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2017-10-02

主人とベットにいるのですが、隣の部屋から

義母の声で「あっ、だめ、かんじ

 

  

  

  

  

で書きなさい。」と聞こえてきました。どうやら早朝から

小学生の息子の宿題を見てくれているようです。

素晴らしい義母献身的愛に感動しています

 

ということではなく、本題ですが、皆さん、最近思い出せなくて書けなかった漢字は何ですか?

増田の皆さんはパソコン入力が多いので、漢字を書くことを忘れていると思います

2017-09-20

地方創生と「七人の侍

地方創生に知恵を貸して欲しい、と声をかけていただけるのは楽しげでありがたいですけど、よくよく聞いてみると、こちらがだいぶ持ち出したうえ、新たに生まれ利益は協力者に配分せず、ぜんぶ地元でいただくみたいな話でしかないですね。例外なく、決まってそうです。そういう条件だと、誰も協力しませんよ。

手柄はぜんぶ地元お山の大将が持っていかないと気がすまないとか。個人的には手柄にはこだわりがないのですが、貧すれば鈍するで、いつの間にか図に乗るから厄介なんです。

ちょっと手伝ってくれませんか

② 協力してくれるよね

もっと献身的にやって当然でしょう

④ お前ら好きでやってるんだよね

うちらやらせてやってる

おまえらカネ持ってんだから置いていけ

みたいな話になってしまうのですよね。黒澤明の「七人の侍」でも、最後に勝ったのはサムライではなく農民でした。

こっちからすると「そっちには自分からリスクをとってやると言い出す人もいないんだから、お手本を見せてやるだけでもありがたいと思いなさいよ。あがりはこっちが全部いただいたって、まだ足りないくらいだけどね」という気分ですよ。

このスタンスに関する本音最初から共有しないことには、地方創生には危なくて手が出せません。

2017-08-31

メンヘラは一回氏ね

15歳の頃から鬱病希死念慮を抱くようになり、自傷過食嘔吐を繰り返して、果てにはアルコール中毒になり今年肝臓腎臓が悪くなりすぎて、意識を失い心肺停止状態になり緊急搬送。2週間意識がなかった。

目を覚ましたとき病院ICUにいた。そんな状態になるまでよく生活できてたなという点だけど、私の住んでる地域では精神科に通院している記録があると、一般病院ほとんど入院を受け入れてくれなかった。私のカルテには摂食障害アルコール依存症不安障害男性依存境界性人格障害自傷癖などの病名が記されていた。受け入れ拒否も、当たり前といえば当たり前だと思う。(さすがに緊急搬送は受け入れてもらえた)

私の家庭は両親ともにまったく毒親でもなく、たまに「普通の家庭なのになんでそんななの?」と聞かれることもあったが、目を覚ましてから特に家族によくしてもらった。その献身的な姿や意識が戻ったことに心底喜んでくれている姿は、今までの蛮行のすべてを恥じ入るには十分だった。

目を覚ましてからしばらくは自力で歩くこともままならなかったけど、自分の体がどんどん回復していくことが嬉しかった。

今まで、生きていることがずっと辛かった。世界のどこにも自分がいることが許される場所なんてないと思ってた。犯罪行為などこそ関わったことはなかったものの、色々と恥の多い人生を送ってきた。楽に息が出来る場所を探すのに必死だった。

何をやっても誰といても見つからいから、半ば自暴自棄に生きてきたので、学歴も職歴もなく、現実的な話、今の私は要素で見れば「死の淵から蘇ったもの」ではあるけれど、今までの「最低な自分」と何か変わったことがあるかと言われれば、何もない。

それでも「一回死ぬ」。この経験に、今までの何もかもの価値観をぶっ壊してもらえた。

生命には意義がある。それはどうかな?と思うけど、少なくとも自分は生きててもそんなに悪しき存在ではないのでは?とポジティブに物を考えるようになった。

今まで、何をしてもされても言われても、変われたことなんて一度もなかった。もがき苦しんでた。でも、死んでしまったら、もがくことすら出来ないんだ、当たり前の事だけど、今まで飲み込めなかったことをすんなり理解した。

メンヘラは一回死ね」は極論だと思う。真剣に死に取り組んでしまったら、そのまま戻ってこれない可能性の方が高い。

最近メンヘラヒロインだのやみかわいいだの、心の闇に着目して文化として取り入れる傾向が強くなってる世の中。それだけ、罹患者が多いのだろうし、昔よりは精神病もつ人が迫害されない世界なのかもしれない。

でも、問題はそこじゃないと私は思う。精神病他者と共有する問題じゃない。それを生み出した自分との格闘の日々なんだ。

自分が変わらないことには何も変わらない。辛いままの人生が続く。

でも、そんな辛い人生でも、輝いていた時間は少なくても、確実にあったはず。その光をありがたく思うことが出来れば、世界は明るい。

そんなことにすら気付けなかった。一回死んで、何もかもをなくして、はじめて些末なことの有り難みを知った。

これから、私は生きていき、辛いことや悲しいことを今まで以上に味わうかもしれない。でも、死んでたら?

そうなっていたら味わえなかった痛みだと思うと、それもまた愛おしく思える。

自殺幇助目的なのではない。何をしても変われなかった人間が、たった一回死んだだけで、変わることが出来た。私はできなかったけど、聡い人ならいくらでも、死ぬまではいかなくとも自分を楽にしてあげることは可能だと思う。

人は変わるよ。大丈夫だよ。今の辛さがすべてだと思わないでいてほしい。

2017-08-28

童貞

童貞性とか童貞力って別段童貞だけにあるものじゃないんだよ。男性なら誰でも持ってて、たいてい思春期には高くて、歳を経るに従って低くなっていく。童貞を失うと激減するけれど、それも個人差がある。

ざっくり説明してみると、その童貞性ってのは「女性を尊くて素晴らしいものだと思い込み希求する精神」だ。まあ、性欲とかそういうのはあるんだが、その性欲がレイプ的な方向に向かわず挙動不審になるのは「素晴らしいところである女性に内心を見透かされて嫌われたり軽蔑されるのが怖いから」だ。

長年思ってるんだけど、男性のこの童貞力によって、一番利益を得ているのは女性自身だと思うぞ。デートなんかで優遇されるのもサークルでちやほやされるのも、若年男性に影響力を発揮できるのも、男性のこの童貞性のおかげって部分は確実にある。フェミの人はおそらく「頼んだわけじゃない」「気持ち悪い視線を向けられるのはハラスメント」とか言い出すんだろう。その意見気持ちも、年取っちゃった俺には理解できる。

けれど、総体を公平に見た時、女性はやはりこの男性童貞力によって利益得ていると思うよ。アイドルなんていう一部の職業でそれは可視化されるわけだけれど、何もそんな特別職業じゃなくても、会社部署学校サークルで、あるいは近所付き合いで、ある種の優遇特別配慮を受けている女性は多い。というか、若い頃は大抵その種の優遇措置を受けられてるんじゃなかろうか。

性の商品化は断固許さん、とフェミの人は言うけれど、ファッション誌や女性誌を見る限り、自分たちの性の商品化に一番熱心なのは女性自身だよね。じゃなければ結婚戦略に、自分容姿セックス男性提供する反対給付としてカウントするはずがないわけで。

童貞性にみられる、(おそらくほとんど根拠のない)女性への憧れ、フィクション的に言うなら「女神様扱い」ってのは、おそらくロマンチック・ラブイデオロギーによる教育の結果であって、それって悪いものじゃないと思うんだよ。もちろんすべてが善だなどと強弁するつもりはないけれど、すくなくともその一個前の封建時代における女性男性私有財産というところから離陸するのには役立った。

いま、俺たちの社会は長い長い数百年の過渡期にあって、女性の権利ってのは男性と全く同じであるとまだ胸を張って言える状況ではない。けれど、その過渡的な状況の中で、自分の性を商品化して社会の中で地位を高めようとする女性と、女性加護者として自分規定したい男性は、思想的には共犯関係にある。童貞性はその思想上のツールなんだよ。

女性は、そのことにもうちょっと感謝してもいいと思う。感謝という言葉が気に障るなら「ちょろく騙されてくれる連中に対する惻隠の情」と言い換えてもよい(その惻隠の情をビジネススキームに落とし込んだのが、アイドル握手会だと思う)。

童貞いじりも男嫌悪社会浄化運動も良いけれど、そうして清潔になっちゃった社会に、現代を生きてる普通女性殆どは生きられないと思う。なんせ俺ら全員は、過渡期を生きてる過渡的生き物なもんだからね。

ps.俺個人童貞性を非常に良いものだと思ってるよ。少年性とも接続する。ボーイミーツガール系の物語において、別段大した利害関係もないヒロインに対して、主人公が時に命をかけるほどの献身的助力を行えるのは、まさに童貞性の発露だよ。フェミ的には純愛とか言いたいのかもしれないけれど、その種のナイーヴ純愛こそ童貞性の結実だといえると思うよ。絵面が綺麗な童貞性は純愛だといわれ、絵面が汚い童貞性がキモ男の告白ハラスメントだと侮蔑される。それだけのことだよ。前者の価値を認めるのならば後者を貶めないってのが、反差別だと思うわけ。

2017-08-26

大橋未歩について

テレ東の人気アナウンサーだった大橋未歩退職するとかいうことで、ちょっと話題になった。そういえばこの人、一度倒れてなかったっけ、と思って調べてみると、旦那介護もあって数ヶ月で復帰したものの、その後離婚、ほどなくして若い男性再婚という経歴になっていた。

この経歴を見て一部の人大橋について「献身的旦那を捨てた悪女」みたいな評価をしている。自分最初そう思ったが、自分の周りに似たケースがあることを思い出した。自分の両親だ。もしそれと同じだったとすると、評価は逆転する。


自分の父は、いわゆるモラルハラスメントで、とにかく人にケチをつけるのが好きだった。人が弱音を吐くとすぐに叱りつけ、質問をすれば「自分で考えろ」と撥ねつけ、失敗すれば「よく考えればわかるだろう」と嫌味をいう。とにかく取り付く島がない人間だった。

そんな父と結婚するような母親なので、気は弱く、自立心のない女性だった。

そんな母が50の頃にガンになり、放射線治療始め様々な抗ガン対策を受けることになった。ご存知のように抗ガン治療身体負担が重く、一人で外出できない状態になることもしばしばだ。母は若いから腰が悪く、40代で杖をついているような人だったから、なおのことフォロー必要だった。自分の家は三兄弟だけど、どれもすでに自立していたので、母の送迎などは父が担った。

モラハラ家庭に生まれた人ならわかるかもしれないけど、モラハラ男性は、一度義務感を覚えると、機械のように動き続ける。なので、会社と都合を合わせながらなんだかんだで父がずっと送り迎えをしていた。

そして五年間治療を続け、母は亡くなった。それでは、母が父に感謝していたかというと、そんなことはなかった。母の携帯メールに「離婚したい」と彼女の姉(僕の伯母)に送っているのを僕は見つけていた。結局家に近寄らなかったので詳細がわからないけど、結局父はいつまでも嫌味を言い続け、母を小言で責め続けていたのだろう。

その後、父の母(僕の祖母)も父が面倒をみることがあったが、これも何かあるとすぐ怒鳴るということでひどく評判が悪かった。祖母が亡くなった時、親戚は葬儀が終わると挨拶もろくにせずにさっさと帰ってしまった。父と話したくないという態度がありありと伺えた。


大橋元旦那プロ野球コーチだ。プロ野球というのは、一年の半分近くが試合で、それ以外の日も練習や準備に追われる。そんな生活をやり抜くには、自分に厳しいルールを課し、きついスケジュールを組んで、身体スケジュール同化させる必要がある。そんなプロ野球関係者は、おそらく普通の人から見れば鬼のよう性格をしているはずだ。

石井一久のような例外はあるけど、たいていのプロ野球関係者は、奥さんに厳しい。奥さんがきつく叱られるエピソードなんて、たくさん聞いている。意味があるとはいえ、一般家庭から見たらモラハラも同然だろう。

大橋元旦那は、大橋脳梗塞で倒れて以後、賢明に看病していたらしい。でも、それが優しさに基づくものではなくて、僕の父のように、義務からまれものだったとしたら? そうであれば、彼女病気以前から、昼夜を問わず責め立てられていたかもしれない。

大橋と僕の母が違うのは、大橋は十分に魅力的でかつ自分で稼げる立場だったこと、病から復帰することに成功したことだ。もし僕の予想通りであれば、僕の母と同じように、大橋がどこかの段階で離婚を考えるのも無理はない。そして彼女脱出成功した。

これはあくま自分の予想に過ぎない。もしかしたら、この予想は外れていて、大橋は本当は男を捨てるのに躊躇がない悪女なのかもしれない。でも、自分の予想もそこまで間違っていないのではないかと思っている。

