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2020-04-14

[]和讃

和讃とは、宗教的尊いもの和語を用いてほめたたえる讃歌のこと。平安中から流行した。

仏・菩薩祖師・先人の徳、経典教義などが主にほめたたえられる対象である

これがサンスクリット語だと「梵讃」、漢語だと「漢讃」になる。

七五調歌詞を、当時よく知られていたメロディに載せて歌う。

そういえばどこかで、白隠禅師の和讃を聞いたことがある。

こんな風に始まる。

衆生本来仏なり 水と氷の如くにて

水を離れて氷なく 衆生の外に仏なし

衆生近きを知らずして 遠く求むるはかなさよ

たとえば水の中に居て 渇を叫ぶが如くなり

クールだ。

2020-04-07

anond:20200407045748

アノニマスダ=増田」などという安易な嘘で塗り固めた偽りの経典いつまでも通じると思うなよ!!?はてな神様はお怒りだ!!

2020-03-31

宗教から改宗した場合最下位カーストであるシュードラしか入ることができない。生まれ変わりがその基本的な考えとして強くあり、次の生まれ変わりで上のカーストに生まれしか方法はないと経典には記されているのが特徴である。そのため改宗による移動を行えないという点がある。 ヒンドゥー教からイスラム教仏教へと改宗する場合は、下位のカーストの者が差別から抜け出すためであることが多い。しかし、皮肉にもイ

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2020-03-20

不完全という魔性

はじめに

「何かが欠けている」ものに魅せられたことはありませんか?

美しいもの,輝かしいもの完璧もの,こうした理想的な,最上級存在に,心の奥底で物足りなさを感じたことはありませんか?

だって考えてみてください.

完成したパズルを眺めるよりも,欠けたパズルを埋める方が楽しいのですから……

さてさて,ここでは存在の「キャラクター性」について考えていきたいと思います

友人,先輩,後輩,恋人などなど,限定しません.

尊敬愛情など,好意の形は多種多様です.それら全てを包含しましょう.

ただ今回については,恋というとてもシンプル言葉でそれらを置き換えることを許してください.

さあ始めましょう.

あなたに問います

その想いは,本物ですか?

なぜ「理想的でない」存在に惹かれるのか

あなたが今,誰かに魅了されているとしたら,その最も大きな理由は「人間らしさ」にあることでしょう.

この「人間らしさ」という表現を,筆者は不完全さとして解釈します.

例えばドラマアニメのような作品ではについて見てみると,多くの場合,注目するそのキャラクターの美しい部分や輝かしい部分にスポットライトを当てています

夢物語です.

光の当たる部分しか映らないそれは,ただ美しいだけの何かに過ぎません.

から作品の中では,暗い過去や後ろめたいものを見せつけます.時には不快なくらいに.

でもそれが,裏腹にもあなた好意煽動しま

「美しさ」と対をなす「醜さ」こそが,人物の不完全さであり,キャラクターを味付ける最高のスパイスです.

想い人という鏡

過度に美化された存在への好意は,決して成就しません.

聖人たりえる存在への好意は「恋慕」と言うよりは「憧憬」に近く,あなた同類聖人でない限り,その隣に立つことを,いつかあなた自身が拒むからです.

初めのうちは,問題など生じません.

あなた自分にはない相手の美しさを素直に受け入れ,憧れ,そして惹かれる.ただそれだけの自然な営みです.

しかしながら,人の心は厄介なもので,恋愛感情における憧れは,単体では長続きしません.

過ごす時間存在する空間,共有するものが増えるほど,あなたと想い人は存在として重なり,そして残酷にもその差異を明らかにします.

心の距離を近づけようとすればするほど,想う相手あなたの鏡となり,あなたの美しさ,そして醜さを浮き彫りにします.

あなたがどう想おうと.想い人がどう想おうと.

共有するもの全てがあなたを量ります

あなた相手を想うほど,あなた相手の美しさを知り,そして自らの醜さと対峙しなければなりません.

これは人が人を愛するために避けられない呪いです. 

