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はてなキーワード: 学振とは

2020-05-26

教員に虚偽を勧められて失望した話

私は博士課程の学生である

この時期に博士課程の多くの学生申請する通称学振というものがある。詳しく知りたい人はググって欲しい。

さて、例に漏れず、私も申請することとなった。

ところで、この申請書には業績を記載する欄がある。

こんな論文を発表したとか、こんな学会で発表したとか書いてアピールするわけである

そして、私には今、査読中(under revision)の状態論文がある。この論文は私が筆頭著者であるが、査読中なので今のままでは業績にならない。そして、早く査読が終わらないかとやきもきしている。要は、この業績があるとないでは、業績の評価点数が変わってきそうなものなのである

私の指導教員はこの論文採録決定済み(accepted)としましょうって言ってきた。まだ審査員から返事は来ていないのにである

一回は無視して誤魔化したが、もう一度念を押されてしまった。

申請書を出すのは私なので、提出時に黙って修正してしまえばいい問題ではある。

しかし、「それって虚偽ですよね」ってはっきり言えなかった自分が悔しい。

そして、なにより「これって虚偽だよな」と思うことを勧めてくる教員失望した。

こういうことを勧めたら、こういうことをする博士が育てられるわけである

今のアカデミック申請書では、こういったことが平気で行われているのだろうか?

自分が知らないだけで、こういったことは当然のように行われてきたのだろうか?

未だに胸の中がもやもやしている。

2020-01-29

ポスドクに関して

ポスドクで様々な成果をあげて栄転する人もいれば、そううまくはいかず、アカデミックを辞めてしまう人もいる。

何が両者を分けているのか考えてみる。分野にもよるが、ある程度は共通していると思う。どちらかというと理系寄り。

学振PDに採択される

→これは大きい。採択されるということは有望な研究者という証にもなるし、研究費をもらいながら自由研究できるので、成果もあがる。

論文など成果として評価されるものを書く

→定期的に論文を書いている人は、やはり評価されている。

・新学術など大きなプロジェクト雇用されている

ネットワークが広がるので、共同研究などに発展しやすいし、顔を知ってもらえるだけでやはり違う。機会を活かせるかはその人次第だけれど。

自分研究をする時間がある

ホワイトラボで、自由研究時間があるのはやはり強い。ブラックだととてもとても大変。

学位取得後に新たな研究分野を開拓しているか

博士課程と同じような研究を続けていては先細りする。博士課程を始めてから5年くらい経つと、世界研究の動向も変わる。また、同じ分野で出せる成果もだんだんインパクトが減ってくる。ポスドクで新たな研究に取り組めないと、今後取り組むのはもっと難しくなる。

以上を全部満たさなくてもいいが、全てを満たしていない人は、やはり厳しい。

2020-01-13

Ok,Google! アカハラのアホをまるごとFireする方法教えて!

とりあえず色々あり過ぎるんだけど、ワイくんの学振申請作成妨害した罪は重い。非常に重い。

金と飯の恨みは怖いんやぞ東京モンのイキリおっさん准教、キミやキミ、見とるか〜!

これまではひ弱なイエスマン関東圏の人間イジメて遊んどったみたいやけど、こっち来たんが運の尽きやったねえ〜

東京での元ヤン自慢でいつも草生やさせてもろとるやで〜wあっチャリ盗んだ話と犬殺した自慢はもうせんでエエで〜w不愉快から

周りの人間からも須らく恨みこーとるけど、ひたすらにあわれやね。人から慕われず仕事するの、ワイはよーやらんわ。周りに嫌われながらやるんオモロないやろ?ワイらの業界はチームプレイやのになwやめやめwていうかヤメさしたるw

あとさ、今までどうやって業績出してきてたん?マジで

いや、無いか!w あっこれはワイが言うたんやなくて、こないだ論文死にそうになりながら出せた先輩が言うてたやつやからワイやないで〜w

あと人がとってきたお金、辞めさせといて使い切るとかゴミクズがすることやからね〜

とりあえず、科研費国庫に返して国民に氏んで侘びよ!w

そろそろネタも集まってきたし上層3人まとめて一気にトバしてやるからの〜

もっかい言うけど見とるか〜!w

見とったとしてもなんも変わらへんのやけどもね〜

事実のみを根拠に動くのがワイらでしょ?

キミらはよーそれを捻じ曲げて載せてるけどw

ほな!w

P.S

単芝って煽り能力高すぎひん?w 草

2019-12-04

稼いでから博士課程に進学しなさい

博士課程の学生お金にまつわる問題がいろいろ言われているけれど、とりあえず働いて稼いでからにしたらええんちゃうのん、と思う。

自分修士卒で一旦就職して2年間働いて、とりあえずの学費と当面の生活費を貯めてから進学したよ。

おかげで、学振一回もとれなかったけど(最初の頃は学振存在すら知らなかったw)奨学金バイトと併せて無事にドクター取って修了できたわ。

今はその頃と違って奨学金とか授業料免除の仕組みが充実してるから、進学後のお金心配するくらいだったら、まずは学費分だけでも良いので稼いでから進学しなさい。

2,3年のブランクなんて、その後の30年を考えたら誤差やで、誤差。

2019-11-30

東大工学系ぼくでも年収学振しかいから(引くことの国保とか住民税とか)手取り年収200万円代だしガチめのワープワなんだよなあ…😢

学振が出るとドナドナ先の外研でやってたRA副業禁止規程だかで給料出なくなったのウケるでしょ、何考えてんだか

2019-11-19

anond:20191119064725

もう一件の自殺は全分野通じて年間15人しか選ばれない学振SPDをとり、学術会議学士院の賞までとっていて、それでポストがなかったわけですよ。

あんな小さな分野で三冠なんて、知らんけど前代未聞じゃないかな。

私なんか適正ないか適当に死なない手段は確保して、論文閲覧のために週1日非常勤する、という生活で(文句ないとは言わないが)そんなもんかなと思うんだけど、あれだけ評価されて職がないんだと精神ダメージもでかいだろうな、と思う。

この状況で「見極め」なんて無理ですよ。

2019-11-05

anond:20191105220544

普通学振おめでとうで周りが奢ってあげる側だろ

そういえば他人学振焼肉たかる会のシーズンちょうど今頃だった気がするけどもう終わってたっけ?

ラボは去年も今年も申請者いなかったか自分ときのなんかすっかり忘れてしまったよ

2019-09-08

ウケ狙いの研究でDC2を獲得した

M2の時とD1の時で学振に二回とも通らなかった。

学部時代から同じ研究室に居て、雑用の質も量も最悪な状態になっていたのはD2の時。

指導教員との関係も最悪な状態だった。


もうやけっぱちだった。

研究なんてやりたくなかったし、研究者という職業への憧れも失せていた。

D2でDC2を出したのは、研究を続けるためというより「あの時出していれば」と将来思いたくなかったからだったような気がする。

書き始めたのは〆切の1週間前だった。

時間もやる気もないので、やりたくないが「どうせこうやったらウケるんだろ」というテーマを書きなぐった申請書を提出した。

これで不採択になって「そんな甘いものではないのだな」と思いたかった。


でも、通った。

ウケ狙いの申請書がその通りにウケたのか、D1の時より業績が増えたことが重要申請書の内容なんて見てもないのか、真相はわからない。

いずれにせよ、ロジックがガタガタで実現可能性が低そうなことを言っていても、耳目を引くテーマ手法研究業績さえあればごまかせるのだと感じた。

このゲームを巧くできた人が残り、できなかった人が去る。

このゲーム最適化された人が語る「科学」って何だろう。

自分にはわからない。

2019-08-02

anond:20190801161129

ポスドク学振PD任期付き助教(非テニュアトラック)のポジション子供がいる方へ

該当しますが、問題はそこではないと思われます

夫婦問題は、現状への認知が歪んでおり(読み取れる状況に対して過度に悲観的なようです)、ゆえに互いの気持ち尊重できないことにあるのではないかとお見受けします。認知問題があるのであれば、ご夫婦精神科心療内科受診するべきではと思われます精神不安定生活に支障をきたしているならば、それは心が健康でない状態と思います

