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2018-10-14

anond:20181014100653

20年ぐらい前に県立高校受験した時も、女子合格基準点が男子より高いという噂はあったよ。

合格者は毎年男女比が2:1だったけど受験者の男女比はわからない。

社会人になってから勉強する気になれない

会社から資格勉強をするよう促されている。

かると報奨金が貰え、それが賞与出世に影響することは重々承知しているが…びっくりするくらいやる気が出ない!教材も会社が揃えてくれたものが手元にあるのに。

で、今までの人生勉強方法を振り返ってみた。

中学受験期…進学塾に小3から通い、家ではほとんど母親がつきっきりで勉強。正直、私立中学に魅力を感じず全くやる気が出ない時間を過ごしてた。塾が嫌で、放課後友達野球がしたかった。

高校受験期…そんなこんなで地元公立へ。中1〜ずっと中学受験期に行ってた塾へまた通う。英語がめちゃくちゃ好きだと気付いてから異常にやる気が出た。塾の自習室に入り浸って勉強してた。学校は完全に友達と遊ぶ場所で、勉強は塾でするものだとして分けていた。第1志望に無事合格

大学受験期…高1で初めて(久しぶりに?)塾へ行かない期間を経験する。とにかく遊んだ。高2から予備校へ通いだした。大学付属校だったけど、できればもう少し家から近い場所大学にしたくて予備校へ。しかしながら高3で病気になり急遽手術。浪人が嫌だったし、両親はそのまま付属大学へ行って欲しいと言うので内部進学。

大学時代…1〜2年は課題に追われていたけど3年から単位を落とした事もないので授業数が減り茫漠と遊びながら過ごしていた。就活やばいなぁ。やりたくないなぁ。と思いながら就活期に。良い会社(ブラックじゃないという意味で)に入れたと思うけど向上心ゼロ。びっくりするくらいゼロ

思い返したら高校受験期くらいしか勉強が楽しくなかった。あと単純に教育に対して両親から投資されてたから、今の環境だとどうも「投資されてるから頑張んなきゃ」も起こらない。会社資格勉強が興味ないかモチベも上がらない。競争心もほとんどない。給料も、新入社員からまぁこんなもんかーくらいの額で満足してるし、なぁ。

2018-10-09

泣いてしまう話と受験期の辛かった話

自分の将来の話を学校先生にすると別に相手の事が苦手という訳でもないのに、何故か苦しくなってきて泣いてしまうんですよね

急に泣き出してもキモいし、先生も話聞いてるだけなのにこっちが泣き始めたらびっくりするだろうし、出来るだけ涙声でもがんばって一言二言程度で会話するようにはするんですけど、自分の悩みとかを簡潔に纏められないし苦しくて頭回らないし結局グダグダ喋って泣き出しちゃうんです。

なんか世界がめちゃくちゃ速く動いてるように感じて、先生は「うん、うん」ってこっちの話を聞いてくれているだけだから、ずっと私のターンで「どうしよう!早く言わなきゃ!待たせてる!」とは思うんですけどなかなかうまく喋れない。苦痛だったな。

大学受験とき「おい泣くなよ、お前は努力もしてるし大丈夫だよ。」と担任に言われて、「いや、別にあの学校受験することに対して不安がある訳じゃないし、訳わかんないけど泣いてるだけなんです。」とずっと思ってた、

なんとなく「受験期でナーバスになってる」って思われるのも嫌だったんですよね

いやでも何もないのに泣いてるの本当意味わからんキモい

本当に理由はないんです、ただ先生と将来の話をしていると泣いてしまう。高校受験の時もそうだった。

泣き出してしまうのが嫌で、真面目な面談の場以外だったら先生受験の話振られても適当冗談で返したり、他の子の話にすり替えたりしてかわしてたから、きっと「こいつは何も考えてないんだろうな」って勘違いされてたかもしれない

それも嫌だけど、醜態晒すよりはマシなので何も考えてないバカを貫いていた。

悩んでることも相談したいことも色々あったんですけどね

私の家はクラスメートのみんなの家よりお金が無かったみたいで、県外の大学とか私大とかは受験させてもらえなかったんですよ、行きたい大学は県外の私大だったんですけど

クラスのみんなの有名私大合否うんぬんの話を聞くのが苦痛だった。それにいちいち反応する友達(「あの子、推薦でMARCH合格だって!私も頑張ろう」など言ってた)も嫌だった、お前は好きな学校受験させてもらえていいねしか思えなかった

自分で言うのもあれだけど、私はクラス内での成績は結構良い方だったから、自分よりバカクラスメートが有名私大に受かったっていう話にめちゃくちゃコンプレックスを刺激された。

バカの癖に、私の方が勉強できるのに、履歴書に乗る来歴で負けるのが悔しかった

っていう話を友達にしてみたら、まあお金のことはしょうがないよね。とか 私の家もお金ないよ!とか言われた

後者は本当にタチが悪い。

お金ないなら一緒に私のところ受験してみようよ!というと、「いや、行きたい学部ないし」とか言って

いやいやこっちだって本当に行きたいと思ってる学部ないし、関連した分野を学べそうだから妥協してるだけないのに、結局選ぶ自由があるんだなお前は、だったら共感なんかしてほしくないわ

お金ないと言ってきた友達も私より頭悪かったけど、私の大学より偏差値高い有名私大に行って、下宿して、普通に大学生してるし遊んでるし、さらには最近になってようやくバイトを始めたようで、なんかなーと思いました未だにコンプレックス

親の金で塾まで通わせてもらってた癖に、学校では居眠り君とか本気で無理だったな、

お金ないと先生に泣きながら相談してみれば、色んなとこからお金借りればいいよと言われ、

奨学金も借りて、さら借金なんてあまりに非現実的では?って感じでした。「奨学金破産」なんて言葉もあるくらいなのに、本気で言ってたのかな?

家だと勉強に集中できなかったから授業がなくても学校に通ってたんですけど

私の高校ほとんどの人が私大に進学してたので、特別理由もなければわざわざ自由登校日に学校には来ないんですよ、

一人ぼっち教室で、休憩がてらクラスメートのインスタみて、受験おわった!今日ディズニー!平日だから空いてる!とかみて、私もお金があって私大のみの受験だったら今頃遊んでたのかなシクシクメソメソ

受験期のありとあらゆるもの苦痛だった。

別に今の学校が嫌という訳じゃないんだけど、この人の話を聞けて良かったと思える講義もあるし、家庭環境ちょっと似ている友達もできて、初めて嫌味なくこんな話もできたのは良かったと思っている

それでも時々高校友達から大学の話をされると嫌なことを思い出してしまって今でも辛くなる

受験諸君へ、受験は金!生まれてくる家が重要

2018-10-06

私は母が嫌いだ。

ってリアルで言うと、「まだまだ子供だな」とか、「あなたも親になればわかるよ」とかきっと言われるんだと思う。

進路の話に口出ししてきた母にキレたら、「お姉ちゃんは苦労したことがないから人を見下せるんだ」と言われた。

かに、未就学児の時に母(私の祖母)が統合失調症だとわかって、両親(私の祖父母)が離婚して父子家庭で育って、高校受験に失敗して滑り止めの私立に入って、父(私の祖父)が再婚して継母ができて、高校中退して、就職した後にうつ病統合失調症になって、弟(私の叔父)も統合失調症になって、苦労だらけだと思う。

でも私だって、そんな母を持って、両親から名前じゃなくて「お姉ちゃん」って呼ばれてる。父の転勤で海外学校転入して、現地の言葉ができない両親に頼られっぱなしだったこともある。

精神病から仕方ないんだ」って私に我慢を強いるなら、産まなければよかったのに。普通母親が欲しかった。普通母親として振る舞おうと努力して欲しかった。

でも50年以上生きた人の価値観はもう変えられないんだろうな。

お金がない

お金がない。

どのくらいないかというと、扶養ギリギリまで稼いでいるのに貯金ゼロで、全財産2080円と1000ウォンなくらいない。これはマジです。ちなみになぜウォンがあるのかというと、以前韓国旅行した際なんとなく取っておきたくなり使い切らず持って帰ってきたからです。深い意味はないし、両替しても100円とかなので放置している。

毎月20日給料日で、先月も滞りなく支払われたのにこのザマである。さすがにヤバいわたし比較的常にお金ないけど、今人生で一番貧乏だと思う。

なんでこんなにお金がないのか。原因は三つある、と思う。

まず一つ目は、大学入学一時金?的なアレを自分貯金から支払ったことだ。

こんなわたしでも、ずっと昔からこんなにだらしなかったわけじゃない。小さい頃からこつこつ貯めていたお年玉は、高校3年2月時点で20万円は下らなかったはずである。だがそのお金大学入学する権利を買うのに使ってしまった。

ご存知の方も多いと思うが、大学入試には様々な方式があり、それぞれ日程はバラバラだ。わたし受験生だった当時はなぜか偏差値の高い私大ほど入試合格発表が遅かった記憶がある。そして、大学に晴れて合格すると、まだその大学入学することを決めていなくても、その権利を保持するためにまあまあな額のお金大学に納める必要がある。わたし場合だと、受けた全ての大学合格発表2月末くらいだったと記憶している)の前に、滑り止めとしてセンター試験のみを利用して合格したあるN大学の一時金納入日があった。

さあここから問題である。N大学の一時金納入日直前、わたしは他の大学合格している自信が全くなかった。そして浪人する気も全くなかった。だから今の時点で合格しているN大学入学権利はなんとしてでも保持しておく必要がある。

が、我が家は決して裕福ではない。ありがたいことに食べるものに苦労するほどではなかったが、4歳のときから母子家庭という由緒正しい貧乏である。先ほど浪人する気はなかった、と言ったが、これは「浪人できる金などなかった」の間違いであるのでお詫びして訂正いたします。大学全落ちしたらキャバ嬢自衛隊だな!とよく言われていたが、これが冗談ではなく大真面目な話なのである。余談だが、高校受験の時は高校落ちたら舞妓になるしか道はないと言われていました。

なので、高3の9月から通っていた塾(4月の時点ではそんな金はないか自力でどうにかしてくれと言われていたが、夏が終わってさすがに無理だと察したので超頭下げて無理して入れて貰った)の費用大学受験料(これすら払えないので受ける大学を減らしてくれ、と懇願された。4校しか受ける予定なかったのに)などで財産殆ど使ってしまった我が家には、入学するかもわからない大学に払う、言ってしまえばドブに捨てることになるかもしれないお金なんて全く残っていなかった。だがそれを払わないと折角受かった大学入学権をみすみす捨ててしまうことになるのである

困った。超困ったし、めちゃくちゃ悩んだ。母に言うと、当然お金がないので「他の大学も一つくらいは受かってるんじゃない?」と返ってきた。超他人事である

「いや、全部落ちてたら行くとこなくなるんだけど」

「そしたらキャバ自衛隊だね~」

「いや、そうなりたくないか大学受けたんだけど」

「でも何を言われてもお金は出せないよ、人に頼む前に自分でどうにかしたら?」

・・・というわけである。かつて母に「大人になって、ブランドもののバッグとか、そういう本当に欲しいものができた時のために取っておきなさい」と言われ貯めておたお金は、こうして一瞬にして消えてなくなったのである。ていうか「本当に欲しいもの」の例がブランドもののバッグなのって社会的にどうなんだろう。確かに欲しいけど。

二つ目は、基本的わたし浪費癖があることである。いや、浪費だとは思ってない。服や、靴、アクセサリーおいしいごはん飲み会、好きなアイドルCDDVDコンサート旅行カフェ巡りや映画鑑賞他人にとっては「もったいない」かもしれないこれらは、わたしにとって必要最低限の出費なのである

よく母には一番出費の多いアイドルという項目に対して「アイドルいかけるのいい加減どうにかしろ」と言われるしわたし自身早くやめたいんだけど、みんなかっこいいしかわいいしライブは最高だしでやめられる気配は今のところ全くないので、最近明日全員引退しろ毎日のように思っている。ちなみに今わたしが好きなアイドルグループのうち二つが○○周年でやたら金がかかり(アイドルおたくじゃない人の為に説明すると、アイドルの○○周年というのは、やたらめったらライブをしたりグッズを出すためとにかく出費が嵩むのである)、別のグループ推し12月卒業してしまう(アイドルおたくじゃない人の為に説明すると、アイドル卒業するときはやたらめったらライブをしたりグッズを出すためとにかく出費が嵩むのである。これを卒業商法と言います。あとシンプルにこれまでは我慢できてたグッズや公演も「これが最後から」と言って抑えが利かなくなってしまう)ので出費額は右肩上がりである