信頼と対なす負の告白

古くから知られるように,醜さを持たない人は稀です.

あらゆる宗教経典で取り上げられる程度には,ありきたりなものなのでしょう.

否,醜さを持たない人を「人」と呼ぶことそのものが不適であるかもしれません.

自らの醜さを自覚した人は,次の行動として,それを相殺するために相手の醜さを探します.

だって私たちは愚かで,美しさを比べるよりも,醜さを比べる方が楽ですから

裏を返せば,「自らの醜さを相手に示すという行為は,信頼の究極的な表現の一つ」と捉えることができるかもしれません.

人が人に好意を持つきっかけは,無数に存在するでしょう.

優しくされたとき,笑ってくれたとき,ただ隣にいてくれたとき……

でも,その想いが加速する瞬間は決まっています

相手の「弱さ」や「脆さ」を知ったときです.

「醜さ」という単語はそれらを包含することでしょう.

あなたの中に芽生えたその想いは皮肉にも,相手の「醜さ」を知ることで育ちます

好意勘違い

ここで,私たちは時折,致命的な勘違いします.

意図的か否かを問わず,「醜さ」を出会って初期の段階で見せられたとき好意を得ているのではないかと感じてしまう,勘違いです.

例え事故的であったとしても.

本来追うべき順番を間違えているとも気付かずに.

この勘違いは本当に偶発的に起こり得ます

現実でも,作品の中でも,容赦なく無意識作用します.

さあ考えてみてください.

その想いは本物ですか?

それとも,自分の誤解に騙されていませんか?

付録】「非理想的」の崩壊

残念ながら「醜さ」もまた,長続きするようなものではありません.

置き土産として,これについての2通りの解釈提示しておこうと思います

もし時間の経過とともに,あなたの想いが薄れるようなことがあれば……いえ,ないことを祈るばかりです.

過度な「醜さ」は本当に醜い

魅力としての「醜さ」の一線を越えてしまえば,それはスパイスでも何でもありません.

ただの味付けに失敗した出来損ないの料理です.

欲をはじめとするあらゆる醜さは,それ単体では何ら加点要素となりません.

裏を返せば,伸びしろばかりとも言えますが,果たして成長を待てる人はいるでしょうか.

あなたは待てますか?

想う相手は待ってくれますか?

先の章で,「醜さ」をあたかも良いもののように誤解なさらないことを希います

まあもっとも,長い時間自らの醜さを隠し通せる人なんて,そう多くはないでしょうが

成長という欠落

反対に,あなたの想う人がどんどん理想的になる,というシナリオも考えられます

そのときあなたはその事実に耐えられますか?

あなたの求めていたものがもし「醜さ」に起源するものだとしたら,きっとその想いは冷めることでしょう.

知らずのうちに,孤独感,劣等感が増し,好意が薄れていく……そうなるかもしれません.

しかしここで悪い人は一人もいません.

全員が善処し,そして不幸になるだけです.

から誰も責めず,誰からも責められることはありません.

安心してください

あなたに残された選択肢は二つ.

美しくなりゆく相手を赦せずに関係を絶つか,自らの醜さを受け入れ向き合うか.

何人もあなた決断を妨げることはないでしょう.

2020-03-06

チベットじゃカラカラと回す経典みたいなもんがあって、あれを回すごとに一回経典を読み上げたことになる。

増田は上からスクロールして最下段まで来ると勝手にありがたくない文言功徳として発揮されることになる。

要するに増田にいると功徳成る。くどくなる。

2020-02-21

日本仏教界は本当にろくでもない

https://togetter.com/li/1471088

寺生まれ寺育ち(継いでない)なんだけど、こういうところが本当に嫌い。

檀家さえよければいい」

檀家集めのためなら何でもやる」

信心などかけらもない」

結局ファミリービジネスになった葬式仏教仏教根本的に抱える女性差別には向き合わず、かといって教義をきちんと突き詰めるわけではなく、経典だってろくに読んだことがない。仏教勉強すればするほど、日本仏教界はほんとダメだな、と思う。

