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はてなキーワード: 編曲家とは

2018-06-30

anond:20180630195754

最後編曲家のくだりで答え出てるじゃん。

人それぞれ好きなもの興味のあるものは違うっていうだけの話。

声優に対して興味を持ちたいなら自分でも調べてみよう。

そこまでの熱量がないならそれまでっていうこと。

anond:20180630195754

この声好きだな→誰が演じてるんだろう?とか、この声よく聞いたことあるな→○○さんっていうのか、って感じで段々と声優名前覚えるかなあ、人気声優だと声を耳にする機会も増えるし。

あと周囲の人がよく名前挙げる人なんかはいつの間にかインプットされてたりする。

好みの声や演技をする人の、他の役での演技も聞いてみたいっていう理由が多いかも。自分場合はね。

増田編曲家さんに詳しいみたいだけど、その人の作風や特徴に興味を持って知った/覚えたって感じなのかな?もしそうだったら、理屈的には近いと思うのだけど、どうだろう。(違ったらごめん)

ていうか編曲家について語れるってすごいと思うから個人的にすごい興味ある

私は声優に関する知識がない

みなさん、ちょっとでも(アニメ~ソシャゲ)オタク的なコミュニティにいるとす~ぐ声優の話になったりしませんか?

いやそりゃ別にオタク/声優を貶すとかそういう意図はないですし、自分だって十年来の"嫁"もいますけど、

自分が持ってる声優知識なんて(アンパンマンの)チーズ=山寺宏一とかそのレベルのもの

今季のコレは誰々だとかこれまでイラストだけだったこキャラにに声がついたとか

全然ついていけなくてつらい。みんなどうしてそんな詳しいんだ。

逆に主題歌編曲家の話をすると高確率で引かれます。話す前から分かってますけど。

2018-02-23

anond:20180223131155

権利者次第ってのはその通りなんだけど、漫画村は「オレはいいよ!」って個人的に言っている漫画家はいるにしろ、全体としてはダメだと思うんだよね。色んな権利者は抗議もしているし。

youtubeは、一応、JASRACとの契約があって多少はお金払っているみたいだし。ただ、編曲家権利とかはJASRACあんまり守らないらしいので、無いよりはマシ程度みたいだけど。

2018-01-13

anond:20180113153655

作曲の話だね。

俺はまだ駆け出しだけど編曲家をやってて。

こないだ自称シンガーソングライターの子と付き合ってたんだけど、まあメンヘラで。

歌も下手、曲もなんとか音楽の形をしてるだけ、クソネガティブな割に自信過剰でな子だった。

共通話題音楽だったから、一緒に曲作ることになったんだけど、こっちは全然面白くないし、金にもならない割に要求だけは多い。

境界性人格障害だったらしく、よく分からんけど取り敢えずクソめんどかった。

別れ話切り出したら、睡眠薬100錠のんで倒れて、入院

彼女の親父さんには、お前が娘を殺しかけたとか言われて、5.6発顔面殴られ流血。

親父さんにはヤクザのお友達がいるらしい(笑)

なんとか破局

別れた後、彼女編曲家になりたいとか言い始めて、俺と全く同じ機材を100万円分くらい購入して、ツイッターで「苦境を乗り越えて私編曲家目指します」的な内容のつぶやきばっかしてる。

俺がツイッター見なきゃ良いんだけど、

消化し切れない気持ちが爆発しそうで、

バカにする為についつい見てしまうんよね笑

2017-08-31

好きな編曲家がいない奴は信用できない

※ただし好きなバンド作曲家そもそもいないな奴ならセーフとする

2017-05-16

ちゃんと好きでいるには暇を必要とする

http://anond.hatelabo.jp/20170516005037

私も映画を気にいると同じ監督作品を調べてレンタルで観たり、テレビドラマを気にいると同じ脚本家作品を調べてレンタルで全話観たり、音楽を気にいると同じ作曲家編曲家作品をどんどん探して聴いたりするほうだったけど、結婚した途端にしなくなってしまった。

