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2018-10-08

みんな日本語学術言語としての重要性を軽く評価しすぎ

この件.

https://togetter.com/li/1274544

査読論文持ってないひとが責められるのはまあわかる(査読なし論文でも優れた論文というのは有り得るし,そういうのも業績として認められるべきではあろうが,このご時世ではまあ査読論文は持っといた方がいいよな……).でも英語論文を持ってないことが責められる理由になるのは本当に理解できない.

何度も繰り返すけど,フランスでもドイツでもロシアでもスペインでも,そしてたぶん中国韓国でも,文系研究業績の大半は自国語だから

文系研究業績が自国語で積み上げられるのは,世界標準から

インドサハラ以南のアフリカ諸国のように長いこと西欧植民地になってたり言語の数が多すぎたりして大学教育英語でやっている国や,ツバルナウルみたいに小さすぎて自国語のアカデミアが成立しない国を除く.そういう国がうらやましいと言うならもう何も言えないけれど)

そりゃ英語論文を持ってたらすごいと思うよ.でも英語論文がないことが叩かれる理由になるのは本当に理解不能.

そもそも社会学には膨大な日本語研究蓄積がある.いくつもの査読誌があり,日本語査読を経た研究成果が積み上げられている.博論をもとにした出版も多く出ているし,入門書からから日本語で一通り揃うようになっている.

自国語で用が足りるんだから論文執筆言語自国語でいいだろ.繰り返すけど,それが世界標準です.

イギリスアメリカ学者英語で書き,フランス研究者がフランス語で投稿し,ドイツ博士ドイツ語で教授資格申請論文審査を受け,ロシア院生ロシア語で報告している中で,なんで日本教授日本語の業績しか持っていないのを責められなければならないのか皆目わからない.

これは社会学に限ったことじゃない.政治学だって歴史学だって文化人類学だって文学だってそうだ.だいたいどの分野でも有力な査読つき学術誌を持っているし,それらの雑誌日本語で書かれている.

そして日本語というのは,世界でも有数の学術言語だ.もちろん英語ほどの網羅性は持っていないかもしれないが,ドイツ語やロシア語ほどの重要性は持っていると思う.それは,先人たちが日本語で積み上げてきた研究業績の賜物だ.

世界でも有数の学術言語」というのもいろいろな尺度があると思うが,どれだけ広い分野で高度な研究を積み上げているか,というのをここでは述べたい.

もしこれを読んでいるあなたが,アフリカに興味を持って,アカデミックな本を読んでみたいと思ったとしよう.大学図書館で文化人類学の棚の前に立てば,数ダースの優れたアフリカ研究あなたの前に現れるだろう.その多くが,西欧学者と同じようにアフリカフィールドワークをし,日本語西欧語の先行研究を読みこなした上で書かれたものだ.

あるいは,ヨーロッパ歴史を知りたいと思ったとしよう.あなた造作もなく,フランスドイツイギリススペインロシアや,そしてチェコポーランドポルトガルボスニアについての研究書を見つけられるだろう.どれも現地語の史料や文献を消化した上で,日本歴史学の積み重ねてきた問題意識接続されている.

それとも,言語学に興味があるだろうか.心配はいらない.オセアニアの数百人しか話していない言語文法記述した本も,ヨーロッパ小国言語の音声を論じた本も,中東言語政策についての本も,あなたは探し出すことができる.政治学? 問題ない,EU制度アメリカ大統領選挙,韓国歴史認識ロシア愛国主義湾岸諸国君主制,どれも日本語最先端研究が読める.

こんなことは当たり前に思えるかもしれない.でもこれは決して当たり前のことじゃない.

とあるアジアの国に行ったとき書店に行ってみた.西洋史の棚に並んでいるのはどれもそのアジア言語で書かれた本だったが,著者はみな西欧人だった.それらはいずれも西欧から翻訳だったのだ.たまにそのアジアの国の著者が書いた本もあったが,イギリスとかフランスとかメジャーな国についての本ばかり.マイナーな国の歴史について扱った本を開いてみたら,参考文献はほとんど英語で,ちょこちょことドイツ語やフランス語が挟まる程度.要するにその本を書いた学者はそのマイナー国の言語を読めなかったのだ.日本には,そのマイナー言語を読める歴史学者が何人もいるのだが.

あるいは,ヨーロッパ小国書店.その国は小さいので国民の多くが英語を達者に話すのだが,本屋を覗くと,自国史や周辺諸国歴史についての本以外は英語の本がそのまま置かれていた.もしも遠いアジアの国に興味を持ってしまったら,その国の人は,自国語のペラペラ入門書の次は英語を読まなければならないのだ.日本語なら,遠いヨーロッパの国についても専門書が手に入るのだが.

たとえ外国語が読めないシロートだろうと,ある程度自国語で難しい本を読める力があれば,中世ヨーロッパアフリカ社会ラテンアメリカ先住民近世朝鮮史東南アジア政治についての最先端研究書が読める.そんな豊かなアカデミアを有している国,そんな潤沢な研究蓄積のある学術言語は,実はそんなに多くはない.

私の感覚だと,英語網羅性には劣るし,フランス語の豊かさには負ける気がしないでもないけれど,ドイツ語やロシア語並の水準に達してはいると思う.もちろん自国民ゆえのひいき目かもしれないし,カバーしている範囲微妙に違っている以上正確な判定は不可能なのだが.

カバーしている範囲が違う,というのはどういうことか.たとえば,上で英語網羅性に劣ると書いたが,英語よりも日本語のほうが研究蓄積の豊かな領域というものがある.当たり前だが,日本史については英語の文献よりも日本語の文献の方が圧倒的に豊富だし,日本史以外でも前近代中国史についてはまだまだ日本語の方が英語よりも網羅性が高いと思う.なので前近代中国史については,読者はともかく,歴史学者は中国語の他に日本語を読まなければいけない.その人がアメリカまれ英語ネイティブ白人であってもだ.ザマーミロ.

というか,実は文系分野に関しては英語網羅性は理系ほど高くない.そんなのは当たり前で,ロシア人はロシア史についてロシア語で書き,カタルーニャ人カタルーニャ言語政策についてカタルーニャ語で書き,チェコ人はチェコ文学についてチェコ語で書き,韓国人は韓国社会について韓国語で書いているのだから英語の文献を読むだけでそれら全ての情報が手に入るわけがなく,本格的に研究しようと思ったらそれらの言語で書かれた文献を読まなければ話にならない.日本事情について一番詳しく正確な研究が読めるのは,英語ではなくて日本語だ.

なので,上で挙げた主要な学術言語は,それぞれ積み重ねが豊富領域とそうでない領域がある.得手不得手というやつで,たとえばマグレブ西アフリカ地域研究ならフランス語で,東ヨーロッパ前近代研究ならドイツ語で,旧ソ連圏の研究ならロシア語で重要研究が蓄積されてきたので,江戸っ子だろうがロンドンっ子だろうが研究を志すのならそれらの言語を読まないといけない.中国近世史を専門にする者が日本語を読めなければいけないのと同じだ.これらの分野で英語で書かれた研究だけを読んで済ますことはできない.

この辺が,理系とは事情の違うところなのかもなぁと思う.理論物理学とか分子生物学とか再生医療とか深層学習とか,ほぼ全ての分野で英語さえ読めれば研究には用足りる(んだよね?).英語最先端研究のほぼ全てが流れ込み,あらゆる情報が蓄積される.しか文系では違う.英語には限られた情報しか流れ込まず,最先端研究の全てが英語提供されるわけではない.