2017-08-25

[]マジカル・ニグロ

ハリウッド映画においてしばしば登場する「主人公を導いたり手助けしたりする不思議黒人」というキャラクター類型を指す。

白人主人公献身的・従属的なように描かれるため差別的であるとの批判がある。

2017-08-20

何故客室清掃に対する苦情が減らないのか

ホテルマン自身が清掃を「楽で価値のない仕事」とバカにしているからです。

ホテルマンが勤務しているホテル営業宿泊施設の大半が、清掃業務を外部委託しています

募集教育にかかる手間暇削減

◯清掃に係る人件費外注費として処理

グループ子会社利益を再分配、できるからです。

しかし、一番の委託理由は「客室清掃が賃金に見合わない重労働」だからでしょう。

ホテルフロント係が決して流さない多量の汗を、客室の清掃員が毎日引き受けて流しているのです。

一般的ホテルと清掃会社請負契約はどうなっているかというと

契約の要といえる「一室辺りの清掃単価」、ホテルの規模や付随契約によっても上下しますが600円以下が多いと聞きます

清掃会社の間接費を引くと、300円以下になることも珍しくないようです

さて、ここで重要なのが契約書に書かれている委託業務の内容です。書面に載っていなければ強制される法的根拠はありません。契約の文中にない清掃不足は責任を負わない、当たり前ですよね。

まりホテルマン要求する清掃レベルが、契約約束事として肌理細かに書き込まれていない限り、清掃会社請負バイト契約書面以上の作業を、献身的に行う義務は一ミリも無いと言う訳です。

一向に改善されない客室清掃のクオリティに腹を据えかねたホテルサイドの責任者が、直接客室に赴いて徹底指導しても、少なく見積もられた持ち時間を削られて不快な小言に付き合わされる請負バイト感情を害するだけです。

結局その小言が契約書に書かれている範疇かが問題となってくる訳です。

金銭ケチって、請負バイト献身性に委ねていたホテル経営者を叱責すべきでしょう。

清掃クオリティにご不満があるなら自ら体験してみて下さい。ホテルマン自身が同じ時給で、その重労働体験すべきです。最低一か月は継続して下さいね

ルームメイクのキツさを知らないフロントから高飛車に言われたのでは強い反発を覚えるだけです。契約書にない追加的要望を拒む権利請負バイトにはあります

同じ釜の飯を食って、請負バイト愚痴や不満をたっぷりと聞けば、皆さんがどれだけ傲慢な振る舞いをしていたか気付くでしょう。

ホテルマンが客室清掃の体験初日に何室仕上げる事が出来ると思いますか。ホテルマンが常日頃求めている「完璧」を現場実践するのであれば、請負バイトの半分にも満たない室数になるでしょう。一ヶ月経っても請負バイトの平均ノルマ、十室には遠く及ばないでしょう。

嫌と言うほど、ご自身無理難題押し付けていた事を実感できる筈です。ホテルマンには配慮と労いの精神、なにより想像力が足りないのです。

客室清掃を請負バイトが一日に何室仕上げているのか。どんな思いで作業をしているのか。何を面倒に感じてどんなふうに時短しているのか。ホテルマンは肌身で感じ取るべきです。

そして、本当に改善すべきなのは誰なのか。その足りない頭でよく考えてください。ヒントは現場に、山の様に溢れている筈です。

バカホテルマンも流石に気づく筈です。

客室清掃の不備を訴えるお客様の苦情は、委託したホテル自身が作り出していると。外注丸投げという名の怠慢がそうさせているのかも知れないと言う事に。

請負バイトとの関係改善処遇改善こそが、苦情を断ち切るために必要不可欠なのだ確信出来るでしょう。

さあ、今すぐ苦情をホテル経営者に。

本当に改善すべきは「委託契約内容委託費」なのです

2017-07-25

母を亡くした話

先月、母が亡くなった。

母を亡くしてからとても寂しくて時々私も死にたくなる。

早く死んでしまいたい。

私には父がいない。いないというより、いるにはいるが私が生まれる頃から別々に暮らしていて、あまり面識がない。あまり会ったことのない人を父親だと思えないので、父がいないということにしている。

から、私の家族は母と姉の2人だ。

私は昔から内弁慶で外では大人しく良い子のように振る舞うのに家ではワガママ自己中だ。母には何度もワガママを言った。母が私を生んだ歳は初老に近い歳と言ってもいいと思う。その為、私が小学生に上がる頃には母は子育てだけではなく、更年期とも戦っていた。更年期で気分の下がる中、私のワガママはうっとおしかっただろう。更に気分の下がった母はよく、「死ぬ」ということを口にしていた。その母の口癖がうつったのか、中学に上がる前には「死にたい」とよく言う子供になっていた。

小学校高学年のとき、私はいじめにあった。今思うと、いじめではないのかもしれない。ただ、「からかい」の延長線なのかもしれない。クラス男の子から見た目のことをよくからかわれ、それが嫌で嫌でたまらなく、自殺をした。「死ぬ」という言葉が身近だったからつらいことがあれば死ねばいいのだと思った。でも自殺は失敗した。遺書まで書いたのに、首を吊ろうとしたロープは途中で千切れ、ただ首に痣を残しただけだった。死ねなかったことがあまりにも惨めで寂しく感じ、母に、男子いじめられてること、自殺しようとしたことを伝えたら母は泣いた。「気付いてあげられなくてごめんね」と言いながら泣いた。なんだか余計に自分が惨めだと感じた。

中学の頃もいじめられた。これももしかしたらいじめられてはないのかもしれない。ただ、私は人付き合いが苦手で上手くクラスの子と話せず、完全にクラスで浮いてた。親友だった子は他の子といっぱい喋っていた。親友を取られたように感じた。

私は被害妄想が激しい方なのでもしかしたらそれは妄想かもしれない。でも、私を菌扱いしてる男子いたことは事実だし妄想じゃないことははっきりしている。

この時も死にたくなった。でももう失敗はしたくないし、あんな惨めな思いはしたくなくて、なんとか学校に行って生きてた。

学校から帰ってきて、家の庭で何度も泣いた。家の中で泣いたらいじめられてることが母や姉にバレるから。なぜか家族にバレたくなかった。理由はよく覚えてないけど、とにかくバレたくなかった。

でも精神不安定から家の中で横暴な態度を取り続け、母に当たっていた。何かを察した母は「またいじめられたの?」と聞いてきた。私が母に当たる度に母はそれを聞いてきた。私はそれに腹がたって更に母に強く当たった。

そんなことが続いて、ある日母と大げんかをした。私は何かを言った。言った内容は覚えてないけど、何か、母をとても傷付けることを言った。それを聞いて母は私に「あんたなんか産まなきゃ良かった」と言った。私は泣いた。産まなきゃ良かったと言われたことではなく、母にそんなことを言わせてしまったことに泣いた。私があの時母に言った言葉は覚えていないが、私が母に「産まなきゃ良かった」と言わせるような、誘導するような言葉を言った気がする。私は母をすごく傷つけただろう。

私が高校にあがり、しばらく経った時、母は癌になった。家族でいっぱい泣いた。みんなで頑張ろうと言いながら泣いた。

何度か入退院を繰り返し、発症から約1年後、母は頑張って癌を治した。

それで安心したのも束の間、私が高校卒業する頃には母の癌が再発した。脳腫瘍だった。

私は高校卒業した後、短大に通うために少し遠くで一人暮らしをした。母が再び闘病する姿は近くでは見ていない。姉や母がたまにかけてくる電話で母の様子を知っていた。

私が短大卒業し、地元に戻って来る頃、二度目の闘病を母は乗り越えた。

でも、後遺症は残っていた。

身体の左半分は思うように動かないし、少し認知症のような感じの言動も見られた。

母の闘病を間近で見ていない私は認知症のように幼児退行した言動を時々起こしたり、理不尽なことを言う母を自分の母と思えなかった。

別人のように感じた。

どうしても受け入れられず、また、キツく当たってしまった。

最低だ。恥ずかしい。そんな思いはあったが、気付くとキツく当たっていた。本当にバカだと思う。

私がバカから、母はとても辛かっただろう。

母の脳腫瘍はまた再発したのだ。

もうこれで三度目の闘病だ。担当医は「もうダメだ」というようなことを言った。

そのことは母には伝えなかった。だからなのかわからないが、母は、担当医が予想するよりも長く生きた。最後の方は意識ほとんどなかったがそれでも生きていた。

それでも私はバカから母との残された時間大事にしていなかった。

母が死んだのは朝方だった。病院は家から車で1時間ほどかかるところにある。寝起きの姉と私は母の最後に間に合わず、看取ることができなかった。私達が病室に着いた時、母はもう冷たかった。

「なんで私達のことを待ってくれなかったんだろう」そう思ったとき、母の「あんたなんか産まなきゃ良かった」という声が頭の中に響いた。

姉は献身的に母のことを見てたが、私は違う。バカから母を沢山傷付けたし、悲しませた。

しかしたら母は死に際に私の顔なんて見たくなかったのかもしれない。

通夜葬式で沢山泣いた。

一番泣いたのは火葬場で母を焼くときだ。声をあげて泣いた。

周りの、親戚や母の知り合いはそんな私のことを慰めた。

「お母さんはあんたたちのような娘がいて幸せだっただろう」

ありがたい言葉だ。でも、そんなの他人の予想でしかない。母の本心はわからない。私にあんなに傷付けられ、本当に幸せだったのだろうか。自分が授けた命を無駄にしようとし、酷い言葉を投げるような娘など本当は大嫌いなのかもしれない。

だって、「あんたなんか産まなきゃ良かった」と言わせてしまった。

母の本心が知りたい。

私はバカからまた、母を傷付けるようなことを口にしてしまう。死にたい

また命を無駄にしたいと思っている。

でも痛いのや苦しいのは嫌だから楽をして死にたい

今夜眠りに着いたら明日の朝、目が覚めなければいいのにと思う。

死んで、母に会いたい。母に会って母に謝りたい。沢山傷付けた分、沢山沢山謝りたい。

そして母の本心を知りたい。私のことを許さなくてもいい。私のことが嫌いなら罵倒されたって構わない。「あんたなんか産まなきゃ良かった」ともう一度言ってくれたっていい。なんで私達を待たずに死んでしまったのか聞きたい。

母の本心を聞いたら私のこの不安定気持ちは落ち着く気がする。早く死にたいという漠然とした不安も無くなる気がする。

さっさと死んで、母に会いたい。

明日の朝、目が覚めなきゃいいのに。

2017-07-24

姑と夫の仲が良すぎて、嫁の私、すごく邪魔者である

亡き舅代わりの夫と、母親を支えたい夫。姑、息子である夫のことを呼ぶとき、間違えて舅の名前を呼んだりする。別にビョーキでもなんでもない。一人で生きていけないだけ。

夫は姑が怖いのか、同情的なのか、献身的に支えている。夫はとにかく姑をお姫様扱いして、お姫様のご機嫌を損ねないように行動する。私にも強要するし、私が行動を誤るとキレる。

こんな家で子どもなんて産みたくない。みんな「子ども産めば姑さんだって夫さんだって変わるよ~」なんて言う。家族構成が変わって孫が増えれば、私も夫の嫁扱いしてもらえるそうな。

でも、どうも私は変わるように見えない。むしろ、産んだ瞬間に子どもをかっさらわれて、姑と夫の子にされると思う。私はますます邪魔者になりそうだ。

とらドラ見ても、最後萎えしまった。

やっちゃんはいい姑になるかもしれないし、大河家族を求めていて、竜児はどちらとも居たいからwinwinなんだと思うけど、共依存家族共依存したくない一人が入るのってつらい。

「パパ役ママ子供役」というのは、竜児・みのり大河ではなく、竜児・康子・大河のことも指していると思う。

3人仲良し。それでいい家族もいる。でも、そうじゃない人間だっている。

2017-07-16

助けたくなるメンヘラとそうでない人

短くまとめようと思っていたら思いの外長文になってしまった。

読んでいただけるかどうか。

会社に入った時、お偉いさんがおっしゃっていたことを今でも覚えている。一語一句覚えているわけではないが、

「君達には必ず苦しい時が来るだろう。そんなときに周りに助けてもらえるのは、普段から周りに手を差し伸べている人たちだんだよ」

要約するとこんなことをおっしゃっていたと思う。

確かにそうだと思った。自分で言うのもおかしいかもしれないが私も世話焼きな方で、友達や後輩が困っていたら助言に留まらずその人のためになると思ったことをしてきたけど、そのような人たちは人間的にも優れていて助けたいと思うような人たちだったから。

逆に私も苦しい時は助けて貰ったしお互い様だ。

自分の行動はいずれ自分に跳ね返ってくるのだ。自分権利ばかり主張するような人を助けたいと思う人は、あまりいない。

同じことはうつ病などのいわゆる「メンヘラ(私はこの呼び方はあまり好きではないが)」にも言える。

私はアメリカ育ちで親の転勤で東京に来たあと日本有数の女子校をでて名門と呼ばれる大学に進んだが、周りに精神的に病んでしまう人はかなり多かった。薬を飲んでいるor飲んでいたという人も少なからずいた。中には大学受験燃え尽きた人もいたのだろうと思う。