3~4か月に一回、話題作を映画館で観て、楽しかったねと夫と話して終わり。ほかの人の感想ネットで調べたり、同じ監督過去作をレンタルする熱量がもう無い。そうなってから作品を深く観ない人たちのことを「職場生活においてのタスクが多いのかな」という目で見るようになった。もちろん単に読解力が無いケースもあるんだろうけど…。

作品を観ることにエネルギーを傾けられていた頃って仕事でも新人だったし、母が家事を全部やってくれていたし、気力と時間が余ってたんだよね。ブラック企業勤務の男性や、共働き既婚子育て女性が、たくさん作品観るのって好きでも難しいだろうし、大量の作品を観てしっかり読み解けている人って、時間にゆとりのあるホワイト企業勤務の独身者か、子育て終了世代が多いように見える。あとはレビュー仕事メディア関係者

2012-08-29

追記:私の音楽

http://anond.hatelabo.jp/20120828200034

少しだけ書き足すつもりが長くなってしまった。

 

当初言いたかったことをより簡単にまとめていく。

彼の曲を聴いてすぐわかったのは「彼が満足に楽器演奏できる人間ではないだろうな」ということだ。

もちろん、せいぜい彼のシンプル自作曲くらいなら弾けるかもしれないが。

 

彼はおそらく生楽器ひとつだけで満足に作曲演奏もできないだろう。

演奏技術レベルを問いたいわけではなく、それ以前の程度で「演奏ができない」はずだ。

 

私はそういう作曲家がいてはいけない、などと主張するわけではない。

当初書いた通り、機械での様々な試行錯誤の果てに楽器演奏限界を越えた表現が提示される素晴らしさがデジタルミュージックにはある。

そういう音楽がもう四半世紀以上も私たち音楽の新しい楽しさや心地よさを提供しているのは言うまでもない。

 

しか現代は、機材だけ小手先だけで何となく音楽を作ることがあまりに簡単な時代になってしまった。

ジャンクフードみたいな音楽があっていい」とその種のファンから反論もいただいたが、それは勿論だ。

手軽に作られて気軽に聴ける音楽はいくつあってもいいと思う。なくなって欲しいなどと思わない。

(ジャンクフード表現したのは私ではなく、そのファンである。)

 

ただ、楽器演奏も満足にできないであろう彼の何が「才能も努力も一流の音楽家なのだろうか?

そんな人間が一流の音楽家自称して、美しい音楽を作るために試行錯誤するプロ侮辱する姿は

まりにおこがましいし、目に余ると感じた。

私が言いたかったのはそういう事である

 

彼が狭い井戸の中で自惚れるくらいなら別に構わなかった。

薄目で見ればきっと地獄のミサワキャラに見えてかわいいかもしれない。

 

 

 

尚、指摘や批判が多そうなところについて以下に補足を。

 

「なぜ曲を聴いただけで楽器が出来ないとわかるのか」

これは、わからない人にはずっとわからないだろうし、どれだけ説明しても納得されないかもしれない。

もし幼少の頃から楽器に親しんでるような人間あなたの近くにいたら何人か掴まえて尋ねてみるといい。

 

本当に耳がいい人間というのは、その曲がどの楽器を奏でて生まれたのかさえもある程度わかるし、

人の声や楽器の音がどの程度加工されているかも感じ取ることが出来る。

耳にある審美眼が優れているとでも言おうか。

編曲が凝っていて分析が難しいという事もあるにはあるが、

「小手先で何となく作られた曲」はそれと全く違うのでその判別はたやすい。

 

実は、耳を鍛えるためには必ずしも楽器演奏の習熟を要すというわけでもない。

私の知人にも、楽器殆ど弾けないけれど色んな楽器の特性を熟知していてDTM表現する耳の豊かな作曲/編曲家がいる。

 

豊かな耳をもつことは、音楽が作られた背景を読み解く力にそのままなる。

それは音楽にきちんと向き合っている者ならば当たり前にできるし、出来るようになることだと私は思っている。

仮に高い音がどれだけ聞こえても、何も読み解けないようでは音楽家としていい耳を持っているとは言えない。

 

 

ところで「音楽的な美しさ」や「響き」という一言であまりに乱暴に済ませた概念についても当然批判をいただいた。

わかる人には当然わかる前提で書いたので解説を目的としていないからだ。

が、これを説明し始めるとものすごく長くなるし本題から反れる。

 