なので文系では,英語理系ほど特権的地位を占めているわけではない.もちろん英語文献が読めるのは今や前提だし,重要な先行研究英語なら読んでいないと問題外だ.けれど,英語ではなく自国語の研究でも研究業績にカウントされるし,外国語での業績といっても英語に限られるわけではない.韓国語やトルコ語論文を書くほうが英語で書くよりも楽だ,と言う研究だっているし,日本語でも英語でもろくな業績がないがそのかわりロシア語で何本も論文を書いているという研究者もいる.

というわけで,文系研究者が英語論文を書いていなくとも,それが直ちに問題だとは思わない.査読論文にしても,そりゃゼロってのはちょっとどうなの,って思うけど,研究者が集まって作った本の一章として論文を発表するとか(いわゆる論集ってやつね),出版社が出してる研究者~教養人向けの雑誌に依頼を受けて研究成果を発表するとか(岩波書店の『思想』とか,青土社の『現代思想』みたいなやつね),査読されてないけど業績としてカウントされ得る論文の発表形態というのはいくつもあるので,査読論文以外にそれらも論文としてカウントしないとフェアじゃないと思う(ただ,私は査読がついていない媒体に出すのは怖いなと思ってしまうので,なるべく査読誌に出している).

別に理系のひとが査読つき英語論文のみを業績としてカウント和文論文勘定しないというローカルルールをお持ちなのは結構なのだが,そのローカルルール文系押し付けないでいただきたい.

私が危惧しているのは,上で書いたような日本語で積み上げられた先行研究が,日本人に真っ当に評価されていないことだ.

文化の豊かさというものを考えたときに,自国語で世界中の情報を知ることができるということが,どれだけ重要なことか.まして,日本コンテンツ産業が主要輸出品目のひとつだ.中世ヨーロッパアフリカ部族社会について日本語での研究が充実していることが,創作者が想像の翼を広げる上でどれだけ有利か.たとえば最近Cuvieという漫画家さんが『エルジェーベト』というオーストリアハンガリー舞台にした漫画を描いていたが,巻末の参考文献にはずらりと日本人が和文で書いた研究が並べられていた.

別に文化に限ったことではない.政治経済,そして人権についてもそうだ.ルワンダ虐殺スレブレニツァの虐殺について日本語で書かれた研究があるのとないのとで,どちらの方が日本人にとって国際情勢を理解やすくなるだろうか.外国で一旗揚げようと目論む商売人にとって,その地域専門家が書いた本や論文和文で手に入るのと入らないのとで,どちらが現地の文化や歴史理解する助けになるだろうか.欧米フェミニズムについて日本語研究を積み重ねる学者がいるのといないのとで,どちらが日本女性の権利の向上に資するだろうか.

すべての国が自国語でこれだけ充実したアカデミアを持てるわけではない.人口があまりに少ない国ではどうしたって物理的な限界があるし,人口が多くとも植民地支配の歴史が長く自国語の大学教育が充実していない国では歴史的遺産がその発展を阻む.

日本人は恵まれ研究蓄積にあまり無頓着なばかりか,その豊かさをみずから捨て去ろうとしている.それが私にはもったいなく思える.

英語は,世界の始まりから覇権言語だったわけではない.明治時代日本医師ドイツ語で論文を書き,外交官たちはフランス語で交渉していた.英語外交学術の分野で覇権を握ったのはせいぜい戦後のことで,それまではフランス語やドイツ語と同格の存在だった.今も文系ではprimus inter paresに過ぎない.ひょっとしたら将来,欧米物理学者たちが中国語で論文を書くことになるかもしれない(そのとき現在私たちが定冠詞や三単現のsに悩まされるように,欧米人が泣きながら漢字習得するのだろう.そう考えるとなんとも愉快な未来予想図だ).せいぜい百年単位覇権言語の移り変わりにあわせて,自国語の学術言語としての地位貶める必要はないと思う.それは私たち社会の豊かさを,長期的に損なうことなのだから

最後に.

どうせ和文論文しか持ってないやつの負け惜しみだろって思ったひとがいるかもしれないけど,和文論文だけじゃなく英語論文も書いたことあるし,英語以外の外国語での論文も持ってます.今それとは別の外国語での研究発表を準備中.私より多くの言語研究報告してきたひとにならともかく,たかが1言語か2言語しか論文書いてないガラパゴスの住人にだけは文句言われたくないですわ~~~~~~.

追記

英語論文が優れているとは言わんけど、査読なしの研究なんてゴミだし。

日本国内の、査読なし論文が実績になる分野の教授たちによって、査読された研究にも何らの価値も感じない。

anond:20181008221502

id:bocola 自分でも言ってるように査読しなの問題査読なしの論文なんて、読書感想文と変わらない程度の価値。やはり文系は無価値だと改めて思った。

arXivのない世界からやって来たのかな? グリゴリー・ペレルマンって聞いたことない? 査読なし論文が業績としてカウントされてるひとだけど.

事前の査読は,論文信頼性担保するための手続きひとつであって,それが欠けている「からダメ論文というわけでも無価値というわけでもない……というのはわかってくれるよね? 当たり前だけど論文価値は最終的には書かれている内容に依存するわけで,だからこそペレルマン査読なし論文であってもポアンカレ予想を解いたと認められたんだよね.

私も査読はないよりはあった方がいいと思うけど,査読がすべての論文につくわけではない分野のすべてをダメと論ずるのは不当すぎる.まあ最近文系査読重要になってきているし,若手は査読つき業績を増やしたがっているけれど,査読がつかないかダメとは限らない,ってだけの話.当たり前だけどダメダメ論文は後発の研究によってちゃん批判されるか鼻にもかけられず無視される.公募の際には論文を提出させたりするんだから査読なしダメ論文を量産していればそこで撥ねられるでしょ.理系ローカルルールで事前の査読必須なのはよくわかったけど,そのローカルルール文系敷衍されても困る.

id:zyzy まぁでもこの噛みつきは、もうすでに南京大虐殺の時に通った道だし、虐殺否定論者と同じ轍を踏み続けている以上、恐らくオタにこの説明が通ることはないんですよ。

私もオタクですが.

追記

続きは anond:20181009084352 anond:20181009213503 で.

2018-06-25

オニャンコポン

オニャンコポン(Onyankopon、偉大な者の意[1])は西アフリカガーナアシャンティ人に伝わる神であり、天空神[2]である

オニャンコポンは同じくアシャンティ人などに伝わる神ニャメ(英語版)(Nyame)の別名とされることが多いが、

オニャンコポンの神としての位置づけには曖昧な部分が多い。

アカン語話者の神とされることもある[3][注 1]。

ニャメ(笑)

アカ(笑)

2017-09-11

anond:20170909183135

距離に強い体格を持ってるのは西アフリカの一部の地域黒人

しかし短距離日常生活の中で使う技能ではない上に筋肉量が重要なので栄養トレーニング環境文化の両方に恵まれている必要がある

距離に強いのは東アフリカ黒人

距離は心肺を鍛えればどうにかなる部分が強いから貧しくても鍛えられないことはない

加えてこの地域には伝統的に牛泥棒生業にする民族がいて日常的にめちゃくちゃ走っていて元からトップレベル合法的に稼ぐ手段として長距離転向する人がいた

最近牛泥棒文化も廃れて日常的に走らなくなってるけど、先人の栄光に憧れて自主的な訓練でアスリートを目指す人が多いので体格の強みと合わせて相変わらず強い

2017-06-21

https://anond.hatelabo.jp/20170621020822

私は西アフリカ農村部特に農家の方々と働く仕事をしているが、アフリカだろうがインドだろうが、みんな必死で生きているよ。資材へのアクセスが非常に悪いせいで、自然のままに動物のようにそのひぐらしをしているかのようなイメージを持つ人も多いけど、生産物を売るためにトレーダー交渉したり、地域に1代しかないトラクタのやりくりをするために会合を開いたり、みんな忙しくしています

思い出したい人間であることはこういうことなのかな?

