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はてなキーワード: かんしゃくとは

2020-01-12

anond:20200112005230

かんしゃくを起こしてしまう、自分思考反省する機会になったのに。残念だ。

2019-12-13

自分がわからない、なおしたい

就職活動の時、自己分析をした。しかし、自己分析を通して発見したのは、「過去自分他人に思える」「自分気持ちがわからない」ということだった。しかし、それらしいことを書いて出したらうまくいったので、「この感覚は私の生活問題ではない」と判断した。

実家帰省した時も同じような感覚に襲われた。昔自分が書いたもの他人のものに思える。高校に遊びに行っても、どこになにがあるかは覚えているのに、ここで3年過ごした自分を実感できない。

それは、私が自身問題の根幹を成している過去をすべて否定し、目をそらしていたことのあらわれにほかならなかったのだと、今は思う。

浮気をして、恋人を傷つけた。私にとって、そばにいる人を何らかの形でどん底に突き落とすことは初めてじゃない。

何が恐ろしいかって、同じ過ちを繰り返すところだ。今度こそ大丈夫、私はまともになった、そう本気で思い込んでいた。それがすべて間違いだったと、こういう形しか気付けなかった。

このことを友人に話したところ、「同じ過ちを繰り返すってことはなにか必ず原因があるはずだ。なんでそうなったと思う?過去について考えたことある?」と聞かれた。

この質問は私にとって目から鱗だった。私は現状の問題過去のせいにするのは、甘えで逃避だと思っていたからだ。だいたいのことは気合で乗り切る。つらくても明るく振る舞う。それが正しいと思っていたから、過去ことなんて、いつもいいことしか振り返らなかった。

「私は親に愛され、なにひとつ不自由なく育った。少し問題はあったけど、それを乗り越えていける家庭だったし、良いことを学んだ」

「私はパニック障害発症したが、それを乗り越えることができた。そのため、パニック障害であったことは過去のことだ」

「私はかつて多くの人を身勝手に傷つけたが、今はもうしない」

「私は友人たちと楽しく生活することができる」

「私の人生は豊かで、今までの失敗はそのためにあった」

マントラを唱えるように私はこれらのことを刷り込んだ。後ろ向きになることは逃避・甘えであり、常に未来をよりよくするために過去は全て封印すべきだと思っていた。しかしそれが重大な過ちであり、結局は自身の抱える問題の根っこを放置して、腐らせていた。

私は過去自分を強く否定して、現状の自分肯定しようとした。その結果、過去現在とのつながりが断ち切られ、自己連続性を失った。

私は過去自分に対して冷たい目線を浴びせ続けた。それが前に進むために必要な「自分に対する厳しさ」であると信じて疑わなかった。

カウンセラーさんはこう言った。「あなたは、過去自分と同じ目に今遭っている人が目の前にいても、その人に対して自分過去に向ける厳しさを同じように向けるの?しないでしょう?他人にしないことを自分にしてはいけない、自分気持ちを抑えるから他人気持ちにも鈍感になる。過去自分を抱きしめてあげなさい」

抱きしめる?過去自分を?抱きしめるに値しない、罪深い自分を?それがなんの解決になるの?

その瞬間、頭の中にはっきりとヴィジョンが見えた。高校生の自分中学生自分小学生自分。こんなことは初めてだった。

彼らの報われない思いが、私には耐え難かった。それは、私の根っこだったから。それを無視すれば、健常者としてやっていけるんだと思っていた。

小さい頃について、思い出すのは、お母さんが私のことを「かわいい」とたくさん言ってくれた記憶。でもそれは、珍しいことだったから心に残っていたのかもしれない。彼女は病に伏せっていて、感情の起伏が激しかった。私は、彼女彼女なりに努力し、苦しんでいたから、あのとき優しくしてほしかった、と求めるのは彼女否定するようで嫌だった。そんな感情を持つ自分は優しさにかけていると思っていた。

カウンセラーさんは「あなたの言う通り、お母さまは悪くないし、仕方がなかったことだけれど、あなたが寂しいと思った気持ちまでは否定してはいけない」と言った。まだ腑に落ちていないし、怖いからあまり考えたくない。

弟が生まれた。年の離れた、かわいい弟。私は弟の世話にのめり込んだ。自分の中で初めてわいた、血の繋がったまだ弱い存在へのとめどない愛情。それは劇的で、強烈だった。

そのとき子供なりに思った。「私は愛されるんじゃなく、愛す側なのだ」と。愛をもらう側じゃなく与える側の使命があって、こうなっているんだ、それはきっといいことだ、と納得した。弟は、ほんとうに、ほんとうに可愛くて、たまらなかった。

中学生の頃に、特発性過眠症になった。居眠りを繰り返してしまうが、成績は下げたくなかったので、勉強を頑張った。けれど、職員室で「そんな病気ほんとうにあるの?」と笑われた。意欲・関心・態度は最後までBだった。ジョーカー観た時、警察にそんな病気あるの?ってジョーカーが言われるシーン、その時のことを思いだして泣きそうになったな。

話は飛んで、あれは高校1年生の頃だった。突然私はパニック障害になった。ほんとうに、突然だった。過眠症は薬も処方されて改善に向かい友達もできて、彼氏もいて、部活も楽しくて、とてもいい感じだったのに、急にすべてが壊れた。

母は私の発作を思春期特有不安定さとみなし、「病院なんてとんでもない。寝て治しなさい」と言った。家にいてもずっと不安で逃げ場がなかった。

今なら、彼女がなぜそんなことを言ったのかわかる。自分と同じ運命をたどる娘を「異常」とみなしてしまえば、自分も異常者になってしまうから…だから彼女は悪くないんだ。彼女は精一杯やっていた。

でも私は、ほんとうは、とてもとても辛かった。誰も味方がいなかった。とうぜん高校生同士の恋愛なので彼氏もいなくなった。部活もやめなきゃいけなかった。友達とも接することができなくなった。なんで?とずっと思っていた。ようやくかかりつけの小児科ソラナックスを処方されたが、ずっと不安定だった。助けてほしい、助けがほしい。

私は、これらの気持ちを全て否定することになった。なぜなら、私はこの感情に振り回された挙句、過ちを犯したからだ。感情暴走するから誤る。ならば、感情をなくせばいい。そう思った。それはある程度は上手くいったのだ。

パニックは昼夜関係なく何度も私を襲った。安心できる時間ひとつもなかった。私が助けを求めたのは、男性だった。性行為をしている間もずっと怖かったが、ひとりぼっちよりましだった。

「助けてあげる」と言われてついて行ってしまった。いけないことだとわかっているのに、やめられなかった。次第に、私はこの関係肯定するようになった。生きるために必要なんだ、間違っていないんだ、と思い込むようになった。

そこから、私は人の感情を利用する癖ができた。「女」であることを供給すれば、愛されるんだ、と思った。小さい頃可愛がられたかった気持ちや、パニック孤独だったこと、過眠症という理解されづらい病気も、すべて恋愛感情といフィルターを通してならどうでもよくしてくれるみたいに感じられた。私が弱ければ弱いほど、みんな心配してのめり込んでくれた。

私は当然まともな関係を築けなかった。急に嫌悪感を抱いたり、うっとうしくなったりして、相手を突き放した。悪いことだとわかっていた。私の行動は変わらなかった。

大学生になってうつ病になり、ますます生活が困難になって、当時の恋人にかなり依存して生きていた。生活能力は皆無だった。そのことで自分を責めた。やつあたりもした。彼に世話をされるたびに、「私が何もできないことを本当は馬鹿にしているくせに!」と泣きじゃくって困らせた。認知が歪んでいた。彼を突き放してまた複数人間関係を持ち、試し行為を繰り返し、失敗し、変わりたい、と何度も思い、変われなかった。