また蛇足ですが、来年保育園入園したいのならば、「空いていない」とこぼすのではなく、今すぐにもっと血眼になって探すことをおすすめします。自転車圏や通勤路上など、物理的に送迎可能エリア保育園全てを網羅するつもりで申し込みされた方がいいと思います世田谷区には保育ママなどの制度もあります

2019-08-01

anond:20190801161129

という経歴だけど、研究者としてやっていけるという自信が自分の中にあれば、別に出産結婚という節目で不安に感じることはなかったけどなあ。研究職が無理なら、途中で諦めて民間就職して、そこで稼げばいいや、稼げるはずだと思ってたし。

配偶者安心させられるくらいに本人も将来どうなるかの自信がないなら、研究の道を選んでもずっと不安が残るだけでは。

5年間の助教をやった後にその先がなくても、都内就職先なんていくらでもあるでしょ。いくらでもあるともし本人も思えないのなら、そりゃ配偶者不安になるのでは。

結婚をするべきでなかった[追記あり]

私(夫)28歳、妻26歳で結婚して、すぐ妊娠し、今1歳半の子供がいる。現在私は30歳。

私は今、大学ポストを目指していて、

出来ればいい大学ポジションに着きたい。それが任期付きであっても。ただし妻は何でも良いか定職(彼女のいう定職任期の無い普通会社員)について欲しいという。

妻は、5年後に旦那仕事が確実に無くなり、次の仕事があるかわからない。また見つけたとしても、継続してひとつ法人に在籍しない為に、昇給がない、というのが堪らなく精神的に不安らしい。いい加減に定職につけと言うことだ。

私は元々日本修士課程卒業して、誰でも知っているいわゆる大企業就職していたが、2年でやめて、海外博士課程を始めた。2020年3月に修了予定で、仕事をどうするか(そもそも見つけられるか)が問題

こんな不安定な道に進む場合は、結婚するべきではなかった。妻も結婚した当時は不安定な道になる事は承知していたはずだが、実際に子供が生まれ、直面すると態度が変わった。妻は、私が受ける、ある大学任期付き助教採用面接が失敗すればいいと思っている様子で、もはや根本的に考えが私と違ってしまった。(私はこの大学よりいい大学助教ができるとはあまり思えないくらい、いいポジションと考えていて、ぜひ採用されたい)

自分は元々結婚には向かないと思っていたが、した事も無いのに決めつけるのは浅はかだと思い、試して見た。今言えることは、きちんと見通しをつけず、結婚決断をした自分が浅はかであった。

遅かれ早かれ離婚する事になりそうだが、子供が不幸になる事が申し訳ない。申し訳ないと言いつつ、自分の都合を優先させるために子供を不幸にする自分悪魔のもの

結婚をするべきではなかった。もっというと、子供を欲しがる女性結婚するべきでなかった。

定職を持ち、長く住む場所が定まり精神的な余裕がある人間以外は子供を持ってはいけない。当たり前の先人のアドバイスを繰り返すだけになってしまった。

[以下追記]

このやり方でいいのかわからないんだけど、ブクマの人気コメントにお返事書かせて頂いた。

kpkpkpchang 離婚後、当然のように妻が子供を引き取る想定でいてモヤモヤする。

離婚するなら増田シングル育児しつつ夢を追う覚悟必要だし、

妻が引き取っても養育費のために一定収入必要から独身のような自由はないぞ

もし離婚した場合の想定について。

親権(+監督権):

子供親権を取ることに私は、そこまでこだわっていないが、事実上私が親権をとることはできないと考えられる。

離婚届には離婚後の親権を記入する欄があるが、そこで合意が得られなければ、裁判所判断になる。

離婚届を出す際に、妻は親権絶対に譲らないと想定できる。

調停になった場合、やはり妻が有利。私はずっと海外にいて、妻が日本子供身の回りの面倒を見てきた。

そのため、私が親権または監督権を獲得するのは事実上無理だと考えられる。

養育費を払うことは(私に収入範囲内であれば)なんの問題もなくて、できるだけ払いたいと思う。

自由がない”、の意味がよくわからないが、可処分所得が減るという意味なら、理解しているつもりだし、納得もしている。

私が問題だと考えてるのは、子供父親が一緒に生活していないこと。

おそらく離婚したら私は積極的海外ポストも探すが、そうするとかなり長い期間顔をあわせる機会もない。

家事子供身の回りの面倒を見る大人が2人ではなく1人になるというのは、子供にとっては不幸では?

また、自分父親の顔を覚えていない子というのは、たとえば学校生活父親の話をするときに、気まずい思いをするものではないのか?

金(養育費)だけ払えば子供にはなんの影響もないと思えないので。

yuatast 妻子供よりも自分の将来が大切だってことでしょ。分かりやすいよね。

大学不安定なポジションちゃん結婚生活を営んでいる人もいるわけで、

単純に増田奥さんを説得すらできないということだと認識しなくちゃ。

まさに仰るとおり。説得ができない。任期のあるポストでも私にとってはとてもいい仕事なのだが、

妻がそれを承服しかねる、というのは理解できる。

私の感覚では、いい大学助教の経歴があれば、自分キャリアが続く仕事は見つかると考えているのだけれど、

妻はそういう楽観的で不確定な未来を受け入れる態度に耐えれれないということらしい。それもわかる。

どう説得すればいいのか教えてほしい。

htnmiki 離婚しても子供が不幸にならない方法を考えなよ。

片親の子を見て「あの子不幸だな」なんて思わないでほしい。

子供が不幸にならない方法は考えたい。

子供自分自身のことを不幸だと思わなければ、他人にどう思われてようが、問題ないと思う。

私自身は片親の子をみても不幸だとかそういう考えは持たないが、一般的にはどうなのだろうか。

子供がどう考えているのかは、離婚した親をもつ子供アンケート統計等を見ないとわからない。

araikacang 結婚した当初は自分が安定した職に就けばいいと考えていたが、

いざ直面すると夫が子どもの事は完全に他人事でこれじゃフルタイムで働くなんて無理となった可能性。

妻はその業界では安定した企業の職についている。会社はその分野で国内大手で連結の売上が500億以上。

そのため、妻が育休中のその会社をやめなくて済むように、私は東京のし仕事を探している。

妻に詳しく認識を聞いてはいないが、子供小学生くらいになるまではあまりフルタイムで働く気はないのか?

(妻の企業時短がけっこう一般的で、フルタイム時短の切り替えがある程度容易)

妻は子供と過ごす時間に対する優先度が高いように見受けられる。

skrnf この問題に対して離婚が解になるという想定がよくわからない

問題は、私と妻が共同生活を送ることが困難になるほど不仲になってしまうという点で、

それを解決できない場合は一緒に暮らす全員がかなり不幸になる(と考えられる)。

なんとか、任期のある仕事につくことから来る妻の不安を私が取り除かなければ、一緒に生活できない。

宝くじで数億円が当たるか、私が、妻が満足する任期なしの仕事につけば、問題解決する。

もし私が私のやりたいように進めると、私が任期なしのポジションにつくのは5年後等になると思われる。

そこまで不仲の状態で共同生活はできないので、離婚しなくても別居はするのではないかと思われる。

grdgs 賃金就業の男女格差をなくし保育を充実させれば、こういう問題も少なくなるな。

差別解消と保育の充実に消極的自民党は紛うことなき悪。

生物特性上、子供妊娠出産することができるのが女性だけというのが、現代社会においてかなりハードルが高い。

子供が欲しい女性はある時期は必ずパートナー自分以外の何かに頼らざるを得ない。女性キャリア形成があまりにも難しい。

あと、いま妻の住んでいる場所は認可保育園は空いていない。

世田谷とか笑ってしまうぐらい認可保育園が空いてない。例えば、1歳の子供を入れたい場合待機児童345人いる:

 参照https://www.city.setagaya.lg.jp/mokuji/kodomo/003/009/d00031371.html

認可外の保育園もあるが、個別に問い合わせてもまぁ空いていない。

保育園の申し込み書類の用意は私が主に担当している。保育園見学一時帰国したときに、私も3~4件は回ったが、

やはり認可保育園の方が環境がよく、そこに入れたいと思う親の気持ち理解できる。

ただ、認可保育園見学しても虚しいのは、入れる見込みがほぼないこと。(見込みがなくても見学していないと申し込みすらできない)

また、良い保育園がたくさんある地域は、結局他の地域から無現に子供を入れたい親が引っ越してくるので、

待機児童問題永遠に解決しないと思われる。月14万くらい払えは、環境のいい認可外のインターナショナルスクールみたいな所に

入れられるが、私たちの家庭にその余裕がない。自民党はなんの関係もない。

ポスドク学振PD任期付き助教(非テニュアトラック)のポジション子供がいる方へ

どのように家庭を運営しているか是非教えてもらえないだろうか?

