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2019-08-13

韓国徴用工に関する整理

日本裁判所が認めた事実認定や、日本国会が出した解釈や、日本会社が支払った中国徴用工への和解金について無知な人が多すぎるので、まとめました。

徴用問題の始まり

労働力の不足を補うため、昭和19年朝鮮総督が、朝鮮在住の朝鮮人に労働を命じました。正当な理由がなくこれを拒絶すると懲役刑を科される、国家による強制的労働です。その後の日本国内裁判で「徴用に応じなければ家族逮捕される」と脅迫されたことや、「寮は有刺鉄線で囲まれ12 畳の部屋に12 人が収容された」「食事は粗末で量も少なく休日も月1、2 回しか与えられなかった」「こん棒で腰部を20 回殴打された」などの事実も認められており、その当時の基準に照らしても安全配慮義務に反する不法労働日本裁判所認定されています

日韓請求権協定で定められたことと定められていないこと

日本連合国サンフランシスコ平和条約を結び国際社会に復帰しましたが、韓国は「日本戦争をしていない」という理由サンフランシスコ平和条約に入りませんでした。

その後、日韓請求権協定が結ばれ、「両締約国及びその国民財産権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、完全かつ最終的に解決された」と定められ、特に、「被徴用韓国人の未収金補償金及びその他請求権の弁済請求」は「日韓請求権協定によって完全かつ最終的に解決された」とされました。

ただし、これは、日本政府は「外交保護権を相互放棄したものであって個人請求権のもの国内法的な意味消滅させたものではない」という公式解釈をしています。つまり韓国内の日本国民資産韓国から取り戻したかったら、ご自由にどうぞ、でも、日本政府は手伝わないよ、という意味です。

このわかりづらい解釈には理由がありますもっと自然な、「朝鮮人の日本人への請求権韓国政府が放棄し、朝鮮にあった日本人の資産請求権日本政府が放棄した」という解釈にしてしまうと、韓国内の日本資産放棄に対して、日本政府が賠償責任を負うことになってしまうからです。

慰安婦に関してはまた別の話があるのですが、本題でないので触れません。)

個人請求権についての確定

平和条約のあとでも宙に浮いていた個人請求権ですが、連合軍捕虜への損害賠償を求める米国最高裁判決で、「サンフランシスコ平和条約第14条によって、戦争遂行中に日本国およびその国民が取った行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権放棄されている」という判決2003年に確定し、話が動き出しました。

2007年には、日本最高裁が、「サンフランシスコ平和条約当事者以外の国や地域との間で戦後処理をするにあたっても、(...)条約の枠組みに従う」という判断を示し、サンフランシスコ平和条約に含まれない韓国中国フィリピン等の国民から訴訟も、原告敗訴が決定づけられることになりました。

ただし、最高裁判決には「個別具体的な請求権について債務者側において任意自発的対応をすることは妨げられない」と述べ、「被害者らの被った精神的・肉体的苦痛が極めて大きかった一方、上告人(被告企業)は中国労働者らを強制労働従事させて相応の利益を受けるなどの諸般の事情にかんがみると、上告人を含む関係者において、本件被害者らの被害の救済に向けた努力をすることが期待される」という「付言」が付きました。

それを受け、西松建設中国当事者らの間で、2億5000万円を支払い、補償や未判明者の調査記念碑の建立、慰霊のための費用などに充てるという和解が成立しました。

2012年の韓国大法院判決

三菱重工業に対する訴訟で、韓国大法院は、朝鮮徴用戦争にかかわるものではなくて、植民地支配にかかわるものからサンフランシスコ平和条約とか日韓請求権協定とかとは関係なく、韓国人の請求権は残る、と判示しました。サンフランシスコ平和条約から日本最高裁判決に至る流れをひっくり返すものになります

この判決が確定した以上、先日の損害賠償を命じる判決必然でした。

個人的な感想

法律の話で言えば、日本および日本企業請求権が生じる、というのは疑わしいとは思いますが、一部の日本メディアがいうように韓国司法おかしい、とまでは思いません。韓国徴用日本過酷労働をさせたという事例に対して、日本最高裁が独占的な管轄権を持つ、というのは自明ではないし、個人請求権サンフランシスコ平和条約の枠組みに従う、というのもそもそも07年まで不確定だったわけで、議論余地はあるところだと思います。ただ、韓国の主張は、植民地支配に関して請求権が残っていて、元植民地側の裁判請求ができるという話なので、これを認めると植民地支配していた欧米諸国がすごく困ります慰安婦みたいに国際的な広がりを持つことなく、国際法的には日本が勝つのだろうな、と予想しています。あと、請求権協定に定められている仲裁手続き韓国側が拒絶している、というのはかなり韓国に不利な事実だと思います

条約解釈を超えた道義の話で言うと、徴用工に関して日本の様々な裁判所が繰り返し不法行為を認めているのが印象的です(例:01年東京地裁、01年京都地裁、03年東京高裁、96年富山地裁、98年山口地裁、01年大阪地裁、02年大阪高裁、07年名古屋高裁、05年東京高裁、02年福岡地裁、04年福岡高裁、02年広島地裁、04年広島高裁、09年最高裁)。最高裁については先ほど述べましたが、それ以外にも多数の裁判官が自発的な救済を推奨しています基金などを作って、アジア中の徴用工に対して日本自発的補償すべきものなのかもしれません。ですが、和解癒し財団のたどった運命を見ると、現在日本韓国道義と信義誠実に基づいた基金が作れるとは思いません。韓国はかなりアレだけど、日本側の情報発信も、日本裁判所事実認定に比べると、だいぶ偏っているように思います。次の世代が今の世代より賢いことに期待するしかないのかなと個人的には思います

最後に、判決をいくつか引用します。

歴史的事実真摯に受け止め、犠牲になった中国労働者についての問題解決するよう努力していくべき」(宮崎地裁07 年3 月26 日)

被害の救済に向け自発的関係者による適切な救済が期待される」(前橋地裁07 年8 月29 日)

任意被害救済が図られることが望ましく、これに向けた関係者真摯努力が強く期待される」(仙台高裁09 年1120 日)

「ひとりの人間としては、救済しなければならない事件だと思う。心情的には勝たせたいと思っているが、最高裁判決がある場合には従わざるを得ない。本件のような戦争被害は、裁判以外の方法解決できたらと思う」(長野地裁06年3月10日

被害者らの被った精神的・肉体的苦痛が極めて大きかった一方、被告企業中国労働者らを強制労働従事させて相応の利益を受けるなどの諸般の事情にかんがみると、上告人を含む関係者において、本件被害者らの被害の救済に向けた努力をすることが期待される」(最高裁07 年4 月27日)

参考文献

http://www.ackj.org/wp/wp-content/uploads/2017/12/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E9%9F%93%E5%9B%BD%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E7%A0%94%E7%A9%B615_%E7%89%B9%E9%9B%8641.pdf

