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はてなキーワード: ギャラリーとは

2020-05-27

増田議論なんてしようせずに、言いっぱなしでいいんじゃないの?

長いツリーをたどってどっちの言い分が正しいかとか見てるギャラリーいないでしょ。

ああ言ったとか、言ってないとか細かい話になったら放置すればいい。

2020-05-25

anond:20200525191329

Aの場合批判派と擁護派がツイッターで直接激論戦わして多くのギャラリーがそれを見る

Bの場合擁護派がほとんどなくて大半が批判派・ツイッター激論が起きない・ギャラリーも生まれない+本人だんまりor軽い処分で決着

そうなると批判派がAばかり激しく叩いていた印象がついてしま

2020-05-02

2355のクソコーナー

1分間ギャラリーかいうクソみたいな現代アートみせられるコーナー

最近シークエンス コンシクエンスっていう日本人のコーナーになったけど相変わらずクソ

毎晩映画音楽のゆうべにしてトビー見ながらまったりさせろや

鼻につく現代アートなんかみせんなゴミ

2020-04-19

ABEMAトナメ将棋界がお祭りになってる件

将棋AbemaTVトーナメントが先々週あたりから放送されているのだが、これが尋常でない面白さなである。ひねくれたファンが多い将棋ギャラリー界においても今のところ「収録順と放送順が違うのではないか」というぐらいの批判(なのか?)しかされていない。コロナで各棋戦が延期になり、みんなが家にいるという状況も手伝い、将棋界ではもはやこれを観ていないと人権が確保されないところまで盛り上がっている。しかし世情が影響しているとはいえ、この盛り上がりはトーナメント自体がとんでもなく面白いという理由を抜きにしては語れない。以下では、何がそんなに面白いのかを非常に偏った視点から解説する。

AbemaTVトーナメントとは

持ち時間5分+一手ごとに5秒加算という超早指しの棋戦である。この棋戦が出てくるまで早指しの代名詞であったNHK杯20分が切れたら一手30秒という感じ(厳密には違うが)なので、文字通り桁が違う早指しである。ちなみに持ち時間が最長の棋戦は名人を決める決勝の9時間である

それに加えて今回の第3回では、棋士同士のチーム戦という要素も加わる。タイトルホルダーと順位戦Top10棋士ドラフト形式で2名を指名し3人のチームで戦う。過去二回のトーナメントでは二回とも藤井聡太が優勝している(ヤバい)のですが、ドラフト採用していることにより、「そりゃ藤井くん指名したいけど抽選で外れて改めて指名し直すよりは他の人と被らなそうな有望株を指名したほうがいいな…」あるいは「それでも俺は藤井くん指名するぜ」という力学が働き、各チームの特色が生まれることになる。

超早指しが教えてくれたこ

Abemaトーナメントを観たことのない人はまずこの映像の18:30あたりから1分くらい観てほしい。昨日放送された、今の棋界で間違いなく最強・豊島竜王名人と、今の若手で勢いは一番・本田奎五段の対局である。場面は両者残り時間20秒を切りお互いに攻める手は色々見えるけど勝ちに結びつくかは相当読まないと無理な局面

https://abema.tv/video/episode/288-23_s30_p17

さて、観ましたね?頭良さそうな顔をした人たちがチェスクロックを叩き壊さんばかりの勢いで叩いてそれに対して外野がわーわー言ってましたね(将棋界では本当にひえーと言うこともわかったと思います)。このスピード感と荒々しさは今までの将棋界にはまったくなかったものである普通将棋中継は眠くて観ていられない人(将棋ファンにもよくいます)でもこれは面白いという人は多い。しかし、ABEMAトーナメント面白いのは単にスピードが速いという理由だけではないと私は思っている。

これから私は自分変態性を告白しますが、普段扇子パタパタしながら難しいことを考えていそうな顔(まあ考えているのだろう)をしている棋士たちが、1秒を惜しむ必死な手付きでチェスクロックを叩きあっているのを見るのは正直にいって痛快である。この暗い愉しみはいかに趣味の悪いものではあるが、ABEMAトーナメントを観ている人間であれば誰であれ多少なりともその愉しみを感じてしまっているいるということは否定できないはずである。このことが明らかにしたのは、たとえばボクシングコロッセオでの奴隷同士の戦いを眺める貴族の遊びの系譜に連なることは明らかであるが、将棋というマインドスポーツもまたその系譜にあるということである。つまり将棋はいかにも「お上品なインテリ伝統文化でござい!」みたいな顔をしているけど、実は相当野蛮なものであるということである。まあ改めて考えてみれば他人戦争を指揮して戦っているのを上空から眺めるという行いが趣味の良いものであるはずはなかったのだが。

話は変わるが、これまで「将棋インターネットと相性が良い」ということがしばしば語られる際、それはたいてい将棋の長時間性とインターネットの無時間性が引き合いに出されてきた。わざわざテレビ向けにルールが作られたNHK杯とかを除けば、将棋の楽しみは長時間棋士が頭を絞って考えるところにあり、そんなものインターネットしかまるごと放送できない、ということである

後知恵になるが、今やそれが間違っていたことは明白である将棋は持ち時間が長かろうが短かろうがインターネットと相性が良い。要するに面白コンテンツインターネットと相性が良いというただそれだけのことでしかなかったのである将棋ファン棋士が思っていたより面白かった。それがこの超早指し棋戦が教えてくれたこである。そして、更にその面白さを補強するのがチーム戦という要素である

棋士のチーム戦

棋士というのは究極の個人商売である。これまでに棋士同士がチームを組んで戦ったのは、コンピューターvs人類という枠組みがあった電王戦ぐらいのものであろう。そのことを、第2回電王戦コンピューターと劇的な泥仕合を繰り広げ引き分けに持ち込んだ塚田泰明はこう語っている。

「なぜ涙が出たのか、ですか? 負け越さずに三浦さんにつなぐことができた、その安堵からです。

もちろん、投了すべきかとも思いました。批判があることも知っています。でも、どんな形であれ、自分はチームのことを考え、最優先したんだ、そう思うと……。

どうも『チーム戦』という言葉に弱いみたいです。その言葉を口にすると、ううっ、と来るんです」

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/35787?page=3

普段まったくチームというものから離れているからこその純粋さであろう。今回のように棋士同士がチームを組み棋士と戦う、というのはもしかしたら将棋歴史史上初かもしれない(まあテレビ企画リレー対局とかはあったけどね)。

これまで我々関係性厨は、限られたリソース師弟関係出身地出身道場、共著、対談、解説イベントでの共演、自戦記や観戦記に書かれたちょっとしたエピソード等、結構あるな!)から棋士関係性を類推することしかできなかった。そのせいで「あの棋士とあの棋士は仲がいい!だって同じコマにいた!」状態になっている人もしばしば見かけた。というかさっきも2ch名人コメント欄で見た。

そこに来てトップ棋士によるドラフトという心理的駆け引きのあるチーム編成であるドラフトは「他の人はそこまで評価してなくても自分が高く評価している棋士」を選ぶ力学が働く。つまり「他のヤツらは分かってないけど俺だけはアイツのいいところを知ってるぜ」な棋士が選ばれる可能性が高い、というか実際そうなった。これは公式からカップリングお墨付きが出たようなものである

