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はてなキーワード: ジュブナイルとは

2021-05-07

なろうの固有名詞、アル◯◯…が多い?

とあるなろう小説を読みはじめたら

初っ端の固有名詞が「アル◯◯」「アル××」「アル△△」と連発できて

「アルアルアルアル…」が気になってまともに読めなくなってしまった

観測範囲問題な気もするけど、ジュブナイルファンタジー小説とかゲームとかの固有名詞って

「アル」ではじまるの多くないかなあ

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いま数え直したら別々の固有名詞地名地名人名人名)が四連発だった

その小説特殊な気がしてきた

2021-02-09

anond:20210208195428

増田君は部屋でシコることしかしないからいつまで経っても生涯現役とか言えるんだろうけど

増田がまだ活躍できるって言った声優さん、もう中年差し掛かってんのよ。

増田、鏡見ろ。生まれ西暦を見て、2021から引きなさい。

 

その年代の人はなんて呼ばれる年代なのでしょうか。

そしてジュブナイルとはどこに向けた作品なのでしょうか。

 

あと原作者の遅筆ぶりを理解してる型月厨が月姫ちゃん指定した時期に出るのかとか考えたりもしたんでしょうか。更には次回作なんてのもあったらば何年後に発売されるのでしょうか。

それに付き合わされる声優さんはその時まで現役でおられるのでしょうか、更には、生存されてたりするのでしょうか。

 

増田さんよ、何年前の作品だと思ってんのよ。

今裏切ったんじゃないの。

今まで裏切ってきてやっと形として出てくんの。

それを喜びこそすれ、一つずつのいでああだこうだ言ってるのはもう増田馬鹿にしてた存在なのよ。

それか増田は今後老害なんて言葉使っちゃダメなのよ。自分がそうなんだから

この二十年、そんなに好きだった作品に携わることもできない存在なのに、原作者の伝えたいことが一つも理解できない出来損ないなんだから

2021-01-04

天気の子という同調圧力蹴り飛ばし映画コロナとの戦いを応援するのは果たして矛盾なのだろうか?

俺も最初見た時は笑い飛ばしたよ「あの?今見た映画の話?理解してます真逆ですよ?皆のために犠牲になるとか知ったことかって映画ですよ?」と思った。

でも、1日経ってよくよく考えるとありゃあなかなかにおどろおどろしい代物じゃないかと思い至ったわけだよ。

我々はあの映画を見終わってスッキリしながら「さあ、同調圧力を誇示する奴らにそっぽ向いてやろうぜ」ってテレビの前で肩で風切ってたわけさ。

そうは言っても結局はスクリーンの中の世界感情移入してただけで、ヤクザ映画ハラキリやボクサー映画の殴り合いに共感した所で、自分らの体には何の傷もない状態でさもやり遂げた気になってるアレだったのだな。

しかしあのCMのせいで一気に我々はさっきまで自分らが頭の中で偉そうに講釈垂れてた「功利主義個人主義の天秤にどう重さを振り分けるか」という命題の秤に自分たちが乗せられたのさ。

そりゃもう神官あの世で裁きを受ける側に回るか如きだよ。

昨日まで「アヌビス神の御心において、そなたの魂を見定めんムニャムニャ」とやってた自分心臓が今まさに死神の掲げる天秤に載せられたってこと。

こりゃあ本当に恐ろしいもんだ。

海で呑気に泳いでたところをいきなり七人ミサキに足を捕まれ深海の底まで引きずり込まれたようじゃないか

TV局の奴ら、ついさっきまでやいのやいの「世の中どうにかなるんだしさ、やっぱ人間自分が納得する生き方すべきだよね」とSNSでほざいてた我々に対して「じゃあ、未曾有の危機の前に個人を優先して本当に良いんですね?」って全員にインタビューしかけてきやがった。

自分たちは絶対的オフェンスだと思ってたもんだから受けの用意なんて全く無しさ。

たとえば議員様が官僚不手際カバンペラ1枚の原稿もなく国会に出てきてしまったと思ってみればいい。

どうにもなりっこない。

適当に煽ってすかして時間を稼いで最後には逃げるぐらいしかできやしないよ。

そんなことをね、完全に油断しきった年末年始連休の大抵の人間にとっての最終日にアイツラやってきたんだ。

とんでもないと思わんかね?

天気の子なんていうジュブナイルセカイ系B面を今どき流してみせるような裏の裏以前に時代の遥か後方からメガホンで叫んでるような作品が、一瞬で最先端に追いつかせやがった。

やれやれテレビ作ってる奴らってのはやっぱり頭がいいな。

頭が悪いフリしてみせながらうまく人を転がすのが上手い。

一番むかつくてインテリってのはこういうもんだね。

カマトトぶっておどけてみせて煽って怒らせ馬鹿にさせ最後にはこっちが馬鹿を見てるのをビルの上から馬鹿にしてんのさ。

おっそろしい連中だよ本当。

2020-12-29

「 #えんとつ町のプペル 」の感想

AI Dugeon

https://play.aidungeon.io/

と、DeepL翻訳を駆使して書いてみた。

翻訳過程文体が変わってる箇所もあるけど、

その辺りはご愛嬌って事で。

なお、元増田は観に行ってません。

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これから書く文章キングコング西野絵本劇場アニメ化した「えんとつ町のプペル」の感想である

なお、私はこの映画を見てないし例え賄賂を貰っても観に行く事はないだろう。

即ち、妄想感想である

まり、これは私の想像に基づく感想文です。正確かもしれないし、正確でないかもしれない。

しかし、私は気にしない。これは語り継がれるべき物語だ。そして、それは全体として語られるに値する。では、始めましょう!

