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はてなキーワード: 伝承とは

2021-04-29

あなたの町タコ公園

子供の頃、近所にタコ型の滑り台がある通称タコ公園があって、たこおにという遊びまで開発され小学生伝承されていた。

大人になって大阪出張して、ホテルそばで同型のタコ発見したとき「なんてことだ、このタコ量産型だったのか」と衝撃を受けたものだ。

適当にググってみたけど、あれがある公園は大体どこでもタコ公園と呼ばれているっぽい。

2021-04-27

[]不滅のあなたへ 三話

狼の神性は各国の民俗学で取りざたされるが、狼の神性のみならず変身奇譚的な要素が取り入れられている。これは主観的視聴者目線では狼は最初から狼として変身していたのであり、さして最新話でも変化がない。しかし話の中に一度入ってみれば、生贄の女の子や槍を持った部族の女の目線ではもう一つの神のように見えたのではないかとはいえ、生贄の彼女は狼に人間と同列の感情で接している)。神性の変身性質化身という表現で語られる。様々な宗教において化身は多くの姿を持つのが通例で、その一形態をより身近なリアリズムを持たせて描いてるのだろう。

不滅~は一話目から民俗学の造詣(というより下調べ)が濃い内容であり、そんな意味民間伝承をふんだんに取り入れたという三話も二話もそれほど違和感はない。仮説でしかないが、神話形成過程を描こうとしているのか、という気がしなくもない。そして、神話とはある意味では人類歴史過程であり、一つの不思議生命体を通して進化全体を代弁し始めているのではないか。つまり神話の根源には実はもっと科学的でDNAじみたものが中心にあるのではないか、あるいはそれは刺激によって信仰とは無関係善悪関係なく取捨選択する存在ではないのか。言ってみれば神話の再解釈だ。現状そんな印象を受ける。

2021-04-19

anond:20210419080737

本当のアイヌは、大正時代には既に日本社会ほぼほぼ同化してしまっていた

失われかけていたアイヌ伝承を、金田一京助博士知里幸恵知里真志保天才姉弟を発掘して「ユーカラ」を編纂し、この世に残したのみ

当事者がいなくなった差別利権を斜め上の国の連中が乗っ取ったのが最近の騒ぎの真相

2021-04-17

anond:20210417074730

数年前から衰退は感じている。

技術伝承妨害して邪魔する一派もいる

僕が手伝うよと

技術伝承邪魔して情報をもっていくやつらがいる。

2021-04-06

anond:20210406154303

いいたいことはわかるけどそれは無宗教とかではなくて「無信仰信仰方法自由(とりとめのない・まとまりのない・定型でない)にしてるということではないでしょうか

信仰宗教は違うのかというとそれはもう文字意味も違うので違うのだと思います

どの神様に、と選べる時点で無宗教宗教宗派に属していないといえると感じるのは、選択できる範囲や競合をできる組織体内にあるということでもないし完全に別団体に属したものを選べることを自由(無節操さ)だといえるところからです

宗教に属す宗派に属すということが「その教義の行動規範に則る」べきであるというところからになるでしょう

宗教は人の考えや行動を縛り自由を奪うものなのかといわれたら、言い方次第ではそうだといえるでしょう


自由という範疇についてすこし絞っておくと

自由を奪うことは罪であり悪であり宗教道徳といった観念から排除されるべきものととらえるのは早計でしょう

選択肢として明示し行動として示したものを許諾の例として言葉にしなければ実質制限されていることも自由範疇におさめることができます

どんな宗教悪事自由ではなく制限され道徳権利自由からそれらを排除にむかわせるべきだとしていますが時に悪事とされる善行にあたることもあるでしょう

自己犠牲として自発的に損失を被ることについて、自己犠牲になりたいと思った本人の行動がどこからが本人の意思決定であったか、その根源たるを他の人の意思であるというところまでつきつめると洗脳による自害自損ともいえるでしょう

それがどこまで近い段階であっても言葉にしなければ「美しい自己犠牲」とも言えるわけです

自由で公平で自発的なのか、恣意的他人欲求だったのか、視野自由にできるのならどれも自己責任でありますし、どれも他人所為でもあります

この定義方法を、議論考察研究文化形成生活安全性自発性に任せる部分を安全かつ効率的に使うためには関係者認識共通させる必要があります

その基準定義宗教なわけです

Aの宗教ではこれをしていいが、この場面ではBの協議にしたがう、Cの教徒とおなじ慣習をもちつつ、Dの祝い事に参加する、これが問題なのは主催者の意に沿わない参加者が発生するということです

その土地では年齢や性別に大きく関係する分類や層づくりがあって行動様式がある、それは土地の形状や生産物文化継承方法について試行錯誤の結果できたものだとして、それをどの視野範囲からかわからないけれども否定をする必要性や異なる文化への融合を促進する必要性など、人の欲求という根源以外にないわけです

これをもとに行動を個人が大きく他人を巻き込むと、独占的な判断継承されるべき文化や人々の生活などがその人の基準のみで変化しま

民主主義多数決といった構造で全体的な存続と発展の利をとるために組織されている一つの目標団体が、多目的に他情報積極的に取り込み侵食する必要はないのです

日本は結果として無宗教という無制限で垣根のない侵食を行える体制がありますが、これが陸続きの土地ならば過去大陸を大幅に占領した戦争などに近いことになるのではないかと思います日本島国日本以外にその文化も習慣もひろまることがありませんでした

この自由という行動者にとってだけ都合がよくて状況を受ける側の圧倒的不利さをせき止める防壁として戒律などがあります

培ってきた文化財産、知恵や技が家族一族を存続させるために必要であるのに、ただ血脈のなかでも一人秀でた人がいたので対応できる新技術に乗り換えたとしたら、次の世代一族はそれを継承できるのか、できなかった場合についての対策をしなくてはならないのではないか、その保守性などが宗教という組織体自由制限自由を得るための礎となるわけです

自由自由みたいなことになってしま言葉の使い方が混乱を招くわけですが、選択権を握るためには選択できる手段をもっていなくては「自由選択することすらままならなくなる」のです

両手にあまる自由をふんだんに持ち選んだりえらばなかったりすることができる、という状態自由ともいえますが過剰な供給で十分に生活ができなくなり結果として選択ができなくなる状態においこまれることを自由とまた同じ言葉で表すのは、理解をもとめるためには効率的でもないし意味のないことでしょう

自由という状態を過剰に与えるということは選択しないという自由を与えることにもなってしまう、つまり自由侵害するために自由供給されているともみれます

選択肢を狭くすることで状況を予測やすくする、想定した状況にあわせて対策を行い対処し乗り切る、その中にある判断や行動の種類の多さについて自由という言葉を使うべきなのではないでしょうか


