はてなキーワード: 中2病とは
私が中学校の時の友人の話をしよう。名をMという。ガリガリでいつでもワンパンで倒せそうな子供だった。
Mは体育の授業の持久走では絶対に走らなかった。体育の先生は40歳くらいの柔道専門のいかにも強面の人で、いわゆる不良も体育の授業だけは真面目に受けていた。そんな先生相手にMは堂々と絶対に走らないと宣言し、牛歩戦術ばりのダラダラとした歩きを披露した。その光景はその先生を煽っているようにすら感じられた。
体育教師の怒声が飛ぶ。正座のために先生が指さしたのは日陰でもなく太陽が照りつけるコンクリートの上だ。気まずさが辺りを包み込む。みんなの視線を集めているMは無言で歩き出し、当たり前のように正座を始め、グデーと腕を伸ばし体を丸めてヨガのポーズみたいな格好をした。このポーズは彼がやる気がないことを全力でアピールするために愛用していたものである。
ある日の給食時間中、Mは心無いサッカー部の男子に「お前野菜とか食わないでデザートとかの美味しいものしか食べないな」と悪口を言われた。その日以来、給食時間には誰が何と言おうと頑なにあの謎ヨガポーズを取り続け一切給食を食べなくなった。Mのデザートはいつもそのサッカー部の男子がありがたく頂戴していたという、胸糞悪い話でもある。
あの謎ヨガポーズは彼なりの筋の通し方で、精一杯の反抗手段だったのであろう。非暴力・非服従のガンジースタイルで彼はいつも自分の気に入らないこと全てと戦っていた。
私が中学に入るとクラスに剣道の経験者がいた。入学したての時に、その子に誘われて軽い気持ちで見学にいくと、椅子に座らされて簡単には帰れなくなり、そのままずるずると剣道部に入ることになる。中学1年生の私を思いっきりビンタしたい。踏みとどまれよ。何せそれまでの私の人生に剣道との接点なんて何もなかったのだ。今思うと中学からいきなり剣道を始める方がどうかしていた。
そんなこんなで始めた剣道は、いかんせん面白くなかった。野球、サッカー、バスケなどと違い、剣道は遊びでやっても全く面白くないというとにかく救えないやつだった。暑い、臭い、汚いの三拍子そろっていた。
私は己がはまり込んでしまった剣道という沼に1人でも多く引きずり込みたかった。そして生贄としてMが選ばれた。多少強引とも取れる平和な交渉の末に彼は剣道部に入った。小学生のときは家にこもりがちだったMを外の世界に引っ張っていったので、彼の母には大層感謝された。WINーWINである。
ある日、Mは、アップの素振り中に、面・胴・小手のリズムで、めん、どう、くせ〜〜と叫びながら竹刀を思いっきり空高く放り投げた。Mは竹刀も拾わずそのまま部室に駆け込むと、周りの静止も聞かず、着替えてそのまま帰ってしまった。我慢の限界だったのだろう。そのまま自然な流れでMは剣道部をやめた。1年持たなかったが、今思い返すとよく耐えた方である。顧問4段、副顧問3段というガチ剣道指導者に囲まれた当時の私たちには逃げ場などなかった。中学から部活に入りそれまでまともな運動習慣がなかったMにとって、あの環境での練習に耐え忍ぶことは、想像を絶するほどのストレスだったのだろう。
生贄はいなくなったが私は結局3年間剣道に捕らわれたままで、高校になったら絶対に辞めてやるとのモチベーションだけで最後までやり遂げた。
Mには逃亡癖があった。自転車で実際に校外に出たのは1回や2回ではなく、駐輪場で教員や友達に捕まった未遂まで含めると1年で10回を上回る。駐輪場で確保された後に、教室に連れていこうとすると、自転車のチェーン式の鍵を持ち出して、近くの柱にズボンのベルトと絡み合わせて己の体を固定させて、「動けない〜〜」と手足をバタつかせてみんなを呆れさせた。自転車で学校からの脱走に成功したとしても、親の許可も得てないので家には帰れないし、インドアを極め煙草などの非行にも縁もゆかりもないMにいく場所などなかった。
