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はてなキーワード: 消費社会とは

2021-06-17

  戦後30年の時代には、金もうけというような観念はなく、司法正義の影響力も強かったし、最高裁法廷重要判断をすれば社会的インパクトが強烈だった

   時代もあったが、昭和54年に国が悪と世間が断定してからも、経済社会が強かったから、司法でも民事部は強かった、警察はとうに悪だったが

  行政に関しては、昭和60年に飛行機が落ちてから昭和62年に開始のドラクエなどで叩かれるようになり

    平成元年になり、政府自体がないと言われていた。

      タテマエ社会昭和54年から開始されたと言われるが、完成はしていても昭和天皇が色々考えていたから多少ホンネはあった

  しか飛行機が落ちた昭和60年に世間全体が失敗したの大合唱で、昭和60年から段々悪化し、平成7年までを目途にドラクエで叩かれまくったか

    平成8年には消費社会しかないと断言され、法はその後打ちのめされてゴミになった

  このように、法とは要するに昭和54年ごろに完成した美談みたいなものだが、現在では、誰にも知られず、悪をとおり越しながら、総攻撃を受けてゴミになりながらも

   まだ続いている

2021-06-16

平成の失敗作はドラゴン桜と、東大法だろ

   加藤周一平成8年に戦後憲法を総括し、その偉大なる知性により、平成の鮮やかな正解をブックレットで発表したとき角界に多大な影響力があり

     平成15年の駒場でも、哲学科の教授が、同ブックレットを教材にして、これから日本はどうなるかを検討したのは、当時の文科一類生は記憶に新しかろう

    しかし、加藤周一戦後憲法を総括し、消費社会しかない、もう日本には何もないと断言してから社会の華麗な成功があったのに対して、平成17年8月に

 ドラゴン桜かいうクソドラマが、それ自体は鮮やかで魅力があったが、社会にはルールがあるといったつまらんことをほざき

     更に、東大教授の木庭が、日本法へのカタバシス、というくだらん本を書いて法学教室で歌ったりした

    30代、40代は当然、加藤周一一世を風靡していたとき日本成功を知っているだろうが、政府が、加藤周一ではなく、ドラゴン桜採用してから一気に悪くなった

    なんであんなクソみたいなもの採用したのか理解できないが実際に採用したため最悪になった

       

2021-06-15

    戦後憲法のことに関しては、昔からあいまいにされてあったのが、岩波ブックレットで、平成8年時点で加藤周一が、タテマエだけが残存していて何もなく

  その何もないところに消費社会が成立したと断言し、その後を予見した

    それだけ平成8年には国には何もなかったので、タテマエと呼ばれるものけがあって実体はないと、既に偉い人が断言しているわけだ。

      そうすると戦後憲法国家は要するにタテマエだけで実体は何もない。何も意味がないわけだ。

   問題は従来から消費社会、消費価値ということだけに収束していき、それと経済的動機やカネが結びついた。

    だから令和の今でも、その経済動機やカネ以外のものはどうでもいいのであって、ただのタテマエで、そんなものはない。

  ゆえに、消費価値がないものはどうでもいいゴミのわけだ。それは平成8年のとき加藤周一が言っていたわけである

    それに対応し、東京大学文科類が、従来から激難だった国語を、定期試験レベル以下にし、それに伴い当然法学部も終わっていた。

   そして社会のあらゆるものが一時期は、デザインなどに置き換わったのに、警察司法けがそれに従わなかった。だから国はブラックなわけだ。

https://anond.hatelabo.jp/20210615015046

  我が国戦後裁判所は必ずしもいいところではない。終戦後20年に裁判官法理論を編み出していたような真面目だったとき

    高度経済成長期も、やる気満々だったし、昭和50年代に完成してからもいろいろ芸術を工夫していた。

   平成に入ってからも、東京大法学部は、善良の化身などとは言えず、東大法学部の特徴としては、権力欲に満ち、夢と野望が大好きな

 猛者といったようなものだ。全ての学生がそうではないが、欲望で脂ぎっていて、金はともかく、権力学歴が大好きな人文科一類に通り法学部に選ばれる

    卒業後は刑務所長、矯正区長霞が関エリートなどになって威張り散らかすのが、東大法学部だ。現在消費社会トップを独走しているイオン社長

  東大法学部であり、今の日本における成功者は、東大法学部であるから、いずれにしても、文科一類に選ばれ、法学部卒業したということは

   明治の昔から、多くの人に羨望される、美しい人生だ。

https://anond.hatelabo.jp/20210615010211

   社会全体が昭和53年に完成し、昭和54年以降は経済社会というようなあいまい時代に生まれた。平成8年頃に文豪加藤周一が一つの

  正解を示した。タテマエ社会には何もない。その何もないところに消費社会が成立した。今後は経済的な動機が強まり、最終的には実際主義けが残る

  ということだった。従って、社会で働いている文系などが何の意味もなくなるということは最初から予見されていたことだった。

    表現世界も、理想がなく、デザイン成功するとか、感覚的にやれることをやるということだった。しかし、金もうけは成功しても、司法警察

  これを守らずに悪事をやった。

   そもそも加藤表現世界デザインだとか感覚的にやると断言してからも、裁判所行政がすぐにはそのようにしなかった。

2021-06-07

胡温体制

これを見るとやはり胡錦涛氏のような人物が続いていれば、中国はいまも大国の道を進んでいたと思う

そんな歴史を見ることができないのは残念である

しかしそれ(膨張・威圧非人主義)が最終的な中国人の民意なのであれば、しょうがないとも思う

理由なしにこの暗黒の8年間を導いたわけではないと思う

胡錦濤中華人民共和国国務院総理指名した温家宝とともに科学的発展観に基づき、1990年代以降に中国社会問題化した改革開放政策での高度経済成長に起因する格差の拡大や環境汚染による公害などに取り組み、「和諧社会」「小康社会」というスローガンを掲げて所得格差是正と安定成長に努めた。胡錦濤最高権力者になってからも、オリンピックとしても国際博覧会としても史上最大規模だった北京五輪上海万博代表されるように経済開発の重視は変わらなかったものの、輸出主導の大量生産社会から内需主導の大量消費社会に転換することを目指した[61]。また、胡錦濤体制では国有企業民営化の動きが停滞し、国家資本主義を支える国有公有経済管理と堅持が強調され、1990年代の「国退民進」と対照的な「国進民退」とも呼ばれた[62]。

胡温体制中国GDP国内総生産)は世界2位となり、2008年世界金融危機の際は当時の王岐山国務院副総理の主導で金融緩和とともに中国高速鉄道網の建設など4兆元の大規模な財政出動内需拡大十項措置英語版))を断行して世界最速のV字回復金融危機脱出させ[63][64][65][66]、中国は当時の世界GDP増加の過半数に関連したことからリーマンショック後の世界経済を救済したと評されるも[67][68]、この投資主導の政策人民元改革とともにバブル経済を加速させてバラマキ財政箱物行政のような無駄公共投資地方融資平台による不良債権などの課題も残したと批判する見方もある[69][70][71]。ただし、農村部住民の足かせとなっていた農村戸籍廃止地域限定で乗り出し、「新型農村合作医療制度」と「都市部住民基本医療保険」の導入で保険制度のなかった農村部都市部統合して2020年までの国民皆保険(全民医療保障)を目指した点は評価されている[72][73][74]。