大前提として、キングコング西野お笑い芸人を気取った炎上インフルエンサーであることに注目する必要がある。これは彼の作品共通するテーマのようです。

これについては、「なぜ?これは、意志の弱い者のための松葉杖としての皮肉現代の風潮に対する、ある種の皮肉コメントなのだろうか?彼は本当にこのように気取っていたのだろうか?彼はそんなに面白かったのだろうか?(No.) 彼は刑期を終えて釈放されたヤンコ・ウルラの次の笑い中心のコメディアンになろうとしていたのだろうか? いやいや...

私はどこにいたんだろう?

さて、肝心の物語についてから話そう。

どうやら「ペプル」なる少年を主軸としたジュブナイルファンタジーらしいのだが、私は原作を読んでないのでその様に類推した。が、もしかすると蒸気機関の様な何かが出て来るので、スチームパンク…もしくはそれに類する何かが出てくるのだろう。

重要なのは子供向けに作られたものだということだから、それはどうでもいいことだと思う。

私は子供向けの映画文句を言う人ではありませんが(というか、誰がそうなのか!)、これは退屈しました。登場人物はすべて一次元的で、予測可能で、それらのどれもが歌うことができませんでした。

実は私はこの映画の評判を事前に知っていました。

曰く「キングコング西野の影がチラついて鑑賞の妨げになる」と。

これは当然だと思います

前述の通りキングコング西野は「炎上インフルエンサー」です。自身執拗アピールすることなぞ当たり前にやってのけます。それが彼の特技だからです。

炎上インフルエンサー」は全員悪目立ちしないとお金が稼げない成年被後見人以下のクソ野郎なので、そこは笑って忖度してあげましょう。

しかし、この場合キングコングが正解かもしれない。そう、この映画はひどい。でも、人が見に行かなければ世界が良くなるとは思えない。

最後に。

極端に聞こえるかもしれませんが この世の「炎上インフルエンサー」が 一人残らず絶滅することを心から願っています 数が多すぎるからね。

それは一般的世界のために、これらの人々が死ぬべきであり、私は彼らが死ぬべきである私たち種族のために、特にそれがより良いと思います

なぜですか?

もちろん、職業選択の自由はあるので一概には言えませんが、過激言葉で注目を集める人が突然死しても何ら問題はないと断言します(YouTubeでも似たような行動をしています)。

彼らが絶滅してくれれば世の中が良くなると思う。彼らの才能で稼げなくなっても、いずれは消滅するだろうし、それはそれで良いことだと思います

終わり。

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(おまけ。英語版

What I am about to write is my impressions of "Pupel of Entotsumachi," an animated film based on King Kong Nishino's picture book.

I haven't seen this movie, and I wouldn't go see it even if I were bribed to do so.

In other words, this is an opinion piece based on my imagination. It may or may not be accurate.

But I don't care. This is a story that needs telling. And it deserves to be told in its entirety. So let's get started!

As a basic premise, it is necessary to note that King Kong Nishino is a flaming influencer pretending to be a comedian. This appears to be a common theme among his work.

I have no real questions about this except why? Is this some sort of ironic commentary on the modern tendency towards irony as a crutch for the weak-willed? Was he really this pretentious? Was he even that funny? (No.) Was he trying to be the next laugh centered comedian Yanko Urla released after his prison term? (No.)

Where was I?

Now, let's talk about the important part of the story.

It seems to be a juvenile fantasy about a boy named "Pepuru", but since I haven't read the original, I guessed it that way. I haven't read the original, so I'm guessing that's what it's about, but maybe it's steampunk or something similar, since there's something like a steam engine in it. I suppose it doesn't really matter, since the point is, this thing was made for children.

Now, I'm not one to grumble at a child's movie (I mean, who is?!) but this one just bored me. The characters were all one-dimensional, the predictable, and none of them COULD sing.

In fact, I knew the reputation of this movie beforehand.

I was told that "the shadow of King Kong Nishino flickers in the background and interferes with the viewing.

I think this is natural.

As I mentioned above, King Kong Nishino is a "flame influencer". It's no surprise that he appeals himself relentlessly. That's because it's his specialty.

All "flame influencers" are wards of the law or worse who need to stand out to make money, so let's just laugh at them and let them be disciplined.

In this case, however, King Kong might be in the right. Yes, this movie is terrible. But I'm not convinced the world would be a better place if people didn't go to see it.

Finally.

I know this may sound extreme, but I sincerely hope that every single "flaming influencer" in this world will die out. There are too many of them.

It is better for the world in general, that these people should die out, and I think it is better for our kind specifically, that they should die out.

Why?

Of course, there is freedom of choice, so it is difficult to say for sure, but I assure you that there is nothing wrong with the sudden death of those who attract attention with their radical words (or similar actions on YouTube).

I think the world would be a better place if they were to just go extinct. If they are unable to make money with their talents, they will eventually disappear, and that's good for all of us.

