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はてなキーワード: 画一的とは

2018-09-17

田舎は合わない

自己肯定感がなかった頃に合わない環境を選んでしまって、日々その環境ストレスだったけど、「主語自分ではない悩みは捨てる」(自分のために)と決めたので、捨てるために、嫌なところを書いて、悩むのはやめる。

嫌なところ、合わないところ

年寄りばかり

他律的で他人の目を気にする人間ばかり

(職場でも、周りの人間がチラチラ見てくる。狭い世界しか知らない=同一視が激しいから、他者への干渉が激しい人間が多い。自分他人関係ないという意識がある人間が少ない。他人の目を気にして、他人言動自分言動を変える人が多数派気持ち悪い)

民度が低い

(車のマナーは悪いし、トイレは汚いし。駅のトイレは定期的に誰かが詰まらせてる。都会で暮らしてたとき、そんなに頻繁にトイレの詰まりを見かけなかったので、田舎はいかにマナールールを守るつもりがない人間ばかりなのか、と思う。

都会でも規範意識が強すぎて、自分の抑圧を他者押し付けてくる人間が多い環境は避けたいけど。田舎みたく民度が低すぎず、かといって規範意識に縛られて抑圧が強い人間ばかりでもなく。この中間がいい。

暮らしてるようなド田舎でもなく、東京みたいな中心でもなく、程よい都会。

中心にいけばいくほど、規範意識が強くなり抑圧も強くなると思うから。(東京でも、規範に縛られた人間ばかりではない地域もあるのかもしれないけど

職場も、低学歴DQNの集まりみたいな環境高学歴規範意識の高い大企業官公庁のような環境中間、程よい規範意識環境を目指す。

今は、極端な環境いるから、ストレスなのかもなぁ。

地域民度の低さに偏ってて、職場規範意識の強さに偏ってて。

個人的に、同一視が激しい人間が苦手なので、田舎はそこが一番嫌だ。

他者自分を比べるのが当たり前、察するという領域侵害をしてくるのが当たり前で、気持ち悪い。

必要なことがあればこっちからうから、察してこないでくれたらなぁ。(これも、自分の期待ではあるけど

常に周りを観察してて、他者ニーズ忖度するという領域侵害をしてきて、それを良かれと思ってる不健全人間たち、気持ち悪い。

自分にもそういう時期はあったけど。

言ってもないことを先回りしてやるのが良しとされてる、同一視が当たり前の国、気持ち悪い。

おもてなし」とか迷惑しかないし。少なくとも私は、マニュアル至上主義チェーン店で誰に対しても同じな画一的接客をされて、望んでもないサービス押し付けられて、迷惑しか感じない。

自分ニーズ無視されて、相手勝手に先回りした相手が良かれと思う接客押し付けられ。それを海外に堂々と美点としてアピールしようと思うのって、忖度する・されるのが当たり前になりすぎてるからだよね、怖い。

そうやって自他の境界線がない人間が大多数で、そんな人間たちは、勝手他者に期待して失望して、文句を言ってくる。自分の期待が大きすぎるのが、問題なのにね…

勝手に期待して失望してくる人たち、うざい。

自分の抑圧を他者押し付けてくる人たちも、うざい。

田舎で生まれ育ったからなのか、周りの目を気にし過ぎる高校生を見かけて、痛々しいなぁ、と思った。

ワンマン列車(あまちゃん世界かよ。ド田舎ドラマで見るにはいいけど、暮らすのは合わない)で目の前にいた高校生グループが、カレーを持ち込んでるのは周りからひんしゅくを買うのではないか心配して、「私のではない」と何回も言ってみたり、「ツイッターに書かれてたらどうしよう」と心配してたり、挙げ句の果てには全て食べてみたり。

自分世界の中心と考えるのは思春期だと自然なのかなと思うけど、それに他者の目を過剰に気にするところが入ってくるのが、不健全だな、と思う。

同一視が激しくて相互監視社会みたいな日本で、更に同一視が激しい田舎に生まれ育ったら、周りに監視されてるのが当たり前というマインドになるのかもしれないけど、そういう考え方では生きづらいよなぁ、と思った。

私もそういう時期はあったけど。

自分がどうしたいか、何をしたいか、より、他人からどう見られるかという他者の目を気にする他律的な行動をする人が多くて、怖いなぁ、気持ち悪いなぁ、と思う。

都会に行ってもそういう人間は多いんだろうけど、田舎は更に、そんな他律的で自意識過剰人間ばかりだよな、と感じる。

日本のなかでも更に相互監視度合いが高いのが田舎(自分他人人間が多いから)

似たような境遇と見た目に囲まれてるとそうなるんだろうから単一民族国家日本人は同一視に陥りやすいんだろうけど、それが当たり前になってる社会は、怖いなぁ、気持ち悪いなぁ、不健全だなぁ、と思う。

テレビネット大手や、主流のメディア価値観は「他人からどう見られるか」だから

自分の頭で考えられない教育を受けた人間たちが、メディア鵜呑みにして、他律的な価値観で生きてて、抑圧を押し付けあってて、気持ち悪いなぁ、と。

自由自律的に生きてる人間を叩くから、そういった他律的な人間は。

病む国には病むシステム価値観があるんだな、とわかったから、健全な国のシステム価値観を真似るか、健全な国に住むのが自分のためだな、と感じる。

国にいくら文句を言っても変わらないから、自分が出て行くしかないし。

まずは田舎を出て、その後、日本以外で生きていけるスキルを身につけて、海外暮らしてみて、どっちが合ってるかを判断したいなぁ、と。

田舎職場について悩むのは終わり。出て行くためにどうするか(貯金計画など)、に、意識を向ける。

2018-09-13

anond:20180913093229

なんかはっきり言わないとわからないやつが多いみたいだから言うけど、「オタクキモい」よ、マジで

顔が先か性格が先か知らんが、結果的にどっちもキモい

論理的に見せて屁理屈並べてるだけで、ただ感情的に「僕の言う通りにならないとおかしいんだ!」ってヒス女と同じだし、正直な分ヒス女の方が可愛げあるし。

アニメ趣味もなんだかんだ画一的だし。ミーハーだし。なんか身のあるようで無い理屈並べる分ただのミーハーよりキモいし。

自分世界にこもってなんの根拠もなく周りを見下すし。

社会性ないし。

読解力ないし

つーか頭悪いし

高説垂れてるけどDQN趣味酷似してるし。

2018-09-08

anond:20180908005801

植松なのは母親じゃない女は人間未満って言ってる人の方でしょ

他人画一的機能を求める人に、そう言うあなたは何の機能があるのって聞きたくならない?純粋

2018-09-05

就活における画一的服装

履歴書でいう機械作成印刷履歴書みたいなもんだから

あんまりなくなってもらっても困るんだよな

細部の不合理さはなくしていくとしてもさ

2018-08-25

anond:20180825134932

画一的排除する制度差別

刺青反社会的だという偏見は、誤った知識からまれてると思う。

人によって刺青を入れる理由は様々だよ。文化的もの信条的なもの伝統的なものもある。ただのインクとも言える。

暴力団などの反社会的組織安易に結びつけるのは、短慮がすぎると思う。

 

それとは別に、威嚇や脅迫犯罪なので警察相談した方がいい。

anond:20180825134633

刺青反社会的性質のものとそうでないものがある。

当人がこれは反社会的ではありませーんって勝手に主張してるから許容しろと?

そんな人治主義がまかり通るぐらいなら制度画一的排除した方が

反社の脅威に晒される人の人権を守るために効果的だな

2018-08-24

anond:20180824105140

え、難しくね?

 

会社によって残業ルールが若干違うし

有給取得率も違う

月の稼働時間も違うかもしれない

 

こう、時給いくら階級が何%みたいなヒストグラムも欲しい

 

たぶん給料は高くないが時給がめっちゃいい会社とか

給料高いが時給換算すると大したことない会社とか出てくると思う

特にこれからの時台は非正規とか増えて画一的労働にならないか給料統計で全てがわからないんだよね

例えばこの前出てた、東洋経済上場企業の平均給料ランキングとかも、条件でだいぶ変わってしま

anond:20180824092143

みんな画一的じゃつまんなじゃん

多様性のために制限は弱いほうがいい

刺青程度でしか多様性表現できないって馬鹿しかないだろ。

ここだけとれば、猟奇殺人とかあっても良い、好き勝手殺人するやつ出ても良い、

知らぬ人に急に殴られても「多様性!」で許せる聖人みたいに見える。

anond:20180824091847

みんな画一的じゃつまんなじゃん

多様性のために制限は弱いほうがいい

タトゥーなんて害ないんだから、他も制限されちゃう

キモくて金のないおっさん百害あって一利なしから絶滅させよう

2018-08-23

anond:20180823110319

最近というか昨日『詩季織々』って映画見てたら同じくゲイキャラが出てきたんだけど、

思うにそのたぐいのゲイキャラの造形がタイバニで言う所のファイアーエムブレムさん(もしくは、ニンジャスレイヤーのネザークイーン=サン)で固まってるのはあんポリコレではないよなあとは思った。

画一的な喋りはいいとして、「ガタイが良い」「ハゲか五分刈り」「ヒゲ」みたいな圧倒的個性典型なっちまうと、アフリカ人といえばモーガン・フリーマンみたいに形が個性と結びついてしまう。

もっと、「チビデブだけどゲイ」みたいな変なゲイキャラを登場させないと真のポリコレには近づいていけないと思うぞ。

2018-08-21

anond:20180821141938

日本役者って指導元が少ないのか、演技がかなり画一的じゃね?

役者芸能人に滅茶苦茶疎いんだけど、なんとなくドラマ見てたら「この演技は前のあのドラマのあの人かな?」と思ったら違ったってことが何度かある。

同じようなテンポで喋り、同じようながなりかたをし、同じような泣き方をするんだよ。

声優でも近年の売れっ子集めたら全然聞き分けが付かないのがあったな

2018-08-17

anond:20180626203545

ほんとうこれ思う 

大企業管理下チェーン店フランチャオズばかりになって無個性画一的で町の美観に悪影響だと思う 

高菜食べてしまったんですかと店主が気軽に言える店を増やさなければならない

2018-08-08

anond:20180808141054

そもそも国民にとって選択肢とは必要なのだろうか?

著作権も今年70年に延長する事が決まった。

国民に求められているのは選択肢尊重ではなくお上意向尊重するという画一的、一様的な態度である

今は平和であり、国際的な足並みを揃える事が求められている。「著作権無視していい選択肢」などはじめから有りはしない。

これが有事であれば「戦争に反対だからこの国が負けてもいい選択肢」などもまた、有りはしないということがわからないだろうか?

2018-07-30

anond:20180730230351

から愛を形にしたものとしての結婚と、相続やらの手続き的な意味での結婚を一緒にしているから、

画一的な愛しか認められなくなっているでしょ?

野原一家名誉春日部市民になっているくらいのノリで愛の証としての結婚は認められて、相続やらはまた別のしっかりした制度でやればいいのにって話

そんなん簡単にできないか問題なんだろってのは自分はわかっているけどわかっていない人も多そうだよねって話です

2018-07-02

anond:20180702224234

男っつっても少数精鋭型だったりビッグダディ型だったり千差万別からなー

いい加減男だの女だので画一的な何かがあるという錯覚自体なんとかしたほうが良いんじゃねーのって思う

2018-06-24

anond:20180624101941

気持ちは分かるが、そのアプローチは筋悪だと思う。

大勢にとっての「美」というのは、建前をどう取り繕おうと厳然として存在していて、ミスコンが無くなろうが表現法律規制しようが、消し去ることは不可能だ。

「建前から始めずに何から始めるんだ」というが、臭いものに蓋をするやり方では本質的解決には決して至らない。

統計的に「大勢の人が美しいと感じる容姿」「大勢の人が不細工と感じる容姿」は確かに存在するのだから、それを単にオープンにしようという行為圧力規制するのは、それこそが「統計的な美の基準であっても公表すべきではない」という価値観押し付けであり固定化だとさえ言える。

大切なのは2つ。

統計的な美の基準」のもとで「評価が劣る者」が、不当に差別されることのないようにしていくこと。

そして、「統計的な美の基準」とは異なる「個人にとっての美の基準」を正当に評価していくことだ。

私たち社会先天的能力の優劣に応じて、得るもの失うものが異なる社会肯定している。

それこそ知能に応じて、その後の人生が人それぞれになるのは周知の通りだ。

しかし一方で、極度に知能の劣る者(知的障害を抱えたもの)に対する不当な差別肯定されていない。

能力が劣るものでも、ある一定水準以上の生活を行うことは基本的人権範疇として保障されているし、例えば「運動能力に難があるから頭脳労働であっても雇用拒否する」などといったような因果関係のない不当な扱いは一切認められないとされている。

統計的な美の基準」において劣ると評価されたものが、優れると評価されたものと異なる人生を歩むことは肯定する。その上で、特段に外見が醜いとされる者であっても極端な不利益を被らないよう適切な保護を行っていくこと、容姿の美醜とは因果関係のない事柄についてまで容姿の劣る人間に不当な扱いを行わないようにしていくことができる社会を目指す方が、よっぽど直截的でしか現実的だと私は思う。

また、元増田危惧している「統計的な美の基準」が「個人にとっての美の基準」を侵食して価値観画一的固定化していってしまリスクについては確かに存在すると考えられるが、これを防止するため「統計的な美の基準」の公表表現自体規制しようという発想は、如何にも筋悪だ。

問題本質は個々の人間自身が「自身価値観マジョリティのそれと異なっていても良い」という自信を持てず、安易マジョリティ意見に流されてしまうことの方にこそあるのだからマジョリティ意見を覆い隠してしまっては、自分価値観自身の持てない人間は、実態不明瞭となったマジョリティ価値観自分価値観の食い違いを今以上に恐れるようになって、今以上に「空気を読む」ことに神経を使い、自身価値観マジョリティのそれと一致させようという忖度誘引するキッカケを生むことにさえ繋がる可能性がある。

統計的な美の基準」と「個人にとっての美の基準」が異なっていても良いのだと啓蒙すること。そのために必要なのは統計的な美の基準」の実態隠蔽することではなく、それを明らかにした上で個々人の価値観尊重することの大切さを知らしめていくことにこそあるだろう。

藝大ミスコン中止に伴うはてな界隈馬鹿

美を追求するコンテスト廃止するなんて美を賞賛する事もダメなのか!

知識量を決める事と何が違うのか!

みたいな知性のかけらもないブコメ並んでてブクマカって馬鹿しかいねえな〜と思った次第。

馬鹿には分からんかもしらんが、一応説明すると人の外見において、何が「美しい」ものなのかってのがもう人に決められるもんじゃないって時代に来てんのよ。

自分の美、の基準自分で決めよう、自分ありのままの姿を自分で認めよう。

他人が優劣をつける事はやめようって話ね。

背が低くても足が短くても、美人

ニキビがあっても、肌がきめ細かくなくても、お尻にセルライトがあっても、それも美しいじゃない、って話よ。

もちろん建前でもあるよ?

でも建前から始めずに何から始めるんだよ。

大っぴらに

肌がきめ細く色白でニキビもなく足が長く髪がサラサラで艶があって額が狭すぎず広すぎず姿勢が良くてお尻が垂れてなくて二重で目が大きくて鼻が高くてどこかに気になるアザも大量のホクロもないって子

を、美人として優劣をつけ評価する事は、そういう美の基準を作るって事になるんだよ、分かる?

それから外れてる事は美人ではないって決める事なんだよ。

持って生まれたアザやチリチリの髪や短くて太い手足を否定して、その昔ながらの美の基準を目指そうって価値観自体がもう古いって話。

そしてそれこそそうした価値観から遠い人が傷ついて苦労して来たって話ね。

これを藝大みたいなとこがちゃん推し進めるのは必然よ。

もちろん芸能みたいな商売はまだまだ利用すると思うけどさ、それとこれは違うやん?

あん人間を売り物にするような業界自体普通じゃないんだからさ。

知識とか運動みたいに明らかに多い少ない速い遅い強い弱いで優劣がつくもんじゃねえんだよ、美ってのは。

誰かが勝手に決めてきたもんなんだ。

んで苦しんできたもんなんだよ。

デブ自己擁護とか言うけどさ、そうじゃねーんだよ。

ウィニーハーロウって知ってるか?

まだら肌のモデルだよ、水原希子とも共演してる。

その水原希子もケツのセルライト修正せずに出して一部ではなんで汚いものをって言われたんだよ。

でもありのままで良いはずって言ったんだよ彼女は。

それが美だよ。

まあ水原希子だって顔小さいし足長いけど、そうじゃない子だって少しずつモデルとして活動出来てきてるじゃん。

それを認める事なんだよ。

何であんなのが、って言うのは間違ってんだ。

それなら誰だってモデルになれる、と思うじゃん?

そうなんだよ、もはやモデルって何って話で良いんだよ。

いやそれでもそれなりに色々あるだろうけどね。

もちろん整形を希望する女の子はこれからも増えると思うよ。

リスクがあってもね。

それを否定は出来ないよ。

でもな、そうして整形願望を持つ子たちの根っこには、過去形成されてきた画一的な美の基準があって、それに伴う世間評価存在してるからなんだよ。

ありのままの姿でずっと評価されて認められてきてそれが世間で当たり前になってりゃそんなリスクさないんだよ。

鼻が高いのが可愛いよねって価値観が男女共になければ、そんな事しなくて良いんだよ。

よくよく考えるとさ、健康を害してまでウエストを締め上げたコルセット時代からまだそこまで進歩しちゃいねーんだよ人類

から少なくとも大っぴらな美の基準固定化する行為否定されて然るべきなんだよ、わかる?

ちなみに俺は高校生の時に学校ミスターコンテストで優勝した事あるけど、この流れは素晴らしいと思う。

これは冗談で言うけど、おまえらブサイクブスばっかのくせになんでルッキズム片棒担いでんだよ。

というかそこにコンプレックスあるやつほど執着すんのかもな。

あれだけ従わされてきたルールが突如変更になるって、俺私のこれまでは何だったのって。

ももう楽になろうぜ。

そんで自分の子もの代では過去の美の価値観から解放してやろうぜって思わんのかね。


追記:アノニマスでもなんでもないけど読んでくれてあざす。

だいぶ煽ったおかげで読まれた気がするけどもその部分の反発やご指摘は仰る通り。

自分の云々は蛇足だしどうせ僻みだろみたいな反応への予防線なんか張る必要なかったし馬鹿だったと思う。

多分自分ブコメするほうでもそこ一言嫌味入れると思うしのっけから馬鹿だなんだという部分で不快になった人には申し訳ない。

ただ揚げ足取りや内容への言及なしなものが大半になっちゃったのも否めずなんつーか諸刃だった感もあって。

全部いちいち注釈入れて全方位配慮型で中庸に仕上げた文章読まないでしょ?という気持ちは今もなくはない。

重要なのは美の基準の話だけど、生理的レベル好き嫌いに関しても俺は後天的ものだと思うんだよね。

まれた時から周りに自然にいる人に対して自発的生理的嫌悪は起こさないんだよ。

いわゆる顔面うんたらみたいな障害持ってる人とかも、出会たことがなければ衝撃を受けるのは自然な事だけど、仮に身近に当たり前にいれば生理的嫌悪も起きないわけよ。

現代美的感覚西洋文化から受け売りのものが多数であって、心理的ものですら必然的な現代生活刷り込みあっての後天的環境要因あってのものだと思うわけ。

現代文明に触れてないジャングルの奥の少数民族が同じ美的感覚持ってると思うか?って話。

からそれらも刷り込みであって、その土壌を作ってきた1つの美の様式を小さなとこから解体していくべきと俺は解釈してるわけ。

それはある種文化を壊すことにもなるけどそれがあるべき人間進歩には間違いないわけよ。

海外の流れがそういう考えを元にしてるとは思わんけど、自分の美の基準自分で決めるべきってところを掘ってくとそういう話にもなるわけ。

今までの基準を壊していく事、刷り込まれてるものを一旦全部リセットしてっていう。

ファッションだって黒人ヴィトンのショーを数日前にやって、ストリート手法がどんどんラグジュアリーにも本格的に受け入れられて、まあそっちはマーケットベースで動いてるけど、そういう一連の流れと多様性価値観進歩は全て共鳴してんのよ。

藝大みたいなとこは、って言ったのはアートとかそういうのは価値観を先に進め時代を牽引するものであって、だからこそ表のミスコン?にはそういう意図があった中、保守的な従来型のミスコンをやるってのがそりゃ違うでしょってなるのは必然って話。

あと運動能力知識量は明らかな勝敗がつけれるものであって、生まれ持ったものに左右されるのは確かだけど、美の基準後天的に作られてるっていう前提からすると同列には語れない。

それも比較するな、となったら努力否定する事になるってのは分かるけど、運動能力知識量は目指すべき方向性が決まってる。

それに対して美への努力は何を持って美とするか、を誰かが決めるものではないって話。

ミスコン結果的に目指す基準を作る行為になるって事ね。

あと芸術点のある競技の話に関して鋭いツッコミあったけど、これは競技に限らず芸術作品、文芸ファッション音楽とか全てにおいて権威評価を決める事への反発の動きもあって時に変動するからこそ基準に対して流動性があって良しなわけ。

それにそれらは人が作った競技から基準を人が作っても良いわけよ。

でも美人基準流動性がなく(ほんとは若干あるけど、流行りの顔とか。でも生理的ものとか言われるくらいだから根底あんまずっと変わってない)、なおかつ人の外見なんか人が生み出した競技ではなくその美の基準だけ人が生み出して、それで苦しむ人がいるわけやん。

んでミスコンはそんな外見の優劣なんて競技に参加したつもりもない人間判別する基準を制定する事になる行為だって話。

から取りやめる事は必然であって、他の競技も出来なくなるとかつまらない時代とかって批判おかしいっしょっていう。

この辺が話の本題で本質ね。

ブコメ本質の話にあまり至ってないのは俺の責任でもあるけど、少しでも気にかかった人はこの追加まで読んでくれると真意は伝わると思う。

再追記:タイトル煽りで損してるのも分かってるけど敢えて改変はしないつもり。

キモい、とかそういう内容に言及しない批判はどうでも良いし、的外れ批判を取り上げて持論を補強する卑怯なやり方もしないっす。

でもブコメ意見がめちゃくちゃバラバラでそれは良いのかなと。

勢いで書きなぐったのでまとまってないのは申し訳ない。

誤解を生むのも自分のせいかなと思うけど、未だに「黄金比みたいな美の基準は決まってる」みたい論は、それ後から決まってきたものであって、例に出してる現代文明に触れてない人間には通用しないんじゃない?=文明の影響で黄金比を感じる土壌が出来てるのであって後天的なもんだからそれを普遍的な美だと決めつけて人様の顔に当て込んで評価するのやめようぜって話。

で、そうした美の基準は多様で良いって前提なら従来型の画一的な美の基準に照らした評価継承するミスコン無用過去価値観を補強し定義する害悪って言ってる。

美以外にも努力否定してないし、ただ美の努力方向性勝手に誰かが決めてくのは終わりって話よ。

肌が綺麗とかどーとかよ。

ありのままでええやん、が本旨。

何回も言うけど、他の運動芸術などのコンテスト競技競技自体を作ったのが人間であり、何かを行ったもの、を評価するものから評価基準を人が作って良い。

一方、顔やスタイルなどの造形は生まれた時にある程度決まっており、何かを行ったもの、ではなく存在する外見そのもの評価する事でもあるから評価基準を人が作るべきでないって事。

努力っつっても外見に関して何に向かって努力すべきかを他人が決めるなって話。

そこからデフォルトで遠い人間ネガティブ評価を受けるから、以上。

ミスコンは中身も〜の議論は無毛なので話しません。

だったら中身だけでやれって話になるので。

余談だけど俺はめちゃくちゃ性格悪い自覚はあるから言及しなくて良いっすよ。

あと普段ブクマカなのでトラバ見方がむずくて見れてないす、ごめんなさい。

今チラッと見たけどトラバの方が建設的で内容に言及してくれてるっぽいのであざます

2018-06-22

anond:20180621214909

大学職能を学ぶところではない」と言って大学礼賛してるはてなーたちが、あまりに深く考えてない、「学び方を学ぶのだ」みたいな画一的ぼんやりした意見ばかり、本当に大学でのそんな高尚な学びなんてあるのか疑わしい。

実際、学歴自慢で役に立たない社会人ってみんなたくさん見てるでしょ。大卒者が皆そんなすばらしいリベラルアーツを修めて深い思考力や広い視野を持っているか?そんなことないでしょ?嘘言うなと思う。

2018-06-04

anond:20180604145658

まあそりゃ、たとえば放火欲求のある人も放火することを禁止されてる

んで幼児との性行為現在法律判断できるレベルでは幼児に対する暴力になるから(仮に暴力的な意図を持たなくても、麻薬やら過失やらある種の暴力としてみなされる事例として、そう判断される)

もしそれを実行しなくてはいけないのがロリコンであるなら現在法律差別されてるのは

そこは残念だけど制度上の問題しか言いようがないか

まあ不当な法律というのはごもっと

はいえ、もちろん幼児との性行為暴力になるという判断画一的すぎるかもしれないか

この辺は法技術とか制度設計進歩していないということで

まあ増田みたいな人が研究して発達すれば除かれる可能性もあるんではないか

そうしたことロリコン権利の拡充につながるんだと思うよ

から、やっぱり自分責任がないってだけじゃ、権利主張にはやっぱり無理筋かなと思うね

それは権利侵害しないかどうか確認する手立てになりえないから、重大な問題を除けてない

そして法技術に不足している部分はあるにせよ、今あるもので何とかやりくりするのが社会なんで

もちろんそういう技術の不足をそこまで気にしなくてよかったLGBTとかの方が有利だったけど

2018-06-03

anond:20180603002757

最先端日本の文化だと持て囃されたそれらは、飽く迄も表現の一つとしてアニメを選んだ作品なんだよ。

それらを作った人達は、インスピレーション教養大元アニメな訳じゃない。

ところが、アニメだけを見て育った連中がアニメを作ろうとしたら、そりゃあ商売としては売れても作品として評価されるのは難しい。

アニメに限らず、ラノベ何かもそう。大ヒット作者は必ず何か別の下地を持ってる。

後は単純に劣悪極まりない労働環境アニメーターがもう入ってこない育たない。

時代に命を削って職人芸で作ってた人々は、多くがデジタル化の時に消えた。エヴァだのビバップだの上げてるけど、その頃の中堅が30代だったらもう50過ぎだよ。

デジタル化したおかげで綺麗で画一的アニメになったけれど、作画担当者の色は見難くなって、個人やりがいだけに依存するのは辛い所よ。

スタッフロール見てるか?もう中国外注ばっかりだぞ。

表現したい物があるからアニメを選んだ人々の時代からアニメが作りたくてアニメ作ってる人々の時代の違い

2018-05-28

現実同性愛者の恋愛にはあんまり興味がが無い

んだけど、はてなですらそういうの言いにくい感じが出ていて。面倒くさいなぁと。

別に同性愛から興味が無いんじゃなくて、芸能人同士のヘテロ結婚だって、大体は大して興味が無いだけなんだけど。「素晴らしい!」「勇気がある!」「よく言った!」みたいな事言わなきゃいけない。意識高い組合の人はそれを言わざるを得ない感じなのが、正直わずらわしいです。

あなた人生から好きにすればいい」としか思わないんですよね。誰かが「人を好きになるのは性別なんて関係無い」という結論に達するのは勝手だと思うけど。「私は異性しか好きにならない」「私は同性しか好きにならない」と思っている人がいるのもその人の勝手だろうと。

なんか素敵な事言っている風なのも、本人のせいというより意識高い系周りがそういわせているのか知らないけど。

別に積極的妨害はしないけど、同性愛ちょっと自分的にはあり得ない」って感覚でも構わないと思うんですけどね。そう言わせない感じが好きじゃないのです。「どう思っていてもいいけど、直接的に邪魔をするのは止めよう」くらいが一番穏やかな結論じゃないかと。なんか人の考えを画一的ルール化して、それ以外を罰しようとしているように感じるんですよね。

anond:20180528043051

そんなのより

子供をどんどん作ってください

施設に持ってきたら施設が育てるので作れるだけ作ってください

でいいよ

画一的教育できるから安倍総理を支持しない左翼は居なくなるし

教育コストがないならバンバン作れるね

2018-05-07

anond:20180505224342

友情があると思う人」と「友情はないと思う人」がいるじゃん?

友情があると思ってた人」が次第に相手のことを好きになる場合も、逆の場合あるじゃん

逆にセックスはしても恋愛感情は持てない、ってこともあるじゃん

無理だよ、画一的に当てはめるの。

考えや感情なんて人や時によって変わるんだから

しかLGBTとかもあるしね。同性も異性も関係なくなってきた。

から「異性同士の友情はあり得る!」って心底信じてる人(特に実体験を元にそう思ってる人)は、限られた相手場合だけで、しか相手もそう思ってるとは限らない、ってのを頭に入れて欲しい。

人の心は良くも悪くも自由です。変わるし、強制できない。口ではなんとでも言える。

この元増田のようなこと考えてる可能だってあるんだから

もし告白されたら「友人だと思ってたのに!」って怒るんじゃなくて、少なくともその気持ちだけは認めてあげてね。

2018-04-24

誰かが、僕の文章を好きだと言ってくれたなら

anond:20180422154919

「――進級祝いだよ」

 彼女スマホから目を離さずにそう言った。

 初夏も迎えていないのに油断すると汗がにじむ、春の陽気とはいい難い日だった。すこしだけ呆けていた私は、それが机上に鎮座したパソコンのことを指しているのだと気付くのに時間を要した。

