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はてなキーワード: 修論とは

2024-11-17

同窓会にいったら、後輩が取引先に就職していた

しか名刺交換したら思いっきり関連部署で、今仕事で話をしている方の部下だった。

お手柔らかにとお願いしたら、むっちゃよい笑顔で「はいっ。こちらこそ!」

って言われて、そういえば無茶苦茶優秀だったなこの人、この人がいなかったらワイの修論あやしかったんちゃうかと思い始めて

お酌してきた。


まじがんばらねば。奴に迷惑をかけるわけにはいかぬ

(↑こういうこと書いている時点ですでに迷惑をかけている)

2024-10-14

臨床心理大学院生しんどい

公認心理師臨床心理士を目指すM2

高校生の時からカウンセラーになることを望んでここまで来たけど、しんどい

これまでがしんどくなかったわけじゃない。外部実習も内部実習もたくさんこなして、SVだってなるべく欠かさず受けてきた。

指導教官研究テーマについて積極的に話し、本もできるだけ通読してきた。

ただ、肝心の臨床への向き合い方が良くなかった。ケースへの向き合い方や事例への理解が他の同期よりも浅い気がする。

志向する心理療法も、初学者とはいえ絶望的に出来が悪い気がする。私のケースが他の人の目に触れたら、その内容も考察馬鹿にされる気がしてならない。

学者完璧にこなせるわけないのに、なりたいと思ってしまう。でもその割に、実力がない。一番だめだよね。

私の所属する大学院は他のところに比べるとカリキュラムがきついらしく、メンタルを病む人もいる。幸い、私の学年には危うい人はいても誰も脱落していない。それが逆に、私がダウンしたら「あーあ」って言われる気がして休めないと思わせる。

自己管理できなくてどうする、とオリエンテーションで言われてから私自身が病んだ時はものすごく自責するようになった。正論だけど、それを言った先生は休学したり大学に来なくなったりした学生馬鹿にしているのだろうか。

打たれ弱い人が心理職を目指してはいけませんか?

一方で私は変に自信を持っているので、この状況から切り返してケースも最後までやりきって修論も書き上げる未来が待っていることを信じられる。

諦めずに最後まで完成させる自信はあるので、なんとかしてみせるという気になれる。自分が望む臨床家像を叶えられる日が来ますように。

2024-09-11

anond:20240911181424

ちゃごちゃ書かなくても、アメリカ大学院入試教授の推薦(つまりコネ)が重要ってこと知ってればだいたい様子は察せる

卒業できたこ自体はまあ、そこそこすごいというか、真面目にやったのかな、とは思う

ただ分野的に論文(修論)は書いてない可能性あると思う(事実誤認ならすまん)

2024-08-26

なんか少し前の学歴ロンダリング話題で「大学院修論仕上げられる奴はそれだけで偉い、日本学部学歴至上主義は異常」って言われてたけど、実際東大学部生の卒論Fラン院生学部から内部進学)の修論ってどっちがレベル高いのかね

2024-08-10

日本社会絶望的に科学研究に向いていない

注目の科学論文数、日本は過去最低の13位 1位中国、2位米国

増田某国立大学の工学部で教鞭をとる40代准教授である。その視点からの話であることはご承知おきたい。

こういう記事ブクマには政策が悪いとか選択と集中が悪いとか色々つくが、社会構造的に「向いていない」という話を書きたくてここに書く。

お金が無い

 みんな気になるだろうから、これを先に書く。

 最近になってにわか科学研究大事ということになって色々な研究予算が付くようになった。工学部だと企業との共同研究お話なんかももらえるので、えり好みしなければ研究費を取りやす環境にある。

 だが、大学にはお金が無い

 どういうことかというと、この手のお金は期限がついていたり使途が決まっていたり、いろいろと紐がついている。そして、必要なところには回せないことが大半なのだ

 例えば人件費民間企業ではありえないことだが、国立大が人ひとりを無期雇用で雇うためには、退職までの予算を確保することが必須なのだ。国から運営費交付金寄付金のような、必ず退職まで支払われることが確実な予算裏付けないと無期雇用の人を雇えない。民間企業なら、人を雇うときに予め退職までの給料を積み立てておくというようなことはせず、営業を頑張って給料を払うだけの売り上げを確保するものだと思うが、国立大ではそういうわけにはいかない。色々な企業との共同研究を締結し、外部資金を獲得して、その人の給料を確保する、仮にできなかったら身銭を切ると教授宣言しても、そういう期限付きの契約では無期雇用の人を雇えないのだ。

 秘書事務職員ならまだしも実験機材を維持管理する技術職員とか、研究員とかもこの縛りを受けるので、必要な人を必要なだけ確保することができない。運営費交付金人件費だけでなく建物設備の営繕にも使われるのだから、やれ70年代80年代に建てられた校舎の改築だとか、光熱水費だとか、とにかく運営費交付金の増額が望めず物価が上昇し続ける昨今、大学にはお金が無いのだ。

