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2020-03-20

馬鹿語源となった故事

始皇帝で有名な秦に趙高という宦官がいた。中国史まれに見る奸臣で、始皇帝遺言を捻じ曲げ太子自決に追い込んだ上、自らの息がかかった末子を傀儡二世皇帝に仕立てて権力を掌握。邪魔になる有力者を尽く処刑し、人民には苛酷な労役を課した。これにより秦全土で反乱が発生、その事実皇帝の耳に入らないよう握りつぶす趙高だったが、反乱軍が都のすぐそばまで迫るに至って隠しきれなくなった。趙高宮中に「陛下、珍しい馬がおります」と鹿を連れてきたのはそんな折のことだった。

皇帝は「何を言う、鹿ではないか」と返したが、趙高はそれを流し「卿らはどう思うか」と群臣に問いかけた。趙高に阿って「馬」と返す者もいたが、「鹿」と返す気骨ある者もいた。「鹿」と答えた者たちは後日、趙高によって全て処刑された。これが「馬鹿」の由来(のひとつ)と言われる「指鹿為馬」である。ちなみに「指鹿為馬」も「道理に合わないとわかっていても無理やり押し通すこと」という意味四字熟語になっている。楯突く者を全て排除した趙高は、ついに皇帝を弑逆した。

本邦の首相は時折ヒトラーになぞらえられるが、むしろ趙高妥当だと考える。小人物が権力を握るとそれを守ることに汲々とし、「指鹿為馬」な真似をする。森友、加計、桜、検察官定年延長。枚挙にいとまがない。

趙高三世皇帝によって殺されたが、我が国国民の半数が「馬鹿であるためどうやら首相地位が揺るぐことはなさそうである

なおこの趙高は『平家物語』において最初に名指しされている国賊である。その鐘の音が「諸行無常の響きあり」と評された祇園精舎だが、現在歴史公園となっており、そんな響きが聞こえてくることも、もう無い。

2019-11-18

twitterで長年見てきたアカウントの変遷

思慮深そうな弁護士アカウントだんだん天皇ばかりつぶやくようになったのは

ゲラゲラ笑って見てたんだけど

大好きだった中国史好きのアカウントアニメアイコンになって

どんどんアンチフェミに仕上がっていく様は

さすがに辛くなってきた

2019-09-08

俺の中で「キングダム」が完結した

俺はずっとマンガキングダム」を歴史スペクタクルマンガだと思っていたが、違った。

キングダムヤンキーマンガなのだ

地元都道府県、そして全国の高校のやべーやつらと戦って、全国制覇を目指す。キングダムフォーマットはそれだ。

からオリキャラ史実キャラわず量産型やばいやつが途切れることなく出てくる。「秦六将」とか「三大天」とか「魏火竜」とかは「〇〇高校四天王」みたいな感じだし。

と言うわけで自分の中で整理はついた。

それと同時に、寝る前とかに妄想してた「俺のキングダム」が先日無事始皇帝が死に、次世代英雄たちが顔見せして終わったので、俺の中のキングダムをここに書いて残しておきたい。

いやー、項燕は強敵でしたね…。

主な舞台は3つ

キングダムにはストーリーの軸となる舞台が3つある。

この3つだ。

この3つを経糸に、キャラクターを緯糸にしてストーリーが紡がれていく。歴史スペクタクルとしては標準的な形だ。

そして、主人公の信はこの3つの舞台全てにかかわっているという、まさに主人公らしい立ち位置にいる。

そして、それぞれの舞台で魅力的な人物が多数いるので、何をどうやっても面白くならないわけがないのがキングダムの魅力だ。

史実を見るだけでもやばいやつらがそれぞれにひしめいている。

それを一つずつ解決して、信と政がどんどん力をつけていく。この3つの舞台を上手く使えば、「有名人=とりあえずめっちゃ強い」というヤンキーマンガ文法から脱することも容易だ。

キングダムは非常に優れたフォーマットマンガと言えよう。

ヤンキーマンガ揶揄しているわけではなく、歴史を描くのにヤンキーマンガスタイルは合わない、と言うことだ。

さらに、3つの舞台それぞれにラスボスとなる人物存在することも非常に大きい。

以下、それぞれの舞台登場人物ラスボスを見ていこう。

ドロドロの王家の内情、暗殺劇が楽しめる宮中

原版の「キングダム」でもこの宮中編は極めて面白い。特に弟の2度の反乱のストーリーは素晴らしい。弟君には生きてほしかったぞ…!壁さんはそんなに…。

後宮のドロドロとした問題が、回りまわって政治問題となり、そして戦争に至るという、ある意味で「全ての元凶であることもポイントだ。

そして、そのど真ん中に秦王・政がいるわけで、のちの始皇帝となる彼の胸中にもスポットライトが当たる。ともすれば闇に飲まれる政を救うのが信であり、テンであり、向ちゃんちゃんである

特に信は様々な事件後宮に切り込んだことのある人物なので、後宮と言う閉鎖された環境を大きく振り回す役目も持っている。

そして、政治戦場という表舞台には出てこない、もう見た目からしてヤバい奴らが出てこれるのもこの宮中編だ。

うぉおおおお!角力剛拳

ベルセルクバーキラカ編がめっちゃ面白かったように、キングダム宮中編も面白いのだ。ここぞとばかりに妖術!仙術!奇々怪々!な人外もの共演が魅力だ。

そして、この宮中編で出会ったキョウカイと戦場編、そして政治編を共にしていくという、まさに「裏から舞台に、闇から光にぐいぐい引っ張り上げていく」信というキャラの魅力も存分に楽しめる。

テンは軍師としてではなく、この後宮における諜報活動をメインの舞台にして、趙高と対決しつつ、対外的には山の民との折衝を、内に対しては暗殺者たちの警戒を、そして信が戦場に行っている間の領地経営などをすれば、「テンにしかできないこと」によって信や政をサポートできる。

そして、この宮中編のラスボスはやはりコイツしかいない。

荊軻である

キングダム世界の最強の暗殺者として描写される荊軻は、政、信、テン、キョウカイと物理的に対決することができる貴重な存在だし、中国史上最も有名な暗殺者(だと思う)で、しか人格高潔。また「傍若無人」の語源にもなった男として(語源結構いい意味)、知名度エピソード的にも隙がない。

理想のためには己の手を汚す、歴史汚名を残しても構わないという政に向かって、「そうはいってもお前がやっていることは中華全土の民を苦しめる行為である」と喝破できる暗殺者。荊軻こそ宮中ラスボス

ここに至り、政や信はルァァ!ではなく、筋として、現実的な回答としての「善い国」を目指さねばならなくなる。そして、史実では成功したとは言えない始皇帝の各種改革の意義も、きちんと読者に提示することができよう。

荊軻とキョウカイの戦いはワレブシンなどとは格の違う激戦が展開される。

闇を心に宿す聖王である政と、光を心に宿す暗殺者の荊軻という対比もいい。

荊軻がどのような最期を迎えても、読者に強烈な印象を持たせられるはずだ。

また、結局のところ最後最後まで残る秦国最悪の毒である趙高のヤバさも存分に描くことができる。趙高荊軻の対比も面白いかもしれない。人格最悪の宦官と、人格最良の暗殺者とかね。ベタかもしれないけど。

外交領土経営が楽しめる政治

主人公がどんどん成り上がっていく、となれば、それはもうアメリカンドリーム世界なので面白くないわけがない。

クッソボロい小屋から始まって、村、町、郡、県、そして国政にもさんかする秦国重要人物になっていく様は、政の目線から見ても面白ものになる。

政が初めて信に褒美を手渡したシーンは名シーンだ。家で待ってるテンもかわいい

最初のうちは昌文君の後ろにくっついて国政や外交見学するわけだが、そこにキョウカイも連れて行ったりしたのは面白かったな。

賓客として訪れる各国の重要人物との縁もできるし、そこから戦場対峙するギャップもいい。

しかし何より楽しいのはやはり領土経営だろう。

テンちゃんには後宮での諜報活動の傍ら、こちらに注力していただいて、戦場ストレスを抱えるよりこちらでほのぼのと領地経営をしていただきたい。たまにキョウカイが飯を食いに来るとか。

そのうち王騎の城をもらえることになったりとかね。

秦は法治主義がかなり浸透してるので、その法治主義の利点、欠点商鞅の件みたいな)をひきつつ、では信はどういう国を理想とするのか、政はそのためにどういう王でなければならないかが描き出される。

領地経営を通じて、信は大きく成長し、その経験戦場でも生かされることになるだろう。

なぜ法治国家であった秦が強かったのか。他国との違いは何か、かかすことのできないストーリーになるだろう。

ラスボスはいろいろと考えられる。外交面では斉王だろうが、「国家運営」と言うところまで話が広がれば、丞相・李斯とどういう関係になるかが問題になるだろう。

また、後宮編ともリンクするが、政の二人の息子の問題が大きくクローズアップされる。

政は長男をどう思っているのか?それがキーポイントとなる。

信は王子にどうかかわるのか。

そしてここでは蒙恬も大きな役目を果たす。

蒙恬は知略、政治にも優れたイケメンで、最終的に政の長男を奉じて最後まで行動(史記では批判されているが)し、悲劇的な最期を遂げることになるのだが、そこに至る伏線を張り巡らすにはちょうどいいだろう。

この政治編のサブ主人公蒙恬と言える。李斯趙高に対抗するにはどうするか、王子をどう教育するか。

個人的に、政の長男扶蘇に「おじさん」と呼ばれてめっちゃなつかれる蒙恬が見たい。

しろ扶蘇女の子でもいいぞ。女の子から継承から廃された、とかね。

蒙恬はテンちゃんとくっついてもいい。むしろそれだけの材料は十分にある。

宮中編がトリガーとすれば、政治編は撃鉄と言うことになるだろうか。

そして、全ての決着をつける弾丸となる戦場編に舞台は移動する。

武将の華・戦場

ドンドンドン

誰が至強か!?

ドンドンドン

誰が至強か!?

ドンドンドン!!

 汗 明 ! 

大体このノリでOKだ。文官だった汗明さんがこんな至強に。それがキングダム戦場である

宮中編、政治編とはまたベクトルの違った奇人変人ステージとなるこの戦場編では信には思う存分ルァァしてもらって、キョウカイにはスヒンしてもらえばそれでいいと思う。

ここに関してはさほど言うことはない。みんなが思っているような戦場を思い描いてくれればOKだ。

ただ、ぶっちゃけもうちょっと項翼の格は上げてほしいし、何なら戦国最強の項一族とか捏造して項翼のみならず項翔とか項離とか項飛とか「項+飛翔系」の量産型をそろえてもいいかもしれない。ダメか。

それはともかく、李牧さんには政治編でも活躍してもらえるので、戦場での出番はここ一番まで取っておいてもらって、部下のニンジャマスクには退場していただければそれでいいような気がする。ニンジャマスクはなる早でキョウカイに切り捨ててもらえるとありがたい。

この戦場編でのサブ主人公は王賁と言うことになるだろうか。

ベジータのようないいライバル関係になってほしいところ。

上手く描写すれば王賁とキョウカイがいい雰囲気になる寸前のところくらいまで言っても受け入れられると思うんだよね。

ラスボスは当然のごとく項燕。

カリンさんは政治編でも頑張ってもらえばいいので、やはりラスボスはこのオッサンだろう。

後の覇王項羽のおじいちゃんなので、ぶっちゃけもう項羽として描いてもいいんじゃないって感じはする。歳の問題はあるが。

そして、重要なことは次である

キングダム最大の懸念

「信、イキリ散らした挙句の大惨敗問題

である。みんな心配しているだろう。

でも、これは、割と簡単解決する。

というのも、信が楚に20万(だっけ)で攻め入った時、蒙恬も一緒にいるのだ。

蒙恬=知将+イケメンなので、蒙恬がいたのにそんな無様なことにはならんだろと言う予測がつく。

そして、歴史作品の魅力と言えば、「なぜその人物はそんなことをしたのか」に上手い理由をつけるのが醍醐味

ならば、簡単に「なぜイキリ散らしたのか」に理由がつけられる。

それは、

楚を、項燕を倒すためには二段攻撃必要だったか

OKだ!