2019-07-27

https://togetter.com/li/1380500

院生時代に立派な論文書ける奴なんて0.5%くらいだしそんな奴ら学振なりなんなり貰ってるでしょ

anond:20190726171310

しか学振を貰えるならバイトができないと言う言い訳も出来ないですしね。

研究がそのまま収入に直結しますし、学振にあぶれてしまった人は自分の実力で勝ち取れなかっただけですしね。

どの世界でも実力が足らなくて生活が立ち行かない話はあるので、ことに研究員だけを優遇するのもどうかと思いますし。

2019-07-26

anond:20190726170355

もとから博士後期課程の学生には学振で月20万もらえる制度あるしね。

日本でも給料もらいながら学生やってる人たちもたくさんいるのに、ロクに知らずに制度ばかりを批判する人多い。

さら大学院生奨学金免除規定がとても緩いから、修士でも頑張れば実質給料をもらえるのだ。

そういう認識もしっかり広がらないといけない。

2019-06-29

子連れの妻がDr.で云々の記事

なんかブコメホッテントリはいってたやつ。

私も自然科学学振とおって博士でた女だけど、正直いってあいつらも何だかんだいって上級国民しか見えなくてキッツいなあ

あちらさんはすごい優秀なんだなあ、というのが記事を読んでてひしひし伝わってくるけど、学生結婚したりアカハラ受ける程度には周りの人間接触してたんだよな健常者様はいいよな、と僻みがメラメラでてくるよね

こっちは理系といっても実験ないタイプのやつだったか研究室に行く頻度がえらく少くなっても誰も何も言わなかったし、そもそもボスも他の院生も私の研究と分野めっちゃうから完全に放置されてたし

大学院の人たちとあまり接触しなかったせいでアカデミアに性差別があるのかどうかすら実感する機会なかったよ、就職に関してもそもそもアカポスなんて分野的にハナから狙えるような感じでもなかったから知らん

人相と愛想が悪いのとかビッチリ詰まったリストカット跡を隠しもせんかったとか、まあいろいろあかんかったんはあるだろうけど、こっちは一人で死なない程度に生きるのでギリギリから、所帯ありって時点であいつらは圧倒的勝ち組だよ勝ち組

ブコメも大概で優秀な女性研究者を活用できない日本社会は~っていつもの義憤ポルノキモいよ、やっぱ健常者さまは同情を買うのがうまいよね。

私みたいなのが30歳を過ぎて日本のすすけた都会の片隅でこうやって社会呪いつつお薬飲みつつ細々と糊口をしのいでても誰の同情を買うこともできないもん

どうやったらもっと人生うまい具合にいったんだろうか、考えても頭がシビれるだけで何もわからなくなってくる

今生はもう長い長いロスタイムを消化するだけだからあんまり不安とか不満とか抱いても不毛だけどね さあ明日も早いしアメスピ吸って寝るかね

2019-06-05

39才バイト2つ職歴D3院生だが一言いか

同類っぽい吐露を友人より教えてもらったので、久しぶりに反応してみる。釣りマジレスして恥ずかしいけど、同じ文系院生文学研究)だから一言おいてく。

まず彼の苦しみはわかるよ。生きてること自体の根源的な虚しさと、プライド釣り合わない生活の間で、自画像が捻じれてるんだよね。そういうの分かるよ。たぶん同類から

でも、食べたり飲んだり遊んだり、生活するためには、多くの場合自分で働かないとダメだよ。

ニート引きこもり可能な人は好きにしたらいい。でも、いわゆる社会だとか、普通に仕事してるリーマンだとかは何一つ悪くないよ。悪いのは、プライドこじらせた自分だよ。

高卒でも中卒でも、身体使って仕事して、建物道路作ったりしてる人は皆偉いじゃん。企業組織の中で心身削って家族のために働いたり、趣味に生きるために折り合いつけたり、生活するって、そういうことだよ。

高学歴云々っていうなら、それくらい理解できるでしょ。そもそも博士に進めない程度のやる気と実力ってことは、学振も取れないし、奨学金借りてでも研究する意思がないんでしょ。学振取れなくても、バイトして研究続けるとか何とか、選択は幾らでもあったはずだよね?海外研究機関に応募することも出来たよね?それとも、こんな簡単なことも分からない程度の、お粗末な修士様だったの?

ちなみに修士号なんて、きちんとコースワークに真剣に取り組めば、誰でも取れるよ。天才ではない、何者にもなれない学卒の凡人が凡人として訓練を受けるための仕組みなんだから

高学歴なのに自己実現できない、社会が悪いって、本当に頭悪いと思うんだけど、どうかな。

彼に限らず、すべての不遇な院生全般に言えるけど、研究するから学歴があるから自己実現できるわけじゃないよ。中学生じゃないんだから、働けばいんじゃないの。

以上!

2019-05-19

大学院 (特に博士課程) 進学を考えるとき研究室選びのTIPS 2

https://anond.hatelabo.jp/20190519190721 の続き

・その研究室院生と会話をする

首尾よくそこの院生を紹介してもらえたら、教員には聞きづらい研究室生活リアルを存分に聞こう。就活で「残業」について聞くと嫌われるらしいが、研究室見学でこの手のことを聞いても印象が悪くなることはまずないと思う。むしろ、心象を悪くしているようだったら、今すぐ、そこから逃げた方がよい・・・

具体的には次のようなことを聞けばどういう生活になるのか、見当がつくだろう。

(i) 教員とのやりとり

指導教員とはどれくらいの頻度でディスカッションをしていますか」

研究室によっては完全放置というであることがあるため、自分に合ったペースで面談をしているのかを確認しよう。個人的には、二週に一度個別面談、半期に一度くらいに研究室メンバー全員への進捗報告があるとペースがよく感じる。ただし、分野、研究内容、個人性格で変わる部分なので、どの程度がよいペースなのはその人次第だ。まだ研究のペースについてよくわからなければ、「それくらいでちょうどいいですか?まだその辺りよくわかっていないので」と先輩に聞いてしまえばいい。

(ii) 研究の決め方

研究テーマはどうやって決めていますか」

指導教員からかなりトップダウンで降りてくる場合もあるし、ある程度裁量がある場合もあるだろう。これに関しては何が正解というわけではない。私の経験したパターン後者で「まず自分が知りたいことを見つけてこい」と放り出されたところから始まった。あなたにとって納得できる方針であるかを確認しよう。これは教員本人にも聞いた方がよい。

(iii) 労働時間

「平均して何時頃に来て、何時頃に帰っていますか」

「土日はどれくらいの頻度で来ていますか」

ラボコアタイム (必ずいなくてはいけない時間) はありますか」

働きすぎは人生の毒だ。必ず確認しよう。コアタイムが長い (例えば8時間) 研究室であれば、警戒した方がよい。

ただし、8時間研究室にいること自体不思議であるとは思わないし、実験が佳境であったり学会前にはそれ以上いることだってざらだ。大学院生になる以上、それは覚悟しておく必要がある。あくま懸念事項は、「平常時から8時間強要している」という点にある。私が知っているケースだと、就職活動コアタイム中これなくなったことに苦言を呈されるという事態を見たことがある。これはいくら何でも無茶苦茶だ。

