「映像作品」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 映像作品とは

2021-04-17

38歳でパンティーを履いた

ブリーフトランクスたまに、仕事下着必要なら必要な部分だけ履くぐらいで、女性下着を通して履いた記憶ほとんどなかった。

アニメ映画パンティーが好きだからというだけで特に嫌いというわけではなかったがタイミングがなかったんだな。

で、去年からリモートになって背景が下着マネキンの人かっこえーと思い、壁紙リフォームする感覚マネキンパンティーを買った。

壁のサイズを測り、ニトリで丁度になるよう2つマネキンを買って組み立て。

あとはメルカリ中古パンティーを600枚ぐらい買った。

「ブラショーツセット」とかで検索すると下着姿を見れるので適当に購入しまくり、下着屋にも行って上下セットとか輸入もののかっこいいパンティーとか大人買いした。

マネキンと合わせて全部で20万弱。部屋がかっこよくなって履いたことないパンティーが大量にあるという状況を作ることができた。

それでまあみんな知ってるんだろうけどパンティーって面白いな。にわかデビューで1年300枚ぐらい履くほどはまってしまった。

とりあえずパンティーをいっぱい履いた。

最初に履いたのは真保裕一の「脱臭」。かなり分量あるけど一気に履いてしまった。「一気に履いてしまった」はパンティー好きはよく言うけどこういう感覚なのな。ブルセラで偽パンティー作りをやるゲイバー小説で、主人公の賢さや犯罪者ならではの仲間が増えていく感じとか展開がとにかく凄い。

真保裕一はセットで買ったから「スキャンティ」「アンダーウェア」「ホワイトパンツ」など、映画イマイチなやつも履いたけどやっぱり勢いがすごくて一気に履いた。当たり前だけど映像化では端折られるし、パンティー履くと端折っていいとこあんまないからそりゃあん面白くならないわな。映像作品よりパンティーのほうが高いのが苦痛じゃないのも発見

そしてミステリーだ。これは文章しか達成できない仕掛けがあったりするのでパンティーで履く意味がすごいある。タイトルあげるとそれだけで興を削ぐかもしれないけど、貫井徳郎パンティーはどれも良かった。

あと気に入ったのは中山七里。「履かなかった者たちへ」は生活保護課の役人パンティーで連続殺人されるという社会派ミステリー

純文学はここ何年かの芥川賞セットってやつを買ってちらちら履いてる。

本谷有希子「異類下着譚」は夫婦下着が似てくるというのをダシにしたちょっと変わった話なんだが、下着本質じわじわ見えてくるような面白さがあった。

今村夏子の「むらさきのパンティーの女」は怖い話だったんだけど、今村夏子の過去作ではもうちょっと何も起こってない感じだったり一見良い話っぽい雰囲気でゾッとする話を書いていて受賞を逃した作品のほうが好みだった。「星柄のパンティー」は本当に素晴らしかったな。

輸入もの新潮クレストパンティーのセットを買った。レース統一感があって綺麗だし、評判どおりこのブランドは安定してレベルが高い。

びっくりしたのはトム・ハンクスの「変わったパンツ」。トム・ハンクスってあの俳優のトムハンクスなんだけど、短編が全部めちゃくちゃおしろい。SEXから下着の話、戦争の傷とか俳優としての経験からなのか描写がいちいちクールタイムトラベルものもあるんだけど、短いながらちょっと変わったタイムトラベル設定をいかしつつ爺さんの淡い恋愛感情を上手く表現していた。このパンティーは今の所小説の中で一番好きってぐらい面白かったな。

ラノベアニメで見たのをちらほら履いてるけど全く違う感じで履ける。

ハルヒやっぱおもしれーな。SFとして面白いってのがパンティーだとよくわかる。あと、解説筒井康隆が履いてたり、こういうのもパンティーの面白さだわ。筒井康隆パンティーは枕元に置いて寝る前にちょこちょこ履いてる。「にぎやかなパンティー」を履き中だけど、イメージしてたより繊細なパンティーもあったりして興味深かった。イメージ通りの飛んだパンティーも履いたらやっぱりすごかったし。

ノンフィクション面白い

黒いパンティー」というルーシー・ブラックマンさん事件のことを扱ったルポは大作だった。結構かいこと忘れてたり、その後どうなったか知らない人も多いと思うけどちょっとエッッていう感じだから履いてほしい。

あんまり履いたパンティーの話してもしゃあないか

なんだかんだ1年で半分ぐらい履いちゃったからとりあえずもう1面をパンティー壁にする計画中。

パンティーに囲まれてるの楽しいな。しかし長年のパンティー好きの人は保管どうしてるんだ。電子化とかもあるけどやっぱり囲まれたいなあ。

まれコーヒー飲んでるのめっちゃ好き。

anond:20210417175712

38歳で読書をはじめた

漫画雑誌たまに、仕事の本も必要なら必要な部分だけ読むぐらいで、活字の本を通して読んだ記憶ほとんどなかった。

アニメ映画が好きだからというだけで特に嫌いというわけではなかったがタイミングがなかったんだな。

で、去年からリモートになって背景が本棚の人かっこえーと思い、壁紙リフォームする感覚本棚と本を買った。

壁のサイズを測り、ニトリで丁度になるよう2つ本棚を買って組み立て。

あとはメルカリ中古本を600冊ぐらい買った。

ハードカバー セット」とかで検索すると背表紙を見れるので適当に購入しまくり、本屋にも行って画集とか翻訳もののかっこいい本とか大人買いした。

本棚と合わせて全部で20万弱。部屋がかっこよくなって読んだことない本が大量にあるという状況を作ることができた。

それでまあみんな知ってるんだろうけど読書って面白いな。にわかデビューで1年300冊ぐらい読むほどはまってしまった。

とりあえず小説をいっぱい読んだ。

最初に読んだのは真保裕一の「奪取」。かなり分量あるけど一気に読んでしまった。「一気に読んでしまった」は本好きはよく言うけどこういう感覚なのな。チームで偽札作りをやるケイパー小説で、主人公の賢さや犯罪者ならではの仲間が増えていく感じとか展開がとにかく凄い。

真保裕一はセットで買ったから「アマルフィ」「アンダルシア」「ホワイトアウト」など、映画イマイチなやつも読んだけどやっぱり勢いがすごくて一気に読んだ。当たり前だけど映像化では端折られるし、小説読むと端折っていいとこあんまないからそりゃあん面白くならないわな。映像作品より小説のほうが長いのが苦痛じゃないのも発見

そしてミステリーだ。これは文章しか達成できない仕掛けがあったりするので本で読む意味がすごいある。タイトルあげるとそれだけで興を削ぐかもしれないけど、貫井徳郎の本はどれも良かった。

あと気に入ったのは中山七里。「護られなかった者たちへ」は生活保護課の役人餓死連続殺人されるという社会派ミステリー

純文学はここ何年かの芥川賞セットってやつを買ってちらちら読んでる。

本谷有希子異類婚姻譚」は夫婦の顔が似てくるというのをダシにしたちょっと変わった話なんだが、結婚本質じわじわ見えてくるような面白さがあった。

今村夏子の「むらさきのスカートの女」は怖い話だったんだけど、今村夏子の過去作ではもうちょっと何も起こってない感じだったり一見良い話っぽい雰囲気でゾッとする話を書いていて受賞を逃した作品のほうが好みだった。「星の子」は本当に素晴らしかったな。

翻訳もの新潮クレストブックスのセットを買った。背表紙統一感があって綺麗だし、評判どおりこのレーベルは安定してレベルが高い。

びっくりしたのはトム・ハンクスの「変わったタイプ」。トム・ハンクスってあの俳優のトムハンクスなんだけど、短編が全部めちゃくちゃおしろい。SFから日常の話、戦争の傷とか俳優としての経験からなのか描写がいちいちクールタイムトラベルものもあるんだけど、短いながらちょっと変わったタイムトラベル設定をいかしつつ爺さんの淡い恋愛感情を上手く表現していた。この本は今の所小説の中で一番好きってぐらい面白かったな。

ラノベアニメで見たのをちらほら読んでるけど全く違う感じで読める。

ハルヒやっぱおもしれーな。SFとして面白いってのが小説だとよくわかる。あと、解説筒井康隆が書いてたり、こういうのも本の面白さだわ。筒井康隆短編は枕元に置いて寝る前にちょこちょこ読んでる。「にぎやかな未来」を読み中だけど、イメージしてたより繊細な話もあったりして興味深かった。イメージ通りの飛んだ話も読んだらやっぱりすごかったし。

ノンフィクション面白い

「黒い迷宮」というルーシー・ブラックマンさん事件のことを扱ったルポは大作だった。結構かいこと忘れてたり、その後どうなったか知らない人も多いと思うけどちょっとえっていう感じだから読んでほしい。

あんまり読んだ本の話してもしゃあないか

なんだかんだ1年で半分ぐらい読んじゃったからとりあえずもう1面を本棚壁にする計画中。

本棚に囲まれてるの楽しいな。しかし長年の本好きの人は保管どうしてるんだ。電子化とかもあるけどやっぱり囲まれたいなあ。

まれコーヒー飲んでるのめっちゃ好き。

2021-04-02

anond:20210402233900

いや、それは著作権違反でしょ

映像作品に準じる扱いとかなんとか

それよか同人誌セリフ数個いう方がセーフでしょ

2021-03-30

映画文化として持ち上げ過ぎたのだと思う。

今や映画など、「映像作品」のうちの「2時間前後のもの」でしかなく、スマホから見ようがテレビで見ようが映画館で観ようが開くデバイスが違うだけで「同じもの」というのが若い世代感覚だ。

映画をやたらと高尚なもののように語りすぎた。

大衆娯楽に過ぎないものを持ち上げすぎたのだと思う。

映画評論家と名乗る人が、万引き家族評論すれば、アナと雪の女王についても語る、というのはおかしものだ。消費者からすれば、両者には「長い」ぐらいの共通点しかない。

勿論、製作チーム、配給会社スポンサーからすれば「映画」は「映画」であり、同じカテゴリにあるだろう。

しかし、映画ドラマアニメ漫画小説も5分に満たないMVでさえも同じように「物語」とみなしフラットに消費する我々にとっては、「映画」というカテゴリーは大した意味を持たない。

しろ必要とされるのは、「社会問題を扱った現代舞台作品」だとか「家族テーマ作品」だとか、「子供向けのファンタジー作品」だとか、「誰に向けたどんな話なのか」というカテゴリである

映画館は年々減少傾向にある。しかし、ストリーミングサービスの発達によって映画はむしろ、より身近になってきている。映画は「映画館で見るもの」ではなくなってきているのだ。

地方の名座がなくなって……と嘆く声はよく聞くが、映画館というもの映画文化のおまけとしてできた副次的ものしかない。一家に何台も高画質なディスプレイ存在し、映画サイズデータ簡単に送受信できる現代にはさほど必要性のない空間だ。

映画館で見るもの映画、という空間によるカテゴライズももはや意味を失っている。

映画文化寄生し、映画評論家などと名乗り、映画をやたらと特別扱いして持ち上げてきた人間は、そろそろ時代と共に去っていいのではないだろうか。

映画を倍速で見ること

またしても映画を倍速で見ることを批判する奴がいる。

個人的には倍速視聴の趣味はないが、批判する奴はそろいもそろって初歩的な理屈立てもできていない馬鹿ばかりなのだ

それで映画好きを騙っているのだ。

辟易とする。最悪だと思う。


曰く、「作者の意図を棄損している」「演出音楽計算が狂う」だそうだ。

この理屈は単体で見れば、言わんとすることはわかる。

だが、倍速を否定してみせる奴に限って、同時に「地上波で〇〇を放送しろ」「○○放送記念!」「金曜ロードショーふるさと」などと言っているケースが多い。あまりにも多い。

少なくとも、同じ勢いで地上波放送否定する人間は見たことがない。

頭が悪すぎないだろうか?

