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2017-12-13

anond:20171213124740

夜這いの件も日本では女からも行ってた

そもそも昔の農村部文化って未だよく分かってないんだけどな。

殆ど記録されない(そもそも文字が書ける人が少ない上に紙も貴重品、

かつ「特別な人の特別日の出来事」を記録する人はいても「名もなき庶民のどこにでもある日常」ってのはなかなか記録されない)から

僅かな記録と伝承などを頼りに知るしかないんだが

そういうのの正確性がどこまであるのやら、ではある

都市部なら記録あるが、そもそも都市部人間自体が少数派(江戸時代以前の日本人殆ど農民)だし

「女から夜這いに行ってた」のも、滅多にない特殊事件なのかどこにでもある日常なのか、

そもそもどこの記録なのか、真偽が怪しい伝承などではないのか。

2017-12-05

ロア~奇妙な伝説シーズン1のステマするぞ

ググってみて「Amazon primeビデオ」のページが出てきたらそれだ。

この作品は、「ウォーキング・デッド」、「X-ファイル」の製作指揮者らがアーロン・マーンケの語る「伝承」をもとに、実際に起こった恐怖の出来事実写化したシリーズ吸血鬼や狼人間、人さらいなどのホラー伝説の裏に隠された真実が、衝撃的なシーンやアニメーション、記録とナレーションによって明らかにされる。

 

わかりにくと思うけど、昔のアンビリーバボーみたいなものホラーサイコオカルト

 

1. よみがえる死体

簡単に言うと、霊とか魂とかゾンビとかそこら辺。医学が発達してなかった頃の死の判定が曖昧だったことの恐怖。

とにかくオカルト好きは見てほしい。ホラーではなく結構人間ドラマというか。

 

2. 恐怖の手術

グロ注意。グロに耐性ない人は見ないほうが本当にいい。

内容は精神外科。その手術再現風景が何回か出て来る。個人的ロボトミー手術にはものすごい嫌悪感があるので見るのが辛かった。

しかしそのロボトミー手術をする人にも志があり、決してそれはマッドサイエンティスト自分のためにしたことではなかったのだろうと察すると、それはそれは胸を締め付けられる。

3. さらわれる女たち

アイルランド伝承を信じる人の話。

この話で一番思ったのは、「少しでも可能性があるのなら」と医療を信じず、土着信仰を信じてしまうことの怖さ。そして、伝承いかにして受け継がれるか。

一番の胸糞エピソード

 

4. 死者の音

個人的駄作

明らかにこの話だけ毛色が違う。降霊術ポルターガイスト。そういうのが好きならみてもいいんじゃないかな。

 

5. 心に巣食う獣

獣(モンスター)と獣のような人の話。

本当のモンスターは人。というようなオチで終わるので大体どういうストーリーかわかると思うけれども、狼という獣を恐れるからこそ、人は狼に憧れるのかもしれないと思った。

 

6. 封印された箱

ガチホラー注意。

映画チャイルドプレイ」の元ネタと言われているロバート人形を中心に、人形と人の関わり、なぜ人は人形に惹かれるのか。そして何故、人は人形生理的嫌悪感を覚えるのか…。

 

自分ボキャブラリーがないのでおかし感想しか書けないけれども、Amazon primeに入ってる人は是非見てほしい。

個人的に感じたのは冒頭でも述べた昔の「アンビリーバボー」。

呪いのなんたらとかそういうのを追い求めていた頃のアンビリーバボーが好きなら絶対に気にいるはず。

2017-11-05

anond:20171105174901

死因は何より貧しさだろうけど、危険への無知もあるし、昔の人と話してると死んでも仕方ない覚悟で女が畑仕事家事をやってた感じもする

百姓貴族で書かれてた机の脚に赤子くくりつけて放っておいてたのとかも今なら虐待だしいつ事故で死んでもおかしくないよね

しかったし父親育児参加が無かったから仕方なかったみたいな感じの話を聞く

自民森派支持母体の捨て育てのとこも多くの政治家が推薦してるけど戦後からオカルト育児だし昔ながらの育児や家庭賛美は根強いよ

維新のこれとか酷かったよね以下コピペ

家庭教育支援条例案」

【前文より】

・かつて子育ては、社会から温かく厳しい「眼差し」に支えられていた。

・今は、伝統的子育て法が伝承されず、父母が途方に暮れている。

・「ながら授乳」などに、「親心喪失」が表れている。

発達障害のような「気になる子」が増えて学級崩壊が起きた。不登校非行発達障害との関係も指摘されている。

【条文より】

・わが国の伝統的子育て法によって発達障害は予防できる。

乳幼児期の愛情不足が発達障害の要因であるから、その予防策を実施する。

高校以下の子がいる全家庭に保護者用の「道徳副読本」を配付する。

2017-10-31

anond:20171031180523

卒塔婆小町とか小野小町九相図とかを背景にそう唱える古典学者がいないわけではないが

百夜通いの伝承代表に、美人というのが平安時代からの通説であり、明治以降明治以前とかで定説が変わったとかはない。

[] #40-3「お菓子祭り作戦

戦利品が袋の半分に達しかけたとき、転機が訪れる。

何の気なしに訪問した家から出てきたのは、俺たちが知っている人物だった。

「おや、あなたたちもハロウィンに参加していたのですか」

家の主は“生活教”とかいう、胡散臭い新興宗教教祖だったのだ。

普通の家に住んでいたから完全に油断していた。

てっきり、もっと宗教家っぽい家に住んでると思ってたのに。

「勘弁してくれよ。こんなイベント宗教家出張ってくるとか」

別に不思議でもないでしょう。そもそもハロウィンは魔を退けるための厳かな風習だったんですよ。日本で言えば盆みたいなものです」

なんで日本を例えに出した。

「はあ? ハロウィンまで宗教と絡めるつもりかよ」

「ちゃんとした伝承に基づくものです。みんな発祥を知らないというだけで、この世で宗教関係していたというものは意外と多いですよ。日本謙虚ライフスタイルと通念は、とある仏教徒の唱えた説法の影響が大きいとされていますし」

なんで日本を例えに出した。

俺たちはあんたの話を聞きたいんじゃなくて、お菓子を貰いに来たんだ。

ウンザリした俺は、今回ばかりは弟がイタズラしてくれないものかと心の中で祈った。

「なんだって!? じゃあ、僕たちはハロウィンを間違ってやっているってことなのか。バカみたいじゃないか

だが、意外にも弟がこれに食いついた。

なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。

「いや……うーん……どう説明すればいいのやら……」

弟のリアクションに反して、教祖の返答は歯切れが悪かった。

薀蓄程度のつもりで言ったから、そこまで食いついてくるとは思わなかったのだろう。

「私も詳しく知っているわけではないので滅多なことは言えませんよ……教義上、他宗教否定はしないというだけで、すすんで調べるほど関心のある対象でもないので……」

「でも、今のハロウィン本来趣旨から外れているってことは確かなんでしょ?」

「まあ、それはそうなんですが、だからといってそれが悪いとは一概に……」

「それだけ分かれば十分だ。よし、今回のハロウィンは『お菓子祭り作戦』じゃなく、『ハロウィン真実キャンペーン』でいこう!」

そう言って弟は菓子も貰わずに、どこかへ走り出した。

おい、勘弁してくれよ。

これならまだイタズラで暴れてくれたほうが対処が楽で助かる。

「ああ、行ってしまった。じゃあ、お菓子はお兄さんに渡しておきますね」

「おい教祖よ。お前のせいで弟があんなことになったんだから、その始末をつけるべきじゃないか?」

「ええ? でも私は別に扇動したわけでも、洗脳したわけでもないですし……それに、これから来るであろう子供たちにお菓子をあげるため、家を離れるわけにも……」

「弟の行動力を甘く見るな。なまじイタズラとか諌めやすい行動じゃない分、なお性質が悪いことになるぞ」

「うーん……では私は西側へ向かうので、あなたは東から

そう言って、教祖テクテクと歩き出した。

西……さっき弟が走っていったのと逆方向だ。

あいつ、さては協力する気がないな。

俺は深くため息をつくと、袋をガサガサと鳴らしながら歩を進める。

こうして俺は、弟の捜索兼『ハロウィン真実キャンペーン』の阻止とかいう、バカみたいな作戦をやる羽目になってしまうのであった。

……いや、いずれにしろバカみたいなんだが。

(#40-4へ続く)

