「ハンロンの剃刀」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ハンロンの剃刀とは

2019-04-11

anond:20190411104946

ハンロンの剃刀で片づけるから悪意ベース悪人がつけあがるんやで。

「お前のその行為、悪意やぞ?」 って突きつけることは必要やで。

ハンロンの剃刀ハンロンの剃刀…)と心の中でおまじないのように唱え続けている

2019-04-07

anond:20190407175202

一般的な作劇として、不愉快イベントは、単体だと「単に不愉快なだけ」で終わるので、作品テーマ性として発展させ、そこに意味を持たせるわけです。...

まり関心を持ったことのないポイントなので、勉強になります僭越ながら、グロテスクさが感じられうる示唆的なシーンが、人物の行動の結果などに繋がって作品としてのテーマになるまで昇華されていなかったとしても、芸術的意味はありうるのでは、と考えています。例示していただいたアイデアのように正面からこれをテーマに据えてしまうと、作品自体目的が”説教”になってしまうので避けたが、示唆したいことは確かにあった、という可能性です。別の方の増田引用します。

動物園から人と動物関係についてあくまで人は管理者であって友達ではないという指摘があった。人の都合で檻に閉じ込めている現実から目を背けるべきではないとのこと。学習研究、人の活動によって個体数が減らされてしまった種の保存など、人が人のために他の種を管理しているのだから、あまり動物と人が対等に取り扱うことは教育上望ましくない。2期では是非そういった視点も踏まえ、動物同士がフレンズでありヒトは違うという体でお願いしたい。

"けもフレ2の脚本オーダー"への返信

動物園から制作陣への要求… もちろん、そのような体で書かれた冗談しょうが、こういう視点制作側にあったのかもしれません。

野生解放といえよ、とか、他のフレンズは野生解放しないのか、とかは、内面世界問題ではなく、脚本の不備の問題です

それを仰るなら、けもフレ1の黒いセルリアンとの戦闘でも多くのフレンズは野生解放していないです。ところで「野生解放を言わない」ということには、けもフレ制作陣の明確な狙いがあると思いますけもフレ2では他にも「ちほー」や「フレンズ」といったタームがほとんど言われません。推測ですが、これは一般受けを狙うために途中から入ったりぼーっと観てる視聴者キッズが引っかからないように配慮したものだと思われます。逆に明確に説明するようになったものもありますキャラクター性格です。「私、体が丈夫なだけじゃなくて記憶力もいいので」「私は用心深いから」… などなど、けもフレ2ではキャラクター自分性格自己申告します。作劇技術的な難度という点ではこのような表現はおそらくレベルが低く、エレガントでもないのでしょう。しかしそれが直ちに作品として悪い、ということにはならないでしょう。解りやすいというメリットは確実にあります。あざといくらいハッキリ言うので、おそらくここを起点に自分でも動物性質を調べてほしい、という願いも込められているのかもしれません。

ケムリクサに置いて、内面世界シンクロする際は、ケムリクサというギミックを使っており、SFとしての筋は通っていると考えています。ここでいうリアリティラインは高めです。

そうでしょうか。最終話の赤い木との戦いで、りんの本体の葉から水がなくなって戻ろうというときに、ミドリの核の枝と桃ちゃん継承しました。枝を肘につけてパワーアップして復帰しますが、しかミドリの枝にケムリクサを修復する機能があったのでしょうか。ミドリの葉は状態を治す・保つ事ができますわかばの腹に空いた穴や、りんの欠けた手足を補ったことはありますが、ケムリクサそのものを治したことはないです。もしケムリクサをも治せるなら、赤い木に指して倒せるのと矛盾してしまうと思います。かといって桃ちゃん自分を分裂させたという可能性もありません。桃ちゃんは、(姉妹では)りなだけが使える葉だからです。また同じく最終戦で、りんは、りり最後記憶を取り戻しますが、あのとき記憶ケムリクサが突然発動したのはなぜでしょう。直前に二回わかばが開いていますが、二度ともロック解除が必要でそれは、りくにさえできない、わかばけが可能手続きだったはずです。りんは最終戦終了後キャッチした、わかばとともに船のそこに落ちますが、そこで突然ミドリの光の柱が伸びて二人の怪我を修復します。でもミドリは葉も枝も戦闘で使い切ったのでは。リアリティラインが低い… 内面の高まりがなし崩しに外面に出てしまう。お話を頂いて頭に浮かんだのはむしろこのシーンでした。ケムリクサを万能の舞台装置、あらゆる話の粗を吸収するスポンジと捉えるなら、けもフレ2のセルリウムサンドスターをスポンジにすれば全て解決では。

