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はてなキーワード: 衛宮士郎とは

2019-02-26

anond:20190226040526


とても面白かったので私見ですが思ったことを書かせて頂きます

物語面白さについて

キャラは覗き穴」という結論を出されておりますが、これは1つの真理だと思います。そのキャラがいてもいなくても物語は進み、世界は成り立つでしょう。

しかし、その「覗き穴」にはキャラ主観(あるいは立場)というフィルターがかかっていることもまた、言えるのではないでしょうか?

fateがお好きなようですのでそれで例えると、衛宮士郎から見た間桐桜可愛い女の子ですが、傍から見れば化け物にうっとりと寄り添う少年しか見えないかもしれない。勿論そのことはちゃんと作中で言及されていますが、やはり士郎視点を完全に無視して客観的な目だけで見れる人は早々いないのではないでしょうか?

桜が悪い、という意見の人も、士郎目線で見ることを脱却する為にあえて過剰に桜を批判したりして、結局のところ影響は受けているかもしれません。もっと極端なことを言うと、叙述トリック等で「主人公が狂っていることが最後に明かされ、今までみていた物語疑わしくなる」タイプの話も、もしも明かされずに終わったら「主人公の覗き穴」から見た歪んだ景色世界観として認知されます

キャラクターは世界内包する、というのは私見では「キャラクターが認知し、咀嚼し、自分が見ている世界として脳内に構築はした世界を見せられている」という意味解釈しました。視点一人称でなくて三人称でも、ある程度はこれが成り立つのではないでしょうか。

キャラクターがいないと生まれない世界

ぶっちゃけていうとキャラ萌えですね!まず、こういうキャラ描きたい!ってのが先に来て、こいつが生まれた、あるいはこういう風に育った世界ってどんなかな?と考えることで世界観やストーリーが出来てきたりします。

例えば、ぱっと「煙草吸いまくってて濃いクマがあってガリガリで、でも目だけは並々ならぬ生命力があるしいざ戦うとめっちゃ強い」みたいなキャラを思い付いたとします。

このキャラを成立させる為には、まず「不健康なのに強い」という特徴を成立させなければなりません。そうすると、その理屈付けの為に「魔法があって腕力や体力に関係なく強い人間存在する世界」だとか、あるいは「特殊煙草が開発された未来であり、彼の吸う煙草一時的に筋力をものすごく上げる」とか「特殊拳法跋扈する社会であり、体力がなくても一撃で相手を倒せる達人である」とか「そのキャラの為の設定」がにょきにょき生えてきて、それが積み重なって世界観になるのだと思います

例えば、fateアルトリアなどは美少女ゲームという都合上「華奢な少女であり凄腕の剣士」にせねばならなかったので、設定に「魔力放出(ブースターのようにエネルギーを噴射でき筋力に回せる)」という技術を持っていることが付与されました。このお陰で、魔術とは火を出したり氷を操ったりするだけでなく、肉弾戦にも利用できるという世界観が生まれたわけです。

個人勝手に作る時は、自分の好きな萌え要素を詰め込んだキャラを先に作って…という順番になるかと思われますが、元増田様の場合はあまりキャラ萌えなさえるタイプでないようにお見受けしますし、商業なので「受けるキャラ要素」を他の作品から探して合成することになるかもしれませんが…

③本筋に関係なく捻りだされるストーリー

ソシャゲということは世界観は既に確立したうえでのキャラ作りでしょうから、①で言ったような世界観構築はできません。ですので、もっと小規模な世界である主人公ってどんな生い立ちでどんな生育歴なのか?」で、キャラストーリーを編み、それをソシャゲ世界に合わせていくようなことになるかと思われます

要するに、世界観に必要あるか?という問いは敢えて考えずに「面白キャラと設定を作ったので、これに齟齬が生じないように世界観とすり合わせしよう」というスタンスです

本意に思われるかも知れませんが、私の面白キャラをそっちに合うようにカスタマイズしておいたよ!位の強気でいっていいと思います。例えば、FGOfate/Apocryphaに登場すジャック・ザ・リッパーなどは、先にデザインが完成していて、それに合う英霊に設定されたという噂があったりします。

また、ファン目線ですが、あーこの作家作風をこの世界に持ち込むとこうなるのかーみたいな気持ち楽しいです。作風世界観を喰ってしまったり、世界観はに作風が埋没したりしないようにバランス感覚を見せて貰えると凄い作家さんだなあと思ったりします。

④本筋に関係ないキャラの意義について

世界観を大切にされる元増田様にとって、本筋が進まないでサイドストリーけが進むのは不思議でことによったらつまらないと感じるのは無理もないと思います。そこで、逆に「本筋などはそもそも存在しないのでないか」と考えてみるのは如何でしょう?

すなわち、今本筋だと思っているのは実は本筋ではなく、たくさんの物語の一つに過ぎないのだという考え方です。fateなんかは割りと、それに近いと解釈しています。どのエピソードも全てが等価物語であり、広い世界で無数の物語が同時進行で動き、消えては生まれを繰り返しているという視点です。エヴァFGOだと世界が終わってしまったりするので難しいかしれませんが、無数のパラレルワールドの1つと考えれば一応成り立ちます

そういう風に考えれば、世界観を共有する限りは「スポットが当たりやす物語=メインストリー」、「一時的に当たる物語=サブストーリー」というだけの差で、「世界に絡まないストーリーなどない」と考えられるかもしれません。

長々と失礼致しました。このように深く悩まれる方書いたストリーソシャゲ、是非遊んでみたく思えます。厳しい業界だとは存じますが、元増田様が思慮深くお作りになったシナリオがどうか沢山の人々の目を楽しませることを祈っております

2018-12-03

anond:20181203100829

かに増田ではあまりいからピンとこないのかも知れないけど、2chとか不意のネタバレ投下とか酷かったぞ。

あと悪意はないにしても、あまり簡単ネタバレが表示されてしまうのはやはりNG派にとっては辛い。

FATE 衛宮士郎 アーチャー』でググっただけでトップに核心的なネタバレが表示されてしまう現状をどうお考えだろうか。

古い作品から仕方ない?ごもっと

2018-11-15

聖杯戦争に現れたシロウを名乗る謎の男の正体が衛宮士郎ではなく山岡士郎だと判明する回

2018-09-12

色々なジャンル的外れすぎてムカつくアンチ意見見てきたけど一番「やりきれなさ」というか「どうしようもなさ」を感じたのがFateUBWのアニメの初戦で「アーチャーイリヤスフィール狙ってれば終了だったかガバガバ」ってやつ

それはちゃん理由がある…と反論する自体ネタバレに繋がりかねないからかみんなスルーしててこれで心象悪くなってたら嫌だなと思った

選択死がないからか地の文がないからか子供騙しに見えるみたいでそこもな 原作やってる時はそんなこと全く思わなかったんだが…葛木の初撃必殺(=二度目以降は通用しない)、凛の肉弾戦が何故切り札になったか衛宮士郎がなんでギル渡り合えたかetc地の文ないとわからないし、小説原作アニメ限界を感じた いや好きですけどね

2018-04-23

最近オタク漫画現実区別がついてなくない?

フェミの人に絡むオタクが、度々漫画現実区別がついてない絡み方をしている。

前は「正月に女だけ料理をして立ち働くのはおかしい」って人に、衛宮士郎をご存知ないのかとか、料理得意な男キャラ達の名前を出して絡んだり、最近は女キャラの方がメシマズで云々とか、複数オタクが絡んでいてとても気持ち悪かった。

2018-04-09

FATEの真のヒロインは誰なのか

まとめ:「きのこだよ」「武内崇でもあるよ」



三人のメインヒロインがまず現れる

セイバー…この物語舞台彼女のためにある。彼女は救われた。彼女は誰かを守った。彼女世界を救った。そうして彼女は恋をして、夢を見て、夢から醒めて、いつかまた夢の野に降り立つ。はたまたそこは遠いどこかの現実か。

遠坂凛聖杯戦争が始まるより前の衛宮士郎人生において彼女こそがヒロインだった。送れてきた正ヒロイン。幼馴染属性に似ているような立ち位置彼女がいなければ物語は始まる前に終わっていた。彼女メインヒロインである物語が始まる前までは間違いなく。

間桐桜正義の味方というシステムに乗っ取られ剣の化身として生きまいとした衛宮士郎人間へと戻した少女王女キス井戸の中の蛙となった王子を救う。水至清即無レ魚、正義の夢は呪いの沼地、そこから引き上げられたエミヤシロウこそがヒロインなりや。

ライバル達もまたヒロインである

アーチャー言わずもがなである。夢に呪われし衛宮士郎の成れの果て。救いたるは、恋した乙女の思い出と、かつての自分のひたむきさ。己を信じたゆえに己を呪った。今更引き返せぬ道で救いを得るなら、己を再び信じる事のみ。それを実現した彼もまたヒロインである

言峰綺礼…君の願いはようやく叶う。それを向けた先は果たして目の前の少年のみか。かつての宿敵、その宿敵に今なお囚われる執着そのもの、それらにもまた向けられていよう。正義の味方が求めるは絶対の悪。ならばその反対もまた求めたるは絶対正義衛宮士郎を誰より長く恋がれたのはこの男なのでは。

イリヤお姉ちゃん属性イリヤ妹属性イリヤのどっちもかわいいのでどう考えてもメインヒロインです。

だがやはり主人公こそが

衛宮士郎…救われるのがヒロインならば彼こそがヒロインだ。正義を共有する盟友、未来を共有する強敵、敵意を共有する宿敵、正義の味方としてこれ以上無く恵まれた時を数々のルートで過ごした。そうして辿り着いた道は、正義の味方という呪いを解き平和世界ありのままに愛せるようになった自分自身。彼の進むありとあらゆる道が、ありとあらゆる者たちによって肯定された。どう進んでもいいのだ。衛宮士郎であることを裏切らぬ限りは。

衛宮切嗣正義の味方として生きる道の果てに救いがあることが証明された。彼の望みはようやく叶った。世界平和を願った結果、自分の生きた道すら蔑んだ過去、それを救った最後の言葉は嘘偽りのない真実となった。それが本当に救いであればいいと願った気持ちは、本当の救いとなって形となった。彼は世界を救った。彼は少年を救った。誰かを救いたいという思いによって、確かに1人の少年は救われた。彼の意思を引き継ぎ、少年はまっすぐ逞しく正しく、そして幸福青年となった。彼は確かに誰かを救った。これこそが救いである。彼こそが真のメインヒロインである

結局誰がヒロインなのか

一行目に書いたとおりです。

2018-03-24

ノベルゲーム主人公キャラだと思えない

特にFGOで感じる。ファンアートとかでぐだ子ぐだおと呼ばれ愛されているけれど自分にはただの第三者空気的な存在しか思えない。Fate/snをやっている時、文書を読んでいる時衛宮士郎自分でも空気でもなくいちキャラクターに思えた。立ち絵がないか自分視点からじゃなく表現出来ないけどぐだはキャラクターだと思えない。主人公自分気持ちが強いのかな・・・それも何か違う気もするんだよな