2020-11-01

anond:20201101145517

空の境界

キノの旅

女神異聞録ペルソナ

あたりの伝奇ジュブナイル好きな人なら試しに一度読んでも損は無いと言い切れる

ブギーポップしかない魅力」を改めて考えると難しい…

乱暴に言ってしまえば怪人が事件を起こした後最後に始末屋がやってきて事件解決する変身ヒーロー者のノリとも言えなくはない

能力バトル物でもあるけど面白いのは主役側だけではなくむしろ敵側の心理パート面白い所なんだろうか?ジョジョで例えると5部の暗殺チーム側みたいな感じで

2020-09-05

ワールズエンドクラブは誰に向けて作られたゲームなのか

先日、トゥーキョーゲームから新作がゲリラ的にリリースされた

その名も「デスマーチクラブ」……ではなく、「ワールズエンドクラブ

タイトルが変更となったこ作品は、初報でのキャッチコピーはこう打たれていた

12人を殺す?12歳による、12のデスゲーム

2年前、簡単ビジュアルと共にファミ通に現れたこキャッチコピーに胸を躍らせた自分を今でも覚えている

ダンガンロンパでお馴染み小高和剛氏と極限脱出シリーズでお馴染み打越鋼太郎氏がタッグを組んだとなれば更に期待は高まる一方だ

よく練られたシナリオの打越

皮肉に満ちたサプライズ小高

この2人が協力して新たなデスゲーム体験を与えてくれる

それも、デスゲームではタブーとされる子供たちがそれを行うのだ

流石に直接的な表現はないだろうが、それでも生死不明くらいの表現はしてくれるだろう

純粋だが残酷しか12歳という思春期を迎えつつある子供たち

そこに与えられるデスゲームとは一体どのような物語になるのだろうか

期待せざるを得なかったのを覚えている

そして2020年9月4日

1月最後に動きを止めていた公式が突然に「タイトルを変え」「ゲリラリリース」したのだ

そして配信されたワールズエンドクラブ自分も飛びついたのだった

……だが、そこから始まったのは「茶番」であった

ネタバレを防ぐためにも簡単にいうが、要は「デスゲームは嘘」だったのだ

このゲーム、ワールズエンドクラブはデスゲームものではなかった

あくまでデスゲーム要素はプロローグだけになり、デスゲーム破壊して脱出した後、崩壊した世界探検するのがメインとなる

ここでよく聞く意見としては「流石にデスゲーム子供たちにやらせるのは倫理的にまずいとなり、急遽変更となったのでは?」という意見

だが、この意見配信日に行われた制作陣による生放送にて伝えられた「最初から子供たちが崩壊した世界探検するゲームとして作っており、デスゲーム要素はあくまで"ツカミ"として入れられた」とのことから否定される

自分小高)と打越がやるならデスゲーム要素入れたいね、ということで付け足した」

小高氏は言っていた

そう、つまり広告で彼らは嘘をついていたのだ

最初からデスゲームものなど作っていないが、それを隠していたのだ

私的意見申し訳ないが、「だとしたら、私が期待して待っていたのはなんだったのか?」と言わざるを得ない

そしてメインとなるストーリーは前述したとおり崩壊した世界を旅するもの

しかしこれもまた、首をかしげざるを得ない内容だと言いたい

いや、内容自体はたいしたことはない

突っ込みどころはかなり多く、ご都合主義不快下ネタや不自然唐突な展開などかなりあるが、それでも主軸となる「子供たちが鹿児島から東京まで冒険する」というストーリー自体問題はない

私が首をかしげざるを得ないというのは、その雰囲気

12人と道中で増えたもう1人、計13人は続く道中、喧嘩したりトラブルに遭遇したり、膝をつきかねない強大な問題にぶち当たる

しかし彼らは仲直りし、協力し、絆を深め合い、進んでいく

頭に浮かぶのは子供の頃に読んだ児童文学、「ぼくらの7日間戦争」をはじめとしたぼくらシリーズ

そう、このワールズエンドクラブぼくらシリーズのような児童文学の装いでもあるのだ

そんなもの、期待していなかったのだが

あくまで私の意見であるが、打越鋼太郎氏のハード世界小高氏の悪趣味世界はあまり見受けられないと思った

なら、このゲームは一体、誰に向けたゲームなのだろうか?

広告していたデスゲームは嘘だった

シナリオディレクター陣の過去作とは毛色が違う話である

なら、このゲームは誰が楽しむのだろうか

もちろん情報が明かされた今となっては「明るい雰囲気ゲーム」として手に取る人は多いだろう

しかし、それは"今となっては"、だ

それ以前、打越鋼太郎小高和剛の名前、そしてデスゲームというジャンルから期待していた人の、その期待に応えるつもりはあったのだろうか?

せめて、デスゲーム要素は無く、グーニーズを想起させるジュブナイルものであると少しでも事前に伝えてくれたなら「なるほどそうなのか、それはそれで面白そうだ」と期待の仕方を変えたもの

それを配信ギリギリ、いや、配信してから公開するのは

誰のためだったのか

少なくとも

私のためではなかった

あえて言うが、私はこの売り方に失望した

告知と内容が違うのは過去特にダンガンロンパシリーズでも見受けられ、そのたびに賛否両論を呼んだが基本的に私は好意的だった

が、それはあくまで「ダンガンロンパを買ったらダンガンロンパだったから」だ

今回は「ダンガンロンパを買ったらぼくらの7日間戦争が入っていた」レベルに内容が違うではないか

奇を衒えば話題になる

そのためならゲームの内容に嘘をついてもいい

情報を隠していい

ユーザーの期待を裏切っていい

本気でそう思っているのなら

トゥーキョーゲームスはゲーム屋ではなく

ただのつまらない嘘つきなだけだ

2020-07-08

anond:20200708062743

ジュブナイルにマジになるモン?

