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はてなキーワード: 断食とは

2018-10-15

食べ放題店と断食を組み合わせた1日1食生活してる

得した気分にはなるけど

金銭的には得してない

2018-09-06

anond:20180906111323

俺もずっとしんどかったけど、

酵素風呂とか断食とか運動とか

思いつくいろんなことやったら、

今じゃ肌がキレイって言われるようになったよ

2018-08-05

anond:20180805232314

幼女結婚出来るってのと女の権利が男よりだいぶ下ってだけでイスラム教支持するKKO

別に自分イスラム入信するって訳でもなく豚肉食べてストロングゼロ飲んでラマダン断食寄付するわけでもないか全然ダメ

2018-08-03

anond:20180803184628

マジレスすると運動野菜必要ない。

瞑想は無に帰するための手続きであって、運動食事はそれと真逆の生への執着である

断食を実行し、余計なエネルギーを消費するような運動は控え、新陳代謝ストップさせるのだ。

そうして生への執着を捨て去ったとき瞑想によって悟りが訪れる。

2018-07-30

何か一つを最後までやり遂げることが出来ない

からそうだった。

ピアノ

英語教室

ダイエット

おしゃれも

勉強

お絵描き

全部そうだった。

強いて言えば、ゲームクリアやりこみ要素は度外視して)することのみ。

中学生になったら

高校生になったら

大学生になったら

社会人になったら

結婚したら

全部、変わることはなかった。

最近では趣味ゲームですら最後までクリアすることができなくなってしまった。

このどうしようもない飽き性なくせに、何かににのめり込みたいと思う。

他の事を忘れるほどのめり込んだのは、大学時代にハマった某対人ゲームくらいだった。

あの頃は何するにもそれが優先だったけれど、ものすごく密度が高くて楽しい時間を過ごした。

またそういう経験がしたい。

死ぬまでの目標

自分が望む絵をかけるようになること

ダイエット成功してオシャレできるようになること

ゲーム作曲で何か残せるものを作ること

これがしたい。

でもどっかで結局何も成せず何者にもなれぬまま死んでいくんだろうなって思ってる

*20180815追記

色んな意見をみた。

目標やゴールが遠すぎ、高すぎるんじゃないか」ってよく言われるし、頭では分かってる

家で仕事をしていてそれを終わらせることは出来るけど、そういうものじゃなく

自分が生涯の趣味や生きがいとしてやりたい(スキルとして身に着けたい)ものをやり遂げたい。

全部のゴールとして考えてるのは、

・絵なら自分が納得できる絵が描けるようになるまで(別に食べていけなくてもいい)

ゲーム音楽なら、なにか1曲納得できるものをつくれるようになるまで(同上)

ダイエットやオシャレも同上

周りの評価も勿論あるけど、一番は自分が納得できるかどうかになるのでそこが問題なんだ。

今は8ヶ月の赤ちゃんがいて、その中で家事育児仕事とやっていて

残り時間をまず絵からやろうと思ってるけどなかなか1つの絵を終わらせるのに数週間かかってしまう。

もっと学んでやりたい、描いていたいと思っても状況と時間が許してくれない。

ダイエットに関しては、なかなか外に運動には行けないため(赤ちゃんを預けられる人がいない)

食事を減らしていたけどこれもダメだったので、断食をすることにして今日からやってます

正直言うと、絵やゲーム作り、音楽の方をもっともっと学びたい

その為に仕事に割く時間をなくしたい。

子供保育園に預けられるようになったら変わるのかな。

やり遂げることができないことと、何もかも中途半端な状況にとてもストレスに感じ、ふがいない自分を嫌に思ってしまう。

今日仕事どうしようか悩みながら隙間時間に少しずつ。

なんだかまとまりがない内容になってしまった

2018-07-11

宗教家の母が死んだ。

といっても実際に亡くなったのは数年前のことで、彼女がはまっていたもの宗教と言っていいのかも微妙なところだ

誰にも言えなかったことを吐き出そうと思ったら長くなってしまった

私が物心ついたときから母はその手のものが好きだった。インドヨガマスター?の団体アーユルヴェーダ断食などに興味を持ちそのいくつかには私も参加したことがあった。家にはスピリチュアル自己啓発本が何冊もあった。