2019-08-05

anond:20190805162304

それたぶん、リアルの知人かネット上の他人かでだいぶ異なるし、

家族恋人や友人か、赤の他人かでも異なるので

個別具体的に判断するしかいか

2019-08-03

anond:20190803205143

? そのとおりよ。だからこう書いた。

一方、特定3品目について、韓国不適切貿易管理が疑われる事案を挙げている。

で、

ちなみに政府の発表は(中略)北に流れていると明言してるわけではないよね。

うん。

https://www.meti.go.jp/speeches/kaiken/2019/20190716001.html

Q: 12日の事務会合で、経産省としては、不適切な事案というのは北朝鮮など第三国への不正輸出ではないことを説明しました。韓国側は、北朝鮮問題ではなく二国間であるという点を含めて、輸出管理は適正であり日本措置を不当と主張する可能性がありますが、御所見を伺わせてください。

A: まず、それぞれの事案の詳細については、個別の社の取引に関する内容でありますし、また、日本側の輸出管理執行に支障が生じる懸念がありますので、個別具体的にお答えすることは控えたいというふうに思いますが、今回の対象となった3品目に関する輸出管理運用見直しに関連する不適切事案は、韓国から第三国への具体的な輸出案件念頭に置いたものではありませんし、今までもそういう説明は全く行ってきていないわけであります。一度も我々はそんなことを申し上げたことはないわけでありますプレスの皆さんに対しても申し上げたことはありません。

2019-07-29

anond:20190729105248

個別具体的に考えておまえを差別主義者と認定したんだぞ。言い訳はそれだけか?

anond:20190729105123

おいおい、差別主義者なんてレッテル貼りするなよ、俺がどういう人間なのか個別具体的に考えろよ、全くこれだから楽しようとするやつは。

悔い改めろ。

anond:20190729104327

そうやって大雑把に線を引いて「ここから先はぜんぶOK」とするような思考停止いちばん駄目。個別具体的に考えろ。楽になろうとするな。悔い改めよ。

2019-06-24

anond:20190620145908

多くの反差別運動人権運動は、個別具体的な問題関心からはじまる。

それは身近な差別だったり理不尽だったり、あるいはテレビで目にした遠い国の不正義だったり、そういうのに対して「これっておかしくね?」って声を上げるのがはじまりだ。

はじまりはそれでいい。でも、いずれ個別具体的な問題関心だけだと行き詰まるときが来る。それは不正義を体系立てて説明することが必要から

そのとき一般的原理原則必要になる。でも、ここでつまづく人は想像以上に多い。

たとえば、「変更困難な属性に基づく差別はよくない」というより一般的原則ではなく、「女性不利益をもたらすのは女性差別だ」のような抽象度が低く適用範囲も狭い原則採用してしまい、それに囚われてより広い「反差別」という視野を見失う人がかなりの数でいる。

その原則が常に間違っているわけではない。天動説地動説のようなものだ。通常の日常生活を送り農作物を収穫し祭りを挙行する上で「固定された地面の上を天が動いてるんだ」と思っていても何の支障もない。同様に、女性差別にみちみちた社会で、女性の多くが差別を受ける社会で、「女性不利益をもたらすのは女性差別だ」と確信して行動しても、特に不都合はないだろう。概ねそれは反差別一般原則と符合する結果が得られるのだから

でも、本当に天体運動について探究しよう、より精密な暦を作ろう、と思ったら、天動説ではなく地動説に基づかないと不具合が出る。それと同じように、より厳密な正義を求めだしたら、たとえばトランス女性女性専用スペースに入ってよいか、とか、助産師国家資格女性に限られているのは差別か、といった論点に向き合う必要が出てくる。そうなったら、かつて天動説が精密な天体運行をうまく説明できなくなって破綻したように、「女性不利益をもたらすのは女性差別だ」みたいな雑な理解破綻せざるを得ない。

私は一度地動説を知ってしまったので、天動説に戻ることはできない。

でも、一度天動説に目覚めてしまった人にとって、地動説への道は近いように見えて遠いものなのかもしれない。

2019-06-19

anond:20190619233035

なるほど、問題個別具体しか論じられないということだね。

では「あなたは」、男性と仲良くなれないの?

なれないとしたらどうしてなの?

どうして理由を語りたがらないの?

2019-06-17

anond:20190617173405

ググればいくらでも出る案件から個別具体じゃない話をしたら案件ごとに状況が違うから話が喰違ってディスカッションにならないだろ、基礎情報の共有はディスカッションの基本やぞ、会社でも学校でもどこでも一緒だろ、普通の知性もって会議とか意見交換したことあるならわかるだろ。

からないなら覚えとけカス

2019-06-09

anond:20190609125358

要は「将来に希望がもてない」「精神的に不安定になっている」状態だと思うので、ひとまずは『お薬ちゃんと飲ませる』。

あとは不安になりそうな情報に触れさせない、他人との会話の機会をつくる(先生介護士さん)とか、基本的なことを粛々とやっていく。でしょうか。

家庭の状況って個別具体的に違うので、自分の家は「どの方法」が合ってるのかいろいろ試してみるしかないのかなと。こんな試みがある、という情報キャッチアップできるようにしておいたり。あーうちだけじゃないんだよな、と思えるだけでも気が楽になりますね…。

家族会(もう入ってますか?)

https://seishinhoken.jp/profile/families

精神科医の斎藤環さんのツイッター

https://twitter.com/pentaxxx

2019-06-03

anond:20190603012817

支障を来すのはわかる。

ただ、他人からの「惨め」というレッテルを受けて、自己評価が何故「惨め」になるのがわからなかった。

価値のない評価に振り回される必要はなく、他人の内心はこちらで操作のしようがない。

差別区別も、個別具体アクションならばその正当性を問うのも当然だが、他人の内心のために、こちらが「折れて」行動を変えるのを、俺は良しとしない。

とまあ、そういう意味でどうでも良かったのです。

2019-03-12

anond:20190312123844

いや一般論個別具体的に否定されてもw

中世王宮ものやら騎士道ものに比べたら

実話(飛行機が川に着陸した奴とか)は現代が多いから安いって話よ

すべての実話が絶対コストいからとは誰も言ってないわ

2019-03-04

anond:20190304035640

「何ができるか、何をすべきか」って簡単一般化できる話ではないと思うけど。個別具体的に考えていかないといけないのでは?

