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2021-05-09

追記です。弱者男性を名乗る一部の?人達精神障害者女性サンドバッグにしてきたことについて

anond:20210506234730追記しようかと思いましたが、思いの外長くなったので別にしました。

 

わたしの見たこと、聞いたこと、知っていることは①発達障害男性をはじめとする多くの男性弱者男性自称した②弱者男性自称する人々は「障害持ちでも女は理解のある彼くんがいるからイージー」と言い③弱者男性自称する人の中に苦言を呈す人が殆ど、全くと言っていいほどいなかった。ということだけです。

全ての弱者男性でないことはわかります。誰よりも「こんなこと言うのは一部の人だけだ」と思いたかったです。でないと、辛すぎるじゃないですか。でも残念ながら、思えませんでした。今は一部ではなく、半分もしくはそれ以上だと思っています

 

発達障害と躁鬱に対して、前向きに対処し、生きていくために、Twitterで同じように障害を持つ人たちとつながっていました。同じ困難を抱える仲間だと思っていました。

ある日「理解のある彼くん」のあのツイートが流れてきて、それ以降男性フォロワーが口々に「女の方がイージーだ」と言い始めました。皆それに同調し、下衆なツイート積極的リツイートしはじめました。彼らがいいねをつけたツイートが山ほど流れてきました。誰一人否定する男性がいないことが、とても残念でした。

リアルであったことのある男性で、アセクシャルを打ち明けた人さえそちら側でした。分かり合えたと思っていましたが、間違いでした。

 

発達障害ではない男性アカウントで、苦言を呈してくださった方が1人だけいましたが、弱者男性から「ちんぽ騎士」呼ばわりされ晒されていました。それをリツイートしたのも、リアルでも知り合いの男性でした。

「女には股を開けば理解のある彼くんがゲットできるだろ」という発言が正しく、それを耳にする女性気持ちを慮るのは性欲目的以外ではあり得ないと思っていたのだなと知って、気持ちが悪くなりました。

その発言のあった頃から、もう、弱者男性というもの嫌悪を覚えるようになりました。仕事で関わる軽度の障害のある男性に対しても、この人もそうかもしれないな、あのツイートいいねしてたのかもしれないな、と考えるようになりました。

 

弱者男性を名乗って精神障害持ち女性サンドバッグにする人たちがいたとしても、わたしは「全ての弱者男性ではない」と信じ、嫌な思いをさせられても「辛いから仕方ないですよね」と許す「べき」だったんでしょう。そう出来ないわたしが悪いです。多くの人の心は差別してしまもので、わたし例外ではないのだと思います。(それについては、わたし自身、残念に思います。)

 

 

 

「全ての弱者男性ではない」と主張する人は、「すべての障害持ちの女性に彼くんがいるわけではない」とは言いませんでしたよね。なぜ弱者男性自称する人達が、女性精神障害者を叩いているとき一言でも止めなかったんですか?あの「女はマンコパワーがあるから」と言い張る下衆な人達弱者男性でないなら、何故そういう人たちを野放しにし、弱者男性社会的信頼を貶めたのですか?わたしには、全く理解できません。

 

全ての弱者男性が悪いわけではなくとも、弱者男性を名乗る人に攻撃される側がどう思うか想像してみてほしいです。

全てでないことはわかります

理屈ではなく、気持ち問題です。

それでいて、論理的な話だと思います

ある属性を名乗る人たちに何度もバッシングされたら、その属性の人々を嫌いになるのが、多くの人間基本的感情の在り方ではないですか。

 

沈黙は同罪、共犯というつもりはありません。

弱者男性を名乗る人が「女は彼くんがいるだろ」という中で、弱者男性あなた沈黙していたら、弱者男性犯人に見えます

わたし増田へはこんなにも反応できるのに、なぜ、あのとき沈黙したのですか?

 

男性の困難を語る上で、男性場合女性より支えになるパートナーが得にくい(これは必ずしも事実でないようにわたしは思いますが)ことを受け止め、真剣に考えていくのならば尚のこと

その言説をねじ曲げて、精神障害持ちの女性への当て擦りやバッシングに使われることを憂い、否定していくべきではないですか。

弱者男性差別されるように仕向けているのは、弱者男性自称して他の人達を叩いてる人じゃないですか。

これはわたしの我儘ですが、パフォーマンスでもいいから、「弱者男性ですが、私はこれに反対です」と言って欲しかったです。そう言っている人を信じたかったです。

 

わたしのことはどうでもいいです。福祉仕事をしていましたが、離れることを決めました。転職活動コロナが明けるまで様子を見ようと思いますが、弱者男性への嫌悪が芽生えてしまった状態で続けていくのは無理だと思います。(給料の安さや、鬱がマシになったかステップアップを目指したいなど他の理由もあります。)

わたしは、あれを無かったことにしたくなかっただけです。

改心するつもりもないです。トーンポリシングだとも思ってないです。だって弱者男性いくら態度を改め「わきまえた」ところで、もう耳を貸すつもりはないですから

 

ただ、みなが「すべての弱者男性ではない」と思ってくれる聖人ではないと思いますよ。

弱者男性」という言葉を使って、「女はマンコがあるからイージーなんだ」「弱者男性女性よりもずっと辛いんだ」という人たち、弱者男性自称して発達障害持ちの女性の辛さを矮小化する発達障害男性たち、「女の自殺未遂は気を引くため。女の自殺自殺未遂の失敗。」と叩く鬱持ちの男性たちを放っておくかぎり、わたしのような狭量で愚かな人間が「すべての弱者男性はこういいう人間なのだ」と思うようになるでしょう。いい気味です。

いい気味です、が、同じ障害者として、障害者への風当たりを強くする言動迷惑です。

ですからやはり、弱者男性を援護するならば、弱者男性として、女性精神障害叩きに反対して欲しかったです。

あれは俺たちじゃないから、全員が言ってるわけじゃないのに、といっても「言ってる人が沢山いること」はきちんと受け止めてくれませんか?

