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はてなキーワード: 抗生物質とは

2019-10-05

anond:20191005181034

抗生物質を飲んでれば治るけど、

まりにも熱が上がるなら、病院で解熱剤注射してもらった方がいいよ。

anond:20191005181034

抗生物質飲んでりゃ治るよ

治し方より予防のほうが差が出るぞ

扁桃腺炎なおしかたおしえて

耳鼻科抗生物質貰って帰ってきたけどまだ熱あがってくる

不眠症で寝れん

喉痛い死ぬ苦しい下痢まで爆発してくるしもう俺はこのまま孤独死

2019-09-15

anond:20190915143351

うーん、検索したら抗菌薬って出て来た。

抗生物質は体質的に飲めないんだよね…

でもまあ折角教えて貰ったし、明日行ってみようかなあ。

2019-08-29

命日の決まっていた猫のはなし

の子は命日が決まってるんだな。


安楽死を決めた時、私はそう思った。


うちのかわいいかわいい猫のはなしをしようと思う。

疲労と虚しさMAXだった若かりし頃、実家の犬を恋しがる私に知人が囁いた。

「猫なら手がかからないよ」

あれこれ言い返したと思う。それでも知人は言葉巧みに猫の良さを吹き込み続けた。

結果、私は一度でいいから飼ってみたい、とメインクーンを選んだ。

いい子が安く買えるかも、と安易な思いつきでネット検索し、ブリーダーからそれはそれはかわいいブラウンクラシックタビーの男の子を譲ってもらった。

買い手がつかず生後半年のその子は、7万円で我が家にやってきた。

残念なことに重度の食物アレルギーを持っていたその子は、メインクーンとしてはあまり大きくなれなかった。

メインクーンの成長が止まるまで三年ほど。その間、血便を伴う下痢を何度もくり返し、体質に合う処方食が見つかるまで一年かかった。

ベスト体重は6.4kgの、男の子にしては小さなメインクーンになった。

ただ、私の猫はとても朗らかだった。

人間が大好きで、友人たちのアイドルになった。

「猫は好きじゃないけどこの子は好き」

積極的に会いに来てくれる人もいた。

7歳の時にアレルギー改善したのは幸いだったと思う。アレルゲンの除去療法に成功したのだと思うけれど、詳細は医学系の情報をあたっていただきたい。

10年生きればいい、と言われた猫は、13歳になった。免疫力が落ちてきたのか、鼻炎で鼻水を垂らすようになったけれど、月に一回の通院で点鼻治療を続けた。獣医が言うには加齢によるものから対症療法しかないとのことだった。

13歳になったある夜のこと、帰宅すると猫が倒れていた。体温が下がり、呼吸は荒く、今にもしんでしまいそうな様子だった。

近所のかかりつけ医に連れて行くか、救急病院に連れて行くか、それとも家でこのまま看取るか、悩んだのは10分くらいのことだった。

私は猫をキャリーバッグに詰め込んで、タクシーに飛び乗っていた。

朝まで元気だった。食事を少し残したことが気になったけれど、それだけだ。わけもわからず失いたくなかった。

向かったのは、夜間診療もしている以前のかかりつけ医だった。引っ越しして何年も経つが、カルテが残っていた。

タクシーの中から電話をしたので、急患として即座に処置を行ってくれた。電話を聞いて急いでくれたタクシー運転手さんにも、病院スタッフの皆さんにも、その間待ってくださった他の患畜の皆さんにも、感謝している。

採血レントゲンCT、様々な検査をして酸素が投与された。

原因はわからないが肺に水が溜まっている、無気肺を起こしている、心臓肥大している、明日はないかもしれない、そのようなことを言われた。

今夜が峠ですってやつだな、と頭のどこかで考えていた。原因がわからない以上、治療のしようもなく、とにかく今晩頼んで帰宅した。

妹猫が、不安そうに待っていた。抱きしめて泣いた。

ほとんど眠ることができず、翌朝病院が開くのと同時に向かった。酸素ハウスの中で猫は、ぐったりと寝ていた。声をかけて触ると、目だけでこちらを見た。

酸素投与とステロイド抗生物質の点滴を続けた。

猫は三日間何も口にせず、病院許可を取って自宅からフードを持参した。四日目の朝だ。朝ごはんを完食したとうれしそうに看護師さんが教えてくれた。猫は酸素ハウスの中で座って、帰りたいと鳴いた。

どこかで見た記憶を頼りに、ペット用の酸素ハウスレンタルして、自宅で看取ると連れて帰った。猫はなかなか酸素ハウスに入ってくれなかったけれど、その間は酸素マスクそばに置いた。明日にもしぬかもしれない猫を、無理矢理ハウスに入れるつもりはなかった。