楚は国土がでかい長江もある。ゆえに他国からまり侵略を受けていないので、楚の内部の城郭がどうなっているのか、兵士はどれくらいいるのかが全く分からない。

なので、だれかが犠牲になってでも強行偵察&戦力を評価をしなければならない。今秦国が動かせるのは80万しかない。いきなり80万で出て行っても、翻弄されて撃破される可能性がある。

ならば、秦王の最も信頼の厚い将軍である信がその「潰れ役」を買って出て、次なる勝利布石とする!

みたいなことを信の口から言わせれば、信がこれまで経験してきたことで説得力もあるし、王翦ら歴戦の将軍も納得し、一目置かれるだろう。

そうならば、「泥臭いもこなせる」楽華隊を率い、信の親友である蒙恬がついてきてくれることにも全く違和感がない。

王賁もこのころまでにギスギスをやめて、劇場版ジャイアンみたいな感じで送りだしてくれるだろう。

で、決死の強行偵察であることを悟らせないために(朝廷にもスパイ入ってるだろうし)、公的にも、歴史的にも、「信とかい若い将軍がイキって20万で楚を攻める」という体にしておく。

「天下の大将軍になる」という目標の信が、「政の目指す国のために、名誉を捨てる」という、劇的な変化を見られるのだ。

そんな内情を、何となく兵士たちは察したときキングダム冒頭の「李信将軍!」とついていくのだろう。熱い話である

李信一族

歴史を見ると、李信一族は「優秀だが報われない」一族であることがわかる。

李信の子である将軍・李広は武勇を誇るも功績を認められる憤死

その李広の孫である李陵は「あいつは寝返った」と勘違いされ、不名誉を着ることになった。

しか一族は決して衰退することな繁栄しのちの世にまで子孫を繋いでいる。

まり、「報われない一族でありながらも、きちんと評価してくれている人がいる」という一族でもある。

その筆頭が、史記を書いた司馬遷だ。先の李陵を弁護したため宮刑を受けてしまった司馬遷は、「自殺よりも歴史書だ!」と熱い情熱を燃やし、史記を書きとおした。

キングダム李信史記、これが一つにつながるのである

さらに、詩仙・李白李信一族の子孫なのである

李白始皇帝について詠んだ詩があるという話は聞いているんだが、それはまだ確認できていないが、ラストシーン李白に詩を読ませるところでしめてもいいかもしれない。

誰のための大将軍なのか

結局のところ、信が大将軍を目指して走ってきたのは、漂との約束があるからだ。

最初はただの功名心で始まった大将軍の道が、様々な出会いと別れで肉付けされていく。これがキングダムの一番の幹である

そこで、自分の夢を命を預けられる親友、政にであい、道を同じくする。

そして、「政の目指す国を作るための剣になる」ことに目標がほんの少しスライドするのである。その道の先に、名誉を捨てて理想のために戦うという、信の本来の姿が浮かび上がってくる。

李信大敗後、だれも責任を追及しないし、処刑もされないし、子孫は漢の時代からそのあとにも反映している。

それは史書には残せずとも、当時の人は本当のことを知っていたということにできる。

王賁あたりに「信、お前がナンバーワンだ」と言ってもらおう。

エンディング

キングダムがさわやかに終わる可能はどのくらいあるのだろうか。

かなり難しい気はする。

まぁ焚書坑儒については、ある程度行ける。

焚書で焼いたのは、各国の歴史書と、法律の本だ。あと儒教経典

これは当時の世相を考えれば、何とか理解できるような気がする。というのも、ぶっちゃけ中華史上初の統一国家を作る、となれば、強引にでも意思統一しなければならない。

そのために、「俺らの祖先は秦にころされたんだぜ」というような本は廃さねばならなかったろうし、儒教経典については、はっきり言って法治国家儒教邪魔なので、致し方ないといえる。

なんせ、儒教は「徳のある君主統治するなら、法律など不要」「法律なんてものを作ったら、その法律の穴を利用しようとする小物ばかりになってしまう」というものなので。

その代わり、農業書や実用書は焼かれずに奨励されたというしね。

あくまでも実利、実学法治思想での近代的な国家運営を目指した、が、それは時代が早すぎた。という感じなのか。

あるいは、「今理解されずともよい。後世に理想を見せるための建国なのだ」と言わせるか。事実、これ以降の中華大陸は「統一しなければならない」という意識がかなり強まった気はする。そして宋の時代中華思想が完成するわけで。

ボス

キングダム世界には裏ボス豊富だ。

まず趙高。いうまでもなく裏ボスだ。李斯も裏ボス風味ではある。

そして、裏ボスとしての説得力最高の人物がいる。史上最高の軍師張良だ。

なんとこの張良史書デビューしたのは始皇帝暗殺だ。始皇帝の乗る車にハンマーを投げ込ませるというエクストリーム暗殺未遂を起こしており、そこで追われる身となってセンプク。その最中軍学を学び、史上最高の軍師誕生するわけだが、

この経歴&女性のような容姿&仙術修行趣味から考えると…

暗殺者系の最上位の裏ボスになりうる!

仙術!妖術!暗殺術!キョウカイ以上の美貌!恐るべき頭脳

割と裏ボスにぴったりなんではないだろうか。

しろ張良始皇帝暗殺しちゃってもいいかもしれん。病気でなくなるよりは劇的だろうし。

後は妖術師徐福だな!

格はだいぶ落ちるが!

まぁいいか

最後

余命少ない俺には、生きている間にキングダム完結が見られないのでこんなことを書きました。

俺の代わりに最終回まで見届けてほしい。

2019-06-03

高所得者もどんどん死ぬ社会じゃないとだめだと思う

現状、高所得者って低所得者に殺されても仕方なくない?

もっと言えばさ、この日本に限って言えば、殺す権利付与してもいいくらいなんじゃないかなと思う。

政治家高所得者経団連とかね)がこの国の舵取りをしているなら、彼らの失策搾取で死んだ人、生まれることができなかった子供たちの分までカルマを背負うべきだと思うんだよね。天譴が下らないと割に合わないような社会構造になっている。それは資本主義構造問題ももちろんあるけど、この国の上位層のモラルのなさが生み出したものだ。日本金持ち寄付全然しないしな。世界寄付指数ワースト3位だそうだし。

日本はたいして宗教的でもないし、道徳心があるわけでもないし、戦略的もの見方をするわけでもないので、放っておくと上位層がどんどん醜く肥え太る。アジア太平洋戦争の時なんかがまさにそれで、今もその構造全然変わってない。政治家官僚の驚異的な自己保身と労働者から搾取でこの国は成り立っている。

特に道徳心のなさは凄い。児童生徒に妙な道徳教育を施しながら、まるでモラルがない。

日本道徳心儒教が元になっているが、その儒教をもバカにし始める始末だ。孟子が「剣で人を殺すのも、悪政で民を殺すのも、何も違いはない」って言ってたろ。あれが「道徳」だろうがよ。高所得者どもはいい加減殺人をやめろ。いいか高所得者のクソどもは孟子の恵王の章を読め。熟読しろ。お前らは恵王だ。「なんでうちら頑張ってるのに隣の国とあんま変わんないんだろうにゃあ」とか言ってるのがお前らだよ。孟子説教されろよ。2500年前の話だぞ。少しは進歩して見せろクソどもが。最低限、進歩しているというポーズを維持して見せるくらいのことをしろ政治家腐りすぎだろ。飲み屋オッサン上がりかよ。まともな知性があるフリくらいしろ

話は戻るが、高所得者底辺連中を殺しにかかるなら、正当防衛しても問題なくないか

そのくらい脅しつけないと上位層どもは危機感持たないだろ。そのくらい腐り果ててるだろ。奴らのモラルはもう2500年前のものからダイレクトに「人を殺したら祟りがあってお前死ぬぞ」くらい言わないと、そして実際にそれが起きないと目を覚まさないんじゃないのか?今はもううでかい戦争内覧も起きないから、上位層どもは死の恐怖を忘れて際限なく腐っていくだけだ。お前、腐ってるだろ?恵王は少なくとも孟子に耳を貸したが、お前らはどうよ。クズども。中国史の昏君のテンプレ妊婦の腹を裂いて、男児女児かを確かめる遊びをした」のとほぼ変わらないことしてるからなお前ら。武烈天皇でもリスペクトしてんのか?

つーか、いい加減資本主義はもう無理だろ。マルクス資本論で書いてた通りの展開になってもう何年経ってるんだ?ネットの発達で底辺連中にまで情報がいきわたったことで資本主義の壊滅は決定的だろ。お偉い学者さんらは何してるんですかね。資本主義はもう限界です。共産主義人類には早すぎました。ってなってるところで何で資本主義を加速させてんだよ。今が日本史上最高の景気なんだって?お前ら牟田口かよ。現実を見ろ。新自由主義とか言ってる場合じゃないだろ。金を回せ。高所得者モラルのなさを何とかしろ

それが無理なら、こっちにはもう選択肢は残ってないだろ。

俺はクソ底辺で今は何とか生きてるが、これ以上殺しににかかられたらそのうち武器を手にする可能性があるだろ。これってどこに声を上げりゃいいんだ?

マジで高所得者どもは死体の上で飯を食ってることを自覚しろよ。

そして責任果たせよ。

移民入れて解決かいう先送り東條ムーブかましてるとマジで滅ぶからな。

2019-05-23

お勧めの完結済み漫画

特に順位無しで俺が電子書籍や蔵書として購入した、漫画喫茶で読んだ、完結済みのおすすめ漫画を紹介。

リストにない面白い漫画があれば教えて欲しい。

特に順位はつけないので出て来た順序は適当と思ってくれたら。

追記

すみません三月ライオン、終わってないんですね。リストから消しときます

追記2)

ブコメありがとうございます。いろいろ参考にさせてもらいます。そう言えば、手を出してないなぁって漫画もあるんで、Kindleで漁ってみます

読んだけど、好きでも嫌いでもないので上げてない完結漫画もわりとあったりします。ブコメに上がってるのだと、フルアヘッドココやBASARA、シュトヘル皆川作品全般は、そんな中に入ってる感じです。

ブコメに上がってないものだと、銃夢ナルトとかBLEACHとかカイジ金色のガッシュベル戦国妖狐ソウルイーターるろうに剣心とかの著名どころもそんな感じですかね。

長編漫画を始発待ちの漫画喫茶でまとめて読むのが好きな傾向があるのでメジャーどころしかないという。漫画好きの人の参考にならなかったら、すみません(陳謝)

おすすめ出来る完結漫画

H2

夏が来ると必ず読みたくなる。傑作揃いのあだち作品の中でも最高傑作だと思う。タッチみゆきクロスゲーム、どれも感動しますけどね。

趣味野球?てめえらにゃ一生ムリだ。

じゃじゃ馬グルーミンUP

三角関係がほのぼので好き。ゆうき作品もたいがい読んでるけど、一番好きなのはこれですかね。俺はパトレイバーよりも好きです。

プラネテス

自分の夢や目標を見つめなおしたくなる。ほろ苦い大人の味。

狂四郎2030

微妙エロくてNTR属性覚醒させられるかもしれない。隠れた名作だと思う

シドニアの騎士

弐瓶作品の中では一番良かった。つむぎかわいいよつむぎ

うえきの法則

異能バトルものゴミを木に変える能力一つで、何が出来るかって発想の豊かさが面白かった。

MAJOR

主人公クズっぷりにヒロインの寿くんが振り回される姿に震えろ。

MONSTER

1回読んだだけでは何が何だかからないけど、とにかく引き込まれ何度でも読み返す、そんな漫画

エアマスター

僕は金次郎になりたい。色んな格闘技が出てくる異能各党漫画だけど、キャラが濃くて立ってて捨てキャラってのがいなかった。だから最初から最後まで面白い

彼岸島

多分九州くらい大きな島なんだろうな。二度読むと絶望する矛盾だらけ、勢いだけの酷い漫画なんだが、しか丸太無双すぎて最高のギャグマンガなんだよ。酔ってる時に読んでくれ。