2017-10-26

明治維新150周年とはつまり江戸しぐさ伝承殲滅150周年のことになる

江戸しぐさ伝承者は官軍によって根絶やしにされ、最後のひとりにいたるまで徹底した殲滅戦が行われた。

織田信長も一回につき2万人ほどストレス解消に殺したと言うが、明治政府もそれに劣らぬ残虐な行為を行ったわけだ。

江戸しぐさを信奉する立場の人は「明治150年」など粉砕すべき忌まわしいイベントの筈である

粉砕するか、それとも御霊を安んじる、しめやかセレモニーを行うか要注意である

2017-10-15

安倍氏 (奥州)

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この記事には複数問題があります改善ノートページでの議論にご協力ください。

出典は脚注などを用いて記述と関連付けてください。(2015年8月

脚注による出典の参照が不十分です。脚注を追加してください。(2015年8月

安倍氏

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本姓 安倍氏

家祖 安倍忠頼

種別 武家

出身地 陸奥国

主な根拠地 陸奥国衣川

凡例 / Category:日本氏族

安倍氏(あべ し)は、平安時代陸奥国(後の陸中国)の豪族

目次 [非表示]

1 出自

1.1 「俘囚長」を巡る議論

1.2 軍事貴族としての安倍氏

2 前九年の役安倍氏の滅亡

3 末裔

4 系譜

5 脚注

6 参考文献

7 外部リンク

出自[編集]

そのルーツは明らかでない。

神武天皇に殺された畿内の王長脛彦の兄安日彦をその始祖とする説。『平泉雑記』が伝える安倍氏自身の家伝によれば、安日彦津軽亡命をもって安倍氏発祥としている。「藤崎系図」にも同様の記述が見られ[1]、真偽は別にして安倍氏の後裔はそのような自己意識を持っていたことは確かである。ただし、長脛彦を出自に関連づけているのは、平将門藤原純友の後裔と称した武家が多数発生したのと同様に、武勇を尊んでの仮冒の結果とも考えられる[2]。

奥州に下った中央豪族である安倍氏のいずれかが任地で子孫を残したとの説。秋田蝦夷の帰順を得た阿倍比羅夫につながる系図もある[3]。これを受けて、明治期に編纂された華族類別録で安倍氏の子孫は、土御門家等阿倍氏と同じ孝元天皇皇子大彦命の後裔である位置づけられている。また、鎮守府将軍安倍比高の後裔とする説がある[4]。

奈良時代陸奥国勢力を広げた阿倍氏から陸奥南部の諸豪族阿倍を冠した複姓(阿倍陸奥臣・阿倍安積臣、ほか)を賜与され支配関係を築かれたが、その子孫との説。ただし復姓下賜が奥州南部にとどまり奥六郡のような北部に及んだ例がないこと、奥州安倍氏にはこのような復姓を称した伝承が全く伝わっていないことをもって否定する見解もある[2]。

朝廷に従った蝦夷俘囚)とする説。後世の研究では、蝦夷アイヌ祖先と同一視する立場からabeapeと読み替えて完全な土着の先住民とみる説もある。

俘囚長」を巡る議論[編集]

安倍氏俘囚長俘囚の中から大和朝廷権力によって選出された有力者)であったとの説が広く流布している。文献上では、康平7年の太政官符に「故俘囚安倍頼時」との記載がある。

軍事貴族としての安倍氏[編集]

従来、安倍氏東北地方の在地の土豪と捉え、前九年の役中央による辺境支配への反乱と見る解釈が主流であった。しかし近年の軍事貴族研究の進展とともに、安倍氏王朝国家特有の「兵(つわもの)」[5]と見る考え方が登場している。

関幸彦は、平氏源氏秀郷流藤原氏のような中央貴族の末流の軍事貴族とは別にして、在地の土豪中央権力に従って軍事貴族化したもの存在したであろうと指摘し、安倍氏もこの中に含まれるのではないかと論じている。その傍証として関は、『陸奥話記』において安倍頼時が「大夫五位官位を持つ者の通称)」と呼ばれていることを指摘している。一方で、安倍忠良が陸奥権守に任命された記録を理由に、中央官人末流とする説もある[4][6]。また、元々は京都から下向した官人出身である安倍氏祖先が現地の有力者(俘囚末裔)の婿となってその勢力を引き継いだのが奥州安倍氏の始まりで、在庁官人であった平永衡藤原経清安倍氏の婿となってその勢力基盤を築いたのもそれと同じ構図であるとする説もある[7]。

前九年の役安倍氏の滅亡[編集]

安倍氏婚姻などによって勢力を拡大し、忠良の子安倍頼時の代に最も勢力を広げた。安倍氏は奥六郡(現在岩手県内陸部)を拠点として糠部(現在青森県東部から亘理・伊具(現在宮城県南部)にいたる地域に影響力を発揮していた。しかし後に頼時が朝廷対立し、源頼義率いる官軍との間で前九年の役が起こる。頼時は途中で戦死し、その後を子の安倍貞任が継いだが、仙北俘囚清原氏が度重なる頼義の要請に応えて参戦すると支えきれず安倍氏は敗れ貞任も戦死して安倍氏勢力を失った。

頼時の三男・安倍宗任、五男・安倍正任はそれぞれ、伊予(のちに筑前宗像)、肥後に配流された。また、亘理宮城県亘理町)の豪族で、安倍氏に加担して没落寸前となった、奥州藤原氏当主藤原経清の妻となっていた頼時の娘(有加一乃末陪)は清原武貞の妻となり、息子(後の藤原清衡)も武貞に引き取られ、養子となった。清原氏安倍氏地位を受け継いだが、後三年の役で滅亡し、清衡がその地位継承して奥州藤原氏興隆することとなる。

末裔[編集]

奥州藤原氏最後当主・泰衡の次男秀安から良衡→信衡→頼衡と続いた後、頼衡嫡男・孝衡から安倍氏を名乗り、現代まで血筋が残っている。

他にも、安倍貞任の子孫を名乗る津軽安東氏安藤氏、その後裔で戦国大名秋田氏、安倍宗任の子孫を名乗る九州松浦党がいる。総理大臣経験者としては米内光政安倍晋三安倍氏末裔自称している。

https://ja.wikipedia.org/wiki/安倍氏_(奥州)

