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はてなキーワード: オブジェとは

2020-07-24

ハラハア桜島

 去年の話。

 ひさしぶりに帰省して、せっかくだし故郷鹿児島を堪能してみるか!と思ったので桜島に出かけた。桜島はそれなりの頻度で噴火する活火山で、浪人時代にはよく予備校最上階まで登って噴煙を見ようとしていた(さすがに噴火してないときの方が多いので、時々噴煙を見られると嬉しかった)。おい桜島よお…なんて語りかけるくらいに親しみを持っていたのだが、じつは行ったことがない。このままではいけないなと思ったのだった。

 数年ぶりに乗った鹿児島本線は阪急と比べて揺れが激しい気がした。いっぽうで線路周りに建物が少ないからかどことなく車内が明るい感じもして、案外普通列車にもカラーが出るもんだと感心した記憶がある。

 道中にある上伊集院駅から見えるホーム周辺の景色がけっこう好きだ。松陽台という新興住宅街があって、それの乗っかる丘がよく見える。なかなか爽やかな丘で、学生たちが坂道を登っていく様子がなんだか素敵だ。坂の上には松陽高校というのがあるが、ここは制服が全身緑色なことで悪名高い。松陽高校に行った友達と駅で出くわして、「マジでズボンまで緑色で最悪、なんなのこの制服、頭おかしい」と愚痴られたのをよく覚えている。松陽の話終わり!

 鹿児島中央駅もけっこう好きだ。正直あんまり全貌を把握してないんだけど、とつぜん屋久杉のオブジェみたいなのがあったりするのが愛らしい。メインの出口から出たところでバァーンと桜島が見えそうな位置なのに、ホテルか何かのでけえビルに阻まれイマイチ見えないのもいい。故郷ダメさは愛嬌みえる。

 鹿児島中央駅からフェリー乗り場まで徒歩で行くには暑かったので、市電に乗った。路面電車というものに憧れがあって、地元で進学してたら毎日路面電車に親しんでいたのかなと思うとちょっと惜しい気もする。まあ阪急トレードオフなのかもしれない。阪急も悪くない。赤いし…

 フェリー乗り場は水族館の近くにあって、その辺りは道も広いしヤシの木(?)も植わってるしでかなり雰囲気がいいんだよな。車通りに比べて歩行者が少ないのもなんだか孤独感があって良かった。かつて家族水族館に来るたびすげえワクワクしてたのは周辺環境のよさも手伝ってたのかもしれない。

 広い道のデカ横断歩道歩行者ひとりの状態で渡ろうとすると、小心者なのでどうしても走ってしまう。暑いからちょっと走っただけで汗まみれになる。そうして汗まみれになりつつも歩いていくと、フェリー乗り場につながる赤い連絡通路が見えてくる。この通路水族館もつながっているらしい。一瞬やっぱり冷房の効いた水族館に行こうかとも思ったが、初心一徹!と思い直して桜島フェリー乗り場に向かった。潮の匂いがしてテンションが上がってくる。

 フェリーは安かった。500円くらい取られるかと思っていたがなんと片道160円だった。コンビニサンドイッチより安い。阪急一駅分くらいだ。もっと乗っておけばよかった…と後悔しつつ船に向かう途中に水族館がよく見えるのも心憎い。鹿児島水族館オーストラリアオペラハウスをショボくしたような外観をしていて、なかなか心に残るのだ。

 フェリーはかなり大きくて、わりと見応えがあった。甲板に観光地特有コイン双眼鏡があったんでなんとなく近づいてみる。と、どうも様子がおかしい。コインを入れるところがない。よくみるとなんとタダで見放題らしい!全体的に太っ腹だ。つっても見るもんなんて大してないのだが…しかし港にいる見られているなんて全く思ってなさそうなオッサン一方的に見るのには奇妙な快感があった。港にいるオッサン1を船の上からオッサン2が双眼鏡で覗く。いいね。いいか?よくないかも…

 桜島中心市から20分くらいで行けるわりに離島らしい趣があって大変よかった。道は水族館あたりよりさらに広く、なぜか三車線あるところすらあるのに車通りは少なくて、歩く人の姿もまばら。特に目的地なしに来たのでちょっと途方に暮れたが、グーグルマップを見ると少し歩いたところに足湯があるらしい。とりあえずそっちに向かって歩き出す。道路の隅のあちこち火山灰が溜まって黒いまだら模様ができていて、火山島に来たぞ!と思った。まあ地元の街にも灰は降るが…

 途中に巨大な駐車場ローソンがあって、なんだか逆に寄る辺ない感じがした。知らない土地に見慣れたものひとつだけあるとかえって寂しい。たしか入ってみたけど、中のことはあまり覚えていない…ってことは、まあ普通だったんだろう。水を買ったような気がする。

 国民宿舎なんてカッコいい名前建物の横を抜ける。ネコがたくさんいて、日差しを避けて木陰に集まっているのがいかものどかだった。

 足湯近郊は遊歩道になっているようだった。ザ・火山性って感じの黒くてゴツゴツした岩場、なんとなく見慣れない感じの植生、灰まみれの道。特に何があるというわけでもないが、目に入るものすべてがなんとなく普段目にするものと違う感じで楽しかった。

 歩いてる人はあまり多くなくて、足湯までに数組とすれ違っただけだった。人の少ない遊歩道は最高

 暑かった足湯には入った。火山らしさのある(?)濁った湯で、悪くなかった。対岸が見える鹿児島とはいえ海が見えるのもよかった。タオルを持ってなかったんでどうしようかと思ったが、サンダル履きだしよく晴れた夏の日の昼だったからすぐ乾いた。

 遊歩道を抜けようと思ってたんだけど、足湯を過ぎてちょっと歩いたところで通行止めになってたから泣く泣く帰った。

 遊歩道入り口あたりに戻る頃には昼時で、何か食おうと思って見回したり地図を見たりしながら帰ったんだけど、どうも気軽に入れそうな飯屋が見つからなかった。

 しかたないし本土に戻ってから食おうかなと思ってフェリー乗り場に戻ったところでいい感じのカフェーを見つけて、そこで「桜島マグマバーガー」なるものを食った。辛めの味付けの鶏肉がメインのバーガーで、まあまあうまかったが異常に熱くて口をやけどした覚えがある。外国人向けに英語で「噴火ににビビるな!」みたいな内容の張り紙がしてあって、食いながら興味深く読んだ覚えがある。

 それからフェリー本土に戻って、結局水族館にも寄って帰った。水族館もなかなか楽しかったが、子供の頃のほうが楽しめた気がした。

 桜島、最高!なんせ安い。ほとんど何もやってないのに妙に楽しめた。あんまり人がいない。非日常感がある。行きやすい。100点!