あなたたちがあれを野放しにしてきた結果、1人の障害者の女に嫌われるようになったというだけの話です。

女の1人や2人、障害者の1人や2人、どうでもいいですよね。それならそれで結構です。

 

sekiryo 弱者男性確証もないし全員というデータも出せないのに同一視するの?それやめてって言われてるのにまた聞く耳持てないの?悪人を叩いてもgrgdsやらのヘイト愉快犯が善人にはならないし罪は消えないぞ?向き合えよ。

弱者男性という確証はありませんが(そもそも弱者男性自体定義不明ですし)自称しているのだからそうなのだろうと思いました。弱者男性のフリをしている偽物か、「極一部」の弱者男性なのかもしれませんが、わたしには判別不能です。(発達障害男性弱者男性に入りますか?発達障害ウソかもしれませんが……。)

同一視したくはありませんが、彼らは日本のどこかで生きているわけで、今目の前で関わっている人が「それ」の可能性があることは、常にわたしの頭によぎってしまます聞く耳は持たないです。今は持ちたいとも思わなくなりました。

全ての障害女性の彼くんがいるわけじゃない、データもないのに、漫画で見ただけのくせに、やめてと言ってるのに……わたしも思いましたよ。

あなたのような人が、女性精神障害者叩くのはやめようよと言ってくださればよかったです……。

 

madogiwahirasyain 別に積極的に手を差し伸べてくれなくても構わない。弱者男性からという理由迫害しなければそれでいいけど、この増田弱者男性全体に精神障害者を叩いてきたというレッテルを貼って迫害しようとしてるのでアウト

全体にレッテルを貼って迫害しようとはしてません。全体に対して嫌悪感があるので、もう関わらないで生きていこうとは思います

弱者男性全体は女性精神障害者を叩いていませんが、弱者男性を「名乗って」女性精神障害者を叩く人々が大勢いて、弱者男性を名乗ってそれを止める人が殆どいなかった。というのは、わたしが見た一面的事実です。いわゆる弱者男性論壇に立つ人も、それを批判したり咎めたりしませんでしたよね。

わたし私怨から、このことは記して置かなければならないと思いました。

deamu 増田私怨により貶めたい属性があって、それを根拠なく主語にしてサンドバックにしようとしてる増田行為は新たな差別。男憎しで差別正当化する増田が連日投稿され、いつもの人達同意を繰り返す加害性の祭り

根拠はあります。どのように提示すれば気が済むのか教えていただければ可能な限り対応しようとは思いますサンドバックにしようとはしていません。私怨により弱者男性貶めたいわけではなく、私怨により「弱者男性を名乗ってこちらをバッシングしてきた人々」の存在を周知したいです。

弱者男性は〜なんて言っていない」という主張を数多く見ました。そう主張する人々は、あれが目に入らないか批判しないのか、目に入っているのに批判しないのかずっと疑問でした。弱者男性論壇の方に、「理解のある彼くん」の件を周知し、批判していただきたかったのが1つ。無かったことにされるのが腹立たしかったのが1つですね。

差別正当化はしていないつもりです。わたし差別的な感情が芽生えるに至る過程を書きました。そうすることで、弱者男性差別を解消しようとする人や弱者男性当事者が、自分たちの主張が誰かの心を踏み躙っていることを自覚し、やめてくださるかもしれないと考えたからです。特にASD男性には伝えなければ分からないのかもしれないと思いました。

また、わたし感情を中心に書いたのは、それが明白な事実からです。女性障害者を叩く人が本当に弱者男性なのかは分かりませんが、弱者男性を「名乗って」女性障害者を叩く人の発言を読み、わたしが嫌な気持ちになったことは事実です。そのことを受け止めていただきたかったです。

 

 ただ、わたし差別的な感情正当性はありません。その事は明記しておくべきでした。すみません

 

わたしに関して言えば、男性別に憎くはありません。ただ恋愛感情を抱かない以上、深い関わりが女性相手よりも持ちにくくはあります

あの増田を書いたのは、男性が憎いからではありません。「女は理解のある彼くんがいるから」と言う人達が憎いから書きました。そこは混同して欲しくないです。弱者男性を名乗ってやってきたこと、(それが貴方でないなら)やってきた人たちがいたことは受け止めて欲しいです。

 

一部の人おかしなことを言うのはどこでもあり得ることです。それに対して、他の人たちが咎めなかったことが1番残念です。今からでも咎めて欲しいですが、過去のことは水には流しません。

 

最後にずっと、思っていたのは

女に生まれればイージーだった、遺伝子レベル運命を呪うのならば、「そもそも障害者に生まれなければよかった」でいいんじゃないですか。なぜ、女性障害者ばかりがターゲットされるのかわからないです。健常者の男性は狡いと言えばいいじゃないですか。

女性には理解のある男性が現れやすいとして、だから何なんですか。男性あなたには現れないと思うのならば、現れないなりに対処していくだけの話でしょう。現れないなりの福祉を求めていくだけの話でしょう。「女はこうだけど」と言うことに何の意味があるんですか?

