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はてなキーワード: 高校受験とは

2019-03-19

anond:20190318160348

受検したことないだろ。高校受験もやってねえな。

俺もだからわかるんだよ。まあ俺はそれでも合格するんだけど。

ほんと在宅ヒキニートオーラってものすごいよね。

無限時間があるのに押し入れのザク1個まともに作ってない部品のままで。

えーーーーと・・・・。

お兄ちゃんがいきなり姉歯レベル犯罪者予備軍だなんていわないけど。

城のプラモもつくれ・・・・緑の粉をお好み焼き使っちゃダメだよお兄ちゃん

偏差値2だからって。そんなことじゃ東大は無理。

APEXにはまって塾に来なくなった君へ

高校なんて行かない。だから塾も行かない。中学2年生の君はそう言って、塾に来なくなった。

塾の先生が困っているみたいのなので、なにかアドバイスのようなものを書いてみようと思う。

そういえば自分塾講師アルバイトをしていたんだ。

親御さんとは話せたけど、本人とは話せていないみたいだから

まあもしもその子が塾に来てくれたらどんな話をするかなと。

とりあえず説教するのはやめておこう。ゲームするな、勉強しろって言ってもどうせ聞かないでしょ。

このままじゃ高校受験が手遅れになるよとか、脅すのもよくないかな。

ネガティブアプローチおすすめしないし、好みじゃない。まあとりあえず本人の話を聞いてみよう。

でもさ、よく話を聞くっていうけどさ、先生が偉そうにさ、ほら話せって言ってもさ、なんか話したくないよね。警察尋問じゃないんだから

それが人の話を聞く態度ですかって逆に言い返したくなるよね。まずさ話せる雰囲気をつくろうよ。

とりあえず腹減ってない?なんか食う?喉乾いてない?なんか飲む?

近所の公園さ、桜咲いたからさ、ちょっと歩こうぜ。

夜桜だけどさ、ちょっと散歩しようぜ。

最近どうよ。塾こねーじゃん。とかいきなり本題に入るのも早いかな。

まだまだ心のシャッター降りてるはず。

最近先生友達から誘われてPUBGを始めたんだよね。

ゲームなんて10年ぶりだよ。最近やってたのはポケモンGOぐらいだよ。

歳とるとゲームやる元気もないのよ、仕事終わって家帰っても。ゲーム動画見てるほうが楽だね。

でPUBGは最初は死にまくり面白くないんだけど、誘ってくれた人がいろいろ教えてくれてさ。

だんだ勝てるようになってさ、初めてドン勝ちできたときは嬉しかったな。

最近バイオハザードゾンビモードとかあってまじでムズイのよ。

あと、橋封鎖して検問してる。あ、おじさん話長いね

APEXも面白いらしいじゃん。

動画見たけど、個別スキルみたいなのがあって戦略的面白そうだよね。

どんな感じなのよ。キャラ何使ってるの?なんでそれ選んだの?

ってところからなんでAPEX始めたのか、なんではまってるのか聞いてみよう。

かに夢中になれるって、人生においてそんなにないからね。

で、人がゲームにはまる理由というかモチベーションが何かあるはず。

ひとまずマズロー欲求段階説が思いついたよ。

生理的欲は親の保護があるから満たされているかな。

塾に通わせる事ができるぐらいにはお金あるみたいだし。

食事とか睡眠とか排泄とかできてるか、まずはそこから

あ、うんこ漏らしてない?

次が安全欲求だ。

もしも両親から暴力を受けてるとか、両親が喧嘩してて家の中めちゃくちゃとか

安心して眠れない状況があるなら、ゲーム世界に逃げるのも悪くない。

夜の街を出歩くよりは、ゲーム世界のほうが安全かもしれない。

マンガアニメゲーム現実を忘れさせてくれる素晴らしいモノだ。

現実と戦えって言われるかもだけど、待つとか逃げるっていう戦略全然悪くない。

もしも君がそんな状況なら、君からゲームを取り上げるのは良くない気がする。

君のいる世界絶望的で、ゲーム世界希望であるならば、

今を生きのびるためにゲームをしてもいいと思う。

いつか大人世界の嵐が落ち着くのを待とう。

もしも何かアクションできるなら勇気を出して動こう。

できることがない、もしくは動かないほうがいいと思うなら、ゲームをやってじっと待とう。

受験勉強どころじゃないんだろ。

おじさんも仕事がうまく行っていないとき

家に帰ってから一人でひたすら桃鉄っていうゲームをやっていたよ。

最強クラスコンピューター3人相手100年期間で全物件制覇とかしてたよ。

桃太郎ランド買ったときには大人になったなあと思ったよ。

あ、おじさん話長いね

塾の先生はそれとなく家庭の状況を聞いてみるかなあ。

家のどこで勉強してるのとか。家族の仲とか。

解決できることは手を出せばいいし、

手に負えなければ専門家派遣しよう。

さてお次は社会欲求、愛の欲求かいうやつだ。

から愛されてるかいもしかして毒親っぽい?

成績良くないとクソ扱い?無償の愛ではなく条件付きの愛?

兄弟姉妹はいる?めっちゃ区別されてるなーとか思うところあるかい

って直接聞いても本人知らねーよなあ。で、変えられないよなぁ。

無条件で家族の一員として認められてると感じられないとかなりつらいもんがある。

もつるむ友達がいればまだなんとか踏みとどまれる。

部活はやってる?塾の友達はいる?もしかして孤独

家族の愛が厳しい場合は、この友達関係所属欲求の基盤になる。

たとえそれが不良グループであっても。孤独よりはマシだと思うよね。

いわゆる居場所ってやつだ。

生きていくのに自分の居場所食べ物安全の次に大切ってことだ。

で、この友達グループもうまくいかない場合がある。

みんな苦労すると思うけどスクールカースト的な。

女子グループとか大変そうだよね。

おじさんはあんまり友達付き合いが上手くなくて、孤独を感じることはよくあった。

中学修学旅行の班はクラスであまった3人だったぜ。

自分は一匹狼だと思ってたけど、ただのつまんないやつだったぜ。

けれど家族比較的いい人だったから救われたかな。

親がアウトドアな人で、週末はとにかくどこかに連れて行ってもらった。

夏はキャンプで、冬はスキーみたいな。

学校がつらくても週末があるから頑張れるみたいな。

こどもが学校でつらい思いしてる場合、親御さんは週末にどっか連れて行ってあげたらいいと思うの。

旅行しよう。家から出てどっか行くだけでこどもの幸福度ってすごい上がると思う。

で、所属欲求の話にもどるけど。

家庭が地獄友達もできん、そんな場合は、依存的な恋愛に向かう人もいるよね。

同性の友達いないけど恋人いるかハッピーみたいな。

でも結構危うくて、恋人がいなくなったら世界の終わりみたいになっちゃう。

すんごい束縛するか、ちょっとでもフラれそうになったら次を見つけて切れないようにするとか。

この所属欲求が満たされてて自立した人同士の恋愛はまあ安定してるけど、

満たされていない自立してない人同士の恋愛共依存になるよね。

所属欲求といえば、野球とかサッカー特定のチームの熱狂的なファンもこれに入りそうだよね。

場所の一つだと思う。これは話が長くなりそうだから広げない。

家庭が地獄友達ダメ恋人とかありえない、不良グループとか無理。

アニメマンガ世界しか自分の居場所が無いって、まあよくあるよね。

で、君はそれがゲームだったのかもしれない。

最近オンラインゲームは居場所になりうると思う。

もしかしてチームとかに入っている?いっつも一緒にプレイする廃人がいる?

社会人や大学生と一緒にプレイしている?まったり雑談とかしてる?

