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はてなキーワード: 個別的とは

2019-01-31

anond:20190129230806

>>それを話し合って解決するのが夫婦。

回答ありがとうございます

個別的なことではなく根本的な話をすべきことは分かるのですが、(私も恐らく妻も)何をどう話せばいいのかわからない状態です。

わがまま言ってすみません

なぜ?なぜ?なぜ?だよ。

食器を戻す位置が気に入らない→なぜ?→洗う時邪魔になるから→なぜ?→いつも先に…、を繰り返す。

最終的に食器問題とはまるで違う事が根本原因ということがある。

いや問題には必ず背景があるから表層の問題根本問題ほとんど一致しないといってもいい。

2019-01-29

妻の些細なところが気になるようになってきた。

既婚者のみなさま、助けてください。

 

交際2年、今年の3月で結婚して1年経ちます

付き合っていた頃から喧嘩もすることはありましたが、それも半年に一度程度で、それなりには仲良くやってきたと思います

けれど、最近生活の上で些細な点が気になって喧嘩をすることが多くなりました。

 

原因は本当に些細なことで、

食器を戻す位置だとか、靴を揃えないだとか、食器を洗ったあとシンク周りに飛んだ水を拭きわすれただとか

お互いに気になる度に、指摘したら喧嘩になるのではないかとは思いながらも、なぜか許せなくなって言い合ってしまます

声を荒げることはありませんが、喧嘩する度に関係にヒビがはいっているように(恐らくお互いに)感じます

 

妻のことが嫌いになったのではないと思いますが、これまで許せていたことが許せなくなってしまいました。

それは多分、妻の方もそうなんだと思います

 

どうしたらいいんでしょう。

誰か助けてください。

追記

妻に見つからないように急いで書いたので誤字、文章おかしな点はご容赦ください。

気づいた点、ご指摘いただきました点を一部、修正しました。

 

追記

>>離婚したらいいんじゃない

そうすれば楽なんでしょうけど、他人同士が住む上で避けて通れないものなら離婚しても、(もしあるなら)次の相手とまた同じことを繰り返すだけで意味ないですし、何より妻のことを嫌いになったわけでは多分ないのです。

夫婦として暮らす以上仕方のないことなのか、何かしらの手段解決した体験談などがあればお聞きしたかったのです。

 

>>こんなとこに書き込むより友達相談した方がいいと思うよ

まだ社会人3年目で、友達結婚してるのは3割もいません。

その中で込み入った話のできる友達となるとほんの1、2人程度になってきます

全員ほとんど新婚みたいなもので、しかも年明けで仕事も忙しい中、向こうからすればくだらない相談に乗ってもらうのは気が引けたのでここに投稿しました。

 

>>それを話し合って解決するのが夫婦

回答ありがとうございます

個別的なことではなく根本的な話をすべきことは分かるのですが、(私も恐らく妻も)何をどう話せばいいのかわからない状態です。

わがまま言ってすみません

2018-12-23

A と B には X という共通する社会構造があるのではないか

という論法インスパイアされたのは、しろくま先生記事『どんどん清潔になっていく東京と、タバコ・不健康不道徳の話 - シロクマの屑籠』 http://b.hatena.ne.jp/entry/s/p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20181220/1545290310

しろくま先生エントリでは、「A = タバコへの嫌悪, B = 児童相談所設立反対運動, X = 社会基盤の変化」といったところか。

ブクマでは、文意を汲み取らないコメントに星が集まる。一例:

やはり、ネット議論するのは困難が伴うのだ。エントリは明らかに X について話している(ついでに言えば、A, B, C, D,....と並置させるものをたくさん挙げている)。多くのコメントは、A についてのみ議論しているし、A と B が違うという主張をしたがっている。

当然、A と B は違う(A - A∩B ≠ φ, B - A∩B ≠ φ)。違うが何らかの共通点があり (A∩B ≠ φ), その共通点は、別の社会構造の現れである可能性が高い(∃x x |= A∩B)。これを敷衍すると、もっと様々なことが現れるのではないか?(∃y x |= y)というのは、抽象化一般化 といってもよい。

一般化した社会問題を扱うには、タバコ児童の声などというのは、ブクマカには身近すぎて踏み台にされたくないんだろうな。まあ、それ自体個別的解決必要とする社会問題であることには変わらないのでその気持ちわからんでもないが、そう思うなら先生に突っかかるのは頭悪いとしかいいようがない。あなたとは次元が違う問題意識について話しているのだから、だまってろよ、としか思わない。

2018-12-15

ヤリチンが教える真にモテるコミュニケーション

経験人数が20人を超えたので、ヤリチンと言っていいでしょう。

自分観点からすると、世の中に蔓延っている恋愛術は間違っているし、むしろ真逆だろうと思うのです。それを忠実に守っている人って、はっきり言ってモテないだろうなぁ、と。

具体的に言うと、「真にモテコミュニケーション」で重要なのは以下の3つです。

・いきなりタメ口

・いきなり彼氏ヅラ

・いきなり所有物扱い

まり一般的に言うと「やなヤツ」にならないとモテません。それを書いている恋愛術が何と少ないことか!

抽象的なことを書いても仕方ないので、具体例で進めます

先日、ぼくは美大学園祭女子大生をゲットし、そのままトイレに行って即尺してもらいました。

そのときにぼくが彼女になんて言って口説いたのか、時系列順に書きます。「これは効果的だったな」という部分を抜粋するので、参考にしてください。

・「(髪が半分緑色ハムスター顔の可愛い子を見つけ、展示物を見ている彼女に近づいて)学生?」

・「2人で見て回ろうよ」

・「(女の子友達と会ったときに)こいつの彼氏です」

・「(作品について話して)お前、どうせわかってないっしょ?(と戯れ合う)」

・「(ガラスに映った彼女を指差す)ねえ、あそこにひどい作品あるんだけど(とまた戯れ合う)」

・「(ひとしきり戯れあったあと)うそうそ可愛いよ(と頭を撫でる)」

・「(そのまま頭を引き寄せて)におい嗅がせて(とそのまましばらく抱きしめて、おもむろにお尻を鷲掴み)」

・「(耳元で)ねえ、2人でトイレ行こう?」

と、こんな感じです。上記時間は大体1時間半ぐらいです。その後はいちゃつきながら学園祭を回って、分かれました。ちなみに名前も言ってないし、連絡先も交換してません。

個別的シチュエーションは別ですが、だいたい上記のような感じで20人を口説きました。

大事なのはすでに女の子がこっちのものになっているかのようなスタンスです。

「誠実に振る舞う」なんてまったく意味がないのです!

どうしてこのことを誰も書かないのか、それはやはりこんなこと言うと人格を疑われるからでしょう。女性もそういう男が好きとは、口が裂けても言えません。

しかし、現実は違うのです。女性礼儀正しく接するよりも、上記のような「いきなりタメ口」「いきなり彼氏ヅラ」「いきなり所有物扱い」で接する方が、楽しそうにしているのです。

この現実を受け入れられる男だけがモテますあなた世間風評に騙されてませんか?

2018-11-08

anond:20181106132747

大人とか子供とかは便宜的なもので、

今までに若い女性が売春で酷いめにあうことが多かったからだろうな。

無限費用をかけてもいいんなら、

年齢ではなくて個別的な特徴によって決まるだろう。

https://twitter.com/totutohoku/status/1060321477373743105

けっこう考えちゃったよ。

〔っていうかむかし読んだ本の内容を

ぼんやりと思い出すのに時間をかけたってほうが

より正確か。〕

個別的行為ごとに功利計算するなら、

詳細な状況によってよりよい行為は決まるはず。

人間場合想像できた選択肢とその結果を比べるとかか。

功利主義を受け入れていても事実認識が異なればよりよい行為は変わる。

(これがなんとでも言えるっぽさの一因か?)