これもまた、音楽に造詣の深い人にあなたが直接色々尋ねてみるのが一番納得できるだろうと思う。

例えばどういう音楽が美しく、どういう音楽は美しくないとされるのか。

歴史にずっと名を残しているような音楽家の作品は、素人のそれと何が違うのか。

普段どんな音楽BGMにして垂れ流しているような人間では、おそらくうまく答えられないだろう。 

 

 

では改めて、私の音楽観について述べる。

『綺麗な音色で音が鳴っているならそれが音楽だ』という人も世の中にはいるだろう。

ただそれでは同じ楽器を与えられれば誰でも音楽家になれるので私は違うと考える。

 

デジタル楽器による作曲では、同じ機材を同じ程度に使えれば

よほど素晴らしいアイディアや豊かな音楽下地がない限り、オリジナリティのある曲は生まれない。

前回問題にした彼の曲には下地を感じさせるような音楽の豊かさがあったか?全くなかった。

 

音楽下地とは、その人がどんな音楽をどのように聴いてきたかということである

 

私は、音楽は目先の消費のために小手先で生まれるものではなく、

連綿と流れる歴史から蓄積された文化を、次の世代に伝えていくために生まれて

そしてまた蓄積されていくものだと考えている。

 

それ以外を断じて音楽と認めない、などと言う気はない。

いろんな人にいろんな音楽の楽しみ方がある。どんな曲にお金を出すかもその人の自由だ。

 

ただ小手先で生まれ落ちたようなものは多くの人に蓄積などされず、身内にだけ持て囃されるだろう。

(これは何も音楽に限った話ではない。)

そうしたモノは、美しい作品として語る価値がないことのほうが多い。少なくともそれは一流などではない。

初めて作品に触れる人を一瞬で虜にするようなアーティストが真に一流といえる。

無知な人を小手先でそれっぽく騙すのは二流や三流、それ以下だ。

 

私は、小手先で生まれるような音の連なりを「美しい音楽作品」として語るべきではないと考えている。

もし楽器を弾く人なら、その人のルーツとなった音楽が蓄積されている身体の内から指先が動きだし

演奏をすることで音楽が紡がれていく。決して小手先とは違うのだ。

 

まり

「その人の内に豊かな音楽が溢れていて、それを自分の形にして他人に提示できる」のが作曲ということだ。

 

それはDTMでも勿論可能だし、実現している人だってたくさんいる。

(デジタル環境作曲をする前段階として、その人の内に豊かな音楽が溢れているならばの話だ。)

 

ただしDTMは小手先だけで簡単に「音が鳴っている状態の連続」を生み出すことも出来る。

その作業は作曲初心者にも容易である

ちょうど玩具ピアノを叩く幼児のように誰にでも出来るからだ。

 

私たちデジタル機材の普及や進化によって、誰でも簡単に作曲ごっこ・音楽家ごっこできるようになった。

 

しかし、ルーツの豊かさを感じさせるようなオリジナリティのある音楽こそが多くの人の心を揺さぶり、

愛されて残っていくことは今後も決して変わらないだろう。

2010-09-20

初音ミクと見せかけの魔法

 海外blog初音ミクについて熱い(長い)文章を書き込んでいるのを見かけたので試しに翻訳してみた。無断翻訳なので匿名で。urlは以下の通り。

http://deliciouscakeproject.wordpress.com/2010/09/20/hatsune-miku-and-the-magic-of-make-believe/

=====以下翻訳=====

 初音ミクと見せかけの魔法

 初音ミク歴史は18世紀のヘタリアイタリアに始まる。

 そこにはバルトロメオクリストフォリって名前のすげえヤツがいた。こいつの得意技は楽器を作ることだった。何でも作ったわけじゃない。当時はひどく弱々しいちっこいもので、しょぼい羽柄が並んだ弦を引っかいて金属的なチャリチャリした音を出すもの、つまり鍵盤楽器を作っていた。いわゆる「バロックミュージック」ってヤツだ。クリストフォリが音楽技師として、また機械技師としてやったのは、弦を異なる強さで叩くハンマーを使った仕組みづくりで、それによって演奏家は小さい音(ピアノ)や大きな音(フォルテ)で演奏できるようになった。だもんで皆それをイタリア語ピアノフォルテと呼んだ。もちろん、今ではお前も俺もそして誰もがクリストフォリの発明品をピアノと呼んでいる。