最終的に彼女が行き着いたのがある「教祖」だった。

私自身幼い頃なので詳しく覚えているわけではないが、彼の教団が形成される段階のうち比較的初期の方に出会っていたようだ。

したがって当初その関わり方はいわゆる信者ではなく弟子のように直接的なもので、なん家族かで彼の家に泊まりに行ったこともあった。彼の子供を含む歳の近いものたちで海に行ったり花火をした思い出もある。ならなぜわざわざ「教祖」と呼ぶのか。それは、母が金をつぎ込んでいたかである

たとえば彼の家の近くによもぎ蒸し風呂を作りたいという話。これは消防署から許可が降りず、出資した数百万円は水の泡になった。このようなことは何度もあった。母は専業主婦だったため独身時代貯金、父の収入、そして実家から借金をしていたようだ。この活動は命に関わる難病と診断されてからより一層激しくなった。

母とその仲間たちは彼に心酔していた。しかし私はそれに従いながらもどこかで疑問に思っていた。これは定かな記憶ではないが、ある日それが高じて母の日記を盗み見たことがある。そこには

今日は(教祖)先生の夢を見た。膝枕をされている夢だった。これが性夢だろうか。この先より高いレベルに到達したらもっと先の夢が見られると先生はおっしゃっていた」というようなことが書いてあった。耳年増だった私はその意味するところに思い至りすぐに日記を閉じた。

また、母は彼から叱責されたり冷たい態度をとられると泣いて塞ぎ込んだ。私との血縁関係よりも公的なことを優先しなければならないと言った。これはその先生の言う「この世の人のためのこと」を実践するという意味だった。

テレビ市販お菓子や肉食を避け、引越しをし、出資した。ある女性中学生の娘を祖父母の元に預けて家を出たと聞いた。合宿では朝昼夜にそれぞれ講義を聞かされた。通話ソフトを通じた先生講義中は子供たちも会話は許されず、座禅を組みながら聞くことを推奨された。母はこの世の人を救い、それによって救われるらしかった。私もそれを漠然と信じていた。先生理念を叶えるため事業につとめる母は苦しくも生き生きとしているように見えた。そのころには先生にも頼りにされ、上位幹部的な存在だった。

しかしある日母が死んだ。

死因は不明だが恐らく急性の心筋梗塞脳梗塞。まだ眠っているような安らかな死顔だった。

先生電話をかけたら泣いていた。彼の教えは母の、少なくとも物体的な命は救えなかった

母と私は療養のため普段は父と離れて暮らしており、久しぶりに家族全員で過ごしていたときのできごとだった。私はそのまま父の元で生活をはじめ、数年が経った。

その間ずっと私は母に複雑な思いを抱いていた。

私は母のことが大好きだった。母が難病だと知って、もし母が逝ってしまったら私も死のうと思っていたくらいだ。いい母だった。いろいろなことに挑戦させてくれたし、教団を通じて出会った同年代の友人とは今でもとても仲がいい。私の体を心配して、寝る前にはマッサージをしてくれた。病をおして出かけてくれた。強制することな学問素養をのばしてくれた。たくさん愛の言葉をかけて抱きしめてくれた。

それでも彼女不安定で、先生にすがっていて、私よりも世界の方が大事だと言った。世界を救うのと言った。母の温かさに直接触れられなくなってしまってからは、それがフラッシュバックして、日記を忘れられなくて、なにかに引け目を感じたまま生きてきた。

私は生活不自由したことはないし父にも母にも愛されて育ってきた。母がなくなったことを勘定に入れても恵まれているほうだろう。それなのにそんな気持ちを抱いてしま自分が嫌だった。

去年の終わりごろ、その先生と会った。母の死以来はじめて話した先生は痩せて酷く弱っているように見えた

彼は涙を流して謝って、母のことを本当に大切に思っていたと言った。私のことも娘のように思っていると言った。そして息子と結婚しないかと持ちかけて、帰っていった。

そしてその一週間後に彼は死んだ。

遺言のようになった縁談を、しかし私は断った。

この日記を書いたのは、その縁談相手から久しぶりに連絡が来たからだ。

彼は彼の信じるものに従って母の忘れ形見の私を守りたいと思っているのだろう。私の価値観とはズレるところがあるが、善き人であるのは確かだ。

気になって彼らの現在活動を調べてみた。とてもうまくいっているようだった。理念は変わらず、ホームページ表記宗教色はあるものの、自然派の人をターゲットにした事業で真っ当に成功しているようだった。口コミも不自然でない程度によかった。世界を救えるかはともかく、普通に面白い試みだと思えた。公式Twitterもそこそこ流行りに乗ってた。母のかかげた理想は、思ったほど馬鹿げてもなかったのかも。母の苦労は報われつつあるのかな。

