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はてなキーワード: 勅令とは

2019-07-02

anond:20180104135141

付け加えると、その「古い法律」は今でも「生きてる」からね。たとえば民法の出だし。

民法第一編第二編第三編別冊ノ通定ム

法律施行ノ期日ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム

明治二十三法律二十八民法財産財産取得編債権担保証拠編ハ此法律発布ノ日ヨリ廃止

これを

民法を、第一編、第二編、第三編及び別冊の通り定める。

 この法律施行する期日は勅令天皇の裁可による命令)をもって定める。

 明治23年法律第28号民法財産編、財産取得編、債権担保編、証拠編は、この法律発布の日から廃止する。」

という意味に誤りなく理解するためには、古文漢文知識普通にいる。(たとえば、古文では原則として主語助詞がつかない。「定ム」はマ行下二段活用動詞終止形が「定む」(口語文法ではマ行下一段で終止形は「定める」)だから、ここで文は終止している、とか。「此法律」は、あとの名詞に係っているので「此」は「これ」でなく「この」と連体詞で読む、とか(純粋漢文というよりこれは日本漢文知識だが)。)そもそも漢字片仮名交じりの表記漢文訓読体をベースにしているので、漢文にある程度なじみがないと違和感がすごい。「このくらい分かるだろ」という人は、それは自分がいやいやながら「古文漢文」をやらされてきたからだということを理解しておいた方がいい。たとえば中国以外の外国出身日本語ある程度読み書きできる人とかでも、こんな条文になると全くお手上げだ。大学入試から古文漢文を廃して「実用現代教育」みたいなことだけにするということは、日本人の日本語力をその(外国人)レベルにする、ということと同義でもある。)

これが万人に絶対必要知識教育だとは言わない。だから義務教育では文法まで教えないし、大学入試でも、古文漢文なしで入れる大学普通にある。そういう人が先の法律を見て「訳分からん」となることも、当然おかしいとは思わない。だが、ある程度専門の学習を行う「高等教育」に進学する人間にとっては、戦前に制定された法律や文献が現代社会の重要な基盤となっているという意味で、やはりこれは普通必要知識のうちだろうとは思っている。これが不要と言うなら、文系の大半の人間にとって有機化合物に関する化学の複雑な中身とか全く不要なわけだが、それが現代社会の重要な基盤となっているという点では、やはり高等教育を受ける人間にとってクリアすべき知識とされていることに疑問はない。


問題は、その「必要性」が充分教育現場で徹底されていないことなのだと思うよ。高校教師でそういうことを考えている人間は確かに少ない。「なぜそれを現代社会で、高等教育を望む人間試験として課す必要があるか」は、最初増田のように常に問題提起されてよいとは思うし、指導者は常にそれに対して説明する/できるようにする義務があるはずだね。

2018-12-09

anond:20181209152430

明治勅令とかがそのまま生きてるだけ。

ジスコードなんかなかったからねー。

2018-12-08

史学科のゼミとか卒論とかって何やってるの

数学科事情、すごく興味深く読んだ。

「数学の修得には時間がかかる」ことの概説 - Unhappy Go Lucky!

ただ、文系学部の「研究」や「卒業論文」の位置づけとかについて、過大評価していただいているような気がしなくもない。日本語とは縁遠い言語を話す地域を専門とする史学科卒の人間として、「ゼミ」や「卒論」の位置づけについて語ってみたい。

ゼミで何をやっているか

いやこれは本当に分野によるのだが、「研究」というよりも「勉強」をやっているところが多い。歴史学というのはまず史料に何が書かれているかを正確に読み解く必要があるのだが、その読み方を徹底的に叩き込まれる。場合によっては修士課程でもこれが続く。もしくは、研究文献の読み方を叩き込まれる。そもそも2・3年前まで高校生だった連中である文系研究書をどのように読むべきかよくわかっていない人も多いし、英語の本を通読なんてしたことないですという人がほとんどだろう。レベルの高い大学なら外国語文献の購読をし(何語なのかは研究分野や参加者による)、あまりレベルの高くない大学なら日本語の本・論文の読み方をゼミで躾けられる。

(「史料」ってのは要するに「昔の人が書き残したこと」。王様勅令だったりお役所行政文書だったりインテリの書いた思想書だったり過激派の撒いたアジビラだったり新聞記事だったり、色々である公文書館に行って実物を見てくる場合もあれば、別の学者がまとめて印刷出版してくれたものを参照する場合もある)

何で学部の段階からゼミに分かれるか、というと、「歴史学とは何か」「史料批判とは何か」みたいな概念方法レベルの話や、「いやしくも歴史学を学ぶ者として最低限踏まえておくべき各地域・各時代の基礎知識」みたいなのを除けば、分野ごとに身につけるべきスキル全然違うので。江戸時代歴史なら江戸時代古文書明治期の歴史なら明治期の文書中国史なら漢文イギリス史なら当然英語古文書……を読まないといけない。イギリスについて研究したい学生日本古文書の読み解き方を勉強しても時間無駄だろう。逆もまた然り。

ぶっちゃけ、「卒業論文」に大したオリジナリティはない

慌てて言えば分野による。

社会調査とかする分野で、自分なりにアンケート調査してみた、とかそういう論文なら、どれだけ拙かろうがオリジナリティはあるだろう。あるいは歴史学でも、オリジナル史料を発掘することが可能な分野ならオリジナリティは出る。

ただやっぱり、学部4年の段階で大層な「オリジナリティ」は出てこない。そもそも外国史の場合史料の読解すら教員の手助けを得てようやく、という人が多い。歴史学では一次史料が重視されるが、私の分野では卒業論文で一次史料を使った時点で優秀な学生の部類に入るだろうなと思う。二次文献、つまり他の研究書や論文をまとめて長いレポート(うちの大学では3万2,000字が下限だったかな)を書けたらOK、という運用をしている大学も多いのではないか。まとめるのにもオリジナリティは出るしね、という苦しい理屈だしそんなの査読つき学会誌に「論文」として発表できるレベルではないが、学会誌に「論文」として出せるレベルのもの要求していると4年では足りないわけで、多くの史学科の学生修士論文で初めて学会誌投稿できるレベルのもの要求されることになる。

何度も言うようにこれは分野による。地味に重要なのが、「その言語大学第二外国語として開講されているか、あるいは教養科目で講義が受けられるか」という点。朝鮮史ドイツ史やフランス史場合韓国語ドイツ語やフランス語文系学部ならたいていは必修の第二外国語として教えられていることが多いので、卒論でも韓国語ドイツフランス語論文は読めて当然だよなあ? というハードモードになることもある。中国史なら「高校から漢文やってるんだしゼミでも読んでるんだから卒論でもちゃん漢文史料は読めるよね? 現代中国語論文も読んでね」ということになるだろう。英語? そんなの読めて当然でしょ? 第二外国語ではなくとも、たとえばトルコ語アラビア語なら多少気の利いた大学なら教養科目とかで開講されているから、イスラーム史やりたいなら学部1年のうちから履修しといてね、という話になると思う。逆に、マイナー外国語必要な分野だと、せめて英語の本くらいは読んどいてね、くらいにまでハードルは下がる。アイスランド史を勉強したいです! と言われても、日本アイスランド語の授業がある大学がいったいいくつあるのか……という話になるわけで。まあ東大の某ゼミではゲエズ語購読とかやってたらしいですけどね。雲の上の世界すぎてまったく想像もつかない。

なので、大学に入った段階で既にどの分野に進むのかなんとはなしの道筋がついていないと厳しい。第二外国語韓国語選択して、やっぱり私ドイツ史がやりたい! というのは不可能ではないが難しい。第二外国語選びの段階である程度進路が決まってしまう、というのが史学科の特徴だ(まあ、英文学科とかは、学科選びの段階で専門地域が決まってしまうわけだが……)。イスラーム史やるなら第二外国語フランス語にしないとね。そんなのついこないだまで高校生だった連中にわかるか! もちろんこれは大学による。西洋史に進学した者にはドイツ語とフランス語双方の習得義務付ける大学もあるそうである。これならヨーロッパのたいていの地域対応できるね! 史学語学と言われる所以だ。