書きながらめちゃくちゃ何なんだろうと考えたんだが多分「自分語り」がないからかなと思った。自分語り、特殊な設定、ちょっと変な性格。これがノベルゲーム主人公にないと完全に自分と切り離して物語に入り込めない。ほぼ立ち絵も出てこないしなんというかキャラとして確立?してないとダメなのかもしれない。上手く表現出来ないけど多分アイマスのP(ゲームの)みたいな存在だとぐだおぐだ子を思ってたのに二次創作キャラとして扱われてるからなんか違うなと思ったんだ。何が違うかはわからないが

2018-02-04

衛宮士郎って何通りいるの?(Fate経験の人はネタバレ注意)

衛宮士郎って今何種類いるんだろう。

ゲーム本編だけでも3ルートエミヤで4種類。

EXTRAの無銘。

FGOのボブ。

プリヤの士郎。

結局どれがどうなってどういう関係なんだ。

2018-01-05

anond:20180102130531

琥珀さんルートや桜ルートが好きで、かつFGOシナリオがそれと同様に面白い」という人です。

当方PLUS-DISCからなので元増田氏の言う古参寄りではあると思うのですが、琥珀さんと桜の物語が好きで、当時回りに全く理解されなかった事もとてもよくわかります。また「ガチャ」やカジュアルソーシャル的消費要素には否定的であり、その部分がゲームの主軸ではない(特にマルチプレイや対人などバトル要素)事で続けているプレイヤーでもあります

以下、FGOや各作品ネタバレにある程度触れている部分があります

HFの呪縛と「その先」の模索

数々のインタビューを見ると、奈須きのこ氏はHFがユーザーの多数に受け入れられなかった事を失敗だと思っている節があります(劇場版パンフでも話を変えようという話題があったはず) それがCCCでの桜の復権を目指したテーマ性と描かれ方(別の悪を提示したのは賛否あると思いますが)であり、FGOでのマシュ・キリエライトに繋がる要素の一つでもあるように思うのです。また、彼女Fate無印でのセイバーと対になるプロットのあった没サーヴァントであり、DEEN版のアニメ化で設定が固まったなど、Fateと共に歩んできた裏のキャラクターでもあります

そこから見た場合FGOのマシュの立ち位置は、ある種HFのリベンジとも言えるものです。彼女は魔術の名家によって実験体となるべく作られたデザインベビーであり、教えられた目的のために生きる事が全てとして成長しました。そして、オムニバス的な物語が進む中、やがてゆっくり人間性を獲得し、物語終盤では「人の生きる意味」を自問し、迷い、答えを出す所まで到達します(その真骨頂奈須きのこ氏が直接書き下ろし第一部6章~終章です)

彼女と対になるのは主人公ではなく、物語ナビゲーターであるロマニ・アーキマンです。彼もマシュ同様特異な生まれ人生選択権を持たなかったものの、「既にその問題を克服した」人物であり(結果として他の問題を抱え込みましたが)、その意味でマシュを導く鏡のような先達であり、テーマ性におけるナビゲーターでもあります

これらは明らかに"ロボット"である衛宮士郎や、間桐桜喪失と救済の物語など、HF(及び重ね合わせとしてのhollow)のリバイバルリベンジと言えるデザインですが、そこに新しい要素が入り込みます。それが「主人公(プレイヤー)」です。主人公マスターという価値担保されているものの、(空の境界黒桐幹也やEXTRAの岸波白野にも全くキャラクター性で敵わないほど)個性の弱い傍観者です。善性の象徴としてマシュとの絆を育み心の支えにはなっても、プレイヤー選択肢が彼らの生き方を変化させる事も無く(ストーリー分岐が無いので)、傍観者であり第三者、という位置付けのまま物語は進みます

そして物語最後第一部の結末では、hollowにおけるスパイラルラダーとブロードブリッジの再演の中、主人公を残し彼らは生きる意味の答えを獲得して死亡します。ですが、物語はそこで終わりません。彼らの人生、生きる意味の獲得をずっと見てきた主人公(プレイヤー)が、彼らに"続き"を託されるのです。彼らから貰った「命の答え」を声高に叫ぶ選択肢と共に。それはHFと重ね合わされながら別の物語として成った結末…「遊んでいるあなた」にその先を託す、「あなたは、彼らの人生肯定して良いのだ」という、かつてHFを支持しながらも「評判」にかき消された、私たちへの救済のようにも感じられました。

完成した物語俯瞰して答えを出すという行為は、hollowアンリマユのような「主人公」の形でもあり、バゼット・フラガ・マクレミッツが前に進んだ源泉でもあります。かつて主人公プレイヤーを重ね合わせる事ができず、数多のプレイヤー登場人物を「理解できなかった」とされたまま完結していた作品は、形を変えたその先で別の答えを模索したのだ、と、そう思いました。

…また、CCCでも結末において「キャラクター人生肯定する」選択ができる構造にもなっており、FGOはその表現さらに詰めた形である、とも考えています

連載型ゲームソーシャルゲーム

ここからは余談です。

奈須きのこ氏らはいわゆるソーシャルゲームについて、一般的な対戦や収集を軸としたバトルゲームではなく、リアルタイム性を重視した連載型ゲームとして語っている部分が多く見られます。かつてのWEB連載版空の境界さらに戻ると氏がノート小説を書いていた原体験に繋がるのでは、とも思いますが、2016年年末ツイッターが盛り上がっていたのは完全にその手法の先にあるものであり、インタビューなどで何度も言及されている「漫画雑誌のような」「今追いかけている人にフォーカスした」展開方法の、その最終回の見せ方に他ならない作りでした。それは「見せ方も物語体験に入る」という考え方、「Fate」においてUBWとHFが段階的にプレイする方式になっていた考え方の先でもあるのでしょう。

このリアルタイム演出手法過去エイプリルフールでも定期的に模索されていた効果の高い方法であると同時に、追いついていない・時間の合わない層を強く失望させる作りでもあります。そこに複数ライターによる(プレイヤーの受け取り方も含めた)シナリオの当たりハズレ、新たな更新を待つ期間、そしてこの作品の見せ方に本当に必要だったのか今では疑問とも思える(3分縛りの話を見るに何も考えずに入れてそうな)ガチャ要素も含めると、一概に物語を取り巻く環境全てを肯定しにくい作品とも言えます

はいえ、この連載型ノベルRPGとも言えるシステムが非常に希少であるのは確かで、バトルゲーム主体ソーシャルゲーム文化の中で個々のユーザーがそれをどう受け取るかが、このゲーム価値付けになっていくのだと思っています

二十七祖と言えば

4章でプライミッツ・マーダーの話が出てきた時はまさかと思いましたが、本当に出てくるとは…

2018-01-02

FGOが気に食わない

これは、典型的な「自分でやっていない、なにやら盛り上がっている作品を、気に食わないと上から目線批判する文章」だ。

本文は『月姫』と『Fate/stay night』のネタバレを含む可能性がある。特にFate/stay night原作を未プレイで、劇場版Fate/stay night [Heaven's Feel]』の続きを楽しみにしている人は、ネタバレを含むため読まないでほしい。

Blue Blue Glass Moon, Under the Crimson Air.

私が奈須きのこ作品出会ったのは2003年月姫月姫PLUS+DISC、歌月十夜の3作が収められた『月箱』であった。いわゆる型月ファンとしてそれほど古参というわけではない(型月における古参とは、竹箒に連載されていた時代の『空の境界』読者――とまでは言わないものの、最低でも2001年には『月姫』に触れたレベルを指すものだろう)。当時『ONE』『Kanon』『AIR』に心酔する所謂鍵っ子」であった私は、もちろん月姫の噂は聞いていたものの、手を出すきっかけを掴みかねていた。月箱が頒布されたのは、そんなときである歌月十夜まで一揃えで化粧箱に収められたそのパッケージは、初めてのTYPE-MOONとしては最適であった。同時期、彼らが商業へと移行し、次回作Fate」は商業ゲームとしてリリースすることを発表したことも背中を押した。群雄割拠エロゲ界についに鳴り物入りで乗り込んでくる新進気鋭の代表作を、体験しておかねばならぬと考えたのだ。

果たして、私はTYPE-MOONの虜となった。

月姫』は衝撃であった。連綿と積み重ねられてきたビジュアルノベル恋愛アドベンチャーゲーム文法に沿っていそうに見えながら、しかし決定的に異なる「それ」は、私に新しい刺激を与えてくれた。私はシエル先輩が好きになった。この文章を打っている2018年に至ってなお、人生オールタイムベストシエル先輩だと胸を張って言える。もちろんそれだけではない。ファーストインパクトとなったアルクェイドが醸し出す寂しさを、そして、ひまわり畑で微笑む琥珀さんの愛おしさを、今なお昨日のことのように思い出せる。

月姫の魅力のひとつに、不思議ノスタルジーがあると思っている。あの文章グラフィックと音楽には、懐かしいナニカを思い出させるものがある。去り行く少年時代を描いた作品だからだろうか。遠野邸の遠い記憶がそうさせるのかもしれない。

PLUS+DISC、歌月十夜まで一気にプレイした私は、そのまま『MELTY BLOOD』も楽しんだ。シエル先輩を動かせるのが楽しかった。弓塚さつきの話が出ると抜き身のナイフのようになる志貴を思うと切なくなった。琥珀さんが楽しそうで涙が出た。G秋葉ゲラゲラ笑った。

したらばのTYPE-MOON板にも入り浸った。それまで葉鍵板が主戦場であった自分が。当時、すでに「月厨」は鬱陶しい存在として認知されていた。私は努めて無関係な場ではTYPE-MOONの話をしないようにし、型月板でその分、目一杯、楽しんだ。たくさんのアンソロジーコミックにも手を出した。武梨えり佐々木少年磨伸映一郎……(そういえば特に好きだったこのお三方はみな現在商業作家として活躍中であり、同時に、シエル先輩ファンであった。当時、武内崇は「シエル先輩が好きな作家さんは漫画力が高い人が多い」というような趣旨の発言をしていた記憶がある)。

だが。不思議もので、このとき私は『空の境界』にはハマらなかった。もちろん原作は読んだのだが。当時、マルチシナリオ形式のビジュアルノベル未来を見ていたためか。あるいは、純粋に趣味に合わなかっただけなのか。後年、空の境界アニメ映画化され大ヒットを飛ばすことになる。

――――――体は剣で出来ている。

2004年、ついにTYPE-MOON商業作品第一弾『Fate/stan night』がリリースされる。もちろん発売日に予約して買った。事前の雑誌での情報を見ていて、藤ねえお気に入りだった(まさかあんなことになるなんて)。ライダーさんはビジュアルだけ見て絶対アサシンだと思っていた。体験版の段階でクオリティが大幅に上がっていることは明らかだった。心が躍った。世界が変わる瞬間が、目の前にあった。

魔術師英雄跋扈する本作を終えて、私は思った。私は優秀な魔術師でも高潔英雄でもなく、なんでもない、取るに足らない、醜い人間が好きなんだと。だから私は、間桐桜衛宮士郎物語が好きになった。