今になって思えば私は母にとって絶対的に一番の存在になりたくて駄々をこねていただけなのかもしれない。彼女は私が求めるほど完璧ではなかったけど、けしてただ弱い人だけのじゃなかった。「この世の人」の中には私や父、母自身も含まれていたのだと気づいたのは最近のことだった。歳をとるごとに母の強さを感じる。

私はきっとその活動には参加しない。でも私自身が大人になりつつあること・その団体成功を知ったことで哀しい宗教家としての母は死んでいき、先見の明があって優しくて賢い大好きな母の姿をもう一度曇なく信じられるような気がした。そしていつか誰にも恥じずに母の話をしたいと思った。

2018-07-03

健康ってオカルト多すぎない?

朝食食えだの食うなだの、断食が体にいいだの悪いだの、肉食え食うな、小麦が〜牛乳が〜血糖値が〜

うるさいんじゃい!!

もう好きなの食うわ

2018-06-27

どうも、低能先生Hagexに刺された世界からきた者です

こちらの世界線も

かなり荒れているようですね。。

我々の「正史」では、

Hagex英雄扱いで、

増田には無罪釈放の声が溢れてます

ニュース犯人に同情的ですね。

私は、殺人犯正義の味方になるような

世界は間違っている!

別の世界に行かなければ!

そう強く思い、

断食不眠不休瞑想を3日間続け、

ここに辿り着きました。

夢にまで見た、

殺人犯悪者として裁かれる世界

それは、元の世界線よりも

後味が悪いものでした。。

2018-06-22

日本イスラームにすれば経済が上向く

お祈りや断食を導入して息苦しい工場労働そよ風

2018-06-07

最近恋愛もの見るとしんどい

特に男性視点のものしんどい

若い頃は恋愛に対して斜に構えた態度をとってたんだけど、やっぱ本心では欲してたのかなとか思う

なんか「自分が手に入れられなかった理想」みたいなものが、フィクションから更に美化されて提供されると、飢えている身としては胸がギュッと締め付けられるように苦しくなるんだよね

例えるならずっと断食してる中、目の前に好物を出されたけど決して食べることができないみたいな

はー……しんど

2018-06-02

世界摂食障害の日

初めて投稿します。

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みなさんは6月2日が何の日かご存知ですか。

世界摂食障害の日だそうです。

私もそれを知ってから今年で2回目。

せっかくの日なので、私も少し、摂食障害のことをみなさんに知ってもらえたらという思いで書き綴ります

自己満足です。

ただ自分過去をこの機会に振り返ろうと思って記す備忘録です。

ある程度道が拓けたと感じている今の思いも綴れたらと思います

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摂食障害というと、拒食症が有名でしょうか。

異様に痩せ細った身体がよくメディアに取り上げられますよね。

でも摂食障害はそれだけではありません。

大量に食べては吐く過食嘔吐

また大量に食べるが吐くことができない非嘔吐過食もあります

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私は高校生の頃、拒食症でした。

きっかけは1kg増えてしまった体重を落とさなきゃとダイエットを始めたこと。

たったそれだけです。

でも何も食べなかったら4kgくらい落ちたのが気持ちよくて、

また何も食べず体調を崩してしまったのを周囲に心配してもらえたのが嬉しくて、

どんどんハマっていきました。

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当時は難関の大学を目指しており、寝るとき食べるとき意外は言葉どおり全て勉強に費やしていたりして知らず知らずにストレスが溜まっていたこと。

家庭環境が複雑だったこと。

母親から強く責められることが多く、もともと自己否定感が強かったこと。

完璧主義だったこと。

色んな私の性格に、ダイエットというきっかけが合わさって、拒食症世界に引きずり込まれて行きました。

大学合格とともに手に入れたのは、身長164cm体重37kgの身体でした。

拒食症としてはそこまで軽い体重ではありませんが。

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当時は自分が大好きでした。

ダイエットを頑張れる自分は凄いと思ったし、

大学合格のため一日中誘惑に負けず勉強できる自分もすごいと思いました。

もちろん口には出しませんが、自分の周りの人たちはそれができない心の弱い人だと内心見下していました。

今思えば、一番心が弱かったのは自分自身です。

摂食障害ドーピングしないと、生きていけないほどに心が弱かったんです。

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大学入学後、一人暮らしを始めました。

入学後しばらくは本当に楽しく過ごしました。

完璧主義だった私に、一人暮らし大学は、良くも悪くも色んなことを教えてくれました。

授業でSを取らなくても、単位がもらえること。

部活練習後、夜遅い時間友達ラーメンを食べに行くこと。

勉強のため毎朝5時に起きなくてもいいこと。

夜遅くまで友達と飲んで、ときには昼の12時に起きたっていいこと。

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そんな中で完璧主義は多少和らいで、そのせいなのか体重も5,6kg自然に増やすことができました。