 

わたしあなたと同じですよ。理解のある彼くんはいませんが、自分で働いて自分で生きていくつもりですよ。

ただ障害者だからって、みんながあなたと同じなわけではないんですよ。女性の、既婚の精神障害者は、障害者のくせにいい目を見てる狡い人達ではないです。同じ障害者でもあなたと同じように不幸になる義務はないです。

2021-05-07

弱者女性精神障害者男性サンドバッグにしてきたことについて

anond:20210506234730を読んで、書いておこうと思った。

弱者女性を名乗る人々が精神障害持ち男を「でも理解のある彼女さんが」と、積極的に叩いて来たことは忘れないし、いくら弱者女性が辛そうにしていても「所詮弱者女性自分の不幸を理由に人の不幸(精神障害)を軽んじ、嘲笑する人間性からな」と思い続けるだろう。

そして今現在の心境としては、弱者女性いくら辛そうにしていても絶対に手を差し伸べたくないと思っている。

思っている、というよりは

思ってしまうようになった、というのがより適当だ。

わたし普段生活において、「人に親切にしよう、人に気を配ろう、(いくらかの定型発達の人々が無自覚にするような)人を追い込むような真似はやめよう」と積極的に気をつけて生きているつもりだ。別に、不幸な人々を負け組嘲笑し生きるような人柄ではない。しかし、弱者女性を名乗る人々の言動を見るうちに、「弱者女性は、こんな言動をしていたんじゃ差し伸べられる手も差し伸べられないだろうな」という感情が「誰が手を差し伸べるか」という気持ちに変化していた。

正直なところ、わたしは手を差し伸べられると、差し伸べるほどの余裕や能力があるとは言い切れない。だからわたしがどう思おうと関係のない話かもしれない。

 

弱者女性には弱者女性なりの辛さがあるのだろう。それは、男性であるわたしには男性なりの辛さがあって、発達障害であるわたしには発達障害なりのつらさがあるのと同じだろう。わたしの辛さが弱者女性に完全に理解できるものだとは思わないし、わたしもまた弱者女性の辛さは理解できない。

弱者男性たるわたしと、弱者女性どちらが辛いかはわからない。測り、比べられるものだとも思えない。

しかし、弱者女性たるあなたがが辛いのだと主張すれば、辛いのだろうなと思うことぐらいはできる。「そうなんですね」程度の相槌は打てるだろう(それがわたしコミュニケーショ能力限界だ)。

これがわたしの線引きだ。これ以上はもう手を差し伸べたくない。

 

わたしが男だからか、は知らぬが「理解のある彼女さん」を作ろうと思えば作れるだけの性的価値とやらはあったかもしれない。

だがアセクシャル、アロマンテイックの自分にとって、理解のある彼女さんは不要だった。欲しいと思えなかった。

高校時代に鬱で心療内科にかかり、(ずっと怖くて診断を避けていた)発達障害の診断を受け、障害を受容し、社会で人並み程度に働けるようになるまでには多大な苦しみと努力があった。

わたし普通には働けないのではないか障害者雇用を選ぶべきではないかそもそも社会に出るべきではないのではないか、周囲が言うようにわたし女性に養われるべきなのか、そのために好きになれない異性相手理解し難い恋愛感情偽装結婚するべきなのだろうか……

からすれば大したことのない悩みかもしれないが、わたしにとっては生涯を通して付き纏うだろう悩みだ。

結婚という逃げの選択肢があるだけマシ」と言われるかもしれないが、その選択肢を負わねばならない人間にもそれなりの辛さがある。

結婚したくもないのに、結婚しなければ嘲笑される。養われたくもないのに、養われれば良い、養われるべきだ、養われないなんて、選べるのにこれを選ばないなんてバカだ、選べたのに選ばなかったなんて大バカだ、と謗られる。その風当たりは歳を取れば取るほどきつくなるのかもしれない。

辛いことだ。

弱者女性の「でも男は理解のある彼女さんが」は、大変不愉快で腹立たしく、そして不安気持ちにさせるものだった。誰に対して言ったわけでもない、自嘲混じりの嘆きだったのかもしれないが、実在個人に当たる弾だったのだ。

 

わたしは、許さない。

 

わたしのようにアセクシャルでない障害男性にとっても、失礼な言葉だと思う。

女性から恋愛対象に該当するような男性になることは、フリをすることは努力必要だ。金も服装も、正しい話題選びも、普通男性らしいふるまいをすることも、普通男性らしいコミュニケーション能力を身につけることも、とても困難な男性はいる。普通男性に、普通に価値がある」男性に、擬態する努力は何も異性から好かれるためではない。人並みに扱われるために不可欠な努力だ。「理解のある彼女さん」も「性的価値」も男ならば必ず初めから手に入るものではない。努力あってのものだ。

 

理解のある彼女さん、に好かれ、関係を維持している障害持ち男性は、自分努力を語るにも周囲への感謝を欠かさない素晴らしい人だろう。

(正直な話、わたしだってアセクシャルとして、恋愛脳の異性愛者は結局「彼女さん」か、とうんざりしていたし、理解のある彼女さんに頼る甘えたバカ男のせいで自分の辛さが矮小化されるわけで恨みしかないわけだが、)理解のある彼女さん持ちの障害者男にとっても「お前らは理解のある彼女さんがいるからいいよな」は不快言葉だったろう。

 

さまざまな精神障害認知され、発達障害を持っていても療育によって働ける男性は増えていくだろう。異性に頼らずに生きる障害だって、この世にいるのだ。

 

あなたがたは、ーーーあなたではないかもしれないが例えそうだとしても、弱者女性の名で、精神障害持ちの男性にたいして発してきた言動は、無かったことにはできない。

弱者女性の辛さを、弱い立場男性を叩く正当化材料したこと自分の辛さを人への加害の理由にする、品位の無さ。

弱者女性論を歪めてきたのは誰か、よく考えて欲しい。

弱者女性は、弱者女性を名乗る幾人かの言う通り、ごく一部の自称弱者女性がそうした言葉を発しているだけなのかもしれない。

弱者女性に寄り添う顔をして、(※フェミの反対の概念がない)叩き男叩きに興じる悪がいるだけなのかもしれない。

しか弱者女性が、はっきりと、それを否定批判しているは見たことがない。

 

