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2017-12-13

遺伝子仕業なのか、子どもへは何も惜しくない

自分わがまま

でも、自分の子どもに対しては献身的になれる、というか献身する。

なんだろう、この感覚は。めちゃくちゃ愛おしい。

託す、託したい、という感覚

2017-11-22

2017年徳島ヴォルティス振り返りメモ。何が僕らをアツくさせたのか。

・去年まではガチガチに守って、カウンター一発のヴォルティスサッカー試合には勝てても、面白くない。

ロドリゲス監督が打ち出した「攻め」への追求

・前半戦の名古屋戦で最高のパフォーマンス、つないで果敢に攻める攻撃は観る者みんなを興奮させた。

DF馬渡の退場行為ジェフ戦)

・格下相手に取りこぼしが続く

DF馬渡の世間の逆風に耐え、フィールドプレイで示す姿勢

山形戦での攻撃爆発6-1

・相次ぐサポーター不祥事(水掛け、乗り出し)

FW渡の謙虚すぎる姿勢、90分走り続けて、ゴールを狙う姿勢

FW山崎FW渡の息の合ったツートップ(目に見えるほどのお互いの信頼)

サポーターグループの再編

チャント応援歌改善フラグシップによる応援

キャプテン岩尾の一年間を通しての献身的守備

・岩尾のMIP(サポーターの多くが岩尾を見ていた)

ホーム終戦大分戦)後の岩尾からメッセージ東京で待っています

東京ヴェルディ戦1000人動員(高々1000人と言うなかれ)

僕たちはヴォルティスサッカーだけを見ていたわけではない。

その背後の物語を見ていた。

登場人物みんながエネルギーに満ちあふれた、そして若すぎる物語に酔いしれていた。

ヴェルディ戦後喪失感。宴の終わりを知らせる笛。

あと少しだけでも、この甘酸っぱい物語に酔いしれていたかった。

これから選手移籍市場。僕たちは渡をはじめ主力選手流出覚悟している。

もちろん徳島に残って欲しい、もう一度、このメンバーで戦って欲しい!と思う気持ちはある。

しかし、一方でそれではいけないのではないかと心の底で思っているのも確か。

そう2017年ヴォルティスは「若さ」が紡ぐ物語こそが魅力だった。

若さ予測できないからこそ、ワクワクするのだ。

これがサッカーか。これがサッカーなんだな。

日本Jリーグが、徳島サッカーチームがあって本当に良かったと心から思う。

ありがとう

No Soccer, No Life.

2017-11-21

努力

仮定ブス幸福論」みました。

わたしは生まれからずっと恋人がいないけどそれは己の努力が足らないかだって突きつけられた気持ち

前向きに諦めるんだって言い訳をして、いろんなことを蔑ろにしてきたから、仕方がないと思う。容姿性格もブスだし。

自分でも、自分みたいな人間恋人にしたいとは思わない。

根暗でも、努力して明るい顔してたら恋人や友人ができるのだろうか。弱音を吐かず何事にも謙虚献身的に、ブスだからせめて社会奉仕しよう、優しくて明るくて親切な良い子でいよう、って頑張れば報われるのだろうか。根っから愛される子にいつかなれるのだろうか。

しんどい

2017-11-04

ネタばれブレードランナー2049の感想とアラ探し

すっかりおっさんになってしまい、映画の出来・不出来を語り合う友人も周りにいないので、ネットに書いてみることにした。

ネタばれ多数。未見の人、傑作だと思っている人は読まない方がいい

結論簡単にまとめると、映画的に正当な続編になっていても、あの時代設定のSF的な延長になっていないと思った。「メッセージ」は傑作だと思ったんだけどなー。

ブレードランナー(第1作)

自分ブレードランナーを見たのは、初回公開時の16歳のころ。名古屋で「燃えよドラゴン」と2本立てだった。

当時、ブレードランナーには2つの画期的な点があったと思う。

ひとつは、地続きの未来バラ色じゃないというビジョンを、明確に具体化したこと。

それまでの地続きの未来イメージは、2001年宇宙の旅(1968年公開)とか2300年未来への旅(1976年公開)とかに描かれた、ピカピカのスゴイ科学世界だった。

2300年未来への旅ディストピア映画だけれど、誰も見たことがない輝かしい世界を描くとき、ピカピカに描くのが当時は当たり前だった。

それに対して、文明が衰退した未来を描く映画SF小説は、あくま核戦争でという分断された未来位置付けられていた(地球燃え尽きる日:1976年公開、マッドマックス21981年公開)。

スターウォーズ(1977)やエイリアン(1979)で描かれ始めたように、スゴイ世界なのに汚い・ポンコツ世界が地続きで存在しているという、(当時にしては)画期的ビジョンブレードランナーで完成した。

ブレードランナー未来が暗い理由は、原作小説とは違い環境破壊のせいだった。いつも酸性雨が降っているという地球温暖化を先取りしたような設定。

そのために、人類の多くが宇宙移住して、それでも残っている人々は人口過密の大都会で生き延びている。

自然破壊が進んで本物の動物ほとんど死に絶えていて、映画で登場する動物ほとんど全てレプリカントという世界だったんだよ。

もうひとつインパクトが強かったのは、レプリカント(ネクサス6型)の設定。人間よりも肉体的にも頭脳的にも優れているけれど、感情移入能力が著しく低いというあたり。

コミュニケーション能力問題を持ち、常日頃から疎外感を感じている世界中オタク琴線を捉えたんだと思う。

ただし、ディガードがレプリカントではないか、なんてネタディレクターズカットあたりが公開されるまで考えてもみなかった。

で、ブレードランナー2049がどうなっていたかというと

大目
「あ、続編なんだな」と感じさせる作りになっているのは良いんだけれど、それがホウボウありすぎてなんだかナーという印象。
イモムシ
食料不足の解消のために、太陽光発電で大量のイモムシ(プロテイン)を育てている・・・しかに、映画的なインパクトはあるけれど、それは絶滅してないの? と真っ先に思ってしまった。エサはどうするのとか。せめて、ミドリムシのほうが良くないか太陽光発電はエサになるのか。
停電(Blackout)
前作からストーリを分断する仕掛けにしか見えないので、個人的には興ざめ。
ネクサス
作られたのは、大停電の直前?ってことだよね。ネクサス6で設けた短寿命のというセキュリティ制限を外したの? 頭が悪すぎる。そして彼らが、レイチェル出産に立ち会ったのだとすると、デッカードたちの逃亡から後だよね。第1作の当時は、ネクサス7が試作段階でネクサス8はリリースされていないんだから(2022年らしい。あれ、出産2021年6月10日では?)。
ジョイ
あなた特別」なんてセリフ、全てのお客につぶやいているだろ。Kも、それを真に受けるなよ。当然、みんなレプリカントプロジェクションマッピングして性交に使っているんだろ。あんなにカワイイ献身的AIがいたら幸せじゃん。すでに、現代においても「俺の嫁」とか言っている奴がいっぱいいるんだから、Kが孤独感を感じている気がしない。
Kの自宅の前の浮浪者
30年たっても、まだ浮浪者あんなにたくさん生き残っていけるのはどんな社会だ。公共事業は、レプリカント一部の人間が引き受けていて、オフワールドには行けないけれど、ベーシックインカムとか実現されて人間であれば死なずに生きていけるということか。天国じゃないか
マダム
なんで地球に残っているの。オフワールドに行けばいいのに。いったい、どんな秩序を守っているのさ。前作の警察署長は、もっとやる気のないデブで、やるせなさがあったのに。今回は、美人でやる気ありすぎ。
レプリカントの性欲
なんのために、そんな機能がついているの?生殖能力もないのに。他の性的サービス担当レプリカントとやる必要があるの?
スキンジョブ
自分レプリカントと気付いているなら、たとえ共感能力があっても、罵倒も気にならないようにしてあるのでは?人間の側も、本当にレプリカントを嫌っているなら、時計仕掛けのオレンジのような、もっとひどい事するだろ。
ラブ
なんで、ばんばんしまくるの。自分と同じ顔をしたレプリカントが虐げられるのをみて、あんたが一番動揺するんじゃないのかね。
ラブの命令を受ける娼婦
なんで、あんたが寄りによって、ラブの命令を受けるの?
スクラップ
衰退している地球で、どこからあんなに大量に回収してくるの?
孤児たち
なんで、そんなに大量の子供がいるの? あんな軽作業は、頭の悪いレプリカントを作ってやらせろよ。
デッカード
誰に何を教え込んだの? 自分の子供ではないよね(出産には立ち会わず立ち去っているから)。
木馬
出産に立ち会っていないなら、デッカードは、いつ渡したの?
核爆発
前作からストーリーを分断するために、安易採用されている気がするんだよな。チェルノブイリ(1986)とフクシマ(2011)を経て、メルトダウンが実際に起きた地続きの未来に生きている我々にとって、その程度で困る気がしない。
成長するレプリカント
Kは、成長するレプリカントだったってこと? それ自体奇跡なのでは。そんなすごいもの、誰がどこで作ったのか。ネクサス8が自分たちで用意したのか。すでに革命成功しているのでは?
レイチェルの復活
そんなに驚くネタかなー。だってレプリカントなんだから、同じ型からいくらでも再現できるでしょ。それは、愛情を注ぐ同じ対象のはずがない。大量生産された製品を見て、同じ製品ができてきたからって動揺するか? ウォレスも、そのくらい気づけよ。あのVFXがすごいというネタも見かけるけれど、そっくりさんをもう一度出すなんて、そんなに難しいかそもそもスタイリッシュ記号的な意匠だし、映画館で直接見比べているわけではないんだからターミネータでもやってたじゃん。映画的にもオーバースペック
前作の引用
多すぎるし。ネットの評判をつらつら眺めると、それに言及している(というかそれにしか言及していない)のが多いけど、そのせいでストーリ破綻しているんじゃないか
そもそも
なんで、あんなに特別レプリカントが2体も、LAPDに配置されているのサ?

結局のところ

ビジュアル的には、現代の当たり前をひっくり返しているところがまるでなく、前作のインパクトに及ばない。

そして前作では、人間であるかないか関係なく、自分生命にジタバタすること自体が生きること、だったはずなのに。

今作では、誰かのため、大義のために生きて死んでのが人間という話になっていて・・・それって、非人間的な重労働を強いられるレプリカント存在のものじゃん。

メッセージ矮小化しているだろ。

2017-10-02

主人とベットにいるのですが、隣の部屋から

義母の声で「あっ、だめ、かんじ

 

  

  

  

  

で書きなさい。」と聞こえてきました。どうやら早朝から

小学生の息子の宿題を見てくれているようです。

素晴らしい義母献身的愛に感動しています

 

ということではなく、本題ですが、皆さん、最近思い出せなくて書けなかった漢字は何ですか?