君がゲームにはまる要因が、所属欲求でAPEXがそれを満たしているのであれば

それはそれで居場所がみつかってよかったと思う。

現実世界と折り合いをつけながら心の居場所にすればいい。

学校や家庭がつらくても、APEXに帰ればいつもの仲間と最高の体験が待っている。

もしもここで君からゲームを取り上げたら、せっかく居心地のいい居場所がなくなってしまうよね。

それは君の人生においてつらいだろう。

急に家族と連絡取れない状況になったらつらい。こどもに会えないとかつらい。

受験終わるまで友達と話せないとかつらい。しか自分だけとか。

家族恋人友達関係といった居場所食べ物と見の安全の次に必要ものから

ゲーム世界の居場所も同じように尊重してあげるべきだ。

先生どうしましょ。もしその子にとって本当にAPEXしか場所がないのであれば、

ゲーム以外の現実世界に居場所を作ってみるのはどうでしょう

塾は家でも学校でもない第3のスペースだから、こどもにとってのスタバになれないかな。

親でも学校先生でもない数少ない大人に会える場所から

あと、eスポーツ塾っていうの始めちゃうか。

ゲーム依存は、やる時間コントロール出来ないのが問題かと。

家ではゲーム禁止ゲームするのは塾だけって決めるの。

そうすればこどもの場所にもなるし、ゲームできるし、

親はゲーム時間制限できるから安心だし、先生はきっと儲かるし。

権利関係は難しそうだけど、地域サッカーチームみたいに

地域ゲームチームがあってもいいと思うんだよね。

eスポーツJリーグの発展を真似しよう。

さて、君はどうするか。APEXが重要な居場所だというのはよくわかった。

まあでも高校という居場所も悪くないよ。

いやな先生とか気に入らない先輩とかいるかも知れないけど、

まあ少しは楽しいやつに出会えるかもしれない。

高校に行かずにAPEXを自分の居場所とするのも悪くないかもだけど、

場所が一つしか無いというのは実は不安定なんだ。

さっきの恋愛依存みたいな感じでさ。

APEXがチートだらけで過疎ったり、よく遊ぶメンバー卒業しちゃったり。

必死過ぎてもう君についていけないというかもしれない。

場所複数あったほうがいい。

え、家庭環境はいいし、友だちもいるし、恋人もいるし、リア充だけど。

先生何言ってるの?

ならば次の段階、承認欲求に話を進めよう。

夜遅いので、続きは明日書く。

2019-03-18

anond:20190318173503

数学証明とか、過程飛ばしたら失点になるの、普通に高校受験クラス必要になると思うよ。

習ってないのは証明問題勉強を、めんどいとかで飛ばしたんだろうな。

2019-03-16

思い溢れて言の葉になる

仕事で散々、テキストメッセージを送ってるのに、休みの日までブログかく。

まぁ、友達(一人しか)居ないので。

実家暮らしだけど、家族と口利いてないので(苦笑)

彼氏なんて言わずもがな

コーチという仕事柄、日々、チャットで励ましやほめ言葉を送っている。

なので、それが日常生活でも軽い弊害が出てきている気がする。

副業家庭教師でも、生徒をベタ褒め。

一問解いたら、すごいねぇ!よくできた!とまぁ、絶賛。

子供英会話じゃないんだけどなぁ。。

高校受験生を指導

まぁ、基本素直な生徒たちなので、うれしそうに真面目に取り組むようになったから良かったのかな?

相変わらず子供嫌いな私が、中高生とこんな接するとは思わなかったな。

必要に迫られると何でも出来るものだわ。。

でも、本当は超毒舌

見た目大人しくて真面目で優しそうに見られるけど、ハッキリものを言う(時は言う)。クールだし、口は悪め。

車を一人で運転してるときのぶち切れ具合は、ドラレコで撮られてたら一生表歩けないほどの酷さ。

おっさん、ふざけんなよ!」とか、普通に叫んでる。

(窓が閉まってるのは確認する小心者)

スケジュール管理スマホになって、1日この画面と向き合ってるのだけど、それでもブログに思いをタラタラ書かずにいられない。

寂しいのかな、私。

でも、人と関わるのは本当に疲れた

本当の自分、ここで出すだけ。

もしくは、車の中でだけなのかな(苦笑)

2019-03-03

失敗できない社会

うちの母はアパレル店員で、25の時にはもう支店長任される話が出てたらしいんだけど、その話を蹴って親父と結婚した。

親父はクソな中卒自営業で、最初はうまく行ったはずなのにコロコロ事業変えて借金地獄になった。

兄弟みんなの学費の為に貯めておいたお年玉も全て借金に消えた。

母には死んでも言えないけど、母が働きに行ってる時に親父の浮気相手が家に来たような記憶がある。

こんなクソ親父と居たからか、母はうつ病になって寝込み、心臓病患って、なんか肺に水溜まってやばい事になってた。

そのまま寝たきりの母と一緒に離婚してから暮らしてたけど、泣いて殴られるし、人見知りだから学校も辛かった。

生活保護受給して1年後、前より治安のマシな所に行ったけど、俺もおかしくなってて家にいたら母と喧嘩するのに家に引きこもってた。

母も医者と何か相談したのか、俺に関わらなくなって来て、頑張って学校には復帰した。それで高校受験も何とかなって大学も入れた。

離婚してから10年、自分人生離婚してからの方が長くなった。

親もちょっと抜けてて心配になる所はあるけど、家事もできるぐらいには復活した。

母の味はそんな変わってないと思うし、今の美味しいまま

ほぼ毎日掃除してるから部屋は常に綺麗で、床に埃とか見た事ない。絶対一人暮らししてる自分の部屋の方が汚いって断言できる。

大学卒業して、アパレル支店長候補になった、給料も30万行くかもってぐらいで

本人も根気があって、なんでもできる、実際に昔家計を支えてたのは母親だって言うぐらいなのに

人の為に戦って、10年病で倒れただけなのに、社会のレールから外れたせいで辛い人生を歩んでると思う。

役所自立支援に行って、とりあえずMOSを取らされたらしい(普通に難なく取ってた)

んで、働く所は食堂何だけど、話聞く限りじゃブラック職業に貴賎はないと思うけど、給料バイト程度だし、同僚の一方的な都合で仕事を負わされたりしてて可哀想だった

朝3時起きて出勤して、昼まで働く

働いた分だけ、保護費は引かれる(まあ申請したらある程度免除とかあるんだろうけど)

仮に正規雇用になっても、そんな労働環境じゃな...って感じだけど、40代後半で空白期間10年も空いてたらそう言う所しかないらしい。

倒れる前に働いてた会社は、母を買ってくれてるんだけど、その市にクソ親父が住んでるせいで生活保護受給者はその市に住めない。

すげえ遠くまで電車で行くってなると、結局労働環境は変わらない。

なんで人のために頑張った結果がこれなのかよく分からない。親はどうすれば幸せになれるんだろう。

俺も中二病の時は「大人同士の折り合いのなさのせい」とか言ってたけど、でもこれから地獄なの?

俺は大学に入って、悪くはない成績だけど、国公立って程賢い頭じゃないし(そのせいで今も自活がしんどい)凄いエライ企業英才教育のツワモノ共と戦える気がしない。

不登校でも独学して何とかなったけど、数学だけは独学じゃどうしようもなかった。

幸い要領と運だけは良かったから、高校大学数学で詰むような選択をしなかった。

けどSPIはマジの中学数学じゃん...一応インターン説明会で人事の人に気に入られて名刺メアドを頂いたり、バイト経験から正規雇用を狙ったり、詰まない策は講じてるけど正直まだまだ不安

勉強はしてるけどまだダメな気がする...

ちょっと話が逸れたけど、親の世話(できれば服屋をしたいって言う夢を叶えてあげたい)をできるぐらいの収入っていくらだろう?