バイキンマンショッカーウンザリすることも無いと思うけど

 

お前がアンパンマンだったらまじごめん許すから存分にうんざりしなさい

2020-07-01

SF小説の表紙はなぜキャラ絵ばかりなのか問題について

論争の概要

 ・あるSF編集者自分担当したアンソロジー本(『日本SF臨界点』と『2010年代SF傑作選』)の表紙を掲載し、そのツイートが広くバズった。

 ・それを見てある読者が twitter で以下のような発言を行い、反響を呼んだ。


「なんでSF小説とかアンソロの表紙って漫画アニメ絵女の子ばっかなの?恥ずかしくて持ち歩けないんだけど。自らターゲット狭めてマーケット小さくしてる気がする。(中略)誰も彼も「売れるから」で思考停止している気がしてならない。」


それに対して当該編集者がfusseterで以下のような反論を行った。

・「女の子」に関して

 ・イラストレーターには『性別指定しない抽象的なキャラクター像』で発注したもので、『女の子』ではない,

 ・キャラクターであることそのものに対する違和感にしても、少なくとも現場ではそういうものにしようという意向ではなかった。


・「恥ずかしい」に関して。

 ・特に若年層ではキャラ絵が「恥ずかしい」と思う感性はあまりないはず。

 ・キャラ絵が想像力を狭めるということはなく、むしろ想像力喚起するもの


・表紙に対する意見について

 ・表紙を描くイラストレーターたちにも評判を気にして傷つくなどの感情はあるんだから、そういう人に届く危険認識したうえでSNSを使え。

 ・意見自体勝手にどうぞ


・「アニメ絵女の子ばかり」ということに関して

 ・事実として違う(SFマガジンの書評欄に見られる書籍の表紙を引き合いにだして)。


・今回の表紙の意図について

 ・なるべく広い読者層へリーチしてほしかった。


論点の整理と意見

二者間で応答された論点は以下のように要約される。

 1.なぜSF小説・アンソロの表紙はキャラ絵の女の子ばかりなのか

 2.キャラ絵表紙に対する「恥ずかしい」という個人的感情

 3.マーケティングとして、読者層を狭めてはいいか


1.は事実認識としては適当ではない。ただ、主観的不正確な感覚でも、その感覚が広範に共有されていればシーンに対する認識としては強度を持つ。

たとえば、読者の記憶に残りやすい「目立つ」コンテンツの表紙にアニメ絵率が高かった(ように思える)場合、多くのユーザーは「表紙にアニメ絵ばかり」という認識を持ち、関係するアクターやシーンの振る舞いもその認識に沿って動いていく可能性がある。


ハヤカワは伊藤計劃の『ハーモニー』『虐殺器官』の文庫化の際に、伊藤計劃作品アニメ映画キャラデザを務めたredjuiceを起用した。ちなみに表紙に、ではない。本をすっぽり覆うタイプのオビにイラストを反映させたのだ。実質的には「アニメ絵の表紙になった」とみなされても仕方がないし、事実そのように勘違いしている人も散見される。


シライユウコイラストレーションに対するファンダム記憶伊藤計劃百合SFと密接に結びついており、2010年代の「気分」を確実に決定づけていた。

シライユウコが表紙を描くこと」は他のイラストレーターキャラ絵寄りであれそうでないであれ)が担当するより確実にある種の指向性を帯びやすい。

どういう指向性か、と問われるとなかなか言語化しにくいが、このイラストレーター伊藤計劃の『ハーモニー』の単行本版の表紙を担当したこと、伴名練のデビューである少女禁区』の表紙を担当したことライトノベル作家短編が多く採られた『ゼロ年代SF傑作選』の表紙も担当し『2010年代SF傑作選』がその「再登板」でもあること、百合SFブームを決定づけた『SFマガジン』の百合SF特集号の表紙も担当していたこと、等々から鑑みて、「百合SF」に代表される近年のSF代表するイラストレーターとみなされうる、といったところだろうか。

もちろん、シライユウコ上記以外にも多くのすばらしい仕事を残している。ヤングの『時をとめた少女』など『2010年代SF傑作選』よりも「少女性」が強い絵も描く一方で、円城塔の『エピローグ』(単行本版)やヴァーリイの『逆行の夏』などのようなさほど「少女性」が目立たない絵もある。

しかし、世間でのイメージを決めるのは結局バズった仕事だ。

そうしたイラストレーターが表紙を担当することで、某評論家のいうように様々な出自トーンを持つ収録作のイメージを一つのカタにはめることになるのは否めない。それはイラストレーターの罪ではない。


日本SF臨界点』に関して言えば、伴名練が編纂するということで『なめらかな世界と、その敵』での「キャラ絵の人物がアップになっている表紙」が文脈的意識されているのだろう。

『なめらかな世界と、その敵』の収録作はジュブナイル的な色彩を帯びた作品が多く、表紙の選択はかぎりなくマッチしていたと思う。だがその文脈を発表年代も書き手バラバラアンソロに持ち込むのは(表紙を決めるのは編集者なので作家ではなく編集部として)作品群を「私物化」、あるいは領土化する行為として糾弾されてもしかたがない。


とはいえアンソロジー編集するのはひとつ創作活動でもある。DJのようなものだ。どんな作品を選ぶか、どんな順番で収録するか、といったことが作品個々の印象や読み味を大きく左右し、「一冊」のイメージを決める。その点で、表紙を「私物化」するのも表現の一部であるかもしれない。増田個人意識としてはアンソロの表紙もまた(アンソロ自体のコンセプトにもよるが)「私物化」されるべきと考える。

ハヤカワは伴名練という作家に過剰な文脈を背負わせすぎなきらいもあり、それはあまりよろしくないと感じるが、『日本SF臨界点』は伴名練の作品批評ひとつとして見なすべきではないか