2020-07-20

クソデカ埼玉県こども動物自然公園

クソデカ埼玉県ビッグこども(見た目は大人)生きとし生ける者森羅万象公園で、いまこの瞬間クソデカクォッカのすごくでっかい赤ちゃん(ほぼ象)が降誕したらしい。この偉業を未来永劫残すため、フォトグラフィックメモリーを頼りにこのクソデカ動物園について三日三晩語り明かす。

クソデカこども動物自然公園はクソデカいなんてものではない。

クソデカゲートをありえない動きでくぐるとまずケンタウロスの超巨大なオブジェが見える。とりあえずそこがスタート地点と語り継がれているのでそこまでプライベートジェットで飛ぶ。が、思った以上にクソ遠い。三年の月日をかけてやっと着いたと思ったら、暗闇に包まれる。開幕、五感を奪われているのだ。

このクソデカこども動物自然公園はあらゆる道が広場。そして、なにもかもが存在しないので即座に五感を奪われる。ケンタウロスオブジェの先へ進むと、満漢全席のように東京都多摩動物公園が展示されていた。ここまでたぶん数百パーセク。ようやく宇宙の始まりを見た。

園のでっかい案内図を見る。敷地がめちゃクソデカくて笑いが止まら死ぬ。全面どころか裏表すべて#00ff00のマップに、1000年に一度思い出したように異形のアイコンが点々と表示されているありさまだ。異形アイコンが集中しているところは百万箇所ほどあって、それぞれイーストエンド・ノースエンドと呼ばれていた。まずイーストエンドを目指す。

案内図に内包されるコストコで焼かれすぎたそばだった炭を買って、食べ終わると同時にイーストエンドワープした。イーストエンド有袋類のものコアラ星では、コントロールルームはるか手前で頂上が雲に霞んで見えないユーカリの山が「56億7千万年に施されるユーカリです」というパネルと共に展示されていた。創英角ポップ体も相まって徐々に体を蝕んでいく。

カンガルーエリアへ行くと、ハイパークソデカ敷地のクソ高い柵に入った何億匹ものカンガルーを超えた生命体が次々と目に飛び込んでくる。しかし、なぜか「ここはカンガルーコーナーではない」というクソヤバい看板がそこには鎮座している。我はカンガルーだが?と首をぐるぐる回しながらすごい速さで先に進むと、脳内に直接投影されたのはさっきの柵の内側に入る超巨大な門だった。ええええええええ??!!?!!!!!!!!!?!!??????

なんと、この超絶クソデカ動物自然公園ではカンガルーと同じ夢の中、マジでほんとにぶっちゃけ何の隔たりもない王道を歩むことしかできないのである。超高性能レーダーを起動するとジャングルのありえないほど先にカンガルーが一つの国家形成しており、狂気に染まった奈良県みたいになっていた。人間カンガルーとその他全てのものを寸分たがわず同じ柵に永遠にブチ込みまくることのできるこの解脱、さすがクソデカ埼玉県こども動物自然公園である。懐も海。

次はノースエンドに向かう。ノースエンドには巨乳牛その他全ての巨乳生物がいる。けっこう次元を超えたと思った刹那巨乳牛まで180000000000km」というクソデカ看板が出てきまくって狂ったように笑って死んだ。#00ff00に一部の隙間もなく包囲されたメキシコマフィア坂を垂直に登攀する。数えきれない程の子ども達がはしゃぎまくって目に見えない程の速度で飛び回ったあと一瞬で全てを失って永遠に静止していたのが一生のトラウマになった。

気の遠くなるような年月を経てノースエンドにつくと、巨乳プレーリードッグ巨乳ミーアキャットなどをしゃぶりつくせるエリアに来る。巨乳ペンギン巨乳マヌルネコもいまくる。電子顕微鏡でも見えないくらい小さな巨乳ネズミ種を集めすぎてしまった展示館が無限存在する。ここまでクソデカい坂を垂直に登攀してきた偉業を讃えるように宇宙に一匹しかいない動物たちが1フレームに1匹現れるのである。ちなみに親の顔よりも見たはずのおどろきの純白フクロウをこのノースエンドでも見まくることができた。フクロウ補給ポイントが多すぎて感謝に打ち震え五体投地した。

ノースエンドからケンタウロスオブジェに戻るまでのクソ長い道では、カマキリ怪人と九州男児が戦っているのを2万箇所ぐらいで見た。バッタ改造人間と戦っているやつもいた。ニチアサか?あと道脇にデッカすぎるキノコがそびえ立っていたがこれは幻影。神話かに出てくるサイズのやつだ。このクソクソデカデカ動物クソクソクソデカデカデカ公園完膚なきまでに森で構成されてるので、草木や虫も無限可能性を秘めているのだ。

帰りのクソデカバス設計している間、曾々々々祖父母のトゲトゲ肩パット永遠に目覚めない子どもなどを信じられないくらい視姦しながらふと、このアルティメットクソデカ園はありとあらゆる子どもの数百本ある体力ゲージを限界を超えてすり潰すためにハチャメチャクソデカく作られているに違いないと確信した。神をも屠るパワーを持つ子どもでもここで半年遊ばせたら跡形もなく消滅するだろう。

ともあれ、クソヤバい子どもカモシカのような足で命を燃やして飛び回っても1000パーセント踏破できないこの超スケール、もしめちゃくちゃ小さい頃(胎児)に来ていたらとんでもなくありえない超大冒険スターライトステージに見えていたということに疑いの余地はない。クソデカ埼玉県に生まれる全ての生命が羨ましすぎて憤死した。

