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はてなキーワード: コミニュケーションとは

2018-11-12

anond:20181112065233

よしっでいいんじゃね?

秒速コミニュケーションからあっちも慣れとる

2018-10-31

教授に良く怒られるなあ

プライドが高い卑怯者」とか「小さな頭でコソコソ考えて人に迷惑をかける」「人とコミニュケーションが取れない」とか、ゆとり世代にはきついわ

言われてんの俺だけなんかな?

みんな教授が怒るのは生徒の為だと言ってるけどほんとかな?

進捗管理もせずに学生放置飲み会でも他人に御構い無しで自分の好きな事をずっと話している、学科全体の修論発表直前になって焦って学生指導しだす

教授ブーメランな気するなあ

2018-10-24

anond:20181024184922

コミニュケーションに悪意の有無とかいう便利な判定基準なんて存在しないです。

善意の有無はあるんですか?

善意で吐かれる嘘の方がよっぽど人を傷付けそうですが

自分で「これは本当だろうか?」と問いを設定してググって深掘りしたり、裏返しの反対意見も見てみたり。

個人間のコミニュケーションで吐かれる些細な嘘の答がネット上に転がっているんでしょうか

反対意見がある時点でそれは既に嘘or真実の二択ではない気がしま

あと先程から貴方が仰る『プロ相談』てのもよく理解出来ません

貴方コミニュケーションプロとお見受けしますが、そこまで『嘘』を庇う理由は何でしょうか?

嘘を吐いて、「優しい嘘だから」「相手のためを思っての嘘だから」とおためごかしに終始し、責任から逃れる人々に悪意がないとする理由は?

嘘も方便』なんてのはその言葉自体方便なんじゃないかと思うんですけどね

2018-10-14

【3】2018秋、ベトナムホーチミン

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anond:20181013224340





Day 2



2日目 アリゾナ州立大


自律神経をやっていようと、そうでなかろうと、旅行で眠れないのはいもの事だが、処方された睡眠導入剤を飲んでも5時間足らずしか眠れないとなると、この体質は筋金入りだ。

自然に目が覚めたのは6:45。

予定ではあと2時間まり寝る筈だった。

二度寝を決め込もうとしても、ちょっとウトウトするだけで、眠気は「こんにちは」してくれそうもないので、あきらめて起きることにした。

眠気はどうあっても俺に「おはよう」と言いたいらしい。


睡眠不足ホテルパーソンへのコミニュケーションハードルを前に少し逡巡したが、おそらく一番ストレスが少ない形で美味いものが食える可能性が高い、ホテルの朝食をとることにした。

朝食会場に向かう途中、外を見ると、強い日差しの向こうで噴水が上がっていて、これぞ南国の午前という感じだ。

ホテルの朝食はビュッフェスタイル

シャンデリアの下がる大広間コーヒーサーブされて、料理を物色するというのは朝から優雅ものだ。

ホーチミンフランス植民地時代からアメリカ傀儡政権時代まで首都を置かれた地で、パン食の文化がある。

果たしてビュッフェにもバゲットチーズレバーパテがあり、これは行くしかない。

他にも当然アジアスタイル炊き込みご飯カレーライスヌードル、揚げ春巻きもあって、洋越折中といった雰囲気だ。

気になるものを片っ端から盛り付けて、テーブルに運ぶ。

どれも美味いが、カレー(多分)が出色だ。

さっぱりして、辛すぎないマイルドな味わいだが、スパイス香りが口の中に拡がって抜ける。

席の背後をチラッと見ると、「Sweet TOFU」の文字と壺。

TOFU?」とホテルパーソンに声をかけられて、首を横に振ったが、やはり気になる。

結局サーブしてもらうことにした。

甘い豆腐。予想通り豆花だった。

しかし、台湾のそれと違って暖かく、ココナッツフレーバー生姜蜜がかかっている。

美味い。

洋越のオードブル中華式の豆花、コーヒー2杯。

これだけ食って自律神経失調症も無いもんだと言われそう。

大変満足した。

あの日差しを浴びたい。ポーチに気休めの安定剤を詰め込んで、食後の散歩に出ることにした。


ホテルを出ると、ホーチミンの熱気は午前から強烈だ。

行く当てのない散歩だけど、とりあえずベンタイン市場を経由してサイゴン川を目指そう。


相変わらず交通事情は凄まじい。

よく見ると現地の人だけでなく、観光客と思しき欧米人対応力も凄い。

スクーターの波を見切ってスイスイ渡って行く。

バイクを見切って躱す」のはこの街で必須スキルなので、嫌でも身につくらしい。

昨日と違う事と言えば、バイクライダーのオッチャンに頻りに声をかけられる事。

迂闊に乗ったら多分ヤバイやつ。

「Ser , Go work.」笑顔で固辞して先を急ぐ。というフリでプラプラ歩く。


ホテルの目の前の公園で談笑していた少年たちに許可を貰って一枚。

リーダーか、英語ができるかする少年に何か話しかけられたが、意味はわからない。

でも敵意はないのは伝わったようだ。

ひょっとしてベトナム人じゃないのかな。まあいいか

「3、2、1、shoot!」少年少女は笑顔をくれた。


しばらく歩くとベンタイン市場に到着した。

体育館の様な大型のアーケードの下に、色取り取りの生地雑貨飲食店

夕食はここにしようかな?

自律神経が働いた悪さなのか、旅行の緊張なのか、食べ物匂いがまだ辛い。

ここでも頻りに声を掛けられるが「ハハハ」と笑いながら素通り。

少し市場を見物してアーケードを出た。


10:00。

しばらく歩き、気になる建物に近づくと、どうやら学校らしい。

門に近づくと、移動屋台が門から出る学生達を吸い寄せている。

日本以外のアジアは大体が外食文化で、例えば台湾などでは学生は校門前に陣取る屋台で朝食や昼食を買って教室で食うらしい。

多分ベトナムも同じなんだろう。

周りを見れば、学校の向かいに軒を並べる露店で固まって食を取っている学生も多い。

興味深い光景写真に収めようとしていると

○×○×!」

ドン

学生の徐行したスクーターに軽く追突された。

気をつけていたが、思わぬ形でプチ交通事故にあってしまった。

これで俺もベトナム旅行者として一人前だ。


飲料水を買おうとしてファミマに入ると、そこでも学生食事を摂っている。

ファミマにイートインスペースがあるのはアジア共通らしい。

それにしても男子ばっかりだ。

青い揃いの制服のせいか男子学生達は一様に小綺麗で、教育程度も高そうな印象を受ける。

一旦学校前を離れて、日本で言うところの伊勢丹、いやもっと格上の三越のような存在百貨店サイゴンセンターを物色した後、1時間程で戻ると、男子達はまだ周囲の露店で食ってる。