Mは遊戯王にハマっていた。カードでも遊んでいたが、何より当時放送されていた遊戯王5DSというアニメにハマっていた。
「遊戯王のアニメって所詮カードを売るためのでっかいCMだろ」
と私がMに話した時、Mは口をパクパクさせて抗議の意をしめしてきた。私の失言癖は今も変わらないが、己の無配慮に今更ながら申し訳なく思っている。
Mは遊戯王5DSの敵キャラ・鬼柳京介(きりゅう きょうすけ)から大きな影響を受けており、中学2年生の一時期は事あるごとにこのキャラの口癖である「満足できないぜ」を連発していた。清々しいまでの中2病だ。当時の私はというと、Mが何か変な行動を起こすたびに、同じアニメのクロノス教授の真似をして、「ドロップアウトボーイなの〜ね!」と煽っていた。性格の悪い中2病だ。
Mは持ち前の地頭の良さを屁理屈にしか使わないので、学校の成績は壊滅的だったが、そこをイジるといつも半笑いでちょっと怒っていた。普通に学校生活が送れないという意味では、リアルガチでドロップアウトボーイであったMの言動は私を退屈させなかった。だからこそMと友達だった。酷い友情の形もあったものである。
不器用で要領悪いが自分を貫くMの姿に好感を持てた。多くの人が眉をしかめるMの言動も私は常に面白がっていた。
あの頃の私はM君係として周りに認識されていた。1年こそ違うクラスだがその実績が認められ、当然のように2. 3年生の時Mと私は同じクラスであった。奇行が目立ち何かと周りから浮きがちなMに対して、私は特別扱いして諦めずに、失礼なこともいう対等な友達として接した。
なぜここまで詳細にMのことを覚えているかというと、それは彼と過ごした中学生生活がかけがえのない色褪せないものであるからというのももちろんあるが、正直に話すと、今の私が中学校の特別支援学級の担任だからである。
特別支援学級にはMのような子が大勢いる。Mの特徴は自閉症に当てはまるのだ。今ならMはおそらく自閉症の診断名がつき支援学級に在籍しているだろうが、15年ほど前にそんなクラスは存在しなかった。ただ変わった子が教室にいつも普通にいて、私はその子の世話係的な役割だった。
カミさんと初めてのデートは上野のピンク映画館で若松孝二と足立正生のオールナイトイベントだった
19-20の頃知り合ってすぐ付き合って、すぐ同棲して四つ足のペットなんか飼ってしまっておセッセレスが始まって、俺はずっとウッディアレンにハマってたから映画の中はセックスで溢れてるのに人生の中心にセッセがないのなんか俺間違ってんじゃまいかっつって27-28の頃出来心で外の女とタコみたいな交尾を致してやっぱ俺の人生に粘液交換のぬるぬる必要じゃん、ってなって別れて、でもペットのこととかでうやむやに復縁して、そん時にさ、じゃあカミさんが半身不随なって人生からおセッセ無くなったとしてそれでも一緒に人生を過ごしたいかって自問自答して、まぁおセッセいらないよなっつって結婚したんだよな
それ以降、俺の人生にはセックスは無いっつうスティグマを男根に刻んで結婚生活が始まった
結婚してすぐ肉親がガンステージ4っつう連絡があり、二人してオロオロして、カミさんから子供作ろうと打ち明けられた
あぁ、なんのかんのしてもニンゲンは遺伝子様の乗り物に過ぎないのね、生命の危機に揺さぶられるとこうも簡単に生の保存/伝達っつうプログラムに突き動かされるものなんだね、って俯瞰しながら腰をフリフリぬちょぬちょシタらば、あらま1発で懐妊となり、なんやかんやお子も中2病発症するまでに時間が過ぎた
俺自身、どうやら物理的なセッセにあんまり興味がないのだと思う