色々な原因があるがゼミ研究室要求レベルの高さや人間関係、更には大学入学時の戸惑いなどでうつになる人が多くいたように思う。

嘘か真か私の大学自殺率は高いと聞いたことがあるが、確かにそういう話はちょくちょく耳に入って来た。

大学無料カウンセリング施設は充実しているものパンク状態だったらしく、それが精神的に参ってしまう人の多さを物語っていたように思う。

運が良かったのか私にはそのようなことがなかったが、実際私の友達にもそんな人はいて、彼ら(彼女ら)にできる限りのことはして来たつもりだ。理系だったか研究室に入ってからそのようなことが多かった。

もちろん専門家ではないか適当なことはできないのだが、彼らはそのような状態になると冷静さを失うので、とにかく今は大きな決断はしないで専門家(大学カウンセラー相談できるなら指導教官、軽々しく勧められないが急を要するなら大学診療所など)に相談するよう促したり、ささやかだが生活の助けをしたり、少なくとも理解者でいる努力をした。力になれなくても、理解者がいるということで少しでも安心してもらえたらと思ったから。

実際、彼らは性格が良くて人間的にも優れている人ばかりだったから、それに全く迷いはなかったしむしろしてあげたかった。そう思わせるような人たちだった。

会社に入ってもそのような人はいたけど同様だった。(優良と呼ばれる会社でもそうなのだから厳しい会社もっと多いのだろう。)どこにでも休職している人はいると思うけれど、少なくとも私の周りの人は復職後暖かく迎えられていた。

うつになるのはそういう人たちだと思っていた。

優しくて気が使える人たちだから精神的に参ってしまうのだろうと思っていた。

でも、ネットで分かったのは、その印象は半分本当で半分嘘だということだ。

ネットとは便利なもの普段接しない人たちの声も聞くことができるが、メンヘラの人も同様でなかなか現実世界では声を届けることができない彼らもネットでは想いを伝えることができる。ネットには問題もあるがこれは素晴らしいことだ。

大半の人は私の「メンヘラ像」そのままの人たちなのだが、中にはそうでない人もいることがわかった。

私がそう思ったのはサユ@おどりばさん(id:SayuLog)のブログ(http://www.sayulog.com/)を読んでからなのだが、これを読んで私の認識の間違いを訂正せざるを得なかった。

確かに辛い思いをされていることは理解できるのだが、冒頭にあったように自分のことばかり主張しているように見えるし、自分理解してくれない人に対してはかなり批判である

運転が許されていない類の精神薬を飲みながらも免許を取ろうとしている時点で自分本位だ。(誤解の出ないように免許を取る際の手続きを公開するべきだと思っている。そうでないとこれからもこのブログを見て大丈夫なのだ勘違いして免許を取り運転してしまう服薬中の人が出て来てしま可能性がある)

もともとの性格なのか病気がそうさせるのかわからない(後者であることを祈る)が、正直同情するどころか反感を抱いてしまった。

他にもあまり同情できないメンヘラさんが何人かいる。

よく考えてみたら日本だけでも何十万人、何百万人、もしかしたらもっとメンヘラがいるのだから全員が人間的に優れているわけではないのだ。他人に強く当たるような人や自分本位の人はうつにならないと勝手に思い込んでいたがそうではないようである

そんなとき、確かに声は大きく発信力はあるかもしれないが、悲しいが現実世界で助けてくれる人はあまりいないだろう。友達はどんどん離れていくだろう。残るのは家族医者くらいのものだろうか。そのような人たちのために福祉制度があるのだろうか。

当たり前だが健康な人も人間である。困っている人がいても誰でも助けたいと思うわけではない。負の感情を抱いている人に献身的になるほど人間ができている人はそういないだろうから

2017-06-27

推し卒業発表をしたことについて。

SKE48チームS大矢真那さんが卒業発表をしました。

年内にSKEでの活動を止めるそうです。

最初聞いた時は不思議心持ちで、悲しいけれど、彼女の残したものの大きさを感じていました。

この空白。

真那さんは私の考え方の一部でした。

大矢真那さんは教祖と呼ばれており

ファン教徒と言われておりましたが、

まさにそのような気持ちで、真那推しは真那しか推せない。

正直、理由は本人である私にも分からないのですが、真那以外の子を推そうとはとても思えません。

真那を応援することは、まさにブッタとそのお供が旅をしていることに似ていました。

真那の考えを受けて、共感し、同じ時間に学べる全てを教えてもらう、そして、応援する。干されている時には共に耐え、喜びを日々いったりきたりしていました。

大矢真那卒業たからといって、他の子を推すことがどうしてできるでしょうか。

これから先に大矢真那を知る人は、SKE大矢真那を知らない。

私たちはこの時間の中で、大矢真那を直接学べた、応援できた、推していた、とても大切な時間をもらいました。それは真那推しの誇りです。

真那は献身的でした、プロアイドルでした。

大矢真那さんの卒業ソングタイトル永遠レガシー

永遠に受け継がれる真那の考え方、言うなればこれがみんなみんな教の経典となるのではないでしょうか。

大矢真那さんが芸能界に残るのか、そこすらもやめてしまうのか、なにも分からない今ではありますが、真那さんの卒業に心からお祝いを。

そして、感謝を。

真那推しであることを誇りに思っています

残りの時間はみんなみんなで、笑顔の行ったり来たりを。

そして、真那さんの未来が明るく幸せであれと願っています

2017-06-25

もやもやとした気持ち

大前提として、私はあなた出会えなかったという事実が、目の前に形を持って存在するくらいに、ある。

しかしそれでも、どうして私じゃなかったんだという残念な気持ちがある。

奥様と私は似たタイプだ。タイミングさえあっていれば。

今まで会った異性の中で、一番素晴らしい人のように思える。優しい。

もし、と考えるまでもなく、私が2年前にあなた出会可能性はほぼゼロだった。

あなたは体調を崩し、それを支えたのは今の奥様と言う。

2年前の私が、体調を崩したあなた献身的に支えられたかというと、たぶんできない。

その頃の私は私で、体調もメンタルも崩していて、自分のことだけで精一杯だった。

しろ助けてくれって感じだった。

仮に出会えたとしても、やっぱりムリだったと思われる。

タイミングとはそういうもので、いま、いまじゃなきゃダメなんだ。

じゃああなた独身だったとしても、つまり献身的に支えた誰かがいない人生だった訳で、きっと今の優しいあなたにはなっていなかった。

いまはい関係だと思う。単なる仲間。恋愛感情存在しない世界で成立している。

友達に近い。一緒にいると落ち着く。とても楽な気分。リラックスしている。

好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、良い、悪い、を言える。

矛盾するかもしれないが、嫌われても良いって感じ。いや、嫌われないだろうと信じられる感じ?

でもそれは、あなた結婚しているからかもしれない。私に本気になることはないからかもしれない。

いつか忘れる時が来るだろう。そう思える。でもいまは。あなたが好きだ。結婚していたとしても、好きだ。

2017-06-11

まさか私が…」突然の発覚から3年、絶望から這い上がった私の乳癌

40歳の節目。私は乳がんになった。

素朴だけど優しく私を愛してくれる夫と2児に恵まれ、幸せな人生を手に入れてそれなりに満足感のある日々だった。

幸せな日常を一瞬にして真っ暗な絶望に追いやった乳がんの発覚。

乳がんは罹る人も多い病気負担はあるけど、治療なんてさほど難しくないと思っていた。

でも全然カンタンではなかった。

家族、友人、そして自分自身多くの人を深く傷つけ、心身共に疲れ果て全てを失う寸前まで追い込まれた。

判断ミスもあり、軽度とは言えない状態までいってしまった私だが、良き出会い、周りの人の支えに助けられたことは幸運だった。

手術、抗がん剤治療を行い私は今、再発の不安は抱えながらも元の幸せな生活を取り戻すことができた。

今思えば、「知らないこと」が理由で失ったものが沢山あった。

もっと早く気づくことができれば・・・
「あの時あの治療選択していれば・・・
「友人家族もっと接するべきだった・・・

いろんな後悔が今も心に残っている。

こんな思いをする人を一人でも減らせたら。そう思って私の体験を伝えてみたくなった。

興味があったら読んでみて下さい。

ピンク東京タワー、突然の不安

ほんの些細なこと。

10月1日、夫と食事に出かけた帰りに見かけたピンク色にライトアップされた東京タワーだった。

私:「綺麗だねー。今日はなんでピンクなんだろうねー」

携帯検索をする夫。

夫:「今日ピンクリボンデーらしいよ。乳がん認知を上げる目的だって
私:「乳がんねー。」

その時は何も思わなかったが、少しだけ「乳がん」という言葉が頭をよぎった。

それから1ヶ月が経った頃、

朝、着替えの時に左の胸に固い感触を感じた。

???

違和感を感じ指でふれた。コロコロとした1cm程度の小さなしこりを感じた。

まさか。。。乳がん?」

ピンク色の東京タワーピンクリボン、その記憶が私にそう思わせたのかもしれない。

ただし、その日は家事に忙しいこともあり、夜にはしこりのことは忘れていた。

夜の入浴時にもう一度触ってみた。朝のしこりはもちろん、あと2個程度小さなしこりを指先に感じた。

大きな病気をしたことが無い私は些細なことでもすぐ心配になるタイプだった。不安かられ、髪も乾かさずインターネットで幾つかのサイトを調べた。

しこりがある=乳がんというわけではない。40歳未満の場合は良性のしこりの方が多いらしく乳腺線維腺腫の可能性が高いと書いてあった。

人間不安ときは都合のいい方の考えに飛びついてしまものだ。

私は、

「なんだ大丈夫だ。良かったー」

と勝手に安心し、「こんなものはそのうち消えてなくなる」なんて、根拠もない解釈をしながら、眠りについた。

翌朝、しこりは消えていない。やはり気になる。「もしかしたら」が再び頭をよぎる。

考えないように過ごそうと思ったが、家事が何も手につかない。

今まで感じたことの無いものが私の胸に存在している。その事実から目をそむけることができなくなっていた。

一刻も早く安心したい。その一心で私は病院を探し始めた。乳がん検査してくれるのはどこか?今まで考えたこともなかったか検討がつかない。

よくわからないが、とにかく近くの産婦人科に行ってみることにした。

サイズも小さいし、しこりも動くから問題はないと思いますよ」

そういって若い女性医師は近所の外科への紹介状を書いてくれた。

その翌日は外科の診断へ。私は一日がかりで色々な検診が行われることを想像したが、触診だけだった。

診断は

「乳腺線維腺腫」

違和感があった日に確認した見解と一致していたため、その診断を疑うこともせず飛びついてしまった私がいた。

乳腺線維腺腫は放っておけば3ヶ月程度でしこりはなくなってくるとのことだった。私は安心して、日常生活に戻った。

大丈夫でしょう」という自分安易判断と、夫に相談せず自分で納得してしまったことがあんなことを引き起こすなんてこのときは思いもしなかった。

大いなる油断、取り返しのつかないミス

それから2年、私はしこりことなどすっかり忘れて平穏な生活を続けていた。

日々の家事、娘息子の世話、当たり前のことを当たり前にこなす。傍からみれば退屈かもしれないけど、愛のある満たされた毎日

その日もいつもと何一つ変わらない一日だった。

しかし、その夜、全てが一変する出来事が起こった。

夫と同じベッドで寝ていると、寝返りをうった夫の手が私の胸に当たった。すると夫が「え?硬っ!」驚いた様子で声を上げた。

暫く自分の胸に意識が向いていなかった私は自分の胸を触り、全身から血の気が引き、突然得も言われぬ恐怖感が襲ってきた。

しこりが大きくなっている。。。」

私がもらした一言を聞いた夫の青ざめた顔が今でも印象に残っている。

夫はすぐに「明日会社を休むから、一緒に病院に行こう」と言ってくれた。

とにかく早くということもあったが、2年前にいった病院は割けるため、隣町の女性クリニックへ診断に行った。すると「確かにしこりがありますね。技師が3日後に来るのでエコー取りましょうか」

との回答。

しかし、今すぐにどうなっているか知りたい。不安が募りの募った私達夫婦は待つことができなかった。

乳がん専門医でなくてはわからないのでは?」と夫の意見採用し、インターネットで調べ最も近くにあった乳腺外科のある病院へ行った。

大学病院では当日は難しいため個人病院だった。

まずは触診。先生の無表情さが不安掻き立てる。その後針生検へ。これは正直かなりの痛みがあり、辛かった。

終了後、先生は「結果は一週間ほどで出ます検査結果によっては大きい病院を紹介する形になります。」と。

もはや1週間を待てる心理状態ではなかった。一刻もはやく白黒を知りたい。先生にお願いをして大学病院への紹介をすぐにもらった。

幸いにも大学病院ではすぐに乳腺外科の診断ができた。

視触診
マンモグラフィー
乳腺エコー
CT
血液検査
マントーム生検

これらの検査を一気に検査を行うことができた。これで自分乳がんなのかそうではないのか、ハッキリと分かる安心感はあった。

「これらの検査結果は来週に」と先生。

この一週間は今まで感じたことのない長さだった。

死への恐怖心
来ることが当たり前に思っていた未来が来ないかもしれない喪失感
気を使わせてしまっている夫、子どもたちへの罪悪感
不安なく健康暮らしている人たちへ理不尽嫉妬心
色々な感情が目まぐるしく移り変わり心身ともに疲弊していた。