増田の皆さんはパソコン入力が多いので、漢字を書くことを忘れていると思います

2017-09-20

地方創生と「七人の侍

地方創生に知恵を貸して欲しい、と声をかけていただけるのは楽しげでありがたいですけど、よくよく聞いてみると、こちらがだいぶ持ち出したうえ、新たに生まれ利益は協力者に配分せず、ぜんぶ地元でいただくみたいな話でしかないですね。例外なく、決まってそうです。そういう条件だと、誰も協力しませんよ。

手柄はぜんぶ地元お山の大将が持っていかないと気がすまないとか。個人的には手柄にはこだわりがないのですが、貧すれば鈍するで、いつの間にか図に乗るから厄介なんです。

ちょっと手伝ってくれませんか

② 協力してくれるよね

もっと献身的にやって当然でしょう

④ お前ら好きでやってるんだよね

うちらやらせてやってる

おまえらカネ持ってんだから置いていけ

みたいな話になってしまうのですよね。黒澤明の「七人の侍」でも、最後に勝ったのはサムライではなく農民でした。

こっちからすると「そっちには自分からリスクをとってやると言い出す人もいないんだから、お手本を見せてやるだけでもありがたいと思いなさいよ。あがりはこっちが全部いただいたって、まだ足りないくらいだけどね」という気分ですよ。

このスタンスに関する本音最初から共有しないことには、地方創生には危なくて手が出せません。

2017-08-31

メンヘラは一回氏ね

15歳の頃から鬱病希死念慮を抱くようになり、自傷過食嘔吐を繰り返して、果てにはアルコール中毒になり今年肝臓腎臓が悪くなりすぎて、意識を失い心肺停止状態になり緊急搬送。2週間意識がなかった。

目を覚ましたとき病院ICUにいた。そんな状態になるまでよく生活できてたなという点だけど、私の住んでる地域では精神科に通院している記録があると、一般病院ほとんど入院を受け入れてくれなかった。私のカルテには摂食障害アルコール依存症不安障害男性依存境界性人格障害自傷癖などの病名が記されていた。受け入れ拒否も、当たり前といえば当たり前だと思う。(さすがに緊急搬送は受け入れてもらえた)

私の家庭は両親ともにまったく毒親でもなく、たまに「普通の家庭なのになんでそんななの?」と聞かれることもあったが、目を覚ましてから特に家族によくしてもらった。その献身的な姿や意識が戻ったことに心底喜んでくれている姿は、今までの蛮行のすべてを恥じ入るには十分だった。

目を覚ましてからしばらくは自力で歩くこともままならなかったけど、自分の体がどんどん回復していくことが嬉しかった。

今まで、生きていることがずっと辛かった。世界のどこにも自分がいることが許される場所なんてないと思ってた。犯罪行為などこそ関わったことはなかったものの、色々と恥の多い人生を送ってきた。楽に息が出来る場所を探すのに必死だった。

何をやっても誰といても見つからいから、半ば自暴自棄に生きてきたので、学歴も職歴もなく、現実的な話、今の私は要素で見れば「死の淵から蘇ったもの」ではあるけれど、今までの「最低な自分」と何か変わったことがあるかと言われれば、何もない。

それでも「一回死ぬ」。この経験に、今までの何もかもの価値観をぶっ壊してもらえた。

生命には意義がある。それはどうかな?と思うけど、少なくとも自分は生きててもそんなに悪しき存在ではないのでは?とポジティブに物を考えるようになった。

今まで、何をしてもされても言われても、変われたことなんて一度もなかった。もがき苦しんでた。でも、死んでしまったら、もがくことすら出来ないんだ、当たり前の事だけど、今まで飲み込めなかったことをすんなり理解した。

メンヘラは一回死ね」は極論だと思う。真剣に死に取り組んでしまったら、そのまま戻ってこれない可能性の方が高い。

最近メンヘラヒロインだのやみかわいいだの、心の闇に着目して文化として取り入れる傾向が強くなってる世の中。それだけ、罹患者が多いのだろうし、昔よりは精神病もつ人が迫害されない世界なのかもしれない。

でも、問題はそこじゃないと私は思う。精神病他者と共有する問題じゃない。それを生み出した自分との格闘の日々なんだ。

自分が変わらないことには何も変わらない。辛いままの人生が続く。

でも、そんな辛い人生でも、輝いていた時間は少なくても、確実にあったはず。その光をありがたく思うことが出来れば、世界は明るい。

そんなことにすら気付けなかった。一回死んで、何もかもをなくして、はじめて些末なことの有り難みを知った。

これから、私は生きていき、辛いことや悲しいことを今まで以上に味わうかもしれない。でも、死んでたら?

そうなっていたら味わえなかった痛みだと思うと、それもまた愛おしく思える。

自殺幇助目的なのではない。何をしても変われなかった人間が、たった一回死んだだけで、変わることが出来た。私はできなかったけど、聡い人ならいくらでも、死ぬまではいかなくとも自分を楽にしてあげることは可能だと思う。

人は変わるよ。大丈夫だよ。今の辛さがすべてだと思わないでいてほしい。

2017-08-28

童貞

童貞性とか童貞力って別段童貞だけにあるものじゃないんだよ。男性なら誰でも持ってて、たいてい思春期には高くて、歳を経るに従って低くなっていく。童貞を失うと激減するけれど、それも個人差がある。

ざっくり説明してみると、その童貞性ってのは「女性を尊くて素晴らしいものだと思い込み希求する精神」だ。まあ、性欲とかそういうのはあるんだが、その性欲がレイプ的な方向に向かわず挙動不審になるのは「素晴らしいところである女性に内心を見透かされて嫌われたり軽蔑されるのが怖いから」だ。

長年思ってるんだけど、男性のこの童貞力によって、一番利益を得ているのは女性自身だと思うぞ。デートなんかで優遇されるのもサークルでちやほやされるのも、若年男性に影響力を発揮できるのも、男性のこの童貞性のおかげって部分は確実にある。フェミの人はおそらく「頼んだわけじゃない」「気持ち悪い視線を向けられるのはハラスメント」とか言い出すんだろう。その意見気持ちも、年取っちゃった俺には理解できる。

けれど、総体を公平に見た時、女性はやはりこの男性童貞力によって利益得ていると思うよ。アイドルなんていう一部の職業でそれは可視化されるわけだけれど、何もそんな特別職業じゃなくても、会社部署学校サークルで、あるいは近所付き合いで、ある種の優遇特別配慮を受けている女性は多い。というか、若い頃は大抵その種の優遇措置を受けられてるんじゃなかろうか。

性の商品化は断固許さん、とフェミの人は言うけれど、ファッション誌や女性誌を見る限り、自分たちの性の商品化に一番熱心なのは女性自身だよね。じゃなければ結婚戦略に、自分容姿セックス男性提供する反対給付としてカウントするはずがないわけで。

童貞性にみられる、(おそらくほとんど根拠のない)女性への憧れ、フィクション的に言うなら「女神様扱い」ってのは、おそらくロマンチック・ラブイデオロギーによる教育の結果であって、それって悪いものじゃないと思うんだよ。もちろんすべてが善だなどと強弁するつもりはないけれど、すくなくともその一個前の封建時代における女性男性私有財産というところから離陸するのには役立った。

いま、俺たちの社会は長い長い数百年の過渡期にあって、女性の権利ってのは男性と全く同じであるとまだ胸を張って言える状況ではない。けれど、その過渡的な状況の中で、自分の性を商品化して社会の中で地位を高めようとする女性と、女性加護者として自分規定したい男性は、思想的には共犯関係にある。童貞性はその思想上のツールなんだよ。

女性は、そのことにもうちょっと感謝してもいいと思う。感謝という言葉が気に障るなら「ちょろく騙されてくれる連中に対する惻隠の情」と言い換えてもよい(その惻隠の情をビジネススキームに落とし込んだのが、アイドル握手会だと思う)。

童貞いじりも男嫌悪社会浄化運動も良いけれど、そうして清潔になっちゃった社会に、現代を生きてる普通女性殆どは生きられないと思う。なんせ俺ら全員は、過渡期を生きてる過渡的生き物なもんだからね。

ps.俺個人童貞性を非常に良いものだと思ってるよ。少年性とも接続する。ボーイミーツガール系の物語において、別段大した利害関係もないヒロインに対して、主人公が時に命をかけるほどの献身的助力を行えるのは、まさに童貞性の発露だよ。フェミ的には純愛とか言いたいのかもしれないけれど、その種のナイーヴ純愛こそ童貞性の結実だといえると思うよ。絵面が綺麗な童貞性は純愛だといわれ、絵面が汚い童貞性がキモ男の告白ハラスメントだと侮蔑される。それだけのことだよ。前者の価値を認めるのならば後者を貶めないってのが、反差別だと思うわけ。

2017-08-26

大橋未歩について

テレ東の人気アナウンサーだった大橋未歩退職するとかいうことで、ちょっと話題になった。そういえばこの人、一度倒れてなかったっけ、と思って調べてみると、旦那介護もあって数ヶ月で復帰したものの、その後離婚、ほどなくして若い男性再婚という経歴になっていた。

この経歴を見て一部の人大橋について「献身的旦那を捨てた悪女」みたいな評価をしている。自分最初そう思ったが、自分の周りに似たケースがあることを思い出した。自分の両親だ。もしそれと同じだったとすると、評価は逆転する。


自分の父は、いわゆるモラルハラスメントで、とにかく人にケチをつけるのが好きだった。人が弱音を吐くとすぐに叱りつけ、質問をすれば「自分で考えろ」と撥ねつけ、失敗すれば「よく考えればわかるだろう」と嫌味をいう。とにかく取り付く島がない人間だった。

そんな父と結婚するような母親なので、気は弱く、自立心のない女性だった。

そんな母が50の頃にガンになり、放射線治療始め様々な抗ガン対策を受けることになった。ご存知のように抗ガン治療身体負担が重く、一人で外出できない状態になることもしばしばだ。母は若いから腰が悪く、40代で杖をついているような人だったから、なおのことフォロー必要だった。自分の家は三兄弟だけど、どれもすでに自立していたので、母の送迎などは父が担った。

モラハラ家庭に生まれた人ならわかるかもしれないけど、モラハラ男性は、一度義務感を覚えると、機械のように動き続ける。なので、会社と都合を合わせながらなんだかんだで父がずっと送り迎えをしていた。

そして五年間治療を続け、母は亡くなった。それでは、母が父に感謝していたかというと、そんなことはなかった。母の携帯メールに「離婚したい」と彼女の姉(僕の伯母)に送っているのを僕は見つけていた。結局家に近寄らなかったので詳細がわからないけど、結局父はいつまでも嫌味を言い続け、母を小言で責め続けていたのだろう。

その後、父の母(僕の祖母)も父が面倒をみることがあったが、これも何かあるとすぐ怒鳴るということでひどく評判が悪かった。祖母が亡くなった時、親戚は葬儀が終わると挨拶もろくにせずにさっさと帰ってしまった。父と話したくないという態度がありありと伺えた。


大橋元旦那プロ野球コーチだ。プロ野球というのは、一年の半分近くが試合で、それ以外の日も練習や準備に追われる。そんな生活をやり抜くには、自分に厳しいルールを課し、きついスケジュールを組んで、身体スケジュール同化させる必要がある。そんなプロ野球関係者は、おそらく普通の人から見れば鬼のよう性格をしているはずだ。