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大学1年生の夏、家族が私の住む家へ遊びに来ました。

そこで、私がどんなに高校生の頃自分の首を絞めて生きていたのか、思い知りました。

から色んなことを言われました。

「〜ちゃんは少食だから、このお店の定食全部は食べられないでしょ?」

「〜ちゃんは今でもきっと朝早くから起きて勉強してるんだよね、えらいね

「部屋いつも綺麗にしてるのね、えらいね

自由に生き始めた自分を押し殺して、少し高校生の頃に戻って「いい子」で過ごした4日間はとても苦痛でした。

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このあたりから父と母の関係が更に悪化したこともあって、家族とは連絡を極力取りたくないと思うようになりました。

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そして時は流れて12月。

忘年会シーズンで、色んな団体忘年会に参加しなくてはならず、体重は更に増え、拒食になる前の体重をついに超えました。

そこからどうしたらいいのかわからなくなってしまいました。

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もともと、飲み会など食べ物がたくさん出る場は、何をどう食べていいのか分からず、苦手でした。

からいからこそ、人以上にたくさん食べ過ぎてしまます

飢餓から解き放たれた獣のような感じで、たくさん食べて、翌日後悔します。

だいたい今までは、その翌日に断食をする事でなんとかやり過ごしていました。

そう振り返ると、大学に入ってからも完全に拒食症から解き放たれていたわけではありませんでした。

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12月は飲み会続きで、翌日断食をすることもできず、不安と恐怖だけがつのりました。

自分自分制御が効かなくなり、気付けばコンビニスーパーで大量に買い込んでは、一度に食べるのが習慣になりました。

その頃新しく始めたバイト先で、毎日暴言を浴びていたストレスも原因にあったと思います

そこからは、非嘔吐過食の始まりです。

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ここで忘れないで頂きたいのは、非嘔吐過食に苦しむ人たちは、いつも頭の中は「痩せたい」でいっぱいなのだということです。

行動と照らし合わせたら、信じていただけないかもしれませんが、誰よりも痩せたいと思っています

いつも「痩せたい」で頭が支配される病気、それが摂食障害なのかもしれません。

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拒食症の時から一変、非嘔吐過食の時は何もかも頑張れなくなりました。

朝起きるのもつらく、おしゃれをするのもつらく、化粧もしなくなりました。

勉強も頑張れませんでした。

学校休みがちになりました。

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そして拒食症の頃、自分で内心バカにして来た対象自分のものとなりました。

ダイエットすら頑張れない。

勉強も頑張れない。

過食して家にこもって涙を流してばかり。

そんな自分が大嫌いになりました。

高層の建物に忍び込んで、飛び降りようとしたこともありました。

犬のリードを買って、首を絞めたこともあります

すべて死に切れないことが怖くて、最後まではやり遂げられませんでした。

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医者にも行きました。

初めて行った医者では摂食障害は専門には診ていないところだったからか、個人的に心が傷つくことを言われ、薬を出されて帰されました。

そしてまた誰もわかってくれないという思いで、過食が酷くなりました。

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ただそんな私も、色んな人に支えられて、あれから1年以上経って、普通食事を取れる日は増えて来ています

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2回目はすがるような思いで専門病院を訪ね、そこで良い先生出会えました。

「過食しないと生きていけないくらい、心が辛いんだよ。過食は悪じゃない、ないと生きていけない大切なものなんだよ。」

そう言われてからスッと心が軽くなり、過食は減ることはありませんでしたが、罪悪感で心がはち切れそうになることはなくなりました。

今は授業の関係上、病院に通うことはできていませんが、今でもたまにまた話を聞いていただきたいな、と思うことがあります

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また大学休みがちになった時、1人だけ熱心に私に電話をかけたり、家を訪ねたりしてくれた友人がいました。