悪意のあるキャラがいない、という点では「優しい世界」を継承しているでしょう。りんがわかばを警戒するのは自然なことですし、それ以外は全員が素直で、また世界破壊の原因も優しさに起因し、わかりやすい「悪役」はいない

「優しい世界」の解釈が俺らふたりの間で異なっているように思いますけもフレ1で、カバ新参かばちゃんに「パークの掟」を諭しつつも、去りゆく二人に何度も声をかけて心配しているさまを示す。ツチノコは地下迷路で口の悪い闖入者を疎んじつつも、(諦めた体で)二人に協力して出口を探すわけです。最後には絶滅していなかったヒトへの安心気持ちを口にする。サーバルかばちゃんを、「かばちゃんは…したかったんだよね?」のように道中何度もフォローを入れる。このような誰かを深いレベルで思いやる描写があちこちにあり、一方で人物間の衝突はあっても形骸化した、表面的なものしかなかった。全面的留保余地なく安心できる世界観がけもフレ1の「優しい世界」としてみんなに愛された、そう考えていますしかケムリクサではもう最初からわかばは異物扱い、いつでも落とせる、落としてやろうのような脅迫的な発言が毎回あるわけです。もちろんおっしゃる通りそこには合理性があるんですが、しかし、りくさん、あなた最後散り際にまで「こんなやつのどこがいいんだ」的なdisりをくれる必要はあったのか、あれ実はあなたも好きだったんで吹っ切るために強がったんですよね、などと視聴者の俺は解釈していますが、しかし「優しい世界」では全然ないでしょうということは主張しておきます(でもりつ姉はオアシス)。

「悪意を持って作られた創作」と言われるものは、悪意が前に出すぎてて、作品として楽しみづらいものなわけです。

設定や伏線において、けもフレ2に不備があるように思えるのは錯覚で、実態作品の狙いと得意な表現範囲の違い「へーきへーきフレンズで得意なこと違うから」、で済むレベルなのではと考えているのです。むしろ楽しむことを妨げる、エゴイズムという意味での悪意は、視聴者の俺らの側にあるのではないでしょうか。拝読した記事には総論としては同意で、いわゆる「ハンロンの剃刀」は強力なのですが、作品を論評するとき必要環境安心して自分意見を言える状況、とは現状はかなり食い違っているように思います。この空気の中での分析は、かなり注意深く精査しなければ容易に流されて最悪のケースでは誰かの筆を折らせる結果になりかねない、そう思って眉に唾をつけ考察しています

例えば一期のメインキャラが、十数人として、それが全員、根が素直で優しいとするなら、「根が素直で優しいキャラを十数体、キャラを立てて描き分ける」ことになるわけで、えらいことです。もちろん、素直なやつばっかりじゃないですが、それにしても想像すると怖くなりませんか。

ううむ、言われると、けもフレ1のサーバルコツメカワウソプレーリードッグはみんな似てはいものの、ごくごく微妙キャラが違っており、おそらくセリフに落としても区別がついてしまうでしょうね。制作陣の構成についても明るくないですが、この功績は吉崎観音さんの成果?

2019-04-05

anond:20190405103706

出来が悪いのは確かなんだろうけど悪意を勝手に見出す奴はアホ

ハンロンの剃刀って言葉を知らないのだろうか

2019-02-27

anond:20190226115251

ハンロンの剃刀ってのがあるんだよ

無能説明できることに悪意を見出すなという

2019-01-24

https://anond.hatelabo.jp/20190124191442

君が言ってることは「ハンロンの剃刀」だ

わざわざドヤって語る事じゃない

2019-01-05

警察官逮捕されたときに刑が軽かったり不起訴になるのは身内びいきではない

単純に警察捜査能力がない

警察監禁して脅して自白させる以外の捜査ができず、自力証拠を上げることができない

警察官が捕まっても警察無能を知っているから、見りゃわかるレベル証拠がないかぎり罪を認めない

から証拠不十分で不起訴になる

いわゆるハンロンの剃刀ってやつで、なんらかの陰謀ではなく、ただの無能

まあ、それが問題なんだけどさ

2018-12-23

anond:20181223115340

相手もただの人間で、告白かにはどうしても慎重で臆病にならざるを得ない。

突然のことに動揺して心にもないことを言ってしまっただけかもしれない。

まり何を言いたいかって言うと

ハンロンの剃刀 - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%89%83%E5%88%80

2018-06-19

[] ハンロンの剃刀

ハンロンの剃刀(ハンロンのかみそり、英: Hanlon's razor)とは、次の文で表現される考え方のことである

  

Never attribute to malice that which is adequately explained by stupidity.