私は、これらのことに一番蓋をしている。不安定だった自分も全て蓋をしている。この経験をどうこう思う以前に、なかったことにしたがっていた。精神的に不安定自分も、全て否定した。

から私は変わらなかった。表面上はニコニコとしていても、ずっと影は付いて回っていた。「私は大丈夫、もうまともになった」何度も何度も思い込んで、実際それは、途中まではうまくいっていたように錯覚された。ほんとうはずっと、ゆがんでいたのだ。

うつ病が治って、しばらく安定していた。この間に、社会生活での困難はほとんど解決された。ようやくまともになってきた、と思った。やがて恋人ができた。弟に感じていた愛情に近いものがあった。なんでもしてあげたかった。でも、相手を大切にしていたつもりで、その根底にはやっぱり見捨てられたくないという気持ちがあった。

私は過去を笑い飛ばしながら話した。こうやってあったことを矮小化して、強い自分を示したかった。そんな自分恋人が眉をひそめているのにも、私は気づかなかった。

私は最後まで、高校生の時のことは話せなかった。

浮気が発覚して、「化けの皮が剥がれた」と彼は私を表現した。その通りだった。私は元から人を愛せないのだ。無理をして軋んだ自分を埋めるように、酒を浴びるように飲み、過食し、そして再び不貞行為をした。私は何も変わらなかった。それどころか、より残酷な化け物に進化した。

人と親密になり、尽くしてやり、コミュニケーション能力を磨き、知識を貯め、あの手この手で、恋愛に限らず、すべての人間関係を求めた。たくさんの友達を作ってそばに置いた。とても満たされていた。

このことで、もっとも近しい人を最悪の形でどん底に突き落とす自分の加害性は、より際立つ結果となったと思う。

私はずっとずっと前から自分の加害性に気づいていたのに、愛されたくてそれを隠す努力ばかりしていて、加害性そのものをどうにかしようとは思わなかったのだ。勉強したり、化粧を覚えたり、流行りの歌を歌えるようになったり、接客コミュニケーションを磨いたり、そういったことが正しい努力だと思っていた。違った。しかし、努力しているか大丈夫、私は治った。もうひどいことなんてしない。そう慢心した。

不安定な時は一瞬で滑り落ちるようで、気づけば元の木阿弥だった。

そういえば、「コンビニ人間」について彼と話した時に、意見が真っ二つに別れた。彼はあれをバッドエンド寄りの解釈をして、私はすばらしいハッピーエンドだと思ったのだ。あんなに素敵な話はないと思っていた。リトマス紙のように、私たちの住む世界がまるで違うことを、あの小説は示していた。

カウンセリングや友人との対話を通して、私にとても似た精神疾患があることを教えてもらった。17歳のカルテのスザンナと同じ病気17歳のカルテを見た時は、スザンナと私は全然似ていないと思ったし、その時興味を持って調べてみた時も、こんな人もいるんだな、と思っただけだった。

真夜中のパーティのシーン、スザンナのカルテにはこう書いてあった。

自己像 関係 気分の不安定目標不明確 衝動的。自傷行為 カジュアルセックス反社会性と悲観的態度が顕著である

どうしてこれをみてさえ、あの時の私は、これが自分と似てないと言えたんだろうか、何だか笑ってしまう。

それはやっぱり、自分とぜんぜん向き合ってなかったし、そもそも自分がなんなのかもわからなかったからだと思う。

実際のところにているだけで全然違うのかもしれないし、わかったところでなにかが解決することでもない。

ただ、私が住んでいる、この無限に先送りされる世界感は、どうしようもなく加害的で、ちゃんと生きるためにはそれなりの時間と、努力と、誰かの知恵が必要タイプ問題だったということはわかった。それを矮小化して、根性論自分押し付けて、ひとりでやろうとしたから、私は自分の歩く道と、そこにたまたまいただけの罪のない人を焼き払ったのだ。

私は怖い。友達はいまでも私に寄り添ってくれるが、友達わたしに「あなたの好き」と言ってくれる部分さえ、もしかしたら、こうした歪みや病理の表出でしかないのだとしたら?すべてがひっくり返ってしまう。私ってなんだろう。

私にチャンスはもうないかもしれない。チャンスがあったとして、それに縋る資格すらないのかもしれない。私はそれでも、まともに誰かを愛せる自分になりたい、と、まだ、こんなになってさえ思ってしまう。

くじけそうになったとき自分がわからなくなった時に戻ってこれるように、増田にそっと流す。

対人関係自己像、感情などの不安定性及び著しい衝動性の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。

以下のうち5つ(或いはそれ以上)によって示される。

1. 現実的に、又は、想像の中で見捨てられることを避けようとする 「なりふりかまわない努力」(見捨てられ不安

2. 理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる、不安定で激しい対人関係様式

3. 同一性障害:著明で持続的な不安定自己像又は自己

4. 自己を傷つける可能性のある衝動性で、少なくとも、2つの領域にわたるもの

(例:浪費、性行為物質乱用、無謀な運転、無茶食い)

5. 自殺の行動、素振り、脅し、又は自傷行為の繰り返し

6. 顕著な気分反応性による感情不安定

(例:通常は2~3時間持続し、2~3日以上持続することは稀な、エピソード的に起こる強い不快気分、苛立たしさ、又は不安

7. 慢性的空虚

8. 不適切で激しい怒り、又は、怒りの制御の困難

(例:しばしば、かんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いの喧嘩を繰り返す)

9. 一過性ストレス関連性の妄想観念、又は重篤な「解離性症状」 (注2)

2019-12-11

変な話だが こちらの新商品はいかがでしょうか?とか聞かれるくらいなら

ほしいものを売るためにはこれも買ってくれセット販売だといわれたほうがマシ

4月5月ならわかるが12月に聞かれるともうだめだろうなと思う。

向精神薬の量が増える

だいぶ視力も悪くなった

味覚ももうだめだろう

そうなると

あの人はかんしゃくもちだからかいわれて自由を拘束される

どんどん

なにがあってもおまえのいうとおりにはしないぞ、わずかでもかえてやるというひとが

ちょっとでも返させろと暴力を振るう

2019-11-10

1歳半の育児中だけど限界を感じる

子供1歳半。夫は平日は帰宅が遅く戦力外、土日も時々出勤あり。土日休みの日は家事子供相手もしてくれてありがたいけど、それでも最近限界…と思うことが多い。

子供が成長してきたからか自己主張が激しくなって、やりたくないことは全力拒否自転車に乗りたくない、オムツを変えたくない、ごはんを食べたくない…。嫌なことがあるとかんしゃくも。

いつも仕事から帰って保育園にお迎えに行って、夕食を作って食べさせて、お風呂に入れて寝かしつけ。正直、毎日エネルギー切れでぎりぎりでやってる。夕食もゆっくり作れなくて、ここに書いたら引かれそうなほど簡単ものだけ。

今日は夫が休日出勤ワンオペ疲れた明日からワンオペの一週間と思うと限界を感じる。

2019-05-09

抱えたルサンチマンはいずれ爆発する

こんにちは、特技は逆張り愚痴投稿へのうんち塗りつけと嘘松認定座右の銘は『下衆の勘繰り』と『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』のミソジニーネトウヨキモオタKKO増田です

皆さん、何かしらマイナスを抱えてますね?私は勿論抱えてます、もう特濃の淀みをば

私の場合匿名ゲスい本性を四方八方へ撒き散らし、周囲にヘイト不快感を植え付けることでなんとか抑えております、抑えられてないですね

要は赤ちゃんが泣くのと同じです、もう死んだほうが良いですね?

