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はてなキーワード: 写真集とは

2018-12-10

ネットイスラム国音楽を初めて聴いたとき衝撃を感じた

ネットのない昭和時代だったら勝手にパクッてもまずバレなかったんだろうなあ

勝手外国書籍写真集を使いまわしてもまずバレなかったんだろうなあ

昭和に生まれたかった

2018-12-07

追記有】イマジナリーフレンドと生きている

イマジナリーフレンドと呼ぶと格好付けになる。実際はただの架空の友人。

私は幼少期から親の都合で関東転々としていて、同じ家に5年以上住んでいたことが1度しかない。最長で8年。

そんなわけだから新天地友達を作っても、どうせ長続きしないだろうと諦めて越すと同時に縁を切ってしまう。虚しい。

携帯を手に入れてからは人と繋がることが容易くなり、1年に1度でさえも会う事は無いけれど連絡は時折とる、そんな知り合いも増えてきた。

それでも虚しいし、寂しい。

小中高と同じ出身人達を見ると胸が苦しい、幼馴染という概念が羨ましくて仕方ない。

同級生達が卒業式後の打ち上げの話をしているのを見て喉を掻き毟りたくなった。

片鱗は以前からあったけど、はっきりと自覚して架空の友人を作り上げたのは高校転入時だ。東京から他県の田舎寄りの高校に転校した。

前の土地ではどんな風に友達と過ごしてた、とかオーソドックス転校生への質問だったと思う。

私はAという友達とどこそこでよく買い物をした、映画を見た、食事をした、そう答えた。

今にして思えば見栄なんだけど、架空の友人を作る人なんて大概虚栄心じゃないか

Aは最も長く過ごした土地で出来た仲の良い同性の友人で、私の一番の理解者でもある。8年ほど前に生まれ存在だが、設定からいえば16年ほどの付き合いだ。

人生の半分以上を共にした人間。もはや家族に近い感情を抱いている。

彼女に救われている一方で、彼女に囚われているとも自覚している。

彼女存在することで救われているから、彼女存在しないことを突き付けられる度に、絶望しそうになる。

私はツイッターアカウントをいくつか持っていて、その中には俗に言うリア垢が存在する。

私だけではなく、Aのアカウントもある。

実在性を上げる為だ。

誰のためでもなく私の私による私のための生産性のない行為

私が新作の映画を見ればAは「私も気になってたんだよね」と呟いてくれる。

私が誰かと食事をすればAは「どこのお店?今度連れてってよ」とリプをくれる。

そんなかんじだ。

別にAが私と会話をする為のアカウントではなく、Aはこの本を好むだろうと感じた本を読んで感想を呟いたり、彼女ならこんな曲を好むだろうと他人伝いで見つけた知らないバンド新譜を買って写真をあげたりする。

直近だと、出演作もろくに知らない俳優写真イベントに飛び入りで参加などした。Aが好みそうな顔をしていたから。

時折よく会話をしている鍵垢は誰?と聞かれる。他人の会話覗いていることよく口に出来るな、と思いつつも自分でも同じことをしているのでなんとも言えない。(みんな見てるよね?)

過去に住んでいた土地親友、と答えている。

彼女は私の中で生きていて、嘘はついていない。

彼女は私なくして存在する事はできないし、私も彼女なくして生きる事はできない。

大学も出て社会人になっていい歳してなにをしているんだろう、とも思う。

今日も私はイマジナリーフレンドと生きている。

追記

私と彼女生活「日常」の一コマで、平生の延長線上にあるものだ。だからトラバブクマコメで、漫画映画といった「非日常」的要素を挙げられて驚いている。

自分にとっては大したことない行為(勿論私の中で占める割合は大きい行為)でも、他人にとってはフィクションに該当するんだな。当たり前のことなのにアハ体験価値観アップデートが行われた。

このエントリ?を書くためにアカウントを取得したので、返信の仕方がわからない。追記方法も間違っている気がする。

からも反応が無いまま消えるのだろうとわかりつつも、彼女を私の中で生かし続ける後ろめたさからこのエントリを書いた。

でもありがたいことに(?)少し反応をいただけて、その瞬間だけでも擬似的に彼女他人の中で存在することができたから、嬉しい。

ブクマコメに「自分死ぬと同時に彼女死ぬんだし」という言葉があった。

私が死ぬ彼女死ぬという言葉ガツンと後頭部をバットで殴られたような感覚。そうか、私が死ぬとAも死ぬんだ

本人にそんな意図ないのはわかってるんだけど、なんとなく長生きしようかなと思えた、ありがとう。これが言いたかっただけ。

それだけの追記です。

2018-11-27

anond:20181127121453

ただ、大手出版社以外にとっては微妙な本でも金出して買ってくれる大口消費者でもあるわけで。

ブクオフ図書館も1冊10円でもいいか著作権料支払ったほうがいいと個人的には思う。

ページ切り取りは損害賠償とかももっとやったほうがいい。

そんなわけで成人は電書化やむを得ないと思うんだが、未成年は電書買えないもんな。

児童書点字書籍、大型写真集など以外は紙減らしてっていいと思う。

2018-11-25

anond:20181125113535

昭和を知らない世代

サンタフェだって今の時代なら児童ポルノだし

もっともろポルノな内容の18歳未満が出ている写真集普通に売られてたし

テレビおっぱい丸出しとかも普通だったよ

2018-11-13

https://anond.hatelabo.jp/20181113142423

AV見過ぎてていまさら写真集だと抜けない。

そんな高いもんでもないし、さらっと見て終わり。あとは思い出したときにでも見るぐらい。

anond:20181113142423

プラトニックアイドルを愛してるので、写真集でぬくなんてしませんよ。

ひたすら観賞あるのみです。

アイドル写真集って

ヌく以外に用途が思い浮かばないんだが、

買ってる人は時間をかけて鑑賞しているのだろうか?