毎日好きなものを食べさせた。後にいうちゅ~る食べ放題まつりだ。

内服薬だけはと飲ませながら、一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月。酸素ハウスを返却した。猫は普通に歩いていた。

猫の中で何がおこっているんだろうと、もう一度病院へ連れて行った。色々と再検査をし、二回目のCTを撮った。前回の入院で右の肺は半分ほど潰れてしまっており、心臓肥大していた。

「あのあと他の先生たちにも聞いてみたんです。猫ちゃん重症喘息による無気肺です。あの時は肺炎合併してああなったんでしょう。また繰り返す可能性はあります

うちの猫喘息だったなんて、全く気づかなかった。鼻水を垂らしてくしゃみをしている、と思ったのは咳だった。それと知ってから注意して見ると、くしゃみをする時と、咳をする時があった。喘息治療をすべきだったのに放置していたことを、深く後悔した。

近所のかかりつけ医は信用できないと、遠くの病院まで月に一回ほど通うことになった。そんな生活を7ヶ月ほど続けた。

ある時、帰りのタクシーの中で猫が粗相をしてしまった。ペットシーツのおかげで大事には至らなかったが、粗相するほど我慢させたことが申し訳なくて、近所に開院した別の病院に連れて行った。

その頃猫はまた鼻水を垂らすようになっていた。それから右目だけ瞬膜が出るようになっていた。年を取ると瞬膜が出っぱなしになりやすいというが、右目だけ? と少し気になっていた。

これまでの経過を聞いた先生も、それが気になると言っていた。ひとまず二週間分の喘息の薬をもらって、信頼できそうな先生だと安心した。

二週間後、先生が言った。

「顔の右側が腫れてきている。鼻の悪性リンパ腫可能性があります

そうか、と思った。ショックもあったが、もしかしたら、と思っていたからだ。

右側からしか出ない鼻水、瞬膜、大きくなってきたおでこ

「顔の悪性リンパ腫はどうなりますか」

「すごく腫れます。ぼこぉって変形してくると思います最後は悪液質で亡くなることになります

私の猫は片肺の13歳だ。抗がん剤治療には耐えられないと判断して、ステロイドによる治療選択した。

けれど腫瘍を抑えることはできなかった。ステロイドを増やしても、どんどん腫れるばかりだった。

25mg/日を10間内服させて、それでも腫れが進行していた。鼻血浸出液で、可愛かった顔は汚れるばかり。けれど拭かせてくれなかった。

副作用による空腹感で、猫は鳴いて鳴いて、可哀想だった。

ステロイド25mgは5錠になる。朝3錠、夜2錠。追加して抗生剤が半錠ずつ。

苦しみながら飲む猫に、私は治療の中止を選択した。自己満足しか思えなかった。

薬剤性の高血糖で血糖測定やインスリンもしていたが、全てやめた。

ステロイドを中止した翌日から、猫は昏昏と眠るようになった。

ごはんを食べて、寝る。そんな穏やかな生活は、5日しか続かなかった。

から鼻血、口からはよだれが大量に出るようになり、ペットシーツが欠かせなくなった。それでも気を抜けば部屋のどこかが血だらけになっていた。

カリカリを食べなくなった。ウェットなら食べてくれたのも2日ほどだった。それからはちゅ~るしか受け付けなくなり、ちゅ~るさえ食べない日もあった。

視神経が圧迫されたのか、目が見えなくなった。突然の全盲であちこちぶつかりながら、恐恐歩くのが可哀想でベッドの上を区切ったらそこで眠るようになった。

トイレにいけなくなった。連れて行くとおしっこはするときもあったが、どんなに踏ん張ってもうんちは出せないようだった。

2週間が経った。

ちゅ~るも食べなくなった。食べられなくなった。

最初は食べようとしたけれど、ひどくむせて鼻からも口から出血する。鼻と口が繋がってしまったようだった。そのうち猫は食べることを諦めた。

当然水も受け付けない。脱水がひどくなり、あれほど出ていた鼻血浸出液ピタリと止まった。

このまま家で見ていても、数日で亡くなるだろうと思った。

けれど、体の置き場がないとフラフラになりながら寝返りする姿や、一箇所でぐるぐると回る姿、とうとうベッドの上でおもらしして自分でショックを受けている姿を見て、安楽死を考えるようになった。

別れたくない。悲しい。寂しい。

それと同じくらい、楽にしてあげたい。

戻れないことはわかっていた。朗らかで、やんちゃで、甘えて鳴いてばかりのあの子はもう戻ってこない。

自分だったらどうだろう。ガンの痛みに苛まれて、目が見えなくなって、鼻からも口からも色々な体液が出て、お腹が空いても食べることができなくて、そして今は脱水症状に苦しんでいる。