 ちなみに、外部資金をたくさん取ってきたからと言って自由に使えるわけでもない。大概の研究費は他の外部資金と混ぜて使ってはいけない縛りがあるので、例えば研究費A で岡山学会へ行き、次の日から研究費Bで広島の共同研究先で実験をする、みたいな場合でも、いったん大阪の自宅へ帰って一晩滞在することで研究費を分けないといけない。実験機材も合わせて購入するということはできない。100万円の研究費をふたつつかって150万円の機材を買うことはできないのだ。これが研究費は増えてもお金が無い、という事情の内幕である

学生がいない

 昔からアルバイトに熱心な学生サークル活動に精を出しすぎな学生は確かにいた。最近就職活動時間をかけすぎな学生が多い。夏休みはおろか授業期間中インターンにかかりきりだし、ウェブテストの後で何度も面接をさせられ、いきおい、学生疲弊している。日中の貴重な時間研究室ではなく就活に費やし、奨学金や親から仕送りでは足りない学生アルバイトまでしているのだから卒論修論の質は落ちる。企業ガクチカとか聞く前に、理系学生研究室で研究させてあげてほしい。学部生の卒論半年から1年しか期間が無いのに最後の数か月を除いて就活とまるかぶりだし、2年間しかない修士課程の1年は就職活動で消えている現状で、大学から研究成果が出ないと言われても、どうしようもない。

 研究というのは、専門書を読み、先行研究を調べ、仮説を立て、手を動かして仮説を検証し、その結果を文書にまとめるサイクルである。これがきちんとできる学生であれば、どんな仕事に就いても立派に働ける。たぶん。

 というか、企業採用も、もっと必要資格能力を具体的に書いてほしい。今どきの学生は真面目なので、特定資格を持っていると就職に有利だとわかればそれを取るようになる。大学だって国の資格などであれば学科免除などを取りに行って「就職に有利」みたいな売り文句学生を集めやすい。どんな企業だって欲しい資格能力採用時点で分かっているはずなのだから、それくらい明かしてくれてもよかろう。

博士課程に魅力がない

博士課程の大学院生、というのは研究を進めるうえで大変貴重な戦力である。なにしろある程度は自力研究を進めてくれるし、そのレベル論文として世に問えるものである

ところが、であるちょっと考えてほしいのが博士課程の魅力だ。日本博士課程は、基本的には学費を納入して「学ばせてもらう」スタイルである。その分研究テーマ自由度は高いし専門性を高めやすい。一方で、ある程度経済的に恵まれていないと、3年間の生活をどう工面するかという問題が常に付きまとってしまう。最近は、学振特別研究員のような昔からある登竜門的に限らず、各大学の工夫や国の政策博士課程進学者経済的に援助する仕組みが整い始めている。とはいえ、それらに通らなければ学費生活費を調達せねばならないし、採否の通知は年度末か入学後なので、まったく安心できない。どれほど優秀であろうと研究に向いていようと、金がない学生就活するしかないのだ。

 さらに、就活に際しても博士課程は買ってもらえない。就活サイトを見ればわかるが、技術採用でも研究採用でも、博士号持ちの人の初任給は明示されない。修士課程初任給しか書かれていない。これを見た学生は、修士号持ちと博士号持ちの初任給は同額だと理解する。聞くところによると、博士号持ちの初任給修士号入社三年目くらいかそれ以上らしいのだが、書かれていない情報などあてにできないので、就活する側からみると前述の理解となる。これでは、博士号を取っても何も良いことはなさそうである

 欧米ではではの出羽守だが、海の向こうでは、博士課程というのはプロジェクトから人件費支給される研究である仕事の扱いだから労基法にも守られる。しかも、博士号を取れば仕事の口も増えるし給料も上がる。

 ドイツなんかに行くと、博士号持ちは英語さえ話せれば仕事に就けるが、修士号まではドイツ語を話せないと仕事がない。Dr. と表札に書けるオマケはさておくにしても、それくらい社会的な扱いに差があるのだ。もちろん、給与の出どころである研究プロジェクトが終わると別のプロジェクトで雇われるまで博士課程を続けられないとか、プロジェクトの元締めである指導教員と相性が悪いと人生大惨事になるとか、いろいろなデメリットもあるが「博士課程の研究員」という仕事に就いている扱いなので、無理だと思うとみんな中途採用企業転職したりする。それくらい、普通仕事の扱いであれば進学者も増えるだろうし、博士号を取っておけば食うに困らないくらいの扱いになってくれれば、みんな喜んで進学してくれるんじゃないかと思うがいかがだろうか。

大学教職員は忙しすぎる

 大学安定的予算が十分ないために人を雇えないという話を最初に書いたが、そのツケをどう払っているかというと、パーマネントの教職員が頑張って回している。いや、有期雇用教職員やらせることもあるけど。来年度には任期切れで退職するような教員入試問題を作らせたりされてよいものか?高校への出前講座とかアウトリーチ活動必要だと言われたとき来年退職する先生を送り込んで誰が進学してくれるのか?定年退職した技術職員の後任は予算不足で雇えませんでした、となったときに機材の修繕を誰がやるのか?それでなくても、学生就職研究指導の面倒は必須である