2018-11-06

anond:20181106174922

本屋に入って必ず目につく場所って入り口すぐの新刊台とかだろうけど

あそこは話題一般文芸ビジネス書が面陳される場所で、

漫画だとONE PIECEレベルの人気作品が置いてあるくらい。

ラノベBLが置かれることなんてまずありえないぞ。

まだアイドル写真集が置いてある可能性のほうが高い。

2018-11-05

フィギュア漫画差し押さえ 駐車の違反金滞納に効果

https://www.asahi.com/articles/ASLBZ04SHLBYPLZB01K.html

府警ではこれまで主に家電製品貴金属対象にしてきたが、徴収額を増やすため、今年から趣味の品も対象にすることにした。全国でも珍しいという。

家電腕時計のほか、人気マンガの「ONE PIECE」「弱虫ペダル」、アニメの「新世紀エヴァンゲリオン」「機動戦士ガンダム」のフィギュアなど44点が計20万円余りで落札された。

趣味の品を差し押さえる本当の狙いは、別にある。出品前なら、違反金を払えば差し押さえられた品は戻る。府警の滞納処分執行官は「思い入れの強い品を差し押さえられることになると納付につながりやすい。そんなことになる前に、きっちり払ってもらいたいのだが」と話す。今年、出品前に払われた違反金と延滞金は200万円を超える。

今年8月にアイドルグループAKB48」のDVD写真集差し押さえられた40代男性は、「価値のあるものばかりなので、持って行かれたら困る」と話し、約1週間後に滞納額約22万円を支払ったという。

京都府警……容赦ないな。

つーか反則金で22万円ってどうやって滞納するんだ…

2018-11-04

anond:20181104131646

いやだ

毎月定額サービスが良いんだ

写真集、一冊一冊を買うたびに毎回支払うの、めんどくさいんだ

2018-11-02

新規おたくの話

私は新規だ。

謙遜でもなんでもなく新規おたくだ。若手俳優界隈自体新参だ。

私はほんの少し前に推し出会った。舞台映像を見て、世界が変わった。汗だくで踊るその人は、本当に素敵だった。これまで三次元にあまり興味のなかった私だが、一気に引き込まれた。

学生身分であることと、親が厳しいことの弊害で見れないものも多かったが、出来るだけ代表作の映像を見た。余っているチケットを譲っていただいて、テスト後に無理やり舞台の予定をねじ込んだ。

初めて生で見たその人は席の問題で遠かったが、凄くかっこよかった。また見たいと思った。ただ、その舞台は初演から一気に人気に火がつきチケットが手に入らず多ステには至らなかったので、円盤を予約した。

それ以降、出演予定のイベント舞台は、行けると確定しているところは全て応募した。このままではファンとして恥ずかしいと、ダイエットを始めた。生まれて初めて写真集を手に取った。そして今、ブログインタビュー記事過去に遡りながらコツコツ読んでいる。

私の周りに俳優おたくはいない。友人は二次元声優おたくなので、私が必死情報に手を伸ばしているのを「頑張って、協力するよ」と応援して、色んな発表を一緒に喜んでくれる。毎日幸せで仕方ない。

ただ、ずっと怖いと思っていることがある。

それは、私が新規である、ということだ。

時間は巻き戻せない。どれだけ祈ったところで、私が今「推し」と認識しているその人に出会うのを数年前にすることはできない。どれだけ後悔しながら円盤を見ても歴は伸びないし、どれだけ過去舞台のトレブロを回収しようと定価以上に払うお金推しに回ることはない。

はてブロで「3年目の新規」と書いている人がいた。3年目で新規なら、私はその辺りに落ちている紙切れにも値しないんじゃないか、と考えてしまう。古参の方々は、私のような突然舞台に通い始めた新規を受け入れてくれるのか、笑われやしないか、今のままでは茶の間と呼ばれてしまうのではないか、それが怖い。

私は、別界隈に追いかけ始めて8年になる同性の推しがいる。私より歴の長いおたく他界した人が多いため、私は今では古参と呼ばれる立場だ。一度推し始めると長いため、もう自分新規だったことのことが思い出せず、今どうすればいいのかわからなくなってきた。

しかし、今はただ推し俳優さんの演技が見たい。板の上で輝いている姿を見たい。接触に行くつもりは今のところないので、同担さんと何もないことを願うばかりだ。

2018-11-01

しがないキャラクターデザイナーですが(追追記あり)

最近萌え絵騒動に対して思うこと。

自分は某全年齢作品キャラクターデザインに関わっているデザイナーです。

最初に書いておきますが、自分萌え絵否定派ではないです。むしろ日本発明した文化だとすら思います。ただ、ゾーニングはきっちりすべきだと思っています

児童書キズナアイを取り上げて、これは萌え絵か、いや少女漫画か、だとか色々話題ですね。議論に上がる絵柄は萌え絵と称されることが多いですが、「萌え」の基準に対しては、時代とともに変わり、また個々の定義にも差があり議論が平行するので言及しません。

ただ、それらの絵には一つの共通項があります。それは、「男性に対して「媚び」を含んだキャラクターかどうか」の一点です。

「媚びた絵」を否定しているわけではありません。ただ、客観的に見て、そういった要素が見受けられるアートスタイル一種だということです。

例えば、清純派なのにエロい格好をしている。これは、明らかに矛盾しています

現実だと、性格が淑やかな女性が、大きく胸のはみ出る服を着ることはないです。(いたとしたら、その女性の本性はとんだ肉食系です。) ロリ巨乳なども矛盾ひとつでしょうか。男性に媚びたキャラというのはつまり、「男性目線で好ましい部分だけを組み合わせたキャラクター」のことです。

露出度が高ければエロなので媚びているのか?というとそれは違います

例えば、アメリカン・コミックスヒロイン達を筆頭に、攻殻機動隊草薙素子ルパン三世峰不二子ヴァンパイアシリーズモリガン。強く自立した女性は、セクシーな格好をしていてもそれは自信の表れであると捉えられます。少なくとも、自信がなくオドオドして従順キャラクターは、上記はいないですね。

女性に好かれるセクシー女性キャラというのは、得てして他人に媚びず、肉体的にも精神的にも男性に勝る強さを持ったキャラクターが多いです。現実でも、セクシードレスを着た女性を思い浮かべてみると、ハリウッドスターのような女優、もしくはスタイル抜群でスクールカースト上位の女性ではないでしょうか。

でも、そういった女性に、日本男性は近寄りがたさを感じてしまうのも理解できます

そこで、「セクシーだけど、順従で清純」というある意味キメラ的な、都合の良い所だけを合わせたキャラクターが生まれていき、今日日、「痴女のような格好をした清純派美少女」という存在が、日本中に溢れているわけです。

キャラクター作りには、まず性格があり、顔があり、体系があり、髪型があり、服装がありますキャラが着ている服は、本来、本人の性格を反映している筈なのです。

多くの矛盾を含んだ「男に都合の良い女」というキャラ作り…こう書いてみると、いかにもフェミニストが嫌がりそうなキャラ作りではあります

個人的には男性に都合の良い女性キャラクターはいてもいいと思います。(ファンタジーですし)。それに、女性に都合のいい男性キャラも当然星の数ほどいますしね。

でも、ゾーニングもされず世の中がそればっかりになると、ファンタジー現実混同しはじめる人がいるのはわかるかと思います

あくまファンタジーから。そういった共通認識を前提として、今まで創作世界を楽しんでいたのですが、あまり裾野が広がりすぎるとその前提が届かない人たちが出てくる、そしておそらくそれは、男女共に幸せなことではないだろうと思います