動物病院に状況を報告した。安楽死選択ひとつだと思うと先生は言った。

苦しみの合間、眠っている猫を見て思った。

の子は命日が決まってるんだな。

翌日は動物病院休みだったから、一日中猫と過ごした。

苦しんで鳴く猫を撫でて、体をトントンして、そうすると猫は15分くらい寝る。それからまた起きて苦しむ。

愛しさと諦めが交互にやってきた。

安楽死の当日。予約時間ギリギリまで悩んだ。

行きたくないと言って泣いた。ずっと一緒にいたい。家で最期まで看取りたい。

猫は眠る時間が少し長くなったように思った。昏睡に近かったのだと思う。

やっぱりやめようか、と言ったのは予約時間5分前だ。

猫は起きて、苦しそうに叫んだ。

看取りたいというのは自分エゴだと思った。泣きながら猫をキャリーに入れて、病院へ連れて行った。

病院は昼休みだった。着いたときから先生看護師さんも泣いていた。おとなしい猫のことを、かわいいかわいいと言って撫でてくれた人たち。

点滴の針を刺す。処置室へ移動する。気が済むまで二人で、と先生たちは出て行った。たくさん話しかけてあげて、と。

けれど、声を出したら号泣してしまいそうで、やっぱりやめると言ってしまいそうで、囁くように「いいこ」「ありがとう」とくり返していた。

猫はぐったり寝ていたけれど、起きて、また鳴いた。苦しい、と。

大丈夫もっと話す?」

顔を出した先生に、私は言った。

「お願いします」

病院がきらいな子ではなかったけれど、一番好きなのは家に決まっている。

早く連れて帰りたかった。楽にしてあげたかった。

最初に繋がれたのは麻酔薬だった。プロポフォールだと思う。しみる薬剤だから、薬が入る時、猫は苦しそうに泣いた。前投薬をお願いしなかった私のミスだ。

数十秒で猫は眠って、呼吸が浅くなった。

そのあとに二種類入ったけれど、そちらが何だったのかはわからない。猫は呼吸が止まり心拍が止まった。

二人とも号泣しながら、とりとめもなく話をした。

先生は、前は安楽死に反対していたけれど、自分の猫の時に限界まで頑張らせてしまって、後悔してからは賛成していると言っていた。

「やさしい選択をなさいましたね。いいおねえちゃんでよかったね」

先生は私も、猫も褒めてくれた。

帰ったらお風呂に入れてあげるといいと言われて、本当はもう何も本人の嫌なことはしたくなかったけれど、少し悩んで体を洗った。

たっぷりシャンプーリンスを使って、血の塊やこびりついていたおしっこを全部洗い流した。

体を拭いて一番涼しい部屋に連れて行くと、留守番していた妹猫が不安そうにしていた。

帰ってきた兄猫、もう呼吸の止まっている兄猫、私を見て、鳴いた。

「どうして」

体を乾かして、耳や口に脱脂綿を詰める姿を妹猫はじっと見ていた。

すべての処置が終わって、ダンボールに入った兄猫のところにもう一度行って、悲しそうに見ていた。

猫が"死"を理解しているのかはわからないけれど、どんどん具合が悪くなる兄猫が妹猫の相手をしなくなって、苦しそうにしている姿をずっと見ていた。

「もう大丈夫だよ」

妹猫を撫でて、一緒に寝た。兄猫のように朝まで一緒にはいてくれなかった。

いつかはと思っていたから、その後の段取りスムーズだった。

猫が生きている間に葬儀社を見繕ったり、アイスノンの用意をしたり、体が収まるサイズダンボール箱を用意したりするのはつらかった。

でも、しておいてよかったと思う。きちんと見送ってあげることができたから。

それから、死後の処置自分でしてよかったと思う。

鼻血浸出液の塊を洗い落とした猫の顔は、やっぱり私にとって世界一かわいかったけれど、同時に諦めがつくほどに哀れだった。

大きくなった腫瘍が鼻の穴を塞ぎ、裂いて、口の中まで入り込んでいた。

処置をしなくてもあと2~3日だっただろう。

けれど、その2~3日あとには更に腫瘍が広がっていただろう。

どれほど頑張ってくれたのかわかって、うれしかったし、ありがたかった。

姉が言った。

「いっぱい愛してもらったね」

そう。猫に愛されていたのは、私だった。

家猫のあの子にとって、世界で一番愛しい相手は私だった。

安楽死を悩んだ時、はてな匿名ダイアリー記事がとても参考になった。

自分ペットに対して安楽死選択したことは、あまり口にできないことだと思う。

感謝気持ちを込めて、私も書き残そうと思った。

それから、鼻腔内腫瘍、鼻の悪性リンパ腫の転機についても可能な限り詳細に記した。

目に見える病気はつらい。これからどうなるんだろう、最後はどうなるんだろう。調べてもわからなかった。

もちろん、早期から悪液質になり、眠るように息を引き取る子もいるとは思う。

ただ、私にはそういう例が見つけられなかった。

ペットロスに関しても、亡くなる前の方がキツかった。