就任当初多くのヨーロッパアメリカ為政者は胡に対して「隠れた自由主義者」という期待感を持っていた。実際に2002年発生した伝染病SARSに関して前任の江沢民政権ではほとんどの報道規制されていたが、胡就任後には感染経路等の詳細な報道がなされるようになり、胡耀邦の辞任や2008年に発生した四川大地震のような国民の関心の高い出来事に関する報道国内外わず江沢民政権時代に比べ開放路線へと向かった。

しかし、胡はインターネット監視と警告も行っており、江の時代よりも敏感な政治的検閲を行った。2008年チベット騒乱や2009年ウイグル騒乱の際は地域限定インターネット遮断も起きた[77][78][79][80][81]。

なお、2010年2月21日には人民日報運営するミニブログ人民微博」へ胡本人がアカウントを開設したと話題になったが、一言メッセージを残さぬまま、翌22日には非表示となった[82][83]。またことき、濤哥(胡錦濤アニキ、という意味)」という愛称で呼ばれている。

道徳規範

電光掲示板に掲げられた社会主義栄辱観

2006年3月中国国内における多数の社会問題への対応として、胡錦濤は、「8つの名誉と8つの恥」という題目の、中国国民に守らせる道徳規律・「社会主義栄辱観」を公開した[84]。「8つの名誉不名誉」として知られている代わりに、良き国民名誉と考えるものと、恥と考えるものとが要約された、8つの詩趣に富んだ政策が盛り込まれている。いよいよ脆弱になる社会構造の中で主に同世代中国人が関係している金と権力の掌握と、改革開放後の中国がもたらした、ますます増加する道徳心の欠如を、胡錦濤イデオロギー解決する方法として広く知られている。これは中国共産党指導者自身のための基準からマルクス主義者の理論に貢献するものへと変わった。また、各大学への「マルクス主義学院」の設置を推し進めた。

北京オリンピック上海国際博覧会の準備で教室に張られたポスター、街の通りにある旗、そして電子工学による展示板など、普及を促進している。胡錦濤政策は、前任者のイデオロギー、すなわち、江沢民の3つの代表鄧小平理論、そして、時代の中心であった毛沢東思想とは異なり、社会的・経済目標を課すことに反対して徳治主義的に道徳規範を成文化したものへ推移している。

外交軍事

2008年8月ジョージ・W・ブッシュ(右)、ジョージ・H・W・ブッシュ中央)と

2009年バラク・オバマ(右)と

2007年ウラジーミル・プーチン(右)と

2008年BRICsの首脳4人。左からマンモハン・シンドミートリー・メドヴェージェフ胡錦濤ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ

胡は外交政策として、後述する日本台湾の例にある通り江の外交政策修正に集中しており、世界のさまざまな国と関係を強化した[85][86]。

胡はアメリカ合衆国・中国朝鮮民主主義人民共和国三者協議さら近隣諸国韓国日本ロシアも加えた6カ国協議北京主催するなど北朝鮮問題積極的従事している点で、江とは異なる。北朝鮮にとって当時最大の貿易相手経済的に依存し[87]、中朝友好協力相互援助条約で唯一軍事同盟を結ぶ国であることから中国仲介要請した米国に対して江は二国間問題であるとして取り合わなかったが、胡はアメリカの起こしたイラク戦争の衝撃から仲介に乗り出したとされる[88]。当初金正日対話拒否するも、中国が3日間原油を禁輸したことで態度を翻したともされている[89][90][91]。胡は6カ国協議による多国間対話での平和解決基調としつつ北朝鮮への圧力必要性理解し、日米の提案した国連初の対北経済制裁である国際連合安全保障理事会決議1718にも賛成した[92]。

胡は中国和平崛起(英語版)を掲げて中国の台頭は平和安全寄与することを国際社会保証するとし、世界の様々な地域中国人民解放軍などから部隊派兵して平和維持活動(PKO)への参加を本格化させて中国国連常任理事国最大のPKO派遣国となり[93]、特にアフリカを重視してスーダンでの国際連合アフリカ連合ダルフール派遣団の成立に主導的な役割を果たし[94]、リベリアでは平和維持軍に参加する中国国連への影響力を利用して台湾中華民国)との国交断絶リベリアに行わせたと台湾政府から非難された[95][96]。ソマリア海賊対策では中国人民解放軍海軍艦隊派遣して建軍以来初の実任務外洋遠征を行って真珠の首飾り戦略に基づいた中国海洋進出推し進めた[97]。アフリカ諸国への援助も積極的に行い、アフリカ諸国の首脳を北京中国アフリカ協力フォーラムで集めて胡が行った提案アディスアベバアフリカ連合本部中国資金企業によって建設された[98]。さらに「アメリカの裏庭」ともされてきたラテンアメリカ諸国に影響力を拡大し、中国米州ボリバル同盟南米諸国連合を立ち上げて米国と対決姿勢を強めていたベネズエラエクアドルの最大の債権国になり[99][100]、中南米諸国の首脳が集められたカラカスラテンアメリカカリブ諸国共同体設立会議議長ベネズエラウゴ・チャベス大統領米国批判して胡の祝電を読み上げている[101]。

また、胡は中国の持つ世界最大の外貨準備高活用してアジアアフリカ中南米発展途上国G77)での資源権益獲得だけでなく、アメリカ欧州日本などの先進国G7)にも対外投資を行う走出去推し進めた。中国が最大のアメリカ国債保有国や最大の貿易赤字相手国となって無視できなくなったアメリカでは、中国とあらゆる世界的な問題において協力できるとするG2論が流行するなど中国世界にもたらす影響は胡錦濤の在職中に増大した[86]。

2021-05-28

anond:20210527221543

物を壊して、新しいものを使ってもらったほうが、作った人は経済的には潤うんだよね。消費社会の是非は置いておいて、たいていの物事には良い面も悪い面もある。

2021-03-30

anond:20210330094313

推しって言っとけば、自分無能無産の消費者じゃない立場にでもなれると勘違いしているからだ。

 

ここの分析正鵠を得ていると思う。

しか記事タイトルにあるような、それは日本ゆとり教育がもたらした、という態度はおそらく違って。

というのも、世界的な社会哲学の中でその現象には名前がついているからだ。

 

消費社会」という。

ボードリヤールが言いだし、後続の学者概念を使っていろいろ分析している。

何を消費しているか自己表現となり、何を消費しているか社会階級が決定するような社会のことだ。

ロックを生きるならば尾崎を聞かねばならないし、ジョックになるならゲーム漫画ばかり消費してはならない。

ハリウッドセレブになるにはドレスを買わねばならないし、家を消費できないものホームレスとして社会不適合者扱いされる。

 

