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2018-12-11

東大に入るまで

なんか東大入るまでを書いたクソ長い記事がバズってるみたいなので自分も思い出して書く。ちなみに理Ⅰ現役。何年前かは秘密

一応小学生の頃から東大に行くと決めていたと思う。父親東大出身で、ずっと「親に負けるのだけは我慢できん」と思っていて、じゃあとりあえず東大に行くしかないなと。最初は塾に行かず家で市販の教材で勉強してたけど、頼み込んで東大生の家庭教師を付けてもらった。その先生から大学生活について聞かされて、楽しそうだしやっぱり東大行きたいと思ったのをよく覚えている。

中1から高校受験のために塾に通い出した。中学の授業はとことん肌に合わなくて(テストでどんなに良い点をとっても、蛍光ペンで綺麗なノートを作ってる女子に成績で絶対に勝てないと気づいてすっかりやる気を無くした)、比較システマチックに進む塾の講義が楽しくて仕方なかった。ただ、不安障害みたいになってしまって、途中から心療内科に通うようになってしまった。でも勉強を辛いと思ったことは無かった気がする。どの教科も楽しかった。

高校受験疲弊したので高1のはじめの頃はダラダラしていたんだけど、3ヶ月くらい経ってこのままだと堕落すると怖くなって、また塾に通いだした。ここも比較的肌に合った。同じ塾に通っている同級生自然ライバル関係になるので、塾の宿題以外にも勝手勉強していた気がする。ただ、勉強時間楽しい教科(数物化)にどんどん集中していってしまって、苦手教科をカバーするために高3で別の塾にも通い出した。今にして思えば親の金に頼りすぎていた。古文勉強苦痛しかたなくて、2次試験で落ちることよりもセンター試験国語のせいで足切りされることのほうが怖かった。

振り返ると、親に行かされた塾というのは一つも無いので、その点では自主性があったのかなと思う。行きたい塾は全部自分資料を集めて決めた。ただ、塾で勉強するのに慣れすぎて、大学入ってしばらくは勉強スタイル矯正するのに苦労した。当然ながら大学講義と近いのは塾の授業ではなく高校の授業なのだなと思った。中学の延長で高校の授業もどうせ碌でもないと決めてかかっていたところがあったけど、真面目に受けていれば楽しかったに違いないと今では思う。

親の金で苦労せずに東大に入ったとまでは思わないけれども、独学の人よりは楽をしていたという自覚はある。塾によって勉強のペースが良くコントロールされていたので、自分で長期的な計画を立てて学習するという能力が中高で培われなかったとも思う。

家庭環境に相当恵まれていたのは間違いないだろうけど、環境の面で一番重要だったのは、勉学で張り合える同級生が常に身近に居たこなのだろうなという感じ。

2018-11-20

この前の初耳学

『子の学力母親から遺伝し、衝動攻撃性は父親から遺伝する』という研究結果が紹介されていて、昔のことを色々思い出してしまった。誰にも言えないのでここに吐かせてもらう。

うちの父は母に暴力をふるっていた。食器ガンガン投げて、朝台所に行くと母が泣きながら破片だらけの床を掃除していることが何度もあった。

一番忘れられないのは、私が小学校低学年のとき

テレビに夢中になっていて、「早くお風呂に入りなさい」と言う母に、もうちょっと観てから入る!と言い、お風呂時間が遅くなってしまった。私がお風呂に入ると同時ぐらいに父が帰ってきたのだが、なぜか激怒。怒りの矛先は母へ。

「なんで早く風呂に入らせないんだ!」

母を蹴る音と、痛いと叫ぶ母の声を浴室でちぢこまって聞いていた。

しかも私は、お父さんが怖かったのと自分のせいでお母さんが痛い目に合っているのが申し訳なくて、お母さんに声をかけることができず、お風呂から出たあと小走りで寝室に逃げた。床に座り、泣きながら蹴られた箇所をさすっている母の背中が今も焼き付いている。

あの時「大丈夫?」と声をかけていれば、母は少しは救われただろうか。勇気をだして父に立ち向かっていれば、何か変わっていただろうか。まだ10歳にもならない私には、見て見ぬふりをして逃げるのが精一杯だった。

数年後父は出ていくのだが、出ていったあとは母が怖かった。

教育ママで、言う通りにしなければ怒る。

宿題参考書を解いてるときは横に張りつき。解いてる途中でも、少しでも違っていれば頭をはたかれる。

怒られてる時は一切口答えできない。ただ泣いて我慢するしかなかった。怒りながらテーブルガンガン叩いているのが恐怖だった。物が飛んでくることもしょっちゅうだった。母へプレゼントしたコップが飛んできた時は凹んだ。

高校受験前は、ありがたくも塾に通わせてもらってたんだけど、志望校には落ちてしまった。「この金食い虫が」と言われた。

土下座して滑り止めの高校入学させてもらった。「資格をたくさん取ってたくさん勉強します」と念書も書かされた。

「お母さんは、よその着飾っている母親たちとは違う」「お母さんは、あなたよりもあなたのことを知っている。だからお母さんの言うことを聞きなさい」が口癖。

高校に上がると私は反抗する術を覚えた。口では勝てないので私も物に当たるようになった。この破壊行動は、20代に入り就職実家を出る頃まで続く。母は自分に都合の悪いことは知らぬ存ぜぬを貫く人で、話し合いで解決したことひとつもない。

話が通じないから物に当たることしかできず、ガラスを何枚も割り、扇風機や障子も躊躇なく投げた。

物を破壊しても満足できなければ、母を張り倒した。

母なんて死ねばいいと本気で思っていた。そのうち本当に殺してしまうんじゃないか自分が怖くなるときもあった。

あれから幾年。私は30代に入り、母はとっくに還暦を過ぎた。母はだいぶ丸くなったが、私は未だに母の前では笑えない。丸くなったといっても、私の就職先にケチをつけたり頼んでもないのに転職先をリストアップしてくるから本質は変わっていないと思う。

父の消息は知らない。高校卒業時、親戚の計らいで私とだけ再会したことがあったが、その後お金をせびられたので連絡を絶った。

母は、父から暴力を受けていたことは覚えていないという。私に吐いた暴言も、覚えていないと言う。

周りからは「女手一つで大学まで行かせてくれたんだから」「留学もさせてくれたんだから」「今は丸くなってるんだから」親を大事しろと言われる。

でも、大人になった今でも、忘れられない。

母に叩かれていたこと。

友達の家に遊びに行く度に、友達の家に「遊ぶな帰ってこい」と電話をかけてきたこと。

金食い虫と言われたこと。

土下座させられたこと。

反論するたびに出ていけと言われたこ

学校を辞めさせると脅されたこと。

辛かったことを伝える度に、私がそんなことを言うわけないと否定されつづけたこと。

かに助けてほしかったけど、誰にも言えなかったこと。

父に蹴られる母の泣き声と破片だらけの床。

「産んでくれたから」「学費を出してくれたから」ぜんぶ忘れて、水に流して、優しくしなければいけないのだろうか。

こういった、俗に言う辛い過去を抱える人は今は成功して幸せになりがちだと思うのだが、私は平々凡々。むしろパワハラ上司に負けて会社を辞めてニートまっしぐらだ。唯一の救いは、こんな私を見捨てないでくれている彼氏と、飼い猫が私にはもったいないぐらい可愛いことぐらいだ。いやそれで十分なんだけど。