無能で十分説明されることに悪意を見出すな。

  

例えば、ある製品に欠陥が見つかった場合、(大抵の場合一般論としては)それは製造した企業無能であるか愚かである

ということを示しているのであって、消費者を困らせるために企業が悪意を持って欠陥を忍ばせたわけではない、という考え方を

示すのに用いられる。

  

上記文言それ自体は、20世紀ペンシルベニア州に住むロバート・J・ハンロン (Robert J. Hanlon) という人の発言

由来するもの、とその友人などによって主張されたが、こうした考え方や類似警句は、それよりはるか以前から

存在していたことが知られている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%89%83%E5%88%80

2018-06-09

ハンロンの剃刀 - ヘイト基準を下げ過ぎるとヘイト解決は遠のく -

「明秀」という名前を「秀明」と間違えて本に記載された!

これは人種的偏見に基づく嫌がらせだ!

という主張を見かけた。

かに人の名前を間違えるのは失礼なことだし、出版物だったら編集校閲はきちんと仕事しろクレームを言っていいことだと思う。

だが、人種的偏見に基づく嫌らがせと言いきってしまっていいのだろうか?

これが、「太郎」を「郎太」と間違えていたら、「ろうた」で変換されないし、嫌がらせ可能性も出てくる。

しかし「明秀(あきひで)」も「秀明(ひであき)」も日本人名前として普通にある名前で、デフォルトで変換される。

ミスとしては十分ありうるだろう。

ハンロンの剃刀無能で十分説明されることに悪意を見出すな」と考えるのが妥当だと思う。

しろ、単なる無能にまでヘイトレッテルを張ってしまっては、ヘイトの重みが軽くなってしまう。

それは本当にヘイトで苦しんでいる人たちの問題解決を遠ざけてしまうだろう。

もう一度言おう「無能で十分説明されることに悪意を見出すな」。

ところで上のパラグラフの中に一か所、文字を入れ替えたところがあるけど気付いただろうか?

もし気づかなかったら、あなたも「ヘイトを行っている!」と糾弾されてしまミスを犯してしまうかもしれない。

そんな世の中は嫌だ。



追記

日経ったので、文字を入れ替えたところの解答。

だが、人種的偏見に基づく嫌 ら が せと言いきってしまっていいのだろうか?

2018-05-03

ハンロンの剃刀の逆ってある?

こないだネットハンロンの剃刀という言葉を覚えました。

無能や愚かさで説明がつくことに、悪意や意図を読み取るなということらしいです。

ハンロンの剃刀。使いたくなりますね。

だけど今の日本って、この逆パターンの方が多くない?

明らかに悪意があるのに、「そのつもりはなかった」って釈明するやつ。

誰かを馬鹿にする意図差別心に由来する表現をしたのに、無邪気ぶって批判回避するやつ。

下心やスケベ心があったのに、単なる愚かさのせいにして致命傷回避するやつ。

某アベさんアキエさんが「騙された」ことになってたり、某氏が「ハメられた」ことになってたりする、あれ。

あれは何の剃刀なんでしょうか?

2018-02-23

ハンロンの剃刀

ミスが減らないのは怒られても反省してないからだと強く説教して

こんなに怒ってるのになんで成長しないんだって

反省しないかミスが起こるわけでもないし

怒ったらミスが減るわけでもないからなんだけど

当事者一生懸命怒って一生懸命反省してる

2017-09-27

ハンロンの剃刀

情報が少なく、錯綜し、疑心暗鬼になりがちな今だからこそ心に留めておきたい。

悪人存在した方が都合がいいからこそ、安易な決めつけは止めるべきだ。

2017-01-15

ハンロンの剃刀

日本新聞テレビ報道って、実際のところ、何も考えてないよね

客が求めてそうなネタをただ出すだけ

大したポリシーもない

偏向報道に見えるなら、それはそういう内容を客が求めてる(と思ってる)から

政治的意図とか、そんな大層なものなんてない

2015-01-08

http://anond.hatelabo.jp/20150108111722

あくま主観であることを前提として事例をあげていって、女を舐めて適当に作ってんじゃないの?っていう推測にとどめてればまだしも

ピンクが悪いのではなく企業姿勢問題なのだっていう定義最初にぶち上げたから揉めてるんだ。


http://blog.goo.ne.jp/yukks453145/e/3591a7cab11ca6ff5428baf052c1c102

このブログ主問題提議は

センスいい悪いっていう誰かの主観的評価絶対視していいの?