例えたった1人でも、過去の(あなたもしくは弱者女性を名乗る他人の)発言批判するならばわたしも考えを変える努力をしようと思う。

 

それでもやはり、あれらの発言絶対に許さない。

anond:20210506234730

まず前提として女性というカテゴリに属する弱者が『理解のある彼くん』という手段で救いを得やすい傾向にあるのは事実でしょ。

かに理解ある異性を得るのにも努力必要だろうだけれど弱者自助努力により救済を得る方法の中では比較的イージー手段であることも事実だし、男女の性欲差によって男性よりも女性の方が理解ある異性を得やすいのもまた事実

そして、『理解のある彼くん』という手段を選ぶと選ばざるとに関わらず、不幸から脱出手段選択肢が一つ多いということ自体はやはり恵まれていることだよ。

流石にそれを否定するのが現実が見えていなさすぎる。

その上で、アセクシャルという増田のような『理解のある彼くん』が救いにならない、あるいは所謂『穴モテ』ができないレベルのブスみたいに『理解のある彼くん』にすら救ってもらえない、そういう『女性でありながら女性の持つ優位傾向を活かせない人々』が「女性というだけで恵まれいるかのように語るな! 私たちの辛さを矮小化するな!」と憤るのは、差別に対する正当な怒りだと思うよ。

ただまあ、増田がそうした差別を受けているという事実を認めた上で、それでも増田に対しては欠片も同情心は湧かないな。

だって増田弱者男性にも女性に対して加害性のある人もいればそうでない人もいるという事実無視して、弱者男性という属性を叩いているんだから

自分差別するけど、人に差別されるのは嫌です」なんて我儘が通るハズもなし。

差別主義者は差別主義者同士で仲良く差別し合っていれば良いんじゃないですかね?

2021-05-06

追記しました。弱者男性精神障害者女性サンドバッグにしてきたことについて

anond:20210509075626追記を書きしました。

 

anond:20210506123407を読んで、書いておこうと思った。

弱者男性を名乗る人々が精神障害持ち女を「でも理解のある彼氏くんが」と、積極的に叩いて来たことは忘れないし、いくら弱者男性が辛そうにしていても「所詮弱者男性自分の不幸を理由に人の不幸(精神障害)を軽んじ、嘲笑する人間性からな」と思い続けるだろう。

そして今現在の心境としては、弱者男性いくら辛そうにしていても絶対に手を差し伸べたくないと思っている。

思っている、というよりは

思ってしまうようになった、というのがより適当だ。

わたし普段生活において、「人に親切にしよう、人に気を配ろう、(いくらかの定型発達の人々が無自覚にするような)人を追い込むような真似はやめよう」と積極的に気をつけて生きているつもりだ。別に、不幸な人々を負け組嘲笑し生きるような人柄ではない。しかし、弱者男性を名乗る人々の言動を見るうちに、「弱者男性は、こんな言動をしていたんじゃ差し伸べられる手も差し伸べられないだろうな」という感情が「誰が手を差し伸べるか」という気持ちに変化していた。

正直なところ、わたしは手を差し伸べられると、差し伸べるほどの余裕や能力があるとは言い切れない。だからわたしがどう思おうと関係のない話かもしれない。

 

弱者男性には弱者男性なりの辛さがあるのだろう。それは、女性であるわたしには女性なりの辛さがあって、発達障害であるわたしには発達障害なりのつらさがあるのと同じだろう。わたしの辛さが弱者男性に完全に理解できるものだとは思わないし、わたしもまた弱者男性の辛さは理解できない。

弱者女性たるわたしと、弱者男性どちらが辛いかはわからない。測り、比べられるものだとも思えない。

しかし、弱者男性たるあなたがが辛いのだと主張すれば、辛いのだろうなと思うことぐらいはできる。「そうなんですね」程度の相槌は打てるだろう(それがわたしコミュニケーショ能力限界だ)。

これがわたしの線引きだ。これ以上はもう手を差し伸べたくない。

 

わたしが女だからか、は知らぬが「理解のある彼くん」を作ろうと思えば作れるだけの性的価値とやらはあったかもしれない。

だがアセクシャル、アロマンテイックの自分にとって、理解のある彼くんは不要だった。欲しいと思えなかった。

高校時代に鬱で心療内科にかかり、(ずっと怖くて診断を避けていた)発達障害の診断を受け、障害を受容し、社会で人並み程度に働けるようになるまでには多大な苦しみと努力があった。

わたし普通には働けないのではないか障害者雇用を選ぶべきではないかそもそも社会に出るべきではないのではないか、周囲が言うようにわたし男性に養われるべきなのか、そのために好きになれない異性相手理解し難い恋愛感情偽装結婚するべきなのだろうか……

からすれば大したことのない悩みかもしれないが、わたしにとっては生涯を通して付き纏うだろう悩みだ。

結婚という逃げの選択肢があるだけマシ」と言われるかもしれないが、その選択肢を負わねばならない人間にもそれなりの辛さがある。

結婚したくもないのに、結婚しなければ嘲笑される。養われたくもないのに、養われれば良い、養われるべきだ、養われないなんて、選べるのにこれを選ばないなんてバカだ、選べたのに選ばなかったなんて大バカだ、と謗られる。その風当たりは歳を取れば取るほどきつくなるのかもしれない。

辛いことだ。

弱者男性の「でも女は理解のある彼氏くんが」は、大変不愉快で腹立たしく、そして不安気持ちにさせるものだった。誰に対して言ったわけでもない、自嘲混じりの嘆きだったのかもしれないが、実在個人に当たる弾だったのだ。

 

わたしは、許さない。

 