クソデカ埼玉こども動物自然公園はとにかく異常に偏執的にクソデカい。クソデカいゆえに夢がある。飽きすぎて無になるほどクソ緑を全身に浴びまくって、太陽の下でザックザクに揚がりすぎて鋭利刃物になったポテト屋台のものの焼きすぎそばすぎをドライすぎるゼロどころか虚数で流し込んで、動物動物動物動物動物動物動物動物動物の間と間と間と間をギッタンギッタングッチャグチャになるまで歩きまくりたすぎてそれ以外のことは何も考えられない日には、絶対に訪れろ。これは命令だ。

https://anond.hatelabo.jp/20200719175126

https://anond.hatelabo.jp/20200611125508

2020-07-19

埼玉県こども動物自然公園かいうクソデカ動物園の話

埼玉県こども動物自然公園で、今日クォッカ赤ちゃんが生まれたらしい。記念といってはなんだが、記憶を頼りにこのクソデカ動物園について語ろうと思う。

こども動物自然公園はクソデカい。

ゲートをくぐるとまず馬と人の小さなオブジェが見える。とりあえずそこがスタート地点のようなのでそこまで歩く。が、思った以上に遠い。やっと着いたと思ったら、件のオブジェがクソデカくそそり立っている。全然小さくない。開幕、遠近を狂わされているのだ。

このこども動物自然公園はあらゆる道が横に広い。そして、高い建物などがないので段々と距離感が掴めなくなっていく。人馬オブジェの先へ進むと、居酒屋お通しのようにぽんとヤギが展示されていた。ここまでたぶん数百メートル。ようやく初めての動物を見た。

園の案内図を見る。敷地がクソデカくてまず笑ってしまう。ほぼ全面緑のマップに、時々思い出したように動物アイコンが点々と表示されているありさまだ。動物アイコンが集中しているところは2箇所ほどあって、それぞれ東園・北園と呼ばれていた。まず東園を目指す。

案内図近くの売店焼きそばを買って、ちょうど食べ終わる頃に東園についた。東園有袋類が多い。コアラ舎では、飼育室の手前で山盛りのユーカリが「明日あたえるユーカリです」というパネルと共に展示されていた。フォントも相まってじわじわくる

カンガルーエリアへ行くと、クソデカ敷地の柵に入った何匹ものカンガルーを目にすることができた。しかし、なぜか「この先カンガルーコーナー」という看板がそこにはある。カンガルーなら今見ているが?と首を傾げながら先に進むと、現れたのはさっきの柵の内側に入る扉だった。え?????

なんと、このクソデカ動物自然公園ではカンガルーと同じ柵の中、マジで何の隔たりもない小道を歩くことができるのである。ふと見渡すと芝生のちょっと先にカンガルーが群れをなして立っており、バグった奈良公園みたいになっていた。人間カンガルーを同じ柵にブチ込むことのできるこの大らかさ、さすが埼玉県こども動物自然公園である。懐もクソデカい。

次は北園に向かう。北園には乳牛などがいる。けっこう歩いたと思ったタイミングで「乳牛まで180m」という看板が出てきて笑ってしまった。緑に囲まれちょっとやんちゃな坂を登る。近くの子どもがはしゃいで走ったあとすぐに体力を使い果たしてド低速になっていたのが印象深かった。

ようやく北園につくと、プレーリードッグミーアキャットなどが間近で見られるエリアに来る。ペンギンマヌルネコもいる。小さなネズミ種を集めた展示館などもある。ここまで坂を登ってきた健闘を讃えるように珍しい動物たちが次々現れるのである。ちなみに別のエリアで見たはずのシロフクロウをこの北園でも見ることができた。フクロウ補給ポイントが多くてありがたい。

北園から人馬オブジェに戻るまでの道では、カマキリ男児が戦っているのを2箇所ぐらいで見た。バッタと戦っているやつもいた。チャンピオンロードか?あと道脇にウソみたいにデッカいキノコが生えていた。漫画かに出てくるサイズのやつだ。このクソデカ動物クソデカ公園はほぼ森でできているので、草木や虫もバリエーション豊かなのだ

帰りのバスを待つまでの間、親の肩で寝ている子どもなどを見ながらふと、このクソデカ園は子どもの体力ゲージを限界まで削るためにクソデカく作られているのかもしれないなと思った。どんなに元気フルスロットルの子どもでもここで半日遊ばせたらクッタクタになるだろう。

ともあれ、子どもの足でどれだけ力一杯走っても簡単には踏破できないこのスケール、もし小さい頃に来ていたらとてつもない冒険舞台に見えていたかもしれない。埼玉県に生まれ子どもが羨ましい。

埼玉こども動物自然公園はとにかくクソデカい。クソデカいゆえに夢がある。飽きるほど緑を浴びて、太陽の下でザクザクに揚がったポテト屋台風の焼きそばドライゼロで流し込んで、動物動物の間をクッタクタになるまで歩きたくなった日には、ぜひ訪れてみてほしい。

2020-07-17

入り口付近で立ち止まらせる高等手段を前にアディダスの靴袋が入り口向かって斜め左に書類手紙関連はいつもネーム入り右横に張り付けられているそんな場所で模様替えは其れなりに激しいのだろうがトイレ付近にはオブジェが数点縦型トイレが壁に貼り付けられており天井からカモメがぶら下げられているウミネコかも知れ無い花瓶にはチューリップが刺さっていたそんなマクロ花道がある場所パフォーマンスとは言うまい演出していた3月のある日のある場所空間において満月ポンに似た何かを僕はさせられてしまい……置き土産トイレオブジェの下の床に『燃え尽きた地図』『野菊の墓他三辺』『ダロウェイ夫人』とメンディングテープと腰にぶら下げるための100均ファインズ)のカールコード式のなんとか……花瓶の位置が気に食わなかったので少し移動した……

2020-07-01

SF小説の表紙はなぜキャラ絵ばかりなのか問題について

論争の概要

 ・あるSF編集者自分担当したアンソロジー本(『日本SF臨界点』と『2010年代SF傑作選』)の表紙を掲載し、そのツイートが広くバズった。

 ・それを見てある読者が twitter で以下のような発言を行い、反響を呼んだ。


「なんでSF小説とかアンソロの表紙って漫画アニメ絵女の子ばっかなの?恥ずかしくて持ち歩けないんだけど。自らターゲット狭めてマーケット小さくしてる気がする。(中略)誰も彼も「売れるから」で思考停止している気がしてならない。」