結界師

異能バトルもの。単純な能力を使って工夫をしながら戦っていく展開が、どうも俺は好きらしい。決壊で妖を囲んで消滅させるというシンプル能力の奥深さと世界観が好き。

嘘喰い

最後の方はダレまくりだったけど、単なるバトル漫画になるまでは面白かった。

ACMAGAME

少年漫画の知恵比べ系ギャンブルゲーム漫画の中では、テンポの良さとゲームの設定の面白さが異色でお勧め。照朝ほげ

BabyStep

終わり方には納得いかないが、超天才テニスプレーヤー主人公があり得ない速さで強くなっていく漫画。もう少し才能のない所を見せて欲しかったなぁとは思うけど、戦略的に戦っていく展開が好きだった。

Capeta

熱い天才を描かせたら並ぶものがいない作者の名作カーレース漫画天才が順当に天才っぷりを発揮して周囲を驚かせてくだけなのに、全然しらけないし、なんか熱いものが残るんだよねぇ。シャカリキめ組ダイゴ、昴と、作者に天才を描かせたら本当に熱いし、どれも面白いけど、Capetaが一番熱かったです。

クレイモア

人間を食う化け物を倒すため、自ら化け物となって戦う少女たち。圧倒的過ぎる強敵、仲間たちとの友情、受け継がれる意志主人公覚醒ジャンプらしい王道漫画ですね。アリアドネも化けてくれ。

カフス

喧嘩最強のヤクザの魂が、貧弱小僧に乗り移って大あばれ。格闘技漫画の癖に格闘シーンがつまら漫画も沢山ある中、バトルの描写と工夫に特徴があって、トリッキーな動きと工夫が楽しいです。

DANDOH

天才が順当に天才っぷりを発揮するだけのゴルフ漫画。でも、Xiまでは面白かった記憶あんま覚えてないけど。

EDEN

人類結晶化させるウイルスとの戦いと、人類同士の覇権争いに翻弄されながら、沢山の大切な人物死ぬ鬱展開の連続でヤク中になりながら成長していく主人公が魅力的な漫画。周辺キャラが魅力的で、設定も詳細で面白かったですね。

天才クライマー三歩が、山岳レスキューに命をかける漫画。前向きで真剣ストイックな三歩を通じて山と人生のすばらしさを教えられる漫画です。読了後の感動がいつまでも消えず、いつか南アルプスコーヒー飲みたいって気になりました。

現代医師江戸時代タイムスリップして、チートっぷりを発揮する漫画。様々な病を現代知識を使って解決する無双展開の中で、女性作者っぽいベタだけど心地よいロマンスもあり、医療知識とか歴史を学べて、その辺りが気に入ってた理由ですかね。

マギ

シンドバッドの冒険モチーフにした異能バトルものではあるんだけど、バトル描写だけ見れば少女漫画で。薄く面白くはないです。設定と世界観キャラクタの理想同士のぶつかり合いが、練りこまれていて結構良かったなぁという記憶

マスターキートン

砂漠では背広がいい、ナイフは銃より近距離では強い、とか謎のサバイバル技術を駆使しながら、時には伝説軍人として、時には保険調査員として様々な事件解決しつつ、考古学者として自らの研究を追い求める主人公活躍も楽しめる大人漫画ですね。

無限の住人

不死身の剣士が、多彩な剣士色物と言っていい厨二武器厨房剣術にぼろ雑巾にされる漫画ですね。キャラクターが魅力的過ぎるんですよ。特に尸良w あん無茶苦茶な奴、見た事ない。クライマックスに向かうにつれて、登場人物戦闘がカッコよくなっていくのが最高ですね。吐鉤群がカッコよすぎ。

Psyren

メルゼズ・ランス! 岩代さんの漫画ブレークしない理由が俺には分からない。謎のテレホンカードを使って異世界へいき、超能力を駆使して訳も分からず敵と戦う。戦いの日々の中で、異世界真実が明らかになり・・・面白いのになんで打ち切りなんや

アホガール

タイトルに偽りなし。アホすぎて爆笑必死ヨシコみたいな友達が欲しかった。彼女には欲しくない。

からくりサーカス

藤田作品は全て好きです。邪眼も好きだし、短編から長編に至るまでハズレがない。中でも、からくりサーカスは最高傑作だと思うよママ

スラムダンク

言うまでもなく名作。もっと褒めてくれ?いや、お前は叩けば伸びる男だ。

やったろうじゃん

原作品は好きなものが多い。恋愛ドラマの切なさ、涙なしでは読めない苦しい展開の中で、自分を許せない主人公甲子園を戦うクライマックスH2にも匹敵するくらい心揺さぶる名作です。ほんとうに皆に読んで欲しい。泣け!

愛がゆく

超能力バトル漫画。遥か未来から文明を持ってやってきた未来人が、謎の装置で知能の低い奴を無差別虐殺していくって設定が衝撃的でした。

がんばれ元気

グダグダ言わんと読んで泣け!元気があまりにも不幸で健気で報われなくて、がんばれって応援しながら、俺も頑張ろうと泣きながら思える。そんな漫画です。

めぞん一刻

「お願い...一日でいいから、あたしより長生きして...。もう、一人じゃ、生きていけそうにないから...。」管理人さんと出会って結婚したい人生だった。

蒼太の包丁

駆け出しの和食料理人の蒼太が様々な出会いをしながら、料理人として成長していく物語。いいから雅美と蒼太を結婚させろって!

大使閣下の料理人

ベトナム大使公邸料理人大沢公が料理を通じて政治ベトナム文化に関わっていく漫画政治料理を関わらせながら、料理に込めた人の思いが織りなすエピソードが爽やかで読後感のいい漫画。フォアかわいいよフォア。

沈黙の艦隊

わずとしれた名作。潜水艦独立国家になる。その設定だけで熱狂した思い出があります

勇午

超人交渉人勇午が様々な無理難題解決していく漫画物語根底にある各国の文化歴史と、事件解決に向かう推理を楽しむのが本筋なんだけど。絶対拷問される主人公と、関わった女は全員惚れる勢いのジゴロ属性も見どころ。

魔王 JUVENILE REMIX

超能力バトルなんだけど、主人公能力がしょぼい。「他人自分の思っていることを話させる力」とかいう、どう考えてもバトルに不向きな能力で戦っていくってんだから、どうなるんだか気にならないはずがないでしょう。20巻位に膨らませて欲しかったですね。

ぼくらの

戦闘ごとにパイロット死ぬロボットを操って地球を守る少年少女たちの物語少年少女の割にはあまりにも濃すぎる人生を送るパイロットたちの物語を中心に、謎のロボットや戦う理由が明かされていくスリル面白かった。しか最後は鬱展開でした。

東京喰種

連載中は好きではなかったんだけど、一気に読み直してみると面白かった。ヒナかわいいよヒナ

殺し屋イチ

変態変態変態変態!それだけなんだが、変態が突き抜けすぎてて面白い

寄生獣

わずとしれた人類の宝。

ジョジョ

4部までと、STEELBALLRUNは面白かった。神父、お前は要らん。

蒼天航路

曹操が好きなんで、演戯視点よりは全然好き。曹操ってのは中国史10指にはい天才だったと思う。軍事政治文化それぞれ単体なら、もっと上が居るけど。総合能力の高さは天才のもの。地味に法政に注目してくれたのも嬉しかった。作者の勢いと画力の高さが魅力でしたね。

ブルーワールド

SF漫画ブルーホールという次元を結ぶトンネル現代から恐竜時代タイムスリップした軍人科学者サバイバル物語原作があるだけに物語と設定は重厚面白いです。星野さんのSF漫画はどれも面白いけど、一つあげるとしたらブルーホールかな。

華麗なる料理人

カレー知識が増えていいのと、女の子可愛いのと、ストレスなく読める作品で読みやすいのとで、時間を潰したい時にお勧め作品

赤ちゃんと僕

赤ん坊から時に理不尽にふるまう弟と、しっかりものに見えて時に子供らしく暴発するお兄ちゃんと、その心優しい父親物語。温かい缶コーヒーを握りしめた弟が「にーちゃああったかいねー」って言うシーンで号泣

狼の口

あの糞野郎のケツに杭がぶっ刺されて貫かれて死んだシーンで、ザマァアアアアアアと叫んでしまう位、野郎は憎たらしかったし面白かった。

あんま好きじゃなかった漫画

ファンもいると思うので理由は書かない。

一騎当千
GANTZ
DEATH NOTE
鋼の錬金術師
らんま1/2
アイシールド
封神演義
3×3EYESサザンアイズ
ホーリーランド
アカギ
ファイアパンチ
エリアの騎士
エアギア
BTOOM
アイアムアヒーロー
バキシリーズ
20世紀少年

今も追っかけてる漫画

ワールドトリガー

復帰してくれてありがとうゆっくりでいいんで丁寧に頼んます

人形の国

だんだん微妙になってる気も・・・二瓶ワールドすな

ベアゲルター

完結する気がしないけども。

ベルセルク

活きてる間に完結する気がしないけども、糞展開化したかと思ってたら、最近、再び盛り上がっててよい。

未完のまま終わってしまったのが悲しい

ソードゲイル
ドクターコトー

はじめは見てたけど、もう読むの折れた

色々な理由でついていけなくなったけど、途中までは好きだった

キングダム
弱虫ペダル
ろんぐらいだぁす
ワンピース
ジャイアントキリング
青の祓魔師
進撃の巨人
はじめの一歩

2019-05-05

中国の歴史は107年

あの土地には、1912年中華民国ができるまで異なる国が存在していた。よって、中国5000年の歴史は嘘。中国以前の歴史を語るとき中国史ではなく、東アジア史とすべき。ちなみに日本内戦政権が変わっても日本であることには変わりない。よって日本には2000年歴史がある。

2019-01-18

anond:20190118143209

孝謙天皇

日本女帝

お気に入り僧侶後継者にしようとし、それを諌めた者を卑しい名前改名させるなど、きわめて冷酷かつ感情的に振る舞った。

呂后

漢の高祖・劉邦の妻。

夫が死ぬと絶大な権力を握り、側室四肢を切り落として厠に放置、「人豚」と呼んで糞尿を浴びせた。

武則天

中国史上唯一の女帝秘密警察拷問代名詞

皇后四肢を切り落とされて生きたまま酒壺に漬けられ、数日間泣き叫びながら絶命。

エリザベス1世

イギリス女王

海賊を手懐けて奴隷貿易を開始。

アフリカ黒人アメリカ大陸で売ることで利益を上げて国内の安定を得た。

ヴィクトリア

イギリス女王

インドをはじめとして世界中植民地にして圧政を敷き、イギリス帝国主義の最盛期を迎えた。

エリザベートバートリ。

ハンガリーの女貴族

650人もの若い娘を誘拐して惨殺、美貌を保つためと称して人肉を食べて生き血を浴び、女性器を切り出して性的興奮を覚えていた。

個人が直接的に手を下した殺人数としては史上最多では?