わたしのようにアセクシャルでない障害女性にとっても、失礼な言葉だと思う。

男性から恋愛対象に該当するような女性になることは、フリをすることは努力必要だ。メイクも、服装も、正しい話題選びも、普通女性らしいふるまいをすることも、普通女性らしいコミュニケーション能力を身につけることも、とても困難な女性はいる。普通女性に、普通に価値がある」女性に、擬態する努力は何も異性から好かれるためではない。人並みに扱われるために不可欠な努力だ。「理解のある彼くん」も「性的価値」も女ならば必ず初めから手に入るものではない。努力あってのものだ。

 

理解のある彼くん、に好かれ、関係を維持している障害持ち女性は、自分努力を語るにも周囲への感謝を欠かさない素晴らしい人だろう。

(正直な話、わたしだってアセクシャルとして、恋愛脳の異性愛者は結局「彼くん」か、とうんざりしていたし、理解のある彼くんに頼る甘えたバカ女のせいで自分の辛さが矮小化されるわけで恨みしかないわけだが、)理解のある彼くん持ちの障害者女にとっても「お前らは理解のある彼くんがいるからいいよな」は不快言葉だったろう。

 

さまざまな精神障害認知され、発達障害を持っていても療育によって働ける女性は増えていくだろう。異性に頼らずに生きる障害だって、この世にいるのだ。

 

あなたがたは、ーーーあなたではないかもしれないが例えそうだとしても、弱者男性の名で、精神障害持ちの女性にたいして発してきた言動は、無かったことにはできない。

弱者男性の辛さを、弱い立場女性を叩く正当化材料したこと自分の辛さを人への加害の理由にする、品位の無さ。

弱者男性論を歪めてきたのは誰か、よく考えて欲しい。

弱者男性は、弱者男性を名乗る幾人かの言う通り、ごく一部の自称弱者男性がそうした言葉を発しているだけなのかもしれない。

弱者男性に寄り添う顔をして、フェミ叩き女叩きに興じる悪がいるだけなのかもしれない。

しか弱者男性が、はっきりと、それを否定批判しているは見たことがない。

 

例えたった1人でも、過去の(あなたもしくは弱者男性を名乗る他人の)発言批判するならばわたしも考えを変える努力をしようと思う。

 

それでもやはり、あれらの発言絶対に許さない。

二次創作BLおよび百合等もセクシャリティの改変なのではないか

主に少年漫画系を想定する話として、漫画アニメキャラが当然のようにヘテロセクシャルであるということを前提とするのはヘテロセクシズムであり、そのキャラがもしかしたら同性愛者かもしれないじゃないか、というのはわかる。

ただ現実的には性的指向が明かされるキャラなんてそうそういるわけでもない。彼氏彼女がいる、性欲があるキャラの描き方がされることもあるけど、そうでないことの方が多いくらいなんじゃないかテクストだけを見るならば、むしろ多くのキャラが無性愛者だと考えたっていいくらいではある。

恋愛描写のないキャラに対して半ば強引に二次創作ヘテロものBL百合あるいは夢小説にするというのはセクシャリティの改変であり、厳に慎まなければならないことなのではないか

先日、アセクシャル矯正する薬を飲ませて恋愛をさせるという漫画Twitter炎上していた。これは別におかしなことではない。その人物、そのキャラクターのセクシャリティ尊重せず、無理矢理恋愛あるいは性行為をさせることなど以ての外だからだ。そのことは多くの人が批判点として共有していた。

しかし、そうであるならば二次創作として描かれる恋愛ものも同じなのではないか? そこに刃は向けられないのか。

別に例はなんでもいいが、カヲルくんとシンジくんでも、煉獄さんと炭治郎でも、五条悟と虎杖悠仁でも、その他無限カップリングについても、そのキャラゲイまたはレズビアンではないのではないか場合によってはヘテロセクシャルですらないのではないか、という疑問は残る。メインキャラはともかくサブキャラになればなるほど恋愛描写なんてなくなるわけで、ヘテロセクシャルなのかどうかすら描写が皆無なんてのは珍しくもない。

もちろん、仮に性的指向であるからといって、相互関係性を必要以上に縮ませる(はっきり言うと性行為をさせるエロ同人など)こともまたそれでいいのかどうかという問題もある。

ミスジェンダリングという言葉があって、トランスジェンダーやノンバイナリーに対して当人の自認するあり方とは違う性別で呼ぶことを批判する用語なのだけれど、それはゲイレズビアンヘテロセクシャルとして扱うことにも適用されるものではあると捉えている。このことは二次創作には適用されないのだろうか。

所謂ポリティカル・コレクトネスについて、私は重視しているのだが、そうであるが故に、それを推し進めていくと今まであった二次創作もまたどんどんキツくなっていく。インターネットにおいて二次創作ファンアートは聖域に近く、その存在を認めない発言は極めて少数だ。二次創作存在していいものとしてあることが明らかな既得権になっている。ポリティカル・コレクトネスを重視する人はしばしば批判対象の既得権特権)を指摘するのだけれど、そういう人が、個別的エロ同人などはともかく、二次創作のものにまで批判を向けることは、意外に少ないようにも思う。フェミニストでありオタクでもある、というのは非常によくあることでもある。そのこと自体別に問題ない、けれど、自分の持つ刃をどこまで適用するか、という問いはいつでも突き刺さったまま残るのではなかろうか。

今まで自明であったものがそれは抑圧だという批判に晒されるということはよくある。例えば所謂腐女子(この名称にも問題は多数あるわけだが割愛)の中での「ホモ」呼びもこの10年で漸減してきたとは感じるけれど、それと同じように、そもそもの前提としての性的指向の改変自体が好ましくないものなのではないか、という問いの声は、もう少し出てきてもいいとは思っている。

既得権からは「二次創作文化である」という反論が来るのだろうけれど、そんなのはセクハラ文化だと言っているに等しい、とさえ言うことができるのではなかろうか。既得権はいだってそれを自覚せず傲慢なままだ、というのはポリティカル・コレクトネスを重視する側ではよく聞く話でもある。

すぐに変わるとは思っていない。変化には長い年月がかかるだろう。ただ、自分の楽しんできたものは正しかったのかを問い直す作業は、どの分野でもあって欲しいとも思う。

2021-05-03

anond:20210503181854

生活する上で、精神衛生大事からな!!