先程の映像でも「勝ってると思います勝ってると思います打ってください打ってくださいとりあえず打て!」と、お前そんな早口できたんかというほどの早口野球を観戦しているおっさんと化している三浦九段が映されてしまっていたが、棋士棋士応援する、という光景電王戦以来久しく見ることができなかったものである私生活でどれほど仲良くても盤を挟んでしまえば(あるいは挟んでいない時でも常に)敵なのである。書いてて思ったけどこの関係尊いよね…。いや、それはそれとして、逆から見れば仲のいい棋士が戦っている相手もまた同じ将棋界の同士であるので(それも尊い)、普通棋士棋士応援を公にするということはない。我々ファンは「あの棋士祝勝会/残念会にあの棋士が来たらしい」などというエピソードニコ生で聞いては悶えるだけだったのである

しかし今回は。堂々と棋士棋士応援しているのであるしかしそれは我々が見るのは初めてであっても、きっと棋士本人にとっては仲のいい棋士に対して心の内でいつも思っていることのはずで。それって普通Pixivの〇〇視点SSとかでしか摂取できない成分のはずなのだがなぜか今回は公式にそれが提供されている。関係性の過剰摂取死ぬ

さらに、である。アベマはコンテンツの活かし方をわかっている、というレベルを遥かに超えてプロ(何のだ)が中の人にいるとしか思えない手を指してくる。それが一局分丸々の控室の未公開映像(アベマプレミアム960円登録すれば無料で見られる)と、チーム戦前バラエティ的な親睦会映像、そしてチームのTwitterである。出色なのがTwitterで、チーム佐藤康光さながらレジェンド棋士同士のフランク交換日記様相を呈している。棋士イチャイチャしてるのを現在進行形無限に見ていられるのである死ぬ

からでも間に合う第3回AbemaTVトーナメント

まずはAbemaプレミアム月960円、999999999億円の価値がある未公開映像過去回が観られるので実質無料)に登録して過去回(と言ってもドラフトと先週分しか無い)や先に述べたような映像コンテンツを観ましょう。煽りVや実況解説があるので棋士を知らなくても楽しめます。そしてチームのTwitterフォローしましょう。

いきなり金を払うのは…、という人も無料で観られるコンテンツ(昨日分とか親睦会とか)も多いのでとりあえずAbemaのページに行きましょう。

https://abema.tv/video/title/288-23

あなたはもしかしたらそのうちにAbemaプレミアム初月無料という文字列を発見するかもしれません。その際は「絶対解約し忘れを狙ってるやろ」とか「初回無料とかドラッグの売人とやり口が同じやんけ」などと思わず、素直に登録しましょう。先程も述べたように960円取られても実質無料ですので。

Abemaトーナメントは全何週あるのかわかりませんがまだ昨日で3週目です。将棋でいうとまだ7六歩です。今からでも全然間に合いますので皆さんで盛り上がっていきましょう。

2020-02-29

[]

岐阜県現代陶芸美術館のニーノ・カルーソ展に行ってまいりましたわ

イタリア現代陶芸巨匠、だそうですの

2017年に亡くなっていて死後初の展示会になるとか

作品モジュール化された陶器ブロックを組み合わせて

柱や門などの構造体に仕立てたものが多いです

モジュール自体ひとつ美術品で、組み合わせも美術品になるという

入れ子状の表現を狙っているのでしょう

二重の門という作品がちょうど通路の突き当りの壁に展示されていて

まるで通路がその奥まで続いているような空間効果を出していたました

いつもは仕切られている部分も壁状の作品で区切っていらっしゃいます

学芸員さんが凝っていらっしゃいます

撮影可能最後の展示室は、博物館建物の柱も魅せたいのかしらと思ってしまいましたわ

スーパーマーケットの手すりをデザインした時にもらった端材からはじめた

鉄の作品も展示されていて、ガス溶断・ガス溶接の跡が生々しかったですわ

作品構想のスケッチをみるとニーノ・カルーソ様は脳内3DCADの人でしたのね

若い頃の精油場(自動車関連工場?)勤務の経験が活きているようでした

ギャラリーヴォイスの茶碗に挑んだ麒麟児たち展も拝見してまいりました

多様な茶碗が展示されていて、大半はお願いすれば手に取ることもできるそうです

わたくしは怖くてやめておきましたけれど

ひとつひとつ作品に込められた時間想像すると気が遠くなりますわね

あと多治見市図書館の1階では、東日本大震災写真が展示されていました

災害は忘れた頃にやってくるとのことで啓蒙されていましたが、

関連する講演会新型コロナウイルスの影響で中止になっているあたり

すでに災害がいらっしゃっていますわね・・・・・・恐ろしいですわ恐ろしいですわ

2020-02-17

私、ここ1年くらい「無学な人は」系の発言をすることがあるんだけどね

これはいちおう私なりに悩んだうえでの決断なのよ

私がこういう発言を向ける対象っていうのは、基本的勉強してないのに他人バカにしたいタイプ

そういうタイプっていうのは、基本相手言葉バカにするための材料しか見てないので、どれだけ丁寧に説明しても無駄

なので、もう説得はしない、あきらめる

しろ相手を歯牙にもかけずこちらの学識をひけらかす感じで「いや、それはこうだから」ってことを言うわけです

そうすると、この手の人たちは自分無知がバレるのを普通の人以上におそれるので静かになる

もう理解しなくてもいいかげんなこと言わなきゃいいや、静かになるだけでよしとしましょうってわけ

それに残念なことではあるけど、ギャラリーに対してもやっぱり権威でおした方が素直に受け取ってもらいやすいのよ

可能であれば、もっとフラットなやりとりを通じて知識を伝えていきたいんだけどね

anond:20200217082005

オタクコンテンツ自滅の道を突き進むのを「活動してる奴ら」のせいにしたいやつがいから「もう何も言わないのが最大の攻撃なんだよ」と観客(ギャラリー)に伝えたい。

2020-01-28

anond:20190712121437

あんまりやり過ぎると方向性を見失って迷走しはじめたりするから気を付けろな。

ギャラリーへのウケを考え出すとそれはそれで消耗していく面倒臭い生き物なんだよ。

2020-01-25

anond:20200124204053 すでに数千人が発症か、中国新型肺炎疫学者らが発表

すでに数千人が発症か、中国新型肺炎疫学者らが発表

1/23(木) 18:19配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

注目の海鮮市場では野生動物取引SARSに極めて近いウイルス、今後の可能性は

すでに数千人が発症か、中国新型肺炎疫学者らが発表

閉鎖された海鮮市場に立つ、防護服姿の作業員中国武漢海鮮市場は、新型コロナウイルス流行の発生地と考えられている。(DARLEY SHENREUTERS

 歴史は繰り返す

 20年ほど前、中国南部野生動物市場に、あるウイルスが現れた。それは、以前に知られていたどのウイルスとも異なっていた。2003年の冬、ウイルス感染した患者は、発熱悪寒頭痛、痰が出ない乾いた咳を訴えた。いずれも風邪インフルエンザの季節には珍しくない症状だ。