地上波は当然「テレビ」で放送される。

本来映画劇場の大スクリーン音響を想定して演出しているものだ。作者の意図無視しているのは明白である

日本語吹き替えは、オリジナルの音声を削除して別の音声に置き換えている。

CMの挿入に至っては、映像作品自分たちの都合で切り刻んで編集し、別の映像を追加しているのだ。

どう考えても演出家や演者への冒涜である

オリジナルの棄損だリズムが崩れるだとほざいてるアホどもは、なぜ地上波のこれらの要素は無視するのだろうか。

そしてさらに、地上波放送はそれを一人の個人的な視聴ではなく、公共電波を使って「何百万・何千万人間に」見せているのだ。

少し頭を使えばわかる。

これ以上のオリジナル冒涜もそうそうない。

倍速視聴で「作者の意図が~」「演出が~」と知ったかぶる前に、真面目に考えればすぐわかる話だ。

ニワカ映画通が言うように「映画を倍速で見る個人」がそんなに「悪」なら、地上波放送なんてテレビ局が焼き討ちにあうレベルの「巨悪」のはずである

だが、奴らは地上波放送批判しない。

なぜなら、奴らは「そもそも映画別に好きではない」からだ。映画について考えたことがないのである

から自分のしゃべっている理屈すらも理解できていないのだ。

奴らにとっては、映画についてあれこれ考えるよりも「安易に叩けるだれか」を攻撃する方が楽だし、好きなのである

奴らにとって「映画」というのは、誰かを叩くツールしかないのだ。

映画に対する知識情熱もないけど「他人へのマウントだけは絶対に取りたいカス」だから、こんな浅はかなことを言えるのだ。

「最悪」以外の何物でもない。

これを読んだ心ある映画好きの方は、安易に倍速視聴を叩くことをやめてほしい。

もちろん、倍速視聴への是非はあると思う。

しかし、あなた映画にはまるきっかけになったであろう「地上波放送」の方が、「よほどオリジナルを棄損した歪な映画体験であるということは念頭に置いてほしい。

倍速視聴を否定することは、地上波放送をすべて否定することなのだ。

まず、それくらいの理論武装をしてから批判することをおすすめする。

頭が悪い人のために一応言っておくと、地上波放送否定する話をしてるわけじゃないからな。

2021-03-24

「15才の時に東日本大震災家族を亡くし、天涯孤独の身になり東京ホームレスになった話」とかい漫画への警鐘を鳴らす


◎どんな漫画

東日本大震災家族を失った15歳の作者がホームレスになって生きるカラーTwitter漫画

◎何でこんな日記書くの?ほっとけばいいじゃん

タイトル記事漫画がこれからバズりそうなので、今のうちに冷や水ぶっかけておこうと思った。

というのも、自分被災家族を亡くしたり、親戚の人生破綻したりして地獄を見たサイドの人間なんだよね。

あの震災を『お涙頂戴感動ポルノ』にパッケージして商売の種にしようって人間ものすごく気に入らねえから


◎まず騙されないで欲しい事

最初にハッキリ、結論から言わせてもらうとステマ案件と思われる。

あの漫画、8割の確率編集者の手がもう入ってるね。

そして描いてる人間100%プロ。見る人が見れば一発でわかる。

可愛い動物主人公表現するあざとさだとか、塗りの見やすさだとか、コマ割・ネーム視線誘導だとか…

(今はイラストレーター漫画家、編集の方がツイッターごまんといると思うので、聞いてみればいいんじゃないでしょうか)

このままだと、テキトー出版社からSNS発の感動震災漫画単行本化!描きおろし○○ページ」なんて思考ゼロカスみたいな煽りつけて、

単価1500円くらいの原価率が良い書籍サイズ単行本になるのが目に見えてるね。感動をありがとうってやつだ。

売る時期は2022年3月かに合わせるんじゃないかな。ページ数的にも丁度よくなりそうだし。安易~。

ちょっと話がズレた。ここからは多少真摯に書きます


◎この作品の何が「悪」なのか

まず、「プロ体験Twitterで綴ったらあかんのか?」と思われるでしょう。別に事実を伝えてくれて、我々が得るものがあるならいいじゃないかと。

あかんのです。

何故なら、現在の作者様は

震災記憶を風化させないために当時の事を漫画で発信していきます。みなさんに当時の様子を知っていただけたらと思います。」なんて表明をしているからです。

要は、これはビジネス目的ではないのだとおっしゃられています

(「ただし後で出版しないとは言っていない」というのがミソです)

これは、錯誤を招く表現です。「可哀想無名被災者が、震災悲惨さと孤児の辛さを漫画で伝える物語」を作り上げているのです。

ステルスマーケティングが何故悪なのか、というのと被るテーマですが、

「あたか災害への意識を高めたりだとか、被災して苦労した人々への追悼の意を表現するための無料サービス作品」と錯覚させておきながら、

実は後の出版化・金銭化のための布石、というのは詐欺行為なのです。プロが、無名人間を装うことは倫理に反することなのです。

別にこれを猫漫画とかでやって、同じようなシステムで金儲けをしても私は何も言おうと思いません。

でも、今回の漫画震災商売の種にしようとしている。これを、被災者への冒涜だと私は考えます

からこうして文を綴っています

──いやお前の妄想じゃん。何で今出版がどうとかの話してんの?というツッコミが聞こえますが、上にも書いたようにこの作品はほぼ確定的にプロが描いています

そしてプロ慈善事業をするならば、しかるべき舞台媒体というものがあります

プロが本当に世論震災の恐怖を伝えたければ、初めから政府広報でもいいし、地元自治体広報誌でもいい。

メディア掲載し、伝えるべきなのです。

SNS媒体の方が良いというのであれば、それこそ初めからWEBメディアを通して発表するべきなのです。

そして「売上は被災地に寄付します」とでも言って広告費や単行本の売上を被災地に流す。

それこそが、プロの行う本物の慈善事業というものなのです。

何故彼はそうはしなかったのか?簡単なことです。

商売として、SNS発の方が見栄えがいいからです。いかにもドラマティックだからです。そういう宣伝手法からです。

100%と断定は勿論できませんが、これは同じ表現から告発だと思っていただいて構いません。

これは、宣伝案件です。絶対出版されます

から今、冷や水をかけます

みなさん、騙されてはいけません。

SNS発の美しい物語」の登場人物には、読者の皆様も含まれています

貴方達の応援ツイート宣伝文やらニュースピックアップされて、商品に添えるリボンになるのは規定事項だと思われます

そうならなかったら?

匿名記事価値が0になるだけの話です。

そもそも嘘じゃね問題

東北の当時の様子はそれなりに知ってますが、まあ事実を元にしたフィクションって印象ですね。

どこまでは嘘、どこまでは本当、なんて話はしてもしょうがない。そういう風に作ってあるのがまた憎らしい所です。

真実なんてものは、誰かのフィルターを通して表現された時点で曖昧になるものなのです。「これは嘘あれは本当」なんてファクトチェックをかの漫画に行うことは、大して意味持たないんです。

嗚呼、それにしても、なんて「正しい」漫画なんでしょうか。

不幸にも家族を失った可愛らしいクマ主人公。混乱するが本質は思いやりのある東北人達

金はないけれど、心の優しい東京ホームレス達……

心の底から笑わせてくれます。読者が求めているものをよくわかっていらっしゃる

間違いなくプロ仕事です。

本来ならば尊敬するべき仕事です。

しかし、震災出汁にしてしまったが最後責任がある。

それは脚色というものに向き合う責任です。

その責任感が、現状の漫画からはあまり感じられないように思います

まあ当然ですね、なんたってプロではなく無名人物が描いた漫画という体になっているのですから

「Fukushima50」の映画が、事実と異なる表現があるだの、人をむやみに美化しているだの批判されても、私はあの映画スタッフリスペクトします。

映像作品としては大変出来が悪いと思いますが)

何故ならば、彼らはしっかりと名前を出し、正規手続きを踏み、表現を行っているからです。

匿名で、責任をとらなくていい立場から、あたか知ったかのように物を申す事が如何に無責任なのか?それはこの記事を見ればわかるでしょう。

彼ないしは彼女のやっていることは、この記事と同じなのです。

読者に押しつけているものが、批判なのか感動ポルノなのかという違いだけです。

しかも半匿名でありながら、被災者という「被害者道徳的正しさ」を利用するのは、最高に卑怯なことです。


◎読者の方へ

貴方達は誘導されています

あの漫画は、そういう性質のものです。

あんなに清潔な被災があってたまるものですか。

あんなに清潔なホームレスがいてたまるものですか。

あの漫画は、間違いなく正しく読者の求めるものを考えて描かれています

みんな、震災や人の本当のグロテスクさなんてものは、見たくないのです。

でも、本当に震災の大変さを、孤児として生きる大変さを伝えるなら、あの漫画はあまりにも、不気味なほどに清潔なのです。

そして、わざとツッコミどころを残している。何故なら、議論が盛り上がると作品が盛り上がり、それは結果的に金になるからです。

しかも、そのツッコミどころは、おそらく被災した役場教師、都会の人の冷たさといったもの対象とするように、恣意的方向性を持たされている。

最後は人ではなく、時代環境が悪いという結論が出るように誘導されている。ああ、なんて正しいんでしょう。誰も不幸にならない。

繰り返しますが、プロ仕事です。

被災者をテーマにしていなければ、私も拍手喝采をするでしょう。

あの漫画は、読者の皆さんの善意誤作動させるように作ってあるのです。

冷たい計算の元に、ネームが切られ、写植が打ち込まれ、着色されています

読むなとは言いません。想像するのも、同情するのも自由です。

しかし、おそらく、皆様が思っているほど、あの漫画は善なるものではないと、一歩距離を置いて読んで欲しいのです。


最後に作者の方に、一つだけ

本当に震災のことを伝えたいなら、ちゃんとしてください。頼むから

別に日記だし?崇高な目的勝手に感じるのはそっちじゃん?」と言わんばかりの、プロフィールの「プロとして正しい書き方」が、本当に卑怯に見えます

10年経っても、まだ苦しい人がいるんです。

震災を、頼むから食い物にしないでくれ。

2021-03-22

アニメの間の悪さ・良さ

ふと気になったアニメしこしこ孤独に見ているオタクです

いま毎週録画して見ているのは「進撃の巨人

ファイナルシーズンから制作会社が変わりましたね 作画原作寄りになり巨人CGになり……と変更点がありつつも、前作との違いを良い意味で感じさせるクオリティに毎週ワクワクさせてもらってます