仕方ねえわ!ブサメンと住むくらいなら、アセクシャル女と同居するわ!

恋愛したいと思うきっか

友人として仲良くなった男性一方的に惚れられることがある。

 

でも、そいつとは恋愛したくない。

 

良い人だし、同じスペック結婚する人もいる。

ロマンスなのか、アセクシャルなのか、レズビアンなのか、少し悩んだが、普通に考えて面食いなだけだった。

ブサメンじゃなければ、オッケーくらいだが、本当に面食いなだけだった。

 

ブサメンキスしたくないもんな。

キスしたりセックスすると思ったら、ブサメンは無理だ。

自分ブサイクから結婚できないとしたら、仕方ないって思うわ。

だって自分がその理由恋愛したくないんだもん。

2021-05-02

弱者男性ですけども

10代や20代のころは恋人がほしいと思ってたけど、30代も後半に差し掛かった今、冷静に考えてみるに、俺、恋愛結婚に対する欲求はもともとなかったんだなと思う。「ふたりで何かしたい」みたいな欲求だとか、誰かがそばにいないと辛いみたいな感覚がない。最近アセクシャルの中に性欲はある人がいると知ったんだけど、もしかしたらそれかも。だから風俗があればいいかなー、みたいな感じ。

anond:20210502010937

ゲイアセクシャル二次元専門っていうのはちょっと極端な言い方だった。

趣味に熱中してて、金を趣味趣味友達との交際費に全部充てたいから、女や子供に使うような時間予算もないか結婚交際する気がゼロみたいな男性ってそこそこいる。

多分、国策でそういう男性収入を上げたところで増えた分も趣味に全部突っ込むから少子化対策には一切ならないような人たち。不本意ではない独身

anond:20210502010402

へー、まあそんなもんか。

 

でもゲイアセクシャル二次元専門の絶対数も少なそうだから、望んでいるけど女性に縁のない男性10%くらいはいそう。

anond:20210502005553

いや、30代前半男性の既婚率って5割くらいのはずだけど。

30代未婚男性の3割が交際経験なしだから、完全に女性に縁が無いのって15%くらいしかいないよ。

15%の中にゲイアセクシャル二次元専門など女性との交際を全く希望していない男性も含まれるだろうから

女性との結婚交際を求めているのに女性に拒絶されるせいで出来ないし男友達もろくにいなくて絶望的に孤独って人は5%くらいしかいないんじゃないの?

2021-04-23

anond:20210423202136

アセクシャルを名乗ってる層の大半は異性に興味のない若者だろ

中年以上の層のアセクシャルは見かけない

2021-04-18

自称アセクシャルに対する偏見

自称アセクシャルのうち声のでかい層、よくよく観察してみると両親が不仲のため恋愛はクソって思ってる確率が高い気がするし

実際アセクシャルのはしりテレビに出てた人はそうだったし恋愛する人種見下すムーブが酷かった

周囲に自称しないけどアセクシャルぽい人は何人かいて、そういう人は別にそうでもないからみんなとは思ってない

 

誰しもが恋愛する必要はないし恋愛は至上でもねえけど恋愛は必ずしもクソでもないのでそういうのは勘弁してくれと思った

2021-04-17

自称アセクシャルの9割ぐらいははっきり言ってただのアホだと思う

まず文章の流れがみんな同じ

毎回「こんな私っておかしいですか?」から始まって、それに続くのがだいたい「こんな私を認めてください!」っていう承認欲求丸出し。

恋愛感情がないと主張する割にそういう欲望が誰よりも旺盛というのは、宦官権力欲あたりをどうしても思い出してしまますね。

自称アセクシャル増田の皆様も、「アセクシャル」の文字を一回でも押してみれば、似たような投稿が今までにどれだけあったかわかるでしょう。

私なら恥ずかしくなって下書きの時点で消しちゃいます

なぜこういう文章ネットに溢れるのか

って言ったら、もう本当にわかやすいですよね。「自分特別視する手段がその位しかいから」。

世の中大抵の人間は輪切りしてみれば何かの要素が少数派で、生きづらさだって大なり小なり感じているはずです。

しかしながら自称アセクシャルの皆さんっていうのは、揃いも揃ってそこの前提が全然ない。

「私だけが世間から取り残されて異端」ってクソキモオーラを誰もがまとっちゃってる。

まあ、平凡な自分をどうにか彩ってオンリーワンな私を演出したいという、そのお気持ちはよくわかるんですよ。みんな一緒ですから

でも、そうやってパニクった時のドラえもんみたいに必死でひねり出した方法が、もうとっくの昔に陳腐なんです。みんな一緒ですから

わかりますかこの救えなさが?