アンソロ編纂するということはそのくらい暴力性を孕んだ行為なのだ。「埋もれた作品を発掘する」などといった無邪気な善性だけで成り立っているものではない。作品について一切指向性を持たせたくないのなら、表紙をつけず、amazon あたりで短編単位ひとつずつ売るしかない。


2.に関しては編集者の反応があまり噛み合っていない。「恥ずかしい」と感じることはどこまでも個人的感情なので、「若者には違和感がない」と反論してもあまり意味がない。発端となったツイートで「恥ずかしい」に続く文がマーケティングの話なので、マーケティングの話をされていると思ってもしょうがないというか、増田普通に読んでればそう取ると思うが。

また、編集者立場としてはイラストレーターを守りたい気持ちで「いや、恥ずかしくないんですよ」と反論したくなるのもわかる。表紙についての議論をすることに対してやや脅迫的ともとれる言辞をしているのも、そうした仲間を守りたい意識のあらわれだろう。その判断編集者として間違ってはいない。


ともあれ、その人が「恥ずかしい」と感じたならば「恥ずかしい」のは仕方がない。また、読者や作家にもそうした感覚共感する人々が一定存在するようなので、そうした心情を斟酌しないのはいかがなものかと思う。最低でも文面の上ではそうした消費者感情に向き合うふりくらいはしておくべきではなかったか

Twitterではよく「表紙が恥ずかしくて買えないとかガキか」という意見が目にされたが、そういうマウントの取り方もよくないと思う。


3.については(元の発言者は重要視していないとしているが)完璧に食い違っている。片方は「キャラ絵にすることでターゲットを狭める」と主張し、もう片方は「キャラ絵にすることでターゲットを広げる」と主張している。百合SFブームを仕掛け成功させたことや、この論争がそもそも2010年代傑作選』と『日本SF臨界点』が"バズった"結果生じたものであることを踏まえると、(編集者もまたマーケティングプロではないにしろ編集者側に理があるように思える。

SFというものキャラクター文化親和的なのだから、そっち方面から開拓の読者を拾った方がよいと判断するのは筋が通っている。「キャラ絵で買わない新規消費者」より「キャラ絵がついてることで買ってくれる新規消費者」ほうを多く見積もっているのだ。興味を持ってくれる読者層を有効開拓してこなかった業界の怠慢を一挙に巻き返そうとしている節はあるにしろ


ある一定の方向へ突出しすぎている表紙を出すことでそれ以外の読者を切り捨ててしま可能性はある。たとえば、ライトノベルの表紙絵はキャラ絵を好む読者以外へのリーチをハナから諦めている。キャラ絵を用いてる点では『臨界点』と変わらないが、よりパラメータがいわゆるオタク寄りに調整されている。最近スニーカー文庫ハルヒ角川文庫から再発されるにあたり、有名ないとうのいぢの表紙から実写を用いたいかにも一般向けの表紙へ切り替わったことがあった。これは「キャラ絵を切り捨てる層」への訴求を試みた例だろう。

ハルヒのメインターゲットであった層を掘り尽くしたので、本来ターゲットにしていなかった層も掘る余裕が出てきたのだ。メガヒット作ならではの展開といえるだろう。


キャラ絵を用いた表紙と、写真を用いた表紙。

間口を広く取れるのは後者だ。特定の層により訴えるのは前者だ。

どちらを取るかは出版社戦略次第だ。ハヤカワが大手より体力の低い中小出版社であることも考慮にいれるべきかもしれない。


だが、特定の層に訴えるマーケティングときにその層に含まれていないと感じた消費者への疎外感を生じさせる。そのことには出版社自覚的であるべきだろう


より個人的感想

個人的感想をいえば、シライユウコ絵が「マンガアニメ的絵」だという意識はあまりなかった。林静一から中村祐介に至るイラストレーター系譜(もちろん彼らにくらべたらややまんが的ではある)に連なるような存在として認知していた。

臨界点』のイラストもそこまでキャラ絵として意識していなかった。「恥ずかしい」と感じられるキャラ絵とは、それこそライトノベルの表紙絵くらいのレベルだと思っていたのだ。

たとえば、『臨界点』がライトノベル的な表紙であったら、増田も「切り捨てられた」と感じたことだろう(それはそれとして本を買いはする)。

こんなことを萌え絵に対して不感症になっている典型的日本人の謗りを受けそうであるし、実際そういう面も否めないのだろう。増田はよくTwitterで論争になる公共の場所で広告に使われる萌え絵について「恥ずかしいだろ」と(その是非とは別のレイヤーで)思ってしまう人だ。本当に「恥ずかしさ」の基準はひとそれぞれだなと思う。

今回話題になった表紙が即女性に対するオブジェティフィケーションにつながるとは思わない。

一方で、キャラ絵を用いたSF小説の表紙が女性という表象にまったく何も背負わせていないとも思わない。本人たちが意図するしないにかかわらず、文脈的には「百合SFムーブメントを作り上げた編集者」が、「伊藤計劃百合SFSFマガジンの百合特集号の表紙を描き、百合イメージが強いイラストレーター」や「百合SFムーブメントの一翼を担った新進作家」と作ったものなのだ。人はそこに「少女」を見る。その「少女」は私たちの築き上げてきた「少女」のイメージを背負っている。そこに無自覚はいられない。