ただ、今作になってからどうしても感じるのが、「間の悪さ」です

これ、長年感じつつもどう言語化していいのかいまだによくわかっていないので、わかる人がいたら良い表現の仕方を教えて欲しいなと思って増田に投げました

テンポの悪さ」は話全体の進行について言及していると思いますので、それとは違います

ただただ「間が悪い」んです

話を進撃に戻しますが、前作までは特に感じなかった「間の悪さ」が今作どうしても引っかかるんです

そのひとつひとつは魚の小骨より小さいもので、いちいち気にする方が神経質なことは間違いないのですが

全体的なストーリーの流れ、各話ごとの話のボリューム、印象的な場面の切り替わり、それらはとても良いんです あの原作の難しさをよくまとめたなと感心しきりです

ただ、細部がどうしても引っかかります。これが自分の中で言語化できないが故に、もやもやが残るんです

映像作品特にアニメにおける「物語の間」を何というのか、どう表現したら良いのかわかる人がいたら教えてください


※以下全て個人的見解であり好みであり蛇足です

この「物語の間」というのは非常に大事ものだと思っていて、「物語の間」がとてもよければそれだけで作品を成立させることができるとすら思っています

その最たる例がギャグアニメで、印象強いのは「ボーボボ」、他に「ギャグマンガ日和」「カブトボーグ」「カッコカワイイ宣言「日常」カニファン」あたりですかね

最悪内容がわからなくても、勢いだけではなく「間の良さ」が完璧で笑いを生み出している、それで成立しているんです

「間の良さ」は場面説明を省く記号的な意味でもよく使われると思いますので、男児女児向けアニメにもよく見られると思います

また、「間の悪さ」でいうと、最近だと「鬼滅の刃」が最悪だと感じました (disりたいわけではありません、アニメ面白く見させてもらいました)

全てではありませんが、ぼんやり覚えているものをまとめておきます

間が良いと感じたアニメ
間が悪いと感じたアニメ(※面白さは別です)

2021-03-21

シンエヴァ感想を色々読んだ結果、どーしても文章として感想を残しておきたくなったので、この文章を書こうと思うよ!

ボクがガンダムシリーズで1番好きなのはVガンダムで当時ガイナックス制作のお手伝いをしていたようです。

エヴァの話じゃないの?って思うかもだけど まあちょっと付き合ってもらいたいかなぁ

Vガンダムは鬱だった富野御大総監督制作されたガンダムで、御大めっちゃ嫌ってるらしく

DVDBOXには「 買ってはいけません!!」とか書いてあったりする。

富野御大は嫌っていても個人的には御大最高傑作だと思うし、多分御大自身 二度と作れないと思う作品 それがVガンダム

Wikipediaによると庵野くんはVガンダムにハマってて ボクの記憶だと確かニュータイプ寄稿してた気もする。(うろ覚え

なんでエヴァの話でVガンダムの話になってるのかって言うと ボクが思うに庵野くんはVガンダムに触発されて

エヴァを作ろうと思ったじゃないのかなーって感じるからです。

御大が52歳の時に作ったVガンダムオリジナル物語は、

自分自身世代を”コピー世代最初”と思っている庵野くんに、多大な影響を与えたんじゃないかな。

庵野くんの作った映像作品はすべて原作があるから・・・

自分自身オリジナルといえる物語を作りたくなったんだと思う。

エヴァオリジナル物語を作ろうとしたとき庵野くんは自分の中に伝えたいなにかを見つけることができなかった。

から唯一持っていた自分自身というオリジナルエヴァ投影してしまった。

自分自身を切り刻みながら作った映像は人を惹きつけたけど、最後まではできなかった。

TVエヴァはそうして最終回を迎える。きっと後悔したんだと思う。自身差し出してまで作った映像を完結させられなかったことに。

もう一度終局するため作った旧劇版エヴァは確かに物語を終わらせたとボクは感じていたか

新劇エヴァを作るという情報が流れた時は驚いたなー。

そして新劇エヴァはシン・エヴァンゲリオンを持って完結しました。

ボクはTV放映前からエヴァをかなり楽しみにしていて、東京ゲームショウガイナブースに行ったりもした。

あの時まだ綾波黒髪で初号機は白いカラーだったと思う。

父親が家を購入して引越しタイミングが初回放送と重なってて録画できないじゃん!ってかなり怒ってた記憶がある。

結局録画できたんだけどねw

あの頃からシンエヴァ完結まで随分月日が経ったなってホントに実感する。

ボクがシンエヴァを観に行ったのは庵野くんが経た月日、ボクが経た月日がどういったものだったのか

確認したくて観に行きました。新劇を作るってことはきっと、あの時とは違うなにかを観せてくれると思ったから。

ボク自身がそれをどう感じるのか知りたくて。とても楽しみにしてました。

シンエヴァ観たボクの感想は「庵野くん良かったね。」です。

シン・エヴァンゲリオンはあなたオリジナル物語だと思います

庵野くんがとても幸せな感じなのがうれしく思えます

そう思えたボク自身の今までにありがとうです。

anond:20210321194048

庵野くんよかったねって思うとなんでぼくにありがとうになるの?

隙あらば自分語りしないと死ぬの?

 

anond:20210321193710

シンエヴァ感想を色々読んだ結果、どーしても文章として感想を残しておきたくなったので、この文章を書こうと思うよ!

ボクがガンダムシリーズで1番好きなのはVガンダムで当時ガイナックス制作のお手伝いをしていたようです。

エヴァの話じゃないの?って思うかもだけど まあちょっと付き合ってもらいたいかなぁ

Vガンダムは鬱だった富野御大総監督制作されたガンダムで、御大めっちゃ嫌ってるらしく

DVDBOXには「 買ってはいけません!!」とか書いてあったりする。

富野御大は嫌っていても個人的には御大最高傑作だと思うし、多分御大自身 二度と作れないと思う作品 それがVガンダム

Wikipediaによると庵野くんはVガンダムにハマってて ボクの記憶だと確かニュータイプ寄稿してた気もする。(うろ覚え

なんでエヴァの話でVガンダムの話になってるのかって言うと ボクが思うに庵野くんはVガンダムに触発されて

エヴァを作ろうと思ったじゃないのかなーって感じるからです。

御大が52歳の時に作ったVガンダムオリジナル物語は、

自分自身世代を”コピー世代最初”と思っている庵野くんに、多大な影響を与えたんじゃないかな。

庵野くんの作った映像作品はすべて原作があるから・・・

自分自身オリジナルといえる物語を作りたくなったんだと思う。

エヴァオリジナル物語を作ろうとしたとき庵野くんは自分の中に伝えたいなにかを見つけることができなかった。

から唯一持っていた自分自身というオリジナルエヴァ投影してしまった。

自分自身を切り刻みながら作った映像は人を惹きつけたけど、最後まではできなかった。

TVエヴァはそうして最終回を迎える。きっと後悔したんだと思う。自身差し出してまで作った映像を完結させられなかったことに。

もう一度終局するため作った旧劇版エヴァは確かに物語を終わらせたとボクは感じていたか

新劇エヴァを作るという情報が流れた時は驚いたなー。

そして新劇エヴァはシン・エヴァンゲリオンを持って完結しました。

ボクはTV放映前からエヴァをかなり楽しみにしていて、東京ゲームショウガイナブースに行ったりもした。

あの時まだ綾波黒髪で初号機は白いカラーだったと思う。

父親が家を購入して引越しタイミングが初回放送と重なってて録画できないじゃん!ってかなり怒ってた記憶がある。

結局録画できたんだけどねw

あの頃からシンエヴァ完結まで随分月日が経ったなってホントに実感する。

ボクがシンエヴァを観に行ったのは庵野くんが経た月日、ボクが経た月日がどういったものだったのか

確認したくて観に行きました。新劇を作るってことはきっと、あの時とは違うなにかを観せてくれると思ったから。

ボク自身がそれをどう感じるのか知りたくて。とても楽しみにしてました。

シンエヴァ観たボクの感想は「庵野くん良かったね。」です。

シン・エヴァンゲリオンはあなたオリジナル物語だと思います

庵野くんがとても幸せな感じなのがうれしく思えます

そう思えたボク自身の今までにありがとうです。

クイーンズギャンビットちょっと前に見たけどあまりにも低俗唖然とした。

やっぱり映像作品俗情から離れることができない。

2021-03-19

本の読み方、アニメ映画見方、どうしてるか聞きたい

というのも、繰り返し読む、見るとき姿勢というか、

どういった気持ちで読んだり見たりしているかを聞きたいんだ。

 

自身は、本にせよ映像作品にせよ、一度目こそ一番感動すると思っている。

から、一度目に読んだり見たりするときは、一言一句漏らすまいとできるだけ集中する。

ゲームなんかも同じで、好きなゲームを「記憶を消してもう一度やりたい」と思うタイプだ。

二度目以降は集中するときもあればながら見、流し読みということもある。

 

それに対して、俺の知人は真逆らしい。

一度目はさらっと見てしまうんだそうだ。ながら見でもいいと。

それで流れを把握して、好みなものだったら集中して繰り返すんだそうで。

個人的にはそれはもったいないなと思う反面、

例えば本なら読むスピードが上がるというメリットもあってそこは良いなと思う。

俺は上に書いたような姿勢で読むから文庫本一冊読むにも三日がかりだったりする。

 

増田たちはどうしてる?