ギャラリー違法取引危機さらされる希少な野生動物たち 写真8点

 しかしこの病は、肺にハチの巣状の穴を開け、患者の4分の1に重度の呼吸不全を起こす致命的な肺炎をもたらした。多くの感染症では、1人の感染者が新たに感染を広げる人数は3人までとされるが、一部の患者はいわゆる「スーパー・スプレッダー(感染拡大に拍車をかける人)」になり、数十人に感染を広げた者もいた。7カ月後に終息するまでに、重症急性呼吸器症候群SARS)は32カ国に広がり、感染8000件以上、およそ800人の死者を出した。

 このため、各国の当局者は今、中国中部武漢市に出現した、SARSと同じくコロナウイルスの仲間である新型ウイルスに大きな懸念を抱いている。感染は、北京上海深センなどの主要都市だけでなく、わずか3週間で近隣の台湾タイ日本韓国にも広がった。米国疾病予防管理センターCDC)は21日、米国初の感染者がワシントン州確認されたと報告した。

2020-01-22

芸術家たちの貧しい生活について

Web上の巨大な写真サークル所属しているので、SNS友達にやたらとアマチュア以上プロ未満みたいな写真家画家がいる。

彼らがSNSにアップしてくる写真作品を見ると確かに上手いとかセンス良いとか思うんだけど、でもこれで食べていけるのかと心配になる。

たぶんギャラリーをやっているような玄人筋には受けるんだろうけど、商業ベースには乗らないんじゃないかなと思う。

仮に自分が彼らの生活を救うために何か作品を買ってやれといわれても、せいぜいポストカードとか数千円レベル写真集ぐらいしか買う気がしない。…というか、もっと名の売れた大御所写真家写真集とか、いにしえの名作を集めた絵画展の図録とかでも出せる金額はそのぐらいだ。日本人アートに対する感覚って普通その程度じゃないのかな。

プロカメラマンとしてそれなりに儲かっていそうな人は、金になる仕事とやりたい仕事を明確に切り分けているように見える。食べていくためにアイドルとか商品宣伝とか政治家選挙ポスターとかを選り好みせずに撮り、カメラ雑誌には新発売のカメラレンズなどのレビュー記事を書き、そうやって稼いだ金で自分の撮りたいものを撮りに行っているようだ。

それに引き換え中途半端アーティストたちはやたらと暇らしく、生活の細々としたことを凄まじい頻度でSNSにアップしてくる。そんな時間があるなら副業でもやったら良いんじゃないかと思うんだが。「撮りたいものしか撮らない」「描きたいものしか描かない」とかいってると貧困まっしぐらだし、作品づくりをしながら生活するだけでもお金は出ていくんだから何かしろよと思う。

そういう人々に作品発表の場を与えるために、一流企業早期退職してギャラリーなどで彼らの作品展をやったり海外作品を紹介したりする活動をやっている人も知っているが、それがどこまで成功しているのかは知らない。日本じゃ受けないけど海外では受ける人とか、万単位お金を出してアート作品を買う文化根付いている国で作品が売れる人は良いけど、結局芸術活動に専念しようとすると貧困に甘んじるしかない人々はある程度残っちゃうんじゃないかなぁと思う。

たとえ貧しくてもやりたいことをやって自由に生きる生活が羨ましくないといえば嘘になるが、自分時間を切り売りしてやりたくない仕事をやってそれなりの給料を貰っている身としては「お前がワガママから貧乏生活する羽目になるんだよ」と言いたくなる。せめて生活のためにとことんクライアントに媚びて、金になりそうな写真を撮ったり絵を描いたりすれば良いのにと思う。

そんなアーティストたちの生活を見ると、「好きなことをやって食べていく」人生は甘くないんだなぁと思う。

2019-12-24

5chで人集めてギャルゲ作ったから知見を共有する

タイトルには5chって書いたけど、正確にはVIPで人を集めてゲーム作った。

念のため説明しておくと、VIPってのはかつて2chで最大規模を誇っていた雑談板のこと。昔はとんでもなく面白い場所だったんだが、現在なんJとかTwitterとか、他の勢いのあるところに押されまくってて寂しい。

匿名掲示板ゲームって作れるもんなのか?

実は2chでのゲーム製作には十年以上の歴史がある。昔の有名どころだと『しぇいむ☆おん』(2006年)とか『僕と君の夏休み』(2010年)なんかがある。他にも、当時問題になった企業名をもじった『姉は一級建築士』というセンス抜群のタイトルがあるし、最近では平成31年分のエロシナリオを用意することを目指した『平成のエロゲー』(2019年)なんてのもある。

凋落して久しいVIPではあるが、こういうクリエイティブな動きは細々と続いていたりする。

なぜ匿名掲示板ゲームを作るのか?

素人でも簡単に使えるゲームエンジンとか、凄いクオリティフリー素材なんかはインターネットいくらでも溢れているので、作ろうと思えば俺一人でもノベルゲームくらいなら作れる。でも、匿名で燻ってるクリエイターたちに何か作る場を用意することで、なんか面白いことができるんじゃないかなーと思った。「一人でもやれる人が集まるとそれぞれ個々人の予想を超えた何か面白いことが起きる気がする」って『フルサトをつくる』にも書いてあったし。

あと、ちょっとした話題性を狙ったのもある。無名個人が作ってるゲームなんて今じゃ誰も遊んでくれないが、「匿名の変な奴らがなんか集まって作った」というストーリーがあると、少なくとも2chに入り浸っているは面白がって遊んでくれそうだ。それに、匿名のよくわからない奴らが集まって一つのものを作るという状況そのものも、なかなかカオス面白い

どうやって匿名掲示板ゲームを作るのか?

自分にできること、できないことを仕分け、できることについては全力でがんばる。できないことについては、VIPスレを立てて人を集め、できる人に製作スタッフになってもらう。人が集まらなければ、フリー素材で済ます。これが大雑把な流れになる。

例えば俺はシナリオプログラムなら書けるが、絵は描けないし、曲も作れないし、デザイン知識もない。よって募集する人員絵描き、音屋、デザイナーということになる。

当然だが、基本的スタッフはなかなか集まらないと思った方がいい。まず、目的となるスキルを持った人員の母数が小さい。特に音屋はなかなか捕まらない。今回俺は音楽については早々に諦め、フリー素材で済ませることにした。

実際のゲーム製作の様子はどんなものなのか?