私たちはどのレベルの「恥ずかしさ」で合意するのか。SFという貧しく狭い領域マーケティングコンプライアンスをどう天秤にかけていくのか。

今はまだ問いの出ない問題だ。作家しろ編集者しろ読者にしろ、一個人ではどうにもならない問題でもある。

だが、他人の感じる「恥ずかしさ」を「時代遅れ」と切り捨てることなく、あるいは読者同士で向き合うことで、ある方向へ流れていけるかもしれない。そこから先は、未来の話だ。作家たちの語るべき領域だ。


余談。あるミステリ作家が「消費者意見に対して真剣に向き合わず、味方を囲い込んでる」と例の編集者にキレてブロックしたことについて。むしろ、fusseterの文面ではTwitterでの論争の不毛さに触れているように、犬笛にならないように注意を払っているように感じた。よくやるように擁護ツイートRT連発みたいな行為にも走っていないし。

個々のフォロワーたちが発言したり群れたりするのは止められないだろうし、それを「味方を囲い込んでる」ように見えたとすれば、多分に先入観が強い。

意見に向き合え」というのはその通りだと思う。本人がおそらく可能な限り真摯に向き合っているつもりなのはfusseterで重ねられるエクスキューズからも読み取れるが、だとしても人はどこかで何かから目を逸らしてしまものだ。当事者になればなるほど防衛機制は強まる。ただ例の編集者自分に対して意見を言ってくる人を尽く敵と見做して戦争しかけるタイプには見えないし、あの作家の言うことなら無碍にはしないはずなので、ブロックする前に意見交換を行なって互いの認知を均したほうが幾分有益であったはずだ。

この問題については意見を出してる作家業界関係者でさえ恐る恐るというか、批判しろ擁護しろ通り一辺倒のことしか言っていない印象がある。

その穏当さが党派的な対立を強めていはしないか業界トピックとして捉えるなら、公の場で作家同士でもっと突っ込んだ話し合いを行うべきではないのか。

2020-02-18

anond:20200218230307

図書館とか言い出してきて何が言いたいのか本気でわからなかったんだけど、ラノベ児童書卒業したやつが読むようなヤングアダルトに含まれるんだから過激な表紙するなとか言ってたのもしかして

基本的高校生程度のティーンが読む小説なんだからヤング系の漫画雑誌程度の表現は通常許されるでしょう。

ヤングアダルトでもジュブナイルとかもう少し低年齢向けのゾーンがあるんだからその辺りと内容に差があるのは当然では。

2020-02-13

特殊効果フェチ 1

はじめに

最近女性がスゥーッと浮かんでフワッと降りてくるCMを見てムラムラしたとかいう奴がいたけど、また新手の性癖使いかと思われたかもしれないが、その記事を書いた増田です。

とっくに興味を失って、そんな奴いたなくらいになってると思うけど、いくらお話させていただいたものの、実際の1割程度しかお話できておらず、まだ納得がいっていない方も多数いらっしゃると思うし、今回ようやく納得の得られそうな説明ができそうになったので、あちらはあちらで完結として、改めてお話したいと思った次第だ。別に借金のカタに書けとか脅迫されているわけではないのでそこは安心してほしい。というか、ぶっちゃけ俺が話したいだけなのである

多少長くなってしまうかもしれない。理解し難い人の好みを延々と聞かされるほど苦痛なことはないと思うので、不快になりそうな方はUターンおすすめする。

改めて、生まれてこのかた言語化したことがなかったのだが、あえて言うなら俺の性癖は、「特殊効果などの映像技術で加工された女性に興奮する性癖」のようだ。

合成なりCGなり、何かしらの特殊効果によって展開された非現実的シチュエーションに置かれた女性に興奮するようなのである

先の回答編でいくつか動画を載せたと思うが、まったく関連性が見出せなかったと思う。要は特殊効果が使われている映像画像が、女性が増殖したり変形したりしているのであって、これというひとつジャンルに属するのが困難なのである

いろんなジャンルに片足を突っ込んでいるような感じなので、その道を極めている方々にはとても申し訳なくなる。何度かコメントでも言及されていた、巨大な顔の美女フェチの方の研究熱には頭が上がらない。実は以前の回答編の文章構成は、巨大な顔フェチ増田氏に多大な影響を受けていることを最大の敬意とともに遅ればせながら報告させていただく。それと、緑地に白文字北海道まれ家具屋さん。俺を増田内で紐付けするためにダシにしてしまって、ほんとごめんなさい。せめてあの記事トラバはつけないようにします。ソファベッドは買ってないけどネジを使わずに組み立てられるボックスは買ったよ。組み立てが簡単でとても良かったよ。

申し訳程度の宣伝を入れたところで、大きくジャンル分けしながらお話していきたいと思う。

変形・変身

変形フェチだろと指摘されて正直ドキッとなった。そうかわかっちゃうもんかと。ただ変形って具体的にどんなものを指すのか、質問された方と俺の間で齟齬があるかもしれない。

変形というと、いわゆる「状態変化」というジャンルが有名かと思う。人が液体とか球体とか膨らむとか、いろんな形に変形するというものだが、俺もそのジャンルを見つけたときはその精神に自らと深く通ずるものを感じたが、大半はイラストでの供給であった。

これは俺のただの好みの問題なのでひたすら不毛な話になって申し訳ないが、できれば実写の生身の人間を扱っているのが好ましい。だが残念ながら実写の供給は少ないような気がする。わかりやすく言うとターミネーター2の液体金属ロボットT-1000なんかが理想形なんだが、残念ながらT-1000は男の姿をコピーして気に入ってしまった。ターミネーター3女性ロボットが敵と聞いて期待したものだったが、あまり変形シーンがなくて俺としては肩透かしだった。そういえばトランスフォーマーリベンジという映画でも、きれいな女性が突然正体を見せてロボットに変形するというシーンがあったのだが、不思議と興奮しなかった。思うに映像が洗練されすぎていたせいなのかもしれない。なんというか、適度な手垢は俺にとって重要エッセンスになっている気がする(単に俺の目が肥えただけな気がしなくもない)。