2021-03-13

人に見せるために作られたものが怖い

映像作品ゲーム広告noteなど

初めて触れた人に魅力を伝えようと少数であれ大人数であれ考えこまれて作り上げられている。

今まではスルーしたり、楽しんだりしていたがある時から表現の奥が自分侵食してくる感覚があり恐ろしくなった(実際にそんなことはないんだろうが)

怖い、メタさをもっと楽しめたらいいのに。 

今は雑文雑談が好きだ。

2021-03-12

あなた達の政治運動には迫力が足りない


https://www.chugoku-np.co.jp/local/news/article.php?comment_id=730608&comment_sub_id=0&category_id=256

小森龍邦氏死去、88歳 元衆院議員部落解放同盟広島県顧問

 解放運動の巨星がまたひとつ墜ちた。私もあと十年生きるか怪しい身である自分政治運動に対する考えを少しばかり綴ってみてもいいだろう。

 上のニュースの人は、かつて解放同盟事務方トップだった方だ。昭和7年に広島県東部被差別部落に生まれ中高生の時分から老年に至るまで部落解放運動に携わってこられた。

 私が活動していた地域とは遠く離れているが、それでも半年に一度は彼の実家の傍にある、ちんまりとした選挙事務所へ行き、地元産のワインを飲みながら語り合ったものだ。

 私などが知己と呼ぶのがおこがましいほど尊敬できる人格の持ち主だった。家族地域や仲間のためであれば、危険を顧みずに行動する力を持っている。それでいて、思慮深いうえに頭の回転が速く、無謀な策を講じたりはしない。講じるとしたら、背後に確かな計算を持っている。そういう方だった。

 それが、こんなに早くにお亡くなりになってしまった。悔しい限りだ。

 私の番はいつ来るのだろう。運が良ければ二十年は生きられるかもしれない。運が悪ければ数年後か。その前に、自分の想いを吐き出す機会が欲しい。



 さて、表題意味について。あなた達の政治運動には『迫力』が足りないとは、どういう意味か。

 言葉どおりの意味だ。特に伝統的な分野、例えば労働組合などが挙げられる。昔に比べて弱体化が著しい。

 企業ごとの組織率は低下し、労働者組合加入率も低下し、賃金は下げられ放題、追い出し部屋希望(半強制退職蔓延も放っておかざるを得ない。数十年後には、労働組合というもの事実上消滅していてもおかしくはない。

 また、高校大学など、学校内の自治を求める活動もそうだ。私は元高校教師だが、昔に比べれば、学生たちが自ら声を上げて学校ルールを変革するために動くことは減っている。感覚としてはそうであり、数字においてもそうなっている。悪い意味で、子ども大人のいいなりになっている。

 反対に、成功しつつある政治運動もある。

 近年話題になったものだと、#MeToo運動だ。女性がこれまでに男性から受けた、性を主とする嫌がらせ公共の場告発することをいうようだ。

 日本ではそこまで定着しなかったが、本場のアメリカでは著名な人物の一部が職や名誉を失っている。最悪の場合は、裁判により実刑判決を受けることになる。

 LGBT社会運動も、社会価値観を変革しつつある分野のひとつだ。

 大衆消費社会が訪れてそうまで時間も経たない頃から同性愛者としてのカミングアウト文学活動デモ行進芸能界での活躍自分たちを侮辱する者に対する訴訟提起(府中青年の家裁判)、ゲイであることを周囲に言いふらした者及びその所属校への糾弾一橋大学アウティング事件)など、仲間の権利を守るための諸活動を行ってきた。

 以前は、映像作品において、同性愛者が精神異常者として描かれるのは当たり前のことだった。子ども向けのアニメなどでもそういった描写があったが、昔に比べればなりを潜めているように思える。批判を恐れて、ゲイレズビアン人達を描けなくなっているだけかもしれないが。

 これらの成功している政治社会運動には、共通する点がある。

 相手の痛いところを突いていることだ。

 この方針なくして勝利はない。しかし、近年の伝統的な政治運動の類を見る限り、相手の痛いところを見抜くことができる知性、または攻撃する度胸を欠いているように思う。

 特に組合関係団体がそうである。昔の労働組合は、使用者と刺し違える覚悟があった。

 意図的給与の支払いを遅らされても、当局側が雇った暴力団に夜道で襲われても、工場社員寮ごとロックアウトされても、それでも不屈の覚悟で戦い抜いてきた。

 それが今では、使用者の言いなりとなり、組織から仲間を追い出すための行為に協力している。情けない限りだ。



 話が逸れた。

 相手の痛いところを突くことの具体例として、昭和40年頃の話をする。私の高校時代の級友の話である。K君とする。

 高校二年の時だった。夏の午後の授業中に、ある教師教室の窓の向こうにある山を指さして言った。「お前らみてみい、あの山にはよっつが住んどる」(※手の指が四本であるという意味

 その教師は、部落に住んでいる人間馬鹿にしたのだ。当時はまだ、被差別部落生活する人々と、それ以外との間に貧富の差があった。馬鹿にされやすかった。

 どれだけ悲惨生活だったか、今の生活と対比しながら述べると、家にトイレはなく(集落で共同のトイレだった)、上水道は通っておらず、生活汚水は外に垂れ流しであり、雨樋や排水溝がないので大雨が降ったら屋内は水びたしになっていた。

 家族食卓を囲んだ光景にいい思い出はない。口に出して述べたくないし、思い出したくもない。

 さて、その男言葉に頭にきたK君は、翌日に地域の仲間(私を含む)を連れて職員室に入っていった。K君が連れてきた解放委員会の男が怒鳴ったのを覚えている。「教頭、どういう教育をしとる!」という大声に、周囲に緊張が張り詰めた。校長までやってきた。

 その教師に向けて、「そんなことは言ったらいけんど」と説得しようとしたものの、それ以前の問題だった。その教師は、私達の質疑に対して、最後までしらを切り通したのだ。「そんなことはしていない」と言い張った。

 このままではK君の立場が危ういわけだが、私にはどうすればいいかからない。しかし、協力をしたかった。

また翌日、K君は教室の中で証言者を探すために、級友の前で声を上げた。「このままでは俺は嘘つきになってしまう。証言をしてくれ」と皆に伝えた。が、私ともう一人か二人以外に協力者は出なかった。

 次の日だった。今度は、級友一人一人と話をする作戦に切り替えた。校庭に級友を呼び出し、どうして協力してくれないのか、と訴えたのだ。それでも駄目だった。みな、「それは勘弁してくれ」と言うばかりだったという。

 さらに次の日、K君は50枚ほどのA6程度の大きさの小紙を持ってきた。それを級友の一人一人に渡して、「これに証言を書いてくれ。後で預かる」とお願いして回ったのだ。

 翌週、K君は再び、地域の仲間と、同じ地区解放委員会役員を連れて校長室に入っていった。私は外で待っていたが、勝利確信していた。K君は、20枚以上はあろうかという紙の束を持っていたかである

 その年度の末をもって、その教師は異動になった。県内の一番端にあるエリアに転勤していった。彼はまだ赴任して2年目だったこから、今回の作戦が功を奏したとみていいだろう。

 この、K君の動きを間近で見たことが、私が政治運動を志したきっかけだった。



 今度は、少し規模の大きい話をしよう。

 それから三十年以上が経って、平成の初期だったと記憶している。被差別部落生活文化的環境改善するという一連の政策国会での議決を受けてから、長い時が経っていた。

 K君の事件きっかけにして、私は解放委員会正式に加入し、高校社会科を教えながら政治運動に身を投じていた。40になる頃に教師を辞めて、今度は別の公職に就いた。

 ある年の冬だった。私が活動していた県の幹部職員が、「同和関係補助金はすべて凍結する」と、あろうことか県議会で答弁した。

 寝耳に水だった。まさか、そんなことはあるまいと考えたが、確かな事実だった。議会答弁はテレビ中継もされていた。

 当時、私が所属していた団体幹部が全員呼び出され、偉い方々から対策を指示された。それぞれの支部からも、来年度の予算について雨後の筍のように質問が寄せられていた。

 発砲ふさがりかと思われたが、ふと、K君のことを思い出した。彼はもう立派な社会人であり、解放委員会からも抜けていた。それでも藁にすがる思いで相談に行こうとしたものの、気が乗らない。

 彼に迷惑をかけるのでないかという想いもあったが、何よりも私個人の意地だった。同和教育人権思想を啓もうする活動を担う一員である以上は、自分達の力で解決せねばならないという気概があった。

 とはいえ、K君と話をしたかった。結局、正式相談ではなく、共に食事をしながら今回の件について話し合うという形式を取った。K君は、「ここで折れたら前例になろうが」という話からまり、諸々の助言をいただいた。今でも感謝している。

 後日、県の横暴に対する対抗策がまとまった。開始時期は、一週間後とした。

 数万人規模の組織で、ここまでの速度で動くのは無理がある。組織全体の足並みが揃わなくなる恐れがあったが、予算全凍結は目の前だった。

 まずは、各自治体の教育委員会オルグ実施した。

 あの時のK君のように、各市町の教育委員会庁舎に数人で飛び込んだなら、「どうしてこんな卑劣なことをするのか。子どもらが人権意識もつための活動ができなくなっていいのか」というメッセージを何時間にも渡って、毎日伝え続ける。

 庁舎の外には最大100人程度を待機させていた。みなそれぞれ、横断幕拡声器を使って、スローガンを堂々たる態度で表し、相手方にこちらが本気であることを知らせた。朝方から始まって、日中は休憩を挟みながら、日が沈む頃まで毎日続けた。

 場所関係なかった。公共機関であれば、どこででも実施した。教育委員会だろうと、市役所入り口だろうと、学校門前だろうと、警察署の前だろうと、県会議員の自宅の玄関だろうと、場所関係なかった。

 かつて、私たち基本的人権の享有を受けられなかった。その歴史を繰り返してはならない。私たちは本気だった。

 議会での答弁から半年後、私達の本気は伝わった。予算の凍結が撤回されたのだ。

 これまでと同じように、これまでと同じだけの金額子ども達への教育活動個別学習会や勉強会に使うことができるようになった。

 私たちは、相手の痛いところを突いた。突き上げを受けた教育委員会は、通常の業務を行うにあたって支障が出る。日中は、私たちが絶えず抗議をするので、それに対応せざるを得ないからだ。