石井一久のような例外はあるけど、たいていのプロ野球関係者は、奥さんに厳しい。奥さんがきつく叱られるエピソードなんて、たくさん聞いている。意味があるとはいえ、一般家庭から見たらモラハラも同然だろう。

大橋元旦那は、大橋脳梗塞で倒れて以後、賢明に看病していたらしい。でも、それが優しさに基づくものではなくて、僕の父のように、義務からまれものだったとしたら? そうであれば、彼女病気以前から、昼夜を問わず責め立てられていたかもしれない。

大橋と僕の母が違うのは、大橋は十分に魅力的でかつ自分で稼げる立場だったこと、病から復帰することに成功したことだ。もし僕の予想通りであれば、僕の母と同じように、大橋がどこかの段階で離婚を考えるのも無理はない。そして彼女脱出成功した。

これはあくま自分の予想に過ぎない。もしかしたら、この予想は外れていて、大橋は本当は男を捨てるのに躊躇がない悪女なのかもしれない。でも、自分の予想もそこまで間違っていないのではないかと思っている。

2017-08-25

[]マジカル・ニグロ

ハリウッド映画においてしばしば登場する「主人公を導いたり手助けしたりする不思議黒人」というキャラクター類型を指す。

白人主人公献身的・従属的なように描かれるため差別的であるとの批判がある。

2017-08-20

何故客室清掃に対する苦情が減らないのか

ホテルマン自身が清掃を「楽で価値のない仕事」とバカにしているからです。

ホテルマンが勤務しているホテル営業宿泊施設の大半が、清掃業務を外部委託しています

募集教育にかかる手間暇削減

◯清掃に係る人件費外注費として処理

グループ子会社利益を再分配、できるからです。

しかし、一番の委託理由は「客室清掃が賃金に見合わない重労働」だからでしょう。

ホテルフロント係が決して流さない多量の汗を、客室の清掃員が毎日引き受けて流しているのです。

一般的ホテルと清掃会社請負契約はどうなっているかというと

契約の要といえる「一室辺りの清掃単価」、ホテルの規模や付随契約によっても上下しますが600円以下が多いと聞きます

清掃会社の間接費を引くと、300円以下になることも珍しくないようです

さて、ここで重要なのが契約書に書かれている委託業務の内容です。書面に載っていなければ強制される法的根拠はありません。契約の文中にない清掃不足は責任を負わない、当たり前ですよね。

まりホテルマン要求する清掃レベルが、契約約束事として肌理細かに書き込まれていない限り、清掃会社請負バイト契約書面以上の作業を、献身的に行う義務は一ミリも無いと言う訳です。

一向に改善されない客室清掃のクオリティに腹を据えかねたホテルサイドの責任者が、直接客室に赴いて徹底指導しても、少なく見積もられた持ち時間を削られて不快な小言に付き合わされる請負バイト感情を害するだけです。

結局その小言が契約書に書かれている範疇かが問題となってくる訳です。

金銭ケチって、請負バイト献身性に委ねていたホテル経営者を叱責すべきでしょう。

清掃クオリティにご不満があるなら自ら体験してみて下さい。ホテルマン自身が同じ時給で、その重労働体験すべきです。最低一か月は継続して下さいね

ルームメイクのキツさを知らないフロントから高飛車に言われたのでは強い反発を覚えるだけです。契約書にない追加的要望を拒む権利請負バイトにはあります

同じ釜の飯を食って、請負バイト愚痴や不満をたっぷりと聞けば、皆さんがどれだけ傲慢な振る舞いをしていたか気付くでしょう。

ホテルマンが客室清掃の体験初日に何室仕上げる事が出来ると思いますか。ホテルマンが常日頃求めている「完璧」を現場実践するのであれば、請負バイトの半分にも満たない室数になるでしょう。一ヶ月経っても請負バイトの平均ノルマ、十室には遠く及ばないでしょう。

嫌と言うほど、ご自身無理難題押し付けていた事を実感できる筈です。ホテルマンには配慮と労いの精神、なにより想像力が足りないのです。

客室清掃を請負バイトが一日に何室仕上げているのか。どんな思いで作業をしているのか。何を面倒に感じてどんなふうに時短しているのか。ホテルマンは肌身で感じ取るべきです。

そして、本当に改善すべきなのは誰なのか。その足りない頭でよく考えてください。ヒントは現場に、山の様に溢れている筈です。

バカホテルマンも流石に気づく筈です。

客室清掃の不備を訴えるお客様の苦情は、委託したホテル自身が作り出していると。外注丸投げという名の怠慢がそうさせているのかも知れないと言う事に。

請負バイトとの関係改善処遇改善こそが、苦情を断ち切るために必要不可欠なのだ確信出来るでしょう。

さあ、今すぐ苦情をホテル経営者に。

本当に改善すべきは「委託契約内容委託費」なのです

2017-07-25

母を亡くした話

先月、母が亡くなった。

母を亡くしてからとても寂しくて時々私も死にたくなる。

早く死んでしまいたい。

私には父がいない。いないというより、いるにはいるが私が生まれる頃から別々に暮らしていて、あまり面識がない。あまり会ったことのない人を父親だと思えないので、父がいないということにしている。

から、私の家族は母と姉の2人だ。

私は昔から内弁慶で外では大人しく良い子のように振る舞うのに家ではワガママ自己中だ。母には何度もワガママを言った。母が私を生んだ歳は初老に近い歳と言ってもいいと思う。その為、私が小学生に上がる頃には母は子育てだけではなく、更年期とも戦っていた。更年期で気分の下がる中、私のワガママはうっとおしかっただろう。更に気分の下がった母はよく、「死ぬ」ということを口にしていた。その母の口癖がうつったのか、中学に上がる前には「死にたい」とよく言う子供になっていた。

小学校高学年のとき、私はいじめにあった。今思うと、いじめではないのかもしれない。ただ、「からかい」の延長線なのかもしれない。クラス男の子から見た目のことをよくからかわれ、それが嫌で嫌でたまらなく、自殺をした。「死ぬ」という言葉が身近だったからつらいことがあれば死ねばいいのだと思った。でも自殺は失敗した。遺書まで書いたのに、首を吊ろうとしたロープは途中で千切れ、ただ首に痣を残しただけだった。死ねなかったことがあまりにも惨めで寂しく感じ、母に、男子いじめられてること、自殺しようとしたことを伝えたら母は泣いた。「気付いてあげられなくてごめんね」と言いながら泣いた。なんだか余計に自分が惨めだと感じた。

中学の頃もいじめられた。これももしかしたらいじめられてはないのかもしれない。ただ、私は人付き合いが苦手で上手くクラスの子と話せず、完全にクラスで浮いてた。親友だった子は他の子といっぱい喋っていた。親友を取られたように感じた。

私は被害妄想が激しい方なのでもしかしたらそれは妄想かもしれない。でも、私を菌扱いしてる男子いたことは事実だし妄想じゃないことははっきりしている。

この時も死にたくなった。でももう失敗はしたくないし、あんな惨めな思いはしたくなくて、なんとか学校に行って生きてた。

学校から帰ってきて、家の庭で何度も泣いた。家の中で泣いたらいじめられてることが母や姉にバレるから。なぜか家族にバレたくなかった。理由はよく覚えてないけど、とにかくバレたくなかった。

でも精神不安定から家の中で横暴な態度を取り続け、母に当たっていた。何かを察した母は「またいじめられたの?」と聞いてきた。私が母に当たる度に母はそれを聞いてきた。私はそれに腹がたって更に母に強く当たった。

そんなことが続いて、ある日母と大げんかをした。私は何かを言った。言った内容は覚えてないけど、何か、母をとても傷付けることを言った。それを聞いて母は私に「あんたなんか産まなきゃ良かった」と言った。私は泣いた。産まなきゃ良かったと言われたことではなく、母にそんなことを言わせてしまったことに泣いた。私があの時母に言った言葉は覚えていないが、私が母に「産まなきゃ良かった」と言わせるような、誘導するような言葉を言った気がする。私は母をすごく傷つけただろう。

私が高校にあがり、しばらく経った時、母は癌になった。家族でいっぱい泣いた。みんなで頑張ろうと言いながら泣いた。

何度か入退院を繰り返し、発症から約1年後、母は頑張って癌を治した。

それで安心したのも束の間、私が高校卒業する頃には母の癌が再発した。脳腫瘍だった。

私は高校卒業した後、短大に通うために少し遠くで一人暮らしをした。母が再び闘病する姿は近くでは見ていない。姉や母がたまにかけてくる電話で母の様子を知っていた。

私が短大卒業し、地元に戻って来る頃、二度目の闘病を母は乗り越えた。

でも、後遺症は残っていた。

身体の左半分は思うように動かないし、少し認知症のような感じの言動も見られた。

母の闘病を間近で見ていない私は認知症のように幼児退行した言動を時々起こしたり、理不尽なことを言う母を自分の母と思えなかった。

別人のように感じた。

どうしても受け入れられず、また、キツく当たってしまった。

最低だ。恥ずかしい。そんな思いはあったが、気付くとキツく当たっていた。本当にバカだと思う。

私がバカから、母はとても辛かっただろう。

母の脳腫瘍はまた再発したのだ。

もうこれで三度目の闘病だ。担当医は「もうダメだ」というようなことを言った。

そのことは母には伝えなかった。だからなのかわからないが、母は、担当医が予想するよりも長く生きた。最後の方は意識ほとんどなかったがそれでも生きていた。

それでも私はバカから母との残された時間大事にしていなかった。

母が死んだのは朝方だった。病院は家から車で1時間ほどかかるところにある。寝起きの姉と私は母の最後に間に合わず、看取ることができなかった。私達が病室に着いた時、母はもう冷たかった。

「なんで私達のことを待ってくれなかったんだろう」そう思ったとき、母の「あんたなんか産まなきゃ良かった」という声が頭の中に響いた。

姉は献身的に母のことを見てたが、私は違う。バカから母を沢山傷付けたし、悲しませた。

しかしたら母は死に際に私の顔なんて見たくなかったのかもしれない。

通夜葬式で沢山泣いた。

一番泣いたのは火葬場で母を焼くときだ。声をあげて泣いた。

周りの、親戚や母の知り合いはそんな私のことを慰めた。

「お母さんはあんたたちのような娘がいて幸せだっただろう」

ありがたい言葉だ。でも、そんなの他人の予想でしかない。母の本心はわからない。私にあんなに傷付けられ、本当に幸せだったのだろうか。自分が授けた命を無駄にしようとし、酷い言葉を投げるような娘など本当は大嫌いなのかもしれない。

だって、「あんたなんか産まなきゃ良かった」と言わせてしまった。

母の本心が知りたい。

私はバカからまた、母を傷付けるようなことを口にしてしまう。死にたい

また命を無駄にしたいと思っている。

でも痛いのや苦しいのは嫌だから楽をして死にたい

今夜眠りに着いたら明日の朝、目が覚めなければいいのにと思う。

死んで、母に会いたい。母に会って母に謝りたい。沢山傷付けた分、沢山沢山謝りたい。

そして母の本心を知りたい。私のことを許さなくてもいい。私のことが嫌いなら罵倒されたって構わない。「あんたなんか産まなきゃ良かった」ともう一度言ってくれたっていい。なんで私達を待たずに死んでしまったのか聞きたい。