社会人の皆さんはどれだけ稼いで、どう家族養ってる?どれだけ収入あれば安心だと思う?(そりゃあればあるだけいいと思うけど)

周囲にまともな大人がいなかったから、親がいくら稼いで子を養ってるのかも貯金額とかも分からん

初任給22万円あれば万々歳?30、40代で30万円代だとキツい?18万だったとしても大抵無駄遣いしなきゃ奨学金は返せると思う。

将来情報格差で身動き取れない子に情報を知らせる仕事がしたくてYahooとかniftyとか俺でも知ってる会社エントリーしたけどなんかダメそうだ

関西圏文系IT志望だけどどこか業界人しか知りそうにないところがあったらコッソリ教えて欲しい。絶対受けに行くから

2019-02-14

anond:20190214180405

共働きで忙しいか子供の面倒見たくない、反抗期の子高校受験勉強させるより小学生のうちに勉強させる方が

まだ素直に言う事聞いて楽だから、なんて放置親が増えてて

そういう親の子中学入って荒れるケースも多いと聞いた

anond:20190214174540

学区によるだろ。

でなければ高校受験して入る高校進学校存在しない事になってしまう。

転勤族なんかで中学受験できない子もいるし。

2019-02-05

DV被害を受けていた母親を責めてはいけないのか

虐待されていた女の子が亡くなった事件で、DV被害を受けていたと言われる母親逮捕された。

「一人で子供を産み落とし、育てきれなかった母親逮捕され、往々にしてその相手は罪に問われないのに対し、

 なぜ直接の加害者である父親逮捕された上に、DV被害を受けていた母親逮捕されなければならないのか」

というような言説を見かけて、第三者的な私は確かにそうだなと思った。

DV被害を受けている中で、正常な思考が奪われているのだから、それは咎められない。

しかし一方で、被虐児としての私は、私の母親を責める気持ちを持ち続けている。

そもそもなぜあんな人と結婚したのか、婚姻生活継続したのか、途中逃げ出せたのになぜ逃げなかったのか。

私が過去に傷ついた分(かそれ以上)のpaybackは受けてほしい。

私は、大学で親元を離れるまでの間、父親から軽度の虐待を受けていたと思う。

「軽度」というのは、私が今日まで生きていられていることと、私よりひどい虐待を受けていた人がいるであろうことから飾り言葉としてつけただけであって、虐待の内容の軽重比べの意味ではない。

虐待を受けていた。」と言い切れないのは、両親の認識として、そして私の自認としても、ある時期まではそれらが「しつけ」であったからで、

また、私の中に今も尚あれらの経験を「虐待」と指してよいのかどうかという逡巡が多少なりとも残っているかである

それに、彼らが私に教育というものプレゼントしようとしてくれた事実自体には感謝しているのもある。

(ただ、彼らが私に授けたその教育のおかげで、私がそれらの経験が「虐待であるかもしれないことに気づけたのは、多少皮肉なことかもしれない。)

私の家庭は貧しかった上、母親も、父から今日で言うところの経済DVを受けていたし、連絡先は消され、友人との付き合いは禁止で、故郷からはるか離れた義理実家の近くで結婚以来何十年も暮らし地元に帰れるのは4,5年に1度であって、私の出来が悪いと言ってはお前のせいだと咎められ、夫婦喧嘩ときには青あざを作っていた。そういえば、確かに父親も外面はいい人であった。

重ね合わせてみれば存外似ている。

私は幼心に「それはおかしいし、なぜ別れないのか」と思っていて、小学4年の頃には母親父親の異常性を指摘したし、中学2年のある日「離婚を考えている」と言われた時にはいつ別れるのだろうかとわくわくした。結局その日は来ないまま今日に至るのだが。

そして、もしどうしても我慢できなくなったら、自分児童相談所に通告しようと思っていた私は、通告しないまま大人になった。

彼女がどうして、ダメな夫と別れられなかったのかというと、それは彼女に「完璧な私」と「完璧な家庭」と「完璧子供」という理想プライドがあったからで、反面、彼女には教養リテラシーもなかったかである

高校受験センター試験二次試験もすべて自分で準備した。母に少しは調べてほしいと依頼したが、彼女は何一つしなかった。「完璧子供」はそれくらい一人でできて当たり前であるし、「完璧な私」は何もしなくてよいのである

オープンキャンパス中に開催された高校生限定イベントに参加するため、喫茶店で待っていてと私が頼んだ待ち時間の2時間を、彼女コーヒー代の600円を節約するために炎天下の下で待ち、熱射病にかかり600円以上を無駄にした。

彼女子供学歴親族に吹聴する反面、子供の傷跡については誰にも相談しなかった。

もし仮に何かあったとき彼女を助けてくれる親族母親はいたが、私には父親母親しかいなかった。

当時、母は目の届く範囲では私をかばってくれたし、父親がいないところではよくしてくれた。それには心から感謝している。

でも、最終的には私が私を救うしかなかった。私が、私を救うために、家族との連絡を絶つということを含む、すべての選択責任を持って行って、今日まで生きながらえてきた。

大学で家から離れた私は、実家から遠いところで日々幸せ暮らしている。

ライトに言っても父親への恨みは根深いし、母親への軽蔑気持ちも心の底に澱としてたまっている。

当然ある種被害である母親への同情の気持ちはあるが、今のところ、彼女咎め気持ちが止んだことはない。

2019-01-27

知り合いがクリエイチブな仕事についたからボクチンも負けたくない!

何かないですか?

趣味インターネットテレビゲーム

人生の全盛期は高校受験の全国模試で一度だけ理科偏差値70出したときです。

2019-01-24

育児ボーナス系の家庭で育った話

例の育児ボーナスのやつ、自分がああいう家庭の子供だったからすごくしんどい

その家庭ごとに幸せがあるし、私は切り取ったライン部分しか知らないから、

あのご夫婦幸せならそれでいいと思うけど、同じくあのラインしか見ていない蚊帳の外

人たちが絶賛してるのが意味分かんなかった。

女性人権云々というより、支配が怖いと思った。

普通に予定もあると思うんだけど、

明日から3日予定変わります育児以外暇だよね!対応出来るでしょ!

っていうのが非常にしんどい。

事前に言って欲しいって言ってる人にサプライズ苦手ですか?

って聞いている人がいたけど、個人的相手の都合を全く考えていないのは

サプライズでも何でもないのでは?と思ってしまう。

私はそういう、自分(父)以外は全員暇で予定を合わせられると思っている家庭で

育って、サプライズ(というより突発的に自分がしたくなる)、自営業

自由に休めるし結構稼いでいたから、規模もいちいちデカかった。

来週から1週間ハワイ行くぞ!行きたがってただろ!部活

そんなの休め!大学も休め!受験?じゃあ受験終わったら、

そのまま空港来い!荷物は俺が空港に全部持ってく!