それを覆す、ということはなかなか難しい。

覆す必要が本当にあるのかを確定するのもだ。

2021-03-18

ウマ娘に対するお気持ち表明。

擬人化を好きになり始めたのは、ビスケたんの頃である

もう少し仔細な話をすると、2chというか、オタクな界隈で「擬人化=モノや概念美少女化」というふうに通じる時期があった。今はもっと多様と言っていいだろう。

当時流行っていたのは、覚えている限りだと、下妻市シモンちゃんびんちょうたん、当時ネコミミ新幹線として話題を呼んだファステックたんなど…

あとは某島田先生のWW II期の戦闘機擬人化など…

書いてて思い出したが、当時はやたら「たん」けが流行っていた。

そうした後、擬人化たん白書なる書籍販売されたりと、擬人化界隈は小さな広がりを見せていた。

商業化という面では、エロゲの題材のほかに鉄道むすめなどある程度成功しているものもあるが、明確に大規模なマーチャンダイズが行われたのはおそらく、ヘタリアが契機のように思う。

キャラクター商売」の型ができ始めたあたりだろうか。

AKB48アイドルマスターがおよそ2005年ヘタリアはおよそ2006年。この辺りで、通信デバイス進化趣味の個立化によって「キャラがいればいるほど、一人以上の推しがつく」時代に入る。

擬人化においてヘタリアがもたらしたもう一つの意義は「語らざる背景」にある。

これはこの後の擬人化ビッグマーケットである艦これ」、「とうらぶ」などに通ずるが、単なるモノの擬人化に対して、「国」「艦艇」「刀剣」には、その名の由来となる歴史(背景)が付随することとなった。

これにより「最初キャラ造形とその後の保守さえ矛盾なく頑張れば、残りのキャラの(膨大な)コンテクスト各自で拾ってくる」という、実に効率的かつ大胆大規模な商品が生まれることとなった。

上手いやり方なのだ。例えばネット流行ったMeたんキャラなどは、どこまで行ってもスーパーフリー現象ぐらいなものだ。他は同人で膨らませるしかない。

だが、のちに「ナマモノ」とも言われるこれらは、取扱注意がある反面、物語は湧いて出てくる。

しかも種類が多い。莫大な数だ。四十七士や48人どころではない。

かくして大量消費社会にあって物語を湯水のように消費するマーケットができた。

かつてあった擬人化たん白書を今作るなら、野球名鑑やタレント名鑑の厚さを超えてしまうだろう。そんな歴史をひたすら消費してきた。

そこにまた新たなナマモノ消費がやってきた。

ウマ娘だ。

やっとウマ娘の話だ。

ただ前段でちらと述べたがナマモノは取扱注意なのだ

それを、おそらくは初っ端から、しくじっていた。

もちろん実際にどういうやりとりがあったか想像するしか無いが、企画先行で、根回しが足りていなかった(ないし認識が甘かった)可能性はある。

それはそれとして、プロジェクトとしては続行となり、擬人化が好きな筆者としては、新たな商品にワクワクした。

ギリギリオグリキャップはしらず、マキバオーを読んでこなかった筆者は、それでもディープインパクトハルウララ、そして何故かテイエムプリキュアは知っていた(確かエリ女で二着だった年で、知人が名前買いしていた)

せっかくの競馬擬人化ながら、当世最強の名高いディープインパクトが、噂ではトラブルで出せなさそうという話は、ちょっと残念ではあったが、

その後jraの2011-2013の激アツcmを見てからは全く気にならないどころか、その辺りはドンピシャで出てくる娘が多く、期待は高まった。

その後この期待は乱高下することになる。延期の発表、アイマスの有名Pの参加、その脱退、コンテンツ広報であるぱかチューブの勃興と黄昏カンリニンチャンの失踪

それでもウマ娘を待ったのは、擬人化コンテンツが好きで、一期のアニメが良かったからに他ならない。

この頃には、ウマ娘を契機として今の競馬を追うようになっていた。

まさか2018JCを目の前で見る日が来ようとは思わなかったが。

この時点では、擬人化コンテンツとしてのウマ娘を待ち続けていた。

からゲーム内容はそんなに気にしてなかったのだ。多少面白ければよい。第一クオリティアップのための延期」はあまり良い予兆では無い。まず安全リリースをして欲しい。擬人化コンテンツの消費がしたい。

そういう思いだった。

2020年度。

コロナ禍吹き荒れる競馬界でいくつかの奇跡が起きた。キセキはあまりいい成績ではなかったが。

ディープインパクト以来の無敗の三冠馬英雄の子コントレイル、史上初の傷なきトリプルティアラ神威の子デアリングタクト、そして全ての記録を過去にせん勢いで疾る灼熱の少女平成最後アイドルホースアーモンドアイ。

この三帝が一堂に会するJCは、今後100年は見ないだろう。

障害戦線では、老いて尚壮健な黄金血統オジュウチョウサンが記録を打ち立てていた。

かにも色々あるが目立つものだけでこれである

その年末に、待ち侘びた奇跡がやってきた。

カンリニンチャンが帰ってきたのだ。

間違えた、ウマ娘リリース予定日が初めて日付になったのだ。

この時点でも、ウマ娘は、擬人化コンテンツアイドル要素の融合ぐらいに思っていた。

アニメ一期のスポ根は、まぁストーリー要素程度だろうと。

認識が変わり始めたのはアニメ二期二話からである

このコンテンツは、ウマが勝つことに真摯であろうとしている。

それは、最初の開発からは感じられなかった点でもあり、しか競馬のもの擬人化の範としたときに不可欠な要素だった。

そしてそれは、二期のアニメを経て、GIRLS'LEGEND Uで高らかに掲示された。

顔のいい女の子たちが、頑張るぞーってなしかめつらで、とっとこターフを走る光景は、ついに裏切られた。

相手を食い殺さんばかりの気迫、道々宿敵をねめあげる眼差し、食いしばられる歯、揺れる大地、高速で過ぎゆく背景。

そこにあったのは「アスリート育成ゲーム」だった。

大概にして、ゲームでの勝ち負けなど、ただの数値である

それでも、レースを通して、シナリオを通して、曲を通して、「勝つことの意義」に魂を宿そうという意図が受け取れる。

そして、それを説得させるだけのゲーム映像技術を持ってきたのには舌を巻いた。

そうして、競馬のもの追体験するようなゲームの熱が、今日このように広がって行くようなことは、全く予想しなかった。

擬人化コンテンツが遊べれば良かったのだ。

エヴァの例え話で25年のパンケーキなんて話があったが、

ウマ娘で言えば、前評判のいいサイゲ屋のパンケーキを注文したら、ちょっと作り直すと言われたのだ。

焦がしたのかな?トラブったような音も聞こえた。まぁ食えるのが出ればいいや。変なものは出るまい。

そうして出てきたものが、行列ができるレベルの至高のパンケーキだったのだ。

魂消る。そりゃ魂消るさ。

ウマ娘リリースされてまだ一ヶ月も過ぎていないが、自分の中では、このような擬人化史が去来していった。

だが今は、擬人化コンテンツとしてのウマ娘…ではなく

ウマ娘」の、情熱理念に惹かれているのだ。

余談としてウマ娘ゲームとしての魅力を付記する。

ウマ娘を通しての競走馬の育成シミュレーションとしては、おおよそパワプロのようなシステムなので、こういうシステムが苦にならない人には向いている。あれもアスリート育成だしな。