ていうのが1点と

・仮に客観的にみてセンスが悪いとしてもそれから企業姿勢消費者への態度を勝手に推測して叩いていいの?

無能で説明がつくことに悪意を見出すなというハンロンの剃刀的な話)

コメ欄に現れてるsimplemindってのは「主観判断していい、無能で説明がつくことに悪意を見出してもいい」と言ってる。

個人的にはまるで賛同できないが、少なくとも相手が何を言ってるか理解して反論してるから議論は成り立ってる。

でも提唱者は何を反論されてるかまるで理解できてないんだよね。議論も成り立たない。

ピンクにもいろいろある、これはいいピンク、周到な考えの元作られてる(根拠は示されない)、これは悪いピンク、見たらわかるでしょ

みたいなことを延々言ってる。あなたが判定を下すことそのものの是非が問われてるのに。

2013-09-05

コミュニティの大きさの話

冷蔵庫に入って大炎上の話の端っこ

今回の佐々木氏とか川上氏とかが言う「叩きすぎ」論に「馬鹿を擁護するのか」って言ってる奴らの大半は、その馬鹿者を更生させてよりよい社会にしていこうとかどうすればこういうことが起きなくなるのかってことはまったく考えてなくて、単に無条件に叩ける奴を複数人でボコボコにしたいだけ。

これはおそらく、すこしちがう。虚空に悪意を見過ぎてるだけだよ。

ある瓶(コミュニティ)の中に赤と青のゼリービーンズがはいってるとするでしょ。その瓶の中から、青のゼリービーンズをとりだしていく。そうすると赤のゼリービーンズの割合が高まっていくでしょ? どんどん青のゼリービーンズを取り出していけば、赤のゼリービーンズだけがはいってる瓶になるでしょ。彼らは、社会を「そういうもの」だと考えてる(=モデル化して理解している)んだよ。

このゼリービーンズ瓶のモデルは、本当にゼリービーンズの瓶なら正しい。それにコミュニティが十分に小さくて外部が存在すれば、モデル化としてもさほど間違ってる訳じゃない。コミュニティが二十人程度ならだいたい正しいし、想像通りに結果が出るんだ。村民二十四名の村からDQNを追放すれば村は平和になりますね、くらいの話で言えば結果平和になる可能性はかなり高い。

それに対して、そんなこと行ったって日本という国(巨大コミュニティ)はそういう風にはうごかねえでしょ、だってかいし。取り除いたゼリービーンズだってその大きな瓶の中にはおかなきゃいけないんだし。っていう指摘は正しい。それが「その馬鹿者を更生させてよりよい社会にして」いかなきゃいけない理由だ。

でも大多数の一般人は、そんな大きなコミュニティを実感のあるモデルとして想像できないんだよ。自分のすでに持ってるコミュニティ理解を拡大したものとしてしか、把握できない。つまり、でかい村だ。そこからは青いゼリービーンズを取り除き続ける事ができる。青いゼリービーンズはどこへ行く? 村の外のどこかだよ。村民はそんな事考えない。