現実女性漫画で読んだほど、男性に都合は良くなかった。そう感じて女性を恨んでしまうのは、元々女性に対するハードルが、フィクション世界で高められてしまったのも一因としてあると思っています特にインターネット育ちの次世代については、注意深く見守る必要があるのではないでしょうか。女性場合は…どうなんでしょう。一昔前は王子様を待ってる…なんて言われ方もしましたが…。

長々と書きましたが、キャラクターを作る際、イラストを描く際、注意している点は山ほどあります。それは、自分が扱う作品公共の場に出るからです。なにをどう描いたら性的に見えるか。これにはかなりわかりやすルールがありますし、おそらく皆さんもなんとなく感覚理解しているのではないかと思います

老若男女、赤ちゃんからお父さんお母さんお爺ちゃんおばあちゃんまで、誰に見せても大丈夫。誰が通るかわからない道には、表現にもそれなりのマナーがあると、自分は思います

追記

読んでいただいてありがとうございます。頂いたコメントに関して、補足していこうと思います

まず、最初にも書きましたが「萌え」の定義は人それぞれですので、萌えという言葉のことは忘れてここではただの「絵柄」というふうにお考え下さい。

ゾーニング対象に関して。

これに関しては短文でまとめられるものではありません。箇条書きすると以下のようになります。(何か忘れていたらすみません。ご指摘下さい)

・そのキャラクターは、特定カテゴリに属する誰かの心を傷付けるもの

・過剰に性的描写はあるか(特定部位の肉体描写のしつこさ、視線誘導)

現実乖離した(異性に対して誤解を招くような)価値観を広めているか

3つ目は、先日話題になったAVの技など「真似するユーザーが増えると他者への害となる」というようなものです。が、該当作品が少数かつ、誰しもがわかるようにフィクションであれば問題なかったりします。市場全体の価値観の偏りや社会傾向が問題点になり、一番難しい部分です。

キズナアイに関して気になっている方が多いようだったので個人的に思うことを書きます。(全ての動画を見たわけではないのでデザイン面だけの話です)

デザインは、概ね問題ないとは思いますが脇の下は空きすぎですので、詰める必要があると思います。「写真集」表紙イラストを見ますと、サイドの胸の膨らみが出ていますが、服の構造的にもかなり変形的で、「胸を見せたい」という意図を感じます。ここは胸の膨らみ全体を覆うように(セーラームーンの肩の2連リングが無いバージョン想像して下さい)した方がもっと幅広い層に受け入れられるのではないかと思います

絵が伝える性的な要素というのはデザインもですが、色も大きく関係します。そしてイラストも構図によって見え方をいくらでも変えられるので、「このキャラからOK/NG」という単純な話ではないのが難しいところです。

他にも、何か質問疑問があればできる限りお答えしたいと思いますので聞いてください。

追記コメントを読んで思い出したのですが、「脇が開いている方が3D制御をしやすいから」という話。

誰が言い出したことかは知りませんが、アホらしいというのが正直な感想です。破綻するとしたらそれはモデラースキル不足です。確かに、ヒラヒラした物がついていない方が簡単に作れますが、素肌である必要はありません。3D的な作り易さを優先するならば何よりまず、腕を組んだときなどにダイレクトにめり込む胸を無くすべきです。動かし易さを考えてデザインをすることは悪いことではありませんが、解消方法比較的容易な脇は必要以上に開き、3D的に問題の温床となる大きな胸はそのまま、というのはよくわかりません。なにより、デザインの「言い訳」を3D仕様のせいにされて論点デザインのものからズラされるのは、3D悪用されているようで気分がいいものではありません。

これ以上の追記記事を分けますね。

つづき↓

anond:20181102124018

2018-10-30

本屋痴漢盗撮をされた話

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.bengo4.com/c_1009/n_8761/

渋谷ハロウィン痴漢問題に関してのブコメ

いい加減露出度の高い服を着てるのが悪いとか危ない場所に行く女がとか

自己防衛とかそういうの、目にするのがつらい できることならやめてほしい

いつか書こう書かなければと思ってずっとエネルギーなくて書けなかったけど、

10年程前に書店盗撮に遭ったときの話をしま


私は当時165センチ60キロの太めの20歳台はじめのどう見ても地味できれいではない女性で、

暗いグレーの膝上までのコートに膝丈のスカート、脹脛を覆うくらいの暗い茶のブーツを履いた地味なファッション

ある資格のための一次テストが終わってほっとして地方都市の大きな書店に久々に立ち寄って

マイクロプレゼンスゾウムシというゾウムシを精細に撮影した写真集立ち読みしていました

そのときごく近くの本棚に隠れながら張り付いて鋭い目つきでどこかを凝視している男性がいてぎょっとしましたが、

そのときは「万引き監視スタッフだろう」と思って驚きながらも気にせずにいました

他のフロアもまわりしばらく書店内をうろうろし、私は書籍を何冊か持って書店の端にあるベンチに座り、

どれを買おうか吟味し始めてしばらくすると、私が座っている正面の書架書架の間で

先ほどの鋭い目の男性がもう一人その場にいた男性に「撮ってるでしょ」と声をかけていて

そうするとその男性は突如火がついたように駆け出して私のいるベンチの方へ走って逃げてきました

「待て!」と言って万引き監視員と思われる男性はその逃げた男性に飛びかかり、

私のいるベンチに二人してものすごい勢いでつっこんできて転倒しました

ベンチは倒れ、辺りは取り押さえられた方の男性の口や鼻から出た血でいっぱいになっていて折れた歯が落ちていて、

私が驚いて立っていると女性書店員が私にそっと触れて「大丈夫ですか、あなたが撮られていたみたいです」と言って声をかけてきました

私は目の前の状況とまさか自分なんて撮られるわけがないということに驚いて言葉もありませんでしたが

そのまま事務所保護されて警察が来るのを複数書店員さんと共に待ちました


しばらくして犯人を取り押さえたスタッフ

(この人は万引きではなく盗撮監視スタッフで、そこで書店での盗撮はとても多いということを初めて知った)