加えて、2年前、なぜしこりが気になった時点でもっと詳しく調べなかったのか、夫に相談しなかったのか、激しい後悔にも襲われた。

神さまはいないのか・・・

疲れ切った私たちにやってきた結果は優しいものではなかった。

「左胸に3cmの悪性腫瘍。99%の確率乳がん

診断結果を聞かされた瞬間、私は頭が真っ白になった。

先生が言っている言葉は聞こえるが頭に入ってこない。隣の夫も呆然としていた。同じ状態だったのだろう。

何も考えられない、何も声発せない状態が3分は続いただろうか。

我を取り戻した私は、

「どうすれば治りますか」と先生に聞いていた。

結論は手術。

私は家族と一日でも長く幸せにくらしたい。その思いが人生の最優先だと強く認識した。

女性として葛藤もなかったと言えば嘘になるが、全摘選択した。

その日から長い闘病生活が始まった。

入院の前に待っているもの

医師から告知を受けると今度は身内や親しい人に話をする必要が出てくる。

まずは娘と息子に12歳の娘、10歳の息子。

ともに私が大変な状況にあることは理解してくれたようで、神妙な顔つきをしていた。こんな状況だが「泣いたり喚いたりせず立派だな」と成長を感じ少し嬉しい気持ちもあった。

次に両親へ説明をした。福岡に住んでいるのでまずは電話で話をした。母が出た。

母とは昔から何でも話し合える仲だ。あまり回りくどく説明しても仕方がないと思い、率直に「乳がんになった。手術をする」と伝えた。

母は言葉を失い、暫く無言が続いたあと母自身を責めた。

「ごめんね・・・、ごめんね・・・、ごめんね・・・

と私に声をつまらせながら何度も何度も謝った。

親の前ではやはり自分子供に還るのだろうか、今まで必死に堪えていた恐怖心や悔しさ、絶望感があふれ、私も涙が止まらなくなった。

でも悲しみのスパイラルに入るわけにはいかない。

絶対に治すから

できるだけ不安を与えないように力を込めてシンプルに伝えた。

友人関係の難しさ、心無い一言、ひび割れ関係

仲の良い友人にも伝えておく必要があると私は考えた。

私のこの考えは安易だったのだろう、結果闘病前に友人関係で心のダメージを負うことになった。

仲が良いと思っていた主婦仲間、ママ友に告知をすると

「大変ね~、大丈夫??本当に心配だわ」

という反応。

「え?それだけ?」

特に親身になって欲しいとかそういうわけじゃない。何が欲しいのかもわからないけど、何か嫌だ。そんなダダっ子みたいな自分も嫌になった。

更に追い打ちを掛けたのは「親友」だった。

中学校からの友人、由美とは今でも週に一度は会う仲で、何でも話せる間柄。

私と由美はまるで姉妹のように、同じような進路を辿り、同じようなレベル男性結婚し、同じように幸せな家庭を育んでいった。

から進路の話、異性の話、結婚してからはお互いの家庭の話、旦那愚痴家族ぐるみでも付き合える最高の友人だった。

由美になら何でも話せる。親兄弟よりも私の気持ちをわかって親身に寄り添ってくれるそんな勝手な期待をしてしまったのだろう。

由美にも率直に

乳がんになった。これから長い治療に入る。手術は正直こわいけど頑張る」

と伝えた。

ただ、由美にだけは同じ女性、同世代ゆえに全摘によって片胸が失われることに関しての悲しさがあるという話をした。

するとA子は

「なにも腕や足がなくなるわけじゃないんだから胸くらい良いじゃない。」

と言い放った。

彼女は明るい性格だ。彼女なりに私を励まそうとしたのかもしれない。

死を意識する日々、あまりに多くのものを失っていく毎日、私があらゆるものに敏感になりすぎていたのかもしれない。

ただ、この一言はどうしても受け入れることができなかった。

私が置かれていた状況は私の平常心を奪っていたんだろう。滅多に感情的になることがなかった私が怒りを抑えきれず、由美に対して激しい言葉をぶつけてしまった。

これまで長年にわたり育んできた暖かな友情に大きなヒビが入ってしまった。乳がんはまた一つ私から大切なものを奪ってしまった。

遂に手術

家族不安、両親の涙、友人との離別、多くのネガティブ感情を抱えながら私は手術に挑む。

スケジュールが出た。

手術は診断結果が出た日から20日後に決定。全摘選択したために術前の化学療法はなし。

手術2日前から入院となった。前日から食事も取れない。当日は朝から各種検査を行い以異常がなければ全身麻酔をして手術開始。目を覚ませば手術が終わっている。

手術は予定よりも2時間遅れて終了。遅れた理由リンパ節への転移が見られたから。麻酔が切れて朦朧とした中で、病室で夫がずっと手を握ってくれていたことは記憶の中にうっすらと残っている。

乳がんが発覚し自分の信じていた世界が全て崩れてしまったと思っていた。

でも夫だけはどんな状態の私も暖かく包んでくれていた。こんな時だからこそ夫の愛情を強く感じることができた。手術が終わった安堵感と、愛を感じられたことによる充足感か、そのまま深い眠りに就いた。

翌朝の目覚めは心地よかった。起きたら包帯でぐるぐる巻きだ。まあ夢ではない。現実だ。左のおっぱいないよなー。と思って触ってみるとやはり・・・ない。

わかっていたけど、現実を突きつけられると涙がこぼれた。

術後に体内にたまるリンパ液や血液を出すためのドレーン管が二本入ってたが。ここから液がでなくなれば退院だ。

7日後、遂に退院が出来た。退院時の値段は50万円だった。私はがん保険には入っていなかったので正直この金額は厳しいものがあった。備えあれば憂い無し。

そんな言葉が頭をよぎったが、今は無事に退院ができたことの喜びの方が勝っていた。

抗がん剤治療・・・これから始まる本当の治療

左の胸がなくなってしまったことへの喪失感はあった。お風呂に入るときなど自分身体から目を背けたくなる時期もあった。

でも、疑似おっぱいの性能が以外と良く、服の上からでは見た目にわからない状態になった。そこからはだいぶ気分が楽になった。

気分は元に戻ってきたが、治療はまだ終わりではない、手術から30日経過した時点で今度は抗癌剤治療が始まった。

期間は3週間を1クールとして、8クール複数抗がん剤を組み合わせての実施

抗癌剤治療と言えば、ドラマでも度々その様子が描かれる。そのためわずかに恐怖心があった。でも生きるため。

ここでも家族存在が私の心を強く支えてくれた。

抗がん剤治療想像していたよりはキツくはなかった。最初の一週間は特に異変もなかったけど、8日目辺りから吐き気貧血が出始めた。割りと調子が良くなってきた17日後に遂に髪の毛は完全に抜けてしまった。「あー、やっぱこうなるのねー」と思った。

覚悟は出来ていたので、思っていたよりはショックは少なかった。

クール目は特に問題なく過ごすことができた。まあ抗がん剤の点滴の際は気が重いくらいかな。

クール目に入る前にはかなり抜け落ちてきた髪が目立つので、ウィッグを買いに行った。季節をまたいでの治療なので冬用と夏用を両方買った。

それにしてもケアグッズも高い。

まり大きな声で言う人はいないと思うが、乳がん治療以外にかかる金銭負担も大きい。

クール目に差し掛かる頃には髪の毛は全て抜け落ちた。髪だけでなくまつげ、眉毛、体毛全てが抜け落ちた。顔色も悪く自分を鏡で見るのがちょっときつくなった。

いつも看病してくれる。夫も私の姿をみてどう思っているのかな。。。と少し気になる時期だった。

こうして、長かった化学療法も遂に8週で無事に終わりを迎えることができた。もう吐き気に悩まされることもないと思うとかなり気が楽になった。

楽しい時期は2ヶ月なんてあっという間だが、治療となると1年間のような長さに感じる。

抜け落ちた髪も徐々に生えてきて、昔に戻れるのかな-と淡い期待を抱かせてくれた。

化学療法を無事に終えた私は最後治療放射線治療に入ることになる。

永遠に続くと思われた治療・・・遂に・・・

放射線治療は、全部で30回。毎日通院が必要で、一ヶ月半ほど平日は病院通いが必要になった。経済的負担も引き続き大きかったが、仕事の調整をして一緒に通院してくれた夫に負担をかけているという罪悪感も多くあった。

放射線治療にも副作用がある。軽い火傷のような症状だ。熱い、かゆい、痛い。放射線を当てている患部は赤黒くなってしまい、見るからに痛々しい感じだ。

ただ化学療法と違い体外的な副作用しかなかったので、辛さで言えば全然問題なかった。

手術をしてから半年が過ぎて、ようやく私の乳がん治療は全て終了した。

毎日毎日通った病院乳がん発見してもらった病院にそのままお世話になって本当に良かったと思う。

検査ときは無表情で怖かった先生も病に真剣に向き合って時には優しく、時にはハッキリと私が不安にならないように、また過剰な期待を抱かないように上手に説明をしてくれた。

この先生に出会えたことは私の幸運だったと思う。

お陰で私は現実と向き合い、治療目的を正確に理解しながら集中して治療を受けることができた。先生本当にありがとう

「これでがんは完治」

そう言えればどれだけ幸せだろうか。

がんとの戦いはここからが始まりといってもいいかもしれない。

一般的ながんは5年再発しなければ完治と呼ばれるが、乳がんは10年後20年後も再発の恐れがあるために、ほぼ一生に渡って再発の恐怖との戦いになる。

「一生がんに怯えて生きていく」

こんな人生を送ることはまっぴらごめんだ。

「がんをうまく扱って生きていく。」

家族献身的な支え。そして我慢我慢を重ねた闘病生活

そのなかで私の心は強くなっていた。がんを再発させないように生活改善していけばいいじゃないか。そうポジティブに捉えることができるようになっていた。

最初からこの心があればなぁと今では思うけど、

乳がんによって手に入れられたこともあるのかなと思うと、最悪なことばかりではないかと思った。

がんで失ったものを取り戻す旅

手術が終わって一年が経った。本当に激動の一年だった。

今の私の生活はどうなっているか

幸いといっていいかな。見た目以外は正直、乳がんが発覚する前とあまり変わらない状態だ。

リンパ節を取った左手は、日常生活にはなにも支障はない。

抗がん剤副作用だった爪の異常や関節の痛みも治まった。

ただ髪の毛はやはりなかなか生えてこずまだ5cmほどしかない。出かける時、来客のとき帽子を被るようにしている。

左胸がないことにはさすがにもう慣れてしまった。残念に思うのは大好きだった温泉に行きたくなくなっちゃったことかな。

胸のコンプレックスが薄くなった今なら親友言葉も笑った受け流すことができたのになーと思うと少し心が痛む。

変わった事と言えば、食生活生活習慣が改善したこと。

以前は特にお肉が大好きでカロリーは紀にしながらも好きなものを食べていたけれど、今は野菜を中心とした食事抗酸化作用の高い食品をメインにしている。

そのおかげもあってか、再発は今のところなく、検査結果も良好。適度な通院も生活リズムを整える意味で意外と気に入っている。

家族との結束は乳がんによって以前より固まった気がする。長女は14歳になったが私の身体を察してか、家事積極的に手伝ってくれるし、反抗期の気配もない。12歳になった長男もだいぶ私を労って自分のことを自分でやるようになった。時々一緒にお風呂に入るが胸のことには触れてこない。なかなか優しいやつだ。モテる男になるかも。

夫は病気の前から優しい人ではあったが以前に比べて、私を心の底からいたわってくれている。先週末、酔って帰ってきた時に話していたが、乳がん告知の際、私を失うかもしれないと思った時に本当の愛が溢れてきたそうだ。

先日からかったら、覚えていないと本人は言うが、どうだかは知らない。

親友との関係は残念ながらまだ修復には至っていない。先日スーパーで顔を合わせたが会釈程度で終わってしまった。今の精神状態なら素直に私から謝ることができる。彼女との関係修復は今の私の一番の課題だ。

こんな感じで意外と悪くない日常を過ごすことができている。

「私から全てを奪った乳がん

手術前後治療中は頭の中にはこの考えしかなかった。

でも、今こうして、振り返ると悪くないことも多いなと思うに至った。

あなたには絶対に「この後悔」はしてほしくない

どうしても後悔はある。それが今回私が体験談を語ろうと思った理由。いまでも本当に後悔していることは一つ。

乳がん発覚の2年前、最初に気になった時点で乳がん早期発見の機会を逃したこと。

もしここで、私の治療をしてくれた大学病院までたどり着くことができていたら・・・

早期発見というくくりの治療となり切除も再発のリスク存在しない状態治療が終わっていたと思う。

親友との離別も家族への過度な負担。これらも起こることはなかっただろう。

私の弱さゆえの判断ミス。これに尽きる。

10月1日ピンク色に染まった東京タワーを見た時にもっと深く乳がん自分ごととして考えられていればな-なんてことまで思ってしまう。

乳がん女性の12人に1人がなる病気と言われている。確率は高い。あなたもなる可能性が十分にある。正直発生自体を防ぐことは生活習慣などにもよるし、生活習慣を気をつけていても病気はいつ襲ってくるかわからない。

親の「無償愛情」という嘘

親は子に対して無償愛情があるらしい。

自己申告する母親もいる。

「母の愛情無償から」と。

バカか。

少なくとも、30年、長女として生きてきて、

の子に対する愛情無償、だとは思えない。

しかしたら、母の息子に対する愛情無償かもしれない。

しかし、娘に対する愛情無償ではない。

例えば、私の母は、私を産んで、実家に里帰りした。

折々に、「無償愛情を持つという祖母」に頼り、子を育てた。

そして、子育て時代遅れ亭主関白な夫の世話と元農家の姑の介護に疲れ切った体で、

実の母である祖母介護をしている。

祖母は、実の娘である母の世話になっておきながら、

親という威厳を保つために、

慈愛に満ちた母親の顔で、

母に説教をする。

世話になっておきながら、世話をしてくれる娘をけなす。

娘が怒ると、下手に出る。

機嫌をとる。

娘の娘、孫にいろんな贈り物をする。

そしてかわいそうな老人のふりをして、

親戚中に娘の不出来を嘆いたりする。

母親愛情無償なのよ」と言っておきながら、

子育て支援したのだから

○○をしたのだからと娘の罪悪感を刺激して、

わがままを言ってべったり甘える。

世の母親は、自分母親に甘えられなかった分、

実の娘にべったり甘えて生きるのだろうか?