それに対して当該編集者がfusseterで以下のような反論を行った。

・「女の子」に関して

 ・イラストレーターには『性別指定しない抽象的なキャラクター像』で発注したもので、『女の子』ではない,

 ・キャラクターであることそのものに対する違和感にしても、少なくとも現場ではそういうものにしようという意向ではなかった。


・「恥ずかしい」に関して。

 ・特に若年層ではキャラ絵が「恥ずかしい」と思う感性はあまりないはず。

 ・キャラ絵が想像力を狭めるということはなく、むしろ想像力喚起するもの


・表紙に対する意見について

 ・表紙を描くイラストレーターたちにも評判を気にして傷つくなどの感情はあるんだから、そういう人に届く危険認識したうえでSNSを使え。

 ・意見自体勝手にどうぞ


・「アニメ絵女の子ばかり」ということに関して

 ・事実として違う(SFマガジンの書評欄に見られる書籍の表紙を引き合いにだして)。


・今回の表紙の意図について

 ・なるべく広い読者層へリーチしてほしかった。


論点の整理と意見

二者間で応答された論点は以下のように要約される。

 1.なぜSF小説・アンソロの表紙はキャラ絵の女の子ばかりなのか

 2.キャラ絵表紙に対する「恥ずかしい」という個人的感情

 3.マーケティングとして、読者層を狭めてはいいか


1.は事実認識としては適当ではない。ただ、主観的不正確な感覚でも、その感覚が広範に共有されていればシーンに対する認識としては強度を持つ。

たとえば、読者の記憶に残りやすい「目立つ」コンテンツの表紙にアニメ絵率が高かった(ように思える)場合、多くのユーザーは「表紙にアニメ絵ばかり」という認識を持ち、関係するアクターやシーンの振る舞いもその認識に沿って動いていく可能性がある。


ハヤカワは伊藤計劃の『ハーモニー』『虐殺器官』の文庫化の際に、伊藤計劃作品アニメ映画キャラデザを務めたredjuiceを起用した。ちなみに表紙に、ではない。本をすっぽり覆うタイプのオビにイラストを反映させたのだ。実質的には「アニメ絵の表紙になった」とみなされても仕方がないし、事実そのように勘違いしている人も散見される。


シライユウコイラストレーションに対するファンダム記憶伊藤計劃百合SFと密接に結びついており、2010年代の「気分」を確実に決定づけていた。

シライユウコが表紙を描くこと」は他のイラストレーターキャラ絵寄りであれそうでないであれ)が担当するより確実にある種の指向性を帯びやすい。

どういう指向性か、と問われるとなかなか言語化しにくいが、このイラストレーター伊藤計劃の『ハーモニー』の単行本版の表紙を担当したこと、伴名練のデビューである少女禁区』の表紙を担当したことライトノベル作家短編が多く採られた『ゼロ年代SF傑作選』の表紙も担当し『2010年代SF傑作選』がその「再登板」でもあること、百合SFブームを決定づけた『SFマガジン』の百合SF特集号の表紙も担当していたこと、等々から鑑みて、「百合SF」に代表される近年のSF代表するイラストレーターとみなされうる、といったところだろうか。

もちろん、シライユウコ上記以外にも多くのすばらしい仕事を残している。ヤングの『時をとめた少女』など『2010年代SF傑作選』よりも「少女性」が強い絵も描く一方で、円城塔の『エピローグ』(単行本版)やヴァーリイの『逆行の夏』などのようなさほど「少女性」が目立たない絵もある。

しかし、世間でのイメージを決めるのは結局バズった仕事だ。

そうしたイラストレーターが表紙を担当することで、某評論家のいうように様々な出自トーンを持つ収録作のイメージを一つのカタにはめることになるのは否めない。それはイラストレーターの罪ではない。


日本SF臨界点』に関して言えば、伴名練が編纂するということで『なめらかな世界と、その敵』での「キャラ絵の人物がアップになっている表紙」が文脈的意識されているのだろう。

『なめらかな世界と、その敵』の収録作はジュブナイル的な色彩を帯びた作品が多く、表紙の選択はかぎりなくマッチしていたと思う。だがその文脈を発表年代も書き手バラバラアンソロに持ち込むのは(表紙を決めるのは編集者なので作家ではなく編集部として)作品群を「私物化」、あるいは領土化する行為として糾弾されてもしかたがない。


とはいえアンソロジー編集するのはひとつ創作活動でもある。DJのようなものだ。どんな作品を選ぶか、どんな順番で収録するか、といったことが作品個々の印象や読み味を大きく左右し、「一冊」のイメージを決める。その点で、表紙を「私物化」するのも表現の一部であるかもしれない。増田個人意識としてはアンソロの表紙もまた(アンソロ自体のコンセプトにもよるが)「私物化」されるべきと考える。

ハヤカワは伴名練という作家に過剰な文脈を背負わせすぎなきらいもあり、それはあまりよろしくないと感じるが、『日本SF臨界点』は伴名練の作品批評ひとつとして見なすべきではないか

アンソロ編纂するということはそのくらい暴力性を孕んだ行為なのだ。「埋もれた作品を発掘する」などといった無邪気な善性だけで成り立っているものではない。作品について一切指向性を持たせたくないのなら、表紙をつけず、amazon あたりで短編単位ひとつずつ売るしかない。


2.に関しては編集者の反応があまり噛み合っていない。「恥ずかしい」と感じることはどこまでも個人的感情なので、「若者には違和感がない」と反論してもあまり意味がない。発端となったツイートで「恥ずかしい」に続く文がマーケティングの話なので、マーケティングの話をされていると思ってもしょうがないというか、増田普通に読んでればそう取ると思うが。

また、編集者立場としてはイラストレーターを守りたい気持ちで「いや、恥ずかしくないんですよ」と反論したくなるのもわかる。表紙についての議論をすることに対してやや脅迫的ともとれる言辞をしているのも、そうした仲間を守りたい意識のあらわれだろう。その判断編集者として間違ってはいない。


ともあれ、その人が「恥ずかしい」と感じたならば「恥ずかしい」のは仕方がない。また、読者や作家にもそうした感覚共感する人々が一定存在するようなので、そうした心情を斟酌しないのはいかがなものかと思う。最低でも文面の上ではそうした消費者感情に向き合うふりくらいはしておくべきではなかったか

Twitterではよく「表紙が恥ずかしくて買えないとかガキか」という意見が目にされたが、そういうマウントの取り方もよくないと思う。


3.については(元の発言者は重要視していないとしているが)完璧に食い違っている。片方は「キャラ絵にすることでターゲットを狭める」と主張し、もう片方は「キャラ絵にすることでターゲットを広げる」と主張している。百合SFブームを仕掛け成功させたことや、この論争がそもそも2010年代傑作選』と『日本SF臨界点』が"バズった"結果生じたものであることを踏まえると、(編集者もまたマーケティングプロではないにしろ編集者側に理があるように思える。