さてお話を戻して宗教というのが行動を縛るということ、それは状況の発生予測を絞ることで行動の選択をしやす解決をしやすい方向へ導くためのルール規則単位である宗教のあるべきところだろうと私は考えます

宗教というならば、複数の神の名の下つまりコードネームのようなもの定義にある行動規範にのっとり判断し行動するという手段複数あるということになるかもしれません

それが戒律を越えなければ可能かもしれませんが、健康文化による財産生産を失う可能性があるものだとすれば到底受け入れられるものではないはずです

日本調理方法さえまちがっていなければ牛でも豚でも鶏でも食べれます これは宗教によるものということでもありますがこれは宗教による教育と統率が必要いからです

気温が50度を超える環境冷蔵庫家屋に扉が密閉できる状態でなく、電気も家庭に全てあるわけではなく、調理方法も保管方法も十分に洗浄された水が供給されていない状態無宗教日本とおなじ文化必要とする人権を唱えたところで、人権を守るためにはその土地戒律をまもったほうがより安全ではあるということがあります

これ豆知識としてこの土地では、という情報が何年間、どの範囲でどこまで残るものでしょうか

それを残すための独立組織宗教団体です

お布施などで共同運営しだれのところに優遇されることな中立でいて安全のためだけに情報継承する立場聖人という代替概念でその尊厳意味づけて形作っているのが宗教です

これを複数またいでいいとこどりをするのが、経済力などで圧倒的に安全性保障を引き受けられる個人団体、または暴力などで制圧した強制力でなければできないでしょう

その場ごとにルールがかわるのであれば、みな知恵などなくその場で判断した欲求をそれぞれに解消していけばよいだけです


日本無宗教なのはほとんどの生活行動範囲安全なため危険回避するための教えが伝承される必要がなくなっているところです

交通安全山登り川遊びで人は死にます これを避けるために必要な教えがあるはずですがこれらの発生原因をほとんど人に置き換えられるのが現状です

まり神様によって救われたり悪魔によって害をなされたりするわけではないので概念ではなく「責任者賠償要求する」という解決方法が人のあつまりにおけるルールになっているのです

責任者不在の害を受けるところには近づかないという行動規範定義づける必要がないため宗教に縛られることがなくなるのです

個人や団体において弱みや充分に練度の高まっていない部分にほかの人が了承を得ながら近づいてきて根こそぎもっていかれる、なんて詐欺犯罪から身を守るための小規模な団体の積み重ねや知恵も裁判で公平に、などと考えているかもしれません

それぞれの個人責任において自由という自分からみて選択肢が複数あること、それが他人からみて自分を奪い取る対象にしている人からもおなじ数があることが公平、といった形でそれらの安全担保しているのが政府国家がいざとなれば自分という個人をまもってくれる、その象徴日本人にさえうまれれば日本人の象徴として存在している天皇自分日本人だとして人権自由国家を通じてまもってもらえるはずだ、と言葉にはしていませんが実質その構造をもっているのが日本人の宗教といえば宗教ではあるでしょう

その宗教に属しているからこそほかの宗教に属さないということはあるかもしれません



男性女性は、と議論をするときにまず男性女性議論であればその人数から層や傾向を定義してその話をするべきでしょう

宗教宗派戒律ルールもそうです

男性100人いればそのうち5人が、女性ならば8人が、という割合や、具体的に割合から引き出された数字で話すときは「でもそうでない人がいるでしょう」とはならないはずなのです

「それ、あなた感想ですよね」ってそれは人が人の口から言っているのでその人の責任における言動あきらかでしょう

その進めたい方向と目的にあわせて議論をすすめていくところに、ルールことな干渉があるとどうなるでしょうか

いまは「そういう例の人」という100人以外でかつ数例、1例ごとに全然ちがう数例をもちだして100人構成比較議論する基準が「人であるから」というのではお話になりません

「それあなた意見ですよね」というのは誰の意見ならば、どの意見ならば、意見とは何人がどこから出せば「その人の意見」ではなくなり、その発信者責任を持つ言動以上に求められる言葉はなんの必要があるのでしょうか

裁判官が有罪と口にしたら「それあなた意見ですよね」と言うのでしょうか そうではないとしたらどの口で言うべきなのでしょうか

裁判官は裁判所のルールにしたがって、国家ルールに従って定義されたその役職で行動をしているわけでその人が構成であるということがそれらの代弁代行に意味なすことができるわけです

一人が自己責任権利において他の人に干渉するのであればそれこそ借り物の権利でほかの人の守られるべきと大きな組織定義している範囲侵害されるべきではないでしょう

これらルールにのっとり、ルール適用範囲ではルールに従った行動をし責任を果たし権利を得るという環境づくりが宗教というくくりであったり団体定義方法なのです


日本では、海外では、といったところで海外でしていることが日本でしていいのか、といった境界安全繁栄目的のために定義する最大が国家であり、そこから法的には自治体単位で、人のより能動的な生産や貢献活動の促進のために定義していない範囲だけれども、できるだけ広い範囲で知見を共有し無駄闘争議論を省き、豊かさへ行動するのに安心できるよう定義するのが宗教で、そこから地方ルールや家ルール個人ごとの約束などがあるわけです。

まり神様を何体コレクションするかということが宗教に属するということではなく、宗教ごとの福音をいくつ得たいかということが宗教に属すということではなく、自分宗教に属することで行動範囲限定利益を最大化するということ、これについて多くの人が専属的に属しているか、もしくはしていないかということにおいて、無宗教という属さない人が比較的多くいるということです

自由時間抑制しより賃金収入を拡大し効率化するためにサラリーマンになったり、収入を最低限にして自由時間を多く得るためにフリーターとなる、それらを選べる自由という選択肢の幅が宗教自由といったところでしょうか

会社につとめながら、フリーター自由さを味わい、フリーター責任の小ささを同じ労働をしている人間なのだからと訴えるのは、その組織に属している他の人が迷惑するということなのでそれを避けるためのルール戒律罰則があるわけです

複数の神を信仰する自由は、個人可能範囲自由謳歌してもらって問題ないのですが、異なるルールをほかの定義からもってくるのを禁止し、その傾向をできるだけ排除することで安定性と安心感、長期にわたる組織体の維持にあてているわけです

いかがだったでしょうか?

日本人が無宗教という表現に、いくつかばかり参考や選択肢の候補になりましたでしょうか?