実写で変形というと、モーフィングという技術になることが多いかもしれない。

例えばこんなのがある。

https://youtu.be/0nuLlceTIc0

以前もちょっと触れたが、細身の女性力士に変身するというCMが昔あったが、きれいな女性がえらい姿になってしまうというシチュエーションはツボにハマる。

そういえばナッティプロフェッサーという映画エディ・マーフィーが膨らんだりしぼんだりするシーンがあるけど、これが女性だったらなと思ってしまうけどテーマ的にまずそれはないだろうし、これはエディの名人芸あってこそな感じだしなぁ。(参考)https://youtu.be/EeyNlzFdjtc

他にこういうのとか。

https://youtu.be/l2X0hd5y1sY

(これの1:30〜1:40辺り)

これはジュブナイルという映画のワンシーンだが、エイリアン酒井美紀に変身した瞬間に髪がパサッと下りるのが芸が細かくて良いと感じる。

動画がなくて非常に残念だが、マックシェイクCMで、普通女性が、マックシェイクを吸っているとその吸引力で顔の皮が口に吸い込まれてえらい顔になってしまうというのがあった。吸い込まれているときに、女性頭皮までも吸い込まれ、後頭部のポニーテールが引き寄せられて頭上でピンと突っ張っていたのがまた芸が細かくて非常に良かった。

あと問題の核心に迫れそうなものが。

https://youtu.be/_MbeFquv4Tw

衣装髪型がワンカットで変化し、何くわぬ顔で、こともなげに変形するカメラを器用に持ち変えているところが良い。

こともなげにというところが実は重要で、変形するカメラという(今のところ)非現実的物体を当たり前のように扱っているところが、シャラポワ自身をも非現実的存在昇華させている。

実はこれは例のあのCMにも通じるところがある。例のCMでは、家具が自ら変形しワンカットの短時間で夜から朝に変わり、女性が短時間で着替えを完了させ下りてくるという非現実的世界だ。そんな中でも何の戸惑いもなくこともなげに澄ましているところに妙な魅力を感じたのだ。これがきっと最適解だ。実は俺もなぜそこまで反応したのかよくわかっておらず、俺もいよいよ危険フェーズ突入したなと思っていたのだが、振り返ってみれば確かにこれは俺の範疇だった。いささか俺の中でも極北の感はあるものの、皆さんのお陰で気付くことができた。厚く御礼申し上げる。

ところで、女性じゃないとダメなの?

やはりそこは女性で、できればきれいな女性がいい。極端な例を挙げてしまうと、トータルリコールでおばさんの顔が割れるシーン。アリかナシか聞かれたら、正直ナシと言うと嘘になってしま自分がいるのだが(これでやってしまうとその後のやってしまった感が尋常じゃないので最近自重している)、そこら辺までがギリギリラインだと思う。これがシャロン・ストーンとかだったらなと思ってしまうけど、シュワちゃんが隠れられないよね。

(参考)https://imgur.com/a/YVmy83p

続き↓

https://anond.hatelabo.jp/20200215074119

sonzincさん

リンク修正しました!いつもありがとね!

2019-11-04

anond:20191103234528

書籍が想定する対象年齢層でジャンル呼び名も変わるんだよ

ジュブナイル児童文学よりちょい上、ヤングアダルトよりちょい下の年齢層のイメージ

 

児童文学小学校低学年~)

ジュブナイル小学校高学年~)

ヤングアダルト中学校~)少女小説

ライトノベル中学2年~)

エロラノベ(18歳以上~)BL小説

官能小説(35歳以上~)

 

こんな感じ

2019-11-03

anond:20191103234528

どっちも明確な定義はないよ

ジュブナイルってのは最近使われなくなっただけ

ラノベジュブナイルって何が違うの?

SF作家眉村卓が亡くなられた。

私は読んだことが無いが、どうも昔とても流行ったジュブナイル作家らしい。

ジュブナイルとは何ぞや?とニュースを見ていると、どうも若者向けの小説みたいな意味らしい。

少女小説の男向けバージョンみたいなのか?

ニュアンスラノベに近い気がする。

2019-10-24

anond:20191024182228

他はジュブナイルとかティーンズ文庫とかヤングアダルトみたいに年齢由来の呼称が多かったか

その点でニュートラルな「ライトノベル」が受け入れられたという説がある。

2019-09-20

彼方のアストラ最後までみたので感想を書くよ

なんか叩かれてたレビューとか他の感想は読んでない。

元々、前評判が高い、っていうか、はてブ界隈でおすすめSF作品として猛烈にプッシュしてる集団がいるので、わりと期待してたんだ。

自分基本的に(UJを除く)ジャンプ系列が水に合わないので、掲載媒体ジャンプ+って時点で悪い予感がしてはいたんだけど、まぁ不特定多数が今読むべきSFマンガとして推してる作品アニメ化なら良作なんだろう、と。人気も出そうだし一般教養としても押さえとこ、って感じで。

で、アニメ版最後まで見終わったわけだけど、結論から言うと、うん、そうだね、この作品SFSFでないかと問われれば、カテゴリーとしては宇宙モノのSFだよね。
ジュブナイル作品としても、まぁ、これはこれでいいんじゃないか、と思う。良くも悪くもイマドキな感じ。わくわくする子も少なくないよね、きっと。