生(性ではない)の慟哭として肉親のリアルな死に際したその日に初めてデリヘルで女を買ったけれども、その後出張時に数回続けたりもしたけれどなんかちゃうなぁっつっていつしか買わなくなった
思い込み半分以上、押せばイタせそうな女子が継ぎ目なく周りに複数いるけれど、どうやら俺はおセッセに精神的なモノを求めているので、カミさんとの人生を投げ捨ててでもイタしたいとはならず、好意を性的に投げかけられると全力で身をそらす、でも潤いや張りも欲しいので完全に関係は絶たないってムーブをしばらくずっと続けてる
中学生の時の英語の先生が生理的に無理で苦手意識があったため全くできないのだが、ふと思い立って勉強しなおすことにした
いろんなyoutuberがおすすめしておりジュンク堂もプッシュしていた本「中学英語をもう一度ひとつひとつわかりやすく」を買った。
本当にわかりやすく丁寧で「そういうことだったか」と改めて理解できるので本当におすすめ。
で、これで1年過ごすかなと思ってたが3日で読み切ってしまった。案外このレベルはいけそうである。
というわけで本題。
とても真っ当に勉強しようとNHKのラジオ語学講座をいろいろ聞いてみることにした。洋画洋ドラが英語で見たいのだ。
これはサンシャイン池崎がすごくうるさい。
でもおそらく番組としては一番面白いので小学生は楽しいと思う。サンシャイン池崎も好感度が高い。嫌いではない。イェーイ
サンシャイン池崎を通過したのでとても真面目に聞こえる。
しかし4月の新シーズン1回目。主要キャラクターの名前を聞き取れという問題が「グレイ・リドリー」なのは意地悪すぎる。ケンとかバービーでは駄目だったんだろうか?あとグレイやばそうな雰囲気出してる。中2病かもしれない。
中学英語で引っかかってる人はここから始めるのがいいと思う。レベル1は中1最初の授業から英語避けてきました!って感じだったので。
シャドーイングとオーバーラッピングを促してくれるのでラジオを聞いているだけで自然と英語学習になる。
こちらの設定はボストンが舞台だがレベル1と比較すると普通。出てくるメンツもまともそう。レベル1のストーリーとかストレンジャーシングス始まりそうだったけど、レベル2はホームドラマ感。
単語を4つ解説する短い番組。正直聞かなくても単語帳勉強するほうがいいかなと思ったけど日本人MCが桜田ひより。「明日、ママがいない」を見てたのでずっと応援してるし和む。和み枠。
短い番組で英語のストーリーを聞くだけ。難しい文法を使っていないのはわかるが日本語訳などはついていないので初学者には厳しい内容。今のところ普通のストーリーすぎてレベル1が懐かしくなった
無理!
無理!なんだけどニュースは海外表現も学べるし内容もリアルタイムで各国で共有されるので勉強にいいらしい。こないだ話題になってた「やさしく読める英語ニュース」のサイトをまず見てみようと思う
玄人向け
オールイングリッシュの授業だが、これがとてもいい。出てくる英語は難しくはないし、講師もゆっくり喋ってくれる。あと英語勉強中の学生「モエノ」がすごく可愛い。とてもかわいい。正直顔も知らないしパプリカのメンバーと言われてもピンとこないが、声や照れ方や受け答えのすべてが可愛い。耳が溶ける。講師陣も「あらかわいい」みたいな反応しているし、多分朝ドラヒロインになると思う。顔知らんけど。これは聞く。可愛い枠。お前らも聞けよ勿体無い。
王道中の王道。で結局これがいいのはわかった。ロリコンだと思われたら困るので、大西泰斗先生と結婚するつもりでこちらを重点的に勉強したいと思います。
そんでテキストもらってきたんだ。
創価学会って言っても、仏教なんだろ?って思って見せてもらったら、凄いんだこれが。
日蓮って、日本国民が南無妙法蓮華教って唱えなかったからモンゴルが攻めてきたって信じてたの?