その上で、シナリオ内で、史実競走馬についてくる物語がなかなかどうして、熱い。

歴史を超えるリベンジなどというのは艦これに引けを取らない熱さである

艦これとの比較として、お祈りゲーであることは同じであるが、大艦隊のうち6艦艇を率いるため育成が平らであるのに対して、ウマ娘は一アスリートを根から育てることとなり、まさに密である。一頭との濃密な関係が、レース本線を熱くする。

「キミと勝ちたい」。これがまさにテーマなのだ

かつ、この娘たちが今「生きて」いて夢を「夢のまま終わ」らせないチャンスがある。

それが史実リンクしたとき、血がたぎるのだ。

最後に、このお気持ちポエムを書かせた、ぶっ飛んでる構成してる神曲、GIRLS'LEGEND Uに敬意を表する。

2021-03-12

あなた達の政治運動には迫力が足りない


https://www.chugoku-np.co.jp/local/news/article.php?comment_id=730608&comment_sub_id=0&category_id=256

小森龍邦氏死去、88歳 元衆院議員部落解放同盟広島県顧問

 解放運動の巨星がまたひとつ墜ちた。私もあと十年生きるか怪しい身である自分政治運動に対する考えを少しばかり綴ってみてもいいだろう。

 上のニュースの人は、かつて解放同盟事務方トップだった方だ。昭和7年に広島県東部被差別部落に生まれ中高生の時分から老年に至るまで部落解放運動に携わってこられた。

 私が活動していた地域とは遠く離れているが、それでも半年に一度は彼の実家の傍にある、ちんまりとした選挙事務所へ行き、地元産のワインを飲みながら語り合ったものだ。

 私などが知己と呼ぶのがおこがましいほど尊敬できる人格の持ち主だった。家族地域や仲間のためであれば、危険を顧みずに行動する力を持っている。それでいて、思慮深いうえに頭の回転が速く、無謀な策を講じたりはしない。講じるとしたら、背後に確かな計算を持っている。そういう方だった。

 それが、こんなに早くにお亡くなりになってしまった。悔しい限りだ。

 私の番はいつ来るのだろう。運が良ければ二十年は生きられるかもしれない。運が悪ければ数年後か。その前に、自分の想いを吐き出す機会が欲しい。



 さて、表題意味について。あなた達の政治運動には『迫力』が足りないとは、どういう意味か。

 言葉どおりの意味だ。特に伝統的な分野、例えば労働組合などが挙げられる。昔に比べて弱体化が著しい。

 企業ごとの組織率は低下し、労働者組合加入率も低下し、賃金は下げられ放題、追い出し部屋希望(半強制退職蔓延も放っておかざるを得ない。数十年後には、労働組合というもの事実上消滅していてもおかしくはない。

 また、高校大学など、学校内の自治を求める活動もそうだ。私は元高校教師だが、昔に比べれば、学生たちが自ら声を上げて学校ルールを変革するために動くことは減っている。感覚としてはそうであり、数字においてもそうなっている。悪い意味で、子ども大人のいいなりになっている。

 反対に、成功しつつある政治運動もある。

 近年話題になったものだと、#MeToo運動だ。女性がこれまでに男性から受けた、性を主とする嫌がらせ公共の場告発することをいうようだ。

 日本ではそこまで定着しなかったが、本場のアメリカでは著名な人物の一部が職や名誉を失っている。最悪の場合は、裁判により実刑判決を受けることになる。

 LGBT社会運動も、社会価値観を変革しつつある分野のひとつだ。

 大衆消費社会が訪れてそうまで時間も経たない頃から同性愛者としてのカミングアウト文学活動デモ行進芸能界での活躍自分たちを侮辱する者に対する訴訟提起(府中青年の家裁判)、ゲイであることを周囲に言いふらした者及びその所属校への糾弾一橋大学アウティング事件)など、仲間の権利を守るための諸活動を行ってきた。

 以前は、映像作品において、同性愛者が精神異常者として描かれるのは当たり前のことだった。子ども向けのアニメなどでもそういった描写があったが、昔に比べればなりを潜めているように思える。批判を恐れて、ゲイレズビアン人達を描けなくなっているだけかもしれないが。

 これらの成功している政治社会運動には、共通する点がある。

 相手の痛いところを突いていることだ。

 この方針なくして勝利はない。しかし、近年の伝統的な政治運動の類を見る限り、相手の痛いところを見抜くことができる知性、または攻撃する度胸を欠いているように思う。

 特に組合関係団体がそうである。昔の労働組合は、使用者と刺し違える覚悟があった。

 意図的給与の支払いを遅らされても、当局側が雇った暴力団に夜道で襲われても、工場社員寮ごとロックアウトされても、それでも不屈の覚悟で戦い抜いてきた。

 それが今では、使用者の言いなりとなり、組織から仲間を追い出すための行為に協力している。情けない限りだ。



 話が逸れた。

 相手の痛いところを突くことの具体例として、昭和40年頃の話をする。私の高校時代の級友の話である。K君とする。

 高校二年の時だった。夏の午後の授業中に、ある教師教室の窓の向こうにある山を指さして言った。「お前らみてみい、あの山にはよっつが住んどる」(※手の指が四本であるという意味

 その教師は、部落に住んでいる人間馬鹿にしたのだ。当時はまだ、被差別部落生活する人々と、それ以外との間に貧富の差があった。馬鹿にされやすかった。

 どれだけ悲惨生活だったか、今の生活と対比しながら述べると、家にトイレはなく(集落で共同のトイレだった)、上水道は通っておらず、生活汚水は外に垂れ流しであり、雨樋や排水溝がないので大雨が降ったら屋内は水びたしになっていた。

 家族食卓を囲んだ光景にいい思い出はない。口に出して述べたくないし、思い出したくもない。

 さて、その男言葉に頭にきたK君は、翌日に地域の仲間(私を含む)を連れて職員室に入っていった。K君が連れてきた解放委員会の男が怒鳴ったのを覚えている。「教頭、どういう教育をしとる!」という大声に、周囲に緊張が張り詰めた。校長までやってきた。

 その教師に向けて、「そんなことは言ったらいけんど」と説得しようとしたものの、それ以前の問題だった。その教師は、私達の質疑に対して、最後までしらを切り通したのだ。「そんなことはしていない」と言い張った。

 このままではK君の立場が危ういわけだが、私にはどうすればいいかからない。しかし、協力をしたかった。

また翌日、K君は教室の中で証言者を探すために、級友の前で声を上げた。「このままでは俺は嘘つきになってしまう。証言をしてくれ」と皆に伝えた。が、私ともう一人か二人以外に協力者は出なかった。

 次の日だった。今度は、級友一人一人と話をする作戦に切り替えた。校庭に級友を呼び出し、どうして協力してくれないのか、と訴えたのだ。それでも駄目だった。みな、「それは勘弁してくれ」と言うばかりだったという。

 さらに次の日、K君は50枚ほどのA6程度の大きさの小紙を持ってきた。それを級友の一人一人に渡して、「これに証言を書いてくれ。後で預かる」とお願いして回ったのだ。

 翌週、K君は再び、地域の仲間と、同じ地区解放委員会役員を連れて校長室に入っていった。私は外で待っていたが、勝利確信していた。K君は、20枚以上はあろうかという紙の束を持っていたかである