あとは西洋以外の地域だと、「史料に書かれている言語」と「論文に使われている言語」が違うことが結構あって、何でかといえば近代以降に西洋諸国植民地支配されていたりすると「オランダ人研究者がオランダ語で書いたインドネシア史についての先行研究」みたいなのがたくさんあるので。つまりいくらインドネシア語やアラビア語が堪能でもそれだけでは片手落ちで、オランダ語フランス語ができないと先行研究が読めないので勉強せざるを得ない(付け加えるなら、植民地支配されてたということは、お役所では宗主国言語が使われていたり宗主国のお役所植民地統治担当する部局があったりしたわけで、それらの史料は当然宗主国言語で書かれている)。さら前近代史だと、「昔使われていた言語」と「現在使われている言語」が異なっていることが多く、典型的には古文とかラテン語とかである現代日本語論文はスラスラ読めても古典日本語チンプンカンプンという人も多かろう。前近代西洋征服王朝なんかだと大変で、現地語+支配階級言語植民地支配してたヨーロッパ言語、をやらなければいけなかったりする(アラビア語オスマン語+フランス語、みたいな感じ)。いやー、西洋現代史はヌルゲーの領域っすわ……その国の言語ができれば用足りるからなぁ。現地に行けばネイティブスピーカーいるか勉強簡単だし(アッカド語みたいなネイティブがいない言語習得してる人ほんと尊敬する)。もちろんここで少数民族とか国際関係史とかに興味を持ってしまうと語学沼に引きずり込まれるわけだが。イギリス史なら英語だけでいいだろうと思っていたらうっかりウェールズに興味を持ってしまウェールズ語を勉強することになりました、とか、ドイツ語だけで通そうと思っていたら枢軸国外交に興味を持ってしまったせいでイタリア語も読んでます、みたいな。とはいえこれらは院に進学してからの話(あるいは院への進学を希望する学部生の話)だ。院に進学しない学生卒論レベルなら日本語英語or中国語でじゅうぶん、という運用大学ほとんどだと思う。

ヨーロッパ植民地についてしか述べていないのは、日本植民地場合宗主国言語習得する困難はほぼ存在しないからであって、日本植民地支配をしていなかったと言いたいわけではないので念の為。もちろんこれは日本語母語話者である学生の話で、韓国台湾学生あるいはそれらの国から留学生植民地時代自国史を勉強しようと思ったら日本語を読まなければいけないわけであり、なんというか申し訳ない)

でもまあ、卒論書くのは大事ですよ。たとえそれがレポートに毛の生えたレベルのものであっても、院に行かない学生にとっては専門家指導されしっかりと文献を読み込んだ上でこんな長文を書かされる機会はこの先の人生でなかなかないし、それを経験するというのが大学に行く意味だと思う。院に行く学生にとってはもっと長い修論博論書くんだから当然このくらい書けなきゃ話にならんわけで。

院に進んだら何やるの

留学します。

これも分野によるのだけれど、たいていどっかに留学する。中国史なら中国台湾フランス史ならフランス、みたいに。留学先で大学ゼミに参加したり史料を集めたり現地の専門家指導を受けたり、あるいは分野によっては語学勉強をしたりする。もちろん複数国に留学してもいいし、研究対象国以外に留学することもありえる。アフリカ史を研究するためにポルトガル留学した人がいたり(イエズス会士が書いたものを読みたかったらしい)。で、帰国してから博論を書く(たまに留学先でそのままPh.D獲っちゃう人もいる)。

上述のような事情があるので、歴史学を専攻している人はたいてい4年以上博士課程に在籍する。ちゃんとした大学で3年で博士号獲るのは一部のバケモノだけです。たまにいるんだよそういうバケモノが。日本史なら楽勝かというとそういうわけではなく普通に4年以上かかってることが多い。留学期間とかもあるので、博士課程の先輩に学年を聞いても即答できないことが多いから気をつけよう。29歳でドクター? 夢物語かな? まあ本当に文系大学院なんて資産の子供か養ってくれる配偶者持ちか自殺志願者以外は来ない方がいいです。男性歴史学者が書いた研究書のあとがき奥さんへの謝辞が書いてある場合、もちろん本当に純粋感謝の念であることも多かろうがけっこうな確率で一時期ヒモ生活を送っていたことへの感謝だったりする。奥さん実家でチクチクとイヤミを言われた経験を聞かせてくれた教授もいらっしゃる。これ有名大学の教授様になれたから笑って話せるだけで、なれなかったら悲惨だよな……。まあでも、研究者の不遇っぷりは文理問わないか

2018-11-11

anond:20181111213904

あと、日本の最古の生きた法律だと、勅令っていって日本国憲法以前の大日本帝国憲法時代法律も少し生きたまま残ってるからね。

法律体裁を今から整える手段がなく一字一句入れ替えられない(消すときは全消しするしかない)。

2018-07-14

anond:20180714113453

なにか問題でも?

(1)外国医学校卒業し、又は外国医師免許を得た者であって、厚生労働大臣適当認定したもの 詳細はこちらへ

(2)旧中等学校令(昭和18年勅令第36号)による中等学校卒業者又は旧専門学校入学者検定規程(大正13年文部省令第22号)により専門学校入学資格を有するものとして検定された者以上の程度を入学資格とする修業年限3年以上の医学の教習を目的とする学校(医師法第11条第1号及び第43条の規定による大学及び専門学校を除く。)を卒業した者

(3)昭和20年8月15日以前に、朝鮮総督台湾総督樺太庁長官南洋庁長官若しくは満洲国駐剳(さつ)特命全権大使医師免許を受け、又は領事官の医業免許を受けた日本国民

(4)昭和20年8月15日以前に、朝鮮総督の行った医師試験の第1部試験合格し、又は満洲国の行った医師考試の第1部考試に及格した者

(5)沖縄の復帰に伴う厚生省関係法令適用特別措置等に関する政令(昭和47年政令108号)第17条第1項の規定により医師法の規定による医師免許を受けたものとみなされる者であって、厚生労働大臣認定したもの

2017-04-02

http://anond.hatelabo.jp/20170402095114

論語の焼き直しにすぎない教育勅語が出た理由

1.1か月後には、帝国憲法が発布される予定だった

2.その帝国憲法では、貴族院では普通選挙が行われないことが決まってた

 (貴族院選挙争訟の判決内容を不開示とする規則が、1か月前に勅令されてた)

主権在民」論が勢いづくと煩いと考えたのか、内閣メディア教育勅語というエサを投げてやった。それだけ。

クラブを作って無秩序法制をし、権利権限格差をつけて支配するのが、軍産共同体経団連(商工経済会)。

西側諸国はちゃっかり日本軍ベトナム戦争を起こさせ、ご褒美に憲法9条を投げてやった(ベ戦には徴用しないという約束で)。

今は宮内省宗秩寮の代わりに、内閣人事局官僚支配

国民主権は潰されているがごとし。法学博士も碌な人数がいないし、多国間条約批准も少ない。

日本社会はい国際標準にまで浮かび上がれるのかな。まあ西側軍産は、貴族以外の日本人はまた海に沈めたいみたいだけど。

2015-02-22

次ノ如ク大日本帝国憲法公布施行

次ノ如ク大日本帝国憲法公布施行

公布 

 明治元年1月28日

施行

 明治元年1月28日

告  文

 朕ハ諸外国文化哲学ノ最高潮ニ達シタルノ研究結果即チ心身ノ二元性及ヒ我カ国ノ古来ヨリノ実情特ニ性的側面ノ根深キ実情ニ鑑ミテ我カ実社会暴力装置ヲ有スル官憲ニ拠ルノ統治ナクシテハ民族安寧秩序及ヒ慶福ハ実現サレザルヲ悟リ憲法ナクシテハ我カ社会永遠繁栄シ得ベカラザルヲ知ルニ至ル