イサベル1世

スペイン女王

国内では異教徒虐殺対外政策ではコロンブスをはじめとして征服者を援助し、アメリカ大陸から資源収奪する構造を作り出した。

女性権力を握った例は圧倒的に少ないにもかかわらず、

男性には思いつきもしないような残虐な暴力性が発揮されている。

女性権力者は個人的な嫉妬欲望のためにおぞましい殺人を行う。

いまなお人類悪として語られる奴隷貿易植民地主義は、

まさに女性が作り上げたものであり、

女性による収奪世界中怨嗟を振りまいたと言える。

2018-12-17

anond:20181217071714

琉球はもともと中華庇護下の国

薩摩のしもべとなって以降の歴史よりも中国史は以下の時代のほうが優遇されていた

2018-12-08

史学科のゼミとか卒論とかって何やってるの

数学科事情、すごく興味深く読んだ。

「数学の修得には時間がかかる」ことの概説 - Unhappy Go Lucky!

ただ、文系学部の「研究」や「卒業論文」の位置づけとかについて、過大評価していただいているような気がしなくもない。日本語とは縁遠い言語を話す地域を専門とする史学科卒の人間として、「ゼミ」や「卒論」の位置づけについて語ってみたい。

ゼミで何をやっているか

いやこれは本当に分野によるのだが、「研究」というよりも「勉強」をやっているところが多い。歴史学というのはまず史料に何が書かれているかを正確に読み解く必要があるのだが、その読み方を徹底的に叩き込まれる。場合によっては修士課程でもこれが続く。もしくは、研究文献の読み方を叩き込まれる。そもそも2・3年前まで高校生だった連中である文系研究書をどのように読むべきかよくわかっていない人も多いし、英語の本を通読なんてしたことないですという人がほとんどだろう。レベルの高い大学なら外国語文献の購読をし(何語なのかは研究分野や参加者による)、あまりレベルの高くない大学なら日本語の本・論文の読み方をゼミで躾けられる。

(「史料」ってのは要するに「昔の人が書き残したこと」。王様勅令だったりお役所行政文書だったりインテリの書いた思想書だったり過激派の撒いたアジビラだったり新聞記事だったり、色々である公文書館に行って実物を見てくる場合もあれば、別の学者がまとめて印刷出版してくれたものを参照する場合もある)

何で学部の段階からゼミに分かれるか、というと、「歴史学とは何か」「史料批判とは何か」みたいな概念方法レベルの話や、「いやしくも歴史学を学ぶ者として最低限踏まえておくべき各地域・各時代の基礎知識」みたいなのを除けば、分野ごとに身につけるべきスキル全然違うので。江戸時代歴史なら江戸時代古文書明治期の歴史なら明治期の文書中国史なら漢文イギリス史なら当然英語古文書……を読まないといけない。イギリスについて研究したい学生日本古文書の読み解き方を勉強しても時間無駄だろう。逆もまた然り。

ぶっちゃけ、「卒業論文」に大したオリジナリティはない

慌てて言えば分野による。

社会調査とかする分野で、自分なりにアンケート調査してみた、とかそういう論文なら、どれだけ拙かろうがオリジナリティはあるだろう。あるいは歴史学でも、オリジナル史料を発掘することが可能な分野ならオリジナリティは出る。

ただやっぱり、学部4年の段階で大層な「オリジナリティ」は出てこない。そもそも外国史の場合史料の読解すら教員の手助けを得てようやく、という人が多い。歴史学では一次史料が重視されるが、私の分野では卒業論文で一次史料を使った時点で優秀な学生の部類に入るだろうなと思う。二次文献、つまり他の研究書や論文をまとめて長いレポート(うちの大学では3万2,000字が下限だったかな)を書けたらOK、という運用をしている大学も多いのではないか。まとめるのにもオリジナリティは出るしね、という苦しい理屈だしそんなの査読つき学会誌に「論文」として発表できるレベルではないが、学会誌に「論文」として出せるレベルのもの要求していると4年では足りないわけで、多くの史学科の学生修士論文で初めて学会誌投稿できるレベルのもの要求されることになる。

何度も言うようにこれは分野による。地味に重要なのが、「その言語大学第二外国語として開講されているか、あるいは教養科目で講義が受けられるか」という点。朝鮮史ドイツ史やフランス史場合韓国語ドイツ語やフランス語文系学部ならたいていは必修の第二外国語として教えられていることが多いので、卒論でも韓国語ドイツフランス語論文は読めて当然だよなあ? というハードモードになることもある。中国史なら「高校から漢文やってるんだしゼミでも読んでるんだから卒論でもちゃん漢文史料は読めるよね? 現代中国語論文も読んでね」ということになるだろう。英語? そんなの読めて当然でしょ? 第二外国語ではなくとも、たとえばトルコ語アラビア語なら多少気の利いた大学なら教養科目とかで開講されているから、イスラーム史やりたいなら学部1年のうちから履修しといてね、という話になると思う。逆に、マイナー外国語必要な分野だと、せめて英語の本くらいは読んどいてね、くらいにまでハードルは下がる。アイスランド史を勉強したいです! と言われても、日本アイスランド語の授業がある大学がいったいいくつあるのか……という話になるわけで。まあ東大の某ゼミではゲエズ語購読とかやってたらしいですけどね。雲の上の世界すぎてまったく想像もつかない。

なので、大学に入った段階で既にどの分野に進むのかなんとはなしの道筋がついていないと厳しい。第二外国語韓国語選択して、やっぱり私ドイツ史がやりたい! というのは不可能ではないが難しい。第二外国語選びの段階である程度進路が決まってしまう、というのが史学科の特徴だ(まあ、英文学科とかは、学科選びの段階で専門地域が決まってしまうわけだが……)。イスラーム史やるなら第二外国語フランス語にしないとね。そんなのついこないだまで高校生だった連中にわかるか! もちろんこれは大学による。西洋史に進学した者にはドイツ語とフランス語双方の習得義務付ける大学もあるそうである。これならヨーロッパのたいていの地域対応できるね! 史学語学と言われる所以だ。

あとは西洋以外の地域だと、「史料に書かれている言語」と「論文に使われている言語」が違うことが結構あって、何でかといえば近代以降に西洋諸国植民地支配されていたりすると「オランダ人研究者がオランダ語で書いたインドネシア史についての先行研究」みたいなのがたくさんあるので。つまりいくらインドネシア語やアラビア語が堪能でもそれだけでは片手落ちで、オランダ語フランス語ができないと先行研究が読めないので勉強せざるを得ない(付け加えるなら、植民地支配されてたということは、お役所では宗主国言語が使われていたり宗主国のお役所植民地統治担当する部局があったりしたわけで、それらの史料は当然宗主国言語で書かれている)。さら前近代史だと、「昔使われていた言語」と「現在使われている言語」が異なっていることが多く、典型的には古文とかラテン語とかである現代日本語論文はスラスラ読めても古典日本語チンプンカンプンという人も多かろう。前近代西洋征服王朝なんかだと大変で、現地語+支配階級言語植民地支配してたヨーロッパ言語、をやらなければいけなかったりする(アラビア語オスマン語+フランス語、みたいな感じ)。いやー、西洋現代史はヌルゲーの領域っすわ……その国の言語ができれば用足りるからなぁ。現地に行けばネイティブスピーカーいるか勉強簡単だし(アッカド語みたいなネイティブがいない言語習得してる人ほんと尊敬する)。もちろんここで少数民族とか国際関係史とかに興味を持ってしまうと語学沼に引きずり込まれるわけだが。イギリス史なら英語だけでいいだろうと思っていたらうっかりウェールズに興味を持ってしまウェールズ語を勉強することになりました、とか、ドイツ語だけで通そうと思っていたら枢軸国外交に興味を持ってしまったせいでイタリア語も読んでます、みたいな。とはいえこれらは院に進学してからの話(あるいは院への進学を希望する学部生の話)だ。院に進学しない学生卒論レベルなら日本語英語or中国語でじゅうぶん、という運用大学ほとんどだと思う。

ヨーロッパ植民地についてしか述べていないのは、日本植民地場合宗主国言語習得する困難はほぼ存在しないからであって、日本植民地支配をしていなかったと言いたいわけではないので念の為。もちろんこれは日本語母語話者である学生の話で、韓国台湾学生あるいはそれらの国から留学生植民地時代自国史を勉強しようと思ったら日本語を読まなければいけないわけであり、なんというか申し訳ない)

でもまあ、卒論書くのは大事ですよ。たとえそれがレポートに毛の生えたレベルのものであっても、院に行かない学生にとっては専門家指導されしっかりと文献を読み込んだ上でこんな長文を書かされる機会はこの先の人生でなかなかないし、それを経験するというのが大学に行く意味だと思う。院に行く学生にとってはもっと長い修論博論書くんだから当然このくらい書けなきゃ話にならんわけで。

院に進んだら何やるの

留学します。

これも分野によるのだけれど、たいていどっかに留学する。中国史なら中国台湾フランス史ならフランス、みたいに。留学先で大学ゼミに参加したり史料を集めたり現地の専門家指導を受けたり、あるいは分野によっては語学勉強をしたりする。もちろん複数国に留学してもいいし、研究対象国以外に留学することもありえる。アフリカ史を研究するためにポルトガル留学した人がいたり(イエズス会士が書いたものを読みたかったらしい)。で、帰国してから博論を書く(たまに留学先でそのままPh.D獲っちゃう人もいる)。

上述のような事情があるので、歴史学を専攻している人はたいてい4年以上博士課程に在籍する。ちゃんとした大学で3年で博士号獲るのは一部のバケモノだけです。たまにいるんだよそういうバケモノが。日本史なら楽勝かというとそういうわけではなく普通に4年以上かかってることが多い。留学期間とかもあるので、博士課程の先輩に学年を聞いても即答できないことが多いから気をつけよう。29歳でドクター? 夢物語かな? まあ本当に文系大学院なんて資産の子供か養ってくれる配偶者持ちか自殺志願者以外は来ない方がいいです。男性歴史学者が書いた研究書のあとがき奥さんへの謝辞が書いてある場合、もちろん本当に純粋感謝の念であることも多かろうがけっこうな確率で一時期ヒモ生活を送っていたことへの感謝だったりする。奥さん実家でチクチクとイヤミを言われた経験を聞かせてくれた教授もいらっしゃる。これ有名大学の教授様になれたから笑って話せるだけで、なれなかったら悲惨だよな……。まあでも、研究者の不遇っぷりは文理問わないか

2018-10-09

anond:20181008215814

id:wildhog 言語研究価値は直接関係ない。とはいえ世界大学ランキングに役立たないし、留学生海外研究者に対して敷居が高くなるから英語で書いた方が得じゃない?

じゃあランキング気にするのやめるか英語以外の研究も拾えるランキングしろボケ,が前段への返答で,そんならアメリカ人日本人にとって敷居の高い英語やめてくれない? 日本語論文書けよ! が後段への返答っすね.マジあいつら日本史日本社会についての論文や著書すら英語で書きますからね.それを日本人研究者がわざわざ日本語翻訳してますからね(悔しいことに面白いんだこれが).別にそれが悪いことだとはまったく思わない,というかむしろアメリカ人日本研究者が英語で書くのはそりゃ当たり前でしょって感じだけど,広い読者にわかるように日本研究者は英語で書けとか言われたらまずあいつらに日本語で書かせてから言えよくらいは言っていいですよね.日本史の読者のボリュームゾーンはまずもって日本人なわけで.アメリカ人英語日本についての論文を書いても,えー英語論文しかないのー,日本語論文書いてないとかレベル低すぎー,とアメリカアカデミアで冷遇される世界になったら日本語論文書いてる欧米研究者を冷遇してくれて一向に構わないので,そのへんどうかよろしくお願いします.

というか日本語習得して日本語論文博論書いて本も出してる留学生の方だって大勢いらっしゃるわけですよ.私はこれまで,中国人韓国人台湾人モンゴル人・ポーランド人が書いた日本語単著を読んだことがあるし,ウイグル人カザフ人エジプト人アメリカ人日本語論文書いてるひともおられる.琉球方言学とか見ると定期的に日本語論文投稿してらっしゃるニュージーランド研究者もいらっしゃいますね.日本語外国人研究者によっても使われる立派な学術言語です.