実の親の娘に対する甘えはぞっとするほど深い。

本当は、無償愛情を持っているのは子である娘の方だと、

本能で知っているのかもしれない。

えげつないぞ、実の親の娘に対する甘えは。

親に頼った分は、膨大な利子つきで返さなければならくなる。

少なくとも、私の親はそういうタイプだ、残念ながら。

借金は目に見えるからまだいい。

このような親の恩という借金は目に見えない。

無償の愛なんてさらさら持っていなくとも、

実は世話なんてほとんどしていなくても、

娘の献身的ケアに助けられていたとしても、

「親には無償の愛がある。その証拠に〇○をしてやった」

と言い続けて子の罪悪感を刺激すれば、

いくらだって金額を水増しすることが可能だ。

バカバカしい。

老いた親は、仕事もなくなり、子どもも巣立ち、あとは死ぬだけ。

払った以上の年金をもらえる身分のくせに、

死を前にすれば不安不安で仕方ない。

その不安ごまかすためなら、なんだったする。

ただし、息子にはしない。

なぜか、息子に嫌われることを母親はとても嫌う。

父親は息子には無関心なことが多いようだ。

どちらにせよ、娘に対するほどの甘えは見えない。

息子はわかりやすく、家を継いだりするからだろうか?

苗字を継いだだけでも、婿に行かれるよりはいい。

そうやって「ありがたみ」が可視化されているから、

娘にほど甘えないのかもしれない。

私は10代で持病が重くなり、他の兄弟と比べて自立が遅れた。

だがその分、認知症が進み足腰も弱い祖母介護を手伝い、

祖母を看取り葬儀を出してから結婚し、実家から自立した。

自立が遅れた分は十分返したと思う。

そもそも、私の持病も、実家の中の嫁姑不和を、

父が私を名指しで丸投げしなければ、

ここまで悪化しなかった、と思ってしまう。

バカバカしい。

実家から出た私が心がけていることは、

「親を頼らないこと」と「親孝行可視化」だ。

親孝行可視化誕生日プレゼントを郵送するだけ。

たかが3000円の出費で、

実家で当たり前のように押し付けられこなしてきた無償労働に比べて、

バカみたいに感謝される。

頑張ってきた私がひどく安っぽく感じるほどだ。

親を頼らないことは、今の日本空気を読み続けて生きると、難易度が高いチャレンジになる。

私の両親は私に対し、子どもを産み育てて当たり前、一人前だと執拗に訴えてきた。

これは罠だ。

日本子どもを産んでしまったら、とても夫婦2人では育てられない。

里帰り、里帰り出産といった形で、親を頼ることになる。

この時親を頼ったら詰みだ。

孫育てを手伝った恩」を「老後の親の介護」で返さなければならない。

しかも、子ども産んだ後の母体ボロボロだ。

苦労して親を超える努力をし、実家を出たにも関わらず、

また無力な子どもの頃のような、もしくはそれ以下のなにもできない心身になる。

実の親であれば、こんな状態の娘など、簡単洗脳することができる。

「お前は無力だから、何もできないから、ダメな子だから

親の言うことを聞いていればいいいのよ、と。

バカバカしい。

常識弱者の皮をかぶったワガママ暴力的で、

仕事子育て介護すらひと段落して元気な老人の世話など、

死んでもごめんだ。

親や周囲からなんと言われようが、

親に頼らず子供を育てられる資金が貯まるまで子どもは産まない。

まらなかったら産まない。

正直、無理だ。

なんと言われて脅されようと、

夫婦2人が生きていくだけで大変なのに、

子どもなんて育てられるわけがない。

リスクが高すぎる。

また、こんな歪んだ家族を持っている私のもとに、

まれ子ども果たして幸せだろうか?

まれない方が幸せではないか

と思う。

本当に子どもに対して無償愛情を持っていれば、

劣悪な環境子どもを生み出したりはしないだろう。

歪んだ家庭で子育てをしてくれた親が持っているのは、

見返りを期待した何かを愛と呼んでいるだけ。

上等な親のふりをして、

理解のある親のふりをして、

常識のあるふりをして、

こんなバカバカしい嘘を言うくらいなら、

正直に「やばくなったら頼らせてくれないか?」と頼めばいいのに。

断られる可能性がある言い方なんて、怖くてできないんだろうな。

人間、みんな不安なんだから、各々死ぬまで生きるしかないのに。

2017-06-04

敢えて、天皇陛下にご諫言申し上げたい。

2016年8月8日、「象徴としてのお務め」に関する天皇陛下のお言葉以降、退位へ向けた法整備が進んできました。

私は、陛下のお言葉を拝聴して以来、この事態を大変憂慮しております

私は、我が国国民のために献身的に尽くされている天皇陛下のお姿、例えば、東日本大震災被災者先の大戦戦没者に対する慰霊特にパラオをはじめとする国外の様々な地域へのご訪問など、陛下の務められる幾多のご公務を通じて示されているご意志お気持ち全面的に信頼しております

先のお言葉の中で示されたお気持ちは、単なる「存在」としての「象徴天皇」ではなく、「行為する存在」としての「象徴天皇」のあり方に対する強い決意と自負の表明であり、「十分に行為できなくなった天皇」が「象徴」の地位にとどまり続けることこそが、やがて象徴天皇皇室に対する国民の信頼を失わせ、その結果として皇室の存続を危うくすることにつながるという強い危機感の表明である、と私は理解しました。

しかし、私は、この陛下お気持ちの示され方について、敢えてご諫言申し上げねばなりません。

先の大戦で、私たちの国は、天皇神格として祀り上げ、天皇の名のもとに、悲惨戦争を戦いました。国内外に甚大な死者を出したこの戦争は、国策の誤りでした。

私たち日本国憲法代表される戦後政治体制のもとで、天皇日本国日本国民統合象徴として位置付けることで、政治的権能から切り離しました。

天皇の権能を非政治化し祭祀国事行為限定することは、むしろ日本国日本国民にとって素晴らしい知恵であったと考えます。非政治的存在として祈り慰霊するからこそ、私たちはそのお気持ちを信頼し、共にひとつとなれるのです。もし政治的権能を有する者であったなら、その政治的行為に対する責任が生じ、過ちがあればその責任を追及し責めを負わせなければならなくなります。仮にその政治的行為のために報われない者が生じれば、その者たちは行為者に対して怨嗟感情を抱くこともあるでしょう。政治的権能を有しないからこそ、日本国日本国民統合象徴でありえるのであり、私たちはその心を信じることができ、癒しを得ることができるのです。

今回のお言葉によって、国会は退位を可能とする特例法を制定しようとしていますしかし、これは明らかに、天皇陛下のお言葉立法過程へ影響を与えたことになり、天皇政治的行為可能性をひとつ押し広げてしまったことは間違いありません。

また、2017年5月21日毎日新聞が、天皇退位をめぐる政府有識者会議における専門家発言に対して、不満を漏らされたと報じました。「自分意志が曲げられるとは思っていなかった」と述べたとされています毎日新聞報道を受け、発言をした専門家しかも一人はすでに故人)が陛下生き方全否定しているなどと強く批判されました。

もしこの発言事実であるとすれば由々しきことであるのは言うまでもありません。天皇意志とは異なる形で立法作業が進むことを天皇自身が阻むことになれば、それはもはや政治的行為のものです。天皇が自らの意志を表明して、政治的行為を直接行ったり、また間接的にでも強い影響力を及ぼすことは、象徴としての天皇位置づけを揺るがすものであり、上で述べた天皇行為による癒しを損ない、むしろ皇室に対する信頼を危険晒すことになると考えます

あるいはこの発言事実ではなかったのかもしれません。しかし、天皇が、たとえ自らの地位出処進退に関することであったとしても、意志を表明し影響力を与えることができる可能性を広げることは、天皇意志僭称し、それをもって国民を動かし、一定政治的成果を得ようとする者を産むことにつながるのです。天皇意志に基づいていると見せかけて、特定個人糾弾されることは、戦後私たちが作り上げてきた象徴天皇制の枠組みの中で、極めて異常な事態なのです。

私たちは、今回のように「天皇意志」が示された、あるいはそれが僭称されたことで、容易にその意向に沿おうとしたり、それによって個人糾弾したりしてしまう傾向を今もなお強く持っています。だからこそ、天皇意志が直接にはもちろん間接的にではあっても政治的影響力を持つことがないよう、意思の表明を極めて抑制的に限定し、同時にそのことで、祭祀慰霊という行為を通じて、天皇日本国日本国民統合象徴たらしめ、同時にすべての日本国民が等しく癒しを得ることができる仕組み─「象徴天皇制」─が大切なのです。

陛下は先のお言葉の中で、「十分に行為できなくなった天皇」が「象徴」の地位にとどまり続けることが皇室の存続を危うくすると述べられました。しかし、私たち臣民」は、どうぞそこまでご心配さらないでください、と申し上げなければなりません。たとえ陛下が十分に行為できなくなり、代行者を置かなければならなくなったとしても、私たち陛下のお心を、そしてこれまだ果たしてこられたその行為を決して忘れることはないし、またそのことで皇室を廃そうなどと考えることは決してございません、と。むしろ政治的影響力を与える可能性を広げてしまうことの方が、象徴としての「存在」を穢し、皇室に対する国民的信頼を損なうことになってしまうのです、と。

2017-05-16

ホモ援交をした事がある

もう十年以上昔の話なので。

女性向けに出張ホストの真似事をしていた延長で、男向けにもできないか?と挑んでみた事がある。

ある掲示板ですぐに結構なお歳の爺様が見つかった。


爺様は自分を見ると凄くテンションが上がって、自分いか地位がある人間なのかを語り、彼の著作等を見せてきた。

確かに、ある分野の権威の方のようだった。


男同士でも大丈夫ホテルを知ってると言われて鶯谷のおんぼろなホテルに連れて行かれた。受付のおばちゃんは愛想が悪かった。


出張ホストでもやっていたような事をひととおりやった。

ディープキスから全身ボディ洗い、ベッドで全身オイルマッサージ、全身リップフェラアナルに指入れてのマッサージ

爺様は何かの薬の影響でふにゃちんのままだったが、おうおうと喘いでいた。

これくらいの爺様のキス藁半紙を口に突っ込んだような味だった。

あとあと考えたら、そんな健康状態でオイルマッサージ前立腺マッサージはどう考えても危険な訳だが。

ハンドルネーム「なっち」にしてたので「なっちのがほしい!」とフェラされた。当然たたなくて爺様は不満そうだった。

その後、「なっちのを入れて!」と臀部を向けられた。立たないのでどうしようか思案したあげく、覆いかぶさるようにして指を三本コンドームに入れてそのまま爺様の肛門に突っ込んだ。