 而シテ我カ国ニ於ケル社会安寧ハ英知ヲ結集シタル高級官吏管理監督ニ拠ラサレバ凡ソ実現サレス又如何ニ心身カ二元性ヲ有シ生業運動ナクシテモ心理面ノ幸福ハ何処マテモ実現サルルト雖モ其カ許サルルハ天性素行善良ノ穏ヤカナル子ニ限リ何人ニモサルニアラザルハ条理ナリ又如何ニ生業運動ナクシテモ心理面独立シテ何処マテモ幸福ヲ実現シ得ベキト雖モ他人生業運動ノ結果ナクシテハ心理其ノ物ヲ維持スヘキ身体ノ健全ヲ維持シ得ベカザリシハ道理ナリ

 又我カ国ニハ凡ソ矯正ノ効カザル悪人ノ非常ニ多キコト自明ノ理ニヨリテ此レヲ一般社会ヨリ分界シ官憲官吏監督指導ニヨリ定役ニ就カシメル事合理的ナル事ハ明白ナリ其ノ他ノ臣民ニ付キテハ官憲官吏実施セル社会安寧秩序ニ背カザルノ限リニ於テ自由ナル生業ヲ認メ集団生活ノ維持向上ヲ期スルカ合理的ナル事モ明白ノ理ナリ

 斯様ナル理ニ拠リテ我カ国家神聖ナル天皇統治セル帝国官僚国家ナリテ朕ノ欣栄ノ枢要ハ天皇タル朕ノ大権ノ元ニ構成セラレタル優秀ナル官憲官吏及ヒ其カ実施セル社会安寧秩序ヲ基礎トシテ善良ノ子ノ心理面ノ果テナキ幸福追求及ヒ一般臣民自由ナル生業及ヒ悪人ノ服役ノ結果タル社会生活全体ノ利益ノ維持向上ニ在ル物ナリ此レニ反スル一切ノ思考現代一般世界特ニ西洋諸国家ノ文化文明ノ発達状況及ヒ我カ国ノ実情ニ反シ不合理ナル物ナル事ヲ信ス

 又我カ国ハ一度大国家ヲ建設シナガラモ積極的戦争ニ参加シ敗戦シ既得ノ公益ヲ全テ失ヒシ歴史アルニヨリテ戦争惨禍ハ二度ト起シテハナラスト信シ我カ帝国陸海空軍ヲ備フルモ其ノ権能ハ帝国自衛目的ニ限リ帝国主義征服積極的ナル戦役ニ此レヲ用フルヲ永遠ニ禁ス

 朕ハ天壌無窮ノ宏謨ニ循ヒ惟神ノ宝祚ヲ承継シ旧図ヲ保持シテ敢テ失墜スルコト無シ典憲ヲ成立シ条章ヲ昭示シ永遠ニ遵行セシメ益々国家ノ丕基ヲ鞏固ニシ臣民一般ノ慶福ヲ増進スヘシ朕カ現在及将来ニ臣民ニ率先シ此ノ憲章ヲ履行シテ愆ラサラムコトヲ誓フ庶幾クハ神霊此レヲ鑒ミタマヘ 朕ノ大権ニ依リ現在及将来ノ臣民ニ対シ此ノ不磨ノ大典ヲ宣布ス

 朕帝位ヲ践ミ朕カ親愛スル所ノ正当臣民翼賛ニ依リ与ニ倶ニ国家ノ進運ヲ扶持セムコトヲ望ミ乃チ明治元年一月四日ノ詔命ヲ履践シ大憲ヲ制定シ朕カ率由スル所ヲ示シ朕カ臣民臣民ノ子孫タル者ヲシテ永遠ニ循行スル所ヲ知ラシム

 朕及朕カ子孫ハ将来此ノ憲法ノ条章ニ循ヒ之ヲ行フコトヲ愆ラサルヘシ

 朕ハ我カ臣民権利財産安全ヲ貴重シ及之ヲ保護シ此ノ憲法法律範囲内ニ於テ其ノ享有ヲ完全ナラシムヘキコトヲ宣言ス

 帝国議会明治元年ヲ以テ之ヲ召集議会開会ノ時《明治元年一月二十八日》ヲ以テ此ノ憲法ヲシテ有効ナラシムルノ期トスヘシ

 将来若此ノ憲法ノ或ル条章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及ヒ朕ノ系統ノ子孫ハ発議ノ権ヲ執リ之ヲ議会ニ付シ議会ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルヘシ

 朕カ在廷ノ大臣ハ朕カ為ニ此ノ憲法施行スルノ責ニ任スヘク朕カ現在及将来ノ臣民ハ此ノ憲法ニ対シ永遠従順義務ヲ負フヘシ

  御名御璽

   明治元年一月二十八

 内閣総理大臣 伯爵 前 田 記 宏

 枢密院議長 伯爵 新 宅 正 雄 

 外 務 大 臣 伯爵 ファイナルベント 

 海 軍 大 臣 伯爵 須 藤 優

 農商務大臣 伯爵 西 見 徹

 司 法 大 臣 伯爵 河 城 に と り

 大蔵大臣内務大臣 伯爵 桑 田 佳 祐 

 陸 軍 大 臣 伯爵 長 谷 川 彰 男 

 文 部 大 臣 子爵 中 野 裕 太

 逓 信 大 臣 子爵 白 鳥 英 美 子 

大日本帝国憲法

 

 第1章 天皇               

第1条

大日本帝国天皇之ヲ統治

第2条

皇位ハ別ノ法律ニ定ムル所ニ依リ五等善良者之ヲ継承

第3条

天皇神聖ニシテ侵スヘカラス

第4条

天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ

第5条

天皇帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ

第6条

天皇法律ヲ裁可シ其ノ公布執行ヲ命ス

第7条

天皇帝国議会召集シ其ノ開会閉会停会及衆議院ノ解散ヲ命ス

第8条

1 天皇公共安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス

2 此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ

第9条

天皇法律執行スル為ニ又ハ公共安寧秩序ヲ保持シ及臣民幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス

第10条

天皇行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各々其ノ条項ニ依ル

第11条

天皇陸海軍ヲ統帥ス

第12条

天皇陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム

第13条

天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス但シ本条ニ言フ戦トハ国家自衛ノ為ノ戦ニ限リ征服的戦役ハ之ヲ一切禁ス

第14条

1 天皇ハ戒厳ヲ宣告ス

2 戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム

第15条

天皇爵位勲章及其ノ他ノ栄典ヲ授与ス

第16条

天皇ハ大赦特赦減刑及復権ヲ命ス

第17条

1 摂政ヲ置クハ皇室典範ノ定ムル所ニ依ル

2 摂政天皇ノ名ニ於テ大権ヲ行フ

 第2章 臣民権利義務               

第18条

日本臣民タルノ要件法律ノ定ムル所ニ依ル

第19条

日本臣民法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ応シ均ク文武官ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就クコトヲ得