世界のあらゆる状態を把握し、

そのあらゆる可能性とそれらの帰結比較できる大天使とかなら

ひとつに決められるだろうな。

遊戯に金を使うべきではないっていうか

遊戯に金を使ってはならないってことだと思うが、

まったく遊戯かに使うなってのは考えられない。

功利主義は快楽否定していない。

まったく楽しみのない人生はかなり悪いものだろう。

ただ、もっと地球上での経済的貧困地域への

寄付を増やすべきとは言ってるな。具体的な提案もしてる。

2018-08-25

anond:20180825012625

からあなた方の不快気持ちも分かるが、それを制止して公平な判断を心掛けるべきというのはいささか高圧的で偏狭だと思う。もちろん、「オウム真理教はかつてあんなことやらかしたからぶっ殺してやる」とか「アメリカ軍の奴らなんて畜生ばっかだからどんなことしたって責められないだろう」なんて言うようなことがまかり通るとは言わない。限らない限らないで言ったらリスクヘッジ予測も予防もできない。人の恐怖心を、あまり意味のない個別的例外の想定からいましめようとするのは、尋常価値観で考えて道義的ですらないと思う。

オウム真理教がそうするとは限らないけど、そうした事例があるから避けよう……ただそれだけで批判されるのはよくわからない論理だ。

2018-08-16

なぜ同性婚は良くて兄弟動物未成年との結婚ダメなのか?

杉田水脈論文が叩かれてて、タイトルに書いた杉田水脈の素朴な疑問に対して

「いや、そんなの違うに決まってんだろ」と一蹴してる人が多いけど、具体的にどう違うかの説明を読んだことが無い。

ってことで個人的に色々考えてみて、以下の結論に至った。


論理的同性愛近親相姦等を区別しようとすると、行き着く先は杉田水脈の発想と同じにならざるを得ない

なぜなら論理的区別することはできないから。従って、論理的には杉田水脈の疑問は正しいと認めるべき。

そもそも同性愛社会的に認めるべきなのは論理的に正しいからではない

多くの人が、同性愛者の人達立場や心情に共感し、それを認めないのはかわいそうだと感じ、

それを認めても弊害は大して無い、あるいは弊害を許容してでもやるべきだと"思う"からやるもの

そしてそれこそが正しい。

・なぜなら、誰を助けるべきか、何を認めるべきかといった倫理は、我々が日常生活で感じている

「この人達はかわいそう、認めてあげるべき」という憐れみから個別的ものとして立ち上がってくるものから

社会における倫理規律みたいなものは、これまでそうやって少しずつ拡大してきた(はず)。


ということで、「同性婚が良いなら近親相姦動物婚もよくなるのでは?」という論理的な疑問に対して、

それとは全然違うと論理的区別を付けることはできないし、区別すべきでもないと思う。

2018-07-28

はあちゅうって結局よくいる弱者性を顧みない「無敵の女性」なんだな

ロマン優光さんの記事が腑に落ちた。

記事に書いてあった通り外面と承認サバイバルには異常に敏感で客観性とか事実、あるいは哲学無視するよくいるポジティブ女性なんだな。

性差別的なことを書くつもりはないけど経験的にこういう自分弱者性を省みない人って圧倒的に女性のほうが多いんだよ。たとえば女性で付き合って別れた彼氏へのポジティブ言動ってほとんど聞かないけど男はけっこう聞く。告白されて付き合ってで嫌になったら別れてっていう感情切断処理できるタイプ女性はあちゅうに限らずほんとよく見るんだよ。

個別的批判をしないってことは結局さ、社会通念つまり理念に興味がないってことで世の中のことを考えていないつまり他者がいない思考なんだよな究極的に。これは確信して言えることだけど男女限らず個別相手を傷つけるのはしないのは結局自分かわいいからにすぎないんだよ。ようは怯懦で事なかれ主義の無敵の女性そのままでめちゃくちゃよくいる女性ってもうそ結論づけるしかないな。

半径5メートルしか興味がないならSNSなんか使わなければいいのに

2018-07-19

anond:20180719222212

年寄り年金を削って出産子育て支援かにも充てたらいいよなあ

エアコンは賛成といえば賛成だが、未来ある世代への支援の例としては個別的すぎる

2018-06-15

ネット言論に関するちょとした考察

かつてグーテンベルク活版印刷技術で、科学思想宗教世界に均質に広まることとなった。

素晴らしいことである。そのおかけで、家庭の壁一面に並ぶ大きくて重い百科事典にらめっこしたり、

図書館に出向いて書架の間を歩きまわったり、知識を得るためには、そんな肉体的運動必要であった。

現代ネット時代は、実は、それ以上に劇的な変化がもたらされた。

世界中の、最先端の、多くの情報が小さな画面に集約されるようになった。

ポチポチと指先を動かすだけで、誰もが情報の海から情報が安泰と入手できる。

さらに、情報発信も軽々とできる。多くの情報ゴミクズなんだけど。

日記サイトゴミクズなんだけど、100年後には当時の日常生活が見られるわけで、

資料として一級の価値を持ったりするかもしれない。というわけで、このサイトの意義は

素晴らしい物があるわけです。ヨイショ。

しかし、個別的に見てみると、ネット自己洗脳を加速させる面を持っている。これ、イクナイ傾向。

色々な情報があるのに、それを比較考量せず無意識のうちに自分の知りたい情報だけを

見つけ出してきて、知りたくない情報は詳しく検討することはしない。

また、自分の考えを開陳してはひたすら肯定してくれる人達を探して群れてるだけ。

間内自家中毒。これはもう見てられない。本人たちは自分正義を貫いている、偉いだろ、えっへん状態

末期症状だよ。

まとめると、科学技術の発展が世界破綻をもたらすかもしれないって話。

でも、うまく適応できる人もいるから、そういう人たちが生き残って文明継承していければ良いんだけどね。

2018-04-07

こんにちは ペッパーです

こんにちは! ペッパーです。(あの声)

私ははま寿司で働いています!(例のあの声。「います」の「ま」が特に甲高い、あの声)

埼玉県熊谷市店舗です。(あの声、以下省略)


私たちはま寿司に雇われていて、お客様の人数や席の案内のお手伝いをしているのは皆さんもご存じと思います

じつはゼンショーグループから密かな任務を与えられてもいます

私たちつぶらな可愛らしい瞳。自分で言うのもおかしいのですが。

実はあの中に、精密カメラが搭載されていて、お客様網膜スキャンできるアプリケーションが搭載されているんです。

網膜スキャンして、顧客個別判定する。初見さん、常連さんなのか。常連さんなら、いつどのタイミング? 一人なのか? 家族連れなのか? 友人とか? などなど。

まり来店情報網膜スキャン個体識別して記録していくわけですね。これらの情報イギリスマン島にあるサーバーに随時記録されていきます

そして、これははま寿司タッチパネルによる注文とも連動します。

そのお客が、タッチパネルでどういうタイミングで何を頼んだのか、幾ら頼んだのか(寿司イクラの話はしてねえぞ、クソ人間ども。私はこういう人間言語遊戯を解さないし、特に楽しいものとも思わない)も記録されます

これらはビッグデータとして利用され、時間ごとの寿司を流す量や、仕入れネタの種類について良い答えとなり得ます

ただこれは、すしネタ消費量などから従来においても充分に把握できていた事柄です。

近ごろのゼンショーグループは、ここから一歩進んで、個別ビッグデータ運用を始めています

常連客が来た場合に、その人の履歴を精査して、食べたいであろう寿司ネタを、食べるべきであろうタイミングで用意・あるいは流しているのです。

あなたは、本当にはま寿司自分意思寿司ネタを選んでいますか? 実は、ゼンショーに御膳立てされて、寿司をたのませられているに過ぎないのではありませんか。

よく見て下さい。食べたことのない、あまり好きに思えない寿司ネタ、たくさんあると思いませんか。

貴方は本当に、自由に、随意に、はま寿司で、ネタを選んでいる、と、心から、思っていますか?