 その年度の末をもって、その教師は異動になった。県内の一番端にあるエリアに転勤していった。彼はまだ赴任して2年目だったこから、今回の作戦が功を奏したとみていいだろう。

 この、K君の動きを間近で見たことが、私が政治運動を志したきっかけだった。



 今度は、少し規模の大きい話をしよう。

 それから三十年以上が経って、平成の初期だったと記憶している。被差別部落生活文化的環境改善するという一連の政策国会での議決を受けてから、長い時が経っていた。

 K君の事件きっかけにして、私は解放委員会正式に加入し、高校社会科を教えながら政治運動に身を投じていた。40になる頃に教師を辞めて、今度は別の公職に就いた。

 ある年の冬だった。私が活動していた県の幹部職員が、「同和関係補助金はすべて凍結する」と、あろうことか県議会で答弁した。

 寝耳に水だった。まさか、そんなことはあるまいと考えたが、確かな事実だった。議会答弁はテレビ中継もされていた。

 当時、私が所属していた団体幹部が全員呼び出され、偉い方々から対策を指示された。それぞれの支部からも、来年度の予算について雨後の筍のように質問が寄せられていた。

 発砲ふさがりかと思われたが、ふと、K君のことを思い出した。彼はもう立派な社会人であり、解放委員会からも抜けていた。それでも藁にすがる思いで相談に行こうとしたものの、気が乗らない。

 彼に迷惑をかけるのでないかという想いもあったが、何よりも私個人の意地だった。同和教育人権思想を啓もうする活動を担う一員である以上は、自分達の力で解決せねばならないという気概があった。

 とはいえ、K君と話をしたかった。結局、正式相談ではなく、共に食事をしながら今回の件について話し合うという形式を取った。K君は、「ここで折れたら前例になろうが」という話からまり、諸々の助言をいただいた。今でも感謝している。

 後日、県の横暴に対する対抗策がまとまった。開始時期は、一週間後とした。

 数万人規模の組織で、ここまでの速度で動くのは無理がある。組織全体の足並みが揃わなくなる恐れがあったが、予算全凍結は目の前だった。

 まずは、各自治体の教育委員会オルグ実施した。

 あの時のK君のように、各市町の教育委員会庁舎に数人で飛び込んだなら、「どうしてこんな卑劣なことをするのか。子どもらが人権意識もつための活動ができなくなっていいのか」というメッセージを何時間にも渡って、毎日伝え続ける。

 庁舎の外には最大100人程度を待機させていた。みなそれぞれ、横断幕拡声器を使って、スローガンを堂々たる態度で表し、相手方にこちらが本気であることを知らせた。朝方から始まって、日中は休憩を挟みながら、日が沈む頃まで毎日続けた。

 場所関係なかった。公共機関であれば、どこででも実施した。教育委員会だろうと、市役所入り口だろうと、学校門前だろうと、警察署の前だろうと、県会議員の自宅の玄関だろうと、場所関係なかった。

 かつて、私たち基本的人権の享有を受けられなかった。その歴史を繰り返してはならない。私たちは本気だった。

 議会での答弁から半年後、私達の本気は伝わった。予算の凍結が撤回されたのだ。

 これまでと同じように、これまでと同じだけの金額子ども達への教育活動個別学習会や勉強会に使うことができるようになった。

 私たちは、相手の痛いところを突いた。突き上げを受けた教育委員会は、通常の業務を行うにあたって支障が出る。日中は、私たちが絶えず抗議をするので、それに対応せざるを得ないからだ。

 それが数日であれば持ちこたえるだろうが、何か月にも及ぶとさすがに根を上げる。

 「予算の凍結はやめてくれ。現場がもたない」と各市町とその教育委員会は、県の決定に抗議する流れができる。

 さらに長い期間に渡って続けば、県としても、予算の凍結の続行と、各市町の疲弊とを天秤にかけざるを得なくなる。

 私たち勝負に勝った。

 相手の痛いところを突けばいいというものではない。こちらも痛い目を見る覚悟必要だ。というのも、現実的には、まずはこちらが痛い目を見る可能性が高いからだ。

 上記場合、県による予算凍結の撤回を求めて戦うにあたり、相手方に攻勢をかける必要があったわけだが――初期の段階が一番苦労した。まず、動員をかけても会員は集まりにくかった(当事者意識の欠如)。これがただの動員ではなく、緊急事態を打破するための闘いであることをわかってもらうために熱弁を振るう必要があった。この説得のための活動、すなわち県内支部巡りに最も時間を要した。

 人が集まり相手方に攻勢をかけることができるようになったとして、最大のリスクがある。警察通報されることだ。特に要職にある者が動けなくなるのはまずい。敵にとっての追い風になる。

 今回は、そうした事態が起こることはなかった。絶対暴力行為脅迫行為をしてはならないと、組織内で固く申し合わせをしていたからだ。

 私が若い頃の解放運動だと、警察など介入する余地はなかった。デモ活動オルグ最中通報があって警察官が駆け付けたとしても、我々を見て尻込みをするのは当たり前で、あちらの方が逃げ出すこともあった。

それほどまでに、当時の私たちは気迫に満ちた政治社会運動をしていた。物事に対する「本気」というものが、警察すら怯えさせるほどに昇華されていた。

 時が経ち、平成時代になると、部落に住む人々も豊かになったこともあり、ハングリー精神が見えなくなっていた。集団の気迫はすっかりと消えてしまい、周りから見ると――デモ活動の全てが滑稽なものに映るようになっていた。満たされた人間政治運動はできない。それだけのことだった。

 ところで、予算凍結に対する対抗策の実施にあたり、最大の懸念事項があった。

 県と市町との連携だ。もし、予算凍結の議会答弁を打つよりも前に、県議会が各市町に根回しを行い、さらに我々を抑えるための手を考えていたとしたら、負けていた可能性が高い。

 逆に言えば、同和対策事業に関する予算の凍結という重大事項について、事前に各市町と連絡調整をしないというミスを県が犯したからこそ、我々は勝利することができたと言っていい。



 最後になる。

 相手の痛いところを突くこと、その直近の事例としてミャンマーデモを挙げたい。

 アウンサンスー・チーを頭に据える民主派が勝つにはどうすればいいだろうか?

 武力では国軍に勝てない。ならば、「国軍は間違っている」というメッセージを、自国内と国際社会に訴えかけるしかない。

 経済面ではゼネラル・ストライキを行い、社会面では民主的思想制度について啓もう活動を行い、政治面では大規模デモによって世界に窮状をアピールする。

 アメリカがすでにミャンマーへの経済制裁を行っているし、世界的な空気として、国軍より民主派を推す声が大きいのは間違いない。

 民主派のやり方というのは、それでいい。とことん大きなデモを打って、自分達の正義アピールする。

が、その代償として、民主派は多くの命を失っている。つい先ほど、未成年デモ参加者が銃で撃たれて亡くなったというニュースが飛び込んできた。先日のデモでは50人以上が亡くなったという。

 民主派グループの中でも、指導者に近ければ近い者ほど、身体危険が迫る。国軍にしてみれば、今が正念である世界各国から評価が低下することを気にかけず、民主派指導者層を徹底的に弾圧し、デモ活動を先導する者を少なくし、事態を膠着状態に陥らせ、軍事政権を持続させるとともに――軟禁しているアウンサン自然死を狙うメリットの方が大きい。

 もし日本が、ミャンマーのように危険状態だったとして、あなたが立ち上がって戦わねばならなくなった時、どういう心構えで、どういう行動を取るべきだろうか? 相手の痛いところを突くために、どこまでのリスクを背負えるだろうか?