 というわけで、大学先生講義以外にもやることがだくさんあるのだ。とても研究をしている場合ではない。雑務と呼ぶ人もいるが、講義研究以外にも誰かがやらねばいけない仕事なのだから「雑」はないだろう。とはいえ、昔は若手の教員がやっていたような事柄も、若手ほど任期付きになってしまったのでシニア教員がやらねばならなかったり、幸運にも無期雇用を勝ち取った若手に集中してきたりするので、DXで仕事効率が2倍になっても仕事は3倍に増えるのだ。偉い先生方は偉い先生方で、改革と称して新しい企画を立てないと予算をくれなくなったので、朝令暮改もいいところのマイナーチェンジお茶を濁したような企画書をいか気宇壮大に書き直して追加予算をゲットするかに時間を使っている。夏休みも暇かといえばさにあらず、老いも若きも科研費などの外部資金申請書と格闘している。倍率が10倍近くても、何とかして手に入れないと満足に研究ができないのだから仕方がない。

 ちなみに、大学によって、また学部学科によって異なるが、国立大教員競争資金なしに受け取れる、平たく言うと自由裁量経費みたいなものは、年10万~30万円くらいである。国際学会の参加費が10万円を超え、海外論文誌の投稿料も10万円くらい取られるこのご時世に、である。どれほど世紀の大発見をしようとも、世に問うためには論文化して論文誌に掲載されねばならず、掲載されるためには投稿料を払わねばならないのだ。そして、その投稿料ともらえる経費がほぼ同額ということは、外部資金が無ければ研究 XOR 投稿という選択肢になってしまう。日本論文誌であればもう少し安く、数万円で済む。ただ、そういうところに掲載されても「注目の科学論文数」にカウントされることはない。これが現状である

 それにしても、研究をして論文を書いて世に問うためには先立つもの必要で、それが外部資金が無ければ全く足りていない、という状況であるにもかかわらず、外部資金を取るためには論文を世に出さねばならないというのは何とも困ったものである。このあたりの必要経費と割り当て予算アンバランスはどうにかならないものだろうか。



 というわけで、大学先生というのは、外部資金が無ければ研究ができないために年中予算の確保に腐心しており講義学生指導は当然やるのだから研究をしている暇はない。その先生を雇うお金はもちろんそれを支えるスタッフを雇う予算すら、外部資金のようなひも付き予算から支出できないために全学的に人手不足の状況で、この傾向は悪化こそすれ当面改善する気配はない。代わって研究の主力となりえるのは博士課程の大学院生くらいだが、日本人の学生ほどこっち方面キャリアに魅力を感じずに就職してしまう。それどころか就職活動過去にもまして無暗と時間を食うような仕組みになってきており、研究活動スキルアップさせようもない。これが日本社会の現状である

2024-07-27

anond:20240726011515

追記してるけど、本当に大学院で学んだとしたら、その割にふわふわしすぎてない?

からこそ、別分野に就職したんだろうけど

何度でも書くけど、そもそも元増田は数量最適化理解できてるか怪しくない?

書いた修論貼らなくても良いけど、テーマくらいなら書けるだろ?

2024-07-05

発達障害30歳成人説とエイジズム

発達障害30歳成人説」というものがあるらしい。なんでも、精神の発達の遅い発達障害者は定型発達者より精神年齢が10歳低いから成人を迎えるのも30歳頃になるということらしい。自分アラサー発達障害者(ASD)だが確かに30歳成人説は分かる気がする。最近になってようやく身だしなみに気を遣うようになったし、自分の将来について不安を感じるようにもなってきた。普通は身だしなみなら中高生、遅くとも大学生になったら気にしだすものだと思うが、少なくとも20代前半の頃は無頓着だったし、将来だって大学卒業する22、3歳までには就活の中で多くの人間が考えているはずだが自分はのほほんと生きてきた。また、人間関係機微コミュニケーション作法について分かってきたのも最近のことだ。それまでは他人気持ちを考えるということをロクにしなかったし、他人に気を遣わず自分勝手にばかり振る舞っていた。

この発達の遅さの原因はなんだろうか。脳の器質か、定型と比べた経験値の低さか。どちらも関係しているが、後者の方が強いような気がする。発達障害者は発達障害であるがゆえに社会で揉まれ経験に乏しい。自分経験から言うと、大学に入ってから高校時代までとさほど変わらない生活を持続し、サークルバイト、その他いろいろな社会経験をあまりしてこなかった。友人も多くないし、定型発達者女性との関わりも薄いか人間関係恋愛を学ぶ機会も乏しかった。こういう「経験値の低さ」が精神年齢の低さと強く関係しているような気がする。