母の本心を聞いたら私のこの不安定気持ちは落ち着く気がする。早く死にたいという漠然とした不安も無くなる気がする。

さっさと死んで、母に会いたい。

明日の朝、目が覚めなきゃいいのに。

2017-07-24

姑と夫の仲が良すぎて、嫁の私、すごく邪魔者である

亡き舅代わりの夫と、母親を支えたい夫。姑、息子である夫のことを呼ぶとき、間違えて舅の名前を呼んだりする。別にビョーキでもなんでもない。一人で生きていけないだけ。

夫は姑が怖いのか、同情的なのか、献身的に支えている。夫はとにかく姑をお姫様扱いして、お姫様のご機嫌を損ねないように行動する。私にも強要するし、私が行動を誤るとキレる。

こんな家で子どもなんて産みたくない。みんな「子ども産めば姑さんだって夫さんだって変わるよ~」なんて言う。家族構成が変わって孫が増えれば、私も夫の嫁扱いしてもらえるそうな。

でも、どうも私は変わるように見えない。むしろ、産んだ瞬間に子どもをかっさらわれて、姑と夫の子にされると思う。私はますます邪魔者になりそうだ。

とらドラ見ても、最後萎えしまった。

やっちゃんはいい姑になるかもしれないし、大河家族を求めていて、竜児はどちらとも居たいからwinwinなんだと思うけど、共依存家族共依存したくない一人が入るのってつらい。

「パパ役ママ子供役」というのは、竜児・みのり大河ではなく、竜児・康子・大河のことも指していると思う。

3人仲良し。それでいい家族もいる。でも、そうじゃない人間だっている。

2017-07-16

助けたくなるメンヘラとそうでない人

短くまとめようと思っていたら思いの外長文になってしまった。

読んでいただけるかどうか。

会社に入った時、お偉いさんがおっしゃっていたことを今でも覚えている。一語一句覚えているわけではないが、

「君達には必ず苦しい時が来るだろう。そんなときに周りに助けてもらえるのは、普段から周りに手を差し伸べている人たちだんだよ」

要約するとこんなことをおっしゃっていたと思う。

確かにそうだと思った。自分で言うのもおかしいかもしれないが私も世話焼きな方で、友達や後輩が困っていたら助言に留まらずその人のためになると思ったことをしてきたけど、そのような人たちは人間的にも優れていて助けたいと思うような人たちだったから。

逆に私も苦しい時は助けて貰ったしお互い様だ。

自分の行動はいずれ自分に跳ね返ってくるのだ。自分権利ばかり主張するような人を助けたいと思う人は、あまりいない。

同じことはうつ病などのいわゆる「メンヘラ(私はこの呼び方はあまり好きではないが)」にも言える。

私はアメリカ育ちで親の転勤で東京に来たあと日本有数の女子校をでて名門と呼ばれる大学に進んだが、周りに精神的に病んでしまう人はかなり多かった。薬を飲んでいるor飲んでいたという人も少なからずいた。中には大学受験燃え尽きた人もいたのだろうと思う。

色々な原因があるがゼミ研究室要求レベルの高さや人間関係、更には大学入学時の戸惑いなどでうつになる人が多くいたように思う。

嘘か真か私の大学自殺率は高いと聞いたことがあるが、確かにそういう話はちょくちょく耳に入って来た。

大学無料カウンセリング施設は充実しているものパンク状態だったらしく、それが精神的に参ってしまう人の多さを物語っていたように思う。

運が良かったのか私にはそのようなことがなかったが、実際私の友達にもそんな人はいて、彼ら(彼女ら)にできる限りのことはして来たつもりだ。理系だったか研究室に入ってからそのようなことが多かった。

もちろん専門家ではないか適当なことはできないのだが、彼らはそのような状態になると冷静さを失うので、とにかく今は大きな決断はしないで専門家(大学カウンセラー相談できるなら指導教官、軽々しく勧められないが急を要するなら大学診療所など)に相談するよう促したり、ささやかだが生活の助けをしたり、少なくとも理解者でいる努力をした。力になれなくても、理解者がいるということで少しでも安心してもらえたらと思ったから。

実際、彼らは性格が良くて人間的にも優れている人ばかりだったから、それに全く迷いはなかったしむしろしてあげたかった。そう思わせるような人たちだった。

会社に入ってもそのような人はいたけど同様だった。(優良と呼ばれる会社でもそうなのだから厳しい会社もっと多いのだろう。)どこにでも休職している人はいると思うけれど、少なくとも私の周りの人は復職後暖かく迎えられていた。

うつになるのはそういう人たちだと思っていた。

優しくて気が使える人たちだから精神的に参ってしまうのだろうと思っていた。

でも、ネットで分かったのは、その印象は半分本当で半分嘘だということだ。

ネットとは便利なもの普段接しない人たちの声も聞くことができるが、メンヘラの人も同様でなかなか現実世界では声を届けることができない彼らもネットでは想いを伝えることができる。ネットには問題もあるがこれは素晴らしいことだ。

大半の人は私の「メンヘラ像」そのままの人たちなのだが、中にはそうでない人もいることがわかった。

私がそう思ったのはサユ@おどりばさん(id:SayuLog)のブログ(http://www.sayulog.com/)を読んでからなのだが、これを読んで私の認識の間違いを訂正せざるを得なかった。

確かに辛い思いをされていることは理解できるのだが、冒頭にあったように自分のことばかり主張しているように見えるし、自分理解してくれない人に対してはかなり批判である

運転が許されていない類の精神薬を飲みながらも免許を取ろうとしている時点で自分本位だ。(誤解の出ないように免許を取る際の手続きを公開するべきだと思っている。そうでないとこれからもこのブログを見て大丈夫なのだ勘違いして免許を取り運転してしまう服薬中の人が出て来てしま可能性がある)

もともとの性格なのか病気がそうさせるのかわからない(後者であることを祈る)が、正直同情するどころか反感を抱いてしまった。

他にもあまり同情できないメンヘラさんが何人かいる。

よく考えてみたら日本だけでも何十万人、何百万人、もしかしたらもっとメンヘラがいるのだから全員が人間的に優れているわけではないのだ。他人に強く当たるような人や自分本位の人はうつにならないと勝手に思い込んでいたがそうではないようである

そんなとき、確かに声は大きく発信力はあるかもしれないが、悲しいが現実世界で助けてくれる人はあまりいないだろう。友達はどんどん離れていくだろう。残るのは家族医者くらいのものだろうか。そのような人たちのために福祉制度があるのだろうか。

当たり前だが健康な人も人間である。困っている人がいても誰でも助けたいと思うわけではない。負の感情を抱いている人に献身的になるほど人間ができている人はそういないだろうから

2017-06-27

推し卒業発表をしたことについて。

SKE48チームS大矢真那さんが卒業発表をしました。

年内にSKEでの活動を止めるそうです。

最初聞いた時は不思議心持ちで、悲しいけれど、彼女の残したものの大きさを感じていました。

この空白。

真那さんは私の考え方の一部でした。

大矢真那さんは教祖と呼ばれており

ファン教徒と言われておりましたが、

まさにそのような気持ちで、真那推しは真那しか推せない。

正直、理由は本人である私にも分からないのですが、真那以外の子を推そうとはとても思えません。

真那を応援することは、まさにブッタとそのお供が旅をしていることに似ていました。

真那の考えを受けて、共感し、同じ時間に学べる全てを教えてもらう、そして、応援する。干されている時には共に耐え、喜びを日々いったりきたりしていました。

大矢真那卒業たからといって、他の子を推すことがどうしてできるでしょうか。

これから先に大矢真那を知る人は、SKE大矢真那を知らない。

私たちはこの時間の中で、大矢真那を直接学べた、応援できた、推していた、とても大切な時間をもらいました。それは真那推しの誇りです。

真那は献身的でした、プロアイドルでした。

大矢真那さんの卒業ソングタイトル永遠レガシー

永遠に受け継がれる真那の考え方、言うなればこれがみんなみんな教の経典となるのではないでしょうか。

大矢真那さんが芸能界に残るのか、そこすらもやめてしまうのか、なにも分からない今ではありますが、真那さんの卒業に心からお祝いを。

そして、感謝を。

真那推しであることを誇りに思っています

残りの時間はみんなみんなで、笑顔の行ったり来たりを。

そして、真那さんの未来が明るく幸せであれと願っています

2017-06-25

もやもやとした気持ち

大前提として、私はあなた出会えなかったという事実が、目の前に形を持って存在するくらいに、ある。

しかしそれでも、どうして私じゃなかったんだという残念な気持ちがある。

奥様と私は似たタイプだ。タイミングさえあっていれば。

今まで会った異性の中で、一番素晴らしい人のように思える。優しい。

もし、と考えるまでもなく、私が2年前にあなた出会可能性はほぼゼロだった。

あなたは体調を崩し、それを支えたのは今の奥様と言う。

2年前の私が、体調を崩したあなた献身的に支えられたかというと、たぶんできない。

その頃の私は私で、体調もメンタルも崩していて、自分のことだけで精一杯だった。

しろ助けてくれって感じだった。

仮に出会えたとしても、やっぱりムリだったと思われる。

タイミングとはそういうもので、いま、いまじゃなきゃダメなんだ。

じゃああなた独身だったとしても、つまり献身的に支えた誰かがいない人生だった訳で、きっと今の優しいあなたにはなっていなかった。

いまはい関係だと思う。単なる仲間。恋愛感情存在しない世界で成立している。

友達に近い。一緒にいると落ち着く。とても楽な気分。リラックスしている。

好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、良い、悪い、を言える。

矛盾するかもしれないが、嫌われても良いって感じ。いや、嫌われないだろうと信じられる感じ?