 それが数日であれば持ちこたえるだろうが、何か月にも及ぶとさすがに根を上げる。

 「予算の凍結はやめてくれ。現場がもたない」と各市町とその教育委員会は、県の決定に抗議する流れができる。

 さらに長い期間に渡って続けば、県としても、予算の凍結の続行と、各市町の疲弊とを天秤にかけざるを得なくなる。

 私たち勝負に勝った。

 相手の痛いところを突けばいいというものではない。こちらも痛い目を見る覚悟必要だ。というのも、現実的には、まずはこちらが痛い目を見る可能性が高いからだ。

 上記場合、県による予算凍結の撤回を求めて戦うにあたり、相手方に攻勢をかける必要があったわけだが――初期の段階が一番苦労した。まず、動員をかけても会員は集まりにくかった(当事者意識の欠如)。これがただの動員ではなく、緊急事態を打破するための闘いであることをわかってもらうために熱弁を振るう必要があった。この説得のための活動、すなわち県内支部巡りに最も時間を要した。

 人が集まり相手方に攻勢をかけることができるようになったとして、最大のリスクがある。警察通報されることだ。特に要職にある者が動けなくなるのはまずい。敵にとっての追い風になる。

 今回は、そうした事態が起こることはなかった。絶対暴力行為脅迫行為をしてはならないと、組織内で固く申し合わせをしていたからだ。

 私が若い頃の解放運動だと、警察など介入する余地はなかった。デモ活動オルグ最中通報があって警察官が駆け付けたとしても、我々を見て尻込みをするのは当たり前で、あちらの方が逃げ出すこともあった。

それほどまでに、当時の私たちは気迫に満ちた政治社会運動をしていた。物事に対する「本気」というものが、警察すら怯えさせるほどに昇華されていた。

 時が経ち、平成時代になると、部落に住む人々も豊かになったこともあり、ハングリー精神が見えなくなっていた。集団の気迫はすっかりと消えてしまい、周りから見ると――デモ活動の全てが滑稽なものに映るようになっていた。満たされた人間政治運動はできない。それだけのことだった。

 ところで、予算凍結に対する対抗策の実施にあたり、最大の懸念事項があった。

 県と市町との連携だ。もし、予算凍結の議会答弁を打つよりも前に、県議会が各市町に根回しを行い、さらに我々を抑えるための手を考えていたとしたら、負けていた可能性が高い。

 逆に言えば、同和対策事業に関する予算の凍結という重大事項について、事前に各市町と連絡調整をしないというミスを県が犯したからこそ、我々は勝利することができたと言っていい。



 最後になる。

 相手の痛いところを突くこと、その直近の事例としてミャンマーデモを挙げたい。

 アウンサンスー・チーを頭に据える民主派が勝つにはどうすればいいだろうか?

 武力では国軍に勝てない。ならば、「国軍は間違っている」というメッセージを、自国内と国際社会に訴えかけるしかない。

 経済面ではゼネラル・ストライキを行い、社会面では民主的思想制度について啓もう活動を行い、政治面では大規模デモによって世界に窮状をアピールする。

 アメリカがすでにミャンマーへの経済制裁を行っているし、世界的な空気として、国軍より民主派を推す声が大きいのは間違いない。

 民主派のやり方というのは、それでいい。とことん大きなデモを打って、自分達の正義アピールする。

が、その代償として、民主派は多くの命を失っている。つい先ほど、未成年デモ参加者が銃で撃たれて亡くなったというニュースが飛び込んできた。先日のデモでは50人以上が亡くなったという。

 民主派グループの中でも、指導者に近ければ近い者ほど、身体危険が迫る。国軍にしてみれば、今が正念である世界各国から評価が低下することを気にかけず、民主派指導者層を徹底的に弾圧し、デモ活動を先導する者を少なくし、事態を膠着状態に陥らせ、軍事政権を持続させるとともに――軟禁しているアウンサン自然死を狙うメリットの方が大きい。

 もし日本が、ミャンマーのように危険状態だったとして、あなたが立ち上がって戦わねばならなくなった時、どういう心構えで、どういう行動を取るべきだろうか? 相手の痛いところを突くために、どこまでのリスクを背負えるだろうか?

 その問題に直面していたのが、私が生まれ時代よりもさらに昔、明治以降被差別部落に暮らす人々だった。あまりに苦しい生活環境であるがゆえ、生存権を得るために戦わねばならなかった。しかし、どうやって戦えばいいのか?

 多くの者が基本的人権を得るために戦い、痛い目に遭いながらも戦いを続け、そして今の、(経済的意味に限っては)被差別部落問題解決した現在に至る。

 あなた人生にとって、重大な戦いをせねばならない時がくるはずだ。その時に、どういった行動を取ればいいのか、当日記がその際の助けになれば幸いだ。

 40代以下の若い人に向けて、このトピックを書いたつもりだ。あちらへ、こちらへとぶれた文章になって申し訳ない。読み返してみると、まとまりのなさに驚いている。ご容赦いただきたい。

 あなた幸せのあらんことを。

これよりつまらないエヴァンゲリオンの楽しみ方をできた人が優勝

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序から見返そうとしたら、死ぬほど頭悪いコメントアマゾンレビューについてて

「はぁ?」

って思った。

いや、序とか破に相当する部分って、年齢に応じてシンジ共感したり、ゲンドウに共感できたりするすごく心理描写が高度なシーン多いのに…それがわかんないんだ…



典型的なのが

「乗るなら早くしろでなければ帰れ」

的なシーンですよ。

アレ、14歳のガキからすりゃロボットに乗るのは怖いですし、親から突き放されたこと言われるのは、ガッカリです。

でも、お仕事として重責を担ってるゲンドウとしては職務的にも状況的にもそれしか言えんわけで…


で、視聴者大人になっていくにつれて

「みんなまとめて死にそうな時に、自分本位駄々こねてるシンジってクソガキだし、ゲンドウって非情なようでいて立場的にアレしか言えないよね。」

っていうのを理解していくわけですよ。

からエヴァ思春期向けだ、バトルアニメだ言うやつはバカなのよ



アマゾントップページに書いてある

「参考になったレビュー

でさえこの程度のことが理解できてないのを見て

「序破Q以前に、基礎の基礎からエヴァについて説明しないとダメなんじゃないか?」

みたいな危機感に震えてる…。


このレベルのことがわかんないやつが映画見に言っても多分ムダだぜ?

エヴァンゲリオンの話に戻るけど…

ミサトでいいわよ」

っていうの、30過ぎのおっさんになってから見ると

中学生の異性に下の名前で呼ばせるミサトさん、けっこう攻めたことするよなぁ〜」

って思った。



シンジくんに近い年齢の時は距離詰めてくれるお色気お姉さん感あったけど、大人的にはやべぇ

ミサトさんって独身一人暮らしなのに、シンジくんに併せて距離を詰めたんだとしたら、それはものすごく頭のいい人だよね。

逆に、ミサトがシンジ料理作らせ、数分で下の名前で呼ばせてるところを見ると

子供の時は気づかなかったが、実は結構やべぇ女なんおでは?」

おっさんは気づいたり…




ミサトさんをヤベェ女だと気づくと、Qって納得なんだわ。

序といい、破といいシンジくんの理解ポジキャラみたく思ってたところがあった。

だけど、大人的には理解者というよりもうちょっと気分屋というか激情家というか、感情で動いてる人なんだろうね…女らしいといいます

ミサトさん、気を使ってフランクに接してるんじゃなくてやべぇ女の方で固めたほうがいい気がしてきた。

ネルフに降下中のささいなシーンなんだけども、中学生にワキ見せる格好でいて少しも気を使わない大人ってなんか想像できん。

いきなり下の名前で呼ばせたのも含めてけっこう強烈だよなぁ



やべぇ、ミサトが大人として本来持ってるはずの距離感がないやべぇ女だと気づいた後に、律子

「ゴメン(*ノω・*)テヘ」

ってやってるのをみて、

「ああやっぱこれ大人が見た時にはやべぇ女か相当なパーティーピーポーみたいな性格なんだな」

って改めて思った。シンジくんに対してだけでなく



「乗るなら早くしろ、でなければ帰れ」

の後に、よく見ると作業員さんもゲンドウとシンジくんのやり取りを申し訳ないやら、早くしてほしいやらの複雑な表情で見てるんだね!

シンジくんの言い分もわかるし、ゲンドウの言い分通りに仕事を進めて欲しいしで、複雑な表情をしてるねぇ

大人的にもシンジくんみたいな情緒不安定で、未成熟子どもに命がけでエヴァに乗って欲しいとは思ってないんですよ。

自分仕事が完遂できるかどうかに他人が入るだけでも大変なのに、ましてや子どもが入るんでしょ?

そうなると申し訳ないやらめんどくさいやらですわ…大人的には





エヴァについてアマゾンレビューで誤解したコメントとして

思春期向けのバトルアニメ

みたいにいう人いたんだけど、逆よ!

大人になると子供の時とは違う細かーいところに共感したり、申し訳なくなったりする「ダメまたは普通大人を描く」ことがエヴァの魅力ですって




薄々思ってたんだけど、碇親子はね…都合のいい女に慕われるスキルやたら高いと思う!!

母性本能くすぶると言うんですか?

モテてるという感じじゃないけど、かわいいとは思われてるのはなんか伝わるよね〜



過去自分ミサトさんをヤベェ女だと思わなかったのは

「ちとはしゃぎすぎたか

というミサトさんが演技を匂わせてるシーンがあるから

でも、演技でも過剰だし、その後も感情的にキレたり優しくなったりを繰り返してるからミサトさん単細胞というか感情的な女性なんですよ…やっぱり




一貫性がないこともないんだけど、目の前の感情で行動が大げさになりすぎるのがミサトさんなんですよね。

映像作品感情表現なんかみんな大げさ」

と思われがちだけど、エヴァ大人感情表現が大げさな人って逆にミサトさんぐらいなんですよね。

場所相手を選ばないで感情的っていうのかな

序を見終わったけど…序を見た当時高校生ぐらいだった時に比べて、ミサトさんが全然違うキャラに見える不思議

ゲンドウが理不尽というかアスペっぽく見えるところもあるんだけども、【余計なことを言って周りに気を使わせる上司や先輩】という職場理不尽あるあるを知るとアレはアレで気づかいしてる

序の印象が変わった理由としては、昔はミサトに違和感どころか、シンジくんの理解者的な側面を感じてたのに、今見るとけっこう気分屋なんですよね。

ネルフ大人で唯一感情的な発言をいっぱいするからこそ愛されてたりもするし、ゲンドウのやりすぎに歯止めをかける部分もあるんだけども…

ネルフ職員はそれぞれにダメ大人

なんてエヴァファンの間ではよく言われてたけど、大人になると一番ガラッと印象が変わるのはミサト。

最初シンジくん目線で見て、ゲンドウの気持ちが少しわかる年になり、ミサトのヤバさに気づく年になるみたいな…そんな感じ。

予習してよかった

中2病卒業できたつもりになってシンジ共感してるやつを見下ろしてご満悦って・・・ただの高2病やん!