 その問題に直面していたのが、私が生まれ時代よりもさらに昔、明治以降被差別部落に暮らす人々だった。あまりに苦しい生活環境であるがゆえ、生存権を得るために戦わねばならなかった。しかし、どうやって戦えばいいのか?

 多くの者が基本的人権を得るために戦い、痛い目に遭いながらも戦いを続け、そして今の、(経済的意味に限っては)被差別部落問題解決した現在に至る。

 あなた人生にとって、重大な戦いをせねばならない時がくるはずだ。その時に、どういった行動を取ればいいのか、当日記がその際の助けになれば幸いだ。

 40代以下の若い人に向けて、このトピックを書いたつもりだ。あちらへ、こちらへとぶれた文章になって申し訳ない。読み返してみると、まとまりのなさに驚いている。ご容赦いただきたい。

 あなた幸せのあらんことを。

2021-01-19

anond:20210119020747

興味深く読んだ。

審判』のくだり、商業的に自由とはどういう意味

仕掛けられたマーケティング接点では無い出会いだった(古本屋の偶然)ということ?

それとも、審判の中身・題材に関連したことを言っている?

西野氏、おれは小物ホイホイだと思っている。フォロワー批判者も。

人を集められるのは、大衆消費社会(頭数が物を言う場。意味的に従来のテレビ雑誌と同じ。計測可能・直接経済が生じている点では上位互換)において力だ。新しいフィールドで、逆説も用いながら、信者たち・批判者たちとすったもんだ経済行為を営むのは、別に悪いことじゃない。良いことでもない。単に在り方で、力を伴う在り方だ。

でもちんまいなー、と感じもする。そう感じる理由は、集まってる人々を見てウンザリするのが大きいだろう。

しかしだからといって批判者になると、結局西野伝説語り部になる。

関わらないに限る。

2021-01-04

anond:20210103213826

様々なものが貴重だった時代に生また女性消費社会男性が付き合ったら?みたいな思考実験としては面白かったね。

「たらちね」という落語のように時代に合っていない異性というのは傷物ってことなのかもしれないが、

すりは聖者に気づかないことを揶揄するような話にも見えた。

2020-12-10

anond:20201210121300

おまえは現代消費社会で消費魔法レベル0くらいの人だ

ボンジリが正しく使えるのは消費魔法レベル10以上だ

まずロース脂身が少ない筋肉ってとこからおぼえろ 初級の初級だから

モモロース、肩ロースなどあるし塊肉と薄切り肉と切落しでもだいぶ違うぞ

2020-12-08

いくら金持ちであってもオタク資本主義の国の土になるしかない

究極の資本主義世界資本家の掌の上に生まれ育った消費社会市民田舎者気取りに、貴族世界金持ちとしての暮らしが務まるはずが無い。品性も中身もない。あの場所以外で大失態を演じてるではないか。これ以上恥をさらすことも無かろう。直ちに貴族バッジを外すべきだ。「下品でもカネがあれば権威は買える」ということを教えてくれて、ありがとう。もう解ったから、さっさと資本主義の国に戻れ!

2020-08-09

もっと地球規模で貧困を考えてくれんかな

低賃金労働者低賃金なままなのは管理されてるから

ここまでは正しい

けどそれは産業のためではなくて地球のためなの

 

産業の面から言ったら低賃金労働者高賃金労働者になってくれた方がいい

高いお賃金で沢山消費してくれるんだから産業も儲かる

 

けど地球は既に限界なの

人間排出するガスのせいで気温の上昇すら止められなくなってきてるんだよ

そこに低賃金労働者高賃金高消費サイドに移ってきたらどうなる?

地球が終わるわ

 

いまアメリカ中国を潰そうとしてるでしょう

あれは習近平約束を破って中国の豊かさに歯止めをかけなくなってきてるからなんだよ

 

北京上海当たりの合計1億人ぐらいが先進国並みの暮らしをするのはいいって前から認めてた

でも中国はどんどん都市部人口増やしてていま8億人ぐらいが都市人口になってきてる

あとさらに6億人控えているわけ

この13億にも先進国並みの生活をさせたら?

それは地球が壊れる

 

グレタさんも同じだよ

これ以上高賃金高消費が増えたら地球が壊れるから

その為のシグナルとして出されたのがグレタさんなんだよ

 

よくグレタさんは自分意思で喋ってないとか言う陰謀論があるけど違うよ

グレタさんの言葉感情は百パーセント本人の意思

だってその為に生まれてそのために教育されてきた子なんだからそりゃそうだよね

 

中国でもいま世界秩序に協力して地球の消費を押さえようとする勢力

協力してると見せかけて派遣を打ち立てて消費社会の王になろうともくろむ勢力

激しい抗争をしてる

 

わかるよね

グレタさんと習近平敵対するサイドだってことだよ

anond:20200808101255

2020-08-03

無料社会が及ぼしたであろうクリエイターへの影響

クリエイターでもない私が偉そうに語るものではないけれど、なんとなく思いついてしまったので。

大前提として二次創作というもの個人間で楽しむ範囲のものであり、商業的やり取りは基本的ご法度です。

なので文章的に分かりづらいかもしれませんが、論点は「無料で消費される技術の質」という点であることをご了承ください。

私は学生時代ニコニコ動画黎明期でもあったため、MMD (Miku Miku Dance)というコンテンツにハマっていました。雑に説明すると、自分の好きなキャラクターが立体モデルとなり、着せ替えたり躍らせたりすることができました。

二次創作においても漫画小説と同じくらい当時人気のコンテンツでした。(現在の状況については正直見ていないので分かりません…)

そして当時、私も遊び半分で動画を数本投稿してみました。ありがたいことに多くの方に見て頂けて温かい言葉、激励する言葉も頂きました。

5年以上経った今、改めて見直してみると初心者だったとはいえこんな、「よくこんなクオリティのものを世に出したな自分!」とそのあまりに粗雑さに目を疑いました。

(お借りした素材はどれも素晴らしいものでしたが、とにかく私のミックス編集技術絶望的でした)