あと一つ、これは非常に短期的な理由ですが、今月パソコンを買ってしまたからです。でもこれはしょうがない。誰に何と言われようとこれは必要経費である。なぜなら就活卒論執筆控えどう考えてもパソコン必須未来が見えているのに、我が家パソコン10年以上前に母の会社が使っていたがもう古くなったから捨てるというので貰ってきたデスクトップパソコンWindowsXP)その一台のみなのである

購入には一部祖母やその他の方から頂いた成人のお祝い、から成人式撮影着付けクリーニング代を引いた額、も使ったが、全額自分負担である。今月の給料の半分近くが一気に出て行ったのだから、そりゃ金もなくなるわな、という話である

今後の話をしよう。給料日まであと約2週間、2080円と1000ウォンだけではどう考えても生活できない。それに今月はコンサートの入金締切があり、ということは遠征のための飛行機もさっさと手配しなければならない。ていうか普通大学生はなにも贅沢なことなんてしてなくても2080円じゃ日常生活に支障をきたすし、何かあった時のことが怖くて外出れません。ざっと計算すると、次の給料日までに、最低でもパソコンを買うために使った費用まるまるくらい必要なことがわかった。ので、どうにかしてお金を得なければならない。ていうかそもそも大きな買い物をしなくても給料全額使っちゃうってどうなんだろうな。

わたしは考えた。こういうときは誰かにお金を借りるのが一般的だろう。だが、額が大きすぎる。いくら貧乏と言ってもわたしよりは計画的お金を使う母はいざというときのための貯金があるし(その、いざ、は、ブランドもののバッグを買うときであって、娘の生活費のためではないと思うが)、1万2万なら貸してくれるだろう。恥ずかしながらこれまでに何度かそのくらいの額なら借りたことがある。だが、借りたお金は当然返さなければならないし、それは次の給料日に、ということになるだろう。借りたものはなるべく早く返す。当然のことだ。

しかし、来月のわたしお金があるだろうか?というと、答えはノーである。このままだと扶養の限度である103万を超えてしまいそうだったため(それだけ稼いでいて貯金ゼロという現実わたしは重く受け止めなければならない)最近バイトを控えており、来月の給料は相当少ないと予想される。これで借金を返したりしたら更にお金がなくなりまた借金、という自転車操業が目に見えており、それはさすがに人間としてダメな気がするので避けたい。

では、どうするべきか。稼ぐしかないのである

ということで、来週ガールズバーに体入してきます

なぜガールズバーなのか。まず、日払いであること。先程から言っているように、わたしお金はないのに出費の予定はあるので今すぐお金を手に入れる必要がある。引っ越し日雇いとかでも全然いいけど、あんまり体力に自信がないので。かと言って人に自慢できるような見てくれでもないので面接であっさり落ちるかもしれないけど。そしたら引っ越し屋にするしかない。

そしてこれが最大の理由だが、水商売扶養とか関係なく働けそうだから、だ。なんとなくその辺ってお水の世界グレーゾーンな気がする・・・少なくとも引っ越しバイトよりはガバガバな気がする・・・。もちろんそうじゃなかったら即ちそれは死を意味します。

水商売は下へ下へと流れて行くから水商売というらしい。DESIRE合いの手も言ってるように、落ちたらように怖いのである水商売は。わたしネット掲示板って2ちゃんねる(あ、今は5ちゃんねるっていうんだっけ?どっちでもいいけど)と糧くらいしか見ないんだけど、ヘルスとか超怖そうだよね。

今回お金がないのは怖いって身をもって学んだから、今後はちゃん貯金したいなあ。これ以上支出が減る見込みはないので収入を増やさないといけないんだけど、ガルバって親にばれずに続けられるものなんですかねえ・・・?うち、門限12時、許可制終電デッドラインかいう超絶厳しい家なんですけど・・・

わたしガルバより下に行かないように祈っててください。おわり。

2018-10-05

寮生活大学受験危機感を感じ東進に通った話

社会人になって3年が経った。

自分大学受験ときに思っていたよりも大学というものは一生ついてくるのかなと思った。

日東進にこもった甲斐があったので書いておこうと思う。

高校受験をして、トップ阪大専門学校に行く子もいる、なんちゃって進学校入学した。寮生活面白そうだったから…

しか入学してから気づいたのは、受験に対する意識が甘さ。公立大学付属校なので、先生も進学指導に対しそこまで気力もなく、さら田舎なのであまり経済的に恵まれた人もいないせいか実家から通える地元公立を目指そうというレベルだった。

受験対策は、高校3年になって塾に通う人がいるくらい。

周りの甘っちょろい受験への姿勢が恐ろしく、高2から、土日は東進ビデオ学習自習に充てた。

その間に寮生活友達は、親の目もないのであまり勉強していなかった。

テストで同レベルや私より上位だった子も、私よりかなりレベルを落とした地方国立大学を受けるか、浪人していった。

あの時東進に通っていた土日に勉強しておいて良かったなと思った。

就活でも社会人になってからも余程の技能がない限り出身大学のことは言われ続ける。新卒採用もあからさまに区別される。大学受験では上位の大学に行くに越したことはないなと思った。

2018-09-24

anond:20180924063529

全国の高校受験問題大学受験問題マニアなら、さらっと「〇〇年くらいまではよくある問題だったが今はない」みたいに答えられそう

もしもおれがいじめられてなかったら

小学校の3年生くらいか中学校の2年生まで、軽くいじめられていました。なぜ中学校2年生でいじめられなくなったかというと簡単で、おれが学校に行かなくなったからです。いじめられていた理由不明。まあいじめに理由なんてある場合のほうが少ないと思うけど、多分態度が気に食わないとか、顔が嫌いとか、みんなやってるからとかそんなところだと思いますハチを食わされたとか陰毛燃やされたみたいな壮絶な体験ははっきり言って無いです。無視された、遊びに誘われなくなった、増田菌が付くとか言われて体や持ち物に触ることを嫌がられた、影で悪口を言われた、直接悪口を言われた、女子からキモいとかなんとか言われた、更衣室に引きずり込まれて一発ぶん殴られた、部活で一発ぶん殴られた、その程度です。おれは死にたいと考えることがまったく無い人間らしくて、そういう目にあっても自殺を考えることはありませんでした。とはいえ多感な時期の中学2年生ですから学校行きたくないと考えるようになるのは当然です。学校苦痛なのでインターネット友達をつくりました。どう考えてもインターネットのほうが楽しかったのでネットに没頭し、中2にして寝るのが午前4時とかそういう日も珍しくありませんでした。当然朝起きれない日が出てきて、ちょっとずつ休むようになっていって、そのまま夏休みになって、宿題なんてまったくやっていなかったので夏休みが明けても学校は数日しか行けませんでした。周りが学校祭に向けてちょっとずつ団結しているのにおれは学校をサボって何をやっているんだと思い、なんだか居心地が悪くなって、どんどん学校から遠ざかっていきました。周りも多少は気を使うので、おれがまったく学校に行かなくなる直前には、あからさまないじめほとんどなくなっていたと記憶しています最初学校祭が終わるまでは行かないでおこうと思っていましたが、学校祭が終わってもとうとう学校はいけませんでした。インターネットインターネットで、おれ不登校になったんだ、なんて言い出しづらく、平日は普通に学校に行っているふりをしていました。学校には全然行かない一方で、学校に行く夢はよく見ました。3日に1回くらいは見ていたかもしれません。久々に学校に行って、自然に打ち解けて、長い間学校に行っていなかったから周りはやけに優しくて、なーんだ、怖がってたけど1歩踏み出せば受け入れてくれるんだな、なんて思って、明日から学校に行こう、と思う夢です。我ながら切ない夢です。まあこんなのははっきり言ってよくある話で、なんの面白みもない話です。15人に1人くらいはこういう経験あるでしょう。ハチを食わされたとか、自殺を考えたとか、本当に自殺しちゃったといった話と比較すればとても些細なことで、取るに足らない経験です。

不登校といっても引きこもっていたわけではありませんでした。親と一緒に小旅行に行ったり、近所のコンビニに買い物に行ったり、サイクリングに行ったりしていました。もともとそこまで壮絶ないじめにあっていたわけではなかったので、特に人間不信みたいなものになっていたわけではなく、外には出ることができました。ただ、昼間や夕方同級生と顔を合わせるのが怖くて、キョロキョロと警戒しながらコンビニなどに行っていた記憶があります同級生が居そうなので近所のでかいショッピングモールには行けませんでした。学校関係者はすべて恐ろしくて、小学校の頃からの友人であっても顔を合わせることができませんでした。1度、夕方自転車でどこかを走っていた時、「増田か?」「最近どうしてるんだ?」なんて、あまり仲が良くない人に話しかけられたときは、びっくりしてしまい、無視して逃げてしまいました。今でもよく覚えています

どうも周りは高校受験意識して真剣勉強しているらしいぞ、という時期に、おれはなんにも考えていませんでした。実家ぐらしなら月10万くらい稼げば元気にインターネットができるぞ、と本気で思っていたので、中学出たらどっかでバイトでもして適当に生きていくんだと思っていました。親が遠くの定時制高校を探してきてくれて、おれは学校にいい思い出がないので、そこですら行きたくなかったんですが、親がいけと言うので半ば強制的にそこに行くことになりました。親には本当に心配をかけて申し訳ないことをしたと思っていますし、心から感謝をしています。その高校受験の日、1個年上で、中卒で寿司職人をやっていたけど大変だからやめて高校生をやり直すために受験しに来ているという人に話しかけられて、おれたち絶対からないとな、なんて話をしました。受験が終わった日の帰り、親が運転する車の中で、もしかして中学校までが駄目だっただけで、こういう学校だったら友達が作れて楽しいんじゃないか、なんて思って、鮮やかな夕日を見ながらニヤニヤしていた記憶があります

高校は、バイトしたり資格をとったりしながら、まあバイトで稼げるお金なんてはした金ですし、高校で取る資格なんてほとんど役に立たないわけですが、社会に参加してまっとうにやっているぞ、という充実感を持って過ごすことになります高校ではとうとう親友と呼べるような人はできませんでしたが、今でも帰省したときには会うような仲のいい友達は何人かできました。中学ではみんなが敵だったのに、高校はいじめてくる人間は1人もいませんでした。いじめてきそうな気性の荒い人はいましたが、そういう人たちは何故か学校では1人で暮らしていたので無害でした。集団浅慮と言うんでしょうか、たいていのいじめは、複数対1人で始まるものです。そりゃあ人間人間執拗にぶん殴るなんて異常事態は、1対1ではそうそう成立するものではないんでしょう。そういえば、結局、あの寿司職人の人は学校で1度も見ませんでした。名前を書けば受かる高校なので落ちたとは考えにくいです。事情があって入学をやめたんでしょうか。一緒に高校生活を送ることができなくて残念です。

高校担任が、4年制大学に行くと生涯年収がだいぶ違うぞと言っていたので、高校2年の冬からなんとなく受験勉強を初めて、結局、隣県の国立大学工学部に受かりました。国立と言っても、国立大学の中では下から数えたほうが圧倒的に早い、ランクの低い大学です。例を挙げるなら山口大学みたいなところに行きました。この前偏差値を見たら50行っていなくてびっくりしました。でも学費私立3分の1ですし、田舎なので家賃も超安いです。みじめな夢を見て、同級生の目に怯えながらこそこそと暮らしていた頃を思えば、国立大学に入れただけで御の字です。合格発表の日は本当に嬉しくて、母親なんて泣いちゃっていましたよ。大学では親友と呼べる人が何人かできて、同じ学問を修めようという人たちですので話も面白くて、とても楽しい日々を送っています