2021-03-25

anond:20210325150343

死者にできることはないが死者ってアイテムを利用して付随する情報を保管するのが生者にできることやで

儀式だの様式だのにお金で順序をつけて金を出せるやつが優遇されはするけど

お金を使えるだけの量かしくみを作れた人間がその情報を残せるってことやで

水害で死んだり事業作業で失敗して死んだりなにかの間違いで死んだりしたのを

生きていくための情報としてのこす方法やでな

貧しくて苦しくても頑張って生きていたって話が本当に良いもので役に立つなら人の生活から離れた

情報平等に保管するために独立した集まりのところにためなくてもずっと伝説伝承でのこるやろしな

役にも立たん思い出なのでみうちだけで保管する費用で身内がわかる範囲時間だけ保存できたらいいやろし

営利目的なら税金だの政府意向だの情勢だので処分されたり始末されたり契約が変更になったりもするから

宗教って独立して共有財産には税金かけないってもんなんや


ある分だけで身の丈にあった自分存在証明するって感じで納めといたらいいやろね

先祖がすごいというのもしょぼいというのもいまの人生次第やろしな

よい人生おくってそれなりの葬式ができたらいいやろな

2021-03-02

anond:20210301180918

フォークダンスは、リズムに合わせるという音楽性、身体を動かすという体育性、表現をするという芸術性、その民族伝承を知るという文化性、みんなと交流するという社交性、みんなと協力するという協調性、みんなと楽しむというレクリェーション性などの、統合的な教育です。

http://juna9.sblo.jp/article/187370297.html

だそうだよ。

2021-02-20

anond:20210219230128

個人の役にたつ可能性はかなり小さい。個人メリットのみを重視するならば教育課程から除外すべき教科であることは間違いない。

ただし、日本文化研究伝承保全等もろもろのことを国家的に維持していこうとした場合裾野を広げるために古典古文漢文教育中等教育課程においておく必要性はある。それがなければ大学日本古典文学日本史学日本語学を専攻しようとする人の数が激減する上に、専攻するための基礎知識レベルが一気に下がる。それを個人必要ないというのはそのとおりであるが、国として教育課程維持の必要性は十分にあるだろう。

日本古典文学日本史学日本語学なんて役にたたないからやらなくてもいいというのは個人判断として別にいいが、それを日本国政府が言い出したらいよいよどうしようもないだろうね。某作家が書くような妄想日本史江戸しぐさが「事実」ということになっていく可能性が強まるだろうね。

増田は「専門家がやればいい」と思うことが多いみたいだけど、それはそのとおり。自国文化専門家を全滅させないために中等教育古典を扱っておく必要がある。大学に入ってからやればいいという考え方もあるだろうが、それだとパイが小さくなりすぎる。

2021-02-13

本と図書館になぜ価値が認められているのか

https://anond.hatelabo.jp/20210212190921

https://anond.hatelabo.jp/20210212214154

これらの問いに対して、人類が歩んできた歴史視点からの回答が無いので、記しておきます

 

お前らって本という物体に対してだけ異常に過保護じゃない?それにしてもお前らの「本を大事しろ!本を傷つけるな!」的な反応は過敏で異常だよ。宗教なの?

それは「図書館」っていうシステムが原因だと思う。なんで本だけ特別視されて、自治体無料で貸出しなくてはいけないのか本当に謎。

 

これは人類が、本そして情報を手に入れる為に、血みどろの歴史を歩んできたから。

その歴史の教訓によって培われた共通認識を ”宗教” と呼ぶならば、そうかもしれないが。とりあえずは、なぜこうなったのかを紐解いてみましょう。

 

古来、文字書物(パピルス木簡など)は特権階級軍人貴族宗教のものでした。なぜ特権階級が独占していたかというと、文字を記す為のパピルス木簡製造コストが高かった事や、地図軍事情報など機密に関する内容が記されていたなどが理由です。庶民識字率も低く、市民文字を使うとしても帳簿や資産管理としての利用が長年続きます

しか15世紀グーテンベルク活版印刷機の発明により状況が激変します。書物が大量複製できるようになり、庶民知識が行き渡るのです。

これまでの世界において、知識文化とは、口伝継承によって高いコストをかけて伝承されていく特権階級のものだったのが、複製された本を手に入れることでも誰でも知にアクセスできる時代が到来しました。

当時の特権階級宗教家達の心情を記した言葉が残されています

教皇知識印刷術を廃止しなければならない。さもなくば、印刷術が最終的には教皇廃位に追い込むことになろう。

From the Days of Great Dedications - John Fox's Book of Martyrs

 

その予言現実のものとなります

印刷術による本の普及により、知が民衆化した。それにより特権階級だったカトリック教会の力が弱まる。

そしてゆくゆくは18世紀ヨーロッパ市民革命に繋がり、ついに貴族統治する時代終焉し、民主主義が産声を上がった。

それまで特権階級が保存していた、価値ある美術品や博物品は、市民の手により Museum として共有される事になりました。(英語Museum博物館美術館の両方の意味を備えるのは、貴族から奪った貴重品をいっしょくたに展示した為、美術品や史物の区別をつけなかった事が定着したからとも言われている) 一方、図書館革命時代より一足はやくに制度化が進んでいたため、 Library という名前で普及していく事になります

 

概ね図書館および本という存在が、市民の地道な活動により普及し、普及した成果がさらなる民衆活動を促した。という見方ができるといえます

日本図書館協会の「図書館について - 図書館を支える理念」を引用します。これこそが、図書書籍歴史を端的にあらわしています

図書館は、それを生み出す社会の特徴や条件を色濃く反映してきました。戦時下では国家思想を広める役割を果たすこともありましたし、一方では社会マイノリティーの権利を守るために働くこともありました。社会の変化の中で、図書館はさまざまな状況におかれてきましたが、いくつもの波にもまれながら、いかなる状況の下でも、すべての人たちに情報提供するのが「図書館自由」(Intellectual freedom of libraries)なのだという理念を獲得するに至りますアメリカでは「図書館権利宣言」(Library bill of rights、1948年採択)、日本では「図書館自由に関する宣言」(1954年採択)です。これはあらゆる種類の図書館が守るべき自律的規範として、広く支持を得てきました。また、この原則を守るための専門職の行動規範として、「図書館員の倫理綱領」(Code of ethics for librarians)があります

図書館について

 

私のシンプル記述だと物足りず不満に思う人もいると思います。興味がある人の為に、図書館歴史近代ヨーロッパの歩みについての書籍を紹介するので、それで理解を深めてください(と逃げさせて頂く)

ヨーロッパ近代史 (ちくま新書) (日本語) 新書

書物の破壊の世界史――シュメールの粘土板からデジタル時代まで

本の歴史 (「知の再発見」双書) (日本語) 単行本

 

 

まあ総括して言える事は、本が重要だと長い歴史の中で認められてきた為、今の扱いの重さに至ってるって事ですね。

同じ理屈で、他の疑問にも答えられる。

米とかもそういう節がある気がする(平均的な食品大事にされ方を遥かに超越して大事にされてる)けど、どういう心情からそれが発生するわけ?