アタマ弱い人じゃん。
「お前らがロシアに攻め込まれたのは南無妙法蓮華教って唱えなかったせい!」
って言ってこいよ。
最初から最後まで、一番尊い教えだから信じる必要がある。広める必要がある。としか言ってねーし。
愛し合ったからこそ憎さ百倍みたいな。
知らねーよ。
俺さ、神父さんにマリアの処女懐胎信じてるの?って聞いたことあるんだけどさ
「自分の許嫁がさ、突然(セックスしてないのに)妊娠したって言ったらさ別れるだろ?今でもイスラム社会では一部そういう地域もあるけど、血統主義も激しいユダヤ社会じゃさ、レイプされた側が叩かれるわけ。他の男と姦通したとか、レイプされたとか、公衆の面前で罵倒されて損害賠償請求されるわけ。でも、ヨセフはやさしいから、穏便にこっそり別れることで手を打とうとしたって聖書にはかいてあるんだよ。いい話だろ?で、そっからは知ってのとおり、結局は許嫁を解消せずに、生まれた子をヨセフの子として育てたわけ。いいはなしだろ?」
こういうやつ。
キリストなんか自分が処刑されるときに、自分を処刑しようとする人々のために祈ってたのに、日蓮の主張って.「俺の言うことを聞かないやつにはバチが当たる!」でしょ?
発想がダサい。
ページをめくってもめくっても、日蓮がこう言ったとか、池田大作がこう言ったとか、で結局は全部、つまり法華経が最強!、勝利!勝利!大勝利!ばっか。
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序から見返そうとしたら、死ぬほど頭悪いコメントがアマゾンレビューについてて
「はぁ?」
って思った。
いや、序とか破に相当する部分って、年齢に応じてシンジに共感したり、ゲンドウに共感できたりするすごく心理描写が高度なシーン多いのに…それがわかんないんだ…
典型的なのが
「乗るなら早くしろでなければ帰れ」
的なシーンですよ。
アレ、14歳のガキからすりゃロボットに乗るのは怖いですし、親から突き放されたこと言われるのは、ガッカリです。
でも、お仕事として重責を担ってるゲンドウとしては職務的にも状況的にもそれしか言えんわけで…
「みんなまとめて死にそうな時に、自分本位で駄々こねてるシンジってクソガキだし、ゲンドウって非情なようでいて立場的にアレしか言えないよね。」
っていうのを理解していくわけですよ。
だから、エヴァが思春期向けだ、バトルアニメだ言うやつはバカなのよ
「参考になったレビュー」
「序破Q以前に、基礎の基礎からエヴァについて説明しないとダメなんじゃないか?」
みたいな危機感に震えてる…。
このレベルのことがわかんないやつが映画見に言っても多分ムダだぜ?
エヴァンゲリオンの話に戻るけど…
「ミサトでいいわよ」
「中学生の異性に下の名前で呼ばせるミサトさん、けっこう攻めたことするよなぁ〜」
って思った。
シンジくんに近い年齢の時は距離詰めてくれるお色気お姉さん感あったけど、大人的にはやべぇ
ミサトさんって独身で一人暮らしなのに、シンジくんに併せて距離を詰めたんだとしたら、それはものすごく頭のいい人だよね。
逆に、ミサトがシンジに料理作らせ、数分で下の名前で呼ばせてるところを見ると
「子供の時は気づかなかったが、実は結構やべぇ女なんおでは?」
とおっさんは気づいたり…
ミサトさんをヤベェ女だと気づくと、Qって納得なんだわ。
序といい、破といいシンジくんの理解者ポジのキャラみたく思ってたところがあった。
だけど、大人的には理解者というよりもうちょっと気分屋というか激情家というか、感情で動いてる人なんだろうね…女らしいといいますか
ミサトさん、気を使ってフランクに接してるんじゃなくてやべぇ女の方で固めたほうがいい気がしてきた。
ネルフに降下中のささいなシーンなんだけども、中学生にワキ見せる格好でいて少しも気を使わない大人ってなんか想像できん。
いきなり下の名前で呼ばせたのも含めてけっこう強烈だよなぁ
やべぇ、ミサトが大人として本来持ってるはずの距離感がないやべぇ女だと気づいた後に、律子に
「ゴメン(*ノω・*)テヘ」
ってやってるのをみて、
「ああやっぱこれ大人が見た時にはやべぇ女か相当なパーティーピーポーみたいな性格なんだな」
って改めて思った。シンジくんに対してだけでなく
「乗るなら早くしろ、でなければ帰れ」
の後に、よく見ると作業員さんもゲンドウとシンジくんのやり取りを申し訳ないやら、早くしてほしいやらの複雑な表情で見てるんだね!