まあ信心がないのはいいよ。しかし、「お前には関係ない、うちは檀家を獲得するためにやってるんだ」はないだろ。

仏様は、衆生のもの。お寺のものじゃない。信仰の形も色々あるし、

エロいからダメとかそういうわかりやすい話じゃなくてさ。金を儲けたいならちゃん商売やりなよ、ほんと。

2019-12-29

anond:20191229130334

からおまえは日本語経典でもよんどけばいいだろ

俺は俺の感情移入できるものを読む

火の鳥(知らないだろうが)も順位は3万位くらいだよ

anond:20191229125004

そもそも物語感情移入必須ではない。

じゃあお釈迦様の一生をサンスクリット語の大経典勉強して大僧正にでもなればいいんじゃね

普通の人はそこまでの理解力努力マンガとき無駄に費やしたくないね

感情移入というご褒美があるから多少の説明我慢するだけだ

2019-12-16

坊主憎けりゃ袈裟も憎い、結構じゃないか

嫌いなものがあったらそれに類するものを憎んで何がいけないんた?

袈裟も憎い、木魚も憎い、卒塔婆も憎い、寺院も憎い、線香も憎い、一定リズムで唄う声も憎い、納骨堂も憎い、仏舎利も憎い、骨壷も憎い、墓石も憎い、経典も憎い

当たり前の感情だろ、嫌いなものが世にあるだけで嫌なのに、それに近しいものを許せるとでも?

関連する奴を全部潰すか、それが人間ならブッコロしないと気が済まないよ?

お前らは「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」とあげつらって笑うがな、それは何も悪くない

それよりも坊主に関連して人間も憎いと言い始めさせないでくれ、俺は嫌いなもの我慢するのが無理なんだよ

俺を檻付きの病院に入れろ

2019-11-19

既に仏教経典男尊女卑性を糾弾するフェミニズム著作が出ているし、伝統仏教異端的な萌え仏教もまとめて糾弾されそう。

タレ込む先を本山に設定すると怖い。

本山の重視する経典記載内容と自チームの思想バッティングがあったら、なんでそっちはスルーしたんだって話になるし。

2019-11-17

anond:20191117054815

写経した経典を突っ返されて日本国の大魔縁になるとか言って日本を呪って死んだ天皇もいたからな

2019-11-07

悪の教典

原作ありの邦画って

ほぼ間違いなく原作の方が面白いとうか

映画自体ゴミなことが多いけど

悪の経典だけは映画の方がいいわ

 

結局終盤の展開が見せ場なのに

原作無駄に前振りも長ければ

終盤の見せ場も長すぎるし

2019-10-24

日本人無宗教

ってよく言ってる人いるけど、本気で言ってるのか?

いや、初詣に行くとか、クリスマスを祝うとか、そういう表面的な話ではなく、

日本人歴史文化の中に刷り込まれている宗教観自覚していないだけで、あると思うぞ。

そもそもインドから中国を経由して流れてきた仏教を、自分たちローカルな神を混ぜて魔改造したのが

教科書でも習う本地垂迹神仏習合であるわけで、

そのときから日本ではキリスト教イスラム教のように強い神の宗教、強い経典のある宗教ではなく、

生活の中に溶け込ませることで、透明化させた宗教を作り続けてきたわけよ。(もちろん宗教から要請もあれば、時の権力者から要請もあって)