対処法を調べても亡くなったあとのことばかりで、毎日毎分生きてるか不安に思いながら涙する感情対処する方法は見つからなかった。

結論から言うと、どうにもならない。だからどこにも書いていないのかもしれない。

とりあえずいつでも仕事をやめられるように貯蓄に励むといいと思う。かけられる人は不労保険とかもかけたらいいんじゃないかな。

自分に関して言えば、家で付き添うようになってからの方が不安は少なかった。

離れている間にしんでいないか毎日戦々恐々としていた。

最後お金の話をしようと思う。

7万円を最初に出したのはそういう意図だ。

4日間の入院で15万円ほどかかった。

酸素ハウスを3ヶ月レンタルして6万円。

薬代が月に1.5万円~3.5万円。

採血レントゲンが1.5万円。

CTが4万円。

そして安楽死処置が3万円で、葬儀が2万円。

治療11ヶ月に及んだ。がんばった私。

もっともこれはミニマム治療だった。良心的な動物病院だった。

抗がん剤を使っていたら、入院が長期に渡っていたら、考えるとキリがない。

お金がない人はペットを飼ってはいけない。

これはもう、べきとか、なるべくとかではなく、事実として。

最低賃金上がればいいのに。

雑然と書いたけれど、私の猫の話はここでおしまいです。

いつかどこかの誰かと猫の、役に立ちますように。




8/31追記

twitter感想を見かけたよ」と友達が教えてくれたので、検索して全部読んだ。

自己満足と、もし検索に引っかかればって気持ちで書いた乱文に、たくさんの言葉ありがとう。とてもうれしかった。

今でも歩いている時に何の前触れもなく涙が出たりするけれど、愛の量だと思ってる。

安心してるんだ。もう苦しんでいないって。

でも、私の帰りを待っていることはないって、それがどうしようもなく悲しいんだ。

この感情はそれぞれ別のものから、ずっと抱えていくと思う。

話が複雑になるので詳細は省いたけれど、妹猫の話を少ししようと思う。

便宜上妹と言っているけれど、血縁関係はないんだ。

今回記事に書いたメインクーンが超絶寂しがり屋で、一頭飼いしてたら精神的におかしくなってしまったので、保護猫だった年上の女の子に来てもらったのが最初(便宜上姉猫)。

姉猫は10歳で先立ってしまった。その時も色々あったけれど、今回は触れない。

姉猫が亡くなってしばらくはメインクーン一頭飼いだったけど、やっぱり寂しかったみたいで、妹猫に来てもらった。

飼いたくてメインクーンを選んだけれど、飼ってみたらあんまりに愛しくて、猫のことを色々調べるようになって、保護問題ペットショップの不適切販売を知ったんだよね。

私は安易に猫を飼いはじめてしまったけれど、だからこそ2匹目は保護猫って決めてた。

妹猫は兄としてメインクーンを慕ってくれて、本当に仲が良くて、その姿は癒やしだった。

その時に弟猫だったメインクーンは、兄猫になったんだ。

妹猫は寂しそうだし、悲しそうにしてる。人間と同じように、悲しみを抱いて生きてくんだと思う。

「別れがつらいから二度と飼えない」って人に伝えたいことがあるんだ

姉猫が逝った時、もういいかなって私も思った。兄猫が寂しがらなかったら、妹猫は来てなかった。

実際のところ来てくれたから、わかったことがある。

それは、亡くなったあとも、思い出が増えていくってこと。

妹猫を見て、姉猫はああだったな、こうだったな、って思い出すことが増えた。

最初ちょっとつらかったり、姉猫と妹猫を比べるようで申し訳なくなったりしたんだけど、すぐに違うなって気付いた。

妹猫を通じて、姉猫の思い出がどんどんやさしいものに変わっていった。当たり前だった記憶ひとつひとつが、キラキラ色づくようだった。

亡くなったあとも姉猫を愛しく思う気持ちはずっと続いていた。

兄猫がさみしがらなければ、妹猫が来てくれなければ、知らなかったこと。

きっとこれは、新しい子を迎えるつもりはなかったのに迎えることになったから気付けたことだったので、共有しとく。

別れはつらいけれど、悲しいし寂しいけれど、次の出会いを恐れる必要はないと思うよ。

いつかあなたが、愛し愛される家族とまた暮らすことができますように。

姉猫も兄猫も妹猫も、どの子世界一かわいい

世界一ひとつしか持っちゃいけないって誰が決めたんだ。少なくとも私の辞書にはないな。

生きててくれるだけでよかった。逝ってしまっても愛してる。

の子もみんな世界一だよ。

あとな、創作って言ってた人な。

文章力があるって受け取っとく。ありがとうな。

創作だったらいいな。

そしたらきっと今頃、どの子もうちで伸び伸び寝てて、パソコンに向かってる私のところに兄猫あたりが飛び込んでくる。

キーボードダイブしてもいいよ。叱るけど。

ずっとずっと愛してるよ。

ところでなんで増田なのか(あとでぐぐっとく)