 イタリアピアノ発明することによって、日本初音ミク発明するための扉を開いた。

  ***

 俺は今、ここサン・フランシスコの150席しかない小さな映画館で、秋のアイドル公演を待っている。チケット完売した「39[ミク][[Sankyu!]] Giving Day」コンサートの上演を見るために、愚かな時間無駄遣いをする連中が集まっている。コンサートじゃ電子的に創造されたポップアイドルつまり緑の髪をした女神が、ゼップ東京コンサート会場で生演奏するバンドにあわせて踊り歌っている様子がスクリーンに映し出されている。それはまるで、一部はライブなんだが、本当はそうではなく、「本物」のボーカロイドコンサートでお目にかかれるのに近いものだった。言ってみればゴリラズを見に行くのとそれほど違いはない。伴奏は本物のミュージシャンが作り出しているが、客が見ているのはいわば巧妙なごまかしの表層であり、音楽に命を持たせるために使われる動くペルソナだ。これがミクの魔法である。それは見せかけの魔法だ。

  ***

 クリストフォリがピアノ発明した頃、J・S・バッハ平均律クラヴィーア曲集を書いた。そこでは要するに鍵盤楽器の各音程間で一通り数学的な調整をすれば、突然どのような調号でも十分演奏できるようになるということが言われている。言い換えれば、何か妙なことをしようとした際にいつも調子はずれの音を出すのではなく、初心者から中級までのピアノの生徒がやらかす糞を抑えるような5フラットとか7シャープとかそういったことが完全にできるようになる。これによって18世紀の鍵盤楽器は初めて、いちいちくそったれな調律をしなおすことなく新しい楽想を試すことができる原始的なワークステーションとなった。

 数十年後、ようやくピアノ価格が下がり十分なほど生産できるようになったことで、それは非常識なほどの大金持ちだけの特別な楽器ではなくなった。代わりにそれは有名な王族たちのような常識的な程度の金持ちが購入できるものとなり、彼らは好んで地元作曲家を雇い自分たち(とその客)を楽しませるために音楽を書かせた。こうした作曲家の一人があのヴォルフガング・A・モーツァルトであり、彼の特別な才能は主に下ネタ女性音楽生徒に対する性欲の面で発揮された。もちろん鍵盤楽器からふざけた音を引き出す才能もあり、その短い人生の間にモーツァルトは最も好きな楽器ピアノに決定した。彼が書いた27のピアノ協奏曲(本当に素晴らしいのは最後の10曲ほど。アニメシリーズのようにモーツァルトレパートリーは後半になるほど良くなった)は、単に協奏曲形態にとって画期的な礎石となっただけでなく、ピアノ音楽の基礎を築いた。モーツァルト協奏曲はこう言っているようなものだ。「これこそピアノにできることだ! ピアノだけでなく、オーケストラと一緒でもいい! まさか今更ハープシコードに戻ろうってんじゃなかろうな?!」

 モーツァルトより後の時代の人間は皆彼に同意した。ひとたび音量の大小を調整できる鍵盤楽器を手に入れてしまえば、弱々しいチャリチャリした機械になぞ戻れっこない。これが230年ほど前の出来事だ。ミクへの道は一日にして成らず。

  ***

 ミクの公演にやって来たファンの男女はいろんな連中の寄せ集めだ。彼らの5分の1ほどは当然ながらボーカロイドコスプレをしている。何人かはケミカルライトまで持ち込んでいる。コンサート全長1080ピクセルの巨大なスクリーンで始まり、全劇場サウンド・システムが炸裂し、観衆は最初はためらいがちに見ていたが、最初のいくつかの歌の後は雰囲気が盛り上がってきた。彼らはスクリーンの中の群衆と一緒にリズムに合わせてケミカルライトを振り、曲が変わると歓声を上げ、各ナンバーが終わると拍手をした。単なる録音と録画じゃねえか、などというたわ言は知ったこっちゃない。理論的にはゼップ東京の群衆だって同じように録画を見ていたんだ。本当に「ライブ」で演奏される音楽など、現代においてはクラシックオーケストラ民族音楽演奏くらいしかないし、それにシンフォニーホールですら今日ではマイクが使われている。誰もが電子的な助けを借りて音楽を聴いている。ひとたび電子機器楽器として受け入れることを覚えてしまえば、ミクを愛するのは簡単だ。彼女モーツァルト魔笛アリアを歌っている動画を聞いてみよう。