ただ、いい大人お勧めSF作品は何かと問われて、「彼方のアストラ! 一択で!」って作品じゃないだろ、これ。相手小学生ならいいけどさ。
同じ問いに「スタートレック!」とか「スターウォーズ ep.8 最高!」って言われたら、乾いた笑いで「ははは、そうだね」って返す感じ? あ、余計な地雷を踏みそうだけど、シュタゲも同じカテゴリーね。まぁ、相手によってはそれが正解な場合もあるのは同様。

自分感覚としては、最終話の種明かしをするために舞台物語が編み込まれているゆるいミステリーSF大道具を持ってきて作った、という感じなんだけど、うーん、それはScience Fictionなの? Space Fantasyじゃないの? っていう。
そうはいっても、「夏への扉だって永遠の終わり」だって科学的な裏付けなんてほとんどないじゃない、というツッコミはできるんだけど、なんていうのかな、ロジカルさやSense of Wonder(死語)が足りないっていうか、新規性があるわけでもないし、SFとして世界の隠された真実に迫る作品なら最終話とあと一話ぐらいの短編で十分でしょ、子供たちが島流しになる必要もない。宇宙モノのジュブナイル作品の結末が結構SFネタで良かったよね、って話なんだよね。
進撃の巨人」がSFかどうか? って聞かれたら、結構盛り上がれる話だけど、だからって「進撃の巨人」を、お勧めSFに推すかい? (そこで、あえて推す、という選択肢はアリだけど、それは気心知れた仲間内での話ならって感じ) てゆうか、進撃の世界観が...(以下略

かいツッコミどころは挙げ始めたらきりがないし、書くだけ野暮だと思う。ただ、そういうところも色々モヤるのは確か。
自分感想としては、作者の人には申し訳ないけど、正直最後まで観続けるのが辛かったです。

以上。

2019-09-19

彼方のアストラスペオペジュブナイルですごい

原作未読でアニメ全話見た。

このマンガがすごい!とかマンガ大賞とかそういう話はずっと聞いてたから、宇宙ものであることくらいは知っていた。表紙もそれっぽいし。

それで縁があったら読んでみようかなのままアニメ放送が始まったので、アニメを見た。

ネタバレ回避しまくって完全に初見

宇宙ものですごいすごいと言われているのだから、きっと見たことないようなギミックあっ!と言わせてくれるのだろうと期待した。

で、見た。毎週見て、全話見終わった。たしかにすごかった。

ものすごく古臭い話だった。

十五少年漂流記的な宇宙もので、少年少女が力を合わせて問題解決して絆を結んでいくって話の構造も、出てくるガジェットも話のギミックも、昔何か古いやつで見たことあるものばかりだった。

たとえば乗員の中に刺客がいるって話のときは思わず石頭!って言っちゃった。それくらい知ってる昔の何かしらに結び付いてしまう。期待していた目新しさなんてなかった。

唯一カナタらが地球ではなく惑星アストラを目指していたことが明らかになるシーンは、頼れるキャプテンのカナタが一瞬にしてエイリアンであるかのような印象を持たせる演出あっ!と言わされたが、翌週穏当に話し合うところから始まって、その話し合いも良き所で軟着陸していて、まあそうだよね……と納得しつつ、ガッカリもした。

その後明かされた地球アストラに関する真実も、俺が視聴後10分で予想したけど「いやこれは直球すぎるしもうちょっと捻ってるでしょさすがに」と感じた説ほぼそのままだったことにもガッカリした。

それはいい。

それでもなお俺は「彼方のアストラすごい!」と思っているから、そんなことは別にいいのだ。

なぜすごいと思っているのか。

おっさんが古臭いと感じてしまう話が今ウケたという事実が本当にすごいからだ。

スペオペとかジュブナイルとか、カビが生えたんじゃないかと思っていた言葉が復活したように感じたからだ。

いやだってさ、少年少女宇宙冒険って40年くらい前の流行りでしょ?違う?20年じゃきかないし、30年くらい?とにかくすごく前に滅びた、少なくとも目立たなくなったジャンルだよね。ガンダムガンダムってジャンル独立しちゃったし。

それがこのマンガがすごい何位とかマンガ大賞とかポップ付けられて本屋アピールされて置かれてんだぜ?これかなりすごくね?

単に話の中身だけを見ていると、これ知ってるやつー!ってなるから言うほどすごく感じない。けどその知ってるやつ同士を組み合わせて面白くして、今これをヒットさせたことがすごい。

今のSF少年漫画の状況とか、篠原健太漫画力とか、あるいはジャンプ+という媒体ポテンシャルとか、そういうのの総体で「このマンガがすごい」。超すごい。

何が言いたいかというと彼方のアストラSFかどうか、どんなSFが優れているのかより、彼方のアストラすごいって話をしましょうよ。

2019-09-01

ドラゴンクエスト ユア・ストーリーが詰まらない理由

だって山崎監督アーマードコア派じゃん

ジュブナイル見たらわかるっしょ

企画した人間ジュブナイル見てないのが悪い

その鬱憤アルキメデス大戦にぶつけて傑作が出来たからいいけど

2019-08-05

anond:20190805165124

ドラクエ5ユアストーリーは設定だけを洗い直せばジュブナイルだろ! いい加減にしろ

anond:20190805164313

ドラクエユアストーリーズどうしたら良かったんだろうな


山崎貴を起用しない

あいつの撮った映画ジュブナイル以外は全部糞。ジュブナイルはマシな糞。

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