2019-08-05

乳がん治療備忘録 後日談

標記の件、合うものであればウィッグでもセックスどころか着けたままお泊まりもできるということが分かり2種類目の薬で手が荒れまくり脱毛以上に辛くて病むも急に何かが弾け出会い系サイトを始めて手術前の1ヶ月で10人近くとセックス性病疑惑先生に泣きついて苦笑い抗生物質出してもらったり無事 手術に至り割とすぐ元気に院内をウロつくも生理来ず再び先生に泣きついて尿検査してもらったり退院翌日にライブで飛び跳ね首と腕をぶん回したりでした。

薬も飲む必要がなく影響がないからか、そもそも抗がん剤治療からの手術な患者が酒浸りのヤリマンで翌日から動き回るのは想定外なのか退院時には特になんの注意もなかったので普段通り生活しています

少なくともまたロングヘアーになれるくらいまでは再発しないといいなぁ

2019-07-17

anond:20190717095303

抗生物質飲んでるけどきかないってこと?

耐性菌かもしれないからもう一度医者いくためにやすめば

そんな気持ち悪いのに見た目だけ整えて出社されてもってとこじゃないの

2019-06-21

人生分岐点

うんこ味のカレーカレー味のうんこ、もしどちらかを絶対に食べなきゃいけないとしたら、どちらを選ぶか?

おそらく物心ついた時分に、誰もが一度は直面したことのある命題だろう。究極的にプリミティブなトロッコ問題とも言えるかもしれない。

僕の答えはここ20年くらいのあいだ変わらなかった。迷うことなく、「うんこ味のカレー」だ。なぜか?それはうんこを食べたくないからだ。うんこの方は、いくらカレー味であったとしても、あくまで"カレー味"でしかない。つまりうんこうんこだ。僕はうんこは食べられない。なんかいろいろな尊厳を失いそうだし、わけもわからず親に謝りたくなると思う。

ところがつい最近、僕はこの命題について、もう一度しっかり考えてみた。なぜそんなことを今さら考えるに至ったか自分でもよくわからない。仕事を辞めてから先、平日の昼間なのにベッドに寝そべって天井の模様を数えたり、フローリングの継ぎ目であみだくじをしたりという生活を送っていたことが何か関係あるかもしれない。

まず、食糞のものについてちょっと調べて考えてみた。

僕は大人なので知っているのだが、世の中にはスカトロジーという性癖がある。つまり、排泄行為や糞尿に対する性的嗜好だ。前に友達とふざけ半分でスカトロAVを観たことがあったのだが、そこでは見た目は還暦手前くらいの歳なのに、何故かシワが全くと言っていいほど無いツルツルの奇妙なおばさんが自分の出したうんこ自分で口に詰め込み、体に塗り、何が楽しいのかオットセイのように絶叫していた。しかも一度だけではない。その回数、3時間映像内でゆうに4回。こういう人ってふだんどういうことを考えて生きているんだろう。

妙齢女性が4回は食べられる、ということは、おばさんのポテンシャル抜きに考えても意外な結果だと思う。これだけでも僕のうんこに対するハードルがだいぶ下がるような気持ちだった。

ネットで調べただけの知識にすぎないが、大小や形状あれど、うんこ致死量はおおむね"一本"らしい。この致死量あくま仮定しかない。

例えばカフェイン致死量は400mgだが、これはコーヒーカップ4~5杯分にあたる。コーヒーが大好きな僕などは、ファミレスに行くとそのくらいの量は全然余裕で飲んでしまう。

さらスカトロものAVでは、女優さんは撮影前後ちゃん抗生物質を飲んでいるらしい。よく考えたら当たり前だ。万が一体になにかあったら大変だ。僕の前働いていた会社では、うんこを食べて何かあったとしてもおそらく労災すら降りない。僕の会社うんこを食べる業態ではなかったのだ。AV業界福利厚生がしっかりしているな。だからこそおばさんも安心してオットセイになれるのだ。

話が少し逸れてしまったが、なにも毎日カレー味のうんこを食えと言われているのではない。究極の選択、つまりここぞという時、マジでどっちか絶対食べなきゃいけない時にどちらを選ぶかということだ。