から魔改造こそが日本宗教の一つの駆動力であって、

現在象徴としての天皇もなんかよくわからんけどすごい人、尊敬できる人って思ってる人が多い時点で、

広い意味での日本宗教の一つに組み込まれているわけ。

なんかしらんけど天皇すごいし尊敬できるって思ってる一般人は、別に国家神道をあがめているわけではなく、

国家神道なんかと天皇は切り離されてなんかすごいって思われてるわけで。

その、なんかしらんけどすごいし、尊敬しとこ(ご利益あるかもしれないし)っていうのがそもそも宗教の源泉だしね。

というわけで、自分無宗教です!と恥ずかしげもなく言える人は、自分思想の中に入り込んでいる宗教観を今一度確認した方が良い気がする。

天皇制に賛成とか反対とかおいといて。

2019-09-29

anond:20190929192739

俺の信じる神はKKOも救われる存在だと説いている

経典にまとめてるからちょっと待ってろ

2019-09-08

俺の中で「キングダム」が完結した

俺はずっとマンガキングダム」を歴史スペクタクルマンガだと思っていたが、違った。

キングダムヤンキーマンガなのだ

地元都道府県、そして全国の高校のやべーやつらと戦って、全国制覇を目指す。キングダムフォーマットはそれだ。

からオリキャラ史実キャラわず量産型やばいやつが途切れることなく出てくる。「秦六将」とか「三大天」とか「魏火竜」とかは「〇〇高校四天王」みたいな感じだし。

と言うわけで自分の中で整理はついた。

それと同時に、寝る前とかに妄想してた「俺のキングダム」が先日無事始皇帝が死に、次世代英雄たちが顔見せして終わったので、俺の中のキングダムをここに書いて残しておきたい。

いやー、項燕は強敵でしたね…。

主な舞台は3つ

キングダムにはストーリーの軸となる舞台が3つある。

この3つだ。

この3つを経糸に、キャラクターを緯糸にしてストーリーが紡がれていく。歴史スペクタクルとしては標準的な形だ。

そして、主人公の信はこの3つの舞台全てにかかわっているという、まさに主人公らしい立ち位置にいる。

そして、それぞれの舞台で魅力的な人物が多数いるので、何をどうやっても面白くならないわけがないのがキングダムの魅力だ。

史実を見るだけでもやばいやつらがそれぞれにひしめいている。

それを一つずつ解決して、信と政がどんどん力をつけていく。この3つの舞台を上手く使えば、「有名人=とりあえずめっちゃ強い」というヤンキーマンガ文法から脱することも容易だ。

キングダムは非常に優れたフォーマットマンガと言えよう。

ヤンキーマンガ揶揄しているわけではなく、歴史を描くのにヤンキーマンガスタイルは合わない、と言うことだ。

さらに、3つの舞台それぞれにラスボスとなる人物存在することも非常に大きい。

以下、それぞれの舞台登場人物ラスボスを見ていこう。

ドロドロの王家の内情、暗殺劇が楽しめる宮中

原版の「キングダム」でもこの宮中編は極めて面白い。特に弟の2度の反乱のストーリーは素晴らしい。弟君には生きてほしかったぞ…!壁さんはそんなに…。

後宮のドロドロとした問題が、回りまわって政治問題となり、そして戦争に至るという、ある意味で「全ての元凶であることもポイントだ。

そして、そのど真ん中に秦王・政がいるわけで、のちの始皇帝となる彼の胸中にもスポットライトが当たる。ともすれば闇に飲まれる政を救うのが信であり、テンであり、向ちゃんちゃんである

特に信は様々な事件後宮に切り込んだことのある人物なので、後宮と言う閉鎖された環境を大きく振り回す役目も持っている。

そして、政治戦場という表舞台には出てこない、もう見た目からしてヤバい奴らが出てこれるのもこの宮中編だ。

うぉおおおお!角力剛拳

ベルセルクバーキラカ編がめっちゃ面白かったように、キングダム宮中編も面白いのだ。ここぞとばかりに妖術!仙術!奇々怪々!な人外もの共演が魅力だ。

そして、この宮中編で出会ったキョウカイと戦場編、そして政治編を共にしていくという、まさに「裏から舞台に、闇から光にぐいぐい引っ張り上げていく」信というキャラの魅力も存分に楽しめる。

テンは軍師としてではなく、この後宮における諜報活動をメインの舞台にして、趙高と対決しつつ、対外的には山の民との折衝を、内に対しては暗殺者たちの警戒を、そして信が戦場に行っている間の領地経営などをすれば、「テンにしかできないこと」によって信や政をサポートできる。