っていう感じで、私は旅行と重なる日に提出しないと、進級できないのに

(事前に提出が出来ないもの葬式ということで事前に提出して、

弟は高校受験会場からそのまま空港に向かった。

普通に断れよって思うだろうけど、モラハラ家庭で育つと

それが出来ない。

断ったら何されるか分からいから。

学費を止められたら進級できても通えないし

了承するまで、ずっと怒鳴り散らされて、

うつろな目で了承するしか道がなった。

話は戻るけど、今回のもそういう可能性は結構あると思うんだよね。

美容院?予約が一杯だし無理だよ~、

ママ友とつきあいランチがあるの...とか

子供幼稚園とかだったら役員会議とかも結構頻繁に開かれたりするし。

勿論、常日頃からコミュニケーションが密に取れてて、

明日明後日の予定も全て把握したうえでサプライズ可能性も十分ある。

それに、思い通りに行かなくてもそっか。で済む夫ならそれでいいと思う。

私の育った環境くそ過ぎかつ、相手の出方を被害妄想かっていう方向で

想像してるから、あのご夫婦ではなくて自分トラウマ勝手に蘇っただけだから

そこはほんとに申し訳ない。

ただ、年始子供ファミレスに連れて行こうとして、

菌が心配からって断ったら、「お前のそーいうとこな」って

文句言われて、旦那子供のことも何も考えてない!!!って、

ツイートがバズったばかりなのに、「俺もさみしいし」の枕詞がついたら、

このくそ寒いイチゴ狩りに行くのは可愛くてキュンとするっていう反応に

なるのが、最高に気持ち悪かった。

2019-01-19

anond:20190119220809

高校受験の時に読点多いって指摘されたのを思い出すわあ。

ぶっちゃけ元増田東大語るレベルの知能に見えない文章

センター試験とか受験など、いわゆる普通高校大学受験というものを受けたことないので、毎年なんでそんなに世間的に騒ぐのかあまりピンと来ない。

多分その「センター試験とやらに合格すれば入学できる」という部分までは分かるけど、センター試験のものがあまり分かってない。

かく言う私は色々な事情により通信制高校しか行ってなくて、言わずもがな頭悪い方ではあるんだけども恥ずかしい話、根本的に大学入学する方法を知らない。

私が高校入学する時にやったテストは、普通高校受験受けている人や世間的にみれば特殊で、簡易的なテストだったので世の中の受験生が受けている苦労は分からない。

この時期になって、試験日間違えたり合格点に届かなくて受験に失敗し、荒れる人もいれば場合によっては自殺する人もいるけど、そこまで人生かかっている事なのか…?

2019-01-16

たぶん受験に落ちる。センター三日前にこんなん書いてる時点でお察しだが、まあ第一志望の国立には落ちるし、滑り止めの私立だって今の私じゃあつるつる滑って止まらない気がする。受験に、落ちる。

思えば受験に落ちまくっている。中学受験高校受験も見事に落ち、さらには大学受験にも落ちるとなるとさすがの親も腹に据えかねるものがあるのか「第一志望に受からなかったら学費以外の援助はしない。ことによったら学費自分で払ってもらう」との申し出があった。さもありなん。これだけの失敗をしておきながら1ミリ努力しない子供に出す金はないと思う。

なんというか、今まで徹頭徹尾努力できたことがない。やった方がいいのは当たり前だし、努力して何かを成し遂げた人たちは凄い輝いてみえる。そうなりたいと思う。でも努力できない。できないじゃなくて努力しないだ。すぐ楽な方に逃げてしまう。山積みになったやるべきタスクを目の前にしながら他の楽しいこと、具体的には文章を書くとか、そういうものに手を出してしまう。タスクがない時は文章を書くのもめんどくさくなってもっと受動的な楽しさに逃げる。YouTubeニコニコ動画で日が暮れる。

家畜に産まれてくるべきだったと思う。家畜価値は肉にあるので生きているだけでいい。どうして屠殺してくれる人もいないのに今私は人間なんだろう

受験に落ちる。受験に落ちる。受験に落ちる。ああいやだ

そうだ嫌いな奴がいる。以下Kとする。Kはすごく勉強ができて何でも分かったふうな口を聞いてそして見た目がいい。たぶん人間として1番見た目がいい季節にいる。なにもかもすらっとしている。ぶるっぶるの肉の塊の私とは大違いだ。Kは頭のいい大学を受ける。多分受かると思う。傍目から見ても努力しているし、何より頭がいい。私とは何もかも違う。Kは私にないもの全部を持っている。何でも分かったふうな口を聞くのは何でも分かっているからだ。私と目が会った瞬間に私の外面の醜さも内側の醜さも分かるんだろう。だから私はKを神様のように恐れているのにKは私をゴミクズほどにも思っていない。だから嫌いだ。大嫌い。ぶん殴りたい。いつかぶん殴る。

生きなきゃいけない。大学に落ちてもクズでも家畜でも地獄でもブスでも頭が悪くても屠殺してくれる人なんかいいから生きなきゃいけない。まずはセンター試験だ。あーあやだな

2019-01-14

数学勉強の仕方を教えて

今年度の第二期から放送大学情報コース入学した。

基盤課目の「初歩から数学」を取ってみたら全然からない。中身は高校数学なんだけど全く覚えていない。解説を聞いても分からない。

教える気があるのか無いのかわからない講師解説や、たまに出てきて例えになってない例えで余計混乱させる補足説明をするアシスタント等、授業の内容にも問題がある気がするけども一番の問題自分数学勉強の仕方が分からない、ということ。

今までの小中高通して宿題以外の家庭勉強したこともなく、高校受験すら勉強しなかった自分勉強の仕方というものが全く分からないのですよ。

今月末の認定試験は落ちる。選択式だから運が良ければ受かるかもしれないけど、5択っぽいのでその可能性もかなり低い。

今回落ちても次期1度だけ再試験が出来るようなので、次に懸けたいと思ってる。なんとかして単位が欲しい。

なのでみなさん、オススメ数学勉強の仕方を教えて。いい感じのYoutubeチャンネルとか、いい感じの問題集とかも教えて。今更訊くな、とかの罵倒はやめて。

最悪、1年後にもう一回チャレンジとかも考えてるから長期線の勉強の仕方でもいいよ!

2019-01-07

京大受験などの思い出

私も自分語りマンする。

[中学受験]

兄弟中学受験していたのと、当時わたし結構賢かったので母親の薦めで小5から塾に通い始めた。

小学校ではお勉強ができることで馬鹿にされているように感じることが度々あったけど、塾だと「勉強ができる=すごい」という価値観カルチャーショックを受けた。頭がいい人は性格が悪いみたいな偏見あるけど、勉強についていけなくなったらだんだん性格が良くなるの?そんなわけない。

小学校担任先生がお塾(笑)とかお受験(笑)とか言ってたせいか同級生から「受検頑張ってね(笑)」って書いてある年賀状をもらった。

第一志望はA判定しかもらったことがなくてあまり病まなかったけど、早く2月が来てくれ、全部終わってくれ、と思っていたことは覚えている。

受けたとこは全部受かって、地元国立大付属校に進んだ。

[高校受験]

内部進学だったのでなかったようなもん。

[大学受験]

周りに京大東大を目指す人が多かったのと、実家を早く出たかったのもあって(母が若干過干渉だったと思う)、京大を目指すことにした。

東大を目指さなかったのは、進振り不安だったのと、自由英作文が圧倒的に書けなかったのと(文才がない)、関西のほうが地元から近くてなんとなく親近感があったから。

それまで悩みがないのが悩み、みたいな人間だったのに一気に病んだ。模試は一番良くてC判定、だいたいDかE判定だった。受からないと思ってるのに一縷の望みにかけて頑張り続けないといけないのがつらかった。

[その後]

なんとか現役で合格したものの、結局大学あんまり勉強しなかった(留年もした)。大学でやりたいこと考えてから受験勉強するべきだったよな~という感じ。京大キャリアサポートルームの「留年しても病まないで」みたいなコラムちょっと前に話題になってたけど、入学してからずっと無気力、とか、病んでるから留年した人のほうが多いんじゃないかと思う。

結局、研究室に入ってから初めて試験勉強以外の勉強をしたし、その時点で身に付いているべき基礎知識がすっぽり抜けてることをめちゃくちゃ後悔した。(特に統計英語!!)