2017-06-20

ハエゴミと砂だらけの飛び降り死ぬ高さのビルもない西アフリカの糞田舎で油ギトギトの飯を食う生活していて鬱にならない彼らがおかしい。

2016-01-21

http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/928300

アホが絶賛してるけどうなぎ絶滅に追いやったのと全く同じことやってるだけだからね。

西アフリカではタコの乱獲も現在進行形問題になってる。

まあ資源問題言及してる奴はまだマシだけど「資源保護については考えてるのだろうか」って考えてるわけないじゃん。

現地民に取り方教えて取れるだけ乱獲させて、資源が底をついたらはいさよならでまた別のところに。

こうやって世界中漁業資源を枯渇させていってるのが日本

2015-05-30

出生率が「5」で、初産年齢20歳なナイジェリアは、2100年に9億人になる

★この前読んだ日経によれば、2100年の世界国人口、ナイジェリアが9億人に達する予想らしい。

 そのほか、西アフリカのサウスサハラブラックアフリカな国々が、軒並み人口数億人になってる。

 一方のアジア諸国は、中国人口をどんどん減らし、東南アジアは「タイ出生率1.4、ベトナム1.8」なので、これまた減少する。

 インドがどうなるかはわからないが、2100年には、世界人口の重心はアジアからアフリカシフトすることが確実。

★これが1900年頃の世界人口分布マップだと、いわゆる「帝国主義列強」の母国人口シェアが、相当高いんだよね。

 アフリカとかの植民地より人口は多かった。

 この100年で、列強側の人口ほとんど増えなかったが、アフリカ側は数倍になった。

 あと100年で、さらに加速する。

★だから、1800~1900年代に、列強が軒並みアフリカとかを「植民地」に出来てしまったのは、勿論軍事力の差が一番の理由ですが、

 「列強側が、人口が多かった」の要因もあったと思う。今だと信じられませんが

★ちなみに、「満州日本事実上植民地になった時点で、人口わずか数百万しかなかった」と聞いてビックリした記憶がある。

 だから戦前の人は「満蒙開拓団」で満州農業開拓に行ってたんだな。

 ※今、満州エリア人口1億人

ナイジェリアとか、出生率が「5」だもんな。

 単に出生率が高いだけじゃない。

 日本人が30歳でようやっと次世代出産するのに対し、ナイジェリア20歳次世代出産。増殖スピードが1.5倍

 日本だと、60歳で「おばあちゃん」になり、子供2人孫4人なのに対し、

 ナイジェリアだと、60歳で「ひいおばあちゃん」になり、子供5人孫25人ひ孫125人

 ひ孫125人だと、いちいちひ孫の誕生祝いなんかしている余裕はないし、そもそも「ひ孫の顔名前を、覚えきれてるか、疑問」

 「人口の過半数が子供」という社会は、こういう社会なんだろうなあ

 日本から見たら、「なぜナイジェリアは、ひ孫が125人もいるの?」だし、

 ナイジェリアから見たら、「なぜ日本は、孫が4人しかいなくて、60歳なのにひ孫もいないの?」だろうな

★今のナイジェリアは、100年前の日本

 明治維新の3000万人が、100年で12000万人になったというのは、そういうこと。

 この人口爆発が、世界大都市トーキョーを生んだ。

 逆に言えば、2100年、ナイジェリアラゴス世界大都市になってるだろうな。人口1億人都市とか。

明治維新時の全人口が、今の日本では1都3県に集約されてるのか。

 よく考えてたらすごいな。

 因みに縄文時代日本の全人口は、横浜日産スタジアム収容人員程度しかなかった(8万人)

★未來の人口大国ナイジェリアに、日本ほとんど関心示さないが、ちゃんと中国は接近している。

 中国ナイジェリアに接近するのは、単に資源目当てじゃなく、豊富労働力を見据えてる。

 中国は2100を睨んで外交してる

2014-11-07

Japan Patriots News とかいデマサイトに釣られたブックマーカーたち

2014年11月7日19時27分現在

※釣られてるのか判然としないコメント無言ブクマは除外しました。

はてなブックマーク - 逃亡したエボラ患者に射殺許可、米国 : Japan Patriots News

netcraft 人権って何だろうね。

nekoranekora 当のアフリカでもそこまでやらんのに、やっぱアメリカはこうでなくちゃいけねぇ。 アメリカ人 ヤンキー

kazuhiko11kazuhiko11 わざと逃がして射殺か、いい壊滅方法だ。

amd64x64amd64x64 隔離されて死ぬか逃げて殺されるか

xevraxevra 実質テロなんだから仕方ない。日本でも町田で逃げられてる場合じゃないだろ、何とかしろ

takeimtakeim 一方アメリカでは…

はてなブックマーク - わずか3ヶ月でエボラ収束、西アフリカ空爆案で試算 : Japan Patriots News

imo758 中学生のような思いつきを真面目に試算して公開するとか、いくらあらゆる手段を考えるべきと言っても大人のすることじゃない……

2014-01-11

「開発」と称する破壊

日本政府は、西アフリカ地域にまで行って金銭的支援約束したそうだ。そのころ、中央アフリカ南スーダンでは大惨事最中である

ちなみに、支援といって金銭や食糧などを送っても、ODAなどではおよそ末端の庶民にはほとんど届かないそうだ。為政者役人などがまたぞろ中抜きしていくからであるもっとも、今般の西アフリカ支援というのは、「開発」が目的であるから、おそらく国家的な産業振興で、土建屋工事や、大規模なプラントや採掘現場などに費消されるのだろうが。いま福島第一原発では、作業員がもらうはずの手当も中抜きされてヤクザにわたっているそうだ。しか世界では、ヤクザどころか、国家権力関係者公然と抜いていくのだろう。

ところでその西アフリカであるが、いま、ライオンが激減していて、絶滅しかねないほどだそうだ。

「開発」、さらに近年は「持続可能な開発」(sustainable development)というのが流行っている。国連など国際的にさえも、「開発」というのが強調されている。しかし、人間からすれば「開発」であって産業経済の点で実に都合の良いものであろうが、「開発」の実態はつまり地球破壊生物殺戮であることが多い。

正直に言って私は呆れもするのだけれど、そもそもヒトというのも動物であり生物であり地球の一部であり、たとえて言えば地球細胞みたいなものだ。その「細胞」が、母体を傷つけている。どれほどまでにヒトの自我や欲求や生存意欲は膨張していくのだろう。端的に言って、癌だ。

世界人口はどんどん増えていき、地球では暮らしていけないところにきている。だから宇宙開発」にも躍起だったりする。地球外で暮らす方法だとか、月や火星の探索、さらには資源を掘り当てようということまで研究中だ。

日本のいまのひとたちはよく「ガマン」と言うけれども、人類客観的にみて、ちっとも辛抱していない。だから、私からすると、呆れるし、滑稽にみえるのだ。

2011-06-04

http://anond.hatelabo.jp/20110603234744

往生際が極度に悪いなw

そしてレスポンスがびっくりするぐら早いなw

いや、「普通に読み取ればそう解釈出来るだろう」と思って書いた、って意味なんだけど。

駄目だこの人…アスペとかか?