そして、この宮中編のラスボスはやはりコイツしかいない。

荊軻である

キングダム世界の最強の暗殺者として描写される荊軻は、政、信、テン、キョウカイと物理的に対決することができる貴重な存在だし、中国史上最も有名な暗殺者(だと思う)で、しか人格高潔。また「傍若無人」の語源にもなった男として(語源結構いい意味)、知名度エピソード的にも隙がない。

理想のためには己の手を汚す、歴史汚名を残しても構わないという政に向かって、「そうはいってもお前がやっていることは中華全土の民を苦しめる行為である」と喝破できる暗殺者。荊軻こそ宮中ラスボス

ここに至り、政や信はルァァ!ではなく、筋として、現実的な回答としての「善い国」を目指さねばならなくなる。そして、史実では成功したとは言えない始皇帝の各種改革の意義も、きちんと読者に提示することができよう。

荊軻とキョウカイの戦いはワレブシンなどとは格の違う激戦が展開される。

闇を心に宿す聖王である政と、光を心に宿す暗殺者の荊軻という対比もいい。

荊軻がどのような最期を迎えても、読者に強烈な印象を持たせられるはずだ。

また、結局のところ最後最後まで残る秦国最悪の毒である趙高のヤバさも存分に描くことができる。趙高荊軻の対比も面白いかもしれない。人格最悪の宦官と、人格最良の暗殺者とかね。ベタかもしれないけど。

外交領土経営が楽しめる政治

主人公がどんどん成り上がっていく、となれば、それはもうアメリカンドリーム世界なので面白くないわけがない。

クッソボロい小屋から始まって、村、町、郡、県、そして国政にもさんかする秦国重要人物になっていく様は、政の目線から見ても面白ものになる。

政が初めて信に褒美を手渡したシーンは名シーンだ。家で待ってるテンもかわいい

最初のうちは昌文君の後ろにくっついて国政や外交見学するわけだが、そこにキョウカイも連れて行ったりしたのは面白かったな。

賓客として訪れる各国の重要人物との縁もできるし、そこから戦場対峙するギャップもいい。

しかし何より楽しいのはやはり領土経営だろう。

テンちゃんには後宮での諜報活動の傍ら、こちらに注力していただいて、戦場ストレスを抱えるよりこちらでほのぼのと領地経営をしていただきたい。たまにキョウカイが飯を食いに来るとか。

そのうち王騎の城をもらえることになったりとかね。

秦は法治主義がかなり浸透してるので、その法治主義の利点、欠点商鞅の件みたいな)をひきつつ、では信はどういう国を理想とするのか、政はそのためにどういう王でなければならないかが描き出される。

領地経営を通じて、信は大きく成長し、その経験戦場でも生かされることになるだろう。

なぜ法治国家であった秦が強かったのか。他国との違いは何か、かかすことのできないストーリーになるだろう。

ラスボスはいろいろと考えられる。外交面では斉王だろうが、「国家運営」と言うところまで話が広がれば、丞相・李斯とどういう関係になるかが問題になるだろう。

また、後宮編ともリンクするが、政の二人の息子の問題が大きくクローズアップされる。

政は長男をどう思っているのか?それがキーポイントとなる。

信は王子にどうかかわるのか。

そしてここでは蒙恬も大きな役目を果たす。

蒙恬は知略、政治にも優れたイケメンで、最終的に政の長男を奉じて最後まで行動(史記では批判されているが)し、悲劇的な最期を遂げることになるのだが、そこに至る伏線を張り巡らすにはちょうどいいだろう。

この政治編のサブ主人公蒙恬と言える。李斯趙高に対抗するにはどうするか、王子をどう教育するか。

個人的に、政の長男扶蘇に「おじさん」と呼ばれてめっちゃなつかれる蒙恬が見たい。

しろ扶蘇女の子でもいいぞ。女の子から継承から廃された、とかね。

蒙恬はテンちゃんとくっついてもいい。むしろそれだけの材料は十分にある。

宮中編がトリガーとすれば、政治編は撃鉄と言うことになるだろうか。

そして、全ての決着をつける弾丸となる戦場編に舞台は移動する。

武将の華・戦場

ドンドンドン

誰が至強か!?