腐女子オタク量産型お気持ち長文みたいなもんです。

たまにブクマカがあれ見て、「よくこんな熱量あるな!」とか抜かしてますが、あいつら本当に物を知らないんだなあって思いますね。

ありゃ単にどっかから借りてきた強い表現とクソデカ主語でみんなして武装してるから、外からキチガイの大群に見えるだけです。

ごく一部にマジモンがいないわけではないですが、あとはみんな普通で平凡でファッションパッションなんですよ。

お前ら見てると思い出すのが

BLにハマって「私って異端?w」とかフヒってる10代の腐女子とか、あと昔の2ch見てアングラ通気取りの厨房とか、そういう奴らなの。

ちょっと視界を広げれば、世の中BL趣味の女も2ちゃんねらーも山ほどいるという、そんな当たり前の事実もわからず平気でイキっちゃうの。

なぜなら若いから。そしてバカから

しかし大半はそのうち成長し、広い世界に触れ、それらは恥ずかしい過去としてしまい込まれるわけです。

あなた方が一番ヤバいのは

もういい年なのにそれができていないこと。

いまだに世界理解そいつらと同レベルなんです。

さっさと気づこうね!

「恋をしない」ことは異常なのだろうか

先日Twitter話題になっていた(と思う)、アセクシャル・アロマンティック(以下、Aセク・Aロマ)をテーマにした漫画を読んだ。現在は作者がアカウントに鍵をかけたため、見れないようだ。別にかの漫画否定したい文章ではないので、これ以上の言及は避けるが。

先に言うが、私は当事者だ。漫画登場人物と同じように、他者に性欲や恋愛感情を抱いたことは無い。恐らく、これからもないだろう。

作者は「Aセク・Aロマを知ってもらうため」とツイートしていた、気がする。なにせ、私は作者のフォロワーじゃないので確認ができない。

かに「知ってもらう」ことは大事だ。実際、かの漫画を読んだことでAセク・Aロマというセクシャルマイノリティを知った人もいるのではないだろうか。

ここで私が言いたいことがある。「恋愛感情」が無いことは、異常なのだろうか。

異性愛者であろうが同性愛者であろうが、「性愛」があることが前提で、当たり前とされている。しかし世の中には、私のように「性愛」が分からない人がいる。それは、異常なのだろうか。

「それはモテない己を肯定するためでは?」「本当に好きな人に会ったことがないだけだよ」「恋はするものじゃなくて、落ちるものだ」「恋愛感情が無いなんて、冷たい人」

これは私が言われたことがある言葉だ。どれもこれも一理ある、のかもしれない。私にはよく分からないが。

恋愛感情性愛がないと、「無感情」で「冷たい」人なのだろうか。私だって、無感情では無いので面白い話で笑うし、人情話で泣くのだが。それでも冷たいのだろうか。冷たい人、とはなんだろう。

実際、Aセクでも結婚した人や結婚願望がある人はいる。Aロマでも恋愛願望がある人もいる。おそらく、Aセク・Aロマだったが無事に恋愛感情を抱けた人もいるだろう。逆に、性愛がなくなる人もいるかもしれない。

なぜなら、セクシュアリティは線引きされるものではなく、グラデーションのように、移り代われるものからだ。恐らく。少なくとも、私はそう考えている。

ここまで読んでくれた方は薄々感じていると思うが、結局私自身、セクシュアリティを完全に分かってはいない。もしかしたら本当に、「そういう人」に会ったことがないだけかもしれない。

しかし、Aセク・Aロマのような人がいることを知って、理解してくれる人がいても良いのではないだろうか。恋愛をしなければ死ぬなら話は別かもしれないが、実際私は恋愛をしなくても生きている。それでいいのではないだろうか。それでも、異常だと思われるのだろうか。

かの漫画に衝撃と悲しさを覚えた私は、両親にAセク・Aロマであることを相談した。「そういう人に会ったことがないだけだよ」と言われた。

そうなのかもしれない。が、胸のモヤモヤは晴れない。なので私はこうして、キーボードモヤモヤを叩きつけている。考えが纏まったわけでもないのに。

そもそもセクシュアリティに悩んでいない人間は、己の性について疑問に思わないのかもしれない。こうしてグダグダ悩んでいる時点で私はセクシャルマイノリティであるのかもしれない。

からない。分からいから美味しいご飯でも食べようと思う。お腹もすいたし。生きてるし。それでいいや。

おしまい

2021-04-10

anond:20210410210349

ポリコレがらみでアセクシャルという言葉が広まってるけど

あれを自称してる人間の9割はアセクシャルじゃなくて単に好みがうるさいだけの人だと思う

恋に生きる人になれない私はどうやって生きていけばいい

結婚した相手アセクシャルを名乗った。

自分子供が欲しいのに、一向に子作りに協力をしてくれないので、理由を聞いた際の事だった。

交際中は別れたくなかったから嫌々ながらセックスをした、結婚したらもうセックスはしたくない」

そのカミングアウトはショックだった。

それから三年程の結婚生活は寝室は別々で、一度もセックスは無かった。アセクシャルから、という事だった。

世の中では、私達のような夫婦を「偽装結婚」や「友情結婚」と言うらしい、私は偽装をするつもりも友情のままでいるつもりも無く、彼の子供が欲しくて、家族になりたくて結婚をしたのだけれど、彼はそうでは無かったのだ。

何度も離婚を考えたし、発狂しそうな孤独の中、一人で泣いた夜も何度もあった、それでも別れなかったのは彼を好きだったからだ。

今思えばなんとも愚か過ぎるけれど、恋とは愚かなものから仕方ない、愛されなくても、母親の様に女中のように生活を支える生き方でも、体で繋がる事が出来なくても心で繋がっていればと思っていた。

彼の浮気現場を見るまでは。

相手人妻だった。何が起こっているのか、私には飲み込め無かった。

アセクシャルってどういう意味だっけ、

心がつながっていれば?心も繋がっていないじゃないか

あれ?私は何のためにここにいるんだっけ?

“妻”ってなんだっけ?

なんで、こいつ私と結婚したの?