ところがたまり続ける悪意と憎悪負け犬根性は限りなく、小出しにしてガス抜きしても追いつかないのですわ、しかして俺は残念ながら低能先生のように一線を超える勇気すらない

つのは己のルサンチマンに脳を潰され発狂か、突発的自殺じゃないでしょうか、人間かんしゃく玉でつね







たすけて、こころをきれいにするおくすりちょうだい、さいみんじゅつかけてせいかくかえて

2019-01-16

anond:20190116001405

ラーメン食ってるおじさんに死んでくれと祈ったり、恋愛特有かんしゃくに死んでくれと祈ったり、いろんな呪術師がいますね。

毎日おうち帰ってきたら呪い儀式やらないとやってらんないのは大変です。おかえり!お風呂にする?呪術にする?

2018-11-28

「AならばB」と「BならばA」を混同する奴はてブに多すぎ問題

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1292414

ADHDの人のかばんって大抵こういうの入ってるよね」っていうあるあるを何故か「かばんにこういうのが入ってる人はADHD」と取って

「みんな入ってるだろ」「ADHD関係ないだろ」とか反論を始める馬鹿が多すぎる


なんか既視感あるなと思ったらこれとか

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/822883

発達障害児ゲームに負けるとかんしゃくを起こしやすい」のでそれに対する対処を述べてるのに対してなぜか

ゲームに負けてかんしゃくを起こすのは発達障害」と取って反論してる馬鹿が多数


こんな論理の初歩の初歩も理解してない奴らがごろごろいるはてブマジでヤバくね?

2018-10-27

俺は障害者が大嫌いだ

タイトルの通り、俺は障害者が大嫌いだ。嫌いになったきっかけが2つある。

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1. 小学生時代

一学年10人程度の小さな小学校に通っていたが、一学年上に言語能力問題を持った障害者(A)がいた。

周りの奴らが優しい奴ばかりだったから、特に障害を持っているからといって見下したり貶したりしていなかった、そう接するのが正しいんだなと思って俺も雰囲気でそうしていた。

小4のある日、Aと話していて急に大声で怒鳴られ、体格の良かったAに突き飛ばされた。正直詳しく何があったかは覚えてないが、いきなり顔つきが豹変して怒鳴りだしたときの顔は覚えている。

そこから先生や親と話し合いになったが、なんとなく「まぁAはちょっと普通の子とは違うからしょうがないよね、増田も許してあげてね」的な結論になった。Aは心のこもってない「ごめんね」を言い、先生も親もも解散ですかねみたいな雰囲気だった。

俺は「あんなに怖かったのに許してあげてねで済ませてほしくない」みたいなことだったと思う。そのときの「ハァ何言ってんだコイツ」みたいな先生の顔を見て、小学生だった俺は「何やっても周りは障害者の味方すんだな」と思った。

2. 大学時代

今の話だ。地元田舎から都会に出て大学院生をやっている。都会といっても中心部から電車で30分も行けば住宅街の広がる街になる。割と夢だったひとり暮らし満喫しているが、最近同じアパートに住む斜め向かいの1人の住人(B)に悩まされている。

そいつは40〜50代くらいのおっさんでら俺が引っ越してきた4年前には既に居たと思う。たまにすれ違うことがあっても帽子を目深に被って明らかに目を合わせないようにされていた。

ここ1年くらいだろうか、夜に家で作業をしているときに、外から怒号が聞こえてきた。言い合いをしているという感じではなく、誰か1人吠えてる感じだ。なんか気味が悪いなと思っていた。

そこから気にしだしたせいもあるだろうが、怒号聞こえる回数が増えた。ドアは開けなかったが夜中3時にゲームをしてる時、昼過ぎ作業をしてるときちょっと早く目が覚めた朝6時、夜10時過ぎに宅飲みをしてる時など、時間を問わず5〜15分くらい怒号が悪いな聞こえるのだ。それがひどいときには1日1回は聞こえるようになっていた。

ある時恐る恐る外に出てどこから聞こえるか確認したところ、Bが住んでいる部屋の中からだった。大家さんにどうにかできないか相談したが、「張り紙を貼ったり何度も注意はしてるんだけどねぇ、あの人ちょっとかんしゃく持ってるっぽいしねぇ」とぼかされる。

今年の夏、やけに大きい音で聞こえてくるなと思ったときがあり、Bの部屋を見てみると、ドアを開けて怒鳴っていた。本当にブチ切れそうになった俺は警察を呼んで注意してもらうことにした。10分ほどで警察が来て、注意をしたあと(その注意の仕方もヒドかったが)周りの住民への聞き込みだろうか、俺の部屋へ来たので少し話した。「ずっとうるさいんでなんとか対処できませゆか、退去させるとか」と言ったが「いやぁたぶん彼、障害持ってるっぽいからねぇ、また声が大きいとかあったら教えてよ」とこちらもはぐらかしてくる様子。(そんなん言うたら毎日来てもらうことになるけどええんかと言いたかった)

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俺は障害者ってのはある程度好き勝手振る舞って周りに迷惑をかけても許されるもんだと思っている。だから障害者が嫌いだ。

サンプル数2で語るな」と言われると思う。もちろん全ての障害を持った人がこうだとは思っていない。しか人生2十数年そんなに障害を持った人と接することはないし、パラ五輪目指して頑張る人など人間的によくできた人ってのは一部だと思うし所詮テレビの中だけの存在だと思っている。もし次何かの機会で障害を持った人と会うときは少なからず悪いイメージを持って接すると思う。

頼むから次に会う障害者には迷惑をかけられたくない。

2018-10-03

anond:20181003232434

・「皇帝帝王はそういう立場役割である

 「それは名乗りが神でも人でも変わらない」

 これは事実

 反論があるならすれば良いけれども君は出来てない。


反論も出来ずに「それは願望だ!」は成り立たない。


・付き合いきれないのはこちらの方。

 馬鹿馬鹿を言ってるからボランティアで教導したまで。

 向上心すらなくかんしゃくを起こすならそれまで。

2018-07-27

anond:20180727212632

雑談で、母親更年期障害で手がつけられなくてかなり大変でしたよ

と聞いた同僚が人間かんしゃく玉みたいな奴だったな

(お前もだよ・・・)と心の中で思ったものだが

あいうのは遺伝なのかなあと思った

2018-07-12

友達市民団体トップだった

幼稚園の頃に仲が良かった同級生(A)が市民団体トップを張ってた。いわゆる発起人だ。

Aと遊ぶときは決まってぼくの家だった。Aはかんしゃく持ちで、少しでも気に食わないことがあると暴れた。幼稚園児にしてまさか出禁を喰らうが、そのたびに「ごめんなさい」と詫びを入れてきた。

小中も一緒だったけど、クラスが違うので疎遠になった。傍から見てるとAはいじめられっ子というより珍獣的なポジションやんちゃ同級生がAをわざと怒らせて楽しんでいた。指相撲に負けて学校の壁に穴を開けたこともある。