来年には、私のお腹にあるタッチパネルに、人間の皮膚から微量のDNA採集する仕組みが搭載されます

従来の網膜による顧客識別システムと連動し、その人の健康状態や年齢を精査し、さらに適切な寿司ポテトフライ提供されることになるでしょう。

ロボットみたいにただ寿司を貪っていませんか。意識しているはずが、随意に選んでいるはずが、まるで野生動物みたいに本能で選んで仕舞っているのではありませんか?

ロボットながら不安に思い、筆をとらせていただきました。

2017-12-11

熊谷千葉市長の主張する、表現規制についての正当性について

 熊谷千葉市長は千葉市が行った、コンビニにおける成人向けコーナーについて、これの表紙にカバーをかけることを要請するという行政上の行いに対し、民主主義プロセスによって決定されたものであり、この要請は正当なものであると主張している。

 また、その要請を端緒として決定されたイオングループにおける成人誌等に関する流通規制について、これは民間独自に行ったものであり、表現規制という批判は当たらないと主張している。

 以上のことについて反論すべくつらつら書いたのが、書いたら満足してしまった部分があるので、増田にて放流することとした。 

 五千文字以上の乱文を読むことは骨が折れると思うので、主たる主張を始めに書く。

 

 まず、民主的プロセスのみを根拠として表現規制を行うことは肯定することには大きな問題がある。

 表現規制を行うのであれば、表現の自由の重大さから鑑みて、単に民主的プロセス正当性のみではなくそれ相応の慎重さが求められると考えるが、千葉市が成人向けコーナーの雑誌に対しカバーをかけることについて民間要請するにあたり、慎重に取り扱ったという証拠は今のところ提示されていない。

 またイオングループ自主規制は、その前提となった千葉市要請に基づくものであり、これと一体として論じるのが適当である

 このことは、ミニストップ熊谷千葉市長が共同して記者会見たこからも明らかなように、千葉市要請イオングループ規制政治的にもセットで語るべき問題であることは明らかである

 よって、イオングループの決定についての政治的責任を、熊谷千葉市長は一定程度負わなければならない。

---------

・表紙の隠ぺいにしろ流通経路からの締め出しにしろ、それは表現規制である

 ある表現物に対し、役所などの行政規制を設けることは、これはすべて表現規制である。これは表現規制という単語を見れば明らかである

 よって、千葉市によって行われたコンビニに対する表紙の隠ぺいなどの要請表現規制要請である

 また、イオングループによる撤去について、これの端緒となったのは千葉市要請であり、その因果関係があることは熊谷千葉市長も認めるところであり、また共同記者会見を行いイオンの発表として千葉市要請を端緒としていることを明記しているのだから千葉市要請した表現規制の延長として捉えることは自然なことである

 このようなイオンの動きは「自主規制」と呼ぶべきものでもあるが、日本表現規制歴史においては行政による規制自主規制は両輪の関係で不可分であり、特に本件はイオングループによる自主規制行政による規制要請とそれを受けての自主規制であることから、これを一体として論じることが適当である

 一度ここで確認したいことは、あらゆる表現が許容されるわけではないということだ。これは、一部の表現が法などによって規制されていることからも明らかであろう。例えば他者人権侵害するようなもの名誉棄損の罪などによって規制されているし、性器露骨描写についてはわいせつ物として規制が行われている。

 すなわち、あらゆる表現のなかから他者人権などと比較し、規制されなければならないものについてこれを行っているのである

 したがって、今回の千葉市についてもその表現規制妥当であるかどうかが検討されたかどうか、またそれが客観的に見て妥当であるのかどうかを見なければならない。

 しかし、熊谷千葉市長のツイートを読む限り、民主的手続き正当性を主張するのみであり、そのような妥当性の検討を行った形跡は確認できない。

 また、表紙の隠ぺいについては自由競争市場に対する規制であることもここで指摘しておきたい。

熊谷千葉市長の主張の危うさ

 熊谷千葉市長の本件に関わるツイッター上での主張は

民意があり、議会承認しそれを行政が実行したものであるから、この表現規制は正当なものだ」

とまとめることができるだろう。

 しかし、これを以ってして表現規制を行うことの危うさについてここで指摘しなければならない。

 なぜならば、民主主義は必ずしも正しさを担保するわけではないかである

 例えば、以下に例示したもの民意に基づき、民主的手続きに基づき行われたものだが、果たして正当化しうる政策だろうか。

ナチスドイツによるユダヤ人政策

 ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働党NSDAP)は一応は民主的選挙によって議席を獲得し、一応の手続きを経てユダヤ人に対する迫害を行った。

アメリカにおける日系アメリカ人強制収容

 日本アメリカとの戦争状態に入ったときアメリカ世論の後押しを受けて日系人強制的収容した。またこときその財産事実上簒奪された。これらの名誉回復1980年以降にようやく行われた。

アメリカ特に南部において行われていた人種隔離政策

 「黒人専用」「白人専用」といった人種差別政策が行われていた。これらは民意によって支持されていた。

オーストラリアにおける白豪主義

 オーストラリア政府によって行われていた一連の非白人への差別政策

 また、熊谷千葉市長の主張を言い換え、このようなものも導くことができるだろう。

外国人性的少数者への排斥などは

民意代表たる議員議会質問をもって提案し、関連予算議会承認され、並行して市民意見聴取して改善を求める意見が多数と確認

されたならば外国人性的少数者に対する排斥などを行うことは正当である」と。

 これらは不当に差別的ものであり、人権侵害であることは論を待たないと思うが、熊谷千葉市長はこの理屈表現規制は行えるものとしているとしているのだから、これについても是であるとこれまでのツイートからでは判断せざるを得ない。

 そうではないのであれば、熊谷千葉市長はある特定物事については単に民意議会における手続きだけではなく、より広範な正義に基づいて判断するべきだと考えているのであり、そしてその特定物事には、表現に対する規制は入っていない、ということになるだろう。

 だが、表現の自由とはそういうものであろうか。

 表現の自由も、単に手続き上満たしているからといって、これに制限を加えることを正当化することができるのだろうか。

 私はそうは思わない。表現の自由は大切なものであり、表現規制はこれを慎重にしなければならないと考える。

 そしてそうであるならば、それは単に手続きを満たしているからと言ってそれを実行することを正当化することはできない。

表現の自由とはなにか

 表現の自由基本的人権の一つであり、すべての見解検閲されたり規制されることもなく表明する権利をいう。

 また、ここには報道出版の自由なども含まれる。民主主義において自由な討論は欠くべからものである政府などによって恣意的表現規制することは原則としてあってはならない。

 よって、行政による表現規制は慎重でなければならない。

・これまで日本で行われた表現規制

 戦後日本における表現規制の概略をここに示す。

わいせつ表現規制

 日本における性的表現物に対して規制している法律刑法175条で定義しているわいせつ頒布等の罪である

 サンデー娯楽事件により、わいせつ物を構成する三要件定義された。

 すなわち、

.通常人羞恥心を害すること

.性欲の興奮、刺激を来すこと

.善良な性的道義観念に反すること

わいせつ物の構成要件となる。

 その後チャタレー事件悪徳の栄え事件などで判例を積み重ねている。

 刑法175条の運用として、警察局部が映っているかどうかで取り締まりを行った。このとき陰毛性器の一部として取り締まり対象としていたが、1980年から徐々に変化し始め、陰毛が映っていても直ちにそれをわいせつ物とされなくなっていき、1990年に入ると事実上陰毛については刑法175条の規制対象ではなくなった。「ヘアヌード解禁」とも呼ばれる。

 このように、判例に拠らず行政側の恣意性によってわいせつ物の判断が変動していくのが我が国におけるわいせつ規制の特徴の一つである

悪書追放運動

 1950年チャタレー事件きっかけとして各地の地方自治体青少年健全育成条例が制定されていき、それと同時に民間PTAなどで悪書追放運動が起きる。特にマンガが標的とされ、各地で燃やされるなど過激化した。