「どういう態度で臨むべきか、どういう考えをもつべきか」とかそういう精神論的なことな一般化できると思うけどね。

たとえば肺ガンと告知されれば「タバコやめてればよかった」って思うかもだけど、今すべきアクションは「肺ガンとは?」「どんな治療がある?」と調べること。あるいは家族のことを考えて身辺整理をすることかな。

抽象化すると「事態をより悪化させないよう、問題を正確に把握し、現状における最善の策は何かと考え続ける姿勢」が必要ということかな。

んーでも、教科書的でおもしろくないよね。

もっと個別具体的な話をした方がいいと思うよ。第一、手遅れって、個人のことを言っているのか、社会のことを言っているのか不明

2019-02-09

anond:20190205105319

家を買ってローンを組むことに経済的合理性はない

その他の要因は個別具体的な話なので一般化は不可

以上

2019-02-08

anond:20190207004137

児童相談所 拉致 静岡市」などと検索すれば、当事者(親)が発信する記事を閲覧することができる。Twitter実名発信すら行っている。

彼らの主張と、裁判所認定事実とを対比しながら読めば、恐ろしさが伝わってくると思われる。

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損害賠償請求事件

東京地方裁判所平成21年(ワ)第25349号

平成25年8月29日民事第44部判決

口頭弁論終結日 平成25年4月25日

       判   決

(第1,第2 省略)

第3 争点に対する判断

1 認定事実

 前提事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)本件小学校入学前後の経緯

ア 原告Q1は,原告Q2及びQ9との同居を始めた平成19年2月頃,Q9が時間を守らないこと,嘘をつくことを矯正させる必要があると考えて,原告Q2との間でQ9へのしつけの方法について話合い,その結果として,原告らは,Q9が小学校入学した同年4月頃から,Q9が上記の点について原告らの口頭での指導を守らなかった場合には体罰を与えることとした。

 原告らの体罰は,当初は頭を軽く叩く程度であり,その後顔を平手打ちするようになり,同年6月頃からは,Q9に木製の子ども用バットを持ってこさせて,臀部をバットで叩くことなどがあった。

(甲4,75,原告Q1本人)

イ(ア)Q9の所属するクラス担任であるQ12教諭は,平成19年4月頃,Q9の顔に痣があったこから,その痣について聞いたところ,Q9は,タンスの角にぶつけたと述べた。Q12教諭は,その後,Q9の顔の別の位置に痣があることを発見した。

 Q12教諭は,同年5月下旬頃,Q9が忘れ物をして登校してきたため,どうしたら忘れ物をしないようにできるか尋ねたところ,Q9は泣き出して,自分学校の支度をしていることのほか,原告Q1は殴るので恐いこと,原告Q2はQ9を守ってくれなくなり,原告Q1と一緒に怒ってばかりいるが,以前はそうではなかったことなどを述べた。そこで,Q12教諭は,Q9に対し,先生はいつも君の味方であり,先生が守ってあげるなどと述べた。

 原告らは,同月31日,本件小学校担任教諭保護者との間での連絡帳に,Q9から先生が守ってあげるという発言があったと聞いたが,その発言真意確認を求める旨の記載をした。

(イ)本件小学校のQ13教頭は,同年6月5日,原告ら宅を訪れ,原告らと面談した。その際,Q13教頭は,虐待の疑いがある場合についても適切な対応をとる必要がある旨述べ,原告らは,今までQ9はしつけを行われずに育ってきており,Q9を良くするのは今しかないこと,しつけの方針として,悪いことをしたら殴ること,虐待を疑っていることは理解していることなどを述べ,Q12教諭上記(ア)の発言について,Q12教諭からの直接の謝罪要求した。これを受け,Q13教頭は,一旦本件小学校に戻り,Q12教諭と共に再度原告ら宅を訪れ,Q12教諭上記(ア)の発言について,誤解を招く発言であったとして謝罪した。

 Q9は,同日以降,Q12教諭に対し,先生が来てくれてから殴られなくなったと述べた。

(ウ)Q9は,同年6月29日,右大腿部,右肩に赤色の跡があり,Q12教諭が,Q9がプールに入る際にその跡について聞いたところ,Q9は,原告Q2から叩かれたと述べた。

 また,Q9は,同年7月2日,右目の下部に痣があり,Q12教諭からその痣について聞かれたところ,原告Q2に殴られたと述べたが,Q13教頭からその痣について聞かれた際には,Q9は転んで怪我をしたと述べた。そこで,同日,Q13教頭原告ら宅に架電したところ,原告Q2は,Q9が2日続けて許せない嘘をついたこから原告Q2が殴った,私も人間から感情的になると述べた。

 原告Q1は,同月3日,本件小学校架電し,Q13教頭に対し,原告らは冷静にQ9をしかっていること,同じ状況であれば原告Q1であっても殴っているはずであり,原告Q2も同じ方針であることなどを述べた。これに対し,Q13教頭は,殴らないで育てることをまず考えるべきであるなどと述べた。

(エ)Q12教諭は,同月4日,原告から,本件小学校教育方針等についての意見記載された手紙が送付されたため,同日午後3時頃,原告ら宅を訪問した。その際,原告ら及びQ12教諭居間にいて会話をしていたところ,原告Q2は,一旦居間を離れてQ9の部屋に行き,Q9を叩き,居間に戻ってきた際に,「今私,Q9のこと,叩きましたから,守って下さい。叩きました。嘘ついたから。」などと述べた。

 その後,本件小学校のQ14校長教務主任及び生徒指導主任原告ら宅を訪れ,原告Q1から学校で行う教育と家庭で行う教育区別をしたガイドラインを示してほしいという要望があったため,Q14校長ガイドラインを示す旨述べて,同日午後8時30分頃にQ14校長らは原告ら宅を離れた。

(甲11,17,18,乙ろ2の12,乙ろ15,証人Q13)

(2)本件一時保護に関する経緯

ア Q14校長は,同月6日,静岡市教育委員会に対し,前記(1)イの経緯を報告した。静岡市教育委員会は,同月10日,静岡市α区の要保護児童対策地域協議会児童福祉法25条の2参照)の定例実務者会議において,Q9を要保護児童として提示し,Q13教頭が前記(1)イの経緯をまとめた報告書(乙ろ2の12の1ないし6丁)を提出した。上記会議に出席した静岡市児童相談所の所員は,同日,本件小学校に対し,Q9は保護を要する児童であるため,今後Q9に痣等があった場合には児童相談所に通告するように指示した。

イ Q9は,同月13日の登校の際,左顎及び左目下部に痣があり,Q14校長がその痣について聞いたところ,Q9は,嘘をついたことを原告Q1に怒られて殴られたと述べた。そこで,同日「Q14校長は,静岡市児童相談所架電してQ9について通告した。また,同日のプールの授業の際,Q9の大腿部及び背中に痣があることが確認された。

 静岡市児童相談所は,同日,上記通告を受け,子ども虐待対応の手引き(平成19年1月23日付け雇児総発第0123003号厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長通知。乙ろ2の10)及び静岡県中央児童相談所作成家族支援ガイドブック(乙ろ2の11)に基づき,上記アの会議に参加していた所員等による緊急受理会議を開催し,Q9に行うべき支援及び援助の内容を判断するための虐待処遇アセスメント指標(乙ろ2の6)で判定をしたところ,虐待の程度は,5段階の上から2番目(打撲,広範囲の軽外傷等)であり,調査格付は,生命を脅かす(又は高い可能性がある。)状態として,直ちに立入調査を行うこととなる「R-1」と判定された。また,静岡市児童相談所のQ15主任主事ケースワーカー)等の所員3名が,本件小学校に立入調査をして,Q9の顔から足にかけて痣があることを確認し,Q9に聞き取りをしたところ,Q9は,原告からは,Q9が時間を守らないという理由毎日殴られること,原告Q2の方が多く殴ること,原告Q1からおもちゃバットでいろいろなところを殴られ,原告Q1から殴られた際に血が出たことがあることなどを述べた。静岡市児童相談所は,上記立入調査をした所員からの報告を受け,上記虐待処遇アセスメント指標及び所員の合議に基づき判定をしたところ,Q9の支援・援助格付は,直ちに一時保護必要となる「AA」と判定された。