さて、30歳頃になってようやく定型発達者の20歳と同レベルになってきたのはいいとして、問題になってくるのはこの社会にはびこる「エイジズム」だ。人生のレールから外れることの不利が、諸外国ではどの程度のものなのかは知らないが、少なくとも日本では大きいとされている。留年することなく22歳で大学卒業し、就職し、遅くとも30代までに結婚して子供を作る。これが正しい生き方なのだとされている。結婚出産規範はかつてと比べるとだいぶ変わってきているが、少なくとも22歳で大学卒業して就職するというところまでは未だに強く規範づけられている。

自分の周囲の発達障害と思しき人間は、大体就職までの段階でレールから外れている。25歳くらいまでずっとニートをやっていた奴もいたし(その後スーパーバイト)、修論就活が手につかず大学院を2年留年した奴もいた。他ならぬ自分自身も中退浪人留年を経て現在学生をやっている。発達障害を持っていて、22歳までに何らかの逸脱をしていない人間は滅多にいないのではないだろうか。定型発達者と比べて明らかなハンディを負っている発達障害者には22歳までのイベントを滞りなくクリアするのは難しいし、その後の結婚出産もやはり厳しいだろう。自分や周囲を見ていると思う。

そんな発達障害者に対する社会見方や扱いがこれから時代どのように変化していくのか、そして30歳で「成人」した自分達の今後の人生はどうなるのか、当事者として不安を隠せない。

2024-05-25

anond:20240524223357

自分もつい数ヶ月前まで院生だったので返信する(しかも、外部の大学院に進学して研究があまり上手くいかなかったというのも同じ)

大学院って労働基準法適用されないのかな

雇用契約を結んでいるわけではないので、残念ながら適用されない

みんなが当たり前にやっていることを出来ないお前はどこにいっても通用しない

これは明確に誤り。(研究職に就かない限りは)研究を行う能力仕事を行う能力はそこまで関係がない

あなた文章を読んだ限りでは、教授発言アカハラに当たると思うけど、残念ながら大学通報した所で必ずしも厳しい処分が下るとも限らないので、通報するのが良いかは分からない

死ぬぐらいなら退学した方が良いけど、ギリギリ踏ん張れるなら(研究に対する建設的なアドバイス以外の)教授から言葉は全部無視して、自分なりに研究を進めるのがベストな気がする

修士なら最低限の修了要件を満たせばどんなに適当修論を書いても修了はできる。応援してる

2024-04-18

インターンやってるけど、舐めまくってる

結果出したいが、修論書いてて時間がない。

インターンは、リモートで週1回の報告だけど、別にインターンに成果なんて求めてないよなあ?

かにインターン指導かに時間くらいボス時間取ってるんだろうけど。

  

めっちゃ結果出したいけど、修論の方が大事ってことでいいよね?

2024-03-22

就活早期化ゴミゴミゴミゴミ

就活の早期化、なぜ起こり始めたのだろう。

企業は優秀な人を囲み込みたいからだそうだ。

本当に良い迷惑だ。

早期化することで大学研究意味をなくしつつあるのではないかと感じる。

研究内定先の業務と結びつくなんてことはほとんどない。なので大学生活修論卒論)が書ければ十分である。そこに優劣はない。

仮に研究ちゃんと行ったとして、就活の「勉強」ができなければ行きたいと思った場所に行けない可能性がある。

なぜなら、数多くの日本企業様にとって研究の成果よりも「人柄」の方が大事からだ。

将来を最適化しようとすると、「成果」と「人柄」をよくする方がよい。

研究をやることはむしろマイナスに働く。

実際周りの人を見ていても、いかにして手を抜いて研究をしようかという風潮が見受けられる。

研究就活モチベにするのはいかがなものか」という意見もあるかもしれないが、モチベがないよりもマシであるし、大学生活に意義ができるから良いことではないのか。

モチベがあることで研究をやり、面白さを見出す人がいるかもしれない。

少なくともバイトリーダーしたことを鼻高々に自慢しあっているようなクソキモ異常光景よりはマシだろう。お前どうして大学いってんだ?ってことを聞けよ。

もちろん、「勉強」より研究大事だという雰囲気を感じるような企業はある。私にとってそういったところの面接は非常にやりやすい。

しかしそのような会社に行ける保証はない。そのため多くの学生にとっては行けないと仮定した上で生活した方が合理的だ。

大学での成果が全てではないという意見や、人とのコミュニケーション大事だという意見には同意する。

そしてこのような面接が完全に機能しそうだと思われる業界もあるとは思う(営業とかまあねこういうの求められてそう)

しかし全体として、この「勉強」は本当に日本企業にとって理想的な流れなのだろうか。

就活マニュアルを叩き込んだ人が「優秀」なのだろうか。

ダイイチシボウデス‼️と言えることが人柄として優れている証なのか?

嘘も方便、こんな簡単なことも言えない人はどこか問題がある」というが、問題があるのはこんな茶番をやってしまあなたたちではないのか?