こいつら引っ切り無しに食ってるな、なんだったら今が本番かも知れない。

モリモリ食う姿は、アジアの元気を象徴してるように見えた。

暑さもキツくなってきた、先を急ごう。取り敢えず川が見たい。

学校前を離れる時に、校舎の壁に学校名のエンブレムを見つけた。

ARIZONA STATE UNIVERSITY

直訳すると「アリゾナ州立大学」

なぜアリゾナ州立大学がホーチミンにあるのかは分からなかった。


相変わらずの躱しゲーを繰り返しながら辿り着いたサイゴン川は、隅田川よりもっと広く、澱んでいた。

茹だるような暑さ・湿気と澱んだ川はある意味ベストマッチだ。

薄々勘付いていたのだが、自分はまあまあな晴れ男であり、観光やここぞと言うときに雨に当たられる事は少ない。

10月初頭のホーチミンはまだ雨期のはずだが、それでさえもこの有様だ。

自律神経の不調も憂鬱な気分も、事、天気に関しては影響しないらしい。

願わくばその運をもうちょっと別の事にも回して欲しいくらいだ。

雨のホーチミンで、お茶でも飲みながら茫然とするというビジョンはひとまず実現せず、現実には炎天下の橋の上でこの旅行記を書いている。

何はともあれ、この時間でやりたい事はやった。

ホテルに戻ろう。シャワーが浴びたい。


ホテルに戻ってシャワーを浴びてから、気になって例の学校について調べると、やはりというか、アリゾナ州立大学ではなく、カオタン テクニカルカレッジというらしく、機械電子に関する工業高校しかった。

そりゃ道理で男ばっかりな訳だ。

学校の程度はわからないものの、自作で車を作るイベントがあったり、インテル提携して人材開発を行なっているらしかったり、そこそこ優秀な雰囲気を感じる。

ここは工業化近代化真っ最中ベトナムだ、生徒といえば荒っぽい男の子達ばかりと相場が決まっている日本工業高校と同じ感覚では考えられないのかも知れない。

多分、アリゾナ州立大学ともなんらかの提携を結んでいるのだろう。


【4】2018秋、ベトナム、ホーチミン Day 2|バインミー、タピオカ、シャツ へ >>

2018-10-13

【1】2018秋、ベトナムホーチミン

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anond:20181013111225





Day 1



1日目 成田ベトナムの翼、タンソンニャット


羽田深夜便だった前2回の旅行と違い、今回は成田発で、昼出発。

しかもややメンタルに不調を抱えているとあって、余裕を持った出発を心掛けたかったが、時間勘違いして、ギリギリ成田エクスプレスに駆け込み、その上方向を間違えて折り返すという失態を演じてしまった。

南国ホーチミンに行く前に国内でもう汗ダクだ。

肝心な時には何かバタバタする傾向がある自分なので、「またやってしまったー」と思ったが、どうやらチェックインには間に合いそうで、成田エクスプレスの車窓から畑を眺めながら、「この旅行に行って何になるんだろう」と愚にもつかない事を考えた。

別に何が起こるわけではない。

ただ若いからずっとボンヤリあった心象風景、雨のベトナムで川を眺めながらお茶料理を食べる、その画をこの目で見て来るのだ。

メンタル不調なんて、ボンヤリするのに格好の舞台装置じゃないか


前回の香港旅行では、事前に広東語フレーズをいくつか覚えて行ったが、「話せるものの聞き取れない」という致命的な見落としがあり、結局中学校時台成績2の片言にもほどがある英語と、メモによる筆談で乗り切ることになった。

ベトナム語も広東語と同じ声調言語(音の高低と発音意味が決定する言語)であり、しかもその声調というのが「コブシを効かせるようにいちど下げて上げる」「波のようにうねって上げ下げして上げる」という難解極まるモノで、もう「ありがとう」「これください」「トイレはどこですか」以外のコミニュケーションは投げている。

今回も筆談翻訳機とGoogle mapが頼りだ。


今回搭乗したベトナム航空は、ベトナムフラッグシップのようで、エコノミークラスといえど、タイガーエア台湾香港エクスプレスとはモノが違う。もちろんTGATやHKEXが悪いって訳じゃないけど、地上職員日本語ができるし、機材も大型で安定していて、シートには枕やブランケットが用意され、機内食も出る。

さらに、シートにはモニターが設置されていて、映画その他も見られる。

海外に行くときはその地のポップカルチャーを予習して行きたいのだが(香港前に発見したアガサ・コンは最高だった)、ベトナムはまだYoutubeでの情報が少なく、これと言った映画アーティスト発見できずにいた。

そこでモニターポチポチやっていると、果たして良さげなベトナムアーティスト(多分)を発見したのだった。

ホアン・ティエン・ミン・トリ

英語詞の曲とベトナム語詞の曲が半々。音楽性はR&BEDMダブステップの様な強めじゃないムーディーなやつ)とジャズを掛け合わせた様な感じで、ジャスティン・ティンバーレイクを思わせる。

これでラップが入ってきたら完璧だ。

機内では検索できないので、あとで調べよう。

朝飲んだ安定剤が効いているのかな、憂鬱な気分が後退してきていい感じだ。


ややあって、海外旅行なら一度は聴いてみたい、「pork or fish rice ?」というフレーズと共に機内食サーブされた。

ベトナム航空会社なのに機内食和食が出るという不思議仕様でもっぱら噂のベトナム航空だ。

ここで「fish」と答えれば和食が出て来る事は間違いなく、折角の海外旅行しかも出発便の機内食和食というのもどうかという事で、「pork」と答えると、豚の唐揚げ煮物チャーハンぶっかけたようなご飯と、海鮮春雨サラダパンデザートが出てきた。

春雨の方はヤムウンセンとかそれに類するもので明確にアジア料理だが、ぶっかけご飯の方はなんだか分からない。

付け合わせが椎茸煮しめだったり、桜の形に型抜きされたニンジンである事も地味に混乱する。

味はというと、エコノミーでこれだけの物が食べられれば充分満足で、その後、暖かいコーヒーサービスがあったり至れり尽くせりだったのだが、あれはベトナム料理だったのだろうか。

カラトリーがまとめられた袋の底に、スパイスの小袋が入っており、「甘利香辛食品株式会社」と書いてあった。京都伏見会社であるという事だった。


機内食で腹を満たし、少し微睡む。

眼が覚めると機内は消灯されていた。

英語スポーツチャンネルを見ながら、「早くホテルで横になりたいな。でも何を楽しめるんだろう?テレビをつけても何言ってるか分かんないだろうし」という思いが浮かんで来る。

チャンネルでは、MTBアーティスト大木バランスボール建築物ワインディングロードなど様々な障害をキッカーにしてトリックをキメていた。インスピレーションを色々なものから受けて、驚くべきビデオやショーを生み出すらしい。

他の人から無意味に見えるもの価値見出して楽しみ、アートを生み出している。

意味不明に見えるけど羨ましい。

普段自分もそういうキャラなんだけど、ダメかもなぁと感じてしまう。

多分、朝飲んだ安定剤が切れる頃合いだ。

自律神経失調症で襲って来る不安無力感安定剤を飲んで感じる旅行への期待。

正常と狂気の境は曖昧だと思っていたが、こうして自分のものだと思っていたものが揺れ動くと、もっと根本的な、「自分」や「個性」というものが虚ろなものに思える。

深追いはしないでおこう。

しばらくして血糖値が安定すれば、少し収まって来るに違いないから。

今日はまだ頭痛は襲ってきてない。


「間も無く、当機はホーチミンに到着いたします。到着は19:30、ホーチミンの気温は38℃です。」

機内アナウンスに耳を疑った。

今年の異常熱波関東平野都市化が高気圧をブーストしており、バンコクより気温が高い、なんだったらユーラシア大陸で一番高いとさえ思っていたが、勝手思い込みだったようだ。飛行機を降りると湿った空気を感じる。日本人の歪んだプライドは常夏のホーチミンの湿った熱波が吹き飛ばししまった。