 静岡市児童相談所長は,Q9に痣があり,Q9も原告から殴られていることを認めたこと,本件小学校から家庭訪問をした後も原告から虐待継続していることが確認できたことに基づき,Q9を一時保護し(本件一時保護),その後に原告ら宅に架電し,原告らに対して本件一時保護したことを告げた。

 Q9は,同日,静岡市静岡病院のQ16医師の診断を受けたが,同医師作成診断書には,「全身に打撲によると思われる皮下出血を認める」として,〔1〕両下眼瞼,〔2〕左顎部,〔3〕右肩甲骨上,〔4〕左大腿背側,〔5〕右下腿膝下部前面及び〔6〕両殿部について,「いずれも鈍器,または靴による打撲跡と考えられる」,「上記外傷について全治一週間と診断する」との記載がある。

 静岡市児童相談所は,同日,静岡県中央児童相談所の一時保護施設にQ9の一時保護委託した。

(甲11,乙ろ2の4ないし6・12,乙ろ15,16,乙は3の1・2,証人Q17,証人Q13)

(3)本件一時保護開始後の経緯

ア 原告らと静岡市児童相談所は,本件一時保護が開始された平成19年7月13日以降,電話等でやり取りをしたが,次のとおり,原告らは,Q9に対する体罰虐待ではなく,親である原告らの意思無視して本件一時保護継続することは不当であるとの意見を繰り返し述べた。

 原告Q1は,同月20日,静岡市児童相談所のQ15主任主事との電話で,虐待はしていない旨述べ,暴行肯定されると考えているかとの質問に対して「ええ,肯定されますよ。当たり前じゃないですか」「一時的感情だとかそんなことで虐待を繰り返してきているわけじゃないんだ」,「責任ある体罰っていうのだってあるんだ」などと述べ,静岡市児童相談所のQ18統括主幹との電話で,同月27日,「Q9をおたくらに任せますけど,やつが20歳ぐらいになったときにまともな,私らが考えているような大人になってなかったら,抹殺しますんで。おたくらも含めてよ。」,同月30日,「子どもがこう,おれらの考えてたとおりに教育できなくなったときに,おまえらどういう責任とる。とらなかったときは,おまえ,リンチしてもいいか」,同年8月1日,「根本からお前らの育て方とか教育論が間違ってるのに,何で間違ってる奴らと俺らが話し合わなきゃいけないんだよ。」などと述べた。また,原告Q2は,同年7月23日,Q18統括主幹との電話で,「私達は少なくとも体罰体罰だって考えてるんですね。私の思う虐待と言うのは自分憂さ晴らしですね。」,「体罰っていうのは暴力とは違う」などと述べた。

 静岡市児童相談所のQ19主任主事心理士)及びQ15主任主事は,同月20日から同年8月31日まで,一時保護施設を訪れてQ9と面談,行動観察,心理テスト等を行った。Q9は,同月8日以降の面接で,原告らと会いたくなく,施設から帰りたくない旨訴えた。Q19主任主事は,Q9について,同年9月20日開催の静岡市健康福祉審議会児童福祉専門分科会児童処遇審査部会に「現段階では,本児の家庭に対する拒否感が強く,両親と距離を置き,守られた環境下で,本児の話に耳を傾け,個別には母性的で受容的な対応が望まれる。」,「これまでの養育環境により本児の情緒面での成長が阻害されてきた結果が示されており,今後,両親の養育態度に改善が望めないようであれば,家庭との分離はやむを得ず,児童養護施設への入所が適当であると考える。」との心理診断の結果を提出した。同部会では,Q9の入所措置承認を求める申立てを行うことに異議は出なかった。

 静岡市児童相談所のQ20所長は,上記原告らの発言心理診断の結果及び上記部会の結果を踏まえ,原告らによる暴力継続される可能性が高く,Q9も帰宅拒否していることから児童養護施設への入所が適当であるとして,同年9月25日,入所措置承認を求める申立て(本件申立て)をした。

(甲11,14,乙ろ7の1ないし7)

イ 原告らは,同年9月28日,静岡市児童相談所を訪れ,Q20所長,Q17参事平成20年4月1日に静岡市児童相談所長となった。以下「Q17」という。)等の所員と面談した。この面談の際,Q20所長らは,本件一時保護の経緯や,Q9については児童虐待防止法2条1号所定の暴行が行われたもの判断していると説明したが,原告らは,「体罰虐待はこれ別物ですから」,「しつけの段階で,あざができるほどたたかなきゃいけなかった」などと述べてQ9の返還を求め,静岡市児童相談所はこれに応じなかった。

(甲9,10,乙ろ7の10)

ウ Q20所長ら及び原告Q1は,本件承認審判及び本件勧告がされた後である平成19年12月21日,静岡市児童相談所面談した。原告Q1は,本件承認審判の「二度と虐待に該当するような体罰をさせない」という文言から虐待に及ばない体罰については容認されたもの解釈している,体罰主体にしない努力はするが,目的によっては必要なこともあるなどと述べたのに対し,Q20所長は,しつけ自体否定するわけではないが,体罰を伴うしつけは子ども心理的な影響があり好ましくない,本件勧告を受けて,静岡市児童相談所から原告らに対する指導方法について年明けに提案する旨述べた。また,原告Q1が,原告らがQ9の通学している安西小学校に面会等を申入れることは問題となるか確認したのに対し,Q20所長は,今の状態だと問題となる旨述べた。

 静岡市児童相談所は,平成20年1月頃,上記提案として,Q9と原告らの家族統合に向けた「ご両親への支援プログラム」(以下「支援プログラム」という。)を作成した。支援プログラムでは,〔1〕目標は,「Q9君が安心して生活できるような家庭づくり。」であり,〔2〕方法として,原告らが静岡市児童相談所を訪れ、概ね1か月に1回2時間程度を目安に面接実施し,面接以外にも課題の提出をお願いすることがあること,〔3〕2月から3月頃にQ9の気持ち確認し,写真ビデオレターなどを通した親子交流を始めること,〔4〕Q9が原告らに会いたいという気持ち確認し,5月から6月に児童相談所内で原告らとQ9との面会を実施し,6月から7月初旬に親子での外出を実施すること,〔5〕面会・外出時の親子の様子,Q9からの外泊希望確認し,児童相談所所員による家庭訪問実施した後,7月初めに家庭への外泊を開始すること,〔6〕外泊が繰り返される中で,良好な親子関係が認められ,引取り後の支援のあり方について共通理解が得られれば,家庭引取りとなることが記載されている。