岩手には安倍姓が結構いるらしく声が安倍普三と似てる安倍がいて殺したくなったことを思い出す

2017-10-11

うつ病などの精神疾患含む病の遺伝子要因の考察

うつ発症は、遺伝的要因も大いにあるのではないかと言われている。

仕事うつを抱えている方と接する機会が多いのだが、生育歴を辿る中で祖父母や親戚 両親や兄弟発症歴がある方 もしくは疑いのある方は半数程度である

学術医学的に基づいた見解ではなく、あくまで私の考察なのだ

精神疾患含む病気などの好ましくない遺伝は、DNAの誤解による継承だと思っている。

生物の最大の目的

「生き抜き、生き残る事」

それに付随し、種の存続と繁栄がある。

人間そもそも持ち合わせている「本能」と呼ばれるもの遺伝 とは呼ばない。

まれたばかりの赤ちゃんが誰に教わるわけでもなく、当然のように母乳の吸い方を知っているのは、遺伝子に組み込まれ生存本能であり

家族という群れ、学校という群れ、社会という群れを成し生きるのは、人間という種が生き残る為の生存本能である

それらの群れから弾かれる=生き残れない というような強い恐怖心を持つのもごくごく自然本能であると同時に

群れの中の異分子排除しようとするのもまた、人間本能である

本能は、生き抜き 生き残る為に最も継承される必要のある生存戦略だ。



PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは、命の安全を脅かされるような出来事によって 強い精神的衝撃を受ける事が原因で起こる著しい苦痛生活機能障害をもたらすストレス障害である

生命根本的な目的である「生き抜く 生き残る」という土台が覆される出来事の衝撃は

今後、生き抜き生き残る為に必要情報として遺伝子に深く刻まれ必要がある。

二度と生命危険晒すことのないよう学習する必要があるのだ。

PTSDは、「記憶の凍結」が起こると言われている。

PTSDの元となった場面に少しでも近い状況、近い雰囲気を察知すると、冷凍保存された記憶がありありと蘇ってくる。

俗にフラッシュバックと呼ばれる現象だ。

しかも、少しでも似たような場面に出くわせば出くわすほど恐怖心は拡大され、倍増していくと言われている。

記憶の凍結と、恐怖心の拡大。

これは、生命の「生き抜く 生き残る」という最大の目的が二度と脅かされることのないよう

その時見た景色、その時感じた匂い、その時聴いた音 感覚... 五感をフルに使い記憶に焼き付け凍結させ

同じような状況 場所を避けようとする為の生存本能である

また、同じような状況において著しく恐怖心を煽り 安全場所に逃避させようとする為の生存本能である

本能は生き抜き 生き残る為に最も継承される必要のある、生存戦略だ。」

そう考えると、生き抜き 生き残る為に伝承される必要があるものとして選ばれた事柄の中に

精神疾患含む様々な病もあるのではないだろうか。



例えば、遺伝的な要因が大きいとされる身近な病気代表として「アレルギー」がある。

私自身にも幼い頃は卵アレルギーがあり、今現在ハウスダストや猫のアレルギーがある。

ギャグみたいな話だが、私の遥か遠い祖先は誤って毒を口にした経験があるのだと思っている。

毒を摂取してしまった時に起こったPTSDと二度と同じ過ちを繰り返さない為の記憶の凍結。

それにより、似た物質に対する過剰反応継承される中で拡大され 身体的症状として「アレルギー」となったのではないか



では、うつ場合どうだろう。

これは特に冬季うつ病が分かりやすい。

冬季うつ病とは、冬になると気分が落ち込み

具体的な症状として、倦怠感 過食 過睡眠などが挙げられる。

カロリーを蓄えた後、生命活動セーブする事によって、命を温存する為のいわば「冬眠」だ。

急な気象変動などによる食糧不足生活環境の著しい変化により、生命活動を極端にセーブさせ生存期間を伸ばす為の戦略である

冬季うつ病以外のうつ病の症状も、生命活動セーブという観点でいうと共通している。



一般的なうつ病も引き金として、環境の変化や 適応しにくい状況での過剰負荷による睡眠不足ストレス過多が挙げられる。

遥か遠い祖先、急な天変地異などに見舞われた際の生命活動セーブさせるという生存戦略

その際のPTSD記憶の凍結。

生き抜き 生き残る為に必要生存戦略として深く遺伝子に刻まれ選択され継承された記憶

継承される中で、似た環境に対する過剰反応と拡大されていく恐怖心の中で昨今

環境の変化や 適応しにくい状況での過剰負荷による睡眠不足ストレス過多に見舞われると、凍結された記憶遺伝子の中で呼び起こされ

生命活動セーブ=「うつ病」と呼ばれる形で再現されているのではないか


人類は「生き抜く 生き残る」という最大の目的があるにも関わらず

生命を脅かすような遺伝的な病は数多くある。

私は精神疾患含む病気などの好ましくない遺伝は、DNAの誤解による継承だと思っている。

何十世紀にも渡る個人歴史の中で、生命安全を脅かされるような危機的状況の中、起こった記憶の凍結。

元々は生き抜き生き残る為の戦略として必要だった記憶は、恐怖の拡大により形を変え

今や必要のないはずのもの遺伝という形で更に継承され続け

本来目的とは真逆の、生命を脅かす病として個人を苦しめている。

うつ病などの精神疾患始め、遺伝的要素を含む病は

遺伝子レベルでの改革必要なのである

元々は己の命を守る為の戦略であった事

凍結し拡大され、形を変えて今もなお継承され続けるほどの恐怖を味わったという事

だが、今はもはや必要のない情報であり

科学生活環境に伴う人類自体進化により

それほど怯え恐れる状況下には陥る事はそうそう無いという確信

それらをひとつひとつ丁寧に理解し、遺伝子に説得する必要があるだろう。

2017-09-19

anond:20170919141818

Fateだって史実伝承を無理くりな角度から見てこう解釈したらおもろいよねっていうコンセプトやん

それと大して変わらんって

2017-09-17

文化剥奪文化の盗用についてのメモ

ブログに書こうと思ったんだけど、どうもよく理解できないので、メモのままここに残しておく。将来利用するかどうかはわからない。


文化」とは、社会に共有された生活様式。この場合社会とは、コミュニティであったり地域であったり、場合によっては国家支配する領域であったりする。生活様式には、言語伝承なども含まれる。

文化的同一性」とは、その社会の成員がその社会に属しているものとして自覚できる文化社会に共有されたものであると同時にその個人のものでもあるため、所有意識が生まれる。

「所有」とは、他者排除して占有する権利のこと。権利であるがゆえに社会的に定まるものであり、社会的に定まるがゆえに社会によってその範囲は異なる。また、抽象的な存在に対する占有可能にするためには、何らかの概念が共有されている必要がある。例えば著作物に対する所有は、複製や営利に関する一定概念が共有されなければ無意味になる。

剥奪」とは、社会的強者社会的弱者権利を奪うこと。奪われる権利が物品財貨の所有権である場合搾取となる。

文化剥奪」とは、ある社会集団所属するひとの文化的同一性を保持する権利を奪うことである。例えば狩猟社会において狩猟禁止することや伝統的に行われてきた祭祀禁止することなど、旧来の生活様式禁止することは文化剥奪にあたる。創氏改名文化剥奪典型である

文化の盗用」(cultural appropriation)とは、社会的強者社会的弱者文化をあたか自分のものであるかのように占有する現象


文化の盗用が問題になるのは、盗用によって本来のその文化の保持者の文化的同一性が脅かされるからである。すなわち、自分自身所属する社会集団文化が他の社会集団のものとされることにより、自分自身同一性を脅かされる。すなわち、文化の盗用問題は、文化剥奪問題一種であるということができる。

文化の盗用問題に対する抗議が文化的標識(例えば特定民話伝承)の使用権問題として表面化するのは、弱者強者に対抗する論拠がそこに求めやすいからでしかない。実際の問題は、使用権にではなく、社会的支配・被支配関係にある。