桜は魔術師ではあるが、本作においては魔術師としてよりも、もっと違う存在として描かれる。衛宮士郎もまた、魔術師ではなく魔術使いとして描かれる。そしてラストシナリオであるルートでは、桜は家族呪縛から解き放たれて人間として生き始め、士郎は正義の味方に憧れたロボットからひとりの人間に生まれ変わる。魔術師英雄が闘い続けた果てにたどり着いたのが、ふたり人間の、人間としての歩みであったことは、とても感動的で、同時にこれが、奈須きのこが幻の弓塚さつきルートで実現しようとした未来なのではないか想像した。

そして絶望する。ご存じの通り、桜ルート批判された。当時の型月板は荒れた。セイバールートと凛ルートが絶賛されるとともに、桜ルートは徹底的に批判されたのだ。

イリヤスフィール物語オーバーラップして主題が分かりづらいという主張には一理ある(一説にはイリヤルートを作るリソースが間に合わず、桜ルートに混ぜた、と言われている)。描写不足であるという批判も、ある意味では仕方ないだろう。だがそれ以上に、ファンたちは、「多くの人間を殺しながら幸せなエンドを迎える桜」と、「正義の味方であることを諦めてセイバー犠牲にした士郎」を批難した(正確には、彼ら2人に対してというより、そのようにある物語を避難した)。私は憤慨した。衛宮士郎の、何を見てきたというのだ。

正直に言うならば、私はセイバールートや凛ルート衛宮士郎が嫌いだ。凛ルート遠坂凛も苦手である。はっきりと言ってしまえば、物語として楽しみながら、登場人物たちに対しては苦々しい思いを抱き続けてプレイした。そんな彼らが、桜ルートで丸ごと好きになった。桜ルートでは、みな、人間として生きている。それが愛おしかった。

同時に、TYPE-MOON作品のふたつの側面のうち、ファンに望まれる側と、望まれない側が見えた気がした。考え過ぎかもしれないけれど、私がより好む側は、望まれていないように見えた。

それは、未来を取り戻す物語

これ以降、私はTYPE-MOON作品と少しずつ距離を置くようになっていく。厳密に言えば『Fate/hollow ataraxia』は心から楽しんだ(アンリマユとカレン・オルテンシア物語はとても好みだ)。だが、『DDD』は未読、『Fate/Zero』は同人誌として頒布された際に1巻だけ読んで断念、『Fate/unlimited codes』『Fate/EXTRA』には手を出さず、期待した『魔法使いの夜』はプレイしたものの、それほど心惹かれなかった。この間、各種メディア展開で楽しんだものは、佐々木少年による漫画版真月譚 月姫』のみであった。パスタ先輩のことは一生許さないよ。

時は流れ、2014年7月27日。もうTYPE-MOONに何の期待もしなくなった私は、それでも「Fate Project 最新情報発表会」をニコ生の中継で見ていた。そこでUBWのテレビアニメ化や『Fate/strange fake』の正式出版化に並んで、ひとつの新作が発表された。『Fate/Grand Order』。通称FGO。ついにソーシャルゲームをやるのか、と私は冷めた目で眺めていた。むしろ発表会本編終了後のサプライズHeaven's Feel劇場版制作決定の発表の方が魂が震えた(今でもあの瞬間の、観客席からの絶叫と、涙を流しながら挨拶をする下屋則子さんの姿をよく覚えている)。

私はソーシャルゲームほとんどやらなかった。手を出してみたことはあるが、純粋に楽しみ方が分からなかった。というよりそれ以前に、私はいわゆるオンラインゲーム全般が合わなかった。だからFGOが楽しめるかどうか不安だった。2015年サービス開始に合わせてダウンロードし、序盤をプレイした。だめだった。まったく合わなかった。どう頑張っても楽しむことができなかった。私はFGOをアンインストールし、Twitterタイムラインに流れてくるFGOプレイヤーたちの悲喜こもごもを眺めるだけになった。年を重ねてしまった、と感じた。

やがて、現実人間関係の中でも、FGOの話題が上がることが増えてきた。2016年末のイベントの様子はTwitterでも見ていたが、彼らはとても熱っぽくFGOがいか面白く、衝撃的で、とてつもないかを語った。私は羨ましかった。もうTYPE-MOON作品でこんなにも熱く語れることはないだろう。そう思った。

私はFGO本編をプレイしていない。いろいろと明かされたアレやソレを、なんとなく知識で知っているだけだ。そうした立場評価するのは御法度であろう。それでも私はFGOが気に食わない。これは負け惜しみだろうか。それともただの老害しかないのだろうか。私が好きだった奈須きのこTYPE-MOONの描く取るに足らない人間たちの物語は、もしかするとFGO本編でも繰り広げられているのかもしれない(琥珀さんルートや桜ルートが好きで、かつFGOのシナリオがそれと同様に面白い、という人がいたら、ぜひ魅力を語ってほしい。皮肉ではなく、ぜひ知りたい)。だけれども、数多くの英雄スマートフォン上で戦い続け、それをプレイするファンたちが嬉々としてお気に入り英雄が引けたことをTwitter上に報告する様子を、どこか冷めた気持ちで眺めてしまう自分に気付く。私がTYPE-MOONに求めていたものは、これだったのだろうか? 幾度となく繰り返されてきた、単に自分が望むような創作から外れていってしまった存在を寂しく思うという、これはきっとただそれだけのことなのだ。つまり、八つ当たりと取ってもらって構わない。

劇場版Fate/stay night [Heaven's Feel] I.presage flower』は、公開初日に映画館に観にいった。素晴らしかった。須藤友徳監督の、間桐桜と桜ルートに対する圧倒的な「理解」に目眩がした。アバンで桜と士郎の「それまでの日々」をたっぷり描いた時点で、完全に勝利だった。FGOで得た利益でこんなにも素晴らしい映像作品が作れるのなら、FGOに感謝すべきであろう、などと思った。第二章も楽しみだ。

なんて無様だ。意味もなく生きてるのはおまえのほうだろ

聞くところによると、FGOの世界には死徒二十七祖(という概念)は存在しないそうだ。私が好きだった奈須きのこワールドとは違う世界がそこにあるのだな、と改めて思った。繰り返すが、これはただの八つ当たりだ。

2017年末も、FGOは盛り上がっていた。きっと酸っぱいに違いないと、私は新年からこのような文章を打っている。2008年4月、月姫リメイク制作決定が発表された。今年、ついに発表から10年が経過する。優先順位があることくらい私だって理解できる。だからもう「月姫リメイクはよ」とは言わない。そのようなファンに耳を貸す必要だってない。FGOを楽しむ人々に向けて頑張っているスタッフの皆さんに、おつかれさまです、と声をかけたい(年始メンテおつかれさまです)。FGOという作品批判する気もない。そもそも批判できるだけの素地すらない。何しろプレイしていないのだから。本当に申し訳ない。

結局のところ、私はTYPE-MOONが、奈須きのこ世界が好きだったのではなく、ただ『月姫』という作品が好きだっただけなのだろう。あるいは、月姫が生まれた、あのころが。

これは八つ当たりだ。私はFGOが気に食わない。ただそれだけの、書き初めである

2017-07-31

けもフレパロディAVが意外といける

まずコスプレクオリティ結構高い。メイン4人に混じって何故か一人だけ居るコウテイペンギン衣装エロいッ!コスプレイヤー出身AV女優らしい。

ストーリーカメラワーク結構こっていて、スタッフがちゃんと本編を見て研究したのが分かる。本編の名シーンがAV風に再構成されている。ただチンポスターとかパクリパーク、ベバブとか安直すぎる名称変更はもうちょっと考えて欲しかった。

動物解説コーナーのパロディでなぜかゴローが自分解説しているんだが、名前の由来がFate衛宮士郎の捩りだと初めて知った。

フェネックアライグマの事を「アライちゃん」と呼ぶのはNGにして欲しかったな。同人誌でも「あ、これ描いた奴本編見てないな」って分かると萎えるじゃん?

本音を言えばクオリティの低いボスセルリアンのコスプレ男優を出すくらいならレズAVにして欲しかったな。続編が出ればベバブ全員や他のフレンズも出して欲しいわ。

2017-06-27

https://anond.hatelabo.jp/20170627003756

主人公共感できる(する)/できない(しない)と,キャラクターとして好き/嫌いはまた別の話じゃないか

共感できないけど好きになれるキャラクターだっているでしょう。

例えばFate/stay night衛宮士郎言動に,最後まで「わかる~!」って言いながらゲームプレイしてたひとがどれだけいるかって話だよ。

他には例えば「信用できない語り手」。これは確かに好き嫌いは分かれるかもしれないが,面白いやつは本当に面白いよね。

あるいは,共感できるからこそ嫌いになるキャラクターだっているよね。

同族嫌悪ってやつだよ。共感できるからこそ,醜悪さが目に付いて嫌いになる場合もある。

必ずしも「共感できる=好き/共感できない=嫌い」ってわけではないと思うな。

2017-03-23

3/20開催のFateオンリー同人イベントサークル動向

2chより

3/20に開催された大規模同人イベントHARU COMIC CITY」内のイベント

Fateシリーズオンリー同人イベント『第 7次 ROOT 4 to 5』(参加サークルスペース数 703)内の

メインモチーフキャラカップリング)動向について

有志による手動推計(最新版

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159 :名無しさん@おーぷん :2017/03/23(木)12:25:27 ID:KWf

Fate/Grand Order

Fate/Grand Order オールキャラ ,61

クー・フーリン×エミヤ ,21

ルナ×アルジュナ ,20

主人公×ロビンフッド ,18

アルジュナ×カルナ ,14

イスカンダル(アレキサンダーウェイバー(ロード・エルメロイII世) ,14

ガウェイン×男主人公 ,11

マーリン×ロマニ・アーキマン ,8

レオナルド・ダ・ヴィンチ×ロマニ・アーキマン ,7

エミヤ×クー・フーリン ,6

ガウェイン×ランスロット ,6

クー・フーリンオルタ)×クー・フーリンキャスター) ,6

マーリン×女主人公 ,6

ロビンフッド×女主人公 ,6

×女主人公 ,5

エドモン・ダンテス×天草四郎 ,5

クー・フーリン×女主人公 ,5

主人公中心 ,5

主人公×マーリン ,5

天草四郎×エドモン・ダンテス ,5

アルジュナ×女主人公 ,4

ギルガメッシュ×オジマンディアス ,4

クー・フーリンキャスター)×クー・フーリンオルタ) ,4

ロマニ・アーキマン×女主人公 ,4

円卓の騎士中心 ,4

巌窟王エドモン・ダンテス×女主人公 ,4

主人公×マシュ・キリエライト ,4

主人公×マシュ・キリエライト ,4

Fate/stay night

クー・フーリン×エミヤ ,42,

アーチャーエミヤ)×衛宮士郎 ,10

ランサー(クー・フーリン)×衛宮士郎 ,9

衛宮士郎×言峰綺礼 ,8

エミヤ×クー・フーリン ,7

ギルガメッシュ×衛宮士郎 ,6

アーチャー×遠坂凛 ,5

ギルガメッシュ×ランサー(クー・フーリン) ,4

クー・フーリン×言峰綺礼 ,4

Fate/Zero

ディルムッド×ケイネス ,8

言峰綺礼×衛宮切嗣 ,6

ギルガメッシュ×遠坂時臣 ,5

言峰綺礼×間桐雁夜 ,4

Fate/EXTRA CCC

アーチャー×女主人公 ,22

ギルガメッシュ×女主人公 ,4

Fate/Prototype

ヘンリー・ジキル×來野巽 ,4




160 :名無しさん@おーぷん :2017/03/23(木)12:26:00 ID:KWf

>>159

これが正確なデータだとしたら、>>150のはstaynight他のが混ざってたってことか?