爺様は挿入されたと思い込んで「あああなっちいいいい!すごいいいいい!イキそうううう!」と言ってたがあとあと考えたら逝ってしまってもおかしくなかった。

時間にして二時間くらいだろうか。爺様は凄く満足してくれたようだった。

前に別の若い男と同じような事をする関係だったそうなのだが、学費が払えないと無心されて30万程渡したらそのまま音信不通になってしまったらしい。

その男よりよほど献身的サービスをしてくれた、という事で最初3万って話だったのが確か7万円ほど貰った。

その金は母の日で両親を外食に連れて行ったのと、国民年金を5か月分くらい払って終わった。

後日爺様からなっちを噴射(射精のことらしい)させたかった!」「なっちを誘惑したい」「二人で温泉に行きたい」とメールが頻繁に来たのでそのまま無視して終わらせた。

爺様はたぶんもうこの世にはいないと思われる。


相手でもできない事はないが、積極的にやりたいとは思わない。自分は完全に異性愛である

それだけは解った。それ以来、男とはしていない。

2017-04-03

http://anond.hatelabo.jp/20170403041537

むかし、うつ病の夫が働けなくなったので、自分が働いて養おうと頑張ってたら

「お前が働いて家の中が疎かになっているから俺が働けない」と言われて

当時はものすごく自分を責めて自分まで病んでしまった。

離婚した今ではアホみたいなもんです。あんなのを家族が支えるべきってのが間違いだわ。

うつぬけを支える献身的家族」なんて美談は毒でしかない。

たまたま性質のいい病人と、能力の高い家族の組み合わせだっただけ。

辛い関係からは逃げましょう。それがお互いのため。

2017-03-25

ISFJの人良いやつすぎる問題

MBTIっていう性格診断テストがある。知らない人はググって。

で、その中の一つにISFJってのがあるんだけどこいつが群を抜いて良いやつすぎる。

怒りの沸点がどこにあるのかという話題で他の性格が『楽しみを奪われること』だったり『不公平なこと』だったりする中ISFJは『身近な人を傷つけられること』。しかも怒り方が『その場は怒りを抑えて、身内に愚痴る』である。いい人すぎる

他にも家庭をもったら『家族との絆を一番大事にする』、『家庭生活を維持することに尽力する』とか。しか謙虚さと思いやり、 細やかな気づきを併せ持つ超パワー。

しか相手の役に立つことに生きがいを感じるという自分本位タイプではなく奉仕精神の塊である

簡潔に書けば控えめで勤勉で謙虚献身的って感じ。

INTPな俺からすると勤勉でかつ献身的に生きることがすごすぎるので賞賛せざるを得ない。

ISFJはいい人すぎるがゆえに訪問販売とかしつこいナンパとか断れずあれよあれよと流されてしまうことがありがちらしいので、いい人な部分はそのままで時には断れるようになって欲しい。

2017-03-23

自分をモノにたとえると何ですか?」

ぺぺローションです」

左端の学生が答えた。

「人と人との摩擦を減らし、皆を気持ちよくする。そういう人間であるよう心がけてきました」

コンドームです」

中央学生が答えた。

「重大な局面を防ぎつつも、自分存在を主張しない。そういう人間であるように心がけてきました」

オナホ―ルです」

ついにぼくの番だ。

「恵まれない人にも、喜びを与える。そういう人間であるように心がけてきました」

「わかりました」

面接官が口を開いた。

「弊社の使命は人と人を繋ぐことです。だからぺぺローションやコンドームのような人材を求めているのです」

ぼくは息をのんだ。

しかし、オナホ―ルではいけません。オナホ―ルは使用者に仕えるだけで、用済みになれば捨てられるのみでしょう」

……外へ出てみると、さっきまで降っていた雨は嘘だったかのように、太陽がぼくを照らした。

ああ、今日ダメだった。そう思いながら空を仰ぐぼくに、呼びかける二つの声があった。

「おーい。オナホー!」

振り返ると、ぺぺローションとコンドームがいた。

「いやあ、きみたちには負けたよ」

ぼくは苦笑いしながら応じる。

「そんなことはないさ。むしろあの面接官のほうがヤリチン至上主義変態野郎だったよ」

ぺぺローションが言い、それにコンドーム同調した。

「そうそう、それよりもオナホ―ルの献身的な生きかた。それにぼくは感動したね」

ペペ……ゴム……」

二人の言葉に、ぼくの胸にはこみ上げてくるものがあった。

「そんなことよりさ、今からコレ、行こうぜ」

ぺぺローションはクイッとハンドサインを示す。ぼくに断る理由はなかった。

かくして、ぺぺローション・コンドームオナホ―ルの三名は、ストライプネクタイを緩めながら夜の街へと消えていったのである

2017-02-15

普通が一番いい

友達には話してないけど案の定ADHDだ。うちの母親父親もその気があるので遺伝率ぶっ高い。前々からwebとかのセルフチェックやると「気になるなら通院」とか言われるし、時間などの約束を守るのがなんかツラいので時々すっぽかすのはよくある。いや、つらいって言うか、単純に感情云々の前にスイッチが入らない。スイッチが入らないか仕事納期とか結構遅れるし、部屋は汚いので時々テレビゴミ屋敷特集やってたらいつか自分がそうなるんじゃないかと思ってゾッとする。他にもいろいろあって毎日憂鬱になる。同じく怒りのスイッチが入っちゃうとキレたら止まらないのも時々ある。母親ちょっとアレなのでこの間、

「もう少し自立してください。」

って何も考えずに言われたので何十年ぶりに大喧嘩したけど、母親はどうして俺が怒ったのか一生理解出来ないと思う。何も考えてないし、昔からそういう人だから何も考えずにズケズケ言うのでなるべく一緒に居たくない。

からお金管理死ぬほど出来ないので酷い時には一日の食費が300円以下になる。どこの国の貧困層だよ。あまりに困ったのでいろいろ調べて近所の区役所にある福祉課みたいなところでお金管理してもらうサービス探して登録した。元々年金暮らしとかの身寄りが居ないお年寄りサービスなのにお年寄りじゃない中年が来たからはじめは向こうも半信半疑だった。担当の人に状況を話すと向こうもエキスパートなので話は聞いてくれて献身的にやってくれるが、約束した事が全く出来ない。だけど状況は改善してる。ついでに話すと図書館で借りた本も1年以上返せなくなくて漠然と困ってる。毎月電話が来るけど本が返却できないし、こないだも担当者が返しに行こうか?って言ってくれたけど、いい年した大人なのに本も返却できない自分は人として足りなさすぎてその後少し悲しくなった。最近は毎月交通違反徴収警察がやってくる。

ただ一つだけ長所があって、測ったらIQ自分もびっくりするぐらいに高くてRPGのアビリティの振り分けが失敗したおかしな突出したキャラが出来てしまったが感がすごくある。中学生の時に担任先生プライバシー問題から言っちゃいけないけど、お前はクラスで突出してIQいからがんばれって言われたのを思い出す。誤解されると嫌なので言っておくと別に自分特別存在とか思った事一度も無い。

人の顔と名前を覚えるのがとても苦手だけど、仕事の打ち合わせとか、バーで人と話しても顔と名前は思い出せないけど、会話の内容はかなり記憶していて次会った特に半年前ぐらいだと誰がどこに座っててどんな会話したとかほぼ忘れないので時々気持ち悪いって言われる。

基本的に誰にも言ってない。言ったところで理解されないし、してもらおうとも思ってないし、どうせ偏見になるので誰にも話したくない。こないだも心優しい友達

自分も少なからずそういうところがありますよ」

って慰めてくれた。優しい。でもきっと根本的に伝わってないって思うからやきもきするし、なんか自分短所を押して話すのもちょっと違う。レイヤーがずれてて疲れるし、友達が悪い訳じゃないか申し訳無い。結局最終的に根性論になるし、精神病んじゃう人がネットアウトプットしてるの見ても誰徳なんだろう?って思う。逆の立場なら心ないか絶対努力問題とか上目線で言っちゃう理解がないってこういう事だ。だから僕の周りは僕のADHDを知らないので「基本ポンコツだけどやればすごく出来る人」みたいな評価になってる。社会人に求められるのは野球に例えると「2割でも打てばいいか毎日バッターボックスに立つ人」だけど、僕は基本1割未満の5分ぐらいでたまに10割に近づくので普通に会社は使いにくいのは自分でもよく分かる。結局フリーランスになってスイッチオンオフ活用する生活してる。

そんなこんなで通院してた事があった、病院でもらったクスリをもらうと自分の中で変化が起きた。

まず、数日に一度部屋でほうきとちりとりを持ってて部屋でニヤニヤしちゃった事がある。ゴミ屋敷に近づいてる僕の部屋がいままでより"は"きれいになってた。床が見えてるんだもの

あと、昔から疑問になってる事があって、怒りがやって来た時に友達

「寝て起きたら忘れるよ」

って言ってくれるけど、そんなやついるのか?って思ってた。そうなったらもうダメ。寝ても覚めても何年経っても怒りなんて収まらない。未だに何十年も前の怒りとか簡単によみがえる。だから最終的に当事者トラブルになる。上にも書いたけど、嫌なやつは無神経なので何言ったか覚えてないだろうけど、言った本人が忘れてても、僕は場面状況から思い出すからムカつく奴はきっと死ぬまで忘れない。嫌な奴と会わないようにしてたら友達ほとんど居なくなった。だったけど、クスリを飲んでたらイライラしなくなった。まーいいやみたいになった。ホントに寝て起きたら怒りが結構収まってる。自分でもブレイクスルーみたいになった。ちょっと感動して主治医に、

先生!今までマイナスだったのがクスリ大分プラスになってるんですね!」

と興奮気味に話したら主治医が、

田中さん。言いにくいのですが、世の中の人普通レベルがここぐらいですね...」

って悲壮感出して来たのでそこが何となく切な面白い感じだった。お笑い面白いのは切なさが含まれるところだ。同じく、別の日も自分性格的にハッキリわかっていた方が楽なので率直な意見を聞こうと思って自分の程度が5/10ぐらいかな?と思って聞いたら

「大変申し上げにくいのですが、8か9です」

ってまた切な面白いがきた。

結局、何となくいつもの億劫がやって来て病院に行かなくなったけど、自分の中では答えが出てて、クスリを飲んでるときには真人間に近づくけど、別人になって毎日頭がぼーっとする。頭の回転も悪くなってるのがわかる。実はそこが一番悲しくて、鬱病の人がマイナスになって健常者の時のプラマイ0に戻るのと違って、何十年もこれでやって来て急に別人になったら今までの自分は何だろう?大層な話だけど、アイデンティティって何だろうってすごく悩んだ。クスリを飲んでる今後の人生自分人生なのだろうか?ってなったのが大きい。だからいろいろ諦めて自分人生を受け入れることにした。クスリで踊らされる人生は僕の人生じゃなくて他人人生だ。

から頭の回転が人より抜群に速い。でも当たり前の事ができない。すごく困る。

自分問題点なんて俯瞰で見える。初見の人にはすごく頭良さそうって言われる。実際頭"だけ"良いし。だけど問題解決するための行動ができない。問題解決方法がわかるのに。車で例えるとエンジンフェラーリなのに足回りが竹馬レベル

美人が困るって意味ちょっとわかる。好きで美人に生まれた訳じゃ無いのに男から襲われそうになったり、ちょっと優しくしたら童貞勘違いする。毎日油断できない。ちょっと似てて頭良いって褒められるけど、頭良い"だけ"のポンコツなんて何もハッピーじゃない。人を見下してるんじゃなくて本当に普通がいい。毎日解法がない数学解いてるみたいだ。地獄ってそばにある。

最後に】

どうせブクマとかで心ない奴に、

「そんなこともできないなら頭悪いだろ」

とか謎の上目線で言われるだろうけど、そういう人はそういう認識で。利口なフリして揚げ足でも取ってろww

案の定文章の読解力の無い奴からの謎のコメント来たけど、じゃお前が俺と代わってくれよ。

【追記】

id:supu6000 こいつのコメントホントバカ医者で診断されたから書いた”だけ”なのにね。カミングアウトできない環境ってこういうバカいるから。

僕は診断もしてないし専門家判断がないのに勝手アスペ呼ばわりしたり、それって差別って理解してないのかな?

http://anond.hatelabo.jp/20170217144516

こういう考え方しかできないのって本当にかわいそうな人ですね。

単純に心優しい人に感謝を述べただけなんだけど。勝手につけあがる呼ばわりとかウケる

別に文筆業じゃないのに、事実だけを書いてもネガな事しか考えられないって人として欠落してるなw

この人は問題認識ができない気の毒な人なんだろうな。読解力とか弱そう。

id:IvoryChi

上にも書いたけどさ、言語理解が高いっていうなら文筆業でも無い俺にそこまで求めて、勝手副作用呼ばわりすんなよw

そっちの方が問題だよ。こういう頭良いフリしてるバカが一番苦手。

キリが無いからやめよう。

こいつらが健常者なら僕は永遠に障害持ちでいいし、一生リアルでもカミングアウトしなくてもいいやww

こういう奴らが世間にはたくさんいるかぎり差別とか永遠に無くならない。

2016-11-04

大会関西大会演奏の違いについて - TVアニメ響け!ユーフォニアム2』#5

長尺を使って描かれた関西大会における北宇治演奏。凄すぎて凄い以外の語彙を失ってしまった感はあるのだが、いくつか思ったこともあるのでそれを書きつけておく。

そしてそれは府大会関西大会演奏の違いであり、結論を先述べしておくと、

の二つが論点になる。

 