第20条

日本臣民法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役義務ヲ有ス

第21条

日本臣民法律ノ定ムル所ニ従ヒ納税ノ義務ヲ有ス

第22条

日本臣民法律範囲内ニ於テ居住及移転自由ヲ有ス

第23条

日本臣民法律ニ依ルニ非スシ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナ

第24条

日本臣民法律ニ定メタル裁判官裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルコトナ

第25条

日本臣民法律ニ定メタル場合ヲ除ク外其ノ許諾ナクシテ住所ニ侵入セラレ及捜索セラルヽコトナ

第26条

日本臣民法律ニ定メタル場合ヲ除ク外信書秘密ヲ侵サルコトナ

第27条

1 日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルコトナ

2 公益ノ為必要ナル処分法律ノ定ムル所ニ依ル

第28条

日本臣民安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス

第29条

日本臣民法律範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社自由ヲ有ス

第30条

日本臣民ハ相当ノ敬礼ヲ守リ別ニ定ムル所ノ規程ニ従ヒ請願ヲ為スコトヲ得

第31条

本章ニ掲ケタル条規ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ天皇大権施行ヲ妨クルコトナ

32条

本章ニ掲ケタル条規ハ陸海軍法令又ハ紀律ニ牴触セサルノニ限リ軍人ニ準行ス

 第3章 帝国議会               

第33条

帝国議会貴族院衆議院両院ヲ以テ成立ス

第34条

貴族院貴族院令ノ定ムル所ニ依リ皇族華族及勅任セラレタル議員ヲ以テ組織

第35条

衆議院選挙法ノ定ムル所ニ依リ公選セラレタル議員ヲ以テ組織

第36条

何人モ同時ニ両議院議員タルコトヲ得ス

第37条

凡テ法律帝国議会ノ協賛ヲ経ルヲ要ス

第38条

両議院政府ノ提出スル法律案ヲ議決シ及各々法律案ヲ提出スルコトヲ得

第39条

両議院ノ一ニ於テ否決シタル法律案ハ同会期中ニ於テ再ヒ提出スルコトヲ得ス

第40条

両議院法律又ハ其ノ他ノ事件ニ付各々其ノ意見政府ニ建議スルコトヲ得但シ其ノ採納ヲ得サルモノハ同会期中ニ於テ再ヒ建議スルコトヲ得ス

第41条

帝国議会ハ毎年之ヲ召集

第42条

帝国議会ハ三箇月ヲ以テ会期トス必要アル場合ニ於テハ勅命ヲ以テ之ヲ延長スルコトアルヘシ

第43条

1 臨時緊急ノ必要アル場合ニ於テ常会ノ外臨時会召集スヘシ

2 臨時会ノ会期ヲ定ムルハ勅命ニ依ル

第44条

1 帝国議会ノ開会閉会会期ノ延長及停会ハ両院同時ニ之ヲ行フヘシ

2 衆議院解散ヲ命セラタルトキハ貴族院ハ同時ニ停会セラルヘシ

第45条

衆議院解散ヲ命セラタルトキハ勅命ヲ以テ新ニ議員選挙シメ解散ノ日ヨリ五箇月以内ニ之ヲ召集スヘシ

第46条

両議院ハ各々其ノ総議員三分ノ一以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開キ議決ヲ為スコトヲ得ス

第47条

両議院議事ハ過半数ヲ以テ決ス可否同数ナルトキハ議長ノ決スル所ニ依ル

第48条

両議院会議ハ公開ス但シ政府要求又ハ其ノ院ノ決議ニ依リ秘密会ト為スコトヲ得

第49条

両議院ハ各々天皇上奏スルコトヲ得

第50条

両議院臣民ヨリ呈出スル請願書ヲ受クルコトヲ得

第51条

両議院ハ此ノ憲法議院法ニ掲クルモノヽ外内部ノ整理ニ必要ナル諸規則ヲ定ムルコトヲ得

第52条

両議院議員議院ニ於テ発言シタル意見及表決ニ付院外ニ於テ責ヲ負フコトナシ但シ議員自ラ其ノ言論ヲ演説刊行筆記又ハ其ノ他ノ方法ヲ以テ公布タルトキハ一般ノ法律ニ依リ処分セラルヘシ

第53条

両議院議員現行犯罪又ハ内乱外患ニ関ル罪ヲ除ク外会期中其ノ院ノ許諾ナクシテ逮捕セラルヽコトナ

第54条

国務大臣政府委員ハ何時タリトモ各議院ニ出席シ及発言スルコトヲ得

 第4章 国務大臣及枢密顧問               

第55条

1 国務各大臣天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス

2 凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅国務大臣ノ副署ヲ要ス

第56条

枢密顧問枢密院官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ応ヘ重要ノ国務ヲ審議ス

 第5章 司法               

第57条

1 司法権天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ裁判所之ヲ行フ

2 裁判所構成法律ヲ以テ之ヲ定ム

第58条

1 裁判官法律ニ定メタル資格ヲ具フル者ヲ以テ之ニ任ス

2 裁判官刑法ノ宣告又ハ懲戒処分ニ由ルノ外其ノ職ヲ免セラルヽコトナ

3 懲戒ノ条規ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム

第59条

裁判対審判決ハ之ヲ公開ス但シ安寧秩序又ハ風俗ヲ害スルノ虞アルトキハ法律ニ依リ又ハ裁判所ノ決議ヲ以テ対審ノ公開ヲ停ムルコトヲ得

第60条

特別裁判所ノ管轄ニ属スヘキモノハ別ニ法律ヲ以テ之ヲ定ム

第61条

行政官庁違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタリトスルノ訴訟ニシテ別ニ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所裁判ニ属スヘキモノハ司法裁判所ニ於テ受理スルノ限ニ在ラス

 第6章 会計               

第62条

1 新ニ租税ヲ課シ及税率ヲ変更スルハ法律ヲ以テ之ヲ定ムヘシ

2 但シ報償ニ属スル行政上ノ手数料及其ノ他ノ収納金ハ前項ノ限ニ在ラス

3 国債ヲ起シ及予算ニ定メタルモノヲ除ク外国庫ノ負担トナルヘキ契約ヲ為スハ帝国議会ノ協賛ヲ経ヘシ

第63条

現行ノ租税ハ更ニ法律ヲ以テ之ヲ改メサル限ハ旧ニ依リ之ヲ徴収

第64条

1 国家ノ歳出歳入ハ毎年予算ヲ以テ帝国議会ノ協賛ヲ経ヘシ

2 予算ノ款項ニ超過シ又ハ予算ノ外ニ生シタル支出アルトキハ日帝議会ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス

第65条

予算ハ前ニ衆議院ニ提出スヘシ

第66条

皇室経費ハ現在ノ定額ニ依リ毎年国庫ヨリ之ヲ支出シ将来増額ヲ要スル場合ヲ除ク外帝国議会ノ協賛ヲ要セス

第67条

憲法上ノ大権ニ基ツケル既定ノ歳出及法律ノ結果ニ由リ又ハ法律上政府義務ニ属スル歳出ハ政府同意ナクシテ帝国議会之ヲ廃除シ又ハ削減スルコトヲ得ス

第68条

特別ノ須要ニ因リ政府ハ予メ年限ヲ定メ継続トシ帝国議会ノ協賛ヲ求ムルコトヲ得

第69条

避クヘカラサ予算ノ不足ヲ補フ為ニ又ハ予算ノ外ニ生シタル必要費用ニ充ツル為ニ予備費ヲ設クヘシ

第70条

1 公共安全ヲ保持スル為緊急ノ需用アル場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ政府帝国議会召集スルコト能ハサルトキハ勅令ニ依リ財政必要処分ヲ為スコトヲ得

2 前項ノ場合ニ於テハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス

第71条

帝国議会ニ於テ予算議定セス又ハ予算成立ニ至ラサトキハ政府ハ前年度ノ予算施行スヘシ

第72条

1 国家ノ歳出歳入ノ決算ハ会検査院之ヲ検査確定シ政府ハ其ノ検査報告ト倶ニ之ヲ帝国議会ニ提出スヘシ

2 会計検査院組織及職権ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム

 第7章 補則               

第73条

1 将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ

2 此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス

第74条

1 皇室典範ノ改正ハ帝国議会ノ議ヲ経ルヲ要セス

2 皇室典範ヲ以テ此ノ憲法ノ条規ヲ変更スルコトヲ得ス

第75条

憲法皇室典範摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス

第76条

1 法律規則命令又ハ何等ノ名称ヲ用ヰタルニ拘ラス此ノ憲法矛盾サル現行ノ法令ハ総テ遵由ノ効力ヲ有ス

2 歳出上政府義務ニ係ル現在契約又ハ命令ハ総テ第六十七条ノ例ニ依ル

2013-12-06

特定秘密保護法案の読み解きと不安な点

特定秘密保護法案に賛成することにした

http://d.hatena.ne.jp/aliliput/20131205

という d:id:aliliput さんのブログを読んだ。トラックバックを見る限りでは、誰もまとまった記事として答えていないような気がする。

自分は法に関して詳しくないし、国会の議論もよく追えていないので、きっと(というか必ず)誤りもあるのだろうけど、自分の頭の整理という位置付けで、匿名ブログに書き込んでみたいと思う。誤っている部分について、誰かが指摘してくれれば幸いであるなあと思う。

1

修正案において「又は」が「若しくは」に改められているのですが、なにか意味があるのでしょうか?