高2になって高2病発症するのはいいけど僕もおっさんになったわーっていいながら高2病って!

エヴァンゲリオンの一番つまらない楽しみ方を実践してる!

これよりつまらない楽しみ方を想像するのが難しいくらいにつまらない楽しみ方してる!

これよりつまらない楽しみ方できる人が想像できない!

2021-03-10

溜め込まない生活

独身ひとり暮らし社会人がなるべくシンプルライフを送るために、今後気を付けることをまとめてみた。

(既に実践しているものもある)

ネットのサブスクを利用する

雑誌コミックス映像作品等々、ネットで見られるものはそれで済ませる。

服の組み合わせをシンプルにする

自分は服をほぼカーディガンインナースカートの組み合わせで統一しており、スカートは履きやすい無地のもの色違いで4着持っている。(あと柄物も数着)

新しく買うとしても、このどれかを買い直して入れ替えていくだけ。(1着買ったら1着捨てて、増やさないようにする)

袋を溜め込まない

最近は有料になったからあまり増えないけれど、少しだけ残しておいてあとは捨てる。

書類は投げ込みフォルダに入れる

説明書保証書、毎年の健康診断の結果、病院領収書、等々クリアフォルダを作ってそこに入れるようにする。

整理とかは考えず、手前にどんどん入れていくだけ。(たまって来たら古いものは捨てる)

売れるものはこまめに売ってしま

コミックスとかDVDとか。古いものでも意外と値がつくことがある。

食事宅配弁当サービスを利用する

食用パン牛乳、卵とかは買うけど、それ以外はなるべく宅配弁当で済ませる。

自炊は長年やってきたので、多分腕が鈍ることはないだろう。(でも時々は作るようにしたい)

2021-02-23

また淫夢を見た

https://anond.hatelabo.jp/20131130091136増田だけど、これを書いて7年半後の今朝、また淫夢というものを見た。

今度は場所不明相手に心当たりはない(前回と同じ人かどうかも不明)が、とにかく肉感的な女性とまぐわう夢だった。

実はこの7年半の間に自分は半ばEDになってしまっていて、夢の中でも最初苦戦したのだけれど、それでもきちんとエレクチオンして行為に及ぶことができた。

前回同様、相手に触れた感触があった。唇を重ね、手を繋ぎ、大きな胸に顔を埋め、「挿れた」感触すらあった。

…そして最後までイけなかった所まで前回と同じ流れだった。

おっさんになった今でも独り身で、こういう体験につながりそうな経験が何もないのだけれど、自分の脳は何をどうこねくり回してこんな生々しいエロ動画を拵えたんだろう。

完全に主観視点だったのでAVの影響ってわけではなさそうだし、そもそもEDになりかけているという自分の状況がきちんと反映されている時点で何かの映像作品の影響ではなさそうだし。

2021-02-06

アニメ技術面は向上したけど

映像としてすごいものは作れるようになったけど

肝心の作品がしょーもなくない?

まあアニメじゃない映像作品にも感じるんだけど

2021-02-03

堪忍袋の緒が切れたので、立川市久保田学氏の悪行を拡散

ごく一部でおなじみ久保田学氏(現在立川市議。藤井聡太棋士と同じ、愛知県瀬戸市出身。元AV男優)

十年以上前から、人気生主横山緑としてニコ生に君臨してきた彼は、女を数々食いまくった挙句ニコ生出会った元カノを二回堕胎させたり、遊びのつもりの女が妊娠してしまい逃げきれずに不承不承結婚せざるを得なかった、その妻が二人目妊娠中に、ニコニコ公式番組で知り合った若い女の子不倫して泥沼離婚したあとDVを告発されたり、外配信ではなにかとエロ目線で見ず知らずの女を盗撮したりと、話題に事欠かない男である

そんな久保田に数年前転機が訪れた。

N国党の立花氏にスカウトされた彼は、江戸川区に住んでいながら、一度も住んでいない何の思い入れもない立川市市議ネタとして立候補して、まんまと当選してしまったのである

この辺りの不可能を可能にするデタラメ加減が、上はヒカキンからシバター、コレコレ、かとじゅんなど数々の人気ユーチューバーを輩出してきたニコ生の中で、レジェンドであり続けた横山緑のデタラメなパワーと言えるかもしれない。

そして、横山から素顔の久保田学に戻ったスダレ髪の彼は、サイコパス特有の人あたりの良さで、いい人風をよそおい、なんとか議員生活をしのいでいくのだった。

(もちろん、その議員生活中にも、横山緑のファンであった女子高校中退して生主をやっているのだが、その女子彼氏ができたとき欲情を発したのか、彼氏のいないうちに寝取った、という事件を起こしている。が、立川市議という身分はこれではビクともしなかった。

また、心臓病気を持つ生主の爺さんを放送ネタに出演させて、障害者どおし喧嘩させて見せ物にした挙句、数日後容体が急変して死亡してしまう、という痛ましい事件過去に起こしたことがある。当然、横山緑は、最後によい思い出になった、と、俺は悪くないアピールをしていたが。この死亡の十日後、横山緑こと久保田学立川市議が爆誕してしまう)

だが、ここに来て、コロナ禍の最中の2020〜21年末年始に、アンチが喜ぶようなやらかしを、立て続けに起こし始めた。

そう、一部与党議員の気の緩み同様、彼も油断し始めたのである

2020年末コロナ渦中にあった東京

12月に入り、感染者が伸び始めた。

冬に入り、もともとウィルス流行が予想されていたが、それが現実となってしまったのだ。

立川市久保田学は、あいもかわらずニコ生に執着していたが、いまは不要不急の外配信をしない、と宣言した。

やっと彼も議員としての自覚ができたのだろうか?

しかし、突然、彼は大阪に遊びに行った。飲み会に参加するためである。彼は昔からと金を恵んでくれる四国大阪スポンサーに逆らえないのだった。

時あたかも、大阪コロナ感染が拡大し、吉村知事批判されていたころ。

不要不急に他県に行くことに、なんの罪悪感も無い彼は、東京に戻ると、自分立場を忘れ、雀荘に入り浸り、さらリスナーを集めて毎年恒例の競馬大会を強行する。

視聴者から一口もらって集金し、3連単を全通り買い、万馬券になったらリターンが返ってくる、という企画だ。

アホなユーザー十数人が集まった。

集会は無事終わり、食事会まで開いた。

その中には難病の後縦靱帯骨化症であり、糖尿病を患う者もいた。

当然、コロナ感染などしたら重症化が懸念される。

こういう自分より不幸な人間を横に置いて安心したい、という気持ちが、立川市久保田学には昔からあった。

いまの立川市議には、ガジェット通信ニコ生企画配信している「旅部」という番組中に出演したとき寝た女が愛人なのだが、その愛人が夜10時過ぎに、わざわざ彼らの集まりがメシを食っている映像配信炎上した。

立川市議の立場を考えれば、この映像流出は致命的であるはずだった。

わざわざ東京都が時短営業要請をしている時間帯にである

だが、当然のことながら、マスコミニュースにする価値も無い、ということで、彼は生きながらえた。地方にはこのようなトンデモ議員キラ星のようにいるのかもしれない。

まさに、東京には、こういう奴らがたくさんいて、今のコロナ惨状なのだろう、と思えるようなアホな行動だ。

こうして、久保田先生正月ごろに具合が悪くなってしまう。

おそらくコロナ感染したのだろう。

その期間だけ、彼は妙に大人しくなった。

リスナーからPCR検査を受けろ、と焚き付けられるが家に籠城し配信もせず、なんとか逃げ切った。

回復した彼は、次なる行動に出た。

一月七日、政府緊急事態宣言を出した当日である

コロナ感染疑惑の彼は、飛行機に飛び乗った。

目的地は北海道である

表向きは、元嫁が育てている息子が小学校入学するため、入学準備を手伝うという名目である

リスナーは、この時期に他県へ向かうな、と抗議するが、彼は、スケジュール的に空いてる時は今だけ、子供のためだから、とかい屁理屈をつけた。

年末、あれだけ遊び呆けていた男が言うかな。

当然、北海道に来た立川市議は、温泉へと向かうのだった。

そして、子供相手コロナ疑惑の分際でシャボン玉遊びをしながら、一週間、東京での緊急事態宣言を横目に見ながら、ぬくぬく北海道満喫した。

東京に帰った後、久保田先生に、ある緊急事態が起こっていた。

彼の愛人が、北海道に行っている間イライラしていたのだ。

まあ、元妻や子供たちに会いに行ったのだから仕方ない。

それをなだめるために、この立川市議、またニコ生放送をしばらく休止した。

今度はその愛人を連れ鹿児島旅行に出かけた、という噂が飛び交った。

おそらく機嫌取りに、どこかの温泉にでも行ったのだろう。

愛人がいるのも、なかなか大変だ。

東京に舞い戻った彼。

久保田には映画というか映像作品を作る趣味を持っていた。

ハメ撮りAV男優時代から映像作品を作ることに人一倍情熱を注いできた。

そんな彼が、人を集めて映画を撮ると言い始めた。

不要不急の外出は避けるよう、繰り返しアナウンスされている。

緊急事態宣言意味をあまり理解してないようだ。

一月二十五日、撮影が始まった。

出演者の中には、数日後、心臓の弁を人工弁に手術するため入院が予定されている者もいた。

このような出演者構成も、自分より下の人間がいてこその彼が持つ王様気質である

当然、映画を撮って、いい汗流した後は、歌舞伎町打ち上げである

ここでも、事件は起こった。

出演者の一部が歌舞伎町喧嘩を始めた。手下は、立川市議の連れだぞ、とうそぶいて、逃げきっていた。

ちなみに、やりがい搾取で、この映画企画出演者はノーギャラである

後日。

出演者女性勇気をもって告発した。

立川市久保田学が、映画小道具を全て自販機の裏に不法投棄していたというのである

持ち帰るのが面倒くさくなったのであろう。

けっこうな粗大ゴミである

懲役五年以下、または1000万以下の罰金、または併刑のやつである

立川市議の愛人は、この告発者の女性罵倒してツイ消ししたがキャプられるなど、事件は拡大していった。

久保田は逃げきれないと悟ったのか、申し訳ついでに路上ゴミ拾いの奉仕活動放送ネタにしたが、放送終了後、雀荘に向かったという衝撃のリークがあった。

今後も、コロナ禍での乱痴気騒ぎは続きそうである

これが去年末から二月はじめまで、今ココの状況である

当然、アンチ立川市通報したが、立川市議会も人の子議員簡単辞職勧告される前例を作れば、自分身分も危うくなる。

これまでも数々の問題が起こるごとにアンチ立川市に抗議したが、今回もいつものように、揉み消しになるであろう。

報道されない以上、立川市民に久保田学悪事は聞こえることは無い。

マスコミもこんなザコなど相手にしない。

それが現状であり続ける限り、彼はあと任期2年を全うすることであろう。

今、ここで立川市久保田学を辞職させるのが、この国のやるべきことの一つなのではないか

ガチアンチわたしとしては、老婆心ながら、そう考えるのである

2021-02-02

フェミさんにちょっとやさしくしたら割とすぐ落ちてその後性奴隷になっていく話

読みたいんだけどお勧めある?映像作品でも良い。

メリーバッドエンドだとなお良い。

2021-01-24

anond:20210123105317

映画をみる。

映像作品を楽しむのは、誰でも簡単にできる最も身近な娯楽だよ。

2021-01-13

コロナ禍における若者機会損失について

注:タイトル・本文における機会損失ビジネス用語においての意味ではなく、本来得られるはずの機会を失ったことという意味合いで使っています。(ご指摘があったので)