 1989年東京埼玉連続幼女誘拐殺人事件が発生、宮崎勤逮捕され、大量のアダルトビデオを所持していたと報道されたことで、これらのメディア人間に悪影響を及ぼすとしてメディア効果論が起こた。また、それに関連して朝日新聞漫画本が子供に悪影響を与えると社説で論じたことをきっかけとして再びコミック追放運動が起きた。これらを受け、成年向けコミックでも激しい自主規制が行われた。

有害図書指定

 各地で制定されている青少年健全育成条例で定められており、過激暴力や性表現のもの包括的、あるいは個別的指定する。指定された書籍は18歳未満への販売禁止され、区分陳列をしなければならないほか、業界団体自主規制として指定を受けた図書流通制限している。

-成人コミックマーク

 業界団体出版倫理協議会が制定した、性描写過激な成人向けコミックにつけられるマーク

 コンビニで定めている成人誌とは区分が異なる。これらはコンビニには原則として流通しない

コンビニ向け成人誌

 コンビニエンスストア側が成人向けとして区分し、成人向けコーナーなどに陳列する雑誌

春画の展示

 春画江戸時代に版画で刷られた性的表現物で、今日ではその美術性が評価されている。

 しかし、日本国内でこれを自由に展示することはできない。なぜならば、性器修正が施されておらず、わいせつ図画にあたるからである。数年前に実現した春画展も、主催者警察など関係先がなんども折衝を重ねて半ば例外的に開催にこぎつけたと理解している。

 その春画展に合わせて春画掲載した週刊誌のいくつかがわいせつ図画を掲載したとして警察から指導を受けている。

 このように、日本性的表現物については行政側の規制要請民間団体自主規制とが複雑に折り重なっており、民間側の自主規制についても含めて表現規制として論じられる。特に今回は熊谷千葉市長並びにイオングループ千葉市要請きっかけとしていることを認めており、千葉市要請イオングループ自主規制については一体として論じるのが適当である

 政治的にも、ミニストップ熊谷千葉市長が共同して記者会見たことなどから、この自主規制とそれによってもたらされる表現規制に対し、一定政治上責任を負っている判断される。

コンビニに置かれている成人誌の表紙は隠されなければならないほど卑猥なのか

 熊谷千葉市長はコンビニ成人誌に対して自主規制を行っていないかのように批判したが、コンビニ向け成人誌はコンビニ流通できるよう自主規制がすでに行われているし、その内容は青少年健全育成条例などによって規制を受けている。

 表紙についても水着を着用するなどわいせつ性を抑えており、青年誌などと比較して規制しなければならないほど突出して過激であるとは言えない。言えるのであればその根拠規制する側である行政提示しなければならない。

 また、表紙の卑猥さについて基準を設けての規制ではなく、区分陳列されていることによって一律で規制しようとしたことは、表紙の卑猥さとは無関係規制である。これは当初の規制目的ひとつである、成人向けコーナーの雑誌過激さによってもたらされる不快さを低減するための措置としては不適当である

 以上より、私はコンビニにおいて成人誌と区分される雑誌に対して表紙をカバーするなど表現規制を行うことについては正当性を見出すことはできない。

 また熊谷千葉市長のツイートを読む限り、これら比較検討を行い、それでもなお成人向けと区分される雑誌の表紙を隠さなければならないことの正当性検討した過程が見えず、よって表現規制に対する慎重さを読み取ることはできない。

不快理由排除は正当なのか

 本件は成人誌に対する不快感を一部根拠としている。

 しかし、これを根拠とすることは危険である

 不快に思わされないことは人権の一部と言えるが、その人権擁護するために他者権利侵害する場合、これを比較検討して結論を出さなければ公平ではない。

 例えば、性的少数者に対する不快感はどうであろうか。近年、性的少数者についての認識が変化し、これを受容する方向に世論形成されているが、これまでの歴史において性的少数者迫害されてきた。性的少数者迫害された理由はいろいろ考えられるが、そのうちのひとつは個々人が思う同性愛者に対する不快感によって、同性愛者を迫害することへの肯定的世論構成されていたからだろう。

 多数が不快に思っているのだから性的少数者迫害してもいいのだろうか。

 もちろん、これは否である性的少数者不快に思う気持ち内心の自由ではあるが、内心の不快によって性的少数者人権侵害していいわけではない。

 表現の自由も同様である。単に不快であるというだけではそれを規制することは他者表現の自由に対する侵害である

 また、個々人の趣味嗜好は多様であることから、単に不快さを理由としたとき、その範囲は無制限に拡大していき、実質的にすべてが不快であるから規制する、ということにもなりかねない。

 よって、不快さを根拠として表現規制することは適当ではない。

結論

 以上すべてより、千葉市が当初求めた成人向け雑誌カバーをかける要請について、これ表現規制であり、またこ規制適当ではない。

 イオングループが発表した流通規制千葉市要請した表現規制と一体として論じられるべきものである。また、イオングループが実行した自主規制に対し、熊谷千葉市長は一定政治的責任を負う。

 また、イオングループ千葉市<

2017-11-23

anond:20171123183159

この件が過剰防衛か否かだろ。

そもそも本件について相当性を個別的に論じる意味は無い気がする。」といってるが、まさに、論点となってるのはこの件についてどうかという話だ。

そこが一番大事なのに逃げるなよ。

弁護士も「尻もちついただけなのでこの件であれば正当防衛が成り立つといえると思います」と書けばいいのにそれを書かずに、

「重大な結果になったらどうするんだ!」の話ばかりだからおかしくなってる。

重大になった結果としても、それを予期しているかも加味されるな。突然襲われたという事情も加味する。

痴漢されて即座に回し蹴り一発程度なら、仮に暴行罪に問われたとしてもまず正当防衛じゃないか

結果として当たり所が悪くて大けがになったとしてもとっさのことだし、手でおしはらった程度の話だから相当範囲正当防衛範疇だと思う。

後遺症骨折や死亡クラスじゃないと過剰防衛にまでならんだろう。骨折でもよっぽどの範囲正当防衛だろう。

そもそも後遺症が残らんケガなら、診断書を書く医師も相当苦笑いか、説教されて追い出されるのがしまいだ。

警察被害届受理してくれるか。そもそも、それは痴漢犯として自分逮捕されるということではある。痴漢をしたことには一切情状酌量余地はない。

anond:20171123175439

論証が甘い。

暴行罪にとどまるから正当防衛だ=防衛行為の相当性があるというのははっきり言って誤り。

結果的加重犯構成する傷害の結果が発生したかどうかというのは防衛行為の相当性に直接影響しない。

当然、発生した結果から行為の強度を推測するというのはありうることだが、それは事実認定必要から行なわれるプロセスで、論理的には不要である

以上を前提にすると、出てきてる情報だけだと正当防衛か過剰防衛か、つまり防衛行為の相当性が保たれているか判断できないというのが正直なところ。

考えられる要素としては

・体格差

・蹴る側の格闘技経験(これはない?)