別表のうち

場所修正前修正後
三 特定有害活動の防止に関する事項 ロ特定有害活動の防止に関し収集した外国政府又は国際機関から情報その他の重要情報特定有害活動の防止に関し収集した国民生命及び身体の保護に関する重要情報又は外国政府若しくは国際機関から情報
四 テロリズムの防止に関する事項 ロテロリズムの防止に関し収集した外国政府又は国際機関から情報その他の重要情報テロリズムの防止に関し収集した国民生命及び身体の保護に関する重要情報又は外国政府若しくは国際機関から情報

の太字で強調した部分だと思います

これは、法律独特の「又は」「若しくは」の使い分けルールによります

"or"を表現するとき、単独であれば「又は」を使い、「若しくは」は使いません。ただし、"or"が入れ子になった場合は、大きな入れ子を区切る"or"には「又は」を使い、小さな入れ子を区切る"or"には「若しくは」を使うことになっています

最初のものについて別の書き方をすると、

特定有害活動の防止に関し収集した「国民生命及び身体の保護に関する重要情報」又は「『外国政府若しくは国際機関から情報

という感じになると思います

(あれ、≪特定有害活動の防止に関し収集した国民生命及び身体の保護に関する「重要情報」又は「『外国政府若しくは国際機関から情報」≫かなあ…修正案で付け加えられた部分なんだから、前者の方が正しいはずだけど)

この「又は」「若しくは」の使い分けは、12条2項1号のテロリズム定義のところでかなり議論になっていて、以前 http://anond.hatelabo.jp/20131202003513 でわかりやすく解説してくれた方がいました。

しかしながら、上記のリンクにある内田樹氏がこれとは異なる読み方をしているように、大変分かりづらく誤解を生みやすい書き方ではあり、ツイッターでも、現役の弁護士と思われる方が「、」の位置がおかしいなどとの批判をしているのを見ました。ややこしいのは確かで、本当にそうすんなり理解してよいのか迷う部分があります。)

※ちなみに、大変失礼ながら、元記事で書かれている「…関する重要情報若しくは外国政府」は、「又は」の誤りでは

2

特定秘密の指定および保護期間の延長に関しては内閣が細かくチェックし、有識者意見も取り入れるべきとされています特定秘密の指定におい監査機関がない、との意見はありますが、本法においては内閣がその役割を果たすことになっています。なお、特定秘密自体は内閣以外の行政機関でも指定が可能です。

これについては、元々の案では、内閣承認必要なく、政府内での検討改善した部分のようです(ですが、個別の秘密について、保護期間延長そのものには有識者には諮られないのではないでしょうか。また、内閣は、一応、全ての特定秘密には自由には接触できないこととなっているようであり(6条1項「利用する必要があると認めたとき」に他の行政機関提供できるとあるため。4条5項、18条4項の書き方は、自由にはアクセスできないことが前提となっているように思える)、「細かくチェック」ということも少し違うのではないかと思います)。

4条

3 指定の有効期間は、通じて三十年を超えることができない。

4 前項の規定にかかわらず、政府の有するその諸活動を国民に説明する責務を全うする観点に立っても、なお指定に係る情報を公にしないことが現に我が国及び国民安全を確保するためにやむを得ないものであることについて、その理由を示して、内閣承認を得た場合は、行政機関の長は、当該指定の有効期間を、通じて三十年を超えて延長することができる。ただし、次の各号に掲げる事項に関する情報を除き、指定の有効期間は、通じて六十年を超えることができない。

18条

1 内閣総理大臣は、特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施に関し、統一的な運用を図るための基準を定めるものとする。

2 政府は、前項の基準を定め、又はこれを変更しようとするときは、我が国の安全保障に関する情報保護行政機関等の保有する情報の公開、公文書等の管理等に関し優れた識見を有する者の意見を聴いた上で、その案を作成し、閣議の決定を求めなければならない。

基準を作るということは恣意的運用排除するもので、これが法定されたことは評価されるべきだと思います

しかし、批判としては、そもそも内閣行政の内部で取り仕切るところであって、行政行為行政承認したところで、十分な抑止力にならないんじゃないかというものがありうるのではないかと思います

また、識者の意見というのは、どのような識者を選定するかによってけっこう如何ようにも作り上げられるものではないかと思いますし、政府は識者の意見に拘束されるわけではないです。

3

特定秘密情報媒体には「特定秘密ですよ~」との表示がされるので、うっかり知ってしまう恐れはなさそうです。気をつけろ、特定秘密印だ!

特定秘密が記載された書類がすべて特定機密と表示されているとは限らないと思います行政機関管理する書類Aには特定秘密との記載があり、そのコピーBには何らかの理由で特定秘密との記載がない場合、Bには記載がないので、Bに掲載された情報特定秘密ではないとはならないと思います)。そもそも、特定機密との表示があったところで、入手する前に知る手段なんてないんじゃないかと。

4

結局30年が最大なのかそうでないのか解釈割れるところだと思いますが、なぜわざわざ第三項と第四項を分けているのか分からないです。法律おいてはこういう書き方は一般的なのでしょうか?その意図するところは何でしょうか。

上に掲げた4条の部分ですが、延長ができるのは原則30年、内閣承認があれば60年(例外あり)ということだと思います。はじめに原則をかいて、次の項で例外を定めるのは、一般的なんじゃないかなあ。ちなみに、http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxsearch.cgi で「前項の規定にかかわらず」で、対象を「憲法法律政令勅令」として検索すると、431件がヒットします。意外に少ないか

5

どうやら法令違反でない通常の取材は正当業務行為として認められるようです。法令違反はどの道アウトですね。

22条の部分ですが

2 出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については、専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする。

気になるのは、「専ら公益を図る目的を有し」なければ、法令違反又は不当な方法によるものでなくとも、「正当な業務による行為」(これも法律用語で、違法性阻却理由のひとつとされているものです http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E5%BD%93%E8%A1%8C%E7%82%BA )ではないし、そもそも「公益を図る目的を有し」ていて「法令違反」でなくとも、「著しく不当な方法」であればアウト、ということです。特に「著しく不当な方法」ってなんだろうと思います

法令違反であっても、たとえば、「関係者以外立入禁止」の公務員宿舎に押しかけて取材した場合もアウトなのか、そりゃ倫理的にどうなのというのはあっても、厳罰を科されるような話なのか、という問題もあります

この点はもうひとつブロガーとか研究者大学教授とかが含まれないという点も気になります

6

反対派の皆様のご意見

「そりゃー条文を好意的に解釈したら安全安心なんだろ?でもそうじゃない!政府なんか信用できるか、あいつらはどんな風に恣意的運用するかわかったものじゃない!!」

なんですよね?

もしそのような観点に立つならば、条文の精査は意味がなくなります

この「条文の精査は意味がなくなります」というのはよくわからないところでした。成立前の法案の精査というのは、テレビゲームテストプレイ(たとえが古い?)みたいなもので、予期しない操作をしても、ちゃんと予想通りの反応を返すかどうかをシミュレーションしながら行うものべきではないかと思います。つまり運用者がどんなに変な奴でも、そんなにおかしなことは起こらないようにすべきと思うのです。あからさまに法を誤読して行政が行われることがひとまずない点では、みんな政府を信用していると思います法律違反はいえない範囲で恣意的解釈をされることを、反対派の人たちは恐れているのだと思います

7

内閣だって行政機関なんだから行政機関同士チェックが甘くなるだろ!」というご意見がありますが、この「行政機関同士だからチェックが甘くなる」のは何故なのかがわからないです。

内閣(総理大臣)は選挙で選ばれていてコロコロ変ったりしますが、行政機関職員の大半は公務員として雇用された方々で選良ではありません。官公庁ひとつとっても、内閣と完全に利害が一致しているとは思えない事例が多々あります。なぜ行政機関同士だとチェックが甘くなるのでしょうか?