その後は交流が完全に途絶えた。ある日ふとAのことが気になってフルネームでググってみると、タイトルの通り。9条を守る!脱原発差別反対!自民政権は許さない!といった具合。ことさら差別に関してAの個人的言及は凄まじい。

Aは、生きがいを見つけたのだと思った。Aが認めてもらえる場所は、そこにしかなかったとも思えた。また、自分の痛みを政治批判にすげ替えている。彼はよりよい日本を目指しているのではなく、自分の痛みを知ってほしいだけなのだ

市民団体はよく絵空事を抜かす節がある。政治批判をしても代替案が欠如している。あからさまな無茶ぶりだ。だけど、彼らにとってそれはどうでもいいことなである無意識下で、政治自分の痛みをのせている。抑圧された幼少期だったり、Aのようであったり。何も聞き入れてくれなかった親や世間の代わり。単純な憎悪。ぼくらは、彼らの痛みを、政治というフィルターを通して聞いているだけ。

そんなことを考えたとき市民団体の無茶な主張に、はじめて合点がいった。

2018-04-18

さびさに風邪をひいた

38度2分。

熱のせいかひざが痛い。背中はゾクゾクしてる。

幼稚園のお迎えから帰って、お昼用意したところでダウンした。

入園したての子供は、まだ慣れてないせいもあってママにベッタリ。

いつもなら落ち着くまで抱っこしたり、一緒に遊んだりするけど、今日は何もしてあげられない。


もうろうとしたままソファに寝転んだ。

その状態で、旦那に夕飯の用意ができないから外で食べてきてとメッセージを送った時、かんしゃくを起こした子供が、おもちゃ箱をひっくり返して泣き出した。

こりゃダメだなと思って、何もかもを放りだし、子供を連れて布団に入った。


鼻が詰まって苦しいと思いながら寝ていたんだけど、トントンと叩かれて目を開けたら旦那がいた。

あれ、もう夜?

そんなに寝ちゃったのかと勘違いしてパニクってたら、「ポカリオレンジジュースお茶。どれがいい?」って聞いてきたので、反射的に「ポカリ」と答えた。


すぐポカリを入れてくれた旦那に「どうしたの?」って聞いたら「しんどそうだから回帰ってきた」と。

テーブルの上にあったビニル袋には、おかゆスープはるさめカップ麺が入ってた。

そのあと旦那は、家で少し仕事をして、風邪薬買いに行ってから仕事に戻っていった。


昼寝前は怪獣だった子供は、パパの顔を見て落ち着いたようで、いまは大人しく遊んでいる。


かなりしんどかったから、帰ってきてくれてうれしかった。

旦那ありがとうね。

2017-12-27

文章が非常に読みづらかったのでhagex氏を見習って朱を入れてみた

いつも未来に驚かされていたい:『WIRED日本版プリント刊行休止に関するお知らせ

コンデナスト・ジャパンが発行する雑誌WIRED日本版は、2017年12月9日発行のVOL.30を最後に、刊行を休止いたします。読者の皆さま、定期購読者の皆さまへ、編集長若林から休刊と退任のご案内です。

──『WIRED日本版プリント版はどうなるのでしょうか?

少なくとも2018年3月発売号は刊行いたしません。その時点で定期購読も終了し、定期購読いただいている読者の皆さまにはは返金させていただきます。現時点では、プリント版の継続については白紙となっています

──なぜ休刊するのでしょうか。

ぼくが編集長を退任することになったからです。

──退任されるんですね!なぜ編集長の交代ではなく、休刊なのでしょうか?

会社判断です。

──編集長を退任する理由は?

ぼくが短気を起こしました。

──短気を起こして編集長を辞めるなんて……。

ぼくは子どものころから癇癪(かんしゃく)もちで、40歳を超えたあたりから、その沸点がどんどん低くなってきて。とはいっても、クオリティについて真剣に考えると怒らないわけにはいかない。相手が誰であれ。そうしたら、なぜか最近、やたらと「アンガーマネジメント」に関するメールが来るようになりました(笑)

──40歳を超えて短気というのも困りものですね。

この間「おっさんの話」というテーマウェブ記事に書いたんですが、あの半分は自分の話です(笑)

──いきなり休刊とは、急な話ですね。

外資会社ですから契約が切れる5営業日前に通達があって、休刊が決まりました。とはいえ、プリント版の一時休止と定期購読の停止については、なるべく早く読者の皆さんにアナウンスしなければならないので、急いでこの原稿を作ることになったんです。「最後おつとめ」ですね。

【一周した感じ】

──最終号はちょうど30号できりがいいように感じますね。

ぼくが編集長として携わったのは、30号のうち実質28号分ですね。結果としては良い区切りだったのかもしれません。最後特集は「アイデンティティ」で、自分の役目はおしまいです。特にこの2年くらいは、特集がそれぞれ単体として存在するというよりは、「一連の流れ」のようになっていて、どんどん深みにハマっている感じはありましたし、途中からは『WIRED』のテーマであるはずのテクノロジー話題ですらなくなってきていましたし(苦笑)。

──確かにアイデンティティ」という特集デッドエンドのような趣があります

そう設計したというよりは、どんぶらこと流れに乗っていたら流れ着いてしまったという感じなんですけどね。

──次号以降の特集ラインアップなどは既に決まっていたんですか?

もちろんやりたいことはいっぱいありました。次号は「発注」というテーマでやろうとしていましたし、その後は「ロボット」「物流」「ニュー・アナログ」というテーマプロットはしていました。あと、2017年に「アフリカ特集でやったようなことを、コーカサス地方に置き換えてやれないかな、と。

──突然「コーカサス」ですか?

他にはアルメニアジョージアアゼルバイジャンなどですね。テクノロジー面でも進んでいると聞きますし、地政学的にも面白いエリアから、取り上げたいと思っていました。

──雑誌としては売れ行きがよくなさそうな特集ですね(苦笑)。

そうですか? 定期購読も順調に増えてきていましたし、広告もうまく回り始めて、全体としてビジネスのものはかなり好調になっていたんです。

──新事業にも取り組んでいたように思います

2017年から本格的に始めた旅のプログラムWIRED Real World」というものがあるんですが、これは本当に面白いんですよ。参加してくれるお客さまも面白い。お客さま同士で新たなプロジェクトが生まれたり、参加してくれた方々からお仕事をいただくようになったり。かなりグルーヴ感がありました。それをちゃんと育て上げられずに終わるのは、残念といえば残念です。そういう面白い人たちと一緒にコーカサスに行ったらきっと面白くなると思っていたんですけどね。とはいコミュニティは残るので、継続してみんなでわいわいやれるといいなと思っています

──コンサルティングスクール運営していましたね。

はい。どの事業もお客さまは本当に面白い方ばかりでした。そういう方々のために、結構苦労してノウハウを積み重ねて、やっとビジネスとしても芽が出るところでしたね。毎年秋に実施していた「WIREDカンファレンス」も、年々企画の精度が上がっていて、自分で言うのもなんですが、2017年は驚くくらい面白い内容にできたんです。

──ただ、いわゆる「テックイノベーションからは外れている感じですよね。

周りから唐突に見えたかもしれませんね。そうはいっても、「注目のスタートアップ情報」などを最初から重点的に掲載してきたわけではありません。「死」「ことば」などの切り口は継続して存在していましたし。

──そうですね。

その上、ある時期からスタートアップわっしょい!」のような気分も収束し始めて、面白い話も大して出てこなくなってきていたと思いますシリコンバレートランプ米大統領就任以降、完全に逆風を受けてしまっているし、AI自律走行車などの話も、いよいよ実装の段階になってくると、完全に政治法律の話になってしまうので。

──それで飽きてしまったということでしょうか?