モンゴル研究者が日本語で書いた単著の一例(査読つき)> https://www.yamakawa.co.jp/product/67381

id:parosky 論文人類の知の体系に貢献するものからみんながアクセスできる言語じゃないとダメじゃない? という意味英語なことが重要だと思ってたけど、たしかに界隈の人がみんな日本語を読めるなら日本語でもいいね

「みんなが日本語を読める」んじゃなくて,「重要日本語の先行研究がたくさんあるから頑張って日本語勉強する」んですよ……

この辺の感覚理解されてないんですかね? 文系にとって標準言語英語だけではなく,分野によってはいくつかあったりするのが普通なので,頑張っていくつかの言語勉強するんです.西洋古代史なら英語古典語の他にフランス語ドイツ語の先行研究を読む必要があるし,インドネシア近代史人類学を勉強したければ英語インドネシア語の他にオランダ語を学ぶし,中国前近代史なら英語中国語の他に日本語が読めないとね,という要求水準があって,それらの言語を知らない人は勉強する必要があるわけですよ.英語さえ読めれば研究ができるひとたちにはわからない感覚かもしれませんけど.

正直,中国研究してる欧米人が英語論文の中で日本語引用してるのを見て,「あっ,つづり間違ってるな,こいつあんまり日本語得意じゃないな」って思うことはあります.たぶんもともと中国語が専門で,日本語研究必要からいやいや読んでるんだと思いますけど,西洋研究してる日本人は同じことをドイツ語とかフランス語かに対して思ってたりするわけで,まあお互い様っすね.

id:nakex1 自国しかやってないと自国語で形成される村の思考の枠組み(そこから発生する評価の枠組み,師弟関係派閥から出られないんじゃないかという懸念はある。

師弟関係やら派閥やらはともかく、思考の枠組みとか言われても、社会学英語からの輸入学問なんだから英語圏の発想や思考バッチリ取り入れた論文書いてますよ! 英語圏の理論の本とか翻訳されまくってるし,未翻訳の本でも原語で引用してるひとは大勢ますねえ.当たり前だけど,執筆言語自国語であっても,自国語で論文書くために読まなきゃいけない言語はいくつもあるわけで……

id:kanekoshinichiro 日本語学術を述べてもいいけどガラパゴスにならない?どこかで日本人以外に読んで欲しくないのかなと思ってしまうな。もっとオープンになればいいのに。英語できるでしょ。

ドイツ語より母語話者人口が多い言語を捕まえてガラパゴスとか言われても困りますわー.日本語話者世界トップ10に入る大言語なのですが.ちなみに欧州なんかだと日本10分の1くらいの人口しかいない小国にもちゃん日本語学科が設置されて現地語で日本研究論文が書かれてたりします.日本語学習者って世界中にいるので日本語論文書いてもガラパゴスでも何でもないんですよね.日本人勉強して英語論文を読んでいるんだから日本人以外も勉強して日本語論文を読んでください.

id:nt46 ペレルマン論文ポアンカレ予想という関心分野で他の数学者がその正しさを検証たから業績になってるのであって、事実上査読は行われている。

それが査読になるなら日本語の著書や無査読紀要論文出版後に多くの同業者が読んでチェックしてるから事実上査読つきですね.ありがとうございました.

id:steel_eel 本質学問正当性を確保するためのクロスチェックがどう機能してるかであり、その点で現状ベターなのが英語使用査読でチェックを受けるシステムなわけで、それが無いなら代替の何があるのかを示さんとな。

分野によるという話をしています.たとえば日本に関する研究なら別に日本語でもいいですよね.日本史日本社会研究しているのに日本語論文を読めない研究者は三流以下なので,そんなひとに査読を頼んでも別に正確性や信頼性が向上するわけではない……というのは理解していただけますか? 日本以外の地域研究にしたって,前近代中国史を扱うならば,中国人研究者が日本語著作引用したりする世界なので,日本語で書いて査読してもらえばよくないです?

id:operator 日本語英語かではなく、国際学会のトップカンファレンスを目指して研究したこともないのに教授になれるの?というのが理系からみた驚きなんでしょ。日本古典文学研究も、英語文学分野の国際学会に出せるよね。

からなんでその「トップカンファレンス」の言語英語である必然性があるんだと小一時間.確か日本文学については日本語公用語の国際会議みたいなやつはあったはずですし,ロシア文学の国際会議ロシア語でやるはず.英語以外の言語を発表言語指定されたカンファレンスは出たことあるけどまああれはトップカンファレンスではないか.ともかく,その「トップカンファレンス公用語英語」という思い込みをまず捨てやがれください.そんなん理系や一部文系分野のローカルルールでしょ.

id:tarume バベルの塔を折りたい人。なにが"なんとも愉快な未来予想図"だか、英語コンプレックス隠せよ / 知を共有するために論文書いてんだから、まずは一人でも多くの人間が読める言語で書くのは当然でしょ。自国語訳はその後

文系バベルの塔を折りたがってるんじゃなくて,そもそも文系には共通言語がはじめからなかったという話です.なかったもの探究しろと言われても……

2018-10-08

みんな日本語学術言語としての重要性を軽く評価しすぎ

この件.

https://togetter.com/li/1274544

査読論文持ってないひとが責められるのはまあわかる(査読なし論文でも優れた論文というのは有り得るし,そういうのも業績として認められるべきではあろうが,このご時世ではまあ査読論文は持っといた方がいいよな……).でも英語論文を持ってないことが責められる理由になるのは本当に理解できない.

何度も繰り返すけど,フランスでもドイツでもロシアでもスペインでも,そしてたぶん中国韓国でも,文系研究業績の大半は自国語だから

文系研究業績が自国語で積み上げられるのは,世界標準から

インドサハラ以南のアフリカ諸国のように長いこと西欧植民地になってたり言語の数が多すぎたりして大学教育英語でやっている国や,ツバルナウルみたいに小さすぎて自国語のアカデミアが成立しない国を除く.そういう国がうらやましいと言うならもう何も言えないけれど)

そりゃ英語論文を持ってたらすごいと思うよ.でも英語論文がないことが叩かれる理由になるのは本当に理解不能.

そもそも社会学には膨大な日本語研究蓄積がある.いくつもの査読誌があり,日本語査読を経た研究成果が積み上げられている.博論をもとにした出版も多く出ているし,入門書からから日本語で一通り揃うようになっている.

自国語で用が足りるんだから論文執筆言語自国語でいいだろ.繰り返すけど,それが世界標準です.

イギリスアメリカ学者英語で書き,フランス研究者がフランス語で投稿し,ドイツ博士ドイツ語で教授資格申請論文審査を受け,ロシア院生ロシア語で報告している中で,なんで日本教授日本語の業績しか持っていないのを責められなければならないのか皆目わからない.

これは社会学に限ったことじゃない.政治学だって歴史学だって文化人類学だって文学だってそうだ.だいたいどの分野でも有力な査読つき学術誌を持っているし,それらの雑誌日本語で書かれている.

そして日本語というのは,世界でも有数の学術言語だ.もちろん英語ほどの網羅性は持っていないかもしれないが,ドイツ語やロシア語ほどの重要性は持っていると思う.それは,先人たちが日本語で積み上げてきた研究業績の賜物だ.

世界でも有数の学術言語」というのもいろいろな尺度があると思うが,どれだけ広い分野で高度な研究を積み上げているか,というのをここでは述べたい.

もしこれを読んでいるあなたが,アフリカに興味を持って,アカデミックな本を読んでみたいと思ったとしよう.大学図書館で文化人類学の棚の前に立てば,数ダースの優れたアフリカ研究あなたの前に現れるだろう.その多くが,西欧学者と同じようにアフリカフィールドワークをし,日本語西欧語の先行研究を読みこなした上で書かれたものだ.

あるいは,ヨーロッパ歴史を知りたいと思ったとしよう.あなた造作もなく,フランスドイツイギリススペインロシアや,そしてチェコポーランドポルトガルボスニアについての研究書を見つけられるだろう.どれも現地語の史料や文献を消化した上で,日本歴史学の積み重ねてきた問題意識接続されている.

それとも,言語学に興味があるだろうか.心配はいらない.オセアニアの数百人しか話していない言語文法記述した本も,ヨーロッパ小国言語の音声を論じた本も,中東言語政策についての本も,あなたは探し出すことができる.政治学? 問題ない,EU制度アメリカ大統領選挙,韓国歴史認識ロシア愛国主義湾岸諸国君主制,どれも日本語最先端研究が読める.

こんなことは当たり前に思えるかもしれない.でもこれは決して当たり前のことじゃない.

とあるアジアの国に行ったとき書店に行ってみた.西洋史の棚に並んでいるのはどれもそのアジア言語で書かれた本だったが,著者はみな西欧人だった.それらはいずれも西欧から翻訳だったのだ.たまにそのアジアの国の著者が書いた本もあったが,イギリスとかフランスとかメジャーな国についての本ばかり.マイナーな国の歴史について扱った本を開いてみたら,参考文献はほとんど英語で,ちょこちょことドイツ語やフランス語が挟まる程度.要するにその本を書いた学者はそのマイナー国の言語を読めなかったのだ.日本には,そのマイナー言語を読める歴史学者が何人もいるのだが.

あるいは,ヨーロッパ小国書店.その国は小さいので国民の多くが英語を達者に話すのだが,本屋を覗くと,自国史や周辺諸国歴史についての本以外は英語の本がそのまま置かれていた.もしも遠いアジアの国に興味を持ってしまったら,その国の人は,自国語のペラペラ入門書の次は英語を読まなければならないのだ.日本語なら,遠いヨーロッパの国についても専門書が手に入るのだが.

たとえ外国語が読めないシロートだろうと,ある程度自国語で難しい本を読める力があれば,中世ヨーロッパアフリカ社会ラテンアメリカ先住民近世朝鮮史東南アジア政治についての最先端研究書が読める.そんな豊かなアカデミアを有している国,そんな潤沢な研究蓄積のある学術言語は,実はそんなに多くはない.

私の感覚だと,英語網羅性には劣るし,フランス語の豊かさには負ける気がしないでもないけれど,ドイツ語やロシア語並の水準に達してはいると思う.もちろん自国民ゆえのひいき目かもしれないし,カバーしている範囲微妙に違っている以上正確な判定は不可能なのだが.

カバーしている範囲が違う,というのはどういうことか.たとえば,上で英語網羅性に劣ると書いたが,英語よりも日本語のほうが研究蓄積の豊かな領域というものがある.当たり前だが,日本史については英語の文献よりも日本語の文献の方が圧倒的に豊富だし,日本史以外でも前近代中国史についてはまだまだ日本語の方が英語よりも網羅性が高いと思う.なので前近代中国史については,読者はともかく,歴史学者は中国語の他に日本語を読まなければいけない.その人がアメリカまれ英語ネイティブ白人であってもだ.ザマーミロ.

というか,実は文系分野に関しては英語網羅性は理系ほど高くない.そんなのは当たり前で,ロシア人はロシア史についてロシア語で書き,カタルーニャ人カタルーニャ言語政策についてカタルーニャ語で書き,チェコ人はチェコ文学についてチェコ語で書き,韓国人は韓国社会について韓国語で書いているのだから英語の文献を読むだけでそれら全ての情報が手に入るわけがなく,本格的に研究しようと思ったらそれらの言語で書かれた文献を読まなければ話にならない.日本事情について一番詳しく正確な研究が読めるのは,英語ではなくて日本語だ.

なので,上で挙げた主要な学術言語は,それぞれ積み重ねが豊富領域とそうでない領域がある.得手不得手というやつで,たとえばマグレブ西アフリカ地域研究ならフランス語で,東ヨーロッパ前近代研究ならドイツ語で,旧ソ連圏の研究ならロシア語で重要研究が蓄積されてきたので,江戸っ子だろうがロンドンっ子だろうが研究を志すのならそれらの言語を読まないといけない.中国近世史を専門にする者が日本語を読めなければいけないのと同じだ.これらの分野で英語で書かれた研究だけを読んで済ますことはできない.