だーかーらーさーあ

君の発言は全部ログで残ってるから水掛け論に逃げるのはむりだっつってんじゃん。

一目瞭然になるように並べてあげるよ。



1.バカ君の最初の発言

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2803663/7289800

で変なブクマ発見

これ記事にはかかれてないけど女の子が生まれた場合は処分されてたんだろうな


記事には

西アフリカでは、児童人身売買が横行している。多くは農園や鉱山工場の働き手として、家政婦として、あるいは売春婦として売られるが、

とあるが、「家政婦」や「売春婦」は女の子だろう常識的に考えて。

こんな記事でまで「女には全く価値が無いから買い手など居ない、だから処分されている筈だ」とミソジニー振りまくのが凄い。

常にそんな事ばかり考えてなければこんな発想出ないよなー。

Permalink | トラックバック(3) | 05:42



2.この最初の発言について、後からバカ君が言い出した「文意解説

「そう記事から読み取れるのに『記事には書いてないけど(ry』と言うブクマを付けてるこいつは

ろくに読んでない癖に『記事には書いてないけど』と言い切る馬鹿or読んだけど理解出来ない、読解力が欠如してる馬鹿のどちらかだろう」

と言う意味で書いた。




ね?

「と言う意味で書いた」とおっしゃいますが、それらしき箇所がまったく!見当たりません。

議論の余地がないぐらいにまったく!内容が違ってます

日本語読めなくなった振りして食い下がってんじゃねーよw


1の要約

・これは「女には全く価値が無いから買い手など居ない、だから処分されている筈だ」というミソジニーだ。

・こいつは常にそんな事ばかり考えてるからこんな発想が出たのだ。

2の要約

・ろくに読んでない癖に『記事には書いてないけど』と言い切る馬鹿だ。

・もしくは読解力が欠如してるのだ。


これっぽっちも重なる部分がねーよ!w

もうあとは「アババババババ!よめなーい!」「どどどど読解力が悪い!おまえがわるいーーー!」と

白痴化して誤魔化すぐらいしか退路がないけどどうする?



ついでにな、

もう恥ずかしくなっちゃってやめたようだとはい

仮にも最初は「差別反対」を旗印に出てきたてめえが

アスペルガー」なんて特定の病気患者を罵り言葉に使うのはかーなーりガッカリダヨ。


本当にお前は最初に見込んだとおり、

差別を憎んでるんじゃなくて差別反対を後ろ盾に人を裁きたいだけの薄汚いくずだったなあ

2011-06-03

http://anond.hatelabo.jp/20110603213349

+、「そう記事から読み取れるのに『記事には書いてないけど(ry』と言うブクマを付けてるこいつは

ろくに読んでない癖に『記事には書いてないけど』と言い切る馬鹿or読んだけど理解出来ない、読解力が欠如してる馬鹿のどちらかだろう」

と言う意味で書いた。

あとからご~~~~~~かい自分の発言捏造すんなよw

ログ残ってるのにw



議論の余地がないようにそのまま引用するけど

お前の最初の発言はこうです

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2803663/7289800

で変なブクマ発見

これ記事にはかかれてないけど女の子が生まれた場合は処分されてたんだろうな


記事には

西アフリカでは、児童人身売買が横行している。多くは農園や鉱山工場の働き手として、家政婦として、あるいは売春婦として売られるが、

とあるが、「家政婦」や「売春婦」は女の子だろう常識的に考えて。

こんな記事でまで「女には全く価値が無いから買い手など居ない、だから処分されている筈だ」とミソジニー振りまくのが凄い。

常にそんな事ばかり考えてなければこんな発想出ないよなー。

Permalink | トラックバック(3) | 05:42

それに対する俺のツッコミこう。

それはただのおっちょこちょい、ボンヤリ野郎なのは間違いないけど

ちゃんと記事読まないでブクマしてるっつーだけでないかい?




わかるよね?

お前の文に

ろくに読んでない癖に『記事には書いてないけど』と言い切る馬鹿or読んだけど理解出来ない、読解力が欠如してる馬鹿のどちらかだろう」

と言う意味で書いた。

こんな箇所は一切出てきません。

「と言う意味で書いた」じゃねえんだよw


そんなお前に

「ただのおっちょこちょいとか、よく読んでないだけじゃねーの?」

と反論したのはおーれ。

何丸ごとかっぱらおうとしてるんだよw



俺とお前の唯一共通する見解は、

「このブックマークコメントは記事の内容に合ってない」って点です

何故ズレたのかについての解釈が異なり、

お前の主張は

「このブックマーカーは常に女を見下してるミソジニー野郎だからこういう発想になった、つまり差別意識が原因である」でした

それに対して俺の異議は

「ただのおっちょこちょいという以上のものは読み取れないんだけど、どこからどうやって差別意識だって言う確信を…?」でした


口の言い合いと違ってログが全部残ってるんだからさあ

てめえがいったことや俺が言ったことを後から改竄なんか出来ないんだよ?w

大概にしようねおばかさん。



そして「中国一人っ子政策」は「人身売買市場」ではない。

子供を我が子として公的に認知して育てる場合需要」と「モノとして売買する場合需要」では前提が全く違う。

中国における前者は男の子の方が高い、と言うのは普通によく知られている話だけど、それが後者に当てはまる訳ではない。

(前者でも国が変われば必ずしも当てはまるとは限らない。例えば日本では女の子の方が需要が高い)

うんうん、

からね、

推論が合ってるか合ってないかはどう~~~~~~でもいいっつってんだろ。

推論が当たるか外れるかからわかるのは、その問題に関するそいつの知識が十分か十分でないかってことだけだ。


その例えからオバカンチンが学ばなければいけないのはね、

「〇〇がある市場に好かれる(好かれない)」と推測することは、推測者本人の趣味や選好を表すものではなってこと。

「そこでは女の子が売れ残って処分されるんじゃない?」と言った→「こいつは女の価値を認めてない、嫌ってる」というオバカンチ論法は間違いだよねー、と例示してあげてるの。

男の子はバカ売れだろうね!」と推測したからってそいつゲイだとかいう根拠にもならない。

間違った推論を述べたってことからわかるのは、推論者が知識を十分持ってないってことだけ。


後は延々ズレた話をしてるから省略。

(こんな奴が「読解力」とか言ってるのは今週一番の驚愕だ…!!!



まーでも

最初鼻息荒く言ってた本来の主張である

「こんな記事でまで「女には全く価値が無いから買い手など居ない、だから処分されている筈だ」とミソジニー振りまくのが凄い。

 常にそんな事ばかり考えてなければこんな発想出ないよなー。」

もうまるで恥ずかしくなってなかったことにして誤魔化したくなってるのはよくわかったw


辛抱強く突っ込んであげた甲斐あって恥知らずがほんの少しだけど矯正されたわけで

全くの無駄じゃなかったなと思う。

2011-04-11

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2803663/7289800

で変なブクマ発見

これ記事にはかかれてないけど女の子が生まれた場合は処分されてたんだろうな


記事には

西アフリカでは、児童人身売買が横行している。多くは農園や鉱山工場の働き手として、家政婦として、あるいは売春婦として売られるが、

とあるが、「家政婦」や「売春婦」は女の子だろう常識的に考えて。

こんな記事でまで「女には全く価値が無いから買い手など居ない、だから処分されている筈だ」とミソジニー振りまくのが凄い。

常にそんな事ばかり考えてなければこんな発想出ないよなー。

Permalink | トラックバック(3) | 05:42

■ 〇ttp://anond.hatelabo.jp/20110603094911

ただ「中国一人っ子政策」と言うお題が出ていると言うだけの場で

女の子が生まれたら捨てられたり間引かれたりしてるのだろうかね」って言う。

奴が居たらすげーミソジニーだなと思う。

何よりもまず真っ先にそういう発想をする奴、って事で。

まして件の記事は「赤ちゃん製造工場」だの「黒魔術」だのというおどろおどろしい単語が使われていて、

「家政婦・売春婦」を読み飛ばすくらい斜め読みしかしてないならまず印象に残るのは↑の単語だろうに、

その辺はスルーして真っ先に「女は処分されているだろう(どうせ買い手なんて付かないから)」と言うコメントが浮かぶのは異常だよ。

Permalink | トラックバック(2) | 10:14

2010-12-31

 紅白時間帯だけどNHKオンデマンドで「チョコレート産業;ビターな真実」というBBCのドキュメンタリーを見てた。西アフリカカカオ農園に潜入し児童労働人身売買の実態をレポートするのだが、鮮やかな取材手順に感動したhttp://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2010022868SC000/?