SFというものキャラクター文化親和的なのだから、そっち方面から開拓の読者を拾った方がよいと判断するのは筋が通っている。「キャラ絵で買わない新規消費者」より「キャラ絵がついてることで買ってくれる新規消費者」ほうを多く見積もっているのだ。興味を持ってくれる読者層を有効開拓してこなかった業界の怠慢を一挙に巻き返そうとしている節はあるにしろ


ある一定の方向へ突出しすぎている表紙を出すことでそれ以外の読者を切り捨ててしま可能性はある。たとえば、ライトノベルの表紙絵はキャラ絵を好む読者以外へのリーチをハナから諦めている。キャラ絵を用いてる点では『臨界点』と変わらないが、よりパラメータがいわゆるオタク寄りに調整されている。最近スニーカー文庫ハルヒ角川文庫から再発されるにあたり、有名ないとうのいぢの表紙から実写を用いたいかにも一般向けの表紙へ切り替わったことがあった。これは「キャラ絵を切り捨てる層」への訴求を試みた例だろう。

ハルヒのメインターゲットであった層を掘り尽くしたので、本来ターゲットにしていなかった層も掘る余裕が出てきたのだ。メガヒット作ならではの展開といえるだろう。


キャラ絵を用いた表紙と、写真を用いた表紙。

間口を広く取れるのは後者だ。特定の層により訴えるのは前者だ。

どちらを取るかは出版社戦略次第だ。ハヤカワが大手より体力の低い中小出版社であることも考慮にいれるべきかもしれない。


だが、特定の層に訴えるマーケティングときにその層に含まれていないと感じた消費者への疎外感を生じさせる。そのことには出版社自覚的であるべきだろう


より個人的感想

個人的感想をいえば、シライユウコ絵が「マンガアニメ的絵」だという意識はあまりなかった。林静一から中村祐介に至るイラストレーター系譜(もちろん彼らにくらべたらややまんが的ではある)に連なるような存在として認知していた。

臨界点』のイラストもそこまでキャラ絵として意識していなかった。「恥ずかしい」と感じられるキャラ絵とは、それこそライトノベルの表紙絵くらいのレベルだと思っていたのだ。

たとえば、『臨界点』がライトノベル的な表紙であったら、増田も「切り捨てられた」と感じたことだろう(それはそれとして本を買いはする)。

こんなことを萌え絵に対して不感症になっている典型的日本人の謗りを受けそうであるし、実際そういう面も否めないのだろう。増田はよくTwitterで論争になる公共の場所で広告に使われる萌え絵について「恥ずかしいだろ」と(その是非とは別のレイヤーで)思ってしまう人だ。本当に「恥ずかしさ」の基準はひとそれぞれだなと思う。

今回話題になった表紙が即女性に対するオブジェティフィケーションにつながるとは思わない。

一方で、キャラ絵を用いたSF小説の表紙が女性という表象にまったく何も背負わせていないとも思わない。本人たちが意図するしないにかかわらず、文脈的には「百合SFムーブメントを作り上げた編集者」が、「伊藤計劃百合SFSFマガジンの百合特集号の表紙を描き、百合イメージが強いイラストレーター」や「百合SFムーブメントの一翼を担った新進作家」と作ったものなのだ。人はそこに「少女」を見る。その「少女」は私たちの築き上げてきた「少女」のイメージを背負っている。そこに無自覚はいられない。

私たちはどのレベルの「恥ずかしさ」で合意するのか。SFという貧しく狭い領域マーケティングコンプライアンスをどう天秤にかけていくのか。

今はまだ問いの出ない問題だ。作家しろ編集者しろ読者にしろ、一個人ではどうにもならない問題でもある。

だが、他人の感じる「恥ずかしさ」を「時代遅れ」と切り捨てることなく、あるいは読者同士で向き合うことで、ある方向へ流れていけるかもしれない。そこから先は、未来の話だ。作家たちの語るべき領域だ。


余談。あるミステリ作家が「消費者意見に対して真剣に向き合わず、味方を囲い込んでる」と例の編集者にキレてブロックしたことについて。むしろ、fusseterの文面ではTwitterでの論争の不毛さに触れているように、犬笛にならないように注意を払っているように感じた。よくやるように擁護ツイートRT連発みたいな行為にも走っていないし。

個々のフォロワーたちが発言したり群れたりするのは止められないだろうし、それを「味方を囲い込んでる」ように見えたとすれば、多分に先入観が強い。

意見に向き合え」というのはその通りだと思う。本人がおそらく可能な限り真摯に向き合っているつもりなのはfusseterで重ねられるエクスキューズからも読み取れるが、だとしても人はどこかで何かから目を逸らしてしまものだ。当事者になればなるほど防衛機制は強まる。ただ例の編集者自分に対して意見を言ってくる人を尽く敵と見做して戦争しかけるタイプには見えないし、あの作家の言うことなら無碍にはしないはずなので、ブロックする前に意見交換を行なって互いの認知を均したほうが幾分有益であったはずだ。

この問題については意見を出してる作家業界関係者でさえ恐る恐るというか、批判しろ擁護しろ通り一辺倒のことしか言っていない印象がある。

その穏当さが党派的な対立を強めていはしないか業界トピックとして捉えるなら、公の場で作家同士でもっと突っ込んだ話し合いを行うべきではないのか。

2020-06-15

環境共創イニシアチブ

架空共生層プレノードオブジェクタを思い出したが、そんなに名前が似ているわけでもないな

2020-06-03

anond:20200603122919

それはそうなんだが。まさに今、10万円を配っているがいまいちパッとしないだろう。10億円を配っても田舎駅前オブジェが少し大きくなるだけかもしれない。

金額問題ではなく、やはり一般市民地方自治体には予算有意義に使う政策を考える体格も体力もないのでは?これが言いたい。

anond:20200603105305

スケールメリットがあるからねえ。各自治体に全額回すのは難しいんじゃないの。地方都市駅前ありがちな、2億円のでっかいオブジェが増えて終わりになりそう。

2020-04-13

crew2を週末無料プレイ遊んだんだけど。。。

本当に最高で最悪だわ、このゲーム

 