お米は長らく税として徴収されてきた歴史がある。つまりお金と同じ価値でした。

宗教なの?

同じ理屈で返すなら、あなたの財布に入っている一万円札。これはただの紙切れなはずですが、破いて捨てないのはどうしてですか。社会的・歴史的に一万円札価値と通念が形成されてるから、大切に扱うわけでしょう。ただの紙切れなのに。

それも宗教というのならば、宗教かもしれませんね。

本も、米も、お金も、同じことです。

図書館基準で考えるなら、体育館施設利用自体無料にしてほしい。図書館法律がそうだからというのは理解している。それなら体育館もそうすればいいのにってこと。オリンピック的な勢いでそうならないかなぁ。運動する人のことも考えてほしい。

図書館にも有料のものも多くありますが、まあ置いておくとして。この理屈は分からなくはありません。

しか図書館と同じように、社会必要とされる意味合いが重くなるなら、きっと体育館無料になるでしょう。

実は歴史の上でも先例が多数ありますオリンピック繋がりでスパルタの例を紹介しましょう。

古代オリンピック発祥の地にも近い、ギリシアスパルタ。7歳になった子供スパルタ国家の寮で生活し、毎日運動がさせられます費用はもちろんスパルタ国家が全部負担してくれます無料です。立派な運動教育のすえ、子供は屈強な戦士としてスパルタ国を守る存在となりました。めでたしめでたし

これはスパルタ教育という言葉現代にも伝わっていますね。大げさな例を出しましたが、このように社会必要とされ価値が認められれば、無料になる例には事欠かないと言えます

日本高齢化社会が進んでいますし、健康寿命を気にした予算投入も珍しくありません。スパルタ国ほどオーバーな例はないにしても、無料になるところは今後増えると思いますよ。社会必要とされていますから

2021-02-06

室町鎌倉以前の時代にもなろう小説は作られていたはず

伝承されていないか存在証明ができないだけで

夢の理想世界を思い描いて別世界に頭だけ入ってたはず

2021-01-24

anond:20210124040252

元増田です。聞いてもらえて嬉しいです。質問もらったのにかこつけて自分語りさせてもらいます

殺人鬼wikipediaとか読んでると時間忘れるよね。家族の前では読まないのは、インモラル系統を隠すぐらいの意識はあるんだと思う。

クスリとか化学系統は、文系から理解できないんだよな。でも、文系でもドラッグの話は相性良くて、最近アヤワスカ体験談ブログで読んだ。面白かった。

本は、『ミリンダ王の問い』って本をいま読んでいる。アレクサンダー大王ときから、「征服するつもりで東方に来たら、おい、東洋美術とか哲学とかマジヤベぇぞ」ってのがあったみたいで、これはその流れを継いで、ギリシャミリンダ王(メナンドロス1世)とナーガセーナ(インドの高僧)の哲学対話をまとめたものです。仏教を軸にした東西文化交流、っていう、おそらく伝承とはいえ、すごく歴史的に意義の深いもののはずなんだけど、お互いマジメすぎるのか言動常軌を逸してて、ツッコミのないWボケみたいになってて、ヘラヘラ笑いながら読んでる。

でもすごい暇人向けなので、次は直近で読んだ、翻訳家岸本佐知子さんの『死ぬまでに行きたい海』をおすすめします。これはマジでいいです。岸本さんのワナビー文章書いたから、もし俺の文章で少しでも時間が潰せたなら、『死ぬまでに行きたい海』はきっとすごく幸せ読書体験になると思います

マンガは、最近ネルダイスキの『いえめぐり』が良かった。物件探しって切り口にかこつけて、狂人のぶっ飛んだ妄想を執念で可視化したみたいな怪作。描くの、すげえ時間かかってると思う。ほんとに売れてほしい。そんで、こういう漫画月一で出てほしい。本人のtwitterで試し読みができたと思います

あとフツウに(?)ブルーピリオドの9巻昨日買った。美大入試のハックものって切り口だと思うけど、それは入口で、やっぱ上質なスポ魂だと思う。パワーもらえる。あときねみ可愛すぎ。

2021-01-21

無惨様がタンジロウの家を襲ったわけ

火の神神楽伝承してるから狙われたとかそういう説明なかったな。

単に鬼にする人間を探して山奥までやってきて偶然カマド家だったんだ。

2021-01-20

ナンパ界隈について

ナンパをし始めて1年で理想女性出会えたので引退した。

一見、多くの若い男が経験する「女遊び」の延長のように見えて、独自生態系面白かったので記録。

タイプ分類

一言ナンパと言っても、目的方法によって、いくつかのタイプがある。

複数に属していいたり、タイプが違っても気が合えば合流したりするので、うっすらと別れている感じ。

PUA/恋愛工学
中星マインド
  • ここ数年で一気に増えた。Twitterに「@中星マインド」と書いてる人がそれ。
  • 星一番の「お願い私を捨てないでと言わせる付き合い方(?)」を経典とする。
  • 女性に対して優位に立ち、家を提供させたり、貢がせたりして、男としてレベルアップしていく。
  • 女性服従させることが大切。
  • 準即以降が基本。
  • ソロでやる人が多い。
  • 合鍵の獲得数がベンチマークになったりする。
  • 貢がせというと「現金○○万円貢がせました!」みたいな投稿が目立つが、実は現金貢がせは禁止らしい。
  • 声かけは自信満々に「お姉さん、タイプです」みたいなパターンが多い。
  • 地引網的で、とにかく多くの女性に声をかけて、そこからレベルアップしていくという。
ナンパ
その他ただナンパしたい人

クラスターと合流

 彼らの多くはTwitterアカウントを持っていて、地域属性ごとにクラスターという集団を作っている。

 (コロナ流行る前にTwitterライトにこの言葉を使っていたのは、ナンパ界隈とSHARPくらいだと思っている。)

 なぜ集団を作るかというと、ひとりでやるのが辛いかであるナンパというとチャラチャラしている遊び人みたいなイメージがあるが、実は大手企業サラリーマン公務員など、真面目な人が多い。彼らは暑い日も寒い日もひとりで街に出て、自分目的のために淡々と声をかける。楽しいことなんてない。道で知らない人に声をかけるということ自体、かなり精神負荷が高いし、シカトされたり舌打ちされたりして、気持ちが滅入ってしまう。だから合流する。同士と話して、お互いに励まし合う。

 俺もよく合流したが、何人かで集まり、「最近はどうですか?」「お互いがんばりましょう!」と近況報告をしたり、励まし合ったりして、その後また散り散りになって街に消えていく。会話だけ聞いていると、まるで休日趣味山登りに来たおじさんが、すれ違いざまにする会話みたいだった。