19:50、国際空港入国審査というのはどこか陰鬱雰囲気ものだが、イミグレーションを抜けてもタンソンニャット国際空港は静かだった。

思った以上に質素空港

香港国際空港羽田と比べると、まるで石垣空港みたいだ。

改めて旅程について説明しておくと、3泊5日というのは、帰国便がこのタンソンニャット国際空港 6:25発であり、ホテルのチェックアウトが当日では到底間に合わないので、前日にチェックアウトして空港で出発便をまつ、という事だ。

帰りはここで夜を明かすんだろうか。

そう思って建物を出て驚いた。

なんと半解放の広大なスペースに待合ベンチが設置されている。

軒を並べる飲食店、溢れる活気、びっくりするほどの騒がしさ。

タンソンニャット国際空港はこの半野外のスペースも含めての空港だった。

こんな空港日本ではまずない。

「ははは、スゲーな!」薬が抜けてるに決まってる時間帯だが自然に笑ってしまった。

たことがない光景だ。やっぱり先生の言う通り、この街に来て正解だった。


【2】2018秋、ベトナム、ホーチミン Day 1|ベトナムの名誉 へ >>

2018-09-08

スマホゲームは縦向きで作るべきである

スマホは縦向きに使うように作られているからだ。

まずスマホの重心は概ね中心にくるよう作られており、片手で横向きに持つと重心が手のひらから遠いため非常に不安定だ。しかゲームでは親指を操作のために浮かせなければならいさら不安定だ。

操作に関しても問題がある。

Appleに悪いお手本に習い、画面の左上に配置された「戻るボタン」は横持ちの右手では決して押せない。手の大きさに自信がある人でも押せないのだから、この位置で良いと思ってる人はどうかしてる。

じゃあ左手で持てばいいんじゃないの? 馬鹿め。

大抵のUIは右利き用に出来ているから、左手だと「戻るボタン」以外が押せない。ストレスは右利きの比ではなくなるぞ。

画面が横だと文字入力ときにも不都合が出る。キーボードデカイ。横向きでキーボードを出して貰えばわかるが、縦型では感じなかった「デカさ」を感じることになるだろう。文字を打つと変換候補さらに画面は占領されファックとなる。ゲーム内でコミニュケーションを取るのも億劫になり止めてしまうだろう。

このようにスマホは縦向きに使うよう作られているのだから、横向きで遊ばせるデメリット相殺出来るほどのメリットが無い限り、デザイナー家族人質に取ってでも縦向きに作るべきなのだ

2018-09-06

ED治療薬で人生が変わった

私、35歳男、独身彼女なし。フリーエンジニアです。

男子校育ちで女の子は好きなんだが奥手なのもあり、

女性経験はそんな豊富じゃなく、

またプレッシャーに弱い性格なのもあり、

若い時、たまに女性と体を重ねる機会があったときは、

まず自分の息子が使い物になったことがほとんどなかったのです。

彼女になった女性とも最後までできるようになるまでは

完全に自分が心の奥で緊張しなくなって安心して立ち上がれるようになるまでけっこう時間がかかりました。

完全に心因性EDです。一人でする時は全く問題ないのですが。

そしてそれは男としての強いコンプレックスだったのですね。

今だから気づいたことですが、

からなんとなく女性と深く交わることを避けるようになり、

30代になってから彼女をつくることすらなくなりました。

しかし、ある時ふと出来心シアリスというED治療薬のジェネリックネットで買ってみたのですよ。

風俗ですら立ち上げれないときがあったので、

なにかこう試しに買ってみまして。

すると、どうでしょう

心に関係なく、立派に立ち上げることができるんですよ!!!!!!

これはすごい!!!

しばらくは、風俗で狂ったように楽しんだあと、

男性としての自信を取り戻し、

女性にも積極的恋愛相手としてのコミニュケーションを取れるようになっていました。

だって、万が一 予定外に二人で夜の逢瀬になる機会になっても、

一錠飲めばなんにも問題ないですし。

口説いておきながら、いざとなったら立ち上がらない、なんて男のメンツ丸つぶれな心配はないわけです。

そりゃ、女の子口説く手数も自然と増えていくもんです。

そんなふうにして私はED治療薬のおかげ?で、彼女が数年ぶりにできましたとさ。


どちらかというと、薬嫌いのほうだったんですが、

薬で人生好転することもあるんだな、と。

あとは、女好き友達に色々聞くとだいたい30代くらいからそういう薬を常備してるんですよね、やっぱり。

酒飲みすぎても大丈夫なように、って。

もっとはやく気づけば良かった。

2018-09-04

せっかくやりたかった仕事につけたのに

思ったよりコミニュケーション要求される職場で、コミニュケーションがどうしてもうまく出来なくて毎日つらい。

1年以上働いてるのに今だに緊張が取れなくて周りの人とうまく話せなくて気を使われて、あだ名で呼び合う職場で私だけ名字さん付けされてる。

悔しいし悲しいし、もう辞めたいけど年齢考えると転職は厳しそうだし、何よりもう一度希望仕事に着ける自信がない。

田舎で、私が通える範囲で、この内容はきっともう無い。

どうしたらいいのかわからない、いきなりなんて変われない、どうしたらいいのかわからない。

2018-07-28

後輩が障害持ちかもしれない

今まで、斜め上の行動をするのは当人性格だと思って生暖かく見ていたのですが、上司がふと「彼は障害持ちかもね」と言ったのを聞いてハッとしました。

うちはIT業界からなのか、会話が苦手な社員は昔からいました。たとえばチャットでは流暢に話せるけれど対面だとこちらの話し方に一工夫が必要な同僚もいます。ただ彼らは意思疎通や仕事はできるんです。

ところが件の後輩は1を言って10を分かってくれるどころか、10を伝えても1しか実行しなかったり(分かっているのかも知れないけど、行動に現れない)、10を伝えたら-5になっていたり(トンチンカンベクトルを向く)、予測がつかないことが多々ありました。あと気になるのは、問題に気づいていても報告しなかったり、誰も見ない場所掲示板プログラム)にコメントだけ書いて終わりにしています

きっと特殊性格なのだろうと思って長い目で見ていましたが、もし障害なら、どんな障害なのかを知った方がいいのでしょうか。なにか特別コミニュケーション方法があれば私も勉強した方がいいと思うのですが。

ちなみに我が社には障害者枠があって、コミニュケーション障害の人が一緒に働いています。チームが違うので詳細は知りません。後輩は一般枠で入ってきているので、障害だと見なされることは心理的負担になるでしょうか?

こういった本は真に受けていいのでしょうか?

ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に働くための本

https://www.amazon.co.jp/gp/product/B072FHNZTM/

2018-07-24

anond:20180724133502

大きい総合病院の待合室にあるソファーや机の上に土足で上がって走り回ってる子供に「土足で上がったらだめよ。病院では静かにしましょうね」と注意したらギャン泣きされて、保護者が出てきて子供かばかばう。

保護者子供のやり取りを見てたら、同じように子供とまともにコミニュケーションを取れてないように見えた。

それで病院に通ってたんでしょうね、お大事に。

2018-07-11

そもそも性自認と他の人からみた性別が一致している必要はあるのか?