まずは企画立案をする。こんなゲーム作りたいなーってのをざっくりまとめて他人説明できるようにする。俺は次のようなことを考えて企画を練っていた。

どうせ作るなら多くの人にやってもらいたい。しか現在無料で遊べるソシャゲとか動画サイトなどの隆盛に加え、優秀なゲームエンジンやプラットフォームの登場によって、ノベルゲーム界隈はレッドオーシャンと化している。そんな中で無名素人が目立つことは難しい。かと言って、作ったゲームが誰にも遊ばれないんじゃつまらないし、集まってくれるであろうスタッフにも申し訳ない。

そんなこんなを勘案して俺が考えた企画のコンセプトは、超短期決戦だった。現実イベントに合わせて、お祭り的に展開できるゲームを作るのだ。遊んでもらえるのは恐らくイベント期間のみに限られるだろうが、元々ロングテールは狙えないのだから短期的にでも目立てることを目指す。ユーザー可処分時間の奪い合いをしているような戦況で、あんまり長くて複雑なノベルを書いても敬遠されるだろうから、さくっと遊べるわかりやす短編にする。スタッフの労力も少なくなって人を集めやすくなるだろう。俺が企画を考えていたのは10月上旬製作期間を考えると、発表できそうな時期のイベントとしてはクリスマスがある。じゃあクリスマス舞台にした短編ギャルゲを作ろう。こんな感じで計画を立てた。

次に、シナリオ作業と並行して、スタッフ集めのための募集スレを立てる。と言っても、匿名の奴に「一緒にゲーム作ろうぜ」と誘われてもなかなか信用できないのが普通だろうから企画立案者は何かしら信頼してもらえるための材料を用意する必要がある。それは特別ものでなくて構わない。絶対に完成させてやるという熱意だったり、現状できあがっている企画書や成果物を見せるとかでいい。俺は誰も集まらなくても完成させるつもりだーとか言いながら全レスしてた。また、早々にシナリオの初稿を書き上げ、「もうシナリオほとんどできてるから後は素材当てはめるだけで完成だぜ」アピールもしてた。これなら傍から見ても完成する確率はそこそこあるように見えるだろうし、自分の作ったもの無駄になる可能性も低いと思ってもらえるだろう。あと当たり前だけど、やってもらいたい作業作業量も事前に具体的に明確に伝えましょう。

今回の企画で集められたスタッフは、イラストレーターデザイナーと賑やかしのギャラリー。彼らを集めるまでに掛かった期間は数週間程度。思ったよりもスムーズスタッフが集まってくれた。

VIP雑談板なので人を集めるのには向いているが、スレはすぐに落ちてしまう(書き込めなくなってしまう)ため、作業をするのには向かない。よって、他所作業をするための安定した場所を用意する必要がある。2ch発の企画なので、したらば等の外部板に専用スレを立てるのも趣があるが、今回の企画では利便性のため、discordサーバーを立て、そこでスタッフ間のやり取りを行った。もうこれVIPでのゲーム製作って言っていいのかわかんねえな。

毎週末には進捗報告会をすることにした。必要作業量はそこまで多くないので、そんな頻繁に会議を行う必要はないっちゃない。実際、素材の提出も「公開予定日にさえ間に合えばおkだよ~」というスタンスアナウンスもしていた。ただ、あまりにも締め切りまでの期間が長いとだれてしまう。コンスタントに集まる機会を用意するとそれを防げるし、モチベーションの維持にも役立つ。

まとめ

そんなこんなで無事ゲームが完成した。

https://novelgame.jp/games/show/2684

15分もあれば終わる全年齢向けブラウザゲームだ。もちろんスマホからでも遊べる。最近ゲームエンジンは凄い。

作ってみて感じたのは、今でも匿名掲示板にはクリエイティブ人間はそれなりにいるということ。層の厚さはゲームの出来にも現れているんじゃないかと思う。ヒロイン立ち絵はなかなか可愛いし、デザインもこじゃれている。往年のVIPクオリティには及ばないかもしれないが、衰退期に入って久しいVIPでは多少は健闘できたんじゃないかと思う。

それと、匿名書き込みの裏にはちゃん人間がいるということ。普段匿名である彼らと顕名コミュニケーションを取るのはなかなか愉快な経験だった。

あとは、今回の企画の裏テーマとして、落ち目であるクリエイティブ匿名文化を盛り上げたいというのもあった。それが成功したのかどうかというと、まあ微妙なわけだが、こういうノリはまだ死んでないってことくらいは示せたんじゃないかと思う。

古参はてな諸氏におかれましては、恐らくニュー速出身の方が多いだろうから、俺とは肌が合わなかったかもしれない。しかし、匿名で長文を投稿して読んでもらえるwebサービスというと増田くらいしか思いつかなかったので、こちらで書かせて頂いた。最後まで読んでくれてありがとうVIPPER兼増田次回作にご期待ください。

2019-12-13

2019年とは何だったのか

御徒町にあるスーパーで3000円で1回引ける福引きを、昨日22回引いた。

このために半年ほど福引券をためまくった。

福引券の大量さにドン引きする店員


ワタシ「今日は1等賞もう出ました?」

店員「いえ、とりあえず自分がここ担当してる間は出てないですね」

ワタシ「自分マジで当てに来てるんで。今日


わたし言葉にざわつく、背後に並んでる上野界隈のオヤジたち。

おっさんA「あのねえちゃん22回引くってよ。なんか当たるだろ」

おっさんB「ねえさん本気だな」

そして福引きが始まった。


1回、2回、3回、4回…

順調にすべて外れる福引き。

ククク。ここまでは予想通りだ。

5年間このスーパーに通い続けた経験から、俺は知ってるんだぜ。

10回に1回は商品券500円が当たる!

10回、11回、12回…

え?

15回、16回、17回…

え?え?

「すげぇ、全部ハズレてる」

まり返るギャラリー

21回、22回。


全部はずれた。

残念賞のチーカマ22本をショッパーに詰め込まれ、もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対、と心のなかで無意味に呟いた。

ギャラリーのおじさんが後ろから店員に投げた

「全部ハズレとか、かわいそうだからチーカマ1本おまけしてやれよ」という言葉に、振りかえれないまま、私は走り出した。

2019-11-28

anond:20191127235126

美大音大学生の大半は裕福な家の生まれ

おしゃれな雰囲気モテ系が多いのはもとから金持ちから

女子結婚してピアノ先生とかができれば上出来。画家だったら普段専業主婦でたまにギャラリー借りて個展やったりとか。

男子はカネもコネもないとブラック企業にすがるしかない。

2019-11-14

anond:20191114012229

クズだと分かっているならその相手と1対1で話すという事はまずないだろう

まり大抵はギャラリーがいるわけで黙っているとその言い分を認めたと受け止められかねない

ギャラリー無知の集まりならなおさらだ

から相手の言うことを間に受けてるわけでもなければ相手にすらしたくなくても

相手発言反論しなきゃならなくなる時もある

そういうのはとてもうんざりするし

そんな状況下で「お前それわざと言ってるだろ?」と疑いたくなる発言されれば腹も立つだろう

2019-11-11

国が違えば巨乳芸術

2019-11-06

女性男性性的搾取をやめろ

若手のイケメンアスリート中年女性が群がる光景は異常だ。

女性アスリートの人気と違って男性アスリートには配慮の欠けた追っかけが多数存在し、

石川遼ギャラリーの嬌声のせいで集中できずキレたという話も記憶に新しい。

ジャニーズの若手が女性に「可愛らしい」「イケメン」という感情を想起させる目的で笑いかけるポスター性的搾取であり男性差別だ。

ジャニーズグループイケメンしかいないのは男性差別だし、そういったグループ男性のみで旅行に行ったり遊園地に行ったり

しているポスター男性差別である現実的には、そういったイケメン男子たちが女性抜きでそんな場所に行くことはありえないからだ。

女性で一部暴走する男性がいるように、対男性で一部暴走する女性がいるのはわかる。

しかし、それ以上に女性の「ファングループ」は平均的な「他者に対する侵害率」が高い。

出待ちしたアイドルの車をタクシーで追いかけるなんて行為常軌を逸しているが、ジャニーズ場合珍しくはない。

一次創作物・二次創作物わず男性向けと女性向けでは、明らかに後者の方がゾーニングできていない。

年配の女性若い男性を「可愛がる」行為はさも一般的であるかのように振る舞われており、

職場であればセクハラモラハラに当たるこれも、ビジネスの名のもとに異常な性的搾取が続いている。

女性男性性的搾取をやめろ。

2019-11-04

2019年渋谷ハロウィンを見た感想

報道や各種メディア個人が様々な媒体で伝えているこのイベントに対して、私個人のごく私的見解など、どうしようもない話の一部になるのだろうけれど、今年の事を書いてみる。