何でこんな粗雑なものにこんな温かいコメントの数々を頂けたのかと。

色々と考えてみました。そして個人的にたどり着いた結論は二つ。

一つはただただ視聴してくださった方々が良い方たちであったから。これは恐らく間違いない。

ただ、もしこのご時世に同じ動画を投げても、恐らく同様の再生数やコメントは貰えないであろうなとも思いました。

それが二つ目理由、「我々が無料で拝聴できるコンテンツクオリティが5年前と比べ飛躍的に上がっている」から

これに大きく影響を及ぼしているのはスマホの普及…によるSNSソーシャルゲームの普及だと思ってます

乱暴に言うと最近Twitterを眺めているだけで有名絵師作品を流し、アプリストアを開けば無料ゲームダウンロードできる。

しかもどれもとにかくクオリティが高い。

5年前と比べ「無料」のハードルは大幅に上がり、消費する層の目もどんどん肥えて行きました。

技術も5年前に比べ進歩し、クリエイターさんたちの質も「無料第一主義」の超消費社会で生き残った洗練された人たちをよく見かけます

逆に5年前の私みたいなのはきっと、この超消費社会踏み込む権利すらないのではないか…それくらい「生み出すもの」と名乗るスタートラインが高くなった印象を受けています

別に悪いことだとは全く思いません。競争が激しいほどクオリティ昇華されていき、一般的により良いものが生まれていくのは創作に限らずモノづくりにおいては大切なことなので。

だけど高くなりすぎたスタートラインにたどり着けすらできなかったクリエイターたまご無料化によって高速化した消費に必死に追いつこうとするクリエイター玄人さんたちも

どこか辛いと思っているところはないのだろうか、と。

法外な価格を設定しろと言っているわけではありません。けれど作品に対する相応の報酬を求めるのも悪ではないと思うんです。

私の思い過ごしかもしれません。考えすぎの被害妄想かもしれません。

でもこうして文章にしないと収まりが悪いと思うくらいには当然になってしまった無料社会に思うところがあります

2020-07-27

anond:20200726172217

90年代オタククリエイターを通して間接的に昭和50~63年の影響を受けてるんだよ

例えば小室哲哉布袋80年代活動90年代スタイルに大きく影響しているしビーイング浅倉大介も彼らの影響下にあるやろ

J-popという様式を形作った奴らに影響を与えたものはだいたい昭和末期にあるんだよ

またエヴァナデシコCCさくらウテナ云々の、俗にいう世紀末感漂うオカルト趣味や、7,80年代のロボアニメや少女漫画オマージュに溢れたアニメ雰囲気

明らかに7,80年代青春を過ごした人の趣味がにじみ出てる

90年代って80年代ごろに日陰に追いやられていたものが徐々に表に浸透しだした時代じゃねえの?

それから松田聖子とかおにゃん子みたいなフリフリぶりぶりアイドルは俺がいっているような80年代アングラとは真逆の大量消費社会権化のような大衆文化やろ

2020-07-26

どんどん無価値人間が生きづらくなってる気がする

タイトル主語が少々大きいですが、これは自省です。

清廉潔白で真っ当な人間ばっかりがどんどん増えている気がする。

優性思想の話がでて、安楽死否定されたり、

自由恋愛は優性思想説だったりとか色んなの見ていると、

自分のような無価値人間は生きていてもしょうがないんじゃないかという気持ちさせられる。


どうしたって卑屈な気持ちになってしまう。逆に卑屈にならないくらい自信がある人は羨ましい。

卑屈にならないように努力してこなかった自分が悪いんだから自己責任だと言われたらその通りだと思う。

32歳の腐女子問題の人みたいに周りが見えなくなるくらいの趣味も今はない。他にもあんまり楽しめるものない。

から消費社会にすら貢献していない。だけど、金もない。

そのくせ困った人には何かしてあげられる勇気もない。

それでも少しずつ動けばいいんだろうけど気力が湧かないんだ。


本当に生きててごめんなさい。

東日本大震災コロナ

私は、東日本大震災当時は大学3年生で、4月から始まる就活戦線に備え、履歴書づくりと、WEBテストに励んでいるところに、地震が来ました。

就活は大混乱。私は東北地方出身なので、同年代被災した友人も数多くいました。

採用活動は6月開始となり延期され、採用数は激減でした、スポット就職氷河期時代でした。

本当の就職氷河期経験された方、お察しいたします。(壮絶な苦労があったと、容易に推察できます

原発事故震災の混乱で、大学の授業は機能しておらず、休校が続きました。もちろん学費返還はありません。


お金の面では、とても厳しかったです。

授業はないのに、学費の支払いはとまりません。

当時はリモート授業になる雰囲気はありませんでした。

今年のように一人10万円給付なんてことも、全くありませんでした。

大学院に進学し就活戦線を先延ばす人、テキトウに入れる中小零細企業入社景気回復後の転職を試みる人など、いろいろな人がいました。


キトウな中小企業に入った、もしくは大企業に入った方は、私含め、うつ病体調不良オンパレードでした。

友人の中で、新卒入社会社にとどまってるのは、2割程度でしょうか。私は、とどまっています。というか、コロナ転職機会を逃したように思いますもっと早く動けばよかったと後悔)。


入社した地方にある企業は、パワハラセクハラあたりまえ、教育体制皆無のテキトウな中小企業でした。相手は(上司)は日本人ですが、日本語が通じないという特殊在日日本人ばかりでした。おそらく治外法権なのでしょう。

会社という形はありましたが、組織はなく、属人的で、とりあえず、営業している露店という感じです。

入社しても教育はなく、仕事もなく(当初は暇でした)、ただ、部署によっては、過労死ラインの2倍のサービス残業はあたりまえ、という、いびつ体制です。

こんなことを思い出していると、今年の大学4年生の方もこれから相当大変だろう案じます

私の友達でも、震災が遠因で、震災から数年立ってから命を落とした人がいます

なんとか、生き延びて欲しいです。

とても辛いと思いますが、決して自己責任論者などに騙されてはいけないです、新手の新興宗教のように思えますので、学生の方々、十分お気をつけください。

競争社会消費社会の荒波に飲まれ、流され、フラフラと生きていこうと思います

氷河期世代の皆様、なにかアドバイスいただけたらと思います

2020-07-04

安易規制は多大なる衰退を招く

>なぜペットボトル規制されないのだろうか…。

https://asagei.biz/excerpt/17942

誰でも判る事だけど、こんなものペットボトルがそれまで主流だったガラス瓶に比べて軽量且つ割れにくいからだよとしか言えない。

しかしこの手の短絡的な規制論こそ経済社会活動全ての衰退を招く事にいい加減気づいてほしいもの。

そもそも海洋汚染に関してならば、ペットボトルに対してならば、ゴミ箱なり回収箱を増やす方が余程対策になる。

これら短絡的な規制自体が、経済社会場合によっては技術の発展や文化活動すらの衰退すら招き、逆に業務自体への弊害をも与えるのは事実だしねぇ…。

それはこの手の環境問題に限らず、ドローン規制ダガーナイフ規制、そして当時の児童ポルノ禁止法青少年条例等の創作物規制またはネットカフェ規制ネット規制著作権問題におけるネット規制、それこそ民間においてはフェミニスト特定団体が行ったコンビニに対するエロ本販売規制や近い所では赤十字JAに対する業務妨害とかバイク界隈に対する3ない運動等々例をあげればキリがないものからね。

それと少し前に問題になった、農家に対して規制をしようとしている種子法とかの問題ある意味ではその規制による弊害のもの問題だしね。

本当、特定団体業界議員官庁とか自身プライド利権関係だけを見て、その後の弊害があると言う声すら聴く耳を持たずに短絡的に規制し続けていたらそりゃ日本もここまで落ちるのは必然だよねと思う。