文化剥奪問題は、弱者側の自主的同化を伴うため、外見上、単なる時代変化と線を引きにくいものになる。たとえば明治日本欧化政策は、軍事的経済的政治的に圧倒的強者であった西欧世界による日本文化剥奪であったが、それが日本社会の側から強者に対する弱者の対抗策として実施された主体的ものであったことも事実である。その際に、「和魂洋才」といった文化的同一性保持のための辻褄合わせが提唱されたことなど、分析すべき点は多い。

朝鮮人に対する創氏改名は強権的な文化剥奪であり、戦後在日朝鮮人韓国人通称使用第一の原因であるが、在日側の日本国内在住のための利便性からの選好という側面があったことも否定はできない。そのような姿勢経済的社会的権力関係が強い影響を与えたことも事実である。このあたりは非常に重層的で、軽々しく断じることができない。


いずれにせよ、文化剥奪強者弱者に対して行うものであり、このような議論が昨今日本人から発せられているという点は、社会集団の力関係の変化を考察する上で興味深い出発点になるかもしれない。

2017-09-05

anond:20170905143056

ちょっと、怖い。この増田勉強になるけど。

釈迦自体伝承世界からね。生きておられたのは事実でも、その後の分派具合大きい。

2017-08-05

[] #32-3「数奇なる英雄 リダイア」

期限当日。

俺たちの成果を、他のグループの前で発表する日ということだ。

他のグループの発表はというと、自分たちの住む町の歴史だとか……まあ何も言うことはない。

みんな課題をこなすことに必死だったし、他人成果物に目を向ける心の余裕はなかったんだ。

そして、長いような短かったような時を彷徨い、いよいよ俺たちグループの番がきたのだった。

英雄リダイアはこの町で生まれ育ったことは周知の通りです。リダイアは当時としては画期的建築技術発明し、この町の発展を大いに助けたとされます。ですが、これはあくまで彼の英雄たる理由の一つでしかありません」

まずはリダイアに関する大まかな説明から始める。

このあたりはエビデンスがとれていることもあり、滞りなく進んだ。

問題はここからだ。

「次に彼はアマゾンとある集落にて、住人たちと槍を取り、侵略者から守ったという記録が残されています

アマゾンといえば、アマゾネスしかし、そこでリダイアはこれといった人間関係トラブルがなかったことが、記述内容から判断できます。つまりリダイアは実は女性だったのではと推測できます

聞いていた他のグループがざわつきだす。

一応の辻褄は合うものの、はっきり言ってとんでもない説だからだ。

念のため言っておくが、これは俺ではなくメンバーの一人であるタイナイが提唱したものだ。

それっぽくこじつけはいものの、タイナイが最近読んでいた漫画の影響をモロに受けていることは俺からみれば明らかであった。

さて、これが一つ目の策だ。

タイナイ、カジマ、ウサクでそれぞれ持ちよった説を全て統合して、後は無理やり辻褄を合わせてやろうというものだった。

当然そんなことをすれば、いずれ綻びが生じる。

そこで俺はとある説を用意しておくのだが……まあ直に分かる。


「戦乱の世が平定。落ち着きを取り戻し始めたころ、リダイアは医者を志します。今度は人を救う存在になりたい、と考えたのかもしれません。それから彼は西の島にて、医者として多くの命を助けました。汎用性の高い薬を発明したのも、この当時であると考えられます

医学進歩しだしたころ、リダイアは芸術の分野で多彩な活躍します。我らの町では建築技術、別の地方では絵画といった具合に」

その後も俺たちは、纏めた内容を淡々説明していく。

周りのざわついた音は徐々に大きくなっていたが、意に介さなかった。

「そのように八面六臂の活躍をしていく内、またも世は戦乱の気配を漂わせていました。そこでリダイアは、再びその身を戦火の中へと投じていくのです」

説明も終盤にさしかかったとき、とうとう俺たちが予想していた言葉を一人のクラスメートが発した。

ちょっと待ってくれ、さっきから色々と語っているが滅茶苦茶じゃないか現実的じゃない」

当然の疑問だ。

そこで、俺たちは二つ目の策……いや、説を提唱することにした。

「仰るとおり。いくらリダイアが人並み外れた力の持ち主と定義したとしても、このとき既に64歳。現役を退いている上、当時の平均寿命を越えている。仮に生きていたとしても、物理的に有り得ない」

「我々はリダイアの活躍が書かれた文献をしらみつぶしに調べました。長生きの一言で済ますには、些か無理がある活躍の記録があることが分かりました」

「文献のいくつかは彼を英雄視する人々が作り上げた、偶像物語だと考えることもできます。ですが、それを踏まえてなお整合性のとれない話も多々あったのです」

「そこで、ある説が浮上します。リダイアというのは個人ではなく、各時代、あらゆる場所複数いた、名もなき英雄俗称ではないかと」

ざわついていた空間が、今度は静寂に包まれていた。

これこそが、俺の考えた方法……いや、説だ。

「あらゆる時代、あらゆる場所活躍する英雄が多くいました。リダイアが様々な方面で才能を発揮したとされるのも、そもそも別人だと考えれば自然です」

「なぜ、それらがリダイアとされたかは、彼らに関する詳しい文献が個別存在しない、つまり名もなき英雄だったことに他なりません。そこで当時の人々は、ある種の英雄理想像としてリダイアを作り上げ、そこに実在する英雄投影させました」

「時には自称し、時には伝聞によって。事実真実伝承入り混じり、『リダイア』という英雄集合体が形作られたわけです」

はっきり言って、この説はあまり自信のあるものではなかった。

一応の整合性こそ取れるものの、その実は文献の真偽を分別することを放棄した、苦肉の策だったからだ。

些か理屈に無理があることは承知の上だった。

それでも課題未完成にして出すよりは、それを完成品にするために帳尻を合わせるほうがマシだと考えたのだ。

(#32-4へ続く)

2017-07-06

SNS時代の正しい桃太郎

おことわり

この物語伝承などに従ったフィクションです。登場する人物団体名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

また、伝承は諸説有り、違った見解物語を持っているものがありますが、これはそれらを否定するものではないことをあらかじめ申し上げておきます

1

昔々ある所に、地域に貢献しながら元気に頑張っている2人家族がいました。一人は雅、もう一人は晴と言います

体力に自信がある雅は、山(※この家族は入会地の権利を持っています許可無く私有地・共有地に立ち入ることは法により罰せられる場合があります)に芝刈りに、晴は川へ洗濯へ(※この家族水利権を持っています安全問題の無い処置の他、特別な訓練を受けています。もし真似をしたことによる損害が発生しても責任は追いません。また環境配慮した石けんを使用しており、環境に影響を与えることはありません)出かけました。もちろん、二人の役割は固定されているわけではなく、ジェンダーに捕らわれない公正な考え方、ジェンダーではなく個々人に目を向けた正統な役割分担によって相談し当番制を敷いていて、今日たまたまこ役割だった事は、言うまでもありません。

2

すると、川の上流から大きな桃ののようなものがどんぶらこどんぶらこと流れてきました。晴は桃を拾い上げると、警察に届けました。警察は、桃はそのままで保管する事は困難である判断して、遺失物法に基づき手続き実施、売却をしてその代金を保管することにしました。