うまく説明できるかわからないけれど、内閣官公庁の利害は当然完全には一致しないけれど、いつも一致しないわけではないと思います行政機関同士というより、内閣行政機関トップです。また、内閣政治的な思惑で指定する特定秘密があった場合がどうなのかという問題があります政権交代があって、それが暴露されれば良いかもしれませんが、必ずそうなるとも限りません(まず、日本コロコロ内閣が変わったりしていません。自民党野党であった時期は、55年体制崩壊して以降すらも結構長いです。また、政権交代があったとして(たとえばA党からB党に政権交代がなされたとして)、政権交代には関係のない少数者Cにのみ有利な情報は開示されるだろうかというと、そうはならないのではないかという懸念が残ります

内閣が60年を超えて持っていた情報へのアクセス逮捕されたとき、その情報が60年を超えて特定秘密として指定されていたことを証明できれば、その人は無罪になると思いますが、仮にそうであっても、政府が自ら60年を超えて特定秘密であることを証明したりするでしょうか…というのはちょっとあり得づらい話かな。でも、テストプレイはそういうことまで見越してやるべきではないかと思います

(本法違反を問う裁判では、その特定秘密がどのような内容なのか、裁判官にも弁護人にも知らされずに進められる場合があるとされているようです。検察官特定秘密といえば、それが本当に特定秘密かどうかを議論することもできず判決するということもありうるとか、たしか

2013-11-21

なぜ戦後韓国標準時間が2度変更されたのか

標準時の変更を 与党議員が発議=韓国 聯合ニュース 11月21日(木)19時22分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131121-00000045-yonh-kr

聯合ニュース 11月21日(木)19時22分配信

ソウル聯合ニュース韓国与党セヌリ党の趙明哲(チョ・ミョンチョル)国会議員は21日、日本標準時と同じ韓国標準時韓国本来の標準時に変更することを柱とする「標準時に関する法」の改正案を発議した。

 韓国標準時日本標準時子午線の東経135度を基準とするが、これを韓国の国土の中心を通る東経127.5度に変えるという内容。その場合標準時現在より30分遅くなる。

 韓国1908年、東経127.5度を標準時子午線に定めたが、

日本植民地時代1912年朝鮮総督府の指示で日本標準時にそろえた。1954年に東経127.5度に戻した後、1961年に再び135度に変更した。

 趙議員は、現在韓国標準時子午線の東経135度は韓国領土を通っておらず、韓国最東端の独島からも278キロ離れていると指摘。「標準時の改正を通じ、領土主権歴史を再確立し、国のアイデンティティー国民自尊心を回復すべき」と述べた。

mgk1202@yna.co.kr

最終更新:11月21日(木)19時22分聯合ニュース

韓国標準時 - Wikipediaフリー百科事典(google翻訳)

http://ko.wikipedia.org/wiki/%ED%95%9C%EA%B5%AD_%ED%91%9C%EC%A4%80%EC%8B%9C によると

1912年 1月1日:東経135°UTC +9に変更。朝鮮総督府官報第367号(告示第338号)。

1954年 3月21日解放後、大韓民国標準時間は、再び東京127.5°UTC +8:30へ変更。大統領令第876号(1954年3月17日)。

1961年 8月10日国家再建最高会議の決定に基づいて東経135°UTC +9:00へ変更。法律第676号(1961年8月7日)。法律第3919号(1986年12月31日)。

となっていて、詳しいことはわからない。

少し詳しく調べてみると

日本が奪っ朴正煕がまた奪った '韓国時間' [走る鉄道で見た世界] (17)時間をめぐるいくつかの物語 インターネット紙 「プレシアン」(Google翻訳)

http://www.pressian.com/article/article_facebook.asp?article_num=10131025141140

記事入力2013-10-27午後1:47:37

1945年になるとすぐ時間を取り戻してくるとは、努力があったが、韓国統治を務めた米軍政は、操作利便性という単純な理由で東京標準時をまだ守った。韓国標準時を再訪れたのは韓国戦争が終わって遠征きた米軍の撤退が行われた後の1954年3月だった。21日午前0時30分部大統領令によって再び東京127度30分を標準子午線とする大韓民国標準を指定します。1954年3月21日大韓民国は0時30分を二回経験することになる。一度は東京標準時に一度ソウル標準時しかし、このソウル標準時は長続きしない。7年後にクーデターを起こした朴正熙を筆頭とした軍部勢力は国家再建最高会議で、韓国標準時間を東京標準時に戻って変えてしまった今まで続いてきている。

もう少し詳しく調べてみると

●良い名前研究所標準時韓国の基準東京127度30分を適用しています(Google翻訳)

http://www.goodname.net/myplus/bbs.php3?table=notice&query=view&l=16&p=1&category=&sort=PID&orderby=ASC&where=&name=&subject=&content=&keyword=

韓国が使っていた標準を日本強制的日本のものに変えたし解放

れた後一歩遅れて1954年韓国基準の標準に還元したこと以上にも

1961年5月16日軍事クーデターが起きたすぐ後の1961.8.10から再度東経135度を

標準時に変更したことをご存知ですか?

東京127度30分には大韓帝国官報第3994号(勅令第5号)に基づき、1908年4月1日から

韓国標準時として使用されていました

それが、日本日韓併合策の一環として、朝鮮総督府官報第367号に基づき、1912年

1月1日から日本標準時東経135度を基準に変更したものです

光復後、1954年3月21日李承晩政権日帝残滓清算の一環として、標準時

変更して、時間を30分遅らせました。 しかし、当時、米軍は、作戦指揮権東京

極東司令部関係標準時の変更に従うことができないと頑強に反対した

します。

ところが、1961年8月10日朴正煕軍事クーデターが起きた後席月もされていない、

軍事政権は、法律676号(標準子午線変更に関する法律)に基づいて時間を30分

繰り上げ日本と同じ東経135度基準の標準時を使用する法案を可決した。

その時の理由は、国際的に30分差が出る標準時がないことを国際的

習慣と一致させるというものでした。 (これはとんでもない論理です)

国家再建最高会議標準時を変更したプロセスについては、これまで知られていなかったが、

最近入手した1961年8月4日国家再建最高会議第27次常任委員会議事録による

面が会議に参加した某人が在日米軍在韓米軍韓国軍との連合作戦のために

統一された時間必要だと標準時の変更を要求してわずか数分で通過させたとされて

ています

米軍軍事作戦の便宜のために国の時間を無理やり日本時間に合わせるとんでも

ないことを行ったものです。 国を売った売国奴アメリカによく見せようと時間

支えた軍事クーデター独裁者や何か違いはありますか?