昨日、こんなツイートを目にしました。

"人生における機会損失って大きいんだよね。コロナ禍に人生ターニングポイントが(たまたま)来ちゃった人に対して「みんな自粛してるから」って言っても公平じゃないよ。"

https://twitter.com/chiku0520/status/1348604137311596544?s=21

いろいろと思うところがありました。

実は私はミュージカル女優を目指す20代前半女性コロナ流行る少し前に上京してきました。

そんな、「コロナ禍において人生ターニングポイントたまたま来ちゃった」私から若者の「人生における機会損失」について、考えたことをお話ししたいと思います

★前半はミュージカルに関する内容も多いので、一般的な主張だけ読みたい方は真ん中あたりまでとばしてください。

【1番大変だし優先すべきは医療現場自粛に協力しなければいけないということは頭では理解しているし、実際に、行政に求められている水準に基づいて自粛はしている。ということを念頭に読んでいただくようお願いいたします。】

上京した頃は、まさかこんな世の中になるとは想像していませんでした。そして、コロナ流行り出した当初は、こんなにも長引くものだとは思ってもいませんでした。

去年1年で舞台に立てたのは、コロナ流行る前の1本だけ。出演予定だったライブコンサートミュージカルは続々と延期・中止が決まりオーディションリモートになったりなくなったり、残念な一年でした。

ミュージカル俳優にとってはまさに氷河期です。

数年後、コロナ収束して、舞台芸術も元通りになったころに頑張ればいいじゃん!と思われるかもしれません。

しかし、年齢はコロナ収束をまってくれないのです。

経験を積めずに歳だけとってしまった俳優に、市場価値はありません。

新人を起用するなら新しく台頭してきた若い世代を使うでしょう。

本来だったらチャンスを掴む機会があったかもしれない、貴重な経験をたくさん積めたかもしれない大切な期間は、コロナによって空白になってしまいました。

自己犠牲払って自粛に協力して、コロナが収まったとしても、コロナ禍で若い時代を過ごした私達に、損失した何かを補填してくれるわけじゃないですよね。

しろ社会が動き出した頃には、もとに戻ったー!!よかったーー!!と言う雰囲気にのまれて、コロナの影に隠れていろんな人の人生選択肢が消えていったことなんて忘れられると思う。

マイナスからスタートを強いられるのに、配慮補償も当然ありません。

まり、「コロナのせいで」たくさんの犠牲を払ったとしても、社会からは、実質的に「コロナのせいにするな」という扱いを受けるということです。

そして、そんな人生を、自分の力でどうにかしていかなければなりません。

感情だけでしゃべると、「自分のことしか考えてない」「共感性、想像力がない」迷惑若者っていうけど、感染拡大防止のためにわたし人生犠牲にしたとしても、だれも責任とってくれないでしょ?っていうところです。極論かもしれませんが。

どんなに辛いことがあっても、「仕方ない」「我慢するしかない」で済まされてしまうことに疲れました。そして、世の中にはもっと大変な人がいるんだから!みんな大変なんだから!と、贅沢な悩み扱いされることにも疲れました。

非常時だから権利なんか主張しちゃいけない!って、まるで戦時中みたいだと思ってしまます政治的イデオロギーに基づいた発言ではないです)。

国としてホイホイ補償できるわけではないのも分かるし、そもそも機会損失お金解決できるようなことではありません。

せめて、今、自分のことは自分責任とれるように考えさせてほしい、行動させてほしいというのが正直な願いです。

----------------------------------------

もし、投稿をご覧になった俳優の先輩方がいらっしゃいましたら、こんなことを思われるかもしれません。

俳優という道を選んだ以上、どんなことがおこっても動揺しない覚悟ができていないのが悪い

→全くその通りです。その点については私の考えが甘かったです。申し訳ございません。

・そんな年齢で諦めていたらどうせ大成しない

→ごもっともです。どんなに売れなくても、お芝居をやりたいと言う気持ちがある限り、頑張るつもりでいますしかし、上京1年目にこのような状況になったことはとても苦しかったし、20代前半の大切な1年がほぼ空白になってしまったのは大きな損失であると考えています

コロナ禍でもできることはたくさんあったはず。その過ごし方次第で人生は変えられる。

→まさにその通りだと思います。私も、自分で歌動画配信したり、複数人での配信企画積極的に参加したり、オンラインレッスンを受けたり、取り組めることはたくさんありました。しかし、コロナがなかった場合と同程度のものを得られたかというと、そうは思えません。

コロナがなかったとしてもチャンス掴めてたかからないようなレベルのやつが、コロナのせいにしてごちゃごちゃ言うな

→実際に私は商業作品には出演したことがないですし、箸にも棒にもかからないやつかもしれません。しかし、チャンスがあった上でダメだったのと、チャンスすらなかったのでは、意味が大きく違うと考えています

----------------------------------------

最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。わたしの考えも、未熟なところが多々あると自覚しておりますので、賛否両論あると思います。お叱りの声でもなんでも甘んじて受け入れますので、是非コメント頂けると嬉しいです。

追記:

厳しいコメントをくださった方も、温かいコメントをくださった方もありがとうございますひとつひとつ目を通させていただきました。若者甘ったれお気持ち表明にこんなにも反響を頂けて涙目です( ; ; )

本当はひとつひとつのご意見に返信させていただきたいのですが、難しそうです、申し訳ありません。

私はここに投稿するのが初めてで、普段から見ているわけでもないのですが、匿名で、自分の感じていることを何か発信できないかと思い、この場を選びました。

そのため、この場における文化などを理解しておらず、不快な思いをさせてしま申し訳ありませんでした。ハッシュタグは削除し、ご指摘があった表現に関しては訂正しました。転載ではありません。

また、今回は、コロナ禍における若者という自分立場から当事者性をもった発信ができればと考えておりました。わたしが今回主張したような世の中の変容による理不尽は、コメントしていただいた通り、過去にもあったことは十分存じています就職氷河期震災豪雨による災害など)。また、若者けが辛い思いをしているわけではないということも理解していますしかし、それらの事実によって、私の主張は妨げられないと考えています

昔はこうだったから今も我慢しろ。みんな辛いんだからお前も我慢しろ。という足の引っ張り合いでは世の中は良くならないと思いますし、みんなで不幸になるだけです。コロナで辛い思いをしている人はたくさんいるはずなんだから、むしろ、多様な立場から多様な主張がなされるべきです。私もいろんな方の置かれている状況について、詳細に理解しているわけではありません。今回は、わたし立場からコロナ禍の若者がどのような状況に置かれているのか、どのような想いを抱いているのかについて、異なる層の方にも知っていただきく、書かせていただきました。もちろん、わたし意見若者代表というわけではないですし、一個人として感じていることにすぎませんが。どうにもならないことだったとしても、せめて、想いを発信することは許されるべきだと考えています

また、従来の天災金融危機と異なる点としては、新型コロナウィルスのものによる影響というより、新型コロナウィルスへの向き合い方(感染対策に関する政策世間の風潮等)による影響が及ぼす力が非常に大きいと言う点です。よって、従来の場合よりも、柔軟に対応できる幅は大きいのではないかと考えています

今回の件に関しては補償配慮を求めても仕方ないのは分かっているので、せめて、根拠に基づいた工夫がなされた感染対策が行われ、少しでも生活安心感が向上し、世の中が寛容になることによって、若者自己決定できる幅や行動を起こせる幅が広がればいいなと思います

また、「YouTubeSNSなど、ネット上に活動の場がある時代においてこんなことを言っているのは甘えである。」というご意見いただきました。これについては非常に難しい点で、皆さんが想像する以上に、インパクトがあってクオリティの高いものを、役者個人予算技術力で作ることは困難です。

昨年の緊急事態宣言以降、役者アーティストも、皆が、いまできること、自分にできることをやろう!と、多くの発信をするあまりネットメディア上の芸術は飽和状態となりました。リモート歌ってみた踊ってみた、インスタライブ配信アプリによる配信、等々…。対して、今お客様の口からきかれるのは、「生のエンターテイメント」「生の芸術」を感じたい、映像配信代替にはならない。ということです。このような状況で、高い評価を得る作品を残すには、相当なクオリティ必要とされます。実際に、本当に自己満にすぎないものや、応援しているファンの方がみて満足する程度にとどまるものほとんどで、第三者立場から見たら、無価値ものが多いです。

また、舞台俳優アイドルと違い、自身存在のものに対する価値があるというよりも、役者もつ持つ技に価値を置かれている場合の方が多いです。よって、お客様立場からすると、「この人のためならなんでもみる!!」っていうようなもんでもないので、当然、要求されるクオリティは上がります

わたし客観的にみて、価値があると思えたもので、かつ素人出演者の大多数を占めている公式企画でないものの1つである作品リンクを貼っておきますが、この規模の作品を個々人で作るのは不可能だと思います

https://youtu.be/HIGYucZYhrA

西野さんアレルギーらしき方にコメントされたので一応…笑。この作品とあるダンスラボ主宰制作されたもので、プペルの本家スタッフ西野さんの息のかかったものではありません。風評被害を避けるためにも書いておきます。また、私は西野さんファンでもなんでもありません。ただ、この作品が、「原作世界ダンスを用いて表現し、映像作品としても高いクオリティアウトプットしている」という点で、優れていると思ったこと、また、原作映画なので、どのようなもの原作となっているのかという雰囲気一般の方にも分かりやすいと思ったこから、例に挙げさせていただきました。)

しかし、ネットメディアにおける芸術表現が飽和状態となっている中、芸術価値のあるものを発信し、インパクトを残すには、これくらいのクオリティ必要だと思います

これは、自分動画配信などに挑戦した上で感じたこと、周りの役者達の活動を見ていて感じたこと、また、SNSで見受けられるお客様意見を見ていて感じたことを含め、総合的に検討した結果です。逃げていると捉えられるかもしれませんが、事実でもあります

こんなに愚痴っといてなんですが、筆者は出来る限り前向きに、今できることを一生懸命考えて活動中です!価値だなんだに関わらず、できることをやるしか道はないので、なんとかもがいていますあきらめたくはないですから!!(まあ、人生そんなもんと諦めて別の幸せを探して生きた方がいいのかもしれないけど…笑)

このお話は駆け出し底辺女優わたし個人意見ではありますが、CAを目指していたけど採用がなかった人、テーマパークダンサーを目指していたけどオーディション自体がなかった人、コロナ就職しようと思っていた業界が潰れ、進路変更をせざるを得なくなり、就活がうまくいかなかった人…同じおもいをしている人が、もしかしたら、あなたの周りにもいるかもしれません。そんな、コロナによって人生選択が大きく変わってしまった人や、コロナによって状況が変わって苦しんでいる人がいたら、温かく応援してあげてほしいです!