報道で取り上げられた事柄について

・期間中飲酒禁止条例効果

この条例報道以上に効果があったと実際に現地にいると感じる。しかしこの条例は単に仮装者が羽目を外しすぎないようにするという印象とは異なり、数年来発生していたある問題解決できたことが大きい。それは①酒の無許可販売②警備がなくなる深夜~早朝帯の乱痴気騒ぎ問題であった。

① 酒の無許可販売2016年から見られるようになる。2018年ハロウィン当日には20名ほどの人が、テキーラウオッカなどを販売していた。個人勝手販売する方が多いが、飲食店に雇われた売り子も、年齢など見境なく度数の高い酒を販売するのはよろしくなく、またルールなしの状況下では、酒の品質低下はもちろん、密造酒販売可能性も発生する恐れがあるので、2019年に歯止めがかかったのはとても良かったことだった。

しか2019年10月30日でも数名、31日当日では確認しただけで少なくとも5名が販売していた。仕入れビールサーバーを背負い、仮装で隠した売り子は、マスコミカメラの前で「規制事実は知らなかった」と笑顔でのたまうずぶとさで、このような場でどうしても鬻ぎたい山師企業は今後も出てくるだろう。

② 警備している警察官警備員人間なので、夕方から翌朝まで全力で雑踏警備を行うのは不可能である。大多数の方が帰宅した終電以降は警備人員もほぼ撤収するので、その時間帯に騒ぐ人々に酒を与えないという目的があった。2018年軽トラックを横転させる事件は、深夜2時~3時に発生し、動画をよくよく見ると、トラックの周りで騒いでいる人は、誰も仮装をしていないという事が確認できる。毎年ネット上に上がる喧嘩動画もそうだが、現地に行ったことのある人は「その喧嘩が起きている場所は、ハロウィンが発生している時間帯は人がすし詰めで、殴り合うだけのスペースはなく、これは人が少ない深夜に発生している」と直感として把握できるのだが、ネット報道だけで情報を得て想像を膨らませている人々にとっては、四六時中喧嘩と乱痴気騒ぎが起きていると解釈になっている。

報道されない、雑踏における「将棋倒し」への対策

警察は「将棋倒し」への対策に苦心している。過去何人の人が圧死しているこの現象は、起伏が少ない渋谷の底である田川の上に集まった人々にも起こることで、仮に発生した場合は目も当てられない大惨事になる。2016年ホコ天を設置したのも、これが理由である。今年の警備は警察官警備員が協力して、センター街に集まった人が撮影雑談で滞留しないように、しつこく動くように声をかけ続けたことが大きな変化であった。結果は当日の19時までの人手であればこの方法有効機能していた(対応する人員疲労は目に見えて明らかだったが)。当日に渋谷に集まる人々はすさまじく、19時には路上収容人員パンクしてしまい、そこから全てのホコ天が開く21時までは非常に苦痛な状況であった。

実は渋谷区としては、昨年の騒ぎがなければホコ天の先や、別にサテライト会場を用意し、混雑の分散や、「共感」という目的のために来た人々の一部マインドを消費に回すことを少しながらも実行に移せていた状況であったが、上記3点の安全のためと、マスコミネガティブ方向への報道癖がついている状況下で、前進する対応が取れなかったのは彼らにとっても残念なことであっただろう。

受益者負担を守らない一部店舗

ゴミ問題について毎年思うことを今回書こうと思う。今回はコンビニと名指しするが、自動販売機を除き、他にめぼしい外に持ち出せる飲料食事販売する店舗が見当たらないのにも関わらず、自店舗で出したゴミを回収させる為のゴミ箱を設置しない上に、

店舗の目の前で飲食した客が路上に落としたゴミを、「街が汚れたのはマナーのせい」で、

後始末を行政ボランティアに全て丸投げする納得できない状況が毎年続いている。

明け方でなく、ハロウィンコアタイムセンター街コンビニの前で、コンビニから出たゴミを拾う警備員と、それを眺めるコンビニ従業員の様子をネットに上げてもいいぐらいである。普段から責任を全て若者行政のせいにしている姿勢の店が一定数あるからの行動なのだろう。新しく出店しているケバブ屋やタピオカ屋にはあり、関係ないのにわざわざゴミ箱を出す店もあるので、そういう店の姿勢に客も合わせてやっているんだなと感じる。

2019年ハロウィンの実情

今年の特徴は「ダイバーシティである。昨年は日本のあらゆる立場の人々が集まるヤミ鍋状態表現したが、今年はその鍋にラグビーW杯の観戦に来た欧米観光客が大量に押し寄せた、日本文化リスペクトしてわざわざ来日したわけでない欧米文化圏の人、更に増え続けるアジア系技能実習生と、中国大型連休が重なり、当日でも3割~4割は外国人様相で、欧米文化における「ハロウィン」なる文化日本の「はろうぃん」、アジア圏の方々が更に解釈した「ハロウィンのようなもの」の3つ巴の衝突が起きた。記号に頼らない私の考えるハロウィン仮装だらけである

ギャラリーも酒が入っていないので、それでも人が多いが、仮装した人同士で盛り上がる場に割り込んで、観光欲を満たす行為は多少減ったように見られる。

コスプレは、衣装メイクを作りこみ、撮影による仕上げにより、世界観を作り上げる一連の行為とした場合仮装世俗における一瞬のなりきり、又は社会風刺していく行為で、その出自がかなり違う点を理解したい。

参加した人々を傍観する人々

カラーギャング時代から街の浄化作戦を街頭で行ってきた商店街からすれば、深夜に“ボボボ”とやってくるヤンキーは「またかよ」という気持ちだろうし、当時精力的に活動していた方々の年齢問題もあるだろうからマスコミに叫ぶ気持ちはわかる。ヤンキーも、地域社会に受け入れられず、持っている力と金を余らせている上に、承認欲求人一倍強いので、入り込める余地があれば求められなくてもやってくる。しかヤンキー同士のコミュニティが強固な為、仲間を差し置いて仮装している集団に入れないし、クラブに行って踊ることもできないジレンマがある。さっさとコミュニティ変えろとしか言えない。パンチラスポットパンチラを見ているような、下半身欲求で来ている輩と存在感がどっこいなのに気づいていない。

ネット報道で分かったフリをしている人々も厄介である2018年渋谷区へ来た抗議数百件の内、ほとんどが区民でない人の抗議であったという報道が示すように、自分の知らないところで楽しそうにやっている人を嫉妬する傍観者も多くいる、ニューヨークロンドンと同列にして問題を語っているような国際的な街と、あなたが住んでいる町が同じでないのは当たり前で、そこで起きているイレギュラー問題必死解決している人と、その大小様々な果実を受け取っている人をあざ笑っても、仕方がない。芸能界恋愛事情一喜一憂するぐらい不毛事柄である

ダイバーシティ渋谷

現地にいると、さも当然のように、さまざまな人種民族が、さまざまな年齢・性別が、

さまざまな社会的背景を持つ人が、それぞれの文化背景を元に、又はそれらから開放されるための仮装をしている。

資本主義が求めるダイバーシティである、(金をより稼ぐために)優秀な様々な立場の人が活躍生産)できる都市ではないかもしれないが、実はその概念が最も実現できている環境がいまの渋谷ハロウィンにあるのは非常に面白いことである都市は、生き物のように変化していき、日本首都である東京でさえ、不意に訪れた雑踏の流れ、物事の速さに追いつけず、傍観者を大量に生み出しているのはとても味わい深い。

来年また見る機会があれば、渋谷に訪れた人の背景にフォーカスして書きたい。

2019-10-28

太鼓の達人

最近ポリコレ棒を持ってる人がすげー増えて

とにかく何か叩きたくて叩きたくて仕方ない太鼓の達人が増えすぎてると思う

チュートリアル徳井もそうだし

宇崎ちゃんとかもマジで何を必死になってポリコレ棒で叩いてコンボ繋ごうとしてるのか

誤植見つけて嘲笑ってる人を、本当は誤植じゃ無いからって嘲笑ってるとか結局同じレベルしか争ってないし

ちょっとポリコレ棒置いて他のゲームやれよ、と

いくらでも他のゲームあるのになんで太鼓の達人にムキになってんだよ

ギャラリーはお前のことキモいしか思ってないし

すげぇって思ってるのは同じ太鼓の達人だけなんだけどな

2019-10-06

自然保護についての一つの見解

WWFをはじめとする自然保護団体が、野生の生物採取、売買しないように注意喚起しており、

多くの市民啓蒙されている現状だが、それに対する天野尚氏(ADA創始者 2015年没)の見解が以下。

ADAは自社のギャラリー雑誌等のメディアで数多くの水草レイアウト水槽を発表しているが、

天野氏はワイルドものに強いこだわりがあり、ネオンテトラブラックネオンテトラ、小型バルブのような、

ほぼ安価ブリードものしか市場に出ないような魚種についても、わざわざワイルドものを使っていた。

アクアジャーナルNo.104より

 

―――熱帯魚を飼う楽しみの一つに繁殖というものがありますが、

天野さんは繁殖に対してどのような考えをお持ちですか?

 

天野 私も以前、ディスカス繁殖をやっていたのですが、そうするとホルマリンなどの薬を水槽に入れるので、

なにか不自然な感じになるんですよ。しばらくして魚が全滅してしまって、やめてしまいました。

手を加え過ぎて、本来の野生の魅力が失われてしまったんですね。

まれてくる個体が野生の個体と同じであればいいのですが、人工的に繁殖した魚は体色もどんどん

悪くなっているじゃないですか。繁殖はいけないということではなく、熱帯魚の楽しみとして殖やすというのも

非常に大切なことで、水槽で種を継続させるのも重要ことなんだけれど、それだけを続けていると

野生本来の魅力が消えてしま可能性もある。

 

また、野生の魚を捕るのは自然破壊につながるからダメだという考え方もありますが、

野生の魚を捕らないと現地人は食べていけないんですよ。

皆さん、これを頭に入れてもらいたいのですが、魚を採取することが絶対に悪いことじゃないんです。

彼らは野生の魚を採取し、それで得た収入生活しているんです。魚を捕らないと、彼らはジャングルを焼いて

作物をつくらなければならない。ジャングルが焼かれたら、今度は川が汚染されて魚が生きていけなくなるんです。

本当にジャングルを守ろうと思ったら、ただ魚を獲るなとか、植物を獲るなとか、人間を入れるなとか言うだけじゃ駄目なんです。

一番いい方法は、現地人が最低限の量の魚を採取して高い値段で売ることですよ。

また、ジャングル自然のもの観光資源として、観光客お金を落とさせるようにすることで、

現地人がジャングルを守っていくような考え方を植え付けていかなければならない。

から私は、人工的に魚を繁殖させて値段を下落させることは、あまりいいことではないと思っています

アマゾンの森では、樹木や低地のシダ類によって多くの雨水が保持され、その雨水腐葉土に浸透して濾過され、

さらに土中の多くの栄養素を含んだ黒色や茶色湧き水となる。それが微生物養分となり、多くの生物栄養源となる。

森林伐採して農場牧場を作ることは、その土地の水環境根本から破壊することにつながってしまう。

2019-09-22

anond:20190922182534

どう読んだって事実」は「借金玉氏は論敵の発言曲解に基づく発達ガイジ学級会と恫喝自分恫喝の棚上げと訴訟するする詐欺インターネット論客で一番得意」にかかってるのに「常々言われている自己紹介」と曲解するの、そんなに借金玉氏が好きかという気持ちになるし、レスバトルでその戦法が通じるのは相手漠然と嫌われているのでギャラリーが雑さを見逃してくれる場合に限るのは分かってる筈だろうに何故そこまでするのかという悲しみすら感じるし、バカ言葉是正するのは不可能なのでお前含め全員死んで欲しいという痛切な祈りがある

2019-09-07

インターネットにはバカ好きが多すぎる

インターネットにはバカを探す人(バカハンター)がたくさんいるんだ。

ここでいうバカ主観によるもので本当に馬鹿であるかは考慮しない。

彼らのバカセンサーはとても敏感で、どんな些細なバカも見逃さない。

バカハンター空気のようにどこにでもいて気がついたらそこにいる。

バカハンター徒党を組み一人に見つかると雪崩のように押し寄せる。

実際、話題バカが含まれるとギャラリーの人数は飛躍的に増加する。

ネットバズる話題発言者バカ登場人物バカがいる事が多い。

その一方でバカハンターは「自分バカですよ」と自虐の建前をとる。

バカである自分から見てもバカですよ」と相手を二重でバカにする。

現代人は無趣味と言われるがバカ探しは趣味として未集計なんだろう。

ネットユーザーは、どうして馬鹿探しに躍起になっているのだろうか?