国家再建最高会議標準時を変更したプロセスについて、どうしてわかったのか。

東亜日報マガジン:新東亜

[緊急提言]韓国時間30分ずらす "いい加減"風土消える 金基德 キム·ギドク 建国大研究教授·韓国史

東京127度30分採択は、「時間の光復」! (Google翻訳)

http://shindonga.donga.com/docs/magazine/shin/2005/05/25/200505250500029/200505250500029_2.html

http://shindonga.donga.com/docs/magazine/shin/2005/05/25/200505250500029/200505250500029_3.html

1961年国家再建最高会議標準時を変更したプロセスについて、これまで知られていることがほとんどなかった。 ところが、

2004年8月KBSがソクジェの事件ファイル "光復59年、時間解放されなかった"という番組を放送した。 KBS1961年8月4日国家再建最高会議第27次常任委員会議事録を入手して、次のように報道した。

「光復」と「不快感」の間

「この会議に出席した関係者は、米極東司令部在日米軍)が、在日米軍在韓米軍韓国軍との連合作戦のために統一された時間必要だと標準時の変更を要請してわずか数分で通過させたと証言した」

結局、国民代表機関ではなく、軍事クーデターで成立した「国家再建最高会議」は、米軍要請があろうクーデター承認を受けるために、1954年標準時変更後わずか7年ぶりに東経135°を基準にした時間に変更したものである。 以降の夏時間サマータイム)の導入根拠を用意するために、1986年に「標準に関する法律」に一回変更しただけで、現在までに我々は、1961年に改正された東経135°基準の標準時をそのまま使用している。

(Google翻訳したURL)

http://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=ko&tl=ja&u=http%3A%2F%2Fshindonga.donga.com%2Fdocs%2Fmagazine%2Fshin%2F2005%2F05%2F25%2F200505250500029%2F200505250500029_2.html&sandbox=1

http://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=ko&tl=ja&u=http%3A%2F%2Fshindonga.donga.com%2Fdocs%2Fmagazine%2Fshin%2F2005%2F05%2F25%2F200505250500029%2F200505250500029_3.html&sandbox=1

参考資料

韓国時間の話と私の考え は私の主観

http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=tyahnstein&logNo=100194115583

(Google翻訳したURL)

http://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=auto&tl=ja&prev=_dd&u=http://blog.naver.com/PostView.nhn%3FblogId%3Dtyahnstein%26logNo%3D100194115583

(excite翻訳したURL)

http://www.excite-webtl.jp/world/korean/web/?wb_url=http%3A%2F%2Fblog.naver.com%2FPostView.nhn%3FblogId%3Dtyahnstein%26logNo%3D100194115583&wb_lp=KOJA

韓国語標準時現在より30分遅くなる利益不利益をまとめて書いたエントリー

なぜ標準時間が変更になったのか、韓国語で書かれた資料から調べてみました。

あっているかどうか、誰か検証してください。

2012-08-13

独島(トクト)は韓国領土だ!』への最もシンプルで適切な返答。

独島(トクト)は韓国領土だ!』

に対する返答として適切なのは次のどれでしょうか?

  1. 「いいや、竹島日本領土だ!」
  2. サンフランシスコ講和条約において…(以下略)」
  3. 独島はそこではありません。」
  4. 「そこは独島ではありません。」

 

正解は3。

韓国ほとんどの人達は「日本独島韓国から奪い取ろうとしている」と思っています。彼らからすれば、日本側が領有権を主張してくるであろうことはまさに想定どおりなのです。ですから1や2では改めてお互いの論理をぶつけ合うだけで、結局堂々巡りになるのがオチです。「ほら皆さん、日帝領土拡大の野望を捨てていません」などと向こうの民族主義者の政治的宣伝に使われて終わりです。

それに、第三者の国から見た場合、まるで同じレベルで島の奪い合いをしているように見えてしまうでしょう。それこそまさに相手の思う壺。議論で相手と同じ土俵に立っても良いことはありません。

 

そこで、3の「独島はそこではありません」という答えです。

竹島領有権を主張するわけではなく、独島という島の領有権主張を否定するわけでもなく、ただ相手の勘違いに気づいてもらうためだけの短い指摘となっています

(※この辺りの意味が分からない方はこの動画が分かりやすいと思います。)

韓国に竹島を描いた古地図は存在するか 日韓古地図の比較 - YouTube

 

注意しなければならないのは4の「そこは独島ではありません」とは別物だということです。

違いが分かるでしょうか。

 

4の「そこは独島ではありません。」の場合、その後に高い確率で「そこは竹島です。」が連想されてしまます。そのため単なる領有権主張と取られかねません。これではメッセージとしての価値が半減してしまます

 

では3はどうでしょうか。3の「独島はそこではありません」の場合、後に連想されるのは「独島はここ(別の島)です」のような言葉です。

そのため相手や議論を見ている第三者の頭に「そこではない?では、どこだと言うんだ?」というクエスチョンを抱かせることができるのです。このように相手が僅かでも話を聞く態勢になれば、そこから対話を始めることができるようになります

ここ(別の島)です。なぜなら韓国人によれば独島とは『古地図にある于山島』のことであるか、『1900年大韓帝国勅令にある石島』のことなのですから

過去彼らが苦し紛れに掘った墓穴に誘い込むことも出来るのです。

 

 

「ここは俺の家だ!」

「なんだと?ここは私の家だ!」

これではただの喧嘩ですね。

 

「ここは俺の家だ!」

あなたの家は隣ですよ。」

適切なツッコミ喧嘩を笑いに転化します。

 

想像して下さい。

竹島日本領土だ!」「韓国は出て行け!」というような相手と鏡写しのメッセージではなく、「独島はそこではありません」という横断幕一色で統一されたデモ光景を。

他の国から見ても中々笑いを誘う領土紛争の構図になると思いませんか。

 

 

(追記:この記事はもちろん「これで解決」というような答えの提示目的ではなく、よく見られる買い言葉的な反論罵倒がむしろ逆効果であって、それよりもこうした方が有意義ではないかという趣旨に基づいたものです。外国にも(韓国にですら)一度は両方の主張を見てみようとする層は密かに存在するわけで、これはそのような層に分かりやすく訴え、「いや、独島そこじゃないから」を常識にしていくのが狙いです。)

 

(追記2:ブコメで『彼らは実効支配正当性根拠にしようとしている』というご意見を頂きました。根拠実効支配のみに限定されていくことは、その経緯・実態を考えれば正当性どころか非正当性を顕わにするだけで、こちらにとって望ましい方向だと考えます。)

2009-05-25

サウジアラビア

去年の11月に、サウジアラビアのアブドラ国王が1バレル=75ドルが適正価格であると発言していたが、どうやら、サウジアラビアにとっては、何がなんでも実現しなければならない勅令になっていたようである。

これまでは、国王直々の発言を無視するわけには行かないが、かといって、WTI相場を吊り上げようにも、規制が入って身動きが取れなかった。しかし、ここにきて、それらの規制がかなりゆるんでいるように見受けられる。共和党から民主党に変わって、明示的に更新されなければ解除される規定で導入されたルールが、次々と期限切れで解除されている。

つまり、原油価格一本調子に吊り上げる手法を、再現可能な状況が、整いつつある。

産油国としては、原油価格を吊り上げる事で、代金と売値を同時に吊り上げられるという状況なので、やれるのであれば、ためらわずにやる。

問題は、その動きは、米ドル基軸通貨としての価値を支える動きとは、言いがたいという点である。石油を欲しているならば米ドルを持って来い、原油価格が上昇するのはアメリカのせいであると言う事で、価格高騰の憎まれ役は産油国ではなくアメリカになってしまうのである。

さらに、原油価格が上昇しているのに、産油国はそれに見合う輸入をしない事から、貨幣の過剰発行という現象が発生する。原油価格が高騰しても需要が衰えないのは、後進国や中進国に工場がばら撒かれ、生活水準が上昇している為である。WTI相場コントロールする事によって産油国経済的にコントロールするという仕組みが、グローバリゼーションによって破壊されてしまっているのである。これは、おそらく、グローバリゼーションの弊害の、一番大きな点といえるであろう。

産油国は、今度の原油価格一本調子に吊り上げる過程において、需要の喚起の為に、後進国・中進国への投資の出し手として、名乗りをあげる可能性がある。先進国に資金を入れると、ユーロ米ドルにおいて、格付け偽装債券を大量に発生させて混乱を招いてしまったという失敗を学び、それと同時に、後進国・中進国への投資石油需要を増進させ、価格を吊り上げる原動力になることを学習している。

米ドル原油取り引きの標準通貨であるという状況は、産油国コントロールする手段から、産油国アメリカが利用される手段へと、転換しているのである。

2008-11-22

高校生のボクが思う社会科学

社会科学するから社会科学

社会人間の集まりだよね

人間の集まりを科学する

つまりそれは集団の意思決定=政治学であり

集団での金やらモノやらの動き=経済学

で、科学と言うからには科学的手法をとっているわけで

科学的手法ってのは演繹だったり、帰納だろ?