そうして今、大学で3年間を過ごし、いよいよ来年就職か、という段階です。大したことない学歴ですが、ぺーぺーだった中学のおれからするとだいぶ努力しましたし、親くらいしか評価してくれませんが、自分としては結構かいことを成し遂げたと思っています。でも中学の頃おれをいじめていた連中の中には、もっといい大学、例えば広島大学とか、北海道大学とか、早稲田大学とか、そういうところに行った人はゴロゴロいるんだろうな、と考えると、どうも釈然しません。彼らのことを恨んでいるかと言うとそこまででもないわけですが、彼らが行けたなら、おれにだって行けたんじゃない?って思うわけです。実際中学高校でコツコツ勉強していれば、現実的に考えて行けてもおかしくないだろうな、と思うわけです。おれ自体別に学歴厨みたいな人ではないですし、今の大学に不満があるわけでもないですが、彼らの中には自分より上等なことを成し遂げた人がいるんだろうな、という現実が、どうにも釈然しません。少なくとも彼らには、おれより2,3年は長く、コツコツ勉強するチャンスがあったわけで、もしその時間自分にもあったら、と考えずにはいられません。

大学に関しては別に今の自分立ち位置について悩んでいるわけでもないのでどうでもいいんですが、悩みといえば、コミュニケーション能力です。去年の冬に、お金がほしくて、温泉旅館住み込み短期バイトをしていたことがありました。当然同じ短期バイトの人が自分以外にもいて、どういう人かというと、都会の私立大学の、例えるなら明治大学みたいなところの学生達でした。彼らはハキハキしゃべって、おれ以外でどんどん打ち解けて、どっかに飲みにいこうぜとか、そんな話で盛り上がっていました。おれにはあんなところに割って入っていくなんてことはできません。ああいった集団と会話しようとすると、つい顔が引きつって、アッハイとか、ソデスネとか、そのくらいのことしか言えなくなってしまます普段はそうでもありませんが、たまに何かの間違いで陽キャラみたいな人たちと関わると、劣等感で押しつぶされそうになります田舎工学部でジメジメとした会話をするぶんにはなんとかなりますが、就職するとそういう人のほうがレアになることもあるわけで、今から就職活動や、就職した後のことが憂鬱です。おれのコミュ障はどこから来たんでしょうか。おそらく、先天的コミュ障なのか、長年いじめられた結果コミュ障になったのかの2択でしょう。その両方かもしれません。おれはいじめられていなければ、もうちょっとまともに、陽キャと呼ばれる人たちとコミュニケーションが取れていたのかもしれません。いじめられていなければ、人間付き合いが好きだったかもしれません。いじめられていなければ、女の子の目を見て会話が出来たのかもしれません。

女性だってそうです。中学生の頃は、当然好きな女の子がいました。でも学校に行かなくなったのでそれっきりです。結構好きだったのに残念なことです。高校大学ほとんど女性がいませんでしたし、女性と会話しようとするとつい緊張してしまうので、お察しの通りいい年こいて彼女というものができたことがありません。彼女がほしいなんていう願望すら、ここ数年で既に枯れ果ててしまいました。

いじめられていた当時は結構辛かったとは思いますが、その辛さも、実感としてはすでに忘れてしまいました。でも、こうした「いじめられなかったとしたら」という、どうしようもないifの話が、10年近く経ってもおれを苦しめます。本当にやるせない話です。こんなのは、どう考えても現実を受け入れてそれなりの人生を歩むしかないに決まっている話ですが、それでも、どうしても、いじめられなかった自分想像せずにはいられません。10年近く経っても苦しめられるんですから、もう10年経っても、もしかしたら死ぬまでこのやるせなさと戦うことになるのかもしれません。当時いじめていた連中に復讐してやるという気概があれば、まだ救われる話なのかもしれません。でも、いじめられていたときの苦しさと一緒に恨みも忘れてしまいました。

2018-09-20

高校受験の時、自分は推薦一校で受かって、友人は第一志望落ちたんだ。

めちゃくちゃ悔しそうにする理由が分からなかった。

大学受験では10校くらい落ちた。情けなくて涙が出た。3月にようやく合格通知が出て、友人の気持ちが少しだけ理解出来た。

そして今。友人は不妊治療を行っていた。そうする理由が分からなかった。

でも先日、ようやく子宝に恵まれて、無事産まれて焦る気持ちが少しだけ理解出来た。

隣同士で一緒に成長するつもりはなかった。二人いつも違う方向を見ているようで足並揃っていて

それが心地良かった。

友人というものは異なる感性を認め合える間柄だと思う。

自分がもし性同一性障害かもと言えていたら、変に寄り添わずに済んだだろうか。

きっと5年後も同じ事を思う。異性は愛せるけど自分が望むのはこの性別役割じゃないって事。

同じ方向を見ていてもそれだけは最後まで理解してもらえなさそうだ。

2018-09-14

学歴コンプ死ぬことしか考えられない

僕の最終学歴専門学校である

現在都内ITベンチャー企業社員として働いている。

今までお金に苦しめられ、人間関係に苦しめられてきたが、全ての原因は低学歴なことにあると思う。

学歴コンプレックスに対して、自分自身には、お金が無かったからとか、地元田舎で通えるところが無かったから、とか言い聞かせてるけど、実際は高校受験の時から一貫して計画性の無い性格が一番の原因なのだ

学歴劣等感を覚えるようになったのは、専門学校就職活動を始めた時期からになる。

エントリーフォームから専門学校入力欄が無く暗黙的にお断りされたり、集団面接サークル活動卒業研究といった話ができず、自身他者より劣っているということを自覚させられた。

また、社会人になってからは、システムエンジニアとして常駐する客先の方々の、キャリア生活レベル自分自身や自社の人間比較し、やはり学歴しか人は評価されないんだと考えるしかなかった。

今年に入り、ベンチャー企業入社してからは、先輩社員インターン生の皆々が揃って、東大/慶応/明治/法政/その他有名国立大出身で、人間関係技術自分自身と比べ物にならないくらい幅広い。自分から何か勉強しようと大学に進学した人と、誰でも入れる専門学校に進学した人とでは、そこで人間としての優劣が決まっていると思い知らされた。

社会人から大学に入るという選択があることは知っている。

しかし、僕は商業高校出身、かつ普通教科を真面目にやっていたのは中学までという人間である

仮に合格したとしても入学するためのお金がない。

奨学金専門学校での分を払うのに精一杯の現在、これ以上借りるのは難しい。

からどう頑張っても手遅れなのだ

僕と同い年の大卒社会人は、優良企業入社し、貯金ができるだけの給与を貰い、大学時代から人間関係や繋がりから恋人ができ、好きな趣味時間を費やすことができる人生を送れるだろう。

僕はこれからも、惨めに、堕落した生活を送り続けるしかないのだ。

もういっそのこと、死んで楽になりたい。

2018-08-27

偏差値60弱のローカル進学校通ってたけど民度最悪だったぞ

9割の生徒が4年制大学目指すような感じだったけど皆、倫理感覚思考様式がどっちかっていうと獣に近かった。

友達に誘われたら「ウェ~イw」くらいの軽いノリでオレオレ詐欺宅飲みレイプの手伝いしかねないくらいの危うさと低能さがあった。

高卒公務員になった運動部の奴は就職後に飲酒運転やらかしパトカーと追っかけっこした挙句逮捕されてたし。

公立10人くらい受かるような高校なのにこんな同級生出るとかもう。

中学校とき仲良かった、って理由特に疑問も持たずにタトゥー入りまくりのやつとかと未だに友達付き合いしてる奴とかいたし。

2chで「地元じゃエリート扱いだろうけど高校受験で偏差値60はなかなか頭ヤバい」って指摘見たことあるけど、あれ多分正しい。

タイミングと運次第じゃヤカラになっても全然おかしくない感あるもん、うちの高校の奴ら。知性のせいで。

2018-08-12

押切蓮介漫画を読んで泣いた

大学生俺、ピコピコ少年を読んで泣いてしまった。

自分意思に従って大好きなゲームをする作者の姿を見て、俺は自分の子時代を後悔した。

中学受験なんて拒否して遊んでいればよかったな、と思うと泣けてきた。

中学受験をすれば高校受験しなくていいから、いい大学入ればその後の人生楽だから、いい会社はいれば老後は安心から

クソみたいな考えだ。今を大事にすべきだ。

今があってこその未来なんだ。

将来のことばっか考えて今を大切にしないのはダメだ。何のために生きてんだ。

うわあああああああああああああああああ。

アラフィフ男の愚痴

若い頃に付き合ったり、付き合おうとして断られたりした女性がそこそこの人数いるのだけど、彼女らの中で今も消息がわかっているうちの大多数が、40代半ばを過ぎた今も結婚出産をすることなく、おひとりさまライフ満喫している。仕事に打ち込み、創業以来初の女性役員を狙えるポジションにいるとか、海外旅行趣味が高じてサイトを立ち上げ本を出したりとか、大学院社会人入学してセカンドキャリアの準備に余念がないとか…などなど。

それがどうしたという話だけど、どうして僕が好きになった女性達は、結果的にとはい普通に結婚して母親になって…みたいにならなかった人がこうも多いんだろう?むしろそうなってくれた方が、別れた(あるいはフラれた)男としては諦めがつくのだが。

そんな自分は、40を過ぎてから同じ歳の女性結婚。親になるという選択肢はこの時点でなくなった。もちろん双方納得の上でのことだから問題はない。歳をくっての初婚同士、いろいろあるけど穏やかに暮らしている。でも、若かった頃の人生設計とはずいぶんかけ離れてしまったな、とは今も時々思う。予定では今ごろは上の子がそろそろ大学、下が高校受験家中ピリピリしてるぐらいのはずだったんだけど。

昨日、昔いた会社の友人達と数年ぶりに会ってこんな話をしたら、友人が笑いながらこう言った。

だってお前、ウチにいた頃、頭良さそうな総合職の女にしか興味なかったじゃん。ヘタしたら自分より学歴上でも平気で言い寄ってたよね。どうせ転職先でもそうだったんだろ?そんな平凡な暮らしがしたかったんなら、どうしてそこらの平凡な一般職の女を捕まえなかったんだ?」

かにそうかもしれないけど、こういう暮らしがしたいからこういう女って、順番が逆というか、パズルピースを埋めるように相手を選ぶってどうなのよ。学歴だって別に相手が上でも全然構わないわ、少なくともこちらは。好きになるとき総合職一般職かなんて考えもせんわ。それに自分の知らないことをたくさん知ってる女性って話してて楽しいじゃん。だいたい「そこらの平凡な一般職を捕まえる」って、ずいぶん上から目線だよね。どうしてそんなお前らが結婚して父親になれたんだろうね…と言ってもケンカになるどころかこちらが惨めになるだけだから苦笑いしてやり過ごした。

はぁ、どこで何を間違えたんだだろな。

2018-07-19

中学校の成績(順位)配布について

うちの子が通っている中学校は、これまで中間試験期末試験順位を配布していました(他の人の順位まで分かるようなものではなく、自分自身順位印刷された紙です)。

しかし、今年度に入ってから、何の説明もなしに順位の配布がなくなりました。

うちの子は上位に入ることを目標にして学習に取り組んでいましたが、今回から順位が分からなくなり、学力に対して慢心と不安が交互に襲ってくるような日々です。

「これは懇談会理由を聞かねば」と思っていたところ、こちから持ち出すまでもなく、学校から説明がありました。どうやら他の保護者からもたくさん問い合わせがあったようです。

学校側は、順位公表をやめた理由として

  1. 順位公表することで、過度な競争心をあおる心配がある。
  2. 優越感や劣等感を持ち人を見下したり、偏見差別が生まれる恐れがある。
  3. 絶対評価を行い、生徒の意欲を育てたい。

を挙げましたが、私はまったく納得がいきません。

「過度な競争心」とやらがどの程度のものを想定されているのか分かりません。

(大げさな言葉危機感を煽っているようにしか思えませんが)例えば「体調を崩すほど勉強してしまう」ようなことでしょうか?

生徒たちにとって中期的な目標となるのは高校受験です。高校受験が(少なくとも自分自身との)競争である以上は、競争心やむなし、じゃあないでしょうか。

そもそも、そこまで勉強する生徒なんていませんし、それを止めない親なら、とっくに勉強させ過ぎてるでしょうよ)

また、評価するまでもなく能力が分かるような科目、例えば

  1. 走るのが速い/遅い
  2. 泳げる/泳げない
  3. 絵がうまい/へた
  4. 歌がうまい/へた

こういったことで、人を見下している生徒がいると思いますか?