 Q20所長ら及び原告Q1は,同年1月11日,静岡市児童相談所面談した。静岡市児童相談所のQ21心理士支援プログラムについて説明するなどしたところ,原告Q1は,支援プログラムは本件勧告無視したものである原告らは体罰をしているのであって虐待暴力ではない,一時保護自体間違っている,おれは日常生活の中で普通にやっていく中で必要であれば絶対体罰は使う,まずはQ9を帰してもらいたいなどと述べた。そこで,Q20所長は,再度提案をする旨述べた。 

 Q20所長ら及び原告Q1は,同月24日,静岡市児童相談所面談した。Q17が,本件勧告に基づいてQ9を帰宅させるためには,虐待に該当するような体罰はしないことが条件になる旨述べたところ,原告Q1は,裁判所原告らが虐待をしていないと認めており,Q9をすぐに返してもらった上で静岡市児童相談所による指導を受けるというのが原告らとして譲歩案の全てである静岡市児童相談所原告らの意見を聞かずに一方的な主張をしているなどと述べた。

(甲9,10,乙ろ5の2,乙ろ7の11・12)

エ Q9は,平成19年12月31日,静岡ホームで転倒して頭を打ち,CT検査をしたが,脳に異常は認められず,頭部挫傷と診断された。

 静岡市児童相談所は,原告らに対し,上記転倒事故を通知せず,原告らは,平成20年3月7日に静岡市個人情報保護条例に基づき開示を受けた文書により,上記転倒事故の発生を認識した。

(乙ろ1)

オ 原告Q2は,同年2月1日,静岡市児童相談所に対し,Q9の毎日の詳しい言動や様子を報告しない理由等の回答を求める質問状を送付した。また,原告らは,同月8日,静岡市児童相談所を訪れ,本件抗告棄却決定に対して特別抗告申し立てた旨伝えるとともに,親権行使するとして,Q9の毎日の一時保護施設及び小学校での言動を報告することを求めた。さらに,原告Q1は,一時保護期間の7か月でQ9の身長が2.4センチメートル体重が1キログラムしか増えていないという理由で,Q9への精神安定剤等の投与を疑

2019-01-27

anond:20190127112916

個別具体的な統計が大きな問題をもたらす可能性は低い)

それはやらかした側の願望をやらかした側が自分で言ってるだけの話だろ?

そんなの真に受けるのか?

日本ではそれで国民を騙し通せるかもしれんが、

先進国ではそんなおためごかし通用しないぞ?

厚労省統計調査不備

森山麻生発言が叩かれてるけど、調査方法不正があったことは認めた上で、その結果得られた個別具体的な統計が大きな問題をもたらす可能性は低いといってるだけであって、星集めてるブコメポイントはかなりズレてると言わざるを得ない。

2018-12-15

御礼と少し思ったこ

以前主夫はつらいよという記事を書いて、自分の予想以上にみなさまからコメント叱咤激励を頂いた。

https://anond.hatelabo.jp/20180323070849

思っていた以上に親身なコメントが多くとても励まされたし、ああなるほど、確かにそうかもな、と反省する点も多く、色々と考えるタネにもなった。

結局以前の記事を書いたあたりがいろいろな意味で山場で、その後は比較生活も落ち着いた。

半年以上経って、今振り返るとあの時のしんどさはお互いの余裕の無さが大きかったのだと思う。

妻にも私にも余裕が無かったし、妻の愚痴を聞いても私は他に吐き出す先が無かった。仕事愚痴は家庭で言えるが、家庭の愚痴を家庭で言うのは簡単なことではない。

対応としては、まず例えばしんどい時は食事デリバリーで頼むなど、金で片付けれるものは金で片付けるようにした。

幸いデリバリー家事のアウトソースアプリ簡単に頼めるお国柄なので、この点は大変助かった。

また、妻とは話し合い、妻もなるべく仕事を早く終えることが出来、かつストレスが少なくなるよう、多少のチームやタスクの変更を行ってもらった。

お互い余裕が出来てくるにつれ、私が負担に感じていたことをポツポツと伝えることもできるような状況になっていったし、そもそも妻の愚痴自体自然と減っていった。

私自身、会社の同僚等と仲が良くなるにつれ、多少プライベートなことも話すことが出来るようになった。

自分に余裕が無ければ他人に余裕をもって接することは出来ないというのはわかってはいたが、それを強く実感するとともに、自分が余裕のある状態キープすることは相手のためでもあるのだと考えるようになった。

なお、私が以前書いた記事について、性別による問題としてコメントしてくださった方もいたのだが、自分自身としては特段そういった捉え方はしていない。

今回のことについても、私が妻の立場であれば結局妻と同じような行動を取っていただろうと思っている。実際、私自身も自分愚痴気持ちを吐き出して、それを誰かに相槌を打って聞いて欲しいと思っていたのだ。だから匿名日記を書いたし、そこで共感してくれるコメントを見るととても精神的に助けられた。

そもそも性別による一般的な傾向が仮にあるとしても、それは私たち夫婦個別具体的な関係を考える際にはどうでも良い話だ。

ただ単純に、パートナーとして生きていくと決めたのであれば、お互いが幸せに生きていくために何が最適かということを追求すればそれで良いと思っている。

コメント頂いた皆様には、本当にありがとうございました

2018-11-02

ようは国家共同体がどこまで干渉するかという話でしょ?

自己責任論がどうたらとか言うから話が曖昧になるけど。


まり2004年から議論になってる自己責任論はリバタリアンリベラル思想闘争というか。

どこまで国家国民(つまり日本国籍を持ってる人)を助けるべきか?

という話に過ぎない。


重要なのは自己責任論」という言葉に踊らされすぎて具体論まで落とし込めてないことだと思う。

自己責任」という用語議論される範囲があまりにもでかすぎる。

例えば、俺は生活保護費を受けざるを得なかった人をことさらに責めるべき

と言われると同意できない。

もちろん、嘘をついていたとかなら別だけど。

本来であればそういう個別具体的な文脈と経緯に基づく詳細な議論必要なはず。


であるならば、今回議論しなきゃならないのは「自己責任論」じゃなくて

海外紛争地帯に行ったジャーナリスト処遇

の話なわけでしょ?