どれだけ長く滞在しているのかを誇っている様子だと、やや注意した方がよい。もちろんあなたが、大学院に入ったら研究以外全てを投げ打って働きたいというのなら、それはそれで構わない。しかし、多くの人間にとって研究人生の一部である人生ではない。「これは奴隷の鎖自慢なのでは?」と一歩引いた目で見るようにしておいてほしい。

(iv) 所属メンバー

博士学生ポスドクはいますか」

博士学生ポスドクがいたら、自分よりはるかノウハウがある先輩がいるわけなので、入学後大きな助けになる可能性がある。いる場合、「博士学生ポスドクとは議論したり、一緒に研究をしたりしていますか」と聞いてみるとよいだろう。

(v) 学会出張などへのサポート体制

学会などへの出張費はきちんとカバーしてくれていますか」

信じられないことに、自費で海外学会に行かせる研究室もあるのだ。博士学振研究員に採択されているのならともかく、多くの学生にとっては経済的にこれはかなりきつい。

人件費をどれだけ重視しているのかは教員によってかなり落差があるので、聞いておいた方がよい。

(vi) 学位取得の要件

学位の取得状況はどうですか (博士号は3年で概ね取れているのか)」

学位要件は、実際のところどの程度要求されていますか」

「隠れた要件はあるのか (要綱には書いてないが、実質的要求されること)」

これまた信じられないことに、博士号を頑なに出さな教員というのは実在する。理由は様々だが、中には目を覆うような酷い話もある。だが、理由など知らなくてよい。あなたがすべきなのは人生を棒に振らないためにも学位取得状況は早い段階で知っておくことだ。これは教員本人にも聞いておくとよい。「その人次第」としか返ってこなかったら、黄色信号だ。その人次第な部分が大きいのはその通りなのだが、これでは答えになっていないからだ。

上記にあげた質問に、先輩の博士院生教員が明快に回答できなかったら、要注意だ。

(vii) 学生生活

学生間の仲はどうですか」

「同じ研究科他の研究室との関係は良好ですか」

研究室でのduty (研究以外での義務、例えば掃除) はどれくらいありますか」

快適に研究室ライフを過ごせるかどうかはこの辺にかなり左右される。ただしdutyがあること自体普通なので「あるからダメ」と言いたいわけではない。あなたにとって適切な量と内容なのかが重要なのだ

(viii) 大学院試についての相談

見学して好感度が高い場合、具体的に院試を受ける際の助言も聞いておいた方がよい。どの教科書を使って勉強するのか、講義資料院試過去問はもらえるかといった点だ。

さて、首尾よく研究室見学ができたとする。「もうここしかない」と思うかもしれないし、決めかねて迷っているしれない。が、どちらの場合にせよ、即決するのは性急だ。最終決定するにはまだまだやることがある。

複数大学院見学する

一つだけ見て、そこに決めるのは危険だ。できれば複数研究室見学しよう。

複数研究室比較することで「実はあそこは環境が悪い/良い」ということに改めて気付けるかもしれない。

劣悪な環境研究している院生は、本人たちは「大学院はこういうもの」と思い込んでいることが多い。奴隷はいしか自身を縛る鎖に安心感を抱くものなのだ。そうならないためにも、早い段階で多様な研究者と話すことで、研究に対する価値観養生していった方がよい。

・話せる大学教員研究者にその研究室評価を聞く

「授業を受けていた」程度の間柄でも構わない。「大学院進学をしたくて、○○研究室を考えています」と言えば、よほど酷い人格の持ち主でない限りは何らかの返答はしてくれるだろう。「そこは素晴らしい」だとか、逆に「正直お勧めしない」だとか。もちろん、研究者も人間なので、その人一個人見解だ。なので、全て鵜呑みにする必要はない。例えば、私は知り合いの研究者に「君、そこに進むと厳しいよ?」と諌められたが、(今のところは) 生き延びている。あくまで、考える材料として聞いてみるとよい。

指導教員研究費を取れているかを調べる

研究には金がかかる。指導教員研究費を取れているのかは、自身の学び、研究の質、量、そこから生じる心理的幸福全てに絶大な影響を及ぼす。どのようなテーマ資金を獲得しているのかは、研究室ウェブページに書いてあることもあるし、そうでなくても調べようはある。

科研費データベース

https://kaken.nii.ac.jp/ja/

このウェブページには、 日本学術振興会提供する科学研究補助金 (科研費) の採択リストが載ってある。研究室教員名前を打ち込めば、その人がキャリアを通じて獲得した科研費を全て知ることができる。もちろん、科研費限定なので民間助成金は載っていないが、大きい額の研究資金は概ね科研費なので、これを見ておけば大体の資金獲得状況はわかるだろう。

Researchmap

https://researchmap.jp/

これは、雑に例えると「研究者のFacebook」だ。研究費の獲得歴を記載してある人が多い。自分の興味のある教員名前を打ち込んでみよう。

資金自分入学時も継続している場合は、どのようなテーマ教員資金を得ているのかが、自分研究テーマにも直結するため、必ずチェックしよう。

博士号取得者のその後

その研究室学位を取った人のその後のキャリアを追ってみよう。人によっては研究室ウェブページ掲載している。そうでなくとも、博士取得したであろう過去院生名前検索したり、その後の業績を追いかけるとよい。著者名での論文の調べ方がわからなければ、「Google Scholar 著者名」で検索してみよう。

学振DCPDの採択実績

学振DC、あるいは学振PDとは、日本学術振興会特別研究員という制度だ。簡単に言えば博士課程や、その後のポスドクでもらえる給料研究制度だ。博士課程を希望していてこれを知らないのはもったいないので、知らなければすぐに調べたらよい。

博士に進む場合は、学振採用されることはかなり重要だ。色々問題ある制度であることは否めないが、例えばDC1に採択されれば少なくとも3年間の生活保障されるので、狙わない手はない。

学振に通る研究室は、大体固定化される傾向にある。「結局は知名度」と言われる意見散見されるが、私はそうは思わない。学振に毎年のように通る研究室は、先輩が後輩の申請書を添削したり、後輩が採択された先輩の申請書を丹念に分析して執筆しているものだ。

従って、進学先の研究室の先輩が学振に採択されているのかはしっかりと見ておいた方がよい。学振に通っているのかは、研究室ウェブページ掲載されていることが多い。そうでなくても、学振ウェブページに採択者一覧が載っているので、教員名前で調べるとよいだろう。

https://www.jsps.go.jp/j-pd/pd_saiyoichiran.html

学振に通らなくても研究者として成功している人が大勢いるので、学振に通ることと研究者として成功することはイコール関係ではない。だが、ある程度博士課程学生がいるのに、誰一人通ってない研究室というのは、やや危険かもしれない。個人的にはやめておいた方がよいと思う。学振が通っている研究室は、申請書を見せ合う文化がある。往々にしてそのような環境の方が、平時から学生同士が活発に議論したり、お互い批判的に語りあえる仲であることが多い。

少なくとも、学振が全く通っていない研究室では、質の良い申請書を書くノウハウ指導してもらえることはあまり期待できないだろう。

https://anond.hatelabo.jp/20190519202206 に続く

大学院 (特に博士課程) 進学を考えるとき研究室選びのTIPS 1

タイトル通り、大学院進学希望者が、進学先を決める際にした方がよいこと、すべきことについて助言を書いた。

既に巷に溢れている記事ではあるが、様々なところで進学先の失敗談を聞いて、改めて書こうと思った。主に博士進学を考えているもの念頭に書いたが、修士就職する人にも参考になるかもしれない。

当方現在ポスドクで、大学院時代はそこそこ上手くやってきた方であるとは思っている。もちろん、相応の努力はしたが、それだけではない。上手くいった大部分は指導教員、ひいては研究室選びで良いスタートを切れたことによるのだが、修士課程に上がった当時は、右も左もわからず、たまたま見つけた研究室に進んだ。つまり、運が良かったのである