積み増されたコンテクスト

端的にいえばみぞれ希美確執および和解にまつわるエトセトラがそれ、ということになるのだが、最も説明やすいのが麗奈ソロパートなのでそこに触れる。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm29961964

上記は府大会関西大会演奏シーンを並べた動画だ。見てもらえれば判る通り府大会では香織の表情を映してるのに対し、関西大会ではトランペットソロを下支えする久美子と彼女幻視した大吉山でのシーンが描かれている。

大会は直前にトランペットソロ麗奈が吹くか香織が吹くかで揉め、再オーディションをする事態にまで発展した。「三年間やってきたんだもん、最後は吹きたい」という香織の想い。彼女を慕う優子の想い。しか麗奈はそれらを音でねじ伏せ、ソロパートの奏者となった。コンクールにおける当該シーンでは、その音を聞きながら最初うつむき、そして最後には“納得”したように微笑む香織が描かれる。つまり麗奈ソロパートは、香織の心の決着の場でもあった。

関西大会はそうじゃない。今度は麗奈の音に久美子の回想が乗る。なぜ久美子かというと演奏の直前に「私も久美子のために吹こうかな」と麗奈が言い出したことによる。「みぞれソロがんばってね」「わたし希美のために吹く」というみぞれ希美のやりとりを見てそう口走ったのだ。

ユーフォ2』#1-4は言うまでもなくみぞれ希美お話がメインだった。その中のひとつの切り口に、誰のために何のために吹くのかというのがあった。みぞれは「楽器けがあたしと希美をつなぐもの」だから吹いていた。片や麗奈は「考えたことない。……強いて言うなら自分のため、かな」と答える。そんな麗奈も、みぞれ希美コンテクストを受けて、「久美子のために吹」くという形でソロパートに臨んだ。

ここでとても面白いのは、麗奈ソロパートを下支えしてるのはユーフォニアムという点だ。府大会ではシーンに登場したファゴットがここでは描写されず、それによって久美子の下支えが、その低音が強調されている。そうして絡み合い一体化していくふたつの音。それは大吉山での“愛の告白”の回想へとつながっていく。あまりに、あまりに美しい光景だ。

 

シーンを音によって裏打ちする

正直いちばんうなったのはこれ。音による裏打ち。

ぜひ府大会関西大会演奏の音を聴き比べてほしい。みんな本当に上手くなっているので。……と言いつつ、当方の耳は非常にボンクラ部長の声を「はやみん? いや……能登かわいいよ能登?」などと言って周りに白い目で見られてしまレベル)で、合奏はその違いがよく判らなかった。なので麗奈ソロパートを聴き比べてみた。ここはその差が如実に判った。それぐらい違った。

たとえばソロパートの始まりの「ぷぁー」という音。府大会は出だしのこれが鈍重かつか細いのだ。例えるなら冬の海。冷たく重い海水から頭を浮かすことができず潜ることを余儀なくされたような、重力を含んだ音。メロディの終わりも唐突で、次の音も焦ったように早く始まって伸びや豊穣さが感じられない。対する関西大会はどうだろうか。こちらは非常に伸びやかで、春の海のような、その上を軽やかに滑るような明るさがあるのだ。音の終わりもビブラートを利かせて情感がたっぷりこめられており、次の音への繋がりもとても心地よい。聴き比べてみると驚くほど違いがあったのだ(これは大げさでもなんでもなく、実際そうなのでぜひ聴き比べてみてほしい)。

続く「ぱーらりらりらー」も関西大会では楽しげに舞い上がるような音になっている。まるで夏の夜、意中の相手との初めてのデートに浮足立少女を想わせるような。その(久美子を想って吹かれた)つやっぽい音色を聴いて、久美子が大吉山での出来事を思い出すのは無理ないことというか、音それ自体が、その時のことを語りだすかのようですらある(府大会の当該シーンに、そういった抑揚はない)。

これは、臨時講師橋本が言っていた「君たちの演奏は(中略)表現力が足りない」というコンテクストにも乗っている。みぞれオーボエに対して「もっと感情だせない?」という話から始まったこれは、どんどん上手くなっている北宇治に大きく欠けているものだった。みんな練習や、みぞれに関しては希美との和解によって「表現力」を獲得していくが、麗奈のそれは、半ば冗談めかして言った「私も久美子のために吹こうかな」により久美子が夏の大吉山を思い出すような艶めかしい表現につながっていき、そして何より音がしっかりとそれを裏打ちしていた。『ユーフォ』は本っっっっっっ当に芸が細かい

 

そのとき希美は何を思ったか

傘木希美現在フルートパート担当する三年を凌ぐ実力の持ち主で、南中では吹部の部長を務めていた。南中での最後の府大会まさかの銀賞と涙を呑み、高校に入ったら絶対に金賞を取ろうとみぞれたちと誓い合っていた。しかし今は卒業してしまった去年の三年との確執によって退部を余儀なくされてしまう。みぞれとの和解を経てサポートメンバーとして部に復帰し、じっさい献身的みぞれやAメンバーを支えている。

しかし、だ。希美はもともと辞めたくて部を辞めたわけじゃない。フルートが好きで、金賞を取りたいという目標もあった。フルートパート担当する奏者は自分より明らかに劣っている。おくびにも出さないけど、奏者として吹けないことが悔しくてたまらなかったはずである

それが、「わたし希美のために吹く」というみぞれオーボエソロときに初めて顔に出る。

https://i.gyazo.com/06b7e5cfb22dec64999f0fa202731f57.png

舞台からみぞれオーボエソロから背を向け、笑みを浮かべず、中空を見つめる希美

大会オーボエソロには「きゅーん!」となったにも関わらず、希美への感情が乗って表現力の増した関西大会のそれにはそうならないのだ。

ここから一貫してみぞれ舞台に対して背を向け続ける。サポートメンバーはみな舞台を覗き込んだりしながらAメンバーたちの演奏が無事に終わることを祈っている。しか希美がその輪に加わることはない。

https://i.gyazo.com/df1f0bac8c9ab5c3824e7d9738ff6157.png

https://i.gyazo.com/814767fa1286d18a63ec9d61f5171438.png

それぞれ演奏終了直前、全国大会進出が決まった直後の表情。特に最後の表情は、周りと違って手放しで喜んでいる様子はない。良かったとは思っている、でも自分がそこに居ないのは悔しい。

少ないカット、一瞬の表情。しかしそうやって希美感情フィルムに乗ることで、関西大会演奏がより豊かになる。そして希美の悔しさは、来年コンクールにつながっていくことだろう。コンテクストがまたひとつ積み上げられ、『ユーフォ』の世界が豊穣になっていく。

 

全国大会での演奏が今から楽しみ

関西大会を終えた今になって一期の#13、府大会演奏直前のあすかと久美子のやりとりを見返すと、あすかの曰く言い難い表情に、その胸の裡の複雑さを思わせられる。

「なんか、ちょっとさみしくない? あんなに楽しかった時間が終わっちゃうんだよ? ずっとこのまま夏が続けばいいのに」

「なに言ってるんですか。今日最後じゃないですよ。わたしたちは全国に行くんですから

「そうだったね。そういえば、それが目標だった」

久美子のまっすぐな瞳から虚をつかれたように視線を外すあすか。そして眉尻をわずかに下げ、とても複雑な笑みを浮かべるのだ。

これは関西大会直前の「私はここで負けたくない。関西に来られて良かった、で終わりにしたくない。ここまで来た以上、なんとしてでも次に進んで北宇治の音を全国に響かせたい」と部員たちの前で宣言するあすかにつながってくる。

あすかは、あるいは部の誰よりコンクールにかける想いを持っているのかもしれない。これからそれは明らかになっていくことだろう。そのあすかのコンテクスを踏まえた全国大会映像、それが今から楽しみでならない。

 

ユーフォ感想一覧

2016-10-24

気分転換10分間頭に浮かんだことを垂れ流しで出力する遊び

パックマン バットマン ファットマン アントシアニン キトサン オリゴ糖

もののふスリーが心技体なら、おうさまスリーは臣義退だろうか 寝偽怠だったらやだな

でもカンガルーにも袋はある マンホールからコアラが噴き出る ウォンバットの方が可愛い気がする アイワナビーワラビー

ワニは根はいい奴 だけど塩水に漬けると目が充血して狂暴になる エクアドルマクワウリを与えると落ち着く ウニ性格がクソ

ギリシャペルシャはR-Syaで繋がっているかベンジャミンバトンからジェイソンステイサムみたいなもん

スティーブを倒せ スティーブを倒せ セネガル人でもセガールには勝てない ブーメランタイプ武器はやめとけ

起死回生の十手(物理) 危機管理能力の切除 意思薄弱につき検挙 ハムサラダの夢はレタスの国じゃ罪

アヤちゃんちょっと共感性調整してもらってきたら? 高度脳機能調整センターカジュアルに脳をいじってもらう平和世界 前頭葉盛っときます

ディストピアライクな今世紀社会不要職業 不毛な植毛 不当な玉音 符号は北東 こえーな極道

1ターンにこちらだけ3回動けてもプロ棋士にゃ勝てる気がしない メガネサウンズライクメイクイットレイン

歩のない将棋は負け将棋って言うけど 自軍に歩がいなければ3手あれば先手でできるワンターンキル やっぱり無能は足手まといなの?

なんだかんだで各軍選りすぐりのベストナイン歩兵のはずなのにすぐに寝返る豆腐メンタル 洗脳するための道具レンタル

キプロスの界隈ではサイキックタイキックの研究が盛ん ニフラム効果深海ハイキングで真価を発揮する

ニフレルでナマコキャッチボール 目つきの悪いウニに気を付けろ 献身的なヒトデはサンゴ侵略から地球を守ってる やーいお前の脈拍三連符

ジャンパースカートツナギ感 背骨の周りの肉 カルドアテナの火で炙ろう プリン体はよく燃える 糖質100パーセントスウィーツ

ギュムギュムした食感でダシの味がしみ込んだ宇宙人の生皮 ゼラチン質の係長 クエ食えクエ 首絞めてクエェェ

頭のネジがプラスマイナスかわかんないからとりあえずグーで殴ってみるスタイル 一発殴った後優しく触診するインパクトドライバ

アポロのカサのキノコの山が食べてみたいな アフロカプリコを無理やり食わせると多分吐く ではアムロにカクリコンならどうか

玄関かいホームドア 嫌韓こじらせオールドワン 老害に足突っ込んで泥沼 回路がイってる自称事案

友達失くして 嫁に逃げられて 親も死んで 仕事失くして それでも全然平気な顔して割りばし齧りながら生きてるのに

空の蒼が綺麗な日は無性に電車ダイブしたくなる 俺みたいのでも動脈血ならちゃんと朱色かな ああもうホームドア邪魔だ そういうのがイヤだ

トリプル青い鳥から揚げ 四葉のクローバーおひたし 黒猫インナーマッスル 種馬はフィンガーハッスル 今日も空は飛空艇日和

奴隷道徳とは、正義平等の名のもとに

それはつまり反動形成である

反動形成面白い所は、「抑圧し反発したはずの元の欲求を、結局は満たしている」という部分である

・身近な例

1.依存心の強い人

この人が反動形成をすると、なんでも自分でやろうとする独立心の強い人となる

そうすると、この人は自分依存心を自覚しないで済むようになる(防衛成功)

さらに、ワンマンにやればやるほど周りは困ってしまい、あれこれと助けようとする

下手をすれば、「あの人は助けられると起こるから、見えないようにフォローしよう」となる

ここまで来てしまえばもうこの人は自分依存心を自覚して苦しむことなく、依存心を満たせることになる

2.何もかも壊したりめちゃくちゃにしたい人、ごちゃごちゃになっているのが好きな人

この人の場合は、すごく丁寧で几帳面になり、規律道徳などをきっちり守る善良で温厚な人になる

しかし、どうだろうか。この人には世界はどう見えるだろうか

大事に扱おうと物を見るということは、それを繊細で壊れやすものであると見なすわけで

この人には世界は壊れやすもので、壊れてしまもので満ち満ちているということになる

丁寧で几帳面という価値基準を持てば持つほど、世界相対的に粗雑で大雑把な世界となる

結果として、この人はめでたく自分の好きだった世界に入ることになる

3.相手支配したい、自分の正しさを認めさせたい

反動形成は、奉仕や服従、自己犠牲になる

DVしたり酷い要求ばかりするして振り回してくる恋人に傷つけられながらも、それでも献身的に尽くすというのを何処かで見たことはないだろうか

体調の悪いままにパートで働き、子供の世話や家事を行い、夫のためにお酒を買って来た挙句に「お前が居るから俺はだめになったんだ!」と言われる始末の妻

精神的に不安定彼女のために、リストカットをしたと言われれば深夜でも駆けつけ、あれこれと手をつくして慰め、同居させ、挙句の果てには暴力混じりに「あなたは私の事のことなんか全然きじゃないのよ!」と詰られる恋人