こんな人たちを集めているか隠蔽体質が消えないんだよあほ

人事とかいう専門のかけらもないやつに評価される就職。なにがポテンシャル採用だ。お前のいう「ポテンシャル」はどういう意味なんだよ。

一体大学生活とはなんだったのだろうか。コロナで途中から友達数のグラフ横ばいだしよ

こっちはまだほとんどオンラインでやってんだよ。研究室同期とか合わねえのにどう思われているかとか知るかよばーか

学部生だとしても大学相手就活させてんだから面白かった授業とか、最近読んだ本とか土日やったこととかそういうの聞けば良いんじゃないの?

なんでこんなクソキモベントが性懲りも無くエンドレスに続けられているのか本当に気になる。

まあ、どうせバカ文系が人事になり続ける限り変わらないんだろうな。

2024-03-19

お前が作ってる機械が売れるのもお前が給料貰えるのも誰のおかげだと思ったんだクソ童貞メガネ

俺が月に何回妻の弁当食べずに昼飯のお供して、夜も会食行って、週末潰してゴルフ行ってんだと思ってんだよ。

田舎ワンマン社長や気難しい担当者の機嫌取って世間話に付き合わせられて、そういう人間関係の上にお前が作った機械が納入されるっていう契約があるんだよ。

「あ、そうか〜そっから説明しないとですねw」じゃねえわクソメガネ

お前がシコシコ修論だのやって学生さんやってる2年間先に社会出てんだよボケ

あとお前の嫁は昔は部長不倫してたし俺とも一回セックスたからな。

お前にあいつ紹介したのって誰だっけ?

あ、部長だw

2024-02-24

祝儀で知人の女性からサポートがなくモヤった話

だいぶ前の話なんだけど、なんか未だに自分の中でくすぶってる話がある。

結論から言うと、俺は当時金がなかったので社会人女子Aかし俺に対してご祝儀金銭的なサポートがあったらモヤらなかった、という話。

まあセコイとか思われるのはわかってるけど、当時はマジでお金がなかったんだ。

少し吐き出させてほしい。

登場人物

女子A (Bよりは仲が良い)

女子B (話はするがそこまで近い間柄ではない)

ともに大学の同期。俺は大学院に進み、女子は二人とも学部就職した。

その2年後、Bが結婚することとなり俺とAを新婦側として招待してくれることになった。

新婦側に男を呼ぶのってあんまりないしなんでかな?と思っていたら新婦の知人テーブルは他にも出席する人たちがいて、

Aはそのままだと完全に知らない人しかいないテーブルに居続けることになる。だから地元でくすぶっているであろう俺を

知人として出席させればAも安心できるだろう

という話だった。その話をAの前でBはし、Aは爆笑して「増田君ありがと~」と言っていた。

当時修論で死にそうになっていた俺はバイトどころではなくお金がなかったので

本当に貧乏食事をしていた。そこにお祝儀の3万は本当にキツい。なんなら2か月ぐらいはいけるんじゃないかという額だ。

そのことはAも知っていたのだが、特になにかあるわけでもなくそのまま結婚式はおわった。

当然、Aが俺にお金支援する義務もないのだが、正直Aのサポートとして俺は参加することになり、特にそこまで仲の良かったわけでもないBにご祝儀

出すことになったのだ。

社会人としてしかもまあまあ大きい企業に勤めていて実家暮らしならお金がないわけでもないだろうし

少しはだしてくれてもよいのにな・・・

と正直思ったのだ。

そんな話だ。

2024-02-08

明日修論という名前ゴミ大学院押し付けてくる

とにかくもう終わりだ早く休みたい。

嫌なことって重なるよね、の話。自分をなぐさめる。

就活修論、新しく始めたこと、色んなやらなきゃいけないことが重なって少しお疲れ気味なところに、自分ミスが原因で片付けなくてはいけない問題が発生して心が大荒れ。

久しぶりにこんなに落ち込んでるなってくらい落ち込んでいる。

一つ一つは大したことないのに、全部が重なるともうわけがわかんなくなって、とにかくもう逃げたいやめたい消えたいみたいな。

疲れたら休もう!とか簡単にいうけど、休んだらもっと置いていかれて状況が酷くなることは目に見えてる。やらなきゃいけないこともいっぱいある。本当にしんどくて何もできないけど、できませんはきっとただの怠惰しか見えなくて。