ドンドンドン

誰が至強か!?

ドンドンドン!!

 汗 明 ! 

大体このノリでOKだ。文官だった汗明さんがこんな至強に。それがキングダム戦場である

宮中編、政治編とはまたベクトルの違った奇人変人ステージとなるこの戦場編では信には思う存分ルァァしてもらって、キョウカイにはスヒンしてもらえばそれでいいと思う。

ここに関してはさほど言うことはない。みんなが思っているような戦場を思い描いてくれればOKだ。

ただ、ぶっちゃけもうちょっと項翼の格は上げてほしいし、何なら戦国最強の項一族とか捏造して項翼のみならず項翔とか項離とか項飛とか「項+飛翔系」の量産型をそろえてもいいかもしれない。ダメか。

それはともかく、李牧さんには政治編でも活躍してもらえるので、戦場での出番はここ一番まで取っておいてもらって、部下のニンジャマスクには退場していただければそれでいいような気がする。ニンジャマスクはなる早でキョウカイに切り捨ててもらえるとありがたい。

この戦場編でのサブ主人公は王賁と言うことになるだろうか。

ベジータのようないいライバル関係になってほしいところ。

上手く描写すれば王賁とキョウカイがいい雰囲気になる寸前のところくらいまで言っても受け入れられると思うんだよね。

ラスボスは当然のごとく項燕。

カリンさんは政治編でも頑張ってもらえばいいので、やはりラスボスはこのオッサンだろう。

後の覇王項羽のおじいちゃんなので、ぶっちゃけもう項羽として描いてもいいんじゃないって感じはする。歳の問題はあるが。

そして、重要なことは次である

キングダム最大の懸念

「信、イキリ散らした挙句の大惨敗問題

である。みんな心配しているだろう。

でも、これは、割と簡単解決する。

というのも、信が楚に20万(だっけ)で攻め入った時、蒙恬も一緒にいるのだ。

蒙恬=知将+イケメンなので、蒙恬がいたのにそんな無様なことにはならんだろと言う予測がつく。

そして、歴史作品の魅力と言えば、「なぜその人物はそんなことをしたのか」に上手い理由をつけるのが醍醐味

ならば、簡単に「なぜイキリ散らしたのか」に理由がつけられる。

それは、

楚を、項燕を倒すためには二段攻撃必要だったか

OKだ!

楚は国土がでかい長江もある。ゆえに他国からまり侵略を受けていないので、楚の内部の城郭がどうなっているのか、兵士はどれくらいいるのかが全く分からない。

なので、だれかが犠牲になってでも強行偵察&戦力を評価をしなければならない。今秦国が動かせるのは80万しかない。いきなり80万で出て行っても、翻弄されて撃破される可能性がある。

ならば、秦王の最も信頼の厚い将軍である信がその「潰れ役」を買って出て、次なる勝利布石とする!

みたいなことを信の口から言わせれば、信がこれまで経験してきたことで説得力もあるし、王翦ら歴戦の将軍も納得し、一目置かれるだろう。

そうならば、「泥臭いもこなせる」楽華隊を率い、信の親友である蒙恬がついてきてくれることにも全く違和感がない。

王賁もこのころまでにギスギスをやめて、劇場版ジャイアンみたいな感じで送りだしてくれるだろう。

で、決死の強行偵察であることを悟らせないために(朝廷にもスパイ入ってるだろうし)、公的にも、歴史的にも、「信とかい若い将軍がイキって20万で楚を攻める」という体にしておく。