この辺が,理系とは事情の違うところなのかもなぁと思う.理論物理学とか分子生物学とか再生医療とか深層学習とか,ほぼ全ての分野で英語さえ読めれば研究には用足りる(んだよね?).英語最先端研究のほぼ全てが流れ込み,あらゆる情報が蓄積される.しか文系では違う.英語には限られた情報しか流れ込まず,最先端研究の全てが英語提供されるわけではない.

なので文系では,英語理系ほど特権的地位を占めているわけではない.もちろん英語文献が読めるのは今や前提だし,重要な先行研究英語なら読んでいないと問題外だ.けれど,英語ではなく自国語の研究でも研究業績にカウントされるし,外国語での業績といっても英語に限られるわけではない.韓国語やトルコ語論文を書くほうが英語で書くよりも楽だ,と言う研究だっているし,日本語でも英語でもろくな業績がないがそのかわりロシア語で何本も論文を書いているという研究者もいる.

というわけで,文系研究者が英語論文を書いていなくとも,それが直ちに問題だとは思わない.査読論文にしても,そりゃゼロってのはちょっとどうなの,って思うけど,研究者が集まって作った本の一章として論文を発表するとか(いわゆる論集ってやつね),出版社が出してる研究者~教養人向けの雑誌に依頼を受けて研究成果を発表するとか(岩波書店の『思想』とか,青土社の『現代思想』みたいなやつね),査読されてないけど業績としてカウントされ得る論文の発表形態というのはいくつもあるので,査読論文以外にそれらも論文としてカウントしないとフェアじゃないと思う(ただ,私は査読がついていない媒体に出すのは怖いなと思ってしまうので,なるべく査読誌に出している).

別に理系のひとが査読つき英語論文のみを業績としてカウント和文論文勘定しないというローカルルールをお持ちなのは結構なのだが,そのローカルルール文系押し付けないでいただきたい.

私が危惧しているのは,上で書いたような日本語で積み上げられた先行研究が,日本人に真っ当に評価されていないことだ.

文化の豊かさというものを考えたときに,自国語で世界中の情報を知ることができるということが,どれだけ重要なことか.まして,日本コンテンツ産業が主要輸出品目のひとつだ.中世ヨーロッパアフリカ部族社会について日本語での研究が充実していることが,創作者が想像の翼を広げる上でどれだけ有利か.たとえば最近Cuvieという漫画家さんが『エルジェーベト』というオーストリアハンガリー舞台にした漫画を描いていたが,巻末の参考文献にはずらりと日本人が和文で書いた研究が並べられていた.

別に文化に限ったことではない.政治経済,そして人権についてもそうだ.ルワンダ虐殺スレブレニツァの虐殺について日本語で書かれた研究があるのとないのとで,どちらの方が日本人にとって国際情勢を理解やすくなるだろうか.外国で一旗揚げようと目論む商売人にとって,その地域専門家が書いた本や論文和文で手に入るのと入らないのとで,どちらが現地の文化や歴史理解する助けになるだろうか.欧米フェミニズムについて日本語研究を積み重ねる学者がいるのといないのとで,どちらが日本女性の権利の向上に資するだろうか.

すべての国が自国語でこれだけ充実したアカデミアを持てるわけではない.人口があまりに少ない国ではどうしたって物理的な限界があるし,人口が多くとも植民地支配の歴史が長く自国語の大学教育が充実していない国では歴史的遺産がその発展を阻む.

日本人は恵まれ研究蓄積にあまり無頓着なばかりか,その豊かさをみずから捨て去ろうとしている.それが私にはもったいなく思える.

英語は,世界の始まりから覇権言語だったわけではない.明治時代日本医師ドイツ語で論文を書き,外交官たちはフランス語で交渉していた.英語外交学術の分野で覇権を握ったのはせいぜい戦後のことで,それまではフランス語やドイツ語と同格の存在だった.今も文系ではprimus inter paresに過ぎない.ひょっとしたら将来,欧米物理学者たちが中国語で論文を書くことになるかもしれない(そのとき現在私たちが定冠詞や三単現のsに悩まされるように,欧米人が泣きながら漢字習得するのだろう.そう考えるとなんとも愉快な未来予想図だ).せいぜい百年単位覇権言語の移り変わりにあわせて,自国語の学術言語としての地位貶める必要はないと思う.それは私たち社会の豊かさを,長期的に損なうことなのだから

最後に.

どうせ和文論文しか持ってないやつの負け惜しみだろって思ったひとがいるかもしれないけど,和文論文だけじゃなく英語論文も書いたことあるし,英語以外の外国語での論文も持ってます.今それとは別の外国語での研究発表を準備中.私より多くの言語研究報告してきたひとにならともかく,たかが1言語か2言語しか論文書いてないガラパゴスの住人にだけは文句言われたくないですわ~~~~~~.

追記

英語論文が優れているとは言わんけど、査読なしの研究なんてゴミだし。

日本国内の、査読なし論文が実績になる分野の教授たちによって、査読された研究にも何らの価値も感じない。

anond:20181008221502

id:bocola 自分でも言ってるように査読しなの問題査読なしの論文なんて、読書感想文と変わらない程度の価値。やはり文系は無価値だと改めて思った。

arXivのない世界からやって来たのかな? グリゴリー・ペレルマンって聞いたことない? 査読なし論文が業績としてカウントされてるひとだけど.

事前の査読は,論文信頼性担保するための手続きひとつであって,それが欠けている「からダメ論文というわけでも無価値というわけでもない……というのはわかってくれるよね? 当たり前だけど論文価値は最終的には書かれている内容に依存するわけで,だからこそペレルマン査読なし論文であってもポアンカレ予想を解いたと認められたんだよね.

私も査読はないよりはあった方がいいと思うけど,査読がすべての論文につくわけではない分野のすべてをダメと論ずるのは不当すぎる.まあ最近文系査読重要になってきているし,若手は査読つき業績を増やしたがっているけれど,査読がつかないかダメとは限らない,ってだけの話.当たり前だけどダメダメ論文は後発の研究によってちゃん批判されるか鼻にもかけられず無視される.公募の際には論文を提出させたりするんだから査読なしダメ論文を量産していればそこで撥ねられるでしょ.理系ローカルルールで事前の査読必須なのはよくわかったけど,そのローカルルール文系敷衍されても困る.

id:zyzy まぁでもこの噛みつきは、もうすでに南京大虐殺の時に通った道だし、虐殺否定論者と同じ轍を踏み続けている以上、恐らくオタにこの説明が通ることはないんですよ。

私もオタクですが.

追記

続きは anond:20181009084352 anond:20181009213503 で.

2018-05-28

[]李煜

937年に生まれる。

中国五代十国時代の「南唐」の第三代国主

政治に関しては全くの無能だったが、芸術家としては優れた才能を見せ、華やかな宮廷で贅沢をしながら素晴らしい詞を作っていった。

彼が作らせた文房具は、いまなお中国史上最高の品質と謳われ、後世の文人たちに珍重されている。

また、お気に入りの宮女の足を縛って、黄金で作られた蓮の花の上で踊らせたことがあり、それが「纏足」のはじまりであるという。

当然ながら国としては衰退し、あっけなく宋に攻め滅ぼされて、幽閉された。

その後、彼の詞は深い憂愁と望郷の念とが入り交じる作風へと変化し、皮肉にもさらに高く評価されることとなった。

978年、李煜の詞を聞いて激怒した宋・太宗に、あまりの苦しみに身体を何度も折り曲げて死ぬという「牽機薬」という毒を盛られて亡くなった。

2018-02-17

特定研究者を叩くのはいいけど他の研究者への流れ弾はやめてほしい

当方文系若手研究者

https://anond.hatelabo.jp/20180215032409

英語論文出してない「国際政治学者」って大丈夫か?

それとも日本で言うところの国際政治学ってやつはあくま国内政治の一研究分野なのか?

国際分野なのに英語論文発表してないことが最大の違和感。必ずしも三浦瑠麗を叩きたいわけじゃなくて、日本国際政治学全体のレベルが低い?あるいは政治学者仕事世界に向けた学術研究発表よりも国内政治ご意見番をすることのほうが重要っていう認識業界一般的になってるならそれも受け入れる。

著書「シビリアンの戦争」は博論出版したものって理解でよいか文系博論は分厚くて書くのが大変とは聞く。でもグローバルな表題なのに世界では通用しない研究(少なくとも英語でないので読んでもらえない)って考えると悲しい。


こういうの勘弁してほしい。三浦瑠麗を叩くならどんどんやればいいと思うしやってほしいけど、叩く対象限定してくれ。

文系では和文でも立派な研究業績になる。最近の若手研究者積極的外国語論文書くようになってるし、私だって欧文論文の1本や2本あるけど、仮に査読論文和文しかなくても質が高いものを書いていて博士号もらってれば立派な西洋史研究者英文学者/アメリカ政治研究者etc.だよ。そういう世界なんだ……。

「ちゃんとした雑誌に載せてる論文が3つしかない」っていうのもどうかと思う。業績リスト見たら、まあ新書2冊はおいといて、それなりに専門的っぽい本を分担執筆してるよね。その本を読んでないから何ともいえないけど、雑誌じゃなくて本(アカデミック論文集)の1章として学術論文を発表することはあるし、それはふつう業績としてカウントするよな。繰り返すけど中身は見てない。中身はメチャクチャレベルが低いのかもしれないし、その場合「この程度の論文しか書いてないじゃないか!」っていう批判は正当だと思う。けど共著を業績にカウントせずに「業績が3本しかない!」っていうのはやめてあげて。

私も、さすがに学振PD持ってて日本Ph.D.獲ってるのにこの業績数はショボいだろ……と思うけど、博士号取得に際して論文数の要件がなければ(少なくとも私の出身大学院では存在しない)、とりあえず雑誌投稿とかしないでひたすら博論執筆するっていう研究スタイルもアリだと思うし、一概にそれが駄目とはいえない(単に茨の道ってだけで、制度不可能ではない)。あと一部の国では「博論に既発表論文を大幅に組み込むのは禁止(=博論は書き下ろせ。既発表論文切り貼りは不可)」っていうルールがあったりするから、そういう国に留学してた人は博士課程のあいだに出した論文数がどうしても少なくなっちゃう。

和文で書いてればレベルが低いっていうのは誤解。そりゃレベル低い和文論文もたくさんあるだろうけど、質の高い研究はたくさんある。もう15年以上前のことだけど、日本西洋史研究者研究対象の国のひとたちと論文集を出した時は、日本参加者レベルの高さが評価されたりしてたし(https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/39022/1/50-013.pdf)、それらは「外国研究者から読んでもらえない」かもしれないけど「レベルが低い」わけじゃない。

何が言いたいかっていうと、三浦瑠麗の言説の酷さは都度指摘すればいいし、彼女研究問題があるなら存分に批判すればいいと思うんだけど、業績リストだけを見て和文しかないとか批判しだすのは他の文系研究者に流れ弾あたってるからやめやがれください。ていうかやめて(自分の業績リストを泣きながら握りしめる)

『シビリアンの戦争』は、彼女博論タイトルそのまんまだから博論書籍化という理解でいいと思う(https://ci.nii.ac.jp/naid/500000550395)。私はどちらも読んでないので違ってたらごめん。博論書いてそれを本として出版するのは、文系研究者としてはよくあること。

せっかく質が高い研究してても読んでもらえないのは悲しいってのはその通りで、日本語文献が読むべき先行研究として通用してる分野は日本東アジアにかかわる研究くらいかアメリカ人でも前近代中国史やってたら日本語読むことを要求されると思う。中東研究する日本人フランス語要求されるみたいな感じで)。これの解決は難しいけど、欧文で和文文献のレビューをするとか、欧文で良い論文書いてその中で和文文献引用しまくるとかして、「日本では面白そうな研究をやってるんだなぁ」と認知してもらうことがまず必要なんじゃないかと思ってるんだけどこれは三浦瑠麗とは関係ないので措いておく。