今だからこそわかることもある。また、諸所で指導教員とのトラブルの話を聞いていると「それは下調べさえしていれば避けられていた・・・」と感じることが多い。

そこで、大学院特に博士進学まで見据えて考えている人に、今自分学部4年、あるいは修士2年次であればこうするであろうというTipsを述べたい。

当然、部分的には当たり前であったり、逆に分野によって文化の異なるところもあるかもしれない。なので、納得のいく箇所があれば適宜参考にしてもらえれば幸いだ。

研究室を探す

まずは自身の関心のある分野の研究室を探さないと始まらない。研究室の探し方は人それぞれで、どうしてもその時々の巡り合わせに左右されてしまう。なので、ここでは私の経験を書く。

私の場合学部研究室テーマからは変える予定であった。具体的ではないにせよ、方向性を決めたのは学部3年生の頃で、大学にその分野の研究室がなかったのだった。仕方がないので、その分野で有名と思しき研究室を調べ、いくつか候補とした。

候補となる研究室は、学部時代指導教員に当該分野のある大学を聞いたり、学外の研究会に出席することで知った。また、見学に行った先の教員から教えてもらうこともあった。ようはとにかく、行動することだ。

ただ、私の場合は、結局最終的に行き着いたのは学部2年生の頃受講した講義で知った研究者だったので、この点は運がよかったとしか言いようがない。

学会などは、学部生が無料場合もある。絶好の機会なので参加するとよい。学会にいけば、シンポジウムで当該分野で目立っている研究者の顔ぶれを知ることもできるし、ポスター発表会場で直に会って、実働隊として研究をしている大学院生やポスドクと会話することもできる。「知識もないのに聞いても迷惑ではないのか」と不安かもしれないが、心配はいらない。大部分の研究者は、意欲的な学部生が聞いてくれることを喜んでくれる。邪険に扱ってくる者がいれば、その人の問題なので、気にしなくてよい。

研究室見学にいく

研究室見学には必ずいった方よい。大学院説明会というのもあるが、可能であれば個別アポを取って見学にいく方おすすめだ。そちらの方が平常運行状態研究室を見ることができるし、個人的質問相談ができるチャンスが多いからだ。

多くの研究者研究室大学ウェブページ自身メールアドレスを公開している。そこからコンタクトを取ればよい。大抵の場合は、返信をくれる。メールを書く際には、件名に「研究室見学のお願い」と、要件を必ず書くこと。

メール文章例を載せる。この例以外にも、「研究室見学 メール」などとググれば文例はいくらでも出てくるので、自身に合った書き方を真似つつ、丁寧かつ、要件が明快なメールを送ろう。

ポイントとしては

  • 簡潔に「進学先を探しているので見学をしたい」という要点を書く
  • 何に興味がありコンタクトを取っているのかをごくごく短く書く
  • 名前所属記載するのは忘れないように

といったところだ。

例1

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○○先生

お忙しい中、突然のメール失礼します。

hogehoge大学hoge学部hoge年の○○と申します。

私は大学院進学志望でhogehogeに興味があり,○○先生研究室見学したくメールをさせていただきました。

もしお時間があれば研究室訪問させていただきたいのですがいかがでしょうか。ご連絡お持ちしております

[ここに名前]

hogehoge大学hoge学部

[ここにメールアドレス]

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例2

————————————————————————————

○○ 先生

突然のご連絡失礼いたします。

hogehoge大学hoge学部hoge年の○○と申します。

○○先生研究室を~~~~~~~~~~をきっかけに知り、是非見学させていただきたく、メール差し上げました。

私は現在~~~[現在の状況]~~~~~で、進学先の進路を模索している最中にあります

それを考えるにあたり、○○先生現在のご関心や今後の展望について一度伺いたいと思うに至りました。

つきましては、入試などでお忙しい中大変恐縮ではありますが、2, 3月中に訪問時間をいただけませんでしょうか。

どうぞよろしくお願い申し上げます

[ここに名前]

————————————————————————————

修士学生ならともかく、学部生は教員メールを送って見学にいくのは、(他大学だと特に) ハードルが高いかもしれない。しかし、繰り返しになるが、研究室見学には絶対にいくべきだ。相手無駄時間を取らせてしまうかもしれないと恐縮する気持ちもわかるが、大学院に進めばあなたは少なくとも2年、場合によっては5年かそれ以上の時間をそこで費やすのだから

さて、首尾よく研究室見学に行けたとする。何を話し、聞くべきか。こちから聞かずとも、概ね先方が紹介してくれると思うが、必須な項目を述べておきたい。

・目下の研究について聞く

研究室は大きくなればテーマが多様であることも多いし、先端の分野であるほど研究流行り廃りは激しい。従って、未来指導教員が今、現在、何に関心があるのかは率直に聞くべきだ。

とはいえ、下調べは忘れずにしておくの忘れないように。具体的には、見学にいく研究室の直近の論文には目を通しておこう。目安としては、最低5年分はざっと読んでおくとよい。全部理解できなくてもよい。むしろ理解しきれなくても「面白い」と思えればそれを実際に会ったときにぶつければ会話が弾む。これを面倒に感じるなら、そもそもその研究室あなたに合った場所なのか考え直すべきだ。

実際に会って話すときは、回りくどい言い方はしなくて構わない。ストレートに聞きたいことを聞けばよい。

最近論文、例えば去年のhogehoge掲載された研究は○○についてでしたが、今後もそのテーマ継続されるのでしょうか?」

「今後5年間では、どのような題材を扱おうとお考えでしょうか?」

「まだ実現していなくとも、先生自身が今後着手したいテーマや注目している現象などがあればお聞かせください」

など。

この手の質問への回答が、あなた琴線に触れるかどうかが一番大事だ。指導教員自分明後日の方向を向いている状態博士課程を生きるのはかなりつらい。「乗るしかない、このビッグウェーブに!」と思えることがまず重要なのだ

研究テーマ相談する

自分がその研究室に進んだとしたら、どういうことをやりたいのか、興味がどこにあるのかを伝えよう。相手あなたが何者で、何をしたくて来ているのかわからない以上、何を話せば楽しんでくれるのか探り探りなのだ博士課程に進むつもりなら、その旨も伝えた方がよい。

興味関心を伝えれば、何を話せばいいのかも明瞭になるし、場合によっては「それを扱うことができない」ときっぱり伝えてくれて時間無駄にしなくて済むかもしれない。

そうであっても、場合によっては当該分野の研究者を紹介してくれる可能性もある。相手業界人なのだ。頼りまくって構わない。私自身、それで別の研究室見学に行かせてもらったことがある。

特にまだやりたいことが明確でない場合、そう伝えればよい。ただ「○○を面白いと思った」といった、どの辺りに関心を持って見学に来ているのかは伝えよう。テーマを決めかねているのを恥ずかしく思う必要はない。多くの教員は「一緒に考えていけばいい」「今日見せたものなら何が面白かった?」「実は君が面白いと言ってくれた○○は今後こうしようかと思っていて・・・」と話を広げてくれるだろう。

余談だが、実を言うと、具体的なテーマが決まっていない方が受け入れ側からすると「楽」場合もある。なぜなら、学部修士学生が独力で思いつくテーマは大抵面白くないのが現実であるからだ。なので、「こういう方向に興味があるが、具体的にはまだわからない」くらいの方が楽しく議論しながら研究を具体化できるので、指導する側からすると気が楽であったりする。最悪なのは絶対にこれをやりたい」と熱意にあふれているが、そのアイデアがつまらない学生だ。下手に折ると熱意が萎えしまいかねないが、そのまま受け入れると研究リソース無駄になってしまう恐れがある。そのため、気を遣いながら方向修正していく必要があるからだ。

設備について質問する

研究には設備必要だ。自分のやりたいことがある程度決まっている場合必要設備も自ずと定まってくる。それが研究室にあるかどうかは、確認した方がよいに決まっている。マウス研究室ショウジョウバエ研究をしたいと言っても苦笑いされるのが関の山だろう。