から、初耳学のあの発表を見て、封印していた黒くてドロドロしたものが溢れ出てしまった。

いつか父のように暴力をふるってしまうのだろうか。

お金にだらしなくなってしまうのだろうか。

母のように、言ったことを「言ってない」と言い張り相手を混乱させてしまうのだろうか。

それとも母やみんなの言う通り、私は金食い虫で、一人っ子から甘くて、事実じゃないことばかり言っていて、親不孝なのだろうか。

2018-11-13

昔、飼ってた鳥を殺虫剤で殺したことがある

これは僕が中学生の頃の話なんだけど、なんか知らないけど母親がいきなり鳥を飼ってきたんだよね。

まぁテレビでも見て飼いたくなったんでしょうね。

種類は思い出せないけど、手のひらサイズ灰色の毛にオレンジの嘴が印象的な鳥だったな。

飼う飼わないはどうでもいいんだけど、高校受験を控えた僕の部屋の勉強机の隣に置くのよ。

四六時中ピーチクパーチク鳴く鳥を。動物園ほどじゃないけどいろいろ臭う鳥を。

そんで鳥の世話という名目勝手に僕の部屋に入ってくるし。

文句言ってどかせばいいんだけど、当時は母親に苦情とか言えなかったな。

ひと言でいえば毒親だったんだよな。それは父親もだけど。

なんか文句言って機嫌を悪くすれば、家事を全部放り出すし、不機嫌全開で家の空気悪くするし。

しばらく我慢してたけど、高校受験も近づいてプレッシャーが積み重なっていくうちについに我慢できなくなった。

でも我慢できなくなっても何もできることが無いんだよな。鳥を黙らせることなんかできないし、別の場所に移動することもできない。

から鳥が鳴くたびにスプレータイプ殺虫剤をかけていた。殺虫剤をかけると一時的だけど静かになるんだ。

そんなことを続けて3か月ぐらいかな、衰弱死した。

母親が先に気付いて、僕が学校から帰ってくると鳥かごの前にいて、散々僕をなじった。

殺虫剤臭いに気付いて、僕が何をしたかわかったらしい。

なんかえらく泣いてたね。よっぽど鳥のことが大事だったんだろうね。

なんだか僕はその時どういう気持ちでいたのかあんまり覚えてないんだ。

母親になじられて叱られて、母親申し訳ないと思ったのか、それとも鳥に対して申し訳ないと思ったのか。

あるいは僕の中学受験とかを軽視してただ自分の飼い鳥のことしか考えてない母親が憎かったのか。

ただ、鳥が死んで悲しかったのは確かだった。

自分で殺しておいておかしいかもしれないけど、悲しかった。

殺してしま申し訳ないという気持ちはあった。

それで、まぁ中学生のやることだからお馬鹿なんだけど、自分の口の中に殺虫剤スプレーしまくってたんだよね。

懺悔なのかなんなのか。よく考えればおかしい気もするなぁ。

この件、誰が悪いんだろう。

なんか今急に口の中が苦く感じて、あの時の殺虫剤の味をちょっと思い出したので書いた。

2018-11-06

しあわせってなんだろう

しあわせってなんだろう。

幸せなんて主観的ものしかいから、先程の問の答えや定義は人によりけりっていうところなのだろうけど。

最近自分果たして幸せなのか?と考えることが増えた。

24歳。

周りには家庭を持っている人もいれば、学生として研究に勤しむ人もいる。働いている人も多くいるし、働き方だって様々。職種も様々。

わたしが生まれ育ったのは、とある地方都市ベッドタウン。小さなショッピングセンターはあるものの、特にそれ以外は何も無い。家がある住宅街を抜けると、田んぼと山に囲まれ田舎景色が広がっている。

子育てをするにはとても良い環境だったと思うし、実際、たくさんの子育て世代がこの住宅街に夢のマイホームを建てて移り住んでいた。

突然だが、人生とは選択連続である、という言葉がある。(byシェイクスピア)

当たり前のことではあるが、成長とともに選択肢は増える。

特にわたしたちのようや田舎で育った者にとっては、なおさらそうだろう。私立小学校中学校だなんて周りになかったし、車がないと駅にもたどり着けないような地域なので、ほとんど全員が地元幼稚園小学校中学校、と、同じルートを辿る(もちろん受験をしてみたり、別のルートを歩む人は少なからずいたが)。

わたしにとっての初めての大きな分岐点高校受験であったと思う。

田舎にちょっぴりコンプレックスを抱いていたわたしは、都市部位置するという理由だけで、この辺で1番の進学校に進んだ。

わたしは決して頭の回転がいい訳では無いが、昔から記憶力がとてもよかった。

おかげで普段は全く勉強をしない不真面目な学生だったわたしだが、テスト前の詰め込みだけでそこそこ学年でも上の方の成績を維持しており、高校受験もなんなくクリア出来た。

高校勉強漬けの日々だった。

地方進学校特有の、地元国立大学(A大学とする)を神聖視し、それはそれは宗教のように、「目指せ!A大学!」と朝から晩まで勉強に励む生徒達。

わたし多数派から外れることがとても怖かった。いつも一緒に行動していた友人達はみなA大学を志望しており、わたしも当たり前のように、なんの疑問も感じずにA大学を志望し、死ぬほど勉強した。

特に将来やりたいこともなく、母親から、「今の時代は女でも資格を持っていないと」と言われたので、特に何も考えず資格が取れる専門的な学部受験した。

死ぬほど勉強した甲斐あって、ストレート合格し、進学をすることができた。

周りの大人たち、親戚たちからは、優秀ね、親孝行ね、などといつも褒められたし、親もとてもわたしの進学を喜んでくれていた。

大学では、それなりにキャンパスライフを楽しむことができたので、専門的な学部だったため、他の学部のように授業をサボってみたり、全休作ってみたり、そんなことは一切出来なかったし、なにより実習が死ぬほどきつかった。

大学生にもなると、仲の良かった同級生たちは皆SNSをやっていた。

この頃から自分選択が正しかったのか、自分に問いかけることが増えてきた気がする。

関東私大に進学した友人はいつもオシャレなカフェインスタグラムにあげていたし、同じ大学に通いながらも全休をたくさん作って遊び呆けてる友人、地元高校勉強はあまりせずに恋愛満喫して専門学校に進学し彼氏ラブラブな友人、夜の仕事をしながら華やかな世界で生きる友人、

所詮全てSNSしか知ることは出来なかったので、切り取られたほんの1部だったのだろうが、やっぱり隣の芝生って青い。

みんなそれぞれ、たくさんの選択肢を選んできた結果として、様々な人生を歩んでいた。

大学卒業した後、わたしは今、地元公務員として働いている。

安定した職もあるし、高給取りではないけれど、実家暮らしのため、そこそこ自由に使えるお金もあり、趣味満喫している。友人もいる。誰もが注目するほどの美人ではないけれど、絶望するほどのブスでもない。

過去自分に会うことが出来て、未来から何かを伝えるという漫画みたいな経験ができるのであれば、もっといろんな選択肢があるってことに気づかせてあげたい。

子どもが欲しい。わたしも早く家庭を築きたい。もっとクワクするような仕事がしたい。素敵な彼氏ラブラブしたい。

華やかな世界に生きたい。都会に出たい。

どれも全然から選べる道だとは思う。

しかし、わたしにはこの安定したレールから脱線する勇気がない。

もっと勉強しなくて良い学校に通って毎日遊んでバイトして過ごした方が楽しかたかな?自分探しの旅に出てみてもよかったかな?たくさん男の人と遊んでたら、いい人見つけてもう結婚できてたかな?

わたしは今幸せなのかな?

もっと幸せ人生ってあったのかな?

この選択肢を選んできた自分人生以外の人生を歩むことは出来ないので、どの選択肢を選ぶのが正解だったかなんて今更わからないけれど。

今日わたしはいつも通り、実家リビングゴロゴロしながら、ツムツムのハート回復するのを待ちながら、この記事を書いた。

何が言いたいかさっぱりわからなくなったが、自分の言いたいことをつらつらと書いてみた。共感してくれる人も、贅沢なやつだと反論的な考えを持つ人もいるだろうが、暇を持て余した1人の24歳女の戯言としてさらっと流してくれたらうれしい。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

学歴コンプレックス

7 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載禁止です:2014/03/19(水) 03:29:10.11 ID:P3XXgI+S0

私文2浪失敗

現役でもニッコマは一生の恥だから蹴った

いまはジョブカフェ通ってるけど求人応募してもはねられるばかり、早稲田卒の両親からも詰られる、もう死にたい

早稲田行きたかったなぁ....


大隈重信イギリスが何だ。アメリカが何だ。俺達が白人規範を示してやる!」 →早稲田大学を開設→

https://maguro.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1395166839

18 名前番組の途中ですがアフィサイトへの転載禁止です (アウアウウー Sac7-9Fbr)[] 投稿日:2018/11/06(火) 07:23:01.10 ID:rzD5riSBa

この悠木碧早稲田ってなんだよ

千葉経済みたいなド底辺校からなんでAO早稲田に行けんだよクソが

あんなやつより1020偏差値高いとこ出てんのに

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

なんだったんだろな、俺の人生って

やりたくもないバイオリンを無理矢理習わされて、練習で上手く弾けなきゃ殴って蹴られ髪の毛掴まれて引き摺り回されたり

年の離れた兄の家庭内暴力で近所の家に助け求めて駆け込んだり

1浪時に親父が自殺して母親発狂して地獄を見て

散々な目にあってきたのに

高校受験では船橋にも東葛にも入れないクズ

大学受験では早稲田にも慶應にも入れないクズ

早慶卒の親から罵倒された

俺の学歴コンプレックスの根源はこれ↑

俺も大学いって青春してまともなとこに就職たかった

時給1470円の一般派遣事務職しかできない、ボーナス交通費も出ない.....

ろくな青春がなかった

19~21くらいの若くて金とか気にしないしがらみのない純粋恋愛セックスできなかったのが今でも悔やまれる、、つらい....