ソログループ(コンビ)か

 タイプによらず、ソロでやる人、複数でやる人に分かれる。

 ソロナンパを楽しむには、高確率で成果が出せなければならない。多くの人にとって、辛い、厳しいことが多い。だから、合流で書いたみたいに、スキルアップ自己啓発として山登りのようにやってる人が多い。1on1相手の心に深く入り込む技術が求められる。慣れれば一番成果が出やすい。(複数人の場合女の子自分気持ちより、友達の目を気にするため)。

 グループナンパ歓楽街クラブの近くでグループに対して声をかける(コンビが多い)。とにかくノリと勢いと容姿が大切で、楽しそうな雰囲気を作り出し、そのままホテルに持ち帰ったり、自宅に呼び込んだりする。結果、4Pクルクル(相手を交換して2回セックスする)をして、非日常的な体験ができる。パス即(即したあと別の人にパスして即)なんかもよく聞く。もちろん女の子同意のもと。自己啓発的な要素よりも遊び要素が多く、楽しい

その他気づいたこ

パス即の5連続とかも聞いたことがあるから、その女の子は同じ日に5人の男に抱かれていることに…、そういう女の子はノリノリで来るらしい。

2021-01-15

anond:20210114171220

何かを重ねて見知ったような物言いですが

・言い換えてみた

価値観は人それぞれ

・事を知れ

とし内容のないものを長々と形容で論ぜられています

発言した委細を言葉として取り合うために話すことではないので文中にあるとかないとかで言った言わないは勘弁してください

まず最初に名乗りをあげている身上ですが、これは何か必要あることでしょうか

教徒のどんな立場であるかを相手に告げて言説になにかの意味を含ませようとするのはその言葉立場によっては意味がない言葉であるということでしょうか

乞食に化けた聖人乞食が行ったこであるので聖人のそれとは関係がないはずだとするならばそれはその価値観をお持ちであることについて理解できます

物乞いに施しをする姿をみて聖人がとされない理由は何でしょうか

次に事例を引用するにあたって出典を前述の教養からとしやすくしただけであれば自ずと宗教関係の事例を挙げてこられると思います

過去の事例からして正しい行いをしたと評価してあげるために何かしら評価にまつわる根拠のない話をいくつかされています意味があるというそ意味が何である宗教を出した上でされているのだから自身範疇でその評価をしてさしあげるのが道理ではないでしょうか

それぞれ個人の何か大切なものを見つけていけるし見つけていってください と突き放すのではそれを支えるべく教えを用意しているはずの宗教の救済の意味がすべて喪失していませんか

当人個人判断自身を救えるのならば初めからそんな長い話を聞かせて要点が何点ありどうすべきで基準のそれを「基準」と呼んでいるそれは何なのかひけらかす必要はないでしょう

相手情報押し付けることについてのみ思考されているため視点が抜けているように見えます

相手選択肢存在を示すのであれば自らの身上を述べ参考にしてもらうだけで充分ではないでしょうか 自分が信じているもの自分を信じてもらえたら出来ること等あるはずです

最後にいろんな方の心の内を勝手に想定してイタコをされていますがどのような宗教でどんな戒律があればそのような事が行えるのでしょうか

生きている人の本音を霊体を呼び寄せて聞くという宗教もあるかもしれませんがそれでしょうか

少なくとも浄土真宗は死者の例を呼び寄せ思考を読み代弁できるという能力存在したという話はないと思いますがこれはもの知らずの浅知恵でしたでしょうか

仏教というものに僅かでも関わり僧侶という立場にあるのだとしたら頭をまるめ結婚をせず肉食を控え私財を蓄えず物を乞うて生きるの意味くらいは深くご理解があるかと思います

そもそもそのための組織といっても過言ではないしその意義によって成り立っている組織ですよね

坊主になるのは個を無くすため ファッションや外見的特徴で教えの元にある者を区別しない 僧侶の格好をしていればみな同じ教えの元に対応ができることを示す

どの坊主が良いとか悪いとか誰のせいだとかどんな格好をしているから偉いとかありません 皆が同じ仏の教えの元に集っているのです

至らぬ者があればほかの同門がそれを補う 個人で新しく独自路線開拓したわけではない 常に仏に帰依する現実的スタンスが外見的特徴の喪失ですよね

髪の毛はやしてますか? ファッションに気を付けてますか? アクセサリーとかつけてますか?

まさかと思いますがそんなことはないですよね

結婚せず肉食をせず肉食を控え私財を蓄えず物を乞う

人の里にあって人の営みをするものと離れて生活します 里の人と同じ世界という規模で共存するにあたってそれらを得るという選択肢を無くしま

もし僧侶と娘が結婚したら 人の里において娘と結婚する人が一人減ります 私財を蓄えるとその取引によって人の里から失われるものがあります

営利目的僧侶をやっていいなら営利団体宗教的なものを発布してもよいはずです 従業員がまるで宗教のような企業労働を強いられていることもあると思います宗教となれば「その労働者の家族も含め」となります

価値があるものとしてその知識を村や人が保有するために支払うコスト必要ならばそれは村や人が金庫にいれたり資産を投じて運用すべきです

そうすると運営元が恣意的に内容や情報を変更する可能性があります 伝承歴史が歪められる可能性があります

できるかぎり中立で正確な情報を残していくため それを得ることができるようにするのには公平で自由に接することができなくてはなりません

だれかの資産運営するわけにはいかないのです だれか一人のトップ僧侶能力で人の判断を歪めてはいけないのです 独立した公平な組織となるためにはその戒律必要なのです

肉食は生物を殺さないという根源的な保証のために行っているものです 実際にはどうのという話ではなくただのタンパク質ならどうなのかという話でもなくだれも殺さない むしろ殺すくらいなら死ぬというものであることの証明のためです

これらをこなしたうえで極楽浄土がある 死後に苦しむことになるので現世での苦しみを耐えよの言葉意味がでてくるわけなので 意味のない言葉を聞きかじったままに伝播するのでなければ当然されているかと思います

自身が常に戒律によって自覚しているあたりまえの日常の最低限の事ではあるでしょうけれども 人に道を示すのにこれだけしておかなければ中立であると言えない 恣意的利己的に利益を求めて助言をしていると言われないようにできないですよね

名乗られている浄土真宗はそんなものではなく営利目的団体で 顧客獲得のためのセールス手段の一つをここでお話させてもらうと良い話なので是非聞いてくださいというのならば納得もしま

あくま浄土真宗の何派かわかりませんが宗教にあって僧侶をされている方の立場名誉について 今一度そんなに金がほしいのか人に知がありと説いて健やかなれと願っているのかお聞かせいただきたい