http://www.youtube.com/watch?v=gr9fbQzNpqA

  ***

 19世紀欧州で、もしお前がピアノ演奏ができない作曲家だったとしたら、お前は存在していなかっただろう。それはもはや単に大小の音量で演奏できる楽器にとどまらず、巨大な和音構造物であり、多音パッセージワークであり、一人の演奏家の手で「あらゆる音符を見ることができる」ものとなっていた。もしピアノがなければきっと「2人のバイオリニストビオラ及びチェロ奏者各1人をかき集めて旋律が上手く行くかどうか調べにゃならん」てなことが起きていただろう。そしてもちろんチェリストは、ある音符について「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」と演奏するようお前が何度も何度も何度もお願いするのにうんざりして1時間後にはそこを立ち去ったことだろう。

 少なくともピアノがあれば、お前の小さな指以外に迷惑をかけることなく「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」とやることができる。

 かくして1800年代においてピアノは中心的な作曲道具となった。そして同時に社会中産階級が暇と屑な時間を持つところまで進化し、そしてもし彼らがスポーツゲーム発明しなければ、彼らは音楽その他を演奏したいと望み、そんでもって家に持ち込むためピアノを注文できるようになった。欧州だけでなく日本でも、少なくともウィリアムペリーが彼らを開国して西洋化が始まった後には、同じことが生じた。基本的にピアノ文明化の証と見なされ、そして有名な山葉寅楠ってヤツがイケてる連中のため日本製ピアノを作り始めた。

 19世紀末20世紀音楽制作にとって黄金時代だった。楽譜を買って他人の歌を演奏する方法で「音楽を作る」こともできたし、あるいは作曲理論について十分に学び自分の曲を創造するというやり方で「音楽を作る」こともできた。そうした取り組みの多くはピアノの周辺で起きた。ピアニストが力を得た。鍵盤があれば、お前はスターになることができた。

 そして、とんでもないことが起きた。

  ***

 ミクだけじゃない。巡音ルカとリンとレンも公演に出てきたぜ! 全ボーカロイドパーティだ。彼らの異なる声質と、ミクと組む様々なやり方は、見事な音の見本集になっている。他のキャラクターが登場するのを見た観客たちは熱狂している。異なるシンセサイザープログラムマスコットに過ぎないにもかかわらず、彼らはまるで我々の友であり家族であるかのようだ。ようつべニコ動を使って彼らを我が家へ招待しよう。彼らの声を我らの生活のサントラにしよう。電子的に作られたアニメキャラが本当のミュージシャンになれるのかって? おk、ならお前に聞いてみよう。魂のない箱がお前の周囲の空気を震わせているけど、それは本当の音楽なのかい?

  ***

 それこそが実際に起きたとんでもないことだ。録音された音楽。録音された音楽こそ、音楽史の中で起きた最悪の出来事だ。

 ひとたび蓄音機を、ラジオを、レコードプレイヤーを、カセットプレイヤーを、CDプレイヤーを持ってしまえば、音楽を楽しむのに「音楽を作る」必要はない。コンサートホールチケットを手に入れる必要もない。単に座って、電気を使った箱にお前を楽しませればいい。ピアノ専門家のための道具に成り下がった。それは淑女が結婚に必要な才能を覚えるためのものに、あるいは子供が(1)それを憎んでいることに気づく(2)両親が子供に才能があることに気づいてプレッシャーを積み上げ始める――まで稽古を受けるものとなった。もし(2)の現象が起きたなら、最後にはピアノを本当の演奏楽器あるいは作曲用の道具として使うようになるだろう。しかしそれはもはや「音楽制作」の中心にはない。