 レポーターが、プロカカオから専門知識を学ぶ→偽のカカオ卸を設立HP設立)→ディーラーの振りしてガーナに潜入→農園で無理やり働かされる児童を確認→その農園の豆を実際に買い付けて、大手の流通ルートに簡単に乗ることを実証し「児童労働でとったカカオ豆は使ってない」と否定する大企業の証言の矛盾を指摘。

 また同時に、人身売買で農園に送られてきた1人の子供母親探しを、現地ラジオ放送で呼びかけ→しばらく後に母親発見→親子感動の対面映像番組終了

 このシナリオ!潤沢な資金と取材時間。BBCのもつグローバルなネットワーク、卓越したアイデアが合わさればここまで完璧レポートができる。日本ジャーナリズムはもう負けを認めたらどうだ?

2010-08-29

http://anond.hatelabo.jp/20100829184807

そこについては、確かに感覚的なものでしかないよ。なんせ英語が最有力になったのって高々この5,60年だし、国際共通語重要性が高くなったのなんて、せいぜいここ2,30年の話だからね。あくまでからこれからの話。

あえて例を挙げるなら独領>白領なのに英語を仏語と並ぶ公用語にしてるルワンダ。逆に英領なのに、英語と並んで西語公用語にしてるベリーズ。どっちも周辺植民地宗主国が違ったために、植民地行政押し付け言語と並んで、周辺植民地共通語に影響されてしまった経緯。個人的には、西アフリカの仏語圏や中央アジアの露語圏では(周辺国じゃなくて「世界」の影響を受けるという違いがあるけど)これと同じことが進んで英語化が進むと思ってるよ。

http://anond.hatelabo.jp/20100829171921

元増田さんかい?

一時的にそれらの地域英語が使われることはあるかもしれないが、人口経済規模、教育水準あたりが整備されるなら当然のごとく現地語に置き換わっていくと思うよ。

一般論はその通り。ただ実際にはそんな状況にないことは、ケニアなりケラーラの人に聞けば判る。現地語での諸環境整備への最大の障害は「地域圧倒的多数派の言語」と言えるものがないこと。例えばスワヒリ語は東アフリカの大言語だけど、この地域言語は500以上あって民族意識もあってスワヒリ語公用語化への反発は強い(タンザニアとか国語化しようと頑張ってるけど)。英語の方が抵抗がないし、実際ビジネスにつながるのもあって、意欲のあるキクユ人はスワヒリ語じゃなくて英語を頑張るんだよ。

一番英語に不自由しなさそうなスカンジナビア地域連合でさえ、英語じゃなくてその地域言語公用語にしてるよ。

これは認識不足では?そもそもスカンジナビア地域連合という組織に思い当たる節がないから、自分の誤解かもしれんけど、北欧の範疇で言えば、確かにノルウェー人とスウェーデン人が会話するなら、お互い母国語で済ませるけど(通じちゃうからね)、それはあくまで私的な会話での話。ある程度オフィシャルだったり、フィンランド人が加わったりすればやっぱり英語で話すのが普通だよ。スカンジナビア人は言語が近いだけあって、英語が流暢な人多いしね。

なんでアフリカの「仏語圏」がわざわざ英語共通語にするわけ?どう考えても仏語の方が蓋然性高いでしょ

もちろん。ただし西アフリカなんかの仏語優位は一時的な現象にとどまる可能性が高いと踏んでるよ。「英語圏が過半数の地域で国際共通語の地位を占めるような事態になる」ことが(王手がかかっているけど)まだ決定していないのは、ヨーロッパ言語圏、特にスペイン語圏やフランス語圏なんかが「英語化」に反旗を翻す可能性が残っていると思うから。ただし仏語圏やイベリア語圏(これは既にある程度確立してるね)という形で共通語圏が一旦定着してしまった後、それらヨーロッパ言語共通語圏が英語共通語化の流れにどこまで抵抗できるか怪しいはず。母語共通語スペイン語圏は残る可能性があるけど、一旦非母語を受け入れた国が、その共通語をさらに英語に置き換えるのに抵抗が強いとは思えないよ。

2010-07-07

アクション書評  「東インド会社アジアの海」羽田正 (講談社

 サムスンVSソニートヨタVSフォルクスワーゲンナショナルフラッグを体現した大企業間の競争はますます多くなっているが、その起源はおよそ400年前に遡る。それは「東インド会社」。欧州の国を代表する企業がこぞって東アジア権益をめぐって激しい企業競争を行った、そんな時代が過去あった。ヨーロッパ各国の東インド会社はいかにしてアジア交易圏に食い込んでいったか。そして各国の東インド会社はそれぞれのどういった性格を持ち、どうして衰退したか。歴史的でありながら、そんなグローバルビビッドなテーマを論じている。

「第一段階」 ヨーロッパによるアジア市場の”開拓”―ポルトガル人の川上進出―

 当時の香辛料交易は複数の中間業者が介在し、コスト高だった。

カリカットからペルシャシリアベネチア多くの商人運送業者を経て、陸から海へ、海から陸へ、荷を積み替えながら途中で何度も関税をかけられる」(p48)。それを喜望峰経由の交易ルートを開拓し、一気に中抜きしようとたくらんだのがポルトガルバスコ・ダ・ガマ以降、武力によるインド洋海域の制圧(ゴア、マラッカなどの港町を次々と砲撃して交易を強制、異教徒の追放、船の略奪など)を推し進めて、拠点網を整備した。ただしこの航海は原則的にポルトガル王(小国!)の単独事業で、次第に資金や物資調達面で苦しさを露呈してしまう。東インド交易で得た余剰資金も拠点網維持費に消えるという経営のまずさもあった。そりゃあ十分な資金調達とトップラインを安定確保できないまま、先行投資ばかりイケイケだったら誰だって行き詰るだろう、と言うことだ。

「第二段階」 オランダイギリス東インド会社」の参入と、その顛末

 会社形態にすることで広範囲から資金を調達できるようになった。利潤最大化を行う企業でありながら、現地で国が行うような政治的な行動をよくおこなった。18世紀に入ると自由貿易の風潮が高まり、独占の東インド会社国民に支持されなくなっていった。

オランダ東インド会社:1602年設立イギリスの10倍超の資本金スタート

・民間会社だが準国家的な独占事業:事業内容は東インドでの特権的な貿易。加えて要塞建設する。総督を任命する。兵士を雇う、現地の支配者と条約を結ぶことも許可され、国営企業ではないが国を代表して事業できた。イギリスとは違って、株主からの出資金は航海が終わっても据え置く、今の株主会社に近い形態をとった。