が息を切らして戻ってきて、隙をついて逃げられた、と言いました

犯人スタッフを振り切って逃走したようでした カメラ書店ゴミ箱に捨ててありました

しばらくして警察複数人やってきて、現場検証と私への聞き取りを始めましたが

身長体重も年齢も職業書店にやってきた理由も何もかもを全部詳らかに言わなくてはなりませんでした

私が加害者でもないのに…というモヤモヤと今更物事を実感した恐怖と

また当時は美人でもない私が盗撮なんて、という気持ちもあってそういったことを話すのがすごくつらかった

そして極めつけに、犯人カメラで撮ったものを一枚一枚自分確認しなければならなかったのですが

これがとてもつらく気持ち悪く、今思い出しても本当に涙が出てきます

犯人は私の後ろや側面をフロアを跨いでずっとつけてきていて、順番に全身や膝の裏を何枚も何枚も執拗に撮っていて、

長い時間マークされていることがわかりました ベンチに座ってから写真が最も多く、

ズームで何枚も何枚も膝の間を撮っているのです 意地でも中を見てやろう、という感じがすごく怖かった

ただ私はきれいではない女の子だったけど当時も世の中では「女性自己防衛」が強く言われていましたので

膝をきちっと閉じて座っており、下着などは写っていませんでした

それで刑事(本当に踊る大捜査線刑事みたいないでたちだった)が「下着が写ってないので立件は難しいと思うんだよね~」

というような事を説明し出して、私としてはうそでしょ、という思いでした

こんなにも執拗に何十枚も追われて写されて、犯人カメラと言う物証もあるのに、

血まみれの捕り物劇まで見てしまってこれで犯罪として扱うことができない、と言うんです

下着写ってないんだから実質撮られてないだろ大げさな」って言う人もいるかもしれませんが、

犯人は逃げていて、しかも流血していて私のことを逆恨みしているかもしれない、と思うと

何らかの決着がつかないことにはとても恐ろしい事態でした 事実私はその後4か月ほど電車バスに乗れず、

犯人男性と同じような容姿男性を見れば犯人当人ではないかと思い

件の書店には今も足を踏み入れることができません 今も怖い どこかで会ってしまうのではないか


とにかくそときは連絡先を警察に託し、スタッフの方にはお礼を言って場を辞しましたが

事務所を出た途端大泣きしてしまいました スタッフの中には大げさなって思った人もいたでしょう でも恐ろしかった

父は連絡しても(あとで訊いたら「大したことはないと思った」と)迎えには来てくれず、

母が来てくれましたが帰りの電車が怖くてしかたなかった 犯人の姿と似た人を見てはビクついていた

犯人いるかもと思った 母が私を落ち着かせるために喫茶店に入って座らせてくれましたが、

そのとき母は「お前に隙があったから」「油断して歩いていたんでしょう」

自分美人になったつもりなの?」というようなことを言いました

隙がないか下着が写ってないのに!下着が写ってないから立件もできないのに!です

世間で言われる自己防衛が私を守り、しかしかつ私を傷つけるという皮肉な現状がありました

(母の内面化された性差別心もまた私も傷つけましたが、のちにその母もまた若い頃同じような目に

何度も合っていてその都度それを言われ続けたことがわかりこの価値観連鎖地獄だ、と思いました)

何とか家に帰りついてもよく眠れず、あの血が飛び散った瞬間のことを何度も何度も思い出しました

怒りと復讐心と恐怖で血眼になってネット検索をして犯人らしき人間掲示板に書き込んでいるのも見たけど

立件できないと言われた以上それを警察に報告することも間違いなのかと思いできず、一人でもやもやとそれを見ていた

翌日も部屋に閉じこもっていると、女性警官の方から電話が来て「犯人自首してきた」と告げられ

「直接会って謝りたいと言っている」と言われました「どうする?」と 選択肢なんてこういう場合あるんでしょうか

犯人自己満足のために謝罪を受け入れることも勿論できなければ会って自分の身を危険さらすこともできるわけがない、

私はすごく苦しかったけど社会的に見てそんな大したことではないから大騒ぎできない、とも思っていたか

性犯罪被害者のための悩みを打ち明ける場がある」とその女性警官に言われても

「他にもっと酷い目にあった人からすれば私なんて大したことされてない、つらいと言うことは悪い」

と思ったので大丈夫です、と電話の向こうの彼女に告げ、それですべて終わりました

犯人はただ厳重な注意を受け、以降何の詳細もその後もひとつも知らないままです


それから私は元気になりましたが、今でも当時の事を突然思い出したりして苦しくなります

あの血まみれの床と折れた歯の画面が頭の中から消えてくれない、

自己防衛を徹底していたために犯人がわかっていて裁かれないという皮肉

今回のような事件議論を目にするたびに悔しい想いとしてよみがえります

私の中で前述の体験が一番強烈だったために霞んでしまってはいます

10年くらい前の盗撮以前にも小学生高校生の間、社会人になってから書店や他の場所で何度か痴漢に遭っていて、

広い通路なのにわざと私の臀部に触れながら何度も通り過ぎて逃げても隣の100円ショップまで追いかけてくるおじさんやおじいさん、

書店以外でも道を訊いてきて親切に答えるとそのうち自らの自慢話をするなりホテルに行こう、と腕を掴んでくるおじさん、

普通に住宅街を歩いていて自慰を見せつけてきたり自分の履いたパンツだと言ってそれを無理矢理渡そうとする若い男性などがいました

いずれの時にも私はただ地味で太目で気の弱そうな制服姿やスーツ姿のきれいではないさえない女性でした

痴漢盗撮犯はただ狙いやすそうで反撃されなさそうな女性を狙っているだけで、

女性防犯意識露出や美醜にはひとつ関係がないのだ、ということを私はそれで身を持って知り、

今もそれは間違っていないと思っています 事実それから私は体を鍛え始めて当時よりずっと痩せ、

主張の強い恰好を心掛け、濃いメイクをしてぱっと見はきれいに見える程度くらいになり

付き合いで書店路上等よりももっと危険一般的に思われている繁華街等にも足を向けることもありますが、

以来それとわかる痴漢には遭遇していません 「触ったら殺す」を主張している強そうな女には気の弱い人間は近づかないのです

(気の弱くない相手には通用はしないでしょうが…)