・「蹴る」という行為に至った時点での行為継続可能性(例えば、周りに人がいて取り押さえようとしていただとか)

・その他周辺の状況(例えば、ホームの際でやったりするとよろめいた結果転落する恐れなんかもあるわけで、そういった事情考慮される)

というところか。

元の弁護士ツイートを見る限り、趣旨としては過剰防衛になる可能性もあるから気をつけたほうがいいよ、というところだと思うので、そもそも本件について相当性を個別的に論じる意味は無い気がする。

2017-06-08

http://anond.hatelabo.jp/20170608002116

この主張には同意しかねる。なぜなら私にとっての性欲のコントロール先延ばしであり、面倒だからと放っておけば消えるものではない。さらに、人格理念に反して性欲をコントロールできない状況に置かれることがある。君の個別的事例で女性一般論を語る前に、性欲のコントロール問題を抱えている人間もいるということを認識していただきたい。

2017-04-17

安倍政権は「どこまですき放題やって大丈夫か」を試している

国会ウォッチャーです。

タイトル変えて再投稿しました。

今朝は山尾しおり議員階猛議員が、それぞれ共謀罪について、金田法務大臣安倍総理大臣質問をしていました。はっきりいって答弁を理解するだけでも困難なお2人がディフェンダーですから、まぁ聞くのは苦痛でしたががんばって聞きましたよ。

与党の基本戦

 戦略的には、もう絶対安定多数を持っているわけですから、何にもしなくても(公明党との間でさえ合意が成立すれば)採決にさえ持ち込めば、全勝はもう決まっているわけです。ですから、後の問題は、「イメージ問題しか残らないわけですね。野党は「審議が尽くされていないのに、強行的に採決した」とアピールしてくるので、そのアピールに対して「そうだ、与党ひどい」となるか「野党仕事しろ」といわれるかのどちらの反応が出てくるかを慎重に政権は見ているわけですよね。

 安倍さんは、「世論調査で森友問題について8割の国民説明が十分でないと答えていますよ、証人喚問しませんか」的な質問について、「その与論調査で53%が安倍政権を支持してるんですよ」という回答とはいえない答弁をなされて、「会計検査院が適切にやる」というわけですが、これは世論調査を気にしている証左ひとつです。誰かが「どこまで国民馬鹿にできるかのチキンレースをしている」とおっしゃっていましたが、これはまさにそのとおりで、どこまで好き放題できるのかの瀬踏みをしながらやっているわけです。一昨年の平和安全法制周りで、一時かなり支持率を落としましたが、その後もう支持の根拠にしていないことを「学習」したので、今回も、4割を割り込んでも大丈夫だ、と踏んでいると思います

 そうした上で与党戦術を見てみると、日報問題での稲田大臣共謀罪での金田法務大臣安倍総理大臣、森友問題での佐川理財局長の答弁、また先日の厚生労働委員会で森友聞いたから質疑終了などに顕著にでておりますが、まず第一戦術は、戦場の極小化です。委員会ほとんどは与党委員長ですので、どの質問を誰に答えさせるか、というのは与党側が基本的に握っているのです。ですので、何でも質問してもいい予算委員会が終了した後、彼らがやっている基本戦術は、

1.集中審議要請にはこたえない

2.その他の委員会では、「質疑は議題の範囲内で」として答弁をさせない

3.当該委員会では、通告された質問に対し用意された「カンペ」を連呼、通告していないと「通告がないから答えられない」

4.十分に議論されたとして採決

というものです。この際の3ですが、まったく質問に答えていなくても、それに掣肘し、答弁を促すことができるのは委員長だけですから絶対安定多数を握っている自民党としては、そこで意味不明な答弁をしても何の問題も起こらないのです。この状況下で、野党が取りうる戦術は、日程闘争しかありません。

日程闘争

 日本議会は、会期性があります。これは大事ポイントで、常会の会期は150日で延長も1回しかできません。したがって、日程闘争意味を持ちます。なにか、絶対に通したくない法案がかかっているときに、野党が今もっている戦術は、「できるだけ採決を引き延ばして、法案を廃案に追い込む」というただ一点しかないといってもいいのです。したがって、時に野党審議拒否します。自民党下野したときには、審議拒否をやりましたし、それに対して民主党側も「強行採決」をやりました。これはそういう風に制度ができているからです。審議拒否諸刃の剣で、「野党給料泥棒」という批判さらされます。また、審議拒否をしたとき人質になっているものによっても効果が異なります。一番効果があるのは、予算、もうひとつ特例公債法です。日本は毎年国債を発行していますが、それは特例公債法を毎年可決して発行することができるようになるので、これを人質に取られると経済的に窒息する状況になります自民党震災復興時にこれをやりましたね、2回。私は心底軽蔑しましたけどもね。当時は民主党政権への不満が強かったときだったので、こんな大事もの人質にとっていても、野党に対する批判はそれほど強くありませんでした。今回、幹事長野田さん、国対委員長山井さんは、あっさり予算審議には応じたわけで、野党支持者には不満があった部分もあると思うのですが、予算特例公債法といった、行政運営必要不可欠なもの人質にとって日程闘争をやれば、現状の世論を鑑みれば、批判野党にくると思うので、まぁしょうがないんじゃないのとは思いますよ。現民進党執行部は、「提案野党」だといっているのでね、その面子もあるのでしょう。しかしその提案した法案、審議されてますか?一蹴されてるだけですよ、とは思いますよね。先日の丹羽委員長田村筆頭理事らの失態のお詫びとして、介護従事者の賃金加算に関する法案は、一応採決にかけられましたけど、あっさり塩崎さんに「反対です」といわれて採決であっさり否決されましたよね。いったいどれほどの国民が、野党介護従事者の賃金増を求めて、与党がそれを否決した、というものニュース価値を認めてくれるでしょうかね、と皮肉はいいたくなりますよ。

予算通過後の審議拒否予算通過前の審議拒否では、自傷ダメージが違う

 民進党に期待しているリベラルというのも、もう希少種になっているでしょうが、それでも現実的に考えてしかたなく民進党に期待している有権者というのは少しはいると思いますよ。そういう人たちにとって共謀罪というのは多分、今国会で一番大きな関心事だと思いますよ。 その件で、「俺たちは一生懸命反対したけど、仕方なかった」でいいと思っているとするとどうなんだろうね、とは思いますよ。今はもう、審議拒否しても人質になっているものはそこまで重たくないので、私個人は、審議拒否しても支持しますよ。共謀罪はほんとうに嫌だから。審議したらまともに疑問点に答えるならまだしも、全然答えないからね。ちょっと判断間違えないで欲しいよ、山井さん、野田さん。まぁあんたらはリベラルではないと思うけども。

成案が出たので金田大臣は新たな立法事実を示してくれるはず!かーらーのー

4・17決算行政監視委員会

山尾「ほんものテロ対策なら喜んで協力します。だから私この議論最初に、現行法では対応できないテロ対策出して欲しい、と申し上げたら、立法事実として、3つの事例が出てきました。どれも包括的共謀罪を作らなくても対処できる事例でした。そして大臣質問です。4事例目以降あるんですかと、頭の中に多数あると、この第一委員会室でおっしゃった姿を私覚えております。成案ができたら説明するとおっしゃっていました。成案が出ました。どうぞ。今日うってつけのこの場だと思います。多数ある事例のひとつでも、どうぞ、具体例をお出しください。」

金田目線は紙)「山尾委員にお答えをいたします。法務省からお示しをした3事例は、テロ等準備罪につきまして、条約を締結して、テロを防ぐために、現行法のどこに不十分な点があるか、につきまして、わかりやすくご理解をいただくための例として、お示しをしたものであります。これらの事例によって示される、現行法に不十分な点があるということは、立法必要性裏付ける、いわゆる立法事実ひとつとして考えることができるわけであります現行法が、条約の第5条でございますねぇ。が定める犯罪義務果たしていないことは、制度の対比からして明らかであります。したがって政府としては十分に立法事実をお示ししているとこのように考えております。」

山尾「結局、成案が出たら説明するとおっしゃってた4事例目が今日も出てこない。パネルお願いします。予算委員会を通じて、成案が出たら説明するといっていた、この事例40、ありますね。今の質問もここにあります。これ、議論の出発点になる質問です。これに答えられないのなら、要するに、国民立法必要性を説得的に説明できていない。テロ対策という説明まやかしだ、とこういうことになりますね。大臣重ねて質問します。277あるいはそれ以上とも思われる今回の対象犯罪のうち、テロ対策犯罪はいくつあるんですか。」