雅と晴は二人で相談して、合議の上でお互いの財産から半分ずつお金を出し合い入札をして、桃を手に入れました。入札額は桃の価値に対して十分な金額でした。

持ち帰った桃をわってみると、なかから元気な子どもが! 二人は大変驚きましたが、子どもが生まれたことは事実であり、桃からまれたと言う一点だけで差別したりはしません。二人は適切に子どもの世話をすると共に、役場担当者に連絡、村長が棄児発見調書を作成して戸籍がつくられ、児童相談所に預けられました。この時、従来からの慣例に従い、子どもの命名は発見した保護者が行う事にもなっているため、二人は悩んだ末、ジェンダーニュートラル名前「桃」と名付けました。(※なお、桃は二人でおいしくいただきました)

その後、これも何かの縁(※特定宗教意図したものではありません)と考えた二人は、正式手続きを経て、桃を特別養子縁組の仕組みをつかって引き取るり、大事に育てました。もちろん、二人は養子として迎えられなかった子ども達が一律に不幸だと考えてこの行動をとったわけではないのは、言うまでも無いでしょう。

3

時は流れて、大きくなった桃(※事実を述べたに過ぎず、病気あるいは遺伝的特徴から大きくなれない事を揶揄する意図はありません)は、鬼ヶ島へ鬼退治(※法的処置に基づく、強制行動のことをさします)に行くことになりました。

もちろん、鬼たちは、鬼というだけで差別されているわけではなく、特定の島を不法占拠した上で、強盗誘拐など、日本国法、並びに国際法、国際通念などと比較して、多くの人が反社会的行為だと言うような行為集団的実施している上に、暴力的行為によって不当に取り締まりを逃れているため、対処必要があると判断されているものです。

法的な召還にも応じず、命令にも従わないため、強制捜査代執行などが決定されたものの、治安機関による取り締まりや、軍隊の出動などを実施した物のいずれも失敗したため、法的な手続きを踏んだ上で実施されています一方的に鬼の人権排除するような点については違憲可能性も考えられるため、国会では議論議論が重ねられ、特別立法によって、一連の鬼退治を桃に委託することに決定されました。報道各社の世論調査でも、読売新聞調査で支持する、どちらかというと支持するを併せて8割以上が賛成、朝日新聞調査でも7割以上が賛成するなど、世論の支持も得ています

(なお、この文章は、現在国会で行われている、組織犯罪処罰法(通称共謀罪)や、改憲論議に対して、何らかの意見、影響を与えることを意図した物ではありません。)

4

当日の料理当番だった雅が作った(※雅はジェンダー役割の押しつけによって料理当番を実施しているわけではなく、個人に着目した能力に応じ、二人で決めたルールによって自発的実施しているものです)きびだんごを腰にぶら下げて鬼ヶ島へと出発しましたが、道中、犬、猿、キジが現れました。桃は、彼らに、脱酸素剤などをつかい添加物などを使わずに適切に保存したきびだんご(※動物有害ものは入っていない特別な物です。一般的きびだんご動物に与えると動物健康に悪影響を与える場合があります。また、野生動物食べ物を与える事は、条例によって罰せられる場合があります)を、アレルギーなどがないか確認した上であたえ、動物愛護法などに定められた、また、社会的にも正しい動物福祉の元で彼らの協力を得て、鬼ヶ島へと渡ります

5

鬼ヶ島では、鬼たちが【青少年健全育成に不適切表現ゾーニングされていないバージョン正式手続きにより読む事ができますので、検閲ではなく、これは自主規制です】の最中でしたが、人道的に問題があるとされる奇襲などは行わず、あらかじめ用意された裁判所からの令状を、十分に聞こえる様に読み上げ、鬼たちがそれに従わないことを確認すると、法令に則り代執行宣言、【青少年健全育成に不適切表現ゾーニングされていないバージョン正式手続きにより読む事ができますので、検閲ではなく、これは自主規制です】の末に、鬼らを後からやってきた治安機関職員に次々と引き渡していきました。この時の罪状公務執行妨害現行犯逮捕です。鬼たちは今後、弁護士がついて公正な司法のもと、裁かれることになりますが、罪が確定して有罪になる迄は、あくまでも罪人ではない事に配慮し、実名は記しません。

また、この行為について、鬼側に死亡者が発生しているのではないかという指摘がありますが、事実無根であり、ここで行使された武力は正統かつ、やむを得ない範囲で十分に配慮されたものでした。

6

鬼たちが悪行で集めた金銀財宝などは、特別立法に基づき、国が指定した弁護士管財人によって管理されます有罪が確定したあと、確認が行われた後に被害者に分配されることがきまっています。故に、桃らが横領したという指摘にはあたりません。桃はここから報酬を受け取るのではなく、国から各種規定に基づきあらかじめ定められた報酬を受け取りました。これは桃が果たした社会的役割鑑みると正統な報酬であると考えられる範囲金額であり、会計検査院監査を受けた上で、妥当だと証明を受けているものです。

個人プライバシーがあるため詳細は省きますが、報酬用途は、実家のすぐ隣に新たな家を構え、その後は自立した大人として暮らすために使われ、桃はこれが国民血税であることを十分に認識しながら、感謝気持ちを忘れることなく、決して不当な事に当てられたことはなかったということだけは記載しておきます

7

被害に遭われた方々の事を思うととてもめでたしめでたしなどと言うことはできない凄惨出来事ですが、それでも、桃が自らの役割を果たしたことで、社会秩序治安といったものが守られ、公共の福祉が成されました。今回は暴力という手段によってしか解決ができなかったことは大変に不幸であり、桃、または登場する人物もその点に遺憾を表明しており、やむをえずおこなったものです。

これは、桃は特別な訓練と、公正な立法措置によって行われた事であり、通常行うと重大な事故に繋がったり、罪に問われる場合がありますので、真似をしないでください。

参照文献


https://www.ad-c.or.jp/campaign/self_all/self_all_01.html

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1707/04/news117.html

http://www.huffingtonpost.jp/2017/07/05/ac-japan-ad-campaign_n_17389562.html

https://srad.jp/story/17/07/06/047224/

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%83%E5%A4%AA%E9%83%8E

http://arasujikun.com/archives/14

2017-07-04

ジョージ・ワシントンはな、桜の木の枝を折って、「次はお前がこうなる番だ」と素直に話したそうな。

そこでトキ北斗伝承者として不適切判断し彼の顔を焼いたそうじゃ

2017-05-19

園城寺(おんじょうじ)は、滋賀県大津市園城寺町にある、天台寺門宗総本山。山号を「長等山(ながらさん)」と称する。

開基(創立者)は大友与多王、本尊弥勒菩薩である日本三不動の一である黄不動で著名な寺院で、観音堂は西国三十三所観音霊場の第14番札所である。また、近江八景の1つである三井の晩鐘」でも知られる。

なお一般には「三井寺(みいでら)」として知られるため、本文では「三井寺」の呼称を用いる。

目次 [非表示]

1 歴史

2 伽藍

3 黄不動

4 文化財

4.1 三井寺秘仏

4.2 国宝

4.3 重要文化財

4.4 その他

5 御詠歌

6 前後札所

7 交通

8 周辺

9 脚注

10 参考文献

11 関連項目

12 外部リンク

歴史[編集]

三井寺7世紀大友氏 (古代)の氏寺として草創され、9世紀に唐から帰国した留学円珍天台寺門宗宗祖)によって再興された。三井寺平安時代以降、皇室貴族武家などの幅広い信仰を集めて栄えたが、10世紀から比叡山延暦寺との対立抗争が激化し、比叡山の宗徒によって三井寺が焼き討ちされることが史上度々あった。近世には豊臣秀吉によって寺領没収されて廃寺同然となったこともあるが、こうした歴史上の苦難を乗り越えてその都度再興されてきたことから三井寺は「不死鳥の寺」と称されている。