でもこれ全部足しても総数が足らないような?細かいカプは省略してるのかな?


161 :名無しさん@おーぷん :2017/03/23(木)12:26:48 ID:rHk

>>160

4以下は多過ぎて飽きた


162 :名無しさん@おーぷん :2017/03/23(木)12:26:53 ID:PQD

>>159

これはすげえもはや何が何やら意味不明www


163 :名無しさん@おーぷん :2017/03/23(木)12:28:54 ID:4Ic

()多いし同一人物多いしで意味分かんなくて草


167 :名無しさん@おーぷん :2017/03/23(木)12:32:21 ID:PQD

snの槍、弓、英雄王はFGOに出ていて派生もいるしsn主人公の礼装も3種類あるから

sn版とFGO版のカプ本を結構見たな


170 :名無しさん@おーぷん :2017/03/23(木)12:37:10 ID:khB

あと2番に多いアーチャー×女主人公作品Zeroってことはアーチャーギルガメッシュ


171 :名無しさん@おーぷん :2017/03/23(木)12:38:42 ID:KWf

>>170

隙間いれ忘れてるけどジャンルCCCだよ


172 :名無しさん@おーぷん :2017/03/23(木)12:38:50 ID:WdA

>>171

あ、ほんとだ失礼

んじゃ上で言われてる通りエミヤでいいのか


174 :名無しさん@おーぷん :2017/03/23(木)12:41:18 ID:2ad

初出に合わせるルールだと、fgo純正カプがスカスカになるんじゃないか


175 :名無しさん@おーぷん :2017/03/23(木)12:42:13 ID:KWf

FGOオールキャラ本が一番多いのな

あんさんぶるスターズ!刀剣乱舞オールが一番多かったっけ


175 名前名無しさん@どーでもいいことだが。[sage] 投稿日:2017/03/23(木) 11:57:28.04 ID:geWcGtJA

キャラ人気考えるとギルガメッシュ関係のカプがもっといかと思ってたけど

一番多くてもギルガメッシュ×衛宮士郎の6なのが意外

2016-02-14

自己肯定感の低さから発生する問題対策

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.black-gamer.com/entry/motenai_otaku_marunage


この辺の恋愛話で自己肯定感の低さ云々が話題になってますけど、この自己肯定感の低さをどう克服するのかってのは割りと生きていくうえでも難しい問題なんですよね。

個人的にも自己肯定感の低さを抱えたまま人生生きてるので共感できる部分もやっぱあります


基本的自己肯定感が低いと、自分発言・行動に価値が無いと感じていたり、少し重くなると権利がないと考えるようになります

自分から発言することが周囲に迷惑をかけてしまうのではないかと考えたり、そもそも自分みたいなクズ意見発言するべきではないという強固な信念があるからですね。

困ったことに自分クズという信念だけは心から信じてしまっているのでなかなか難しいところです。

ほとんど宗教に近い。

周囲の人間責任担保させすぎてしまったり負担をかけてしまうことが実害としてあげられます


一旦こういう状態になってしまうと積極的自己卑下したり、罵られることに寂しさと同時に安心感を覚えるようになるのでなかなかぬけ出すのが難しくなります

基本的自分の考えを肯定されることは少ないですから、「自分クズである」という唯一の思想肯定されちゃうので麻薬のようにはまっていくんですよね。


また、迷惑かけたので頑張ろうという気持ちもあったので意外と任された仕事は頑張る時もあるんですけど、頑張り過ぎると論理的矛盾ドンドン発生するようになってくんですよね。

頑張ってる内に他の人よりその仕事がうまくなっていっちゃう


そうすると他人から褒められるようになったり、気づいたら数値で明確に他の人より成果がでるようになっちゃったり。

そうすると「自分クズである」という思想から外れてしまうので途端に不安になります

俺は屑だ、俺は屑だと思ってるのに数値では明確に自分が上の立場なのでおかしなっちゃうんですね。

そうすると途端に仕事に手をぬくようになります

下の立場に行きたくなっちゃうんですね。

あとほめられると無性にムカつくようになります


これをどう解決したのかというと、それは徹底的に「出来事」を客観視することでした。

これだけじゃちょっと具体的じゃないのでもうちょい書きますね。


「俺はゴミを捨てちゃ駄目だが、他の人は捨ててもいい。なぜなら俺は屑だから権利がないから

という論理が通常ならまかり通っちゃうんですけどこれを

全体を俯瞰視する見方に変えて一旦自分評価から消去します。

これをやったのが俺じゃなくて他人だったら?

っていう考え方に変えるんですね。

一種シミュレーションに近いんですけど。


そうすることで理屈の通った対応ができるようになります

なるべく自分世界にかかわらせることをやめることで普通対応に見えるようになります

自己肯定感の低い人がおかし対応をするのって基本的自分が関わっちうからなんですよね。

自分がかかわらないことだと意外と冷静に対応できます

ただし、考えるのに時間がかかって結構ぎこちない対応になったりしちゃいますけど。


根本的に自分を捨てなきゃいけないのでやり過ぎると衛宮士郎になるんですけどおすすめです。

2015-06-25

Fate SN UBW 20メモ でもにっしょん

昔、ある出会いがあった。

おそらくは、一秒すらなかった光景。

されど。

その姿ならば、たとえ地獄に落ちようとも、鮮明に思い返すことができるだろう。



その先が地獄だとしても前に進むと決めた士郎と

その先が滅亡と知っていても王になると決意したセイバー

やっぱりこの二人は似たもの同士だと改めて思ったなあ



本編のアーチャーの詳細の中で「なんのペナルティもなく固有結界を使いこなし」という一文があったが、本当に消えかかった身でも発動可能なくらい消費が少なかったんだな

わりと初期の頃このペナルティがどれくらいのものなのかと議論されていたがまさかこんなところで結論が出ようとは



HAの『たとえ地獄に落ちようとも思い返すことのできる光景』をまさかUBWで見れようとはなぁ………

アーチャーが契約した“かつてのセイバー”に対する思い入れ出会いの強さがしんみりと来たぜ

……だからこそ、歯痒いものを感じる

セイバーの聖杯に対する願望、そして自分の内にある鞘の存在を知るほどの関係に至っていたのに、なんで彼女を救えなかったんだ馬鹿野郎………!!



この世界の士郎は先にアーチャーを見たからこそ、アーチャーの様にはならないんだろうな。

守護者の立場が確定したアーチャーはもう抜け出せないけど、後悔だらけの自分とは違う道を示す自分を見たわけで。

本人にはもう救いはなくても、可能性を感じられるだけマシ、なのかなあ。



問おう、貴方が私のマスター

カットが入っててまたいいわ。あのシーンて確か本編士郎じゃなくて

本編アーチャーの過去編だったよね。

セイバーの表情もとても良かった。



そういえば士郎はよく「借り物の理想に執着してしまった愚かな男」って言われてるけど、どっかの誰かさんが言ったように「借り物の理想を持たない人間はいない」んだよな。そして自分も元だけど「借り物の理想」をもった人間に該当する。

何年か前、ある人の実況動画をみて、その実況者がプレイしたゲームの素晴らしさに憬れて、自分もそのゲーム製作者のように素晴らしい作品を造りたいと思うようになったのよ。

でもいつからだったか覚えてないんだけど、自分の抱いた理想が「そのゲーム製作者のように」ではなく「自分だけの、自分にしかできない作品を創りたい」という理想に変わったたんだ。

つまり何が言いたいかっていうと、全ての理想に対するanswerは「他人から受け継いだ借り物の理想を借り物の理想のままに終わらせるか」と「借り物の理想を自分だけの理想に変えられるか」という二つの結論に帰結するんじゃないかなといいたいんだ。



新規の人のコメントで「袖がないアーチャーの服は『涙を拭くことができない』ことを表していると思った。」っていうのを見てめちゃくちゃ納得した。



一晩たって落ち着いて考えてみると、この一番大事なシーンを時間の制限ついたアニメにしっかり合わせて分かりやすく構成してると感心するわぁ…

原作やったのがだいぶ昔でアーチャー言葉にひたすら対抗して打ち合ってたイメージあったけど、ちゃんとその苦しみを理解してその上で対峙するって段階を丁寧に丁寧に描写してたのがほんとよかった、特に同情なんてしないけど心が欠けそうになるってシーン。

あと原作やった時は二人にしか目が行かなかったけどセイバーさんめっちゃ辛そうだな



挿入歌の「傷だらけの硝子の心が」の部分でボロボロの士郎が映って、「忘れかけた熱をともす」でアーチャーに切り替わってるんだよな

偶然かもしれないけど、なんか感じるところがあった



ある意味では士郎にとっても(桜関係や横暴なところを除けば)そういった持ち味を持った慎二も愛おしい日常象徴だったんだな。だからこそHAでの殺し殺されるっていう緊迫した感じや魔術に対する毒気が抜けて、これから間桐家から出て一般人として再出発しようと語る慎二と士郎のやり取りは(セイバー&桜√で死んでることを考えると)胸にくるものがある。もしHAが映像化したらぜひ入れて欲しい。



理想に執着しているのであって助ける相手に執着していないと言っているのだと思う

衛宮士郎幸福のために邁進する者ではなく、もっとあいまいなものを守ろうとしているに過ぎないと

だから誰を救うのかも定まらない

それは特定の誰かを助けるために必死になれる人間(たとえば士郎のために真剣に怒った凛など)に比べれば動機が弱い

自分の欲望ではなく願いのために戦うから薄っぺらいんだとエミヤは言いたいんだと思う

じっさいは薄っぺらいどころか士郎は折れる気配すらないと悟るんだけど



今思えばアヴァロンって必ず誰かを救ってくれる要なんだよね…士郎の命が切嗣によって救われただけじゃなく切嗣自身も士郎と出会い救われたし、SNでは後にセイバーが士郎と忘れられないあの夜に出会って彼女自身が救われるきっかけになったしさ。皆の架け橋のような存在だよね。

数ある宝具の中でも、特にアヴァロン(全て遠き理想郷)は尊いものに感じるな。



エミヤに「その先は地獄だぞ」と言われた後の士郎の微笑みが素晴らしかった。

自分の理想の根底にかつての自身の願いがあったことに思い至っての、自身の理想が空虚な借り物でなかったことへの安堵、かつての自分と同じようにたとえ未来自分から進む先が地獄だと告げられてもその道を進むことをやめようと思わない「自分」と言う人間の性への苦笑、そしてこれからも理想を追い求めていくという決意、それらがあらわれた絶妙な表情だった。

「士郎は人間の振りをしたロボット」とよく言われていたけれど、実は士郎も自分自身のやりたいことを追い求めたれっきとした人間だったんだな。



士郎の始まりは切嗣との出会いでも「正義の味方」という借り物の理想ではなく大災害の地獄の中で願った「誰かを助けたい」という思いだった

今回の話は視聴するまで不覚にも自分ですら忘れていた事柄を士郎と一緒に再確認させられたエピソードだった

これまで士郎は「人間のフリをしたロボット」や「士郎が人間になれるのはHFだけ」っていう意見が多かったし、自分もそう思っていたところがあったけど

今回の回想を見て、改めて以前にきのこが語っていた「士郎という人間は大災害に遭わなくっても最初からああいう人間だった」や「士郎は成長しない主人公」という言葉通り、士郎は最初から士郎以外の何者でもないと改めて気付かされた

今回のUBWはアーチャーが忘れてしまった大切な事を思い出す物語であると同時に、視聴者が「衛宮士郎衛宮士郎という一人の人間である」っていう原作をした時には分かっていたことを思い出す話じゃないのかな?