最初に貼ったような場では集団の力や環境によってその閾値が低くなる、ということなのだと思います

どちらにせよ露出の高い恰好でもなんでもその女性身体はその女性のもので、好きな格好をすることはその人の権利で、

またどこを歩いていようとどこにいようと犯罪を行おうとする人間のいる限りそこに犯罪が発生するだけのことで、

場所もあまり関係がなく性犯罪(だけではない、犯罪に関してはすべて 被害者性別年齢に関わらず)において、

自分身体自分身体他人身体他人身体 どちらも誰にも自由にできない

痴漢盗撮問題に関して自己責任論に関係なく大事なのはそこだけだと私は思います


私は件の犯人のことを今も怖がり恨み続けてあの当人でなくとも次に痴漢盗撮に遭えばその犯人を殺してもいいよ、

自分に言い聞かせて電車に乗り書店に入り、日々を生きています しかしもちろん私は絶対犯人を殺しはしないでしょう

なぜなら私は理性のある人間という生きもので、合理性を持ってそれを間違いだし損だと判断できるので決してやらないのです

その決意だけが私は犯人とは違う、と自身に強く思わせてくれることによって私のお守りたり得ています

私は決して他人身体自由にしない、してもいいと思わないと言いたい

事件になったわけでもレイプされたわけでもないのに大げさだ、と思う人はやっぱりいるでしょうが

こうやって積み重なってきたひとつひとつのことで疲れてしまっている人たちがたくさんいるのは紛れもない事実です

その辛さや現状は一人一人違っていてそれは誰にも否定できないことです 私はそれを言いたいし、

そうやって苦しんでる人にあなたは間違ってないし、苦しまなくてもいいのだと言いたいです

今回のような記事についての反応を読んで苦しんでいる人がいたら、世間の言う自己責任論こそひどく無責任もの

あなたのことを何も知ってはいないし、知る気もない人の言葉から気にしないで(無理でしょうが)と言いたい


そしてこういった話のうえでそれでも被害者にも責任がある、とまだ言いたいと考えている人がもしいたら

女性だけでなく誰もがいつどんな犯罪被害に遭うかわからない世の中で、属性によって被害者の責を問うことは

いずれもしかして自分にも降りかかる事態なのかもしれない、と少しでも考えてもらえたらと思います

犯罪は(社会で考えるべき部分は別として)犯罪を行うそ人間個人の罪で、その性別を包括している側の属性の罪ではないのです

から被害者の側の属性やそれに付随する文化趣味のものが罪だとは責めないでほしい

もうすでに起こってしまたことに怒ったり苦しんでいる人を、さらに苦しめる言葉を見るのは辛いです

痴漢盗撮という行為について、ただそれを行使する個人問題とする世の中になってほしいと思います

正直この記事犯人の目に入ると思うと怖いと思って迷ったけど、

こんなふうに事件としても扱われない、人に相談してもお前が悪いと軽くあしらわれるような事態が未だ多くあると思うし

もういい加減自分のためにもどうしても書かなければならないと思ったので投稿しま

長くなりましたし論旨がブレているだろうと思いますが、以上です

2018-10-27

AVデビュー作品が好き

結論から申し上げます

フェイドキュメンタリーみたいで面白い

ということです

  

フェイドキュメンタリーモキュメンタリー)というジャンルがある

ガチンコファイトクラブ』を楽しんだ人はいるだろう。

あれは、「やらせ」であることは、今では明らかだが、

見ている当時は興奮したものだ!

  

そういう、「やらせ」全面的に出した作品映画がここ10年くらい流行っている。

マッコイ斉藤というテレビプロデューサーが好きな手法だったりするんだが。

クローバーフィールド』、『REC』、『ブレアウィッチプロジェクト』というホラーが多い。

日本でも、『放送禁止』とかがある。

  

秋葉あかね、という面白さ(デビュー前)

この面白さに気付いたのは、「秋葉あかね」というAV女優作品です。

彼女は、4作しかAVに出てないのだが。

身長177cmということから、登場の時から、「もしかしてあの宝塚!?」という話だった。

なんと、SODすらも、それにあやかろうとしてか、「あれから3年、、、(その宝塚の人が3年前にヘアヌード写真集を出した)」という釣りを行った。

それで、顔を見せずに、「森の中でうつむいた長身美女映像」が流れる

2chを見ると、結構な人数がつられていたようだ。

そして、顔写真が公開されると、「ゼンゼン違うじゃん」となる。

  

秋葉あかねデビュー

しかし、AVデビュー作品を見ると、「私は身長が高すぎるので、それがコンプレックスで、女性らしくできなかったから、女性らしくなりたい」

もちろん、AV特有の、「ソレっぽく見せる演出である

しかし、そうであっても、女優は乗っかかるしかない。

緊張した面持ちで、「演技」をする。

周りも、もちろん、その演技と流れを成立させるために、「乗っかかって」演技をする。

これが、本当に、往年の『ガチンコファイトクラブ』を見ていた時の雰囲気なんですよ。

周りが、もちろんおかしくても、話を合わせる。

その妙味、これからどうやって落としどころをつけるのか?という緊張感。

  

秋葉あかね引退

引退作。普通にセックスするんだが。

僕が指摘したいのは、何と言っても、最後のシーン。

そう、デビューの時の、あの森なのである

あの森で、デビューの時の、あの格好で、顔をこちらに向けている。

あ~あのデビューの時の。

そして、その作品がナマ中出し作品なのだが。

「私の幸せは、、、男の人と、生でセックスして、中に射精してもらうこと」

で終わる。引退作の最期でこれ。

分かるだろうか?

これなんですよ、これ!

ポカーン( ゚д゚)」ってなるでしょ?

この、普通ドキュメンタリーでは絶対ない、落ち。

フェイドキュメンタリーの、「違和感マックスの終わり方」が好きなんですよ。

  

その他のAVデビューインタビュー

おすすめは、「あやのあんだーばーぱーぷる」や、「宮野真尋」や、「星空もあ」

もちろん、色々あるんですが。

「そうやって楽しむんだ」と思ってみると、物凄く面白いと思います

2018-10-26

anond:20181026150910

まぁ女から見ると男に媚びまくって売れているアイドルがムカつくのと一緒ですかね。

ジャニーズ内でもイケメンかどうかというのと、好感度が高いかというのは必ずしも一致しないし。

それにしても最近ジャニタレでも色んな職業弟子入りしたりして、バラエティー番組でも生きていけるように育てているように見える。

写真集の売上とか羽生結弦に負けてそうだし、彼らの立ち位置はけっこう微妙なんじゃないかと思う。

2018-10-18

anond:20181017182239

「『個人選択の結果の服装』って言い方」がどう勘違いなのか、「然るべき文脈」が一体どういう文脈を指すのか、またその「然るべき文脈」において3D現実洋服の違いがどう問題になってくるのか、申し訳ないけど自分にはちょっとよくわからない。

文脈について、以下の2つに分けて考えなくてはいけないと考えています議論レイヤーと言ってもいいです。

  1. 表現としてのVtuberや、二次創作での扱いなど、それを取り巻く表現論についての文脈
  2. フェミニズムによる批判や再批判、もしかしたら将来的には法律なども関わってくるかもしれない、社会問題としての文脈

で、自分基本的な主張は、前者の文脈での「人格」「魂」などの用語概念を、安易後者文脈で使うべきではないということです。なぜなら、社会問題領域で何らかの主張をする場合ロジックに強度と普遍性が求められるからです。