三井寺」の由来となった井戸「閼伽井屋」(重文

三井寺起源については、次のように伝承されている。大津京を造営した天智天皇は、念持仏の弥勒菩薩像を本尊とする寺を建立しようとしていたが、生前にはその志を果たせなかった。天皇の子大友皇子弘文天皇)も壬申の乱のため、25歳の若さで没している。大友皇子の子である大友与多王は、父の菩提のため、天智天皇所持の弥勒像を本尊とする寺の建立を発願した。壬申の乱大友皇子敵対していた天武天皇は、朱鳥元年(686年)この寺の建立を許可し、「園城寺」の寺号を与えた。「園城」という寺号は、大友与多王が自分の「荘園城邑」(「田畑屋敷」)を投げ打って一寺を建立しようとする志に感じて名付けたものという。なお、「三井寺」の通称は、この寺に涌く霊泉が天智・天武・持統の3代の天皇の産湯として使われたことから御井」(みい)の寺と言われていたものが転じて三井寺となったという。現在三井寺には創建時に遡る遺物ほとんど残っていない。しかし、金堂付近からは、奈良時代前期に遡る古瓦が出土しており、大友氏と寺との関係史料から裏付けられることから、以上の草創伝承は単なる伝説ではなく、ある程度史実を反映したものと見ることができる。

三井寺では、他宗で「管長」「別当」などと呼ばれる、一山を代表する僧のことを「長吏」(ちょうり)と呼んでいる。貞観元年(859年)、三井寺初代長吏就任し、その後の三井寺の発展の基礎を築いたのが、智証大師円珍である円珍は、弘仁5年(814年)、讃岐国那珂郡香川県善通寺市)に生まれた。俗名は和気広雄、母方の姓は佐伯氏で、円珍の母は弘法大師空海の妹(もしくは姪)にあたる。幼時から学才を発揮し神童と呼ばれた広雄は、15歳で比叡山に登り、初代天台座主義真に入門。19歳の時に国家公認正規の僧となり、円珍改名した。その後、比叡山規定に従って「十二年籠山行」(12年間、比叡山から下りずにひたすら修行する)を終えた後、大峯山熊野三山を巡って厳しい修行をする。このことから三井寺修験道とも深い繋がりを持っている。仁寿3年(853年)には唐へ留学して6年間、各地で修行青龍寺の法全(はっせん)から密教の奥義を伝授された。天安2年(858年)、円珍は多くの経巻、図像、法具を携えて日本帰国した。翌貞観元年(859年)、大友氏の氏寺であった三井寺に「唐院」(とういん)を設置。寺を整備して修行道場とすると共に、唐から請来した経典や法具を唐院に収蔵した。貞観8年(866年)、太政官から円珍伝法の公験(くげん、証明書)が与えられた。顕教密教に加えて修験道を兼学する円珍伝法は、これによって政府公認を得たわけであり、天台寺門宗ではこの時をもって開宗と見なしている。貞観10年(868年)、円珍天台宗最高の地位である天台座主就任。以後、没するまでの24年間、その地位にあった。

円珍の没後、比叡山円珍の門流と、慈覚大師円仁の門流との2派に分かれ、両者は事あるごとに対立するようになった。円珍の没後1世紀まりを経た正暦4年(993年)には、円仁派の僧たちが比叡山内にあった円珍派の房舎を打ち壊す騒動があり、両派の対立は決定的となり、円珍派は比叡山下りて、三井寺に移った。比叡山延暦寺を「山門」と別称するのに対し三井寺を「寺門」と称することから、両者の対立抗争を「山門寺門の抗争」などと呼んでいる。比叡山宗徒による三井寺の焼き討ちは永保元年(1081年)を始め、中世末期までに大規模なものだけで10回、小規模なものまで含めると50回にも上るという。

三井寺は、平安時代には朝廷貴族尊崇を集め、中でも藤原道長白河上皇らが深く帰依したことが知られている。これら勢力から寄進等による荘園多数を支配下におき、信州善光寺荘園末寺として記録に著れる。中世以降は源氏など武家信仰も集めた。源氏は、源頼義三井寺に戦勝祈願をしたことから歴代尊崇が篤く、源頼政平家打倒の兵を挙げた時にはこれに協力し、平家を滅ぼした源頼朝も当寺に保護を加えている。頼朝意思を継いだ北条政子もこの方針継承し、建保元年(1214年)に延暦寺に焼き払われた園城寺大内惟義・佐々木広綱・宇都宮蓮生ら在京御家人に命じて直ちに再建させている。しかし、園城寺僧侶として育てられていた源頼家の子公暁叔父である源実朝暗殺するという事件を起こしたために、以後鎌倉幕府より一時冷遇を受ける。だが、北条時頼の信頼が厚かった隆弁が別当就任すると再興され、続く南北朝内乱でも北朝足利氏を支持したことから室町幕府保護を受けた。両幕府のこの厚遇は、強力な権門である延暦寺勢力牽制するために園城寺に対して一定支援をすることが必要であると考えられていたからだと言われている。

文禄4年(1595年)、三井寺豊臣秀吉の怒りに触れ、闕所(寺領没収事実上の廃寺)を命じられている。三井寺が何によって秀吉の怒りを買ったものかは諸説あって定かではない。この結果、三井寺本尊や宝物は他所へ移され、金堂をはじめとする堂宇も強制的に移築された。当時の三井寺金堂は比叡山に移され、延暦寺転法輪堂(釈迦堂)として現存している。慶長3年(1598年)、秀吉は自らの死の直前になって三井寺の再興を許可している。これは死期を悟った秀吉が、霊験あらたかな三井寺祟りを恐れたためとも言われている。秀吉の再興許可を受け、当時の三井寺長吏・道澄が中心となって寺の再興が進められた。現在三井寺の寺観は、ほぼこの頃に整えられたものである

明治維新後は天台宗寺門派を名乗っていたが、1946年以降は天台寺門宗総本山となっている。

2017-05-16

10年前の2ちゃんコピペ東芝のことかと思うと感慨深い

94 :('A`):2007/12/30(日) 15:26:07 0

製品メーカー営業(販社)はまだいいけど、中間メーカー

仕様の変更とか頻繁にあるから文系営業は役に立たない。

ここ3年で3人入れて、3人とも1年以内に辞めてる。

でも理系が不足してて文系しか取れないから、

無理やり技術営業に突っ込んで潰してる。

理系なら3流大でも理系的な学習プロセス習得してるから

時間はかかるけど独り立ちできる。

文系そもそも技術感覚的に捉えて営業するから

後々トラブルになる。

現場人間営業に回した方が使えるだろうにと思うが、

現場現場人手不足営業だけでなく、

技術伝承なんてできていないし。技術力は年々低下している。

ただ、そんな実態発注側の大手メーカーにばれると干されるから

必死隠蔽下請けからだんだん崩れてきてる日本製造業も、

かつてのアメリカイギリスになりつつあるんじゃないかな。

大手より中小の方が、日本技術低下を肌身で感じていると思う。

2017-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20170513204643

そこは原爆伝承者みたいに下の世代の奴が出てきて同じこと言い出すよ

向こうだって商売なんだから

2017-04-30

飲み会敬語スーツサービス残業

ジャップランドには信仰がある。

この国は無宗教と語る人もいるがそれは違う。

この国には伝承がある。

沢山酒が飲めて、接待ゴルフが上手くて、スーツぴしっと決めて、敬語完璧に使えて、サービス残業バリバリやって、何を言われてもイエスと答える人間こそが、理想社会人であるという教えがある。