そこにあるのは「単に無条件に叩ける奴を複数人でボコボコにしたいだけ。」みたいな悪意ではなくて、どっちかっていうと巨大な社会想像できないという能力の欠如なんだよ。

ハンロンの剃刀でこの件は終了できると思うよ。

2013-07-23

嫌悪を表明するということ

私は「誰かを嫌いになること・嫌悪を表明すること」がどうしても好きになれない。

そして真っ向から矛盾するが、そういう嫌悪を臆せず表明する人が、どうしてもどうしても好きになれない。

この気持ちを持つ自分がやりきれなくて仕方がない。

どんな悪党だって心がある。過去がある。それを踏みにじって「アイツはダメだ、ヒトデナシだ」と蔑視する声に、どうにも情けない気持ちになってしまう。

話は変わるが先の参議院選挙山本太郎氏。氏の当選をお祝いしたい。心から、お祝いしたい。

一人の人間の声が多くの人に支持され、国会にまで行ってしまったのだからこれは大変凄いことだと思う。

しかし非常に恐縮なのだが、私はどうしても彼のことが好きになれない。

ややもすると思いがけず憎んでしまいそうになる。

そして同時に、そう思ってしま自分をこそ、何よりも憎く、情けなく思ってしまう。

私の立場から見ると、彼の言葉にずいぶんと多くの人が傷ついているように思う。

私は彼のことが好きになれないが、同時に、彼を大声を上げて非難することも決してできない。彼には彼の信念があり、それに救われる人もいると思っている。

傷ついている人と救われている人、

どちらがどれだけいるかなんてわからないし、好きや嫌いは立場の問題に過ぎないのかもしれない。自分東北地方に住んでいなければ彼を熱狂的に支持していたかもわからない。

単純に、傷ついた人数や程度の多少で、どちらが正しい意見かなどと、天秤にかけることはできないだろう。

そもそも人間の行動なんて、どんなに気を遣ってもすべての人から肯定されることなんてありえないというのも理解している。


誰かが言っていた。

世界中の2割の人はあなたがどんな行動をとってもあなたの事を嫌いになる。

6割は行動によって好き嫌いが分かれる。

残り2割はあなたがどんなヘマをしてもあなたを好いてくれる。

世界はそういう比率でできてる”

そのことはわかっているつもりだった。

彼を好きになれない私自身の考えも、ネットで彼を非難する、どこまでホントか分からないツイートブログ意見に感化されて生まれたに他ならない。

何かを信じることは何かを信じないことだし、何かを主張することは何かを否定することだ。

そもそも政治家は部分の代表にすぎないという考え方だってある。


、、、選挙というものは随分、人をやるせなくさせる。

(案外、若者投票率が低いのは、この辺りに真意があるのではないかとさえ思っている。それほど選挙戦は見ていてやるせなく、情けなくなる。)


他者を否定する姿勢は氏に限らない。

日本を取り戻す」というコピーを打った自民党にも、強い悲しみとやるせなさを感じる。「ワタシ」と「オマエ」を区別し「オマエ」を否定する姿は見ていて泣きそうになる。

他の党も同じだ。選挙だけでなく国会運営も、本当に国を運営する同士だと思っているのだろうかと疑ってしまう。情けない否定し合いに見えてしまう。

国の運営が目的ならその撮るべき手段は否定ではなく融和ではないか

相手に協調することなんかしなくて構わない。しかし、相手を尊重することは何にもおいてすべきことなのではないか

本当に世の中に「悪党」なんているのか?その決めつけは本当に人々を幸せにするのか?

私のこの考えはおそらく「何かを強く訴える人間がそんなバカなわけないだろう」という考えにもとづいている。

人間はそんなん馬鹿じゃない。」

あなた立場からは見えにくい&素直に受け入れがたいだろうが、考えに考え抜いた政策、発言なのは当然だろうと。

このある種ハンロンの剃刀のような議論の姿勢が、生産的な対立を生み出す唯一無二の条件なのではないか

それでもどうしても、あなた意見を否定せざるを得ないのであれば、

その時は悩みながら、自分を疑いながら否定するのが筋なのではないか

自分はほんとうに正しいのか、相手だって馬鹿じゃない。悩みに悩んでこの決断を下したはずだ。

原発だってこれまで多くの国民幸福にしてきたに違いない。

それを否定しようというのだから、本当にそれでいいのか、自分を疑いながら、相手の人格を尊重しながら

自分の考えを悩みに悩んで絞り出すのが筋だろう。

そして、たとえ相手を意見が食い違っていれも、それがそのまま存在の否定であってはいかんだろう。


最後にもう一度、山本太郎氏の当選をお祝いしたい。

私がなんと言おうと、氏の当選は大きな意味を持つ歴史的当選だったのだと思う。心から祝福したい。

同時に、氏の不断努力と、決して納得することのない自己を疑い続ける姿勢を願ってやまない。

お願いだから、今まで以上に「悩んで」くれ。

あなたが良い政治家足らんとすれば、救われる国民もっともっと多くなる。

あなたはそれだけの力を持つ政治家になったのだから

以上。




補記:私をやるせなくなるものとして、マスコミの方々とネットに書き込みをする方々の「まっすぐな」意見があるがこれを書くときりがないのでまた別の機会にでも。

 
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