そして自分のせいで生まれ問題に完全に心が折れてもう自己嫌悪で消えたくて。

何が辛いのかもわかんないけどとにかく全部しんどい、やめたい。もう逃げたい。

耐えて、目の前のこと終わらせていけばいつか状況が好転することは知ってて、わかってて、でも今はそれよりも辛くて耐えられない。

いまもこんなこと書いている暇あるなら資料作ればいいのに。と思ってまた自己嫌悪

全部うまく行かないし、今日もやることやったのにまだ全部終わってないからって自分に満足できない。

辛い。全部辛い。何もできないわけじゃないのに一つできないと全部できないように見える。

休みたいけど休んだら休んだでまた自分のことが嫌になるだけ。

あーー。耐えられないな。本当に。もうキャパ超えてるよ、何も頑張れないよ。辛いよ。

数年に一回メンタルが大荒れする時期が来るけど、今がそれなんだろうな。天気も悪いし。生理前後だし。

全部全部重なって無理なんだよね、わかるよ。

辛くて仕方ないか友達電話して話聞いてもらって、家族に話聞いてもらって、散歩して、自分が落ち込みすぎないように対処して

それだけでも偉いのに、一人になるとまた落ち込んで。こうやって泣きながら打ち込んで。鬱。特大の大鬱。

とにかく過ぎるの待つしかない。ちょっとでもいいからやることやって、これ以上自分のこと嫌いにならないように。

大丈夫大丈夫よくやってる、もう少しだけ雨がやむまで待ってみよ。

本当に本当に無理だと思ったら実家に帰ろ。帰る家はある、家族友達もいる。まだ何も失ってない。

こうやって少しでも前に進もうとしている貴方は偉い、大丈夫

怒られるかもしれないけど、呆れられるかもしれないけど、真面目に全部やろうとしてる貴方は偉い。

大丈夫大丈夫、ふうううう。

もうちょっとだけ、あと少しだけ、ああ頑張れ、頑張れ。

2024-01-24

修論の謝辞

アカハラ指導教員に謝辞とか死んでも書きたくないので謝辞の項目自体撤廃しようかと思ったが

アカハラで心身壊した後めっちゃ助けてくれた学内相談員カウンセラーには謝辞でお礼が言いたい

結局アカハラ野郎はまともに指導もしてくれなかったか

カウンセラー事務員の皆さんのほうがよほど修論完成の役に立ってくれてるんだよな

2023-12-31

anond:20231231110656

今時の60歳位の人たちはなんならその辺の平成生まれよりよっぽどPCとかネットワークしかったりするから

この辺のステレオタイプ「おとしより像」は改めるべき。

ネットワーク歴40年で、ヒューレットパッカードのEWSでRS485の通信してたよ、ソニーNEWSSUNのEWSで修論計算して、TeXで清書した、図はMacSE30で、とかみたいな人結構いる。

2023-12-17

修論ヤバい、私の進捗も終わってるし、私以上に実験していないだろう同期たちが全然焦っていないのもヤバい、同フロア研究室M2たちは平日深夜まで実験したり土日に学校来たりしている、のに!!所属する研究室、立派な成果を出した先輩方も多くて、分野の第一人者教授のもとで実験できる環境を誇らしく思っていたのに、相当レベル下がっているのかもしれない、下げてしまったのかもしれない

2023-12-05

修論の草稿に「意味分からん」ってコメントがたくさん付いていて、今の時点でこんなに詰められるなら審査合格絶望的なのではと思った。

審査前に詰めてくれるだけありがたいのだが、自分理解の緩さを今更ながら感じる。

やっぱり研究向いてないと思う。

辛いな。

社会に出ても俺は同じように辛いまま生きていくのかな。

それなら今ここで終わったほうがマシなのかな。

今までも同じように辛かったんだろうけど、俺バカから喉元過ぎた熱さは忘れてるんだと思う。

本当にバカだな、みんな自分で成長してるのに俺だけずっとバカなんだな。

どうせ今のこの辛さもいつか忘れてしまうんだろうなって思うくらいにはバカだ。

2023-11-22

終わりの季節

15年働いた会社を辞めるので、沢山の人に挨拶をしている。上司や先輩、後輩と部下、全方位と毎日あちこちで話をしている。話す度にとても寂しい気持ちになる。

高校時代親友が死んだ。この数年、会っていなかったが、本当に寂しい。初めて行ったフジロックの話、20年前の話をもう一度したくても、もうできない。美術室でのあの日々を語らう相手はもういない。

兄も仕事を辞めるという。会社事情でやむにやまれないけど、心配になる。

Tver廃村ドキュメンタリーを見て、涙が出た。私の生まれ集落高齢化過疎化が進む。親友通夜帰省をしたばかりなので、余計に堪える。生まれ育ったあの地も、20年後には無くなっているかもしれない。