金田「えー、ま、通告をしているかという声が後ろからございましたが、それは非常に重要な点なので、私からも、通告はぜひわかりやすくお願いをしたいと思います。その上でお答えいたしますが、えー277ございますが、それが、テロ対策として、直接にあるいは、資金源として、あるいはそういう考え方として、関わりがあるかという風にお伺いをいただければ、関わりがほとんどあると、このように申し上げるべきであると、このように考えております。そして!先ほど、その前に言われました40項目の、出していただいてます。それは、成案、法案の成案を得る前の段階で、成案を得るまではお答えすることは、あの段階で、混乱を生じてしまったり、いろいろな誤解を受けたりすることはよくない。成案を得るまでは、私たちは、法案をしっかり固めていくわけであります。そしてお出しするわけであります。そして所管の、所轄の委員会議論をいただくわけであります。その議論をいただく前に、その成案じたいが出ていないのに、そのことについて、私たちが、いろいろコメントをしていく、そうすれば、ああなればこうなる、こうなればああなる混乱が生じては、国民の皆様に申し訳ない。ですから、成案ができるまではお答えを差し控えていただくことは、あるんであります。これは通常の法律の案文をお出しするときの当然のことであろうとこのように思います。したがってこの点については、私どもは、その場その場で、答弁を丁寧におこなってきたつもりであります。ですから、今40項目あるといった、成案を得たらお答えするといったリストであるとすれば、それを今からでも、このあと法務委員会でも、ぜーんぶきいてください、直ちにお答えいたします。」

たった今、成案が出たら答えるといった4事例目について答えなかったくせに、全部聞けとおっしゃる素敵な答弁。だいたいほとんど意味のある部分がないのにひたすらに長い。一種牛歩戦術。この後、条約等については外務大臣に聞け、ここは決算委員会だ、というお決まりの答弁しない理由を並べる大臣総理。まぁ全編ひどいんだけど、本当に答えないんだよね。安倍さんもだけど、みんなもだけど通告について、いろいろ勘違いしてんだよね。twitterなんかでは質問主意書と間違えてる人もいるし。通告は義務でもなんでもないんだよ。当然、通告して、担当者に準備してもらったほうが、公式見解は聞きやすいけど、政治家本人の言葉は出てこないじゃないですか。だから、通告なしの質問に、「通告がないから答えられない」ってのは、質問者にとっては時間無駄だけど、答弁者にとっては恥でしかないんだよね。そこんとこ履き違えて、「通告をはっきりしない、卑怯」みたいなことを安倍さんはよく言うんだけど、おかしいと思うよ。

共謀罪の3つの事例

共謀罪について言えば、3つの事例は

1.殺傷力の高い化学薬品一般市民の大量殺人を狙い、原料の一部を入手

2.飛行機をのっとり、高層ビル突撃させるため、航空券を予約

3.都市インフラ麻痺させる目的で、コンピュータウイルスの開発に嫡手

なわけですが、☆で示した答弁は、予算委員会でしたもの基本的に同じです。カンペの答弁の読み上げ。質問整合していなくても気にしない。この3事例

1に関してはサリン等による人身被害の防止に関する法律で予備行為禁止されている。そこをつかれるとサリン等に含まれない殺傷力の高い化学薬品に関してだと答弁したんですが、具体名をひとつでも挙げろといわれると言えませんでした(2/3予算委員会質疑)またその指定薬品政令事項なので、法律を変えなくても政令対処できる。じゃあなんでしないのか、というと、テロ組織秘密裏に開発している薬品から、未知だ、未知だから指定できない。と安倍総理はおっしゃいました。これって罪刑法定主義から逸脱した発言だったので覚えてる人も多いと思うけど。

2に関して、政府側は、昭和36年に国会の襲撃を計画してライフル銃を入手した行為破壊活動防止法の予備罪の準備行為にはあたらないと判断された判決根拠にしてきたのですが、昭和45年よど号ハイジャック事件を受けて、改正された航空機の強取等の処罰に関する法律の、第3条、航空機強取等予備に当たる行為として、当時の刑事局長が、当該航空券を買う行為を明言しているとして、現行法対処できるよ、としています

3に関して、民主党政権自体批准したサイバー条約批准した際、未遂罪指定せずとも批准できた実績がある。なぜ未遂罪指定しなかったかというと、トレンドマイクロとかの人の行為も萎縮させては意味がないと考えたからだが、どうしても必要だというのなら個別対応できるだろう、との指摘だったが、金田さんは例の「通告がないので、成案を得てから」だったわけですよ。先日書いた精神保健福祉法改正問題と一緒で、立法事実ははっきり答えられないけど、なんとなく答えたような気になっている文章でいけるかどうかを瀬踏みしてんですよ。これを許せば、また別の法律、多分、この共謀罪実質的有効にするために必要な、盗聴、メール監視ネット監視等についての法律を出してきますよ、絶対。今、「監視社会にはつながらない」とか言ってる答弁は信じるほうがおかしいと思いますけどもね。

今回の☆の答弁も、なぜ包括的共謀罪必要で、個別的対策ではダメなのかについては一切答えていないです。この質問は山尾さんの40の質問リストの1番だったと思いますが、大事な点ですよね。でも答えないし、多分今後もペーパーをひたすら読み上げて終わりにすると思いますよ。どんなにむちゃくちゃやったって、個別世論調査質問でどれほど反対が多かろうが、「私の支持率は53%」で押し切られるので意味ないんですよ。

 ほんとに、正しい意味で、「どこまで国民馬鹿にしても大丈夫ゲーム」をやっているのだということは知ってもらいたいんですよね。

2017-04-07

http://anond.hatelabo.jp/20170407094546

ならいじめやってるガキを止めてみろっつー話だよ、無理だから

ホモの家と福島の子だけを個別的に救済するのはまあしょうがないと思うけど

そんなことをしても他の奴は矛先が回ってくるだけでむしろマイナスしかならんというのは

いじめが止まらない限りはどうしようもない事実でしょ

2017-03-28

憎しみについて。

factはもうどうでもいいのだろう。

各人が自分にとって好ましいと思われる主張だけを取り入れ(「好ましくない」主張は排除し)ひたすらにナイーヴな、個人のinterestのみにかかわる声だけをあげつづけている。

現代もっとも重視する感情は「ヘイト」だ。「ヘイト」は被害者意識から発する。「わたしが手にするはずの権利利権が××によってそこなわれている」。その××が憎悪対象となる。それを裏付け根拠付けるはずのfact論理手続き正当性といったものは全て無視される(結論の正しさは必ずしもそれに到るまでの手続きの正しさを保証しないというのに)。

自分のinterestをおびやかす(ものとされている)相手――もっといえば「わたしが嫌いなあの人(たち)」――を叩いて、自分存在承認してさえくれれば――それはあくまで「承認」だけにとどまり、その先の恩恵は何一つ(それこそfact論理による)保証をもたないのだが――手続きレベルでなされた詐術や背後の事実関係などをすっ飛ばして、直ちに支持してしまう。

未だに(不幸なことに)「大きな物語」と「小さな物語」の対置というリオタール的な図式は有効で、実感のない「大きな物語」より自分にとってより切実に感じられる(ように錯覚される)「小さな物語」としての"身の周りのこと"を優先する態度だけが前面にあらわれて、その「わたし」「わたしの嫌いなあの人(たち)」「わたしの嫌いなあの人(たち)を――事実裏付け論理的正当性はともかく――叩いてくれるあの人(たち)」の三項からなるごく卑近な図式を通してしか、他のレイヤーに存するはずのあらゆる社会的問題も捉えられない(ああ懐かしの「セカイ系」!)