そういう風に思わせてくれるufoときのこの演出は本当にすごい

ある意味ではこれまでのfateの総決算ともいえるの名エピソードでした 



Fate/stにおいては近くにアーサー王がいるとオートリジェネが入る便利装備

もう一つ便利機能があるがこれは別の話

アーサー王物語にて、策略でアーサー王決闘させられたある騎士がすんでで相手の正体に気がつき

鞘をアーサーに返却、同時に鞘の加護が消滅してしまい、治癒しきっていなかった致命傷が元で死亡してしまった

と、本来なら死亡しているであろう傷でも命を繋ぎとめてしまう能力がある

もう一つの便利機能、害意判別といいアーサー王物語におけるエクスカリバーの本体はこっちなんじゃないかとの声も



上手く言葉に出来ないけれど、ダイバーのようだった。

忘れてしまったモノを思い出す為に記憶(うみ)に潜り、あの地獄、あの原初の光景の中にある大切なモノを手繰り寄せる。

Fateは偉大な英霊同士のバトルが目玉なのはよく分かるし、派手だから目に付きやすいし当然だと思う。

でもやっぱり、こういった『人間の想い』を丁寧に織り上げる物語こそが、Fate真骨頂だとPC版をプレイした時からずっと感じてた。

次話の『answer』もだけど、これから終局まで続く怒涛の展開に期待!



ユニクロ士郎は前編通してやるともうこれしかねぇって感じになるからね、仕方ないね

個人的に士郎のユニクロについては、端的に士郎の特徴を現してる気がする。

服装って現代では(昔からそうではあるが)自分をよりよく見せたいとか人と異なる服装をして自己個性を出したい、または同じ服装をすることで一体感を味わいたいといった意味で使われると思う。でも、士郎にはそういった人より優れた自分を見せたいという“自己”には乏しい。士郎がユニクロ着てることからそういう風にも読み取れるんじゃないかなぁと自分は思ってます。



凛の「アイツはああでなくちゃいけないって、ああいうヤツがいてもいいんだって救われてる。」

20話視聴後の感想はまさにこの心境だった

衛宮士郎というキャラクター創作物の中でも一番好きなキャラかもしれん



違うアーチャーも言ってただろ

「助けたいから助ける」そこに理由がないから偽善だって言ってる

普通の人は大切な人だからとか誰かを助けるに足る理由存在する

でも士郎は見ず知らずの人すら命がけで助けてしまう

でその理由を挙げるなら死にそうな誰かを助けたいという理想しかないんだよ

間違ってない願いだけど人間として致命的に欠けている



総てを見通す魔術師は、選定の剣に手を掛ける少女に忠告した。

「それを手にする前に、きちんと考えたほうがいい。それを手にしたが最後、君は人間ではなくなるよ」

地獄を見てきた男は、荒野を目指す少年忠告した。

「おい、そこから先は地獄だぞ」

剣を抜くカットもそうだけど、この辺りもまた対比になってるなぁ



元から、「今、願ってる主体」が士郎以外の誰かだったことはないよ原作でも。

切嗣への憧れから始まってるから「所以が」借物だってだけ。

これ、普通物語なら「始まりがなんだろうとこれは俺の心だー!」になるんだけど

そこで、「もう借物だとか自分の心だとか、理想が理想である前には超些細ですし」

までぶっとぶのがUBW。

「笑いたかっただけ」みたいな話は、普通キャラにとっては深刻なんだけど

衛宮士郎二人にとっては、自分が偽善呼ばわりされるなんて大した話じゃないから

話さくさく流れて理想の話になっちゃうんだよね。

「笑いたかっただけ」は作中である意味投げっぱなしだから

そこを凄い脳内で拡大してる人が出たりする。

それこそ、「士郎は切嗣の行動をなぞってるだけ」とか。

原作にそんな描写どこにもないんだけど。



士郎は切嗣に「憧れた」わけだけど、

それはつまり、「ああいうものに憧れを抱く、善しとする価値観」を

士郎が元々持っていないと始まらない。

それを考えると、もうちょっと複雑なんだよねその辺り。

アーチャーの「幸せそうだったから憧れただけ」を真に受けるのはナシだしな。

「実は贖罪」もそうだけど、UBWであいつが殊更露悪ぶって口にする言葉

鵜呑みにしたって始まらない。

それよりは

>「―――覚えてる。俺を覗き込む目とか、助かってくれと懇願する声を。

> その淵で思ったんだ。自分が助かった事じゃなくて、助けてくれるヤツがいる事は、なんて」

> 素晴らしい、奇蹟なんだって事を。

の辺りを読み込んだ方が未だヒントになりそうな。



UBWの荒野は、アーチャーが辿り着いたものの象徴だから

 どうやら相手は、自分の記憶を流し込まれているらしい

→じゃぁもっと決定打になるものを見せてやろう

っていう意味じゃないか? UBW展開は。

「お前の辿り着く先はこの不毛の荒野だ」を文字通り目に物見せると。

あと、演出的には、Ufoはアーチャーと士郎を背負う空(特に雲)で表すそうだから

多分answerが凄いことになる。

UBWは心象世界だから、心象のぶつかりあいをビジュアル化する装置になりうるんだよ。

まさかここにきて、「アーチャーのUBW展開はローコスト」という設定が

演出上の最強のカードになろうとは。



某動画サイトでのコメントアーチャーセイバーを間接的にdisってるwwって解釈してるから違和感ある。

あそこのシーンのセイバーアーチャー言葉に傷ついてるわけじゃなくて自分と同じような道を歩んだ士郎の成れの果てのアーチャーを痛々しく思いながらも自分と似た願いを持つアーチャーを否定しきれない葛藤も持ちながら二人の問答の答えがどうなるか見守ってるんだと思う。



ホントそれ。そもそも願いが間違いなだけでセイバーの在り方自体はFateの全編を通して否定しえないものとして書かれてる。

SNから入った人はセイバー√で初めにそれを理解するんだけどそれをZeroで盛大に全否定したもんだから

そこから入った連中はセイバー=否定される、していいキャラとして認識してるから大問題。

虚淵のネームバリューもあって被害は甚大よ。



士郎って、熱血少年ぽいパーツそろったデザインだし、

たまに絵に起こしてもらうと、ゲームのCGイベントは戦闘だし、

パッケージイラスト起用でも戦闘系だしで、

「いかにもうおおおおおとか言いそう」なとこが対外的には押されがちだったけど

基本「己と向き合い自分の心を形にする」人間だから

実は「動」だけじゃなくて「静」の面も強いんだよね。

しろ「静」が本質って気もする。

その「静」に支えられるから熱さもあるって感じ?

今回の、内面でのアーチャーとの静かな対峙で

「静」の面が凄いクローズアップされたと思った。

自分はこれが見たかったんだよね。



とりあえず、「以前の記憶がない」は「ほほをつたう」と矛盾してると思う。

士郎、思い出に浸るのを自分に禁じただけで、普通に記憶はあるぞ。

> 何もなくなった場所にいって、有りもしない玄関を開けて、

> 誰もいない廊下を歩いて、姿のない母親に笑いかけた。

> ……あの日の前に戻れて。

> 何もかも悪い夢だったのだと、そう目が覚める日を待ち続けた。

一度心が死んだってフレーズが印象的なんで、

マジで大火災が0才状態と思われてたりするけど。

士郎って割と元々ああよ。



衛宮士郎アーチャーと士郎に分かれて真剣に自分の将来を模索するお話まじ熱い

アーチャー自分が辿った選択ではろくな道筋にならないと力説する

士郎は自分が進む未来は「選べる道」ではなく「選びたい道」を進もうとする

幾度の面談を経て衛宮士郎は見つけづらい険しい道筋を見つけて答えとする

自分会議(物理)は死ぬほどストレスたまりそうだけどその分効率の良さが半端じゃないな



今回のエピソードは、アーチャーの月下の誓いに対する「呪い」という言葉

あまりにそのまま伝わり過ぎていることに対する反論的な意味もあるのかな……と思った。

余人から見れば呪いととられかねない歪なものなのは確かだし、発言したのが未来の士郎と

いう点もあって、「信憑度が高い」と取られても仕方がない部分はある。

だが、そうじゃない。そんなものは、アーチャーレトリックに過ぎない。

「月下の誓いに至るには、大火災のさなかで救いを求める自分がいて、生存者がいないと分かりながらも

助けようとした切嗣がいた。だからこそ、救われない人間をこそ救おうとするエミヤが生まれた。呪いなんて、忘れてしまったアーチャーの後付だ」というように。

ここら辺、原作やってても勘違いちゃう人間がいるし。これをより説明的にしたことを指してデチューンと言ってたのかもね。

なんだかんだ分析してるが、初見じゃもうボロボロ涙でて凄かったよ。そうだよ!そうだよ!と絶叫しちまった。



価値観っていうと語弊があるのかもしれないが

とにもかくにも「心」はないと憧れも発生し得ないってところは

押さえておいてもいいのではと。憧れって心の働きなので。

災害中の描写から、衛宮士郎連続性を断つ描写は作者したつもりないと思うんだよな-。

っていうか、原作描写をそう読まれちゃったことを踏まえて再構成したのが

今回アニメ描写って気もする。



んー、言いたいことは分る。確かにもっともだ。

だが、「心が死んだ」「ゼロの状態で切嗣から新規に心を貰った」だと

極論すると、士郎以外の誰であっても

上記二条件を満たせば、士郎の如き人間になるってことだろう。

実際問題、それは非常に考えづらくないか?