これは立派な宗教だ。

この宗教の中で、階層を生み出すためのマクガフィンの集まりによって、この国のビジネス構成されている。

そしてこの国の日常もまた、ビジネスマナー教の戒律により侵食されきっているのだ。

民明書房中世におけるジャップランド宗教観」より

2017-03-05

亜人ちゃんは語りたいデュラハンちゃんについてちょっと考えたこと

電話無線発明されていない時代戦争などでデュラハン

一瞬で何十キロ、何百キロ先に正確な情報を届けることができるという

反則的な能力を持った伝令として大活躍した時代もあったのではないか想像する。

 

ただ頭と身体をバラすと、とくに頭側は自力でなにも行動ができなくなるので、

その絶対数が少なく換えが効かない人材であることも合わせて

デュラハンには世話役を持てるような貴族として、裕福な暮らし約束されていたりしたのではないだろうか。

(そのへん、伝承デュラハンの姿が騎士鎧を纏った姿で描かれることにも合致しておもしろい)

2017-03-02

ロマンポルノリブートプロジェクト『風に濡れた女』を観に行って

 人生で一度くらいは成人映画映画館で観てみたいと思い、偶然見た予告編の軽快なアクションものっぽい雰囲気にひかれて『風に濡れた女』を観に行ってきた。

 1回きりの鑑賞で見落としや聞き逃したところもあるだろうけど、ひとまず思ったことをネタバレ含みで長々ダラダラとここに書いていく。点数をつけるわけでもないし、正直映画は年に1回観に行けば多いほうで、目が肥えてるわけでも感受性豊かなわけでもないことは先に述べておく。

映画本編に対する感想

主だった演者に対する感想

  • シオリ(演:間宮夕貴)
    • よく見るとややファニー寄りな顔立ちに、勝ち誇ったような表情が作中で映えていた。がらっぱち口調で声もかすれ気味に話していたので序盤は時々台詞が聞き取れなかったが、そういうのを含めても野性味のあるシオリはこの人しかいなかったんだろうなと思う。
  • コウスケ(演:永岡佑)
    • いい意味で顔よりもくすんだいい声だなと思って演技を見た。上手く伝わるかはわからないし人の顔を品評する意味は全くない表現なのだが、黒々としてはっきりスッキリとした眉と瞳をしたコウスケの目元と、うっすら茶色混じりでフリーハンド描線を重ねたような粗いシオリの目元は、続けて映されると対照的でハッとさせられた。

あと、役名と個々の俳優名前合致できなくて申し訳ないけど、サーファーの彼はいい味出してたと思う。

印象に残ったシーンなど

結構とんちんかんなことを言っているかもしれない、本編以外に対する感想

2017-02-28

今は昔、エロゲ伝奇ジャンル流行りけり

伝奇』とは「普通には起きようもない話」が辞書的な定義みたい。

ただ、コレだと異様に範囲が広くなってしまう。


エロゲでいうとこのちょいファンタジー要素のある鍵作品伝奇に入るか? の回答は厳密にはYesなんだろうけど

世の人が伝奇と聞いて期待するタイプの話じゃないと思う。

奇の部分をメインに語ってる訳じゃないし。

要は「それまでの日常に、非現実的な非日常が持ち込まれる話」みたいな定義なのかもしれない。

たぶん夢枕貘とかの「伝奇バイオレンス小説」が流行ったあたりからイメージが変わってきたんだろうけど、「竹取物語」とか「日本霊異記」とか、そういうのが本来伝奇ですな。

ホラー的なものもあるけど、もっと広い意味での「空想物語」っつうか。

全然違うとか言い切られると、ちょっと悲しい感じ。

ついでに英語でいうとromanceなんだけど、こっちはこっちでまた意味が変っちゃってる。

【1】伝説伝承神話など)あるいは、伝説上の存在魑魅魍魎の類、鬼とか)をストーリーに絡める

【2】非日常日常への侵蝕

というのがおおざっぱな伝奇物の定義かなあ?

2.が分かりづらいかもしれないけど。なんていうか、気がついたら異世界に 片足突っ込んでいたという感覚自分が正しいと信じていたものが実はそうではないかもしれないという感じを登場人物が抱くといったら少しはわかりやすいかな。

伝奇エロゲーには人ならざる者が出てくるゲーム結構あるけど、 周りの人間があっさりとそれを受け入れていて、2.の感じが出てないのは伝奇とは違うかもしれない


■『伝奇

gooネット辞書あたりで引くと「怪奇幻想的な物語」とかナメた反応が出る。

これを言葉通り捉えてしまっては頭に述べたように本当に何でもアリになってしまうので少し、伝奇モノの歴史

語っちゃおう。


そも、伝奇というジャンル開祖としてよく挙げられるのは半村良です。

70年代のことですね。

無論、国枝史郎等の先達があってはじめて彼が浮かび上がるわけですが、

それまで単に荒唐無稽物語として埋もれていた伝奇というジャンル復興し、

現在地位にまで導いたのは間違いなく彼でしょう。

HMにおけるブラックサバスみたいな存在なのです。(ちょっと違うか)

半村の作品神話伝説伝承等をベースにして、

そこに科学的な(というよりSF的な)メスを入れることをその切り口としています

石の血脈」等の作品が持つ一連の流れ、

現代に起こる怪事件を、神話伝説にその因を求め、解決していく」というものが、

現代伝奇作品ベーシックスタイルであるといえるでしょう。

YU-NOなんかにも通じるスタイルです。

もっともあれはワイドスクリーンバロック的な造りをしているので、伝奇の枠に入るとは思っていませんが)