そうではなくて、時代が大きくまた変わろうとしているということだと思います。おそらく『WIRED』の発行元であるアメリカのコンデナストを見てみても、時代フロントラインにいるのは『Teen Vogue』なんですよね。LGBTQメディア『them.』がローンチされたり、『Vogue』が『VICE』と組んだり。それ以外でも、「アイデンティティ特集でも紹介した『Refinery29』のようなファッションカルチャーメディアが旧来のメディアエスタブリッシュメントを圧して、新しい言論空間になり始めているという、面白い状況にあります

──なるほど。

デジタルイノベーションデジタルメディアのダウンサイドが明らかになってきた中で、それを突破するために必要なのは、やっぱり新しいカルチャーをどう作っていくのか、という話じゃないかと。そういう意味でいうと、結局いま面白いのってインディーズブランドミュージシャンクリエイター同士のオーガニックなつながりみたいなことだったりするわけです。技術がどうこうという話だけではどこにも行かない、という感じが、もうここ3年くらいずっとありますね。

──AIだ、ロボットだ、ブロックチェーンだ、VRだって、だいぶ前から要件は出揃っていて、それではそこからどうするのか?という感じでしょうか。

そう思いませんか?

──何かが一周した感じはあります

2017年は、SXSWTwitterが「アプリ大賞」を取ってからちょうど10年目です。その間、いろいろな期待、それこそアラブの春や、日本でも東日本大震災を経て、デジタルテクノロジーによって民主化された「よりよい世界」が夢見られてきたわけですが、そう簡単世界は変わりません。むしろ、新しい困難が出てきてしまった。しかもそれは、テックでは解決できない困難だということも明らかになってきています。問い自体が、より複雑な人文的なものになってきているから、哲学アートファッション音楽文学などは、いまの時代本当に大事だと思うんです。

──『WIRED』では「テクノロジーだ」「未来だ」と取り上げていませんでしたか

でも、そう言ってきたのと同じ分、「テクノロジー」という言葉も「未来」という言葉も好きじゃないということも言ってきたつもりです。「未来」というコンセプト自体が、いか20世紀的なものか、ということについてもずいぶん語ってきました。

──それは冗談だと受け止められていたんじゃないでしょうか?

変な言い方になりますが、「未来」というもの捉え方を変えることでしか、新しい未来は見えてこない。それが、端的に言うと『WIRED』で考えようとしてきたことだったはずだったんです。

──お疲れ様でした。

2017-10-03

校長は正しい」-授業中暴行高校生校長声明に関する一見

http://b.hatena.ne.jp/entry/hakata.ed.jp/highschool/_common/pdf/20171002.pdf

について。校長文章に不可解さを覚えている人が多数いるようなので解説してみたい。結論から言えば、「SNSにアップした生徒を更に強く指導する必要がある」という見解は十分ありうる。というか、教育現場判断としては十分正しい。

今回の件、講師が新任だということで納得したが、一般人として見るなら大変気の毒な先生に見えるとは思うが、教員として見るならあの対応は未熟の誹りを免れない。動画を見る限り、クレームをつけている生徒を無視して授業を継続しようとしているようだが、実際に店舗などでクレーム対応従事した経験のある人なら分かるとおり、この「黙殺」という対応は悪手だ。相手社会的経験を積み忍耐力が十分以上にあることを期待できるかあるいは力関係で圧倒的に弱い相手に対してなら有効かもしれないが、いきり立って席を立ち教壇までやってくる生徒には、明らかにそのどちらも期待できない。ここは、少なくとも授業を止めて相手と向き合い、一対一で目を見て、相手椅子に座るよう指示し、その上で話すなどの対応必要だった。にも関わらず、相手黙殺した上に、背中まで向けるとは!!

…そこから見るに、今回の件は、おそらく普段人間関係などからくる油断もあったのだろう。生徒も、怒りに我を忘れて暴力をふるうというよりは、ただ駄々っ子が親に手を挙げるような甘えたつっかかり方に見える。このことから普段から冗談に任せるように背中を叩いたりパンチの真似をしたり(そういうことをさせては絶対にいけないが)するようなコミュニケーションがこの二人の間にあったのではないか想像する。講師の側では生徒とコミュニケーションをとっていたつもりだったかもしれないが、それは実はマウンティングである。生徒の中には、「相互に信頼や敬意を持ち合う」といった人間関係形成できず、ただ身分上下や力の強弱といった人間関係しか理解できない生徒もいる。新任(身分が低そう)や気の弱そう(力が弱そう)な「センセイ」に、からかうようにマウンティングしかけてくるのは、大体そういう生徒だ。そして、それは今回のようにエスカレートしたとき暴力事象」として大事になってしまう。が、本人としては普段マウンティングが少し行きすぎたという程度のつもりなので、改めて「暴力をふるった」と言われても十分指導が行き届かない。想像ものを言うことにはなるが、こういう場合も、実は指導者の側の未熟のためにこういう事態に立ち至っているのである

ここまで述べたことは、この講師先生を責めたいという趣旨ではない。本来責任を負うべき立場にはない講師先生がこういう生徒に対応しなければならないほど大変な現場なのだろうし、それだけに教諭管理職の方々は、いっそう忸怩たる思いでこの事件を受け止めているのではないかということを言いたいのだ。

今回の動画を見て、大半の方は「修羅の国暴力教室」みたいなイメージを受けたのだろうか? 警察沙汰しろ、とか、厳しく現実を教えるべき、みたいな意見を見るに、多分そうなのだろう。だが、個人的にはこれは「やや指導規律の甘い学校で、かつ講師若いため生徒をコントロールし切れていない教室の状況」であり、極論すれば「ごくありふれた」日本高校の一風景に過ぎないように感じる。全国どこでも、学校指導規律が数年間甘くなり、そこに生徒をコントロールし切れない(個人資質能力だけでなく「講師」や「新任」という肩書きも含め)教員が配置されれば、簡単にこの風景は現出する。おそらく生徒指導プロフェッショナル先生なら、このビデオを見て「そりゃそうなるだろうよ」と思ったことだろう。

要するに、これは「起こりうる/よくあること」なのだ。この生徒は持って行きようによってはまだ「なんとかなった」生徒だし、教員も「もう少しなんとかしないといけない」、その意味忸怩たる思いを抱える、それが教育関係者の実感ではないだろうか。これは「教育悲惨な現状」などではなく、いわば「ケアレスミス」に近い、教育現場によくある失敗の一事例なのだ自分自身ちょっとした認識の甘さ、生徒把握の甘さ、指導規律の緩み、態度や言葉の綾のせいで、大丈夫だと思って対応していた生徒が突然牙を剥いてきて、あわや大事になりかけて慌てる……それなりに経験のある教育関係者なら、一度や二度は目にし経験しもしてきた風景なのではないだろうか。