受験期は家庭内修羅場(オヤジ自殺とお袋の発狂)で精神破壊された

青春コンプレックス学歴コンプレックスは一生治らない

世を拗ね 人を攻撃クレームをつけ 炎上には便乗して生きてく


朗報女性声優さん高学歴が多すぎる [582194147]

https://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1541456351/

2018-10-23

生きるのってしんどいよな

子供作るのにイチイチ生涯年収計算したりお互いの職歴とか恋愛とか家族付き合いとか老後とか政治とか職場関係とかキャリアとか

子供ができたらできたで出産育児保育園お受験小学校雑務いじめられてない・いじめてないか監視、飯、仕事家事浮気せず夫婦関係円満、土日の家族サービス、両親の介護病気持ちなら闘病、中学受験反抗期高校受験反抗期養育費大学受験学費浪人ならストレス追加、政治職場関係キャリアストレス浮気せず夫婦円満、親の介護、ご近所付き合い、子供の将来、貯金自分の老後、病気持ちなら闘病、税金税金話題を合わせるためにテレビ番組ストレス、親の葬式、将来、貯金税金浮気なしで夫婦円満家事、居場所趣味ストレスストレス自分の死

2018-10-21

大学受験失敗、自業自得人生努力できない病

私は大学受験に失敗した。第一志望校に受からなかったとかそんなことではない。受けた大学全て、そう、全落ちしたのだ。

話は高3の4月からになる。同い年の友人が急死した。他の共通の友人は皆悲しんでいる様子だった(当然だ)が、私はその時ひどく冷静でいた。友人たちに対し適度に元気付けるように行動したり、死んだ彼女の分精一杯努力して生きようと意気込んでいた。今思い返せば自分無意識に空元気の状態だったのかもしれない。

そんな前向きな状態は長続きしなかった。夏休み明けから登校拒否になった。原因は分からないが、自己分析すると高校受験の時からの溜まり溜まったストレスが、友人の死をきっかけに爆発したのではないかと思う。それに部活での人間関係受験への不安etc、私の高校生活はかなりストレスフルだったと今改めて思い返す。母親に泣きつかれ父親に蹴られても学校には行けなかった。早期の時点で大学受験は諦め、とにかく卒業を目指すことになった。なんとか出席日数ギリギリ高校卒業することができた。

卒業後、私は学習塾に通い(予備校ではない、この時点でやる気のなさが伺える)大学を目指すことになった。周りに流されるままに。そう、私は一浪の末全落ちしたのだ。理由簡単、全く努力をしていなかったのだ。4月5月毎日ドラクエ7をやっていた。ドラクエを全クリすると今度はひたすらネット動画を観ていた。誰も叱る者はいなかった。親も塾講師も腫れ物に触るように私を扱った。志望校はたった2校だった。どっちも私立だったのでセンター試験すら受けなかった。当時私は大学に行きたい気ではあまりなかった。どうせ行っても上手くいか中退する未来しか見えなかったからだ。私は幼稚園の頃からずっとしくじり続けた。対人面でも勉強面でも。だからまた失敗するんだという固定観念に縛られていた。結果は一方は即不合格、もう一方は補欠候補に入った後不合格。当然の結果である

そして今年の4月からバイトを始めた。週4、5回4.5時間〜7時間働いている。だが仕事中色々思い詰めてしまって集中できない。何を考えているのかというと、何故頑張れなかったのか、底辺でも大学に入っていた方が良かったのではないかもっと早くストレスへの対策を出来たのではないのか、人生この先どうなるのか、などということだ。それから10月から通信制大学をはじめたがもう溜まっている。子供の時から何も変わってない。進〇ゼミや〇会や公〇、全部溜めて辞めていった。無駄にした親の金は一体いくらなのだろうか。

世の中の悩める人たち、安心したまえ。私よりクズ人間はいない。自信を持ってくれ。それしか私に出来ることはない。今日も私は全人類の引き立て役をする。

2018-10-14

anond:20181014100653

20年ぐらい前に県立高校受験した時も、女子合格基準点が男子より高いという噂はあったよ。

合格者は毎年男女比が2:1だったけど受験者の男女比はわからない。

2018-10-09

泣いてしまう話と受験期の辛かった話

自分の将来の話を学校先生にすると別に相手の事が苦手という訳でもないのに、何故か苦しくなってきて泣いてしまうんですよね

急に泣き出してもキモいし、先生も話聞いてるだけなのにこっちが泣き始めたらびっくりするだろうし、出来るだけ涙声でもがんばって一言二言程度で会話するようにはするんですけど、自分の悩みとかを簡潔に纏められないし苦しくて頭回らないし結局グダグダ喋って泣き出しちゃうんです。

なんか世界がめちゃくちゃ速く動いてるように感じて、先生は「うん、うん」ってこっちの話を聞いてくれているだけだから、ずっと私のターンで「どうしよう!早く言わなきゃ!待たせてる!」とは思うんですけどなかなかうまく喋れない。苦痛だったな。

大学受験とき「おい泣くなよ、お前は努力もしてるし大丈夫だよ。」と担任に言われて、「いや、別にあの学校受験することに対して不安がある訳じゃないし、訳わかんないけど泣いてるだけなんです。」とずっと思ってた、

なんとなく「受験期でナーバスになってる」って思われるのも嫌だったんですよね

いやでも何もないのに泣いてるの本当意味わからんキモい

本当に理由はないんです、ただ先生と将来の話をしていると泣いてしまう。高校受験の時もそうだった。

泣き出してしまうのが嫌で、真面目な面談の場以外だったら先生受験の話振られても適当冗談で返したり、他の子の話にすり替えたりしてかわしてたから、きっと「こいつは何も考えてないんだろうな」って勘違いされてたかもしれない

それも嫌だけど、醜態晒すよりはマシなので何も考えてないバカを貫いていた。

悩んでることも相談したいことも色々あったんですけどね

私の家はクラスメートのみんなの家よりお金が無かったみたいで、県外の大学とか私大とかは受験させてもらえなかったんですよ、行きたい大学は県外の私大だったんですけど

クラスのみんなの有名私大合否うんぬんの話を聞くのが苦痛だった。それにいちいち反応する友達(「あの子、推薦でMARCH合格だって!私も頑張ろう」など言ってた)も嫌だった、お前は好きな学校受験させてもらえていいねしか思えなかった

自分で言うのもあれだけど、私はクラス内での成績は結構良い方だったから、自分よりバカクラスメートが有名私大に受かったっていう話にめちゃくちゃコンプレックスを刺激された。

バカの癖に、私の方が勉強できるのに、履歴書に乗る来歴で負けるのが悔しかった

っていう話を友達にしてみたら、まあお金のことはしょうがないよね。とか 私の家もお金ないよ!とか言われた

後者は本当にタチが悪い。

お金ないなら一緒に私のところ受験してみようよ!というと、「いや、行きたい学部ないし」とか言って

いやいやこっちだって本当に行きたいと思ってる学部ないし、関連した分野を学べそうだから妥協してるだけないのに、結局選ぶ自由があるんだなお前は、だったら共感なんかしてほしくないわ

お金ないと言ってきた友達も私より頭悪かったけど、私の大学より偏差値高い有名私大に行って、下宿して、普通に大学生してるし遊んでるし、さらには最近になってようやくバイトを始めたようで、なんかなーと思いました未だにコンプレックス

親の金で塾まで通わせてもらってた癖に、学校では居眠り君とか本気で無理だったな、

お金ないと先生に泣きながら相談してみれば、色んなとこからお金借りればいいよと言われ、

奨学金も借りて、さら借金なんてあまりに非現実的では?って感じでした。「奨学金破産」なんて言葉もあるくらいなのに、本気で言ってたのかな?

家だと勉強に集中できなかったから授業がなくても学校に通ってたんですけど

私の高校ほとんどの人が私大に進学してたので、特別理由もなければわざわざ自由登校日に学校には来ないんですよ、

一人ぼっち教室で、休憩がてらクラスメートのインスタみて、受験おわった!今日ディズニー!平日だから空いてる!とかみて、私もお金があって私大のみの受験だったら今頃遊んでたのかなシクシクメソメソ

受験期のありとあらゆるもの苦痛だった。

別に今の学校が嫌という訳じゃないんだけど、この人の話を聞けて良かったと思える講義もあるし、家庭環境ちょっと似ている友達もできて、初めて嫌味なくこんな話もできたのは良かったと思っている

それでも時々高校友達から大学の話をされると嫌なことを思い出してしまって今でも辛くなる

受験諸君へ、受験は金!生まれてくる家が重要

2018-10-06

私は母が嫌いだ。

ってリアルで言うと、「まだまだ子供だな」とか、「あなたも親になればわかるよ」とかきっと言われるんだと思う。

進路の話に口出ししてきた母にキレたら、「お姉ちゃんは苦労したことがないから人を見下せるんだ」と言われた。

かに、未就学児の時に母(私の祖母)が統合失調症だとわかって、両親(私の祖父母)が離婚して父子家庭で育って、高校受験に失敗して滑り止めの私立に入って、父(私の祖父)が再婚して継母ができて、高校中退して、就職した後にうつ病統合失調症になって、弟(私の叔父)も統合失調症になって、苦労だらけだと思う。

でも私だって、そんな母を持って、両親から名前じゃなくて「お姉ちゃん」って呼ばれてる。父の転勤で海外学校転入して、現地の言葉ができない両親に頼られっぱなしだったこともある。

精神病から仕方ないんだ」って私に我慢を強いるなら、産まなければよかったのに。普通母親が欲しかった。普通母親として振る舞おうと努力して欲しかった。

でも50年以上生きた人の価値観はもう変えられないんだろうな。

お金がない

お金がない。

どのくらいないかというと、扶養ギリギリまで稼いでいるのに貯金ゼロで、全財産2080円と1000ウォンなくらいない。これはマジです。ちなみになぜウォンがあるのかというと、以前韓国旅行した際なんとなく取っておきたくなり使い切らず持って帰ってきたからです。深い意味はないし、両替しても100円とかなので放置している。