でもそれは、あなた結婚しているからかもしれない。私に本気になることはないからかもしれない。

いつか忘れる時が来るだろう。そう思える。でもいまは。あなたが好きだ。結婚していたとしても、好きだ。

2017-06-11

まさか私が…」突然の発覚から3年、絶望から這い上がった私の乳癌

40歳の節目。私は乳がんになった。

素朴だけど優しく私を愛してくれる夫と2児に恵まれ、幸せな人生を手に入れてそれなりに満足感のある日々だった。

幸せな日常を一瞬にして真っ暗な絶望に追いやった乳がんの発覚。

乳がんは罹る人も多い病気負担はあるけど、治療なんてさほど難しくないと思っていた。

でも全然カンタンではなかった。

家族、友人、そして自分自身多くの人を深く傷つけ、心身共に疲れ果て全てを失う寸前まで追い込まれた。

判断ミスもあり、軽度とは言えない状態までいってしまった私だが、良き出会い、周りの人の支えに助けられたことは幸運だった。

手術、抗がん剤治療を行い私は今、再発の不安は抱えながらも元の幸せな生活を取り戻すことができた。

今思えば、「知らないこと」が理由で失ったものが沢山あった。

もっと早く気づくことができれば・・・
「あの時あの治療選択していれば・・・
「友人家族もっと接するべきだった・・・

いろんな後悔が今も心に残っている。

こんな思いをする人を一人でも減らせたら。そう思って私の体験を伝えてみたくなった。

興味があったら読んでみて下さい。

ピンク東京タワー、突然の不安

ほんの些細なこと。

10月1日、夫と食事に出かけた帰りに見かけたピンク色にライトアップされた東京タワーだった。

私:「綺麗だねー。今日はなんでピンクなんだろうねー」

携帯検索をする夫。

夫:「今日ピンクリボンデーらしいよ。乳がん認知を上げる目的だって
私:「乳がんねー。」

その時は何も思わなかったが、少しだけ「乳がん」という言葉が頭をよぎった。

それから1ヶ月が経った頃、

朝、着替えの時に左の胸に固い感触を感じた。

???

違和感を感じ指でふれた。コロコロとした1cm程度の小さなしこりを感じた。

まさか。。。乳がん?」

ピンク色の東京タワーピンクリボン、その記憶が私にそう思わせたのかもしれない。

ただし、その日は家事に忙しいこともあり、夜にはしこりのことは忘れていた。

夜の入浴時にもう一度触ってみた。朝のしこりはもちろん、あと2個程度小さなしこりを指先に感じた。

大きな病気をしたことが無い私は些細なことでもすぐ心配になるタイプだった。不安かられ、髪も乾かさずインターネットで幾つかのサイトを調べた。

しこりがある=乳がんというわけではない。40歳未満の場合は良性のしこりの方が多いらしく乳腺線維腺腫の可能性が高いと書いてあった。

人間不安ときは都合のいい方の考えに飛びついてしまものだ。

私は、

「なんだ大丈夫だ。良かったー」

と勝手に安心し、「こんなものはそのうち消えてなくなる」なんて、根拠もない解釈をしながら、眠りについた。

翌朝、しこりは消えていない。やはり気になる。「もしかしたら」が再び頭をよぎる。

考えないように過ごそうと思ったが、家事が何も手につかない。

今まで感じたことの無いものが私の胸に存在している。その事実から目をそむけることができなくなっていた。

一刻も早く安心したい。その一心で私は病院を探し始めた。乳がん検査してくれるのはどこか?今まで考えたこともなかったか検討がつかない。

よくわからないが、とにかく近くの産婦人科に行ってみることにした。

サイズも小さいし、しこりも動くから問題はないと思いますよ」

そういって若い女性医師は近所の外科への紹介状を書いてくれた。

その翌日は外科の診断へ。私は一日がかりで色々な検診が行われることを想像したが、触診だけだった。

診断は

「乳腺線維腺腫」

違和感があった日に確認した見解と一致していたため、その診断を疑うこともせず飛びついてしまった私がいた。

乳腺線維腺腫は放っておけば3ヶ月程度でしこりはなくなってくるとのことだった。私は安心して、日常生活に戻った。

大丈夫でしょう」という自分安易判断と、夫に相談せず自分で納得してしまったことがあんなことを引き起こすなんてこのときは思いもしなかった。

大いなる油断、取り返しのつかないミス

それから2年、私はしこりことなどすっかり忘れて平穏な生活を続けていた。

日々の家事、娘息子の世話、当たり前のことを当たり前にこなす。傍からみれば退屈かもしれないけど、愛のある満たされた毎日

その日もいつもと何一つ変わらない一日だった。

しかし、その夜、全てが一変する出来事が起こった。

夫と同じベッドで寝ていると、寝返りをうった夫の手が私の胸に当たった。すると夫が「え?硬っ!」驚いた様子で声を上げた。

暫く自分の胸に意識が向いていなかった私は自分の胸を触り、全身から血の気が引き、突然得も言われぬ恐怖感が襲ってきた。

しこりが大きくなっている。。。」

私がもらした一言を聞いた夫の青ざめた顔が今でも印象に残っている。

夫はすぐに「明日会社を休むから、一緒に病院に行こう」と言ってくれた。

とにかく早くということもあったが、2年前にいった病院は割けるため、隣町の女性クリニックへ診断に行った。すると「確かにしこりがありますね。技師が3日後に来るのでエコー取りましょうか」

との回答。

しかし、今すぐにどうなっているか知りたい。不安が募りの募った私達夫婦は待つことができなかった。

乳がん専門医でなくてはわからないのでは?」と夫の意見採用し、インターネットで調べ最も近くにあった乳腺外科のある病院へ行った。

大学病院では当日は難しいため個人病院だった。

まずは触診。先生の無表情さが不安掻き立てる。その後針生検へ。これは正直かなりの痛みがあり、辛かった。

終了後、先生は「結果は一週間ほどで出ます検査結果によっては大きい病院を紹介する形になります。」と。

もはや1週間を待てる心理状態ではなかった。一刻もはやく白黒を知りたい。先生にお願いをして大学病院への紹介をすぐにもらった。

幸いにも大学病院ではすぐに乳腺外科の診断ができた。

視触診
マンモグラフィー
乳腺エコー
CT
血液検査
マントーム生検

これらの検査を一気に検査を行うことができた。これで自分乳がんなのかそうではないのか、ハッキリと分かる安心感はあった。

「これらの検査結果は来週に」と先生。

この一週間は今まで感じたことのない長さだった。

死への恐怖心
来ることが当たり前に思っていた未来が来ないかもしれない喪失感
気を使わせてしまっている夫、子どもたちへの罪悪感
不安なく健康暮らしている人たちへ理不尽嫉妬心
色々な感情が目まぐるしく移り変わり心身ともに疲弊していた。

加えて、2年前、なぜしこりが気になった時点でもっと詳しく調べなかったのか、夫に相談しなかったのか、激しい後悔にも襲われた。

神さまはいないのか・・・

疲れ切った私たちにやってきた結果は優しいものではなかった。

「左胸に3cmの悪性腫瘍。99%の確率乳がん

診断結果を聞かされた瞬間、私は頭が真っ白になった。

先生が言っている言葉は聞こえるが頭に入ってこない。隣の夫も呆然としていた。同じ状態だったのだろう。

何も考えられない、何も声発せない状態が3分は続いただろうか。

我を取り戻した私は、

「どうすれば治りますか」と先生に聞いていた。

結論は手術。

私は家族と一日でも長く幸せにくらしたい。その思いが人生の最優先だと強く認識した。

女性として葛藤もなかったと言えば嘘になるが、全摘選択した。

その日から長い闘病生活が始まった。

入院の前に待っているもの

医師から告知を受けると今度は身内や親しい人に話をする必要が出てくる。

まずは娘と息子に12歳の娘、10歳の息子。

ともに私が大変な状況にあることは理解してくれたようで、神妙な顔つきをしていた。こんな状況だが「泣いたり喚いたりせず立派だな」と成長を感じ少し嬉しい気持ちもあった。

次に両親へ説明をした。福岡に住んでいるのでまずは電話で話をした。母が出た。

母とは昔から何でも話し合える仲だ。あまり回りくどく説明しても仕方がないと思い、率直に「乳がんになった。手術をする」と伝えた。

母は言葉を失い、暫く無言が続いたあと母自身を責めた。

「ごめんね・・・、ごめんね・・・、ごめんね・・・

と私に声をつまらせながら何度も何度も謝った。

親の前ではやはり自分子供に還るのだろうか、今まで必死に堪えていた恐怖心や悔しさ、絶望感があふれ、私も涙が止まらなくなった。

でも悲しみのスパイラルに入るわけにはいかない。

絶対に治すから

できるだけ不安を与えないように力を込めてシンプルに伝えた。

友人関係の難しさ、心無い一言、ひび割れ関係

仲の良い友人にも伝えておく必要があると私は考えた。

私のこの考えは安易だったのだろう、結果闘病前に友人関係で心のダメージを負うことになった。

仲が良いと思っていた主婦仲間、ママ友に告知をすると

「大変ね~、大丈夫??本当に心配だわ」

という反応。

「え?それだけ?」

特に親身になって欲しいとかそういうわけじゃない。何が欲しいのかもわからないけど、何か嫌だ。そんなダダっ子みたいな自分も嫌になった。

更に追い打ちを掛けたのは「親友」だった。

中学校からの友人、由美とは今でも週に一度は会う仲で、何でも話せる間柄。

私と由美はまるで姉妹のように、同じような進路を辿り、同じようなレベル男性結婚し、同じように幸せな家庭を育んでいった。

から進路の話、異性の話、結婚してからはお互いの家庭の話、旦那愚痴家族ぐるみでも付き合える最高の友人だった。

由美になら何でも話せる。親兄弟よりも私の気持ちをわかって親身に寄り添ってくれるそんな勝手な期待をしてしまったのだろう。

由美にも率直に

乳がんになった。これから長い治療に入る。手術は正直こわいけど頑張る」

と伝えた。

ただ、由美にだけは同じ女性、同世代ゆえに全摘によって片胸が失われることに関しての悲しさがあるという話をした。

するとA子は

「なにも腕や足がなくなるわけじゃないんだから胸くらい良いじゃない。」

と言い放った。

彼女は明るい性格だ。彼女なりに私を励まそうとしたのかもしれない。

死を意識する日々、あまりに多くのものを失っていく毎日、私があらゆるものに敏感になりすぎていたのかもしれない。

ただ、この一言はどうしても受け入れることができなかった。

私が置かれていた状況は私の平常心を奪っていたんだろう。滅多に感情的になることがなかった私が怒りを抑えきれず、由美に対して激しい言葉をぶつけてしまった。

これまで長年にわたり育んできた暖かな友情に大きなヒビが入ってしまった。乳がんはまた一つ私から大切なものを奪ってしまった。

遂に手術

家族不安、両親の涙、友人との離別、多くのネガティブ感情を抱えながら私は手術に挑む。

スケジュールが出た。

手術は診断結果が出た日から20日後に決定。全摘選択したために術前の化学療法はなし。

手術2日前から入院となった。前日から食事も取れない。当日は朝から各種検査を行い以異常がなければ全身麻酔をして手術開始。目を覚ませば手術が終わっている。

手術は予定よりも2時間遅れて終了。遅れた理由リンパ節への転移が見られたから。麻酔が切れて朦朧とした中で、病室で夫がずっと手を握ってくれていたことは記憶の中にうっすらと残っている。

乳がんが発覚し自分の信じていた世界が全て崩れてしまったと思っていた。

でも夫だけはどんな状態の私も暖かく包んでくれていた。こんな時だからこそ夫の愛情を強く感じることができた。手術が終わった安堵感と、愛を感じられたことによる充足感か、そのまま深い眠りに就いた。