ここで"うんこ味のカレー"についても、もう一度考えてみる。

僕はもう子供じゃないので想像ができる。みんなも想像してみてほしい。うんこ味、ということは香りももちろんカレーではないはずだ。

ここで更にマズいことが起こる。カレーというものは大抵の場合においてホッカホカだ。もう言わずとも分かると思うが、加熱により香りが倍増したそれが、白いごはんと一緒に目の前にあったらどうだろうか?僕はもう無理、いろいろと無理だ。不快感うんこ単体に対するそれの比じゃない。においは人の記憶と深い関係があるというが、きっとこちらを選択してしまったら死ぬまで忘れられないだろうな、と思う。例えば大きな仕事を成し遂げたとか、婚約だとか、この先の人生で何か節目となるような喜ばしいことがあったとしても、その度にふとこの選択肢を取ったということが頭によぎって背すじがピンとしてしまうだろうし、死ぬ直前にも絶対走馬灯で出てくると思う。香り付きで。

からきっと、実際にカレー味のうんこが目の前に出てきたら、僕は完食はおろか近づくことすらままならないはずだ。

と、あまり積極的理由ではないものの、僕は齢28にして"カレー味のうんこ"という選択肢を初めて手に取ることができた。

大丈夫致死量あくま仮定しかないし、抗生物質だってある。においも味もカレーしかないのだ。もしためらいそうになったら、カレー味でもないのにうんこを4セット食べるあのおばさんのことを思い出せばいい。きっと一歩を踏み出せる。

なんなら、うんこを食べたって事実ネタになる。"うんこ味のカレー"と違って、"カレー味のうんこ"は"うんこ"なのだ子供の頃こそ、うんこ=悪みたいな風潮で、小学校トイレうんこをしただけで重罪人みたいな扱いだったが、もう僕たちは分別のある大人、しっかりとした判断ができる。うんこは罪ではない。うんこおもしろい。数少ないが仲の良い友達だっているし、きっと笑ってくれるだろう。食糞という体を張ったネタを、あのカレー味がアシストしてくれる。そう思うとうんこって食べ得じゃない?

だいいち僕は無職だ。端的に言って死にたいのだ。大した経歴もないし仕事もできない、社交性もなければこれといって好きなこともない。もうすぐ30歳。はやくバイトに行けばいいのに、平日の昼間からカレー味のうんこはどうだろう?」と一生懸命考えている。もう死んでもよくない?うんこ食って死んで誰かに笑ってもらえたらそれはそれで嬉しい気がする。親とか尊厳とかどうでもいいだろ。

そういうわけで、いまの僕は究極の選択を迫られた時、「カレー味のうんこ」を選ぶことができます。年齢を重ねると今まで分からなかったいろんなことが見えてくる。みなさんも大人になったいま、よかったら改めて考えてみてください。新しい発見があるはず。

僕はそろそろ日払いのバイトに行って小銭を稼ぎます国民健康保険とか住民税とか払わなきゃいけないので…。誰にでも明日はやってくるんだよなあ!!

2019-06-19

anond:20190619161430

あいぼう、もといあたぼう

性交を知らない俺こそが、ひっくり返した抗生物質に相応しいだろ?

俺のペニスから抗生物質が出るようになりますように

からペニシリンってゆーんだ

2019-06-18

anond:20190618092225

予想通りの内容と反応で草。

釣りでも本気でも同じ事だけど、はてな病理ここに極まれり、だと思う。

識字率は高くても高等遊民の手慰みが文学を読者から引き離したように、著名な政治家芸能人がどれだけポーズで擦り寄っても庶民感覚を肌で理解できないように、そして商業左翼が何を言っても本当に助けが必要な人に声が届かないように、こうしたエントリーは常に高慢な冷たい嘲笑で慰めの言葉必要人間を切り刻む。

貴方文章はどれだけ鍛えても、きっと誰の心にも響かない。

貴方言葉はどんなに優しくても、人を動かす事はできない。

それでも言いたければ好きな事を言い続ければいい。

飲み水の中の残留抗生物質マイクロプラスティックのような悪意を隠しながら、手中の薄い樹脂の中で揺れるミネラルウォーターボトルを得意気に振って。

2019-06-10

[]6月10日

○朝食:なし

○昼食:おにぎり

○夕食:そうめん、卵、納豆

調子

仕事は…… ちょっともう我慢できずキレてしまった。

キレてマウスを叩きつけて、怒鳴ってしまった。

スケジュール無視した過剰な要求をしてくる」「ドキュメントの重箱の隅を延々と突く」「自分に振られた仕事調子よくやらなくていいことにする」「嘘をつく」「スケジュールを連絡しない」「ドキュメント場所を連絡しない」などの度重なる『悪意』に巻き込まれて、もう我慢限界だった。