詳細は他の人がさんざんレビューしてるから、俺は感情的な面を書いてみる。というか書かずにはいられない。

 

例えるなら、幻の食材で最高の料理を作ったあとに、偉い人がうんこで作ったオブジェを飾りとしてのっけたような感じ。

その食材は幻すぎて、人類はもう二度と手に入れる事ができない、まで言ったら言い過ぎか?でも気分はこれ。

 

そのうんこをよけて食べようとするんだけど、どうしても取りきれず、どこを食べようがうんこの破片が口に入ってくる、そんな感じ。

 

実はcrew2の発売時にも無料プレイ期間があって、その時も遊んだんだけど、あの時はゲームはやらずにひたすらドライブしてただけだったので、ダメージは少なかった。

それでもイライラした事は覚えてたけど、それ以上にドライブ体験が良かったので、比較ダメージは少なかった。

その後買うかどうか迷ったまま現在に至るという感じ。

それで今回のフリープレイちゃんと見極めようと思ってゲーム部分を遊んでみたら、上記感想になった。

 

ここまで読んだ人は「そこまで言うならプレイせずに無視すりゃ良いじゃん」と思うだろう。無料で遊んでて文句を言うな、とかも言われそう。

しかしだ、このゲームは俺の中で唯一無二なんだよね。

フォルツァホライゾンとかも持ってるけど、あのぐらいのマップの広さだとすぐに飽きてしまう。

GTA5はマップの広さはマシだけど、車の挙動がクソ過ぎて嫌だし。

そういう意味ではcrew1は最高だった。なんならいまだに遊んでる。

でもさすがに古くてグラがしょぼく感じる。

からcrew2には期待してたんだけど、こんなデキなわけで、とにかく悲しい。

 

このゲームマップを作った人や、建物乗り物などのモデルを作った人は本当に苦労したと思う。彼らの努力1%でも、ゲームデザインに向けてくれていたら、こんな状態にはなってないだろう。

 

このゲームデザインした奴は本当に猛省して欲しい。というかクビになって欲しい。いやそれでは生ぬるい。会社から損害賠償請求されてて立ち直れないぐらいのダメージを受けていて欲しい。

ゲームデザイン以外でこのゲームにかかわった人全ての努力台無しにしている。

もしこのデザイナー批判に耐えかねて鬱病になって自殺してても、同情できないぐらいにはムカついている。普通に給料をもらって普通に働いてて欲しくない。

 

レース部分をプレイしてる時間は常にこのゲームデザイナーに対する罵詈雑言思考が埋まってしまい集中できない。

というか、このゲームレース部分を遊んでおいて疑問を感じない人ってどうかしてると思う。

そのぐらい酷い。もしかしたらユーザーの事を馬鹿にしてるのか、嫌いなのか、なんらかの悪意のもとに作ったのでは?と邪推したくなるレベル

 

なんせ長時間レースでも、途中でやり直せないからね。序盤でミスったらテンション爆サゲのままゴールまで無駄で退屈な時間を浪費する必要がある。

しかも車の挙動が大味だからテクニックとか不要。つまり何度も練習する意味が全くない中、何度も周回させられる感じ。

 

あと例えばジャングルコースだと、複雑に生い茂った木の配置を覚えるなんて不可能なので、それにひっかかるかどうかなんて運。

そして、こうしたひっかかる系のミスが多発するようなコースが物凄く多くて、イライラは最高潮に達する。

 

さらに敵車はプレイヤーが速いと速くなるし遅いと遅くなるので、長いレースの序盤や中盤には害悪以外に何の意味もなくて、終盤の運ゲーでうまくいくかどうか、というだけになってしまっている。

(これだけだと序盤でミスってもチャンスはあるように読めるかもしれないが、ひっかかる系のミスは致命的なので敵車が少し遅くなるぐらいでは挽回できない)

 

この苦行のようなクソゲークリアしないと欲しい車や要素がアンロックされない。

そしてこのクソの量が半端ない。クソを作るのにもかなりの労力を使ってるのが察せられ、その想像がまたイライラを煽ってくる。考えたらダメなのだろう。俺には瞑想必要らしい。

 

さんざん他の人にも言われてるけど、これなら最初から全ての要素がアンロックされてて、レース部分を全くプレイしなくても好きな車でドライブできた方が数倍良い。

わざわざ苦労してゲームの魅力を台無しにしてるのがもう、もったいなさ過ぎて腹が立つ。

 

単なるクソゲーならどうでも良いんだよ。惜しいんだよね、本当に。凡人レベルゲームデザイナー仕事をしてくれていたら、最高のゲームになってたと思えるぐらいには素材が良い。

 

あとUIもクソ。イライラしながらゲームを終了しようとすると、終了する方法わからんの。

普通ポーズボタンメニューを開けば、終了って項目あるじゃん

いや、あるんだよ。終了って文字は。Bで終了ってあるの。つまりメニューが終わってゲームに戻るの。

いやいや、こちとらゲームを終了したいんだよ。

結局ググったよね。数年前の無料プレイの時もわからずにググったのを思い出したよ。

crew2って検索窓に入れたら「終了方法」ってサジェストされたのは笑えた。みんな初見ではわからないみたいね

正解はYボタンで謎のメニューを呼び出して、そこから終了を選択する。

Yボタンで呼び出すメニューなんて普通にレースドライブをしてたら1度もお目にかからいからね。「そういえば終了はあそこにあったな」という状態が起きない。

こういう部分からして、もうセンスの無さが匂い立ってるよ。

 

なぜこのゲームがこんな事になっているのか、誰か解説してくれないかな?