翌朝の目覚めは心地よかった。起きたら包帯でぐるぐる巻きだ。まあ夢ではない。現実だ。左のおっぱいないよなー。と思って触ってみるとやはり・・・ない。

わかっていたけど、現実を突きつけられると涙がこぼれた。

術後に体内にたまるリンパ液や血液を出すためのドレーン管が二本入ってたが。ここから液がでなくなれば退院だ。

7日後、遂に退院が出来た。退院時の値段は50万円だった。私はがん保険には入っていなかったので正直この金額は厳しいものがあった。備えあれば憂い無し。

そんな言葉が頭をよぎったが、今は無事に退院ができたことの喜びの方が勝っていた。

抗がん剤治療・・・これから始まる本当の治療

左の胸がなくなってしまったことへの喪失感はあった。お風呂に入るときなど自分身体から目を背けたくなる時期もあった。

でも、疑似おっぱいの性能が以外と良く、服の上からでは見た目にわからない状態になった。そこからはだいぶ気分が楽になった。

気分は元に戻ってきたが、治療はまだ終わりではない、手術から30日経過した時点で今度は抗癌剤治療が始まった。

期間は3週間を1クールとして、8クール複数抗がん剤を組み合わせての実施

抗癌剤治療と言えば、ドラマでも度々その様子が描かれる。そのためわずかに恐怖心があった。でも生きるため。

ここでも家族存在が私の心を強く支えてくれた。

抗がん剤治療想像していたよりはキツくはなかった。最初の一週間は特に異変もなかったけど、8日目辺りから吐き気貧血が出始めた。割りと調子が良くなってきた17日後に遂に髪の毛は完全に抜けてしまった。「あー、やっぱこうなるのねー」と思った。

覚悟は出来ていたので、思っていたよりはショックは少なかった。

クール目は特に問題なく過ごすことができた。まあ抗がん剤の点滴の際は気が重いくらいかな。

クール目に入る前にはかなり抜け落ちてきた髪が目立つので、ウィッグを買いに行った。季節をまたいでの治療なので冬用と夏用を両方買った。

それにしてもケアグッズも高い。

まり大きな声で言う人はいないと思うが、乳がん治療以外にかかる金銭負担も大きい。

クール目に差し掛かる頃には髪の毛は全て抜け落ちた。髪だけでなくまつげ、眉毛、体毛全てが抜け落ちた。顔色も悪く自分を鏡で見るのがちょっときつくなった。

いつも看病してくれる。夫も私の姿をみてどう思っているのかな。。。と少し気になる時期だった。

こうして、長かった化学療法も遂に8週で無事に終わりを迎えることができた。もう吐き気に悩まされることもないと思うとかなり気が楽になった。

楽しい時期は2ヶ月なんてあっという間だが、治療となると1年間のような長さに感じる。

抜け落ちた髪も徐々に生えてきて、昔に戻れるのかな-と淡い期待を抱かせてくれた。

化学療法を無事に終えた私は最後治療放射線治療に入ることになる。

永遠に続くと思われた治療・・・遂に・・・

放射線治療は、全部で30回。毎日通院が必要で、一ヶ月半ほど平日は病院通いが必要になった。経済的負担も引き続き大きかったが、仕事の調整をして一緒に通院してくれた夫に負担をかけているという罪悪感も多くあった。

放射線治療にも副作用がある。軽い火傷のような症状だ。熱い、かゆい、痛い。放射線を当てている患部は赤黒くなってしまい、見るからに痛々しい感じだ。

ただ化学療法と違い体外的な副作用しかなかったので、辛さで言えば全然問題なかった。

手術をしてから半年が過ぎて、ようやく私の乳がん治療は全て終了した。

毎日毎日通った病院乳がん発見してもらった病院にそのままお世話になって本当に良かったと思う。

検査ときは無表情で怖かった先生も病に真剣に向き合って時には優しく、時にはハッキリと私が不安にならないように、また過剰な期待を抱かないように上手に説明をしてくれた。

この先生に出会えたことは私の幸運だったと思う。

お陰で私は現実と向き合い、治療目的を正確に理解しながら集中して治療を受けることができた。先生本当にありがとう

「これでがんは完治」

そう言えればどれだけ幸せだろうか。

がんとの戦いはここからが始まりといってもいいかもしれない。

一般的ながんは5年再発しなければ完治と呼ばれるが、乳がんは10年後20年後も再発の恐れがあるために、ほぼ一生に渡って再発の恐怖との戦いになる。

「一生がんに怯えて生きていく」

こんな人生を送ることはまっぴらごめんだ。

「がんをうまく扱って生きていく。」

家族献身的な支え。そして我慢我慢を重ねた闘病生活

そのなかで私の心は強くなっていた。がんを再発させないように生活改善していけばいいじゃないか。そうポジティブに捉えることができるようになっていた。

最初からこの心があればなぁと今では思うけど、

乳がんによって手に入れられたこともあるのかなと思うと、最悪なことばかりではないかと思った。

がんで失ったものを取り戻す旅

手術が終わって一年が経った。本当に激動の一年だった。

今の私の生活はどうなっているか

幸いといっていいかな。見た目以外は正直、乳がんが発覚する前とあまり変わらない状態だ。

リンパ節を取った左手は、日常生活にはなにも支障はない。

抗がん剤副作用だった爪の異常や関節の痛みも治まった。

ただ髪の毛はやはりなかなか生えてこずまだ5cmほどしかない。出かける時、来客のとき帽子を被るようにしている。

左胸がないことにはさすがにもう慣れてしまった。残念に思うのは大好きだった温泉に行きたくなくなっちゃったことかな。

胸のコンプレックスが薄くなった今なら親友言葉も笑った受け流すことができたのになーと思うと少し心が痛む。

変わった事と言えば、食生活生活習慣が改善したこと。

以前は特にお肉が大好きでカロリーは紀にしながらも好きなものを食べていたけれど、今は野菜を中心とした食事抗酸化作用の高い食品をメインにしている。

そのおかげもあってか、再発は今のところなく、検査結果も良好。適度な通院も生活リズムを整える意味で意外と気に入っている。

家族との結束は乳がんによって以前より固まった気がする。長女は14歳になったが私の身体を察してか、家事積極的に手伝ってくれるし、反抗期の気配もない。12歳になった長男もだいぶ私を労って自分のことを自分でやるようになった。時々一緒にお風呂に入るが胸のことには触れてこない。なかなか優しいやつだ。モテる男になるかも。

夫は病気の前から優しい人ではあったが以前に比べて、私を心の底からいたわってくれている。先週末、酔って帰ってきた時に話していたが、乳がん告知の際、私を失うかもしれないと思った時に本当の愛が溢れてきたそうだ。

先日からかったら、覚えていないと本人は言うが、どうだかは知らない。

親友との関係は残念ながらまだ修復には至っていない。先日スーパーで顔を合わせたが会釈程度で終わってしまった。今の精神状態なら素直に私から謝ることができる。彼女との関係修復は今の私の一番の課題だ。

こんな感じで意外と悪くない日常を過ごすことができている。

「私から全てを奪った乳がん

手術前後治療中は頭の中にはこの考えしかなかった。

でも、今こうして、振り返ると悪くないことも多いなと思うに至った。

あなたには絶対に「この後悔」はしてほしくない

どうしても後悔はある。それが今回私が体験談を語ろうと思った理由。いまでも本当に後悔していることは一つ。

乳がん発覚の2年前、最初に気になった時点で乳がん早期発見の機会を逃したこと。

もしここで、私の治療をしてくれた大学病院までたどり着くことができていたら・・・

早期発見というくくりの治療となり切除も再発のリスク存在しない状態治療が終わっていたと思う。

親友との離別も家族への過度な負担。これらも起こることはなかっただろう。

私の弱さゆえの判断ミス。これに尽きる。

10月1日ピンク色に染まった東京タワーを見た時にもっと深く乳がん自分ごととして考えられていればな-なんてことまで思ってしまう。

乳がん女性の12人に1人がなる病気と言われている。確率は高い。あなたもなる可能性が十分にある。正直発生自体を防ぐことは生活習慣などにもよるし、生活習慣を気をつけていても病気はいつ襲ってくるかわからない。

親の「無償愛情」という嘘

親は子に対して無償愛情があるらしい。

自己申告する母親もいる。

「母の愛情無償から」と。

バカか。

少なくとも、30年、長女として生きてきて、

の子に対する愛情無償、だとは思えない。

しかしたら、母の息子に対する愛情無償かもしれない。

しかし、娘に対する愛情無償ではない。

例えば、私の母は、私を産んで、実家に里帰りした。

折々に、「無償愛情を持つという祖母」に頼り、子を育てた。

そして、子育て時代遅れ亭主関白な夫の世話と元農家の姑の介護に疲れ切った体で、

実の母である祖母介護をしている。

祖母は、実の娘である母の世話になっておきながら、

親という威厳を保つために、

慈愛に満ちた母親の顔で、

母に説教をする。

世話になっておきながら、世話をしてくれる娘をけなす。

娘が怒ると、下手に出る。

機嫌をとる。

娘の娘、孫にいろんな贈り物をする。

そしてかわいそうな老人のふりをして、

親戚中に娘の不出来を嘆いたりする。

母親愛情無償なのよ」と言っておきながら、

子育て支援したのだから

○○をしたのだからと娘の罪悪感を刺激して、

わがままを言ってべったり甘える。

世の母親は、自分母親に甘えられなかった分、

実の娘にべったり甘えて生きるのだろうか?

実の親の娘に対する甘えはぞっとするほど深い。

本当は、無償愛情を持っているのは子である娘の方だと、

本能で知っているのかもしれない。

えげつないぞ、実の親の娘に対する甘えは。

親に頼った分は、膨大な利子つきで返さなければならくなる。

少なくとも、私の親はそういうタイプだ、残念ながら。

借金は目に見えるからまだいい。

このような親の恩という借金は目に見えない。

無償の愛なんてさらさら持っていなくとも、

実は世話なんてほとんどしていなくても、

娘の献身的ケアに助けられていたとしても、

「親には無償の愛がある。その証拠に〇○をしてやった」

と言い続けて子の罪悪感を刺激すれば、

いくらだって金額を水増しすることが可能だ。

バカバカしい。

老いた親は、仕事もなくなり、子どもも巣立ち、あとは死ぬだけ。

払った以上の年金をもらえる身分のくせに、

死を前にすれば不安不安で仕方ない。

その不安ごまかすためなら、なんだったする。

ただし、息子にはしない。

なぜか、息子に嫌われることを母親はとても嫌う。

父親は息子には無関心なことが多いようだ。

どちらにせよ、娘に対するほどの甘えは見えない。

息子はわかりやすく、家を継いだりするからだろうか?