なんで士郎がああまで凄まじい人間になっちゃったのかって言ったら

やっぱり元々「何もできないのに謝って楽になるのはだめだ」と

涙を呑んで歩き続けるような真っ当すぎて真っ直ぐすぎる子供だったからで、

そういう心をベースに憧れが発生したからだろう。

「心が死んだ」「ゼロの状態で切嗣から新規に心を貰った」

を強調し過ぎると、なんっかその辺拾えてない印象になる。



VSって原作時からして情報量凄い上、

大事そうな話をよく読むとさっくり投げっぱなしにしつつ

「え、そこ?」ってとこに落ち着くのな。

よく考えたら何故その話が理想に落ち着く、みたいな。

読み甲斐があるといえばそうなんだけど、お陰で

「借物」が「心がない」と誤解されたり

「笑いたかっただけ」が一人歩きしたり、

ある意味衛宮士郎の誤解の発祥源でもあったわけだが

今回、物凄い分かり易くバッサリまとめてきて、色々衝撃だった。

始まりは憧れ、でも根底に在るのは願い って、きのこだなぁおい



思い出したよ、くっそながい文章アホみたいにぶっ通しで昼夜読み続けてここの所で「なんて尊い大馬鹿野郎どもだ」ってボロボロ泣いたの。

嗚呼、あの当時原作プレイした俺は幸福だった。



今回は素晴らしかった。

なんというか、エミヤシロウというキャラクターの魅力を再確認できたよ

人間なら誰であれ死に絶えるような地獄の中で意味もなく切り捨てられる小さな命をこそ守りたいと願った少年が、その地獄の希望をくれた人から受け継いだ理想によって、その最も救いたかったものを切り捨てて大多数を救うものになってしまったんだからやるせないよなあ

士郎が本当に凡人なら、途中で折れるんだろうけど、地獄の道行を後悔なく駆け抜けることができてしまった心身の強さに物悲しくなる



一応補足しとくけど、兄貴ディルでは置かれた状況が全く違うから

兄貴ディルを比べてディルをけなしている人はそこらへんを忘れているし、あえてどちらがより酷いかといえばディルの方が遥かにひどい状況だったんだよなぁ

そりゃ恨み節の一つも吐きたくなるだろって納得するくらいに

仮にディルが戦闘続行を持ってて、セイバーと切嗣を倒してケイネスたちを救えた後に消滅したなら恨み節は残さなかったろうし

もし兄貴ディルと同じ状況だったら、恨み節はともかくとしてやはり憤怒の形相で怒っていたんではなかろうか

それに主君に忠を尽くすってディルの願いも、強い奴と全力で戦いたいっていう兄貴の願いも自分本位な願いという意味では同じだからディル兄貴同様、立派なケルト英雄だと思うけどなぁ



士郎が人助けをしたいのに、元々法政志望してたことが昔から疑問だった。救急隊とか医者とか、もっとわかりやすく人助けできる仕事があるのに、と。

でも、きっと士郎はそんな自分の手の届く距離だけに留まるミクロ人助けではなく、社会の仕組み全体を変えるようなマクロ人助けをしたかったんだろうな。

そう思うと、世界と契約したのも、膨大な力で社会全体をよりよくできるという期待を持ってたのに、実際は何の権限もないただの末端の処刑人でしたっていうオチに涙せずにいられない。

なんて愚かで、なんて愛おしいんだろう。大人しくレスキュー隊にでもなっていれば良かったのに。でも身の程を超えて、それより上を、人類の幸福の根源を求めてしまう士郎だからこそ、愛せずにはいられない。

大河になってアーチャー馬鹿馬鹿って言いながら思い出してくれるまで思いっき抱きしめたい



俺もそんな風に思っていたけどFateを深く考察するようになってちょっと考えが変わった

士郎が最も助けたいのは苦しみ足掻いてなお幸せになろうとする人なんだよね

だからもしかしたら罪を犯しても尚幸せになろうと苦しんでいる人をこそ助けたいと思っていたのかも

分かりやすい消防隊員や警察官を目指さないのは

本人に自覚が無くても無意識にそう感じていたのかな?と思った

だからあのゲリラ少年を始めとする人々はアーチャーにとっては助けたい相手だったんじゃないかって

指導者はともかく実際に戦っている人達は思想に関係なく自分家族が食べていく為だったりするし



>>「(幼士郎の)この地獄を覆してほしいという願い」

>原作ではこう

>>自分では持ち得ないから、その尊さに涙した。

>>いけないのか。自分気持ちではないから、それは偽物なのか。

それ、別に矛盾しなくない? 

士郎は元々恐ろしく真っ当な子供で、「『誰か』この地獄を覆してほしい、みんな助かってほしい」

っていう願いを持ってた。

でもそれは、救いのない、誰も彼も死んでいく現実をつきつけられて

意味をなさなくなった(これを「心が死んだ」作中では表現する)

そして、その地獄にあって未だ生存者を探す、

「『自分で』地獄をどうにかしようとする」切嗣に会って、

士郎は、「助かりたい」「助かってほしい」という情動すらボロボロになった己の心では

抱けなくなってたその思いに涙したわけだろう。



SN切嗣では強すぎて物語にならないのは分かるけどだからといってケイネス一人に原作で語られた外道戦術使うのはちょっと弱体化させすぎやな(せめてもう一組くらい・・・

会話の制約があったとはいえ、セイバーをあからさまな無能騎士道中にしたり、切嗣に明らかにおかしい戦争は英雄のせいだ論を抱かせるのもちょっとな(過去編から考えても切嗣が恨むようになるのは魔術師のはずだし、セイバーがあんなに騎士道大好きなはずもないから、明らかに話の都合のためにそうなったようにしか見えない)

これはもうちょっとやり様があったのじゃないかと思ってしまう

後やっぱりなぜ切嗣は火災の犯人になったのだろうか?

虚淵さんが言峰大好きだったから変えたんじゃないよな流石に

ナタリアとの別れによる正義への絶望故郷での事件等の過去編がよかったから余計にそこらへんの矛盾や弱体化が気になってしまうな



横からだけど、「士郎は正義の心を元来から備えていた」と思われる描写は今回、原作、前回のアニメでも見えたりしてるよ。

・泣きながら災害のなかを歩いた。その時、周囲から「助けて」 と声が聞こえてきた。止めてくれ、オレにはそんな力はない。という感じの描写

・そして今回の顔。泣いてはいるけど、泣き顔ではない。

「誰か助けて」ではなく、「助けられないのに助けを求められることに対して謝りながら、歩き続けた」

スマホからだと書きにくいな…



俺は

「たしかに、始まりは憧れだった」

「けど、根底にあったものは願なんだよ」

「(幼士郎の)この地獄を覆してほしいという願い」

「(切嗣)誰かの力になりたかったのに、結局、何もかも取りこぼした男の、果たされなかった願いだ」

って解釈した

根底にある願いは切嗣に会う前から持っていた



コメントを見て思ったけど、確かに「こんな地獄を覆して欲しい」っていう表現は、今まであの手この手を尽くして地獄を覆すために努力してきた切嗣の願いとしては受動的すぎるかなって思うんだよね。だからこれはやっぱり地獄を前に何も出来なかった子供士郎の願いなんだと思う。



車の傍の死体

暗転[黒い画面に白い文字で]理想(じごく)を見た。

トンネルの中の死体

暗転[黒い画面に白い文字で]理想(じごく)を見た。

荒野の木の周りの死体

暗転[黒い画面に白い文字で]理想(じごく)を見た。

世界との契約

暗転[赤い画面に黒い文字で]――いずれ辿る、地獄(りそう)を見た。

という事?



そうじゃなくて、

地獄を見た。

地獄を見た。

地獄を見た。

――いずれ辿る、理想(地獄)を見た。

ってこと。



いや、原作ではとてもそうは見えなかったけどな。

実力的には1/10しか戦闘能力出せない状態でも圧倒的に士郎<アーチャー

そして勝負のついた最後の一刀もアーチャーなら余裕で防げた。けれど防がずに士郎の攻撃を受け入れたってちゃんと理解出来る用になってる。

セイバーも「アーチャー…何故……」って疑問を口にしてた筈だし。

だからこそDEEN版でそこが分かりづらくて不満点になってるんだし。




セイバーが辛そうなのは士郎達が殺し合ってるのに見てる事しか出来ない辛さだと、思うけどな。

彼女はずっと士郎の生き方は危ういと言ってたし、実際に破滅したアーチャーが士郎を殺そうとしてるんだからそりゃ辛い。

士郎とセイバーは似たもの同士だから士郎やアーチャー気持ちセイバーは理解できるだろうしね。



挿入歌にあるSTARDUSTって星屑もそうだけど「夢を見るようなロマンチック気持ち」という意味もあると知ってショックを受けたよ。星屑はまさに「願い」の記号だけどそれだけじゃなく、地獄と知っていても夢を掴みにいく士郎の熱い気持ちも表しているようでAimerさん、なんという言葉を選んでくれたんだ。ついでに、

Dustは赤く燃えるStardustから零れる欠片=士朗

Ashは色も熱も失った灰塵=アーチャー

Judasエミヤシロウを最後には殺してしまう裏切り者=理想

として歌詞を見ると本当にアニメ映像とリンクしていてもうこの歌が大好きになってしまったよ。本当になんてすばらしい物をつくってくれたんだこの人たちは。



士郎自身は無自覚だけど、彼の行動がひたすらトライアンドエラーを繰り返して道を探すやり方だからじゃないかな?

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2015-05-26

Fate Stay Night UBW 20メモ

そこだよね 翻訳日本語ニュアンスの違いとかいろいろあるんだろうけど、

この物語は、『可能性の1つに過ぎない未来自分が厄介なことに自分文句つけてきた』

なんてものじゃなくて、『命題の結末』としての未来が、その命題破綻していて

『間違っている』ことを告げ、お前は間違っているその在り方をどうするのかと問うてきた

それに対する士郎の答え っていうのがUBW主題なんだよ

士郎と切嗣の「全ての人を救う」という在り方は、そのもの最初から間違っている

でも 『誰かを救いたいという願い 全ての人に涙してほしくないという祈り』

その一番最初の一点、そもそもの最初の願いそのもの

それが決して『間違いなんかじゃない』というのが、士郎とこの物語の答えなんだよ

劇場版ときもその部分が描けていないと不満に思っていたか

次回予告でそのポイントをちゃんと押さえてくれることが分かって凄く嬉しい


アーチャーは別の媒体だと自分生き方を「サバイバーズ・ギルト権化」だと言ってるな。

メサイアコンプレックス英雄視されることが自己承認欲求の昇華に繋がるから士郎には当てはまらないと思うよ。

士郎は他人自分を認めて貰いたいとかこれっぽっちも思わない人間だし、凛に心配された時すら凛のお人好しさに感動してるし。

しろ自分価値が低くて、生き残った事に罪悪感を持ってて他人を助けなきゃ!!ってなるから確かにサバイバーズ・ギルトの方が合ってると思う。


「士朗がアーチャーになる可能性はほぼ無い」ってのは、

きのこが凛というキャラを通じて残したささやかな救いであって、それ自体はこの話のテーマじゃない。

これは士朗の救済の話じゃなくって、あくまアーチャー(士朗の未来)の救済の話。

「悔しいけど私じゃあいつを救えない」って言葉の通り、凛ではどうやってもアーチャーは救えない。

アーチャーは、他でもない士朗によって救済されるんだよ。

それは守護者でなくなるとか、そういう設定上の話ではなく、

もっと根本的な、自己肯定によって。

アーチャーが苦しんでる本当の理由は、守護者になったからでも、地獄を見たからでもなく、自分を見失ったからなんだよ。



確かクリア後のタイガー道場(?)でアーチャーセイバールートの士郎なのか?っていう疑問に対して

セイバールートではイリヤが生きているため士郎を止める人間いるから、アーチャーになることはまずないっていう回答がある。

UBWルートにおける凛の存在も同様。

士郎は絶望しないからアーチャーにならないんじゃなくて、士郎一人だとどこまでも突き進んでしまうから

その士郎を止めてくれる人が近くに居るかどうかが士郎のアーチャー化の有無に関わってるんだと思うよ。

止めてくれる人が誰も居ないとアーチャーのようになってしまう可能性があるってぐらいに思っておけばいいかと。


正しいだけだと「正しく出来なかった人達」を取りこぼす事になるからな。

最初の士郎の願いって、まさしく正しい答えを選べなかった(その場所にいなければ良かったという正解)人達をこそ救いたいってものだったわけで、だからこその正「義」の味方なんだろうな。

まり選択肢ミスった後に出てくるタイガー道場こそ士郎の目指すべきポジション・・・ってアレ?