幸い(傍から見る限り)そのような子はいません。この点は先生方の日頃の指導の賜物だと思っています

(もしいるなら、そっちを先にどうにかしましょうって話だよ)

私が学校に求めているのは、「差異を隠して平等にする」ことではなく「差異個性として受け入れる」ことなんだよ。



っていう意見学校に送りつけようと思っているんだけど、印象悪くなるかな?

2018-07-05

恋愛は少なくともメンヘラとは両立できなかった話

 本文をうっかり読んでしまうのは時間無駄なのでいくらか前置きで警告をしておく。

 これは一人のクソ女の自分語りだ。

 多分恋愛をしている人にもメンヘラをやっている人にも響かないと思うので、ノンフィクション小説好きな人とかが読んで哀れむなり蔑むなりネタにするなりしてくれたらいいと思う。

 文章にすると落ち着くたちなので、一回字に起こして整理したかっただけだ。

 特に意見アドバイスを期待してはいないけれど、私が想像も出来なかったような現実を打開する魔法があるなら教えて欲しい。

 そうじゃないなら今はほうれん草を沢山使うレシピくらいしか知りたいことはない。

 石を投げたりして気持ち良くなるなら好きにこの文章の私を罵ってくれて良い。もし肯定したいとか共感したとか優しい言葉を掛けたいとか思ったら、それは上手く受け取れないので胸に仕舞うか何かしておいて欲しい。言って満足するなら言って満足して欲しい。

 それから、ぼかしたりフェイクを入れてはいるけれど一応念のため。私の彼氏さん。あなたがこれをもし読んでいたら、私にいい加減愛想を尽かして下さい。メールもしなくていいし、顔も合わせなくていいです。ここにはあまり書いてないけどあなたはすてきな人なので、きっと可愛くて気立てが良くて知的趣味の合う恋人や奥さんがそのうち出来ると思います。私抜きで幸せになって下さい。でも今までありがとう

 さて、数えてないけど多分これ五千字くらいある本文。

 私には彼氏がいる。中学生の頃男女混ざった仲良しグループに居た同士だったが、彼は当時テンプレ中二病クソ女であった私に親切だった。私はいわゆる愛情に飢えたメンヘラであり、被虐待児でもあったので親切な彼を好きになった。

 親に無理矢理突っ込まれ進学塾、殴られたくないから沢山勉強して、私が目指した志望高校は彼と同じ学校だった。志望理由は、当時不良やヤンキーが苦手だったのでそれでもやって行けそうな校風であることと、私のやりたい部活の成績が良かったこと。通える範囲で目指せる偏差値勝手に割り出されたその高校を志望していると自分に言い聞かせるために、彼と一緒に高校に通えるかもしれないことを考えていた。彼は頭が良かった。彼の頭が良いところにも好感を持っていた。

 結果として高校受験は失敗だった。兄弟が多い我が家は長子の私の滑り止めを用意出来なかった。模試きれいな紙に印刷された合格する確率が70%まで落ち込んだ。挑戦は許されず漫画のように家庭の都合で通いやすくそれなりの偏差値の親が決めた高校受験して合格した。

 妥協のご褒美に私は携帯電話を買い与えられた。猿のように熱中した。友達とひっきりなしにメールをするのが楽しかった。そんな携帯中毒に付き合ってくれたのが彼だった。

 彼は愚痴をうんうん聴いてくれた。肌寒い日にはコートをかけてくれて、雨の日は傘を差して家まで送ってくれた。

 彼は誰にでもそうする人間だ。

 そういう人間を私は好きだと思った。

 高校一年の夏、好意を伝えた。彼はいわゆる恋愛恋愛した面倒は嫌だけど、と前置きした上で私と付き合う返事をくれた。友達にも家族にも内緒だった。私はおおっぴらに恋愛満喫して盛大に恋心に振り回される友人たちのようになりたかったが、その夢は絶たれたと言ってもいい。

 彼は時折、家族が留守にしている放課後休日、私を自宅に呼んだ。彼の家は急な坂の向こうにあり、私は暑い日も寒い日も自転車こいで彼の呼び出しに応じた。二人でカーペットの床に並んで座って、他愛もない話をするのはとても楽しかった。彼はキスがしたいと言ったので応じた。こんなもんか、と思った。彼は私の胸や下半身に触れたがった。胸は触らせたが、下半身他人に触られるのは嫌だったので精一杯かわいこぶって断っていた。

 彼が満足そうで良かった。私にかわいいとか偉いとか頭が良いとか言ってくれるのは彼だけだったからだ。

 たまにデートなるものもした。彼は共通の友人にばれたら面倒だから地元ではないところで待ち合わせて、博物館などに行った。博物館が好きなので楽しかったが、多分一人でいても楽しかったとは思う。彼は理系なので解説をしてくれて、知らないことを知れたのは楽しかった。

 いわゆる中学生ぐらいのいじましいお付き合いは高校三年生になるまで続いた。

部活大会模試で顔を合わせたら、こっそり示し合わせて抜け出して会って話したりしていた。

 関係が、と言うよりも私が変わったのは高校三年生の秋頃だっただろうか。

 私は学校へ行けなくなったというより、身体が動かなくなった。

 鬱を発症していたと知るのは年明けに通院をはじめてからだ。高校卒業も危うくなった。彼のメール無視し続けた。友人たちのラインブロックした。手首を切った。酔い止めを何箱も一気に飲んだりした。苦しかった。とにかく早く死にたかったが、癇癪を起こすと椅子を投げてくる母親から兄弟を守らなければならなかったので死ねなかった。

 音信不通を続け、両親の説得も不登校支援センター保健室も諦め、私は精神科に通院することになった。

 高校三年生の一月、私はセンター試験どころか学校へも行かず精神科に通った。薬が効き始めるまでが地獄のように長かった。向精神薬睡眠薬がなんとか効力を発揮する雰囲気を醸しはじめた頃には、卒業はほぼ絶望的だった。

 私は主治医から診断書をぶん取り、校長などのお偉方と交渉を重ね、補講を組んでもらうことでなんとか、卒業から数日はずれが生じるものの年度内に卒業出来ることになった。周りの大人は私の想像はるかに超えて優しかった。同情し、時には私の身の上話に涙ぐんでくれた。そんなことで悩んでいたなんて知らなかった、と口々に言った。進学校だったので不登校前例が無かったのが幸いした。先生方は私一人のために会議室卒業式をやってくれた。

 さて、話を恋愛に戻そう。私はなんとか卒業証書をぶん取り、彼は第一志望の難関大学合格していた。サイゼリアで久し振りに会って彼は「元気そうで良かった」と言った。

 私は全くもって元気では無かった。

 恋愛どころじゃない、何度も死にかけた。

 人に説明する元気もあまり無かったので、かなり端折って私はことの顛末説明した。ずたずたの腕を見せて「メンヘラと付き合うとろくなことがないって言うから、別れるなら今だと思うよ」と彼に提案した。彼は「それは別れる理由にはならない」と言った。

 そういうことでお付き合いは継続されることになった。

 彼は大学入学した。私はそれを祝福した。彼が受験勉強を頑張っていたのを知っていた。とても尊敬している。

 私はといえば、自分を殺そうとする自分に耐え、病状を必死家族説明し、ひたすら精神科に通った。

 彼は以前と変わらず家族が留守の合間に私を家に呼んだ。私は行かなかった。外に出る元気も無かったし、当日朝「今日家誰もいないよ」と言われても動き出す頃には翌日の昼間だ。

 彼はサークルが忙しかった。理系から男ばかりで可愛い子いないよ、と言っていた。

 私達はあまり会わなくなった。

 彼は学業を、私は治療を、お互い頑張っていた。

 彼は私が死んだら悲しむだろう。優しくて弱い人だから自殺だけはしてはいけないと自分に言い聞かせた。

 色々なことがあった。

 死なないために意識を失うことが必要だった。私は酒浸りになり、睡眠薬はどんどん強いものに変わった。早朝起きて、Amazonで買ったウォッカを水で割り、それで頓服を服用して眠り、昼過ぎに起き出して母に罵倒されながら(これは10年来の日課だ)食事をとり、薬を飲んでまた眠った。眠れない夜は頓服を酒で服用した。そうすれば眠れる。眠っている間は死にたくならないので楽だった。

 私某居酒屋で酒を飲みすぎて意識を失い救急車に乗った。倒れたはずみに骨折もしていたのでそれを治療するため更に入院した。入院中は母に罵倒されず三食昼寝付きだったので手術の痛みを差し引いてもお釣りが来るくらい快適だった。

 退院してからはまた酒を飲んで眠るだけの生活をした。

 そんな状況を医者は許さず、私は精神科閉鎖病棟入院することになった。彼は見舞いに来たがったが、私は断った。誰にも会いたく無かった。自分自身と二人きりになりたかった。何もかもに疲れ果てていた。

 入院生活幸福だった。

 看護師さんは優しい。変な人が沢山いるけどそれぞれが自分のことで精一杯だから誰も干渉してこない。

 母の罵倒が無いなら、現実逃避するためのスマートフォンは要らなかったので無くても困らなかった。

 少しの本、ポータブルCDプレイヤーと何枚かのCD。それだけで完結した生活は確実に私の心を癒した。

 これが人生の正解だと思った。誰も、何も要らない、天国だと思った。

 あらかじめ定めていた期間が過ぎ、私は退院した。

 閉鎖病棟入院したことがあるレッテル付きの私は母から罵倒が少しは薄まったと感じた。もう死にたくならないために一人で十分だった。

 そして同い年の彼が大学二年生になると同時に、私は大学一年生になった。

 母が勝手に推薦入学に出願して受験料も払い込んでいた。仕方がないので面接に行ったら大学に受かった。入学した。

 彼はおめでとうと言ってくれた。

 新調したスーツきれいなキャンパス、好きな学問、新しい友達

 私はまともな人間に戻れるかもしれないと期待した。

 アルバイトもはじめた。友達徹夜で飲み明かしたりした。

 しかし、ゴールデンウィークが明けた頃には既に私はくたびれていた。夏休みが明けて、大学へも行かなくなった。アルバイトはクビになった。

 主治医からストップがかかり、休学する事になった。

 私はただ家で時間を潰し、母の(以前よりはマシな)罵倒に耐え、薬を飲み生活していた。もう死のうと思っていた。

 大学で新たな人間関係を築いた彼は、私の死を受け入れるキャパがあると思った。

 そういえば私は彼とセックスしていなかった。

 呼ばれても家に行かない、共通の友人たちと遊ぶ以外では会わない、そんな恋人であったから、私はなんだか彼に申し訳が無かった。

 セックスすることでそれを清算できると思った。

 セックスする前に私は酒を飲んだ。

 薬の副作用で性欲は無く、彼とキスしても気持ち悪いと思ったからだ。

 彼が取ったホテルで私は彼と昼間からセックスした。

 こんなもんか、と思った。

 彼は別にセックスたからといってこれまでより優しくなる訳でも冷たくなる訳でも無かった。

 その日私からやや強引に誘い、夕食を食べながら話をした。私は彼と話がしたかたからだ。彼と話すのは楽しかった。

 それが数ヶ月前のこと。

 それ以降、私は彼と一度も顔を合わせていない。

 なんだかひどく億劫で、気の許せる女友達しか話したくない。

 精神科に通い続けて、自傷行為をやめられた。アルコール中毒も治った。睡眠規則的になった。

 兄弟が進学と同時に一人暮らしを始めた。もう自分の身を自分で守ってくれる。

私の生きる価値は無くなった。

 ある夜母が癇癪を起こして私に出て行けと怒鳴り、私を家から蹴り出そうとした。

 終電が無かったので私はははに頭を下げて「一泊止めてください、明日出て行きます」と言ってその場をおさめた。

 翌朝、私は最小限の荷物だけを持って逃げるように家を出て、何度か遊びに行っては掃除をしてやったりしていた兄弟一人暮らしをしている家に転がり込んだ。

 それから紆余曲折あり、結局兄弟仕送りで私は生活している。兄弟大学に行き、私は自分兄弟の二人分の家事をしている。おそらく幸せなのだろう。私が欲しかった暮らしは手に入ったのだろう。