 さらに悪いことにロックギターをポピュラーにしてしまった。ギターが人気になり、ピアノは役立たずとなった。お前が鍵盤楽器を学ぶのは、ビートルズにしてくれるものを持てずバッハベートーベンにしがみつくしかないある種の意気地なしだからだ。誰が決めたルールか知らねえが最低だ。10代のころ、俺はピアノを使ってランキング上位40の曲を弾けたおかげで女の子たちに「いくらか」いい印象を与えられた。けど、結局はクラスの野郎どものうちその曲をギターで弾けるヤツがいつも勝ちやがった。くそったれ。

 だがここで思い出してくれ。俺は、イタリアピアノ発明したことが日本初音ミク発明への扉を開いたと言ってきただろ? ピアノ21世紀に飛び込むときに今一度変革に見舞われたんだ。

http://www.youtube.com/watch?v=-7EAQJStWso

  ***

 もし音楽を生み出す小さな電気の箱が「本物」であるなら、録音済みのコンサートに向かって「アンコール! アンコール! アンコール!」と叫ぶのは極めて正常だ。その音楽はお前を感動させたんじゃないのか? もっと聞きたいと思わないのか? というわけで映画館の観衆はもっともっとと叫び、そして彼らはアンコールを聞けることが分かっていた。なぜならそういう風に録音されていたから。ミクが公演を終わらせるため最後舞台に出てきた時、もう一度鑑賞力のある人々から歓声が上がった。それは人工的なものだが、とことん楽しむため我々はそれを本物だと見なした。まるでドン・コッブが[ネタバレ注意!!]インセプションラストで回転するコマから歩み去るかのように。ミクは夢のような存在だ。サウンド・エンジニアCGアーティスト音楽家が作り上げた美しい夢であり、決して卒業することも年を取ることもスキャンダルを起こすことも業界から追放されることも惑星上から姿を消すこともない完璧アイドルだ。彼女は実際、いくつもの「映像」を持っている。我々は皆、この音楽的見せかけの共犯者だ。過去の聴衆がモーツァルトオペラを、ガーシュウィンミュージカルを、あるいはかのすさまじいレ・ミゼラブルを本物であると信じたように。我々は十分深く信じられるようになるまで偽りの世界を本物だと信じるふりをする。その世界を感じるまで、見せかけの魔法を感じられるようになるまで。

  ***

 ピアノ最後の変革とは、もちろん電子化のことだ。

 真空管からトランジスタを経て迷宮のような電子回路まで。もしピアノの鍵盤が「あらゆる音符を見る」ことのできるインターフェイスだとしたら、それは作曲家に最も未来を感じさせるインターフェイスだ。そして我々にはシンセサイザーキーボードとMIDIコントローラーワークステーション世界が与えられており、そこでは遂にピアノが単なる「楽想を試す場所」から超越した。ちょっとした波形の調整によって、ハンマーと弦の機構に制限されることなくこれらの楽想を正確に響かせることができる。新しい音を作り上げることもできる。楽想の断片を記録し、他の楽想をその上に並べて電子キーボードを個人的な架空オーケストラに仕立てることもできる。ピアノピアノを超えた。それは作曲家の手の延長どころか、作曲家の心の延長となったのだ。

 一つだけ欠けているものがあった。声だ。

 そして、ご存知の通り、日本日本であり、彼らはやってのけた。彼らは人工物を誰よりも巧みに操った。彼らは本物の料理だと見栄えが悪くなるからという理由でプラスチック製の小さな食品サンプルを作った。本物の労働者は間違いを犯しがちだから製造ライン用のロボットを作った。本物の音楽家を家に入れるのは大変だから編曲家のために電子キーボードを作った。そして、人間の声を合成する技術が十分に発達した時、そしてそれが人工音声のためのペルソナ創造するというアイデアと衝突した時、ミクが見せかけの音楽における21世紀スーパースターになるのは当然のことだった。