なぜ一人を救うのに何人も汚名の淵に蹴落とさなければならなかったのか その判断は公平で平等判断したその何かにおいて当然だったのか

2021-01-12

anond:20210111213658

その通りと思うが実際にならない理由戦後発展の共同体任務なく生活できる解放感の体感価値が高すぎと人身御供儀式の意義と必要性義が喪失しているので継続的に慣習を維持できないところかと。

前提として

金があればみんな黙るともあるがそんなのは当たり前で金がないか文句をいう始末。文句を言うだけならいいけど金がないのを理由感染を広めているのだから金がないなら感染させていいという感覚より金がないけど感染させたら死ぬからどうしたらいいの≒死んでということを暗に理解をするべきところ。

人間一人が生活できなくなることが問題から社会生活する10人なり100人なりに感染させてそれらに活動を停止させるリスクを背負わせる事のほうが倫理的でそれが社会共同体、助けあいってもんだろというのならそうだろうけど、感染を拡大させるようなやつをどうすべきかははっきりいってやってほしい。

病院の受け入れがどうのということにもなるだろうけどそれいさらいってもそういう金をもらえたら休むけどという人がさきに入り詰めてもうあふれてるわけなのだから第二陣以降は金がなくなって死ぬなら死ぬしかない。

全員に回らなかった金も人数が少なくなれば少しばかり出せるようにもなるかもしれない。

まずその団体への貢献が必要という思想海外宗教徹底からくるそれとは大きく異なるし、個別に分断されることがどれだけ個人にとっては楽しくメリットがあるかという甘い汁は依存性の高い麻薬のようなもの

しがらみや血縁ストレスからいったん解放されたものはもう団体に属すのは金をつくるためだけの疑似人格がやっていることで本当の自分仕事以外の時間にいるしむしろ死んだら自分支配する側(されるのはどれだけ嫌がっていたのか記憶していないのか)になりたいと言い出す始末。

個人が村から追い出すのはその行動の残酷性が楽しくしか団体責任批判を肩代わりしていくれるので、自分意見を言っただけといえるのでおそらく陰口私刑は多く行われる可能性は高い。

村の存亡をかけた使命感から悪役を買って出るなんていう人間はまずいないだろう。

そうすると観測から匿名で行動する者が増えるだけで、それらを逃れた潜在的問題は浮上するまで目につかないところでリスクを増大させることになる。

具体的に人物ないしは役職がそれらをくまなく取り上げ批判する団体行動が必要になる。

その批判側の団体ですら属することができない人間が単発で提示された情報に食いついて扇動した人間意図どおり攻撃する以外できない。

直線方向にしか飛ばない火をつけたら飛んでいく兵器と同じである。たしか有用ではある。だがお祭りのように直上に放って炸裂するのを見て楽しむ風流ものではない。

その使いどころの微妙な要素を具体的に結果を望む方向にあわせ必要タイミングを待ち効果的な配置で使う指導者やその命令が直接伝達されなかった場合独自判断で行動するための指針が必要になる。

団体形成した時点でルール定義はある程度理解をしているだろうしさせられることもある。それに従えばよいのだが局面としてその指示を得られず単独判断必要とする場面がくる。

それは個が団体の一員として行動をする瞬間そのものでもあるし、行動作戦中でもあるだろう。

確実に団体有益な結果を出すべく個人行動をするときに考えるのがリーダー名前であったり家族名前であったりすると、固定的に帰着する必要性の対価がある。

自分の命が、何と交換されるのかという式において、神に返す天皇万歳、残された家族コミュニティから手厚い補償があるはずだという信念、それらを抱くための偶像必要になる。

自分の大切なもの自分で考えろと、個に浸りきった考えでは至るだろうけれども自分で考えた主神に祈ってその効果が期待できるだろうか。

ぼくがかんがえたさいきょうのあんぱんまん、というメモを胸にそのさいきょうのあんぱんまんが家族を救ったりコミュニティを守ったりすることを妄想しながら自分死ねると覚悟ができるだろうか。

できる人間はいるだろうしそれはもうこの話の指摘に含まれるほど大多数ではないので、イケるなら個人で逝っておいてほしい。

天皇親鸞キリストやあこがれの先輩や王なり首相なり、その名前に少しでも威厳を感じたりそれらに自分は損害を払っても貢献したいと考えるそれが必要になる。

その自分ポリシーとしている事についてなにをすべきで何がすべきでないか自分人生形成しているそれともいえる対象のサブストーリーを考えれば自身の成すべき行動も必然的選択されるはず。

従っている上位存在についてそれらが怒らず喜び、受けつけ歓迎されて失望されず見放されない、すでに周知されているはずのそれらについて自分可能な行動が選択できるようになる。

短期的に前例のない突発事項へそれを行使するためには、単発的な神が必要。その神というのが人身御供、実際に最初目的のために死んだ人間をつくることでその意思を複製し行動することに意義を感じ忘れず方向性個別に同じ方向へ維持できるようになる。

かつて女児がそれを担っていたのは村で一番価値のある生命といえば生命を生み出すことができる女性であり若くてだれからも愛でられる人の子であればまさにそれである

その無念を晴らすという感情や、無駄にしない行動を慎重にとるという基礎行動ができる。


この団体行動のデメリット不快感現在手に入れている個の解放感に比べ非常に大きいのと、継続的意思を維持できない偶像の消耗具合がそれらを成功に導かないと想像される。

問題点を具体的にあげてダメだというだけであればただのネット論客()と同じなので、これらを現代差し替えられる提案を一つしたい。

個人が挙げる候補としての一つなので、人の数だけ提案はあるだろうしそのうち成功できる策もあるだろう。

一つは団体行動へのメリット復権である

個の魅力は無限である。部屋に閉じこもって生きてさえいれたらそれだけでいいという人間すらいる。絶望とはなにかを問う事すらできない。

永遠の命に魅力を感じるという人間はみなこの性質があるだろう。

生きていけないという条件に個を追いやると、全部の個がそれに当たってしまコミュニティの維持が出来なくなるのは必至。

生かしたまま、とそれだけで個のメリットを充分に満たすのでそれ以上のが必要なくなる。まさに生きる無駄となる。

オンラインゲームですらメリットしかないはずなのにコミュニケーション不和から天国で殺し合う結果になる人間

言語による意思伝達しかもたないのでそれに変換できる行動理解しか他人理解できないため齟齬がおきる。

ならばコミュニケーション団体が代行し個人は完全に個のままで行動できるように形成する。

国家国民管理方法オーバーライドして氏名や住所や身体のものという動員をもって行動をしたりするだろうそれを完全に匿名にする。

そして団体の行動は個で行いその集積は団体で行う。個人間のコミュニケーションは無し。メリットの変換は個人特定されないもの

現金などを団体から個人平等に。コミュニティの貢献が実質自分手取りになり上下や不平等貢献度の差など感知されないようにする。

個と個のリレーを行う仕組みをネットや端末で補うことで可能なはず。

構成員同士が顔を合わせる可能性をあらかじめ禁じた方向で維持をする。

手段分散しては即時完全に意味を無くすので唯一無二の連絡方法をもってその団体とするのであれば可能だと考える。これが団体行動への一案。


人身御供については実際に志村けん第一波でなったそれだと考えるが維持性能としてはそれを継続的に支える母体がなかったため消滅したと思われる。

志村けん財団ファンクラブなんてもの存在しそれがコロナによる死を無駄にしないという提言をしていれば、また志村けんをふたたび殺すなと行動ができるはず。

支持を継続できる人物、あまり深く知られていないが表面上愛されて価値があるそれ、アイドルなりを掲げればと思うが実際に人間がそうなる意義をもはや失っている現在効果は期待できない。