毎月20日給料日で、先月も滞りなく支払われたのにこのザマである。さすがにヤバいわたし比較的常にお金ないけど、今人生で一番貧乏だと思う。

なんでこんなにお金がないのか。原因は三つある、と思う。

まず一つ目は、大学入学一時金?的なアレを自分貯金から支払ったことだ。

こんなわたしでも、ずっと昔からこんなにだらしなかったわけじゃない。小さい頃からこつこつ貯めていたお年玉は、高校3年2月時点で20万円は下らなかったはずである。だがそのお金大学入学する権利を買うのに使ってしまった。

ご存知の方も多いと思うが、大学入試には様々な方式があり、それぞれ日程はバラバラだ。わたし受験生だった当時はなぜか偏差値の高い私大ほど入試合格発表が遅かった記憶がある。そして、大学に晴れて合格すると、まだその大学入学することを決めていなくても、その権利を保持するためにまあまあな額のお金大学に納める必要がある。わたし場合だと、受けた全ての大学合格発表2月末くらいだったと記憶している)の前に、滑り止めとしてセンター試験のみを利用して合格したあるN大学の一時金納入日があった。

さあここから問題である。N大学の一時金納入日直前、わたしは他の大学合格している自信が全くなかった。そして浪人する気も全くなかった。だから今の時点で合格しているN大学入学権利はなんとしてでも保持しておく必要がある。

が、我が家は決して裕福ではない。ありがたいことに食べるものに苦労するほどではなかったが、4歳のときから母子家庭という由緒正しい貧乏である。先ほど浪人する気はなかった、と言ったが、これは「浪人できる金などなかった」の間違いであるのでお詫びして訂正いたします。大学全落ちしたらキャバ嬢自衛隊だな!とよく言われていたが、これが冗談ではなく大真面目な話なのである。余談だが、高校受験の時は高校落ちたら舞妓になるしか道はないと言われていました。

なので、高3の9月から通っていた塾(4月の時点ではそんな金はないか自力でどうにかしてくれと言われていたが、夏が終わってさすがに無理だと察したので超頭下げて無理して入れて貰った)の費用大学受験料(これすら払えないので受ける大学を減らしてくれ、と懇願された。4校しか受ける予定なかったのに)などで財産殆ど使ってしまった我が家には、入学するかもわからない大学に払う、言ってしまえばドブに捨てることになるかもしれないお金なんて全く残っていなかった。だがそれを払わないと折角受かった大学入学権をみすみす捨ててしまうことになるのである

困った。超困ったし、めちゃくちゃ悩んだ。母に言うと、当然お金がないので「他の大学も一つくらいは受かってるんじゃない?」と返ってきた。超他人事である

「いや、全部落ちてたら行くとこなくなるんだけど」

「そしたらキャバ自衛隊だね~」

「いや、そうなりたくないか大学受けたんだけど」

「でも何を言われてもお金は出せないよ、人に頼む前に自分でどうにかしたら?」

・・・というわけである。かつて母に「大人になって、ブランドもののバッグとか、そういう本当に欲しいものができた時のために取っておきなさい」と言われ貯めておたお金は、こうして一瞬にして消えてなくなったのである。ていうか「本当に欲しいもの」の例がブランドもののバッグなのって社会的にどうなんだろう。確かに欲しいけど。

二つ目は、基本的わたし浪費癖があることである。いや、浪費だとは思ってない。服や、靴、アクセサリーおいしいごはん飲み会、好きなアイドルCDDVDコンサート旅行カフェ巡りや映画鑑賞他人にとっては「もったいない」かもしれないこれらは、わたしにとって必要最低限の出費なのである

よく母には一番出費の多いアイドルという項目に対して「アイドルいかけるのいい加減どうにかしろ」と言われるしわたし自身早くやめたいんだけど、みんなかっこいいしかわいいしライブは最高だしでやめられる気配は今のところ全くないので、最近明日全員引退しろ毎日のように思っている。ちなみに今わたしが好きなアイドルグループのうち二つが○○周年でやたら金がかかり(アイドルおたくじゃない人の為に説明すると、アイドルの○○周年というのは、やたらめったらライブをしたりグッズを出すためとにかく出費が嵩むのである)、別のグループ推し12月卒業してしまう(アイドルおたくじゃない人の為に説明すると、アイドル卒業するときはやたらめったらライブをしたりグッズを出すためとにかく出費が嵩むのである。これを卒業商法と言います。あとシンプルにこれまでは我慢できてたグッズや公演も「これが最後から」と言って抑えが利かなくなってしまう)ので出費額は右肩上がりである

あと一つ、これは非常に短期的な理由ですが、今月パソコンを買ってしまたからです。でもこれはしょうがない。誰に何と言われようとこれは必要経費である。なぜなら就活卒論執筆控えどう考えてもパソコン必須未来が見えているのに、我が家パソコン10年以上前に母の会社が使っていたがもう古くなったから捨てるというので貰ってきたデスクトップパソコンWindowsXP)その一台のみなのである

購入には一部祖母やその他の方から頂いた成人のお祝い、から成人式撮影着付けクリーニング代を引いた額、も使ったが、全額自分負担である。今月の給料の半分近くが一気に出て行ったのだから、そりゃ金もなくなるわな、という話である

今後の話をしよう。給料日まであと約2週間、2080円と1000ウォンだけではどう考えても生活できない。それに今月はコンサートの入金締切があり、ということは遠征のための飛行機もさっさと手配しなければならない。ていうか普通大学生はなにも贅沢なことなんてしてなくても2080円じゃ日常生活に支障をきたすし、何かあった時のことが怖くて外出れません。ざっと計算すると、次の給料日までに、最低でもパソコンを買うために使った費用まるまるくらい必要なことがわかった。ので、どうにかしてお金を得なければならない。ていうかそもそも大きな買い物をしなくても給料全額使っちゃうってどうなんだろうな。

わたしは考えた。こういうときは誰かにお金を借りるのが一般的だろう。だが、額が大きすぎる。いくら貧乏と言ってもわたしよりは計画的お金を使う母はいざというときのための貯金があるし(その、いざ、は、ブランドもののバッグを買うときであって、娘の生活費のためではないと思うが)、1万2万なら貸してくれるだろう。恥ずかしながらこれまでに何度かそのくらいの額なら借りたことがある。だが、借りたお金は当然返さなければならないし、それは次の給料日に、ということになるだろう。借りたものはなるべく早く返す。当然のことだ。

しかし、来月のわたしお金があるだろうか?というと、答えはノーである。このままだと扶養の限度である103万を超えてしまいそうだったため(それだけ稼いでいて貯金ゼロという現実わたしは重く受け止めなければならない)最近バイトを控えており、来月の給料は相当少ないと予想される。これで借金を返したりしたら更にお金がなくなりまた借金、という自転車操業が目に見えており、それはさすがに人間としてダメな気がするので避けたい。

では、どうするべきか。稼ぐしかないのである

ということで、来週ガールズバーに体入してきます

なぜガールズバーなのか。まず、日払いであること。先程から言っているように、わたしお金はないのに出費の予定はあるので今すぐお金を手に入れる必要がある。引っ越し日雇いとかでも全然いいけど、あんまり体力に自信がないので。かと言って人に自慢できるような見てくれでもないので面接であっさり落ちるかもしれないけど。そしたら引っ越し屋にするしかない。

そしてこれが最大の理由だが、水商売扶養とか関係なく働けそうだから、だ。なんとなくその辺ってお水の世界グレーゾーンな気がする・・・少なくとも引っ越しバイトよりはガバガバな気がする・・・。もちろんそうじゃなかったら即ちそれは死を意味します。

水商売は下へ下へと流れて行くから水商売というらしい。DESIRE合いの手も言ってるように、落ちたらように怖いのである水商売は。わたしネット掲示板って2ちゃんねる(あ、今は5ちゃんねるっていうんだっけ?どっちでもいいけど)と糧くらいしか見ないんだけど、ヘルスとか超怖そうだよね。

今回お金がないのは怖いって身をもって学んだから、今後はちゃん貯金したいなあ。これ以上支出が減る見込みはないので収入を増やさないといけないんだけど、ガルバって親にばれずに続けられるものなんですかねえ・・・?うち、門限12時、許可制終電デッドラインかいう超絶厳しい家なんですけど・・・

わたしガルバより下に行かないように祈っててください。おわり。

2018-10-05

寮生活大学受験危機感を感じ東進に通った話

社会人になって3年が経った。

自分大学受験ときに思っていたよりも大学というものは一生ついてくるのかなと思った。

日東進にこもった甲斐があったので書いておこうと思う。

高校受験をして、トップ阪大専門学校に行く子もいる、なんちゃって進学校入学した。寮生活面白そうだったから…

しか入学してから気づいたのは、受験に対する意識が甘さ。公立大学付属校なので、先生も進学指導に対しそこまで気力もなく、さら田舎なのであまり経済的に恵まれた人もいないせいか実家から通える地元公立を目指そうというレベルだった。