京大の良くないところはそんなに勉強しなくても卒業できることであるよ。自由ってことは全部自分責任ってことだもんね、、大学は悪くないぞ☺

高学歴を持っていることよりも、主体的自分の進路を選択してきたかのほうが圧倒的に大事だと思うし、私もこれからはがんばる。

2019-01-03

文教大学までの受験の思い出

私は高校中退のあと大検を取って、二浪してたまたま受かった文教大学に入りました。

高校受験

ADHDの症状のためかなんなのか自宅ではまるで勉強ができず、三年間で家でやったのは県立高校過去問だけ。

ただ知能テスト?の結果は学年で一番とかだったので授業態度や提出物等はボロボロものの、なんとか偏差値60ぐらいの県立高校入学

最近親に「勉強のやり方がわからなかった」という話をしたら、どうも話が噛み合わないのでよくよく聞いてみると塾とかで丁寧に指導してもらえばもっとできたのではと思っていたらしく、「いやいや毎日コツコツ机に向かって勉強するっていうのができなかったんだよ」と言ったら少し驚いていた。

そんなんで入った高校適応できるはずもなく1年で中退大検予備校には通うもまたもや家では過去問だけをやってなんとか合格

大学受験

しか大学はそう甘くはなかった。現役の年齢では手も足もでず、一浪するも全滅。親から圧力とかの恐怖心もあって予備校に通う電車の中で「試験にでる英単語」だけはやり、例によって赤本アタック

正直もう体力も精神力限界に近かったが、5校受けた中で「こりゃダメだな」と思った文教大学情報学部になぜか受かっていた。合格発表も見に行けず家でゴロゴロしていたのだが、親が「大学から何か来てるわよ」というので見てみたら、入学書類だった。

最後に】

運かなぁ。

北大までの受験の思い出

https://anond.hatelabo.jp/20190102063518

こういった大学の話になると、全く登場しないことで(自分の中だけで)お馴染みの北海道大学。きっと旧帝大の中では人権が与えられていないので遠慮しているのだろう。

ということで、帰省したものの朝まで寝付けなかった私が、タバコを吸いながら書いてみようと思う。完全なる自分語りとなることを許して欲しい。

中学時代

まれも育ちも北海道だったため、なんて事のない普通の市立中学に通っていた。しかしながら、赤ん坊の頃に白内症を患い、日中殆ど目が見えず、親譲りの喘息と、アトピー性皮膚炎まで完備という、キャラメイク時のステ振りダイスが完全にファンブルっていたため、集団の中では嫌でも浮く存在になっていた。

自然光の中ではほぼ目が見えないので、通学途中に普通電柱にぶつかったりするし、体育の授業でサッカーなんてやろうものならゴールポストにぶつかったりするし、10cmくらいまで近寄らないと顔も判別できないしで、他の人から見ればどう考えても頭のおかしいやつに見えたことだろう。当然ながらいじめもあった。小学生から中学2年生くらいまでが人生で一番きつかった(しか小学生6年の時に面白キャラへの展望見出し、そのおかげで幸運にも友達もいた)。

目が見えない道中はひたすら脳内イメージを描いて妄想していた記憶がある。

そんか日々の妄想のおかげか、何故か文章能力だけはあったようで、小学生の頃書いたなんかの感想文が先生の心を打って、私に内緒で突然全文プリント掲載されたり、中学の頃書いた読書感想文では国語先生から普段から小説書いたりしているの?」などと言われていたので、自分は将来文字を書いて生きていくことになるのかと思っていた。

そんな私の勉強法はというと、まず白地のノートが見えない(日中は黒板も見えない)ので、一度だけ集中して読み込んで、短期間で暗記することにしていた。なんの参考にもならなくてすまんな。人工光の中ではなんとか目が見えていたので、普通テスト勉強などはした。

そして同じく人工光の塊であるテレビゲームが私の心の支えであった。喘息がひどくなっても、ゲームに集中していれば、なんとか発作をやり過ごすことが出来た。

ちなみに目は中学3年のときに手術を受けて人並みに見えるようになった。病院から帰る車中で見た、生まれて初めての鮮やかな景色の衝撃は今でも覚えている。

また、小学生の時から通っていた塾で出会った女の子のことを、中学から高校の終わり頃まで片思いするハメになるのだが、その子は頭が良く、とてもレベルの高い高校を志望していた。その子に出来る限り近づきたくて、志望校は少し無理をして高い所を目指したが落ち、このあたりからいよいよ根暗ロードへの扉が開いていく。

高校時代

滑り止めで受けた私立高校入学する。

特待生だったので格安で通えるという理由だけで選び、格安で通える以外何も良いことは無かった。

例の好きな子のことはいまだに好きで、その子と話すためだけに塾を続けていた。高校二年生の時に人生で唯一告白されたときも、好きな子が居るからという理由で断った。その子北海道のどこか偏差値の高い大学を受けるらしいということだけは耳にしていたため、その子との関係を続けたいがために、北大を目指した。というのは嘘だ。

実際のところは、高校受験に落ちたショックで完全に無気力になっていた。自分は何をやってもダメなんだと考えるようになっていた。物理化学テスト偏差値は当時30とかで、今思えば大学に行けるかどうかも怪しかった。特に行きたい大学も無かったし、先生からも見放されていた。

勉強に本腰を入れたのは高校三年の夏休みの終わり頃だったと思う。いよいよ将来を考えるという時期になった時、私は自分の心を支えてくれたゲームを作る側になりたいという気持ちが強くなったのだ。

そして、ゲームを作るのにはプログラム必要だということを知り、情報工学系の大学に行きたいと考えるようになった。

そのことを塾の先生相談したら、何をするにせよ基礎的な学問を学んだ方が良い、そのためには良い設備のある良い大学に行くべきだと言われ、東工大電通大に行きたいと考えるようになった。

そこから毎日塾でセンター問題を解きまくった。学校の授業中も全て無視してひたすらセンター問題を解き、過去に参加した模試を何度も何度も繰り返した。

偏差値が最低のところからスタートしたのが、結果的に功を奏した。模試過去問を繰り返すたびに必ず少しずつ点数が増えた。これが凄く面白くて、そこに自分ゲーム性を見出したのだと思う。

また、過去問を解くのに使ったルーズリーフを捨てずに毎日積み上げることにしていた。そこもゲーム化しようと思ったのだ。結果的に、自分のやったことがルーズリーフの山という形で可視化されて、それがモチベーション維持に繋がった。

そして願書を出す直前に受けたセンター模試でかなり良い結果を出し、今まで私のことは眼中に無かった担当教師も興味を示し始めた。

しかし流石に東工大には手も足も出ないだろうと思っていたので、前期も後期も電通大を受けようと思っていた。しかし件の教師にそれを伝えると、前期は北大情報工学系を受けてはどうだろうかと勧められた。

かくして私は北大生になることが出来たのであった。

当時を振り返ると、理系志望者ながら国語英語が得意だったため、センター対策二次試験対策勉強時間の配分を理系教科だけにほぼ全振りできたのが良かったと思う。

【その後】

その後は紆余曲折あって、現在ゲーム関係仕事をしている。

ちなみに好きだった子には高校三年の時に告白したが振られた。人生とはプラマイゼロだなあと思う日々である

完全に自分語り過ぎて草も生えないが、そういう人生もあるということで、どうかひとつ大目に見ていただけると。

2018-12-11

東大に入るまで

なんか東大入るまでを書いたクソ長い記事がバズってるみたいなので自分も思い出して書く。ちなみに理Ⅰ現役。何年前かは秘密

一応小学生の頃から東大に行くと決めていたと思う。父親東大出身で、ずっと「親に負けるのだけは我慢できん」と思っていて、じゃあとりあえず東大に行くしかないなと。最初は塾に行かず家で市販の教材で勉強してたけど、頼み込んで東大生の家庭教師を付けてもらった。その先生から大学生活について聞かされて、楽しそうだしやっぱり東大行きたいと思ったのをよく覚えている。