何にしても今回のレジ有料化自体悪手であり、最悪なタイミングやらかした事は間違いなく、これは世間一般に対して、環境対策と言うもの自体消費者不利益負担をもたらし、不潔で、消費活動を停滞させた結果、経済的衰退をも招く碌でもない代物であると言う認識を一層強めさせただけの結果に終わる事だろうね。

これまでも環境性能を謳った余り、価格は上がったけど自動車バイクの性能を落としたり、電球蛍光灯廃止を強行しLEDを強引に普及させた結果、少なくない人達に多大なる迷惑ばかりかけ続けたのは事実なのだから

トランプ米大統領インフラ事業の迅速化を求める大統領令署名緊急事態宣言から経済回復目的

https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/06/3e864d496ae32141.html

普通にトランプ大統領が経済視点からパリ条約離脱を決め、環境問題から距離を置いたのはある意味正解だと昨今の状況を見ていて思うよ。

昨今の環境問題とやら自体、やっている事は消費抑制ばかりであり、結果、国家のものに対して、経済的衰退や社会活動の停滞を招くだけの代物であったのは明白だったし、排出権辺りから本気でおかしな方向に向かい始めたからね。

少なくとも国家経済活動を重視するのならば離脱するのは正解であったとは思うよ。

しろ今の俗にあの方々の言う環境問題に対する活動自体生産、消費抑制から来る経済衰退活動しかなかったから。

こう言うのを見ていても消費社会は豊かさの象徴であるのに対し、環境問題国家を貧しくする象徴であるよなと思う。

それから日本経済云々言いながら、コロナ流行っている時期にも関わらず、この手のレジ有料化と言う経済衰退策を平然とやらかしたり、普段は偉そうに言っているくせにいざコロナ禍においては企業に対しての支援もまともにしなかったせいで多くの倒産を招く結果になったりと色々な意味でかっこいいポーズけがしたい口先だけの人達しかいない中途半端人達ばかりだなと見ていて思うよね。

事実これにしてもタイミング的にどう見ても五輪ポーズしかないのは明白だったしね。

かにトランプ大統領自体おかしな側面も少なからずあるけど、最近はそれ以上にあの界隈が黒人デモ以降世間に対して、自らの権利を盾にして、逆に表現言論の抑圧をしだしたり、環境問題にしてもグレタ氏以降、あの手の団体の方々が更におかしなことをしでかしたりした結果、相対的にまだまともに見えだしているのも皮肉だとしか言えないよね。

レジ有料化はある種今の日本コロナ禍への対応象徴しているよね

レジ袋」有料化愚策の極み!? エコバッグ地球にちっともやさしくないワケ

https://asagei.biz/excerpt/17942

そんな天下の愚策をこのコロナの時期にやってしまうのが今の日本政府及び官庁なんだけどね(笑)

しかコロナ問題抜きにしてもエコバッグやらマイバッグやら呼ばれるものって衛生面の観点問題点も多いよねと思う。

そもそもエコバッグ自体何枚も持ち歩く人なんて少ないだろうし、そうなると食品薬品その他の等が同居する状況になってしまい、その点からも非常に非衛生的。

もし何かあった場合には袋内が大惨事になるのも判り切っているよね。

それとマイバッグとやらが今や店舗内に持ち込みやすく動きやすい状況を見ても海外万引きが増えたのも何となく判るし、予想通りクレーム対処等で店員の手間ばかり増えているのも笑えないけど草。

どう見てもこれを強行した人達って普段自分で買い物をしない人達だろうね。

マイバッグやらを持ち上げる提灯記事が多いけど、問題や反発も多いのはそれこそニュース記事を見ていれば判る事だし、そもそもレジ袋貰わない人が増えたのは要は金をとられる様になったからだよ。

皆その辺シビアだし、それは回り回って店舗の売り上げにもそのうち影響し始めるよ。

気軽な買い物が出来なくなったのは事実からね。

しかし色々見たり、レジ有料化以降を体感していて、(消費者に対して)負担を増大させ、(衛生面に関しては)不潔で、(ただでさえ消費増税コロナ禍で冷え込んでいる所を更にこの一件で消費動向が冷え込むと言う意味では)不景気すら招きかねないから、3密ならぬ3ふを招く事だろうなと思ったりしているよ。

ただ世間の反応やニュースを見ていても不満も多いからそれこそ4ふにも5ふにもなりそうだけどw

風呂敷レジ有料化で再評価 売れ行き上々、使いこなすための「コツと注意点」

https://www.j-cast.com/2020/07/04389468.html

今度は風呂敷か。

風呂敷って地味にお値段がお高いんだよね。

それに使いこなすにも結び方を知らなければ無用の長物になってしまうのも事実

しかし古新聞ゴミ袋にするだの風呂敷だの少し前の消費増税に関した日経人参の皮まで食べろと言い、いよいよこの国は戦中か何かなのかなと思えるような所まで来ているよね。

消費社会が豊かさの象徴なら環境社会貧困象徴か…。

最も環境に一番良いのは生産消費活動の停止であり、人類絶滅する事なのだけども。

2020-05-31

自己評価が分裂してる

 客観的に見て俺は保身的だし優しくないし面白くないし表現力もないに情熱もないし頭も悪いしでダメダメなんだけど、主観的にはそんな自分がけっこう好きだったりする。

 増田文学100選なんかを読むと、語るべきエピソードも読ませる表現力もない自分がどうしようもなく惨めに思えて胸のあたりが痛くなったりするんだけど、一方でそんな自分結構魅力的に思えもする。

 何もない人生を送ってきたのは他でもない俺自身選択の結果で、この何もなさこそが俺のアイデンティティーなわけだ。他の奴らがついつい自分を磨いたり何かを探したりしてる間に、俺は何も考えずにただ流されて消費社会で惰眠を貪ってきたわけだ。どこにも行ってない・誰にもあってない・何も読んでない・何も書いてない・何もしてない・何も得てない・何も生んでない。

 でもそうやって本当に何もしてないことに誇りすら覚えちゃったりするんだよなあ。ダメ人間自称する人間が意外と優秀だったり心揺さぶ作品を生み出したりしてるのを見たとき劣等感と同時に優越感も覚える。「ああ、お前はダメでいることに耐えられなかったんだな」「いいものを生み出してしまったねえ」と。

 クズで才能のない人間が開き直っているだけといえばそれまでだけど、俺が俺をクズであるがゆえに愛していることに嘘は一切ないんだよな。今後も花を咲かせるどころか芽吹きすらせずに腐っていくんだろうけど、その腐っていく俺を目撃するのがこの俺だけであるという事実はなんとなく甘美だ。世間に知られてやるものかと思う。世界は俺という才能を全く気づかないうちに失えばいい!とちょっと矛盾した気持ちを抱いている。

2020-04-21

なんかあらゆるジャンルで物が余ってるから買ってくれというツイートが回ってくるけど、消費社会のツケやね

世の中いらんものをたくさん買って売ってそれで回ってきてたんやな

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