受験対策は、高校3年になって塾に通う人がいるくらい。

周りの甘っちょろい受験への姿勢が恐ろしく、高2から、土日は東進ビデオ学習自習に充てた。

その間に寮生活友達は、親の目もないのであまり勉強していなかった。

テストで同レベルや私より上位だった子も、私よりかなりレベルを落とした地方国立大学を受けるか、浪人していった。

あの時東進に通っていた土日に勉強しておいて良かったなと思った。

就活でも社会人になってからも余程の技能がない限り出身大学のことは言われ続ける。新卒採用もあからさまに区別される。大学受験では上位の大学に行くに越したことはないなと思った。

2018-09-24

anond:20180924063529

全国の高校受験問題大学受験問題マニアなら、さらっと「〇〇年くらいまではよくある問題だったが今はない」みたいに答えられそう

2018-09-20

高校受験の時、自分は推薦一校で受かって、友人は第一志望落ちたんだ。

めちゃくちゃ悔しそうにする理由が分からなかった。

大学受験では10校くらい落ちた。情けなくて涙が出た。3月にようやく合格通知が出て、友人の気持ちが少しだけ理解出来た。

そして今。友人は不妊治療を行っていた。そうする理由が分からなかった。

でも先日、ようやく子宝に恵まれて、無事産まれて焦る気持ちが少しだけ理解出来た。

隣同士で一緒に成長するつもりはなかった。二人いつも違う方向を見ているようで足並揃っていて

それが心地良かった。

友人というものは異なる感性を認め合える間柄だと思う。

自分がもし性同一性障害かもと言えていたら、変に寄り添わずに済んだだろうか。

きっと5年後も同じ事を思う。異性は愛せるけど自分が望むのはこの性別役割じゃないって事。

同じ方向を見ていてもそれだけは最後まで理解してもらえなさそうだ。

2018-09-14

学歴コンプ死ぬことしか考えられない

僕の最終学歴専門学校である

現在都内ITベンチャー企業社員として働いている。

今までお金に苦しめられ、人間関係に苦しめられてきたが、全ての原因は低学歴なことにあると思う。

学歴コンプレックスに対して、自分自身には、お金が無かったからとか、地元田舎で通えるところが無かったから、とか言い聞かせてるけど、実際は高校受験の時から一貫して計画性の無い性格が一番の原因なのだ

学歴劣等感を覚えるようになったのは、専門学校就職活動を始めた時期からになる。

エントリーフォームから専門学校入力欄が無く暗黙的にお断りされたり、集団面接サークル活動卒業研究といった話ができず、自身他者より劣っているということを自覚させられた。

また、社会人になってからは、システムエンジニアとして常駐する客先の方々の、キャリア生活レベル自分自身や自社の人間比較し、やはり学歴しか人は評価されないんだと考えるしかなかった。

今年に入り、ベンチャー企業入社してからは、先輩社員インターン生の皆々が揃って、東大/慶応/明治/法政/その他有名国立大出身で、人間関係技術自分自身と比べ物にならないくらい幅広い。自分から何か勉強しようと大学に進学した人と、誰でも入れる専門学校に進学した人とでは、そこで人間としての優劣が決まっていると思い知らされた。

社会人から大学に入るという選択があることは知っている。

しかし、僕は商業高校出身、かつ普通教科を真面目にやっていたのは中学までという人間である

仮に合格したとしても入学するためのお金がない。

奨学金専門学校での分を払うのに精一杯の現在、これ以上借りるのは難しい。

からどう頑張っても手遅れなのだ

僕と同い年の大卒社会人は、優良企業入社し、貯金ができるだけの給与を貰い、大学時代から人間関係や繋がりから恋人ができ、好きな趣味時間を費やすことができる人生を送れるだろう。

僕はこれからも、惨めに、堕落した生活を送り続けるしかないのだ。

もういっそのこと、死んで楽になりたい。

2018-08-27

偏差値60弱のローカル進学校通ってたけど民度最悪だったぞ

9割の生徒が4年制大学目指すような感じだったけど皆、倫理感覚思考様式がどっちかっていうと獣に近かった。

友達に誘われたら「ウェ~イw」くらいの軽いノリでオレオレ詐欺宅飲みレイプの手伝いしかねないくらいの危うさと低能さがあった。

高卒公務員になった運動部の奴は就職後に飲酒運転やらかしパトカーと追っかけっこした挙句逮捕されてたし。

公立10人くらい受かるような高校なのにこんな同級生出るとかもう。

中学校とき仲良かった、って理由特に疑問も持たずにタトゥー入りまくりのやつとかと未だに友達付き合いしてる奴とかいたし。

2chで「地元じゃエリート扱いだろうけど高校受験で偏差値60はなかなか頭ヤバい」って指摘見たことあるけど、あれ多分正しい。

タイミングと運次第じゃヤカラになっても全然おかしくない感あるもん、うちの高校の奴ら。知性のせいで。

2018-08-12

押切蓮介漫画を読んで泣いた

大学生俺、ピコピコ少年を読んで泣いてしまった。

自分意思に従って大好きなゲームをする作者の姿を見て、俺は自分の子時代を後悔した。

中学受験なんて拒否して遊んでいればよかったな、と思うと泣けてきた。

中学受験をすれば高校受験しなくていいから、いい大学入ればその後の人生楽だから、いい会社はいれば老後は安心から

クソみたいな考えだ。今を大事にすべきだ。

今があってこその未来なんだ。

将来のことばっか考えて今を大切にしないのはダメだ。何のために生きてんだ。

うわあああああああああああああああああ。

アラフィフ男の愚痴

若い頃に付き合ったり、付き合おうとして断られたりした女性がそこそこの人数いるのだけど、彼女らの中で今も消息がわかっているうちの大多数が、40代半ばを過ぎた今も結婚出産をすることなく、おひとりさまライフ満喫している。仕事に打ち込み、創業以来初の女性役員を狙えるポジションにいるとか、海外旅行趣味が高じてサイトを立ち上げ本を出したりとか、大学院社会人入学してセカンドキャリアの準備に余念がないとか…などなど。

それがどうしたという話だけど、どうして僕が好きになった女性達は、結果的にとはい普通に結婚して母親になって…みたいにならなかった人がこうも多いんだろう?むしろそうなってくれた方が、別れた(あるいはフラれた)男としては諦めがつくのだが。

そんな自分は、40を過ぎてから同じ歳の女性結婚。親になるという選択肢はこの時点でなくなった。もちろん双方納得の上でのことだから問題はない。歳をくっての初婚同士、いろいろあるけど穏やかに暮らしている。でも、若かった頃の人生設計とはずいぶんかけ離れてしまったな、とは今も時々思う。予定では今ごろは上の子がそろそろ大学、下が高校受験家中ピリピリしてるぐらいのはずだったんだけど。

昨日、昔いた会社の友人達と数年ぶりに会ってこんな話をしたら、友人が笑いながらこう言った。

だってお前、ウチにいた頃、頭良さそうな総合職の女にしか興味なかったじゃん。ヘタしたら自分より学歴上でも平気で言い寄ってたよね。どうせ転職先でもそうだったんだろ?そんな平凡な暮らしがしたかったんなら、どうしてそこらの平凡な一般職の女を捕まえなかったんだ?」

かにそうかもしれないけど、こういう暮らしがしたいからこういう女って、順番が逆というか、パズルピースを埋めるように相手を選ぶってどうなのよ。学歴だって別に相手が上でも全然構わないわ、少なくともこちらは。好きになるとき総合職一般職かなんて考えもせんわ。それに自分の知らないことをたくさん知ってる女性って話してて楽しいじゃん。だいたい「そこらの平凡な一般職を捕まえる」って、ずいぶん上から目線だよね。どうしてそんなお前らが結婚して父親になれたんだろうね…と言ってもケンカになるどころかこちらが惨めになるだけだから苦笑いしてやり過ごした。

はぁ、どこで何を間違えたんだだろな。

2018-07-19

中学校の成績(順位)配布について

うちの子が通っている中学校は、これまで中間試験期末試験順位を配布していました(他の人の順位まで分かるようなものではなく、自分自身順位印刷された紙です)。

しかし、今年度に入ってから、何の説明もなしに順位の配布がなくなりました。

うちの子は上位に入ることを目標にして学習に取り組んでいましたが、今回から順位が分からなくなり、学力に対して慢心と不安が交互に襲ってくるような日々です。

「これは懇談会理由を聞かねば」と思っていたところ、こちから持ち出すまでもなく、学校から説明がありました。どうやら他の保護者からもたくさん問い合わせがあったようです。

学校側は、順位公表をやめた理由として

  1. 順位公表することで、過度な競争心をあおる心配がある。
  2. 優越感や劣等感を持ち人を見下したり、偏見差別が生まれる恐れがある。
  3. 絶対評価を行い、生徒の意欲を育てたい。

を挙げましたが、私はまったく納得がいきません。

「過度な競争心」とやらがどの程度のものを想定されているのか分かりません。

(大げさな言葉危機感を煽っているようにしか思えませんが)例えば「体調を崩すほど勉強してしまう」ようなことでしょうか?