中1から高校受験のために塾に通い出した。中学の授業はとことん肌に合わなくて(テストでどんなに良い点をとっても、蛍光ペンで綺麗なノートを作ってる女子に成績で絶対に勝てないと気づいてすっかりやる気を無くした)、比較システマチックに進む塾の講義が楽しくて仕方なかった。ただ、不安障害みたいになってしまって、途中から心療内科に通うようになってしまった。でも勉強を辛いと思ったことは無かった気がする。どの教科も楽しかった。

高校受験疲弊したので高1のはじめの頃はダラダラしていたんだけど、3ヶ月くらい経ってこのままだと堕落すると怖くなって、また塾に通いだした。ここも比較的肌に合った。同じ塾に通っている同級生自然ライバル関係になるので、塾の宿題以外にも勝手勉強していた気がする。ただ、勉強時間楽しい教科(数物化)にどんどん集中していってしまって、苦手教科をカバーするために高3で別の塾にも通い出した。今にして思えば親の金に頼りすぎていた。古文勉強苦痛しかたなくて、2次試験で落ちることよりもセンター試験国語のせいで足切りされることのほうが怖かった。

振り返ると、親に行かされた塾というのは一つも無いので、その点では自主性があったのかなと思う。行きたい塾は全部自分資料を集めて決めた。ただ、塾で勉強するのに慣れすぎて、大学入ってしばらくは勉強スタイル矯正するのに苦労した。当然ながら大学講義と近いのは塾の授業ではなく高校の授業なのだなと思った。中学の延長で高校の授業もどうせ碌でもないと決めてかかっていたところがあったけど、真面目に受けていれば楽しかったに違いないと今では思う。

親の金で苦労せずに東大に入ったとまでは思わないけれども、独学の人よりは楽をしていたという自覚はある。塾によって勉強のペースが良くコントロールされていたので、自分で長期的な計画を立てて学習するという能力が中高で培われなかったとも思う。

家庭環境に相当恵まれていたのは間違いないだろうけど、環境の面で一番重要だったのは、勉学で張り合える同級生が常に身近に居たこなのだろうなという感じ。

2018-11-20

この前の初耳学

『子の学力母親から遺伝し、衝動攻撃性は父親から遺伝する』という研究結果が紹介されていて、昔のことを色々思い出してしまった。誰にも言えないのでここに吐かせてもらう。

うちの父は母に暴力をふるっていた。食器ガンガン投げて、朝台所に行くと母が泣きながら破片だらけの床を掃除していることが何度もあった。

一番忘れられないのは、私が小学校低学年のとき

テレビに夢中になっていて、「早くお風呂に入りなさい」と言う母に、もうちょっと観てから入る!と言い、お風呂時間が遅くなってしまった。私がお風呂に入ると同時ぐらいに父が帰ってきたのだが、なぜか激怒。怒りの矛先は母へ。

「なんで早く風呂に入らせないんだ!」

母を蹴る音と、痛いと叫ぶ母の声を浴室でちぢこまって聞いていた。

しかも私は、お父さんが怖かったのと自分のせいでお母さんが痛い目に合っているのが申し訳なくて、お母さんに声をかけることができず、お風呂から出たあと小走りで寝室に逃げた。床に座り、泣きながら蹴られた箇所をさすっている母の背中が今も焼き付いている。

あの時「大丈夫?」と声をかけていれば、母は少しは救われただろうか。勇気をだして父に立ち向かっていれば、何か変わっていただろうか。まだ10歳にもならない私には、見て見ぬふりをして逃げるのが精一杯だった。

数年後父は出ていくのだが、出ていったあとは母が怖かった。

教育ママで、言う通りにしなければ怒る。

宿題参考書を解いてるときは横に張りつき。解いてる途中でも、少しでも違っていれば頭をはたかれる。

怒られてる時は一切口答えできない。ただ泣いて我慢するしかなかった。怒りながらテーブルガンガン叩いているのが恐怖だった。物が飛んでくることもしょっちゅうだった。母へプレゼントしたコップが飛んできた時は凹んだ。

高校受験前は、ありがたくも塾に通わせてもらってたんだけど、志望校には落ちてしまった。「この金食い虫が」と言われた。

土下座して滑り止めの高校入学させてもらった。「資格をたくさん取ってたくさん勉強します」と念書も書かされた。

「お母さんは、よその着飾っている母親たちとは違う」「お母さんは、あなたよりもあなたのことを知っている。だからお母さんの言うことを聞きなさい」が口癖。

高校に上がると私は反抗する術を覚えた。口では勝てないので私も物に当たるようになった。この破壊行動は、20代に入り就職実家を出る頃まで続く。母は自分に都合の悪いことは知らぬ存ぜぬを貫く人で、話し合いで解決したことひとつもない。

話が通じないから物に当たることしかできず、ガラスを何枚も割り、扇風機や障子も躊躇なく投げた。

物を破壊しても満足できなければ、母を張り倒した。

母なんて死ねばいいと本気で思っていた。そのうち本当に殺してしまうんじゃないか自分が怖くなるときもあった。

あれから幾年。私は30代に入り、母はとっくに還暦を過ぎた。母はだいぶ丸くなったが、私は未だに母の前では笑えない。丸くなったといっても、私の就職先にケチをつけたり頼んでもないのに転職先をリストアップしてくるから本質は変わっていないと思う。

父の消息は知らない。高校卒業時、親戚の計らいで私とだけ再会したことがあったが、その後お金をせびられたので連絡を絶った。

母は、父から暴力を受けていたことは覚えていないという。私に吐いた暴言も、覚えていないと言う。

周りからは「女手一つで大学まで行かせてくれたんだから」「留学もさせてくれたんだから」「今は丸くなってるんだから」親を大事しろと言われる。

でも、大人になった今でも、忘れられない。

母に叩かれていたこと。

友達の家に遊びに行く度に、友達の家に「遊ぶな帰ってこい」と電話をかけてきたこと。

金食い虫と言われたこと。

土下座させられたこと。

反論するたびに出ていけと言われたこ

学校を辞めさせると脅されたこと。

辛かったことを伝える度に、私がそんなことを言うわけないと否定されつづけたこと。

かに助けてほしかったけど、誰にも言えなかったこと。

父に蹴られる母の泣き声と破片だらけの床。

「産んでくれたから」「学費を出してくれたから」ぜんぶ忘れて、水に流して、優しくしなければいけないのだろうか。

こういった、俗に言う辛い過去を抱える人は今は成功して幸せになりがちだと思うのだが、私は平々凡々。むしろパワハラ上司に負けて会社を辞めてニートまっしぐらだ。唯一の救いは、こんな私を見捨てないでくれている彼氏と、飼い猫が私にはもったいないぐらい可愛いことぐらいだ。いやそれで十分なんだけど。