その、半村の引いたレールの上に乗ってきた後続者たちが荒巻義雄、志望田景樹、谷恒生といった人々です。

彼らはそれまで活躍していたそれぞれのジャンル

推理小説であったり、冒険小説であったりする色を添えて、独自作品作りました

伝奇が半村一人のものではなく、一つのジャンルとして成長を遂げた瞬間です。

80年代に入って、伝奇は大きな変革の時を迎えます

二人の偉大な作家が流れを大河に変えてしまったのです。

それこそが、夢枕獏菊地秀行です。

前者が格闘技の要素を、後者がスプラッタホラーの要素をぶちこむことで生まれ

伝奇バイオレンス」というジャンルは凄まじいまでの人気を誇りました。

おどろおどろしくも官能的な美女の絵で彩られたノベルズの表紙に、まだ小学生だった私は、

バンパイアハンターDの人の本だけどエッチな表紙すぎて買えないよぅ」とか思ったものでした。

数多くのフォロワーを生み、まさしく時代の寵児となった伝奇バイオレンスですが、

蜜月は駆け足で過ぎてゆくこととなります

80年代後半の黄金期を最後に、ノベルス界王者椅子ミステリ仮想戦記ものに譲ったばかりでなく、

小説ジャンルとしても大きく衰退していきます

幾つか理由はありますが、一つには伝奇バイオレンスだった筈の作風

バイオレンスの側に大きく傾倒してしまったことが言えるでしょう。

殊にセックス描写等に関しては、ポルノ同然の有様であったといえます

伝奇的な設定の妙にしたところでオカルティックな、とってつけたような設定をもってこなされ、

粗製乱造がなされていったのです。

まあジャンル全体の質が低下してしまったことで、ブーム終焉が訪れるのはやむをえなかったのでしょう。

さて、こうして伝奇モノは数ある中の一ジャンルに帰ってゆくのですが、

多くの人々にその遺伝子を残すことには成功しました。

エロゲーライターにおいてもそれは同様で、「痕」の高橋龍也なんかの(エロゲーにおける)先達は、

間違いなく彼らの血を引いていると言えるのではないでしょうか。

その後については別に私が筆を費やす必要はないでしょう。

これを読んでくれている皆さんの方が詳しいだろうと思います

ここまで言って結局私が何を言いたいのかというと、一つには伝奇歴史を紐解いて分かるように、

このジャンルはあらゆる別ジャンルのもの化学変化を簡単に起こすということです。

名称統一されていなかったの自体その顕著な例でしょう。

伝奇バイオレンス」「伝奇ホラー」、「伝奇推理」などなど。

エロゲーにおいてもやはりそうで、因をクトゥルフ等に求めるものは「伝奇ホラー」、

さっきから板違いっちゃ板違いで扱いにくい痕なんかは「伝奇SF」に本来ならカテゴライズされるものでしょう。

まり定義づけを行うのが本当に難しい。

そういう意味では寧ろ物語構造の方にその特色が強いジャンルだとも言えます

ま、個人としては「伝奇バイオレンス」だとか「伝奇SF」だとかいった「伝奇○○」と続くかどうかで

ある程度は判別可能かもなぁと思ったりもします。

竹取物語」とか「日本霊異記」のような太古の伝奇現代伝奇とは別物として考えた方がいいのかもしれないと思いつつおわり。

2017-02-27

俺はオークだった。

俺はオーク族に生まれた。

いや、ファンタジーの話をしているんじゃない。舞台現代日本だ。

俺は身長が低く、豚鼻で、がっちりした体格だ。テラフォーマーズ総理大臣もっと下品にオークっぽくしたような感じだ。太っているが、相応に筋肉もついている。昔、ドラゴンクエストアニメがあったんだけど、それの戦士のモコモコを見て「俺みたいだなぁ」と思った。まぁモコモコのほうが数段イケメンだけどな。俺はあくまでもオーク族だ。

オークがいくら努力してもエルフにはなれないように、さすがに俺の努力限界が来た。まぁもっと努力すべきだったのかもしれないが、ある程度のところで俺はあきらめた。さすがに毎朝鏡を見てりゃ「これはだめだな」と思いもする。高3で大体あきらめた。結構頑張ったほうだと思う。オーク族はだいたい、中3くらいで己の人生を悟るらしいからな。オーク族のほかの者との会談で判明したことだ。

オーク族はファンタジーエロゲのように群れることはない。単純に生息数が少ないからだ。それはそうだ。オーク族の生殖能力は極めて低いからな。俺たちは牙を抜かれたオーク族。残るは豚鼻と突き出た腹だけだ。これが現代のオークさ。まったく悲しいな。雄たけびをあげてエルフの村を襲撃してみたかったぜ。でもそれは犯罪だし、多分普通にエルフ撃退されるからな。

オーク族としての生き方が板につき始めた大学3年の時、俺の前に女騎士が現れた…といいたいところだが、現代の女騎士はオークの前に姿を現すことはない。それはそうだ。だって現代のオークは村を襲わないからな。村を襲わないと女騎士には出会えないんだ。たまに村を襲うオークがいたりするが、そういうときは女騎士出会えるな。裁判所って結構美人さんが出入りしてるぜ。エンブレムを胸に付けた女騎士。で、法廷で女騎士に裁かれるわけだが、法治国家の牙なきオークはそれ以上どうしようもないわけだ。いや、俺は女騎士に裁かれたことはないぞ。一時期裁判の傍聴が趣味だっただけだ。

で、俺の前に現れたのは、女騎士でなく女バードだ。適切かどうかわからんが。ようするに、絵のモデルになってくれと美術系の学生に頼まれたんだ。

現代においてオーク族は希少。ゆえに絵画価値があるというわけなのだろうか。確かに、冷静に考えると、オークというもの一定イメージはあるが、実際に身近にオークを感じる人はなかなかいない。俺も同族となかなかすれ違わないしな。

そこへくると俺などはまさに絵にかいたようなオーク。そんな俺を絵に残そうというのだ。これは面白い。俺は承諾した。

正直、まぁ、期待するよな。オークであっても、やっぱ、期待しちゃうだろ。実は俺のようなオークが好みの希少生物存在していて、俺に好意を抱いているのを「絵のモデルになってくれ」という言葉に隠して接近してきているのかも、とか、ファンタジーをさ…追い求めたく、なるだろ?少なくとも、ほんの少しの希望を抱いた俺が存在することは、理解してもらえると思う。

あとにも先にも絵画モデルなんてものは初めてだったので、これが普通なのかどうかは全くわからんが、美術室で半裸の俺を囲んで数人が絵を描く、ということを何度かやった。その子は俺の正面にいた。さすが美術系というか、まぁ俺の偏見なんだが、顔立ちが整っている子が多かった。整っていながらも「普通美人」ではない雰囲気を醸し出してるのも美術系っぽかった。

あ、前後するけど、俺がモデルに選ばれた経緯は、ラグビー部の先輩がその子と知り合いで、「絵のモデルにちょうどいいガチムチがいる」ということで紹介されたんだ。…まぁ普通に、「クリーチャー知ってっから紹介してやるよ!」っていうノリだわな。悲しくなってきたぞ。

で、オークを囲んだ…なんていうんだ?写生とも違うよな?こう、絵描き会?が始まったんだが。当然のごとく、ファンタジーはないわけよ。その子最初から最後までクリーチャーを観察する鋭い視線のままだったし、周囲の個性的美人さんたちもオークの筋肉分析に余念がないというわけで。実はその子は俺が好きだったというファンタジーもなく、オークが美女を囲むという定番ファンタジーもなかった。

それで、何度かやって戦闘は無事に終了した。完成した絵は見せてもらってない。

それで俺の話は終わりだ。現代のオークの伝承はこんなもんだ。すまんな。

グダグダと書いてきたが、何が言いたいかというとだな…まぁ、なんだ、不愉快に思われるかもしれないので、先に謝っとくけど。なんだろうな、若くて才能のあるエルフがさ、オークを支援したり、絵のモデルにしたりするのって、なんだかすっごいモヤモヤするんだよ。もちろん、理性ではわかっている。容姿なんて関係ない。弱者支援するのは素晴らしいことだし、芸術容姿関係ない。わかっちゃいる、わかっちゃいるけどさ。

はてブで上がってたこの記事

https://news.yahoo.co.jp/byline/mizushimahiroaki/20170227-00068135/

読んでさ、「ドキュメンタリー作品を撮ったことがある教え子の女子大生のNさん」の写真を見たわけよ。女騎士だなぁってな。いや、騎士じゃないかバードなのか?そんなのはどうでもいいが。美人だよな。それがさ。すごく、オーク的に、なにか、モヤるんだよ。もちろん、オークは女騎士に討伐されるべきとも思わないし、逆襲すべきとも思わんけど。

Sさんはどういう気持ちでNさんのドキュメンタリに協力したのかなぁ。

2017-02-24

http://anond.hatelabo.jp/20170224112209

魔女って実は聖書にある概念じゃないんだよね。

呪術師?だったかはあるんだけど、要はオカルトいたことやってる婆さんのことで、悪魔の手先みたいなニュアンスはなかった。

ヨーロッパにもともとある魔女伝承が誤ってキリスト教徒に採り入れられたんだろうね。

なので「魔女が死んだらどうなるか」っていう事態が(キリスト教世界観では)そもそも観念しにくい。

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