生徒たちにとって中期的な目標となるのは高校受験です。高校受験が(少なくとも自分自身との)競争である以上は、競争心やむなし、じゃあないでしょうか。

そもそも、そこまで勉強する生徒なんていませんし、それを止めない親なら、とっくに勉強させ過ぎてるでしょうよ)

また、評価するまでもなく能力が分かるような科目、例えば

  1. 走るのが速い/遅い
  2. 泳げる/泳げない
  3. 絵がうまい/へた
  4. 歌がうまい/へた

こういったことで、人を見下している生徒がいると思いますか?

幸い(傍から見る限り)そのような子はいません。この点は先生方の日頃の指導の賜物だと思っています

(もしいるなら、そっちを先にどうにかしましょうって話だよ)

私が学校に求めているのは、「差異を隠して平等にする」ことではなく「差異個性として受け入れる」ことなんだよ。



っていう意見学校に送りつけようと思っているんだけど、印象悪くなるかな?

2018-07-05

恋愛は少なくともメンヘラとは両立できなかった話

 本文をうっかり読んでしまうのは時間無駄なのでいくらか前置きで警告をしておく。

 これは一人のクソ女の自分語りだ。

 多分恋愛をしている人にもメンヘラをやっている人にも響かないと思うので、ノンフィクション小説好きな人とかが読んで哀れむなり蔑むなりネタにするなりしてくれたらいいと思う。

 文章にすると落ち着くたちなので、一回字に起こして整理したかっただけだ。

 特に意見アドバイスを期待してはいないけれど、私が想像も出来なかったような現実を打開する魔法があるなら教えて欲しい。

 そうじゃないなら今はほうれん草を沢山使うレシピくらいしか知りたいことはない。

 石を投げたりして気持ち良くなるなら好きにこの文章の私を罵ってくれて良い。もし肯定したいとか共感したとか優しい言葉を掛けたいとか思ったら、それは上手く受け取れないので胸に仕舞うか何かしておいて欲しい。言って満足するなら言って満足して欲しい。

 それから、ぼかしたりフェイクを入れてはいるけれど一応念のため。私の彼氏さん。あなたがこれをもし読んでいたら、私にいい加減愛想を尽かして下さい。メールもしなくていいし、顔も合わせなくていいです。ここにはあまり書いてないけどあなたはすてきな人なので、きっと可愛くて気立てが良くて知的趣味の合う恋人や奥さんがそのうち出来ると思います。私抜きで幸せになって下さい。でも今までありがとう

 さて、数えてないけど多分これ五千字くらいある本文。

 私には彼氏がいる。中学生の頃男女混ざった仲良しグループに居た同士だったが、彼は当時テンプレ中二病クソ女であった私に親切だった。私はいわゆる愛情に飢えたメンヘラであり、被虐待児でもあったので親切な彼を好きになった。

 親に無理矢理突っ込まれ進学塾、殴られたくないから沢山勉強して、私が目指した志望高校は彼と同じ学校だった。志望理由は、当時不良やヤンキーが苦手だったのでそれでもやって行けそうな校風であることと、私のやりたい部活の成績が良かったこと。通える範囲で目指せる偏差値勝手に割り出されたその高校を志望していると自分に言い聞かせるために、彼と一緒に高校に通えるかもしれないことを考えていた。彼は頭が良かった。彼の頭が良いところにも好感を持っていた。

 結果として高校受験は失敗だった。兄弟が多い我が家は長子の私の滑り止めを用意出来なかった。模試きれいな紙に印刷された合格する確率が70%まで落ち込んだ。挑戦は許されず漫画のように家庭の都合で通いやすくそれなりの偏差値の親が決めた高校受験して合格した。

 妥協のご褒美に私は携帯電話を買い与えられた。猿のように熱中した。友達とひっきりなしにメールをするのが楽しかった。そんな携帯中毒に付き合ってくれたのが彼だった。

 彼は愚痴をうんうん聴いてくれた。肌寒い日にはコートをかけてくれて、雨の日は傘を差して家まで送ってくれた。

 彼は誰にでもそうする人間だ。

 そういう人間を私は好きだと思った。

 高校一年の夏、好意を伝えた。彼はいわゆる恋愛恋愛した面倒は嫌だけど、と前置きした上で私と付き合う返事をくれた。友達にも家族にも内緒だった。私はおおっぴらに恋愛満喫して盛大に恋心に振り回される友人たちのようになりたかったが、その夢は絶たれたと言ってもいい。

 彼は時折、家族が留守にしている放課後休日、私を自宅に呼んだ。彼の家は急な坂の向こうにあり、私は暑い日も寒い日も自転車こいで彼の呼び出しに応じた。二人でカーペットの床に並んで座って、他愛もない話をするのはとても楽しかった。彼はキスがしたいと言ったので応じた。こんなもんか、と思った。彼は私の胸や下半身に触れたがった。胸は触らせたが、下半身他人に触られるのは嫌だったので精一杯かわいこぶって断っていた。

 彼が満足そうで良かった。私にかわいいとか偉いとか頭が良いとか言ってくれるのは彼だけだったからだ。

 たまにデートなるものもした。彼は共通の友人にばれたら面倒だから地元ではないところで待ち合わせて、博物館などに行った。博物館が好きなので楽しかったが、多分一人でいても楽しかったとは思う。彼は理系なので解説をしてくれて、知らないことを知れたのは楽しかった。

 いわゆる中学生ぐらいのいじましいお付き合いは高校三年生になるまで続いた。

部活大会模試で顔を合わせたら、こっそり示し合わせて抜け出して会って話したりしていた。

 関係が、と言うよりも私が変わったのは高校三年生の秋頃だっただろうか。

 私は学校へ行けなくなったというより、身体が動かなくなった。

 鬱を発症していたと知るのは年明けに通院をはじめてからだ。高校卒業も危うくなった。彼のメール無視し続けた。友人たちのラインブロックした。手首を切った。酔い止めを何箱も一気に飲んだりした。苦しかった。とにかく早く死にたかったが、癇癪を起こすと椅子を投げてくる母親から兄弟を守らなければならなかったので死ねなかった。

 音信不通を続け、両親の説得も不登校支援センター保健室も諦め、私は精神科に通院することになった。

 高校三年生の一月、私はセンター試験どころか学校へも行かず精神科に通った。薬が効き始めるまでが地獄のように長かった。向精神薬睡眠薬がなんとか効力を発揮する雰囲気を醸しはじめた頃には、卒業はほぼ絶望的だった。

 私は主治医から診断書をぶん取り、校長などのお偉方と交渉を重ね、補講を組んでもらうことでなんとか、卒業から数日はずれが生じるものの年度内に卒業出来ることになった。周りの大人は私の想像はるかに超えて優しかった。同情し、時には私の身の上話に涙ぐんでくれた。そんなことで悩んでいたなんて知らなかった、と口々に言った。進学校だったので不登校前例が無かったのが幸いした。先生方は私一人のために会議室卒業式をやってくれた。

 さて、話を恋愛に戻そう。私はなんとか卒業証書をぶん取り、彼は第一志望の難関大学合格していた。サイゼリアで久し振りに会って彼は「元気そうで良かった」と言った。

 私は全くもって元気では無かった。

 恋愛どころじゃない、何度も死にかけた。

 人に説明する元気もあまり無かったので、かなり端折って私はことの顛末説明した。ずたずたの腕を見せて「メンヘラと付き合うとろくなことがないって言うから、別れるなら今だと思うよ」と彼に提案した。彼は「それは別れる理由にはならない」と言った。

 そういうことでお付き合いは継続されることになった。

 彼は大学入学した。私はそれを祝福した。彼が受験勉強を頑張っていたのを知っていた。とても尊敬している。

 私はといえば、自分を殺そうとする自分に耐え、病状を必死家族説明し、ひたすら精神科に通った。

 彼は以前と変わらず家族が留守の合間に私を家に呼んだ。私は行かなかった。外に出る元気も無かったし、当日朝「今日家誰もいないよ」と言われても動き出す頃には翌日の昼間だ。

 彼はサークルが忙しかった。理系から男ばかりで可愛い子いないよ、と言っていた。

 私達はあまり会わなくなった。

 彼は学業を、私は治療を、お互い頑張っていた。

 彼は私が死んだら悲しむだろう。優しくて弱い人だから自殺だけはしてはいけないと自分に言い聞かせた。

 色々なことがあった。

 死なないために意識を失うことが必要だった。私は酒浸りになり、睡眠薬はどんどん強いものに変わった。早朝起きて、Amazonで買ったウォッカを水で割り、それで頓服を服用して眠り、昼過ぎに起き出して母に罵倒されながら(これは10年来の日課だ)食事をとり、薬を飲んでまた眠った。眠れない夜は頓服を酒で服用した。そうすれば眠れる。眠っている間は死にたくならないので楽だった。

 私某居酒屋で酒を飲みすぎて意識を失い救急車に乗った。倒れたはずみに骨折もしていたのでそれを治療するため更に入院した。入院中は母に罵倒されず三食昼寝付きだったので手術の痛みを差し引いてもお釣りが来るくらい快適だった。

 退院してからはまた酒を飲んで眠るだけの生活をした。

 そんな状況を医者は許さず、私は精神科閉鎖病棟入院することになった。彼は見舞いに来たがったが、私は断った。誰にも会いたく無かった。自分自身と二人きりになりたかった。何もかもに疲れ果てていた。