の子は私とは対極的の楽観主義者で、今はどんな状況でもその子に励ましてもらって頑張ることができています

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今の自分の体型はとても、嫌いです。

今でも痩せたいといつも思っています

メンタル完璧ではありません。

特に生理前は特に気持ちが崩れやすく、学校に行けない日もまだまだあります

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でも私は摂食障害経験できて良かったと、心の底からと言ったら嘘になりますが、少しだけ、思っています

もし摂食障害にならなかったら、私は挫折経験せず、自分より劣る人の気持ちなんて考えず、内心バカにして生き続けたでしょう。

そんな私の心を広くしてくれました、また人の気持ちがよりわかるようになりました、思いやりを持てるようになりました。

神様から「お前はこのままではいけない」と与えられた試練だったのではないかと、今は考えています

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先ほども述べましたが、私もまだまだ万全ではありません。

身体健康的になりましたが、時には辛くて辛くて仕方ない日もあります

過食が止まらない日もあります

まだまだ自分が大嫌いです。

人と自分を体型や成績、全てのことで比べがちです。

まだまだ課題が沢山あります

摂食障害と私のおつきあいは、きっとこれからもしばらく続くんだと思います

それでも平穏にお付き合いをして、いつかはお別れをしたいです。

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一番伝えたいのは、「一見健康そうに見えても、摂食障害と闘っている人は沢山いる」のだということ。

これは摂食障害の9つの真実、というものにも取り上げられています

http://peerful.jp/articles/eating-disorder/7255.html

あなたの周りにももしかしたら、闘ってる人がいるかもしれません。

気づいたらそっと、見守ってあげてください。

辛そうな時は寄り添ってあげてください。

それだけできっと救われます

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上長々と失礼しました。

少しでも摂食障害への理解が深まりますように。

2018-05-23

断食妊活の危うさ

人の身体が子孫を残すために存在しているのなら

どうして低栄養エストロゲンが低下するのか無月経になるのか

飢餓状態ならば種の保存のために妊娠やすくなるべきではないのか

2018-05-22

マンガが飽和状態なので

絶対に飯を食わない断食マンガを描けばヒット間違いなし

2018-05-08

統一教会二世信者に生まれた話


結論から言うとめちゃくちゃ精神を病んだ、

という話。

統一教会、というのはご存知の方も多いと思いますがざっくり言うとキリスト教ベースにした新興宗教です。同じキリスト教系でいうとエ〇バとか、仏教系で言うと創〇学会とか、その手の怪しくて迷惑集団の親戚みたいなものですね。統一教会も怪しくて迷惑集団です。

具体的な活動としては、韓国北朝鮮統一のためにデモ運動やビラ配りをしたり、男女数千人が集まって教祖(お父様と呼ばれる)もしくはその代理(数年前に教祖が死んだので組織の偉い人もしくは教祖の子孫)から「祝福」と呼ばれる儀式を受けて合同結婚式をしたりする、そういう集団です。教祖(北朝鮮人)は「イエス・キリストの生まれ変わり」という設定になっています

その辺りをなんとなく踏まえて頂けるとわかりやすいかと思います

私が生まれる十年ほど前、両親が統一教会合同結婚式結婚しました。

両親が何を思ってその時期(信者統一教会から抜けさせるために監禁行為すら行う被害者の会存在した時代)の統一教会に入ったのかは分かりませんが、とにかく、彼らの唱える真実の愛とか何とかに救いを求めたようで、そして「祝福」の儀式を受け、引き合わされて結婚しました。

この場合結婚相手というのは信者が選べるわけではなく、上の人が適当に決める相手になります

両親もその時に初めて出会い結婚しました。

私は生まれた時から信者でした。

毎週日曜日になると「礼拝」と言って、教祖(とその子孫や上位の信者)の出版した本を読み、我々のなすべきことは統一教会による宗教統一教祖を中心に据えた世界平和である、みたいな話を聞くために「教会」に集まります。大抵が古いビルオフィステナントを借りて改装した、怪しい感じの場所です。

私のような二世信者、もしくは親が入信したために一緒に礼拝に連れて来られる子供のために、子供向けの礼拝も行います

教会には教祖を祀る祭壇があり、その方向を向いて礼拝を受けます

まず、神様教祖を讃える歌を歌います

キョンべーと呼ばれる土下座のような韓国式の礼をします(略式の立礼で行う場合もあります)