 中にはボーカロイドというアイデア音楽家の全てを破壊するという人もいるだろう。全ての仕事ソフトウエアがやってくれるのに、誰が人間を必要とするんだ? 俺が思うに、ボーカロイドってのは偉大なる民主化の旗手であり、音楽家のために沢山の扉を開いてくれるカギなんだ。過去において、もしお前が作曲家編曲家あるいはプロデューサーなりたければ、まず自分の曲を書いてそれから演奏家を探し見つけ出すしかなかった。何しろお前の傑作に生命を吹き込みたければ、5人編成のバンド、20人編成のオーケストラ、そして3オクターブ半の音域を持つ歌い手がいないとどうしようもなかったのだから。マジ悲惨。だがミクがいれば誰もが作曲家になれる。誰もが自宅のスタジオで曲を作り、正しい機材があれば、電子機器を使った完全なポピュラーソングを生み出せる。ボーカロイド音楽家仕事を奪うわけじゃない。それまでミュージシャンには決してなれないと思っていた人々の中からミュージシャンを作り出すんだ。動画投稿サイトで毎日そうしたことが起こっているし、こうしたコンサートではそれまで決して聞いたことのないような人々が突然電子王国の宮廷音楽家になれる。非常識なほどの大金持ちだった王家の人々の手にあった手製の楽器から、平民たちの手に握られた緑の髪の女神へ。それがこの大きな3世紀の違いだ。

 何であれ多くの人々が音楽を作ることは、単に大人しく聞いているだけよりもいいことだと俺は信じる。俺は魔法を、ボーカロイドを、ミクを信じている。

=====以上翻訳終了=====

 誤訳は当然あると思う。でも面倒なので修正はしない。

2008-12-02

くそキーボードが自在に弾けるようになりたい。俺の好きな作・編曲家、サウンドクリエイターの類の方々は皆弾けるんだもんな。なんだかんだで。やっぱり必須の技能なのかぁ、曲作るには。ギターもあるけどいつまでもよそよそしい。

2007-12-14

菅野よう子器用貧乏という批評がついたこともあるという文章を見た。

確かに彼女中途半端な印象も否めないな。

すごくいい楽曲もあればなんだこりゃというのもあるし。もちろん俺の感受性の幅の問題もある。

ただポピュラー音楽がポップじゃないのはどうなんだろう。作りこまれすぎている曲もあるのでは。ロック調の曲もロックしてない感じがする。

しかし総合的に見て、やっぱりいい作曲家編曲家なんだろうな。

2007-11-13

著作権者側の意識ってこんなもんなんだね。

今こんなこと著作権者側はやってるんだってさ。

mixi著作権コミュからの甜菜だけど、広報してもらいたいみたいだからいいよねっ。

管理者様不適切であれば、削除ください。

MPNからのお願い!

(MPNとは、演奏家権利処理合同機構/Music people's nestの略です。) http://www.mpn.jp/index.html

これは演奏家のみならず、原盤権保持者、作曲家作詞家編曲家、歌唱者、映像権保持者他にも当てはまる権利だと思いますので、宜しくお願い致します。

皆さんは「私的録音録画補償金制度」という物をご存知でしょうか?

日常、普通音楽映画などを家庭内で録音録画し個人的に楽しんでいますが、そのすべての作品には著作権という物があります。

近年の録音録画機器のデジタル化により、著作権利者の許諾を得ない

大量の録音録画が行われている事態が生じ、この状況が権利者の経済的利益を害しているのではないか、、という事から器機メーカーより一定の補償金を徴収する制度が発足されたのが 「私的録音録画補償金制度」です。

海外では広く補償されているこの制度が今、廃止も含めた見直しを行うという検討がされている、という事で、文化庁では国民からの意見を募集しています。

音楽を愛するために、そして芸術家を守るために、

この制度は是非存続させていかなければいけない事と思います。

是非、皆さんにも下記記入例に基づいて文化庁意見書送信のご協力お願い致します。 期限は11月15日まで(もう直ぐだ)

    ?? 記入例 ??

件名 「私的録音録画小委員会中間整理に関する意見

1 個人 (、と書いてください)

2 お名前

3 ご住所

4 電話番号 及び メールアドレス

5 全体 (、と書いてください)

6 ご意見

  例)補償金制度の維持に賛成です。(、とか、、)

    補償金制度をちゃんとした制度に立て直して存続させるべきです。(、とか、、)

送信先 keiyaku@bunka.go.jp

この署名にて、今後どうなるか?も決定されると言っても過言ではありません。

ご協力お願い致します。

 
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