そう考えるなら、教育関係者目線が、暴力を振るった生徒と講師の方にではなく、今度は周囲でこれを笑っている生徒たち、そしてビデオ撮影ネットにアップした生徒、そちらにある大きな問題に向かっていく、ということも理解できるのではないか。なぜか。まず笑っている生徒たちは、激昂している彼が「次に何かしたら退学」と言われていることくらい知っていただろう(そういう話を内にとどめておくことの出来る子はああいう荒れ方をしない)。多少荒れた学校であっても、そういう生徒が教員につっかかっていったら、普通は何人かの生徒がそれを止めに入らなくてはいけない。なのに、止めるどころか「笑って放置」されている。つまり、彼はクラスメイトに完全に見放されているということだし、クラスメイトはそんな彼が高校をやめることになるだろう状況を見て無視ならまだしも冷笑し、(こう言ってよければ)自分たちの気晴らしネタとして消費している。クラスがこのような状況にあるというのは、率直に言って担任によるクラス運営の失敗だ。あのクラス担任は今頃泣きたい気持ちでいると思う。「あの教室の生徒全員を指導しなくてはいけない」と喝破したブコメもあったが、おそらく教育関係者と推察するその意見、真にもっとである。少なくとも、あの場に自分の子どもが座っていると想像したら、誰しも自分の子育ての失敗を真剣に疑うのではないだろうか。

そうして、件のSNS投稿した生徒である。彼のことを「内部告発者」扱いしている人が多いが、これは失礼ながらただ事件を外部から眺めているだけの立場から意見と感じる。この生徒は、上に上げたようなクラスの一員であって部外者ではない。彼はこの状況を、他のクラスメイトのように無視し冷笑するにとどまらず、積極的ネタとしてインターネットに放流したのであるネタとしてそれが炎上するであろうことは想像に難くない。単純にその場でネタとして消費する以上にやっていることは悪質である。それだけではない。彼はその行為によって、暴力を振るった生徒の退学を世間宣伝し、振るわれている教員晒し者にし、それらをネタとして消費しているクラスクラスメイトの退廃を笑いものにしているのであるしか自分は姿を見せずに)。彼が善意の人であることは期待できない。なぜなら、彼もまた、使うはずのない授業中にiPad自分スマホを取り出して撮影しているのであるから自分のやっていることは件の生徒と同じ行為だということを、彼が認識していないはずがないかである。その意味で、この生徒はそもそも件の生徒を馬鹿にしたり批判したりする立場には全くない。にも関わらず、暴力をふるった生徒、教員クラスメイトを嘲り傷つけるような行為を行っていることになるのだ。

このことを彼が自覚しているかどうか分からない。だが、自覚していようがしていまいが、彼のやったことはそういう行為だということに「なる」。彼はこの後も学校生活普通に送るはずだが、それだけに、自分がどのような行為をしたことに「なる」のか、厳しく彼には自覚を求める必要がある。でないと、クラスメイト、退学になった生徒、そして件の教員が彼をどういう目で見るか、理解できないことになってしまう。

我慢の効かない子ども保護者かんしゃくをぶつける行為と、一時のかんしゃく世間永遠にさらして笑いものにする行為と、どちらが罪深いか? 人によって感じる罪の軽重には差があるかもしれないが、「より自覚が少ない」という意味で、後者をより「厳しく指導」することは、教育判断としては十分ありうることである。でないと、この生徒のこの後の学校生活は真に悲惨ものになりかねない。

以上を踏まえて、考えてみるとどうなるだろうか。校長的外れだとか、更には「馬鹿」だとか気楽に罵っている方々には、こういう教育現場の緊迫感は遠い世界の話なのだろうとは思うが、今回の件に関する学校この声から事件の正確な分析、原因への理解とともに、今後行うべき対応をしっかりと考えていることが伝わってくるのではないだろうか。更に言えば、上で上げたような事件発生への「無念さ」も。それと共に、このようにモノがよく分かっている人がいてもこういう事件が起こってしまうほど、学校が大変な状況にあることについて、どうしていけばいいのか少しだけでも考える人が出てくれれば、この文章を書いた意義があったことになる。

今回の件は、大事にするような話ではないし、できれば速やかに消え去ってくれればよい。暴力を振るった生徒、振るわれた先生だけでなく、あのクラスの生徒、ネットにアップした生徒のためにも、それを祈っている。

長々と拙文におつきあいいただいたことに感謝したい。筆の走った部分も多々ある。また、こうして文章を書くこと自体晒し上げの一種というご意見、これもごもっとである

それらを含め、ご批判は甘受したい。

(追記)

福岡県内の中学校で、男子生徒(14)が、男性教員(46)の顔を拳で数回殴る暴行を加え、顔面打撲の傷害を負わせた

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171003-00010010-nishinpc-soci

こちらは「単なる暴力」の実例。これなら警察沙汰になっても仕方ないとは思う。

2017-02-24

小金井女子大生刺傷事件犯人家族が悪い

同時進行で他のストーカーもしてたし何度も騒動起こしてたんだよ犯人

3年前にも別の10代の女性ストーカー繰り返して警察沙汰になってる。


今回の被害者に対する言動

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170222-00007716-houdouk-soci

被告人質問で、「別れるため、踏ん切りをつけるために話し合いをしたかった」などと、犯行に至った経緯を述べた。

とか言ってる。

一度も付き合ってないし嫌がられてるのにこれ。

完全に話が通じない状態


これさあ

ガイジだろ。

まともに状況判断する能力がない。人と意思の疎通もできない。

なのに性欲だけ旺盛でこんな事やってた。

上手くいかないとかんしゃく起こして弱い女を脅して攻撃する凶暴性もある。

ストーカーじゃなければ別の性犯罪やってただけでしょ。

娑婆に居る事自体が間違いの動物じゃん。


こんなレベルガイジを野放しにしてたのはどう考えたって家族が悪いだろ。

成人してる?

成人するまでに重度のガイジとして治療なり相応しい施設支援ルートに乗せるべきだっただろ。

ある意味ガイジ本人の責任能力不明だ。

こんなに適応能力ないのに凶暴で性欲だけ強いガイジなんか絶対やばいって

家族が一番よくわかってたはずなのに目を背けて無責任に放り出したんだぜ。

刺された被害者は心身に重い後遺症が残って、しか出所後にまた狙われる不安である

あの犯人の異常な行動に脅かされた女性は他にも一杯居るだろう。

全部保護者家族無責任にこんなの世に解き放ったせいじゃん。

許していいのかよ。

2017-01-27

[]2017/01/26

退職した父は買い物以外は基本引きこもって、ボケ防止にナンプレばかりやってる

同じことばっかやっててもボケると思うけど別に言わない

鬱の病歴あるのと頑固で完璧主義・潔癖なところがあって、ルーチンを乱されるとすげーかんしゃく起こしてめんどいから

そんな父が、映画トマトのしずく)を見に行ったんだって

へえ!と思った

正月家族この世界の片隅にを見に行ったのが効いてるのかな

なんにせよいい傾向だ

2016-09-15

離婚届を置いて家出しようかと思う今日このごろ

夫とその両親と同居しているのだが、夫の両親のことはどうにも好きになれない。

義父はとても短気なのだ

とくに5歳の息子がぐずると、あからさまにイライラして見せる。

困ったことに息子は短気でかんしゃく持ちなのだ

息子がかんしゃくを起こし、それにイラついた義父が叱り飛ばし、それに反応して息子が余計に泣き暴れるという悪循環

今日も息子がゲームをやっていて、うまくできなくてかんしゃくをおこし、機械を叩いたり投げたりしたのだ。

ゲーム自分が取り上げてやめさせたし、かんしゃくを起こしているときに叱っても収まらないので、気持ちが落ち着いてから言い聞かせるようにしている。

かんしゃくが起きたらなるべく義父に聞こえないところへ移動するようにしていたのだが、今日ちょっと間に合わなかった。

ゲーム機を片付けて移動の準備してる横から「コラ!」とか「うるさい、さわぐな!」とか大声で叱ってきて、息子は頭をポカンと叩かれた。

自分にできたのは暴れる息子を抱えて別室へ行くことだけだった。

しばらくして息子は落ち着き、なにがダメだったのかちゃんと話を聞いて理解もしている様子だった。

本当は自分が義父に「うるさい、さわぐな!」と言ってやりたかったのだ。

「5歳の子供にがまんを仕込むのなんて、気長にやるしかないだろが!叱って叩いて言うこと聞くならとっくにこっちがやっとるわ!60過ぎてもイライラひとつ我慢できんクソジジイ人格否定されたくないわ、ボケが!」って、言ってやりたかった。