さて、この人達はいかにして支配欲を満たし、正しさを主張しているのか

答えは簡単である

この人達相手奉仕し、あれこれを手を尽くせば尽くすほど、相手依存し何もできなくなっていく

献身的になり、親切になるほど、相手自分葛藤を処理たり我慢したりしなくなり、何も考えないでも生きていけるようになる

尊敬し服従すればするほど、相手はそれ以上の成長はしなくなり、与えられた権力に酔って傲慢となり、相手に不当な扱いをするようになる

結果として、相手依存心を増強させ、自制も聞かない赤ん坊のようになり、感情欲求を吐き出すだけの無様な姿となる

にも関わらず、「にも関わらず」だ

それでも決して怒らず、優しくし、辛抱と忍耐を重ね、自己犠牲を続け、文句も言わずに働き続ける

この人達のことを、誰も責めたりせず、むしろ可愛そうで救われるべき正しい人々であると言うだろう

そう、ここが一番のミソである

彼らは自己犠牲をすることによって無事に被害者となることができ、理不尽世界に対して自分正当性を訴えることができるのだ

もはや、彼ら/彼女らは自分から何も主張せずとも、自らの正しさを認められる事となり、奉仕先を支配することができる

ここにおいては、相手を許すという行為はすなわち、相手を罪悪感で縛り支配する手段となる

正答な罰や応報もなく許され、良心の呵責に苦しむ

それを晴らそうとするが、奉仕と服従と自己犠牲に慣れた人間にとっては、それを躱すのは容易い

そして、相手に対して道徳的優越感を得て、奴隷道徳を旗印に勝鬨を上げるのである

2016-10-23

月永レオ瀬名泉の話――Lionheartを読んで(あんさんぶるスターズあんスタ)

今まで言いたくなかったから言わずにいましたが、周囲の状況があまりにも見ていられない、そして限界を感じてきたので、Lionheart感想を今更ですが書くことにしました。

先に言っておきますが、ディスっていいのはディスられる覚悟があるやつだけだと思います

毎日のように、屑に対して献身的な泉を「かわいそう、尊い」する為の道具として、ひたすら罵声を浴びせられている、屑で最低な人間として表現されているレオを見て限界に感じました。

(※追記)ディスってるっていうのは、レオがどういう人間か分からいからといって根拠なく、壊れてて頭おかしい、ひどい、無責任勝手って言われてるやつです。ゲス性格にかかれたりするのもよく見ます。どこをどう読んだらそうなるのか分かりません。

苦手なものは見なければいいと思い、引きこもっていましたが、次第にどこからでも入ってくるようになり、そんなレオ共通認識のようになってしまっているのだと悲しくなりました。

今まで感想を書かなかったのは、どうしても泉に対して厳しい意見になるからでした。でも、現状のレオ認識は、あんまりだと思います

Lionhrartを読んだ最初感想は、泉いい子だな~、泣ける~という普通感想だったんですけど、でも読んでいて違和感があったので読み返しました。

3度読んだ私の感想は、

「この話一ミリも尊くない」

になりました。個々は人間臭くてかわいいんですけどね。

最初文章をそのまま読んだんですが、3周目はレオ描写にも注目して読みました。

その結果、「ものすごくどっちもどっちな話だな」と思いました。どっちも自分は寂しいわかって!と言って、相手気持ちとか考えている余裕がないように感じます若いから当然のことなんですけど。



レオ楽曲を贈ったシーン

レオが何を考えているのか分からない」という意見もよく見ます。確かに、レオ本人は何も言っていません。でも描写から、ある程度は読み取れると私は思います

レオ音楽の話をしているのを「どうでもいい」と返された時、寂しそうな顔をしていました。そして、そういう言葉はよくないとも言っています

寂しそうな顔をした理由は、レオにとって好きなことの話を「どうでもいい」と言われてしまたからかな、と思います。まぁ興味ない話をだらだら続けられても困る泉の気持ちも分かりますけど(笑)

あと曲を送っていることに対しても、レオは泉が大好きだな!?と思いました。

「アイネクライネ・ナハトジーク」「一つのさな夜曲」、そして「夜曲」に「セレナーデ」ってわざわざルピついてるんですよね。「セレナーデ恋人女性を讃える楽曲とあるので、レオなりの好意を伝えたかったんだなと思います。泉には伝わっていないようですけど。

少なくとも、レオは何も考えていない訳ではないし、泉ばかりがレオを好きだという訳ではないと思います。(恋愛的な意味限定しません)



モーツァルトが嫌いだというシーン

レオは少し分かりにくいけど、あれでいて結構SOS出しているように見えるんです。それが全然伝わっていないんですよね。こういう所は、レオコミュ障だなと思います。よく言語不自由だと言うのは、本当にそのままの意味なんですよね。

家にいない方がいいとか、モーツァルトが羨ましいとか言った時のレオ気持ち考えてみると、きついものがあるなと思います。それを、泉には聞き返してもらえなかったんですよね。聞いてほしいな、チラッて感じじゃダメなのは当たり前なんですけどね。

モーツァルトが羨ましい理由ってなんだろうって考えてみたのですが、レオ天才だけど一般家庭に生まれたんですよね。それを泉は「変人が生まれたにしてはふつうだ」って言ってるけど。二人の認識はここでも違ってきているなって思います

モーツァルトは裕福で音楽家の家庭に生まれて、音楽を作る環境には恵まれてたんですよね。親は早くに亡くなったけど。でもその環境に対して羨ましいって言ってるのかな、と思いました。

まぁこの辺りは推測にすぎませんが。



レオの家を訪ねる泉のシーン

家に足繁く通っていた泉だったけど、レオ不登校になってからは行っていなかったみたいですよね。Lionheart最後だったように読めました。理由がいる子なのか、レオへの興味が薄れたのかは分かりませんが、でも行かなかったんですよね。多分、友達だったのに。スカウトガンマンで泉は友達じゃないと言ってるので、友達と思わせるに足る関係レオが築けなかったのだと思います

でも落ち込んでる時に一番励ましてほしい相手は、やっぱり一緒に頑張ってきた仲間ではないかなと思うんです。

泉が家に来た時、レオはるかが呼びかけても部屋から出てこなかったのに、泉が来たと知って出てきているんですよね。泉に対して期待したんだなと。まぁこれも勝手な話ではありますけど。

一方、泉はというと、逃げた!裏切られた!自分の考えてたレオイメージとはかけ離れてる!幻滅した!て怒ってるんですよね。るかが助けてって言っているシーンを見ても、るかを泣かせたことに対してより、泣かせるようなレベル人間であることに対して幻滅して怒っているから、うーんってなります



レオに対しての泉の反応のシーン

ぼさぼさ髮の、無力な生き物みたいなレオを見て、言いたいことも言わず勝手に終わったんだって思っているのを見ると、なんで何も言わないんだろう、捻くれてかっこつけてる場合か!!って思っちゃうんですよね。

泉がそういう性格から仕方ないと思うし、レオもそれは分かっていただろうに期待してしまたから、どっちもどっちなんですけど。

でも結局、レオ勝手に期待した応えは返ってこなかったんですよね。「ご飯くらい、ちゃんと食べなよ」だけで。レオは泉に、「戻って来なよ」って言って欲しかったのかなと思います。推測ですが。

このことをきっかけに、レオは家から外に出たのかな?と思いました。もう完全に一人になってしまったと感じたから。

家にいない方がいいってことは本人は居場所がないと思ってるってことだろうし、不登校になるってことは学校にも居場所がなくなったんだろうし、本当に一人になって自分がしてきた行いに絶望したのかもしれない。

でもこれが良くも悪くも、今のレオへ変わる転機だったのかもな、と思いました。今のレオ他人に何も求めていないので、レオは変わったんだなと思います自分一人でそう成長して、戻って来たんです。



・海でたそがれている泉のシーン

泉はと言うと、たそがれて過去を振り返っているけど、この時レオは何も解決してないんですけどね、と思ってました。

泉は真に対しての言動等も考えると、綺麗なものとかお人形とか変化のないものが好きなんでしょうね。かつてのレオとの綺麗な思い出に浸ったりってすごい泉っぽい。相変わらず過去に生きてるなと思います。確かに、たぶん泉の求めてたKnightsの最終形態はもう壊れてしまたから、同じ形は望めないんだろうと思います

ところで悪行って監禁ことなんですかね?どっちかというとあれって、Knightsっていうより自分の為かなって思うんですけど…うーん…。でも一応、Knightsに真を入れようとしていて、真の実力も認めているから確実な戦力になるだろうと確信をしていて、そこ為にどんな手を使おうが…?ということなのかなぁ。

この辺は本人が何も言ってないからわからないのですが、私はこういうことかな?と思いました。

だいたいこんな感じです。

泉を悪く言う形になってしまいましたが、泉がひたすらに被害者だと周りから言われてかわいそうがられていることに対しての方が、ずっとかわいそうだと感じます

ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。


ここからは、補足に蛇足に推測です。

・まず、レオのことを「壊れた」って言っているのは泉とレオだけなんですよね。そして泉とレオの言う「壊れた」はまた違う意味だとも思っています

泉の言う「壊れた」って、宗みたいな精神崩壊じゃなくて、怪盗ストーリーの会話等からも、綺麗なものが汚くなったとか、人間らしくなったものに対して使っている印象を受けます。Lionhrartでレオを見た時の反応がまさしくそれだと思うんだけど、泉が抱いていた理想と違ってしまったっていうのが大きいのかなと。

一方、レオ自分で言う「壊れた」というのは、レオ自身ではなくKnightsのことだと思うんですよね。内部分裂しかけて解散寸前と言ってるので。レオはKnightsを、英智fineというユニット自分武器玩具と称して戦っていたんじゃないかなと思いますレオにとっては、その自分の作ったKnightsが壊れてしまった。

「前はあんなにいけすかないやつじゃなかった」みたいなことを泉は言っていますが、「うっちゅ~!」って言っているのいけすかないって変だなとは思っていたんですよね。Lionheartレオは、性格はそんなに変わっているように見えませんし。でも、そっちじゃなくてどこか悟って大人になってしまっている感じの方かって考えると、しっくりくる気がします。



・そもそも、泉がそういう価値観を抱くようになった原因ってやっぱり親かな?とスターマインで思いました。

過保護って言ってるけど、翌日ライブって日まで海外旅行っておかしいなって思います家族旅行はいえ、息子が頑張っていることよりも優先させることだとは思えないんですよね。泉もプロとしての自覚は持っている訳ですし、普通の親なら息子にそんな負担になるような真似はさせないと思います。それなのに、泉も言うこと聞いちゃうんだ?って不思議気持ちになりました。

真に対する愛情の注ぎ方や、自分理想が変わってしまったことに対して壊れたって思うのも、そういう接し方を親が泉にしていることが原因かなと感じました。親のお人形さんとして、逆らわないことを強要されて生きてきたんだなって。そっちの方が本人も気付いてないだけに、私はつらいと思います



・それと、レオはKnightsのメンバー子どもと言って、結構全員のことをしっかり把握してるんだけど、他のメンバー利害関係で繋がっていると言ってるんですよね。その辺もまた認識がずれてるんだなって思います。これも、そういう信頼関係みたいなのをレオは築けなかったんだなと思いました。

Lionheartを読んでいて、レオは伝達するための言語に弱いなって思っていたんですけど、完全にそれが仇となっていそう。しかレオって、各々の良いところを見つけて個性を伸ばす方針だったみたいなので、それも良くない方向で取られてそう。

今のレオは外に出て成長した分、わりと周りと話せる子だからいいんですけど、Lionheartの感じだと当時は今より難しそうだなという印象です。レオコミュ力は最低限つけておくべきだったかもしれませんね。

2016-10-09

メンヘラと仲良くなった話

ひょんなことからメンヘラ女子と仲良くなった。

どんなメンヘラかというと、境界性パーソナリティ障害(いわゆるボーダー)。

アダルトチルドレンなのかも。

ふとしたとき不安になるらしく、そのたびにネガティブなことばかりいって

周りを振り回してた。自傷とかはなかったけど、したいと思うことはたくさんあったらしい。

母子家庭で育った子はパーソナリティ障害になる確率が高いという調査もあるらしいけど、

彼女もご多分にもれずそうだった。

母子家庭となめられないようにしっかりしなさい」と育てられ、褒められた記憶がないらしい。

アダルトチルドレンだとすると、傷ついたインナーチャイルドを持っているようだ。

聞けば彼氏がいるとのこと。

「おれが支えなきゃ」って献身的彼氏なのかと思うと、そうでは無いみたい。

ネット出会った、まだリアルで会ったことがない」

「女はお前だけだって言ってくれる」「良家の跡継ぎでアメリカにいる、日本に帰ったら結婚しようって言われてる」

などと言ってるらしい。

....騙されてるよ、それ。

自分が無価値だと思ってるからダメ男に尽くすんだろうな。

まだ処女だそうだが、別の男に良いように弄ばれそう。

いから離れてよっと。

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