 もう死んじゃおっかな。くたびれた。もう何も要らない。

 今死んだら同居している兄弟がショックを受けるだろうから、死んでないだけ。

 彼と連絡を取っていない。

 これが自然消滅と言うのならそうなのかもしれない。

 私は多分もう駄目だ。大学は妹宅から距離的に通えないので中退する。アルバイトでせめて食い扶持を稼ぐのが目標だが、達成出来るのはいつになるやら。

 こういう駄目な人間恋愛などしても彼に何の得も無いだろう。

 だから自然消滅であってもさよならを言っておきたい。

 もう恋愛感情がどういうものなのか思い出せないのだ。

 自分異性愛者ではないのかもしれないとも思ったが、同性も好きにならないのでたんに今恋愛をしたくないだけだと思う・

 彼は人間としてすてきだから好きだけれど、セックスはしたいと思わない。それじゃあ社会的地位の高い彼にぶら下がりたいだけの厄介メンヘラだ。しかセックスさせてくれないときた。そんなクズになってまで恋愛かいフィールドに立っていたくない。情けないし申し訳ない。

 友達に戻って彼と飲みに行きたい。手を繋がないで一緒に博物館に行きたい。一緒に食事がしたい。でも今は会いたくない。

 さよならを言うために約束を取り付けようと思って、彼が通う大学夏休みの期間を調べている。

 でも何だか会うのも連絡するのも嫌になってきた。

 こうやってぐずぐずしたまま、付き合い始めてこの夏で四年。嫌だ。

 生活が忙しくて、朝起きて夜寝るのが精一杯で、恋愛なんかやってる場合じゃない。

 そろそろ死んじゃおうと思っている。

 メンヘラはよく人生を虚無虚無言うけど例に漏れず私もやはり虚無を感じている。

 恋愛には向いてなかった。

 多分健康でいることが出来なくなった段階で恋愛なんかやめにしておけばよかったのに、彼の優しさでそれは人工的に延命措置を受け続けている。

 罪悪感はそれだけで健康を害するから排除しなければ、と、病気治療する上で判断出来る。だからさっさと別れようってメールを打てば良いのだ。

 参ったなあ。

 

2018-06-29

anond:20180629195232

大学生男子なんて性欲盛んな時期だからなぁ。

クリスマスとかバレンタインとか、周りのカップル見て焦ったのかな?

自分高校受験の時の心境なんて忘れてそう。

2018-06-23

15歳か18歳で一生を決めなければならない

高校入学高校卒業は当たり前で、大学は現役合格で、ストレート卒業の後すぐに就職、そのまま定年まで勤めあげるって

まり高校受験の15歳大学受験の18歳で死ぬまでの人生決めちゃうって大変じゃない?

高校卒業して少し働いてから大学に行くとか、大学行ったけどやっぱり辞めるとか、仕事就いたけど転職しますとかなんかもっと自由で良いと思うんだよな。

今でもできないわけじゃないしやろうと思えば出来るんだけどハードルがやたらと高い。

しか大学選びなんてお金とか今現在学力とか、首都圏住みにはピンと来ないかもしれないけど住んでる場所とか親とかによって自由に選べなかったりするじゃん。

18歳の未成年で、働いていたとしてもバイトのちょこっとした収入しかないような人間自分意思で全部決めますなんて実質不可能でしょ。

高校大学就職→定年の道を実際に歩む人がどれくらいいるのかわからないけど、それが理想大正解!ってなってるのはなんか違うよなと思う。

大学って年齢ごっちゃまぜで学びたい人間が行く場所ってなればいいな。そうあるべきだ。

今の就職予備校みたいな扱いは本当に謎。あと専門に関係ないバイト毎日埋めるのも謎。だったら1回働いてまた戻ってきた方がいい。

あと中学生に将来の夢を具体的に求めて、決まってないは許されないみたいな風潮も嫌い。中学生とき理学療法士って知ってた?国税調査官は?入国審査官は?

病院医者看護師だけじゃないし、公務員は見えないところで働いてるし、世の中は仕事でできてる。それなのになんもわから看護師になりた~いとかって言ってる方が正しい扱いをされる意味がわからない。(本当に心から看護師を目指している人を否定しているわけじゃないけど、もしかしたらその人が本当に望む仕事ができるのは理学療法士だという可能性もあると思う)

こういうことを言うと海外では~北欧では~って言われるけど、今の段階で話してるのは今自分が過ごすこの地でこの風潮は自分が生きる上でどうだったか、どう思うかという話。

海外の事例が必要になるのはなにか解決策を実践する上での成功(失敗)事例の情報集めの段階であって今ではない。

2018-06-13

世間内定習得率は65パーセントらしい。私はまだ35パーセントの中にいる。

自分なりに、去年の夏からやれることはやってきたつもりだった。すべては今後のため。何十年かはわからないけど、人生殆どを過ごす会社くらい、自分が一番希望したところへ行きたいと思っていた。

もうすぐ6月も後半。内定ひとつもない。何時間もかけて書いたES履歴書早起きをしてお金を払って都心まで行って、練習したとおりに言葉遣い笑顔に気を配って質問に受け答えをして。それら労力のすべてが、二週間後くらいには数行のメールに変わる。書いてあることは同じ。

「誠に申し訳ございませんが、採用を見送らせていただくこととなりました。貴殿のご健勝をお祈りいたします。」

何が悪かったのか。考えてもわからない。ご縁は目に見えない概念だ。はっきりと態度が嫌だったとか、適性検査の結果がだめだったとか、言ってくれればこちだって次に繋げられるのに。ご縁はどうすれば改善できるのだろう。

志望していた業界企業ほとんど選考を締め切ってしまっている。いまから業界を変えて、研究して、また志望動機を考えて……気が遠くなってくる。そもそもいまから募集を始める企業なんて存在しているのだろうか。

友人もほとんど就活を終えて、髪を染めて、楽しそうに旅行の話をしている。学校に行って、普通に話していても、気を遣われているのが痛いほど伝わってくる。「あなたにあう企業がきっとある」「まだ始まったばかり」「これからが本番」「いつかきっと報われる」……4月にも5月にも同じことを言われていた。正直もう、ポジティブ言葉は聞き飽きた。はっきりいってくれ。何がだめなんだ。私はそれほどまでに社会不適合者なのか。

面接へ行くのにはお金がいる。アルバイト中、男性に怒鳴りつけられた。店で買ったストップウォッチ不良品だという話だった。商品を詳しく見ると、絶縁テープがついたままになっている。あれ、と思って外してみると、やはり商品は正常に動き始めた。するとその様子をみていた男性に、何故だかもっと怒鳴られてしまった。絶縁テープをひっぱれなんてどこにも書いてなかった。返金しろレジの前で、何人もが見ている中で激しく叱られた。男性スーツを着ていた。男性しかに、立派なスーツを着ていた。彼は社会に求められている。私とは違う。私より、この男性の方が社会価値がある。この人は就活を何十年も前に終えて、人として認められている。

何が何だかよくわからない。カンボジアボランティアへ行ったら偉いのか。ニュージーランド留学へ行ったら偉いのか。自ら主体的に動いて部活動問題解決したエピソードがあれば、なにかコンクール大会入賞した経験があれば、あるいは。

今までの人生就活のために生きてきたわけではない。高校受験大学受験自分が行きたいところに入学した。一連の流れに特別性はない。ほかの人は違うのだろうか。みんな何か特別なことを成し遂げてここに立っているのだろうか。

家に帰ると母がスーツ姿の私を傷つけないように、傷つけないように、と言葉を選びながら就活の進捗を聞いてくる。最終面接二つ受けて結果待ちって言ったよね。ごめんね。あれ昨日二つとも不採用メールがきたんだ。また最初から頑張らないといけないの。そんなことがずっと言えないままで、大丈夫だよとか、心配しないでとか、あやふや言葉しか出てこない。

私には兄が二人いて、父親がいない。兄は高卒で、いまはアルバイトをしている。母も高卒だった。だから大学に行かせてもらって就活をしているのは私しかいない。そんな私がこんな失敗作で本当に情けない。申し訳ない。こんな私が、何の役にも立てない私が家でのうのうと、お母さんがパート終わりで疲れてるのに作ってくれたご飯を食べていていいんだろうか。生きていていいんだろうか。毎日何をしててもそんなことを考えてしまう。

気に入っていた茶色い髪も、楽しみにしていた友達との旅行も、大好きな服を買うお金も。全部全部あきらめた。流行りの服も、メイクも。お気に入りスニーカーも埃をかぶっている。毎日毎日リクルートパンプス、“適切な”メイク。そろそろもう、限界を感じている。

生きていることに理由がない。死ぬことにも理由がない。だから自殺なんか考えたくない。就活に疲れて自殺なんてバカバカしい。わかっている。分かっているけどふと、ホーム電車を待っている時。家に一人きりでいる時。信号待ちをしている時。今なんじゃないか?という声が聞こえる。頭の中でもう一人の自分必死に死を促してくる。死にたい、という気持ちがあるわけじゃない。ただ、そうした方が楽なんじゃないか?と投げかけてくる自分自身がいる。

なんだかもう、ひどく疲れた。近くない、けれどきっと遠くもない未来、情けない私が愚かに自分自身の誘惑に負けて、親を悲しませる選択をしてしまったら。そのときは私の実名と、そこに至った経緯が全国へ公開されて、偉い人がニュースで語り合ったりするのだろうか。

そうなっても、いいのかもしれない。

追記

こんな鬱々としたユニークさの欠けらも無い長文に目に通してくださってありがとうございます

いくつか思ったことを箇条書きに。

・誰かを無差別に傷つけたいわけではありません。それだけは絶対にありません。

風俗は志望職種ではないので…すみませんが。

ニュースで取り上げられる云々は私の浅はかな想像産物であり、例としてあげただけで、別に目立ちたかったりしたい訳ではありません。文章が下手ですみません

他人よりも不幸ではないといけないのですか?個人裁量では勝手絶望してはいけないのですか?

一部の優しい方々、励ましのお言葉、はっとさせられるお言葉ありがとうございました。不甲斐なさで涙が出てきました。しっかりと受け止めて、今後に生かしていきます

もう少しだけ、がんばろうと思います

お付き合いくださりありがとうございました。

2018-06-08

明日試験があるんだけど、

前日になるととたんに何もできなくなる。

2日前までは一心不乱に、勉強するんだけど

とたんに力が抜ける。

まさに天命を待つ、状態になる。っていうか明日まで頑張れよ、と自分でツっこんでしまう。

からこうで高校受験のころからこうだった。前日になると遊び出してしまうのだ。このクセはいったい....