 入院生活幸福だった。

 看護師さんは優しい。変な人が沢山いるけどそれぞれが自分のことで精一杯だから誰も干渉してこない。

 母の罵倒が無いなら、現実逃避するためのスマートフォンは要らなかったので無くても困らなかった。

 少しの本、ポータブルCDプレイヤーと何枚かのCD。それだけで完結した生活は確実に私の心を癒した。

 これが人生の正解だと思った。誰も、何も要らない、天国だと思った。

 あらかじめ定めていた期間が過ぎ、私は退院した。

 閉鎖病棟入院したことがあるレッテル付きの私は母から罵倒が少しは薄まったと感じた。もう死にたくならないために一人で十分だった。

 そして同い年の彼が大学二年生になると同時に、私は大学一年生になった。

 母が勝手に推薦入学に出願して受験料も払い込んでいた。仕方がないので面接に行ったら大学に受かった。入学した。

 彼はおめでとうと言ってくれた。

 新調したスーツきれいなキャンパス、好きな学問、新しい友達

 私はまともな人間に戻れるかもしれないと期待した。

 アルバイトもはじめた。友達徹夜で飲み明かしたりした。

 しかし、ゴールデンウィークが明けた頃には既に私はくたびれていた。夏休みが明けて、大学へも行かなくなった。アルバイトはクビになった。

 主治医からストップがかかり、休学する事になった。

 私はただ家で時間を潰し、母の(以前よりはマシな)罵倒に耐え、薬を飲み生活していた。もう死のうと思っていた。

 大学で新たな人間関係を築いた彼は、私の死を受け入れるキャパがあると思った。

 そういえば私は彼とセックスしていなかった。

 呼ばれても家に行かない、共通の友人たちと遊ぶ以外では会わない、そんな恋人であったから、私はなんだか彼に申し訳が無かった。

 セックスすることでそれを清算できると思った。

 セックスする前に私は酒を飲んだ。

 薬の副作用で性欲は無く、彼とキスしても気持ち悪いと思ったからだ。

 彼が取ったホテルで私は彼と昼間からセックスした。

 こんなもんか、と思った。

 彼は別にセックスたからといってこれまでより優しくなる訳でも冷たくなる訳でも無かった。

 その日私からやや強引に誘い、夕食を食べながら話をした。私は彼と話がしたかたからだ。彼と話すのは楽しかった。

 それが数ヶ月前のこと。

 それ以降、私は彼と一度も顔を合わせていない。

 なんだかひどく億劫で、気の許せる女友達しか話したくない。

 精神科に通い続けて、自傷行為をやめられた。アルコール中毒も治った。睡眠規則的になった。

 兄弟が進学と同時に一人暮らしを始めた。もう自分の身を自分で守ってくれる。

私の生きる価値は無くなった。

 ある夜母が癇癪を起こして私に出て行けと怒鳴り、私を家から蹴り出そうとした。

 終電が無かったので私はははに頭を下げて「一泊止めてください、明日出て行きます」と言ってその場をおさめた。

 翌朝、私は最小限の荷物だけを持って逃げるように家を出て、何度か遊びに行っては掃除をしてやったりしていた兄弟一人暮らしをしている家に転がり込んだ。

 それから紆余曲折あり、結局兄弟仕送りで私は生活している。兄弟大学に行き、私は自分兄弟の二人分の家事をしている。おそらく幸せなのだろう。私が欲しかった暮らしは手に入ったのだろう。

 もう死んじゃおっかな。くたびれた。もう何も要らない。

 今死んだら同居している兄弟がショックを受けるだろうから、死んでないだけ。

 彼と連絡を取っていない。

 これが自然消滅と言うのならそうなのかもしれない。

 私は多分もう駄目だ。大学は妹宅から距離的に通えないので中退する。アルバイトでせめて食い扶持を稼ぐのが目標だが、達成出来るのはいつになるやら。

 こういう駄目な人間恋愛などしても彼に何の得も無いだろう。

 だから自然消滅であってもさよならを言っておきたい。

 もう恋愛感情がどういうものなのか思い出せないのだ。

 自分異性愛者ではないのかもしれないとも思ったが、同性も好きにならないのでたんに今恋愛をしたくないだけだと思う・

 彼は人間としてすてきだから好きだけれど、セックスはしたいと思わない。それじゃあ社会的地位の高い彼にぶら下がりたいだけの厄介メンヘラだ。しかセックスさせてくれないときた。そんなクズになってまで恋愛かいフィールドに立っていたくない。情けないし申し訳ない。

 友達に戻って彼と飲みに行きたい。手を繋がないで一緒に博物館に行きたい。一緒に食事がしたい。でも今は会いたくない。

 さよならを言うために約束を取り付けようと思って、彼が通う大学夏休みの期間を調べている。

 でも何だか会うのも連絡するのも嫌になってきた。

 こうやってぐずぐずしたまま、付き合い始めてこの夏で四年。嫌だ。

 生活が忙しくて、朝起きて夜寝るのが精一杯で、恋愛なんかやってる場合じゃない。

 そろそろ死んじゃおうと思っている。

 メンヘラはよく人生を虚無虚無言うけど例に漏れず私もやはり虚無を感じている。

 恋愛には向いてなかった。

 多分健康でいることが出来なくなった段階で恋愛なんかやめにしておけばよかったのに、彼の優しさでそれは人工的に延命措置を受け続けている。

 罪悪感はそれだけで健康を害するから排除しなければ、と、病気治療する上で判断出来る。だからさっさと別れようってメールを打てば良いのだ。

 参ったなあ。

 

2018-06-29

anond:20180629195232

大学生男子なんて性欲盛んな時期だからなぁ。

クリスマスとかバレンタインとか、周りのカップル見て焦ったのかな?

自分高校受験の時の心境なんて忘れてそう。

2018-06-23

15歳か18歳で一生を決めなければならない

高校入学高校卒業は当たり前で、大学は現役合格で、ストレート卒業の後すぐに就職、そのまま定年まで勤めあげるって

まり高校受験の15歳大学受験の18歳で死ぬまでの人生決めちゃうって大変じゃない?

高校卒業して少し働いてから大学に行くとか、大学行ったけどやっぱり辞めるとか、仕事就いたけど転職しますとかなんかもっと自由で良いと思うんだよな。

今でもできないわけじゃないしやろうと思えば出来るんだけどハードルがやたらと高い。

しか大学選びなんてお金とか今現在学力とか、首都圏住みにはピンと来ないかもしれないけど住んでる場所とか親とかによって自由に選べなかったりするじゃん。

18歳の未成年で、働いていたとしてもバイトのちょこっとした収入しかないような人間自分意思で全部決めますなんて実質不可能でしょ。

高校大学就職→定年の道を実際に歩む人がどれくらいいるのかわからないけど、それが理想大正解!ってなってるのはなんか違うよなと思う。

大学って年齢ごっちゃまぜで学びたい人間が行く場所ってなればいいな。そうあるべきだ。

今の就職予備校みたいな扱いは本当に謎。あと専門に関係ないバイト毎日埋めるのも謎。だったら1回働いてまた戻ってきた方がいい。

あと中学生に将来の夢を具体的に求めて、決まってないは許されないみたいな風潮も嫌い。中学生とき理学療法士って知ってた?国税調査官は?入国審査官は?

病院医者看護師だけじゃないし、公務員は見えないところで働いてるし、世の中は仕事でできてる。それなのになんもわから看護師になりた~いとかって言ってる方が正しい扱いをされる意味がわからない。(本当に心から看護師を目指している人を否定しているわけじゃないけど、もしかしたらその人が本当に望む仕事ができるのは理学療法士だという可能性もあると思う)

こういうことを言うと海外では~北欧では~って言われるけど、今の段階で話してるのは今自分が過ごすこの地でこの風潮は自分が生きる上でどうだったか、どう思うかという話。

海外の事例が必要になるのはなにか解決策を実践する上での成功(失敗)事例の情報集めの段階であって今ではない。

2018-06-13

世間内定習得率は65パーセントらしい。私はまだ35パーセントの中にいる。

自分なりに、去年の夏からやれることはやってきたつもりだった。すべては今後のため。何十年かはわからないけど、人生殆どを過ごす会社くらい、自分が一番希望したところへ行きたいと思っていた。

もうすぐ6月も後半。内定ひとつもない。何時間もかけて書いたES履歴書早起きをしてお金を払って都心まで行って、練習したとおりに言葉遣い笑顔に気を配って質問に受け答えをして。それら労力のすべてが、二週間後くらいには数行のメールに変わる。書いてあることは同じ。

「誠に申し訳ございませんが、採用を見送らせていただくこととなりました。貴殿のご健勝をお祈りいたします。」

何が悪かったのか。考えてもわからない。ご縁は目に見えない概念だ。はっきりと態度が嫌だったとか、適性検査の結果がだめだったとか、言ってくれればこちだって次に繋げられるのに。ご縁はどうすれば改善できるのだろう。