から、初耳学のあの発表を見て、封印していた黒くてドロドロしたものが溢れ出てしまった。

いつか父のように暴力をふるってしまうのだろうか。

お金にだらしなくなってしまうのだろうか。

母のように、言ったことを「言ってない」と言い張り相手を混乱させてしまうのだろうか。

それとも母やみんなの言う通り、私は金食い虫で、一人っ子から甘くて、事実じゃないことばかり言っていて、親不孝なのだろうか。

2018-11-13

昔、飼ってた鳥を殺虫剤で殺したことがある

これは僕が中学生の頃の話なんだけど、なんか知らないけど母親がいきなり鳥を飼ってきたんだよね。

まぁテレビでも見て飼いたくなったんでしょうね。

種類は思い出せないけど、手のひらサイズ灰色の毛にオレンジの嘴が印象的な鳥だったな。

飼う飼わないはどうでもいいんだけど、高校受験を控えた僕の部屋の勉強机の隣に置くのよ。

四六時中ピーチクパーチク鳴く鳥を。動物園ほどじゃないけどいろいろ臭う鳥を。

そんで鳥の世話という名目勝手に僕の部屋に入ってくるし。

文句言ってどかせばいいんだけど、当時は母親に苦情とか言えなかったな。

ひと言でいえば毒親だったんだよな。それは父親もだけど。

なんか文句言って機嫌を悪くすれば、家事を全部放り出すし、不機嫌全開で家の空気悪くするし。

しばらく我慢してたけど、高校受験も近づいてプレッシャーが積み重なっていくうちについに我慢できなくなった。

でも我慢できなくなっても何もできることが無いんだよな。鳥を黙らせることなんかできないし、別の場所に移動することもできない。

から鳥が鳴くたびにスプレータイプ殺虫剤をかけていた。殺虫剤をかけると一時的だけど静かになるんだ。

そんなことを続けて3か月ぐらいかな、衰弱死した。

母親が先に気付いて、僕が学校から帰ってくると鳥かごの前にいて、散々僕をなじった。

殺虫剤臭いに気付いて、僕が何をしたかわかったらしい。

なんかえらく泣いてたね。よっぽど鳥のことが大事だったんだろうね。

なんだか僕はその時どういう気持ちでいたのかあんまり覚えてないんだ。

母親になじられて叱られて、母親申し訳ないと思ったのか、それとも鳥に対して申し訳ないと思ったのか。

あるいは僕の中学受験とかを軽視してただ自分の飼い鳥のことしか考えてない母親が憎かったのか。

ただ、鳥が死んで悲しかったのは確かだった。

自分で殺しておいておかしいかもしれないけど、悲しかった。

殺してしま申し訳ないという気持ちはあった。

それで、まぁ中学生のやることだからお馬鹿なんだけど、自分の口の中に殺虫剤スプレーしまくってたんだよね。

懺悔なのかなんなのか。よく考えればおかしい気もするなぁ。

この件、誰が悪いんだろう。

なんか今急に口の中が苦く感じて、あの時の殺虫剤の味をちょっと思い出したので書いた。

2018-11-06

しあわせってなんだろう

しあわせってなんだろう。

幸せなんて主観的ものしかいから、先程の問の答えや定義は人によりけりっていうところなのだろうけど。

最近自分果たして幸せなのか?と考えることが増えた。

24歳。

周りには家庭を持っている人もいれば、学生として研究に勤しむ人もいる。働いている人も多くいるし、働き方だって様々。職種も様々。

わたしが生まれ育ったのは、とある地方都市ベッドタウン。小さなショッピングセンターはあるものの、特にそれ以外は何も無い。家がある住宅街を抜けると、田んぼと山に囲まれ田舎景色が広がっている。

子育てをするにはとても良い環境だったと思うし、実際、たくさんの子育て世代がこの住宅街に夢のマイホームを建てて移り住んでいた。

突然だが、人生とは選択連続である、という言葉がある。(byシェイクスピア)

当たり前のことではあるが、成長とともに選択肢は増える。

特にわたしたちのようや田舎で育った者にとっては、なおさらそうだろう。私立小学校中学校だなんて周りになかったし、車がないと駅にもたどり着けないような地域なので、ほとんど全員が地元幼稚園小学校中学校、と、同じルートを辿る(もちろん受験をしてみたり、別のルートを歩む人は少なからずいたが)。

わたしにとっての初めての大きな分岐点高校受験であったと思う。

田舎にちょっぴりコンプレックスを抱いていたわたしは、都市部位置するという理由だけで、この辺で1番の進学校に進んだ。

わたしは決して頭の回転がいい訳では無いが、昔から記憶力がとてもよかった。

おかげで普段は全く勉強をしない不真面目な学生だったわたしだが、テスト前の詰め込みだけでそこそこ学年でも上の方の成績を維持しており、高校受験もなんなくクリア出来た。

高校勉強漬けの日々だった。

地方進学校特有の、地元国立大学(A大学とする)を神聖視し、それはそれは宗教のように、「目指せ!A大学!」と朝から晩まで勉強に励む生徒達。

わたし多数派から外れることがとても怖かった。いつも一緒に行動していた友人達はみなA大学を志望しており、わたしも当たり前のように、なんの疑問も感じずにA大学を志望し、死ぬほど勉強した。

特に将来やりたいこともなく、母親から、「今の時代は女でも資格を持っていないと」と言われたので、特に何も考えず資格が取れる専門的な学部受験した。

死ぬほど勉強した甲斐あって、ストレート合格し、進学をすることができた。

周りの大人たち、親戚たちからは、優秀ね、親孝行ね、などといつも褒められたし、親もとてもわたしの進学を喜んでくれていた。

大学では、それなりにキャンパスライフを楽しむことができたので、専門的な学部だったため、他の学部のように授業をサボってみたり、全休作ってみたり、そんなことは一切出来なかったし、なにより実習が死ぬほどきつかった。

大学生にもなると、仲の良かった同級生たちは皆SNSをやっていた。

この頃から自分選択が正しかったのか、自分に問いかけることが増えてきた気がする。

関東私大に進学した友人はいつもオシャレなカフェインスタグラムにあげていたし、同じ大学に通いながらも全休をたくさん作って遊び呆けてる友人、地元高校勉強はあまりせずに恋愛満喫して専門学校に進学し彼氏ラブラブな友人、夜の仕事をしながら華やかな世界で生きる友人、

所詮全てSNSしか知ることは出来なかったので、切り取られたほんの1部だったのだろうが、やっぱり隣の芝生って青い。

みんなそれぞれ、たくさんの選択肢を選んできた結果として、様々な人生を歩んでいた。

大学卒業した後、わたしは今、地元公務員として働いている。

安定した職もあるし、高給取りではないけれど、実家暮らしのため、そこそこ自由に使えるお金もあり、趣味満喫している。友人もいる。誰もが注目するほどの美人ではないけれど、絶望するほどのブスでもない。

過去自分に会うことが出来て、未来から何かを伝えるという漫画みたいな経験ができるのであれば、もっといろんな選択肢があるってことに気づかせてあげたい。

子どもが欲しい。わたしも早く家庭を築きたい。もっとクワクするような仕事がしたい。素敵な彼氏ラブラブしたい。

華やかな世界に生きたい。都会に出たい。

どれも全然から選べる道だとは思う。

しかし、わたしにはこの安定したレールから脱線する勇気がない。

もっと勉強しなくて良い学校に通って毎日遊んでバイトして過ごした方が楽しかたかな?自分探しの旅に出てみてもよかったかな?たくさん男の人と遊んでたら、いい人見つけてもう結婚できてたかな?

わたしは今幸せなのかな?

もっと幸せ人生ってあったのかな?