また、使いたい設備がわかると、そこから指導教員と会話が広がる可能性もある。どういう方法論に興味があるかがそれで伝わるためだ。

自分が使うかもしれない設備については、研究室の人数に対して適正な規模になっているのかを見ておくとよいかもしれない。例えば解剖スペースが学生数に対して小さすぎると、なかなか自分が使えないといった事態もありうるかもしれない。これは数年の生活では結構ストレスになるので、快適に仕事ができるかどうかは十分に見ておくとよい。

また、実験設備以外にも、共用の院生室などの充実具合も確認しておいた方がよい。

作業机は個人ごとにあるのか、共用であれば十分な広さであるか。私の知っているところだと、二人で一つの机を共用で、曜日ごとに融通し合わなければいけないところがある。キャンパスに通うモチベーションがガクッと下がるのは言うまでもない。

さらに驚くべきことに、ゼミ資料印刷費が自費という研究室存在する。学費を払って大学院に来て、さらに雑費まで払わされるのだ。

余談だが、私はコーヒーが好きなので、研究室に上等なコーヒーマシンが置いてあったのはかなりQOLを高めてくれた。

とにかく、見学した際に、自分がそこで生活するイメージが湧くか考えてみよう。

収入事情

博士院生金銭に頓着しない人間が多いが、生きていくだけの金銭が確保できるのかはよくよく検討した方がよい。金銭というのは、あまり多くても心理学的な幸福を増加させてくれないが、ないと一瞬で人を鬱にしてしまうのだ。

学振が取れればそれでいいが、問題修士課程と、博士学振取れなかった場合だ。

具体的には奨学金RA (research assistant)、TA (teaching assistant)、学費免除制度について尋ねよう。研究室によってはRA学費実質的にタダであったり、そもそも博士課程に学費がかからないところもある。

一方で、無償TAやらせたり、年々あれこれ理由をつけて学費をジリジリと上げている研究科も、私は知っている。

博士課程であれば、学生非常勤講師をどうの程度しているのかを聞いてみるのもよいだろう。ツテがあれば、非常勤の枠を斡旋してもらえ、収入源となるだけでなく教育もつく。

また、日本学生支援機構奨学金は通常ただの学生ローンであるが、大学院生かつ、一種 (利子なし) の場合免除制度がある。その研究室ではどの程度通っているのか聞いてみるとよいだろう。

これらのことも、率直に聞けばよい。

学費について不安なのでお尋ねしたいです」

奨学金はどの程度取れるものですか」

RATA制度はありますか」

非常勤講師の枠などはありますか」

のように。

教員現在ポジション

興味がある教員肩書きが「准教授である場合博士号の主査になれないことが多い。

その場合、通常は名目上、その研究科の別の教授主査になってもらうことになる。その際に不利益が生じることがある。

例えば

真っ当な良心を持っている人には何を言っているのかわからねー部分もあると思うが、私にもわからない。とにかく、現実にあるのだ。

ただ、そのようなことがないか確認するのは、入学前だと極めて困難であるのが実情だ。

少なくとも、そこの准教授学生がきちんと学位取得まで学生を育てているのかはよくよく確認した方がよい。

大学事務システム

これは博士で、特に学振DCを取る人向け。大学によっては研究費の執行システムがかなり厳格なことがある。研究不正をなくすためという高邁な精神は清く、正しいのだが、その結果大部分の研究者にとってはただただ煩雑であることも少なくない。将来的にDCを狙う場合は、聞いておいて損はないだろう。

まぁ、「事務研究者にsupportiveですか?」とか。学生が聞いてきたらちょっと気味が悪いかもしれないが。

研究室雰囲気はどうか

研究室雰囲気というのは面白いもので、実際に脚を運べば必ず漂っている。アクティブ研究室は活気に溢れているし、停滞している研究室には淀んだ空気が流れている。学生が働いている様子を見れば、自分がそこに加わりたいか、実感を持って考えることができるだろう。

気の利く教員なら向こうから所属している大学院生を紹介してくれる。そうでなくとも見学に行った際には「所属している大学院生と話がしたい」という旨を伝えるとよい。よっぽど後ろめたいことがない限りは、快諾してくれるはずだ。

https://anond.hatelabo.jp/20190519202053 に続く

2019-05-02

anond:20190429014612

俺も今学振PD書いてるけどマジできつい。申請書を書く体験が初めてで、論文書いてる時にあるような、"最後の完成形が見えててそこに向かってる"って感じがまるでない。

2019-04-29

anond:20190429014612

研究は何とかなる。手法技能問題なので、慣れが必要

論文はたくさん読もう。発想の元になる。

論文読めないのは、言語感覚のせい。何語を使っているから知らんが、言語感覚は早く身につけといた方がいい。論文読むのも書くのも楽になる。

学振も書いてる間は辛いだろうけど、悲観することはない。学振通らなくてもテニュアになってる人は大勢いる。

ただ、人の心は何とかできるものではない。できるとすれば、自分気持ち相手に知ってもらって、自分なら幸せにできると訴え続けるしかない。自分だったら、恋愛に関してはまずは行動を起こすと思う。

いま、過渡期に居ると感じる

時は平成31年4月28日

僕はうだつの上がらない大学院生をやっていた。

来月から新しい年号に変わるということで、この年のゴールデンウィーク10連休だった。

だけど、学会の準備と学振申請書書きでまるまるつぶれてしまった。

僕は自分の頭の悪さとか、研究の業績がぜんぜんないこととか、論文を読むのが苦痛なこととか

そういうことにうんざりしていた。いわば自己嫌悪のようなものだったのだろう。

自ら望んで、それが叶って入った分野だった。憧れに近かった。

でも、悲しいけどあまり向いていないということは早いうちにわかっていて、

だけどなんとか未練がましくしがみついているという状態だった。

僕はこの先、自分がどう振舞えばいいのかわからずにいた。

いいのか、というか、どの道を選べば(そもそも道なんてあるのか?)納得できるのかが皆目見当がつかなかった。

また、この頃はたぶん見込みのない恋もしていた。

1年近くずっと片思いをしていて、すごく苦しかった。

相手大学関係者だったので(教員ではない)、万が一内気な僕が何かしらの行動を起こす勇気を振り絞ったとして、きっと困らせるだけだと思った。

僕がその人に気に入ってもらえるかは別にして、道徳的な人のように思えたので、いずれにせよ気持ちを受け入れてはもらえないだろうという気がした。

その人のことをどうして好きになったのか、はっきりとした理由はよくわからなかった。やさしかたからかもしれない。

僕には友人がほとんどいなくて、おまけに親元も離れていたので

特にこの時期は研究室の人と、その人と、バイト先の人くらいしか接触の機会がある人間がいなかったから、寂しかったのかもしれない。

勘違いかもしれないけど、この頃から必要最低限の会話に加えて雑談みたいのもするようになって、あとハンカチを貸してくれたりして

少し距離が近くなったように思えていた。

からこそ、状況としては見込みがないのに、勘違いして期待のようなものをしてしまって、余計に苦しかった。


研究をやめるかやめないか

その人に思いを伝えるかやめるか

僕はその選択をする分岐点に立っていた。




きっと、何ヶ月か何年か経った後に、こんな風に思い返している気がする。

僕には、今までに何度か

この先の未来で、選択に失敗した僕が、戻りたいと切実に思っている「あの頃」というのがいまの僕がいる時間だ、と感じることが幾度かあった。

その度に必死に考え、多少の後悔はあっても、僕のできる最善をつくして行動してきた。

その時期が、また訪れたような気がしている。

増田に書くというのも選択ひとつだ。

誰かが見てくれるとは限らないけど。

あなたが僕なら、今どういう選択しますか?教えてくれたらとても嬉しいです。

2019-04-16

anond:20190416105657

かに博士課程3年間、学振落ち続けた人間(人文系専攻。当時は合格率15%とかそんなもんだった)としては、そんだけわかりやすい実績上げててなんで??感すごいある。

彼女だけの話でもなく、受賞経験とかはないけど、ポスドク非常勤講師やりながら、論文や本書いて、研究会主宰とかもやって、ちょっと話せば教育者としても優れてる人だなってわかるような人が、すぐテニュア決まるだろって思ってたのにずーっと決まらないまま50代突入とかしてたんで、ほんとこの世界わからん。怖い。