https://t.co/FNsavRklTH

先週末の全感覚祭へのドネーションをし忘れた。あの活動凄さへのリスペクトを表す方法ドネーションだった。色んなことが重なって、自分のことしか考えられなくなっている。

大学院もあと少しで卒業で、同級生ともお別れである修論を完成させなければならない。ますます視点自分フォーカスされていく。

できるだけ沢山のものを見たいはずなのに、どんどん視界が狭くなっていくこの矛盾をなんという。うっかりタップした絵文字が、自分の焦燥をあざわらう。

^_^^_^^_^^_^^_^

2023-10-19

anond:20220726044425

またまた続報です

早いもので私もM2になりました。碌なデータがないものB4の時よりかはまだ希望が持てる(精神的には、修論的には知らん!)という状況です。

元々所属してたラボ面白い話が聞こえてきたので、おととしから今までの簡単な話ををまずここに書きます

おととし

4月

面倒見がよく、成果をバンバン出していた任期付きのスタッフが出ていく。

その代わりにパワハラジジイを雇ってしま

5月くらい

テーマなのと罵倒が相まってワイが不登校になる

10月

面倒見の良かった助教、過労でダウン

のちに退職

3月

ワイが修士に伴って研究室変更

去年度の話

4月

ワイが出て行った直後に、週例ミーティングパワハラジジイにキレたやつが現れた

教授室の机を思いっきり叩いて部屋を飛び出したらしい。その後何も言われなくなったそう。

5月

TOEICで前研究室の先輩にばったり遭遇。少し話したがジジイが激化したらしくだいぶメンタルをやられていた。

12月

冬の中間報告会にて

中間報告会は傘下の他研究室と合同で行うのだが、ジジイが別研究室Drの報告にケチをつけたらしく傘下の准教授がブチギレたそう。また客員教授も加勢するというカオスなことになったらしい。

3月

ワイの直下海外へ出ていく

また院試落ちて研究生になる予定だった子は大学院大学

院試に落ちた理由は同期曰く、院試休みを与えずずっと実験させてたようなものだったからだとか

今年

9月

ワイの一個下の台だった女子がやめた疑惑(研究室サイトから名前唐突に削除)

(ただしキャンパスで見かけたため実際のところは不明)

とんでもないことになってました。

今のラボの新入生から聞いたところ、パワハラジジイの件は噂になってるらしくほぼ知らない人いないという話だった。

みゆく泥船だと予感はしていたものの、ここまでひどくなるとは思わなかった…。

パワハラパワハラだと思っていない教授にも問題がある。これは救いようが本当にない。

良い社会勉強にはなったが二度と経験したくない、皆様も気を付けてください

2023-10-17

anond:20231017124458

数学物理を修めていない馬鹿や金のない貧乏人が安住できる場所なんてないってこと

底辺暮らしが嫌で親が金持ちでもないってなら10代のうちに数学物理頑張って、大学では微積分、線形代数、基礎理工学実験演習、プログラミング演習、卒研修論頑張れってこった

2023-10-13

anond:20231013113858

なんか調べたら、列車劇場の「スペシャル席」から来てるって説が出てきたわ。

一等、二等、とランク付けしてあったけど、そこから更に高級な席を「特等席」と呼び、これを「スペシャリティシート」としたことから「Sランク」って言う様になったからじゃねーのと言う。

どっかの大学生修論とかでガッツリ調べてくれないかな。

2023-07-26

https://anond.hatelabo.jp/20230725121700

自分お気持ち感想を述べるのが非論理的だ、というのはちょっと間違っている。そもそも論理的というのは文章がつながっている状態を指していて、米国型の文章構造ピラミッドスラクチャーを持つ(ミントピラミッド原則)。これは科学技術論文で広く採用されている方法だ。ちなみに日本風フランス風論理は違うということが示されており、論理的とは単に慣れであり、文化依存する(*1)。構造さえできてれいば、その内容がお気持ちだろうが、料理の手順だろうが、交渉だろうが、論理的文章になる。

感想を述べるにしても論理構造を作ることができるし、それを通じて論理的文章を書くことができる。たとえばアメリカ教育で用いられている4square writingは、中央に例えば「おばあちゃんが大好き」と書いて、その理由となる事柄を3つのマス目に書く。「話が面白い」「お菓子をくれる」「においが好き」とか。そして最後のマス目に「だからおばあちゃんが好きです」と結論を書く。話題が一貫しており、列挙された情報に基づいて結論誘導されており、論理的となる。

これはハンバーガー構造や5段落エッセイとも呼ばれていて、主張、根拠1、根拠2、根拠3、言い換えた結論、という段落構成を学ぶことにステップアップしていく。高校生のころにはこの構造を極めて小論文エッセイ)を書くのが卒業要件だったりもする。イシューに対する議論だったり、ディベートを通じて強い根拠を上げる訓練をしたり、モノポリーで遊びながら交渉術を学ぶことになる。口述でも文章でも、5段落構造がしっかりと植え付けられる。

なので、大学に入った段階で構造的な文章を書く経験豊富である。そこで初めて感想感情から切り離して情報を伝えるテクニカルライティングによる訓練がはじまる。事実などの根拠提示一般常識や前提条件を論拠ととして組み合わせて新たな意見を述べる(トゥールミンモデルなど)、自己批判で主張のリミテーションを掛ける、といった論述の基礎も覚える。

なので感情から切り離すことや事実意見を分けるというのは、論理的文章のうち研ぎ澄まされた金字塔ではあるものの、最初から取り組むべき課題ではない。取り組むべきは、話題がつながって構造を作る文章を書くことにある。