ていうか、欧米日本学だって英語仏語独語日本についての博論書いてるんだから日本人イギリスフランスドイツに関する研究日本語で発表してもいいよね。日本だけじゃなくて、ある程度歴史と規模のあるアカデミアがある国では、文系博論論文自分らの言葉で書くことは結構あると思うんだ。

あとこれな。

https://twitter.com/chutoislam/status/963834829723729920

https://twitter.com/chutoislam/status/963834833360248832

これも、一般人デイリーメールを端から信用しないのは処世術としてはいいんだろうけど、時にはそういうソース依拠することが必要なこともある研究者もいるんだから、「デイリーメール引用してる」って理由だけで叩くのはやめて、って話だと私は理解した。余計なところに流れ弾を飛ばされると「それは違うでしょ」と三浦瑠麗弁護みたいな立ち位置にならざるを得なくなるというか。私だってこんな記事書いたけど三浦瑠麗学者としての資質は相当疑っている。ただ流れ弾を撒き散らさないでほしいだけなんだ……

追記

vkgofboston 査読の有無は和文英文に関わらず業績として見なす上で肝だと思うが、それに関しての考えを聞きたいね

三浦瑠麗が書いた雑誌のうち、『レヴァイアサン』は知らないけど『年報戦略研究』は査読あるよ→http://jsss.sakura.ne.jp/PDF/jsss-1507-tokokiteiyoko.pdf(当時もあったのかは知らん。『国家学会雑誌』はどうなんだろ。あってもなくても不思議じゃない。でもあそこ連載論文とか載せるからないのかなぁ)。ていうか和文の主要な研究雑誌にもそりゃ査読はあるし、だれも査読重要性は否定してないんですけど……(ただ、査読がなくても良い論文なら業績として扱っていいんじゃない、とは思う。査読つきの良い業績を積み上げてる人が一番評価されるべきなのは当然として、いちおう査読はされてるけどクソつまら研究と、査読されてないけど面白い研究だったら、一概に前者の方が業績として立派とはいえないんじゃない? 当たり前だけど公募では業績を提出させるわけで。まあわたし査読無しの媒体にはあまり書きたくないけどね)。

2017-06-04

http://anond.hatelabo.jp/20170604204919

今の高校教科書別に価値中立に書かれているわけではなく、マルクス主義史観全盛の時代研究ベースとして書かれているということが、

成田龍一『近現代日本史と歴史学』(2012年 中公新書

で扱われています書評 http://blog.livedoor.jp/yamasitayu/archives/51968564.htmlhttp://blog.goo.ne.jp/jchz/e/6d0a500cfe4c61cdc6c8334c84ea5bb3 など。

また中国史では東京学派(歴史学研究会)と京都学派の間で時代区分論争があり(谷川道雄編『戦後日本中国史論争』2001年 河合出版)、日本史でも時代区分についての議論があったようなので(こちらについてはあまり知らない)、そうした議論との距離の取り方も教科書の書き方に影響があるのかもしれません。

参考になれば。

あと出来れば続きを書いてほしい。

2017-01-08

中国元号っていえば

ふつうは何を思い浮かべるの?

  

中国史マニアではなく、一般的日本人にとって知名度のある元号って何があるんだろうか?

ランキングにしてほしい。

2016-03-19

日本中世前の歴史を知ろうとするとネトウヨでは最早いられないんだなっていう

たまたま動画で、日本古代史(中世前ぐらいかな)を扱うものを見ていると、研究者はほぼ漢文、そして中国史現代北京語現代史も広きにわたってある程度幅広く精通してないと仕事にならんのだなと思った。

なんかネット鼻息荒い諸氏をみて悲しくなってしまった。燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやと。

2015-12-05

誰でもメディアが残したもの

 人権擁護法案

 この法案を覚えている人、いらっしゃるだろうか? 10年程前、日本人権委員設立し、ヘイトスピーチを取り締まろうとした法案だ。

 この法案が出た当時、表現の自由観点からさまざまな批判が行われた。選抜基準不透明であり、実質的言論弾圧になりうる。そうした批判が主だったように思える。

 当然……と、言うか、なんというか、2ちゃんねるでも、当時山ほどあった個人サイトでも人権擁護法案に反対する運動が起こった。

 人権擁護法案反対の同盟(あぁ、「同盟」って単語も懐かしい)も作られた。

 そして、その反対運動は、最近言葉で言えば「カジュアル差別」とともに行われた。

 「実質的言論弾圧になりうる」という、その一点をきりとれば、至極尤もな主張は「在日利権を持っているマイノリティけが得をして、普通の日本人は損をすることになる。それどころか、実質的に、やつらに日本言論支配されることになる」という、明らかに間違った被害者意識、と言うか差別的な主張とセットで行われた。

 当時、世界各地で、人権委員設立が行われていた。具体的な事例は、当時は法務省HP掲載されていた。現在ならば、師岡康子「ヘイト・スピーチとは何か」(岩波新書)やエリックブライシュ「ヘイトスピーチ 表現の自由はどこまで認められるか」(明石書店)などで、当時の流れをつかむことができる。

 だが、そうした観点から、実際の外国人での人権委員活動議論を調べ、紹介するような者はいなかった。

 結局、振り返ってみれば、当時の人権擁護法案反対運動とは、「『他人自由尊厳侵害しない限りは』何を言ってもかまわない」と言う本来表現の自由ではなく「カジュアル差別をしたい」と言う欲望を守るための言論だったのだろう。

 

 別段、驚くべきことでは無い。

 当時のネットでは、すでにカジュアル差別があふれていた。

 YAHOOホロコーストについて検索すると、悪名高き世界史コンテンツが真っ先に出てきた。

 中国人王朝の変わり目に数千万、あるいは億単位人口が増減し、現在漢民族漢民族でもなんでもない得体の知れない雑種と言う、どこから突っ込めば良いのかわからない発言をすることが、「中国史通」の条件だった。

 当然、教科書に書かれている、日中戦争ならびに太平洋戦争当時の日本軍問題行為はすべて中国朝鮮でっちあげと主張する連中が、面白い人、そして、「一方の情報鵜呑みにしない人」の条件だった。

 保障された権利行使する連中を冷笑し、「プロ市民」とあざけり、スイス民間防衛引用しながら中国スパイ呼ばわりすることが、「良識的で政治に関心がある人」の条件だった。人権保障などあきらめ、あるいは現状で満足し、お国迷惑にならないことを第一に考え、軍事増強を唱える。それこそが、「知的」な人間と呼ばれるための条件だった。

 現在、そうした妄言を垂れ流していた個人HPほとんどは消滅している。

 だが、うっかり信じてしまった連中は残った。おそらく、掲示板書き込みをしていたヘビーユーザー氷山の一角で、その何倍ものROM専人間が、上記、カジュアル差別で塗れたデマを信じ、「新しい知見」と考えたであろう事は想像に難くない。

 やっかいな事に、そうした連中のほとんどは、当時自分が疑問に思った事について、情報更新を行っていない。ヘイトスピーチ、そして、その規制法案について語るとき、上であげた該当問題入門書を読むこともせずに、人権擁護法案反対のコピペを唱え続けている連中のなんと多いことか。

 挙句、何の根拠も無く「日本外国と違う。日本においてヘイトスピーチと呼ばれているものは、虐げられた日本人正義の怒りであり、理由の無い差別ではない」などと恥ずかしげも無く言ってみせる。言っていることとやっている事はネオナチほとんど変わらないのだが、彼らに言わせれば違うらしい。

 ホロコースト否定論は相変わらず上位に出てくるし、トンデモ中国史倉山満によって、よりおぞましい物に進化を果たした。

 そして現在twittertogetterには、それらトンデモを真に受けた馬鹿共が今日も元気に、それも大量に発言投稿し続けている。

 だが、忘れてはならない。

 彼らを作り上げたのは、10年前のわれわれだ。中公文庫講談社学術文庫中国の歴史を読むこともせず、

 あるいは、出版されている本を読み、自分攻撃する相手が具体的にどんな主張をしているのか調べることもせず、

 そのくせ、井沢元彦逆説の日本史」や小林よしのり戦争論」を読み、新たな知見に目覚めたとか大それた事を考え、検証の手間を惜しんで、自分HPで全世界に発信してきた私たちだ。

 入門書一冊読まないくせに、そのくせ上記の本を読んだだけで満足し、自分は知識欲旺盛な人間だとのぼせ上がり、そのうぬぼれをwebで全世界に公開した、厚顔無恥私たちだ。

 私たち馬鹿を信じた結果、今の、肥溜めのようなweb界隈がある。それを作ったのは、間違いなく、私たちだ。

 かつて、ネットは誰でもメディアと呼ばれた。その文句のとおり、私たちは多くの情報を発信した。

 だが、振り返ってみて、10年前の私たちは、後世に胸を張れるような情報を発信してきただろうか。

 そして、「古きよき時代」と、あの時代のことを胸を張って言えるだろうか。

 某SNS掲示板やまとめを見ながら、そう言う事を考えずにはいられない。

2015-10-05

今日は月に一度の本の買い出し日だった。いつもは給料日後なんだけど、先週は予定があったので。

成果は、マンガ7冊。中国史新書1冊。しめて五千円。

文庫選書に欲しいものがあったのだけど、書店になかった。そのぶんいつもよりもマンガ予算を割いた。

amazonも使うんだけどさ。棚に並んでる本の背表紙をじーっと見て、お?これどう?って見つけた本が楽しいと最高だ。

おお、お前、やっと現れたか!って手の取るの最高だ。

良い買い物したー、早く読みてー、って思いながらも、じらしがてら地下街うろついてみたりして、

気が大きくなって普段見向きもしないオサレ総菜とか買ってさ。


読むべき本があるって幸せだ。

酒飲みながら、総菜つまみながら、買ってきた本を順番にぺらぺら見て、

まずは一番気軽なやつからだな、とかって読んでいくわけですよ。


あー、これ読み終わってもまだ7冊もあるんよ?

仕事から今日はもう寝るけどさ、

明日もあさっても読む本があるんよ?

なにこの幸せ幸せだー!

2015-10-04

anond:20151002140110

キングダムって見てしまうと、うわぁこいつ司馬遷どころか司馬遼太郎知らないとか三国志流行以前の中国史知らんで世界史を覚えるだけで学んでない奴なんだな、って思ってしまうのだが

2015-07-05

京観の定義って何?

中国史に出てくる京観ってさー、ざっくりと「敵の屍体を積み上げて作ったモニュメント」みたいな定義はあるけど実態としてはどうなの?

まず死体って人体まるごとを使うの? それとも斬首した首だけなの?

積み上げた屍体に土を被せて築山にするの? それとも屍体をそのまま積み上げるの?

あと、屍体を土壁に塗り込めたケースってあったりするの? 埋めたものだけ?