研究に向いてそうな学生いても、大学院行ってみたらとか絶対言えない。

留学生そもそも院進前提で来てる人多いんで、日本の人文系大学院留学生だらけになってる。残念ながら当然としか言いようがない。

それにしても、史学系って、ガチ公募どれくらいあるんだろうね。

院生非常勤講師時代はいまいちよくわかってなかったけど、教員側の立場になってあれやこれや見聞きしていると、大学院によって、植民地(若手研究者を送り込める枠がある大学)があるとことないとこあって、ついでに同じ大学院でも専攻や師匠によって、コネ回せるとこと回さない(回せない)とことある、らしい*。

コネ回すことができるとこでも、空きがなければどうしようもないので、全員に回せるわけではなく、優秀な人、貢献してくれた人からということになるわけなんだけど。

どれだけ実績があっても、(1)専門領域でのガチ公募が極端に少ない(朝日新聞記述で、履歴書読んだ跡がそもそもなかったこともあったってあったけど、既に採用者決まってるアリバイ公募ってことだよね)(2)出身大学院または師匠コネさない、が重なれば普通に詰むよね。

あとは研究会とかで自力で人脈広げて、呼んでくれる人を作るかどうかくらい?

いうて、コネで押し込めるのって学部長級以上とかだし、そのへんの人らは学務忙しくて研究会とかそんな出てくる暇なさげな気もするけど。

あとは退職する教員が後任推薦することもなきにしもあらずだからそのへん? 後任推薦NGのところも普通にあるんでなんだけど…

専門によっても違うし地域大学によっても事情は違うと思うけど、ガチ公募もっと増やして、とりあえず「研究業績ある」「学生の面倒がみれる」「最低限学務もこなせる」「コンプラ守れる」あたりが揃っていれば就職できるチャンスを増やすことが、優秀な研究者育てる鍵になる予感がする。

ちなみに出身地国立大で、自分の専攻の公募出ないかなーと10年以上ガン見してましたが、一度も公募出ませんでした!!




自分ガチ公募で勝つしかなかった。年数件くらい出る自分の専門領域かぶる公募20回以上応募して、面接まで行ったのが3回、4回目に呼ばれたところに決まった。ちなみに面接では研究者としての資質もそうだけど「一緒に仕事してうまく仕事回せていけるか」が見られるという印象。あとで聞いたら、実は自分より優れた業績もってる候補者もいたんだけど、そちらが面接で引っかかるところがあって、結局自分になったらしい。(久々に書いたらはてな記法脚注の付け方がわからんくなってた…)

2019-03-03

anond:20190303225336

生物学はずいぶん人口が多い。

数学物理学化学人間を全部足したくらいの人間がいるように思う。

だって理学部生物系の教室にいる人間農学部人間それから医歯薬獣医人間、あと看護とかがエッセンシャルを持ってる。

エッセンシャルというのは有名な教科書名前だ。

科研費やら学振採用者一覧を見ても広義の生物学に分類される(できる?)ようなテーマは4割くらいを占めている。

何が言いたいかというと、人口が多いので教科書古本がたくさん流通しているので教科書が安く手に入る。

それから研究が盛んでどんどんアップデートされるので、すぐ版が重なる。前の版は安くなる。

エッセンシャルでいうとアマゾンで1円から手に入る。まあそれは第一版なんだけども。

インターネッツでも、英語検索しさえすればかなり有用学習サイトがある。

ケンブリクラス大学の、講義の内容をまるまるアップロードしてる先生もいる。それこそようつべで15回分見れたりする。15回は半年分の授業の回数だ。

あとTwitterで暇な日本人バイオ先生方が文科省悪口を言うためのアカウントを拵えてるので、ぶりっこして質問すれば丁寧に教えてくれる(場合もある)(最近面白い漫画を教えてあげると喜ばれる(場合もある))。

最近論文もタダで読めるところがとても多いので、最新の情報も手に入れようと思えば手に入る。そうでなくとも論文海賊サイトを使えばほぼあらゆる論文が入手できる。論文雑誌の総説という、まあまとめコンテンツみたいなやつをめいっぱい読んでればめちゃめちゃ賢くなれる。まあまあな大学院生と同じくらい強くなれる。

学術分野の英語はそんなに難しくない。小説よりは簡単だ。なにが簡単かというと、Google翻訳入力するのが簡単だ。コピペできるのでね。まあそれは冗談ですが

そんなこんなで根気があれば相当勉強できる。何年か前に、アメリカ高校生が根気よく勉強して研究したところ、すい臓がんの早期発見できる方法発見したので界隈ではニュースになったりもしている。PLoS ONEというタダで読める結構雑誌の、次世代シーケンサーの膨大なデータを目で見て発見したらしい。極端な話、パソとフレッツで論文が書けるという時代である実験を一切しない論文というのもあるくらいだ。

というわけで生物学教科書は高くない。高いのは生物学の敷居なのだ。一歩またいだら無限にも思える未開の地が広がっているのが生物学ということでガッテンしていただけましたでしょうか。

2019-01-22

人生仕切り直したい

24男子大学院生修論もほぼ書けてもうすぐ卒業内定もある。学歴初任給だけ見れば相当いい方だと思う。けれど、大学6年間ですっかり心をやられてしまって、とてもじゃないが働ける気がしない。寝ても覚めても不愉快趣味もろくに楽しめない生活を送ってる。自分語りして整理すれば仕切り直せるかなと思って書くことにした。

高校までは田舎優等生やってた。学校の成績はいつも1位で、生徒会長やったりもして、不満はほとんどなかった。地頭はなくて数学の難しい問題は苦手だったけど、勉強はやっただけ成果が出たから、つらいと思ったことはほとんどなかった。今思うとどうしてあんなに勉強やれてたのか分からないし、「勉強しない」っていう選択肢を知らなかっただけなんだろうな。親や先生が褒めてくれるのが気持ちよくて望まれるがままに勉強してた。大学入試も難なくクリアして、いわゆる難関大学情報系に進んだ。情報系を選んだのは、ブログ運営で少し触ったプログラミングがなんとなく面白そうだったから。当時はニュースビッグデータがもてはやされていて職に困ることもなさそうだった。

大学1年目、高校の延長で真面目に勉強してたら自然と上のほうにいた。だけど、自分の周りでは、小学生からプログラミングやってて課題で褒められるやつとか、やたらレポートの内容が濃くて授業中に取り上げられるやつとか、無難試験問題が解けるだけじゃない化け物がより目立っててかなり焦った。当時はまだギラギラしてたから、すぐにプログラミング入門書とか買って自分勉強した。幸い自学する力はあったから、大学から始めた人の中では頭ふたつ分くらい抜きん出たと思う。Twitter自分勉強した内容とか発信してかなりイキってた。ただ、自分プログラミング勉強していくのは結構しんどくて、月に何日かとにかく不快で何も手につかない日があった。自分はなんて頭が悪いんだろうとか、どうしてプログラミングを楽しめないんだろうとか、そういうことをぐるぐる考えてた。

大学2年目、先輩に誘われて一緒に小さなプロジェクトをやることになった。プロジェクト過程で、プログラミング能力の低さとTwitterでイキてったのをめちゃめちゃに叩かれて人格がかなり矯正された。不健康気味だったメンタルが更に脆くなって自信とか自尊心がなくなったけど、プログラミング能力はすごく伸びたし、なによりあのままTwitter井の中の蛙やってたらと思うとゾッとするし、トータルでは感謝してる。とはいえ、そのプロジェクトやってる間は大変だった。深夜にやってた萌えアニメを録画して起きてる間ずっとリピート再生したりしてた。今なら絶対に続けられないけど、当時は「つらいことをやめる」っていう選択肢を知らなかった。

大学3年目、自信を失ったなりに必死勉強した。優秀な人の真似をしてみたり、流行りの技術に手をつけてみたり、自分の興味は二の次でひたすら迷走した。見かねた先輩に「君、意志ある?」と言われたのは今でも鮮明に覚えてる。意志はなかった。それでも、とにかく自信を取り戻したくて、別に面白くもないことを無理やり勉強し続けた。もちろん、当時は面白いと思い込んで勉強していたわけだけど。