二次元絵の取扱については、児童ポルノ関連など、踏んだらやばい案件ゴロゴロしています。なので、ここで勢いに任せて変な主張をするのは危険だと思います

普遍性が求められるというのは、例えばこれから出てくるかもしれない、中の人が男の美少女Vtuberとかその逆とか、集団運営される場合とか。例えばキズナアイヌード写真集企画されたらどう扱われるかとか。

ういういろんな想定に耐えうるロジックになっているか心配しているのです。

基本的に、発端となった批判社会問題に属するものです。批判のもの妥当とは思いませんが、ともかくNHKサイト掲載された二次元絵が問題となりました。これに対する反論は、社会問題レイヤーで行われるべきであり、また、自動的にそう扱われるはずです。

話がわかりやすくなるか微妙ですが、議論レイヤーをもう一個増やしてみます

  1. 二次創作での扱いなど、表現論の内輪での議論レイヤー
  2. フェミニズムによる批判など、外部に開かれた議論レイヤー
  3. 裁判立法問題が扱われた場合無慈悲なまでに現実レイヤー

三番目について、裁判所で「3D現実洋服の違い」が議論余地が無いことはわかると思いますだって絵だもん。キズナアイの服飾デザインが、現実における服装とみなされることはありません。デザイン担当者作成した表現物として処理されるでしょう。

で、今回は二番目のレイヤーで話をしているはずなんですが、これは1番目のレイヤーと3番目のレイヤーのどちらに近いかってことです。近いというか、二番目と三番目は地続きだってことです。男女差別とかそういうたぐいの話だから、そうだよね。

で、そのレイヤーで話をするときに、無邪気にVtuber独立した人格論を展開して、第三層まで戦えますか?あのデザインはただの創作物ではなく、中の人自己決定権によるものだと主張することに合理性や将来はあるのかってことを疑問視してるわけです。今後いろんなタイプVtuberが出てきたときに全員をちゃん保護できるロジックになっているかもっとシリアス問題が発生したときに足元を掬われるようなことにならないかちゃんとそういったことまで視野に入れた上で、「キズナアイには人格がある」と外部に向けて主張しているんですか、と疑問に思っているわけです。

Vtuberは一人の人格として独立していると私は見なす中の人もいるし。

一人の独立した人格に対して、性的から公に出てくるなとフェミニズムが主張するのはおかしい。個人選択の結果の服装弾圧されるべきではない。

https://anond.hatelabo.jp/20181012051234

ここで主張されていることって、極端な話、キズナアイの造形を決定するにあたって憲法21条の表現の自由ではなく、13条の自己決定権によって行われてるってことだよね。それはおそらく外部に向かって通じる理論じゃないです。いきなり話がでかくなって自分でも違和感あるけど、外部に向かって議論をするときにはそのくらい考えておいたほうがよいだろうと思ってるよ。

この部分も「法的に『キャラとして設定も尊重されてる』わけではない」ことがなぜ「『キャラとしての設定として魂があって中の人人権尊重される』という言い分は無理があるって結論になる」のかちょっとよくわからないです。なにが「だから」なのか。

これは書き方が悪かったな。自分でも何言ってるのかわからん。まあやっぱり文脈次第でって話。

人間の扮装であることを理解しつつキャラとして設定も尊重されてる」

デーモン小暮本体はもちろん人権保証されてるし、エンタメ文脈では設定も尊重されてペイントのまま相撲中継したりしてるけど、公的場所、たとえば運転免許証写真では、ペイント落とさないと通らない。文脈によって、あのペイントの顔がデーモン小暮の素顔だという設定が無効になる。

同じように、キズナアイ中の人人権保証されてるし、エンタメ文脈では「キズナアイというタレント」という設定も尊重されるだろうけど、社会問題を扱う文脈ではその看板をおろさざるを得ず、3Dモデルの服飾デザイン中の人自己決定権によるものだという主張は難しいだろうって話です。

2018-10-10

海外ドラマ本棚私たち本棚

憧れるのはスタイリッシュ本棚だけど、でも実際に写真集とか詩集とかってみんな何回も読む?

トイレのお供に読むような軽いテイストエッセイが一杯の本棚が一番良くないかい?

2018-10-09

ある日 実家でだらしなく過ごしていたときのこと

NHKアーカイブスという番組の中で、

「ながらえば」という1時間ちょっとドラマ放送されていたのですが、

夫婦愛情を描いたその物語は、もうすてきですてきで・・・

私はすっかり感動してしまい、そのままの勢いで笠智衆さんの写真集を購入してしまいました

実はこの作品、3部作のシリーズものとしてビデオ化もされているらしいのです

・・・が! 

\是非DVD化してほしいーっ/

2018-10-08

表現の自由戦士猥褻物かどうかでは戦ってくれないよね

数年前、レスリー・キー写真展(写真展で販売された写真集)は猥褻物判断され逮捕されたんだけど、Twitterなりぶこめなりで猥褻物ではなく芸術範疇だ!と声をあげた人(アカウント)と今回の騒動でやんや言っている人と全然被らない。(5年も前だけど)少し探したくらいじゃ見つからない。

なので、表現の自由のものについてそれほど関心ないんだろうなぁと思ってる。

ちなみに、私はレスリーキーのその写真猥褻物という判断もやむなし、と考えている。というのは、ポルノグラフィーを下敷きとした写真だったから。ただ、美術というのは下敷きとか文脈を使って作品意味を付けていくものからポルノグラフィーに準えたからといって美術作品になり得ない、わけではないか猥褻物ではない、という意見理解できる。

そもそもチンチンが外に出ているせいで不利なんだよな。ポルノグラフィーを下敷きとしても被写体女性なら問題ない可能性が高くなる。

例えば、はてブでも話題になった鷹野隆大のやつは被写体女性だったら問題にならなかった可能性が高い。一方でチンチンさえ出ていなければ問題なし、という

2018-10-07

『女の体は女のものであり、勝手性的な目で見るな』考

『○○の体は○○のものであり、勝手に○○の体を性的な目で見るな』と言える範囲を考えた時、せいぜいそれは見られる側の自己決定権にとどまると考えられる。

まり、その範囲はどう考えても『私自身の体は私自のものであり、勝手私自身のことを性的な目で見るな』まででしかない。実際に、以下のCase1-1~Case1-5で考えてみよう。なお、以下はあくまで例であり、実際に増田がそのような行為を行っているという意味ではない。断じて

Case1-1

増田紗倉まなAVを見て抜いたことについてフェミニストが「お前は紗倉まなの体を性的な目で見るな。同じ女として抗議する」と言ってきたとしても、「じゃあ紗倉まな本人に聞いてみましょう。明らかにこの場合紗倉まな本人の意思が最優先されますよね」となる。

そして、AV女優なのであれば ─もちろんAV強要事件などもあったのでそのような場合は別であるが─ AVを買った・ツタヤなどでレンタルした人は誰でもその女優で抜いて構わないと女優本人が同意しているとみなして問題はないと考えられる。

Case1-2

増田たかはし智秋写真集を見て抜いたことについてフェミニストが「お前はたかはし智秋の体を性的な目で見るな。同じ女として抗議する」と言ってきたとしても、「じゃあたかはし智秋本人に聞いてみましょう。明らかにこの場合たかはし智秋本人の意思が最優先されますよね」となる。

そして、たかはし智秋に関して言うならば、自分グラビア写真集関係者に配る時「”使用”は3回までだからね~」と笑って渡す剛の者なので増田たかはし智秋で抜いても別に文句は言わないと考えられる。

Case1-3

上坂すみれtwitterに載せている画像増田が抜いたことについてフェミニストが「お前は上坂すみれの体を性的な目で見るな。同じ女として抗議する」と言ってきたとしても、「じゃあ上坂すみれ本人に聞いてみましょう。明らかにこの場合上坂すみれ本人の意思が最優先されますよね」となる。

そこで上坂すみれ画像ツイートに対して「素直に射精しましたが問題あったなら言ってください」とリプライを送ったら、むしろそうして許可を求める行為のほうが問題ではないか? こういうのは誰にも言わずに黙って抜いていれば誰も傷つかないのである

Case1-4

増田彼女とHして性欲を解消したとして(※性欲解消のためだけにしているわけではないが、性欲も解消される効果があるのは確かである)、「お前は彼女の体を性的な目で見るな。同じ女として抗議する」と言ってきたとしても、「じゃあ彼女本人に聞いてみましょう。明らかにこの場合彼女本人の意思が最優先されますよね」となり、それ以上のことをなぜ他人が言えると思うのか。

Case1-5

増田あずまゆきマンガを見て抜いたことについてフェミニストが「お前はマンガキャラクターの体を性的な目で見るな。同じ女として抗議する」と言ってきたとしても、この場合は作者本人の意思が優先されるだろうし、あずまゆき氏は女性なので『女性に対する性的搾取が』論も成り立たないと思うのだがいかがか。そこで「あずまゆき名誉男性であり」と言い出すのも無理だろう。

2018-10-04

エロマンガアニメゲームエロ写真集AVより罪深い

オタクの人は必死に「エロマンガアニメゲームは実写と違って誰も被害に遭っていない」などと主張しますが、むしろ逆です。今からその説明しましょう。

※なお、性的消費定義しろおじさんがうるさいですが、以下の文章における『性的消費』の意味は、「性の商品化における、消費者側に注目した言葉」の意味で使っています

 男がAVを見て性欲を解消するとき性的に消費されているのは誰かを考えるならば明らかに第一にはそのAVに出演している女優だ。そこに疑いの余地はない。

もちろん、「好きな女の子がこの女優に似ているから」という理由AVを選び、AV女優を見ながらその好きな女の子を思い浮かべて性欲を解消した場合など例外はあり得るが、

全体から見てそのような理由で選ばれ・使用される割合は1%未満であろう。

そして、少なくともAV女優ならば『性的に消費されるのが仕事』であり、本人の意思で出演しているのならばそこに非難すべき構造はない。

(私は一部のフェミニストが言うようにAV女優が全て親・夫・彼氏などに強要されて出演しているなどとは思わない。無論、全てが本人の自由意思に基づき出演しているとも思わないが)

アイドル写真集でも、同様のことがいえる。男がAKB柏木由紀写真を見て性欲を解消したとき性的に消費されているのは柏木由紀である。(なお、人選に他意はない)

そしてAV女優ほどではないにしろ芸能人は多かれ少なかれ「性的に消費される」ことも仕事の一部だ。

柏木由紀写真集販売され、それを男が性欲を解消する道具に使っているという事実は、全ての女性に対する尊厳侵害である」とラディカルなフェミニストが訴えたところで、

当人たちだけでなく世間一般からも「お前はゆきりんではない」と笑われるだけであり、実際それは世間が狂っているのではなくラディカルなフェミニスト文句おかしいだけである

なお、『性的に消費されるのは仕事』と言えるのは芸能人のみであり、芸能関係以外の女性有名人実業家スポーツ選手など)や一般女性ならばそこには立派な、本人の意思無視した性的消費の構造が成立する。

 それに対し、男がマンガアニメゲーム美少女キャラクターを見て性欲を解消するとき第一性的に消費されているのはその美少女キャラクター……ではない。なぜならば、そのキャラクター実在しないからだ。

では何が性的に消費されている第一存在であるかというと、一番目に来るのは他でもない「女」という存在のものである

従って、フェミニストが「エロマンガ女性人格無視して性的存在としてだけ消費しており、従って全ての女性に対する尊厳侵害である」と訴えるのは正当性を持つ。

「お前は○○タン(そのエロマンガに描かれた美少女)じゃない」と返したところで「その○○タン実在しないでしょ。では何をモチーフにして描いたんですか?」「敢えて言うなら女という一般的な存在ですね」「じゃあその女という一般的な存在の中に、女である私も含まれているじゃないですか」となる。

何が違うかと言えば簡単な話だ。特定の一人を性的に消費するか、全ての女性性的に消費するかの違いだ。だから、全ての女性性的に消費する存在であるエロマンガアニメゲームは、特定女性だけを性的に消費する存在である実写エロよりも罪が重い。

オタクというのはこんな論理も分からないのだろうか。

…というネタ3年前に書いたのだが、最近ツイッターで本当にこのような主張を始める人が出てきて困惑している。

2018-09-29

オタクコミケは清濁併せ吞む! 俺たちの表現の自由を認めろ!」 真木よう子「ワイも写真集出すで~w」

オタクプロアマチュアの祭典コミケにくるな! クソビッチが!」

 

真木よう子「ごめんなさい」

 

ぼく「でもプロ漫画家同人書いてるよね? しか著作権スレスレの」

  

オタク「うるさい! 俺の気に入らないものダメったらダメ! キーッ!」

 

 

ヒステリーかな?