2018-05-22

母と売り手市場

私は就職活動中の大学四年生です。

お祈りの連続内定は一つも持っておらず、選考中の会社もほぼないため、まだまだ会社説明会に通う日々が続いております

この文章地元から東京へ行く高速バスの中で打っていたものです。

私には持病があります

持病と言っても大したものではなく、激しい運動ができないだけで日常生活問題なく送れるものです。

私の持病にもっとも不理解だったのは母でした。

体育の授業や、運動会やマラソン大会を休むことは決して許してはくれませんでした。

思えば、これまでの人生で母が私の要望を聞き入れてくれたことは一度もありませんでした。

高校受験で、私は工業高校へ進もうとしていました。

それは自分の家は母子家庭で裕福ではなく、兄の学費貯金もないから、高校卒業後はすぐに働きたいと考えていたからです。

しか母親三者面談で大泣きをし始めました。

どうやら母は私に家から自転車で通える場所にある公立進学校に行って欲しかったようです。

結局、教師母親から言葉によって私はそこへ通うことになりました。

元々勉強は苦手ではありませんでした。

苦手な数学を除けば、高校勉強で苦労をすることはなかったですし、楽しいと思える分野もありました。

から大学東京私立大学(MARCHのうちの一つ)に通いたいと思えるようにまでなりました。

しかしそれは許されませんでした。

「うちは母子家庭で、お兄ちゃん学費でもうお金がないから。大学は家から通える場所にある国公立大学じゃないと絶対にだめ」

母の言う条件に当てはまり、私に選択できる大学は一つしかなかったです。

滑り止めを受けることは許されませんでした。

浪人なんてもってのほかでした。

落ちてしまったらどうするの?と聞くと、やはり母は激怒して「落ちるんじゃない受かるの!」と叫びました。

多分落ちたら殺されるんだと思いました。

同時期に、兄が通っていた学校中退して実家に帰ってきていました。

高校三年生の一年間は、うんざりする日々でした。

兄に邪魔をされて、家は勉強できるような環境ではなかったので、勉強は全て学校で終わらせて家では休んでいましたが、それすら母親は許してはくれず、「どうして勉強をしないの!?どうしてそれで大学へ行けると思ってるの!?」と毎日毎日ヒステリックに叫んでいました。

母が私を大学へ通わせたいのは、世間体や、周りの友人や親戚などを見返すためだけでした。

兄の中退によって、母親プライドはズタズタだったのです。

大学には結局合格をして、母親に他の子と同じように遊ぶことを禁止され、監視されながら大学へ通い、今に至ります

就職活動の状況はとても悪いです。

学歴フィルターは仕方ないとしても、持病のことが不採用理由になってしまったときはとても落ち込みました。

一番悲しくなるのは企業の人から「今は売り手市場から」と言われることです。

初めて会社説明会へ行った企業で、そこの社長から言われた言葉は今でも忘れられません。

あなたたちは売り手市場で、苦労をせずに就職先を見つけられるはずです。そして学生気分のまま社会人になる」

その後、延々と今の学生いかに甘えているか聞かされた後、適性検査を受けさせられ(これは事前に知らされていなかった)、後日お祈りのメールを送られました。

CMを流すことのできるそこそこ有名な企業でした。

「今は売り手市場 あなたたちは恵まれている」

どこへ行っても、この言葉を聞かされました。

そして圧迫面接や、選考の場でセクハラなどを受けました。

ひどい否定言葉を投げられたこともあります

遅刻をしてきた面接官が謝ってくれなかったりましました。

サイレントお祈りしょっちゅうでした。

「売り手市場から〜」というのは企業勝手に言ってるだけではないのでしょうか。

売り手市場だったとしても、学生に失礼な言動をしてもいい理由になるのでしょうか。

その言葉免罪符にはなりません。

私たちには立派な社会人になることを求める人たちは、そもそも私たち人間として見てくれていないように感じています

最低限の礼儀すら、そこにはないのだから

こんなことなら、大学なんて通わなければよかったと強く感じています

私に大学へ通わないという選択を許してくれなかった母親すら、今は憎いです。

以上です。

まだまだ言いたいことは山ほどあります

言い足りないです。

でもキリがなさすぎて、書き切れません。

2018-05-18

自分偏差値って分かってるものなの?

中学受験高校受験大学受験 すべてにおいて

面接突破してきた私としては、偏差値思い入れがない(全然知らない)

良く「偏差値が~」という話が出てくるのだけれど、

私にしてみたら、数字を言われたところでどの程度のレベルなのか判断が出来ない。

偏差値ってそんなに重要なの?

とりあえず、社会人になったら偏差値関係ないとは思う。

2018-05-16

僕、難関大学学生なんだけど、バイト先の塾で教室長にいろいろ言われて腹立ったし落ち込んでる…きっかけは僕の授業スピードゆっくり目だということから

あなた○○大の学生ってことでおごり高ぶってない?中3の受験勉強指導、そういう気持ちでやってる人には務まらないよ?」

「そんなペースでやってて生徒のためになると思ってるの?」

「○○大の学生から勉強できない子の気持ちなんてわかんないんでしょ」

僕はおごり高ぶってるわけじゃないし、高校受験指導もその子がわかりやすいように一人一人少しずつ教え方や言葉選びを変えてる。自慢みたいになっちゃうけど、僕の数学の教え方は割といろんな子に好評で「一緒に図を描きながら説明してくれるからわかりやすい」「図が綺麗で好き」ってよく言ってもらえてる。「もともと数学はとても苦手だったけど、こうやって丁寧に図を書くとわかりやすくなって、苦手克服にもいいよ」とかのアドバイスをしてあげると、苦手克服のモチベーション上げてくれる子もいる。難関大学生からキトーにやってもなんとかなるでしょなんて思ってないよ。生徒にとったら先生先生であって、大学生バイトじゃないんだから

今日の授業スピードゆっくりなのは、僕の担当してる生徒さんがその分野めちゃくちゃ苦手で一から丁寧に説明してたらあまり進まなかったんだよね。でもその生徒さんがわかってないのに授業のペースだけ気にしてどんどん進めちゃったら生徒さんついてこられなくなっちゃうよ。長期的に見たらその方がヤバいんじゃないかな。

しか難関大学学生ってことで分数計算が苦手みたいなつまづき方をしたことはないせど、僕だって勉強で苦労したことくらい何度もある。中学不登校だったし、その時はめちゃくちゃ悩んだし不安だったし。今の大学合格するためにめちゃくちゃ努力した。でも「どうせ生徒の気持ちなんてわかんないんでしょ」って決めつけた言い方されると、中高の僕の苦労とか全部否定されたように感じちゃってつらい。

辞めようかとも思ったりする。サービス残業の嵐、いわゆるブラックバイトだし。でもバイト先の生徒は慕ってくれてるから申し訳ないなあとも思う。

迷うなあ。でも教室長にそういうこと言われて責められるの初めてじゃないし、そろそろメンタルブレイクしそう…

2018-05-07

少し前に大事な人がしんだ

物騒なタイトルだけど、内容は「浮気かもしれない」という書き主の考察、長い間付き合いがあれば、とある変化に気づいてしまうという事。話が長くなるので暇な時にでも。

ざっと20年前、僕が幼い時にその夫婦とは出会った。

父の仕事仲間(父より年下だが)の家を改装するということで、幼い僕も小学校が終われば自然と父の仕事を手伝っていた。仕事仲間は妻子持ちで夫婦の年齢差はざっと10ほどだが、仲が良く二人の娘がいて、また産まれる予定の男の子を奥さんが身籠っていた。

家の改装が終わっても、仕事仲間夫婦とは家族ぐるみの付き合いが続いた。一緒に温泉旅行に行ったり、遊園地に行ったり、夜ご飯は週一で食べに行ったりと、とにかく仲が良かった。そして何と言っても、3人の子を育てている奥さんと、一生懸命稼ぎに行っている旦那さんの仲はとても良かったのだ。まぁ、実際見ていないところではどうなのかは分からなかったが、子供の成長を見る限り、影響が出るほどの喧嘩はなかったと思う。

やがて僕は高校に入り、あまりの忙しさに少しだけ夫婦と会う時間がなくなった。

高校卒業、そして大人になった後、久々に夫婦出会った。子供はすっかり大きくなって僕よりも背が高くなっていて驚いたし、可愛くかっこよくなっていた。久々に食事をする約束仕事仲間(元、となってしまったが)として、子供と奥さんに会った。

が、ここで違和感を感じたのだ。

明らかに奥さんが化粧をして綺麗になっているのだ。もう子供に手がかからなくなったからと言っても、しっかりしている化粧に、何処と無く香水の様な優雅香りさえ漂う。

ここでなぜか僕は「もしや、浮気しているのではないだろうか」と突拍子のない事を考えてしまった。確信はない、けれどわざわざ家で食事をするために奥さんがここまでしっかりとした化粧をするということはなかったのだ。

子供の手がかからなくなって、刺激が欲しいがために…?と考えたりもしたが、あまりにも失礼すぎるので心に留めておいた。父の奮った手料理を食べながら、夫婦の仲を案じたが…

結果は嫌な予感があたったのだ。

家での食事から一週間後ぐらいだろうか、外で食べようと話が決まり仕事仲間(旦那さん)が奥さんに電話をしたが繋がらず、数回かけた後に奥さんが出たが、どうやら揉めていることがわかる内容だった。

電話を所持しているならば、すぐに出る。出れない状況ならば一言言ってくれ。そう言った旦那さんに対し、奥さんがキレたのだ。

まり唐突なキレ具合に、初めは「まあ今までのうっぷんも溜まっていたのかもしれないし、当人問題だろう」と考えていた。だが、

離婚したのだ。

僕は驚いた。流石に鬱憤あったにしても危害を加えるDVなどもないのに、離婚するのかと。

食事に誘った父が落ち込んでいるの姿に、僕はただただ「鬱憤がたまっていたのかもしれない、親父のせいじゃないって」と言い聞かせながらも、あまりにあっさりと離婚と切り出したのに引っかかりを覚えたのだ。

子供のうち中学高校の娘は父親の方について行くといい、小学の息子はまだ母親と共に居たかったのか、母親について行くと言い、子たちも離れたのを仕事仲間(離婚済み旦那さん)から聞いた。

そして暫く…いや、一週間もたっていないだろう。耳に飛び込んできたのは

(元)奥さんが年上の彼氏と同居している。という事だ。

ここで僕は気づいたのだ。「あのしっかりした化粧」「あっさりと離婚したこと」あれは同居人とやらが絡んでいたのではないかと。都合のいい離婚理由であっさり浮気相手に乗り換えられた、…僕はこの推測が大体当たっている気がした。

まりの事に母親について行った小学生の三男も母親に呆れて父親の方に戻り、3人の子母親と縁を切ると言い出す始末。

当本人もとい元嫁は新しい彼氏にウハウハだったろうが、子に見放される事がどれほど酷いことか理解出来ないのは、哀れだと感じた。

その事件からやがて2年ほどの月日が流れ、また食事に行こうと誘ってくれた仕事仲間の顔を見てからほんの1ヶ月、仕事仲間は車に撥ねられ死んでしまった。

子供はある程度大人になった。だが3男はこれから高校受験前、次女は大学前だ。3人の子が懐くほどとてもいい父親をしていた、まだまだ若い仕事仲間があっさりと、即死状態だった。

元気な顔を見るはずが、食事を楽しみにしていたのだが、まさか綺麗な顔で眠っている姿を見るとは思わなかった。

葬式喪主は長女だった。会場を見渡してみたが、元嫁の姿はなかった。当然といえば当然だが、それでも…もし、亡くなった事実を知ったらどう思うのだろうか、と考えた。

僕の母親浮気で父と離婚したが、僕は父について行った。浮気は浮ついた気持ちから始まるものだ。

みんな、奥さんと旦那さんを大事にして欲しい。ただそれだけだ。

仕事仲間さん、天国ゆっくりとしてほしい、お元気で。

2018-04-15

AV女優にすら拒絶されて童貞のまま死んだAV男優

二〇〇二年十月。V&Rのスタッフが出演依頼の電話をかけたとき母親らしき女性が「あの子は家のマンションから飛び降りて死んだ」と呟いた。鈴鹿イチ ロー(33)という特殊AV男優が、絶望を背負ってベランダの柵を越え、自らの命を絶った。生を受けてからひたすら負けて、屈折に屈折を重ねて、徹底的に 後ろ向きであり続けた男の悲惨な結末だった。無職恋人を一度ももたことがなかった。毎晩、巨乳ビデオを借りてオナニーする。それだけが女との接点だっ た。揺れる乳を触ってみたくて、どうしても柔らかいあの乳に顔を埋めたくて、AV男優になろうと決意したとき、AV界のイチローになろうとイチローという 名前をつけた。飛び降りたのは十五階建て高層マンション最上階、黒いアスファルトに頭から落ちて即死だった。早朝五時近くの出来事だった。誰にも気づか れることなく、孤独自殺したのである鈴鹿イチローはAV男優になっても一発すらセックスできず、絶対に夢や理想希望が叶うことのないこの世界を呪っ て、仕事友達恋人も楽しかった思い出もなにもなく、溢れんばかりの大きな絶望だけを抱えて、この世から消えていったのだった。