この辺の定義が人によってバラバラな感じがしてて、生首タワーから屍体が積み上がった小高い丘から

屍体がたっぷり埋まった築山から、果ては屍体を塗り込めた東洋パルテノン神殿まで

イメージが入り乱れてる感じがすんだよね。

はいえ、実際には京観にも複数の種類はあるかもしれないんだけど。

戦後処理として現地の成人男性虐殺した司馬懿の京観と、激戦の後に一度敵の屍体で作っておきながら

のちに壊して敵味方の別なく葬った鄧艾の京観とは多分製法は別物だろうしさ。

2015-07-03

http://anond.hatelabo.jp/20150703091705

中国史における易姓革命の大半は名目上では禅譲なので

易姓革命において、現主権正当性担保するには、前主権最後の人が、暴虐の限りを尽くし、酒池肉林におぼれた天から見放された大逆者でないといけない

は偽だよ。

2015-05-18

中国名

中国の名将について検索をかけたときによく挙げられている人物を紹介する。

春秋
孫武世界史上に名高い兵法書孫子」の著者。伍子胥と共に呉王が覇者となるのに貢献した。
戦国
呉起孫子と並び称される兵法家。いわゆる「呉子」。魯・魏・楚などに仕えたが、強引な改革で周囲の恨みを買って殺された。
孫臏「孫臏兵法」の著者。友人に裏切られて罪人となり脚を切断されたが、逃げ出した先の斉で将軍となり、「馬陵の戦い」で復讐を成し遂げた。
白起秦の名将。包囲殲滅戦の名手にして虐殺者。「長平の戦い」では四十万もの捕虜を生き埋めにした。そのあまりの強さから王に恐れられて賜死された。
李牧趙の名将。匈奴に大勝を収め、秦の大軍を退けたが、離間の計によって王に疑われて殺された。趙が滅亡したのは李牧の死からわずか三ヶ月後のことだった。
王翦秦の名将。趙や楚を滅ぼし、始皇帝中華統一に多大なる貢献を行った。猜疑心の強い始皇帝に誅殺されることもなく天寿をまっとうした。
楚漢
項羽秦軍の中心となり西楚の覇王と号す。戦では無敗を誇ったが、それまでさんざんに勝ってきた劉邦最後になって敗れ、自害した。
韓信建国の功臣。漢の三傑。「背水の陣」で有名。魏・趙・斉を降して劉邦天下統一を大いに助けたが、皇帝即位後は冷遇され、謀反を企んで処刑された。
西漢
李広匈奴戦の名将。弓の名手として知られる。若い衛青が台頭したのち、その下で不甲斐ない戦いをし、それを恥じて自刎した。
衛青匈奴戦の名将。苦労人で人格者。低い身分から取り立てられ、匈奴と戦って連戦連勝し、その功績により大将軍にまで出世した。
霍去病匈奴戦の名将。衛青の甥。天才肌で直情径行。若くして匈奴との戦いで活躍し、衛青を凌ぐ名声を得るが、24歳で夭折した。
東漢
劉秀東漢の初代皇帝。「昆陽の戦い」では100万と号する軍勢わずか1万の兵で撃破した。皇帝としては一代にして創業と守成を成し遂げ、功臣を粛清することもほとんどなかった。
班超中央アジアを平定し、東漢の最大版図を現出した。西域に三十年間も留まったのち、洛陽に帰還して一ヶ月後に亡くなった。
三国
曹操東漢末における群雄のひとりから三国鼎立中の最大勢力にまでなり、後の魏・晋の礎を築いた。兵法家詩人としても名を残す。
周瑜呉の名将。美男子で有名。「赤壁の戦い」において魏の大軍を破った。
南北朝
韋叡梁の名将。身体が弱かったため、戦場では鎧を付けず輿に乗り、竹杖で指揮していた。南北朝最大の決戦「鍾離の戦い」にて百万の大軍を破る勝利立役者となった。
陳慶之梁の名将。わずか7000人の「白袍隊」を率いて北伐を敢行、連戦連勝で洛陽まで陥とした。「千軍万馬も白袍を避ける」と賞された。
李靖建国の功臣。内戦においては中華統一に貢献し、外征しては騎馬民族騎馬戦術によって滅ぼした。中国史上屈指の名将とされ、李靖に仮託して兵法書李衛公問対」が書かれた。
李世民唐の二代皇帝。李淵の次子として、隋末唐初の戦乱において多大なる軍功を挙げ、そのまま兄を追い落として皇帝となった。政戦両面における名君として知られる。
郭子儀安史の乱を平定し、吐蕃ウイグルの侵攻を撃退するなど、幾度にも渡って国を救った。子孫、財産長寿に恵まれ万民から敬愛された。
岳飛対金戦の名将。忠臣として名高い。私兵を率いてたびたび金軍を破るも、和平派によって冤罪を着せられ殺された。
常遇春建国の功臣。常に先陣を切って戦った猛将で、日頃から10万の兵士を率いて天下を横行したい」と語っていたため「常十万」と呼ばれた。
徐達建国の功臣。謹厳実直にして冷静沈着。総司令官として北伐を行い、元をモンゴル高原へと追いやった。朱元璋からは功績第一と称賛された。
朱棣明の三代皇帝。甥の二代皇帝に反発して挙兵、圧倒的不利を覆して正規軍勝利し、帝位を簒奪する。皇帝となった後も、自ら軍を率いて積極的な外征を行い、明の最大版図を築いた。
戚継光私兵を率いて倭寇討伐に功を挙げ、また北方に赴いてモンゴル侵入を防いだ。倭寇に対抗するため、中国全土の武術をまとめあげ、日本剣術研究したことでも知られる。
左宗棠自らを今孔明と称した。太平天国の乱の鎮圧に貢献し、洋務運動を推進した。さらには回民蜂起の鎮圧、捻軍の鎮圧新疆奪回など、清軍の大黒柱として活躍した。

2014-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20140510003704

ブクマで書き切れないのでちょろっと書く。眠くなったら途中ででも問答無用で寝る予定。

>険悪な関係を広げる中国ではあるけれど、かつては「中華」にふさわしく、東アジアのみならず、東南アジア西アジア方面制度文化を発信していた。

これは文化に優劣があるという誤解。実際には文化的に優れていたから広まったのではなく、単に国力で卓越していたから、その文化にも「力」があったように見えた、ということ。

その上で冊封体制に参加すれば強烈なボーナス付きの貿易で莫大な経済的メリットまで約束されていた、という時期があった。

もちろん、中華帝国側にしたら、遙か彼方の蛮人たちまで皇帝威徳を慕ってやってくるんだ、とドヤ顔で言うために出費を負担していた、ということでもある。

実際には日本の諸制度聖徳太子ぐらいのタイミングで既に何か中国とは違う物になっているし、さくっと遣唐使を廃止してしまえたことから分かるように、中国からの影響は小さい。

遠すぎて経済的メリットが薄かったのと、なんだかんだで日本が案外豊かだった、というのが大きい。

伝統の「漢の文化」は、いかなる異民族に侵入されようとも、異民族文化を「漢化」した。

これも誤解。実際には三皇五帝伝説の中身からして、すでに異民族文化が混ざってきている。以後の中国史を見てても、外国から持ち込まれた要素と引き継がれている要素が常に混合し続け、常時アップデートされ続けている。

どっかで

中華文明が連綿と続いているというのも、異民族文化の影響を受けすぎて原型など残っていないと言っても、どちらも正解でしょう」

と書いた通り。

ただ、現代中国人孔子とかの時代漢文を読めない(補助記号足したら日本高校生でも何とか読めるようになるものが読めないってどういうことだってばよって感じだが)。その意味では一貫した中華文化が続いているというのは嘘ではある。

外来王朝漢化したように見える現象は、単に中国大陸主要部を支配するためのツールとして漢字儒教科挙制度が便利だったというのが大きい。文化的な魅力が大きいからそれによって「改宗」していたと思うと足元を掬われる。

まり

>優れた制度を持ち、華やかな文化を持ち、数千年に渡り威光を放っていた大陸国家は確かに存在していた。

というのは実は誤解に基づく幻想。問題はその幻想を大変多くの人たちが信じていた/いること。


共産主義の下、さまざまな伝統破壊され、今では巨大なマーケットか、トラブルメーカーとしてしか認識されていない。

文化大革命の時期とかは何かを破壊するのが流行ったことはあったけど、現在共産党政権(と先代の国民党政権)が歴代王朝と何が違うかと言われると回答に窮する。

あえて言えば科挙がないことと、皇帝位の継承血統でなく有徳者の禅譲によっていることぐらい。

共産主義に何か意味があるように誤解しているが、実際には何の意味もない。あえて言えば五斗米道とか白蓮教のような、たまに中国史に影響を与える宗教の一種、程度に過ぎない。

律令制度や、孫子兵法近代まで日本制度を構築し、

日本版律令制自体最初から中国のとは結構違うし、律令国家は早めに見れば平安時代、どう遅く見ても武家政権によって無効化されている。

孫子読んだら分かるけど、軍制の本じゃないので、影響がどの程度あったと言われると「あんまりない」としか言えない。

要するに中国文化が優れていた、制度が優れていた、周辺の大きな影響を与えていた、というのは誤解の要素が大きい。

地続きでもっとも影響を受けていたはずの朝鮮半島ですら15世紀にはハングル作ってるわけで、推して知るべしである

>昔は輸送手段が乏しく、中国のあるところにいた人を実際に見る事ができなかったからこそ、書物で伝えられる聖人君主が素晴らしく彩られていたのかもしれない。

がすべて、ということ。

この後の清の歴史解釈もいろいろ難がある。

日本が清にトドメ差したわけでもない。日本の行動はそれこそ劉邦を包囲して屈辱的な和平条約を強いた匈奴と大差なく、何かが変わるという類の物でもない。

列強による清の分割は既定路線で、日清戦争が与えた影響は、単にプレイヤーの一人として日本が名乗りを上げたという程度。

その後の義和団の乱によって、列強中国大陸を直接支配するのは効率が悪いと悟り利権だけを確保しつつ清は存続させる、という方針に切り替えている。

ロシアだけはやや違うことを考えていたが、日露戦争の結果としてそれもなくなった。

それ以後の中国史の不味い部分は、大体は中国側特に蒋介石無能日本外交下手によって引き起こされている。

>この国がやるべき事は、張り子の虎の様な振る舞いではなく、栄光ある後継国として腰を据えて国家を「再興」させていくことではないのだろうか。

これが一番大きな誤解。

歴代王朝普通は常時勢力の拡大を指向していた。つまり今の動きの方が普通。「対等な外交関係」の存在理解できないという致命的な欠陥を歴代王朝は持っていたが、それと同程度の話。

官の腐敗を止められないのも、村落共同体が武装していて警察力がその中に及ばないのも、私的所有権政府によってたびたび脅かされるのも、すべて歴代王朝にも見られる特徴で、何一つ変わってない。

あえて言えば鄧小平が生きている時代泰山に登って封禅ぐらいはやっとくべきだったかもしれない。

まり中国政府が今本当にやるべきこととは(過去の栄光などまったく関係なく)、歴史上一度も成功したことのない難事に挑むということである

2014-03-29

http://anond.hatelabo.jp/20140328111627

ちょっと妄想してみたけど、大沖縄島の地形次第、だな。

沖縄をそのまま大きくしたような土地だと、台湾史が中国史ほとんど影響与えてなかったことから分かるように、土着政権が大きくならないので、それほど違わない率が高い。

これだとつまらないので日本史というか日中関係から妄想してみる。

とりあえず遣隋使遣唐使が多少捗る気がするけど、武家台頭あたりまでは大差ないはず。

大陸南宋が成立して、日本武家政権の時期になると、流石に大琉球重要性に気付くことになる。

妄想的には奥州藤原氏みたいな形の琉球藤原氏(始祖は藤原純友?)か、琉球源氏(始祖はもちろん鎮西八郎こと源為朝)がいて、日宋貿易仲介して巨万の富を築いていると面白そう。

交易の規模が拡大し、平家政権の力は多少増す。それで頼朝の攻撃を跳ね返せるかは分からないが、足利尊氏よろしく都から追い落とされても九州で再起を図るシナリオがあり得る。

妄想なので、貿易チャンネルを握っている強みを生かし、瀬戸内水軍を調略で一挙に寝返らせる逆転攻撃があれば、源氏の攻撃を阻止できる、はず。

日本東西に分裂したままになるか、平家主導で再統合されるのかは謎だが、琉球存在感は増す。奥州よりも征服難しそうな相手なので、本土の政権がどうなろうとも、半独立を維持したままモンゴルの台頭を迎えることになる。

この後の展開はおそらく、

「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!

「おれは『海嘯』を読んでいたと思ったら いつのまにか『国性爺合戦』を読んでいた」

だと思われる。

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