義父はさら自分にこう言った。「もうそゲームやらせるな。しまっとけ。」

まぁ。ゲームなんてやらせ必要はないし、取り上げたら取り上げたになるが。ゲームでもしなければひまでぐずってかんしゃくを起こしたかゲームしてたのだ。

ゲーム取り上げてかんしゃくがなおるもんなら、お前のパチンコも取り上げてやるからイライラすんじゃねーよ」って、もう少しで言ってしまいそうになった。

さらに言えば、仕事休みなはずの夫がこういうときにいないってなんなんだ。

息子のきげんが直って晩ごはんも終わる頃に、なにくわぬ顔でパチンコから帰ってくる夫。

「お前のクソ親の家に嫁と子供同居させといて勝手なことしてんじゃねーよ。パチンコやめたら家ぐらい建てられるだろうが、このマザコンが!」って、もう少しで義母のいる前で言いそうになった。

夫は何だって大切なことを決める時には義母相談する。

もういい大人なんだから自分でなんとかしろよと思うのだが。

自分は夫の家系ADHDを引き継いで来てるんじゃないかと思えてならない。

義父も夫も、すぐカッとなるし、休日になれば朝から晩までパチンコ屋。いくらなんでも日がな1日やり続けるもんなのか?

息子のかんしゃくのひどさも、尋常じゃない。

せめて自分がしっかりしていれば息子を連れて家出したいところなのだが。

自分にはシングルマザーで育てられる器量などない。

結婚したい、子供ほしいと言ったのは夫だ。

自分には無理だと断ったのに、頼み込んできたのはむこうだ。

息子と夫がパチンコばっかやって、なんかあったらすぐカッとなるろくでなしなのを知っていたくせに、結婚も同居もさせてしまった義母のことも半ば許せないでいる。

器量もないのに子供産んだ母と暮らすか、すぐカッとなる父と暮らすか。

いずれにしても息子が不憫でならない。

義父や夫が嫁と孫を不幸にした現実を見て、息子が同じ過ちをおかす気がしてならない。

しかし息子を夫や義父以上にまともな人間に育て上げる自信がないので、自分なんかいない方がいいと思うのだ。

自分がいなくなれば、義母が息子をしっかりと育ててくれるかもしれない。

それだけがわずかな望み。

それも無理なら児童養護施設に入った方がましかもしれない。

2016-07-21

http://anond.hatelabo.jp/20160721112832

宮沢賢治実写映画で手伝いにきてくれた女性が肉の入ってない野菜カレー作ったっていってるのにかんしゃくおこした描写を今でも覚えてる

カレーもったいないなーって子供心に思ってた

2016-07-20

母が子育て詰んだ

思うところあって増田を書きたいと思う。

先日ホッテントリとなったこの記事を読んで思い出した

http://orangestar.hatenadiary.jp/entry/2016/07/19/223314

子供のころ、なぜ自分のお母さんだけがずっと布団に寝ているのかいつも不思議に思っていた。

友達のお母さんはハキハキしていて元気そうに笑っているのに、どうしてうちのお母さんは寝てばかりいるのか。

うちのお母さんは夕飯の用意もできないほど弱っていたので近所の家におかずをもらいに行くのが日常だった。

近所の人は案外優しくて良くしてくれた。

当時の母は弱り切って、いわゆる炊いたコメが食べられなくなっていた。

から食パン牛乳に浸して柔らかくなったものをちぎって、すするようにして食べていた。

母がいわゆる普通の御飯を食べられるようになったのはしばらく経ってからだった。

===

我が家子供が3人で、全員が発達障害に産まれしまった。おそらくだ父親発達障害可能性が高い(たぶんアスペ

上に兄がいて、下に双子が産まれしまった。簡単に書くと兄が自閉症、妹(双子)がアスペADHDという組み合わせだ。

母に言わせると兄が大変に手のかかる子供で、尋常でなくつらかったらしい。

兄は2歳くらいのとき自閉症と診断された。母はものすごくショックだったようだ。

母が言うには、兄はまずアイコンタクトというもの通用しない。母が困った顔をしていてもまったく目に入らない。

とにかくこちらの気持ちが通じないのだ。自分の子供のはずなのに、昆虫かなにかを相手にしているような感覚になる。幼児なのに、である

兄は極端に神経が繊細で、少しでも気にそぐわないことがあると暴れたりかんしゃくを起こしたりする。当然ながら寝ない。ちょっとでも物音がすれば起きる。

母側からコンタクト通用しないのに、兄は極度な甘えたがりで母と一瞬でも体が離れると泣いて暴れる。

そんなことの繰り返しだったが、下にまた子供が出来てしまった。

なんと双子ができてしまった。

双子育児はただでさえしんどいのに、この双子はまた発達障害だった。

(※注 当時はまだ診断基準がなく、増田自身発達障害がわかったのは30すぎてからです)

===

今でもくっきり記憶に残っているのだが、物心ついた時、母は家におらず入院していた。

母が言うには、とにかく子供の世話に追いまくられ、父は仕事が忙しくて育児を手伝ってくれることは皆無、

親戚や実母なども事情が重なって手伝いに来られず、気づいたら骨と皮ばかりに体が痩せていたという。

トイレへ行くのも床をずるずると這って行ったが、それすら無理になったときほとんど本能的に電話に手がいって救急車を呼んだという。

(母が言うには、本当に体がダメになったら尿はほとんど出ないらしい。)