切嗣覚悟があった。大勢を救うためならば少数を殺す事も必要であることを知っていた。その少数がたとえ肉親出会ったとしても引き金を引く覚悟があった。でもそれは間違いだったとアンリマユに気付かされた。 

それが間違いだと気づかされたというのは違うんじゃないか?

切嗣小数を殺さずに済む方法聖杯に求めたが、自分自身がやっている少数の犠牲の受容を極端な形で拡大解釈して大勢犠牲にして小数を救うという最悪の回答しか得られなかった

少数の犠牲の受容という現実的解決方法のものが間違いだったのではなく、それ以外の方法は結局ないんだということに気づかされた

しかも、聖杯はそれよりももっと最悪な解決しか引き出せなかったんだ

アーチャー場合契約時点で理想を追求するには自身が無力すぎることを痛感している状況で理想を実現するための力を求めていた

契約して力を得ることで理想を実現できると思っていたが、力を得ても少数の犠牲を受容しなければならないという現実を覆すことはできなかった

それどころか、力があるがゆえにその現実をいやになるくらい体験させられたということだと思う

その結果の「絶望」なんだろうけど、彼のは厳密にいえば「失望」であって「絶望」とは違うんだよな(少なくともアニメ描写を見ている限りは・・・

現にアーチャーはあれだけ失望し続けながら、なおも救おうとしているわけだし


端的に言えば「動機」と「結果責任」の問題なんだろうな。

100人を救おうとして1人も救えない。

1人を見殺しにして99人が救われる。

動機」の観点では前者が正しく、「結果責任」の観点では後者が正しい。

考え方は様々だけど「全員が救われる事が理想である」という点では異論はないはず

仕方がないという現実理想理想でなくす理由には成り得ないし、

決して届かないとしても理想を追い求めることは間違いじゃないだろう。現実を見失わない限りにおいては。

現実と向き合いながら理想劣化させることなく生きていくのは人として味わうことができる最上級苦痛かもしれない。

その上、そこまでして行き着く先には何もない(理想は実現しない)というのだから、こんなに酷い話(現実)もないだろう。

それでも、それら全てを踏まえたとしても、「何が正しいのか」と問われれば「答え」は決まっているよね。

それは「誰かの願い」であって「誰もの願い」でもある。


士郎は目につく人みんなを助けたかった。人類全部なんかじゃなくかつての自分のような目の前で危機に陥ってる人を。せめて自分の手の届く人たちを。士郎はその通りのことをしようとした。でも自分英雄なんかじゃなくただの人で無力だった。死後の命を預けてようやく英雄になり、英雄になってようやく目の前の人を救えるようになった。つまり衛宮士郎は死後を売渡し、エミヤにならなければ人を救うことができない」英雄エミヤは間違いなく士郎の理想であり到達点。自分理想を正しく達成した成功例。しかし死後、待っているのはただの殺人。救いたいはずの弱者を殺す役目。「人を救う」という理想を叶えるということはエミヤ(英雄)になるということ。

エミヤ(英雄)になるということは人を殺す道具になるということ。士郎の理想とする英雄では誰も救えない。

救う術を知らず、救うものもなく、誰かの為にならなければという強迫観念、憧れただけでは人は救えない。

エミヤが忘れていたのはその憧れただけの理想にも願いがあったこと。

エミヤはずっと正しい選択をしてきた。愚直に真っ直ぐに不器用に。でも"この"衛宮士郎は時には正しい選択を否定するという決意をした。


うそう。士郎がよくUBWルートだと真相知ったか守護者にならないってSSでも結構あるけど例え全てを知っても士郎は守護者として契約ちゃうんだよ、ね。

ただアーチャーのように絶望後悔はしないって言ってるだけで。もし真相知ったか契約しないって言うのはすでに見返りを求めている、自己愛があるって事だからそれは士郎ではない。UBWキモはそんな士郎を絶対守護者にしないように凛が頑張るって話だから詠唱にあるような誰にも理解されない士郎にはしないって言ってるklと)


アーチャーが数ある士郎の未来の姿の失敗例の一つに過ぎないのならアーチャーは士郎にこだわらないし

士郎もアーチャー言葉に信念が揺らいだりしない。士郎がアーチャーにほぼ必ず行き着く理由がある。

士郎もアーチャーも二人とも核が同じだからだ。「誰かを救いたいという願いが綺麗だから憧れた。」二人はこの核からなる人間

その強い憧れを叶えるためにできることは限られている。過激な思想を持つ人間が行き着く先が銃を手に取るしかないのと同じ。


いやあ士郎はかっこいいよね。

例え絶望約束されていても自分が間違いじゃないと信じた理想を貫き通す以上絶対に後悔しないと言い切ってるんだもの

これは士郎の目指したもの共感できるかどうかとか関係ない熱さだよね。

特にアニメ演出では、結構クール独白が多くて、ブレなさの表現が上手いから余計ね。

士郎は甘いのでも現実が見えてないのでもない、現実悲惨さを知りながら揺らがないんのだものね。かっこいいよ


アーチャーが後悔したのは守護者になってからってのを理解してない人が多いのかもな

アーチャー生前助けた人々に裏切られて絞首刑に処せられても一切そのことについて後悔してなかった今回士郎が言ってたように完全に正しかった正義の味方だった身を捧げる覚悟も出来てたしそれで良いと思ってた

そんな覚悟まりきった正義の味方でも守護者として人類の滅びを救うために延々と滅ぼす可能性のある事象とその関係者を殺し続けることには耐えられなかっただけ

UBWの士郎でも正義の味方として突き詰めるならエミヤになるしかない。ただ凛が人間として幸せにしてそれは回避されるだろうけど人としての幸せ手に入れる時点で正義の味方として完全じゃない


たとえ本物になれなくても、抱いた理想が間違いでないと思えるならば、それを追い求めることは正しい、

といことがテーマだと、どっかのインタビューきのこが言ってたな。

ただ、それは非人間的な機械のように生きることには変わりないと。

で、桜ルートは、別の解答を示すために作ったらしいね

一人の大切な人を守るために、理想に折り合いをつけ、機械のような男が人間になるはなしだと。

どちらが正しいという話でなく、それぞれの解答がある。


アーチャーが失敗例だと思って語ってる人が多いのはどうなんだろって思ったけど、来週で変わるかなあ

結局士郎は道を変えない(アーチャーと違う道を選んだりしない)ってのは話の肝だけど、伝えづらいよね

&gt;&gt;33

&gt;「アーチャーは失敗したエミヤの一例でしかない」

&gt;「アーチャー(失敗作)を目撃したこと(と、遠坂との絆を得たこと)によって士郎はアーチャーと違う道を歩むことが約束された」

テーマとしてはむしろ正反対だよ。アーチャーが失敗例っていうならそもそも衛宮士郎自身が生まれた時から失敗例になってしま

士郎はアーチャー忠告されたからって違う道を歩むような人間じゃないってのがややこしいところだし自分殺しの動機でもある


今回の話も対比。抗魔術で身動きできない凛は瀕死のランサーに救われた。原作ゲームでは

凜は、なけなしの魔宝石ランサーを救おうとするシーンがあったらしいけど、人が誰かを

助けたいと思う気持ちに、何の打算もなく反射的な時もある。

慎二ランサーの槍先が刺さっただけで逃げ出したけど、それが普通人間の反応。

何の覚悟もないし、痛い物は痛い。士郎はアーチャーに串刺しにされたけど、セイバー

そばにいてアヴァロンのおかげで治癒したけど、それがなくても立ち上がれただろうけど、

それでは、何の解決にもならず、いずれ未来選択肢の一つに負けていた。

からこそ、ここで救われた弱い士郎は、心が折れず、正義の味方を夢見ていられる。

救いたいのは、他人のためでなく、自分の願いだから正義エゴなのだから


衛宮士郎は、切嗣と凛、そしてアルトリアという3人にかつて命を救われた弱者ということを。

からこそ、誰かを救える力を求めたけど、その理由を「人の為」と「偽った」からアーチャー

疲れてしまった。憧れたのは綺麗だったから、余りに幸せそうに笑った「爺さん」のために、

大勢の両親、友人、知人や知らない誰かを救えず、見捨てて、死を受け入れた虚無から生きよう

と思っただけなのに。アーチャーは力を得たけど、それ以上の暴力に打ちのめされ、滅私奉公

しすぎて、正義が摩耗し、絶望のあまり、己れの願いすら呪いと捻じ曲げてしまった。

士郎は、救われる以前から、弱いからこそ、負けられない頑固者だったのに。


アーチャーは失敗作なんかじゃない。英霊エミヤってのは正義の味方を目指した衛宮士郎としては最高傑作だ。衛宮士郎正義の味方であることを突き詰めるとどうやってもあぁなる。凛との繋がりが出来てUBWの衛宮士郎エミヤにはならないことが確定してるけど、それって特別な一人が出来たことで正義の味方としては不純になるってことでもある。


ところでやっぱり、Zero…というか、虚淵さんのセイバーの像が、原作と深刻なズレを起こしています

Zeroしか通過してこなかった視聴者は、原作であるSNのセイバーの行動や思考がわからずに、なかなかに頓珍漢なことを言っている

あと相変わらず慎二ヘイトためってる人は、型月的にも平凡な人なんだな

非凡以外の何者でもない、あの作品の大半の登場人物たちにとって、慎二は本当に極限まで「どうでもいいやつ」なんだ

から殺意というもの対象にもならない


物語序盤の士郎の人助けって気味が悪いくらいなんだよね。

数回前の凛にも怒られてたけど、自己犠牲が強すぎて中身がない。手段目的になっている。

その原因は「キリツグの代わりにその夢を叶えてやろう」っていうだけのものしかなかった。

そのまま大人になってしまたか英霊エミヤという存在が生まれしまった。

でも今ここで、未来過去自分と向き合うことで、手段意味見出した。

「キリツグの夢」が「自分の夢」とイコールになったと言えばいいのかな。

これからもやることは変わらないだろう。でもそこには〝中身〟がある。

きっともうエミヤようにはならないだろう。


2014-12-09

結城友奈は衛宮士郎である

ちょう前向きでかわいい、が頭につくが、どうも魂の歪さが同類に思えてしょうがない。

2014-10-18

Fateレイシストをしばき隊によって乗り越えられた。


こんなツイートを先日ツイッターで見た。

https://twitter.com/Morgenthau0217/status/521845540087021569

正義」と言うと胡散臭く感じたり、他の正義との対立の火種と捉える人も多いでしょうね。でも欧米系の政治哲学では、正義はどちらかと言うと「公正」のニュアンスに近いの。日本アニメなんかに出てくる「正義の味方」って「善」のニュアンスに近いでしょ。哲学用語正義は、善とは異なる概念なの。