 二〇〇三年九月九日。鈴鹿の死から一年が経った晴れの日、将来は時代劇に出演して有名になりたい無職石井ちゃん(44)、無職で激寒な中川 (35)、先日倉庫解雇になって女とセックスしたいか男優志願したミソピーナツ村田24)、元V&R社員で重度の鬱病小林(26)、そしてイン ジャン古河(32)らが巣鴨スタジオに集結した。あのキチガイ飲み会ビデオ『うわさのミスコンパニオン』の撮影のためである。男たちは心が沈んでくるマイ ナスだけの奇妙なオーラを発していて、「ネプチェーンは2人か3人か?」という話題を笑ったり悩んだりしながら30分以上話していて、もはや普通じゃな かった。山ほどの缶ビール焼酎の3リットル瓶が用意され、『追悼 鈴鹿イチローお別れする会』という特注の立派な看板鈴鹿イチローが無表情でピースし ている写真が掲げられ、インジャン古河の「かんぱぁぁぁ~い!」という高らかな声でコップを重ねて飲み会が始まった。最初から一気飲みだった。口に運ぶ手 が休めば、「鈴鹿は飲みたくても飲めないんだぞ」と拳を振りあげる元暴走族暴力的インジャンに脅され、全員が怯えながらもの凄い勢いでアルコールを摂 取していった。宴会はあまり盛りあがらなかった。鈴鹿の死を初めて知った石井ちゃんは、健康に気を使ってるよう学習したようで「これ以上飲むと死んじゃ う」と吐く前に飲みを辞め、中川はいものように開始十分間で「もう飲めません」とお酌を拒絶。赤、白、黄色コンパニオンを投入して、乳を触らせてあげ ると色仕掛けにでるが、2人は頑なにインジャンのお酌を払いのけた。異常なペースで飲むのは、小林だけだった。焼酎ストレートを水のようにあけ、一瞬で ボトルがなくなってしまう。異常なペースだった。鬱病小林は「なんで飲まないんだよ、飲めよ。俺は頭狂ってるけど飲んでるんだよ」と寒い中川に絡みだ し、「飲めよ飲めよテメー飲めよ」ととまらなくなった。前々作、小林は悪酔いして病魔が襲い泣いていた。鈴鹿に「元気だせよ」と励まされた経験あるが、あ いつは死にたいから死んだんだよ、だからどうでもいいんだよ、鈴鹿なんかより飲めよと、冷たい死についてのコメント酔っぱらいながら簡潔に言っていた。 インジャンは「勘弁して下さい」と土下座する石井ちゃんにキレてしまって、グーで思いっきりぶっ飛ばししまった。吹き飛んだ石井ちゃんは壁に頭をぶつ け、ゴンと鳴って倒れた。石井ちゃんは「ポカリポカリ」と命乞いで決死洒落をかましたが、インジャンは「テメー飲め」と最終宣告してさらに拒絶した石 井ちゃんの上に乗って、顔面パンチを乱打。頭から血を流す凄惨な流血沙汰となった。さらイカれてるインジャンナイフをだして、銀色の刃を光らせて 「飲まないと刺し殺す」と不気味に呟いて、石井ちゃん絶望して一口だけビールを飲んだのだ。なにも聞かされてない女たちは、ずっと怯えきっていた。一口 しか飲まなかった石井ちゃんは、回し蹴りの決定打を喰らい、足下から崩れるように倒れてしまった。インジャンはダウンした石井ちゃんの口を無理矢理こじあ け、オマエなんて死んでもいいんだと焼酎を大量に流し込んでいる。鬼より非道い男だった。

 可愛い女の子セックスできると指折り数えて撮影を待って、念願の初出演を果たしたミソピーナツは、あり得ないキチガイ沙汰を呆然と眺めて涙を流してし まった。石井ちゃんリンチしたインジャンは、前にいたミソピーナツに酒を勧めた。ミソピーナツインジャンが近づいてくると「ヤダヤダ……」と言って震 えて「帰りたい、帰りたい」と泣きだし、怯えながら飲むふりしてコップを置いた。インジャンの目つきが変わった。再びナイフを出したインジャンはミソピー ナツの頬にナイフを立てて家族構成を聞き、「飲まないと、親を殺して妹を犯す」と宣言した。これ以上ない絶望的な表情のミソピーナツ小林が「飲めよ、テ メー飲めよ。チビ飲めよ」と抱きつき、震える裏声で「ママ~助けてぇぇ」と最後の声を振り絞って崩壊してしまった。当たり前だが、ママは来なかった。

 

 俺が初めて鈴鹿イチローに会ったのは五年前、『東京セックススタイル2』の撮影ときだった。出演男優オーディションがあった変わった企画で、そこに 鈴鹿イチローがやって来たのだった。鈴鹿は「なぜAV男優に?」というモデル質問に「有名になりたい。アイドルになって、みんなを見返してやりたい」と 真剣に応えていた。狂ってるけど前向きな人だな、と思ったのが鈴鹿最初の印象だった。それから忘年会撮影現場でたまに鈴鹿を見掛けることがあった。 「生きていて、なにも良いことがない」と時間が経つほど、ネガティブ発言が目立つようになった。二年後には自律神経が壊れて、舌が絶え間なく痙攣する病 魔に襲われキモチが悪かった。竹本から鈴鹿イチローの死を聞いたときあいつなら死にそうだなと驚きはなかった。しかし前向きにAV男優を志願した鈴鹿イ チローは、なぜ死を選択するまで追い詰められたのだろう。

 鈴鹿実家は、神戸である。ために撮影に呼ばれると、電車上京していた。死に場所となってしまった実家は、一階に映画館がある神戸新開地の超一等地。 裕福な家庭に生まれている。幼い頃から勉強だけはそこそこできたようで、将来は医者になりたいという夢があった。初めての挫折は、高校受験神戸の有名な 進学校受験して、有名進学校というブランドとそこからエリートとして羽ばたく華麗な人生妄想したが、落ちた。妥協した中堅校からリベンジ医学部を 受けたが、また全滅。妥協をして、水産大学校という国立大学に進学した。鈴鹿水産のようなマイナー職業では、医者ほどの華麗な将来の想像はできなかっ た。なんで俺は上手くいかないんだ、屈折は胸の奥底で脈々と育っていた。鈴鹿がまず欲しかったのは、圧倒的なステータスである社会的地位があり、みなか ら羨望の眼差しにみられ、勝者で女にモテまくるような人間にどうしてもなりたかった。

 医者を諦めてから、まったくヤリたいことは見つからなかった。目標ないままあるメーカー就職した。また妥協選択だった。営業部に配属され一日で嫌に なり、一週間後に「なんでこんな仕事をせなあかんのや」と上司に叫んで辞めてしまった。人に頭を下げるような低いレベル人間でない、鈴鹿はそう思ってい た。会社を辞める頃、頭がハゲてきた。シャンプーすると毛がゴッソリ抜け、だんだん頭皮が見えてくる。ハゲは女にバカにされる。ハゲは嫌いという女の声 が四方八方から聞こえ、勝者になれぬうちにハゲてきたことに焦った。不幸な運命を呪った。女にモテ目標もつことすら困難になり、新しい職業も見つから ず、家に引きこもるようになった。鈴鹿趣味は、貯金ゲームであるバイト代や親からお小遣いを一銭も使わず貯めて、通帳を眺めて少しづつ増えていく 数字を眺めてささやか優越感に浸っていた。貯金好きの鈴鹿は、本当にケチだった。竹本シンゴプライベート神戸に遊びに来て会ったとき、「オマエ、奢 れよ」と言われたことがあった。清水の舞台から飛び降りる思いで、駅前立ち食いソバ屋に竹本を連れていき、なにが食べたいかを聞かず、百八十円のかけう どんを注文した。鈴鹿イチロー自分のぶんと、三百六十円を支払った。

 長年無職が続き、焦っていた。すべてを一発逆転できる職業への憧れが強まった。職歴ない若ハゲという弱者が逆転できるのは、有名人しかなかった。歌手タレントになって誰もが知る存在になり、一刻も早く屈折だらけの人生ピリオドを打ちたかった。雑誌立ち読みして、芸能事務所テレビ局オーディショ ンの宛先に応募した。ハゲている。成功を手に入れたいと一通、一通、合格してデビューする想像をしながら、書類記述したが、ジャニーズのようなアイドル 系は名前すら読まれことなく秒殺で書類落ち、俳優系もいくら送っても連絡は来なかった。歌も喋りもどちらかといえば苦手で、鈴鹿最後希望も実現はあ まりにも厳しかった。どれだけ落選しても、目立ちたいという情念は強まるばかりだった。テレビ番組エキストラ素人企画にも送り、少しでも自分が画面に 映った場面を録画して、テープがすり切れるほど眺めるのが好きだった。

 夜と昼の生活は逆転していた。昼過ぎまで眠って夕方までゲームして、夜は新開地繁華街徘徊する。それが恋人はもちろん、友人すらいない鈴鹿生活の すべてだった。ラブホに消えていくカップルを恨めしそうに眺めて、唇を噛みしめてアダルトビデオを借りて朝方までオナニーして寝る。その繰り返しだった。 心から巨乳が好きだった。飯島直子の胸の膨らみで、何回絶頂に達したかからない。芸能事務所から何年間も無視された鈴鹿は、AV男優で有名になる変化球 を思いついた。社会的地位が低いのが玉に瑕だが、大好きな巨乳を舐めて吸って顔を埋めて、お金もらえて有名になれれば最高までいかないが、プライドの高い 鈴鹿も納得できる範疇だった。

 二十九歳。V&Rに男優志願した。若ハゲキモチ悪いルックス竹本テンプルすわに受けて、出演を果たした。竹本とすわは顔がキモチ悪くて、ハゲてる から面白がって呼んでただけだったが、鈴鹿加藤鷹のような圧倒的な存在を狙っていた。何本出演しても女のコに嫌がられ、セックスまでたどりつかない。予 定と全然違う男優生活だった。女はホストみたいな男優が触ると喜ぶくせに、鈴鹿が触ると睨んで「キモイんだよ」なんて言いだす。社会的地位が低い男優すら つとまらない現実絶望し、悩みすぎて神経を崩壊させていた。三十一歳。『うわさのミスコンパオン3』の頃は舌の痙攣がとまらない神経症に冒され、やるこ とない生活が災いしてアルコール依存になっていた。ハゲがつむじまで達して、恐ろしくおでこが広い波平さんみたいなルックスになったとき鈴鹿はようやく キムタクみたいな圧倒的勝者の芸能人になることを諦めたのだった。

 ナイフをだしたインジャン古河脅迫暴行まらず、小林アルコール過剰摂取で狂いだし、石井ちゃんは流血して、ミソピーナツは怯えて泣きだして、コ ンパニオンは女の子同士で手を取りあって震えるばかりで、拉致が明かなくなり撮影は一時中断した。下手くそな字で第二部と描かれた張り紙が張られ、再び乾 杯となって全員強制的に一気飲みとなった。ガクガク震えがとまらないミソピーナツはコップすら持てない状態だったが、インジャンに親を殺されてたまるか と、泣きながらビールを胃に流し込んだ。「テメー飲めよ。俺は竹本シンゴが好きだから、頑張ってるんだよ。精神安定剤と酒はあわねえんだけど、頑張ってる んだよ。竹本シンゴが好きなんだよ。俺は竹本さんが……」