「天下の大将軍になる」という目標の信が、「政の目指す国のために、名誉を捨てる」という、劇的な変化を見られるのだ。

そんな内情を、何となく兵士たちは察したときキングダム冒頭の「李信将軍!」とついていくのだろう。熱い話である

李信一族

歴史を見ると、李信一族は「優秀だが報われない」一族であることがわかる。

李信の子である将軍・李広は武勇を誇るも功績を認められる憤死

その李広の孫である李陵は「あいつは寝返った」と勘違いされ、不名誉を着ることになった。

しか一族は決して衰退することな繁栄しのちの世にまで子孫を繋いでいる。

まり、「報われない一族でありながらも、きちんと評価してくれている人がいる」という一族でもある。

その筆頭が、史記を書いた司馬遷だ。先の李陵を弁護したため宮刑を受けてしまった司馬遷は、「自殺よりも歴史書だ!」と熱い情熱を燃やし、史記を書きとおした。

キングダム李信史記、これが一つにつながるのである

さらに、詩仙・李白李信一族の子孫なのである

李白始皇帝について詠んだ詩があるという話は聞いているんだが、それはまだ確認できていないが、ラストシーン李白に詩を読ませるところでしめてもいいかもしれない。

誰のための大将軍なのか

結局のところ、信が大将軍を目指して走ってきたのは、漂との約束があるからだ。

最初はただの功名心で始まった大将軍の道が、様々な出会いと別れで肉付けされていく。これがキングダムの一番の幹である

そこで、自分の夢を命を預けられる親友、政にであい、道を同じくする。

そして、「政の目指す国を作るための剣になる」ことに目標がほんの少しスライドするのである。その道の先に、名誉を捨てて理想のために戦うという、信の本来の姿が浮かび上がってくる。

李信大敗後、だれも責任を追及しないし、処刑もされないし、子孫は漢の時代からそのあとにも反映している。

それは史書には残せずとも、当時の人は本当のことを知っていたということにできる。

王賁あたりに「信、お前がナンバーワンだ」と言ってもらおう。

エンディング

キングダムがさわやかに終わる可能はどのくらいあるのだろうか。

かなり難しい気はする。

まぁ焚書坑儒については、ある程度行ける。

焚書で焼いたのは、各国の歴史書と、法律の本だ。あと儒教経典

これは当時の世相を考えれば、何とか理解できるような気がする。というのも、ぶっちゃけ中華史上初の統一国家を作る、となれば、強引にでも意思統一しなければならない。

そのために、「俺らの祖先は秦にころされたんだぜ」というような本は廃さねばならなかったろうし、儒教経典については、はっきり言って法治国家儒教邪魔なので、致し方ないといえる。

なんせ、儒教は「徳のある君主統治するなら、法律など不要」「法律なんてものを作ったら、その法律の穴を利用しようとする小物ばかりになってしまう」というものなので。

その代わり、農業書や実用書は焼かれずに奨励されたというしね。

あくまでも実利、実学法治思想での近代的な国家運営を目指した、が、それは時代が早すぎた。という感じなのか。

あるいは、「今理解されずともよい。後世に理想を見せるための建国なのだ」と言わせるか。事実、これ以降の中華大陸は「統一しなければならない」という意識がかなり強まった気はする。そして宋の時代中華思想が完成するわけで。

ボス

キングダム世界には裏ボス豊富だ。

まず趙高。いうまでもなく裏ボスだ。李斯も裏ボス風味ではある。

そして、裏ボスとしての説得力最高の人物がいる。史上最高の軍師張良だ。

なんとこの張良史書デビューしたのは始皇帝暗殺だ。始皇帝の乗る車にハンマーを投げ込ませるというエクストリーム暗殺未遂を起こしており、そこで追われる身となってセンプク。その最中軍学を学び、史上最高の軍師誕生するわけだが、

この経歴&女性のような容姿&仙術修行趣味から考えると…

暗殺者系の最上位の裏ボスになりうる!

仙術!妖術!暗殺術!キョウカイ以上の美貌!恐るべき頭脳

割と裏ボスにぴったりなんではないだろうか。

しろ張良始皇帝暗殺しちゃってもいいかもしれん。病気でなくなるよりは劇的だろうし。

後は妖術師徐福だな!