苗字を継いだだけでも、婿に行かれるよりはいい。

そうやって「ありがたみ」が可視化されているから、

娘にほど甘えないのかもしれない。

私は10代で持病が重くなり、他の兄弟と比べて自立が遅れた。

だがその分、認知症が進み足腰も弱い祖母介護を手伝い、

祖母を看取り葬儀を出してから結婚し、実家から自立した。

自立が遅れた分は十分返したと思う。

そもそも、私の持病も、実家の中の嫁姑不和を、

父が私を名指しで丸投げしなければ、

ここまで悪化しなかった、と思ってしまう。

バカバカしい。

実家から出た私が心がけていることは、

「親を頼らないこと」と「親孝行可視化」だ。

親孝行可視化誕生日プレゼントを郵送するだけ。

たかが3000円の出費で、

実家で当たり前のように押し付けられこなしてきた無償労働に比べて、

バカみたいに感謝される。

頑張ってきた私がひどく安っぽく感じるほどだ。

親を頼らないことは、今の日本空気を読み続けて生きると、難易度が高いチャレンジになる。

私の両親は私に対し、子どもを産み育てて当たり前、一人前だと執拗に訴えてきた。

これは罠だ。

日本子どもを産んでしまったら、とても夫婦2人では育てられない。

里帰り、里帰り出産といった形で、親を頼ることになる。

この時親を頼ったら詰みだ。

孫育てを手伝った恩」を「老後の親の介護」で返さなければならない。

しかも、子ども産んだ後の母体ボロボロだ。

苦労して親を超える努力をし、実家を出たにも関わらず、

また無力な子どもの頃のような、もしくはそれ以下のなにもできない心身になる。

実の親であれば、こんな状態の娘など、簡単洗脳することができる。

「お前は無力だから、何もできないから、ダメな子だから

親の言うことを聞いていればいいいのよ、と。

バカバカしい。

常識弱者の皮をかぶったワガママ暴力的で、

仕事子育て介護すらひと段落して元気な老人の世話など、

死んでもごめんだ。

親や周囲からなんと言われようが、

親に頼らず子供を育てられる資金が貯まるまで子どもは産まない。

まらなかったら産まない。

正直、無理だ。

なんと言われて脅されようと、

夫婦2人が生きていくだけで大変なのに、

子どもなんて育てられるわけがない。

リスクが高すぎる。

また、こんな歪んだ家族を持っている私のもとに、

まれ子ども果たして幸せだろうか?

まれない方が幸せではないか

と思う。

本当に子どもに対して無償愛情を持っていれば、

劣悪な環境子どもを生み出したりはしないだろう。

歪んだ家庭で子育てをしてくれた親が持っているのは、

見返りを期待した何かを愛と呼んでいるだけ。

上等な親のふりをして、

理解のある親のふりをして、

常識のあるふりをして、

こんなバカバカしい嘘を言うくらいなら、

正直に「やばくなったら頼らせてくれないか?」と頼めばいいのに。

断られる可能性がある言い方なんて、怖くてできないんだろうな。

人間、みんな不安なんだから、各々死ぬまで生きるしかないのに。

2017-06-04

敢えて、天皇陛下にご諫言申し上げたい。

2016年8月8日、「象徴としてのお務め」に関する天皇陛下のお言葉以降、退位へ向けた法整備が進んできました。

私は、陛下のお言葉を拝聴して以来、この事態を大変憂慮しております

私は、我が国国民のために献身的に尽くされている天皇陛下のお姿、例えば、東日本大震災被災者先の大戦戦没者に対する慰霊特にパラオをはじめとする国外の様々な地域へのご訪問など、陛下の務められる幾多のご公務を通じて示されているご意志お気持ち全面的に信頼しております

先のお言葉の中で示されたお気持ちは、単なる「存在」としての「象徴天皇」ではなく、「行為する存在」としての「象徴天皇」のあり方に対する強い決意と自負の表明であり、「十分に行為できなくなった天皇」が「象徴」の地位にとどまり続けることこそが、やがて象徴天皇皇室に対する国民の信頼を失わせ、その結果として皇室の存続を危うくすることにつながるという強い危機感の表明である、と私は理解しました。

しかし、私は、この陛下お気持ちの示され方について、敢えてご諫言申し上げねばなりません。

先の大戦で、私たちの国は、天皇神格として祀り上げ、天皇の名のもとに、悲惨戦争を戦いました。国内外に甚大な死者を出したこの戦争は、国策の誤りでした。

私たち日本国憲法代表される戦後政治体制のもとで、天皇日本国日本国民統合象徴として位置付けることで、政治的権能から切り離しました。

天皇の権能を非政治化し祭祀国事行為限定することは、むしろ日本国日本国民にとって素晴らしい知恵であったと考えます。非政治的存在として祈り慰霊するからこそ、私たちはそのお気持ちを信頼し、共にひとつとなれるのです。もし政治的権能を有する者であったなら、その政治的行為に対する責任が生じ、過ちがあればその責任を追及し責めを負わせなければならなくなります。仮にその政治的行為のために報われない者が生じれば、その者たちは行為者に対して怨嗟感情を抱くこともあるでしょう。政治的権能を有しないからこそ、日本国日本国民統合象徴でありえるのであり、私たちはその心を信じることができ、癒しを得ることができるのです。

今回のお言葉によって、国会は退位を可能とする特例法を制定しようとしていますしかし、これは明らかに、天皇陛下のお言葉立法過程へ影響を与えたことになり、天皇政治的行為可能性をひとつ押し広げてしまったことは間違いありません。

また、2017年5月21日毎日新聞が、天皇退位をめぐる政府有識者会議における専門家発言に対して、不満を漏らされたと報じました。「自分意志が曲げられるとは思っていなかった」と述べたとされています毎日新聞報道を受け、発言をした専門家しかも一人はすでに故人)が陛下生き方全否定しているなどと強く批判されました。

もしこの発言事実であるとすれば由々しきことであるのは言うまでもありません。天皇意志とは異なる形で立法作業が進むことを天皇自身が阻むことになれば、それはもはや政治的行為のものです。天皇が自らの意志を表明して、政治的行為を直接行ったり、また間接的にでも強い影響力を及ぼすことは、象徴としての天皇位置づけを揺るがすものであり、上で述べた天皇行為による癒しを損ない、むしろ皇室に対する信頼を危険晒すことになると考えます

あるいはこの発言事実ではなかったのかもしれません。しかし、天皇が、たとえ自らの地位出処進退に関することであったとしても、意志を表明し影響力を与えることができる可能性を広げることは、天皇意志僭称し、それをもって国民を動かし、一定政治的成果を得ようとする者を産むことにつながるのです。天皇意志に基づいていると見せかけて、特定個人糾弾されることは、戦後私たちが作り上げてきた象徴天皇制の枠組みの中で、極めて異常な事態なのです。

私たちは、今回のように「天皇意志」が示された、あるいはそれが僭称されたことで、容易にその意向に沿おうとしたり、それによって個人糾弾したりしてしまう傾向を今もなお強く持っています。だからこそ、天皇意志が直接にはもちろん間接的にではあっても政治的影響力を持つことがないよう、意思の表明を極めて抑制的に限定し、同時にそのことで、祭祀慰霊という行為を通じて、天皇日本国日本国民統合象徴たらしめ、同時にすべての日本国民が等しく癒しを得ることができる仕組み─「象徴天皇制」─が大切なのです。

陛下は先のお言葉の中で、「十分に行為できなくなった天皇」が「象徴」の地位にとどまり続けることが皇室の存続を危うくすると述べられました。しかし、私たち臣民」は、どうぞそこまでご心配さらないでください、と申し上げなければなりません。たとえ陛下が十分に行為できなくなり、代行者を置かなければならなくなったとしても、私たち陛下のお心を、そしてこれまだ果たしてこられたその行為を決して忘れることはないし、またそのことで皇室を廃そうなどと考えることは決してございません、と。むしろ政治的影響力を与える可能性を広げてしまうことの方が、象徴としての「存在」を穢し、皇室に対する国民的信頼を損なうことになってしまうのです、と。

2017-05-16

ホモ援交をした事がある

もう十年以上昔の話なので。

女性向けに出張ホストの真似事をしていた延長で、男向けにもできないか?と挑んでみた事がある。

ある掲示板ですぐに結構なお歳の爺様が見つかった。


爺様は自分を見ると凄くテンションが上がって、自分いか地位がある人間なのかを語り、彼の著作等を見せてきた。

確かに、ある分野の権威の方のようだった。


男同士でも大丈夫ホテルを知ってると言われて鶯谷のおんぼろなホテルに連れて行かれた。受付のおばちゃんは愛想が悪かった。


出張ホストでもやっていたような事をひととおりやった。

ディープキスから全身ボディ洗い、ベッドで全身オイルマッサージ、全身リップフェラアナルに指入れてのマッサージ

爺様は何かの薬の影響でふにゃちんのままだったが、おうおうと喘いでいた。

これくらいの爺様のキス藁半紙を口に突っ込んだような味だった。

あとあと考えたら、そんな健康状態でオイルマッサージ前立腺マッサージはどう考えても危険な訳だが。

ハンドルネーム「なっち」にしてたので「なっちのがほしい!」とフェラされた。当然たたなくて爺様は不満そうだった。

その後、「なっちのを入れて!」と臀部を向けられた。立たないのでどうしようか思案したあげく、覆いかぶさるようにして指を三本コンドームに入れてそのまま爺様の肛門に突っ込んだ。

爺様は挿入されたと思い込んで「あああなっちいいいい!すごいいいいい!イキそうううう!」と言ってたがあとあと考えたら逝ってしまってもおかしくなかった。

時間にして二時間くらいだろうか。爺様は凄く満足してくれたようだった。

前に別の若い男と同じような事をする関係だったそうなのだが、学費が払えないと無心されて30万程渡したらそのまま音信不通になってしまったらしい。

その男よりよほど献身的サービスをしてくれた、という事で最初3万って話だったのが確か7万円ほど貰った。

その金は母の日で両親を外食に連れて行ったのと、国民年金を5か月分くらい払って終わった。

後日爺様からなっちを噴射(射精のことらしい)させたかった!」「なっちを誘惑したい」「二人で温泉に行きたい」とメールが頻繁に来たのでそのまま無視して終わらせた。

爺様はたぶんもうこの世にはいないと思われる。


相手でもできない事はないが、積極的にやりたいとは思わない。自分は完全に異性愛である

それだけは解った。それ以来、男とはしていない。

2017-04-03

http://anond.hatelabo.jp/20170403041537

むかし、うつ病の夫が働けなくなったので、自分が働いて養おうと頑張ってたら

「お前が働いて家の中が疎かになっているから俺が働けない」と言われて

当時はものすごく自分を責めて自分まで病んでしまった。

離婚した今ではアホみたいなもんです。あんなのを家族が支えるべきってのが間違いだわ。

うつぬけを支える献身的家族」なんて美談は毒でしかない。

たまたま性質のいい病人と、能力の高い家族の組み合わせだっただけ。

辛い関係からは逃げましょう。それがお互いのため。

2017-03-25

ISFJの人良いやつすぎる問題

MBTIっていう性格診断テストがある。知らない人はググって。

で、その中の一つにISFJってのがあるんだけどこいつが群を抜いて良いやつすぎる。

怒りの沸点がどこにあるのかという話題で他の性格が『楽しみを奪われること』だったり『不公平なこと』だったりする中ISFJは『身近な人を傷つけられること』。しかも怒り方が『その場は怒りを抑えて、身内に愚痴る』である。いい人すぎる