たぶん自分トランスジェンダーだけど、パス(見た目の性別身体性別をあわせること)することに対してあまり努力をしていないので、

カミングアウトしていない人からは、(異性装的な)中性的な格好を好むシスジェンダーって思われているのだろうなと思っています

別にこの状態でとりわけ社会生活に苦労はしていないので、別にそれでいいんじゃないかと思っていたんですが、

はっきりさせたほうがいいんでしょうか……。

本当はトランスジェンダー異性愛者だと思うんですが、

表面的なコミニュケーションにとどめる相手からシスジェンダー異性愛者、

プライベートに仲良くする友人の多くからシスジェンダー同性愛者、

あるいは性別という概念独自見方を持っている不思議な人、だと思われていますが、

個人的に、この三重状態で困ることは余りありません。

ですので、カミングアウトしましょう、LGBTを受け入れましょう、みたいな風潮になったとして、

それを真に受けてカミングアウトしてしまうと逆にちょっと不利になることが増えそうなんですよね。

というのも、過去に友人の輪でカミングアウトしたときの反応を見る限り、一定数、

「どうしても自然に受け入れるのは無理(警戒してしまう)」というタイプの人はある割合でいるようで、それはそういう個性なんだろうなあとこちらも思っております

先述のように、こちから何も恋愛対象性自認のことに対して述べなくとも仲良くになるにつれ多くの友人は、

シスジェンダー異性愛者ではないな」と、雰囲気でそれと察するらしいので、そのあたりからなんとなく世間話的なシスジェンダー異性愛者としての恋愛話をこちらに振るのは向こうから避けてくれるようになるので、こちらとしてはわりと有り難かったりします。

ただ、そういう状況のそういう場でさえ、「LGBTは異常者に違いない」みたいな偏見が先にありすぎて、

その人だけ、私がないことに気付かないタイプが少数ですがたまにいまして、そういう友人は「周りの全員が私をシスジェンダー同性愛者としてうっすら認識している場で、私をシスジェンダー異性愛者と認識したタイプコミニュケーションをとろうとしてくる」のですが、

それに対して、私は「性別をその人だけ誤解している!」と思うわけではなく、

ああ、友人としてその人なりの最大限の尊重してくれてるんだろうな、と感じるんですよね。

そこで、わざわざ、「私はLGBTです」って明言する意味がどこにあるのだろうか、という疑問がありまして。

そういうところで明言したときの反応として、ほとんどの人にとっては、「知ってた」という感じで特に何か変化が起きることはありません、ただし、その、ごく少数の友人だけ、「信じられない!」みたいな驚き方をされて、そのあとその人と妙な感じになってしまうことはありました。

それを考えると、別に公言するメリットはどこにもないよなーという感じです。

もちろん、公言しないと、自分認識する性自認のまま振舞うことが許さなタイプトランスジェンダーの方としては、カミングアウト社会の受け入れは死活問題だと思います

それは絶対必要もの必要配慮だとは思っておりますが、

自分は、性別で「男はこう」「女はこう」と外から括られてそのように身体性別に応じた振舞いを要求される分野を避けたので、あまりそのあたりで困ったことはありません。困ったことはあるのかもしれませんが、いつまでも過去の恨みを根に持ってもしょうがないのでだいぶ忘れました。

なのでまあ、中にはこういう人も居ますよーとだけ。

2018-06-29

anond:20180629180645

元増田関係なくコミニュケーション取りたがらないやつばっかだよなあ

酷いときにはワタシに言わせた方が悪いなんだもん

いや勝手に言えよ

anond:20180629135247

残念ながらある

これがいじめの構図

上位から下位へのコミニュケーション自由にできるけど逆はない

2018-05-07

anond:20180505151100

出稼ぎ労働力」じゃなくて「移民」だからね。

日本に住んで、家庭を持って子供を産む」ということじゃないと人口問題解決できない。

そうなるといろいろ起こるんだよ。

社会的に大きい事は言わないで、個人レベルの話をする。

・娘が結婚したいとつれてきた彼氏インドネシア人

・一人の女性を争って負けた。彼女幸せそうに手を取ったのは中国人

保育園抽選に落ちた。フィリピン人の子供がうかった。

・同僚にインド人がいるが、独自のペースでやるので困る。

デイケアを頼んでいた老いた父が救急車で運ばれた。ケアをしていたのはベトナム人

というようなことが起きた時、国籍をまったく脇に置き、1人の人間としてその状況を受け入れて、対応できるのか?

ただでも仲間で固まって、変な奴の陰口で盛り上がるのが大好きな日本人だ、絶対トラブル起きると思うんだよなー・・・


追記)

ブコメあったので。

違う。

上記に上げた例は、まさに人種国籍とは本来全く関係ない事だから上げた。

ここで問題にしてるのは、「相手人種国籍民族言語文化が違う事による理解が難しいトラブル」ではなく、

「『人生自分が望ましくない立場に置かれた状況』で、

その理由本来関係ない、人種国籍民族のせいにしてしまう、

あるいは、同じ日本人同士で固まって話し合い、相手集団を批難したり、排除して解決しようとする」

という、自分たちの心の中の問題の事を言っている。

それって、個人の「それはそれ」って意識精神的なストレスに耐える準備や、

日本人全体で「いや、それは人種国籍関係ないよね」ってお互い確認して間違った決定にいかないような社会の準備ができているのか、ってこと。

あるいは、外国人だろうがなんだろうが、全然知らない、自分と全く違う相手の懐にズバッと1人で入り込んで、相手を知ろうとするコミニュケーションへの強さ。

正直、怪しいと思ってる。

そんなとき日本人の同僚と飲みながら、誰か一人が「俺も思うけどやっぱ○○人てさー・・・」と慰めて、

ズルズルと「人種国籍民族のせいにする、あるいはそういう相手排除する」方向へ空気が変わるのが、

悲観的過ぎると言われるかもしれないが目に浮かぶ

外国人との生活トラブルや、そのときに、自分の心に「差別や身内意識による排除」が浮かぶかもしれない、

という可能性ついては、過半数日本人が「考えた事もない」

という状態なんじゃないのかなー。

2018-04-10

anond:20180410113211

うまい伝え方なんて幻想だよ。今書いていたような事をそのまま伝えていいと思う。否定的な事言われるとどうしていいか判らなくなって、下卑た言い方だが気持ち萎える時はあるよ。あんまり気にしなくていいと。やって欲しいことして欲しくないこと、伝えていくのがコミニュケーションじゃない?それはお互い様だしね。

2018-03-25

2018香港深圳広州の旅 Day.4

anond:20180324124847





Day.4


上晝


香港最後の夜は、一度夜中に目がさめるという自分にとっては日本でもお馴染みの睡眠だった。

昨日の広州行で程よく疲れたせいなのか、香港に慣れてきたからなのか。

慣れてきたとしても、今日が今回の香港旅行最後の日だ。


チェックアウトまで時間があるのでネイザンロード沿いの便利店でお土産いくつか買う。

レジオクトパスカードを出すと

「唔収◯×・・・

あ、使えないのか。今のはすぐにわかったぞ。

あんまり焦んなくなってきた。


しばらく散策していると、台湾でも見かけた誠品書店広告が。

しめた。本が買える。住所を検索して向かった。


晏晝


海岸沿いにある香港の誠品書店は、台湾と同じく綺麗でセンスのいい内装だった。

複雑な本はわからないので、今回も料理本かな?