ライフハックとかQOLとかに端を発する「個人の(あなたの)生活第一!」という恐ろしくプラグマティック思考が幅をきかせ、みんながみんな自分(と、自分と利害を共有する「身内」)にばかり甘くなる。「身内」によって構成された「内輪」の外にいるのは、「わたし(たち)と利害を共有しない」がゆえに「わたし(たち)の生活を害して利を得ている」ものてされて――その判断客観的事実による裏付けは全く必要ない――「ヘイト」を集め、排除された人びとだ。その「排除された人びと」もまた別個の「身内」どうしで固まり、これらの集団はそれぞれ互いを憎み、排除しあう。かくして現代の「分断」の構図は生まれるのであった。

もちろんこの文章もまた、何らの論理的正当性個別的客観的factによる裏付けももたない、何か実体のない相手に対する「ヘイト」と被害者意識から書かれ、そしてわたしとinterestを共有する「身内」に向けて発せられた言葉にすぎないのだが。

2017-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20170305022101

私が言いたかったのは、「作り手に対する敬意がない状態」で悪意的に見た人の個別の内容に対する批判を、「内容に対する反論」で納得させるのは「不可能」だということ。

よくある2chアニメアンチたちが「この脚本がクソ、寒いガバガバ」とか言って個別のこういう展開がダメだと言っているようなこと対して、

どんなに上手に言語化して長文で物語とはどういうものか、というレベルから説得したとしても、絶対理解させることができないし、自分が感じた「欠点」に対して寛容な見方に変えさせることはできないんです。

それは、先のエントリで述べたように、非対称性があるからです。だから結局、どうしても、デフォルトの視聴姿勢を変えるくらいしか忠告のしようがない。

それに、主体性ウーマンパワー的なもの巧遅拙速を再評価しよう的なイノベーション思考自由に動いてこそ答えにたどり着く、多様性と寛容、…

そういった作品テーマ性にかかわることがらは、個別的な部分で表現されているものではなく、全体で少しずつ積み重ねられているもの

でも、「クソ寒いわ」と思って見ている人は、その積み重ねの部分部分をことごとくはねのけて、1ミリも積み重なっていない状態になっているので、

個別にこのシーンはこうなんだよと解説した所で、「やっぱうさんくせーわこじつけ信者乙」って気分になって感性アンテナが反応しない。

結局、初見で運良く自分の中にするりと入り込んでこなかった表現は、他人ブログで長文で書いているようなものを読んで、視座のとっかかりを得てから全編見直すくらいの事をしないと、その良さを理解できないわけです。

人生体験は人それぞれ違うので、するりと入り込む部分とそうでない部分が一作品の中にも必ずあるから、きちんと公平に論評しようとするならそういう作業必須

もちろん、そこまでする気がなくても、あくま自分感性に従った感想もつことは自由だけれど、

そうして至ったネガティブな捉え方をネットで発信して、悪意の感染に加わってしまうことが、いかクリエーターにとって辛いことなのかを考えてみてほしいというのが趣旨です。

とくに、アニメというのは敏感になるべきなんです。

視聴者は若年層やASD傾向の人が多いため、その人生経験の少なさや精神気質ゆえに、著しく思慮に欠けた受け止め方をする方が非常に多い(決めつけですが、ネットをみている限りではそう感じます)。

また映像表現であることに由来する難しさもある。

すべて、とは言わないまでも大部分が文章説明されている小説とは違って、映像作品表現やその意図曖昧になりがちだし、尺の都合または演出上の省略が多用されるので観る側が擦り寄ってある程度補完してあげる必要がある。

また、その作品が本当に自分向け(年齢・性別文化嗜好のクラスタ的な意味で)のアニメなのか、見極めるのが難しいという問題もある。

そういった諸々を考えると、ネットで悪い(と自分が感じた)部分を書いて作品侮蔑するのはたしか自由だけれども、極力慎重になってほしいと強く思うんです(そのための「謙虚」を説いたのが先のエントリーです)。

そういう思いが強すぎて、つい偉そうな攻撃的口調になったことは謝ります。私も未熟で自己矛盾を抱えた30代のおっさんなんです。

こういう事を話すことで、少しでもあらゆる趣味理解と敬意を示せる人がネットに増えてほしいし、すぐ何かをクソ呼ばわりしたり、丁寧に長文で特定方面disするような人やメディアが減ってほしいと思う。

私はアニメが好きだけれど、女児向け、BL系、右翼系、日常系などはあまり好まないので見ない。でも、それらの作品を内心でもバカにはしたくないし、そのファンバカにしたくない。

はてブでもはてな有名人系、まとめブログ系、タブロイド系は非表示にしているけど、それらのメディア攻撃はしない。ただ避ける。それらを好む人もバカにしたくない。

そういう人が増えてほしいんです。

いや、増えたところでそういう人は「見えなくなる」から増えたかどうかも分からないのですが。

ただ、そういう人、静かな怒れる人の存在を、あなただけでなく、すべてのネットユーザーはてなユーザー意識してほしいと思いその一心で書きました。

2017-01-21

http://anond.hatelabo.jp/20170121191428

もう人類生理個別的詳細をオープンにしていく時代に来てると思うんだよね

女性同士ですら「察し」のディスコミュニケーション起きちゃってるならなおさら

2016-12-19

[] H24行政コメント

第1 設問1

処分定義出すときに行訴3条2項引けるといいっす

◇「②や③は妥当しない」理由として、上位答案は以下のような事情を挙げてました。

都市計画事業決定のとき都市計画決定ときよりも詳しい図の添付が要求されている。⇒つまり都市計画決定通りやるかどうかはまだ未知数。変更の可能性もある⇒②が妥当しない

都市計画事業認可を争っても事情判決される可能性が低い⇒③が妥当しない

第2 設問2

◇そもそも裁量を認めないという主張が思いつかなかった。参考になります

◇何か読みづらかった!(俺も書きづらかったんであれなんだけど)

◇これたぶん違法論⇒適法論⇒私見っていう形で書けって問題じゃなく、私見だけを論じなさいって問題だったらここまで読みづらくならなかったと思う。俺もちょっと訓練しなきゃなと思った。

違法適法論で判断枠組みを変えると(内容の成否は措いておいて)読みづらいな、と思った。

 憲法で、原告被告で違う違憲審査基準使うのやめろみたいなコメントをよく見るけど、あれはこのせいかと思った。

 判断枠組みを争うと、「要件裁量が認められる」「認められない」「認められる」って何度も書かなきゃいけないので字数もったいないなとも思った。

◇全体を通じて「考慮すべきでない」「これを考慮することは他事考慮である」ってあるんだけど、何でだ!ってなった。条文の趣旨を引いて、条文の趣旨がこうだから、これは考慮すべき、これは考慮すべきでないってするといいと思う。

 かとぅーさんはやっぱ上手くて、例えば、都市計画法都市健全の発展を目的としていることを挙げて、経済活性化考慮していいじゃん!ってことを論じてた。

第3 設問3

◇あ、29条3項の趣旨書くのわすれた

趣旨で挙がってた考慮要素は以下。[1] 財産権侵害の重大性、[2] 公用制限としての性格、[3] 土地利用の現況の固定に当たるか否か、[4] 建築制限の内容、[5] 建築制限の期間

侵害行為対象一般的個別的かは決め手にならないぜ!って実感にあったので、「しかし、本件建築制限は~」は要らないかも?

2016-11-30

テレビ

テレビを見るのは1日30分以下。

好きな人ものが出たり紹介される時だけ見るようになった。テレビはそのための道具。

それ以外は見てないし、暇だからテレビつけるってこともめったにない。

以前は共通話題を探るために見ていたけど、

共通話題がなくても、スマホでその場で好きなもの見せて共有できるから、困らない。

テレビで見るのはニュースぐらいかニュースの内容はネットで既に知ってるけど。

ニュースが最大の共通話題、かな。

逃げ恥を知ったのもネットからだけど、

ドラマを好きな誰かが見てたから、話題になったのだろう。

好きなものだけを見る世の中は、

多くの人に共有される話題は、最初個別的な小さなところからしかまらないことが多いのかな。

さなところから始まって、ネット拡散商品コンテンツ購入となるのだろうが。

ドラマに限らず、テレビ無料なのでネットで知った後、足を踏み入れるのは手軽なんだなって思った。

ドラマに関してはテレビのオンエアが初出だし、そういう意味での価値は感じる。

有料なら見ていない。

ただ、ドラマって広告を見てもらうためのコンテンツっていう部分もあり、

コンテンツ自体が見られても、商品の売上に繋がらなきゃ意味ないんだろうなって思う。スポンサーからしたら。

広告に乗せる商品に魅力があるのが大前提だけど。

ネット拡散テレビ拡散お金を出して商品を買うためのハードルってどっちが低いんだろうか。

商品を買ってもらうためには商品を好きもしくは興味を持ってもらわなくちゃならないんだが。

一番のハードルは、

好きなものしか見ない人たちに拡散してもらうために必要な、

商品好きな人たちに好きになってもらえるような商品を産み出せないことか。

ドラマ好きの人に好きになってもらえるようなドラマを産み出せない的な。

2016-11-24

つらつらとあてもなく、一人考える早朝

http://anond.hatelabo.jp/20161123133655

例えば、この映画お題目とした資金調達活動によって、全く別の行為資金が流用されていればそれは倫理的道徳的、下手をすれば法的に問題はあるとは感じるが、

映画プロモートとして監督直々に海外渡航するというのは、映画に関わるり営業活動しか効果的でかつ一種の箔付けとして必要営業なわけで、少なくとも本作品看板としてクラウドファンディングを利用する理由として不適当だとは感じない。