こういう調整ごとのプロじゃないの? 上流の人って? プログラミングせずにこの調整ごとばっかやってんだから、それぐらいちゃんしろよ。

その怒りで頭が煮えたぎったのか、熱が38.6度も出ている。

病院にはもう行って、抗生物質などをもらっている。

気持ち悪い、吐き気がする。

ゲーム

何か遊びたい。

遊びたいけど、熱で朦朧としている。

2019-05-28

anond:20190528123810

BANはされるけどいくらでも戻ってこられるような中途半端な状況だったか

(ちょうど抗生物質中途半端に飲んだりやめたりした時のように)まずいものが錬成されてしまっただけで

最初から徹底永久追放していればこじれなかったと思う

2019-05-24

白血病の薬の費用対効果などと言ってるが

3000万円かかろうと、延命効果があるなら立派なものではないか

効果があるのかすら怪しい薬がゴロゴロ転がってて、そんな薬を平気で保険適用しててなんて例は結構ある

そういう薬こそ保険から外すべきでしょ

放っておけば短期間で自然に治る病気の薬は全部保険適用から外していい

タミフルとか風邪とき抗生物質とか湿布薬とか、そんなのこそ保険から外すべき

2019-05-23

anond:20190523101618

抗生物質畜産に使われだしたのは1950年代からまだせいぜい60年ほどだが・・・

anond:20190523101452

横だけど抗生物質感染症予防が目的であって、少なくとも生存時に疾病にかかるリスクを減じて動物QOLを高める効果があるのは確かでしょ。

anond:20190523101452

はい来た、質問に答えず聞き返す馬鹿ヴィーガン

その抗生物質入りの肉をいったい何世代食ってんだ俺らは?

anond:20190523101258

抗生物質与えまくってる今の畜産に関する長期的エビデンスあるの?

2019-05-19

anond:20190519181013

黒いうんこ胃腸内に出血がある証拠

うんこのニオイは、結局、どんな細菌ウイルス食べ物をどう分解したか?でほぼ決まる。

サルモネラとか分解時に硫化水素を発生させる奴が分解してるとタマゴの腐ったニオイになる。

乳酸菌ばっかりが分解に関与すると、酪酸というちょっと酸っぱい匂いになる。

抗生物質等で胃腸内の菌を殺してしまうと、その後、どんな菌が主流派になるかでニオイがごっそり変わるが、

腸内環境はそれこそ1日単位でころころ変わり得るので、すぐに正常には戻るだろう。

2019-05-18

粉瘤を切った話

背景

粉瘤がなんであるかは、ググって見てください。

ややグロ画像と共に紹介している記事があると思います

私は子供の頃から左耳の裏に粉瘤があって気になっていた。

一度体調を崩したときに派手に化膿して顔の輪郭が変わるぐらいに腫れ上がったことがあった。

本当はその時に切除してもらいたかったのだが、化膿していると切除できないそうでそのときは膿を出すための小さく切開だけして粉瘤本体はそのままだった。

粉瘤は中に垢などが溜まって、開口部から臭い匂いがする内容物が出ることがあったのでいつか切除したいと思っていた。

仕事関係などもあって、余裕が出たタイイングで切ってもらった話。

初診

近所の皮膚科受診して摘出をしたい旨を伝える。

別に無理に切らなくてもいいんだけどね、と言われるも経緯と希望説明したらあっさりと近所の大きめの病院への紹介状を書いてくれた。

三日後に診察の予約。

手術前の受診

予約していた大きめ病院受診

切除したいという希望は伝わっていたので、患部を軽く診察してすぐに手術の予定調整。

その病院は週に2回手術日があるのでなので明日でも手術可能だがと提案されるが仕事の絡みもあって三日後の朝一番の回にしてもらう。

手術当日

午前9時ごろに病院に行く。

受付をして、下着Tシャツ以外は手術服に着替える。

看護師さんに連れていかれて、外来の診察室から病棟の手術室へ。フロア全体が手術室のようだ。

クリーンルームになっているエリアに入ってスリッパの履き替えと手術室担当看護師さんに引き渡される。

その後、手術室に案内される。

結構広めの部屋に中心部分に患者が寝るベッド、周囲には機材がポツポツと置かれている。

ベッドは案外簡素ものでクッションもさほどない。血圧を測るため右腕を出してくれと言われたので出すと、ベッドの脇に腕を置くようの台が置かれる。

次は化膿止めの点滴を打つがどちらが良いかと聞かれる。右手血圧を測るための機材が巻かれているので左手にお願いした。腕の内側に打つのかと思いきや、外側に打たれたのがちょっと意外。