いくつか物色していると、グラフと表が描かれた本があった。

多分、ポップミュージック音楽理論に関する本。

当然内容はわからない。でも妙に気になったので、買うことにした。


レジに持っていく。

「◯×◯×・・・

「a,我係日本人」

「oh, do you have shop card?」

「none」

初めてストレート意思疎通できた広東語が「私は日本人です」だとは。

教科書に載っているような表現でも意外に役に立つもんだ。

別のレジではショップバックの要無用についてジェスチャーで聞かれ、料理本も一緒に包んでもらった。


ホテルの部屋に戻ると、あれ、鍵が開かない。

「I can’t open dore at my room.」

「Check out time passed, you over time. check out time 12.」

しまった、2時と勘違いしてた。

そういやチェックインの時にヤケにゆっくりだなと思った。

鍵を開けてもらって、急いで荷物をまとめる。

ベッドにはメモを置いておいた。

「Thank you. I had a great time! 再見

ベットメイクの人とすれ違う。

「I had a great time.」

笑顔

エレベーターに駆け込んだ。


飛行場に向かうまで荷物を預かってもらう。

「Please keep my baggege.」

と言いながらメモを見せる。

「幫我在放我嘅行李到我去機場、可唔可以呀?」

にいちゃんメモをじっと見ている。

あれ、怪しい広東語書いたかな?と思ったが、どうやら彼は広東語がわからないようだった。

そうか、「外国人がやる仕事」ってのも歴然とあるのか。

「When are you coming back?」

「7 O,clock. take care.」


途中、腹が減ると具合が悪くなりそうなので、飲茶する事に。

「一位、唔該」

拭いているテーブルを指さされ

「乜嘢茶?」

「普洱、唔該」

注文シートを書いて

「落單、唔該」

シートを渡す。

想定していた問答なのでスムーズにできた。

高速な香港時間コミニュケーションできると気持ちがいい。


出てきたのは、

1.油で揚げたクレープのようなもの。オイリーでつけダレが美味い。

2.ガチョウが乗ったビーフンスウィートチリソースつき。香港ガチョウは表面を甘いタレでコーティングしてカリッとローストする。

3.ツミレ。貝かなにかのつけダレは少しくさみがあり塩辛い。

それと普洱茶。

ちょっといかな、と思ったけど、スルスルと食べられた。

「理單、唔該」

「ツァッサップツァッ」

「?」

メモを見せられる。

あ、$77か。

ちょっと詰まってしまった。

釣りは投げるように寄越されるが、気にしない。

ここは香港からね。


下晝


飛行場に向かうにはまだ早い。

まだ行っていないところに行こう。MTRで深水埗へ。

香港人による日本紹介動画によれば、日暮里日本の深水埗なのだという。

ということは、日暮里ぽいんだろう。


深水埗につくと、そこはたしかに今まで見ていたきれいなばかりの香港とちがって、露天などが立ち並ぶ下町風情だった。

でも日暮里よりはるかに賑やかだ、

日本人の印象であるカオス看板風景の「古き良き香港」はここじゃないかな。

OK.次は今回一切足を踏み入れなかった香港東側だ。


MTRを乗り継いで北角(ノースポイント)へ到着。

それにしても疲れてきた。

喫茶店で一息つこう。


喫茶店冷房香港っぽく引くほど強い。

「理單、唔該」

しまった、席に着くなり会計をお願いしてしまった。

気にせず注文を聞く先生

「coffe, ice

ドンッ!!しばらく待っていると景気良い音とともにコーヒーが現れた。

甘さが心地い。

でもちょっと寒いホットにすりゃよかった。

寒いしもう出るか。

「理單、唔該」

入店してから2回目の会計

ただし実際に払ったのは1回。

「洗手間邊度㗎?」

店の奥を指差される。

みんな、香港に行く時にはこの言葉は覚えておくんだ、絶対使うし、発音簡単だ。

トイレで用をたし、次の目的地、銅鑼湾コーズウェイベイ)に向かった。


MTRで向かおうと思ったけど、ちょっと街を行き交うトラム、2階建の路面電車に乗ってみる事にした。

オクトパスカードで乗れるらしいし、大丈夫だろう。


トラムに乗り2階に座る。

都合のいい事に、行き先は銅鑼湾らしい。

ここままトラムで向かおう。

しばらくすると、高齢のご婦人が入ってきた。

「座ります?」あんまり考えずに日本語が出た。

婦人は、笑顔で手を振りつつ

「唔該晒」

いいのか。

上げ掛けた腰を下ろす。

と前の若い女性が立ち上がると、ご婦人はそこに座った。

広東語では「おねがいします」も「どうも」も「いいですよ」も「きにしないで」も「すいません」も「唔該」なんで、ちょっとややこしい。


銅鑼湾は新旧の香港が入り混じったような繁華街だ。

白人もよく見かけるし、雰囲気西洋っぽい。

長身イケメン2人組が風船を配っていた。

Guy’s, I’m Foreigner. Can i take your photo?」

「Of course.」

「3,2,1, Shoot!」

「have a goot time ;)」

「Thank you!」

元同僚にみせよう。絶対イケメン好きだ(偏見)。


挨晩


予定より1時間ほど早いが、荷物を回収しよう。

ホテルに戻り「Mr,I want pick up my baggege.」

すぐに出てきた。

あれ、超重い。

これ持ってあの激混みのMTRに乗るのうんざりするなぁ。


というわけでタクシーを使う事にした。

「的士!」

「我想去機場」

通じない。

Hong Kong Airport.」

タクシーは滑り出し、人が歩いている小道を縫って走る。

おい怖いな。

大道に出ると、別の方向性で怖かった。

単純にスピードが速い。

アジアタクシーはこうだよね。


佐敦(ジョーダンから香港国際空港までは$230と少し。

釣りを渡される。

「For you.」

小銭を返した。

多分、香港で渡す最後チップだ。


夜晩


チェックインまで時間があったので、この日誌を書いていると、携帯電池が心もとない。

持ってきたモバイルバッテリーも閉店ガラガラ状態だ。

カウンターで尋ねる。

「I want carge Moba battery.」

「Phone?」

うなづく。

カウンターの裏側を指差された。

香港に来るまでは英語なんて全然ダメだと思っていたが、必要に迫られると喋れるものだ。

そうこうしているうちに帰りの便のチェックインが始まったので、済ませておこう。

チェックインを済ませたが、よくよく考えると、荷物重すぎないか

重量チェックの前でキャッキャウフフしているGirlsに困った顔で「Pleeease ><

やっぱ明らかに重量オーバーだ。

もう一度チェックインカウンターに。

「I want store my baggege.」


香港ドルからの再両替をどうしようかと思っていたが、タクシー結構でかく、手元には$55弱しか残っていなかった。

コーヒーチョコレートブラウニーで小腹を満たして$45。

綺麗に使ったもんだ。

チョコレートブラウニーの甘さで結構喉が渇いたが、オクトパスカードがまだ残っている。

セブンイレブンで水を買う。

カードを見せようとするやいなや、レジの小太りのお兄ちゃんが読み取り機をバンバンと叩いて示した。

どこの国にも手際が良すぎてちょっとコミカルな人というのはいものだ。

香港最速の決済だったかもしれない。


時刻は22:30。

ずいぶん早くチェックインをすませたために、ほとんど列に並ばなかった帰りの便のチェックインカウンターにも、人が集まって列をなしていた。

もう出国検査場に向かおう。


幼い時代の優しさとノスタルジー追体験したような昨年の台湾旅行と違い、今回の香港深圳広州旅行ちょっとした冒険感のある、エキサイティングものだった。

特に南洋華人の明るさと激しさには、自分の中のエネルギーを叩き起こされたような気がした。

この4日でイミグレーションの通過は4度目、もう慣れたものだ。

検査員の男性パスポート出国カードを出し、検査は何のトラブルもなく完了した。

最後にこの広東語だけは伝えたい。

「Ser, i had a great time.我好鐘意香港。」

年配の検査員は一瞬ぽかんとした顔をしたが、まあ付け焼き刃の広東語が通じなかったのは仕方ないか

深く気にせず手荷物検査に向かおうとすると、後ろから明るい声が響いた。

Hey! Also hong kong into come back!」

親指をあげて答える。

再見!」

2018-01-21

北八先生はアウトか。

ちょっと前に盛り上がった、ダウンタウンブラックフェイス問題について、

自分は「『我々に差別意図はないんだからセーフ』って強弁しても、当のアフリカ系がみたらギョッとするんだから、こっちの「意図はない」を無理押ししないで『分かんなかったんでこれからはもうしません』で良いんじゃないのかなー」位に思ってたんだが、最近、ふと「中川礼司の中国語モノマネって本物と比べたらどれくらい似てるんだろ」と動画サイト検索したら、劇団ひとりの「北八先生」がでてきた。

はて。

これ、今やったらセーフ?

「なんでも差別差別言ってたらモノマネも出来なくなるじゃないか大阪のおばちゃんのモノマネ差別かよ!」

自分なりに考えてみよう。

差別って事について、あからさまに「あいつは我々より劣っているので劣った存在として扱おう」など、優劣を確信してやるケースはまれで、「相手がコミニティに対して疎外感を感じる」「自分コントロールできない属性によって、自分所属していないコミニティから明確に違う扱いを受けたと感じる」と言う所だと自分は思う。雑ですまんが。

そう思うと、大阪のおばちゃんのモノマネ大阪人がやっている限りセーフ。

大阪人大阪のおばちゃんと同じコミニティに属し、大阪のおばちゃんについては、おおよそ見ている日本人も「そうはいっても同じ日本人からいろいろな側面を持っている」という常識を共有した上で、その独特のコミニュケーションをディフォルメしたものを楽しんでいる。

北八先生はどうか。自分の考えではアウトだと思う。

ここでは「劣ったものとして差別してせせら笑っている」かどうかは問題ではない。

北八先生は「別の文化圏に居るよく分からないもの」との交流として戯曲化されていて、「我々のコミニティじゃない人は違うよね」という不可解さが笑いの仕掛けになっている。

なので、前提として「あの人は私たちの身内じゃないし、知らない。分かろうとしても無理」があって、それに戸惑わされる事を笑っているので、「疎外」を笑いに含んでいる。

どうだろうか。

立場をひっくり返して、たとえば中国TVで「やたらすぐ謝るし、ちょっとした約束をしようとるすとすぐに保留にして持ち帰る、東京老師(演じているのは北京出身お笑い芸人)」というキャラ大人気になって、上海を歩いていたら「東京老師!」と声をかけられたら微妙気持ちになると思う。

アフリカ系はOUTだけど、中国人は肌おなじ黄色だし差別無いよねー」じゃなく、ちょっと考えてみたかった。

もし、テレビ番組制作に関わっている人がいたら、そこら辺のモノマネを扱う前に、ちょっと考えておいた方が良いように思う。

2018-01-18

私が同人活動をやめた話

これだけじゃないけど。フェイクあり。

10年くらいちょこちょこブランクありつつ二次創作をメインに同人活動をしていた。

ジャンルカップリングにはよるけど余部も売れないことから200部くらい出たこと(1回だけ)があるくらい。

絵がそんな上手いわけではなく、ストーリー一般的に受ける話じゃないけど、続けて読んでくれる常連さんが何人かいた。(女性向けなのでジャンル移動するとまたリセットになりがちだが)

とりあえず苦しいことはあっても描くことが好きだったのだと思う。社会人になって締め切りに終われつつもイベントごとに新刊は作っていた。なんだかんだ同人辞められないんだうなと思っていたし、周りの友人からも言われていた。

同人をやめるきっかけになったのはAさんだ。

Aさんとはとあるジャンルで仲良くなり、互いの同人誌も楽しく読む同人友達だった。ジャンルカップリングは一緒だったり違ったりしたが、ある時同じジャンル活動するようになった。

私は周りからもっと宣伝すれば手にとってもらえるのに」と言われながらも、あまりがんがん宣伝するタイプではなく、Twitterなどで積極的フォロワーを増やすタイプでもなかった。

Aさんは逆に、友人が多く、ジャンル仲間も多い人だ。

そのためかイベント会場やアフターでAさんのお友だちを紹介されることが多かった。私と同じカップリングの人もいた。別にコミニュケーションをとるのが苦手という訳ではないので私も普通に楽しくお話をさせてもらうことがほとんどだった。

問題はAさんが私の本をAさんの友人に進めることだった。

Aさんは私の本を気に入ってくれた。それは嬉しい。

けれど、私の目の前で「この本、○○さんも好きだと思うよ」と紹介する。

何が起こるか。

もちろん買ってくれる人もいる。

でもそうじゃなくて「私はいいです」という人のほうが多かった。

私はこの言葉で心が折れた。

別に買ってくれなくていいのだ。友人やフォロワーさんでも挨拶にきて、本を買わない人も多い。好みもあるし、挨拶に来てくれるだけ嬉しい。

でも目の前でいらないと言われるのは傷つくのだ。

よしんば買ってくれたとして、無理して買ってくれたのかな…と思ってしまう。

ちなみに逆パターンもあって、私が「この人の本面白いよ」と目の前で勧められたこともある。

これも自分が傷つくだけに、苦手なカップリングや絵柄でもいらないと言えずに買ってしまうのでストレスに…。

こうして私は同人活動をやめた。

描かない生活は楽なんだなと気づく。締め切りに終われることもない。傷つくこともない。

たまに絵を描くのは楽しい

ももう、本を出すことはないんだろうな。

2017-12-25

バケット、ではなくバゲットbaguette)。てんてん、つく

最近発見して驚いたのが、けっこう多くの人が、細長いフランスパン

baguette

について、その読み方を

バケット

だと思っている、ということです。

まぁ、思いきり、「バケツ」という日本語に引っ張られているわけですね。正確な読み方は

バゲット

ですね。てんてん、つく。

でも、間違える人が多くて、バケット検索しても、Googleはぜんぜん、バゲット?と優しく聞いてくれないし、検索結果にも

バケツ に同じ。 ② 鉱石・土砂などを入れて運ぶ容器。各種の運送機に取り付けられる。

と案内が出てくるのに、誤解している人がいるんですね。

もともと、細い棒を示すフランス語baguetteで、それがパンの形状に似ているということ、ですね。

まぁ、同じように日本語に引っ張られるものには

シュミレーション (Simulation シミュレーション

アボガド (Avocado アボカド)

コミニュケーション (Communication コミュニケーション)

フューチャーする (featuring フィーチャーする)

など、いろいろあります

私は最初バゲットフランス語の授業で覚えたので誤用しませんでしたかフランス語を知らない人は

バケット


で頭に入っちゃったんでしょうね。

もし、バケットになっている方はこっそりと直しておくといいかも、です。





デザリング、ではなく、テザリング(tethering)。てんてん、つかない

http://katsumakazuyo.hatenablog.com/entry/2017/12/24/232339

2017-11-15

互助会の人はもっと相手のことを本気で考えた方がいいと思うぞ

互助会の是非は一応ここでは置くとして、気になるのは互助会員のブコメの方。

文法が他のブコメと余りに違うんだよ。

ですます調で丁寧すぎるし、基本絶賛とかだし、ダジャレ大喜利もしないし。

たまに面白いエントリがあっても、ブコメ一覧を見た時に互助会コメントで埋め尽くされてると(つってもせいぜい10前後だけど)「うわぁ、コメントしづれー」ってなる。

常連のおじさん以外はいないスナックみたいで、超入りづらい。

互助会さんらさ、相手の方のエントリバーンとみんなに見られてほしいっしょ。

相手の事本当に考えるなら、ブログ主とのホカホカコミニュケーションブログコメントでやってもらって、ブコメでは大喜利とか揚げ足取りとか自分語りとかした方がいいと思うぞ。

2017-10-12

2017 台湾旅行第一部分

台湾に行って来た。

一人での海外旅行は初めてだ。

台湾であった事、感じた事つらつらと書く事にする。

長いし、起こった順に書いていて、特に脈絡もないので、ドラマは期待しないで欲しい。

取り留めない旅行記だ。

もし文書の中で一文でも、行ってない人の興味を唆れたり、行った事のある人に「あ〜、あるある」って思ってもらえたら嬉しい。




出発前


そもそもなぜ台湾に行こうと思ったかというと、少し前にちょっと凹むを事があり、いつまでも気に病んでも仕方ないし、何か面白い自分の興味を引かれる事がないかなぁなんて考えてたところ、「そういえば、台湾料理で気になってるものがあるんだけど、実物を食べた事がないんだよなぁ」と思い出し、休暇の予定も決まってなかった事もあって、「じゃあせっかくだから行ってみよう」となった訳である

初めてなので、ツアーを予約して、飛行機ホテルの世話だけをして貰うつもりだった。


いざ行くと決まれば、何より問題なのは言葉で、元々日本でもコミュ障気味なのに、別の言葉が話されている国で過ごすのは甚だ不安だった。


でも出発当日が来て、フライトをまつ夜の羽田空港国際線ターミナルで、簡単中国語を暗記していてた時にふと気付いた。

そうだ、俺、イラスト描けるじゃん。

普段から言葉より絵の方が伝わる事があるのは分かってる。

言葉の通じない国に行くんだ、使えるスキルは何でも使わないと。



格安ツアーの出発は変な時間だ。

午前4:50、タイガーエアに乗り込んだ。

台湾のLCCとはいえ、機内はほとんど台湾人

ツアーなので、自分の他にも出発する日本人いるかと思ったが、日本人は少数派のようだった。

ちょっと不思議に思ったのは、機内の台湾人男性はほぼメガネ

なんでどいつもこいつも目が悪いんだ。

から更に不思議だったのは、台北の地に着くと男子メガネ率がむしろ低いのだ。

台湾人飛行機に乗る時だけメガネをかける決まりでもあるのか?






1


1日目 午前


LCCの狭いシートで変な姿勢に耐えながら3時間フライトを終え、朝の桃園空港に降り立った。

空港でキョロキョロしてると、いきなり兄ちゃんに現地の言葉で話しかけられた。

バス?とか言ってたので、行き先に迷ったと思われたらしい。

一瞬どう答えていいか迷ったけど、オレンジベストを着てゲートのすぐそばに立っている女性を指差し、「大丈夫」と言うふうに手を振ったら、彼は「なんだ」という顔をした。

あ、言わなきゃ。

「謝謝」


ベスト彼女自分の到着を待って立つツアーガイドだった。


実はツアーガイドはすぐに見つけていたのだけど、他のツアー参加者が集まってから声をかけようと思っていた。

しかし、誰も集まる気配がない。

どうやらこのツアーの申し込み者は自分一人らしい。

機内に日本人が少ない筈だよ。

「すいません」と日本語で言うと、ちょっと訛った日本語で「どこにいたの?すぐに声かけてよ〜」と笑顔で言われた。


ツアーガイドは黄さんと名乗ったが、「エリと呼んでね」。

台湾の人は英語の二つ名を持っている人が多いという。

より覚えやすくする為に、勝手に「エリーさん」と呼ぶ事にした。ちょっと伸ばしただけだから大きく違わないだろう。



ホテルに向かうミニバンエリーさんに「何かみたいものある?」と聞かれたので、「九份に行きたい」というと、「どう行くか調べてますか?」

「ざっくり」と答えると、「ざっくりじゃダメよ!」とひどく呆れられた。

エリーさん曰く、九份は凄く人気、今は祝日台湾人も行くから人でごった返している、行くなら早くいけ、と。

さらにはついでに十分も行くべきで、こんなこんなこんなツアーがあって・・・説明が止まらない。


「実は蚵仔煎と肉圓を食べに来た。あとお茶も買う予定」と言いうと、彼女は「それだけ?」とまたもや呆れ顔で言った。

「それだけじゃ量が少ないよ!」

さらっと書いているが、この会話の中で、エリーさんは料理名前を何度も聞き返している。

曰く、「発音メチャクチャから何言ってるのかわかんないよ!」

日本人とは随分テイストの違う接客なので思わず笑ってしまった。


夜市にも詳しいエリーさんによると、蚵仔煎の様な夜市料理行列の店で食べるべきで、それは味の問題というより、回転の早い店の方が素材が新鮮なので、当たる事が少ないかであるとの事だった。

台湾人がよく行列するのは、そういう理由もあったのか。なるほど。


エリーさんの勢いに呑まれかかってたけど、会話が少し止まって、ふと窓の外から街を見れば、台北市建物が密集しているのに気付く。

その中にセブンイレブン

漢字コンビニも人の背格好も一緒なのに、行き交う人は全然別の言葉を話している。

それは不思議な感じだ、と言おうかと思ったけど、それを言うとエリーさんが凄いエネルギーで何かの説明をしそうなので言わないでおいた。


ホテルに着いたらチェックインの15:00まで、荷物を預けて自由観光

エリーさんは、台湾での見所と注意をまくしたてたあと「わからないことがあったらLineで連絡して!」と事細かに連絡方法を教えてくれた。

「あと折りたたみ傘を持って行って!今の台湾は天気が変わりやすい!」

どうやら手が届く限りは面倒を見ないと気が済まないらしい。

台湾人親日とよく聞くが、接した感じでは、どうもナショナリズム問題ではなく、何か人間が親切というか、お節介焼きであるように感じた。



エリーさんと別れてしばらく歩くと、南国の陽射しの下、台湾国旗がはためいている。

明日がちょうど建国記念日国慶節からだろうか。

そういやエリーさんに「暑いな、さすが南国」と言うと「ここは南国に入らないよ!台南の方が亜熱帯!」って言ってたっけ。

急に冷え込んだ東京から来たら、十分暑いエリーさん。


すぐに暑さに耐えかねて、冷房の効いてそうな店に飛び込んだ。台湾で食べたかったものの一つ、豆花を食べていると、店内ラジオからはB'zが流れて来た。

日本アーティストなのに、なぜかより台湾を感じさせる。

かい注文が出来ないので、かき氷ピーナッツの甘煮だけをトッピングしてもらった豆花はとてもアッサリしていた。



台湾はとにかくスクーター乗りが多い。

大通り信号が青に変わるたび、びっくりするくらいのライダーが駆け抜けて行く。

この台湾光景を収めようと交差点歩道カメラを構えたら、後ろから「前方!」という様な声をかけられた。

振り向くと、自転車にのったおじさん。

「前危ないよ」とでも言われたのだろうか?ひょっとしたらもっと荒っぽい表現なのかもしれない。

台湾人は親切だけど直接的でもある。




1日目 午後


ホテルチェックインの15:00にはまだ間があったが、台北は午後になって更に気温が上がって来た。

エリーさんが言ってた事には、日中は36℃になると言う。

当て所なく歩き回るにはキツい時間だ、せめて目的が欲しい。

本来は2日目の午前にこなす予定だった、台湾茶の買い出しを前倒す事にした。


エリーさん曰く、祝日台湾人は勤勉では無いらしく昼頃にようやく起き出すとの事だったので、一抹の不安を抱えてはいたが、しばらく歩くと、お茶のいい香りが漂って来た。

通りに面した倉庫の様な店。

林華泰茶行。

上質なお茶が卸値で買えるとの事で、予め来ると決めていた店だった。

実際に来て見ると、その倉庫の様な空間に微かに漂う不思議で素敵な香りに心が踊る。


ただ、少し計算が狂ったのは、店が思った以上に小ぢんまりとしているし、本来問屋なので、店員もぶっきら棒。

タンクトップから腹を放り出したオッさんが茶葉のチェックなどしていて、ゆっくり見るのは場違いだった。

そこでは吟味しながら4種類買う予定だったけど、実は到着直後の免税店で、エリーさんの勢いに押されてすでに高山茶を1つ買っていたので、3種類にした。


金萱

東方美人

蜜香紅茶


20代とおぼしきにいちゃんに、それぞれ「1/4斤」とメモして伝えると、「150?1300元」とぶっきら棒に返して来る。


台湾店員さんは人がよく、自分言葉が変でも何とか必死コミニュケーションを取ろうとしてくれていて、それが返って不甲斐なく、少し凹んでもいたのだけど、さすが問屋のにいちゃんにそんな忖度は無い。


今が出す時だ、と思い、空港で描いたメモを見せた。

一杯の茶のイラスト

「喜歓的香味(とても好きな薫りです)」

「謝謝。」にいちゃんは微笑んで言った。

初めてエリーさん以外の台湾人とちゃんとコミニュケーションが取れたと思った。



昨日から大して寝ずに動き回ってるので、良い加減疲れて来たけど、ホテルチェックインにはそれでもまだ時間がある。

台北101に向かう事にした。


地下鉄にのっていたら、博愛席(日本でいうところの優先席)に座ってたばあさまが、乳幼児を抱いている母親に気付いて、手招きして席を譲っていた。

台湾人はほんとうに人が良い。

うっかり降りる駅を間違えて、次の電車を待っていたら、地下鉄ホームロードバイクを押す人がいた。

台湾輪行ダイナミックだ。


ブルータス台湾特集の表紙が台湾人には不評だったらしい。

曰く、あんな古くさい台湾ではなく、もっと近代的な今の台湾を見てくれ。

でも、実際歩いてみると、やはり台北の街は自分イメージするアジアエネルギーノスタルジーに溢れている。


そうかと思えば、台北101東京で言うところの押上ソラマチの様に、周囲から浮いて急に出現した近代モールだった。

台北という街は混沌の中での変化の真っ最中なのかもしれない。



さて台北101の地下はデパ地下であり、フードコートだ。

このデパ地下も、旅の目的の一つだった。

その地にはその地の食い物が有る。

よくわからない果物料理ディスプレイされてるのは最高だ。

乾麺のコーナーで、刀削麺と同じ棚に讃岐うどんが並んでるのには何だか笑った。

うどん台湾では烏龍麺と書く。


大して腹も減ってなかったけど、疲れを癒す意味で、ここのフードコートガソリン補給をする事にした。

加油、俺。

頼んだのは排骨魯肉飯のセットで排骨には八角の強い風味が有る。

これが中華な味だ。

魯肉飯をかっ込んでふと顔を上げると、半袖シャツを着た対面のにいちゃんの袖から綺麗な花柄が覗いていた。

そういえば林華泰茶行に行きすがら、通りかかった裏路地でも、書き描けの紋紋を背負ったおっちゃんが上半身裸で何かを食っていた。

台北では割とカジュアルに紋紋にでくわす。


デパ地下と紋紋に満足したので、人でごった返した展望台には登らなかった。

良い加減、ホテルチェックインしてシャワーを浴びたい。




1日目 夕方〜夜


やっとホテルチェックインできて、シャワーも浴びてさっぱりできた。

一休みしたら晩飯だ。

どこで何を食うかは決まっている。

寧夏夜市で蚵仔煎を食べるのだ。


実はエリーさんに、この暑くて食品が傷みやすい時期に牡蠣を食べるのは勧めないと止められていた。

私たち台湾人間は胃が大概のものに慣れている。でもあなたたちは違うでしょ」と。

一理あるんだろう。

でもこの旅行重要目的の一つが本物の蚵仔煎を食べて、どういうものか知る事だったのだ。これはマストなのだ

から、せめてエリーさんの忠告を一つ守ることにする。

屋台料理行列の店で食え」

日が落ちて、明かりが灯った台北の街。

地下鉄を乗り継ぎ、寧夏夜市の行列の店を目指した。



道中驚いたのは、街中に野良犬がいた事。

少し遠巻きにしてる人もいたが、同時に野良犬を気にするふうでも無く、すぐ脇で座ってなんか食ってるおっちゃんもいて、日本ではもうない風景日常なんだなぁと驚いたりもした。



やがて、台北B級グルメ天国寧夏夜市が見えて来た。

日本で伝え聞く喧噪はちょっと盛ってるんじゃないかなんて疑っていたが、実際に行くと日本縁日以上の人、人、人。

屋台が軒を連ねる通りは真っ直ぐ歩くのも難しいくらい。

食習慣が全然違うのを肌で感じる。


夜市を一回りすると、一番行列のできてる店がわかった。

ここに決めた。

朝にエリーさんに酷評された付け焼き刃の台湾語は捨てて、筆談だ。

蚵仔煎を描いたメモを見せて注文する。

やがて店内に通されて、目当ての品が運ばれて来た。

おお、これが蚵仔煎か。

まず写真を一枚。

そして口に運ぶ。

プルプルしている!台湾風にいうとQQだ。

牡蠣オムレツと言いながら、片栗粉ような生地の方が主で、それに卵が絡み、その中に青菜と小粒の牡蠣が旨味を添えていた。

かかっているタレは甘酢か。テーブルに置いてある辛味噌を添えると更に風味が増す。

エリーさんの忠告は忘れてないが、ひょっとしたらヤバいものを食べているのかも知れないというスリルもまたスパイスのようなものだった。

「很好吃!」メモを見せると、店員のお姉さんはサムズアップした。



>>2日目



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