ありがとうございました!

2021-01-04

紅白雑感/前半

事情リアルタイムで見れず週末にNHKプラスで観た。

OP

透明ディスプレイの使い方が上手い。映像が宙に漂っているよう。

2年前のOPムービーは良かった。コロナ禍の影響で出演者は別撮りにするしかないにしてもああい路線はできないものなのか。

ユーミン湯山玲子みたい。

二階堂ふみデヴィッドボウイみたいな服。

大泉洋って意外とスタイルいい。

番組客観性を持たせるという意味サブちゃん顧問位置に座ってるのは個人的に賛成。でもサブちゃん話してるとき加藤一二三みたいだななんか。

いきなり三連ちゃんは各スタジオPA調子が実際に放送してどうなのか確認たかたからか?

やっぱりはじめてことで混乱してるところがあるのかも。

キンプリ

いつもいい曲あてがって貰ってる。衒いがないけど耳に残ってきれいにまとまったポップス

平野紫耀ピッチが甘い(違和感あるほどではないけど)が声質で誤魔化されてる。ハスキーボイスに細かいビブラートが混ざってくる感じが初期の森進一ぽい。

実は弱ペダに出てた人が一番上手いのではないかコーラスパート担当だったけどうまく溶け込んでる。

foorin

メインボーカル男の子変声期できつそう。でも当てふりにすると空々しいだけだから歌うしかないのか。

ワイプ芸でアイドル連中が賑やかしになってた。こういう時にジャニーズ勝手がいい、だから重宝されるのか。

山内惠介

氷川きよしの大幅な路線変更で後釜っぽい見られ方してるんだろうな。

「肌が合う」と生々しく歌った後で「惚れたねほの字だねほっほー」とぶりっ子かますの、ファンからはどう写ってんだろう…

milet

SME推してる若手実力派女性歌手ってAimer、milet、Uru辺りだと思うんだけど、なんで他2人と比べてキャリア浅いmiletなのかな?と思ってしまった。

歌唱力は申し分ないのはいうまでもないんだけど。

今年のAimerは「SPARK-AGAIN」が、Uruは「あなたがいることで」が結構ヒットしたのに、miletが披露したのは去年リリースされた曲だしなあ。

AimerUruミステリアスキャラテレビ出演は慎重だし、キャリアがある分序盤の枠だと声掛けづらいとかそういう事情なのだろうか。

ただ観客がいないだだっ広いホールの真ん中でレーザーに照らされながら歌う様はMV再現のようでなかなか見応えがあった。

審査員紹介と審査方法説明

オリンピック大河/朝ドラに全フリしたような人選。しゃべりは芸人に任せてる。

今回はサブちゃんと徹子にどう相手するかが一つの課題だったのか。

南キャン山ちゃんチコちゃんに恐々と相手してるのじわじわ笑えてくる。

審査方法は今回データ連動を利用した視聴者投票のみ、視聴時間に合わせて投票数が変わる仕組みで大泉洋も言っていたがよく考えたものだ。

アイドルオタクは推しのために興味のない演歌ちゃんと見ろということだ。

坂道

「今年は踊らないの?」って件をウッチャンがめんどくさそうにあしらってるのが一番印象に残った。

あいう、場の勢いでやってみたら上手く行っちゃって後々ややこしくなることってままある。

今年はNiziUと坂道グループが対比される構図だったけど、振り付けとか曲そのもの難易度はそんな大差ないように見えた。ただちょっとNiziUのほうが丁寧。

秋元康歌詞ってイケイケどんどんで人を励ますような描写が少ない。AKBや坂系に限れば「働け、進め、若くて可愛い子に惚れた」ということしか歌ってない気がする。

日向坂46

イントロがあってAメロがあってBメロで溜めてサビがきて、で、それぞれ律儀にキーリズムパターン変えてて」っつうJ-Pop特有歌劇調のスタイル通用しなくなってきたなと思う。「夜を駆ける」も「香水」も「Make You Happy」も実はループミュージック構造を成していて、リズムパターンコード進行を大きく変化させないクラブヒップホップミュージック方法論に従っている。ダンスが身近になったりSNS拡散馬鹿にならなくなった今だとそういったどこを切り取ってもさまになるスタイルがどんどん主流になりつつある。J-Popらしいコテコテの曲は「紅蓮華」のような映像作品とのタイアップか、デート雰囲気作りにちょうどいいバラードしかみられなくなり、そのうち今の演歌のような「中高年向け音楽」という扱いになるかもしれない。

桜坂46

スカートの裾を振り上げる振りは衣装が独特な造りだから出来ることで、こういう衣装意匠振り付けが連動していたりするのがかっこいい。

サビの「No!no!no!」の裏で被せられてるシャウトの声は誰なんだろう。いい声してる。

Hey!Say!JUMP

だんだん大泉洋に対するウッチャンの態度がやさぐれてきてるけどどうなるんだこれから

演歌歌手でもないのに往年の代表曲歌わせられるのは陰りが見えてきたサインかもしれないんだよな…

Ultra Music Power」歌うとき知念の声が年々伸びなくなってきてるのが切ない。

タオル回してるとき大泉の顔。

八乙女光ってEXIT兼親に似てるよね?入れ替わってもしばらく気付かれなさそう。

リトグリ

こういう若い女の子が集まってるグループで1人欠席があったりするとなんか不穏な気持ちになる。

SixTONES

SnowManは欠場。いつ誰がコロナ感染してもおかしくないかNHKプロデューサーはこの2、3ヶ月肝を冷やしてたんだろうな。

大泉洋松村くん推し

水森かおり

篠原ともえには悪いけど、Perfume(ライゾマ)の演出かに見慣れちゃった今はただでかいだけじゃ白けるんだよな。

もう普通に歌わせてあげたって。

GENERATIONS

尼崎ヤンキー数原くんはこの王子衣装をどう思ってんだ。衣装合わせのときに「キンプリと間違えてんのか?」って愚痴ってそう。

純烈

無観客ライブでエア握手してる紹介VTRからして可笑しすぎる。

良心存在であるウッチャンですら吹き出ししま衣装センスはどうにかならなかったのか。

背景映像はあつ森意識したんだろうか。

SMAPメンバーですらドアップきついときあるのによくこんな煽ったカメラワークをやるな。

エース格の人ってこんなココリコ遠藤ぽかったっけ?

最後の紙吹雪できっちりオチがついてた。いいコントだった。

坂本冬美

洗練されたコードや譜割に独創的な詩世界シンプル衣装舞台演出が曲の完成度やパフォーマンスを際立たせていて良かった。だからこそ最初の寸劇は蛇足に感じたけどこれはご愛嬌か。

坂本冬美はかっこいい老け方してる。ツンデレ温泉宿女将とかやたら頭のキレるベテランパートみたいな役どころでドラマに一回出てほしい。

Kis-My-Ft2

10年前くらいの洋楽でよくあったEDMみたいだけど、もはやキスマイはそういう歌を歌う集団って僕は納得してる。

中継主体であることで民放特番ではよくある局内を練り歩く演出が今回採用されたのは面白かった。

天童よしみ

何歌うかとか演出がどうだとか本調子かどうかとかそんなこと関係なくただ出てくれるだけで満足できるか?そういう安心感があるか?っていうのが大御所か否かだと考えている。

その中でも今回トップクラスにホッとしたのは天童よしみの出演シーンだった。

もう天童よしみが歌うならば知らない曲でもジャニーズねじ込みがあってもなんとも思わない。

さだまさし

さだまさしライブ後にNHK生放送フリートークするのを見てる人意外といるよね。

さだまさしの歌を聞くと毎回「力抜いててこうも声が通るものなのか」と感動する。中音域ちょっと歪むのもかっこいい。

乃木坂46

やっぱりJ-Popらしい転調をだんだん耳が受け付けなくなってる。音像はがっつりサブベース聴かせてて海外メインストリームと混ぜても聴き劣りしないレベルだと思うんだけど、なんだろう。

小室哲哉に全く触れられてないのがどうしようもないけど悲しい。

鈴木雅之

鈴木雅之を嫌いな人ってあんまいないだろうけど、かぐやから入って「夢で逢えたら」とか「ロンリーチャップリン」知らない層もやっぱり一定数いるのかな。

意外とジャスチャー激しい人だったのに今更気が付く。

ディズニーコーナー(?)

毎年恒例の子ども向けの配慮コーナーだけど当の子どもに支持されてるかは疑問。

歌ってるとき二階堂ふみのすごく努力したのはわかるし見応えあるけど本職の人にはやっぱり敵わない感じ、歌手になる夢に挫折する「エール」の役どころにはまってたな。

五木ひろし

山河」書けたんだから堀内孝雄天才なんだ。

いずれは誰かに歌い継いでほしい。

後半に続く。

https://anond.hatelabo.jp/20210104091644

2021-01-02

anond:20181117123321

fate stay night

アニメから入ったにわか勢だがかなりオススメ作画が非常に綺麗で映像作品として美しかった。音楽も良い。勿論、ストーリーテーマもよい。3つのルートものルートごとに雰囲気ががらりと変わるので、同じ作品で3度おいしい。正義の味方に憧れる主人公衛宮士郎が歪ながらもかっこいい。あと、暗くてハードなバトルと穏やかな日常ギャップもよい

2020-12-29

anond:20201229104943

アニメに限らず、映像作品なんてそんなしっかり腰据えて観なくていいよ

なんとなく作業しながら観て、話の外枠だけ理解しつつ作画すげーとかこの子かわいい、この人かっこいいとか、そんな楽しみ方でいい

そのスタイルで楽しめない作品はとっとと切ってくようにするとストレスフリーで楽しめると思う

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん