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2019-02-16

関係性を志向するファンダムのこれから 前

 本稿では、現在の「ファンオタク」が「関係性消費」を志向するようになってきているという事象を踏まえ、その内部の「男オタク」と「女オタク」のジェンダー格差や、関係性消費の今後について多角的視点から分析を試みる。なお、本稿においての「オタク」は、二次元三次元を問わずある作品概念グループなどを愛好すると自認している人々のことを指すポジティブ言葉として用いる。拡散多様化するオタク文化は2次元と3次元の壁を超え、全体像画一的に語るのはほぼ不可能なため、ジャンルジェンダーに関する詳細については各部で詳細を補完したい。

1【現代オタクデータベース消費から脱却する】

日常系が売れるのは「関係性」を読み取れるから

 「日常系」は広大なオタク市場の中でもかなりの割合を占める作品群だ。基本的には複数女性キャラ日常生活描写した4コマ漫画が多く、それを原作としたアニメ2010年代以降各クールに2~3本は放映されている。基本的ドラマティックで壮大な展開や激しい戦闘を行わない、いわば反「セカイ系カルチャーともいえるだろう。源流としては美水かがみらき☆すた」(2004)や、なもりゆるゆり」(2008)などが代表的ものとして挙げられるだろう。00年代初頭から現代まで増加傾向にある「日常系」は、現在も各メディアで売れ続けている。この背景には、やはり弛緩した日常風景の一瞬・ごく短いセリフや1コマのシーンの行間を読む関係性消費への志向への高まりが一因であると思われる。日常系の「物語性のなさ」は、逆に巨大な「行間」を生み出し、そこにオタクが各々関係性や物語想像して消費することができるからなのではないだろうか。

・「行間を読む」相関図消費の“複雑さ”への萌え

 関係性消費について、2,5次元舞台での「リアリティ担保に参加しつつ、舞台裏も消費するファン」や、「タカラジェンヌの四層構造」(東 2015:96-98)*1 で取り上げられた「各レイヤーを横断し、その要素を複雑に融合させながら関係性を消費するファン」は非常に興味深い。これに似た位相にあるコンテンツに、「バーチャルYouTuber」が存在する。「バーチャルYouTuber」とは、2D3D二次元アバター現実の肉体の動きとシンクロトラッキング)させ、そのキャラとしてゲーム実況雑談配信などを行う人々の事を指す。そもそもYouTuber」の動画には前提とされる物語世界観はなく、その動画単体でも楽しめることが前提とされており、多くのバーチャルYouTuberも同じく、上記の「日常系」にも通ずる他愛もない放送を行っている。しかしここにおいて重要なのは、「日常系」を「実在人物が演じる」ことがコンテンツとして確立し、今流行していることである難波優輝は「Vtuberの鑑賞の構成要素は、パーソン、ペルソナキャラクタという三つの身体に分けられる。そして、ペルソナキャラクタ画像がつねに重ね合わせられ、かつ、パーソン/キャラクタとペルソナの層がそのつど関係づけられながら、装われるペルソナが鑑賞者の鑑賞の対象になっている」(難波 18:121)*2 と論じ、これを「Vtuberの三層構造」と名付けている。

そしてバーチャルYouTuberは、電子の肉体によって軽々と他のバーチャルYouTuberとの関係性を構築する。コラボ放送などでみられる仲睦まじい様子を、鑑賞者は「Vtuberの三層構造」を横断し、「彼/彼女らのパーソンのレイヤーでの関係性」が見え隠れする片鱗をSNS動画において意識しながら鑑賞しているのである。また、バーチャルYouTuber側も当然「パーソンを消費される」ことに対する意識を持っているため、現実世界でパーソン同士が実際に会い、その時食べた飲食物画像投稿する、それに対して「パーソン・レイヤーにおいても継続される強い関係性」を読み取れるようになる、といった事象もあった。これはまさにタカラジェンヌの四層構造における「芸名存在」におけるパフォーマンスと相似であり、その表象が3DCGやVR機器の発達によりさらに「オタク」向けに変化(美少女美少年だけに限らず多様化)したものではないだろうか。「日常系」と「関係性消費」の拡張であり、またジェンダー次元の攪乱への大きな手掛かりとなるムーブメントだと考えられる。

まり、「実在人物が裏に存在するという事実に裏打ちされた生々しい日常系関係性」が、液晶内のキャラクタバター動画配信という形態の手軽さにより、オタク関係性消費への志向次元を超えてさらに加速していくと予想できる。

2【やおい文化百合文化から読み解くオタクジェンダー格差

関係性消費における性別によるジャンル分け(女性向け/男性向け)の無意味

 前章で関係性消費への志向さら高まると予想したが、本章ではオタクジェンダー格差について女性向けジャンル男性向けジャンルという分類の持つ意味合いやその内部の消費形態差異があるのだろうか。

もちろんHL(異性愛文化を扱う少女マンガ少年マンガにおいても恋愛友情ライバルなどの相関図は存在するが、メインとなるカップル男女の恋愛関係がメインに据えられることが多い。一方BLGL文化ではそれ以外の登場人物関係性をより深く読み込み二次創作に落とし込む、あるいは理想の相関図を一次創作で描き出す。今後どんどん規模を増していくであろう関係性消費においては、性別によるジャンル分け(女性向け/男性向け)は無意味になっていくのではないだろうか。しかしここではあえて、わざわざラベリングされている「腐女子」と「百合男子」という言葉意味合いについて掘り下げ、BLGL同性愛ファン文化それぞれの特徴から考察してみたい。

・「腐女子特有の親密さ

女性オタク人文学社会学研究に関しては、特に腐女子論」か「ジェンダー論」による先行研究が数多くある。その中でも数多く散見されるのは、「主体的女性性的欲望解放」といった視座からの言説であった。特に腐女子論」と「ジェンダー論」を組み合わせた言説では、「自らの女性身体が侵されない安全領域において、性的表象を消費するためにやおい文化は発達した」といったもの存在する。しかし、現在においてこれらの言説に私は違和感を感じる。勿論そういった側面も確かに存在する(した)と思うが、現在日本混沌としたオタクカルチャーの中で女性オタクの中から腐女子だけを切り取って上記のように論じるのは既にごく限られた一部の事例においてしか適用されない理論であるように思う。

 今あえて「腐女子」を論ずるならば、私は「腐女子同士の関係性」に目を向けたい。腐女子であることによる世間からマイナスイメージ払拭しようとしたり、イベントSNSでの趣味スラングの共有による特殊連帯が、このコミュニティでは無数に形成されている。やおいコミュニティ特殊性について東は、「やおいを好む女性たちは、一様に異性愛から疎外されているわけでも、異性愛を拒絶しているわけでも、異性愛を欲しているわけでもない。彼女たちはただ、異性愛排除したところで成り立つ、女同士のホモソーシャルな絆がもたらす快楽を求めているのである。」(東 2015:236)と述べている。さらに、腐女子は扱う創作物特性セクシャルマイノリティに対する理解が深く、またホモソーシャルな絆から発展し、腐女子同士が交際していることなどもよく小耳に挟む。シスターフッドレズビアン連続体、ホモソーシャル関係性を含んだ腐女子コミュニティは、作品上においても現実世界においても強い「関係性」を追い求めている集団なのではないだろうか。

・「百合男子」はなぜ流行らなかったのか

 では次に、GLを愛好する男性オタクについて考察してみたい。残念ながら、男性オタクの先行研究は数多くとも、その内容は美少女キャラクタへの欲望コミケでのゆるやかなホモソーシャル交流などになり、「百合男子」単体にスポットライトを当てたものは見つけられなかった。なぜなら、GLというコンテンツ受け手ジェンダーによって大きくそ意味合いが変化してしま場合があるからである。そして男性GL愛好者は、「美少女キャラクタへの性的な消費」という使い古された言説の中に含まれ見えなかった存在であり、その消費の仕方は齊藤によって「腐女子との比較でいえば、男性おたくの『萌え』にとっては、関係性のプライオリティはそれほど高くない」(齊藤 2009:154)*3 と評されていたのだ。よって、ネット上でGLを愛好するファンは「百合厨」「百合豚」などと呼称され、その性別限定されていない。これはGLというジャンル男性けが消費することに対することが上記齊藤の言説のような文脈を帯びてしまうことに対する対策と、実際にファンの男女比がほぼ半々であるため、両方の理由によるものと思われる。逆説的に考えれば、「腐女子」という呼称流行ったのはBLというジャンル女性が消費することを蔑視されることに対するアンチテーゼとして、BLファン当事者たちが自らをそう名乗ったことに起原するのではないかとも考えられる。

 また、百合コミュニティにおける異性愛忌避姿勢は、腐女子コミュニティのそれに比べてはるかに厳格なものに感じられる。先に述べた「男性による女性キャラクタの性的消費」とは違うことを宣言するために「百合男子/厨」を名乗った男性オタクたちは、腐女子のようにホモソーシャルな絆を構築することはなく、二次元三次元を問わずして異性愛的な欲望を抑圧されるようになった。この構造腐女子ジェンダー論に見られた主体的な性消費の解放とは真逆の道を辿っており、非常に面白い点だと思っている。

関係性消費によるジェンダー越境可能

 こうして述べてきたように、同性愛コンテンツファン構造は非常に複雑で特殊ルールの基に成立している。しかし、上記性的欲望を抑圧される百合男子に関しては、百合というジャンルの男女比がほぼ同じであることに大きく由来するだろう。つまり、「同性愛コンテンツを扱うにあたり、そのファン異性愛忌避しなければいけない」といった暗黙の了解のようなものオタクの中で存在しているということである。これに関しては、創作物消費者セクシャリティは隔絶して考えるべきであるという立場をとりたい。そして、特殊連帯プラスにもマイナスにもなり得るBLファン界隈と、ジェンダー問題に揺れるGLファン界隈は、第一章で述べたバーチャルYouTuber関係性消費をモデルとして再構築されつつあると考えている。バーチャルYouTuber関係性消費は、非常に複雑なジェンダー攪乱が日常的に行われている。パーソンがシス男性ペルソナシス女性キャラクタがシス女性キャラ同士の「絡み」は、GLともBLともタグ付けをすることが難しい議論になってくる。しかし、その関係性に惹かれるファンキャラクタとパーソンのジェンダーを軽々と越境し、その複雑な「関係性」を消費することができるようになるのである。これに似た現象アニメ漫画においても進んできており、創作物受け手ジェンダー必要以上にファンを語るうえで関係づけられることも少なくなっていくのではないだろうか。

【続きと参考文献リスト

https://anond.hatelabo.jp/20190216024058

2019-02-11

男女で家事を分担しろと言ってる奴は差別主義

女が家事をやるべきという女性を抑圧する風潮へのカウンターとして男女で家事をすべきという言葉が叫ばれてきた。

それ自体が悪いとは思わない。少し前までならば。たしかに悪しき風潮だったしそれを正すために必要な主張だったからだ。

ただ本当は間違っているし、今はその主張をすべきではない。ナンセンス時代遅れだ。

もともとその主張は女性も働くようになった時代では現実に即しておらず抑圧されて生きる女性のためにされたものだ。だが現代では画一的にそうすべきと叫ぶことは新たな抑圧を生み出すだけだ。男女平等をある程度達成し、その後に私達は男女平等を含めてより広く抑圧を減らす多様性を認める世界を目指している。その最中にあって、画一的な男女の家事分担、男女というくくりでの仕事強制を叫ぶのは完全に間違いだ。あらたな抑圧や不幸を生み出すだけだ。

現代では、さまざまな人々、家庭、生き方があり、それらを認めることで多くの人々がより自由により幸福になれるようにと考えるべきなのだ。私達はいろいろなものを乗り越えてこの考え方に行き着いたのだ。

私達は男女ともに働きともに家事をやってもいいし、片方が専業で家事を行うならそれでもかまわない。もちろん片方が専業で家事を行う場合であっても、パートナー家事を分担してもいい。

それぞれの環境にあわせて最適な形を模索すべきなのだ。それぞれの事情は異なるのに、勝手外野時代画一的なやり方を求めることはなんの解決にもならないのだ。

いまはそういう時代から強制的な男女の作業分担を唱える人々は、女が家事をやるべきと唱える人々と同じことをやっている差別主義者だ。同じ不幸を生み出そうとしていることに気づくべきだ。

2019-02-09

6年お世話になった某NTT事業会社を辞めました。

2012年大学卒業し、新卒入社した某NTT事業会社最近退職しました。

そこでは同期や先輩や後輩や上司に恵まれ、良い経験ができたなぁというのが正直なところです。

NTT関連の退職エントリーについては「またそのネタかよ」って思う人もいるかと思うが、まぁお付き合いください。

辞めた理由

辞めた理由は単純に別の業種であるウェブ系のメディアで働いてみたくなったから。

しかもそこそこ大きめのメディアがあるとこを希望していて、そういうプロダクトは前の会社には無かったため思い切って退職しました。

もう一つの理由としては業界全体として人材が流動的になり転職やすくなったというのもあります

これを書いた理由

基本的に僕自身はそこまで不満はなく、「なんとなく」今までいた派なのですが、

優秀な若手が悪い大人に騙されて無駄なことをやらされて、若い時間を消費させられてる話を聞くと可愛そうだなぁと、

それが外圧で少しでも救われるといいなぁ、かつ騙される若者が少しでも減るといいなぁと思い今回退職エントリーを書きました。

(中にいるときに頑張ってあげろよって言われるかもしれませんが、それはその通りでそれは申し訳なかったなぁと反省しております。。。)

騙されるとは?

おそらくNTT事業会社近辺で言える事だが、ここ最近ソフトウェア開発経験があったり、その方面活躍している優秀な若手をバンバン採用している。

しかし、そういう若手に適した現場がいっぱいあるという触れ込みで採用しているもの実態そんな現場ほとんどない。

かつ、人事的や環境なところもソフトウェア開発する人に適したものでは決してない。

この辺の問題はもう少し項目を分けて説明します。

人事・給与面の問題

詳しい説明はしないが基本ソフトウェア開発というのは製造業的なエンジニアリングに比べて各々の成果にバラツキが生まれやすい。

バラツキのある成果に対して弾力のある人事評価とそれに紐づいた給与付与えるべきであるのに、新人という事だけで出した成果に関わらず半自動的に「平均的な評価」が与えられる。

ここでいう「平均的な評価」というのは「毎日会社に来て、服着て、椅子に座ってさえいればもらえる平均的な評価」の事である

環境面(人)

まずソフトウェア開発に理解がある上司ほとんどいない。

理解がないため、「とりあえず新人なんだからしろ」みたいな画一的兵隊を生み出すための言葉しか喋れない。

(画一致的な兵隊ソフトウェア開発において生産性を上げるのは難しいというのはわざわざ説明するほどの事ではないと思う。)

そして生産性がないことをやらされ続けた若手は疲弊し、絶望し、結果転職していく。

ちなみに生産性を上げるための努力を全くしないソリティアおじさんは、彼らより良い給料をもらって、服を着て、ただ椅子を温めているだけである

環境面(設備・道具など)

社員生産性を上げるためにどうするべきかを真剣的に考えてくれる総務がほとんどいないので、

必然的に用意される物・道具類は総じてあれな感じのものが多い。

最近話題だが、利便性とか機能性とかは特に気にせず机の上が綺麗する施策を進めているらしい。

ここまでいくと何か違う世界線に生きてる感じがする。

まとめ

色んな現場があるので、ソフトウェア開発が絶対できないとは言わないが、平均点は総じて低いのであまりおめしない。

ただし、インフラ関係特にネットワーク関連については優秀な人が多く大きいプロジェクトに関われる機会があって比較的良い方だと思う。

NTTに関わらず今の会社疲弊している若い人たちへ

わず転職活動を始めるか、それに向かった準備を始めた方がいいと思う。

今の世の中にはもっと良い会社いっぱいあると思し、頑張って!

じゃあの

2019-01-07

三角関数いらない」っていう前にやることあるだろ、橋下と乙武

元素記号サインコサインタンジェント、どこで使うの?使ったためしがない」と橋下徹氏が語ったことについて、話題だ。橋下氏は「最低限学ばなきゃいけないこと」以外の例としてこれらを挙げており、「(学ぶかどうかは)選択制でいいと思う」としている。

ソースhttps://abematimes.com/posts/5496054

これに対してネット(主にTwitter)では、「あれにも使うしこれにも使う。お前の人生で使ってこなかっただけだろう」と非難轟々。

橋下はインターネットで調べてから発言しような

同氏は同じ場で「勉強のできる人たちは"そういうのも教養だ"というが、今はインターネットで色々なことは調べられる」と語ったそうだが、まずは自分以外の人たちが元素記号三角関数をどのように使っているのか、インターネットで調べてから発言すべきだったといえる。

まあ、数学学習指導要領の中でも例えば複素数平面や合同式あたりは入ったり外れたりしているので、そういう意味では「何が学習指導要領として重要か」という議論はあってもいいだろう(氏は複素数平面も合同式も使ったことがないかもしれないが)。

まりインターネットでろくに調べもせずに元素記号三角関数を「いらない教養」として発言してしまたこ自体が橋下氏の失敗であることに他ならないのだが、その辺には目をつむって最大限良い方向に気持ちを汲み取ってあげると、氏は「教養かいろいろあるけどさ、いろんな子がいるんだしみんなに画一的教育じゃなくてその子特性を伸ばせる教育作ろうよ」と言いたかったのだと思う。

そう取れるのは、話の前段で乙武氏が「型破りな子を伸ばせる人材として、今までの教員免許の枠組み以外から教員を一部採用するべきだ」(意訳)と主張しているからだ。

乙武はもうちょっと具体案出そうな

乙武氏は新しい採用方法を取るべき理由について、「(現システムでは)免許を取る人はめちゃくちゃ真面目な人ばかりで、レールの上を歩くような人しか教員になれない」から、型破りな子を伸ばせないとしている。

まり乙武氏は、教員免許を取る教養がなくても教師として教えることができてもいいんじゃないかと主張している。

スポーツにのめり込むのもいい。旅に明け暮れるのもいい。

その上で、大学教員免許を取る過程も踏めない人が常勤教師として「型破りな子たち」(学校に何人いるんだ)に義務教育で何を教えるのだろうか。きっと元素記号三角関数よりも大事な新しい単元があるのだろうから、ぜひ乙武氏には具体的な案を提示してもらいたい。さぞ義務教育期間にやるべき大切なことなんだろう。

そもそも乙武氏の「教員免許を取るためには、大学で相当な数の授業を取らなければいけない。その時点で、何かにのめり込んだり、旅に行きまくったような人たちは厳しい」という発言自体が、教養を放り投げると未来職業選択肢が狭まるという当たり前の事実を映していて香ばしい

教員へのモチベーションがあるのなら、旅に明け暮れて30代になろうが、その後大学に入って勉学に励めば教員免許は取れる。

強いて問題を挙げるなら、その後の教員採用試験合格するか、そして職場イレギュラー人材を受け入れられるかどうかという方ではないだろうか。

てか、現状でも大学教員免許はないし、教養を付けた型破りな子は大学で良い先生に巡り会えれば良い方向に伸びるんじゃないんですかね、知らんけど。

そういう大学に受かる程度の教養はつけようぜ。あるいはAO入試とかもあるんだからさ。

2018-12-25

ペルソナQ2

クリアした。非常に残念ながら、高い評価をつけることはできない。

問題点は人が多すぎてあからさまに捌ききれてない。

人が多すぎるので短時間で無理にキャラを立たせようとして、結果的に寒くなってる。

 

人は誰でも様々な面を持っているというのはペルソナシリーズ共通して描かれていることだと思うが、PQ2ではその様々な面をばっさり切り捨てて、分かりやすい「おバカキャラ」とか「熱血キャラ」とか「クールキャラ」とか「天然キャラ」とか「知的キャラ」とか、そんな画一的で単純な描き方をしている。

それでも面白ければいいんだけど、個性って大事だとか人と違ってもいいみたいなことをテーマに据えてしつこいくらいに繰り返す中で、個性をごっそり削り落とされてテンプレ化したキャラが全員口をそろえてお題目のように個性個性連呼するのは中々にグロテスク光景だった。

 

地図を埋めつつペルソナ作って強い敵と戦うというゲームとしてはそこそこ面白い。ダンジョンギミックFOEの動きが単純になってしまったのは個人的にはマイナス点だけど、人によってはプラスと言えるかもしれない。

しかしここでも人多すぎ問題。多すぎるメンバーの誰を使っても大丈夫バランス結果的キャラ個性を殺してる。チーム編成の楽しみは少なく、選ぶのがただ面倒。メンバー固定してサブペルソナで調整する方が楽なもんだから、中盤からはもうレギュラー5人以外とのレベル差は開いていくばかり。

 

音楽は手放しで絶賛する。

 

総じて、不満点による腹立たしさよりアトラス大丈夫かって不安になるくらいだった。

2018-11-23

最近現代人は画一的」という風潮が薄れてきている

一昔前はそんな風潮がゴロゴロ転がって現代アートとかコラムニストとかがそんな状況を皮肉ってたのに

なんか最近LGBTとか人種とか社会多様性が、客観的に見ても増しているのが明白で、

多様性積極的な人は「今の社会多様化しているが優しくない!早期改善しろ!」と言うし

多様性消極的な人は「今の社会多様化しているが間違いだ!明確な規制を求む!」と言う

いづれにしてもどちらの勢力も「今の社会多様化している」という共通認識を持っていることが面白い

あれだけ蔓延っていた「現代人は画一的でつまらない」というシニカルな風潮は、いまやどこ吹く風ってか

anond:20181123074450

ここで言ってるおもてなしサービスクオリティって表面的な対応のこと?

かに表面的には画一的で丁寧に見えるけど、融通が利かないのでハリボテ感が強く、そんなにクオリティが高いとは思わないけどな。

2018-11-22

医者問題点

素人並感

 

診断のフィードバック問題

患者が「効かなかった」と報告に来るより、来なくなるので結果がわからない

なので試行錯誤がし辛い

そもそも観測するのが素人患者)だから半信半疑にならざるを得ない、結果画一的な診断になる?

そもそも試行錯誤するものじゃない気もするが

 

診断の妥当性の問題

レビューがないので個々学会から吸収して適応するしか無い

間違ってても間違ってると指摘するものが居ない

(いやレビュー会とかひょっとしてあるのかな?)

 

横の情報共有の問題

これは昔から言われてる

電子カルテとかってどうなったんだろう?

 

仕事量が多い、覚えることが多い

精度を高めるより数をこなす感じ?

 

死なない病気は軽視されがち

 

紹介状書いてくれない

これは観測範囲問題

もっと気軽に諦めて欲しい

「適切な処置」をしたら症状が治ってなくてもOKみたいな謎の雰囲気がある

 

まとめ

社会で最も頭の良い層がやってる業界で実際最先端技術バリバリ入ってるが

まだ改善余地がありそう

2018-11-16

21世紀を代表することを標榜している会社退職した

年休を消化しているので書類上はまだだが、最終出社日を終えたので退職と言って良いと思う。

何故退職たか

端的に言えば、画一的差別的偏見だらけで利己的な文化に耐えられなくなった。

この会社はかかわり方によって色んな側面を見せる会社だと思う。

買収や新規事業積極的なこともあり、入社前は「良くも悪くも色んな人が居るだろう」という覚悟で約1年前に中途入社した。

入ってみて驚いたのは多様性を許さな空気だった。

まず社員は二種類に分けられる。新卒入社組と中途入社組だ。

中途組は何年居ても外様として扱われるし、新卒組はパターナリズム世界に組み込まれる。

従順で、年長者から呼び捨てにされているのが新卒組で、さん付けされているのが中途組だ。

それぞれ別の給料テーブルでそれぞれ別のキャリアが用意される。

日々の会話の端々で苦痛だったのはミソジニーというか女性軽視の風潮が強いところだ。

世間話の中で無意識セクハラが飛び交っている。

妊娠中の女性へのハラスメントも目に余るレベルだった。

何より恐ろしいのは、はた目にはその世界ヒエラルキーにおける最下層に位置づけられる新卒女性まで、それが当然の世界だと洗脳されていることだ。

偏見無意識に宿り、差別を行うのは普通の人たちだ。みなが同じ目標に向かい、画一化していく。

その流れに乗れない人間には正義の鉄槌が下るのだ。少なくともそこにいる人たちはそれが正義だと思っている。

入社直後に衝撃的だったのは、事業目標達成時に行われる社員旅行での所業だった。

曰く行く先々の旅館ホテルで暴れまわり、出禁を言い渡されるのが誇りなのだそうだ。(そして実際にほとんどの宿泊先で出禁を言い渡されているそうだ)

まさしく渋谷代表する所業と言える。

広告メディアゲームそれぞれで、スキル経験値や規模や技術のような意味で、日本最先端と言える人間が在籍していることは確かなのだろう。

彼らに日本最先端と言える倫理観があるのかは分からない。少なくとも私はそういった人々と直接深くは関われなかった。

何より自分の「あたりまえ」がこの会社からの影響を受けるのが恐ろしくなって辞めることにした。

恐ろしいのは彼ら個人個人は「普通の人」なのだ。それが会社の為、会社のみんなで、となるといともたやすく恐ろしい行動を起こすことができる。

そして無意識に、悪意無く、いともたやす差別を行える。

それは立ち止まって考える事を奪われているからなのか、私自身がナイーブすぎるのか、それは私には分からない。

負け犬の遠吠えに過ぎないのかもしれないが、

この会社文化が21世紀の日本文化にならないことを祈っている。

そして彼ら個人個人幸せ人生を送れる事も。

2018-10-25

自殺に関するエトセトラ

自殺が良いの悪いのという議論の頭の悪さ

自殺肯定的に語るフレーズも、断固否定するフレーズも、びっくりするほど画一的ですよね。自分人生という超個人的な話なのに。

代表的否定意見

自殺殺人と同罪

これ、覚えやすくて使いやすフレーズから流行ってますけど、根拠がなんにもない上に論理的破綻してますよね。

いや、文字通りに自殺って人を殺すことですよね、という話ならそのとおりですけど。でもだから他人を殺すのと同様罪深いですよ、って詭弁ですよね。普通に殺人が罪なのは人が他者生存権侵害しているからでしょ。自分生存権放棄することでしょ。なんでわざわざ大変な思いしてる人をあえて傷つけるような言葉暴力振るうんだろう。無神経だな。

○私の家族自殺しました。自殺はよくありません。

自殺の後処理が迷惑です。だからよくありません。

これも詭弁ですよね。あなた家族が死んだ、だからあなたは傷付いた、だから自殺はすべきじゃない。

交通事故でも、他殺でも自殺でも家族の死は悲しい。当たり前です。それなのに自殺ときだけことさらに「だから自殺は良くない」それがどうしてか。他の死因と自殺の差は「自分の命を立つほど思いつめた気持ち」。それが辛いからことさら自殺は辛いというのなら、その辛さのぶんは、本人が生きている間耐えた重みとイコールでしょ。じゃ、その間にできなかったことの方を悲しむべきでは?

死者の家族文句言ってるわけではもちろんありません。本人を救うことなんてだいたい周囲の人間にできない。でも、死因が自殺であることの辛さイコール死ぬくらいの辛さが死因であること、ということをすっとばしてあっけらかんと「家族はこんなに辛いか自殺するな」って、それ思考停止も甚だしく、まさしく死者を鞭打ってないですか。

○私も昔は死にたかった。けど、年をとったら...

これも、意味がない。自殺理由は年齢、持って生まれ性質社会状況によって様々で、私も、十代、二十代、三十代、各タイミングで全く別の質の死ぬしかないという確信を持ってた。

そんなのファッション雑誌の「この服はこのカラーおすすめ」程度にしか一般性のある話でしかない。いやいや、ひとそれぞれ何色かは違うだろうよ。

自殺をした人間地獄に落ちる

本人か周囲が宗教を持ってたらその説明で納得かもしれないけど、無神論者の人がそれ言ってもお笑いです。いやいや、大体の宗教信者じゃなきゃ救われない、って設定だから自殺しなくてもあん自身地獄行きだよ?人のこと言ってる場合じゃないだろう。

論理を超えて自殺はよくない

自殺はよくない、を既存論理説明するのは無理なので、上記反論をしたとしても、結局「だめなものはだめだ」「そんなの理屈でどうこういう話じゃない」ってセリフになり、しかも言った方が正義。いや、さっきまで理屈論破しようとうだうだ言ってたの自分しょうが。なんでこんな時だけ、子供を言いくるめられると信じ込んで無茶な理屈を振りかざすカーチャン状態になるんだ。あなた普段からそんな失礼な議論をしてるの?仮にも生きるか死ぬかっていう本人にとって一番大事決断を本気でしようとしてる相手に対して。ちょっと顧みてほしい。でもこんなセリフを厚顔にもいっちゃう人は多分人を自殺に追い込むことに抵抗がない人なんだなとは思うから自分を顧みてはなんて言ったとて、何言われてるかさっぱりわからないんだろうなとは思う。

世の中にはびっくりするほど、自殺は良くない、この理由からだ、的な議論にあふれていて、それが、しかもでたらめな論理構成なのに、そしてそれを言われてわけもわからず傷つけられている人がたくさんいるのに、ノストラダムスの大予言みたく市民権を得ている。

そんな無神経な人間によって構成された世界、非論理的攻撃的な意味のない世界、そりゃ、死にたい人間もいるわ。そりゃ。

anond:20181025032732

おれも昼夜逆転生活だけど、

強大な意志の力生活是正しようとするのは無理だと思えてきた今日この頃です

そもそも強大な意志っていうのがないわけで、ないものをあてにして生活して、

それでも時々はきちんとした生活できてうれしくて、すぐに逆転していつも通りの生活になって自分を責めてしま

カーテン開けて寝るとか画面見ないようにするとか食い物に気を付けるとかエトセトラエトセトラ

そんなまどろっこしいことしなくてもきちんとした生活ができている人とおれとでは何が違うのだろうか

国民画一的に早寝早起き朝ごはんなんていうのは不可能というか不自然命題なんじゃないかと思えてきた今日この頃です

どうすりゃいいんだ

2018-10-16

福島県甲状腺がんHPVワクチン副反応豊洲市場

福島県では被曝の影響により甲状腺がんが多発している」

HPVワクチン子宮頸がんを予防する効果がないのに副反応は重大だ」

豊洲市場は欠陥建築築地に戻せ」

ネット立憲民主党の支持者を観察していると、面白いほどに主張が画一的だ。

消費税増税を決めたのは野田内閣から消費税増税批判できないのも共通

本音では築地豊洲に何の関心もないのに、豊洲への移転反対運動共産党が介入しているというだけの理由豊洲を貶している模様。

数年前には「被曝鼻血が出る」とか騒いでいたのだろうな。

2018-10-06

anond:20181006102524

昔の方がよっぽどロールモデル画一的だったと思うぞ・・・

今は結婚しなくてもいいしオタクでもホモでも左翼でもフリーランスでもいいしどんだけ自由説明しきれないほどだ

結局お前はたいしてやりたいこともないんだよ

から「抑圧されてるせいで自分人生はつまんないんだー」って虚構に逃げ込んでる

2018-10-01

勝てない土俵にあがり続けるのつらい

土俵っていうのは比喩なので、女性が上がることを禁じられて炎上するような土俵のことではないんですが、枠組みとかジャンルとか、プラットフォームとか、会社とかそういうのです。

これは落合陽一氏が本に書いていたことなんですが、

昔はネットなんかなかったから、一次ソースに触れる機会なんてなくて、せいぜい自分の半径5kmとかそいいうなかで自分スキル比較していればよかった。

でも今は全国、ましてや全世界自分の何かを図るものさしがあるので、そいうい規模で見たら自分肯定的評価するのが難しくなってくる。

なんでコミュニティにおける評価軸のようなものを持っていることが大事(超ざっくり)、のようなことを言っていて、

「ハァフゥーーンなるほどほどなるわかり味がある。なんせ文も平易なので俺のような人にもわかりやすい」と感嘆していたのですが、それを切に実感している。

ツイッタ初めて中頃から感じてたSNSへの不信というのはまさにこれであったのだと。

なんか評価し合う人たちがいて、まさに彼らはコミュニティ軸足を立てて評価される場を作っていたのだと実感した。

で、微妙に居心地が悪くなったりして辞めたり再開したりのメンヘラムーブをしていた。

勝てない土俵っていうのはこれのことで、ツイッターなんかは技術者にとって、半分インフラに足をつっこみかけてるのでたちが悪い。

勝つムーブというのがあり、たぶん大手広告代理店とかインフルエンサー斡旋してる会社なんかはそいうの研究してやってるんだろうなと。

でそれに憧れたアホは勝手にそのムーブをするので画一的ものになっていくのはわかりきっている。勝ち続けるにはそういうのを追ってく必要がある。

アホくさ・・

2018-09-23

東京就職した友人たちが変わってしまった。

Twitterアカウント実名になりアイコンは本人画像になった。

八重洲ブックセンターで開かれるイベントに参加するようになった。

noteを書き始めた。オンラインサロンかにも参加しているんだろう。

そういうこともあるだろう。

いわゆるインフルエンサーに憧れて,新しい生き方標榜する人びとは腐るほどいる。

後ろのソファに置いてあるiPhoneを手に取ってTwitterで「お金2.0」とか「hogehogeをアップデート」とかで検索したら5秒で見つかるはずだ。

知らんけど。

でも,僕の大切な友人が,かけがえのない人たちが,そんな腐るほどいるであろう人びとのコピーアンドペーストみたいな発言をし続けることはどうにも耐え難い。

もちろん,彼らの生き方だし,彼らの考えることなのだから僕の口をはさむ余地はない。

分かっている。でもどうにも耐え難い。そんな気持ちで今文章を書き殴っている。

彼らは(僕らは),偏差値が高くも低くもない地方国立大学で同じサークルに在籍していた。

みなさらなる地方から出てきて下宿をしていたので,口実を見つけては(あるいは口実などなくとも),酒を飲んだり,タバコを吸ったり,深夜アニメを観ながら麻雀を打ったりした。

彼らはみな何かを考えていたし,自身哲学を持っているように見えた。

僕はあまり友人が多くなかったし,地元にあまりいい思い出もないので,彼らとの時間こそが僕にとっての青春時代だったのだと思う。

願わくば,彼らにとってもそうであって欲しい。

彼らはみな優秀だったし,特に就職活動で苦労することもなく大企業内定した。

僕は就職活動をしなかったので詳しいことは分からないが,当然の結果だと思う。

魅力的な人間が正当に評価されたことは自分のことのように嬉しかった。

そして,僕らはそろって卒業し,僕は別の地方へ,彼らは東京へと転居した。

卒業後も出張帰省やその他もろもろの用事で近くに行ったときには連絡を取るし,酒を飲みながら,コーヒーを飲みながら色々な話をする。

彼らは相変わらず魅力的な人間だったし,仕事の話も僕にとっては新鮮で興味深い。

僕は彼らのことが本当に好きだし,匿名のこの場では,恥ずかしげもなく親友であると言いたい(もちろん実際にあって確かめ合うようなことはしないので実際のところは分からないが)。

近ごろSNS上での彼らの様子がおかしい。

繰り返すが,彼らの生き方に僕が直接何かを言う権利などありはしない。

からこれは完全なる独り言だ。

SNSの使い方というのは非常に難しい。

僕は母親Twitter上で相互フォローなのだが,ある時を境に母は政権批判リツイート以外をしなくなってしまった。

彼女には彼女なりの思想があるのだろう。何かを言うことはできない。

彼女Twitterアカウントは数年前から僕のミュートリストの中にある。

思うに,誰もが言いたいことや考えていることがある。

しかし,咀嚼して,飲み込んで,消化してしまう前に色々なもの燃え尽きてしまうのだ。

一瞬で燃え上がり,そして燃え尽きてしま情報について考える時,僕は大気圏で煌々と輝くスペースデブリ想像せずにはいられない。

欲望と抑圧の排泄物が,燃え尽きる瞬間に光を放つ。

考えるべき問題について考える時間永遠に与えられない。

そんな時に目に飛び込んでくるキャッチーフレーズはあたかも答えを与えてくれるように思えるのだろう。

自身にも思いあたる節がある。

話が逸れてしまった。

大学時代の彼らの話は未消化で,拙く,青臭かった。

でも,決して誰かのコピーアンドペーストではなかった。

一切の出典のない話はこの世に存在しない。

でも彼らの話は本物だったし,彼ら自身だった。

そんな彼らの話が僕は好きだったし,僕自身もずいぶん恥ずかしい話をしたような気がする。

現実世界の彼らは昔と変わらないように思える。

変わらない人なんていないのだろうが,そう思える。

だとしたら,僕の感じる嫌悪感の正体はアウトプット方法にあるのだろう。

情報を噛み砕いて,飲み込んで,消化する。そして何らかの形で放出する(あるいは排泄する)。

この一連の作業必要ものは枠組みだろう。フレームワークなしで人間論理だった話をすることはできない(もっと言えば論理的思考も)。

いわゆるインフルエンサーは,旧来のフレームワークを貶しながら「新た」な,「多様性」の名の下に画一的フレームワーク提供する。

ただ,そのフレームワーク問題なのだ

以下は宇野常寛氏のインタビュー引用


では、そのグローバルな新しい世界を受け入れたビジネス書に何が書かれているかというと、究極的には自己啓発的に「がんばれ」としか言っていない。

しかし、現在東京は、シリコンバレーでも深圳でもない、世界の中で2周遅れた街になっています

東京にはグローバルな情報産業プレーヤーとして誇りを持てる環境は全くなくて、そこで生まれ言葉は非常に貧しい。

もちろん、東京にもポジティブにもがいている個人はたくさんいますけど。やはりこの現状では「がんばれ」くらいしか言うことがないのだと思うんです。

https://www.asahi.com/and\_M/articles/SDI2018071041031.html])




ビジネス批判なのだが,いわゆるインフルエンサー発言もこれに近いものだと思う。

絶望的な現状を(現在の枠組みを)冷笑的に貶め,インターネットSNSテクノロジーが新しい生き方を生み出す!と声高々に宣言する。

ではどうしたらいいのか?がんばれ。動け。ポエムを大さじ2杯ほど。

結局のところ,枠組み「っぽいもの」以上が与えられないままアウトプットフェーズにたどり着いてしまう。

インフルエンサーの人びとは「がんばって 」それなりの成功を納めたかインフルエンサーたり得るんだろう。

ただ,彼らの何百倍もの人びとが同じように失敗し続けている。

結局のところ,誰も何も分かりはしないんだろう。

芦田愛菜以外のすべての人間人生1周目なんだから当然だ。

僕はウィナー・テイク・オールでばらまかれ続ける虚無を嫌悪し続ける。そして、僕の好きな人びとに薄っぺら言葉を吐かせたことを悲しく思う。

僕の友人たちは成功するかもしれない。

あるいは失敗するかもしれない。

ただ,彼らが成功者として虚無の枠組みを提供し始めたとしたら僕はとても悲しい。今はそう思う。

2018-09-17

田舎は合わない

自己肯定感がなかった頃に合わない環境を選んでしまって、日々その環境ストレスだったけど、「主語自分ではない悩みは捨てる」(自分のために)と決めたので、捨てるために、嫌なところを書いて、悩むのはやめる。

嫌なところ、合わないところ

年寄りばかり

他律的で他人の目を気にする人間ばかり

(職場でも、周りの人間がチラチラ見てくる。狭い世界しか知らない=同一視が激しいから、他者への干渉が激しい人間が多い。自分他人関係ないという意識がある人間が少ない。他人の目を気にして、他人言動自分言動を変える人が多数派気持ち悪い)

民度が低い

(車のマナーは悪いし、トイレは汚いし。駅のトイレは定期的に誰かが詰まらせてる。都会で暮らしてたとき、そんなに頻繁にトイレの詰まりを見かけなかったので、田舎はいかにマナールールを守るつもりがない人間ばかりなのか、と思う。

都会でも規範意識が強すぎて、自分の抑圧を他者押し付けてくる人間が多い環境は避けたいけど。田舎みたく民度が低すぎず、かといって規範意識に縛られて抑圧が強い人間ばかりでもなく。この中間がいい。

暮らしてるようなド田舎でもなく、東京みたいな中心でもなく、程よい都会。

中心にいけばいくほど、規範意識が強くなり抑圧も強くなると思うから。(東京でも、規範に縛られた人間ばかりではない地域もあるのかもしれないけど

職場も、低学歴DQNの集まりみたいな環境高学歴規範意識の高い大企業官公庁のような環境中間、程よい規範意識環境を目指す。

今は、極端な環境いるから、ストレスなのかもなぁ。

地域民度の低さに偏ってて、職場規範意識の強さに偏ってて。

個人的に、同一視が激しい人間が苦手なので、田舎はそこが一番嫌だ。

他者自分を比べるのが当たり前、察するという領域侵害をしてくるのが当たり前で、気持ち悪い。

必要なことがあればこっちからうから、察してこないでくれたらなぁ。(これも、自分の期待ではあるけど

常に周りを観察してて、他者ニーズ忖度するという領域侵害をしてきて、それを良かれと思ってる不健全人間たち、気持ち悪い。

自分にもそういう時期はあったけど。

言ってもないことを先回りしてやるのが良しとされてる、同一視が当たり前の国、気持ち悪い。

おもてなし」とか迷惑しかないし。少なくとも私は、マニュアル至上主義チェーン店で誰に対しても同じな画一的接客をされて、望んでもないサービス押し付けられて、迷惑しか感じない。

自分ニーズ無視されて、相手勝手に先回りした相手が良かれと思う接客押し付けられ。それを海外に堂々と美点としてアピールしようと思うのって、忖度する・されるのが当たり前になりすぎてるからだよね、怖い。

そうやって自他の境界線がない人間が大多数で、そんな人間たちは、勝手他者に期待して失望して、文句を言ってくる。自分の期待が大きすぎるのが、問題なのにね…

勝手に期待して失望してくる人たち、うざい。

自分の抑圧を他者押し付けてくる人たちも、うざい。

田舎で生まれ育ったからなのか、周りの目を気にし過ぎる高校生を見かけて、痛々しいなぁ、と思った。

ワンマン列車(あまちゃん世界かよ。ド田舎ドラマで見るにはいいけど、暮らすのは合わない)で目の前にいた高校生グループが、カレーを持ち込んでるのは周りからひんしゅくを買うのではないか心配して、「私のではない」と何回も言ってみたり、「ツイッターに書かれてたらどうしよう」と心配してたり、挙げ句の果てには全て食べてみたり。

自分世界の中心と考えるのは思春期だと自然なのかなと思うけど、それに他者の目を過剰に気にするところが入ってくるのが、不健全だな、と思う。

同一視が激しくて相互監視社会みたいな日本で、更に同一視が激しい田舎に生まれ育ったら、周りに監視されてるのが当たり前というマインドになるのかもしれないけど、そういう考え方では生きづらいよなぁ、と思った。

私もそういう時期はあったけど。

自分がどうしたいか、何をしたいか、より、他人からどう見られるかという他者の目を気にする他律的な行動をする人が多くて、怖いなぁ、気持ち悪いなぁ、と思う。

都会に行ってもそういう人間は多いんだろうけど、田舎は更に、そんな他律的で自意識過剰人間ばかりだよな、と感じる。

日本のなかでも更に相互監視度合いが高いのが田舎(自分他人人間が多いから)

似たような境遇と見た目に囲まれてるとそうなるんだろうから単一民族国家日本人は同一視に陥りやすいんだろうけど、それが当たり前になってる社会は、怖いなぁ、気持ち悪いなぁ、不健全だなぁ、と思う。

テレビネット大手や、主流のメディア価値観は「他人からどう見られるか」だから

自分の頭で考えられない教育を受けた人間たちが、メディア鵜呑みにして、他律的な価値観で生きてて、抑圧を押し付けあってて、気持ち悪いなぁ、と。

自由自律的に生きてる人間を叩くから、そういった他律的な人間は。

病む国には病むシステム価値観があるんだな、とわかったから、健全な国のシステム価値観を真似るか、健全な国に住むのが自分のためだな、と感じる。

国にいくら文句を言っても変わらないから、自分が出て行くしかないし。

まずは田舎を出て、その後、日本以外で生きていけるスキルを身につけて、海外暮らしてみて、どっちが合ってるかを判断したいなぁ、と。

田舎職場について悩むのは終わり。出て行くためにどうするか(貯金計画など)、に、意識を向ける。

2018-09-13

anond:20180913093229

なんかはっきり言わないとわからないやつが多いみたいだから言うけど、「オタクキモい」よ、マジで

顔が先か性格が先か知らんが、結果的にどっちもキモい

論理的に見せて屁理屈並べてるだけで、ただ感情的に「僕の言う通りにならないとおかしいんだ!」ってヒス女と同じだし、正直な分ヒス女の方が可愛げあるし。

アニメ趣味もなんだかんだ画一的だし。ミーハーだし。なんか身のあるようで無い理屈並べる分ただのミーハーよりキモいし。

自分世界にこもってなんの根拠もなく周りを見下すし。

社会性ないし。

読解力ないし

つーか頭悪いし

高説垂れてるけどDQN趣味酷似してるし。

2018-09-08

anond:20180908005801

植松なのは母親じゃない女は人間未満って言ってる人の方でしょ

他人画一的機能を求める人に、そう言うあなたは何の機能があるのって聞きたくならない?純粋

2018-09-05

就活における画一的服装

履歴書でいう機械作成印刷履歴書みたいなもんだから

あんまりなくなってもらっても困るんだよな

細部の不合理さはなくしていくとしてもさ

2018-08-25

anond:20180825134932

画一的排除する制度差別

刺青反社会的だという偏見は、誤った知識からまれてると思う。

人によって刺青を入れる理由は様々だよ。文化的もの信条的なもの伝統的なものもある。ただのインクとも言える。

暴力団などの反社会的組織安易に結びつけるのは、短慮がすぎると思う。

 

それとは別に、威嚇や脅迫犯罪なので警察相談した方がいい。

anond:20180825134633

刺青反社会的性質のものとそうでないものがある。

当人がこれは反社会的ではありませーんって勝手に主張してるから許容しろと?

そんな人治主義がまかり通るぐらいなら制度画一的排除した方が

反社の脅威に晒される人の人権を守るために効果的だな

2018-08-24

anond:20180824105140

え、難しくね?

 

会社によって残業ルールが若干違うし

有給取得率も違う

月の稼働時間も違うかもしれない

 

こう、時給いくら階級が何%みたいなヒストグラムも欲しい

 

たぶん給料は高くないが時給がめっちゃいい会社とか

給料高いが時給換算すると大したことない会社とか出てくると思う

特にこれからの時台は非正規とか増えて画一的労働にならないか給料統計で全てがわからないんだよね

例えばこの前出てた、東洋経済上場企業の平均給料ランキングとかも、条件でだいぶ変わってしま

anond:20180824092143

みんな画一的じゃつまんなじゃん

多様性のために制限は弱いほうがいい

刺青程度でしか多様性表現できないって馬鹿しかないだろ。

ここだけとれば、猟奇殺人とかあっても良い、好き勝手殺人するやつ出ても良い、

知らぬ人に急に殴られても「多様性!」で許せる聖人みたいに見える。

anond:20180824091847

みんな画一的じゃつまんなじゃん

多様性のために制限は弱いほうがいい

タトゥーなんて害ないんだから、他も制限されちゃう

キモくて金のないおっさん百害あって一利なしから絶滅させよう

2018-08-23

anond:20180823110319

最近というか昨日『詩季織々』って映画見てたら同じくゲイキャラが出てきたんだけど、

思うにそのたぐいのゲイキャラの造形がタイバニで言う所のファイアーエムブレムさん(もしくは、ニンジャスレイヤーのネザークイーン=サン)で固まってるのはあんポリコレではないよなあとは思った。

画一的な喋りはいいとして、「ガタイが良い」「ハゲか五分刈り」「ヒゲ」みたいな圧倒的個性典型なっちまうと、アフリカ人といえばモーガン・フリーマンみたいに形が個性と結びついてしまう。

もっと、「チビデブだけどゲイ」みたいな変なゲイキャラを登場させないと真のポリコレには近づいていけないと思うぞ。

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