大学4年目、研究室に配属され快進撃が始まる。たぶん人生で一番賢い時期だったと思う。きっかけはゼミの輪読。準備のために全部の定理証明したり順序立てて説明する練習をしていたら一気に賢くなった。学校先生がしきりに言っていた「論理的思考」がどういうことなのか分かって、頭の使い方が変わった。自分が急速に成長するのがわかって、すごく嬉しくて、それまでやっていたプログラミングを全部捨てて研究にのめり込んだ。指導教員聡明な優しい方で、目の付けどころが良いと褒めてくれて更に研究が進んだ。今になって振り返ると、別に研究対象が面白かったわけではなかったと思う。一般に上手くできることは面白いし、人に褒められたら気持ち良い。ただそれだけのことだったけど、寸暇を惜しんで研究をした。眠りにつく直前まで研究のことを考えて、良いアイデアを思いついたら飛び起きてメモした。

年が明けて1月卒論は早々に完成させた。同期が卒論執筆でひいひい言ってるのを横目に、ひとりヨーロッパに飛び、トップカンファレンスポスター発表コンペで2位をもらった。賞金の300ドルiPad Pro を買う足しにした。日本に戻ると、すぐに国際学会に出すための論文を書き始めた。1か月ちょっと毎日10時間くらい研究室にこもって論文を書き続けた。2月末には30ページの英語フルペーパーが出来上がって、それがトップカンファレンスに一発で通った。割と流行りの分野だったし、近い内容の論文が同時にアクセプトされたりしていて、巡り合わせが良かったのだと思う。それでも十分に異常な成果だったし、このあたりでもう博士課程に進むことになるんだろうなと考えていた。

大学院1年目、アクセプトされた論文の諸手続きや発表準備をしながら次の研究テーマを探した。博士号をもらうには更に2本国学会論文を通す必要があって、1本目の論文技術的にも精神的にも指導教員依存していた自覚があったから、次のテーマ自分の力で見出したかった。指導教員からもしばらく迷走しなさいと言われた。たぶんここが分岐点で、ここで手厚い指導をお願いしていたら何か変わっていたかもしれない。当時の自分は、博士号取得に向けたアドバンテージを得たのを良いことに、時間たっぷり使って自力研究テーマを探そうと思った。手始めにここ30年くらいの関連研究を根こそぎリストアップしてひたすら読んだ。研究テーマを見つける最短経路ではなかったけど、一人前の研究者になるには歴史を知る必要があると思った。たぶんこれが大学生活最大のミスで、大して面白いとも思ってないくせに、何十ページもある論文をいくつもいくつも読み続けた。少しずつ、論文を読むのに飽きて、研究テーマをまとめる期限がせまって、メンタルがやられていった。

翌年2月下宿クローゼットに大きな穴が空いた。もう1文字論文を読みたくない、研究テーマもろくにまとまらない、どうしたら良いんだって頭を抱えて家にこもってるところに、知り合いかしょうもない説教めいたメッセージが届いて目の前が真っ白になった。机を目一杯殴って立ち上がって、自分が座ってたゴツいオフィスチェアーをクローゼットめがけてぶん投げた。木が割れるすごい音がして、クローゼットに人の顔くらいの穴が空いた。そうするしか自分を守る方法は無かったと思うけど、引越しのことを思うと気が重い。そこまで追い詰められても、まだ教員相談しなかった。初期の成果が異次元すぎて、それに見合う研究者にならなければいけないと思っていた。

大学院2年目の5月自力学振申請書を書き上げた。めぼしい研究から無理やり話を広げてそれらしい展望でっち上げた。内心、その研究面白いとも有力な結果に結び付くとも思っていなかったけど、とにかく研究の段階を前に進めないと精神がもたなかった。指導教員コメントをもらいながら、5000字くらいある申請書を10回書き直した。申請書を書いた後は、修士論文の影もちらついていたから、申請書に書いてある内容に沿って研究を進めることにした。もともと愛着情熱もないテーマなのに、行き詰まって、読みたくもない論文を読み込んで、理論改善して、というのを繰り返す日々が続いた。折れた足で無理やり走っているような気がした。足の骨を折ったことはないけれど。

8月、ようやく研究が形になってきて指導教員ミーティングをした。それまでも月に1、2回は簡単ミーティングはしていたけど、理論も含めてしっかりと方針説明するのは初めてだった。自分メモを前に映して30分話して、色々と質問された後、この方針は厳しいねというような話が始まった。先行研究の流れを十分に汲んでおらず眉唾モノとのことで、一番近い先行研究改善する方針提案してもらった。教員からすれば僕の研究はいわば初稿、それを足がかりにして研究を広げれば良いと思って話をするのは当然だけど、僕からすると1年半の集大成が30分で水の泡になったわけで、たぶん致命傷だったと思う。事態の原因が自分研究の進め方にあったことは理解していたし、現実問題として修士論文を書かなければいけないので、そこから2週間くらいは騙し騙し提案してもらった研究を続けた。

8月末のある朝、起きたら研究をやめていた。あの朝の感覚説明するのはすごく難しいのだけど、とにかく、自分の中の何かが壊れて研究をやめていた。研究をしたくてもできないなんてレベルの話ではなくて、きれいさっぱり研究をやめていた。研究をしなくてもなんとも思わないし、すごく不思議感覚だった。そこから10月まで毎日ゲームをした。あんなに遊んだのは人生で初めてだった。途中、指導教員に「もう研究できません」といったメールを書いたところ、とても優しく対応してくださった。返信の言葉は適切でとても暖かく、もう数ヶ月早く同じ言葉を聞いていればさぞ励みになっただろうと思いながらゲームをした。成果にも指導教員にも恵まれていたし、とても貴重な機会を棒に振ったなと思った。

10月、指導教員ミーティングをした。1ヶ月半ゲームをして療養したので、もしかしたら研究ができるかもしれない、という淡い期待を持って臨んだ。8月わずかな進捗とその後の顛末を報告して、全く新しい研究テーマでやってみましょうということになった。参考文献を教えてもらって読み始めたが、アブストを半分過ぎたあたりで胃腸ギリギリ痛んで吐きそうになった。指導教員に「もう無理です、すみません」と泣きついて1本目の成果で修士論文を書くことを許してもらった。その後、就活をして内定をもらった。大学での成果を振り回して精一杯の虚勢をはったので、さぞ優秀な学生に見えたと思う。会社内定と同じくらいの時期に、学振内定通知も届いた。申請書に書いた展望はまるっと没になっているが、一体どんな素質を見出されたのだろう。

そうして今に至る。研究ではそれぐらいの挫折はよくあることだよ、とも言われたけど、それを乗り越えられるほどの情熱や興味はなかった。というか、乗り越えて平気な顔で研究を続ける人の方が狂ってると思う。努力は夢中に勝てないというやつ。何か夢中になれるもの出会いたいと思うけど、何かに夢中になりたいって言いながら年を取るんだと思う。何をやったとしても、上達するにはどこかで自分に負荷をかけて頑張らないといけない。そこで夢中でいるための気力を大学の6年間で全部使い果たしてしまった感じがする。つらいことや興味のないことを頑張りすぎた。

社会に出て働くわけだし、流石に関連技術勉強しなければと思うのだけど、ひたすらつまらない。以前の自分なら、会社評価されそうな技術を喜んで勉強したと思うのだけど、そういうギラギラした熱意は失われてしまった。たぶん研究に全部持っていかれた。どの分野もどの技術もつまらない。物事の細部や深い意味に立ち入りたいという欲求が一切湧いてこない。自分知的好奇心の乏しい人間であることを痛感する。この状態で働き始めて、仕事を続けられる気がしない。毎日少しずつ自分が衰えていくのが分かってとても怖い。何か努力をしなければと思うけど、何をしてもつまらなくて30分ともたない。何も努力していないから、手放しで遊ぶこともできない。人生どん詰まり状態。早く仕切り直したい。

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