株主経営に参加しない:会社の特徴:造船部門まで内部化。経営方針は年2~3回開かれる取締役等の重役から構成される17人会で決定。株主経営参加権をもたない。経営は分権的で東アジアの事業運営は実質的バタヴィアの支社が握った(1年半の情報伝達期間!)。

東南アジア香辛料に事業を照準:ポルトガルが頓挫した方式を見習い、しばしば武力を用いた拠点拡大策を積極的に採用ヨーロッパへの香辛料貿易利権を掌握した。現地政府から力づくで奪い取ったジャカルタを中核拠点に、セイロンインドシナインドネシア中国台湾長崎などに次々商館設置。

・栄華からの急降下。1960年代まで各国の東インド会社の中で最大規模を誇っていた。が、その後業績は急落して1799年に解散する。理由は複数あげられる。1780年に起こった第四時英蘭戦争の影響で、オランダの船はイギリス船に次々と拿捕され大変な損失を被る。また、香辛料がその時期にコモディティ化し始めたため,価格の下落が収益を圧迫した。会計制度の欠陥や帳簿の不備なども理由として挙げられている。

イギリス東インド会社:1601年設立

・民間会社だが準国家的な独占事業:東インドでの特権的な貿易。現地の司法権貨幣鋳造権、貿易活動を守る軍事権、違法貿易船を検挙する権利

比較的強い本部:株主取締役投票権を持ち、経営に参加した(毎年4月に開催される株主総会取締役投票できた)。事業運営は週に1度ひらかれる取締役会で決定される。資本金オランダとは違って1回の航海ごとに株主にすべて分配され、航海ごとに資金を集めた。造船部門はアウトソース

インドの綿織物に着目しオランダ差別化:参入当初はオランダと同様、東南アジア香辛料交易を狙っていたが、経済大国オランダに船の数や武力で太刀打ちできず、しばしばオランダ船にも拿捕される自体に。そこで、差別化のためインド亜大陸の綿織物に着目。拠武力よりもインドペルシャなどの地場為政者に取り入ることで平和裏に拠点網を整備した。

・現地所領当地という多角化が仇に:インド国内の紛争に介入してベンガル地方の徴税権(ディワーニー)を獲得(1765年)。しかし現地の文化言語、慣習も不案内だったので徴税活動は難航した。他方、治安維持などの統治コストは膨れ上がったため、結局、財務内容は急速に悪化していく。その後、1794年に実質国営化。インド中国貿易特権の廃止を取り上げれつつも会社はさらに50年存続するが、1858年のインド大反乱を機についに解散。

フランス(東)インド会社:1664年設立

・後発参入:イギリスオランダ東インド進出を見たフランス政府が”上から”設立株主も王や王室関係者が多かった。イギリスオランダと違って巨大な商業資本が集まるほど豊かな街はなく、自立的な東インド会社の形成はなされなかった。

・東西インド貿易を一体運営:事業的な最大の特徴は、東西インドアフリカ貿易を一体運営したこと。東インドの綿織物で西アフリカ奴隷を買って、西インドに送りそこで作られた砂糖を銀貨に変えて、東インドの綿織物を買う。この円環である。

・国の後押しで急成長:1720年~60年まで絶頂期。後発参入という事業的なアゲインストにもかかわらず、取扱額はイギリスとほぼ同等に達した。

政府主導事業の弱さを露呈:英仏7年戦争に敗北(1763年)したことで、政府財政危機に陥いると資金繰りが一気に悪くなる構造的弱点が露呈。一方、民間資本はクラウディングアウトされていたので潤沢に集まらなかった。そんなわけで1769年にあっけなく解散。


気になった点、疑問など

1、スペインハプスブルク帝国)の活動が目立っていないが、彼らはlucrativeな東インド交易に対しどういうスタンスだったのか。

2、ポルトガルの弱点を当時のオランダイギリスはどう認識したのか。そして、それをいかにして超克しようとしたのか。

3、イギリスの強い本社はどうやって成立したのか。経営方針や情報の伝達環境オランダと大差ないようにみえるが。

4、イギリスオランダの全体経済に占める東インド会社の割合はどの程度だったのか。

5、東インド会社という企業競争勝敗は結局どうなのか。一番儲かった会社はどこなのか。どのような背景によるものなのか。


http://twitter.com/zaway/status/17875881079

2010-03-31

ODA・情けは他人のためならず

ttp://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/18/easo_0119.html

実は私、西アフリカのそのまた西の端にあるシエラレオネという国で、昭和45年から2年生活したことがあります。

年齢で言うと、30歳になった年に行き、32歳までおりました。

実家会社からの派遣でした。ご存知なくても一向構いませんが、私の実家というのは元は石炭の山を掘っておりました。シエラレオネでは、ダイヤモンドを掘れという命令です。

日本大使館や領事館が何もない時代でした。青年海外協力隊も来ていない。

自分で水を汲んで風呂を炊き、発電機を動かして電気を起こすという、協力隊の諸君がしているような生活を送りました。それなのに、アメーバ赤痢マラリアに、私の会社から行った中では私だけがかからなかった。まあこれは、余談であります。

 ダイヤモンドを掘る現場ですから、マシンガンで襲われたりする事件に、いちいち驚いてはいられない。けれども我々のところは、全く襲撃されませんでした。部族の長老にきちんと挨拶をしてあるし、電気を起こしてあげたり薬を譲ったり。指導者たちの信頼を勝ち得ていたから、命を狙われるというような心配は何もなかったわけです。

 この時期以来、私はいつしか、「日本の常識世界非常識などと言うが、日本人アフリカでもっと働くようになると、日本の常識は素晴らしいと言われるようになるのじゃないか」と思い、口にもするようになったのです。

 というのは2年というもの、我々日本から行った者と同じようにして、現地の人たちと一緒に汗を流しているヨーロッパ人や、アメリカ人の姿というものに、あまりお目にかかることがなかったからです。一般化しすぎるのは慎まないといけないが、少なくとも我々日本人だけでした、現地の人々とまったく同じ目線で、共同して働くという姿勢を持ち合わせていたのは。

 同じ姿勢が、途上国ODAの実行に携わるJICA協力隊NGOの人々に、昔も今も変わらず明確に見て取れることは言うまでもありません。

2010-02-10

アフリカ引揚者

気がついたら、アフリカがあつい。一時、アフリカに滞在していた身としてはどうにもスルーできない言説が多いので、ここに少し考えを。

アフリカの問題はとても複雑でシビアです。特に日本人にはよくわからないことだらけ。国際協力関連で3年ぐらい彼の地で生活をしていましたが結局よくわからないまま、未だに理解できないことも多いです。知らないことに関しては口を出さない方が良いと思うのだけど、やはり生活していた土地愛着もあり、この思いを伝えたいとも思ったので、長文になりますが興味のある方には読んで戴きたいです。

まず、ちきりんさんのこのエントリーは読んでいて悲しくなりました。

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100207

よくわからないけどただこれだけはわかった、といって再植民地化が良いのじゃないかなあ、なんて暴力的すぎるんじゃないかな。アフリカの開発支援に関わった人がもしこのエントリーを読んだら、多くの人は悲しみや怒りを感じたりするのではないかと思いました。

そしてこのエントリ

アフリカ大陸在住中 : http://anond.hatelabo.jp/20100209065146

この方は西アフリカ方面にいらっしゃるのかな?そう思ったのもヨーロッパという言葉がとても多く出てきたからだけなのですが、宗主国を限定されないようそういっただけなのかもしれません。自分がいた南部アフリカとは違う感じもありますが、通じるところもとてもあります。とても共感できました。