「進級祝い?」

 そう口にして、彼女と同じことを言っていると思った。気恥ずかしさを誤魔化すように、胸ポケットから煙草ライターを取り出す。火を点けると一瞬燐の燃えるつんとした匂いがした。

 スマホから目を離した彼女と目があった。

「うん、進級祝い」

 そう言って彼女は愉快そうに笑った。

 私は日記を書くことにした。

 私のことに興味を抱く人間など希少だろうが、このはてな匿名ダイアリーという戦場では、何らかの記号がなければ、不特定多数の日々という奔流に押し流され、何事もなかったかのように埋もれてしまう。

「——せっかくだから定期的に日記を書くよ」

 彼女にそう言ったので、私は、ここで私のことを記そうと思う。

 当時の私は大学生だった。自身の不徳から同級生より二、三、歳を重ねていたが、好きなものを持ち、夢を持ち、自由を持つ、有象無象学生の一人だった。

 大学生になる前は、モノ書きに憧れていた。

 昔から文章を読み、書くのが好きだった。尤も、幼少より親交を深めていた文筆や長文という名の友人は、短文型SNS流行によりに疎遠になってしまたことは否めない。

 それでも私は期待していた。

 大学生になれば、腐るほど時間を持て余すだろう。上質で心地よい文章に好きなだけ埋もれることができるだろう。そうしていつか、

 ――自分文章を生み出すことができるだろう。

 だが、漠然モラトリアムを信じていた私を迎えたのは、勉学や部活動やその他雑務忙殺される、いかにも大学生らしい生活だった。これでは趣味を極める余裕などなかった。少なくとも私程度の容量では困難だった。

「忙しいって、充実してるってことでしょ」

 ――いいじゃない、と彼女は言った。私はすぐさま反論した。

「僕は忙しいなんて感情が、充実の証左たるわけがないと思う。多忙絶対的時間を圧迫するもので、人が創造する余地を奪い気力を追いやってしま悪魔だよ。そんなものを充実と勘違いする奴らなんて、ハムスターにでも生まれ変わって回し車で走り続けてればいいんだ。きっと幸せだろうさ」

ハムスターが充実してるかはわからないけど」

 彼女は私の言葉を制する。

「でもごめんね、そんなつもりじゃなかったんだ」

 私は、言語を介さな思考というものにめっぽう弱い。

 図や数式に意味を見出せず、記号として扱うことが出来ない。想像したものを、今見ているものでさえも、絵という形に還元できない。運動をする際にも、関節や筋肉の仕組みを文章理解して、やっと思考動作が一致する。生き辛い脳の作りをしていると思う。

 彼女は違った。

 図だろうが数式だろうが、そこにあるものをあるがままに扱った。スケッチが上手だった。空想世界でさえ表現することができた。スポーツなんて、見ればすぐに何でもこなした。

 何もかもが理解できなくて、どう考えているのか彼女に尋ねた。

 ――勘かなあ、と。

 なんでもないことのように彼女は言った。それが心底恨めしく、心底羨ましかった。

「——私は君が羨ましいな」

 彼女言語を介した思考が苦手だと言った。映画感想を聞けば楽しかった、という画一的表現しかできなかった。ラインのやり取りは苦手だから電話を好んだ。読書感想文なんて本を読む気も書く気も起こらず、コピペをして怒られたらしい。

 そんな彼女がくれたパソコンで、私は日記を書くと宣言した。

 多忙という悪魔に打ち勝って、彼女との差異を埋められるだけの、創造性を再獲得すると誓ったのである

 そうしてたくさん日記を書いた。何度も筆をとり、何度も筆を手放しそうになりながら、日記を書き続けた。

 ブコメもたくさんついた。批判的なコメント肯定的コメントも数えきれないほどあった。

 創造性を再獲得できたかはわからない。大学生だろうが社会人だろうが、忙しさは私を襲い続けた。私は今も悪魔と戦い続けている。

「ただいま」

「おかえり」

 彼女スマホを見ていた。

 相変わらず彼女は直情的というか、動物的というか、あの頃のままそこにある。泣き、笑い、怒り、喜び、日々忙しそうだった。

 胸ポケットから煙草を取り出した。ホルダーにセットすると、独特の酸味臭が鼻を突く。

 スマホから目を離した彼女と目が合った。

 画面をこちらに向けていた。

「これ、君でしょう」

 

 文字の海から私を見つけて、彼女は愉快そうに笑っていた。

 ――僕はその喜びを、未だに言語化することができない。

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