予算問題じゃないと思うんだよね。

例えばAかBか選べて、どちらも同じ予算で作れるけど、明らかにBはクソって時に、あえてBを選んでるような、そんな感じに思える。悪意なしにそんな事になるとはとても思えない。

 

この文章自体うんこだと思うけど、このうんこを直接ゲームデザイナーにぶつける為だけにゲームを買ってレビュー投稿したい衝動かられてる。

2020-04-11

crew2が週末無料プレイできるんだが。。。

本当に最高で最悪だわ、このゲーム

 

詳細は他の人がさんざんレビューしてるから、俺は感情的な面を書いてみる。

 

例えるなら、幻の食材で最高の料理を作ったあとに、偉い人がうんこで作ったオブジェを飾りとしてのっけたような感じ。

その食材は幻すぎて、人類はもう二度と手に入れる事ができない、まで言ったら言い過ぎか?でも気分はこれ。

 

そのうんこをよけて食べようとするんだけど、どうしても取りきれず、どこを食べようがうんこの破片が口に入ってくる、そんな感じ。

 

実はcrew2の発売時にも無料プレイ期間があって、その時も遊んだんだけど、あの時はゲームはやらずにひたすらドライブしてただけだったので、ダメージは少なかった。

それでもイライラした事は覚えてたけど、それ以上にドライブ体験が良かったので、比較ダメージは少なかった。

その後買うかどうか迷ったまま現在に至るという感じ。

それで今回のフリープレイちゃんと見極めようと思ってゲーム部分を遊んでみたら、上記感想になった。

 

ここまで読んだ人は「そこまで言うならプレイせずに無視すりゃ良いじゃん」と思うだろう。無料で遊んでて文句を言うな、とかも言われそう。

しかしだ、このゲームは俺の中で唯一無二なんだよね。

フォルツァホライゾンとかも持ってるけど、あのぐらいのマップの広さだとすぐに飽きてしまう。

GTA5はマップの広さはマシだけど、車の挙動がクソ過ぎて嫌だし。

そういう意味ではcrew1は最高だった。なんならいまだに遊んでる。

でもさすがに古くてグラがしょぼく感じる。

からcrew2には期待してたんだけど、こんなデキなわけで、とにかく悲しい。

 

このゲームマップを作った人や、建物乗り物などのモデルを作った人は本当に苦労したと思う。彼らの努力1%でも、ゲームデザインに向けてくれていたら、こんな状態にはなってないだろう。

 

このゲームデザインした奴は本当に猛省して欲しい。というかクビになって欲しい。いやそれでは生ぬるい。会社から損害賠償請求されてて立ち直れないぐらいのダメージを受けていて欲しい。

ゲームデザイン以外でこのゲームにかかわった人全ての努力台無しにしている。

もしこのデザイナー批判に耐えかねて鬱病になって自殺してても、同情できないぐらいにはムカついている。普通に給料をもらって普通に働いてて欲しくない。

 

レース部分をプレイしてる時間は常にこのゲームデザイナーに対する罵詈雑言思考が埋まってしまい集中できない。

というか、このゲームレース部分を遊んでおいて疑問を感じない人ってどうかしてると思う。

そのぐらい酷い。もしかしたらユーザーの事を馬鹿にしてるのか、嫌いなのか、なんらかの悪意のもとに作ったのでは?と邪推したくなるレベル

 

なんせ長時間レースでも、途中でやり直せないからね。序盤でミスったらテンション爆サゲのままゴールまで無駄で退屈な時間を浪費する必要がある。

しかも車の挙動が大味だからテクニックとか不要。つまり何度も練習する意味が全くない中、何度も周回させられる感じ。

 

あと例えばジャングルコースだと、複雑に生い茂った木の配置を覚えるなんて不可能なので、それにひっかかるかどうかなんて運。

そして、こうしたひっかかる系のミスが多発するようなコースが物凄く多くて、イライラは最高潮に達する。

 

さらに敵車はプレイヤーが速いと速くなるし遅いと遅くなるので、長いレースの序盤や中盤には害悪以外に何の意味もなくて、終盤の運ゲーでうまくいくかどうか、というだけになってしまっている。

(これだけだと序盤でミスってもチャンスはあるように読めるかもしれないが、ひっかかる系のミスは致命的なので敵車が少し遅くなるぐらいでは挽回できない)

 

この苦行のようなクソゲークリアしないと欲しい車や要素がアンロックされない。

そしてこのクソの量が半端ない。クソを作るのにもかなりの労力を使ってるのが察せられ、その想像がまたイライラを煽ってくる。考えたらダメなのだろう。俺には瞑想必要らしい。

 

さんざん他の人にも言われてるけど、これなら最初から全ての要素がアンロックされてて、レース部分を全くプレイしなくても好きな車でドライブできた方が数倍良い。

わざわざ苦労してゲームの魅力を台無しにしてるのがもう、もったいなさ過ぎて腹が立つ。

 

単なるクソゲーならどうでも良いんだよ。惜しいんだよね、本当に。凡人レベルゲームデザイナー仕事をしてくれていたら、最高のゲームになってたと思えるぐらいには素材が良い。

 

あとUIもクソ。イライラしながらゲームを終了しようとすると、終了する方法わからんの。

普通ポーズボタンメニューを開けば、終了って項目あるじゃん

いや、あるんだよ。終了って文字は。Bで終了ってあるの。つまりメニューが終わってゲームに戻るの。

いやいや、こちとらゲームを終了したいんだよ。

結局ググったよね。数年前の無料プレイの時もわからずにググったのを思い出したよ。

crew2って検索窓に入れたら「終了方法」ってサジェストされたのは笑えた。みんな初見ではわからないみたいね

正解はYボタンで謎のメニューを呼び出して、そこから終了を選択する。

Yボタンで呼び出すメニューなんて普通にレースドライブをしてたら1度もお目にかからいからね。「そういえば終了はあそこにあったな」という状態が起きない。

こういう部分からして、もうセンスの無さが匂い立ってるよ。

 

なぜこのゲームがこんな事になっているのか、誰か解説してくれないかな?

予算問題じゃないと思うんだよね。

例えばAかBか選べて、どちらも同じ予算で作れるけど、明らかにBはクソって時に、あえてBを選んでるような、そんな感じに思える。悪意なしにそんな事になるとはとても思えない。

 

この文章自体うんこだと思うけど、このうんこを直接ゲームデザイナーにぶつける為だけにゲームを買ってレビュー投稿したい衝動かられてる。

2020-03-05

anond:20200305061410

バブル期珍妙オブジェとかポストモダン建築とかけっこう流行ったんだよ

ただ単に「金がなくなって"あえて"変なもの出資してくれる奴がいなくなった」

というミもフタもない状態可能

2020-01-03

anond:20200103151546

嫌いでも好きでもない。

 

上の「女は美人女優に反感を持ったり嫉妬したりするもの」と同じ思いこみだね。

問題は男から性的オブジェとして、性的オブジェとしてのみ「扱われすぎる」こと。

うぜえ。

2020-01-01

フェイク橙を許すな

フェイ美空ひばり話題ホテントリしてるが。

鏡餅フェイク橙(だいだい)が見過ごされてるのに納得いかない。

鏡餅プラスチック容器に餅が充填された上下一体パックだったり、鏡餅の形したプラ容器に角餅や丸餅が入ってたりと

包装形態は変われど、そこに餅は存在してる。

だったら鏡餅のセットに入ってるプラスチック製の橙、あれもパカッと開けば中に橙の味のゼリーくらい入ってても良くない?