2018-09-20

anond:20180920105412

一応ジョークも含めながら、という前提で聞いてほしいんだけれども

宮沢りえが下の毛も出した写真集は「性を消費させることで財に換金できるという事実社会膾炙した」ということにすると、

「おい、一発やろうぜ」と男性から声を掛けられるようになったことは

声を掛けられた女性の性と男性の財を交換しようという取引が行われようとしたことを指す。

宮沢りえがその現象の原因だとするのならば、宮沢りえがいなかった時には増田女性であっても財と取引できない「ゴミ」だと看做され、誰にも声を掛けられることは無い。

それはそれで増田の中で自分の性はプライスレスなのであるなら良いのかもしれないが、多くは自分の性に対して本来価値を付けられるべき(それが社会進出もつながる)とも考えるだろう。

男はあまりちんこを売れないが、女はぼぼさ売れんだば。

これにより男性女性が性それ以外の部分でイーブンだったとするならば女性は静を売れるようになったということで社会的に優位になるわけだ。

逆に言うと、性を売れない社会コミットしているということは男性女性がその差分を埋めるなり努力しようとしているところに一つ制限を加えようとしているということに他ならない。男尊女卑社会を認め、その体制保守している勢力に他ならないのだ。

増田はその辺どうなん? 女性自由にするツールとしての「性」は認められん方面

2018-09-18

本当に表現規制って厳しくなってるの?

現在刊行中のエロ漫画誌を調べてみたら、これだけあるらしい。

『COMIC LO』『COMIC快楽天』『COMIC快楽天ビースト』『コミックメガストアα』『ANGEL CLUB』『BugBug (バグバグ)』『COMIC失楽天』『COMIC HOT MILK (ホットミルク)』『COMIC 夢幻転生』『COMIC阿吽』『COMIC華漫』『COMIC真激』『MEN’S GOLD (メンズゴールド)』『TECH GIANテックジャイアン)』『アクションピザッツ』『アクションピザッツDX』『ゲッチュ』『コミックアンリアル』『ペンギンクラブ』『ペンギンクラブ山賊版』『まんがシャワー』『メガストア』『ヤングコミックチェリー』『人妻本当にあった Hな話』『二次元ドリームマガジン』『魔翔』『漫画ボン』『漫画ローレンス』『comicキャンドール』『Comicバズーカ』『G-type(ジータイプ)』『Men’s Young(メンズヤング)』『PUSH!!』『アクションピザッツスペシャル』『コミック戦国無頼』『ドキッ!』『ドキュメント実録 ! 人妻姦熟コミック』『愛の体験スペシャルデラックス』『増刊 コミックメイト

昔ながらの劇画誌っぽい物を除いたオタ向けだけで30誌以上ある。雑誌コードではなくアンソロ形式なども含めれば、さらに膨大な数になるだろう。

30年以上オタクをやってるじじいの昔話をすると、1990年代当時はここまで多くなかったはずだ。1980年代もっと少なく、ことオタ向けとなると『レモンピープル』とか、同時に10誌もなかった(よく休刊して入れかわった)

そんな80年代当時のオタは『レモンピープル』がコンビニで売られる事態なんて考えてもなかったろうし、そうなって欲しいと希望してたとも思えない。

***

1990年ごろになるとオタ向けエロ漫画誌も数が増えてコンビニでも売られるようになり、目立つようになって、遊人だの山本直樹作品やり玉に挙がるようになった。

このころから「ここでエロ漫画規制容認すれば、日本表現の自由がない言論弾圧国家になるぞ!!」と力説する者は多かった、今はなき米沢嘉博(初代コミックマーケット主催)とか。当時からその手の連中は、自分らを強権力に対するレジスタンス見立て自己陶酔してるような反体制きどり臭が鼻についたものだった。

しかそれから約30年、本当に日本表現の自由がない言論弾圧国家になったの? いつまで経っても、朝日新聞産経新聞どっちも廃刊させられてないじゃん(ネット上で一個人が別の一個人発言に噛みつくことは「弾圧」ではないですよ)

当時と今の変化と言えば成年コミックマークが導入されて、「建前上」漫画にも18禁が導入されたぐらいじゃね。18禁コードは昔から映画にもビデオにもあった、漫画にも導入された一点で「言論弾圧時代の始まり」と言うのは論理の飛躍しか思えない。

成年コミックマークの導入直後は、エロ漫画業界縮小を本気で恐れる者は多かったけど、結局そんなことは起きなかったのは冒頭のリストの通り。エロ漫画誌が都の条例かに引っかかって休刊したが、同じ編集部が新雑誌を創刊(ようは誌名変更)して、問題視された作品が平然と連載を続けたケースもめずらしくない。

そういや1980年代当時は、メロンブックスとらあなみたいに「市井個人が作ったエロ同人誌を町中で買える書店」もなかった。イベント行くか雑誌通販欄に頼るしかなかった。この点でも今のほうがよほどいい時代になったもんだと思う。

***

表現の中身はどうか? 1990年代以降、実写ヌードじゃ陰毛がはっきり見える写真集OKになった、この点なんかむしろ表現規制が解除されてるじゃん。

80年代当時のオタ向けエロ漫画は今よりずっと修正がきびしく、男女とも股間は広範囲にわたってべったり黒塗りでまったく何が描かれているのかわからん場合が少なくなかった。そもそも性器を精密に描くような絵柄も少なくなかった。

ところが、現在流通しているエロ漫画誌を見れば、ちんちんおまんまんもリアルに描いたうえで、うっすらスクリーントーンを貼っただけという場合が平然とごろごろある。ジャンルの幅も、ロリ専門誌、ショタ専門誌、ファンタジー系専門とかずいぶん広がった。

***

袋だたきを承知で書くが、表現規制反対派は、この30年ずっと「狼が来た」少年しか見えない。じじいの実感としては、1980年代当時よりむしろ今のほうがずっとエロ漫画誌の刊行点数も増え、エロ表現オープンになった気がしてならんのだ。

***

つい先日も「ラノベの表紙」のエロ表現問題になったが、叩いてる奴はほとんど、政治家でも権力者でもない市井ブロガー風情じゃないの。よほど政府与党大臣が言い出せば実際に規制される可能性は高いだろうが、表現規制を言い立てるのは一部の左翼フェミニストだけで、国民の大多数が支持する長期政権保守自民党オタクの味方なんだろ?

要するに「エロ漫画表現規制言論弾圧危機だ!!」って騒いでる奴は、「今すぐ日本中国みたいな左翼独裁国家になる!!」と言ってるのと同じようにしか思えない。そんなもん、まったくもって現実味が感じられないのだが。

戦後1980年代まで続いた冷戦時代右派は何十年も「今すぐソ連アカが攻めてくる攻めてくる!!」と言い続け、ついにその日は来なかった。左派は「今すぐ軍国主義復活だ!!」と言い続け、ついにその日は来なかった。冷戦体制崩壊後、右派は「中国経済崩壊」と言い続けてそろそろ30年になる……この手の予言が当たったことって何回あったっけ?

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