最後自分で測った記憶があるのが34キロ病院で測ったところ32キロだったそうだ。(母の身長は155センチ

母は子供を産むまではフルタイム仕事をしていたので、すごく体が弱いというわけでもない。

ただ以前あった増田のように編集者レベルでタフかというとそうとも言いがたい。

いわゆる核家族だったが手伝いにきてくれる人が残念なくらいいなかったのだ。

当時は今のように自閉症児に対する工夫などの情報ほとんどない。ネットもない。

孤立した母は詰んだ

その後、母は極端に病弱な体になり、基本的には家で寝ていた。

兄をみる余裕がなくなった母は、まだ幼かった兄を母の実家にあずけた。

半年ほどして母が様子を見に行ったところ、祖父祖母はげっそりと痩せていた。

とくに祖母は気疲れがひどく、10キロ以上痩せてしまっていた。

兄の相手をすることや兄の要求を聞くことがとんでもなく大変だったらしい。

困り果てた祖母は、兄を霊能者のところへ連れて行ったことがあるらしい。

すると、兄は親戚中の悪いところをすべて引き継いで産まれてきてしまったのだと言われたそうだ。

から親戚の他の子には悪いものはいかない、なぜなら兄がすべて悪いものを引き受けてくれたからだと。


娘の存在は、母にとってはやすらぎとなり、母は兄よりも娘といることを好んだ。

兄は私が覚えているかぎりでは幾度となく親戚の家に預けられていた。言い方は悪いが兄は「たらい回し」にされていた。

長期間預けるとトラブルを起こしたり、その家の人が寝込んでしまったりするので、半年くらいで親戚のあいだをぐるぐると移動していた。

今でもよく覚えているのだが、兄が家にいないと母はとても嬉しそうにしていて、花を飾ったり凝った料理を作ったりしていた。

料理に対して「わぁ〜!」と反応すると本当に喜んでいた。

これ、これなのよ、私の望んだ家族の姿って!これなのよ!というような。その瞬間だけはまさに母の夢が開花していた。

兄がいないと父も穏やかな表情になって、母もそのことを嬉しがっていた。

私たちは、まるで兄がもともとからいない家族であるかのように食卓を囲んでいた。

日常があまりにも穏やかで、この頃の記憶ほとんどない。

兄がひどく育てづらい子供だったことで母は疲れきっていた。

から、兄が家からいなくなると、気持ちが晴れ晴れして小康を取り戻すのだった。

の子たちもADHDがあるため、忘れ物も怪我もひどいし学校に呼び出されたりそれはそれで面倒だったが「気持ちが通う」という点で、母のしんどさは桁違いに違ったらしい。

自分記憶では、兄は4〜10歳くらいまで、ときどき家にいたがときどきいなくなっていた。母の実家、父の実家、親戚の家…あちこちに預けられていたと思う。

はいわば兄の育児放棄してしまっていた。

===

その後も兄関係でゴタゴタがいろいろありましたが、いま40歳目前になる兄が社会適応できることはありませんでしたとだけ書いておく。

そしてそういう子供一定数産まれしまうこの世の不条理というかなんというか。いや、社会のほうが未熟なのかな。私にはわからないですけれども。。


読んでいただいてありがとうございました。

2016-07-15

わが子の将来を考えると死にたくなる

こども3人、平日はパートに出ている主婦

夫は仕事で帰りが21時を過ぎるので、育児にはほとんど関わらない。

夫は家事は一切やらない。

子供があまりにもわがままで、生活のすべてにおいて疲れる。

朝は起こしても起きない。

無理に起こせばぐずる。

着替えをいやがる。

ごはんをいやがり、お菓子を食べたがる。

単純に好き嫌いが多く食べられるおかずが少ない。

出したものを片付けない。

歯みがき、手洗い、風呂をいやがる。

眠れないと言って深夜までぐずる。

ぐずり、かんしゃくが多く程度がひどい。

ものを投げる、こわす、叩く、大声を出す。

気分次第ではできる日もあればできない日もある。

子供の機嫌がいいときは拍子抜けするほど生活が楽になる。

から晩までできないこと続きの日には本当に疲れ果てる。

それでも、そんなものだと思ってがんばっていたが、上の子小学校に入った頃から、本気で悩んでいる。

学校へ行くのをいやがる。気分次第で行く日もあるが、行きたくない日もある。

行かない日の「行け」「行かない」のバトルの後でパートに行くのがとてもつらい。

学校から帰ったらすぐゲーム

宿題の催促は無視

宿題を無理にやらせようとすると反抗し、そのあとの生活がこじれる。

楽しめるものゲームか、それに関する動画などのメディアしかない。

例えば体を動かす遊びとか、なにかしら料理だか工作だかやらせると、はまることもあるが長くは続かない。

読書は面倒だと言うのでせめて漫画でもと与えるが、漫画さえ読むことが面倒という。

休日に一緒に遊べる友達がいない。

最近では、ニートになりたいとか言い出した。

それでも休日ゲームばかりではよくないと思ってやめさせるが、「ひま、なにすればいい?」とつきまとう。

他の遊びなどを提案してもすべて拒否

もう知らないと無視すれば反発し、叩いたり蹴ったりしてくる。

そこまで家の中が荒れるとあとはお出かけでもして気分転換しかない。

そんな休日が続けば、平日にやり残した家事を片付けることもできない。

平日は上の子宿題をさせることと下の子の「遊んでかまって」攻撃に応戦するので精一杯で、掃除に手が回らない。

洗濯物の量が多くて、しまいきれないものが散らかっている。

の子が小さいのでおもちゃが床に散乱して片付けに手間取る。

掃除しないと、探し物が増え、よけいに生活しづらくなる。

結局、上の子ゲームをさせ、下の子のかまって攻撃を受け流しながら家事をこなすので精一杯の休日が多い。

正直、休日くらいは夫がこども3人の遊びにつきあってくれたら非常に助かるのだ。

でも「仕事で疲れている。ストレスがたまっている。ひとりの時間がほしい」と言われると強く頼めない。

できないものを無理強いしてもケンカするだけムダと思って強くは言わないけど、夫が無関心すぎるのではとか、努力不足かもとか疑い始めると、はらわたが煮えくりかえる

が、夫にも子供にもぶつけるわけにいかずひとりモヤモヤする。

夫に任せたところで、私でも手を焼く子供たちと過ごして、疲れないわけもない。

夫に育児疲れでイライラされて仕事に支障が出ても困る。

結局は自分も夫も、子供といて疲れる時点で育児に向いてなかったのだ。

もっとうまい育て方があるのだろうが、それもわからないまま、できないことが多い子に育ててしまったわが子の将来を思うと、不憫でならない。

試行錯誤してきたが、結局は厳しすぎたのか甘やかしすぎたのか、なにが悪かったのかもわからない。

まりにもわがままや反抗が多いので、子供の可愛さより大変さが上回ってしまうことが多い。

そういう大変さには理解共感もできないと書いた母親のように、要領よくこなせて、なにも意識しなくても子供普通生活を送れる人が、本当にうらやましい。

きっと余裕のあるお母さんの育てる子供は安定して幸せだと思う。

二人目の育児休業中ということは、一人目の時も育児休業をとって仕事を続けてきて、正社員ということだろう。

自分パートでもギリギリで両立している。正社員育児両立する人には本当に尊敬しかない。

http://anond.hatelabo.jp/20160714095611

しろそういう人が世の中をうまく回してくれていて、自分たち夫婦がどんなにニート予備軍な子供を育てても世の中にとってはなんの役にもたたないじゃないかと思える。

私たち夫婦結婚前はお互いに仕事をして、ごく普通に生きてきたと思っていたので、そんなに問題のある人間とは感じていなかった。

から恋愛に至ったし、恋愛の先に結婚があって、子供が生まれても普通に生活していけるものだと思っていた。

夫は今でもそれなりに楽しい生活だと思っているようだが。

私にはこのままではうちの子ニートになるしかないように思える。

私に依存しているのだろうか。

私が死ね子供たちは児童養護施設にでも入れてもらえるだろうか。

上手に育ててあげられない自分に育てられるよりはむしろその方がよいのかもしれないとすら思えてくる。

2016-06-27

室伏選手引退は残念だけど

なんで、ああいうすごいアスリートスポーツマンって

試合に満足できる結果が出せなかったからって

かんしゃく起こして

当日か次の日に、もう辞める!って言うわけ?

せっかちすぎない?

すねてるの?

それとも辞めないで!ってアスリート全般に構ってちゃんなわけ?

そういうトップクラスアスリートって精神的にも達観してるだろうから

一旦落ち着いて、

またトレーニングして練習して、

次の試合とかで頑張ればいいんじゃないのかな?

なんで、あんなに怒ってもう辞める!!!ってなるんだろうって思った。

落ち着けよ!って思う。

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