増田さんも仰ってますがアフリカと一言で言っても国や地域によって気候も言語文化も種族も宗教政治経済も何もかもが異なります。この点については日本人感覚からは最も離れている、アフリカ現実の一つだと思います。アフリカ大陸の国や人々を一括りでアフリカと呼ぶことは、私たちが一括りでアジア扱いされるのと同じくらい乱暴なことかもしれません。私が関わっていた国には民族が2,3しかない国もあれば、100近くある国もありました。後者には公用語だけで10近い言語あり、同じ村にいるのに部族が違い、間に翻訳できる人が立たないと話し合いがスムーズに進まない場面に出会うこともあり、外部の人間としては国と呼ぶのも躊躇してしまうくらいでした。

そうした彼らですが、欧米先進国日本、そして中国に対する考えや感情は一筋縄ではいかないとても複雑なものを持っていると思います。というのも、彼らの多くはこんな風に思っているように感じたからです。今現在生活できているのは多くがODAなどの開発援助や外国資本サービスや製造品のおかげだ、だけどそのせいで国の一部の権力者や有力者が私腹を肥やしているのを知っている、でも彼らは独立英雄だ彼らはすばらしい、だけど自分たちが貧しいまま生活しなければいけない、だから、おまえら外国人がもっとカネやモノを俺たちにくれればいいんじゃね。

そして、こちらのエントリーについてです。

「発展」と「アフリカ」 : http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20100208/p1

難しいこともいろいろいわれていて、よくわからない点もありますが、結論はおおむね賛同いたしました。

自分もそうですが、本当に私たち日本人アフリカの問題についてよくわかっていないと思います。アフリカ大陸歴史背景や今おかれている政治力学、そして国際開発・援助ビジネス。当然それらのことは今の私たちにとって無関心な事柄でしょう。しかしそれは同時に多くのアフリカの人々にとっても、理解しがたいものであるようにも思えます。

私は某セクター日本などからODAで落ちてきたお金を有効に活用するため、現地組織に入り込んで様々なプログラムの支援を技術的に行っていました。多くの貧しい人たちとも関わってきましたが、現地のプログラムコーディネーターやその上司マネージャーディレクターなどとも関わってきました。彼らの中で政府組織に属しているぐらいの立場の人は多くが代々の権力者であったり、裕福でコネがあったりとった特権階級に近い人たちでした。ただ単に政治家的にその地位にいる人もいれば、本当に優秀で頭の回転も速く常識もあり、その地域と国の未来を考えて行動している人もいました。しかし彼らと話し一様に驚き残念に思ったのは、そうした人を動かす立場と責任にある人でさえ、まずお金外国から貰えることが当然だと考えていることでした。そして、その支援国や団体のいうなりのままだということでした。しかしそのことについて、支援する側の人間が彼らを非難できないとも思いました。

例えば、その地域の人たちに有効にサービスを提供するためどうしたらよいか、現地スタッフは様々な議論や調整をして企画を立てます。しかし、支援者はその支援理由や報告責任やさまざまな政治性やビジネスなどが関わって、現地スタッフの企画をそのまま受け入れることができないケースが多々あります。そしてその支援団体がそのような活動にお金をだせないといったらそこで支援は打ち切りです。サービスを提供できないだけでありません。彼らの給料さえなくなってしまいます。なので現地スタッフは当然いわれるがままになります。そういうことが何十年と続くうちに、自発的に地域や住民のことを考えて意見を押し通すような気概のなるエリートは段々少なくなってゆくでしょう。どうしても「支援する・される」という一方的な力関係が開発支援には生まれてしまい、現地の人々の自助努力が生まれがたい土壌になっていることは否定できないと思います。

そういう反省を含め開発支援業界自体も、「持続性」というキーワードの下、非支援国の自発的な活動を助長するような支援ができるよう工夫し続けています。しかし、持続性が形成されるためには社会の様々なセクターが有機的に関係し合いよい影響を与えあう必要がありますが、実際そうした広い視野を持って支援することはとても難しいのが現状です。例えば、田舎学校を建てるということは、その地位の子供教育を施すだけではなく、同時に教育者を育成するということでもあり、教育教材を作るということでもあり、教育そのものの内容を作るということでもあります。しかし、そのような広い視野での支援体制を長い時間をかけてじっくり進めるプロジェクトが始まったとして、果たして成功するのでしょうか。教育という国の根幹に関わるようなことに対して、じっくりと腰を据えて政治的にも経済的にも向き合っていける支援者が存在するでしょうか。私の想像する限りでは、存在するようには思えません。

まず、ODAなどは税金ですし、NPONGO企業であっても、支援する側はその活動内容をきちんと報告しなければなりませんし、成果と結果が必要になってきます。なのであまりに大規模な支援はその先行きが読めない分、そのようなプロジェクト自体成立しがたいでしょう。また、以前に比べればあからさまではなくなってきましたが、支援側も多かれ少なかれ見返りというか利益計算して支援しているところがあります。ODAであっても、その国の開発支援団体にその予算の一部が当然ゆきますし、都市インフラであれば自国に関わる土建屋や製造関係へお金が落ちるようになっていたり、保健セクターであれば薬剤などを通して自国の製薬会社お金が回るでしょう。また被支援国の資源に関わる利権を求めるケースもあるでしょう。また専門分野の人材開発研究などもそうした特殊地域でなければできないことも多々あると思います。そうした開発支援にかかわる政治性やビジネスがあっての支援でもありますので、あまりに大規模な支援はマネージメントしづらいので、やはり成立しにくいでしょう。

結局、アフリカの人々はそうした先進国の支援に振り回され続けているというのが現状なのではないでしょうか。なぜ今、自分たちが支援を受けているかといえば、かつて植民地化され支配された代償だというでしょう。代償なのだから貰って当たり前、求めて当たり前です。今まで奪う立場だったものが、与える立場になっただけ。今まで奪われる立場だった者が与えられる立場になっただけ。なのに、貰うばかり、ほしがるばかりで働かない、自発的に国が機能しないと責められても、自分たちが作った国でもないのになぜそんなことをいわれればいけないのか、彼らにはよくわからないのではないでしょうか。そもそも独立したときに勝ち取った国は彼らにとって必要なものだったのでしょうか。そしていま、代償として先進国のカネやモノをうけとっていますが、実際彼らは何を失ったのでしょうか。そしてそれは私たちが代償として払わなければいけないモノなのでしょうか。正直わからないことだらけです。アフリカの様々な地域の人々のそれぞれがそれぞれに、様々なことを思っているというのが現状なのではないかと今は思っています。

先日、島田紳助さんが司会をする番組外務省を辞めNGOをたちあげ、スーダン渡り、現地で医療を施している川原さんという方が紹介されました。島田紳助さんのボランティアや支援に対する熱い思いが放送され続ける中、川原さんが二つとても心に残ることを仰いました。一つは治療などを現地の人にしても必ずお金を取ること。二つ目は正直むかつくことも多いけど、ここには小さいけれど未来を照らす明るさのようなものがあるということ。曖昧ですが、そのようなことだったと記憶しています。

長く紛争の続いたスーダンは未だに危険地域と聞いています。そのようなとても限界度の高い地域にいても、医療サービスに対してきちんとお金を取るという根本的なことをやり続けることはとても大変だと思います。しかし、支援という名の下にモノとカネを垂れ流すことの無意味さ空しさを理解しているからだと思いますし、現地の人ひとりひとりと対等に向き合っているからだと思いました。払う払うといって逃げ続ける人、借金を踏み倒す人、そんな人もたくさんいるかもしれません。それでも、川原さんがそんな人々に未来を見いだしてしまうのは、なぜでしょうか。アフリカに限らず、東南アジア太平洋州、南米などの貧しく何もないけど、ただただ自然はある、というような土地で暮らしたことがあるような方なら、具体的に思うところは違うかもしれませんが、この川原さんの言葉のいわんとするところはどこかわかるのではないでしょうか。