シンジくんの言い分もわかるし、ゲンドウの言い分通りに仕事を進めて欲しいしで、複雑な表情をしてるねぇ
大人的にもシンジくんみたいな情緒不安定で、未成熟な子どもに命がけでエヴァに乗って欲しいとは思ってないんですよ。
自分の仕事が完遂できるかどうかに他人が入るだけでも大変なのに、ましてや子どもが入るんでしょ?
みたいにいう人いたんだけど、逆よ!
大人になると子供の時とは違う細かーいところに共感したり、申し訳なくなったりする「ダメまたは普通の大人を描く」ことがエヴァの魅力ですって
薄々思ってたんだけど、碇親子はね…都合のいい女に慕われるスキルやたら高いと思う!!
モテてるという感じじゃないけど、かわいいとは思われてるのはなんか伝わるよね〜
「ちとはしゃぎすぎたか」
でも、演技でも過剰だし、その後も感情的にキレたり優しくなったりを繰り返してるからミサトさん単細胞というか感情的な女性なんですよ…やっぱり
一貫性がないこともないんだけど、目の前の感情で行動が大げさになりすぎるのがミサトさんなんですよね。
と思われがちだけど、エヴァの大人で感情表現が大げさな人って逆にミサトさんぐらいなんですよね。
序を見終わったけど…序を見た当時高校生ぐらいだった時に比べて、ミサトさんが全然違うキャラに見える不思議。
ゲンドウが理不尽というかアスペっぽく見えるところもあるんだけども、【余計なことを言って周りに気を使わせる上司や先輩】という職場理不尽あるあるを知るとアレはアレで気づかいしてる
序の印象が変わった理由としては、昔はミサトに違和感どころか、シンジくんの理解者的な側面を感じてたのに、今見るとけっこう気分屋なんですよね。
ネルフの大人で唯一感情的な発言をいっぱいするからこそ愛されてたりもするし、ゲンドウのやりすぎに歯止めをかける部分もあるんだけども…
なんてエヴァファンの間ではよく言われてたけど、大人になると一番ガラッと印象が変わるのはミサト。
最初シンジくん目線で見て、ゲンドウの気持ちが少しわかる年になり、ミサトのヤバさに気づく年になるみたいな…そんな感じ。
予習してよかった
中2病卒業できたつもりになってシンジに共感してるやつを見下ろしてご満悦って・・・ただの高2病やん!
高2になって高2病発症するのはいいけど僕もおっさんになったわーっていいながら高2病って!
小学生の時いつまでも自分のことを下の名前で呼んでいる子を見ると少し恥ずかしいと思っていた。
人前に出るのに緊張するとか、人前でころんだとか、そういう恥ずかしさではないんだが、他に適切に言い表す語彙がないのでここでは恥ずかしいと記す。共感性羞恥ってやつかもしれない。
自分も嘗ては親に呼ばれるまま自分の名前で自分を呼んでいたが、あるときそれについて他者からやんわりと指摘されやめたのだ。
まだ下の名前で自分を呼んでいる人を幼稚だとバカにしているのではなく、いつかこの子もそんな指摘を受ける日が来るのかなと思うと、当人がその指摘を受けてどう思うのかは置いといて、恥ずかしいと感じた。
少し経つと、中2病みたいな変人アピールをする人を見ると恥ずかしく感じるようになった。
程度はあれど中2の頃は自分もやっていただろうしそれがかっこいいと思っていたはずだと思うが、いつの間にか自然とそういうイキりをしたい気持ちがなくなった。どこかで思うことがあったのかもしれないが明確なタイミングは思い当たらない。
もういい年の大人で過剰な変人アピールをしている人の周りでは、子供時代とは違いそれが過ぎたアピールであることを指摘する人は現れず、これはきっともう治らないだろうという空気が流れている。自分はこれがなんとも苦手で恥ずかしい。