なぜ単なるプラ製のオブジェなのか?

フェイク橙の蔓延によって需要が減少するダイダイ農家は抗議の声を上げるべきではなかろうか。

2019-09-27

例の件

今までほとんどザルな審査でゲットできてた数千万~数億円の助成金が止められた、あるいは次から簡単にもらえなくなるかもしれなくなったから騒いでるだけでしょ。

今でもコンビニ低俗雑誌には総理大臣への罵詈雑言誹謗中傷は乱舞してるけど、誰も気にしてないじゃん。あの雑誌編集長だかが逮捕されたことあったっけ?

あと、日頃うるさい連中もさ「あんなわけわからんオブジェのために何億も出すくらいなら大学助成金増やせよ!」とかこういう時に限って全然言わないの、分かりやすすぎて非常に良し(笑

2019-09-18

なんでポケGo民度が異様に低いのかわかった

サブ垢が禁止されているのに、LINEグループはいい年したオッサンズがサブ垢フレンドを拵えている。

時に位置偽装で参加する人もいる。

ポケストを偽造したり、自分の家半径5kmを公園にする人もいる。

ポケストの偽造ってのは、ないはずのオブジェを設置したり、写真ごまかしたりするやつね。

しかも誰もそれをとがめない。でもなぜか垢の売買は嫌うんだよね。

ずっと不思議だった。禁止されている行為を繰り返すおじさん達の心情が。

で、よくわからないんだけど今日自身がわかったのは、なんで複垢がだめなんだってこと。

自身禁止されている理由を考えていなかったことに愕然としたんだけど、まとめるとこうだ。




オッサンズはポケGO位置情報ゲームだってことを理解していないんだなって思った。というかポケGoはそういうことをあまり意識しないように作られているらしい。俺自身も、単に規約違反からだめと思い込んでいたけど、理由を考えたら意外とすんなり理解できた。


こういうことを理解せずに位置ゲーするから規約違反簡単に超えちゃうし、民度が異様に低い連中だけが残るんだってわかる。普通ゲームとは大分違うね。

2019-08-20

[] #77-2「コラえて地獄

≪ 前

その後 何とか案内を引き受けてもらう

マスダくん:近場で紹介するんだったら ここかな

まず やってきたのは駅から直通の「アルブス・オーク」というオフィスビル

1階から3階は一般人向きのショッピングモールとなっている

――名前の由来とかはあるのかな?

マスダくん:ファンタジー物とかで出てくるオークからじゃないの? アルブスはよく分かんないけど

ミミセンくん:オークは植物の種類で アルブスはラテン語で“白”って意味 つまり白いオークの木をイメージしてるんだろうね

――へえー よく知ってるね

ミミセンくん:いや、入り口の案内板に書いてあったし

実際 辺りを見回してみると オフィスビルにしては随分と植物が多い

無機物の塊に融和している様は何とも不思議光景

タオナケちゃん名前は分かったけど、白いオークの木をイメージしたなら ビル自体も白くすれば良かったのに

マスダくん:それに何でアルブスとか ラテン語から引っ張ってきたんだ

ミミセンくん:さあ それは案内板にも書いてないね

タオナケちゃん:私の推測だけど 作った人はそこまで考えてないのよ

地元の子から やたらと粗探しをされるアルブス・オーク

――えーと あのオブジェは何かな?

シロクロさん:知らん! 知ったところでどうする!

ミミセンくん:そういえば よく分からいねアレ

タオナケちゃん:私も分かんないけど そもそもからないことの方が多くない? ああいうのって

マスダくん:まあ 確かに

結局 謎のままにされるオブジェ


アルブス・オーク内を回っていると 丁度お昼の時間

――そろそろ お腹が減ってきたね どこか美味い店ない?

ミミセンくん:それはあなたの好みにもよるし その時々によって食べたいものも変わってくるでしょ

マスダくん:オッサン そういう投げやりな質問しか出来ないわけ?

――えーと……じゃあ 君たちがよく利用する店はどこかな

タオナケちゃん:私 逆に聞きたいんだけど それは“この建物内にある店”って意味

――えー そうです……

マスダくん:だったら「初めての調理場」かな

ミミセンくん:ハンバーガーはもちろん サンドイッチパスタを取り扱っているのがいいよね

タオナケちゃん:私もよくいくけど ハンバーガーなら押忍バーガーのほうがいいわよ

マスダくん:そうかあ

――あの それって チェーン店だよ ね

マスダくん:は? チェーン店の何がダメなんだ

ミミセンくん:下手な自営業やってるとこより 企業努力のほうが遥かに強いよ

――観光で来たんだから どうせなら地元ならではの店がいいかな~って

ミミセンくん:そういうことは最初に言っておいてくれませんか

タオナケちゃん:さっきも言ったけど 後になってから条件を追加したりアレコレ言うのやめてくれない?

マスダくん:ほらな 雑な質問するから こういうことになるんだよオッサン

――はい……以後 気をつけま

次 ≫

2019-08-09

anond:20190809215631

ウヨクが、外国人ヘイトオブジェを作って展示会をやって「美術品でございます」とか言っても絶対許されないのにな。

サヨク日本人ヘイトなら擁護する人間が大量にいるっていう。

2019-08-05

表現不自由

https://blogos.com/article/395581/

ただし、寿司屋で炙りサーモンするときカセットバーナーで、昭和天皇写真を焼いていき、最後燃え尽きて灰になった写真を足で踏みつける表現過激


映像を見終わって奥に進むと、反米、反基地反ヘイト憲法9条慰安婦のおばあさんの写真慰安婦像、裁判になってる群馬県朝鮮人強制連行追悼碑のオブジェなどがズラリ。一番スペースを使っているのが朝鮮人強制連行追悼碑で、次が慰安婦関連。



どんな考えの人間が何を考えて展示したかバレバレじゃねーか

2019-08-04

anond:20190804141553

こんなクソみたいなオブジェ税金使われてんのが国民感情として嫌なだけだよ

表現の自由云々言うなら有志で金出して勝手に展示してろって話

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