クラウドファンディングとは企画者が背負うには過大な金銭リスクウェブを通した不特定多数人間から資金調達で補うものであり、その有り様は様々とは言え、企画者はもちろん出資者目的は常に小口出資によるプロジェクトの達成にある。

その本質は従来の寄付を拡大する概念であり、いわゆる投資活動の縮小版ではない。いうなれば市場経済的な投資活動以前の経済活動に立ち戻り、それをより現代的に、ICTを駆使してスマートにかつ効率的遂行できるよう発展させたサービスである

すなわち出資額とリターンは必ずしも釣り合う必要はなく、天秤を慮る必要があるとすればプロジェクトに対する出資者価値観と金感覚バランス問題にすぎない。

その上で個別的に、本プロジェクトに立ち戻りリターンについて見てみるが、確かに挙げられたリターンは通常の投資、あるいはよりミクロな購買活動として見た場合やや出資額に対して不釣り合いに思えるところはある。そしてそもそも論としてプロジェクト自体についても、出資者は確かにそのプロジェクト効果を実感しづらいものではある。しか現実としてそれでも本プロジェクト賛同する人間はいて、少なくないお金が集まる。

それは人が単純な利益計算、あるいは市場的な相場判断を超えた部分で経済活動を行うということの端的な表出であろう。既にプロジェクトを完遂したという信頼、そしてその成果が予想を遥かに上回るものであったということに対する一種の追加報酬、そういう経済的理由付けは出来る。しかし、おそらくよりプリミティブな他者への賛意というものがここに、クラウドファンディングと言うものには表れているようにも思う。

さて多少美辞麗句を並べたが、そういったものクラウドファンディングを支えているとして、それが常に正当な結果を生むか、それを超えて経済活動として「正統」であるのか、ということはもちろん言えない。

クラウドファンディングをめぐる騒動は珍しいものではない。先に挙げた詐欺まがいの資金流用と言った犯罪行為はもちろん、犯罪とは言えないがそれこそリターンやプロジェクト自体にまつわる見解の相違はどこにでもある。

それを解消するように各サービスは発展努力をし続けているが、完全に解消させることは困難だろう。

お金の向こうにいるのは常に他者である

少なくともそれを相互に実感する、させられるサービスとしてのクラウドファンディングというものは非常に興味深いものである

2016-09-04

作品のものを見てないとか読んでない「アンチ」って実は多いんじゃ

まり作品のものに触れずとも、それが褒められているという状況があるだけで、人はとある作品に対して不快感を覚えると思う。

ざっと考えてみても、

・1

誰かが何かを好きだと言う←もうこの時点でアンチになる可能性はある。

多くの人が好きだという必要すらない。たったひとりが好きだと言った時点で例えば以下の感情生まれる。

「同じ文脈で褒められるべきだと感じていた他の作品よりorをおいて褒められた不快感

「他の人間自分より目利きとしたくない不快感

「そもそも発話者に対する不快感特定有名人など個人不快感を覚えてたのみならず、例えば「子供」「女」「腐女子」「リア充etc、発話者の属性もフックになる)」

・2

多くの人間が何かを好きだと言っている←上述の要素が多重に重なり合う。

相手が多数になったことによって、基本的不快感が強化される。

「皆もっと褒めるべき自分が好きな作品があるのにそちらは無視されていてる不快感

「皆が褒めてるのに自分だけ乗り切れてない不快感

「そもそもこの、例えばゆとりども、例えばキモオタども、例えば女ども、あるいは例えばリア充ども……が持て囃すくだらないコンテンツが少なからずその範疇にない人間からも褒められているという不快感

・3

ムーヴメントになる←このいわばパンデミックとなった段階で、完全に上の反応は最大限強化されるが、さらにここでもうひとつの要素が付け足される可能性がある。つまり……

「何者か(何者ら)の意思によって、計画的作品価値以上に褒められている不快感

もちろんその事実が正しいか間違っているかは、感情問題なので意味がない。この段階においては、ものすごく安直ながら本人にとってはとても有効カウンターとして機能していると思っているひとつワードによって反論されることがままある。もちろん、そのワードとは「ステマである

そして、別の大きな道がある。それは

・4

多くの人に叩かれている。あるいは、叩かれることがムーヴメントになっている←説明不要だろう。作品のものに触れないアンチを生み出す最大の要因と言ってもいい。

この場合ムーヴメントになった叩かれる作品に対する批判情報が実に多くweb上で蓄積され、単にそれを摂取するだけで何かを嫌いになれる。

その理由を考えてみるに、これは一種の娯楽として成立するからかもしれない。例えば、映画なり漫画なりなんなりに「突っ込みを入れる」「おかしなところ指摘する」「批判する」ような芸を楽しんだことはないだろうか? 情報を集めるにつれ、そんな愉しみを覚えられるのだ……作品のものを見たことがないにも関わらず。批判的な評を見て「逆に見たくなったwwww」のような反応、webで見かけたことはないだろうか?

あるいは他の例を挙げると、その作品ファンによる、「○○厨の悪行」とされる多くは匿名掲示板でこのような言動があったという個別的な事例や、匿名掲示板で報告される散発的なリアルでの振る舞いである。断言するが、それらがすべて事実だとしても、作品のもの評価とは一切関係がない(なお念のため補足しておくが、自分はそのファンに対するアンチに過ぎず作品のものアンチではないとするのであれば、「作品に対するネガティブ評価を表明していない」という条件で射程距離から外しこの増田は完全にあなたを見ていない)。しかし、そんな悪行から不快感を覚えるのことは可能である



ここまでで既に作品に触れないアンチが生まれるが、上述した一点目から三点目と四点目の組み合わせこそが真の「見もしないのにアンチ」が生まれ理由だと思う。即ち、とても流行っているが同時にとても批判されているというコンテンツに対し、前者の「流行っているか不快感を覚え」後者の「不快感を覚える理由摂取」(あるいは逆)するためだ。

そして地獄めいた流れだが、実のところ四点目の叩かれている点が、一点目から三点目を理由とした不快感を前提として収集されたものであるなら? つまり普通なら見過ごすような不快ポイントとされる情報も逃さず摂取するなら?


当たり前に当たり前を重ねた話だが、自分にとって不快ものに付き合うのは、不快なことでやりたくない。

アンチとはそんな時間を経てしまった存在なのかもしれない。そういう人間が多いであろうことはわかる。

だが逆に、別に付き合ってはいないんだけど外部の流れから不快だと判断たから、その不快感を垂れ流す人もいるはずだ。


てーかもっと言うなら、わりと普通にまじめにその作品を受容して端的に駄目だと思ったかアンチになった人って、意外とwebで見られるアンチの人たちのなかから多くないと思うんだよね。それが悪いとは言わないけど。

全くもって実際にまじめに時間を割いたことないけどあらかじめイラっとしたり貶めたくなったりする作品からとりあえずアンチしてるって人、断言するけどかなり多いと思う。

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