今放映中のアニメFateのことを連想した。

Fate主人公衛宮士郎は、モロにこのツイートにあてはまる「正義の味方」になりたいというキャラ

主人公なんて大抵いい人でいいことをするから正義の味方なんだけど、Fate特に正義の味方ということにこだわった作品で、士郎は命がけで聖杯戦争を戦う中で正義の味方になろうとして苦悩する。だから特に日本アニメなんかに出てくる正義の味方概念を考えるのにいいと思う。

そしてFateと対比するのにいいのがタイトルに書いたけどレイシストをしばき隊。こちらはフィクションじゃなくて現実日本存在する組織だ。

しばき隊リーダー野間易通(kdxn)は自分しばき隊のコンセプトを細かく説明している。読むとこれがね、国際政治学たんの言うところの欧米政治哲学での正義であることがよくわかる。ジョン・ロールズの影響を語っているので間違いないだろう。

http://kdxn.tumblr.com/post/81061752924

リンク先。kdxnにとっての正義というのは弱者を守ることではないと説明されている。むしろそういう考えを批判どころか否定するのが大切なんだとされている。日本アニメのファンとしてはけっこうおどろくよね? 俺もおどろいた。Fateの士郎の考える正義は困っている人を助けるとか死にそうな人を助けるとかいうことだ。みんなそう思っているはず。なのでFateが真っ向から全否定されているようなものだ。Fate物語の中で士郎は正義の味方であることにこだわりすぎて自家中毒になってアイデンティティクライシスに陥っちゃう。士郎の父親の切嗣も同じだ。kdxnはツイッターでくりかえし完璧正義へのこだわりを批判している。それはもちろんFateとは関係ないんだけど無理やり読めばFate批判みたいにも読める。

しばき隊批判派で争いがあってその結果は言葉議論だけだと結局納得しない人が多いだろうけどしばき隊は相当話題になってテレビに出たりした。現実問題しばき隊が勝ったといっちゃっていい。政治は結果がすべてだからね。

しばき隊現実日本自分たちの考える正義概念実践してアピールしてみせた。すごすぎでしょ。もう正義なんてとっくに古くなって無理だとみんな思ってたのにw ここでFate現実に負けた。

しばき隊は注目を集めた短期的な成功だけじゃなくて長期的にもFateに勝っている。士郎みたいに「「正義の味方」とはなんだ~?」と悩まない仕組みになっている。正義を追求しているのは同じでも正義概念が違う。

しばき隊弱者のためではなく社会のために行動するので弱者に対して思い入れすぎない。完璧正義ではなくて比較的な正義を求めるので完璧主義で悩まなくてもすむ。多数を助けるか少数を助けるかなんてのはくだらない。助けるためじゃなくて社会の公正さのために戦うらしい。ヤバイ

士郎的な正義は実は正義じゃなくて善なのよね。困っている人を助けることは正義関係がない。慎二みたいなクソ野郎しばき隊は助けるわけがなく罵倒するんだろう。

まりぶっちゃけて言うと士郎は正義理解してないから正義の味方なんてくだらないことで悩んじゃうのである

正義自分犠牲にして化け物と戦うことより、「ヘイトスピーチをやめろ」と言うことなんだ。これに納得しない人(俺も半分はそうw)でも主張の強さは認めないといけない。

アニメゲームもこれからしばき隊正義を扱わないと現実に負けちゃうだろう。それじゃ存在価値ないしねw 現実フィクション面白がらせてほしいw

2012-07-17

公式サイト立ち絵有のエロゲキャラ

エロゲ主人公プレイヤー、だから立ち絵無し、だったのが

近年普通に立ち絵が出ているので、ゲーム紹介ページにどれだけ主人公絵があるのか調べてみた。

アニメ化/一般化後に立ち絵が出るパターンも有。ゲーム紹介ページから拾っただけなので抜けがあるかも。

続編、シリーズ物はまとめた。エロゲ主人公でDrrrrパロが作れちゃうぜ・・・ギャルゲはそのうち別途。

チョイスは知ってるメーカーのみの隔たった統計

簡易まとめ


key

所謂あなたは18歳以上ですか?のトップページなし。

全年齢向け有。

リトルバスターズ

直枝理樹

AIR

国崎往人

leaf

全年齢とアダルトでそもそもページが分けられている。

うたわれるもの

ハクオロ

ToHeart

藤田浩之アニメサイトキャラ紹介)

こみっくパーティ

千堂和樹(アニメサイトキャラ紹介)

Tears to Tiara

アウロン

Routes

那須宗一(コンシュマーサイトキャラ紹介)

君が呼ぶ、メギドの丘で

ベーグル・ロコ

nitro

ここは最初から主人公プレイヤーという。あげなくてもいいですか?

所謂あなたは18歳以上ですか?のトップページなし。

全年齢向け有。

phantom

ツヴァイ

鬼哭街

孔濤羅

装甲悪鬼村正

湊斗景明

デモンベイン

大十次九郎

スマガ

うんこマン(仮)

沙耶の唄

匂坂郁紀

塵骸魔京

九門克綺

月光のカルネヴァーレ

ロメオ

天使ノ二挺拳銃

ヴィム

吸血殲鬼ヴェドゴニア

Vjedogonia

typemoon

所謂あなたは18歳以上ですか?のトップページなし。

全年齢向け有。

Fate/Styanight

衛宮士郎コンシュマーサイトキャラ紹介)

月姫

遠野志貴コンシュマーサイトキャラ紹介)

サーカス

所謂あなたは18歳以上ですか?のトップページなし。

全年齢向け有。

立ち絵無し。

AUGUST

所謂あなたは18歳以上ですか?のトップページなし。

全年齢向け有。

穢翼のユースティア

カイム

FORTUNE ARTERIAL

支倉孝平

proper

所謂あなたは18歳以上ですか?のトップページなし。

全年齢向け有。

あやかしびと

如月双七

BulletButlers

リックアロースミス

きっと、澄みわたる朝色よりも、

崇笹丸

エヴォリミット

不知火義一


Novel

全年齢向け有。

SHUFFLE

土見稟

俺達に翼はない

flyingshine

全年齢向け有。

CROSSCHANNEL

黒須太一

夢見ヶ丘

平井 孝寿

かいわれっ

國枝優真

アージュ

全年齢向け有。

マブラヴシリーズ

白銀

君がいた季節

前島正樹

君が望む永遠

鳴海孝之アニメサイトキャラ紹介)

きゃんでぃそふと

全年齢向け有。

つよきす

対馬レオ

メカミミ

吾妻太郎

もっと 姉、ちゃんとしようよっ!

一条走馬

みなみそふと

全年齢向け有。

真剣で私に恋しなさい!

直江大和

UNiSONSHIFT

全年齢向け有。

WAGA魔々 かぷりちお

早瀬

ななついろ★ドロップス

石蕗正晴

minoriChu×Chu アイドる

藤木健介

ALICEぱれーど

牧野亜梨須

Flyable Heart

葛木晶

しこたまスレイブ

神尾遼平

ぱれっと

しまシンフォニー

瓜生新吾

アリスソフト

シュミレーション系は全て主人公立ち絵有。

ランスシリーズ

ランス

大帝国

東郷

夜が来る

羽村

大悪司

山本悪司

大番長

斬真 狼牙

2007-10-08

http://anond.hatelabo.jp/20071008032043

なんか随分童貞をこじらせてるな。同じく童貞の俺を引かせるなんて。

「え、何?この主人公はその人を愛してるんじゃ無くって、状況的にそうなったからつきあってんですか!?それ酷くない?」

酷くない。全然酷くない。っていうかそれ、増田も理解してるようだがごく普通恋愛だぞ。

増田のその気色悪い倫理観は、要約すると「同じ性格の人間に囲まれたら常に同じ人間に惚れるべき」って言ってんだよ。

わかってんのか? 真実の愛気取りか? 純愛だってか?

ちゃんちゃらおかしい。

増田の主張は純愛なんかじゃねえからな。わかってなさそうだが、浮気性の否定もねえからな。一言で言えば「触れ合いの否定」だ。仮に「状況が違っても常に同じ人間に惚れる奴」がいるとしてみろよ。そいつは、他人について見たこと知ったことに一切影響を受けてないことになる。フィードバックゼロだぞ? そんなん惚れるどころか話そうとすら思わねえよ。人間、いや動物ですらねえ、石像と何が違う。大体、そんな奴が誰かに惚れたとしたら、出会う前からもう惚れてたことになる。どんなストーカーだよ。

エロゲで選ぶ選択肢が違うっていうのは、起きるイベントが違うってことだ。少しずつ気持ちを積み重ねていく(っていう表現がまた童貞くさいが)、その過程が違うんだよ。積み重なっていくものが違うんだよ。惚れる相手が変わるなんてこと、ごく普通にありえるだろ。

最近つうか近年は、なんか、何周かしないと物語の謎がとけないとか完全な結末じゃないとか言うゲームが、型やら月やらなんやらで出たけど、この主人公シネって思ったのは私だけなんだろうなー。と言うか作者シネ。

私にとっては殆どのエロゲ主人公伊藤誠と同じですよ。

型やら月やら言ってるが、『Fate/stay night』について言えば、あれは最終的に「桜を選ぶ」に至る話だ(世界全部ではなく、本来悪役の桜一人を選ぶことで、士郎が「正義の味方」への執着から解放される)。その試行錯誤の過程としてセイバー編だの遠坂編だのはある。ただ、その三本をそのまま時系列でつなぐと、士郎はセイバーとくっついておきながら凛とくっつきつつ最後には桜を選ぶヘタレ野郎なっちまうFateは(恋愛についての)ヘタレ野郎を描いた話ではないから、わざわざルートの順番を縛ってまでヒロインごとに話をリセットしてるんだよ(もちろん聖杯戦争を絡めないと話のヤマが作りにくいってのもあるだろうが)。「ヘタレ野郎ヘタレつくす」こととその結末を描いた『School Days』と同種のわけがない。

その差がわからないどころか、理解もせずに「作者シネ」なんて暴言が出てくるってのは、なんていうか、本当に話を読んでるのかどうか疑わしいよな。

これは勝手予測だが、多分増田が嫌悪してるのは主人公じゃない。増田自身だ。

一人のヒロインエンディングを見たあと、別のヒロインとくっつく主人公を見ている自分、その主人公感情移入する自分が許せないだけ。ほとんどのエロゲ主人公は、明らかに伊藤誠とは違うキャラクタとして描かれている。ただ、ほとんどのエロゲプレーヤの行動は、主人公伊藤誠でも衛宮士郎でも変わらない。全てのシナリオを見るだけだ。

話はろくに読んでない、全シナリオ追うのは生理的に無理、それならエロゲなんかやめちまえばいいんじゃないのか。

 
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