盟誓を唱えます(私は統一教会人生を捧げます、という内容の定型文です)

君たちはこれから世界統一教会のために変えていくんだという教えを受けます

そして、教会に来ない人はサタン(人間堕落させた悪魔)に支配されている哀れな人だ、などの批判をひとしきり聞いた後、君たちはそういう相手を救う存在にならなければならない、という話を聞きます

お祈りをします。(教えを踏まえ、今後自分がどのように変わっていくか、行動していくかを誓うことが望ましい)

献金します。(収入の1割が望ましいとされる)


子供向けの場合は、聖書の内容を勉強したりもします。多少統一教会風にアレな解釈はされていますが、だいたい創世記からイエス・キリストの復活くらいまではざっくり教わります

それと同時進行で、教祖イエス・キリストの生まれ変わりであり神の子だ、という話と、教祖の生い立ちも勉強します。まあ多大に美化された話ですが。

そういうわけで、我々二世信者ほとんどが、小学校くらいまでは割と素直に統一教会を信じています洗脳ですね。

あと時々、韓国にある総本山的なところまで行ったりもします。儀式バンバン全身を叩かれたり、床で寝起きしたりする過酷な感じですが、行くと「凄いね」「偉いね」と言われるし、あの極限の生活の中で何かを見出す人も多いようで割と皆さんよく行ってます。私も何回か連れていかれました。体調を崩しました。


恐らく統一教会でない人から見れば結構な異様感があると思いますが、私には、教会の教えも礼拝もすべてが普通のことでした。そして、二世信者の大抵がそうであるように、私も「この世」(統一教会でない、世間一般社会のこと)と統一教会とのギャップに戸惑いました。

統一教会では、恋愛、化粧、お洒落服装、遊びに行くこと、世の芸能人に興味を持つこと、教会勉強以外のことに時間を割くことが基本的禁止です。信者以外の子と遊ぶこともあまり良いとされていません。

学校では皆が話している内容についていけず休みの日に遊びに誘っても乗ってこない、そういう子がクラスでどういう扱いを受けるかは考えなくてもわかりますね。私もそうでした。




さて、困った私は、嘘をつくことを学びました。

小学校では恋愛の話になるので、クラスの誰々くんが好きだと言い、家に帰ったら、そんなこと考えたこともない!それはいけないことだって教会で学んだよ!と言いました。

バラエティは見せてもらえませんでしたが、親が許可した子供向けのアニメは見せてもらえました。テレビの話は、中学年頃までそれで乗り越えることができました。

友達が喋っている芸能人の話は一切わかりませんでしたが、たまに見る写真を覚えて「○○かっこいいよね」と言ったり、なんとなく話を合わせていれば、なんとかなりました。

家に帰って、親に「お友達の誰々ちゃん芸能人の○○が好きなんだって!」と言うと嫌な顔をされたので、「今日は誰々ちゃんポケモンごっこをしたよ!」と作り話をしました。

子供向けアニメに出てくるような、些細な恋愛描写にすら母親が冷たい目をするのが怖かったので、知らないふり、わからないふりをしました。

それでいいんだな、これからも両方に嘘をつき続けていけばいいんだなあ、と思っていました。

ですが、嘘ばかりついて他人とまともなコミュニケーションを取ってこなかった私は、中学生になる頃には典型的な「空気が読めない子」になっていました。

中学生になると、空気が読めないということが命取りになりますね。まともに育った子でも修羅経験するような年齢ですし、その時期であっても嫌われる程度で済んだのは本当に幸運だったと思います。結局私は、クラス40人のうち30人には嫌われているが隅のほうにいる3~4人のグループに入り常に固まって行動する、みたいな中学時代を送りました。

あと私の中学ビーバップハイスクールみたいなところだったので、誰も根暗ときに興味を持つ理由がなかったのかも知れません。隅のほうにいる根暗悪口なんかより、校舎内に原チャで乗り込んでくる同級生の話ほうがよっぽど刺激的ですし。

統一教会のほうでは、小学校時代よりも本格的に洗脳教育が強くなりました。

普段礼拝に加えて、STFと呼ばれるエリートコース選抜されるためにハーフマラソンを走らされたり教祖出版物を読んでレポートを書かされたりしました。

また「将来立派な職業につき、高い献金を納め、その地位でたくさんの人を勧誘できるように」という理由で、良い成績を取ることも求められました。

教祖の子孫や、組織幹部来日(基本的朝鮮系なので)した時のために歌やダンスなどの見せ物の練習もするようになり、平日の晩まで教会に行くようになりにました。

このハーフマラソン過酷で、中学生の未発達な体なのでまれに死人が出ます。それでも、それが「神様のため」「教祖のため」だと信じて走るのです。そう信じるように、上が指導します。

