドラゴン特集受け売りです)。時代が昔に遡れば遡るほど消火技術というのが未熟なので、燃え盛る地獄イメージが成立したほどの大昔となると一度家に火がつけば街一つ灰になるのも特に珍しくなくて、それが冬越し前ともなれば家の壁と屋根なしで厳しいヨーロッパの冬を耐えなければなりません。みじめなんてものではなくて、死にます火事から助かったとしても家も財産食べ物燃えしまっていて、最悪の場合助けてくれる隣人の家まで飛び火で火事になってて誰も助ける余裕なんかないとなれば、そういうのを「地獄のような風景だ」と言うのでしょう。これを避ける為に毎晩高台に見張りを立てるなどの習慣が根づいたそうです。ファンタジーでやぐらに立つ見張りといえば敵国の侵略者瀬戸際発見するだとか怪物が村や街に侵入しないようにする為だとかいイメージで、もちろんそういう意味での見張りもありますが、一番怖かったのは火事だそうです。というか、敵国の兵士に火付けされることだってあります火攻めとか言われる戦法で、この場合侵略者火事が同時にやってきます侵略者は火で街の財産がすべて灰になる前に大急ぎで火事場泥棒をはたらくので容赦する時間的余裕はありませんし、火をつけられた街の住人だって火に焼かれるか人に殺されるかの極限状態ですから狂乱しています。ただの火事より、もっと大勢死ぬでしょう。侵略者はまさに地獄からやってきた悪魔や化け物に見えたでしょうね。そうやって実際にあった大火災惨事記憶が、架空風景である地獄イメージを補強して、いまの地獄絵図というものがあるそうです。だから悪魔の手先であるドラゴンが火を吐く(操る)のは当然だ。地獄からやってきたのだから」と言われれば、なんだかすごく話の筋が通っているように思いませんかね?

その上で更に別の解釈を交えます地獄は地下世界にあると先述しましたが、地下にあると言えば何を想像するでしょうか。道具や芸術品の材料や貴重品そのものとして今でも生活の身近にある鉱石宝石も地面の下から採掘される資源です。しばしばドラゴンは財宝と関連づけられることを思い出させられますね。化石も地下から現れることが多いです。ドラゴン地獄に住まう悪魔ペットであることと、ドラゴンイメージ形成するのにひと役買ったらしい恐竜化石とがつよく関連づけられるような気がしますね。それで、マグマも地下には流れていますね? マグマによる火災被害、つまり火山噴火というのはそれほど頻繁に起こる訳ではありません。少なくとも、毎日地球のどこでも火山噴火しているともなれば人間生存圏はもっと狭くて、地球人間には住みづらい星だったでしょう。将来的にそうなるかもしれませんけどね。それはそれとして、噴火は頻繁に起こらないので毎日人間マグマに殺されているというほどではないと思いますが、それ故に今でも予測して対策が立てづらく一度起こってしまえばおそろしい被害規模となる天災でもある。邦画にもなった漫画テルマエロマエ舞台くらい昔のローマにおいては、伝説的な火山噴火によって当時の大国が大打撃を受けたらしい…そしてそれはただの伝説という訳ではなく、地質学考古学的な研究からも実際に大災害が起こっているという史実的な話だそうです。ところでテルマエロマエという作品に触れましたが、これはお風呂テーマにした漫画です。日本でも観光地各地が抱える温泉施設というのは間欠泉という自然現象を利用したお風呂であることは周知ですね。この間欠泉温泉というのが、地下の水源がマグマによってあたためられて地表に噴き出す現象で、多くの温泉はそのまま人間が入浴するには適さないほど高熱だったりします、死ぬような大火傷を負うほど熱いこともあります(程度の差はあり、中には最適な Permalink | 記事への反応(1) | 14:56

2019-11-12

anond:20191110185048

問題というのは、先に発生するものではなくて後から発生するものなんですよね。

経験による予見や知識による予測もできますが、問題はその範囲の外に発生するものなんですよね。

ということは、最大の予防策というのは「余地を残す・マージンを取る」ということになるわけですね。

100%勝利にむかって防御なしとか、成功したら倍増のための全額投資とか、問題の発生以前の問題現在発生している誤りそのものなんですね。

今、問題があるのは「絶滅してもいいのでは」という問題意識の低さが現実に発生している問題なのですね。

これの何が問題かというと「そういう視野の規模で問題がない」という問題発生の可能性に対して無防備すぎるところですね。

そんなに純粋純真で穢れのないきれいなきもち計画しても結果なにかしらの原因で汚泥に突き落とされ世を呪いながらのたうち絶えていく可能性があるわけですね。

あるというか、それを避けるための策を一切考慮にいれないという透明度の高さが問題なわけですね。

別に純粋な人がいてもいいわけですが、その人が自由発言したりしないように安全を確保できるように、汚れ作業をして守ってあげる人が必要ですね。

保護者のいない幼い純真さは、残酷ものですね。

2019-10-22

anond:20191022045256

とにかく古着を送るなら金をくれくれ!

今どきの被災者は、汚泥を拭き取ったりするのに古着を切ったウェスを使わずに、新品の100円ショップ雑巾とか使わないと気がすまないのかな?

いくら金あっても復興しないじゃん

2019-10-14

日々を屋外で過ごし、ろくに風呂にも入らず不潔になったような浮浪者は、冠水して汚泥にまみれ不潔になった道路と大差ないので、避難所に突っ込むならせめてシャワー室にでも突っ込んで多少なりとも清潔にする必要がある

避難所になる場所に都合よくシャワー室などがないなら、色々とやむをえまい

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