志望していた業界企業ほとんど選考を締め切ってしまっている。いまから業界を変えて、研究して、また志望動機を考えて……気が遠くなってくる。そもそもいまから募集を始める企業なんて存在しているのだろうか。

友人もほとんど就活を終えて、髪を染めて、楽しそうに旅行の話をしている。学校に行って、普通に話していても、気を遣われているのが痛いほど伝わってくる。「あなたにあう企業がきっとある」「まだ始まったばかり」「これからが本番」「いつかきっと報われる」……4月にも5月にも同じことを言われていた。正直もう、ポジティブ言葉は聞き飽きた。はっきりいってくれ。何がだめなんだ。私はそれほどまでに社会不適合者なのか。

面接へ行くのにはお金がいる。アルバイト中、男性に怒鳴りつけられた。店で買ったストップウォッチ不良品だという話だった。商品を詳しく見ると、絶縁テープがついたままになっている。あれ、と思って外してみると、やはり商品は正常に動き始めた。するとその様子をみていた男性に、何故だかもっと怒鳴られてしまった。絶縁テープをひっぱれなんてどこにも書いてなかった。返金しろレジの前で、何人もが見ている中で激しく叱られた。男性スーツを着ていた。男性しかに、立派なスーツを着ていた。彼は社会に求められている。私とは違う。私より、この男性の方が社会価値がある。この人は就活を何十年も前に終えて、人として認められている。

何が何だかよくわからない。カンボジアボランティアへ行ったら偉いのか。ニュージーランド留学へ行ったら偉いのか。自ら主体的に動いて部活動問題解決したエピソードがあれば、なにかコンクール大会入賞した経験があれば、あるいは。

今までの人生就活のために生きてきたわけではない。高校受験大学受験自分が行きたいところに入学した。一連の流れに特別性はない。ほかの人は違うのだろうか。みんな何か特別なことを成し遂げてここに立っているのだろうか。

家に帰ると母がスーツ姿の私を傷つけないように、傷つけないように、と言葉を選びながら就活の進捗を聞いてくる。最終面接二つ受けて結果待ちって言ったよね。ごめんね。あれ昨日二つとも不採用メールがきたんだ。また最初から頑張らないといけないの。そんなことがずっと言えないままで、大丈夫だよとか、心配しないでとか、あやふや言葉しか出てこない。

私には兄が二人いて、父親がいない。兄は高卒で、いまはアルバイトをしている。母も高卒だった。だから大学に行かせてもらって就活をしているのは私しかいない。そんな私がこんな失敗作で本当に情けない。申し訳ない。こんな私が、何の役にも立てない私が家でのうのうと、お母さんがパート終わりで疲れてるのに作ってくれたご飯を食べていていいんだろうか。生きていていいんだろうか。毎日何をしててもそんなことを考えてしまう。

気に入っていた茶色い髪も、楽しみにしていた友達との旅行も、大好きな服を買うお金も。全部全部あきらめた。流行りの服も、メイクも。お気に入りスニーカーも埃をかぶっている。毎日毎日リクルートパンプス、“適切な”メイク。そろそろもう、限界を感じている。

生きていることに理由がない。死ぬことにも理由がない。だから自殺なんか考えたくない。就活に疲れて自殺なんてバカバカしい。わかっている。分かっているけどふと、ホーム電車を待っている時。家に一人きりでいる時。信号待ちをしている時。今なんじゃないか?という声が聞こえる。頭の中でもう一人の自分必死に死を促してくる。死にたい、という気持ちがあるわけじゃない。ただ、そうした方が楽なんじゃないか?と投げかけてくる自分自身がいる。

なんだかもう、ひどく疲れた。近くない、けれどきっと遠くもない未来、情けない私が愚かに自分自身の誘惑に負けて、親を悲しませる選択をしてしまったら。そのときは私の実名と、そこに至った経緯が全国へ公開されて、偉い人がニュースで語り合ったりするのだろうか。

そうなっても、いいのかもしれない。

追記

こんな鬱々としたユニークさの欠けらも無い長文に目に通してくださってありがとうございます

いくつか思ったことを箇条書きに。

・誰かを無差別に傷つけたいわけではありません。それだけは絶対にありません。

風俗は志望職種ではないので…すみませんが。

ニュースで取り上げられる云々は私の浅はかな想像産物であり、例としてあげただけで、別に目立ちたかったりしたい訳ではありません。文章が下手ですみません

他人よりも不幸ではないといけないのですか?個人裁量では勝手絶望してはいけないのですか?

一部の優しい方々、励ましのお言葉、はっとさせられるお言葉ありがとうございました。不甲斐なさで涙が出てきました。しっかりと受け止めて、今後に生かしていきます

もう少しだけ、がんばろうと思います

お付き合いくださりありがとうございました。

2018-06-08

明日試験があるんだけど、

前日になるととたんに何もできなくなる。

2日前までは一心不乱に、勉強するんだけど

とたんに力が抜ける。

まさに天命を待つ、状態になる。っていうか明日まで頑張れよ、と自分でツっこんでしまう。

からこうで高校受験のころからこうだった。前日になると遊び出してしまうのだ。このクセはいったい....

2018-05-22

母と売り手市場

私は就職活動中の大学四年生です。

お祈りの連続内定は一つも持っておらず、選考中の会社もほぼないため、まだまだ会社説明会に通う日々が続いております

この文章地元から東京へ行く高速バスの中で打っていたものです。

私には持病があります

持病と言っても大したものではなく、激しい運動ができないだけで日常生活問題なく送れるものです。

私の持病にもっとも不理解だったのは母でした。

体育の授業や、運動会やマラソン大会を休むことは決して許してはくれませんでした。

思えば、これまでの人生で母が私の要望を聞き入れてくれたことは一度もありませんでした。

高校受験で、私は工業高校へ進もうとしていました。

それは自分の家は母子家庭で裕福ではなく、兄の学費貯金もないから、高校卒業後はすぐに働きたいと考えていたからです。

しか母親三者面談で大泣きをし始めました。

どうやら母は私に家から自転車で通える場所にある公立進学校に行って欲しかったようです。

結局、教師母親から言葉によって私はそこへ通うことになりました。

元々勉強は苦手ではありませんでした。

苦手な数学を除けば、高校勉強で苦労をすることはなかったですし、楽しいと思える分野もありました。

から大学東京私立大学(MARCHのうちの一つ)に通いたいと思えるようにまでなりました。

しかしそれは許されませんでした。

「うちは母子家庭で、お兄ちゃん学費でもうお金がないから。大学は家から通える場所にある国公立大学じゃないと絶対にだめ」

母の言う条件に当てはまり、私に選択できる大学は一つしかなかったです。

滑り止めを受けることは許されませんでした。

浪人なんてもってのほかでした。

落ちてしまったらどうするの?と聞くと、やはり母は激怒して「落ちるんじゃない受かるの!」と叫びました。

多分落ちたら殺されるんだと思いました。

同時期に、兄が通っていた学校中退して実家に帰ってきていました。

高校三年生の一年間は、うんざりする日々でした。

兄に邪魔をされて、家は勉強できるような環境ではなかったので、勉強は全て学校で終わらせて家では休んでいましたが、それすら母親は許してはくれず、「どうして勉強をしないの!?どうしてそれで大学へ行けると思ってるの!?」と毎日毎日ヒステリックに叫んでいました。

母が私を大学へ通わせたいのは、世間体や、周りの友人や親戚などを見返すためだけでした。

兄の中退によって、母親プライドはズタズタだったのです。

大学には結局合格をして、母親に他の子と同じように遊ぶことを禁止され、監視されながら大学へ通い、今に至ります

就職活動の状況はとても悪いです。

学歴フィルターは仕方ないとしても、持病のことが不採用理由になってしまったときはとても落ち込みました。

一番悲しくなるのは企業の人から「今は売り手市場から」と言われることです。

初めて会社説明会へ行った企業で、そこの社長から言われた言葉は今でも忘れられません。

あなたたちは売り手市場で、苦労をせずに就職先を見つけられるはずです。そして学生気分のまま社会人になる」

その後、延々と今の学生いかに甘えているか聞かされた後、適性検査を受けさせられ(これは事前に知らされていなかった)、後日お祈りのメールを送られました。

CMを流すことのできるそこそこ有名な企業でした。

「今は売り手市場 あなたたちは恵まれている」

どこへ行っても、この言葉を聞かされました。

そして圧迫面接や、選考の場でセクハラなどを受けました。

ひどい否定言葉を投げられたこともあります

遅刻をしてきた面接官が謝ってくれなかったりましました。

サイレントお祈りしょっちゅうでした。

「売り手市場から〜」というのは企業勝手に言ってるだけではないのでしょうか。

売り手市場だったとしても、学生に失礼な言動をしてもいい理由になるのでしょうか。

その言葉免罪符にはなりません。

私たちには立派な社会人になることを求める人たちは、そもそも私たち人間として見てくれていないように感じています

最低限の礼儀すら、そこにはないのだから

こんなことなら、大学なんて通わなければよかったと強く感じています

私に大学へ通わないという選択を許してくれなかった母親すら、今は憎いです。

以上です。

まだまだ言いたいことは山ほどあります

言い足りないです。

でもキリがなさすぎて、書き切れません。

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