2019-08-15

Midas先生あいちトリエンナーレ表現不自由展」を語る

どうもMidasファンです。

面白かったのでブクマをまとめました。

https://b.hatena.ne.jp/Midas/

芸術政治化」ではなく「政治芸術化」こそが問題



 もう少し左翼好意的に言っておくとこの件(「消すぐらいならやるな」と憤慨してるひとがいるように)「政治政治ちゃんとやれよ(天皇制を打倒したいなら『表現の自由w』とか言ってないで現実で打倒しろ」につきる。めざすべきはあくまでも現実世界での天皇制廃止ないしは社会改革であって展覧会で「これがボクたちの考えた芸術です」は単に『表現w』の世界へ逃げこんでるだけ(「現実では何も変えれない」敗北宣言にこれも等しい。

 このへんの不純さ、不誠実さが(右翼のみならず)いわゆるノンポリのひとたちの嫌悪感を誘ってるのは疑いないので。結局「歴史上の人物から問題ないですよね」がいまだに大失言だと気づいてないのはそういうとこ。「これは表現の自由だ」が『政治』になりうるためには当然ながらそんな2代まえなんかの肖像いくら燃やしてもアクチュアリティのかけらもないわけで(「歴史上」は「ノーカン」でしかないので)いまの天皇を燃やすべき。ところが令和の陛下が犯した悪行といえば柏原芳恵ラブレター書いたのと嫁の生理があがってオトコみたいなツラになったくらいしかないのであってその責任を問おうにもポイントがみつからない(お人柄もいいらしいし。

 「2代まえのひとだから(歴史上の人物なので」と『表現の自由』だけを切り分けようとするほど政治的には効力を失ってしまうというジレンマがある。「いいかな?」とか言ってる場合ではないのである。かんたんにいうと今回の件が決定的にダメなのは(ちまたで言われてるような)「芸術政治化(本来ニュートラルであるべき美術世界稚拙プロパガンダ芸術をもちこんだ」からではなく逆「政治美術化した」から

 政治美術化とはいうまでもなくファシズムの最も簡潔な定義なので。政治美術館での鑑賞の対象にするとは現実世界矛盾一見みんなで共有してるようでその実は単に審美的判断をくだすだけ。くり返しいっとくが政治ギャラリーでの鑑賞の対象にして「考えさせられました…」とか言ってるのは現実改革あきらめたしるししかないのである政治展覧会ネタにしてはならないとはそういうこと。



表現不自由」よりも「差別排除時代」の方が問題



 たぶんガイジンさんには今回の「表現の自由」いったいなにを争ってるのか全く理解できてないと思う。ちなみに「表現の自由がー」必死に言ってる連中もこれが極めて日本的な『どこに由来してる』か自覚してない。

 (まさかと思うかもしれないが)この『表現の自由はいわゆる『朝日的な』もの(サヨクん)ではなくルーツ雑誌ぴあ』にある。町山が「はあ…昔の『ぴあ』はよかった…」言ってたのを軽くみてはならない。日本の68年以降の文化史ではそれまで『朝日ジャーナル』を小脇にかかえて歩くのが学生さんヤングのひとたち『かっこいい(政治意識がある』と言われてた。雑誌ぴあ』はまさに『朝日ジャーナル』の次にあたる。朝日ジャーナルにかわってこんどは『ぴあ』をかかえて歩くのがかっこいいヤングの条件(ちなみに朝日ジャーナルのまえは『平凡パンチ』とか)になった。『ぴあ』がかっこよかったのはいわゆる『情報誌』だったから。

 ロードショーから場末ポルノ歌舞伎展覧会にいたるまで情報を『差別』せずフラットに扱った最初の例が雑誌ぴあ』。フラットに扱うとは『価値判断をしない』。ただしこの『価値判断をしない』がくせものであって…「町山さいきんクソサヨクなっちゃってどうしたの…(脳に毒がまわったのかな」ふしぎに思ってるひとも多いが情報コンテクストにおける『価値判断しない』は結局は「愚弄する(冷笑する。もちあげない」なので津田やあずまくんにしてみれば「まさかこんな反発くらうとわ…」なのもまあわかる。あの「歴史上だから、まいっかと思って」もホントだったら慰安婦像つくったひとにむしろ「ふざけんな!」言われてるべき態度。

 慰安婦像つくったひとは(わたしにいわせればデタラメもいいとこだが)マジで日本人よ…はんせいしろ」思って(たぶん)あれつくってるので。津田やあずまくんがやってた「表現の自由」実はそこまでの政治性はない。

 雑誌ぴあ』が今週おこってるいろんなイベントおもしろおかし無差別にとりあげれたその点において表現自由だった(ロマンポルノのとなりにハイソ演劇が並んでてよかったね自由社会で)くらいのニュアンス。もちろんそうしたフラットなあつかいができるのも世の中がへいわで経済繁栄しててみんながそれなりに理解力があって寛容だったから。なのだが(実際に「ポルノと一緒にされちゃたまらん」感じてたひともいるはず。

 高尚な演劇とかでポルノと並列に扱われたら明らかに侮辱だ」思うのもまた自然ことなので。『全てをフラットに扱う(価値判断しない』だけでも『表現の自由』そんなに長続きしないしそもそもありえない。もちろんそうしたフラットなあつかいができるのも世の中がへいわで経済繁栄しててみんながそれなりに理解力があって寛容だったから。なのだが(実際に「ポルノと一緒にされちゃたまらん」感じてたひともいるはず。高尚な演劇とかでポルノと並列に扱われたら明らかに侮辱だ」思うのもまた自然ことなので。『全てをフラットに扱う(価値判断しない』だけでも『表現の自由』そんなに長続きしないしそもそもありえない。

 みんな(とくに憲法がくしゃとか)大いに勘違いしてるけどこれ要するにそういうことなので(どうしてこんなかんたんなことがわからんのだという感じ。なぜそうなるかというとつまるとこ『インダスリー』のもんだい。たとえばこんかいあずまくんいきなり前言ひるがえしたりして「なんなのこのひとは…(このていどのこと最初からわかれよ」思うひともたぶんたくさんいるはずだが別に彼らに一貫したものなどありはしないので、こないだまで河村disってたはずのあずまくんいきなり「津田がわるい」になるの丸山ぎいん「みなさんNHK受信料はらうのは国民のぎむ」からの「NHKぶっこわす!」入りと全くおなじ。

 インダスリー問題とはすなわち文化産業問題であり雑誌ぴあ』の「表現の自由」が成立してたのはみんなが中産階級だと思ってたから。永六輔とか旧NHKこうした平等社会の構築に焦点あわせてたしこの環境産物。こうした文化産業の仕組み(従事してるひとたちも含めまだ巨大なインフラが半ば廃墟と化しながら残ってる)いまどきこれでやってけるはずない(もう残念ながら時代おくれ)と誰もが思ってるのは確かなので。

 若干専門的な話でしめとくと(もうネットにたくさんいる情報産業のひとにとっては常識だろうが)おどかすようですまないがこれからは「情報フラットに」ではなく「差別排除」の時代なので(あれこれいってもムダ。差別排除とはゲートキーパーが誰をはじくか決めてその(誰でもゲットできるはずの)情報へのアクセス権がそのひとの社会的な地位をしめすアレ(要は「ブロックだ!」「不可視にする!」みなさん楽しそうにやってるやつ。

 表現の自由なんかよりそっちのほうがよっぽどだいもんだいじゃないの?wという感じだが世の中よくできたものホント重要なことは展覧会テーマになんかなったりはしないのである(みんなのメシの種になってるから

2019-08-07

何故あいちトリエンナーレはここまで社会の関心を持つようになったのか?