ならばアニメ漫画、Vtuberのようなもの人身御供にするのはどうだろうか。

あのアニメがもう10年前、15年前、20年前のものだったと世代差に驚くトゥギャッターときどき浮上するそれを掲げるのだ。

しかし実際に葬儀を行われたアニメキャラや数多くのキャンペーンに使われたものたちもなんら方向性を代弁したり団結する意思の基礎とはなっていない前例から難しいだろう。

では継続的伝承となっているキャラクタの特性を利用するのはどうだろうか。

平将門アーサー王ゼウスサタン定番とされているような名前以外なにもよくわかっていないのになにかしらの方向性を決定するのに大きな推進力となる現在存在していない人型のもの名前は多くある。

なぜ名前だけしか存在しないのにそれだけ利用されているのか、それは支持層があるから。実際にそれが存在しているという文章建築物、そこに人を集める方法があり公知されるしくみがある。

これらを象徴とすることで行動の指針とできるしそれを語るだけで人を説得することができる。モニュメントの意義とはこれだ。

ガンダム実在させたというアトラクションもあった。何かはわからないけれども炭治郎というのもなんとかの呼吸をしていた。

これらを維持継続させるオブジェ存在させるか、支持する団体存在させればその認知度がすなわち行動指針への再利用価値としての生贄になりえるのではないか

ガンダムや鬼滅、アイドルといえば何か、現在結果からみてそれらの共通点といえば「ごり押し」だろう。

ごり押しの失敗例としては剛力彩芽があるだろうけれどもあれは個人だったので好き嫌いが別れて分断することは当然であった。

ポスト和田アキ子みたいなもの企画側が創造できることを実証たかったのかもしれないが結果失敗に終わっている。

では団体にしてしまってどれがどの顔なのかもわからないような女子集団にすればどうか。これは成功している。

毎年もっともよい状態女子を人としての情報が出てこない間に使う。無料で配布することの威力はK-POPが示している。

無料配布で素材利用ができる一定量女子団体形成して順番にコロナ消滅させていけば、全員が息絶えるそれまでのドラマを行動に使えるのではないか

攻勢に予防をするためのキャンペーンキャラクタでもよいし、感染して死んでいくキャラクタでもそれは運営の手腕による。

それ以外の選択肢を無くして動員を図ると自然と動員は成される。他にないから行かないとならないのは実証済みである

収益について関係各位が綿密に分配を算段する必要があるだろうけれども、その収益活動金銭とそれをさら継続的に生み出す人の命も救うのだと思って計画が成されたらというのが一案。

いらすとやのようなフリー素材として使える期間限定アイドルグループ、コロナ私刑容認する村社会アイドルを全国デビューというわけだ。


これが現実的でない理由二次創作かさねていだく必要はない。実際に存在していないしこれから存在しないだろう。

存在していないものについてさまざまに論じていただく「だまされておどけた姿を晒してそれにより本題がいかに愚かしいか」という恥ずかしい踊りをしていただく必要はないのだ。

案があればそれを出してそれをもってこの案を否定していただいたらよい。

取り組むべきではないと考えるそれならば、口をつぐんでおくのが得策であろう。

ここに火をつけていただいて人身御供にしていただいたならば、それこそこちらは本望というもの

2021-01-09

わたし医療関係者ではないことを先に通告する

ビール原料よりRSウイルス感染予防成分を発見

https://www.sapporobeer.jp/news_release/0000007857/

からビール風邪に良いとされており、民間伝承としても、栄養補給という意味も含め

ビールをすこし飲んでおくというのは、おっさん風邪対策民間伝承ではあるが、

お前の意見にも民間伝承レベルでもいいから、理屈を言ってもらおうか

 

抗炎症作用というのがあり、

下痢などを引き起こす食中毒ウイルスではなく

肺で肺の炎症を引き起こすコロナに対して、

どうして、手洗いはいいのに、ビールは駄目なんだ?

2021-01-04

anond:20210104081912

がんばれー

大手を、ゴミクズのような扱いで首になって2年間決まってない。それほどの不況から気をつけてね。

そういうのの影響もあって、ネットから無料知識が消えていくから技術伝承気をつけて。

不況になると無料知識も減るから

2020-12-09

ライザのアトリエ2を遊んでガッカリした

12月3日に出たライザのアトリエ2 〜失われた伝承秘密妖精〜を遊んだ

ストーリークリアした。

結論を言うとライザのアトリエ2にはガッカリした。

 

しょうがないとは思っている。

前作であるライザのアトリエが出てまだ1年しか経ってない。

1年で納得するようなクオリティの続編を出せと言われたら無理だろうと思う。

その意味では時間が全くないのによくやったと褒めるべきだろう。

ただゲームとしては正直ガッカリだ。

 

ガッカリポイント

UI/UX進歩してない

→1年しか時間がないかしょうがないけどさ

・また結局異界とフィルフィサのお話ラスボスはまたちょっと違う大物個体フィルフィサ

→新しく見つかった別の異界の門を封じてストーリーエンド(前作と一緒)

・素材オブジェクトの配置のクオリティが低下、サボってる

ストーリー途中で魔獣に乗れるようになるのだが、魔獣に乗ってるとフィールドを掘れるようになりそこから重要な素材がランダムで出て来る(素材は各ダンジョンで変わる)、逆にフィールドに配置されている採集場所は序盤中盤とほぼ一緒で採集する価値がない飾りになる

・魔獣で素材を掘り起こすため、あの素材どこで取れるっけ?を忘れやす

・仲間が人生の目的を見つけて将来の行動や夢を持って進んでいるのに、主人公であるライザが前作で錬金術師になったと変化があってから進めてない

自分の将来の夢や目的を見つけてないので2の舞台でやることを達成したら故郷の島に帰る、周りの仲間と比べてこいつ何にも成長してないなという感じが強い、主人公のくせに停滞している