格はだいぶ落ちるが!

まぁいいか

最後

余命少ない俺には、生きている間にキングダム完結が見られないのでこんなことを書きました。

俺の代わりに最終回まで見届けてほしい。

2019-08-11

anond:20190811105213

じゃあ俺も話すこし振り替えるけど、

承認欲求を断ち切る」

というのが現代社会でも割と大事だと思っている。

SNSとか、お金とか、通信技術で、人々の欲望加速させる方法がすごく発達した。

一方で、昔から仏教で「世間虚仮・唯仏是真」と言われているように、

今生きている世界はすべて仮のもので、世間での評判・地位名誉というものは、

それほど大きな価値がないという考え方がある。

から、昔の僧侶は、世間とか承認欲求から離れて、山に登り、真実のものを求めて、

修行したり経典を読んだりしたわけで、必ずしもそれが成果を生んだとは思えないけれども、

現代社会で、社会や、会社提示するストーリに従って生きているような人も

自分にとっての真実を求めて、孤独に掘削しなければいけないときはあると思う。

2019-06-30

ブッダが私を価値判断から開放してくれた

どんなものに対しても、「これに意味があるんだろうか」「価値はあるんだろうか」と思考してしまう病に罹っていた。

まず、この社会で生きるということは、そういった価値判断を行いながら生きるということだ。

誰かが作った"良い"とか"悪い"とかい価値の中にすべての物事を、もちろん自分さえも当てはめていくことだ。

そんな社会に嫌気が差していた。

この社会は、そういう価値判断を推奨している。

人間はそうやって見出し価値を求めてきた結果、高度な文明を発展させてきたし、

それを否定するつもりはない。

多くの人はその事を良いことだと捉えているような気がするし、

それが人間の持つ知性の持つ素晴らしさであり、

そんな素晴らしい知性を持つ人間は素晴らしい存在だということを信じて疑わない人たちも多い。

でも、そういう"素晴らしい"とか、"良い"とか"悪い"は、あくま人間独断で決めたもので、

この世界の大半の存在にとっては、何の関係もない狭い世界の話だと薄々気づいていた。

ただ私もそんな価値判断が当然である社会に生まれ、気がつけばそれに染まり、あらゆるもの価値判断を行う癖がついていた。

物を認識した瞬間、"意味"とか"価値"を考えてしま自分がいる事に憂い、苦しんでいた。

何より人々が作り出した価値基準指標に、自分さえも当てはめていかなければいけない事に虚しさを感じていた。

自分価値意味も見出せなかった。

大人になるにつれ、自分社会価値基準にそぐわない事がわかってきた。

自分は素晴らしいとされるような人間の一員になれる気がしなかったし、そもそもなりたくもなかった。

だが、素晴らしくない人間は生きるのが大変だ。

未来を考えれば真っ暗で、憂鬱になった。

から死にたい」と思っていた。(これはもちろん「この社会では死にたい」という生への執着なのだが。)

でも、社会価値観に既に染まっている私は「自殺」は社会迷惑をかける"悪いこと"で、"無意味なこと"だと言われるのを知っていたし、

そもそも死ぬのは怖かったのでできなかった。

そこからとあるきっかけで『スッタニパータ』という、ブッダの死後100年程で作られ始めた仏教経典の中で最も古いと言われている経典を読んで、

実際に価値判断世界から"解脱"し、その方法を人々に示してくれたその人の言葉勇気づけられ、納得させられて、

もう社会価値心理的に振り回されることはないという非常に軽い気持ちになった事を詳しく書こうと思ったんだけど、

疲れたのでやめます

この"疲れたのでやめる"という行為も、以前はできなかったのですが、そこに"善悪"の判断必要ないと知ってできるようになりました。

2019-06-18

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASM693C2VM69PIHB001.html

経典でも何でも時代に合わない、政治的に正しくない内容はどんどん改訂していけばいい

いつまでも改訂を拒む宗教信者社会の側も拒めばいいよ

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