手術時間の見込みに合わせてなにやら滴下量を相談していた。

看護師さんを中心に人が何度か出入りしているうちに執刀医が来た。

50歳ぐらいの気さくなおじさん医師だった。すぐに患部を確認してどう切ろうか相談していた。

まずは患部全体の消毒。粉瘤は左耳だったので顔の左半分を消毒される。

患部以外をカバーするようなシートをかけられる。開腹手術などの映像で良く見るあれだ。ただし顔にかかると息がしにくくなるだろうということで穴の部分から鋏を入れてやや顔が出るようにしてくれた。

いよいよ、麻酔注射をしていく。一箇所に注射して終わりというものではなくて、手術箇所を十分にカバーするように何度も小分けにして打つ。

これはそれなりに痛い。

効果はすぐにあるようで、「これ感じる?」と麻酔のかかった部分をつつかれたようだ。「ようだ」というのも何をされたか分らないほど麻酔効果があった。

麻酔効果確認してから切開が始まる。患部を引っぱられる感覚はあるのだが、何をどうされているのかはさっぱり分らない。一々実況されても嫌なのだけど

わりとおしゃべりな先生看護師や私に話かけてくる。やれ出身はどこだ、仕事は何をやっているのかなど大半は手術とは関係のない話題

まるでフレンドリー美容室のようだが、一切押し黙って重い雰囲気で手技をされるよりは良いか

切って摘み出せばすぐに終わるかと思っていたがそんなことはなく、手術中ジョキジョキという音がひっきり無しで聞こえる。

患部を切り取っている音だったようだ。

かれこれ30分ほどで手術は終了。術後の写真などを取りつつ縫合して終了。

手術中執刀医が摘出した部位が大きい大きい強調して、やたらと見せたがるので術後に見せてもらった。

液体に漬けられた患部は奥まで広がっていたようで大きさよりも形状がいびつだったのに驚いた。

なんとなく球状なのかと思っていた。

切除した部分は紡錘形になっており、そこから袋状になって奥へと広がっていたようだ。

縫合後に記録用に撮っていた写真を見せてもらう。思ったよりも切開範囲は狭い。

腫瘍を引っぱり出しながら周りをジョキジョキと切っていったのだろう。切開部を開けて中を写した写真では奥に残留物がない様子が見えた。

手術後には前室に戻って、再び診察側の看護師さんに迎えに来てもらい帰る。

費用は1万490円也。抗生物質と抗炎症剤を処方される。

全行程で2時間ちょっとだった。

その日は、そのまま仕事に行った。

術後の診察

術後の経過を見るための診察を受ける。

切除した粉瘤は一応生検をしたそうで、悪性ではなかったとのこと。

手術箇所周辺をがっちり固めていたテープ剥がし目視確認の後、市販品と同じような絆創膏を貼って終わり。傷口はきれいに塞がっているとのこと。

抜糸は翌週の同じ時間で予約が入れられた。一週間はこのまま。

数日後

絆創膏がいい加減水に濡れてよれよれになってきたので自分で剥がす。確かに傷口はすでにかなり塞がっていて縫合した糸を除くと目立たなくなっている。

縫合した部分を自撮りしてまじまじと見る機会は始めてだったのだけど、まつり縫いのように一本の糸で縫うのでなく一針ごとに結び目ができているのだな。

医療物のドラマとかで研修医鶏肉とかで縫合の練習をしているのがまさにこんな感じ。

から抜糸するためだろう、外に出ている糸は敢えて出しっぱなしにしているようだ。凄く抜きたくなる。

抜糸

傷口が融着しているのを確認して、糸をパチパチを切って終了。

傷跡は自分では直接見ることができない場所だが、うっすら線が入っている程度が見えるだけ。

後日触ってみると、粉瘤がもとから無かった右耳の耳たぶと比べると若干しこりがあるようだ。

あれだけやっても取りきれてなかったのだな。

若干残り物があるようだが開口部がなくなったので臭い内容物が出なくなったし、その後も粉瘤が化膿することもなくなったので良かった。

2019-05-16

本当は虫歯菌殺す抗生物質出来てるんでしょ?

世界中歯医者生活の為に流通させてないだけで

これってある意味犯罪だろ

歯医者なんて老人の糞の始末でもさせときゃいいじゃん

もともと歯糞の始末すんのが仕事だろうが

2019-05-14

anond:20190514121715

医師でも薬剤師でもないけど…何故検索しないのだ

一口抗生物質って言っても色々あるのに

マクロライド系が効いたってだけじゃないの

主成分:セフジトレン ピボキシル(Cefditoren pivoxil)

セフェム系抗生物質

主成分:クラリスロマイシン(Clarithromycin)

マクロライド系の抗生物質

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