わたしの場合は、どんどん閉塞してゆく日本での生活を突き破り得るモノをアフリカで感じました。素朴さやふてぶてしさや狡賢さ、モノやお金歴史なんてなくても何とかなるさ、生きていけるさ、死んだら死んだで悲しいけど仕方ないさと本気で思わせてしまう力。そうしたものを彼らから学びました。日本というか、先進国フレームの内部でそんな意見をきいても単に痛い発言にしか聞こえないでしょう。でも仕方ないです。そう思ってしまったのだから。

最後にここまで読んで戴いた方に感謝します。そして、ここに述べたこともまた一増田の偏った意見でしかないと思ってください。まだまだ考慮しなければならない事や、語られなければならない事はたくさんあると思います。私が見てきたものもアフリカの一面でしかありません。そして結局のところ、世界アフリカアフリカという大きなフレームで見ている限りこの問題はどうにもならないと思います。なので、すこしでも彼の地に対する理解を深めてほしいと思い、自分経験をこうして書きました。しかしやはり、狭い業界、特定されるのを避けるため、時や場所を明示せずに増田で語ったことを許してください。

アフリカでは今急激にインターネットインフラが整いつつあります。といってもまだまだISDNレベルの速度でも速いほうだし、利用できる人はアフリカ全体ではまだ1割もいないかもしれませんが、それでも彼ら自身の言葉ブログソーシャルメディアを通して、彼ら自身の手によってどんどん世界に発信されていってます。私たちがインターネットを介して意識社会が様々に変化していったように、彼らのそうした言葉を通してまた私たちと彼らの関係や、彼ら自身が変わってゆけば良いなと思うのはあまりに楽観的でしょうか。

2010-01-25

世界飢餓にまつわる12の神話

ttp://journeytoforever.org/jp/foodfirst/report/hunger/12myths.html

神話その1

膨張した世界人口を養うだけの食糧が足りない。だから食糧増産が必要だ。

事実

インドでは、2億人の国民お腹をすかせていたとき、6.25億ドル分の小麦・小麦粉と13億ドル分の米が輸出されていた(1995年)。

典型的飢餓地域バングラデシュでは、国民全員に2,000カロリー供給して充分な量の米が生産されている。野菜果物・豆類など他の食品を加えると、全国民を余裕を持って養うことができる量の食糧が生産されている。また肥沃な沖積土と水資源に恵まれたバングラデシュでは米だけで2倍も3倍も収穫量を増やす可能性があると推測されている。

ブラジルでは、7,000万人の国民が充分食べられなかったときに、130億ドル分の食糧が輸出された(1994年)。

アフリカでは、2億1,300万人が飢えるサハラ地方の国々が盛んに食糧を輸出している。1960年代末から70年代初頭に西アフリカ諸国が史上最悪の干ばつに襲われたときも、12.5億ドルもの食糧が輸出され続けた。1982~85年の干ばつのときもこれらの国からの食糧輸出は続いた。

先進国アメリカでは、3,000万人が充分な食糧を確保できず、アメリカ子供たちの8.5%がお腹をすかせており、20.1%が飢餓に面している。一方、代々アメリカ政府農家は過剰生産に頭を痛め、1995年アメリカ政府は300万トン以上の穀類を海外輸送するのを援助している。

世界の食糧供給事情は「過剰」の一言につきる。今日世界では小麦や米などの穀類だけで全人口に毎日3,500カロリーを提供できる量が生産されている。野菜や豆、ナッツ、根菜、果物、草食の家畜肉、魚など他の食品も加えると、一人当たりに毎日4.3ポンド(約1.95キログラム)の食べ物がある。穀物と豆とナッツが2.5ポンド(1,133グラム)、果物野菜が1ポンド(453グラム)、肉と牛乳と卵も1ポンド(453グラム)ぐらい。毎日食べていると太ってしまうほどの量だ。問題は多くの人があまりにも貧しくて、食べ物が目の前にあるのに買うことができないこと。世界で一番「餓えた」国にも国民全員が満腹になるだけの食糧がある。それでも飢餓が続き、餓えた国々から食糧や他の農産物が輸出されている。

飢餓現実に存在する。しかし、食糧は不足していない。

(Hunger is real; scarcity is not.)

2009-07-24

中国情勢 - 胡錦涛の長男(胡海峰)に汚職嫌疑と英紙テレグラフ報道

ナミビアEU捜査が拡大、賄賂ダンピング容疑

胡錦涛の長男は胡海峰(38歳)。精華大物理工学卒業

すぐに大企業・精華大学系の国有企業「精華ホールディング」の子会社副社長格で入社し、いまでは親会社の党書記。

この企業の傘下には、子会社、傍系を含め30もの企業がひしめくが、なかでも注目が威視公司(英文名NUCTECH)。核技術から転用した民生用器機を生産する。

同社はX線検査機のメーカーで港湾、飛行場での貨物ならびに荷物、手荷物検査に用いられる。中国の殆どの港湾と空港は、威視公司の製品が納入されている。中国国内のマーケットシェアは90%。

世界マーケットにも進出し、英国EUアフリカ諸国への納入実積も顕著である。最近フィリピンにも納品したばかり。

まず同社のダンピングEU委員会で問題視されたのは三月。

不当なる廉価のうえ、中国政府ソフトローンが付帯するという好条件で、英国港湾の入札に競りがち、競合メーカースミス社がEU委員会に訴えていた。

「これは不当な競争でありEU貿易ルール侵害している」と訴えたスミス社は英国最大のエンジニアリング企業である。

ナミビアでも同様な嫌疑が浮上。5600万ドルのX線機器の入札に、中国政府の特融(ソフトローン)が付帯し、条件は中国製を使うことだったので、ナミビア政府は1200万ドルを頭金で支払った。

ところが頭金を受け取った現地の代理店は、中国人の偽装だったことが判明した。

ナミビアは三名の「中国人」を賄賂などの容疑で逮捕した。

ナミビアの腐敗追及委員会は、「胡錦涛の息子が関与しているかどうか、訊きたいことが沢山あるので、ナミビアへ出廷すれば歓迎したい」(パウラス・ノア主任)。

ナミビアって、何処にアルか、ご存じですか。アンゴラ南アフリカの間に挟まった、旧ドイツ領南西アフリカのこと。ドイツが去ると南アが侵攻し保護下に。その後、独立。国土面積は日本の二・二倍もあるが、人口わずか210万人。オボンボ族など。

国内でも上海派太子党によって窮地に立たされる胡錦涛海外からも息子の汚職嫌疑で大いに信頼を失墜させられた格好である。

2009-04-21

日本原油中近東依存率は約90%という事実

世界原油海上輸送量(発着地別)

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4115.html

より。中国はある程度、西アフリカからの経路を持っていると推察できるが、それでも中近東依存度は約70%。

北米は意外に?30%程度。


たしかに、こういうデータをみると、アメリカ中近東戦略アジアブラフ材料をもつため、

最大の石油供給源であるカリブ海諸国に価格イニシアチブをとらせないために行われているという推論も十分成り立つなー。

誰かこんなこと言ってたっけ?つか、推論じゃなくて一般的認識なのかなこれ?

 
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