もし自分の子供がこういうおとなになったらまずいな…という気持ちがあるので、息子がこうなったら時期を見て注意するかもしれないが、確かに他人を注意する気はあまり起きない。もはやここまで来たら変人アピールをすることが当人にとってモチベーションを保つ秘訣だったりするのかもしれないと考える。
きっとこの先生きていくと、こういう達観した目線で物を語る人を恥ずかしく感じる日も来るだろう。
人生は恥の積み重ねだ。
視界砂嵐症候群や雪視症とも言われているが、どれも聞いたない人が大半だろう。なにせ町の眼科医すら把握していないことも多い。それもそのはずで、この視覚異常に病名がつけられたのは2010年以降だからである。
症状として、
ポイントは常に砂嵐フィルターがかかるということで、これは瞼を閉じてる状態も例外ではない。発症してしまうと砂嵐から逃げる術はなくなってしまう。とはいえ全盲や色盲のように明確に何かが見えないわけではない為、致命的な障害ではないのかもしれない。(それ故に症状がクオリアの問題で済まされ、認知が遅れたのだろう)
個人差が大きい障害のようだが、自分の症例だと、耳鳴りも偏頭痛もなく文章読むのも全く苦ではないため、極めて軽度だろう。呼吸のように、普段は意識しないで済んでいる。意識するとやはり気になるが。
この砂嵐フィルターは一面単色のものをじっと見ているときに最も顕著になる。発症者は口を揃えてこう言う。青空や夜空が綺麗に見えなくなった、と。
ちなみに飛蚊症とはもちろん別の症状である。これは視覚内で別のレイヤーとして出現する為別個の症状として認識できる。ビジュアルスノウに紛れる為、全く気にならない。
最近の研究結果では、この症状は目ではなく脳の障害であるらしい。発達障害との関連性も指摘されている。
この症状が先天性と後天性があるようで、自分は後者だった。発症した日のことはよく覚えてる。もう15年以上前の小学5年生の頃だった。
ある日サイゼリアで家族と晩飯をとっていたとき、ドリンクバーでアイスコーヒーを5杯くらい飲んだ。ガムシロップは入れまくったので恐らく中2病とは無縁である。
家庭の方針で10時には就寝しないいけなかったが、カフェインが効きすぎて布団に入っても全然眠れなかった。アホなことしたな~明日学校なのにな~っと不眠時にありがちな後悔を繰り返し、一時間、二時間と耐えるものの、やはり眠れなかった。
なんと深夜3時になっても眠れなかった。カチ、カチ……っと時計の秒針の音がプレッシャーをかけてくる。いつのまにか瞼の裏には赤と黄色と緑色の花のような幾何学模様が現れ、とても不気味だったのを覚えている。
明らかに異常な状態であったが、自業自得である為に親を起こすようなアクションも取れず、ずっと戦うように目を瞑っていた。とはいえ根負けしたようで、4時になる前にはなんとか寝れたようだ。
翌朝からビジュアルスノウの症状が現れるようになった。寝不足にも拘らず眠気はなかった。家族やクラスメイトにそのことを言っても軽く流されてしまったし、常にその症状が出現している為に昼頃には慣れてしまい、特に生活が困難になったわけではないので、今に至る。
ここから与太話というか漠然と思ったことなのだが、この障害は『ごく一部の人間が見えない物が見えるようになる症状』であるとも言える。
内視現象という自覚がなければ、まるで霊的なものだったり、オーラだったり、そういった常人が見えないものを知覚できていると錯覚しても不思議ではないのである。
そう考えると、人類史において、そういった概念やそれに纏わる職業が多発した起因の一つにもなっているようにも思えなくもない。
奈須きのこ作品における死の線も同様の発想のような気がする。まぁこれは「死の線なのでは!?」とかめはめ波を練習するキッズの如く色々試してみた過去があるだけなのだが。いや奈須きのこもビジュアルスノウ障害を患ってるに違いない。