それから修羅場だった。

簡潔に言うと私は自殺未遂をして精神病院入院した。

そして実家に帰り、離婚をした。

今、私は恋や愛という気持ちを持てなくなっている。

もっと言うと性欲もない。

恋をする気持ち、というものがわからなくなっているのだ。

ある一定まで感情が昂ると、まるでブレーカーが落ちるように気持ち萎えしまう。

まあ、もう三十路を過ぎた婆が恋だ愛だとのぼせてしまうのもきっと気持ちが悪いものからこのままでも良いのかもしれないけれど。

しかしたら私も「アセクシャル」になったのかもしれない。だとしたら彼と今の私なら「アセクシャル」同士でお似合いなのかもしれない。

結婚中にこの心境に至れずに、彼には申し訳事をした。

恋の歌が、恋愛映画が、月9共感できずに私の横を通りすぎていく。

恋も愛もわからなくなっているくせに、人を好きになれないくせに孤独だけは一人前に感じるから質が悪い。

いつまでこの世界で、気持ちの悪い孤独を抱えたまま生きて行かねばならないのだろう。

2021-04-07

カップルは何時・何で「別れる」「続ける」の選択をしているんだろう

30代前半である

つい最近、ひょいと恋人ができた。

もう何年もいなかったのに、突然現れて、突然一緒になった。

 

自分は、あまり性欲がない方で、恋愛体質でもない。

異性の友達は何人かいるが、特定の異性にのめり込むことも、

10代の一定期間をのぞいてほとんどなかった。

 

告白してくれた人は何人かいるが、どうしても嫌悪感が拭えず、

アセクシャルなのだろうか。一生、独身かもしれないな。

なんて思っていた矢先、だ。

 

相手は同世代だけれど、

まるで高校生のようなテンションで仲良くなり、

付き合い方も結構若い遊園地とか行く。

 

その中で気づいたのだけれど、恋人自分価値観は相当違う。

 

特に社会的なことがまったく違うように思う。

仕事に対する考え方とか、お金の使い方とか、コロナに対する意識とか。

うまくいえないけど。

 

出会ってわりとすぐに付き合ったので、

そういった相違を感じるようになったのは付き合ってからだ。

どちらが間違っているとかではなく、

お互いそれぞれ同じぐらいの人生を生きてきて、

それぞれに生き方選択をしてきた結果だ。相性の問題だ。

 

一緒にいて楽しいけれど、共に暮らすとなると価値観が違いすぎるのではないかな。

常に心の奥の方でそんな風に思いながら、一緒に過ごしている。

 

いつかの恋人とも、そうだった。

(私にとって)悪いところについ目がいってしまうのだ。

こんな自分は心底イヤだけど、深層心理を変えるのは自分でもなかなか難しい。

 

付き合う前は「やさしくて、見た目が好み」だった恋人は、

付き合って数ヶ月でもはや「見た目が好みだが、社会的価値観があわない」恋人になっている。

 

一緒にいて楽しくはある。

会って話しているときも、触れ合っているときも、とても心地がいい。

 

ただ、相手価値観垣間見えたとき、心地よさは途端に消える。

もちろん、相手も同じように感じている可能性も、十分あると思う。

 

社会的価値観の違いは、やっぱり将来はないよな」

そんな風に友人に相談したら、「別れろ」と返ってくる。

私が私の友人なら、私も「別れたら?」と言うと思う。

 

でも、果たしてそれでいいんだろうか。

みんな、どこで「別れる」「続ける」を判断しているんだろう。

好きなところ、イヤなところ、合わないところ、根気よく合わせられそうなところ、

なんとも思わないところ、他人同士だから、いろいろあるし、あって当然だと思う。

 

その上で、「ここはまだ付き合う」「これ以上は別れる」を、

みんなどこで決めているんだろう。

 

恋人とどう向きあっていけばいいのか、イマイチよくわからない。

2021-04-05

多分一生独り身だと思う

親が亡くなって一人ぼっちになったので、周りから早く結婚しろと言われることが増えた。

多分自分アセクシャルだし結婚願望もない。

でも自分に何かあればペット心配だし、同居人はほしいかな〜って願望は少し湧いてきて、友情結婚とかも調べた。

でも色々考えてたら他人をそこまで信じられるか?ってところに落ち着いてしまった。

そもそも結婚願望がない理由ひとつが親戚とのトラブルで、血縁関係を作りたくないって気持ちがずっとある

同居人ができたとして色々なものが共用物になることに耐えられるか、うまく行かず解消することになったらどんなトラブルになるか。

とか考えてたら無理だなってなった。

別に他人を信じられないほど疑い深いわけじゃない。

友達としてなら信じられるけど、家族としては信じられないだけ。

って考えてたら結婚する人間すげえな〜って思った。

赤の他人だった人間と金や物を共有できるのすごいな。赤の他人を親戚にするのもすごい。僕にはとてもできない。

2021-03-20

から告白されたか特に好きでなくとも付き合うって

めちゃくちゃよくいる普通の女だと思うんだよね

それで付き合っておいてレズビアンアセクシャル自称されてもねって感じ

付き合えてる時点で普通ヘテロ若しくはバイだろ

よっぽど「ヘテロの女」を見下して、自分はそんな低俗ものではないと言い張りたいんだろうけど

どこにでもいるし珍しい事でも何でもないよ

2021-03-15

私はアセクシャルで、誰かに恋愛感情を持つことがないんだけど、それでも周りが結婚しただの子供が産まれただのの報告が続くと息苦しくなる。「周りのみんなが結婚出産できていて」、「それがおめでたいことで」、「わたしはいつまでもおめでたいことが巡ってこない」って事実がもう辛い。

 好きな人とどうこうなりたいって思わない私でさえこんな辛い。誕生日会を永遠に開いてもらえない子供の気分。まあそんな理由結婚すると相手を不幸にしそうだからしないけど、私もおめでとうって言われたいしお祝いもらいたいし綺麗なドレス着て大きなケーキも食べたい。

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