だから「これまでの社会」=歴史社会科学的には重要なんだな

自然科学、例えば古典物理学なんかは

一見複雑な運動でも実は単純な運動の合成だったりするし

そういう「自然ではあるはずがない」単純な仮定空想の状況を作り出して実験することも容易い。

やっぱりさ、人間をある程度捨象してしまうことだよね。つまり類型論。類型論って、ステレオタイプのこと。

そうすれば、因果関係も見えてくるじゃない?でも、類型をつくる時点で、それは人を捨象する学者価値判断がそこに含まれてしまう。

やっぱり科学っぽくない?まあしかし厳密な正当性なんてものを社会みたいに相関的、イコール互いに影響しあう対象研究に求めるのは酷。

ある程度の妥当性が認められれば万歳でしょう。

じゃあどういう風に類型を作るのが一番妥当なんだろう?マックス=ウェーバープロ倫を考えてみる。

まず事実あるじゃん資本主義ができる前にはプロテスタントが広がってった

プロテスタントには商工業者が多い。プロテスタントは現代でも重役につくことが多い。

フランスナント勅令を廃止してから財政難に陥った。スペインはゴイセンを迫害してから没落していった。

適当だよ?ウェーバーさんがどういうやり方したかは知らないよ。適当適当

でもこれら個別の事実を並べて、ある色メガネでみるとそういう法則が分かるんじゃないかってこと

メガネは絶対に必要なんだよね。つまり他の色を捨てるってことだよ。

まぁ結論ありきでやらないってことが重要だよね。どの色メガネを使うか最初からきめてたらそれは「ただの今頃の若いもんはおやじ」だよね。

統計に余計な価値判断を加えるのが社会科学、というか社会学?ですが!その価値判断社会学のすべてなので!スマートでアクロバティックな価値判断がよろこばれます!つまり多様な価値観!複眼的な分析が重要なのです!

追記;ふと思ったんだけど増田てすごく社会学的じゃない?

2008-04-15

「要は、勇気がないんでしょ?」で始まる天下三分の計

※書き手は赤壁の戦い以前の劉備玄徳

ちょっと昔の話。今よりも僕はずっとずっと言い訳をするのが好きで、理屈を説明するのが好きだったんです。

でまぁ、当時も今と変わらず領土がないんで、

孔明と飲みながら「領土がない、だから天下統一ができないんだ」と文句言ってたのです。

江夏で。

したらまた、この孔明が「じゃあ、わかった」と言うのです。「今から赤壁に行こう」と。

水上戦なんかしたことないオレは焦りました。「いや、ちょっと待って」とあわてます。

でも孔明は、少し遠くで飲んでいる孫権周瑜を指さし、「あそこ行って同盟を組もうぜ」と言い、席を立ちます。

オレは「いや、向こうも迷惑だし」とか「さすがにうざいっしょ」とか言って止めます。

孔明は「襲われたら小舟をつけて趙雲を待機させておけばいいんだよ」と言ってましたが、オレが動こうとしないので行くのをやめました。

「じゃあ、孫権と組まずに、曹操と組むか?」と孔明は言います。

「逆にそっちの方が難易度高いだろ」とオレは顔をしかめます。

「でも領土がないんだろ? だったら作るしかないだろ」と孔明は口調を強めます。

「そうだけど、もっと普通に漢中王を名乗りたいっていうか」とオレ。

「なに、普通って?」

「帝の詔とか、実は前漢の血筋とか、そういう…」とハッキリ言えない自分。

「じゃあ、オレが今から上奏してきて、それでお前を漢中王にしたらいいか? それも漢朝の勅令だよな」という孔明

「それは…、だけど、ほら、お前もこの前言ってたじゃん。大義名分のない戦でついてくる武将って反骨の相が多いとか」

「は?」

「その…」

「…反骨の相じゃねぇよ。ノリが良い将だよ」

「あ、そうだったね。…でもオレ、ノリの良い将、少し苦手だし。そこまでして領土が欲しいってわけでもないし…」

孔明はオレの顔をじっと見つめながら、一言、

「だせぇ」

と言いました。

ちゃごちゃ言ってるけど、勇気がないだけじゃん

彼は言います。

言い訳をして、さも「こういう事情なんだ、だからしょうがないんだ」って言うけれど、

勇気がない自分を必死になって正当化してるだけじゃん、と。

天下を三分する勇気もないやつが、領土がないとか言うんじゃない。

どうせ荊州に行けば「劉表には跡継ぎがいるから…」って言うし、

赤壁につれていけば「ああいう水上戦は苦手だし、東南の風も吹きそうにない」とか言うだろうし、

蜀のかわいい劉璋を狙えって言えば「いや、劉璋とは同姓で義に背くし」って何かにつけて言い訳するんだろ?

だったら「自分には他国の領土に侵入する勇気がないんです」って素直に認めて文句言うんじゃねぇよ。

そっちの方が、よっぽど何かってときに力になりたいってと思うし、

つーか、できない理由並べて、今の自分を否定させずに、わかってもらおうとするその魂胆がだせぇ、と。

あれは恥ずかしかったなー。すげぇ。恥ずかしかった。

その場は言い訳もできず笑ってごまかしたけど、家に帰ったら孔明の顔とセリフが思い浮かんで、

新野城の中で「でもさ、でもさ」と必死に言い訳考えてた。

オレにはオレの事情があるんだ、しょうがねぇじゃんかよって。孔明の「天下三分の計」聞きながら(笑)

ひとしきり考えたら、そんな自分を「だせぇ」って思った。

インスパイヤ

「要は、勇気がないんでしょ?」で始まる太平洋戦争 - ARTIFACT@ハテナ系

http://d.hatena.ne.jp/kanose/20080414/startpacificwar

「要は、勇気がないんでしょ?」で飛び込む赤きサイクロン - welchmanの日記

http://d.hatena.ne.jp/welchman/20080414/1208183341

要は、勇気がないんでしょ? - Attribute=51

http://d.hatena.ne.jp/guri_2/20080316/1205641886

2007-12-14

ギュルハネ勅令 要約

(1)150年来、オスマン帝国がかつての繁栄を失い衰退しているのは、シャリーアとスルタンの制定した種々の法とが守られなかったからである。

(2)よき統治を行なうため、今後新たな法が制定される。

(3)生命、名誉財産の保障が重要であり、それらが保障されれば、人は国家国民祖国のために献身できる。

(4)国土防衛のために軍隊が必要であり、それを支える費用の源泉が租税である。

(5)公正な徴税が必要であり、不正な徴税請負制は廃止される。

(6)祖国を守るために兵役につくのは民の義務だが、徴兵の方法も人口に応じ、期間も交代制を導入して4~5年とするなど、民の事情を考慮して改善される。

(7)以上のような新たな法の制定によって、力と繁栄と平穏と民力の休養が得られるはずである。

(8)公正な裁判の実施が必要であり、判決前の死刑は廃止される。

(9)名誉と自由な財産の保有とその相続が保障され、不法な財産没収は廃止される。

(10)帝国住民は全て、ムスリムも非ムスリムも生命、名誉財産が保障される。

(11)高等司法審議会メンバーが増員され、参加する高官たちはそこでの自由な発言を保障され、自由討議の後に定められた法がスルタンによって裁可され、発効する。

(12)(そうして定められた)シャリーアの諸法は、宗教国家と国土と国民再生のためのものだから、スルタンもこれに反しないことを誓う。

(13)全ての者が法に従い、違反したものを裁くべく刑法が制定される。

(14)官僚には十分な給与が支給されるから、国土の荒廃の大きな要因である賄賂は禁止される。

これが軸になった改革が失敗したってんだから当時のトルコ人の民度も知れたもんだな。

 
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