最初話題読書感想文テンプレも、段落内では「なぜなら」でつながりを持たせてはいものの、全体をつなぐ構造がないことが問題だと思う。3つの段落情報バラバラのままである。そこが問題なのであって、感想文を書くこと自体問題があるわけではない。論理的構造を作る訓練になっていないことが心配である

私は卒論修論博論指導する立場の人だけど、増田の言う通り悲惨文章ばかりを目にして実質リライトすることになる。その問題お気持ち文章からではなく、論理的構造がないことに原因があると感じている。といつつ自分人一倍文章を書くのが苦手で、いまだに多くの本を読んで訓練を続けているし、これまでの指導者に苦労を掛けてきたと思うので、恩返しのつもりで学生さんたちに指導をしているよ。

*1 渡辺雅子さんの文化比較研究

https://berd.benesse.jp/berd/center/open/berd/backnumber/2006_06/fea_watanabe_01.html

2023-07-25

追記国語教育ゴミから日本人お気持ち表明文しか書けない

追記

親切な補足を書いてくれた人がいるので真面目に議論したい人はそちらでお願いします。木村幹先生ツイート意図が全く伝わっておらず腹が立ってこの増田を書きましたが、一部の人にはさらなる誤解を与えてしまい少し申し訳なく思ってます。とは言えまともな教育受けてれば読めるだろとは思わなくもないですが、教育がまともじゃないから仕方がなかった。

anond:20230725173446

追記

誤解したコメントがついていたので、休憩時間で一先ず本文の下に返信を付けました。

面倒を見た学生は、奇しくも問題提起をしている木村幹先生所属されている大学神戸大学)と同等のレベル大学です。

またレポート卒論修論とまとめて書きましたが明らかに突然お気持ち表明をはじめるのは流石に学部1~2年生のレポートほとんどです。ただ大学入学時点でそういった文章を書いていた学生が、多少成長したとしても卒論修論でどのような論理展開論文を書くことになるのかは想像がつくと思います

本文

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2192374

こんなもん日本国語教育の駄目なところを煮詰めたようなテンプレートだろ。修士博士課程の期間に学生レポート卒論修論の面倒をみてきたが、突然お気持ち表明をはじめる学生は本当に多い。突然自分語りを初めて空に飛んでいって、二度と地上に帰ってこられない奴らばかり。こんなゴミを教えてないで、ロジカルライティングについてまともに教育してほしい。

論文一部の人けが書く文書であり必要な人に個別指導すればいいという反論がありそうだが、このテンプレートのように突拍子もなく自身経験ベースお気持ちを述べることが求められるような文書を求められる機会がどれだけあるのだろうか。多くの人が業務で書く報告書技術文書などは、事実観測結果、先行する調査結果等を元に論考することが求められているのではないだろうか。実際にはそんな文書を書く機会はないのに、自身経験ベースとしてお気持ちを述べさせるカスゴミ作文手法を『正しいテンプレ』として教えているのではないだろうか。

また読書感想文からこのフォーマットになるのは仕方がないという意見もあるが、読書感想文の枠内で自分語りにならないように書く方法もある。たまたま手元に小学1~2年生向けの課題図書である『うまれてくるよ海のなか』(息子の所有物)があるのでこれを例にすると、この本は海の生き物の『出産育児』、取り分け『お父さんとお母さんが協力して出産育児』をする姿に焦点が当てられていて、後書きでもその点について述べられている。テンプレに従うと子供から見た我が家のお父さん、お母さんの役割分担の話とお気持ち表明をして終わりになるだろうが、この本から得た気づきを元に図書館に行って日本世界出産育児の分担の状況について調べたり、あるいは海の生き物以外についても調べたりして調査結果から考えを広げ、その上で感想を述べることも出来るだろう。

テンプレを教えるのは良いが、そのテンプレゴミだと害悪しかない。正直、小学校の先生ロジカル文書作成が出来るのか疑っている部分があるが、出来るというのであればそれをきちんと教えてほしい。

一部コメントへの返信

レポート論文感想文が異なるのはあたりまえで、感想文に感想を書くことに文句をつけるのは、いったりどういう論理構成なのか不思議

国語時間を寝て過ごしていたのでなければ読み取れると思うのだが、感想文に感想をつけることは否定していない。テンプレート記載されている構成では突拍子もなく感想を述べた後に自身経験について述べるにととどまっており、そういった文書構成テンプレートとして推奨することに日本国語教育の駄目なところが現れていると批判している。

卒論修論読書感想文全然のものです。それにいま修士博士課程にいる学生さんたちが小学生のころはこういう教育はしていません。

テンプレートを使った教育批判しているのではなく、ロジカルライティングを軽視した、お気持ちの表明に偏重した教育ゴミだと言っている。自分小学生の頃にこういった読書感想文を書かされたと記憶しているが、未だにこういったテンプレート存在することがそういった教育継続していることの根拠ではないでしょうか。

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