それを国家保護すべきかどうかという話。

もし、以前と同じようにあらゆる事象をごたまぜにしてメディア市民

自己責任論は~」

っていう風に曖昧模糊とした用語議論した場合以前と同じように何の結論もでないよ。

両者の溝は縮むことも離れることもなくただの平行線でずーっと進むだけ。

韓国徴用工に関する整理

50年前に定められた日韓基本条約に反するから韓国大法院の判決おかしい、という簡単な話ではありません。時系列で流れを整理します。

徴用問題の始まり

労働力の不足を補うため、昭和19年朝鮮総督が、朝鮮在住の朝鮮人に労働を命じました。正当な理由がなくこれを拒絶すると懲役刑を科される、国家による強制的労働です。その後の日本国内裁判で「徴用に応じなければ家族逮捕される」と脅迫されたことや、「寮は有刺鉄線で囲まれ12 畳の部屋に12 人が収容された」「食事は粗末で量も少なく休日も月1、2 回しか与えられなかった」「こん棒で腰部を20 回殴打された」などの事実も認められており、その当時の基準に照らしても安全配慮義務に反する不法労働日本裁判所で認定されています

日韓請求権協定で定められたことと定められていないこと

日本連合国サンフランシスコ平和条約を結び国際社会に復帰しましたが、韓国は「日本戦争をしていない」という理由サンフランシスコ平和条約に入りませんでした。

その後、日韓請求権協定が結ばれ、「両締約国及びその国民財産権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、完全かつ最終的に解決された」と定められ、特に、「被徴用韓国人の未収金補償金及びその他請求権の弁済請求」は「日韓請求権協定によって完全かつ最終的に解決された」とされました。

ただし、これは、日本政府は「外交保護権を相互放棄したものであって個人請求権のもの国内法的な意味消滅させたものではない」という公式解釈をしています。つまり韓国内の日本国民資産韓国から取り戻したかったら、ご自由にどうぞ、でも、日本政府は手伝わないよ、という意味です。

このわかりづらい解釈には理由がありますもっと自然な、「朝鮮人の日本人への請求権韓国政府が放棄し、朝鮮にあった日本人の資産請求権日本政府が放棄した」という解釈にしてしまうと、韓国内の日本資産放棄に対して、日本政府が賠償責任を負うことになってしまうからです。

慰安婦に関してはまた別の話があるのですが、本題でないので触れません。)

個人請求権についての確定

平和条約のあとでも宙に浮いていた個人請求権ですが、連合軍捕虜への損害賠償を求める米国最高裁判決で、「サンフランシスコ平和条約第14条によって、戦争遂行中に日本国およびその国民が取った行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権放棄されている」という判決2003年に確定し、話が動き出しました。

2007年には、日本最高裁が、「サンフランシスコ平和条約当事者以外の国や地域との間で戦後処理をするにあたっても、(...)条約の枠組みに従う」という判断を示し、サンフランシスコ平和条約に含まれない韓国中国フィリピン等の国民から訴訟も、原告敗訴が決定づけられることになりました。

ただし、最高裁判決には「個別具体的な請求権について債務者側において任意自発的対応をすることは妨げられない」と述べ、「被害者らの被った精神的・肉体的苦痛が極めて大きかった一方、上告人(被告企業)は中国労働者らを強制労働従事させて相応の利益を受けるなどの諸般の事情にかんがみると、上告人を含む関係者において、本件被害者らの被害の救済に向けた努力をすることが期待される」という「付言」が付きました。

それを受け、西松建設中国当事者らの間で、2億5000万円を支払い、補償や未判明者の調査記念碑の建立、慰霊のための費用などに充てるという和解が成立しました。

2012年の韓国大法院判決

三菱重工業に対する訴訟で、韓国大法院は、朝鮮徴用戦争にかかわるものではなくて、植民地支配にかかわるものからサンフランシスコ平和条約とか日韓請求権協定とかとは関係なく、韓国人の請求権は残る、と判示しました。サンフランシスコ平和条約から日本最高裁判決に至る流れをひっくり返すものになります

この判決が確定した以上、先日の損害賠償を命じる判決必然でした。

個人的な感想

法律の話で言えば、日本および日本企業請求権が生じる、というのは疑わしいとは思いますが、一部の日本メディアがいうように韓国司法おかしい、とまでは思いません。韓国徴用日本過酷労働をさせたという事例に対して、日本最高裁が独占的な管轄権を持つ、というのは自明ではないし、個人請求権サンフランシスコ平和条約の枠組みに従う、というのもそもそも07年まで不確定だったわけで、議論余地はあるところだと思います。ただ、韓国の主張は、植民地支配に関して請求権が残っていて、元植民地側の裁判請求ができるという話なので、これを認めると植民地支配していた欧米諸国がすごく困ります慰安婦みたいに国際的な広がりを持つことなく、国際法的には日本が勝つのだろうな、と予想しています

道義の話で言うと、徴用工に関して日本の様々な裁判所が繰り返し不法行為を認めているのが印象的です(例:01年東京地裁、01年京都地裁、03年東京高裁、96年富山地裁、98年山口地裁、01年大阪地裁、02年大阪高裁、07年名古屋高裁、05年東京高裁、02年福岡地裁、04年福岡高裁、02年広島地裁、04年広島高裁、09年最高裁)。最高裁については先ほど述べましたが、それ以外にも多数の裁判官が自発的な救済を推奨しており、おそらく基金などを作って、アジア中の徴用工に対して日本自発的補償すべきものなのであろうな、と個人的には思います基金を作るのがスムーズに進んでくれたら、と思います

最後に、判決をいくつか引用します。

歴史的事実真摯に受け止め、犠牲になった中国労働者についての問題解決するよう努力していくべき」(宮崎地裁07 年3 月26 日)

被害の救済に向け自発的関係者による適切な救済が期待される」(前橋地裁07 年8 月29 日)

任意被害救済が図られることが望ましく、これに向けた関係者真摯努力が強く期待される」(仙台高裁09 年1120 日)

「ひとりの人間としては、救済しなければならない事件だと思う。心情的には勝たせたいと思っているが、最高裁判決がある場合には従わざるを得ない。本件のような戦争被害は、裁判以外の方法解決できたらと思う」(長野地裁06年3月10日

被害者らの被った精神的・肉体的苦痛が極めて大きかった一方、被告企業中国労働者らを強制労働従事させて相応の利益を受けるなどの諸般の事情にかんがみると、上告人を含む関係者において、本件被害者らの被害の救済に向けた努力をすることが期待される」(最高裁07 年4 月27日)

参考文献

http://www.ackj.org/wp/wp-content/uploads/2017/12/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E9%9F%93%E5%9B%BD%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E7%A0%94%E7%A9%B615_%E7%89%B9%E9%9B%8641.pdf

2018-10-20

千田氏の問題提起説明してみる

はじめに

 キズナアイNHKウェブサイトにおいてノーベル賞解説記事に登場しておりましたが、そのことをきっかけに、千田有紀氏などが指摘をし、さまざまな方面から千田議論に対する批判が寄せられ、さらには社会学のものに対する批判もされているところです(これらをキズナアイ論争と呼びます)。

 ですが、そのざまざまな批判を読んでいると、「これって実はコミュニケーション不足で、伝わっていないんじゃない?」と思うことが多くなりました。いろいろあって社会学を学んだ人間として、それはちょっと悲しいなという思いがあったので、千田氏の問題提起ちょっと分かりやすくお伝えできればと思います

筆者の立場

 筆者は、社会学修士号を得ています。今は大学から離れているのですが、離れてそう長くはありません。専門は千田とも重なる領域家族ジェンダー)もありますが、教育メディアでした。

本稿のスタンス

 あくまで、千田問題提起がどのようなものに基づいて行われているのかを解説するもので、その意見妥当性とかは議論しません。私個人としては、千田立場に立てば理解でき一理ある議論ではあるが、だからといって、それは多くの人の理解を得る話法ではないし、その背景事情を一切踏まえていないのは、学術的に一定ポジションにある人のする作法としては疑問を感じているというところです。また、千田学術的貢献はいろいろな批判があるようですが、私は一定程度は評価しています