 気味が悪いが小林は、竹本シンゴ恋愛感情を持ってるようだった。小林独り言の絶叫はとまらなくなり、何百回と竹本への愛の告白しながら拳を握り「テ メー飲めよ」と暴力行為に走り、誰もとめられなくなった。すぐに暴れるので撮影ができない。小林ガムテープで口と全身をグルグル巻きにされ、動けなくな り、芋虫のように顔を真っ赤にさせて転がるだけの存在となった。無理して乾杯した石井ちゃんは、頭をもたれて死んだように動かなくなり、思いだしたように 突然痙攣しだして、口から大量のゲロが噴射した。紫の奇妙な色彩を放ったゲロだった。コンパニオンたちは「キャー!」と絶叫してゲロから逃避したが、反対 側で待ちわびてたかのように芋虫状態小林が吐きだして、口に頑丈に巻かれたガムテープ狭間からゲロがピューと勢いよく噴きだした。窒息死してしまうと 慌ててガムテープを外すと、「俺は竹本シンゴが好きだから、頑張ってるんだよ。俺はそれが言いたいんだよ、俺の話を聞けよ」と絶叫しながら吐くという荒技 を披露し、地獄絵から現実逃避するにはセックスしかないと、生き残った男たちはコンパニオンのカラダに触れて乱交となった。石井ちゃんは真っ直ぐ歩けな い状態で立ちあがり、ふらふらして壁にぶつかり鈴鹿イチロー写真を落として踏みつけてしまって、無表情でピースサインする鈴鹿は破れてゲロまみれになっ てしまった。ミソピーナツインジャンらのセックスを眺めて、さっきは「ママ助けてぇ~」と泣いたくせになんの前触れなく白コンパニオンの乳を揉みだし、 驚いた白は「チビは嫌い」と冷たく言い放って突き飛ばした。飲まないのに乳に触れたことがインジャンに発覚して、ビールを投げられ照明で頭を割られそうに なって、「ひやぁぁぁぁぁー」と断末魔に声を発して柱の影に逃げてしまった。もはやゲロしかしない飲み会乱交現場観念絵夢とゆみ&りえのババア2人を 投入して、現場はこの世の現象と思えない地獄絵図なセックス現場となった。自然と男たちは強い順にいい女をゲットしていて、インジャンは一番美人の白と個 室での情事となり、観念は青とベット中川とミソピーナツババア相手となった。風俗しか女性経験のない中川はどんなに丁寧に責められても一切勃たず、ミ ソピーナツはようやくエッチとなって張り切って全裸になったが勃たず、デブ肉体の入れ墨ババアが「私に魅力がないのね」と寂しげな呆れ顔から怒りだして、 フニャチンを握ってやけくそ気味に乱暴な生フェラして、ミソピーナツのチンポは千切れそうになった。ミソピーナツ勃起しなければ殺されると思ったのか目 を瞑って念じるような表情になり、小さなチンポは申し訳なさそうにピンと勃った。同じく命の危険を感じた中川は、ゆみババア性器に舌を這わせて長時間吸 いついたが、とことんダメな男で「風俗行き過ぎで、ダメです」とチンポは萎縮するだけだった。飲めない、勃たない、喋れないの三重苦の中川が最も救えな く、罰としてスタンガンで襲撃されて肛門ロケット花火が打ち込まれた。ギャーと絶望的な悲痛の絶叫声が聞こえて、花火は破裂した。

 個室からインジャンにハメられてる白のキモチ良さそうな快感声が聞こえる。今日初めてのマトモな人間らしい営みだった。石井ちゃんは全身ゲロまみれのま まババアたちの乱交突入して、デブ入れ墨にチンポをしゃぶらせた。ミソピーナツはあちらこちらでの乱交を眺めて逃れるように消えて、服を着て逃げようと した。セックス最中インジャンに見つかり、親を殺されて内臓業者腎臓が売却されることが決定した。「ヤダヤダ、ヤダヤダ」と真っ青な顔して泣いてる。 ミソピーナツは、恐ろしい決定を信じているようだった。中川肛門ロケット花火を連発され、ゆみババア顔面ウンコされ、波乱まみれの『追悼 鈴鹿イチ ローお別れする会』は終わったのだった。

 鈴鹿イチロー最後の出演AVは、「いじくり絵日記」という作品だった。神戸から青春十八切符を買って各駅停車東京に行くと、紋舞らんという巨乳女がい た。柔らかそうなお椀乳は鈴鹿が長年妄想し続けた巨乳のものだった。今日だけはセックスしたいと強く願ったが、舌の痙攣で口元が締められない鈴鹿が近づ くと紋舞らん露骨に嫌な顔をした。出演者たちに笑い者にされ、い

2018-04-14

合格しても失敗」 おおたとしまさ氏の高校無償化記事に抗議する

おおたとしまさ氏という、中学受験を中心とした評論家がいる。自身麻布中高という名門私立中高一貫校出身であることもあって、私立中受験市場マスメディアに多く登場するが、専門外の記事になると、的外れで、唖然とするような記事を多く書く。

4月13日高校受験に携わるものとしては看過できないような記事を見かけたので、掲載しておく。まずは読んでほしい。

都立高校復権」の裏で「都立高校定員割れ」が意味すること

https://news.yahoo.co.jp/byline/otatoshimasa/20180413-00083769/

おおたとしまさ氏は、中学受験しか精査して調べていないことが丸わかりな記事である。お願いだから高校受験について何も知らない素人が、こういうデタラメ記事を、一般大衆を煽るかたちで書かないでいただきたい。

どうせトップ都立高に入れないのであれば、中学受験をしたほうがいい、あるいは私立高校に行ったほうがいいという判断が働くのも無理はない 【記事より引用


私立高校学費無償化の影響なく、都立上位校の人気はますます高まった

上記記事をご覧になったうえで、おおたとしまさ氏の脳内思考はこうである。「都立高校がいくつも定員割れを起こした」⇒「日比谷や西といった都立トップ進学校の人気が落ちたのだろう」→「都立上位校といえども、中学受験の中堅校の同程度の進学実績だから私立高校に進学する生徒が増えた」

果たして、本当にそうなのだろうか。都内高校入試最大の母体を持つVもぎの合格基準を用いて、過去3年間分の都立高校普通科ランク別の受験者数と実施率倍率の推移を書いてみる。

男子

ランク 1398人→1327人→1427人  (1.66→1.57→1.69倍) ↑

ランク 944人→917人→947人    (1.37→1.42→1.46倍) ↑

ランク 2863人→2934人→3000人  (1.53→1.55→1.64倍) ↑

ランク 2911人→2902人→2967人  (1.53→1.53→1.59倍) ↑

ランク 4403人→4389人→4107人  (1.45→1.46→1.37倍) ↓

ランク 3667人→3858人→3332人  (1.28倍→1.33倍→1.18倍)↓↓

都立高校合格必要偏差値をAランクからランクに分けた。Aが難関校、Bが上位校、C・Dが中堅校、Eが下位校、Fが課題集中校となる。見ての通り、A~Dランクまでは、3年間のうちで2018年度が最も受検者数が多く、倍率も高かった。つまり都立高校のうちのトップから、多くを占める中堅校のC~Dランクまでは、人気の上昇は継続している。

おおたとしまさ氏は、なぜかAランクやBランク進学校の話ばかりしている。きっと、私立中高一貫校の専門家であり、難関校の取材ばかりしているから、EランクやFランク学校をよく知らないのだろう。都立高校の定員割れの話をする際に、今年も人気が上昇した都立上位校の話をするのは、リサーチ不足と言わざるを得ない。

おおたとしまさ氏の「学区撤廃で一部に集中しただけ」は印象だけ

おおたとしまさ氏は、「学区を撤廃して、日比谷のような一部の超トップ校に難関大学合格者が集中しただけ」と語っているが、おそらく、何も分析せずに印象だけで語っている。実際にはまったく異なる。都立高校改革で、2番手や3番手学校大学合格実績も大きく伸びている。おおたとしまさ氏は、まず以下の都立2~3番手校の大学合格実績を10年前と比較されたい。

小山台駒場三田、竹早、小松川、豊多摩大泉富士三鷹武蔵野北、小金井北、調布北、町田日野台、調布北、昭和

これらの学校は、都教委肝いり進学指導重点校ではない。ところが、軒並み大学合格実績が伸びている。特に国公立大学合格者総数は、激増といっていいほど増えている。あなたのおっしゃる通り、都立高校生は、国公立大学志向が強いので、同じ表を、国公立大学合格率で計算したい。

都立高校改革が、当初は「一部のトップ校だけに高学力の生徒が集中して、ほかの都立進学校地盤沈下する」と危惧されていたのは事実だ。2000年代初頭ぐらいには、多くの方々がそう語っていた。ところが、都立高校間で進学指導ノウハウを蓄積した結果、都立高校全体での指導力が高まり、結果としては、都立進学校全体が伸びた。2000年代前半に都立全体で東大に50人台しか合格しなかったのが、2017年改革以後最多となる170人半ばを突破してた。参考までに、東京都内私立高校都立高校全体が、2012年から2017年の5年間でどれだけ大学合格実績が伸びたかを調べたので、掲載しておく。

●国公立大+早慶上智

都立高校 +892人 (115%)

私立高校 -489人 (97%)

●難関国立大(東大京大一橋大+東工大旧帝大東京医科歯科大)

都立高校 +81人 (136%)

私立高校 +41人 (103%)

おおたとしまさ氏の指摘する「特定校への集中」は、実は、氏の支持する私立中高一貫校の方が顕著かもしれない。

合格しても失敗」おおたとしまさ氏の最発言は、教育ジャーナリストとは思えない大暴言

おおたとしまさ氏の最後発言は、もはや教育ジャーナリストという肩書返上してほしいと思わせる大暴言だ。

難関大学合格可能性の観点から言えば、もしも世田谷学園を切り捨てたのであれば、日比谷や西に合格できない限りその選択は失敗だったことになり、同様に、田園調布学園や獨協を切り捨てた場合駒場小山台合格しても失敗だったということになります記事より引用

おおたとしまさ氏のこの発言暴言であるのには二つ理由がある。

第一に、データが滅茶苦茶であるということだ。おおたとしまさ氏曰く、難関大合格観点からすると、「独協を切り捨てた場合小山台合格しても失敗」らしい。だが、この感覚は、一般人感覚とは相当ずれていると言わざるを得ない。

独協  国公立大 12人  (うち現役合格5人)  ※卒業生数約200人

小山台 国公立大 115人 (うち現役合格92人) ※卒業生数約300人

単純に比べて、どちらの方が進学実績が優れているかといえば、独協高校には本当に申し訳ないのだが、どう考えても、小山台高校の方が格上と言わざるを得ない。東大京大東工大一橋大の指標も、小山台が5人(全員現役)、独協が1人(浪人)だ。

それなのに、恣意的データを用いて「独協を切り捨てたら小山台合格でも失敗」とサラッと言ってしま感覚が恐ろしい。そしてそれを、教育ジャーナリストという肩書で全国配信してしまうのだ。

第二に、これは単純に、その高校に通っている生徒に失礼ということだ。「小山台高校合格しても失敗」「駒場高校合格しても失敗」なんてことを、何度も言うが、教育ジャーナリストと名乗っている人間が全国配信している。しかも、具体的な都立高校名を挙げて。

おおたとしまさ氏は、ぜひともこの調子で、中学受験の子を持つ保護者に、逆のことを言ってほしい。

日比谷高校より東大合格者数の少ない私立中高一貫校に通っている生徒は、合格しても失敗」

都立国立高校よりも東大合格者数が少ない桐朋中に通っている生徒は、合格しても失敗」

都立西高校よりも東大合格者数が少ない国学院久我山中に通っている生徒は、合格しても失敗」

南多摩中等よりも東大合格者数が少ない穎明館中に通っている生徒は、合格しても失敗」

都立高校定員割れ分析は、おおた氏のような印象ではなく、精緻分析

おおたとしまさ氏の都立高校に関する記事が、まったくもって不正であることを指摘した。最悪なことに、全国配信されているので、この記事を読んだ一般の方々が「なるほど。都立高校定員割れは、学力優秀層が都立進学校から私立高校へ流れたことが原因か」と誤解してしまう恐れがある。

今回の事象について、日経新聞では、さすがと言いうか、冷静で精緻分析記事にしている。つまり、中堅校以上、偏差値でいうと50以上の都立高校にはほとんど影響はなく、それどころか、大学合格実績の伸長によって、ますます都立高校人気が高まる結果となった。一方で、偏差値30台の課題集中校や、商業科、工業科の人気が極端に下がり、私立高校に流れたと。

私立高校無償化政策による都立高校定員割れについて、我々が考えるべき最大の問題は、都立商業高校工業高校を、このまま不人気ということで廃校にしてしまっても良いのかということだ。今の若い子達には、なかなか商業高校工業高校の良さは伝わらない。嫌な言い方をするが、商業高校工業高校へ行くぐらいなら、私立高校からランクであっても大学へ進学させたいという家庭が多い。しかし、都立商業高校工業高校は、長い伝統の中で実習教育に長けていて、高卒の大切な人材供給の源。これをなくすことは、結果としては、国にとって損失ではないか?そういう議論などをしていかなければならないと思う。

おおたとしまさ氏も、そこに着目して、「都立高校の定員割れは、商業高校工業高校が見捨てられて、私立高校に流れたからだ」という論調で書いていれば、的を射た記事になっていただろうに……。

お願いだから、少なくとも「教育」ジャーナリストと名乗るからには、そういった学校にも目を向けて、足を運び、たくさん取材をしたうえで、この、「都立高校定員割れ」という国レベルでの大きな問題に提起する記事を、ぜひ全国配信してほしい。

開成とか、麻布とか、御三家とかも良いが、それだけじゃ、教育ジャーナリストとは名乗れない。

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