この選択肢を選んできた自分人生以外の人生を歩むことは出来ないので、どの選択肢を選ぶのが正解だったかなんて今更わからないけれど。

今日わたしはいつも通り、実家リビングゴロゴロしながら、ツムツムのハート回復するのを待ちながら、この記事を書いた。

何が言いたいかさっぱりわからなくなったが、自分の言いたいことをつらつらと書いてみた。共感してくれる人も、贅沢なやつだと反論的な考えを持つ人もいるだろうが、暇を持て余した1人の24歳女の戯言としてさらっと流してくれたらうれしい。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

2018-10-23

生きるのってしんどいよな

子供作るのにイチイチ生涯年収計算したりお互いの職歴とか恋愛とか家族付き合いとか老後とか政治とか職場関係とかキャリアとか

子供ができたらできたで出産育児保育園お受験小学校雑務いじめられてない・いじめてないか監視、飯、仕事家事浮気せず夫婦関係円満、土日の家族サービス、両親の介護病気持ちなら闘病、中学受験反抗期高校受験反抗期養育費大学受験学費浪人ならストレス追加、政治職場関係キャリアストレス浮気せず夫婦円満、親の介護、ご近所付き合い、子供の将来、貯金自分の老後、病気持ちなら闘病、税金税金話題を合わせるためにテレビ番組ストレス、親の葬式、将来、貯金税金浮気なしで夫婦円満家事、居場所趣味ストレスストレス自分の死

2018-10-21

大学受験失敗、自業自得人生努力できない病

私は大学受験に失敗した。第一志望校に受からなかったとかそんなことではない。受けた大学全て、そう、全落ちしたのだ。

話は高3の4月からになる。同い年の友人が急死した。他の共通の友人は皆悲しんでいる様子だった(当然だ)が、私はその時ひどく冷静でいた。友人たちに対し適度に元気付けるように行動したり、死んだ彼女の分精一杯努力して生きようと意気込んでいた。今思い返せば自分無意識に空元気の状態だったのかもしれない。

そんな前向きな状態は長続きしなかった。夏休み明けから登校拒否になった。原因は分からないが、自己分析すると高校受験の時からの溜まり溜まったストレスが、友人の死をきっかけに爆発したのではないかと思う。それに部活での人間関係受験への不安etc、私の高校生活はかなりストレスフルだったと今改めて思い返す。母親に泣きつかれ父親に蹴られても学校には行けなかった。早期の時点で大学受験は諦め、とにかく卒業を目指すことになった。なんとか出席日数ギリギリ高校卒業することができた。

卒業後、私は学習塾に通い(予備校ではない、この時点でやる気のなさが伺える)大学を目指すことになった。周りに流されるままに。そう、私は一浪の末全落ちしたのだ。理由簡単、全く努力をしていなかったのだ。4月5月毎日ドラクエ7をやっていた。ドラクエを全クリすると今度はひたすらネット動画を観ていた。誰も叱る者はいなかった。親も塾講師も腫れ物に触るように私を扱った。志望校はたった2校だった。どっちも私立だったのでセンター試験すら受けなかった。当時私は大学に行きたい気ではあまりなかった。どうせ行っても上手くいか中退する未来しか見えなかったからだ。私は幼稚園の頃からずっとしくじり続けた。対人面でも勉強面でも。だからまた失敗するんだという固定観念に縛られていた。結果は一方は即不合格、もう一方は補欠候補に入った後不合格。当然の結果である

そして今年の4月からバイトを始めた。週4、5回4.5時間〜7時間働いている。だが仕事中色々思い詰めてしまって集中できない。何を考えているのかというと、何故頑張れなかったのか、底辺でも大学に入っていた方が良かったのではないかもっと早くストレスへの対策を出来たのではないのか、人生この先どうなるのか、などということだ。それから10月から通信制大学をはじめたがもう溜まっている。子供の時から何も変わってない。進〇ゼミや〇会や公〇、全部溜めて辞めていった。無駄にした親の金は一体いくらなのだろうか。

世の中の悩める人たち、安心したまえ。私よりクズ人間はいない。自信を持ってくれ。それしか私に出来ることはない。今日も私は全人類の引き立て役をする。

2018-10-14

anond:20181014100653

20年ぐらい前に県立高校受験した時も、女子合格基準点が男子より高いという噂はあったよ。

合格者は毎年男女比が2:1だったけど受験者の男女比はわからない。

2018-10-09

泣いてしまう話と受験期の辛かった話

自分の将来の話を学校先生にすると別に相手の事が苦手という訳でもないのに、何故か苦しくなってきて泣いてしまうんですよね

急に泣き出してもキモいし、先生も話聞いてるだけなのにこっちが泣き始めたらびっくりするだろうし、出来るだけ涙声でもがんばって一言二言程度で会話するようにはするんですけど、自分の悩みとかを簡潔に纏められないし苦しくて頭回らないし結局グダグダ喋って泣き出しちゃうんです。

なんか世界がめちゃくちゃ速く動いてるように感じて、先生は「うん、うん」ってこっちの話を聞いてくれているだけだから、ずっと私のターンで「どうしよう!早く言わなきゃ!待たせてる!」とは思うんですけどなかなかうまく喋れない。苦痛だったな。

大学受験とき「おい泣くなよ、お前は努力もしてるし大丈夫だよ。」と担任に言われて、「いや、別にあの学校受験することに対して不安がある訳じゃないし、訳わかんないけど泣いてるだけなんです。」とずっと思ってた、

なんとなく「受験期でナーバスになってる」って思われるのも嫌だったんですよね

いやでも何もないのに泣いてるの本当意味わからんキモい

本当に理由はないんです、ただ先生と将来の話をしていると泣いてしまう。高校受験の時もそうだった。

泣き出してしまうのが嫌で、真面目な面談の場以外だったら先生受験の話振られても適当冗談で返したり、他の子の話にすり替えたりしてかわしてたから、きっと「こいつは何も考えてないんだろうな」って勘違いされてたかもしれない

それも嫌だけど、醜態晒すよりはマシなので何も考えてないバカを貫いていた。

悩んでることも相談したいことも色々あったんですけどね

私の家はクラスメートのみんなの家よりお金が無かったみたいで、県外の大学とか私大とかは受験させてもらえなかったんですよ、行きたい大学は県外の私大だったんですけど

クラスのみんなの有名私大合否うんぬんの話を聞くのが苦痛だった。それにいちいち反応する友達(「あの子、推薦でMARCH合格だって!私も頑張ろう」など言ってた)も嫌だった、お前は好きな学校受験させてもらえていいねしか思えなかった

自分で言うのもあれだけど、私はクラス内での成績は結構良い方だったから、自分よりバカクラスメートが有名私大に受かったっていう話にめちゃくちゃコンプレックスを刺激された。

バカの癖に、私の方が勉強できるのに、履歴書に乗る来歴で負けるのが悔しかった

っていう話を友達にしてみたら、まあお金のことはしょうがないよね。とか 私の家もお金ないよ!とか言われた

後者は本当にタチが悪い。

お金ないなら一緒に私のところ受験してみようよ!というと、「いや、行きたい学部ないし」とか言って

いやいやこっちだって本当に行きたいと思ってる学部ないし、関連した分野を学べそうだから妥協してるだけないのに、結局選ぶ自由があるんだなお前は、だったら共感なんかしてほしくないわ

お金ないと言ってきた友達も私より頭悪かったけど、私の大学より偏差値高い有名私大に行って、下宿して、普通に大学生してるし遊んでるし、さらには最近になってようやくバイトを始めたようで、なんかなーと思いました未だにコンプレックス

親の金で塾まで通わせてもらってた癖に、学校では居眠り君とか本気で無理だったな、

お金ないと先生に泣きながら相談してみれば、色んなとこからお金借りればいいよと言われ、

奨学金も借りて、さら借金なんてあまりに非現実的では?って感じでした。「奨学金破産」なんて言葉もあるくらいなのに、本気で言ってたのかな?

家だと勉強に集中できなかったから授業がなくても学校に通ってたんですけど

私の高校ほとんどの人が私大に進学してたので、特別理由もなければわざわざ自由登校日に学校には来ないんですよ、

一人ぼっち教室で、休憩がてらクラスメートのインスタみて、受験おわった!今日ディズニー!平日だから空いてる!とかみて、私もお金があって私大のみの受験だったら今頃遊んでたのかなシクシクメソメソ

受験期のありとあらゆるもの苦痛だった。

別に今の学校が嫌という訳じゃないんだけど、この人の話を聞けて良かったと思える講義もあるし、家庭環境ちょっと似ている友達もできて、初めて嫌味なくこんな話もできたのは良かったと思っている

それでも時々高校友達から大学の話をされると嫌なことを思い出してしまって今でも辛くなる

受験諸君へ、受験は金!生まれてくる家が重要

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