報道や各種メディア個人が様々な媒体で伝えているこの事柄に対して、私個人のごく私的見解など、どうしようもない話の一部になるのだろうけれど、つらつら書いてみようと思う。

検閲

今回発生した問題検閲問題ではない。現在紙面やネットで騒いでいる検閲という問題は、当事者の手を離れた部外者による場外乱闘であった。扇情的な展示に対して、権力を扱う不用意な政治家が、自制せず権利侵害する発言を行ったことは大問題であるが、ここまでくるともはや展示云々ではなく、国家自治体による権利侵害(の実行又は脅迫)という、大事問題だが、別方向の問題として切り離して考えるべきで、後述する問題を覆い隠してしまうことになる。展示を取りやめたのは、大量の抗議や脅迫犯罪予告により、芸術祭にかかわる方々の安全を確保できなくなったという状況に陥り、該当展示の実行委員会(実行キュレーター)の同意なしで中止に至ったという顛末理解している。

税金使用したイベントについて

芸術市場が大きい欧米諸国に対し、日本国は元々芸術品の売買に対して諸国のような減税優遇措置をとっておらず、バブル期を除き、民間ギャラリーを経由した売買や、流通操作伝統工芸品を大型百貨店の展示場で、国内のみ通用する相場販売する程度であったが、バブル期90年代の大型公共投資連続からハード面での地域振興策資金コンプライアンスの両面で実行が不可能になった自治体における「少額で、短期間で既存インフラ活用でき負担が少なく、運が良ければ国際的知名度を上げることができる。」ツールとして、この10雨後の筍のように芸術祭が乱立する事態となった。そこでは、ノウハウのない自治体が、自称地域文化担い手である新聞社に丸投げ、そこからコネ採用された力のないキュレーターは、自身の貧弱なコネクションで囲い込んだ微妙作家しか呼べず、投下した税金の割に貧相な芸術祭になった場合自治体が運悪く山師に金を預けてしまい、多額の不適切支出泣き寝入りになった場合。など皆さんが思っている以上に税金使用したイベントにはトラブルが多い。税金が投入されるイベントは前提条件として・補助金申請等の手続煩雑・大小の自主規制や、地域ルールに縛られる・税金が原資なので、疲弊した財務状況の自治体では開催不能批判を招く場合がある。税金芸術より生活政策資金が回されるのは当然である所詮流行りの水物なのだが、皆さんが思っているより所謂コスパの良い地域振興策なのでなくならないだろう。

表現の自由

今回の問題では、アートと異なる展示がなされているという意見が多く出ているが、大きく表現の自由と括られる中でも、その自由の元に「どの媒体で」「どのような手段で」「どの程度の深度で」、成果物として表現しているかは人それぞれ、所属する社会により異なるという点。またアート政治と不可分であるが、極端な扇情アジ)を行わなくとも、その行為そもそも自由行使しなければ表現できない、自由平和な状況でなければ創作活動はできず、人の創造性を発揮できない点が大前提であり、自由の中で個々人が世界との関わりの中で何らかの美醜混じった真理を見つけ、それを昇華したのがアートとすると、今も表に出ない問題の一つ、表現の自由行使する媒体手段の衝突という背景が見えてくる。

新聞社や論壇を中心とするジャーナリズムは、文字を用い、抽象化している諸概念文章化し、権利自由を、守り、啓蒙し、扇情したりするわけだが、小説などと異なり「直感的に察する/察させる」機能は弱く、相手文字化、文脈という論理化してしまった問題に対し、「同意するか」「同意しないか」の二者択一を求めてしまう。そして問題となった展示は、実行委員会の多くが学者又はジャーナリズム出身という状況で、同じ表現の自由でも、性質が異なる表現を行ったことが原因にあり、一般市民が考える「アート」とイコールにならなかった。「これはアートではない」という声である表現はしているが、アートではないと。

ステートメント芸術、或いはキャプション芸術と呼ばれるもの

アーティストと名乗る作家にも問題がある、この「ステートメント芸術」と揶揄される表現は、業界に詳しくなれば詳しくなるほど根深く、呪いともいえる。

アートという行為物質/空間/映像/音楽意図が伝わるよう、意識特定ベクトルへ向けるよう誘導し、表現しなければならない所なのだが、その実力がない作家の中に、延々とそれらしい説明文を付けて意味づけする行為や、文脈という補助要素を主要素に持って来て、実態だけを見ても理解不能となる。そのような作家は大体退場していくのだが、言葉が主戦場ジャーナリズム界隈と親和性が高いので、変な形で融合してしまうことがある。

文脈を追うのが現代アートだ」という解釈誕生である。一面では事実だが、全てではない。

ビジネス世界でこの行為を言い換えた表現としては「ストーリー」という言葉がある、そしてこれを最大限活用した米国企業セラノスの末路は多くの人を巻き込み凄惨ものであった。

・何が問題だったのか

監督芸術キュレーター経験がなく、自身の分野であるジャーナリズム文脈解釈した表現を、芸術祭ねじ込んだ為、酷く食傷を起こしてしまった。

食傷を起こしてしまった後の対応が、構造理解している人の不足で収まっていない。

食傷を起こした理由は長々と書いた。経緯として自分たち表現の自由最前線で、他の作家は何も考えていない。ように捉えられてしまキュレーション自由世界におけるジャーナリズム優越性)をしてしまったのが原因にあると考える。結果、津田氏がFM番組発言したように「自分一人ならナイフで刺されてもいい覚悟だが、関係のない人を闘争に巻き込んでしまった」という発言につながっている。

表現自由であるから闘争を持ち込むなとは言えないが、徹底的なゾーニングと仕掛(言語化できている主張表現に容易にアクセスできる導線を作る)ことが必要であった。言語化できている(と思われる)主張表現に対して、実態が追い付いていなかったのではないだろうか。

不特定多数威圧行為は、少数で行う創作活動にとって凶悪暴力であり、過去も多々あり、これからもなくならない。すべての事柄に寛容な社会など来ないし、永遠に付き合わなければならない。

②をわざわざ書いたのが、今回の騒動で最も被害を受けている、他の参加作家に対して謝罪対策を行っているのかよくわからない状況だからである

・誰が最も被害を受けたのか

昨日声明文を出さざる得ない状況に追い込まれた、他の参加作家である。それぞれの表現を深化させて今日を迎えているが、キュレーターバランスを取らず、独自プレイヤーとして創作活動我田引水した結果。必要のない状況で、自身作品を見てもらうという重要事柄を達成されないまま原理原則論確認や主張を行わされたのは、イベント主催者として責任が重大である表現の自由大事だと言うに決まっている。また、作品撤収せざる得ない状況に追い込まれ海外から参加者に対して、展示機会を奪った結果になった事も忘れてならない。マスコミが何をキーヴィジュアルとして記事にするか理解して、扇情的人形を配置しているのは明白で、記事を見た輩が抵抗/抗議を通り越して、挑発解釈してしまった訳である撤収した2人は、必要のない場面で・積極的日本側の行為に抗議を行う・無視した場合自国内で起きている扇情的民族主義の標的になることを避ける。2者択一判断に迫られた。

昨日声明に協賛したのは参加作家全員でないだろう、検閲を受けたわけでもない、こういうキュレーターミスによる騒動に対してのスタンス作家ごとに異なるのは当然である

・なぜここまで注目が集まったのか

芸術本質的生活必需品とは言えない。生活環境が改善し、可処分所得余暇がある状況下で初めて人は関心を持つようになる。今の日本問題は起きているが、ネットで百家争鳴する位この国は文化的に成熟しており、得体の知らない世界に関わりを持ちたい気持になったのは素晴らしいと思う。物事の全ては飛び込んでこそ妙が分かる。威圧脅迫はださく醜悪である。そしてアートはこんな長文も飛び越えて一瞬であなた感性に突き刺さる力を持っている。

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