断食します。大人になると40日くらいやったりします。これもときどき死人が出ます

また、二世信者には「祝福」を受ける義務があります

恋愛をせず、女は処女で男は童貞のまま、統一教会儀式によって引き合わされた相手結婚をする義務があります純潔教育というやつです。

恋愛沙汰の多くなる年代になったこともあり、純潔教育は一層苛烈になりました。簡単に言うとセックスは罪、セックスすることは堕落、ということですね。セックスに対する罪悪感をめちゃくちゃ植え付けていく感じです。

恋愛は罪、化粧は悪魔を誘惑する悪いものカラオケゲーセンなどの学生の遊び場は悪魔がいる場所、そういってほとんどの娯楽が制限されました。学校の友人から遊びに誘われることは、悪魔の誘惑とされました。

その年代の子供が楽しむこと全般制限されるようになりました。




この辺で、学校統一教会を両立することが辛くなってきました。

学校でも、教会でも、嘘をついて話を合わせることに限界が近くなっていました。日曜日友達の誘いを断る理由説明出来ないし、教祖出版物を読んでも心から信じているわけではないかレポートが書けないし、成績も良い数字を維持できなくなりました。頑張っても頑張っても「もっと頑張れ」と言われることに気が遠くなりました。

このままいけば、「祝福」を受けることになるだろう、ということも嫌になりました。少なくとも両親は統一教会出会って結婚したこと幸せだったようには見えなかったので、両親のようにはなりたくない、と思いました。

統一教会とは世間一般から見て異端で、気味の悪い存在なのだと分かったのもこの頃でした。


中学の終わり頃、景気の悪化父親借金を重ね、ついに首が回らなくなり、昼はサラリーマン、深夜は新聞配達、土日は警備員アルバイトをする三重生活をするようになりました。

統一教会の末端信者は、大抵が低所得層です。私の両親も例に漏れ低所得層で、三重生活になる以前から家賃光熱費を滞納したり、金のことで両親が揉めたり、両親の貧乏コンプレックスを日頃から聞かされるくらいのことはありました。この後、それが霞んで見えるほどの地獄を見ることになりますが。

私が高校に上がった頃には、父親は毎晩深夜2時に起きて真っ暗な中で「神様!!!」と狂ったように叫びながら身支度をして家を出ていき、新聞配達バイトを済ませて朝六時頃に帰宅、仮眠をして昼の仕事をして何かをブツブツ呟きながら青黒い顔で帰宅、夜9時に就寝、という生活をしていました。

母親転職ストレスで、大量に食材を買い込んでは放置して腐らせ、家中異臭をさせていました。

父親が就寝する夜9時前になると、両親は教祖の書いた本を声を合わせて音読し、祈りをささげ、キョンべーをします。(家でも各々で礼拝しましょう、というのが推された時期でした)

真っ暗な中で発狂したように叫ぶいい年の男性と、異臭がして近寄れないリビング想像してください。めちゃくちゃゾッとしますね。それに家の中で礼拝が行われることも加えると、この家に自分の味方は誰もいないのだと絶望した気持ちになります

ついでに言うと両親の暴言も酷かったですね。神を信仰している、平和を願っている、統一教会による真の愛を世界に広めていこうと言ったのと同じ口でまあまあの暴言が飛んできます。そして、それを二世信者相談すると皆「うちもそう」だと言っていました。

何が正しいかからなくなりました。

そういう経緯で、幼少期から洗脳によって培われたはずの私の信仰心はマイナスになりました。

この時期、家が悲惨な状況部活人間関係が合わなかったストレスもあって、精神に不調をきたして胃液を吐くようになりました。

リストカットもするようになりました。常日頃から「お前の体は神様教祖様にもらった大切な体だ、お前が粗末にしていいものではない」というような教えがあったので、自分の体がボロボロになっていくのは最高の仕返し感がありました。ざまあみろ、と本気で思っていました。