 なお、アカデミック作法は基本呼び捨てですので、ここでも、基本千田として書かせていただきます

千田氏の問題提起について

 キズナアイ論争のはじまりは、千田投稿記事です。https://news.yahoo.co.jp/byline/sendayuki/20181003-00099158/]

 ちなみに、現在10月13日)、追記もなされており、社会学者にはそれなりに分かる文章にはなっているのですが、一般の人はなおのこと分かりづらいことになっています。後に公表された、『「表現の自由」はどのように守られるべきなのか? 再びキズナアイ騒動に寄せて』記事による補足を踏まえて、まず、千田議論の要点をまとめてみましょう。

 (1) キズナアイNHK解説記事において「相づち」をする役割となっている

 (2) 「相づち」をする役割は、従来から女性が担ってきた役割である

 (3) 従ってキズナアイ解説記事における役割は、従来の女性が担ってきた役割を担っていることになる

 (4) そのことは、理系と呼ばれる分野で活躍する女性などに対して、好ましい状況を生むようなものになっていないのではないか

というところに整理できるかと思います

 社会学特にジェンダーフェミニズムを学んだ人だと、この4つの間を頭の中でこうかな?と繋ぐわけですが、普通の人はフェミニズムを体系立って勉強するわけでもないと思うので、「はて?」となるわけです。更にいえば、一つ一つの要点が「え?!」という感じになるかと思います

 千田議論理解するためには、とりあえず(1)は正しいものとして引き受けておいてください。そこが正しくないとなると、そもそも議論の前提が崩れてしまい、議論そもそも成立しなくなってしまうので、ご理解ください。

千田議論理解するための知識

千田議論理解するためには、いくつかの知識必要となります。一つは、千田の専門でもあるフェミニズム、もう一つは会話分析というものです。順に簡単に紹介しておきましょう。

社会学とは

 社会学は、社会対象とした学問です。といえば、早いのですがそれではよく分かりませんよね。社会学は、社会がどのように成り立っているのか、つまり社会の秩序はどのような形で形成されているのかを探求する学問です。例えば、古典的社会学特に日本戦後社会学では「農村」が特に注目されました。農村における人々のネットワークや、家族の在り方、そういうものに関心を持っているのが社会学です。

フェミニズムってそもそも

 フェミニズムを正確に定義することは困難ですが、フェミニズムを雑にまとめると、「女性地位を向上させようとする取り組みであったりそれを支える理論」というような言い方ができると思います歴史的には大きく2つのターニングポイントがあったとされています。それが「第1波フェミニズム」と「第2波フェミニズム」です。

 第1波フェミニズムは、1900年代ごろ、19世紀から20世紀へ移りゆくタイミングに起こりました。西欧諸国で主に婦人参政権を獲得する運動が中心に展開され、1920年代にはイギリスアメリカで実現をすることとなります。(ちなみに、日本はというと戦後婦人参政権が認められるようになるのですが、新婦協会青鞜社運動は同時代運動です。)

 第2波フェミニズムは、1960年代頃、社会運動が盛んになった時期に、女性らしさへの問い直しが運動として行われます代表例ではキリスト教社会では長らくタブーとされていた中絶合法化が挙げられます。また、この時代には女性が自らの自由に性を語るということが積極的になされるようになります

 いずれにせよ、その理論根底には、女性男性と同等の状況にないという認識に立っているということがあります

 第1波フェミニズムで焦点化されたのは、法律社会制度というものでした。第2波フェミニズムはというと、法的制度平等であっても、職場ではお茶くみに甘んじてしまっているし、男性と同じように性を語ることはできないというような、日常性差別特に焦点を当てていくようになるわけです。

 現代は第2波フェミニズムの延長線上にあります。#Metoo運動を始めとして、第3波フェミニズムがやってきているというような主張も時折みるのですが、第2波フェミニズムより後のフェミニズム運動について、多くの社会学者が納得しているような分類はまだ確立していないのが現状です。

マルクス主義フェミニズム

 上野千鶴子理論などを理解する上で重要キーワードが、マルクス主義フェミニズムです。そういう立場だと、だから上野千鶴子はそういう立場なのね、と理解できます千田議論もとりあえず、マルクス主義フェミニズム解釈すると、理解がしやすくなると思いますので、こちらを説明します。

 (フェミニズムにはさまざまな立場があります。ラディカル・フェミニズムリベラルフェミニズム等です。フェミニズム一枚岩ではないと、理解しておくと良いでしょう。)

 マルクス主義フェミニズムとは、先ほど、フェミニズム女性男性と同等の状況にないという認識に立っていると説明しましたが、そのような社会状況を生み出しているのは、今日資本主義社会システムなのであるといいます。で、これを理解するためには家父長制というキーワード理解しないといけないのですが、本題より長い解説になるので、そこら辺は上野千鶴子の『家父長制と資本制』をとりあえず参照してください。

上野理論を厳密に言うと、上野は、従前のマルクス主義フェミニズム教条的であるということで、それを乗り越える必要があると、主張をしています。)

 シンプルにいってしまますと、そのシステム資本制)の成立と密接に性差別を生む家父長制制度が続くため、性差別再生産(半分マルクス主義用語ではありますが)されていくということになります

会話分析

 会話分析というのは読んで字のごとく、会話を分析するというものです。まずは、社会学会話分析がなぜ重要になってくるのかをエスノメソドロジーというワードを使って説明したいと思いますそもそも社会学社会秩序はいかにして可能かを明らかにする学問です。そこで出てくる問いの一つにこの社会生活を営む人びとがやっていることを、研究者はどのように理解できるのかという問題です。

 この問題に答えたのが、ガーフィンゲルという人です。ガーフィンゲルエスノメソドロジーという手法提唱しました。エスノメソドロジーというのは、日常生活している人々が言動をどのように理解し、成立させているのかを、日常生活している人々の視点に立って記述するという手法です。

 エスノメソドロジーは、私たちの当たり前が、いかに「うまいこと」成立しているのかを見せてくれます。例えば次のような実験は非常に有名です。

A(被験者)「おはよう! 調子はどう?」

B(実験者)「調子ってなんだい?」

A     「いや、元気かどうかってことだよ。」

B     「元気かどうかって? どういうこと?」

こんな調子で話されると、本当に調子おかしくなりそうですが、こういう実験します。ここで浮かび上がってくるのは「調子」という言葉が、体調や近況を意味しており、それをお互い分かっているという「期待」をもって、Aは会話をしているということです。このような形で、秩序が形成されており、それらは記述可能な形で示すことができるとするというのがエスノメソドロジーです。

 会話分析の多くはこのエスノメソドロジーの考え方を踏まえて行われます。つまり、先ほどの会話のスクリプトのようなものを読んで、そのなかで、AとBはどのような「期待」をそれぞれ持っており、そこにどのような秩序があるのか? ということを考えているわけです。