他にも家庭をもったら『家族との絆を一番大事にする』、『家庭生活を維持することに尽力する』とか。しか謙虚さと思いやり、 細やかな気づきを併せ持つ超パワー。

しか相手の役に立つことに生きがいを感じるという自分本位タイプではなく奉仕精神の塊である

簡潔に書けば控えめで勤勉で謙虚献身的って感じ。

INTPな俺からすると勤勉でかつ献身的に生きることがすごすぎるので賞賛せざるを得ない。

ISFJはいい人すぎるがゆえに訪問販売とかしつこいナンパとか断れずあれよあれよと流されてしまうことがありがちらしいので、いい人な部分はそのままで時には断れるようになって欲しい。

2017-03-23

自分をモノにたとえると何ですか?」

ぺぺローションです」

左端の学生が答えた。

「人と人との摩擦を減らし、皆を気持ちよくする。そういう人間であるよう心がけてきました」

コンドームです」

中央学生が答えた。

「重大な局面を防ぎつつも、自分存在を主張しない。そういう人間であるように心がけてきました」

オナホ―ルです」

ついにぼくの番だ。

「恵まれない人にも、喜びを与える。そういう人間であるように心がけてきました」

「わかりました」

面接官が口を開いた。

「弊社の使命は人と人を繋ぐことです。だからぺぺローションやコンドームのような人材を求めているのです」

ぼくは息をのんだ。

しかし、オナホ―ルではいけません。オナホ―ルは使用者に仕えるだけで、用済みになれば捨てられるのみでしょう」

……外へ出てみると、さっきまで降っていた雨は嘘だったかのように、太陽がぼくを照らした。

ああ、今日ダメだった。そう思いながら空を仰ぐぼくに、呼びかける二つの声があった。

「おーい。オナホー!」

振り返ると、ぺぺローションとコンドームがいた。

「いやあ、きみたちには負けたよ」

ぼくは苦笑いしながら応じる。

「そんなことはないさ。むしろあの面接官のほうがヤリチン至上主義変態野郎だったよ」

ぺぺローションが言い、それにコンドーム同調した。

「そうそう、それよりもオナホ―ルの献身的な生きかた。それにぼくは感動したね」

ペペ……ゴム……」

二人の言葉に、ぼくの胸にはこみ上げてくるものがあった。

「そんなことよりさ、今からコレ、行こうぜ」

ぺぺローションはクイッとハンドサインを示す。ぼくに断る理由はなかった。

かくして、ぺぺローション・コンドームオナホ―ルの三名は、ストライプネクタイを緩めながら夜の街へと消えていったのである

2017-02-15

普通が一番いい

友達には話してないけど案の定ADHDだ。うちの母親父親もその気があるので遺伝率ぶっ高い。前々からwebとかのセルフチェックやると「気になるなら通院」とか言われるし、時間などの約束を守るのがなんかツラいので時々すっぽかすのはよくある。いや、つらいって言うか、単純に感情云々の前にスイッチが入らない。スイッチが入らないか仕事納期とか結構遅れるし、部屋は汚いので時々テレビゴミ屋敷特集やってたらいつか自分がそうなるんじゃないかと思ってゾッとする。他にもいろいろあって毎日憂鬱になる。同じく怒りのスイッチが入っちゃうとキレたら止まらないのも時々ある。母親ちょっとアレなのでこの間、

「もう少し自立してください。」

って何も考えずに言われたので何十年ぶりに大喧嘩したけど、母親はどうして俺が怒ったのか一生理解出来ないと思う。何も考えてないし、昔からそういう人だから何も考えずにズケズケ言うのでなるべく一緒に居たくない。

からお金管理死ぬほど出来ないので酷い時には一日の食費が300円以下になる。どこの国の貧困層だよ。あまりに困ったのでいろいろ調べて近所の区役所にある福祉課みたいなところでお金管理してもらうサービス探して登録した。元々年金暮らしとかの身寄りが居ないお年寄りサービスなのにお年寄りじゃない中年が来たからはじめは向こうも半信半疑だった。担当の人に状況を話すと向こうもエキスパートなので話は聞いてくれて献身的にやってくれるが、約束した事が全く出来ない。だけど状況は改善してる。ついでに話すと図書館で借りた本も1年以上返せなくなくて漠然と困ってる。毎月電話が来るけど本が返却できないし、こないだも担当者が返しに行こうか?って言ってくれたけど、いい年した大人なのに本も返却できない自分は人として足りなさすぎてその後少し悲しくなった。最近は毎月交通違反徴収警察がやってくる。

ただ一つだけ長所があって、測ったらIQ自分もびっくりするぐらいに高くてRPGのアビリティの振り分けが失敗したおかしな突出したキャラが出来てしまったが感がすごくある。中学生の時に担任先生プライバシー問題から言っちゃいけないけど、お前はクラスで突出してIQいからがんばれって言われたのを思い出す。誤解されると嫌なので言っておくと別に自分特別存在とか思った事一度も無い。

人の顔と名前を覚えるのがとても苦手だけど、仕事の打ち合わせとか、バーで人と話しても顔と名前は思い出せないけど、会話の内容はかなり記憶していて次会った特に半年前ぐらいだと誰がどこに座っててどんな会話したとかほぼ忘れないので時々気持ち悪いって言われる。

基本的に誰にも言ってない。言ったところで理解されないし、してもらおうとも思ってないし、どうせ偏見になるので誰にも話したくない。こないだも心優しい友達

自分も少なからずそういうところがありますよ」

って慰めてくれた。優しい。でもきっと根本的に伝わってないって思うからやきもきするし、なんか自分短所を押して話すのもちょっと違う。レイヤーがずれてて疲れるし、友達が悪い訳じゃないか申し訳無い。結局最終的に根性論になるし、精神病んじゃう人がネットアウトプットしてるの見ても誰徳なんだろう?って思う。逆の立場なら心ないか絶対努力問題とか上目線で言っちゃう理解がないってこういう事だ。だから僕の周りは僕のADHDを知らないので「基本ポンコツだけどやればすごく出来る人」みたいな評価になってる。社会人に求められるのは野球に例えると「2割でも打てばいいか毎日バッターボックスに立つ人」だけど、僕は基本1割未満の5分ぐらいでたまに10割に近づくので普通に会社は使いにくいのは自分でもよく分かる。結局フリーランスになってスイッチオンオフ活用する生活してる。

そんなこんなで通院してた事があった、病院でもらったクスリをもらうと自分の中で変化が起きた。

まず、数日に一度部屋でほうきとちりとりを持ってて部屋でニヤニヤしちゃった事がある。ゴミ屋敷に近づいてる僕の部屋がいままでより"は"きれいになってた。床が見えてるんだもの

あと、昔から疑問になってる事があって、怒りがやって来た時に友達

「寝て起きたら忘れるよ」

って言ってくれるけど、そんなやついるのか?って思ってた。そうなったらもうダメ。寝ても覚めても何年経っても怒りなんて収まらない。未だに何十年も前の怒りとか簡単によみがえる。だから最終的に当事者トラブルになる。上にも書いたけど、嫌なやつは無神経なので何言ったか覚えてないだろうけど、言った本人が忘れてても、僕は場面状況から思い出すからムカつく奴はきっと死ぬまで忘れない。嫌な奴と会わないようにしてたら友達ほとんど居なくなった。だったけど、クスリを飲んでたらイライラしなくなった。まーいいやみたいになった。ホントに寝て起きたら怒りが結構収まってる。自分でもブレイクスルーみたいになった。ちょっと感動して主治医に、

先生!今までマイナスだったのがクスリ大分プラスになってるんですね!」

と興奮気味に話したら主治医が、

田中さん。言いにくいのですが、世の中の人普通レベルがここぐらいですね...」

って悲壮感出して来たのでそこが何となく切な面白い感じだった。お笑い面白いのは切なさが含まれるところだ。同じく、別の日も自分性格的にハッキリわかっていた方が楽なので率直な意見を聞こうと思って自分の程度が5/10ぐらいかな?と思って聞いたら

「大変申し上げにくいのですが、8か9です」

ってまた切な面白いがきた。

結局、何となくいつもの億劫がやって来て病院に行かなくなったけど、自分の中では答えが出てて、クスリを飲んでるときには真人間に近づくけど、別人になって毎日頭がぼーっとする。頭の回転も悪くなってるのがわかる。実はそこが一番悲しくて、鬱病の人がマイナスになって健常者の時のプラマイ0に戻るのと違って、何十年もこれでやって来て急に別人になったら今までの自分は何だろう?大層な話だけど、アイデンティティって何だろうってすごく悩んだ。クスリを飲んでる今後の人生自分人生なのだろうか?ってなったのが大きい。だからいろいろ諦めて自分人生を受け入れることにした。クスリで踊らされる人生は僕の人生じゃなくて他人人生だ。

から頭の回転が人より抜群に速い。でも当たり前の事ができない。すごく困る。

自分問題点なんて俯瞰で見える。初見の人にはすごく頭良さそうって言われる。実際頭"だけ"良いし。だけど問題解決するための行動ができない。問題解決方法がわかるのに。車で例えるとエンジンフェラーリなのに足回りが竹馬レベル

美人が困るって意味ちょっとわかる。好きで美人に生まれた訳じゃ無いのに男から襲われそうになったり、ちょっと優しくしたら童貞勘違いする。毎日油断できない。ちょっと似てて頭良いって褒められるけど、頭良い"だけ"のポンコツなんて何もハッピーじゃない。人を見下してるんじゃなくて本当に普通がいい。毎日解法がない数学解いてるみたいだ。地獄ってそばにある。

最後に】

どうせブクマとかで心ない奴に、

「そんなこともできないなら頭悪いだろ」

とか謎の上目線で言われるだろうけど、そういう人はそういう認識で。利口なフリして揚げ足でも取ってろww

案の定文章の読解力の無い奴からの謎のコメント来たけど、じゃお前が俺と代わってくれよ。

【追記】

id:supu6000 こいつのコメントホントバカ医者で診断されたから書いた”だけ”なのにね。カミングアウトできない環境ってこういうバカいるから。

僕は診断もしてないし専門家判断がないのに勝手アスペ呼ばわりしたり、それって差別って理解してないのかな?

http://anond.hatelabo.jp/20170217144516

こういう考え方しかできないのって本当にかわいそうな人ですね。

単純に心優しい人に感謝を述べただけなんだけど。勝手につけあがる呼ばわりとかウケる

別に文筆業じゃないのに、事実だけを書いてもネガな事しか考えられないって人として欠落してるなw

この人は問題認識ができない気の毒な人なんだろうな。読解力とか弱そう。

id:IvoryChi

上にも書いたけどさ、言語理解が高いっていうなら文筆業でも無い俺にそこまで求めて、勝手副作用呼ばわりすんなよw

そっちの方が問題だよ。こういう頭良いフリしてるバカが一番苦手。

キリが無いからやめよう。

こいつらが健常者なら僕は永遠に障害持ちでいいし、一生リアルでもカミングアウトしなくてもいいやww

こういう奴らが世間にはたくさんいるかぎり差別とか永遠に無くならない。

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