私は高校に上がって以降ほとんど礼拝に行っていないので、最近の教えの方向性ほとんど知りません。

ただ伝え聞く限りでは、2005年頃には「2008年には統一教会世界に認められている!」と言い、2008年頃には「2012年には統一教会による平和世界が実現する!」と言い、2012年には「2015年には以下略!」と言っていたそうなので、今もまた同じことを言っているのではないかな、とは思っています。もう2018年ですね。

さて、精神に不調をきたした高校のあたりから、私は「統一教会自体が間違いである、よってその結婚で生まれた私は存在自体が間違いである」と考えるようになりました。

ハンガーストライキのように食事をとらなくなり、やせ細ると、母親は私が食事を食べられるようになるようにと「祈願書」というものに手を出しました。お願いごとを書くと、教祖やその周辺の人が神様に届けてくれる紙だそうです。ン万円します。

まり書くと個人的な憎しみが前面に出そうなので控えますが、マッチポンプとはこのことかと思いました。あくま個人の感想です

そのあたりですべてが嫌になって、男の家に家出し、処女を捨てました。16歳でした。






その後は水商売で働いて一人暮らしをし、夜で稼いだお金短大を出て、今は昼の仕事をしています

両親から統一教会から離れるために、私はたくさん抵抗をしました。

統一教会信者として生きていく気はないことを何年も言葉で伝え続けましたし、分かってくれないなら死んでやるとも脅しましたし、親が泣くまで責めたことも数多くあります。既に純潔でないことも、夜の商売自傷行為で体がボロボロなことも伝えています。生まれてこなければよかった、とも言いました。

それでも伝わらないことに、両親が私に「祝福」を受けさせるのを諦めていないことに、もう疲れました。

今、私は毎朝晩、数種類の精神薬を飲みながら働いて一人暮らしをしています精神調子を崩すと過呼吸を起こしますし、どうしても、普通環境に生まれ普通に育つことができた人に対する劣等感があります。少なくとも統一教会でなければ良かったとずっと思っています

カルトマルチなど、「異様な集団」の気配を察知すると過呼吸を起こします。宗教話題が出ると頭が真っ白になります統一教会育ちであることがバレて周りに軽蔑されないか、ずっとずっと不安です。

そういう後遺症のようなものが、統一教会を離れて何年も経つ今になっても残っています


二世信者には精神を病む人や自殺をする人が多いと聞きます

自分の育った環境が異常であると気づいてしまうこと、

外の社会での生き方を教えてもらえないこと、

若い頃に恋愛、化粧、年相応の娯楽の一切を制限されること、

死ぬまでずっと生まれや育ちに劣等感を抱えて生きていかなければならないこと、

それがどれほど、普通の人の中で生きることを困難にさせているのか、きっと親世代信者は知らないのだと思います。言ったところで伝わることはないのかもしれません。

きっと統一教会信者のすべてが、私の両親のような人ではないのでしょうし、もしかしたらとても人格のできた人もいるでしょう。

教えにしても、もしかしたら本当は間違っていないのかもしれません。教会を離れた私の判断がすべて正しかったと言い切ることもできません。

ですが、幼少の頃から社会と相容れない信仰を植え付け、世間の「普通」と自分の「普通」とのずれを味わわせることを、正しいと言うには疑問があるのです。

それでも統一教会を選んだ二世信者もいます

選べなかった私のような二世信者もいます

せめて、外の世界の人に、私が見てきたものを知って欲しい気がして、当エントリを書きました。

私の意見二世信者代表というわけではありませんが、もしも、共感して頂ける二世信者がいれば嬉しいです。こういう子供がいたのだと、知ってくださる外の世界の方がいればもっと嬉しいです。


普通でない環境で育ってしまった、すべての人に幸あれと願っています

2018-05-01

anond:20180501172604

断食だね!

ゴールデンウィーク中に食べるのやめるか……

1回断食したことあるけど、反動リバウンド凄かったけど

大丈夫かな。

とりあえずウォーキングは続ける。

2018-04-09

いええええええええええええええええい

最高の土日だった。今まで倹約のために見送っていた、

PS4も、ニンテンドースイッチも、気になるソフト含めて全部買った。

ほとんど断食しながら没頭した、マジでイカ楽しい


結婚することを諦めたら、こんなに楽になるなんて思ってなかった。

3年という期限を決めて、1回でも彼女ができることを目標にしていたけど、

箸にも棒にもかからなかった。これでおしまい


今日会社から帰ったらちょっとだけ泣けたけど。

五十歳ぐらいで雷に撃たれて死にたいからキャンプも始めようと思う。

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