千田議論を振り返ろう

 冒頭で、千田議論を強引に4点にまとめました。ここまでの道具を用意すればある程度説明ができます。それぞれの項目ごとにみていきましょう。

(1) キズナアイが「相づち」をする役割となっている件について

 そもそも実在人物は「先生役」とNHKサイトでも記載がありますように、ここで想定されているのは「先生」と「生徒」というコミュニケーションです。したがって「生徒役」となるキズナアイ基本的に「相づち」をする役割に当然のことながらなるでしょう。そもそも「生徒」の方が詳しいというのなら、「先生」が「生徒」の役割を担うことになるはずですし、「先生」と「生徒」という形で双方「期待」をもっていることは分かります別にこれが、男子生徒であろうと、まあこういう会話になるだろうなという感じではありますよね。

(2) 「相づち」をする役割は、従来から女性が担ってきた役割である

 これは、先ほどのフェミニズム議論が役に立ちますお茶くみとかの補助業務に当たっていたということは、先の説明でもしましたが、今日でも、「相づち」をする役割は、女性となっていることが多いです。例えば、新春の、一体誰がみるのかよく分からない県知事が語る!みたいな番組がありますが、あのとき大抵女性アナウンサーが話を聞いたりしていないでしょうか。このとき女性アナウンサーは、多くは男性である知事に対して、その発言がしやすいようさまざまな配慮をしながら、質問を重ねていきます

 そこでは、主役はあくま知事です。アナウンサーが主役となって、知事いじめていくというような内容になっていないでしょう。これが、でも、田原総一朗との対談だったらどうでしょう。一気に様相が変わってきますよね。また、地元財界知事の対談だったらどうでしょう。そこに「相づち」はあっても、「相づち」をする役割知事の対談者は決して担っていないと思います。会話の主体になっているわけですね。地元財界の人が女性でも、この場合だと「相づち」の役割はまあしないかと。

 ここでポイントになるのは、知事一方的に語るというような形式を取る時には、女性アナウンサーがその役割を担うことになり、他方、双方共にしゃべる場合には、女性活躍機会が途端に減ってしまうというということです。これは、私たちイメージレベルでも大体共通しているのではないでしょうか。(もちろん、個別具体で違う話も多く、徹子の部屋黒柳徹子をどう評価するかは難しいところですが。)

 もちろん、これは、女性知事と同等の立場役割を担っている機会が開かれていないから、そのようにならざるを得ないという側面も当然ありますが、男性アナウンサーがそうそうなっていないということは、一つこのことを証明するものであるとも言えます

(「相づち」をする役割も高度な役割であるということは決して忘れないでください。)

(3) 従来の女性が担ってきた役割キズナアイ

 ここで、議論はもどってきて、キズナアイは「生徒」役ではありますが、「先生」の発言を引き出すという意味で「相づち」をするということで、記事トップにも出てくる主役のはずが、補助的な業務を担わされていることになります。このときキズナアイ女性と見なすと、これまで女性が置かれていた立場女性積極的に前に出られる環境制度上はなっているにもかかわらず、結局はそうはなっていないという状況と重なる部分はあるでしょう。

 再び、徹子の部屋黒柳徹子イメージすると良いかも知れません。徹子の部屋における黒柳徹子は独特の立ち位置で、徹子の部屋を見て黒柳徹子は単に「相づち」をうつ役割だけではない、ということが理解できるでしょう。なんなら、黒柳徹子の方が目立っていたりします。対談の形式が、黒柳徹子お客様を招いて話をしてもらうというホストであるためであり、従属的関係になっていないというところに、このキズナアイ対談と徹子の部屋の決定的違いがあるのだろうと思います

 そうして比べてみると、キズナアイ女性役割再生産するということになったというわけです。これは、性別役割分業を進めていくものであり、女性にとって活躍の機会が減ってしまうというのがフェミニストたちの主張と結びつけて考えることが可能なのです。

(4) 活躍する女性への影響

 この時、女性は従たる役割を担わされるわけで、その期待が持たれます。そうなると、女性は、主たる役割を担える存在なのにもかかわらず、その期待から、従たる役割を担い続けなければならない、そういった状況にはまってしまうのです。そして、そうした悪循環から脱却しなければならない、というのがフェミニズム基本的な主張です。

 このような女性観で考えられると、女性にとって好ましい立場ではないという千田の主張はそう的外れものではないということは理解できるでしょう。

千田氏の議論の失敗

 千田議論をするという状況を作り出したことでは成功していると評価できますが、その議論の中で、自らの論理妥当性を提示し納得してもらえたかというとそうではないと思います。後の対応によるところも多いのですが、それは、実は最初きっかけともなった記事の一番最後文章であると私は考えます

なお10月3日、9時の時点で、スマートフォンから見ると、キズナアイバストショットしか見えない(パソコンでは、へそなどの下半身が見える)。

 この一文が最後にあることで、キズナアイの見た目(容姿)を問題にしたいのか、と思ってしまう人も多いと思います千田氏は、後の議論でも、キズナアイ役割に焦点を当てており、容姿問題にしていないといっているのですが、冒頭の太田氏の議論あいまって、多くの人が混乱したと推察します。そもそもキズナアイってあくまAIであって性別を超越した存在なはずなのに、性別二元論に回収されちゃうのって、なんだかなと。

 さらにいえば、表現問題に回収してしまったのがかなり難しい問題にしています表現問題にすると、結局妥当表現は何かということに行き着き、その線引きは複雑になってしまい、誰も理解できなくなるため、神々の審判でも仰がなければ、なんとも言えないと思います

 まあ、この発言が全てのオチかと思います

本人が個人的に自説を語るのは「自由」の範疇だが、それを公共空間に置いたらどんな意味もつのか、少しは配慮すべきだったのでは?

https://twitter.com/chitaponta/status/1051615591004438529]

2018-08-08

anond:20180807124518

患者本人ないしは家族であった場合は、「A医師を呼んでくれ」と思うだろう。しかし、制度論のレベルでは、やはり「C医師に任せるべきだ」と言わざるを得ない。制度論というのは目的実現のために何かを犠牲にする場合がある。「えいやっ」と決めてしまわないと、A医師が呼ばれてしま個別具体的な事案は際限なく広がって、優秀なA医師負担はこれまでと同じように増えて積み重なっていく。これを避けようというのだから、「呼ぶな」と言うしかない。それで「救える命」が「救えなかった」としても、コラテラル・ダメージ…というか、そもそも「救えなかった命」であったと考えるしかない。まあ、具体的状況で納得できるかというと、たぶん怪しいが、それはそれ。

2018-08-03

anond:20180803121133

はあ?べつに書いてもいいに決まってんだろ。書いてもいいにきまってるから普通に今こうやって応じてんだろ。

他人には気軽に反論するくせに反論されたら「書いちゃダメって言われてる!」って思っちゃう大丈夫

そんな被害者意識たっぷりの人にエビデンス〜とか言われても、なんでお前に証明してやらなきゃいかんのじゃ。

私の個別具体的な話として捉えずに事象として考えろや。

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