ストーリークリア後の裏ダンジョンがない、クリア後のやりこみがしょぼい

→裏ボスは解禁される、またクリアデータ最初から周回できる(装備など引き継ぎ可能、高難易度が解禁される)

ストーリーは謎の石(実は卵)からまれた謎の生物フィー(正体は異界の精霊)の調査からはじまってフィーが異界の生き物であるためライザたちの世界では摂取できるモノが乏しく生きていけずどうにか元気にするためにフィーが食べられるものを頑張って探す話だ。結局フィーのために食べるものを探してたら誤って、古代人の工夫によって封鎖されていた異界の門を解放させてしまった。そこから出てきた大物個体フィルフィサをやっつける。フィーの食べ物問題解決できなかったので門から異界に行かせて、そこでならフィーの食べるものがあるので異界で生きていけとお別れして門を封鎖する。それで終わり。

普通ストーリークリア後のやりこみとして異界に行ったフィーに会いに行けるように錬金術チョメチョメするために頑張るとかそういう展開になるのだが、とにかくフィーがいなくなってそれで終わり。ライザもやることがなくなったので故郷に帰ると言って閉幕。

 

ガッカリポイントを言うだけだとフェアではないのでグッドポイントも言っておく。

 

グッドポイント

・バトルがさらに派手になっている(数少ない改善改良ポイント

・前作よりワンランク上の素材が出てる

→前作はゴルドテリオンが最上級鉱物系素材だった。今作はさらにワンランク上のグランツオルゲンが出ている。

錬金術で強い装備を作るやりこみがある

→細かい差異は変わってるが本質的には前作のやりこみと同じことをやってる

 

1年で出てきた続編は結局クオリティもそれなりのものしかならんから納得しにくくて損

2020-12-08

anond:20201208083521

悪意が悪意を生むっていうのは一般論としては一理あると思うんだけれど、反出生主義の場合言葉の刃で切り裂いても弊害よりは利益の方が多いと思うんだ。

反出生主義者って、その思想性質上親から子へ伝承することがないから、単純に叩き潰しても世代を跨って増殖する危険は小さい。

実際そうやって歴史上の反出生主思想集団って滅びてきたんだろうし。

2020-12-06

もののけ姫」と鬼の伝承

注意

これはあくま自分勝手な推察であり、妄想である。ただし、元ネタになった書籍存在する。

最初結論

もののけ姫」のたたら集団は鬼を表している。あそこで働いている人たちはすべて鬼なのだ

鬼=鍛冶師?

「鬼に金棒」という諺は聞いたことがあるだろう。なぜ、鬼が金棒を持っているのだろうか。

あるいは、鬼の姿について。鬼は肌が赤く、上半身がはだけていて、しばしば隻眼の姿で描かれている。なぜか?

これは、鉄を打つ鍛冶師を表しているのだ。

製鉄の際、鍛冶師は高熱を帯びた鉄を打つため、身体が赤く灼けてしまう。

また、光る鉄を見つめるため、片目が潰れてしまうこともあるという。

両者にはそうした共通点がある。

製鉄技術権力者

では、なぜ鍛冶師が鬼として表されるのか?そこには技術者と権力者関係表現されているのだ。

時の権力者にとって、製鉄の技術は喉から手が出るほど欲しい技術だった。それゆえ、鍛冶師は必要人材技術者だった。

しかし、権力者が欲しいのは技術だけであって、技術自体はむしろ厄介な存在だ。自分たちが欲しいものをもってはいるがゆえに、彼らにうかつに手を出せない。

そして、一番の権力者は誰か。「もののけ姫」では「お上」とだけ呼ばれているが、もちろん天皇のことだ。

そこで、天皇を奉る神社は鍛冶師を「人ならざる者」であるとして、鬼の伝承を広めたのだ。

もののけ姫」での描写

上述のことを頭に入れた上で、もののけ姫を見てみよう。

言うまでもなく、たたら集団はもちろん鉄を打つ者たちの集団である

そして、そこで働く者たちの一部に病に侵された者たち(障碍者?)がいる。あの時代障碍者などは厄介者扱いだろう。そんな者たちの居場所は、真っ当な場所にはないはずだ。

一方、ジコ坊は度々「お上」という言葉を口にする。上述したように、これは権力者天皇のことだ。

もう一度結論

鬼の伝承天皇普通の人の一番エライ人であり、鬼=人ならざる人という対立構造となっているのだ。

もののけ姫」にはそのような構造が隠されているのだ。

もちろん、宮崎自身は上述のようなことは考えていないだろう。だが、鬼の伝承を頭に入れて「もののけ姫」を見ると、またちょっと違った見方もできるのだ。

参考文献

どこかで鬼の話ー鬼の本をよみとく 奥田継夫

2020-11-12

anond:20201111124055

階級社会生活区域の分離を言うわけでなく、過去のそれは社会構造の多くを人の記憶に頼りマニュアル化しない血でできた論理構造で、後天的個人能力評価があるならそれは金銭で賄われてる

過去存在した階級制度は各階級血筋がそれぞれの環境において教育伝承生活から取得するために分離していただけでもとより分断することが目的だったわけじゃない

階級階層についての情報人間にたよらず記録物から取得できその水準を再現できるようになった時代からそれらは徐々に区域を分ける必要がなくなってきた

それを踏まえて能力の高低差について生活活動範囲で感じにくいようにする場合にはその能力で稼いだ金銭生活領域を変えることができるはず

引っ越ししたり広い家に住んだり信頼できる経路で購入したりするためにお金を稼いでいるわけなので、お金の稼げていない人と同じ生活をしておいて金もってるから分けろとはあたまのわるい人そのものしかいいようがない

お金は持っているから偉いわけではなく使えるから使う側に指示ができるだけなことくらいは理解できない人などいないでしょう

数百万つかってるハイヤータクシー並みだというならそれは問題だろうしその問題がどこにあるかくらいはわかるでしょう

数百円でタクシーにのっておいて底辺だのとそれは底辺タクシーしかのれもしないお金持ちがいう事ではないし、そういうのなら100円と10000円の差もわからないお金持ちは数字サービス買うべきでないでしょう

完璧な送迎サービスコンシェルジュに頼めば済む話を底辺におりてきて自分は息苦しいってそれは意味が解りません

そもそもブラックカードコンシェルジュに頼めばいいだけの話を貧乏人が日銭を節約して生活してるのと同じ水準で文句ばっかりいうのって狂ってるとかそういうレベルじゃない

2020-11-11

anond:20201111152331

貴族大名に献上する料理だとか

農民がたまにしか食べられないご馳走だからこそ

そのレシピ大事伝承されたりするわけで

必ずしも「日常的に食べられないか存在しない」とは言えないぞ

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